
「営業代行」に関する裁判(28)平成22年 7月12日 東京地裁 平21(ワ)26189号 損害賠償請求事件
「営業代行」に関する裁判(28)平成22年 7月12日 東京地裁 平21(ワ)26189号 損害賠償請求事件
要旨
◆税務会計事務所を経営する原告が、被告との間で、被告が原告に顧客を紹介することなどを内容とする契約を締結し、その報酬を支払ったが、契約締結後の実際の紹介顧客数、紹介内容が、被告が約束した水準を全く満たしていないと主張して、主位的に詐欺による不法行為、予備的に債務不履行に基づいて損害賠償を求めた事案において、被告が断定的な判断を提供するような組織的な詐欺行為を行ったとまでは認められず、不法行為の主張は理由がないが、被告の債務不履行の事実はこれを優に認めることができるとし、原告の請求を一部認容した事例
参照条文
民法415条
民法709条
裁判年月日 平成22年 7月12日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)26189号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2010WLJPCA07128002
東京都新宿区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 眞鍋淳也
同 松永貴之
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告 株式会社イー・クラシス
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 鈴木康之
同 榊山彩子
同訴訟復代理人弁護士 中山和人
主文
1 被告は,原告に対し,157万5000円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,401万5000円及びこれに対する平成20年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,税務会計事務所を経営する原告が,被告との間で,被告が原告に顧客を紹介することなどを内容とする契約を締結し,その報酬を支払ったが,契約締結後の実際の紹介顧客数,紹介内容が,被告が約束した水準を全く満たしていないとして,被告に対し,主位的に詐欺による不法行為に基づき,予備的に債務不履行に基づき,損害賠償金401万5000円(支払済みの報酬額,慰謝料,弁護士費用)及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(証拠等を掲記していない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,池田税務会計事務所を経営する税理士であり,同事務所は,原告と事務員一人だけの,原告の個人事務所である(甲10,弁論の全趣旨)。
被告は,インターネットサービスを提供する株式会社である。
(2) 原告は,平成20年2月7日,被告との間で,被告が運営するビジネスポータルサイト「○○○」(以下「本件サイト」という。)内のサービスである「○○○税理士検索」の利用に関して,被告が概略下記の業務を行うことを内容とする「○○○税理士検索・特別プラン」契約を,契約期間平成20年3月1日から同年8月31日までとの約定で締結した(甲4,以下「本件契約」といい,同契約において被告が提供するサービスを「本件サービス」という。)。
記
ア 本件サイトの会員への原告の登録
イ 原告に関する情報の「○○○税理士検索」への掲載
ウ 原告と顧問契約を締結しようとする者(見込客)の「○○○税理士検索」への掲載による原告に対する紹介
エ 契約期間内における原告への継続的な見込客の紹介
(3) 本件契約においては,要旨,次の内容の約定が定められていた(甲4)。
ア 被告は,原告が被告から紹介された顧客との契約によって得られる初年度総顧問料(同契約に基づいて当初1年間に支払われることになる額の合計額)の全契約分の累計額が200万円以上になることを保証する(3条1項)。
イ 本件契約が終了する場合において,被告が上記保証を達成できなかったときは,原告が支払った報酬額から,営業代行報酬額(初期費用,掲載費用,営業代行費用)を差し引いた残額を返金するほかは,原告が被告に対して損害賠償請求等をすることはできない(3条3項,4項,4条3項,以下「本件返金条項」という。)。
ウ 上記イにより返金する場合は,本件契約終了日の翌日から1か月以内に,原告指定の銀行口座に振込送金する方法により行う(3条5項)。
(4) 原告は,本件契約における業務遂行の報酬として,被告に対し,315万円(税込)を被告指定の銀行口座に振り込んで支払った(甲4,弁論の全趣旨)。
2 争点
(1) 被告の本件契約の勧誘行為及び締結行為における不法行為の有無
(2) 被告の本件契約における債務不履行の有無
(3) 本件返金条項の本件事案への適用の可否及び同条項の有効性
3 争点についての当事者の主張
(1) 不法行為又は債務不履行の有無について(争点(1)及び(2))
(原告の主張)
ア 被告の法人営業課マネジャーB(以下「B」という。)は,平成20年1月,本件契約の勧誘をする際,原告に対し,毎月少なくとも10件の顧客候補を確実に紹介し,成約率を30パーセントと見積もっても毎月3件のペースで顧問先が増え,契約期間中の6か月で年間900万円の売上増加が見込めること,入金ベースで考えると同年4月から毎月9万円(月額顧問料3万円を基準×3社分)が見込まれることなどを説明した。また,顧客候補者の層や顧問料の金額についても,中小企業や富裕個人であり,月額顧問料が3万円以上,概ね5万円から10万円の範囲内の顧客である旨を原告に示し,これを確約した。
イ ところが,本件契約締結後,平成20年8月10日までに被告が原告に紹介した顧客はわずか8件であり,その後も,1件の顧客を紹介してきたのみであった。このように被告が実際に紹介したのは毎月1社程度であり,また,わずかに紹介された顧客も税理士の顧客としてふさわしくない者ばかりであったため,原告と成約に至ったものは皆無であった。
ウ Bが本件契約の勧誘の際に行った上記説明は,原告が将来において受け取るべき金額その他の将来における変動が不確実な事項につき断定的判断を提供するものであり,また,被告の実際の紹介数,紹介内容からして,明らかに被告には債務を履行する能力も達成見込みもないのに,あるかのように装って組織的に虚偽の勧誘をし,契約締結に至らせたものであるから,詐欺が成立し,不法行為となる。
エ 原告は,被告の上記不法行為により,以下のとおり,合計401万5000円の損害を被った。
(ア) 支払済みの報酬額 315万円
(イ) 慰謝料 50万円
(ウ) 弁護士費用 36万5000円
オ 仮に被告の上記行為が不法行為に当たらないとしても,被告が約束した紹介顧客数,紹介水準を全く満たしていないのであるから,債務不履行に該当する。原告は,被告の債務不履行により,上記エと同額の損害を被った。
カ よって,原告は,主位的に不法行為に基づく損害賠償として,予備的に債務不履行に基づく損害賠償として,401万5000円及びこれに対する本件契約締結日である平成20年2月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
ア 被告は,断定的判断の提供などしていない。成約率については「見積もり」,すなわち仮定であることを示しているし,将来についての予想を「見込み」として伝えることは,顧客勧誘の際の営業的な対応として一般的かつ通常のことであり,何ら違法なことではない。
イ また,被告は,詐欺行為など行っていない。原告は,ただ抽象的に,被告が債務を履行する能力も達成見込みもないのに,あるかのように装って不法行為をしたと主張するのみであり,不法行為の個々の要件の主張立証がされていない。
ウ 損害については,被告の行為との間に因果関係が認められない。
(2) 本件返金条項の本件事案への適用の可否及び同条項の有効性について(争点(3))
(被告の主張)
本件契約において,被告は,被告が紹介する顧客の顧問料等が累積で200万円以上となることを保証するものの,本件契約が終了した時点でこの保証が達成できなかった場合には,本件返金条項により,原告から被告に支払われた報酬額から,営業代行報酬額を差し引いた残額を原告に返金することになっている。そして,本件の場合は,被告が原告から受け取った300万円(税別)から150万円(税別)を控除した150万円が,被告が原告に返金する金額の上限ということになる。
もっとも,本件契約によれば,被告が原告に対して返金を要するのは,期間満了解約の場合に限定されており,原告からの解除による場合には返金の対象外となっている(3条4項ただし書)。したがって,本件においては,被告が原告に対して返金をする義務は生じない。
(原告の主張)
被告の上記主張は,原告が主位的に主張する不法行為責任に対する反論にはならないし,予備的に主張する債務不履行責任との関係でも,そもそも全く顧客を紹介する見込みも能力もないのに,一方的に返金額を制限する本件返金条項は,公序良俗に反し,無効である。
(被告の反論)
被告が顧客を実際に紹介していることは明らかであるし,本件返金条項は無効ではない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(被告の本件契約の勧誘行為及び締結行為における不法行為の有無)について
(1) 証拠(甲1ないし10)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定に反する証拠はない。
ア 平成20年1月17日,被告から,原告の事務所宛てに,本件サービスを利用することを勧誘する内容のファックス(甲1)が届いた。同ファックスによれば,被告は,税理士に対し,新規顧問先を集中して紹介するサービスを行っており,平成19年12月の実績では,10事務所合計で月あたり80社を紹介しているとの内容であった。原告は,経営の安定化のためにも新規顧問先を増やしたいと考えていたことから,同ファックスに記載されていたフリーダイヤルに問い合わせを行い,被告の担当者に直接来所してもらうことになった。
イ 平成20年1月24日ころ,被告の法人営業課マネジャーBが原告の事務所を訪問し,原告に対し,本件サービスについて説明を行った。Bは,資料(甲2,3)を用いながら,本件サービスは,10事務所限定で提供しているものであり非常に人気があること,本件サービスの利用者に対しては,200万円の成約売上(年間顧問料及び付随契約売上)を保証していることなどを説明した。また,Bは,毎月10件の顧客を紹介したとして,成約率を30パーセントと見積もると,3件が新規顧問先となるので,毎月の顧問料と決算費用で1件あたり年間50万円の売上があるとすると,3件合計で年間150万円,契約期間の6か月で年間900万円の見込みになること,本件サービスの提供の2か月後から,入金ベースで考えると毎月9万円(月額顧問料3万円の3社分)が見込まれること,毎月3件のペースで顧問先が増えれば,毎月150万円ずつ年間売上見込みが増加することなどを,手書きで数字等を記載しながら説明した(甲2の最終頁)。
ウ 原告は,これらのBの説明を受けて,平成20年2月7日,被告との間で,本件契約を締結し(甲4),被告に対し,その業務遂行の報酬として315万円(税込)を支払った。本件契約においては,被告は,原告が被告から紹介された顧客との契約によって得られる初年度総顧問料(同契約に基づいて当初1年間に支払われることになる額の合計額)の全契約分の累計額が200万円以上になることを保証するとの約定があった(甲4,3条1項)。
エ ところが,本件契約締結後,被告が原告に紹介した顧客数は,平成20年8月10日時点でわずか8件であり(甲5),また,紹介された顧客層も原告の意向に沿うものではなかったことから,一件も成約に至ることはなかった。原告が被告に紹介顧客数や顧客層について抗議をすると,被告は,原告に対し,本件サービスの提供期間を4か月延長するとして,本件契約の一部を変更する覚書(甲7)を交付し,その締結を求めてきたが,原告はこれを拒否した。その後,被告から,同年12月6日までにもう1件の顧客紹介があったが(甲6),これも成約には至らなかった。
オ 原告は,平成21年5月7日付け通知書により,被告に対し,被告の上記行為は不法行為ないし債務不履行に該当するとして,支払済みの315万円の返還を求めたが(甲8),被告はこれを拒否した(甲9)。
(2) 以上の認定事実及び前記前提事実をもとに,不法行為の有無について判断する。
原告は,Bの勧誘時の説明は,断定的判断を提供するものであり,また,被告の実際の紹介顧客数,紹介内容からして明らかに被告には債務を履行する能力も達成見込みもないのに,あるかのように装って組織的に虚偽の勧誘をし,契約締結に至らせたものであるから,詐欺が成立し,不法行為となると主張する。そして,確かに,前記認定事実によれば,本件契約締結後の被告の実際の紹介顧客数や成約率は,Bの勧誘時の説明とは大きく異なるものであったことが認められ,また,被告は本件訴訟において原告の求釈明に応じず,原告が本件契約を締結したのと同時期に「○○○税理士検索・特別プラン」契約を締結した者の数や,それらの者の成約率等については不明なままであるので,原告が,被告の商法に疑念を持つことには首肯できる側面がある。
しかしながら,前記認定のとおり,Bの勧誘時の説明は,仮定的な数字をもとに,将来的な見積もりや見込みを述べたにすぎないことが認められ,一方で,本件契約の契約書(甲4)には,被告が保証するのは,被告が紹介した顧客との契約によって得られる初年度総顧問料の全契約分の累計額が200万円以上になることであることが明記されていること(3条1項),顧客との契約が成約となるかどうかは原告の意向に左右される部分もあることに照らすと,甲第2号証(最終頁のメモ書き)及び第10号証(原告本人の陳述書)によっても,上記200万円の成約売上を保証するとの契約内容以上に,原告の主張するような紹介顧客数や成約率や売上額を被告が確約したことまでを認めるには足りないといわざるを得ない。また,前記認定事実によれば,本件契約締結後,被告は,一応原告に対する顧客紹介等の業務は行っていたことが認められ,本件全証拠をみても,被告の本件契約の勧誘行為及び締結行為が,債務履行能力も見込みもないのに,あるかのように装って虚偽の勧誘をし,契約締結に至らせたという,原告の主張するような被告による組織的な詐欺行為であったことまでを認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上によれば,原告の不法行為の主張は理由がない。
2 争点(2)(被告の本件契約における債務不履行の有無)について
前記前提事実及び認定事実によれば,本件契約においては,原告が被告から紹介された顧客との契約によって得られる初年度総顧問料(同契約に基づく当初1年間に支払われることになる額の合計額)の全契約分の累計額が200万円以上になることを保証するとの約定があったこと,それにもかかわらず,本件契約締結後,被告が原告に紹介した全顧客数はわずか9件であり,そのうち一件も成約に至らなかったことが認められる。
したがって,被告の債務不履行の事実は,これを優に認めることができる。
3 争点(3)(本件返金条項の本件事案への適用の可否及び同条項の有効性)について
(1) 前記前提事実によれば,本件契約が終了する場合において,被告が上記200万円の保証を達成できなかったときは,被告は,本件返金条項に従って,原告に対し,返金をすることになっており,本件事案にこれを適用すると,成約件数がゼロ件であるので営業代行費用はゼロ円となり(甲4,4条3項),被告は,原告から受領済みの報酬額300万円(税別)から,営業代行報酬額150万円(税別。内訳は,初期費用90万円,掲載費用60万円)を差し引いた残額である150万円に消費税相当額7万5000円を付した金額である157万5000円を,原告に対して支払わなければならないことになる(消費税相当額を付して算出することについては,甲9参照)。
なお,被告は,本件契約によれば,被告が原告に対して返金を要するのは,期間満了解約の場合に限定されており,原告からの解除による場合には返金の対象外であるから,本件事案では被告に返金義務はないと主張する。しかし,前記1(1)オで認定したとおり,本件において,原告は,契約期間満了後である平成21年5月になって,被告に対し,返金を求めたものであるから,返金対象外の場合には該当せず,本件返還条項の適用があるものと解すべきであるから,被告の主張は理由がない。
(2) ところで,原告は,そもそも被告には顧客を紹介する見込みも能力も全くないのに,一方的に返金額を制限する本件返還条項は,公序良俗に反し,無効であると主張するが,被告において当初から債務を履行する能力も見込みも全くなかったことまでを認めるに足りる証拠がないことは前記説示のとおりであるから,原告の主張には理由がない。
(3) したがって,被告は,原告に対し,債務不履行に基づき,本件返金条項による157万5000円の支払義務を負っており,また,前記前提事実のとおり,その支払期限は,本件契約終了日(平成20年8月31日)の翌日から1か月以内となっているから(甲4,第3条5項),その支払期限の翌日である平成20年10月1日から支払済みまで上記金額に対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
なお,原告は,慰謝料及び弁護士費用も請求するが,証拠(甲9)によれば,本件訴訟提起前の交渉段階で,被告は,原告に対し,支払済みの報酬額315万円(税込)全額の返還には応じられないものの,157万5000円(税込)を上限とする金額であれば返還交渉に応じる意向を示していたことが認められるから,慰謝料及び弁護士費用が本件の債務不履行に基づく損害であるとは認められず,原告のこれらの請求には理由がない。
4 以上によれば,原告の請求は,主文第1項の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却し,仮執行免脱宣言は相当でないから付さないこととし,主文のとおり判決する。
(裁判官 池田知子)
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