
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(62)平成28年12月20日 東京地裁 平28(ワ)14140号 損害賠償請求反訴事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(62)平成28年12月20日 東京地裁 平28(ワ)14140号 損害賠償請求反訴事件
裁判年月日 平成28年12月20日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)14140号
事件名 損害賠償請求反訴事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA12208023
要旨
◆投資事業有限責任組合である被告から訴外新会社の株式を買い受けた(本件契約)株式会社である原告が、訴外新会社が事業譲渡を受けた訴外旧会社の実施した温泉掘削工事の瑕疵により、同工事の本件発注者から訴外新会社が損害賠償請求訴訟を提起され、和解金及び弁護士報酬等の追加的な負担を余儀なくされたとして、被告に対し、訴外新会社の株式譲渡における説明義務違反及び表明保証違反を理由に同和解金等相当額及びその遅延損害金の支払を求めた事案において、本件契約締結時及び訴外新会社の株式売買実行時に、訴外新会社の法的責任が認められる可能性が低かったとはいえ、同社と本件発注者との間で法的紛争が生じる可能性が皆無であったとはいい難く、本件契約上の表明保証における紛争のおそれが存在したと認定するとともに、同紛争のおそれがあることを認識しながらこれが不存在である旨表明保証していた被告には表明保証違反が認められるとした上で、交通費に係る部分を除く原告主張の損害を認めて、請求を一部認容した事例
参照条文
民法415条
裁判年月日 平成28年12月20日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)14140号
事件名 損害賠償請求反訴事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA12208023
大阪市〈以下省略〉
反訴原告 ヒロセ株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 金澤優
東京都千代田区〈以下省略〉
反訴被告 NMC2007投資事業有限責任組合
同代表者無限責任組合員 NMC2007合同会社
同代表者代表社員 日本みらいキャピタル株式会社
同職務執行者 B
同訴訟代理人弁護士 野間昭男
同 江端重信
同 森川友尋
主文
1 反訴被告は,反訴原告に対し,2194万6148円及びこれに対する平成28年5月11日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 反訴原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを110分し,その1を反訴原告の負担とし,その余は反訴被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
反訴被告は,反訴原告に対し,2213万1368円及びこれに対する平成28年5月11日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件反訴は,反訴原告(以下,単に「原告」という。)が,反訴被告(以下,単に「被告」という。)から訴外成幸利根株式会社(設立当初の商号は株式会社NMCファンド13。以下「新成幸」という。)の株式を買い受けたところ,新成幸が事業譲渡を受けた訴外株式会社成幸利根(平成21年6月30日の商号変更後は株式会社STコーポレーション。以下「旧成幸」という。)の実施した温泉掘削工事の瑕疵により,同工事の発注者である訴外アイアールジーロジスティクス株式会社(以下「IRG」という。)から新成幸が損害賠償請求訴訟を提起され,和解金及び弁護士報酬等の追加的な負担を余儀なくされたとして,被告に対し,新成幸の株式譲渡における説明義務違反及び表明保証違反を理由に同和解金等相当額及び商法所定の年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)ア 原告は,山留工事,仮設鋼材リース,資材取扱,技術設計から工事施工,加工作業,仮橋,補強擁壁等,社会インフラストラクチャーの整備を主たる目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
イ 被告は,機関投資家から出資を受け,国内事業会社の株式を取得,保有,売却するために組成された投資事業有限責任組合である(弁論の全趣旨)。
ウ 新成幸は,平成20年12月に設立された山留・遮水壁の設置工事,基礎杭の埋設工事等,掘削工事に関連する事業を行う株式会社である(争いなし)。
エ 旧成幸は,平成21年3月2日に民事再生手続が開始され,債権者への配当を完了した後,平成24年1月に清算手続が結了した(弁論の全趣旨)。
(2) 民事再生手続中の旧成幸は,新成幸との間で平成21年5月29日,事業譲渡契約を締結し,同年6月17日,事業の全部を新成幸に譲渡することにつき許可を受け,同月30日,新成幸にその事業を譲り渡した(以下「本件事業譲渡」という。)(甲8,乙10の3,弁論の全趣旨)。
(3) 原告及び被告は,平成24年9月10日,被告保有の新成幸の発行済み株式の全てを原告に売り渡すことを内容とする株式売買契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲4)。
本件契約の契約書には,表明保証等に関して以下の条項が設けられている。
ア 第1条(定義)
「紛争」とは,民事,刑事,又は行政上の訴訟(仮差押及び仮処分を含む。),非訟手続,仲裁手続,調停手続,調査手続その他一切の法的手続をいう。
イ 第7条(売主の表明及び保証)
(中略)
2 売主(被告。以下同じ。)は,本件会社(新成幸。以下同じ。)に関し,本契約(本件契約。以下同じ。)締結時及びクロージング時において,下記の事項が真実かつ正確であることを表明及び保証する。
(4) 計算書類等
(中略)
(B) 売主の知る限り,本契約,本件計算書類及び本契約において予定されている取引に関連して,若しくは本契約に従い買主(原告。以下同じ。)に提出された,若しくは今後クロージング時までに提出されるその他の書面若しくは証明書に記載されている情報はいずれも,重要事実に関する虚偽の記載を含まず,それらの書類を本件計算書類と併読した際に誤解を招くおそれのないものとするために必要な重要事実の記載漏れもないこと。
(5) 債務
売主の知る限り,本件会社は,売主が買主に別途開示したもの及び本件計算書類の期末日以降に通常の業務過程の範囲内で生じたものを除き,本件計算書類に記載されている以外の債務又は義務(偶発的か否か,又は既発生若しくは未発生の別及び性質を問わず,また,契約,不法行為若しくは法律等により発生したものであるかを問わず,また,会計基準上認識あるいは注記されるものであるかどうかを問わない。但し,その発生又は存在が客観的かつ合理的根拠に基づくものであり,かつ,重要なものに限る。)を負担していないこと。
(中略)
(15) 紛争の不存在
本件会社を当事者とする紛争は存在せず,売主の知る限り,その虞れもないこと。
(中略)
ウ 第12条(損害賠償)
1 売主は,第7条第1項,第2項若しくは第3項に規定する売主の表明及び保証に違反したこと又は売主が本契約に定めるその他の義務に違反したことに起因・関連して買主が現実に被った損害につき相当因果関係の範囲内で賠償するものとする。但し,売主が買主から当該違反に関する事由が生じている旨の通知を受領後,30日以内にかかる事由が売主により是正された場合はこの限りではない。
(中略)
3 本条に基づく損害賠償は,以下の条件・範囲に限定される。
(中略)
(4) 本契約に関連して被賠償当事者が被る損害等の賠償当事者に対する損害賠償その他の請求は,本条に従ってのみ可能であり,債務不履行,不法行為又は瑕疵担保責任その他法律構成の如何を問わず,賠償当事者に対し本条以外の方法による損害賠償請求,補償請求その他の請求はできない。
(4) 新成幸は,IRGから平成25年6月12日付け内容証明郵便で,旧成幸が請け負った(仮称)○○温泉工事(以下「本件温泉工事」といい,同温泉を「本件温泉」という。)の瑕疵を根拠に損害賠償請求を受け,その後,同瑕疵を理由に損害賠償請求訴訟(以下「IRG訴訟」という。)を提起された(甲5,弁論の全趣旨)。
3 争点及び当事者の主張
(1) 新成幸のIRGに対する債務負担及び新成幸とIRG間の紛争の存在(争点①)
(原告の主張)
ア 旧成幸は,本件温泉工事に関し,IRGの承諾を得ず,契約で定められた工法と異なる「二重管式同時掘削工法」により第1段目(地表から地中50メートルまで)の掘削を行い,契約上行うとされていたケーシング(地中に挿入し,内側を掘削することで温泉井戸の外殻の役目を果たす,鋼製・円筒型の管)外周にセメントを注入するフルホールセメンチングもしなかった。また,二重管式同時掘削工法による場合でも,外側と内側の各ケーシングの間をセメンチングすることでフルホールセメンチングと同等以上の強度・耐久性を得ることができるが,旧成幸は,同工法による施工すら適切に行わなかった可能性が極めて高い。その結果,深度29.55メートル付近の内側ケーシングに直径3センチメートル程度の破孔が生じ,毎分10ないし30リットルの地下水が温泉井戸内に流入した。加えて,旧成幸は,掘削工事完了後,温泉井戸開口部をコンクリートで密閉し約1年間放置したため,その間に温泉井戸内の圧力が高まり,温泉の泉質,湧出量等に悪影響を及ぼした。
旧成幸による上記施工不良・管理懈怠の結果,流入地下水由来の粘土質によりスリット(温泉水を取り込む切れ目)に目詰まりが生じ,温泉井戸内の圧力上昇によりスリットが潰れるなどし,揚湯量の減少,湯温の低下を招き,IRGは,補修工事等の損害として少なくとも合計4925万0250円の損害を被った。
イ 以上のとおり,旧成幸は,IRGに対し,請負契約違反について故意または過失があることは明らかであり,民法634条の瑕疵担保責任及び同709条の不法行為責任を負う。そして,新成幸は,本件事業譲渡の契約書に関する覚書で,旧成幸の瑕疵担保責任を承継することとされているから,新成幸は,旧成幸からIRGに対する上記瑕疵担保責任及び不法行為責任を承継し,その損害賠償債務を負うことになる。
また,新成幸は,上記揚湯量減少の原因を知らないIRGとの間で,旧成幸の上記契約違反行為を隠蔽したまま,瑕疵改良工事の交渉を行い,覚書を取り交わすなどし,IRGをして本件温泉工事に係る支払留保されていた工事代金を旧成幸に支払わせたのであり,新成幸自体も上記損害賠償債務の少なくとも一部を負うというべきである。
ウ IRGは,平成24年5月から6月までの間,新成幸と本件温泉工事の瑕疵について内容証明郵便で往復5回のやり取りをし,その中で新成幸による事実の隠蔽に疑念を呈するとともに,法的措置を明示しつつ,種々の要求・働きかけを行っている。また,IRGは,Webサイト上で温泉供給が止まったことや,かろうじて営業を継続していることなどを公表するとともに,新成幸の協力が得られない可能性が高いことから,自費で温泉井戸の補修工事をするなどしていたことに照らすと,同年9月頃には,新成幸がIRGから損害賠償請求,その他の金銭的要求を受けるおそれがあったというべきである。
(被告の主張)
ア 原告主張の本件温泉工事の瑕疵に係る事実関係については,すべて不知ないし否認する。旧成幸が行った本件温泉工事に瑕疵があり,かつ旧成幸がIRGに対して損害賠償義務を負う可能性が高かったとの主張は争う。
旧成幸には,本件温泉工事に係るIRGとの請負契約に違反するところはなく,同工事に何らの瑕疵ははい〈原文ママ〉。また,旧成幸は,本件温泉工事に関し故意又は過失がないのであるから,IRGに対し,瑕疵担保責任及び不法行為責任を負わない。
イ IRGが主張する本件温泉工事の瑕疵等については,IRGと旧成幸間の平成23年2月3日付け合意書により,旧成幸は免責されており,既に解決済みである。また,IRGは,本件契約締結時や新成幸の株式売買の実行時において,新成幸に対して本件温泉工事についての損害賠償請求その他の法的請求を一切していないばかりか,新成幸から,上記合意書に基づく工事の履行により,IRGと旧成幸との間には債権債務関係は一切存在しないこと,新成幸は旧成幸とは別会社であり,IRG及び本件温泉工事に関し,何ら責任を負う立場にないことの認識の確認を求められ,「認識しております」と回答している。
そして,旧成幸の損害賠償債務は,本件事業譲渡に係る契約において承継対象外とされているため,新成幸は,旧成幸の不法行為に基づく損害賠償義務を承継していない。また,IRGは,IRG訴訟において,本件温泉工事に関する旧成幸の瑕疵担保責任に基づく主張は一切しておらず,新成幸がIRGに対して瑕疵担保責任に基づく損害賠償義務を負担する可能性はなかったのであるから,被告が,本件訴訟において旧成幸の瑕疵担保責任を請求の根拠として主張することは認められない。加えて,IRGは,旧成幸から新成幸への瑕疵担保責任に基づく損害賠償義務の承継につき同意していないのであるから,いずれにせよ新成幸が当該損害賠償債務を承継することはない。仮に,新成幸が旧成幸の瑕疵担保責任に基づく損害賠償義務を承継したとしても,瑕疵担保期間(引渡日である平成20年11月から2年間)を経過しているのであるから,新成幸は,当該損害賠償義務を負わない。
なお,新成幸自体がIRGに対して損害賠償義務を負うとの原告の主張は根拠がない。
ウ 本件契約の表明保証における「紛争」とは法的手続に限られるところ,本件契約締結時及び新成幸の株式売買の実行時において,IRGから何らの法的手続もなされておらず,「紛争」は存在しなかった。
また,上記イのとおり,IRGと旧成幸との間では,本件温泉工事の瑕疵等に関し,平成23年2月3日付け合意書により既に解決済みであった上,IRGは,本件契約締結時及び新成幸の株式売買の実行時,新成幸に対し,損害賠償等の法的請求を行っていなかったばかりか,新成幸に法的責任がないことを明確に認めていた。したがって,上記時点において,客観的に法的手続に至るおそれがなかったことも明らかである。
(2) 本件契約における表明保証違反ないし説明義務違反の有無(争点②)
(原告の主張)
ア 平成24年6月から7月当時,新成幸の取締役は,C(以下「C」という。),D(以下「D」という。),E(以下「E」という。),F(以下「F」という。),G(以下「G」という。)及びB(以下「B」という。)であり,うち旧成幸関係者はEとFのみで,それ以外は日本みらいキャピタル株式会社(以下「NMC」という。)の役員か同社から派遣された者である。また,新成幸の監査役であるH(以下「H」という。)及びI(以下「I」という。)もNMCから派遣された者であった。さらに,新成幸の株主は被告とDであったことからすれば,被告は新成幸と一体であったというべきである。
そして,被告は,上記のとおり新成幸がIRGに対して損害賠償義務を負い,またIRGによって法的手続がなされるおそれがあったにもかかわらず,本件契約において当該損害賠償義務及び「紛争」のおそれの不存在を表明・保証したのであるから,被告には本件契約上の表明保証違反が認められる。
イ また,被告は,当初,本件事業譲渡に伴う旧成幸から新成幸への瑕疵担保責任の承継に関する覚書を開示せず,同覚書開示後も,本件温泉工事の存在,その瑕疵,工事の負担金,旧成幸及びIRG間の合意書の存在等について一切説明しなかった。さらに,被告は,平成24年5月から6月にかけて新成幸とIRGとの間で内容証明郵便のやり取りがされていたにもかかわらず,同年7月,原告から本件事業譲渡後に旧成幸との関係で他から請求を受けたことがあるかとの質問に「無し」と回答するなど虚偽の説明を行っており,説明義務違反が認められる。
(被告の主張)
ア 本件契約における表明保証に関する第7条2項第5号の債務の不存在及び同条項第15号の「紛争」のおそれの不存在は,いずれも「売主の知る限り」との限定が付されており,被告の認識がなかったものについては,被告は表明保証責任を負わないこととなっている。
そして,新成幸の非常勤取締役であったB及びC,非常勤監査役であったH及びIは,新成幸の取締役会や経営会議に出席していたが,IRGの件が報告されたり,議題に上がったりすることはなく,取締役会等以外の場で報告を受けたこともなかった。また,D及びGは,被告の無限責任組合員ではなく,NMCの役員でもなく,被告やNMCの職務を行ったこともないのであり,単に外部からの人材として新成幸に紹介した者であるから,同両名の認識をもって被告の認識とみなすことはできない。なお,被告がIRGの件につき認識がなかったことに重過失があるか否かは,売主である被告の表明保証責任の存否に影響しない。したがって,被告は,本件契約締結時及び新成幸株式売買の実行時にIRGの件について認識していなかったのであるから,表明保証責任を負わない。
イ 被告が,本件契約に関して原告に対して損害賠償義務を負うのは,同契約7条の表明保証に違反したとき及び同契約に定めるその他の義務に違反した場合に限定される。本件契約に関連する損害賠償請求は,同契約12条に従ってのみ可能であり,原告は,債務不履行,不法行為又は瑕疵担保責任その他法律構成の如何を問わず,同条以外の方法による損害賠償請求,補償請求その他の請求はできないことが明確に合意されている。したがって,被告は,表明及び保証で定めた以外に説明義務を負っていない。
また,上記のとおり,被告はIRGの件を認識していなかったのであるから,その説明義務はなく,義務違反もない。
そして,IRGは,平成24年5月から6月までの内容証明郵便のやり取りで,新成幸に法的責任がないことを認めていたのであり,同月中旬以降は連絡や通知等も途絶えた状況であったことからすれば,被告が,同年7月,原告からの質問に対し,旧成幸に関する他からの請求はないと回答したことは虚偽ではない。
(3) 原告の被った損害(争点③)
(原告の主張)
IRG訴訟は和解で終了したが,同訴訟において新成幸は以下の費用を支出しているところ,同支出は,新成幸の買収会社である原告の損害と認めることができる。そして,当該支出に原告が支出した金額を加えた合計2213万1368円が原告の損害となる。
ア IRG訴訟の解決金 500万円
イ IRG訴訟関連費用 合計1694万6148円
(ア) 弁護士報酬・日当 1670万円
(イ) 訴訟実費 24万6148円
ウ その他の費用(原告及び新成幸の担当者交通費)
合計18万5220円
(被告の主張)
原告の主張は否認ないし争う。
IRG訴訟における和解は,新成幸が早期解決の観点から任意にこれに合意して解決金を支払ったものに過ぎず,原告の主張する表明保証違反等との間に相当因果関係は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 前記前提となる事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(1) IRGと旧成幸は,平成19年5月18日,IRGを発注者,旧成幸を請負者とする本件温泉工事の請負契約を締結した。
当該契約では,掘削工法をロータリー掘削工法とし,地表から深度50メートルまでの第1段の掘削工事についてフルホールセメンチングを行うこととされていた。また,瑕疵担保責任について,IRGは,旧成幸に対し,相当期間を定めてその瑕疵の修補を請求し,また修補に代え,若しくは修補とともに損害の賠償を請求することができるとする一方で,同修補又は損害賠償請求は,検査終了により引渡しを受けた日から2年以内にこれを行わなければならないとされた(乙10の1)。
(2) 旧成幸から上記掘削工事を請け負った下請業者である有限会社アイチ井戸ボーリングは,平成19年5月,上記第1段の掘削工事を二重管式同時掘削工法で行うとともに,フルホールセメンチングではなく管尻セメンチングを行った(甲7,乙10の2,11)。
(3) 旧成幸は,平成19年11月15日,本件温泉工事を完了し,その後,IRGに引き渡した。もっとも,温泉施設の開業が平成20年12月16日を予定していたことから,旧成幸は,本件温泉井戸開口部をコンクリートの蓋で覆いボルトで固定した。
なお,同月5日時点での本件温泉の揚湯量は毎分210リットル,温度は45度であった(乙10の2,10の77)。
(4) 平成20年11月17日,旧成幸の作業員が,温泉施設開業の準備のため,本件温泉井戸開口部のコンクリートの蓋をはずそうとした際,本件温泉井戸の内圧により同蓋が吹き飛ばされるという出来事があった。なお,同時点での温泉の揚湯量は毎分145リットル,温度は40.2度であった。
IRGは,平成20年12月16日,温泉施設「a」を開業した。もっとも,本件温泉の揚湯量は次第に減少し,平成21年3月から同年8月までの揚湯量は,毎分105リットルないし毎分115リットル程度まで低下した(乙10の69,10の77)。
(5) NMCは,平成20年12月16日,株式会社NMCファンド13(新成幸)を設立した。株式会社NMCファンド13(新成幸)は,平成21年1月23日,商号を「成幸利根株式会社」に変更した(前提となる事実(1)ウ,甲23,弁論の全趣旨)。
他方で,旧成幸については,平成21年3月2日,民事再生手続が開始された(前提となる事実(1)エ)。
(6) 新成幸と旧成幸は,平成21年5月29日,本件事業譲渡に係る譲渡契約を締結し,同年6月30日,本件事業譲渡が実行された。
当該譲渡契約においては,別除権対象負債の一部及び未成工事受入金の一部以外の負債(①支払手形に基づく手形金支払債務②工事未払金の支払債務,③短期借入金の支払債務,④未払法人税,未払消費税,法人事業税,法人住民税,固定資産税その他の租税債務,⑤預り金返還債務,⑥リース減損勘定(流動)として貸借対照表に負債として計上されるもの,⑦完成工事補償引当金として貸借対照表に負債として計上されるもの,⑧再生手続における再生債権,共益債権,一般優先債権,開始後債権,⑨仮受金,⑩仮受消費税,⑪長期借入金の支払債務,⑫リース減損勘定(固定)として貸借対照表に負債として計上されるもの,⑬割引手形に関する遡及義務又は買戻義務,⑭裏書手形に関する遡及義務,⑮損害賠償債務,⑯保証債務,⑰偶発債務,⑱簿外債務を含む。)は承継対象に含まれないとされた。
他方,旧成幸が締結した請負契約の瑕疵担保責任については,瑕疵担保期間が満了していないものに限り,新成幸が承継するとされた(前提となる事実(2),甲8,乙15)。
(7) 平成21年6月30日に開催された新成幸の臨時株主総会において,従前からの取締役であったC及びJに加え,D,E,F,G及びBが取締役に選任され,H及びIが監査役に選任され,同株主総会後の取締役会において,Dが代表取締役,Eが専務取締役,F及びGが常務取締役にそれぞれ役付けされた。
その後,平成22年6月18日に開催された新成幸の臨時株主総会において,同年3月に辞任したJを除く上記6名が取締役に再任された。なお,E及びFは旧成幸の関係者であり,Bは当時のNMCの役員,C,H及びIは当時のNMCの従業員であった者であり,D及びGは,外部からの人材としてNMCが新成幸に紹介した者である(甲16,23,弁論の全趣旨)。
(8) IRGと旧成幸は,平成21年7月29日,本件温泉工事に係る請負契約の支払留保金の解除について,同工事に関わる瑕疵の改良工事を同年8月6日に実施すること,同改良工事により本件温泉井戸の現状を把握し,今後の対策を検討すること,同検討結果を同年9月末日までにIRGに報告し,工事完了を双方で確認すること,同改良工事完了に伴い,留保金1701万円を解除し,旧成幸に支払うこと,支払期日を工事完了引渡しの翌月末日とすることなどを合意した覚書(以下「IRG旧成幸覚書」という。)を作成した(乙10の4)。
(9) IRGと旧成幸は,平成23年2月3日,本件温泉工事に関して合意書(以下「IRG旧成幸合意書」という。)を作成し,IRGが,旧成幸に対し,残代金1701万円の支払義務があることを確認するとともに,本件温泉の再生業務として既存ポンプの引き上げ,新設ポンプの調達・挿入,機器調整及び揚湯試験の各業務を実施するにあたり,旧成幸が無償で工事業者を紹介すること,旧成幸が同再生業務の費用として1000万円を負担し,上記残代金支払債務と対当額で相殺すること,IRGは相殺後の残代金701万円を同年3月末日までに支払うこと,同年2月3日以降,旧成幸がIRGに対して瑕疵担保責任を負わないこと,同合意書に定めるほか,IRG及び旧成幸は何ら債権債務を負わないことなどにつき合意した(甲20)。
(10) 平成24年1月,旧成幸の民事再生手続は終結し,旧成幸の清算手続が結了した(前提となる事実(1)エ,弁論の全趣旨)。
(11) 本件温泉は,平成23年5月以降も温泉ポンプの故障が繰り返し発生し,平成24年4月1日には温泉の供給を停止するに至った。そして,同年4月10日以降,株式会社成和により本件温泉井戸の調査が実施された結果,地表から29.55メートル付近に縦約30ミリメートル横約20ミリメートルの破孔が存在し,そこから毎分20リットル程度の地下水が放出されていることが確認された。株式会社成和は,同月23日,上記調査結果を踏まえ,上記破孔から地下水とそれに付随する粘土が本件温泉に流れ込む状態であること,粘土鉱物の堆積により,孔明管部やベルカラー部の通路が狭められ,揚湯量の減少をもたらしていることなどを報告した(甲17の1,乙10の65,10の66,10の67,25,弁論の全趣旨)。
(12)ア IRGは,新成幸に対し,平成24年5月8日,本件温泉の温泉ポンプの故障が繰り返し生じていること,その故障は本件温泉井戸内の破孔から異物が混入し続けていることが原因であることを指摘するとともに,旧成幸が同破孔の存在を知っていたか否か,下請工事会社からどのような報告を受けていたかの回答及び本件温泉工事等の完成報告書の提出を求める内容証明郵便を送付した(甲17の1)。
イ 新成幸は,IRGに対し,平成24年5月14日,旧成幸とは別法人であるからIRGに対して回答する立場にないとした上で,旧成幸は破孔の存在を認識しておらず,下請工事会社からも異常現象の報告は受けていない旨回答する内容証明郵便を送るとともに,本件温泉工事に係る平成21年2月付けの報告書を送付した(甲17の2)。
ウ IRGは,新成幸に対し,平成24年5月17日,本件温泉の復旧工事を実施するための意見交換の場を設けることを要望する内容証明郵便を送付した(甲17の3)。
エ 新成幸は,IRGに対し,平成24年5月21日,IRG旧成幸合意書に基づき,旧成幸は本件温泉工事に係る全ての義務を履行し,IRGと旧成幸との間には債権債務関係は一切存在しないこと,旧成幸は既に消滅していること,新成幸は,旧成幸とは別会社であり,IRG及び本件温泉工事に関し,何ら責任を負う立場にないことの確認を求める内容証明郵便を送付した(甲17の4)。
オ IRGは,新成幸に対し,平成24年5月23日,上記エの確認事項について,いずれも「認識しております」と回答した上で,新成幸に対する要望事項(復旧工事計画書の精査,下請工事会社に対する現在までの経緯及び今回の復旧工事の説明,復旧工事の受注等)を記載した内容証明郵便を送付した(甲17の5)。
カ 新成幸は,IRGに対し,平成24年5月25日,上記オのIRGの要望には基本的に応じられない旨回答する内容証明郵便を送付した(甲17の6)。
キ IRGは,新成幸に対し,平成24年5月31日,「回答書に対する反論(抗議)」と題し,新成幸の上記カの回答が瑕疵担保責任回避に終始するものであるとした上で,IRG旧成幸合意書に「本日以降」瑕疵担保責任を負わないとあるのは,平成23年3月2日以降の原因により発生した瑕疵について担保責任を負わないという趣旨であり,今回発生した本件温泉の瑕疵は,本件温泉工事中に発生したもので,旧成幸はその担保責任を免れないこと,本件温泉井戸内の破孔は容易に調査発見できたにもかかわらず,旧成幸が意図的にこれを実行せず,IRG旧成幸合意書を取り交わさせた行為は詐欺行為であるといっても過言ではないこと,了承できる内容の回答がない場合は法的措置をとる用意があることなどを記載した内容証明郵便を送付した(甲17の7)。
ク 新成幸は,IRGに対し,平成24年6月5日,旧成幸と新成幸は同一性のない別法人であること,新成幸とIRGとは何ら法律関係を有していないこと,IRGと旧成幸の間の債権債務はIRG旧成幸合意書により決着していること,IRGの要望には応じられないことなどを記載した内容証明郵便を送付した(甲17の8)。
ケ IRGは,新成幸に対し,平成24年6月13日,旧成幸と新成幸とが法律的に関係がないとしても,旧成幸の役員が新成幸でも役員として業務を行っていることなどから,道義的に関係があるのではないかとして,揚湯不良について協調関係のうえで進めていただきたいと申し入れるなどした内容証明郵便を送付した(甲17の9)。
コ 新成幸は,IRGに対し,平成24年6月22日,法的に無関係な新成幸が事実上,道義上でも何らかの態度を表明するのは不適切であり,差し控えるべき問題であること,本件温泉工事の瑕疵について,ボーリングを行った業者の「作業ミス」を「承認」する立場にはないこと,IRGと当該業者との係争に介入するつもりはないこと,IRGの要望には応じられないことなどを記載した内容証明郵便を送付した(甲17の10)。
(13) 原告は,平成24年5月8日,NMCから新成幸の企業買収の提案を受け,同年6月から同年8月までの間,原告による新成幸のデュー・ディリジェンスが実施された。当該デュー・ディリジェンスにおいては,以下のような質疑応答がされた(乙1,3,弁論の全趣旨)。
ア 質問(平成24年7月9日)
:事業譲渡前と後との法務に関する重要な差異がございましたらご教示ください。
回答(平成24年7月18日)
:新会社(新成幸)においてはスポンサーである日本みらいキャピタルのガバナンスの下,代表取締役社長及び常務取締役管理本部長の派遣を受け入れ,法務面に限りませんが,きちんとしたリスク管理に務めてきております。
イ 質問(平成24年7月12日)
:事業譲渡後に旧会社(旧成幸)との関係との問題で他から請求を受けたことがございますか。
回答(平成24年7月13日)
:無し
(14) 原告と被告は,平成24年9月10日,本件契約を締結し,同月27日,被告から原告へ新成幸の株式売買が実行された。
B及びCは,同日,新成幸の取締役を辞任した(前提となる事実(3),甲23,弁論の全趣旨)。
(15) IRGは,新成幸に対し,平成25年6月12日付け「損害賠償請求書」と題する内容証明郵便で,本件温泉工事について重大な瑕疵工事及び詐欺が発覚し,また,その後の旧成幸及び新成幸の対応対策においても詐欺と評価する違法行為が発覚したとして,合計1億6856万3403円の損害賠償を請求した(甲5)。
(16) IRGは,平成26年3月28日頃,新成幸を「被告」としてIRG訴訟を提起した。
IRGは,IRG訴訟において,主位的には,旧成幸の契約違反(第1段掘削部分についてフルホールセメンチングではなく,管尻セメンチングをしたこと,水井戸掘削工事について,深度74メートルしか掘削しなかったこと)及び管理懈怠(本件温泉井戸の開口部を1年間にわたり蓋で密閉し,井戸管内の圧が異常に高まったこと)により,揚湯量の減少及び水質の悪化をもたらし損害を被ったことにつき不法行為が成立すること,新成幸が旧成幸の不法行為責任を承継したことなどを理由に合計1億9581万9457円の損害賠償を請求し,予備的には,新成幸が上記旧成幸の契約違反による違法工事を認識しながら,これを隠してIRGにIRG旧成幸覚書及びIRG旧成幸合意書を取り交わさせ,留保金701万円を支払わせたことが消極的欺罔にあたり,不法行為が成立することを理由に合計771万円の損害賠償を請求した(甲7,弁論の全趣旨)。
(17) IRGと新成幸の間では,平成27年11月19日のIRG訴訟の第11回弁論準備手続期日において,新成幸からIRGへ解決金500万円(支払期限は平成27年12月21日)を支払うことなどを内容とする和解が成立した(乙11)。
(18) 新成幸は,IRG訴訟に応訴するために以下の訴訟関連費用を支出した(乙13,14の1ないし14)。
ア 弁護士着手金 350万円
イ 弁護士日当 240万円
ウ 弁護士成功報酬 1080万円
エ 訴訟実費 24万6148円
2 争点①(新成幸のIRGに対する債務負担及び新成幸とIRG間の紛争の存在)について
(1)ア 前記認定事実(1)ないし(4)によれば,本件温泉工事の請負契約においては,掘削工法をロータリー掘削工法とし,地表から深度50メートルまでの第1段掘削工事部分についてフルホールセメンチングを行うとされていたが,旧成幸及びその下請工事会社は,同契約内容と異なる二重管式同時掘削工法により掘削工事を実施するとともに,第1段掘削工事部分について管尻セメンチングを行ったこと,旧成幸が本件温泉工事完了後に本件温泉井戸の開口部をコンクリートの蓋で覆った結果,約1年後には同蓋が吹き飛ぶほどの内圧が高まっていたことが認められる。
そして,前記認定事実(3),(4),(8),(9)及び(11)によれば,本件温泉は,その掘削工事完了後,平成20年12月16日に温泉施設を開業したものの,次第に揚湯量が減少するとともに,温泉ポンプの故障が繰り返し発生し,平成24年4月1日には温泉の供給が停止するに至ったこと,遅くとも同月10日ころには,本件温泉井戸内の地表29.55メートル付近に縦約30ミリメートル,横約20ミリメートルの破孔が生じており,そこから毎分20リットル程度の地下水及びこれに伴う粘土が本件温泉に流れ込んでいたこと,流入した粘土鉱物の堆積が揚湯量減少の原因と考えられることが認められる。
上記経緯によれば,本件温泉工事における旧成幸の掘削工法等の契約違反及び工事完了後の本件温泉井戸の管理上の過失により,同井戸内に破孔が生じ,そこから流入した地下水及び粘土が原因となって,本件温泉の揚湯量の減少及び温泉ポンプの故障をもたらした可能性が否定できず,旧成幸は,これによる損害について債務不履行責任,瑕疵担保責任ないし不法行為責任を負う可能性があったというべきである。
イ そして,前記認定事実(3),(6)及び(9)のとおり,新成幸と旧成幸は,本件事業譲渡の際,損害賠償債務を承継対象に含まず,旧成幸の締結した請負契約に係る瑕疵担保責任については,瑕疵担保期間が満了していないものに限り承継する旨合意しているところ,本件温泉工事は平成19年11月15日に完了し,旧成幸からIRGへ引渡しがされていることからすれば,新成幸は,本件事業譲渡に伴い,本件温泉工事に関する債務不履行責任及び不法行為責任に基づく損害賠償債務は承継していないものの,瑕疵担保責任については承継したものと認めるのが相当である。
もっとも,前記認定事実(1),(3)及び(13)によれば,原告がNMCから新成幸の企業買収の提案を受けた平成24年5月時点で,既に本件温泉工事に係る瑕疵担保期間は経過しており,その間,IRGから新成幸に対して瑕疵担保責任に基づく請求等がされた形跡もうかがわれない。さらに,前記認定事実(9)によれば,IRGは,平成23年2月3日,IRG旧成幸合意書により,同日以降,旧成幸がIRGに対して瑕疵担保責任を負わないことにつき合意していることを併せ考えると,遅くともNMCが原告に新成幸の企業買収を提案した時点で,新成幸が旧成幸から承継した本件温泉工事に係る瑕疵担保責任も瑕疵担保期間の経過により消滅していたものと考えられる。
また,新成幸が,IRGを欺罔してIRG旧成幸合意書を作成させ,本件温泉工事に係る残代金701万円を支払わせたことを認めるに足りる証拠もなく,同欺罔行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償債務の発生を認めることはできない。
なお,前記認定事実(16)のとおり,IRG訴訟において,新成幸からIRGへ解決金500万円を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解が成立しているが,IRG訴訟の主位的請求は1億9000万円を超えており,同解決金500万円の支払が新成幸について何らかの法的責任を認めた上でのものかは定かでなく,むしろ訴訟上のリスクや新成幸の経営判断等によるものとも考えられるのであり,同解決金500万円の支払をもって,新成幸がIRGに対し,本件温泉工事に関する何らかの債務を負っていたものと推認することはできない。
上記検討したところによれば,本件契約締結時及び同契約に基づく株式売買実行時において,新成幸がIRGに対して債務を負担していたと認めることはできず,その他,新成幸がIRGに対する債務を負担していたことを認めるに足りる証拠もない。
(2)ア 前記認定事実(12)のとおり,新成幸とIRGとは,平成24年5月から同年6月までの間,内容証明郵便で5往復のやり取りをしているところ,IRGは,当初,新成幸に対し,本件温泉井戸内に生じた破孔についての旧成幸の認識や下請工事会社からの報告内容等を問い合わせるとともに,本件温泉の復旧のための意見交換会の場を設けることや新成幸に法的責任がないことを認めた上で復旧工事計画書の精査,復旧工事の受注等を要望していた。もっとも,新成幸がIRGからの上記要望事項を断ると,IRGは,「回答書に対する反論(抗議)」と題して,新成幸の対応を責任回避に終始するものとし,本件温泉の瑕疵について旧成幸は瑕疵担保責任を免れず,IRG旧成幸合意書の取り交わしは詐欺行為といっても過言ではないとして,了承できる内容の回答が得られなければ法的手続を取ることを示唆するに至った。しかし,IRGは,新成幸が法的に無関係であることなどを回答すると,道義的には関係があるのではないかとして,本件温泉の揚湯不良について協調関係を申し入れるなどし,新成幸が道義上の関与についても要望に応じられないとすると,その後,新成幸に対し,平成25年6月12日付け「損害賠償請求書」を送付するまでの間,特段の請求等を行うことはなかった(前記認定事実(15))。
イ 上記内容証明郵便のやり取りにおいて,IRGは,新成幸に対し,基本的には本件温泉の揚湯量減少の復旧工事について協力を求める姿勢を示すとともに,新成幸の法的責任がないことを認めている。また,上記内容証明郵便のやり取りが終わった後,本件契約締結及び新成幸の株式売買が実行されるまでの間,IRGから新成幸に対し,その法的責任を指摘したり,何らかの請求がなされたりした形跡もうかがわれない。もっとも,IRGは,新成幸に対し,平成24年5月31日付けの「回答書に対する反論(抗議)」と題する内容証明郵便で,新成幸の対応が責任回避に終始するものであると非難するとともに,今後の新成幸の対応によっては法的手続を取る準備をしていることを示唆し(実際,IRGは,上記やり取りから1年後,新成幸に対し,損害賠償請求をするとともに,その約9か月後にはIRG訴訟を提起するに至っている(前記認定事実(15)及び(16))。),IRGの要望に応じるよう求めているのであり,このようなIRGの対応や書面の内容からすれば,本件契約締結時及び新成幸の株式売買実行時において,新成幸の法的責任が認められる可能性が低かったとはいえ,新成幸とIRGとの間で法的紛争が生じる可能性が皆無であったとはいい難く,本件契約上の表明保証における紛争のおそれが存在したといわざるを得ない。
3 争点②(本件契約における表明保証違反ないし説明義務違反の有無)について
(1) 前記2(1)のとおり,本件契約締結時及び新成幸の株式売買実行時において,新成幸がIRGに対して債務を負担していたとは認められない。したがって,上記時点において,被告には,新成幸のIRGに対する債務負担について認識もなかったものといわざるを得ず,当該事項について本件契約上の表明保証違反は認められない。
(2) 前記2(2)のとおり,本件契約締結時及び新成幸の株式売買実行時において,新成幸とIRGとの間に法的紛争が生じる可能性があったことが認められる。
そして,前記認定事実(7)及び証拠(甲17の1ないし10,乙18)によれば,上記時点における新成幸の取締役は,D,E,F,G,B及びCであり,監査役はH及びIであったこと,Bは被告の代表社員であるNMCの役員でもあり,C,H及びIはNMCの従業員であったことが認められ,また,IRGと新成幸の平成24年5月から同年6月にかけての内容証明郵便のやり取りにおいて,往復5回ものやり取りがされた上,新成幸は,IRGから法的手続の準備がある旨の示唆を受けて弁護士に対応を依頼するに至っており,新成幸においてIRGとの対応が重要な問題となっていたことがうかがわれることからすれば,取締役であったBやC,監査役であったHやIが,これらのIRGと新成幸間の問題を認識していなかったとはおおよそ想定し難い。そして,Bが被告の代表社員であるNMCの役員であり,C,H及びIはNMCの従業員であったことに鑑みると,NMCや被告も,上記IRGと新成幸との問題を認識していたものと推認するのが相当である。
以上によれば,被告は,IRGと新成幸との間に紛争のおそれがあることを認識しながら,これが不存在である旨表明保証していたのであるから,被告には,当該事項について表明保証違反が認められる。
(3) 前記認定事実(13)によれば,平成24年6月から行われた新成幸のデュー・ディリジェンスにおいて,被告は,原告からの質問に対し,平成24年7月13日,他からの請求を受けたことはない旨回答しており,また,本件温泉工事や本件温泉の破孔,IRG旧成幸合意書の存在等について説明をした形跡もうかがわれない。
もっとも,前記認定事実(12)によれば,IRGは,新成幸に対し,基本的には本件温泉の揚湯量減少について,その復旧工事への協力を要請しており,法的手続を準備している旨の示唆をした後も,新成幸に対する請求等は行っておらず,むしろ,改めて協力を要請しており,IRGから新成幸に対する何らかの請求があったと認めることはできず,被告の上記回答が虚偽であるとまではいえない。また,前記認定事実(1),(3)及び(6)によれば,本件事業譲渡において,新成幸は旧成幸から損害賠償債務を承継しておらず,また,請負契約に係る瑕疵担保責任は承継しているものの,上記デュー・ディリジェンスが行われた時点では,本件温泉工事に係る瑕疵担保責任は瑕疵担保期間の経過により消滅していること,前記認定事実(12)のとおり,IRG自体が本件温泉工事に関する新成幸の法的責任がないことを認めていることに照らすと,被告において,原告から質問されていない本件温泉工事や本件温泉の破孔,IRG旧成幸合意書の存在等について積極的に説明すべきとまではいえず,これらの説明をしなかったことについて,被告に説明義務違反があったとはいえない。
4 争点③(原告の被った損害)について
前記認定事実(17)のとおり,IRG訴訟は,提訴から約1年8か月の審理を経て,平成27年11月19日,新成幸からIRGへ解決金として500万円を支払うことなどを内容とする訴訟上の和解成立により終結しているところ,IRG訴訟における新成幸とIRGとの権利関係,新成幸の債務負担の有無,提訴からの審理期間,訴訟が継続することによる経済的負担等に鑑みるならば,同解決金500万円は合理的なものということができる。また,前記認定事実(18)のとおり,新成幸は,IRG訴訟に応訴するために合計1694万6148円の訴訟関係費用を支出しているところ,IRG訴訟の請求額(1億9581万9457円),審理期間(約1年8か月),事案の難易等に鑑みると,弁護士報酬等の当該訴訟関係費用合計1694万6148円の支出は妥当なものといえる。
そして,新成幸による上記各支出は,完全親会社である原告の実質的な損害とみなすことができ,被告による紛争のおそれの不存在に係る表明保証違反と相当因果関係がある損害というべきである。なお,原告は,その他の費用として原告及び新成幸の担当者の交通費合計18万5220円を損害として主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
5 結論
以上によれば,原告の請求は,2194万6148円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成28年5月11日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
なお,仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととする。
東京地方裁判所民事第50部
(裁判官 岡本利彦)
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