
「営業支援」に関する裁判例(25)平成29年 5月31日 東京地裁 平27(ワ)21356号 不当利得返還等請求事件
「営業支援」に関する裁判例(25)平成29年 5月31日 東京地裁 平27(ワ)21356号 不当利得返還等請求事件
裁判年月日 平成29年 5月31日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)21356号
事件名 不当利得返還等請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却 文献番号 2017WLJPCA05318012
要旨
◆原告が、被告Y2保有の本件特許技術の海外事業化過程で被告会社の預金口座に送金された本件7000万円は、原告の出捐により送金され被告らが受領したものであるとして、被告らに対し、選択的に、本件寄託契約による目的物返還請求権、金銭の所有権による返還請求権、又は、不当利得返還請求権に基づき、7000万円及び遅延損害金の支払を求めた事案において、本件7000万円の送金経緯によれば、その拠出者は原告であり、被告会社が受領者といえる一方、被告Y2は受領者とはいえないとして同被告に対する請求を棄却した上で、本件7000万円は、契約締結交渉の中で締結に備えた準備のため授受されたものであったから、原告から被告会社に預り金として渡されたものといえるとして原告の寄託契約による目的物返還請求権を認め、また、被告会社は、返還期限翌日から遅延損害金の支払義務を負うとして、被告会社に対する請求をほぼ認容した事例
参照条文
民法206条
民法666条
民法703条
裁判年月日 平成29年 5月31日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)21356号
事件名 不当利得返還等請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却 文献番号 2017WLJPCA05318012
東京都文京区〈以下省略〉
原告 X
東京都文京区〈以下省略〉
被告 株式会社Y1(以下「被告会社」という。)
代表者代表取締役 Y2
東京都中野区〈以下省略〉
被告 Y2(以下「被告Y2」という。)
被告ら訴訟代理人弁護士 奧野善彦
同 藤田浩司
同 坂野維子
同 丸一浩貴
被告ら訴訟復代理人弁護士 町田紳一郎
主文
1 被告会社は,原告に対し,7000万円及びこれに対する平成26年10月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告会社の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して7000万円及びこれに対する平成25年1月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告Y2が保有する特許技術(以下「本件特許技術」という。)の海外事業化の過程において,被告会社の預金口座に送金された7000万円(以下「本件7000万円」という。)について,自身の出捐により送金され,被告両名が受領したものであると主張して,被告両名に対し,選択的に,①被告両名との間の寄託契約(以下「本件寄託契約」という。)による目的物返還請求権,②金銭の所有権による返還請求権,又は,③不当利得返還請求権に基づき,7000万円及びこれに対する平成25年1月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
1 前提事実(末尾に証拠の引用がない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 被告Y2は,主として窒素雰囲気下での加熱処理により,ごみを燃やさずに炭化させる特許技術(本件特許技術)の特許権者である。
被告会社は,被告Y2が代表取締役を務める会社であり,本件特許技術を利用して,二酸化炭素などの温室効果ガスやダイオキシン類などの有害物質を生成させることなく廃棄物を再資源化する装置である「○○」(以下「○○装置」という。)を製造・販売している。(甲1,乙19)
イ シンガポール法人である株式会社a(以下「a社」という。)は,本件特許技術をアセアン・オセアニア地域に事業展開することを目的として設立された会社である。原告及び被告Y2は,同社の取締役を務めている。
ウ 株式会社b(以下「b社」という。)は,総合コンサルタント業務等を目的とする会社であり,原告が代表取締役を務めている。(乙31)
エ 原告は,弁護士である。
(2) 被告会社の預金口座への送金
ア a社は,平成24年10月25日,被告Y2との間で,本件特許技術のアセアン・オセアニア地域における製造・販売の許諾を受ける特許実施許諾契約を締結した(以下「本件特許実施許諾契約」という。)。同契約の対価として1億円が,原告が代表者を務める弁護士法人c法律事務所(以下「本件弁護士法人」という。)の預金口座から,被告会社の預金口座に送金して支払われた。
本件特許実施許諾契約においては,同契約に起因又は関連して生じた紛争は,シンガポール国際仲裁センターの仲裁規則に従い,シンガポールにおいて行われる仲裁により解決されるものとする旨の条項が設けられていた。(甲2の1,2の2,乙1,2)
イ 被告会社は,平成24年11月ころ,原告との間で,○○装置の製造・販売に関する交渉を行い,その過程において,以下のとおりの記載がある契約書の文案(以下「本件契約書案」という。)を作成した。(乙3)
契約日 空欄
買主 空欄
売主 被告会社(記名のみで,押印はされていない。)
装置の概要 型式・○○装置・10tタイプ
処理対象物,納入先,納入場所,設置据付場所及び納入期日 空欄
本体金額 4億2000万円
支払方法 着手金 平成24年11月15日までに5000万円
中間金 1億5000万円(支払期日は空欄)
残金 2億2000万円(支払期日は空欄)
ウ 本件弁護士法人の預金口座から,被告会社の預金口座に対し,平成24年11月30日に5000万円,同年12月28日に2000万円がそれぞれ振り込まれた(この計7000万円が本件7000万円である。)。
(3) 原告及びa社による金員の返還請求等
ア 原告は,平成26年10月6日,被告会社及び被告Y2に対し,①本件7000万円について,○○装置の売買のための預り金として原告個人が被告両名に送金したものであると主張して,同月8日までに原告個人に返還するよう求めること,及び,②a社の代表者として,本件特許実施許諾契約を解除して契約の対価1億円の返還を求めることを記載した通知書を送付し,被告らは同月6日にこれを受領した。(甲8の1,8の2)
イ a社及び原告は,平成26年10月9日,被告会社に対し,①a社を債権者,被告会社及び被告Y2を債務者とする本件特許実施許諾契約の解除による原状回復請求権に基づく1億円及びこれに対する利息・損害金一切の金員の支払請求権,並びに,②原告を債権者,被告会社及び被告Y2を債務者とする不当利得返還請求権に基づく本件7000万円及びこれに対する利息・損害金一切の金員の支払請求権などをb社に譲渡した旨記載した債権譲渡通知書を送付した。(甲9)
ウ b社と原告は,平成27年4月1日,前記イ①及び②の各債権を券面額で原告に譲渡すること(代金の支払は債務者から支払の目処がつくまで猶予される。)を合意した。(甲10)
2 争点
(1) 本件7000万円の拠出者(原告の資金から拠出されたものであるか否か。)
(2) 本件7000万円の受領者(被告会社に加えて被告Y2が受領したものであるか否か。)
(3) 本件7000万円につき原告が被告両名に対して返還を請求できるか否か(原告と被告両名との間における本件寄託契約の成否,原告の所有権による返還請求権の成否,a社と被告会社との間で○○装置の製造・販売契約(以下「本件売買契約」という。)が締結されていた事実の存否)。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(本件7000万円の拠出者)及び争点(2)(本件7000万円の受領者)について
(原告の主張)
ア 原告は,平成24年11月27日,b社が同年10月に新生銀行から借り受けた投資資金のうち1億円を,b社から借り受け(甲24の1ないし24の3,甲27),この中から本件7000万円を拠出した。
原告が送金に際して本件弁護士法人の預金口座を使用したのは,預り金として分別管理する必要があったためである。同法人の平成24年12月期の決算書にも,本件7000万円は何ら同法人の資産として計上されておらず(甲25),これが同法人の資産ではないことは明らかである。また,本件7000万円がa社の資金でないことは,同社の会計を担当していたシンガポールの会計事務所によって確認されている(甲26の1,26の2)。被告Y2自身も,本件7000万円が原告の個人資金によるものであることを認めている(被告Y2本人)。
イ 原告は,被告Y2の指示を受けて,被告会社の預金口座に本件7000万円を送金したのであり,また,この資金は,速やかに被告Y2の個人口座に移されているから(甲19),被告両名が共同して受領したものである。
(被告らの主張)
本件7000万円は,原告個人ではなく,原告が代表者を務めるa社から被告会社に対して支払われたものである。
ア 本件特許実施許諾契約の対価1億円及び本件7000万円がいずれも本件弁護士法人の預金口座から送金されていることから明らかなとおり,同口座は,a社による金銭の支払に利用されていたものである。本件7000万円は,同口座から支払われたものであるから,a社から被告会社に支払われたものであるといえる。原告自身も,かつて本件訴訟において,本件7000万円はa社が支払ったものであると主張していた。
イ 本件7000万円については,被告会社の預金口座から被告Y2の預金口座に移された事実はなく,被告Y2がこれを受領した事実もない。
(2) 争点(3)(本件7000万円に係る返還請求)について
(原告の主張)
ア 原告は,以下の(ア)ないし(ウ)の請求権を選択的に主張する。
(ア) 原告は,被告両名との間で,○○装置の設計や材料購入などの資金として保管するものであることを合意して,被告Y2が指定した被告会社の預金口座に本件7000万円を送金して寄託し,本件寄託契約を締結した。
したがって,原告は,被告両名に対し,本件寄託契約による目的物返還請求権に基づき,本件7000万円の連帯支払を求める。
(イ) 本件7000万円は,被告会社の預金口座に送金された後,被告Y2の個人口座に移されて分別管理されており,その占有が移転していたと考えられるから,原告は,被告両名に対し,所有権による返還請求権に基づき,本件7000万円の連帯支払を求める。
(ウ) 被告両名による本件7000万円の利得には法律上の原因がないから,原告は,被告両名に対し,不当利得返還請求権に基づき,本件7000万円の連帯支払を求める。
イ 被告らは,本件7000万円は,a社と被告会社との間で締結された○○装置の製造・販売に関する本件売買契約の代金の一部として支払われたものであると主張するが,そのような契約が締結された事実はない。
本件特許実施許諾契約については契約書(甲2)が作成されているが,本件売買契約については,その直接証拠となる契約書は作成されていない。また,○○装置の製造・販売については,契約当事者,契約日及び目的物を具体的に特定する文書等が存在せず,納品場所についても全く決まっていない。被告らが主張するような代金が4億2000万円にも及ぶ巨大な装置の製造・販売について,何ら契約書が存在せず,納品場所等も定まらない状態で,先行して契約が締結されるということはあり得ない。
(被告らの主張)
ア 被告会社は,平成24年11月,○○装置の試作機であるテストプラント機を稼働させることに成功しており,販売用のモデル機を製作する段階にあった。原告,a社,被告会社及び被告Y2は,○○装置を海外に売り出すためのビジネスモデルを検討していたが,その過程において,被告会社は,同月4日,見積書(乙4)を作成して,a社に交付した。a社がこの見積書の内容を承諾したため,a社と被告会社との間において,被告会社が○○装置を代金4億2000万円で製造・販売する旨の本件売買契約が成立した(乙3)。同契約においては,a社は,同月15日までに着手金5000万円を,その後,中間金1億5000万円を支払うものとされていた。本件7000万円は,この着手金及び中間金の一部として支払われたものである。
イ 本件7000万円は,a社と被告会社との間で締結された本件売買契約の代金の一部として支払われたものであり,被告会社としては,中間金の残金1億3000万円の支払を受け,その他の条件が満たされた場合には,○○装置の製作を進める用意がある。
ウ 原告の請求は,以下のとおり,いずれも失当である。
(ア) 本件寄託契約に基づく返還請求については,原告が主張する寄託に関する合意が成立した事実はない。預り金としての使途等を明記した書面も作成されていない。
(イ) 所有権による返還請求権については,金銭に関しては,特段の事情がない限り,所有と占有が一致するものであるが,本件においては,原告は,特段の事情につき何ら主張,立証していない。原告に本件7000万円の所有権は認められない。
(ウ) 不当利得返還請求権に基づく請求については,被告会社による本件7000万円の受領には本件売買契約という法律上の原因が存在する。被告Y2については,本件7000万円を受領した事実はなく,利得も存在しない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実及び証拠(各項に引用の証拠)によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告と被告Y2は,アセアン・オセアニア地域において,○○装置に関する事業を展開することを目的として,平成24年10月25日,シンガポール法人であるa社を設立した。同社の株式は,原告及び被告Y2が50パーセントずつ保有していた。(前提事実(1)イ,乙33の1,33の2)
被告会社は,平成24年10月15日に,株式会社eとの間において,○○装置(インドネシア泥炭,褐炭専用機)について,同社に対して顧客の紹介,斡旋及び営業支援業務,装置の設置及び稼働のための支援業務並びに顧客と締結する装置の売買に係る正式な売買契約に関する支援業務などを委託する契約を締結していた。(甲6)
(2) a社は,平成24年10月25日,本件特許技術の特許権者である被告Y2との間で,同技術のアセアン・オセアニア地域における製造・販売の許諾を受ける本件特許実施許諾契約を締結した。将来的には,a社において,○○装置を製造・販売することが計画されていた。(前提事実(2)ア,甲2の1,2の2,乙1,2,被告Y2本人)
(3) 原告は,平成24年10月26日,本件特許実施許諾契約の対価として1億円を,本件弁護士法人の預金口座から,被告会社の預金口座に送金した。(前提事実(2)ア,甲3)
被告会社とa社は,このころ,アセアン・オセアニア地域において○○装置を製造・販売するに当たって,営業用に展示する装置を現地に設置することを計画し,その装置につき1日当たりの処理量を10トン程度とすること,価格を4億円程度とすることなどを協議していた。被告会社は,平成24年11月4日ころ,a社及びc法律事務所に宛てて,製造する装置の見積額を4億2000万円とする見積書を発行した。(甲20,乙4,29,被告Y2本人)
(4) 被告会社は,平成24年11月,○○装置の製造・販売に関して,被告会社を売主とする本件契約書案を作成し,これを原告に渡した。本体価格は4億2000万円とされ,同月15日までに着手金5000万円を支払うものとする旨が記載されていたが,契約日,買主,処理対象物,納入先,納入場所,設置据置場所,納入期日並びに中間金及び最終金の支払期日は,現在に至るまで,いずれも空欄のままである。(前提事実(2)イ,乙3,原告本人)
(5) 原告は,平成24年11月27日,自身が代表取締役を務めるb社から1億円を借り入れ,これを本件弁護士法人の預金口座に入金した。(甲24の1,24の2,甲27)
(6) 原告は,被告Y2から装置を作成するための準備資金として必要であると説明されて,b社から借り入れ本件弁護士法人の預金口座に入金されていた1億円の中から,平成24年11月30日に5000万円,同年12月28日に2000万円を,それぞれ被告会社の預金口座に送金した(この計7000万円が本件7000万円である。)。(前提事実(2)ウ,甲4,5,20,原告本人)
本件7000万円は,平成24年12月期の本件弁護士法人の決算報告書において,同法人の資産として計上されていなかった。(甲25)
(7) 被告会社は,○○装置の正式な受注に備えて,平成25年1月ころ,製造する装置に関する熱分解ヒーター電気容量計算書及び平面図などを作成した。(乙5の1ないし5の8)
(8) a社又はd社(原告が代表者を務めるシンガポール法人)は,平成25年2月18日,被告会社との間で,被告会社からテストプラントタイプの○○装置(褐炭及び泥炭専用の小型の熱分解装置)を,代金250万円で購入する売買契約を締結した。納入場所及び設置据付場所はインドネシアのジャカルタ市内,納入期日は同年3月31日とされていた。代金の前金200万円が同日に被告会社に対して支払われた。(甲13ないし17,被告Y2本人)
(9) 被告会社は,平成25年3月下旬ころ,インドネシアのジャカルタにおいてテストプラントタイプの○○装置を納品したが,原告は,その性能に不満を持ち,残金の50万円を支払わなかった。(甲7,乙6,16,17)
(10) 原告は,d社の代表者として,平成25年5月16日付けで,被告会社に対し,①納品されたテストプラントタイプの○○装置が説明されたとおりの品質を備えていないため売買契約を解除し,支払済みの200万円等の返還を求めること,②被告会社は,テストプラントタイプの○○装置を製造できないことから,フルスペックの○○装置を製造することも不可能であるため,預り金として交付していた本件7000万円の返還を求める旨を記載した文書を送付し,被告会社は,そのころ,これを受領した。原告は,同月31日付けでも,被告会社に対し,同内容の文書を送付し,被告会社は,そのころ,これを受領した。(甲7,乙6,7)
被告会社は,平成25年6月21日,d社に対し,被告会社が納品した装置及び納品を予定している装置に不具合や不備等はなく,d社の主張には何ら根拠がないため,請求には応じない旨を記載した文書を送付し,d社は,そのころ,これを受領した。(乙8)
(11) 被告会社は,本件7000万円を被告会社の運営費用等として全額を費消した。(被告Y2本人)
2 争点(1)(本件7000万円の拠出者),争点(2)(本件7000万円の受領者)及び争点(3)(本件7000万円に係る返還請求)について
(1) まず本件7000万円の拠出者についてみると,本件7000万円は,本件弁護士法人の預金口座から送金されたものであるものの,その原資は原告がb社から借り入れた1億円であり,他方で,本件弁護士法人の決算報告書に同法人の資産として計上されていなかったのであるから(認定事実(6)),これについては同口座に保管されていた原告個人の資金が被告会社の預金口座に送金されたものであるとみるべきである。
被告らは,本件7000万円の拠出者はa社であると主張するが,同社が独自の資金を有していたことや,同社がb社,本件弁護士法人又は原告から資金の融通を受けていたことを認めるに足りる証拠はなく,結局,a社が7000万円の資金を有していたとは考えられないから,本件7000万円の拠出者が同社であったとみることはできない。
したがって,本件7000万円の拠出者は,原告であったと認められる。
(2) 次に本件7000万円の受領者及び授受の趣旨についてみると,これは,被告会社とa社が営業用に展示する装置を設置することを計画し,装置を製造・販売する者として被告会社が想定される中で,被告会社の預金口座に振り込む方法により授受されたものであるから(認定事実(3),(4),(6)),被告会社が受領したものであったとみるべきである。
被告らは,本件7000万円は,その授受に先立って締結された本件売買契約の着手金(5000万円)及び中間金の一部(2000万円)として支払われたものであると主張するが,その交渉の過程で作成された本件契約書案をみると,買主欄のほか,契約日,納入先,納入場所,設置据付場所,納入年期日並びに中間金及び最終金の支払期日という契約の枢要部分が空白のままで,中間金や最終金の支払時期も読み取ることができない状態で調印に至っていないのであるから(認定事実(4)),本件売買契約が締結されていたとは直ちには考え難い。本件契約書案において,空白とされていた部分については,その後,明確な合意が成立したことを認めるに足りる証拠はなく,本件売買契約は,重要な部分の多くが未確定であったというほかないことに加え,被告会社が作成した見積書に対する注文請書のような書面も存在しないことに照らすと,被告会社が契約の準備の一環として本件7000万円を受領し,現に装置の製造の準備に着手していたとしても,契約が締結されていたとまでは認め難いといわざるを得ない(認定事実(7)の装置に関する熱分解ヒーター電気容量計算書及び平面図などについては,交渉に際して,締結が想定される契約の内容を具体化させるために作成されたものである可能性が考えられる。)。このように,本件7000万円は,本件売買契約の締結にまでは至らないものの,契約の締結交渉が行われる中で,締結に備えた準備のために授受されたものであったから,これは,契約成立後の便宜を考えて,原告から被告会社に預り金として渡されたものであったとみるほかない。
原告は,本件7000万円が被告会社の預金口座から被告Y2個人の預金口座に直ちに移されていたことから,被告Y2もその受領者に当たると主張するが,本件7000万円は,前記のとおり,預り金として,原告から被告会社の預金口座に送金されたものであって,寄託の当事者は原告と被告会社であると考えられるから,寄託の関係が成立した後に,仮にこれが被告Y2個人の預金口座に移されていたとしても,被告Y2個人がその受領者となるものではない。
(3) 原告は,被告会社との間で本件寄託契約を締結して本件7000万円を寄託していたものであるが,平成26年10月6日,被告会社に対して同月8日までにこれを返還するよう求めているから(前提事実(3)ア。認定事実(10)の平成25年5月16日付け及び同月31日付けの各文書は,いずれもd社名義によるものであり,原告個人からの請求とみることはできない。),被告会社は,原告に対し,本件7000万円を返還するとともに,これに対する返還期限の翌日である同月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
原告は,所有権による返還請求権に基づく請求も主張しているが,本件7000万円は,本件弁護士法人の預金口座と被告会社の預金口座の間で送金する方法により授受されたものであって,現金として何ら特定されたものではないから,金員の所有権ということ自体が観念し得ない。また,原告は,不当利得返還請求権に基づく請求も主張するが,本件7000万円は,本件寄託契約によるものとして授受されたのであり,その移転は法律上の原因に基づくものであるから,不当利得返還請求権は成立しない。
3 以上より,原告の請求は,被告会社に対し,本件寄託契約による目的物返還請求権に基づき,7000万円及びこれに対する平成26年10月9日(返還期限の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余はいずれも理由がない。
第4 結論
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第45部
(裁判官 佐藤康憲)
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