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「営業会社 成功報酬」に関する裁判例(17)平成30年 6月21日 東京高裁 平30(ネ)659号 地位確認等、損害賠償反訴請求控訴事件

「営業会社 成功報酬」に関する裁判例(17)平成30年 6月21日 東京高裁 平30(ネ)659号 地位確認等、損害賠償反訴請求控訴事件

裁判年月日  平成30年 6月21日  裁判所名  東京高裁  裁判区分  判決
事件番号  平30(ネ)659号
事件名  地位確認等、損害賠償反訴請求控訴事件
裁判結果  原判決取消  文献番号  2018WLJPCA06216005

要旨
◆事業場外みなし制の適用が認められ事業場外協定も有効とされた例

裁判経過
第一審 平成30年 1月 5日 東京地裁 判決 平26(ワ)21733号・平28(ワ)34741号 地位確認等請求事件(本訴)、損害賠償請求反訴請求事件(反訴)

出典
労経速 2369号28頁

評釈
仁野直樹・経営法曹 200号19頁

参照条文
民法536条
労働契約法15条
労働契約法38条の2

裁判年月日  平成30年 6月21日  裁判所名  東京高裁  裁判区分  判決
事件番号  平30(ネ)659号
事件名  地位確認等、損害賠償反訴請求控訴事件
裁判結果  原判決取消  文献番号  2018WLJPCA06216005

控訴人兼被控訴人(一審本訴被告・反訴原告) 株式会社ナック(以下「一審被告」という。)
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 河井敏伸
被控訴人兼控訴人(一審本訴原告・反訴被告) B(以下「一審原告」という。)
同訴訟代理人弁護士 笠井收
同 金田万作

 

 

主文

1(1)  一審被告の控訴に基づき、原判決中一審被告の敗訴部分を取り消す。
(2)  上記部分につき、一審原告の本訴請求をいずれも棄却する。
(3)  一審原告は、一審被告に対し、60万円及びこれに対する平成28年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)  一審被告のその余の反訴請求を棄却する。
2  一審原告の控訴を棄却する。
3  訴訟費用は、第1、2審を通じて、本訴、反訴とも、これを25分し、その2を一審被告の負担とし、その余を一審原告の負担とする。
4  この判決は、第1項(3)に限り、仮に執行することができる。
 

事実及び理由

第1  控訴の趣旨
1  一審原告
(1)  原判決を次のとおり変更する。
(2)  一審被告は、一審原告に対し、516万2058円及びうち460万1853円に対する平成26年3月5日から、うち28万8114円に対する平成26年3月26日から各支払済みまで、年14.6パーセントの割合による金員を支払え。
(3)  一審被告は、一審原告に対し、394万0992円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)  一審被告は、一審原告に対し、23万2220円及びこれに対する平成26年9月30日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(5)  一審被告の反訴請求を棄却する。
(6)  上記(2)及び(4)につき仮執行宣言
(一審原告は、上記(4)について、当審において、原審における50万円及びこれに対する平成26年9月30日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める請求を上記のように減縮するとともに、原判決に対する不服申立ての範囲を上記(2)ないし(5)の範囲に限定した。)
2  一審被告
(1)  原判決中一審被告敗訴部分を取り消す。
(2)  上記部分につき、一審原告の請求をいずれも棄却する。
(3)  一審原告は、一審被告に対し、280万円及びこれに対する平成28年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)  上記(3)につき仮執行宣言
第2  事案の概要
1(1)  本件は、一審被告に雇用されていた一審原告を一審被告が懲戒解雇したことに関連して、一審原告及び一審被告がそれぞれ以下の請求をする事案である。
ア 一審原告の本訴請求
(ア) 一審原告と一審被告との労働契約に基づく賃金支払請求(aないしeの主たる請求の合計額は489万0237円、これに下記a②を加えると、516万2058円となる。)
a 平成24年1月分から平成25年11月分までの所定時間外、法定時間外、法定休日及び深夜の各労働(一括して、以下「残業」という。)に基づく賃金(以下、一括して「残業代」という)合計394万0992円並びにこれに対する①各支払日の翌日から解雇の日である平成26年3月4日までの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金合計27万1821円及び②解雇の日の翌日である平成26年3月5日から支払済みまで、賃金の支払の確保等に関する法律(以下「賃確法」という。)施行令所定の年14.6パーセントの割合による遅延利息
b 平成25年11月分の賃金残金(残業代を除く。以下「基本給等残金」という。)35万4972円及びうち35万4852円(上記基本給等残金から持株奨励金120円を控除した額)に対する上記平成26年3月5日から支払済みまで、賃確法施行令所定の年14.6パーセントの割合による遅延利息
c 同年12月分の基本給等残金7万0470円及びうち7万0320円(上記基本給等残金から持株奨励金150円を控除した額)に対する同日から支払済みまで、賃確法施行令所定の年14.6パーセントの割合による遅延利息
d 平成26年1月分の基本給等残金23万5689円及びこれに対する同日から支払済みまで、賃確法施行令所定の年14.6パーセントの割合による遅延利息
e 同年2月分の基本給等残金28万8114円及びこれに対する支払日の翌日である同年3月26日から各支払済みまで、賃確法施行令所定の年14.6パーセントの割合による遅延利息
(イ) 一審原告と一審被告との労働契約に基づく立替金請求
一審被告の営業のため経費(交通費、接待費等)として一審原告が立て替えた50万円及びこれに対する請求の日(一審原告の訴状に代わる準備書面の送達日)の翌日である平成26年9月30日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延利息(損害金)
(ウ) 不当利得返還請求
顧客の頭金及び代金の一部を一審原告が負担して一審被告に支払い、一審被告が不当利得した223万8500円及びこれに対する請求の日の翌日である平成26年9月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延利息(損害金)
(エ) 労働基準法(以下「労基法」という。)114条、37条に基づく付加金請求
上記(ア)aの残業代合計394万0992円と同額の付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命ずること
イ 一審被告の反訴請求
一審原告が不正な営業活動を行い、これにより一審被告に損害が生じたとして、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権1653万4560円及びこれに対する不法行為の後で、請求の日(一審被告の反訴状送達日)の翌日である平成28年10月18日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
(2)  原審は、①本訴請求のうち、賃金支払請求(上記(1)ア(ア))について、平成24年1月分から平成25年11月分に係る残業代191万1867円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる限度で認容したが、その余は、平成26年1月23日を解雇の日と認定した上で、弁済(自宅待機を命じた日前の部分)、民法536条1項の危険負担(自宅待機を命じた日以後解雇の日までの部分)又は契約の終了(解雇の日後の部分)により債務が消滅したとして、いずれも棄却した。営業経費の立替金請求(上記(1)ア(イ))については、17万1030円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる限度で認容し、不当利得返還請求(上記(1)ア(ウ))については、一審被告に利得がない又は非債弁済に当たるとして、これを棄却した。付加金請求(上記(1)ア(エ))については、除斥期間が経過していない平成24年8月分ないし平成25年11月分までの割増賃金について75万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる限度で認容した。
一方、②反訴請求(上記(1)イ)については、一審原告による不正な営業活動が不法行為又は債務不履行に当たるとして、1373万4560円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる限度でこれを認容した。
一審原告及び一審被告は、いずれもこれを不服として、本件各控訴を提起した。なお、一審原告は、当審において、上記(1)ア(イ)の請求を23万2220円及びこれに対する平成26年9月30日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める範囲に減縮し、同ア(ウ)の請求について控訴の対象としていない。
2  前提事実
前提事実は、次のとおり補正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2(原判決4頁22行目から12頁13行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 5頁12行目の「リース会社とのリース契約等」を「信販会社やリース会社との契約等」に改める。
(2) 9頁21行目の「容認してない」を「容認していない」に改める。
(3) 11頁12行目冒頭から12頁13行目までを削る。
3  争点
(本訴請求)
(1) 平成24年1月分から平成26年2月分までの基本給等残金の支払請求権の有無
ア 懲戒解雇の意思表示の有無及びその時期
イ 懲戒解雇の効力
ウ 就労義務の履行不能が一審被告の責めに帰すべき事由によるものか。
(2) 平成24年1月分から平成25年11月分までの残業代の支払請求権及びこれに対する付加金請求の有無
ア 事業場外労働みなし制の適用の有無
イ 一審原告の労働時間と残業代
ウ 労基法37条違反の有無
(3) 労働契約に基づく経費立替金の償還請求権の有無
(反訴請求)
(4)ア 反訴及びその訴え変更の適法性
イ 不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権の有無
4  争点に関する当事者の主張
争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記第3の3ないし8のとおり当審における一審原告の主張を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の4(ただし、(6)を除く。)(原判決13頁1行目から19頁7行目まで、20頁8行目から24頁20行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 13頁2行目冒頭から15頁2行目までを次のとおり改める。
「(1) 争点(1)ア(懲戒解雇の意思表示の有無及びその時期)について
ア 一審被告の主張
一審被告は、平成26年1月7日、一審原告に対し、懲戒委員会議事録(書証略)及び就業規則を提示して、労働基準監督署から解雇予告の除外認定(労基法20条3項、19条2項)の日付で懲戒解雇する旨伝えており、上記除外認定がされた平成26年1月20日をもって、解雇の効力が生じた。一審原告は、それまでの事情聴取における自認書(書証略)の作成、その後の労働基準監督署での事情聴取、一審被告からの解雇を前提とした電話や同月23日の電子メール(書証略)等によって自らが懲戒解雇されたことを明確に認識した。
イ 一審原告の主張
一審被告は、平成26年3月4日付通知書(書証略)をもって一審原告を解雇する旨の意思表示をしており、一審原告は、それ以前には一審被告から口頭でも懲戒解雇に付する旨伝えられていない。労働基準監督署の除外認定が出たら解雇するというのは、不確定期限又は停止条件付の解雇予告であって認められない。
(2) 争点(1)イ(懲戒解雇の効力)について
ア 一審被告の主張
一審原告は、一審被告に在職中、工務店向けに住宅商品開発等に関するノウハウを紙媒体・電磁的記録媒体等にシステム化した商品を販売する営業活動に従事しており、一審被告は、こうした営業活動に対して、販売数等に応じて成績給を支給する仕組みを採用していた。
一審原告は、上記の仕組みを悪用して、①顧客である工務店に対して、あたかも一旦締結した商品の売買契約がキャンセル可能であるかのような詐言を弄する等して、一審被告において認められていない「仮契約」等を行い、一審被告に対して、適正な契約を締結したかのように報告して、217万5947円の成績給を詐取した。また、一審原告は、②上記の「仮契約」の締結に当たり、一審被告の社印を勝手に用いたのみならず、顧客を信用させるために、一審被告社内の議事録をねつ造するなどし、③日常的に、顧客の歓心を買うために一審被告において予定していないサービスが実施されるかのような詐言も弄していた。そのため、一審被告は、成績給のみならず、顧客からのクレーム対応に係る諸経費、信販会社への返金処理、違約金の支払いその他莫大な損害を被った。一審原告の上記行為は、一審被告の就業規則94条の9号(「職務上の地位を利用して自己又は他人の利益を図り、または図ろうとしたとき」)、10号(「故意又は重大な過失により会社財産に著しい損害を及ぼしたとき」)及び19号(「会社の許可なく私事に関する金銭取引その他の証票類に当事者として会社の捺印を用いたとき」)の各懲戒事由に該当する。
イ 一審原告の主張
否認ないし争う。成績給は、契約が成立しなければ発生せず、中途解約となればマイナスとなるので、結果的に詐欺に当たらない。また、会社の印鑑を勝手に使用したことはあっても、偽造したことはなく、顧客との取引のために用いたもので、19号の「私事に関する金銭取引その他の証票類」に該当しない。サービスについても、アフターケアの訪問サービスや商品販売の支払の猶予する約束をしたことはあるが、飽くまで顧客のために自分ができる範囲のことをしたまでで、会社に損害を与える故意や過失はなく、会社に著しい損害を及ぼしたこともない。一審原告は、過重なノルマを課され、1か月の売上げが1000万円を超えなければ各種控除後の手取り額が3万円にも満たない過酷な労働環境の下で、上司からのプレッシャーの中でやむを得ず行ったものである。仮契約は、本契約に至る前提で営業のリップサービスとして行われたもので、実際に本契約に至っている。サポートサービスも飽くまで新たな営業のためのものである。
(3) 争点(1)ウ(就労義務の履行不能が一審被告の責めに帰すべき事由によるものか。)について
ア 一審被告の主張
一審原告は、一審被告に不当営業活動が発覚した後も、一審被告に虚偽の報告をする、上司の許可を得ないで不当営業活動の相手方である顧客を訪問するなど、不当営業活動を糊塗する姿勢が極めて顕著であった。顧客を巻き込み、犯罪にも該当する不当営業活動の重大性と一審原告による関係証拠隠滅の具体的危険を考慮すると、一審原告を勤務させるべきでない緊急かつ合理的な理由があった。本件自宅待機には緊急かつ合理的な理由があり、自宅待機の期間も必要かつ合理的な期間にとどまるから、一審被告は、本件自宅待機以降、一審原告に対し、賃金支払義務を負わない。
イ 一審原告の主張
本件自宅待機は一審被告の都合によるものであり、一審原告の不当営業活動に対する調査の必要によるとしても、一審原告は不当営業活動を全て認めており、長期間にわたる無給の自宅待機を必要とする再発防止や証拠隠滅防止の必要はなかった。一審被告就業規則は、調査のための無給期間を15日に制限しているから、それを超える無給の自宅待機に合理性はないし、平成25年12月28日には一審被告による懲戒処分のための調査も終了していたから、調査の必要があるときの15日以内の無給の出勤停止を定めた就業規則101条を適用する余地もない。
一審被告は、一審原告に対し、平成25年11月1日から平成26年2月末日までの基本給の支払義務を免れない。」
(2) 15頁3行目冒頭から末尾までを「(4) 争点(2)ア(事業場外労働みなし制の適用の有無)について」に改める。
(3) 17頁12行目冒頭から末尾までを「(5) 争点(2)イ(一審原告の労働時間と残業代)について」に改める。
(4) 同頁14行目、18行目、24行目及び26行目並びに18頁2行目の各「別紙」を「原判決別紙」に改める。
(5) 18頁7行目冒頭から末尾までを「(6) 争点(2)ウ(労基法37条違反の有無)について」に改める。
(6) 同頁15行目冒頭から末尾までを「(7) 争点(3)(労働契約に基づく経費立替金の償還請求権の有無)について」に改める。
(7) 同頁16行目の末尾に「(なお、一審原告は、当審において、経費立替金の償還請求権に係る請求を減縮したことに伴い、その原因を後記(ア)に限定した。)」を加える。
(8) 20頁8行目冒頭から末尾までを「(8) 争点(4)ア(反訴及びその訴え変更の適法性)について」に改める。
(9) 21頁9行目冒頭から末尾までを「(9) 争点(4)イ(不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求権の有無)について」に改める。」
(10) 23頁18行目、20行目及び24行目並びに24頁17行目及び19行目の各「リース会社」を「信販会社やリース会社」に改める。
第3  当裁判所の判断
1  当裁判所は、原審とは異なり、一審原告の本訴請求は理由がないが、一審被告の反訴請求は下記8のとおり、1433万4560円及びこれに対する平成28年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で認容すべきであると判断する。その理由は、次のとおりである。
2  認定事実
認定事実は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の1(原判決24頁22行目から32頁20行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
(1) 26頁5行目の「内容も」の次に「訪問日、訪問目的、訪問先の名称及び住所・電話番号を記載するという極めて」を加える。
(2) 27頁19行目の「〔」を「(」に改め、20行目の「ただし」から28頁1行目の「適格性がない。」までを削り、同1行目の「〕」を「)」に改める。
(3) 30頁1行目の「21社」を「21名」と改める。
(4) 同頁17行目の「成果給」を「成績給」に改める。
(5) 同頁26行目から31頁1行目の「任意のキャンセル」の次に「が」を加える。
3  争点(1)について
(1)  争点(1)ア(懲戒解雇の意思表示の有無及びその時期)について
ア 前記認定の事実によると、一審被告は、平成25年12月28日、懲戒委員会を開催して、一審原告を懲戒処分とすること、平成26年1月6日に労働基準監督署に解雇予告手当の除外認定を申請し、認定可否の判定日付の懲戒解雇処分とすることなどを決定し、平成26年1月7日、一審原告に対し、上記懲戒委員会の議事録を提示して、労働基準監督署の除外認定の日付で正式に懲戒解雇になる予定である旨を伝えている。そうすると、一審被告は、平成26年1月7日の時点で、一審原告に対し、労働基準監督署の除外認定の判定がされる日を期限として懲戒解雇とする旨の意思表示をしたと認めるのが相当である。そして、この期限は確定日をもって定められていないものの、一審被告は当該意思表示をした前日の1月6日に労働基準監督署に解雇予告の除外認定の申請をし、労働基準監督署による判断が早晩されることが予想されること(労働基準監督署は、解雇予告手当の除外認定申請書が提出された場合には、事の性質上特に迅速に処理、決定する方針で対処することとされている(昭和63年3月14日基発第150号「労働基準法関係解釈例規について」参照))、一審原告としても、一審被告が申請した除外認定がされた時点で懲戒解雇となることをあらかじめ予想することができたこと、除外認定の申請に対する判断がされれば、事の性質上、一審被告から一審原告に対しその旨の通知がされるはずであり、実際、除外認定がされた後同月23日にはCが電子メールによって一審原告に解雇したことを通知していることからすると、一審被告が上記のような期限を付して行った解雇の意思表示は、解雇の相手方である一審原告を一方的に不安定な状態に置くとまではいえず、有効であると解するのが相当である(なお、原審口頭弁論期日調書(第4回)には、一審被告が「解雇予告の除外認定が出たら解雇する旨を告げた」とあり、労働基準監督署の除外認定がされることを停止条件として解雇の意思表示をしたとみられるような記載があるが、上記のとおり、一審被告の懲戒委員会は、認定可否の判定日付の懲戒解雇処分とすることを決定したものであり、一審被告は、一審原告に当該委員会の議事録を提示して解雇を告知していること、労働基準監督署の除外認定は、解雇の意思表示の効力要件でないと一般に解されていることなどからすると、上記口頭弁論期日における一審被告の主張は、正しくは、解雇予告の除外認定の判定がされた日をもって解雇とする旨の意思表示をしたとみるのが相当である。)。のみならず、一審原告を懲戒解雇とすることは、平成25年12月28日の懲戒委員会の決定によって、既に一審被告の意思として形成されていたところ、一審被告は、平成26年1月7日に一審原告に対してこれを告知し、更に同月23日、Cが一審原告に宛て電子メールを送付し、解雇したことを明らかにして健康保険証等の返却を求めているのであるから、一審被告は、少なくともCを通じて解雇の意思を表示したと認められ、遅くとも同日をもって解雇の意思表示が到達したとみることができる。
以上によれば、一審原告と一審被告との間の労働契約は、平成26年1月7日の懲戒解雇の意思表示により、同月20日の到来をもって終了し、遅くとも同月23日の電子メール(書証略)が一審原告に送信され、一審原告がこれを受信したことにより同日をもって終了しているというべきである。
イ 一審原告は、Cが解雇を通知する権限を有しておらず、平成26年1月23日のCの電子メールによる解雇の意思表示は認められない、そもそも一審被告は、Cの電子メールにより解雇の意思表示をしたと主張していないのであるから、弁論主義にも違反していると主張する。
しかし、一審被告の解雇の意思表示が平成26年1月20日にその効力を生じたことは前掲判断のとおりである。この点を措くとしても、前記認定事実によると、一審原告が従事していた業務は、コンサルティング事業部の所掌に属するところ、同事業部は一審原告を含む営業全般を統括しており、Cは平成26年1月当時、同事業部の業務管理室長として一審原告を統括する立場にあったから、同人は、一審被告において決定された解雇の意思表示を伝達する権限を有していたと認められる。したがって、Cが電子メールにより通知した解雇の意思表示は、一審原告に対して有効に伝達されたと解するのが相当である。
なお、上記のとおり、一審被告は、一審原告に対し、平成26年1月7日に解雇の意思表示をしたと主張していたのであるから、改めてした解雇の意思表示が同月23日をもって効力を生じたと認定しても、弁論主義に反するとみることはできない。
したがって、一審原告の主張は採用できない。
(2)  争点(1)イ(懲戒解雇の効力)について
争点(1)イについての判断は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の2(1)ウ(原判決34頁11行目から35頁5行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
ア 34頁11行目の「ウ」を「ア」、「前記第2」から12行目の「認定判断」までを「前記前提事実((1)イ、(2)ア(ウ)、(エ)、(カ)、イ、ウ、キ、(3)ア、カ、キ)及び認定事実((3)ア、キ、(4))」、12行目の「成果給」を「成績給及び営業手当成績分」にそれぞれ改める。
イ 35頁4行目から5行目の「言わざるを得ない」を「言うことができる」に改める。
ウ 同頁5行目末尾の次に改行の上次を加える。
「イ 一審原告は、成績給について結果的に詐欺に当たらない、会社の印鑑は顧客のために用いたもので、印鑑を使用したことは「私事に関する金銭その他の証票類」に当たらない、サービスの約束も顧客のために自分ができる範囲のことをしたまでで、損害を与える故意過失がない、仮契約やサポートサービスもあくまで営業のために行われたものであるなどと主張するが、一審原告の不当営業活動に係る行為が一審被告が容認していない方法、内容、態様等によるものであったことは前掲判示のとおりであるから、一審被告就業規則の懲戒解雇事由に該当することは明らかであり、一審原告の主張は採用できない。
ウ 以上によれば、一審被告がした解雇は有効である。」
(3)  争点(1)ウ(就労義務の履行不能が一審被告の責めに帰すべき事由によるものか。)について
争点(1)ウについての判断は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の2(2)(原判決35頁10行目から37頁26行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
ア 35頁11行目の「ア」を削る。
イ 同頁17行目の「前記1(2)、(3)の認定事実を総合すれば」を「前記認定事実によれば、」に改める。
ウ 36頁3行目冒頭から37頁26行目末尾までを次のとおり改める。
「 そして、一審被告は、調査を進めた上、平成25年12月28日に懲戒委員会を開催して、一審原告を懲戒処分に付することを決定し、正式には労働基準監督署の除外認定の日付で行うこととし、平成26年1月7日に一審原告にその旨告知し、同月20日に除外認定を受け、同月23日にも改めて解雇の通知をしているのであるから、これら一連の経緯に照らすと、一審被告が自宅待機を不当に引き延ばしていたと認めることもできず、一審被告において同月20日まで一審原告を就労させなかったことをもって、一審被告の責めに帰すべき事由により一審原告の債務を履行することができなかったとみることはできない。」
(4)  平成24年1月分から平成26年2月分までの基本給等残金の支払請求権
以上によれば、一審原告が一審被告から自宅待機を命じられた平成25年12月19日から平成26年1月20日までの間は、民法536条1項により、一審原告に賃金支払請求権は発生せず、同月21日以降は、解雇により労働契約関係が消滅しているから、賃金支払請求権は生じない。
なお、証拠(書証略)によれば、上記の平成25年12月19日前に発生した一審原告に係る基本給等賃金のうち、一審原告に支給していなかった額は27万6300円であり、一審被告は、平成26年1月29日、これを一審原告の銀行預金口座に振り込んだことが認められるから、一審被告の賃金支払債務はこれにより消滅している。
したがって、一審原告の本訴請求のうち、平成25年11月分から平成26年2月分までの基本給等残金の支払を求める請求(前記第2の1(1)ア(ア)bないしe)は、理由がない。
4  争点(2)について
(1)  争点(2)ア(事業場外労働みなし制の適用の有無)について
ア 事業場外労働の労働時間算定の困難性
(ア) 争点(2)アのうち、「事業場外労働の労働時間算定の困難性」についての判断は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の3(1)(原判決38頁16行目から40頁21行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
a 38頁26行目冒頭から39頁7行目末尾までを削る。
b 同頁8行目の「前記第2の2」から40頁19行目までを次のとおり改める。
「 前記前提事実((1)ウ)及び認定事実((1)アないしウ、オ、(3)ア)によれば、一審原告が従事していた業務は、事業場(支店)から外出して顧客の元を訪問して、商品の購入を勧誘するいわゆる営業活動であり、その態様は、訪問スケジュールを策定して、事前に顧客に連絡を取って訪問して商品の説明と勧誘をし、成約、不成約のいかんにかかわらず、その結果を報告するというものである。訪問のスケジュールは、チームを構成する一審原告を含む営業担当社員が内勤社員とともに決め、スケジュール管理ソフトに入力して職員間で共有化されていたが、個々の訪問スケジュールを上司が指示することはなく、上司がスケジュールをいちいち確認することもなく、訪問の回数や時間も一審原告ら営業担当社員の裁量的な判断に委ねられていた。個々の訪問が終わると、内勤社員の携帯電話の電子メールや電話で結果を報告したりしていたが、その結果がその都度上司に報告されるというものでもなかった。帰社後は出張報告書を作成することになっていたが、出張報告書の内容は極めて簡易なもので、訪問状況を具体的に報告するものではなかった。上司が一審原告を含む営業担当社員に業務の予定やスケジュールの変更について個別的な指示をすることもあったが、その頻度はそれ程多いわけではなく、上司が一審原告の報告の内容を確認することもなかった。
そうすると、一審原告が従事する業務は、事業場外の顧客の元を訪問して、商品の説明や販売契約の勧誘をするというものであって、顧客の選定、訪問の場所及び日時のスケジュールの設定及び管理が営業担当社員の裁量的な判断に委ねられており、上司が決定したり、事前にこれを把握して、個別に指示したりすることはなく、訪問後の出張報告も極めて簡易な内容であって、その都度具体的な内容の報告を求めるというものではなかったというのであるから、一審原告が従事していた業務に関して、使用者が労働者の勤務の状況を具体的に把握することは困難であったと認めるのが相当である。」
(イ) 一審原告は、一審原告の業務について、訪問のスケジュールがあらかじめ確定され、基本的にそれを遵守することが求められており、上司から訪問について具体的に指示されたり、訪問の回数や時間について指示されたりすることもあった、出張報告書とスケジュール管理ソフトを併用すれば、容易に顧客訪問時間とそのための移動時間等を確認することができ、毎回ではなくても訪問先の顧客を確認することも可能で、一審被告において一審原告の勤務の状況を具体的に把握できるのであるから、「労働時間を算定し難いとき」には該当しないなどと主張するが、一審原告の所属する事業場において、訪問のスケジュールがあらかじめ確定されていた、あるいは上司から具体的な指示を受けることが通例であったという事実を認めることができないことは、前掲判示のとおりであり、上司が顧客の訪問状況を具体的に把握するような体制が採られていたとは認められないから、一審原告の主張は理由がなく、採用できない。
イ 労使協定の有効性
(ア) 事業場外労働みなし制の下では、所定労働時間労働したものとみなされるが、業務を遂行するために所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合は、当該業務に関して、厚生労働省令の定めるところにより、「当該業務に通常必要とされる時間」労働したものとみなされる(労基法38条の2第1項)。その場合、当該業務に関し、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合又はこれがないときは過半数代表者との間で書面による協定があるときは、その協定で定める労働時間を通常必要時間とするものとされている(同条の2第2項)。
ここで、過半数代表者については、労基法41条第2号に規定する監督又は管理の地位にある者でないこと、労基法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であることが求められている(労基法施行規則6条の2)。これは、事業場の労働者を代表して当該事項の協定を締結するにふさわしい者を過半数代表者として選出しようとする趣旨に基づくものと解されるところ、かかる趣旨からすれば、代表者は、労働者の過半数において当該対象者の選任を支持していることが明確になる手続によって選出された者であって、使用者の意向によって選出された者でないことを要し、かつそれをもって足りると解するのが相当である。
(イ) これを本件についてみるに、証拠(略)によれば、一審被告においては、事業所単位で従業員代表を選出する方法として、「○○さんを従業員代表者とすることに同意します。」と記載された同意書に当該事業場の従業員が署名押印するという方法が採られているところ、一審原告が所属していたX1支店の同意書(書証略)には所属従業員全員、X2支店の同意書(書証略)には、それぞれD又はEを除く所属従業員全員の署名と押印がされており、当該事業場の労働者全員がF、D又はE(以下「Fら」という。)を過半数代表者として選任することを支持していることが明確にされている。
一審原告は、同意書の回覧開始時において、同意書に支店長等の意向に基づいてFらの氏名が記入されていたと供述するところ、これを裏付ける的確な証拠はない。そして、Fらを過半数代表者に選出することについて一審被告がその選出方法に関与し、その意向によってFらが選出された事実は、本件証拠によっても認めることはできない。
なお、証人Gは、事業場外みなし労働に関する協定の締結に関して、一審被告全体の労使協議で1日9時間とみなすのが妥当であることを決め、それに基づき各事業所ごとに労働者の過半数代表者を選任して協定を結ぶことを認めた上で、本社人事部所属の者を労使の協議の相手方としていることが多いと供述しているが、同供述は、飽くまで一審被告の本社における労使協議について述べたにとどまり、各支店における協定の締結や代表者の選任について本社が指示していることを認めたものではない。かえって、Gは、各支店における手続について、必要書類が届き、当該書類に従業員代表を自薦他薦問わず選んでほしい旨、その者が協定書の内容を確認した上で署名捺印するように指示していること、方法は様々であるが、話し合った上で従業員代表を決め、従業員からその署名捺印のある同意書を徴求していること、支店長宛てに何か指示を出しているという認識ではないことを供述し、むしろ、各事業所の労働者において代表者を選任しており、本社が関与していることを否定しているものとみることができる。したがって、Gの上記供述をもって、各事業場において、本社の意向に基づいて代表者が選任されていると認めることはできない。
(ウ) また、一審原告が所属したX1及びX2の各支店において、Fらを過半数代表者として選任した際の同意書には、「○○さんを従業員代表者とすることに同意します。」と記載されているだけで、事業場外労働みなし制に係る協定に関する過半数代表である旨が記載されていないが、一審被告のコンサルティング事業部が事業場外労働みなし制度を採用しており、このことは、営業社員が所属する各事業場では当然のこととして認識が共有されていたとみることができるから、残業時間に関する協定が事業場外労働みなし制度(労基法38条の2第2項)に関する協定を指すことは、一審原告が所属していた各支店においても周知の事実であったと認められる。ちなみに、一審原告も残業問題に関する協定であるという限りでは、これを認識していた旨自認している(証拠略)。そうすると、各支店の労働者が事業場外労働みなし制度に関する同意書であることを認識して署名押印したものと認められるから、Fらの選出手続は、労基法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施されたと認めることができる。
(エ) 以上からよれば、Fらは、労基法38条の2第2項の過半数代表者に当たるから、Fらと一審被告との間で締結された事業場外労働に関する協定は有効と解するのが相当である。
(2)  平成24年1月分から平成25年11月分までの残業代の支払請求権
Fらが一審被告と締結した協定(書証略)において、各事業場における営業担当社員についての通常必要時間が9時間と定められていることは前記前提事実((2)エ)のとおりであり、一審被告が一審原告に対して、上記労働時間に対応する賃金を割増分も含めて支払っていることは当事者間に争いがない。
そうすると、その余の点について判断するまでもなく、一審原告の本訴請求のうち、平成24年1月分から平成25年11月分までの残業代の支払を求める請求(前記第2の1(1)ア(ア)a)は理由がない。
5  争点(2)ウ(労基法37条違反の有無)について
Fらと一審被告が締結した協定に基づき、一審原告の労働時間が9時間とみなされ、一審被告がこれに対応する賃金を割増分も含めて支払っていることは、前掲4で判示するとおりであり、一審被告が労基法37条に違反したものとは認められないから、一審原告の本訴請求のうち、付加金を求める請求(前記第2の1(1)ア(エ))も理由がない。
一審原告は、一審被告が賃金を支払わないことはそれだけで悪質な行為であり、本件訴訟における一審被告の訴訟対応や原判決後にも任意に支払おうとしない一審被告の態度に照らすと、上限満額の付加金の支払が命じられるべきであると主張するが、そもそも労基法37条違反の事実が認められないから、その前提において失当であり、採用できない。
6  争点(3)(労働契約に基づく経費立替金の償還請求権の有無)について
一審原告は、自らが一審被告の営業のための経費(以下「営業経費」という。)23万2220円を立て替え、一審原告と一審被告との間の労働契約に基づき、その償還を求めている(なお、一審原告は、当審において経費立替金の償還請求を上記金額に減縮している。)。
しかし、一審原告は、その請求する営業経費を一審被告において負担すべきであるとする労働契約上の具体的な根拠を明らかにしていない。一審原告と一審被告との間の労働契約に一審原告が立て替えた営業経費を一審被告が負担する旨の定めがあったことについての主張はなく、本件証拠によってもかかる事実を認めることはできない。もっとも、一般に、企業において従業員が出張した場合にその精算に関する規程が設けられていることが多く、この場合、出張費用の立替えに関して、労働契約の内容になっている、あるいは経費の立替えに関する黙示の合意があると解する余地もあるが、一審被告就業規則その他の規程に営業経費の立替えに関する定めがあり、一審原告の請求する営業経費が当該定めに従っていることについては、一審被告から「事前承認及び事後の検認手続履践を条件として、一審原告が必要な経費を立て替え、一審被告がこれを償還するというものであるところ、一審原告はこれに従っていない。」という主張がされているだけで、それ以上に具体的な主張はされておらず、本件証拠によっても営業経費の償還に関する定めがあり、一審原告が立て替えた金員がその定めに従っている事実を認めることはできない。
そうすると、一審原告と一審被告との間で一審原告が営業経費として支出した金員を一審被告において負担する合意があることを認めることはできないから、労働契約に基づく立替金の請求(前記第2の1(1)ア(イ))も理由がない。個々の支出に関する一審原告の主張は、前提を欠き採用の限りでない。
7  争点(4)ア(反訴及びその訴えの変更の適法性)について
(1)ア  一審被告の反訴が提起された当時、一審原告の本訴請求は、賃金の支払請求、労基法37条違反を理由とする付加金請求、営業経費の立替金請求、不当利得返還請求のほか、一審原告が普通解雇されたことの確認請求が掲げられており、そのうち、賃金支払請求や上記確認請求に関する具体的な争点は、①解雇の意思表示の有無及びその時期、②懲戒解雇事由の存否、③自宅待機命令の正当性、④労基法38条の2第1項の要件該当性及び⑤同条の2第2項の適用の可否と多岐にわたっていた。その中で、一審被告は、上記②の争点に関して、懲戒解雇の事由として、〈a〉一審原告が一審被告において認められていない「仮契約」等を行い、一審被告に対して、適正な契約を締結したかのように報告して、217万5947円の成績給を詐取したこと、〈b〉一審原告が上記「仮契約」の締結に当たり、一審被告の社印を勝手に用いる、一審被告社内の議事録をねつ造するなどしていたこと、〈c〉顧客の歓心を買うために一審被告において予定していないサービスが実施されるかのような詐言も弄していたことを挙げ、一審原告の上記各行為によって、一審被告は、成績給のみならず、顧客からのクレーム対応に係る諸経費、信販会社への返金処理、違約金の支払いその他莫大な損害を被ったとし、かかる一審原告の行為が一審被告就業規則94条の9号、10号及び19号に該当すると主張していた。一方、一審被告の反訴請求は、一審被告がそれまで主張していた一審原告の上記各行為を不法行為ないし債務不履行に当たると主張して、一審原告に対し、損害賠償を請求するものであって、当該反訴請求の基本部分は、本訴請求における上記②の争点と共通しているから、反訴請求が本訴請求に関連していることは明らかである。本訴における主要な争点が未払賃金に関する部分であって、一審原告は、最終的に普通解雇の確認の訴えも取り下げているから、不当営業活動の有無等は、未払賃金の争点と関係がなく本訴請求の攻撃防御方法との関連性は希薄であるとする一審原告の主張は、上記の判示に照らし、採用できない。
イ  そして、反訴が提起されたのが原審の弁論準備手続中の平成28年10月14日であることは当裁判所に顕著であるところ、当時は、本訴についての主張整理が進んでいたものの、人証調べは終了しておらず、反訴状が陳述された第12回弁論準備手続期日において初めて一審原告から原告本人尋問の申出がされたところである。そうすると、本件反訴は、本件請求に関する審理の終結間際に提起されたということはできないのであるから、著しく訴訟手続を遅滞したとみることはできない。そして、このように解したとしても、前掲判示のとおり、反訴請求の主要部分は、本訴請求における争点と共通であるから、紛争の一回的解決の点からみて同一の訴訟手続で解決することが相当であり、一審原告としても、本訴における一審被告の防御方法から後に反訴請求がされることを十分に予期することができたといえるから、反訴の提起によって一審原告が不当に不利益を被るとみることもできない。
一審原告は、反訴を適法とするのであれば、個別の損害について十分な主張立証が必要で審理に更に時間がかかるから、著しく訴訟手続を遅滞させると主張するが、本件反訴の提起が本件請求と関連性を有し、審理終結間際にされたものでないことは前掲判示のとおりであるから、一審原告の主張は採用できない。
なお、一審原告は、反訴が不適法であることを前提に一審原告本人以外に証人尋問の申請をしなかったのであるから、原審が反対尋問の行えない信用力のない顧客の陳述書等を基礎に判断したことは、手続的保障に欠けると主張するが、かかる主張は反訴の要件に関するものでなく、失当である。
したがって、本件反訴は適法である。
(2)ア  一審被告による訴えの変更が適法であることは、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の8(2)(原判決55頁2行目から15行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。訴えの変更により個別の損害に関する審理に更に時間がかかるから、著しく訴訟手続を遅滞させるとの一審原告の主張は、その前提において誤っており、採用できない。
(原判決の補正)
(ア) 55頁2行目の「適法な反訴であっても」から7行目末尾までを次のとおり改める。
「 一審被告の反訴請求の主たる請求額が当初1457万1015円であったところ、一審被告が原審の弁論準備手続において、平成29年2月13日付け訴え変更申立書で反訴の訴えを変更し、一審原告に詐取されたと主張する成績給及び営業手当成績分の合計額500万6100円を396万9645円に減額する一方、新たに信用毀損による無形の損害300万円を主張して、請求額を1653万4560円に拡張したことは当裁判所に顕著である。」
(イ) 同頁8行目の「前記第2の2前提事実(5)エ、オ」を「これ」に改める。
(ウ) 同頁10行目の「成果給」を「成績給及び営業手当成績分」に改める。
イ  したがって、訴えの変更も適法である。
8  争点(4)イ(一審原告の不法行為又は債務不履行)について
(1)  争点(4)イに関する判断は、次のとおり補正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」の9(ただし、(2)カを除く。)(原判決55頁19行目から59頁11行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
(原判決の補正)
ア 55頁21行目の「前記1(3)ア、イ、キの認定事実及び前記2(1)ウの認定判断によれば、」を「前記3(2)アのとおり、一審原告は、成績給及び営業手当成績分を得ることを主要な目的の一つとして顧客及び一審被告に対する偽計に当たる不当営業活動を繰り返しており、これが一審被告就業規則に定める懲戒事由に該当するところ、」に改める。
イ 56頁1行目の「意図的な行為」を「故意による行為」に改める。
ウ 58頁8行目の「リース会社」の前に「信販会社、」、11行目の「リース会社」の前に「信販会社及び」、20行目の「リース会社」の前に「信販会社や」をそれぞれ加える。
エ 同頁15行目冒頭から18行目の「ところ」までを次のとおり改める。
「 証拠(略)によれば、一審被告は、本件サービスの販売促進のため広告宣伝に費用を費やして、本件サービスのブランド価値を含む一審被告の信用の維持・向上を図っていることが認められるところ、前記認定事実(1(2)エ、(3)ア、キ)及び前記アないしエで認定したところからすれば」
オ 59頁2行目冒頭から11行目末尾までを次のとおり改める。
「 前記認定事実((3)ア)によれば、一審原告は、その不当営業活動により56件を下らない契約についてその締結過程に瑕疵を生じさせていることが認められる。また、証拠(書証略)によれば、一審原告の不当営業行為に関係した顧客は25名に上り、うち一審被告がこれら顧客に対して事情の説明、謝罪等を行い、再度の契約締結を打診する中で、11名の顧客からは正式な契約の締結を拒絶されていることが認められ、一審被告の企業イメージが少なからず傷つき、今後の販売活動に支障を生じさせるおそれがあることは否定できない。また、一審原告の不当営業活動が一審被告に発覚したのは、本件サービスの支払に関して提携している信販会社から顧客の苦情を受けている旨の情報提供があったことを契機としていることは前記認定のとおりであるところ、証拠(書証略)によれば、一審被告は、上記信販会社及びリース会社を含めた3社に対して、事情の説明や信販契約等の解約の依頼をしたことが認められ、これらの会社からも、今後より慎重な審査を求められる可能性も否定できないところである。さらに、証拠(書証略)によれば、平成26年1月時の一審被告のコンサルティング事業部の販売促進費が約2100万円、平成25年度全体では合計2億8000万円であることが認められ、一審被告が商品の販売促進に向けてまとまった額を投資して、企業価値を高めることに努力していることも認められる。そうすると、本件各証拠からは、一審被告に対する悪評が現実に流布されたこと、一審原告の不正な営業活動が報道で取り上げられたこと、他の営業担当社員による営業活動に具体的な支障が生じたこと、一審被告の売上や収益に一審原告の不正な営業活動の影響と認められるような減収があったことまでは認められないとしても、一審被告が被った無形の損害は軽視することができないものといえ、その損害額は、上記の各事情のほか本件に現れた一切の事情を考慮して80万円と認めるのが相当である。」
(2)  一審原告の当審における主張に対する判断
ア 一審原告は、一審被告が一審原告にパワハラを伴う長時間労働を強い、過大なノルマを課したという事情を考慮すれば、損害の公平な分担という見地から信義則上、損害賠償請求権は制限されるべきであるなどと主張するが、本件証拠上、一審原告が主張する事実まで認めることはできず、また、一審被告の労務管理に問題があるからといって、故意による違法行為を行うことが許されるものでないことは明らかであるから、採用できない。
イ また、一審原告は、コミッション(成績給及び営業手当成績分)について、契約がキャンセルになった分を除き、顧客には契約の意思があり、支払をして契約を継続していたのであり、解約するつもりであった顧客の意思を翻したわけではないから、これらについてのコミッションは不正受給とならないなどと主張する。
しかし、一審被告の成績給及び営業手当成績分は、一審被告が容認する方法による営業活動によって契約の成立に至った場合に支給されるものである。一審原告が一審被告との関係で、善管注意義務ないし誠実義務に反する不当営業活動を行っていたことは前掲判示のとおりであり、一審原告の不当営業活動により契約成立の外形を整えたものについては、一審原告に成績給及び営業手当成績分を支給する根拠がそもそもないのであるから、一審原告の違法な行為と成績給及び営業手当成績分の受給との間には、相当因果関係が認められる。
したがって、かかる一審原告の主張も理由がない。
ウ 一審原告は、不正契約の経費等のうち、商品については、未開封のまま一審原告から一審被告に引き渡しているものもあり、商品原価が無用な費用となっていないし、講演者の成功報酬についても、そもそも不正行為がないとすれば契約に至らなかったのであるから一審被告から講演者に対して返還を求めるべき筋合いのものであって、それをせずに一審原告に負わせるべき損害ではなく、不当営業活動との因果関係は認められないとも主張する。
しかし、一審原告が一審被告に引き渡した商品が未開封であったことを認めるに足りる的確な証拠はない。また、一審被告において、顧客から回収した商品を再利用せずに廃棄することが一般商取引上相当でないとまで認めることもできないから、顧客に提供した商品原価相当分を損害と認めることができる。講演者に支払った成功報酬相当分についても、そもそも仮契約の状態では講演者に対して成功報酬を支払うことができないのであるから、一審被告において契約が成立したと誤信して出捐した金員が損害に当たることは明らかであり、当該報酬分について講演者から返還を受けられるかどうかは、損害の発生と関係がない。
エ 一審原告は、さらに、顧客対応費用のうち、顧客を訪問するための交通費、宿泊費等の出張費用は、①実際に顧客対応をしていないCの伝聞の供述のみで個々の出張が必要不可欠であったかは不明であり、顧客への謝罪に合わせてシステムの販売促進をすることも否定できず、これらの出張が一審原告の不当営業活動の謝罪等のためとは認められない、②一審原告に費用を負担させることは、それによって契約が継続できたのであるから、一審原告に成功報酬の返還を求めることと矛盾するなどとして、出張費用は、一審原告に負担させるべき損害ではなく、不当営業活動との因果関係は認められないと主張する。
しかし、不正な営業活動が行われた場合に顧客に対して事情を説明し、事実確認や謝罪等を行うことは企業の対応としては当然のことであり、そのための出張費用は、そもそも不正な営業活動がなければ支出せずに済んだものであるから、これを相当因果関係のある損害と認めることは何ら不合理といえない。一審被告の主張に沿うCの供述は、格別不合理な点も認められず信用することができ、出張に併せてシステムの販売促進のための活動を行ったとしても、当該出張が不正な営業活動に対する顧客の対応を主たる目的としている以上、不当営業活動との間の因果関係は優に認められる。なお、上記出張費用の支出や上記イの成績給及び営業手当成績分の支給が、一審原告の不当営業活動を原因として生じたものであることは前掲判示のとおりであるから、そのいずれもが一審原告の行為と相当因果関係がある損害であり、それぞれの損害賠償を求めることが相当に矛盾するとはいえない。
したがって、この点の一審原告の主張も理由がない。
オ 一審原告は、顧客に無償提供を約束した商品・サービス等のうち、①Y1に無償提供した商品(「工務店のための小冊子データ」一式)について、通常の営業の範囲に属する行為であって、特別な補償とはいえない、②Y2に609万円を返還したことについて、高額な返金を行う根拠に乏しく、交渉にも関わっていない一審原告にそのまま負担させることは明らかに不当であって、不当営業活動との因果関係は認められないと主張する。
しかし、①について、Y1に対する上記商品の提供は、一審原告の不正な営業活動の結果として行われたものであるから、当該商品の価格相当額が相当因果関係のある損害であることは明らかであり、一般の営業活動の中でその種の商品の提供が行われることは、上記商品の提供を損害と認めることを妨げるものではない。また、②についても、顧客との協議の中で、顧客が支払った代金相当分を返還することは、不正な営業活動に起因した企業の顧客対応として十分に考えられるところであり、一審原告が主張するように根拠が乏しいなどということはできず、不正な営業活動を行った者に対して、その賠償を求めることが明らかに不当であるということもできない。
したがって、商品ないしサービスの無償提供に関する一審原告の主張も理由がない。
(3)  以上によれば、一審被告の反訴請求は、1433万4560円及びこれに対する平成28年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
9  結論
以上によれば、一審原告の本訴請求は理由がなく、一審被告の反訴請求は1433万4560円及びこれに対する平成28年10月18日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却すべきところ、これと異なる原判決は一部失当であって、一審被告の控訴の一部は理由があるから、上記のとおり、一審被告の控訴に基づき、原判決中一審被告の敗訴部分を取消し、上記敗訴部分について一審原告の本訴請求をいずれも棄却し、一審被告の反訴請求のうち60万円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ずる限度でこれを認容し、その余の反訴請求を棄却し、一審原告の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第8民事部
(裁判長裁判官 阿部潤 裁判官 岡野典章 裁判官 武笠圭志)
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