判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(44)平成29年 6月30日 東京地裁 平28(ワ)4530号 請負代金請求事件(本訴)、損害賠償請求事件(反訴)
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(44)平成29年 6月30日 東京地裁 平28(ワ)4530号 請負代金請求事件(本訴)、損害賠償請求事件(反訴)
裁判年月日 平成29年 6月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)4530号・平28(ワ)13334号
事件名 請負代金請求事件(本訴)、損害賠償請求事件(反訴)
裁判結果 請求棄却(本訴)、一部認容(反訴) 文献番号 2017WLJPCA06308011
要旨
◆被告会社から本件建物の内装工事を請け負った原告会社が、被告会社に対し、請負残代金の支払を求めた(本訴)ところ、被告会社が、原告会社に対し、本訴提起は不法行為であると主張して、損害賠償を求めた(反訴)事案において、本件建物の漏水事故に伴う協議の際に、原告会社と被告会社との黙示の合意により、原告会社の被告会社に対する本件請負残代金も消滅して清算された旨の本件清算合意が成立したと認めて、本訴請求を棄却する一方、本件請負残代金3880万円のうち1890万円が消滅したことについては、本件清算文書上も容易に理解することができ、原告会社の代表者も別訴事件における証人尋問においてそのことを認識していた旨を明確に証言しているから、本訴提起時において、原告会社は、本訴請求のうちの1890万円の支払請求が事実的、法律的根拠を欠いていることを知りながらあえて本訴を提起したと言わざるを得ないとして、同社の不法行為責任を認めるなどし、反訴請求を一部認容した事例
出典
ウエストロー・ジャパン
参照条文
民法632条
民法709条
民法710条
裁判年月日 平成29年 6月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)4530号・平28(ワ)13334号
事件名 請負代金請求事件(本訴)、損害賠償請求事件(反訴)
裁判結果 請求棄却(本訴)、一部認容(反訴) 文献番号 2017WLJPCA06308011
平成28年(ワ)第4530号請負代金請求事件(本訴)
平成28年(ワ)第13334号損害賠償請求事件(反訴)
東京都新宿区〈以下省略〉
本訴原告・反訴被告 マークホームズ株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 尹徹秀
横浜市〈以下省略〉
本訴被告・反訴原告 名取建設工業株式会社
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 中丸荘一郎
主文
1 本訴原告・反訴被告は,本訴被告・反訴原告に対し,189万円及びこれに対する平成28年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 本訴原告・反訴被告の本訴請求を棄却する。
3 本訴被告・反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は,本訴・反訴を通じてこれを6分し,その1を本訴被告・反訴原告の負担とし,その余は本訴原告・反訴被告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴
本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。)は,本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)に対し,3880万円及びこれに対する平成24年10月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 反訴
原告は,被告に対し,388万円及びこれに対する平成28年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件の事案の概要は,以下のとおりである。
(1) 本件本訴は,原告が,被告に対し,原告を請負人,被告を注文者として,平成24年5月1日,東京都港区〈以下省略〉所在の(仮)aビル新築工事につき建物内装工事請負契約を締結し,その後これを完成したと主張して,上記請負契約に基づき請負残代金3880万円及びこれに対する代金支払日の翌日である平成24年10月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 本件反訴は,被告が,原告に対し,原告は本訴請求に係る請負代金請求権が消滅しており,本訴において主張する権利又は法律関係が事実的・法律的根拠を欠いていることを知りながら違法に本訴を提起したものであると主張して,不法行為に基づき弁護士費用の損害388万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成28年4月29日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠又は弁論の全趣旨により容易に認めることのできる事実。なお,証拠を挙げていない事実は,当事者間に争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は,建築請負等を業とする株式会社であり,A(以下「A」という。)は,同社の代表取締役である。Aは,建築工事請負等を業とする株式会社ファースト(以下「ファースト」という。)の代表取締役も兼ねている。
イ 被告は,建築請負等を業とする株式会社であり,B(以下「B」という。)は,同社の代表取締役である。
(2)ア C(以下「C」という。)と被告は,Cを注文者,被告を請負人として,平成23年11月9日,東京都港区〈以下省略〉所在の土地上に別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築等の工事(以下「本件工事」という。)を代金1億4000万円で請負う旨の契約を締結した(以下「本件元請契約」という。)。なお,上記請負代金については,その後,1億4819万円に変更された。(甲3,乙9,弁論の全趣旨)
イ 被告とファーストは,被告を注文者,ファーストを請負人として,平成23年11月15日,本件工事を代金1億4519万円で請負う旨の契約を締結した(以下,原告が承継した後のものも含めて「本件請負契約」というときもある。)。(乙10)
ウ 同日,ファーストとタイヨー建設株式会社(以下「タイヨー」という。)は,ファーストを注文者,タイヨーを請負人として,本件工事について請負契約を締結した(以下「本件下請契約」という。)。
エ 本件建物を建てるに当たり,Cは,トリニティータークインターナショナル株式会社(以下「トリニティー」という。)に対し,完成後の本件建物を賃貸し,同建物においてトリニティが飲食店を営業することが合意された。そして,トリニティとファーストは,平成23年8月5日,本件工事について,トリニティが施主であるCにファーストを斡旋し,ファーストが本件工事を請け負った場合には,ファーストがトリニティに対し1890万円の業務委託料(以下「本件業務委託料」という。)を支払う旨の合意(以下「本件業務委託契約」という。)がされていたという経緯がある。(乙21,37)
(3) ファースト,トリニティ及び原告は,平成24年5月1日,原告がファーストから本件業務委託契約に係る契約上の地位を承継することについて合意をした。(乙35)
同日,原告と被告は,被告を発注者,原告を請負人として,本件工事のうち内装工事一式を含む残工事部分について代金4580万円で請け負う旨の建築工事請負契約(以下「本件内装工事契約」という。)を締結した。(甲1)
(4) 本件工事は,当初の引渡期限である平成24年6月30日までに完成せず,平成24年10月11日頃までに完成した。(弁論の全趣旨)
(5) 本件請負契約締結後,被告は,ファースト又は原告に対し,本件工事に係る請負代金として合計9939万円を支払った。
また,平成24年10月10日締結の原告と被告との代理受領契約に基づき,原告はトリニティから本件請負契約の残代金として700万円の支払を受けた。
(6) 原告は,被告を相手方として,当庁に対し,平成28年2月15日,本件工事の請負残代金3880万円の支払を求める本件本訴を提起した。(顕著な事実)
3 争点及び争点に関する当事者双方の主張
(1) 平成24年10月11日に原告と被告と間で本件工事の請負残代金を清算する旨の合意が成立したか否か(本訴請求に対する抗弁)
(被告の主張)
被告が原告に対し本件工事の請負残代金支払義務があったことは認める。しかし,請負残代金4680万円については,平成24年10月11日,トリニティ,原告及び被告との3者間の合意(以下「本件清算合意」という。)により清算され全て消滅した。すなわち,平成24年10月11日付け「代理受領に伴う清算の覚書」には,原告の名義はないものの,原告,トリニティ及び被告との本件清算合意により,同日,Cから被告に支払われ被告から原告に支払われるべき本件工事の請負残代金4680万円を,トリニティがCから受領した上で次のとおり処理することとされた。①1351万3000円及び738万7000円については,本件建物3階厨房付近から発生した漏水事故に対する修繕工事によりトリニティの開店が遅延したことに対するCのトリニティに対する損害賠償の支払に充当された。②1890万円については,原告がトリニティに対し本件業務委託契約に基づき支払うこととされていた本件業務委託料の支払に充当された。③残金700万円については,被告に引き渡されるべきところ,原告が代理受領することとされ,その結果,原告の被告に対する請負代金は全て消滅した。
このように,原告が請負残代金4680万円のうち3980万円を上記のとおり充当することとしたのは,①の損害賠償については排水管設置工事の瑕疵により発生したものであるところ,本件工事に際し原告及びタイヨーが被告に対し本件工事から生じたトラブルについては,被告が責任を負わず全て原告及びタイヨーが責任を負うとされたこと,又は,原告が被告に対し請負人の注文者に対する瑕疵担保責任に基づく損害賠償義務を負っていることから,これを履行するために行われたものであり,②については,原告がトリニティに支払うべきものを簡易な決済により支払ったものであって,いずれも合理的な理由がある。
(原告の主張)
否認又は争う。
原告は,乙20号証の代理受領に伴う清算の覚書に基づき被告がトリニティに対し,損害賠償金1351万3000円,営業補償金738万7000円を実質的に支払うことに伴い,原告が被告に対して有する本件工事の請負残代金4680万円を消滅させることについて何ら同意していない。本件工事に関するトラブルについては,平成24年9月20日,原告,被告及びタイヨーとの間で,タイヨーの債務不履行による損害賠償債務を被告が保証する旨の合意(甲4)がされた。この合意に基づき,被告は,Cやトリニティに対し,排水管工事の瑕疵による損害賠償義務を履行したのであり,被告が主張するようにその損害を原告が填補しなければならない理由はない。したがって,原告,被告及びトリニティとの間で本件清算合意がされた事実は存在せず,被告は原告に対し,本件工事の請負残代金を支払う義務を負う。
(2) 原告の請負代金債権と被告の損害賠償請求権との相殺の可否(本訴請求に対する抗弁)
(被告の主張)
平成24年9月7日,タイヨー等による排水管設置工事の瑕疵により本件建物の3階厨房付近から2階天井に漏水事故が発生し,その手直工事のため本件建物におけるトリニティの飲食店開店が遅延し合計2090万円の損害が発生した。上記瑕疵は,原告の下請であるタイヨーの工事によって生じたものであるから,原告は,注文者である被告に対し,瑕疵担保責任に基づき2090万円の損害賠償義務がある。被告は原告に対する瑕疵担保責任に基づく2090万円の損害賠償請求権を自働債権とし,原告の被告に対する本件工事の請負代金請求権を受働債権として対当額において相殺する旨の意思表示を平成29年4月28日の本件第5回口頭弁論期日においてした。
(原告の主張)
否認し争う。
前記のとおり,本件工事に関するトラブルについては,平成24年9月20日,原告,被告及びタイヨーとの間で,タイヨーの債務不履行による損害賠償債務を被告が保証する旨の合意(甲4)がされたのであり,その結果,C及びトリニティからの損害賠償請求については,原告が負担することはなく,タイヨーに代わり被告が最終的に負担することとされた。そうすると,トリニティが被った損害に関しては被告が負担すべきものであるから,被告が原告に対し,瑕疵担保責任を主張することは前記合意に反し許されない。したがって,被告が主張する相殺の抗弁については,そもそも自働債権が存在せず失当である。
(3) 原告による本件本訴の提起が不法行為に該当するか否か(反訴請求)
(被告の主張)
訴えの提起が,相手方に対する違法行為といえるためには,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠くものである上,提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解される。本訴請求に係る3880万円については,被告が,原告の同意の下,原告が被告に負担することを約した瑕疵担保責任に基づく損害賠償及び営業補償に充当されると共に,トリニティに対し本件業務委託契約に基づき支払うこととされた本件業務委託料に充当されたものであり,原告は,本訴において主張する権利又は法律関係が事実的・法律的根拠を欠くことを当然知りながら,あえて本件本訴を提起したものである。
したがって,本件本訴の提起については不法行為が成立する。
(原告の主張)
否認し争う。
原告が,被告に対し,本件工事の請負残代金3880万円を請求できることは明らかであり,本件本訴の提起は,不法行為を構成するものではない。
(4) 損害額
(被告の主張)
原告の違法な本件本訴の提起により,被告は応訴を強いられ,弁護士に訴訟追行を委任せざるを得なかった。そして,被告は,被告訴訟代理人弁護士に対し,成功報酬として388万円を支払うことを約した。したがって,原告は,被告に対し,不法行為に基づき弁護士費用の損害として388万円及び反訴状送達の日の翌日である平成28年4月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
(原告の主張)
否認し争う。
第3 判断
1 認定事実
証拠(甲6,7,27,28,33,34,36,37,証人D,原告代表者,被告代表者,)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。なお,この認定に反する証拠は,その限度で採用することができない。
(1) 本件請負契約に至る経緯
ア Cは成年後見人を通じて,トリニティとの間で,所有する東京都港区〈以下省略〉の土地上に存する老朽化した建物を解体し,新たに本件建物を建築することについて工事業者の斡旋等受けるとともに,本件建物完成後,飲食店として使用する目的でトリニティに本件建物を賃貸することについて合意した。(甲7,乙37,証人D)
イ トリニティは以前から取引のあったファーストに本件工事を紹介した。そこで,トリニティとファーストは,平成23年8月5日,本件工事を請け負うことについて,トリニティが施主であるCにファーストを斡旋し,ファーストが本件工事を請け負った場合には,トリニティに対し1890万円の本件業務委託料を支払う旨の本件業務委託契約を締結した。これに基づき,トリニティが,Cに対し,本件工事の施工業者にファーストを紹介し,ファーストが本件工事を施工することとなり工事に着手した。その頃,Cがファーストを施工業者として金融機関に対し建設資金の融資を申請したところ,ファーストの資本金が少ないことを理由に融資が拒絶された。このため,ファーストは,代わりの施工業者として下請業者であるタイヨーをCに紹介し,これを前提にCが金融機関に対し建設資金の融資を申請したがファーストと同様の理由で融資を拒絶された。(乙21,28,37,証人D)
ウ そこで,タイヨーは,ファーストに対し,資本金が多く信用基盤が強い会社として,従前から取引のある被告を紹介した。ファーストのA及びタイヨーの代表取締役であるE(以下「E」という。)は,平成23年11月頃,被告のBのもとを訪れ,実際の工事はファーストとタイヨーで行うが,金融機関の融資を受けるために,被告が本件工事の請負人になるように依頼したところ,Bは上記提案を承諾した。
その際,ファースト及びタイヨーは,被告に対し,平成23年11月8日付けで,ファーストが被告に本件工事の請負人になるように依頼したことは,あくまで銀行提出用書類の対応のためであり,実際の施工業者はファーストであって,本件工事について事故,トラブル等が発生した場合,ファーストがその責任を負い速やかに対応する旨記載した確約書を差し入れた。(甲5,乙8,33)
(2) 本件請負契約
ア Cと被告は,Cを注文者,被告を請負人として,平成23年11月9日,本件工事を以下の内容で請負う旨の本件元請契約を締結した。なお,請負代金については,1億4000万円からその後1億4819万円に変更された。(甲3,5,乙9,10,弁論の全趣旨)
記
工期 平成24年6月30日まで
引渡時期 検査に合格した旨の通知を受けた日から7日以内又は平成24年6月30日
支払条件 建築確認済証取得期 5479万円
中間検査終了時 4660万円
最終検査終了引渡時 4680万円
イ 被告とファーストは,被告を注文者,ファーストを請負人として,平成23年11月15日,本件工事について下記の内容で請負う旨の本件請負契約を締結した。(乙10)
記
工期及び引渡時期 本件元請契約に同じ。
代金 1億4519万円
支払条件 平成23年12月19日限り 5379万円
中間検査終了時 4560万円
最終検査終了引渡時 4580万円
ウ 同日,ファーストとタイヨーは,ファーストを注文者,タイヨーを請負人として,本件工事について本件下請契約を締結した。
(3) 本件工事に係る請負代金の支払状況
ア 本件請負契約の締結に際し,ファーストと被告との間では,施主であるCから被告に対し前記支払条件のとおり元請代金が支払われたときは,被告が名義貸料や保険料その他の諸経費として100万円を控除し,その差額を前記支払条件のとおりファーストに支払うこととされた。また,ファースト及びタイヨーは,被告に対し,平成23年12月12付けで,上記の支払方法に加えて,金融機関からの融資実行にあたり請負代金をCから被告に3回に分けて振り込み,手数料100万円を差し引いた金額をファースに振り込むように依頼すると共に,本件工事について事故,トラブル等が発生した場合には,ファースト及びタイヨーが責任を負い,被告には一切責任がない旨記載した文書(乙13)を差し入れた。(甲5,乙13)
イ 平成23年12月19日,Cから被告の指定口座に本件元請契約に基づく請負代金として5479万円が送金されたため,被告は,同日,ファーストに対し,上記合意のとおり100万円を控除した5379万円(ただし,振込手数料はファースト負担。以下同じ。)を送金して支払った。(乙11,弁論の全趣旨)
ウ 平成24年5月23日,Cから被告の指定口座に本件元請契約に基づく請負代金として4660万円が送金されたため,被告は,同日,ファーストに対し,上記合意のとおり100万円を控除した4560万円を送金して支払った。(乙12,弁論の全趣旨)
エ その結果,Cの被告に対する本件元請契約に基づく請負残代金は4680万円となり,被告のファーストに対する本件請負契約に基づく請負残代金は4580万円となった。
(4) 本件工事の遅延とファーストから原告への地位の移転
ア ファースト及びタイヨーは,平成24年1月末までに旧建物の解体を終了し,平成24年3月頃から本件建物新築工事を開始したが,その後,内装工事について主に作業が遅延していた。このため,同年5月くらいからは,被告もタイヨーのサポートのために本件工事の現場を訪れるようになった。(甲5,6,乙37,原告代表者・2頁)
イ ファースト,トリニティ及び原告は,平成24年5月1日,本件業務委託契約にかかる契約上の地位が,ファーストから原告に承継することについて合意をした。(乙35)
また,Aは,Bに対し,原告が被告の下請になり内装工事を進めた方が仕入れ等の面で都合がいいことから,被告の下請をファーストから原告に代えることを依頼しその旨の了承を得た。これに伴い原告と被告は,同日,被告を発注者,原告を請負人として,内装工事一式を含む本件工事の残部分について,本件請負契約の残代金4580万円と同額の代金で請け負う旨の本件内装工事契約を締結した。
その後,平成24年9月20日付けで,本件工事について,被告が元請,原告が下請,タイヨーが孫請であることが三社間において確認された。(甲1,4,5,乙28,原告代表者)
ウ 被告らは,当初の引渡時期である平成24年6月30日までに本件建物を完成することができなかった。被告らの要請をうけ,C及びトリニティは,本件建物の引渡時期を平成24年9月3日まで延期した結果,本件建物は,同年8月31日の竣工検査を経て一応完成し,同月3日に引渡しがされた。なお,Cから依頼を受けたトリニティの担当者であるD(以下「D」という。)が,同年8月31日の本件建物の竣工検査を行った際,設計図面に記載された排気管よりも管径が半分しかない排気管が誤って設置されている瑕疵が発見され,Aから連絡を受けたB及びEも,現場を訪れて確認し応急処置を施した上で,将来的に設計図面どおりに補修することとされた。その後,本件建物については,同年9月10日付けで表示登記がされ,同月26日付けでCを所有者とする所有権保存登記がされた。(甲5,6,乙33,37,38)
(5) 本件建物の漏水事故の発生
ア 本件建物の引渡しの遅延に伴いトリニティがCから本件建物を賃借し飲食店の営業をすることも遅延していたが,本件建物の引渡しがされた平成24年9月3日,Cから本件建物を賃借した有限会社ハラプランニングを転貸人とし,トリニティを転借人として,本件建物について飲食店営業目的で,期間を3年,賃料月額139万6500円とする賃貸借契約が締結された。(乙40,41)
イ ところが,同年9月10日頃,トリニティが本件建物を使用していたところ,被告らの排水管工事の防水層の施工不良が原因で,3階厨房からの排水が2階奥の洗面所の天井から漏れ,営業することができない状態となった。(乙37)
ウ このため,平成24年9月20日,原告のA,被告のB,タイヨーのEが,トリニティ本社を訪れ,トリニティの代表取締役であるF(以下「F」という。)と同社の担当者のDとの間で,本件建物の修繕とトリニティに対する損害賠償の支払について協議を行った。また,施主のCは,トリニティに対し,今後の被告らとの交渉を一任した。
その結果,同日付でCと被告との間の合意書(乙15。以下「二者間合意書」という。)及びC,トリニティ,被告との間の合意書(乙16。以下「三者間合意書」という。)がそれぞれ取り交わされた。上記各書面の内容は,概ね下記のとおりであり,この内容については,Aも口頭で承諾した。(乙15,16,33,37,証人D・10頁)
(ア) 本件建物の修繕について
① 被告は,本件建物の3階厨房床及び2階天井漏水修繕工事を即時実施する(二者間合意書2条本文)。
② 被告は,本件建物のダクト及びフットフラット修繕工事については,Cに対し,修繕可能な費用を預け入れる(二者間合意書2条ただし書き)。
③ 被告は,Cに対し,平成24年10月8日までに,本件建物の修繕を行った上で,本件建物を引き渡す(二者間合意書3条本文,三者間合意書6条本文)。
(イ) 損害賠償等について
① 被告及びCは,Cとトリニティとの間で,本件建物について,平成24年8月1日からトリニティが飲食店経営を目的として建物賃貸借契約を締結することを約していたことを確認した(三者間合意書1条)。
② C,被告及びトリニティは,本件建物について予定と異なる仕様で施工されており,トリニティの通常の使用に耐えない状態であることを確認するとともに,C・被告間の本件工事の一部が債務不履行であり,かつ,瑕疵があることを確認した(三者間合意書2条)。
③ C及び被告は,トリニティに対し,修繕工事の期間中のトリニティ対する営業補償として,平成24年8月1日から修繕工事完了までの期間分の店舗開設,運営に関する実費費用を支払う(三者間合意書3条)。
④ C及び被告は,上記損害賠償の原因が被告の債務不履行が原因であることを認め,被告は,Cがトリニティから請求された損害賠償額をCに対する損害賠償金として支払う(三者間合意書4条)。
⑤ C及び被告は,トリニティが被告から直接上記損害金を受領することをあらかじめ承諾する(三者間合意書5条)。
⑥ 被告は,平成24年10月8日の引渡時期までに瑕疵を修繕して本件建物を引き渡すことができないときは,トリニティに対し,平成24年8月1日を起算日として損害賠償を支払う(三者間合意書6条ただし書き)。
エ 被告らは,平成24年9月21日から本件建物の修繕工事を行っていたが,同年10月4日に防水層の施工が不十分であることが原因で,前回とは別の場所の3階防水層の一部が裂け2階窓枠から厨房排水の漏水が発生し,再びトリニティが飲食店を営業することができない状況となった(以下,前後の漏水事故を併せて「本件漏水事故」という。)。(乙33,37)
(6) 本件清算合意とトリニティによる請負代金の代理受領
ア 再度の漏水事故の発生を受けて,平成24年10月9日,原告のA,被告のB,タイヨーのE及びトリニティのFが,本件工事の現場に集まり,その後の対応を協議した。その結果,タイヨーが,翌10日に本件漏水事故の修繕工事を行い,11日に本件建物全体の工事の完了検査を行うこととなった。(乙33)
イ 他方で,トリニティはC及び被告らに対する損害賠償請求について検討を行い,Dは,同月9日,A及びBに対し,上記漏水事故に対する営業補償金として1912万1000円を請求する予定であることを伝えた。
これに対し,Aは,Dに連絡し,「施主(C)から被告に対して支払う工事代金のうち,100万円を元請人である被告が取得し,残った代金が原告に支払われることとなっている。」「現状の営業補償金では,原告に支払われる金額が少なくなるので,トリニティの営業補償金をいくらか減額してくれないか。」と要請した。
Dは,原告がトリニティに対し,本件業務委託料1890万円を支払うこととされていることや,Cから支払われる4680万円をトリニティが直接受領することができるのであれば,債権の保全になると考え,Aの要請を踏まえて営業補償金額を減額することを検討した。
これを踏まえて,Dは,B及びAと話し合い,その結果,トリニティ,原告及び被告との間で,①トリニティがCから受領した本件工事の請負残代金4680万円から本件業務委託料1890万円を差し引き,これにより原告のトリニティに対する本件業務委託料支払債務が消滅すること,②トリニティに対する営業補償金額については,請負残代金4680万円から本件業務委託料1890万円及び損害賠償金(実費相当額)1351万3000円を差し引いた残額である1438万7000円のうち約半額をトリニティが負担することとした結果,営業補償金額を738万7000円に減額し,③差引後の残額を700万円に増額しこれを原告に支払うこととされた。(乙37,証人D)
ウ 平成24年10月11日,原告,被告を含む本件工事関係者のほか本件建物設計者兼監理者である建築士も加わって,本件建物の工事状況を確認し,工事全体の完了が確認された。(乙33)
エ 同日午後5時ころ,原告のA,被告のB,タイヨーのEが,トリニティ本社に集まり,トリニティのFとDとの間で,本件工事の請負残代金及びトリニティに対する損害賠償の支払について協議を行った(以下「本件協議」という。)。
トリニティのFが,Bに対し,これまでの協議を踏まえて作成した「合意書」(乙17),「代理受領委任契約書」(乙18),「代理受領契約書」(乙19),「代理受領に伴う清算覚書」(乙20)(以下,これらの4通の文書を総称して「本件清算文書」という。)に署名押印するよう求めたところ,Bは,一旦社内に持ち帰って検討したいと申し出た。しかし,Fからこれを拒絶されるとともに,Aから「丸く収めるために,捺印した方がいい。」と勧められたため,やむなくこれらの書面に押印した。
また,その席上,トリニティのFから原告,被告及びタイヨー間の合意書(甲4。「以下「本件保証合意書」という。)の提出を求められたところ,AがB及びEに署名押印を要請したため,B及びEもやむなくこれに署名押印した。(乙27,33,34)
オ C,トリニティ,原告,被告又はタイヨーが,同日の本件協議の結果,押印した書面の内容は概ね下記のとおりである。
(ア) C,トリニティ及び被告間の合意書(乙17)
① C,トリニティ及び被告は,本件建物修繕工事の引渡しが予定期日を超過したことを確認した。
② Cは,トリニティに対し,三者間合意書6条ただし書きに定める営業補償金として738万7000円を支払い,被告は,Cに対する二者間合意書3条に定める損害賠償として上記営業補償金相当額を支払う。
③ トリニティは,被告から,上記営業補償金を直接受領することとし,Cはこれに予め承諾す。
(イ) 被告及びトリニティ間の代理受領委任契約書(乙18)
なお,上記書面の作成日付は平成24年9月20日となっているが,公証人によって同年10月12日に確定日付の付与がされている。
① 被告は,C又はトリニティに対し,本件工事に係る三者間合意書に基づく損害賠償金等の支払義務があることを確認する。
② 被告は,トリニティに対し,上記債務の支払を担保するため,被告がCに対し有する本件工事の請負残代金全額(4680万円)について代理受領する権限を授与した。
③ トリニティは,Cから請負残代金の受領をしたときは,被告・トリニティにおいて別途締結する代理受領に伴う清算の覚書に従い,清算金額を控除した剰余金を被告に支払うものとし,被告はこれに異議を述べない。
(ウ) トリニティ,被告間の代理受領に伴う清算の覚書(乙20)
なお,上記書面の作成日付は平成24年10月11日となっているが,公証人によって同年10月12日に確定日付の付与がされている。
① トリニティは,Cから受領した本件工事の請負残代金から,以下の項目の金額を差し引いた金額(差引代金)を被告に支払うものとする。
ⅰ 1351万3000円
三者間合意書第3条に定める損害賠償金
ⅱ 738万7000円
三者間合意書6条で定める営業補償金
ⅲ 1890万円
トリニティと被告の下請業者である原告との本件業務委託契約に基づく本件業務委託料
② トリニティは,第1条に定める差引代金700万円を,被告からの申出により被告及び原告間の平成24年10月10日付け代理受領契約書のとおり,原告に支払うものとする。
(エ) 原告及び被告間の平成24年10月10日付け代理受領契約書(乙19)
① 被告は,本件工事における請負残代金としてトリニティから受領する700万円の代理受領権を原告に授与する。
② 原告は,前項の代理受領権に基づいて上記700万円を受領することとし,被告は異議を述べない。
③ 被告は,原告に対し,本件工事につき,今後の追加工事,変更工事,手直工事について,施主と上記工事に関する一切の手続(施工方法,金額の取決め,保証方法)を原告が行うことを認め,被告はこれに異議を述べない。
(オ) 被告,原告及びタイヨー間の平成24年9月20日付け合意書(甲4。本件保証合意書)
なお,本件保証合意書については,公証人により平成24年10月15日に確定日付の付与がされている。
① 被告,原告及びタイヨーは,本件工事において,被告が元請業者,原告が下請業者,タイヨーが孫請業者であることを確認した。(第1条)
② 被告が,Cと本件元請契約において交わした引渡時期が平成24年7月31日であることを確認した。
③ 被告,原告及びタイヨーは,本件工事において,タイヨーの独自判断による施工及び監督責任放棄により本件工事に瑕疵,欠陥が生じたこと,原告・タイヨー間の請負代金の使い込みにより本件工事に係る各種発注ができず工期が遅延したことを確認した。
④ 被告は,施主(C)及び賃借人(トリニティ)から請負履行請求及び損害賠償請求を受けており,その責はタイヨーにあることを認めるが,タイヨーに代わり上記請求に対する債務を保証するものとする。ただし,タイヨーは,その責務を免除されたものではなく,被告に対し,上記債務の全額及び返済終了までの期間の金利も含めて被告に返済するものとする。
⑤ 原告・タイヨー間において,本来タイヨーの手配で行う施工を,タイヨーの怠慢により原告がタイヨーに代わり手配したことを確認した。その際,原告が,タイヨーに代わり手配した施工区分に関し,原告・タイヨー間の請負契約残代金により相殺するものとする。万一,原告がタイヨーに支払う残代金債権より,原告がタイヨーに代わり手配した施工区分の代金が上回った場合,工事完了と共にその差額について,タイヨーは原告に対して支払う。
カ トリニティは,平成24年10月12日,前記の合意に基づき,Cから本件工事の請負残代金4680円を受領し,所定の営業補償金,損害賠償金及び本件業務委託料の合計3980万円を差し引いた残額である700万円を,原告に支払った。
被告は,トリニティから上記支払を確認した後,Cの被告に対する本件元請契約に基づく請負代金が完済されたことを前提に,上記支払を証する領収証を交付した。(乙37)
(7) その後の経過
ア Bは,Eから,本件工事の請負残代金が支払われず困っていると聞き,請負残代金の大半を取得したトリニティに対しその返還を求め,本件工事の下請業者に請負残代金が流れるようにしたいと考えた。そこで,被告は,横浜地方裁判所に対し,トリニティを相手方として,トリニティは被告が受け取るべき請負残代金4680万円を無権代理により受領した等と主張してその支払を求める訴えを提起した(以下「別訴事件」という。)。
横浜地方裁判所は,A等に対する証人尋問を実施するなどした上で,平成27年7月29日,被告の上記請求を棄却する判決を言い渡した。被告は,上記判決を不服として,東京高等裁判所に控訴したが,平成27年12月17日,同裁判所も被告の控訴には理由がないとして控訴を棄却した。(乙28,30,32,被告代表者)
イ 他方で,タイヨーは,平成25年頃,横浜地方裁判所に対し,ファーストを相手方として,本件工事に係る下請負残代金7139万3591円等の支払を求める訴えを提起したところ,横浜地方裁判所は,平成29年4月7日,ファーストのタイヨーに対する本件工事に係る下請負残代金の存在を認めて,タイヨーの上記請求を4718万6559円の限度で認容する判決を言い渡した。(乙45)
ウ 原告は,被告を相手方として,当庁に対し,平成28年2月15日,本件工事にかかる請負残代金として3880万円の支払を求める本件本訴を提起した。(顕著な事実)
2 争点1(平成24年10月11日に原告と被告との間で本件工事の請負残代金を清算する旨の合意が成立したか否か(本訴請求に対する抗弁))について
(1) 前記認定を踏まえて検討するに,原告は,被告に対し,本件工事に係る請負残代金を請求しているところ,被告が原告に対し本件内装工事契約に基づく請負代金として4580万円の支払義務を負っていたことについては当事者間に争いがない。なお,前記認定事実に照らすと,後記のとおり本件請負契約に係るファーストの地位については,被告の了承を得て原告に承継されたというべきであるところ,これを踏まえて,被告を注文者,原告を請負人として本件工事の残工事部分について本件請負契約に基づく請負残代金と同額の4580万円で本件内装工事契約を締結し直したものであり,両者は実質的に異なるものではないと解される(以下,本件内装工事に基づく請負代金及び本件請負契約に基づく請負残代金を「本件請負残代金」という。)。
(2)ア 次に,被告は,代理受領に伴う清算の覚書(乙20)には原告の名義はないものの,原告の被告に対する本件請負残代金は,原告,トリニティ及び被告との本件清算合意により,原告がトリニティから4680万円のうち700万円を受領したことにより消滅し清算された旨主張する。
証拠(甲5~7,乙37,証人D,原告代表者)によれば,上記覚書を含む本件清算文書は,原告のA,被告のB,タイヨーのEが,トリニティ本社に集まり,トリニティのFとDとの間で,本件工事の請負残代金及びトリニティに対する損害賠償の支払について本件協議を行った際に,被告代表者であるBが記名・押印したものであり,いずれも真正に成立したものであると認められる。
イ そして,真正に成立したと認められる本件清算文書によれば,C,トリニティ及び被告は,平成24年10月11日,①被告のCに対する本件工事の請負残代金4680万円,②Cのトリニティに対する損害賠償金1351万3000円及び③営業補償金738万7000円,④被告のCに対する②と同額の損害賠償金及び⑤③と同額の営業補償金,⑥トリニティの原告に対する本件業務委託料1890万円について,下記のとおり合意されたと認められる。
(ア) トリニティは,本来被告に払われるべき本件工事の請負残代金4680万円をCから直接代理受領し,上記②④の損害賠償金(以下「本件損害金」という。)1351万3000円,上記③⑤の営業補償金(以下「本件営業補償金」という。)738万7000円,⑥の本件業務委託料1890万円を差し引いた700万円を被告に支払う義務がある。
(イ) トリニティは,上記差引代金700万円を,原告と被告との間で平成24年10月10日に締結された代理受領契約書のとおり,原告に支払う。
ウ この合意に基づき,トリニティは,平成24年10月12日,Cから本件工事の請負残代金4680万円を受領し,所定の3980万円を差し引いた残額である700万円を原告に支払ったことは前記認定のとおりであるが,その結果,C,トリニティ及び被告との間においては,上記①ないし⑤の各債権が消滅したと認められる。
(3)ア そこでさらに,原告の被告に対するその余の本件請負残代金についても消滅したか検討するに,原告が本件清算文書の名義人となっておらず本件請負残代金の処理については明示的に言及されていないことからすると,本件請負残代金については何ら清算の対象となっていないようにもみえる。しかしながら,以下の理由から,平成24年10月11日のトリニティとの本件協議の際に,原告と被告の黙示の合意により,原告の被告に対する本件請負残代金も消滅し清算された旨の本件清算合意が成立したと認めるのが相当である。
イ すなわち,原告がトリニティから受領した700万円の限度で本件請負残代金が消滅したことについては当事者間に争いがない。
また,前記認定事実よれば,本件清算文書にかかる合意により,さらに本件業務委託料1890万円が被告のCに対する本件工事の請負残代金4680万円から差し引かれているが,本件業務委託料については被告に支払義務があるものではなく,原告がトリニティに対し支払義務を負っているものであった。それにもかかわらず,このような処理がされた趣旨は,被告がCから支払を受けた上で,被告が原告に本件請負残代金を支払うのを待って,原告がトリニティに本件業務委託料を支払うのが迂遠であることやトリニティの債権保全という観点から,トリニティがCから被告に代わり直接請負残代金を受領し本件業務委託料を差し引き,その結果,被告は本件業務委託料相当額の出捐をしたことの対価として,原告の被告に対する本件請負残代金のうち1890万円を消滅させることとしたものであり(原告代表者・8頁),この点については,トリニティ,原告及び被告ともに当然認識していたと認められる。
そうすると,本件清算文書においては記載されていないものの,トリニティ,原告及び被告との間においては,原告の被告に対する本件請負残代金についても,少なくともその半額を超える2590万円(700万円+1890万円)については明確に清算の対象とされていたと認められる。
ウ また,本件清算文書にかかる合意により,本件損害金1351万3000円及び本件営業補償金738万7000円が被告のCに対する本件工事の請負残代金4680万円から差し引くこととされたものであるが,これらの本件損害金及び本件営業補償金については,原告と被告との関係では,被告が最終的に負担すべきものであったというべきである。
すなわち,前記認定事実によれば,ファーストに代わり被告が本件工事の元請となったのは,施主であるCが金融機関から工事代金の融資を受ける便宜のためであり,施工自体はトリニティ及びタイヨーが行うこととなっており,被告はこれに関与せず報酬についても合計300万円程度の手数料を受け取ることとされたに過ぎないものであった。このため,トリニティ及びタイヨーは,被告に対し,本件工事について事故,トラブル等が発生した場合には,ファースト及びタイヨーが責任を負い,被告には一切責任がない旨記載した文書(乙13)を差し入れているところ,本件損害金及び本件営業補償金は,本件工事の遅延又は瑕疵に基づく本件漏水事故により現実化した損害であるから,被告との関係ではファーストが責任を負うべき性質のものであったということができる。
そして,前記認定したところによれば,ファースト,トリニティ及び原告は,平成24年5月1日,原告がファーストの本件業務委託契約にかかる契約上の地位を承継することに合意したものである。上記合意には,原告がファーストから本件請負契約上の地位を承継したか否かについては何ら言及はないが,AがBに対し仕入れ面の都合から被告の下請をファーストから原告に代えることを依頼し被告からその旨の了承を得て,同日,原告と被告が本件工事の残部分について本件請負契約の残代金4580万円と同額の代金で請け負う旨の本件内装工事契約を締結したことや,原告,被告及びタイヨーとの間で,平成24年9月20日付けで本件工事について,被告が元請,原告が下請,タイヨーが孫請であることが三社間において確認されたことからすると,遅くとも平成24年9月20日までには,被告の同意を得て原告がファーストの本件請負契約の契約上の地位を承継したと認めるのが相当である。
そうすると,本件損害金1351万3000円及び本件営業補償金738万7000円については,被告とファーストの地位を承継した原告との関係においては,原告が負担すべきものであったということができる。
以上の事情を踏まえると,原告が最終的に負担すべき本件損害金1351万3000円及び本件営業補償金738万7000円を,被告のCに対する本件工事の請負残代金4680万円から前記のとおり差し引くこととされた趣旨としては,本件業務委託料を差し引くこととしたのと同様に,被告の出捐をもって本件損害金及び本件営業補償金を負担することの対価として,原告の被告に対する同額の本件請負残代金を消滅させることとしたと認めるのが相当である。
エ このことを裏付けるように,前記認定したところによれば,Aは,本件清算文書の作成に先立つ平成24年10月9日,Dから本件営業補償金として1912万1000円を請求する予定であることを聴き,Cから被告に支払われる4680万円のうち100万円を被告が取得し,残った代金が原告に支払われることとなっているので,それでは原告に対する支払分が少なくなるなどと述べて本件営業補償金額を減額するように働きかけて,その結果,トリニティにおいて本件営業補償金額を738万7000円に減額するとともに,原告がトリニティから支払を受ける金額が700万円に増額されたという経緯があることが認められる。すなわち,原告と被告との関係においても,被告が本件損害金及び本件営業補償金を負担することとなっており,本件協議後もなお原告が被告に対し本件請負残代金の支払を求めうるものであったのであれば,被告の資本金が多く信用基盤が強い会社であるため本件工事の元請になったという本件元請契約締結の経緯からすると,原告は別途被告に対し本件請負残代金の支払を求めれば足りるのであり,上記のように,原告において,被告よりも積極的にトリニティに対し本件営業補償金の減額を求め受領金額の増額を働きかける必要性は高くないということができる。それにもかからわらず,Aが上記のとおり述べて本件営業補償金の減額を求め受領金額の増額を積極的に求めたことからすると,むしろ,Aにおいても,トリニティが代理受領した本件工事の請負残代金から差引後の残額の支払完了をもって,原告の被告に対する本件請負残代金が全て消滅することを認識していたことを強く推認させるものである。同様に,被告は,本来,Cから支払われる請負残代金4680万円のうち100万円を報酬として取得しうる地位にあったものであるが,これを本件協議の前後を通じて請求していないことからすると,被告も上記報酬を放棄することで原告が受領金額を増額することに合意し,これをもって原告に対する支払を完了させることを企図していたとみることができる。
そしてこれらのことは,原告が,被告に対し,本件請負残代金の支払を求めたのが,本件協議から約3年も経過した後の平成27年8月18日である(枝番を含む甲2)という不自然な事実経過とも合致している。
オ 以上認定説示したとおり,①トリニティ,原告及び被告との間においては本件請負残代金の半額を超える2590万円が明確に清算の対象とされていたこと,②原告と被告との関係においては,本件損害金1351万3000円及び本件営業補償金738万7000円は原告が最終的に負担すべきものであり,これを被告の出捐をもって負担したこと,③Aがトリニティに対し当初の営業補償金額の減額を積極的に働きかけて原告がトリニティから受領する金額が増額されたこと,④原告の受領金額を増額するために被告が100万円の報酬を放棄していることなどの事情が認められることに加えて,本件清算文書がC,トリニティ及び被告のほかに原告の意向を踏まえて作成され,名義人ではない原告代表者であるAも本件協議に立ち会うとともに,ためらうBに本件清算文書への押印を促したことなどの前記認定事実を総合すると,遅くとも平成24年10月11日のトリニティとの本件協議の際に,原告と被告との間で,被告が700万円を代理受領したことで本件請負残代金が消滅し清算することを黙示的に合意したと認めることができる。
(4) なお,被告は,横浜地方裁判所に対し,トリニティを相手方として,被告が受け取るべき本件工事の請負残代金4680万円を無権代理により受領した等と主張してその支払を求める訴えを提起しているが(別訴事件),仮にトリニティに勝訴した場合には,Bは,被告が原告に対し支払うべき金員があると認識していたかのような供述をし,前記認定した本件清算合意に沿わない供述を本件においてしている。
しかしながら,前記認定事実によれば,被告は,Cが金融機関から融資を受けるため原告及びタイヨーに代わり元請になったにすぎず,その報酬も手数料合計300万円にとどまっていたことや,本件清算文書についても,社内に持ち帰ることができずAに促されて押印したことからすると,同文書の内容の把握や清算に関する認識が不十分であった可能性は否定できない。
また,被告が,トリニティに対する別訴事件に係る訴えを提起したのは,タイヨーのEから,本件工事の請負残代金が支払われず困っていると聞き,本件請負残代金の大半を取得したトリニティに対しその返還を求め,本件工事の下請業者に請負残代金が流れるようにしたいと考えたからであって(被告代表者),これらの事情を踏まえれば,Bの前記供述は,本件清算合意と必ずしも矛盾するものではなく前記認定判断を左右するものではないというべきである。
(5)ア これに対し,原告は,本件損害金及び本件営業補償金についてはタイヨーが本来負担すべきものであるが,被告が原告に対しその支払を本件保証合意書により保証したと陳述し,その結果,原告は本件損害金及び本件営業補償金の負担を最終的に免れており,本件清算合意は前提を欠いているかのような主張をする。
イ しかしながら,原告,被告間においては,本件工事にあたり,事故,トラブル等が発生した場合には原告(ファースト)及びタイヨーが責任を負い被告には一切責任がないとされていたものであるところ,本件保証合意書の内容は,前記のとおり「被告は,施主(C)及び賃借人(トリニティ)から請負履行請求及び損害賠償請求を受けており,その責はタイヨーにあることを認めるが,タイヨーに代わり上記請求に対する債務を保証する。」という記載がされているにとどまっているものである。
ウ 上記文言の解釈について検討するに,証拠(乙27,28・22頁,33,34,証人D・13,14頁)によれば,本件保証合意書が作成されたのは,本件工事が遅延した責任の所在を施主であるCに対し明らかにするために,本件協議の席上,トリニティから求められて原告,被告及びタイヨーが作成したものであると認められる。その際,Aは,本件保証合意書上,本件工事の瑕疵や遅れがタイヨーの責任であるかのような内容となっているのは,Aの対面を保つための形式的なものであり表に出すものではないと述べて,B及びEに押印を要請したため,B及びEもやむなくこれに応じたものであると認められる。
この点について原告は,本件保証合意書はAの対面を保つための形式的なものではなかったかのような主張をするが,上記認定事実にかかるB及びEの陳述には具体性があり信用できるというべきであるし,他方で,仮に本件工事の遅延の一部の原因がタイヨーにあるとしても,Aはトリニティの紹介を受けて本件工事を請け負うこととなったにもかかわらず,前記のとおり本件工事の引渡しが本件漏水事故などにより2か月以上も遅延し,本件建物を賃借することとなっていたトリニティに直接又は間接に損害を被らせたものであることからすると,C及びトリニティに対する方便として,Aがタイヨーに一方的に責めを負わせるかのような本件保証合意書の作成を要請したことが不自然であるとまではいえない。
エ 前記認定事実に照らすと,本件保証合意書の上記文言は,被告が,C及びトリニティからの本件損害金及び本件営業補償金の請求については,タイヨーのために被告がその履行を保証することを表明したものにすぎないというべきであり,ファーストの地位を承継した原告と被告との間の本件損害金及び本件営業補償金の責任の所在を変更させるものであるとは解されない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(6) 以上によれば,被告の抗弁1については理由があるから,原告の被告に対する本件請負残代金は全て消滅し清算されたと認められる。したがって,原告の本訴請求には理由がない。
3 争点3(原告による本件本訴の提起が不法行為に該当するか否か(反訴請求))について
(1) 訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係(以下「権利等」という。)が事実的,法律的根拠を欠くものであるうえ,提訴者が,そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知りえたといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
(2)ア 前記認定事実を踏まえて検討するに,原告は,当庁に対し,平成28年2月15日,本件請負残代金3880万円の支払を求める本件本訴を提起したものであるが,本件請負残代金については,平成24年10月11日に,原告のA,被告のB,タイヨーのEが,トリニティ本社に集まり,トリニティのFと同社の担当者であるDとの間で,本件請負残代金及びトリニティに対する損害賠償の支払について本件協議を行った際に本件清算合意書を作成するとともに,原告と被告の黙示の合意(本件清算合意)により消滅し清算されたものであることは前記認定説示のとおりである。
イ 原告代表者のAは,本件清算合意の存在も含めて失念していたかのような供述をするが,上記3880万円のうち1890万円については,原告がトリニティに対し本件業務委託契約に基づき支払うべきものを,本来支払義務のない原告のCに対する本件工事の請負代残金4680円から差し引いたことにより,その限度で原告の被告に対する本件請負残代金を消滅させることとしたものであることは,本件清算文書上も容易に理解することができるし,Aも平成27年5月20日に行われた別訴事件における証人尋問においてそのことを認識していた旨明確に証言しているものであって(乙28・8頁),本件本訴提起時において,原告は,本件請負残代金のうち1890万円が存在せず,かかる請求が事実的,法律的根拠を欠いていることを知りながらあえて本件本訴を提起したものと言わざるを得ない。
ウ 他方で,その余の本件請負残代金が消滅したことについては,本件清算文書上は明らかであるとはいえず,原告と被告との黙示の合意により消滅したものであるし,Aもその余の本件請負残代金については,別訴事件の証人尋問において格別言及していない(乙28)ことからすると,Aにおいてそのことを失念していたとしても必ずしも不自然であるとはいえない。そうすると,本訴請求のうち1890万円を除くその余の部分の請求については,Aが権利等の不存在を看過した点につき落ち度があるとしても,その訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らし著しく不相当であるとまでいうことはできない。
(3) 以上によれば,原告が本件本訴のうち1890万円の支払を求めて訴えを提起したことは,被告に対する不法行為を構成するというべきであり,その限度で,被告の反訴請求には理由がある。
4 争点4(損害額)について
前記認定説示のとおり,原告による本件本訴のうち1890万円の支払を求める部分については不法行為を構成するものであるところ,被告は原告による不当な訴えにより被告代理人弁護士に委任して応訴の負担を強いられるとともに,同代理人弁護士との間で,平成28年4月11日,被告が勝訴した場合には,その金額に応じて10%に相当する金額の報酬を支払うことを合意したことが認められる(乙23)。そして,本件工事を巡る紛争の状況及び本件訴訟の経過等の本件口頭弁論に現れた一切の事情を考慮すると,原告による上記不法行為と相当因果関係ある弁護士費用の損害は,189万円と認めるのが相当である。
したがって,被告の反訴請求は,189万円の支払を求める限度で理由がある。
5 結論
以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,被告の反訴請求は189万円の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容することとし,その余は棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第25部
(裁判官 小西圭一)
〈以下省略〉
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