判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(199)平成24年 7月25日 東京地裁 平23(ワ)16673号 報酬金請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(199)平成24年 7月25日 東京地裁 平23(ワ)16673号 報酬金請求
裁判年月日 平成24年 7月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)16673号
事件名 報酬金請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2012WLJPCA07258002
要旨
◆被告が吸収合併した本件会社が受けていた債権差押命令に関する法的対応を受任した弁護士である原告が、執行停止決定を得た上、執行抗告手続中に一部の差押債権者が申立てを取り下げた旨主張し、委任契約に基づいて成功報酬の支払を求めたところ、被告が、経済的利益の不存在や債務不履行に基づく損害賠償請求権との相殺を主張して争った事案において、本件委任契約の最終的な目的は差押債権者が本件会社の預金口座から払戻しを受けることを阻止することにあると解されるから、債権差押命令の取下げによって払戻しが回避された場合も経済的利益があるとした上で、取下げに対する原告の寄与度は低く、25パーセントにとどまるとして、これを前提に成功報酬を算定し、また、本件各委任契約上の原告の債務不履行を否定して、請求を一部認容した事例
参照条文
民法415条
民法648条
裁判年月日 平成24年 7月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)16673号
事件名 報酬金請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2012WLJPCA07258002
東京都港区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 岩野高明
さいたま市〈以下省略〉
被告 株式会社エム・テック
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 中嶋公雄
主文
1 被告は,原告に対し,329万8622円及びこれに対する平成22年12月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,783万9492円及びこれに対する平成22年12月22日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告が吸収合併した会社から3件の債権差押命令の法的対応を受任した弁護士である原告が,執行停止決定を得た上,執行抗告手続中に一部の差押債権者が申立てを取り下げた旨主張し,委任契約に基づく成功報酬として783万9492円及びこれに対する弁済期の後である平成22年12月22日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。これに対し,被告は,原告の不手際により執行抗告が棄却され,被告には経済的利益がないから成功報酬が発生しないし,仮に,成功報酬が発生するとしても,被告は原告に対して委任契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権があるので,これとの相殺により成功報酬請求権が消滅したと主張して争っている。
1 前提事実(証拠等を示した事実以外は争いがない。)
(1)当事者
ア 原告は,東京弁護士会に所属する弁護士であり,原告の営む弁護士事務所には,9名の弁護士が所属している。
イ 被告は,土木建築業等を目的とする株式会社であり,平成21年10月31日,土木建築の請負等を目的とするa建設株式会社(以下「a建設」という。)を吸収合併した。
(2)a建設による従業員の解雇及びその撤回
ア a建設は,平成20年10月30日,全従業員に対し,資金繰りに行き詰まり営業が成り立たなくなったことから同月31日をもって営業を休止するとして,解雇を通知した。
イ a建設は,同日,被告から,民事再生手続申立てをすることを条件に資金繰りの支援をするとの申し出を受けた。そこで,a建設は,同日,全従業員に対し,スポンサーが見つかったために営業を休止する必要がなくなったとして,前日に告知した解雇を撤回する旨を通知した。
ウ しかし,a建設の従業員は,その後,一旦解雇されたから,退職金請求権を有する旨主張するようになった。
(3)a建設の民事再生手続の申立て
a建設は,同年11月11日,民事再生手続を申し立て,平成21年4月21日,再生計画が確定した。なお,a建設の民事再生手続開始申立書には,平成20年10月末日付けで従業員全員に解雇を予告しているが解雇予告手当相当分の賃金が未払であり,従業員161名の退職金は合計5億9615万174円である旨の記載があったが,原告は同手続に関与していなかった。
(4)債権差押え並びにこれに対する原告の対応等
ア 第1次差押命令
(ア)平成21年10月初旬,a建設の銀行預金口座に多額の工事代金が振り込まれたのを受け,a建設の従業員らは,退職金債権を被担保債権とする民法306条2号,308条の一般先取特権に基づく債権差押命令を申し立てるようになった。
(イ)執行裁判所は,同月6日,a建設の従業員125名の退職金債権合計6億1028万232円(ただし,後日,一部取下げにより,5億3793万6627円に減額となった。)及びその遅延損害金を被担保債権,a建設の預金債権を差押債権とする債権差押及び転付命令(以下「第1次差押命令」という。)を発し,a建設は,同月13日,これを受領した。
(ウ)a建設は,同月15日,原告に対し,下記約定により,第1次差押命令に対する法的対応を委任した(以下,「本件委任契約1」という。)。
① a建設は,原告に対し,着手金として100万円(消費税抜き)を支払う。
② a建設は,執行停止決定が出た場合,原告に対し,報酬として100万円(消費税抜き)を支払う。
③ a建設は,原告に対し,前項に加え,最終的に同社が得た経済的利益(金銭の取得又はその支払免除についてはその額をもって経済的利益とみなす。)の1パーセント相当額を支払う。
(エ)原告は,同月16日,a建設の代理人として,差押債権者(a建設の従業員)との間で解雇がなかったものとして雇用を継続する旨の黙示の合意が成立したから被担保債権が存在しない旨主張して第1次差押命令の取消しを求める執行抗告を申し立てるとともに,その執行停止を求めた。原告は,同日,執行裁判所から,600万円の担保を提供することを条件に第1次差押命令の執行を停止する旨の通知を受け,同月19日,執行裁判所に600万円の供託書を提出した。執行裁判所は,同日,第1次差押命令の執行を執行抗告事件の裁判があるまで停止すると決定した。
イ 策2次差押命令
(ア)執行裁判所は,同月16日,a建設の従業員104名の退職金債権合計5879万2859円及びその遅延損害金を被担保債権,a建設の預金債権を差押債権とする債権差押及び転付命令(以下「第2次差押命令」という。)を発し,a建設は,同月22日,これを受領した。
(イ)a建設は,同月23日,原告に対し,下記約定により,第2次差押命令の法的対応を委任した(以下「本件委任契約2」という。)。
① a建設は,原告に対し,着手金として60万円(消費税抜き)を支払う。
② a建設は,執行停止決定が出た場合,原告に対し,報酬として60万円(消費税抜き)を支払う。
③ a建設は,原告に対し,前項に加え,最終的に同社が得た経済的利益(金銭の取得又はその支払免除についてはその額をもって経済的利益とみなす。)の2パーセント相当額を支払う。
(ウ)原告は,a建設の代理人として,執行裁判所に対し,第1次差押命令と同様の手続をとり,執行裁判所は,同月27日,70万円の担保を立てさせた上,第2次差押命令の執行を執行抗告事件の裁判があるまで停止すると決定した。
ウ 第3次差押命令
(ア)執行裁判所は,同月20日,a建設の従業員15名の退職金債権合計1275万6308円及びその遅延損害金を被担保債権,a建設の預金債権を差押債権とする債権差押及び転付命令(以下「第3次差押命令」といい,第1次差押命令及び第2次差押命令と併せて「本件各差押命令」と総称する。)を発し,a建設は,同月27日,これを受領した。
(イ)a建設は,同月28日,原告に対し,下記約定により,第3次差押命令の法的対応を委任した(「本件委任契約3」といい,本件委任契約1及び2と併せて「本件各委任契約」と総称する。)。
① a建設は,原告に対し,着手金として30万円(消費税抜き)を支払う。
② a建設は,執行停止決定が出た場合,原告に対し,報酬として10万円(消費税抜き)を支払う。
③ a建設は,原告に対し,前項に加え,最終的に同社が得た経済的利益(金銭の取得又はその支払免除についてはその額をもって経済的利益とみなす。)の2パーセント相当額を支払う。
(ウ)原告は,a建設の代理人として,執行裁判所に対し,第1次差押命令と同様の手続をとり,執行裁判所は,同月30日,15万円の担保を立てさせた上,第3次差押命令の執行を執行抗告事件の裁判があるまで停止すると決定した。
エ 執行抗告手続と差押命令申立ての取下げ
(ア)東京高等裁判所は,同年11月16日,第3次差押命令に対する執行抗告を棄却するとの決定をした。同決定には,理由として,a建設の民事再生手続開始申立書には,平成20年10月末日付けで従業員全員に解雇を予告しているが解雇予告手当相当分の賃金が未払であり従業員161名の退職金は合計5億9615万174円である旨の記載があるとの事実が摘示され,a建設の従業員に対する平成20年10月30日の解雇の意思表示は撤回できず,相手方(従業員)が撤回に黙示に同意したことを認めるに足りる証拠はない旨の判断が示されていた(甲12)。なお,原告は,この決定が下されるまで,差押債権者が裁判所に提出した証拠を閲覧していなかった。
(イ)同年11月6日から同年12月21日までの間,第1次差押命令の差押債権者125名(被担保債権である退職債権は合計5億3793万6627円)のうち102名(被担保債権である退職金債権は合計4億6867万42円)が申立てを取り下げた。また,第2次差押命令の差押債権者104名(被担保債権である退職債権は合計5879万2859円)のうち93名(被担保債権である退職債権は合計5397万4197円)が申立てを取り下げた。
(ウ)東京高等裁判所は,平成22年1月12日,第2次差押命令に対する執行抗告を棄却するとの決定をし,同年2月15日,第1次差押命令に対する執行抗告を棄却するとの決定をした。各決定には,第1次差押命令に対する執行抗告棄却決定と同様の事実適示及び判断が記載されていた(甲30,31)。
オ 原告と被告との紛争
原告は,平成22年3月2日,本件各委任契約の成功報酬額を提案したが(甲32),被告は支払わなかった。そこで,原告は,同年11月22日,本訴請求と同額の成功報酬を支払うよう求める民事調停を申し立て,同年12月21日に第1回期日が開かれたが,平成23年5月10日,調停不成立により終了した(甲36,弁論の全趣旨)。
(5)相殺の意思表示
ア 被告は,原告に対し,平成23年10月5日の本件弁論期日において,本件各委任契約の着手金178万5000円の返還請求権をもって,原告の本訴請求債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
イ 被告は,原告に対し,平成24年1月17日の本件弁論準備手続期日において,本件各委任契約の債務不履行に基づく1247万9985円の損害賠償請求権をもって,原告の本訴請求債権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
2 争点及びこれに対する当事者の主張の要旨
(1)原告の成功報酬の有無及びその額
(原告)
ア 本件各委任契約に基づく原告の成功報酬は,以下のとおり,746万6183円(消費税を加えると783万9492円)である。
(ア)本件委任契約1に基づく原告の成功報酬は,合計568万6700円である。すなわち,原告は,第1次差押命令につき執行停止決定がされているから100万円を得られるほか,被告は差押債権者の取下げにより4億6867万42円の経済的利益を得たから,その1パーセントに相当する468万6700円を得ることができる。
(イ)本件委任契約2に基づく原告の成功報酬は,合計167万9483円である。すなわち,原告は,第2次差押命令につき執行停止決定がされているから60万円を得られるほか,被告は差押債権者の取下げにより5397万4197円の経済的利益を得たから,その2パーセントに相当する107万9483円を得ることができる。
(ウ)本件委任契約3に基づく原告の成功報酬は,第3次差押命令につき執行停止決定がされているから10万円である。
イ 被告に対する反論
差押債権者の取下げにより被告には経済的利益が発生しているから,これに対応する成功報酬が発生する。原告の行為と取下げとの間に相当因果関係は不要であるが,各執行停止決定がなければ取下げもなかったから,相当因果関係はある。
(被告)
ア 執行停止決定は,執行抗告とともに行われるのであるから,原告が170万円もの成功報酬を得ることを正当化するには,原告が執行抗告審において十分な業務を行うことが必要である。ところが,原告は,本件各差押命令の各執行抗告事件において,各命令は取り消されるだろうと算段し,差押債権者提出の証拠を閲覧し,的確な反論及び反証を行うことを怠り,漫然と東京高等裁判所の判断を待ち続けたことから,第3次差押命令の執行抗告が棄却されてしまった。したがって,原告は,170万円の定額の成功報酬を得ることはできない。
イ また,本件各委任契約の定める経済的利益は,金銭の取得又はその支払免除に限定されるべきであるから,差押債権者の取下げはこれに当たらない。取下げによっても被告の退職金支払義務がなくなるわけでもなく,被告には利益がない。また,第1次差押命令及び第2次差押命令の差押債権者が申立てを取り下げたのは,被告の説得によるものであり,原告は差押債権者との交渉を行ったことも,裁判活動を通じて差押命令の継続を断念させたこともなく,原告の行為は差押債権者の取下げと因果関係がない。したがって,原告は,差押債権者の取下げを根拠として経済的利益に応じた成功報酬を得ることはできない。
(2)原告の債務不履行に基づく損害賠償請求権の存否及びその額
(被告)
ア 原告は,本件各差押命令の執行抗告事件において各命令は取り消されるだろうと算段し,差押債権者提出の証拠を閲覧し,的確な反論及び反証を行うことを怠って漫然と東京高等裁判所の判断を待ち続け,被告に対し,いつでも執行抗告が棄却される可能性があることを説明しなかったため,被告は,差押債権者に対して適時に債権差押取下げの交渉をすることができなかった。したがって,原告には,本件各委任契約の善管注意義務違反及び説明義務違反による債務不履行が成立する。
イ したがって,着手金が返還されるべきところ,その額は支払済みの199万5000円(消費税込み)のうち178万5000円を下らない。
ウ また,第3次差押命令に対する執行抗告の棄却により,差押債権者の1名が取下げを撤回し,被告は退職金360万4618円を支払うことになった。加えて,差押債権者のうち7名は,取下げの意思を有していたが,第3次差押命令により887万5367円の退職金を受領した。これら合計1247万9985円は原告の債務不履行による被告の損害である。
(原告)
原告は,本件各委任契約に基づく事務の遂行について債務不履行と評価されるべき事情はない。原告は,もともと,本件各差押命令の執行停止や取消しが認められない可能性があることを説明していたし,原告が証拠を閲覧していたとしても,被告には解雇の撤回を裏付ける証拠がなかったから,執行抗告棄却の結果を覆すことは困難であった。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
証拠(甲12,14ないし29,37ないし56,59ないし61,乙1ないし6,8ないし14,証人B,証人岩野,被告代表者A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)a建設の民事再生手続において認可された再生計画案には,平成21年1月13日時点の労働優先債権(債権者総数163名,総額6億684万9976円)のうち未払退職金債権については,同年10月末日限り,退職金口座宛弁済するとの条項があった(甲61)。
(2)a建設の代表取締役であったA(以下「A」という。)は,民事再生手続における再生計画認可後も引き続き,a建設の従業員との間で退職金の支払について協議を行っていたが,同年6月ころ,原告に対し,再生計画案を示して退職した従業員に対する退職金支払の猶予を求める調停の申立ての受任を打診するとともに,勤務を続けている従業員に対する退職金支払の必要性について相談をしていたが,結局,原告に調停申立てを委任しなかった。
(3)原告の弁護士事務所の弁護士である岩野高明(以下「岩野」という。)は,本件各委任契約を締結した際,a建設の提出した民事再生手続申立書の記載内容を把握しておらず,Aに対し,勤務を継続している従業員に対する解雇通知撤回の主張は成り立ち得るので勝訴する見込みがある旨説明した。他方,Aは,従業員に対する退職金の支払は回避できないという別の弁護士からの助言も踏まえ,本件各差押命令の取消しの可能性は高くないと理解しており,岩野に対し,従業員に対して取下げを説得する旨述べた。
(4)被告は,同年10月30日(a建設を吸収合併する前日),臨時取締役会を開催し,a建設の全従業員の退職金に関し,新たに預金口座を確保すること,当時のa建設の社内規程に従って退職時に全額を支払うこと,従業員退職時にはa建設での勤続年数を継承し,その勤続年数に従って退職金の計算をすることを決定した(乙6)。
(5)被告は,同年11月上旬,原告以外の弁護士の立会の下,第1次差押命令を申し立てた従業員を対象に説明会を開催し,差押えを維持した場合,被告の経営に重大な影響を及ぼすことなどを説明して取下げを求めたところ,57名が取下げに応じ,同月6日,57名分の取下書(甲18)が提出された。
(6)岩野は,同日,被告に対し,本件各差押命令の執行抗告が高等裁判所に係属した場合には,連絡があるので,その段階で以後の内容を報告するとのメールを送付した(乙3)。
(7)被告は,その直後,第1次差押命令を申し立てた従業員を対象に前項と同様の説明会を開催したところ,23名が取下げに応じ,同月10日,23名分の取下書(甲19)が提出された。
(8)被告は,その後もメールや書類の郵送により,本件各差押命令を申し立てた従業員に対し,取下げの要請を続けていたが,同月16日に第3次差押命令に対する執行抗告が棄却された(甲12)。
(9)これを受け,被告は,従業員に対する債権差押申立て取下げの説得に一層尽力し,同月24日から同年12月22日までの間,第1次差押命令を申し立てた従業員22名の取下書(甲20ないし29)が順次提出された。
(10)他方,岩野は,第3次差押命令に対する執行抗告の棄却決定の理由をみて,他の執行抗告についても勝訴の見込みが低いと理解し,Aと相談の上,被告の従業員に対する取下げの交渉を支援するため,同年11月26日から12月22日にかけ,第1次差押命令の執行抗告を審理している東京高等裁判所に対し,決定の先延ばしを求めるとともに,準備書面を提出し,当事者及び関係者の審尋を求めるなどした(甲14ないし17)。また,岩野は,同年12月3日,Aに対し,取下書の書式を送るなどした。
以上の認定事実と前記第2の前提事実を踏まえ,以下争点について判断する。
2 争点(1)(原告の成功報酬の有無及びその額)について
(1)定額の成功報酬について
本件各差押命令について原告の申立てに基づいて執行停止決定が出されているから,本件各委任契約に基づき,合計178万5000円(消費税込み。)の成功報酬が発生する。
被告は,原告が170万円もの成功報酬を得ることを正当化するには,原告が執行抗告審において十分な業務を行うことが必要であると主張する。しかし,本件各委任契約によれば,執行停止によって成功報酬が発生することが明確に定められており,被告の主張するような条件は課されていないので,これを採用することはできない。
(2)経済的利益による成功報酬について
そこで,次に,経済的利益による成功報酬の有無及びその額について検討する。
ア 本件各委任契約によれば,a建設は,原告に対し,最終的に同社が得た経済的利益(金銭の取得又はその支払免除についてはその額をもって経済的利益とみなす。)の1パーセント(又は2パーセント)相当額を支払わなければならない。この成功報酬は,受任事務を遂行する対価であるから,原告の本件各差押命令に対する法的対応によってa建設が得た経済的利益について発生するものと解される。そして,本件各委任契約の最終的な目的は差押債権者がa建設の預金口座から払戻しを受けることを阻止することにあると解されるから,取下げによって払戻しが回避された場合も経済的利益に当たる。
イ これに対し,原告は,原告の行為と経済的利益との因果関係は不要である旨主張し,これに沿う岩野の証言及び陳述書(甲59)における供述もあるが,成功報酬が原告の行為と無関係に発生するとすれば,条件付きの贈与契約であって,受任事務に対する報酬といえないから,採用できない。他方,被告は,経済的利益は金銭の取得又はその支払免除に限定されるべきであるから,差押債権者の取下げはこれに当たらないと主張し,被告代表者Aは本人尋問及び陳述書(乙4,10)においてこれに沿う供述をする。しかし,取下げはa建設に対して差押命令の取消しと同等の経済的利益をもたらすのであるから,原告の法的対応が取下げに寄与した限度では経済的利益にあたると評価すべきであり,これに何らの報酬も生じないとすることはできない。
ウ 第1次差押命令について4億6867万42円分の取下げがあり,第2次差押命令について5397万4197円分の取下げがあったから,これらの取下げに対する原告の寄与について検討する。原告が行った第1次差押命令及び第2次差押命令に対する執行抗告から抗告棄却決定までの間に差押債権者による取下げがされたから,原告の執行抗告申立てがなければ取下げが行われることはなく,原告の法的対応が取下げに寄与したことは否定できない。なお,第3次差押命令については差押債権者からの取下げがされる前に執行抗告が棄却されてしまったが,これをもって原告の他の差押命令の取下げへの寄与が否定されることにはならない。しかしながら,原告の執行抗告申立てがされたことのみによって取下げがされたわけではなく,原告は差押債権者に対して取下げの働きかけを行っていない。むしろ,差押債権者に対して取下げのための説明会開催や個別の説得を行ったのは被告の役員等である。そうすると,原告の取下げに対する寄与度は,被告側の行為に比較して相当低いというべきであり,前記前提事実及び認定事実を総合すると25パーセントにとどまると認めるのが相当である。そうすると,原告の行為による経済的利益は取り下げられた債権額の25パーセントということになる。
したがって,下記計算式により,経済的利益に関する原告の成功報酬は,本件委任契約1につき123万0258円,本件委任契約2につき28万3364円の合計151万3622円となる(いずれも円未満切捨てかつ消費税込み。)。
(計算式)
本件委任契約1:4億6867万42円×0.25×0.01×1.05
本件委任契約2:5397万4197円×0.25×0.02×1.05
3 争点(2)(原告の債務不履行に基づく損害賠償請求権の存否及びその額)について
被告は,原告が本件各差押命令の執行抗告事件において各命令は取り消されるだろうと算段し,差押債権者提出の証拠を閲覧し,的確な反論及び反証を行うことを怠り,被告に対し,いつでも執行抗告が棄却される可能性があることを説明しなかったので,被告が適時に債権差押取下げの交渉ができなかった旨主張する。
確かに,原告は,執行抗告申立てから第3次差押命令に対する執行抗告が棄却されるまでの間,執行抗告が係属した高等裁判所から連絡を待ち,差押債権者提出証拠の閲覧,追加的主張,立証を行っていない。しかし,a建設は平成20年10月30日に全従業員に対して撤回ができない解雇通知をしているし,その後に申し立てた民事再生手続において,従業員全員に解雇を予告し,その退職金が合計5億9615万174円である旨を自認していたから,客観的にみて本件各差押命令が取り消されることは困難な状況にあった。そして,執行抗告の審理の仕方,判断の時期については裁判所の合理的裁量に委ねられていることも踏まえると,原告が証拠の閲覧,追加的主張,立証を行うことによって高等裁判所の判断が左右された可能性は乏しく,審理の仕方に影響を与えることができたどうか不明であるというほかない。このような事情の下では,原告の主張立証の方法が善管注意義務違反に当たるとまではいえない。
また,執行抗告に対する判断の時期を予測するのは容易でないし,被告からその時期を明示的に説明するよう求められたことを認めるに足りる証拠もないから,原告が執行抗告に対する判断の時期を予め説明する義務があったとすることも困難である。
したがって,原告に本件各委任契約上の債務不履行が成立すると認めることはできず,被告による相殺の抗弁は理由がない。
4 結論
以上によれば,被告が原告に対して支払うべき成功報酬は合計329万8622円であって原告の請求は一部理由があるので,主文のとおり判決する。
(裁判官 小川嘉基)
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