判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(27)平成30年 1月30日 大阪地裁 平27(ワ)7312号 賃金等請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(27)平成30年 1月30日 大阪地裁 平27(ワ)7312号 賃金等請求事件
裁判年月日 平成30年 1月30日 裁判所名 大阪地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)7312号
事件名 賃金等請求事件
文献番号 2018WLJPCA01308001
裁判年月日 平成30年 1月30日 裁判所名 大阪地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)7312号
事件名 賃金等請求事件
文献番号 2018WLJPCA01308001
奈良市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 大前治
同 佐藤真理
同 冨島淳
同 吉村友香
名古屋市〈以下省略〉
被告 株式会社Y
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 大津千明
同 近藤圭悟
主文
1 被告は,原告に対し,3000円及びこれに対する平成26年6月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,26万5699円及び別紙1の「金額」欄記載の金額に対するそれぞれ「支払期日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,19万5560円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用はこれを20分し,うち1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
6 本判決は,主文1項及び2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,21万4887円及びこれに対する平成26年6月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,467万9608円及びうち434万2712円に対する平成27年2月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,418万6758円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,被告の従業員であった原告が,給与の一部(職能手当)が支払われていない,時間外労働や深夜労働を行ったのに労働基準法(以下「労基法」という。)37条に基づく割増賃金が支払われていないとして,未払の職能手当及びこれに対する最終の支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,割増賃金(なお,原告の請求額[上記第1の2]と,原告の始業時間・終業時間に関する最終的な主張に基づく割増賃金の計算額とは一致しない。)及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金並びに労基法114条に基づく付加金及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 被告は,印刷に関する事業等を業とする株式会社である。被告の大阪営業所(以下単に「大阪営業所」という。)は,大阪市中央区◎◎所在のaビル8階に所在する。
(甲1)
イ 原告は,平成45年○月○日生まれの男性であり,平成20年2月1日,被告に就職し,大阪営業所営業部に配属され,営業業務を担当してきた(甲2)。
(2) 原告と被告の雇用契約
原告と被告は,平成20年2月1日,期間の定めのない雇用契約を締結した。本件で問題となる期間の労働条件は,以下のとおりである。
ア 給与
月額基本給22万円,役付手当1万円,職能手当(その性質及び金額について争いがある。)
イ 給与締日・支払日
毎月20日締め,当月25日支払
ウ 大阪営業所の所定就業時間,休憩時間
午前9時から午後6時まで,休憩時間60分
(以上アないしウにつき,甲25)
(3) 懲戒解雇等
被告は,平成26年7月28日付けで,原告を懲戒解雇した。原告は,被告に対し,雇用契約上の地位の確認等を求めて別件訴訟を提起し(当庁平成26年(ワ)第8326号。なお,被告からも反訴が提起された。),同事件は,平成29年3月28日に判決が言い渡された(控訴され,本件口頭弁論終結時点において大阪高等裁判所に係属中である。)。
(乙71,弁論の全趣旨)
(4) 訴えの提起
原告は,平成27年7月23日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
第3 争点
1 未払職能手当支払請求権の存否(争点1)
2 時間外割増賃金算定の基礎時給(特に,職能手当が基礎賃金に含まれるか)(争点2)
3 原告の実労働時間及び時間外割増賃金額(争点3)
4 労基法114条に基づく付加金請求の可否(争点4)
第4 争点に関する当事者の主張
1 争点1(未払職能手当支払請求権の存否)について
【原告の主張】
原告が,被告から受け取る給与の中には,「職能手当」と呼ばれるものが存在し,月額8万5900円が支払われることとなっていた。しかし,被告は,平成25年2月分から平成26年6月分までについて,別紙2の「支払額(A)」欄の金額しか支払わず,同別紙の「差額(85,900-A」欄の金額が支払われていない。よって,原告は,被告に対し,未払の職能手当として,合計21万4887円の支払請求権がある。
【被告の主張】
(1) 平成25年1月分から同年8月分まで
被告は,平成21年9月から営業手当を成功報酬型に変更し,3か月に1度支給額を見直す制度になった。平成24年3月に,諸手当の統廃合及び名称変更を行い,営業手当は職能手当と名称が変更された。平成25年1月頃からの原告の職能手当は,6万6000円を基本とし,売上等の目標達成率や勤務態度等を考慮の上増額又は減額される成功報酬型であり,未払分はない。
(2) 平成25年9月分以降
被告は,平成25年9月分以降,営業部門に年俸制(賞与も含めた計算)を導入し,成功報酬型である職能手当の支給額を1年に1度見直す制度に変更した。平成26年4月分の3000円の減額は,被告の評価基準制に基づき,原告の基本業務違反を理由とするものである。よって,未払分は存在しない。
2 争点2(時間外割増賃金算定の基礎時給[特に,職能手当が基礎賃金に含まれるか])について
【原告の主張】
ある手当が固定残業代の性質を有すると認められるためには,当該手当が時間外労働に対する対価の実質を有することが必要であるが,原告は,職能手当が残業代の趣旨を含むものであると説明を受けたことはないし,被告も,職能手当は成功報酬であると主張している。
したがって,職能手当は固定残業代に該当しないから,時間外割増賃金算定の基礎賃金は,別紙3の「月給★(月によって定められた賃金)」欄の「基本給」,「諸手当」,「役付手当」の合計額である。そして,1年間の1月平均所定労働時間数は,請求対象の全ての期間を通じて173.8時間であるから,基礎時給は,別紙3の「基礎時給(通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額)」欄のとおりである。
【被告の主張】
被告は,営業職の業務実態や特殊性を考慮して,営業担当者に対し,営業業務に通常必要となる残業代等について,あらかじめ職能手当として支払っていた。なお,被告は,営業担当者に対し,営業業務に必要な携帯電話を貸与し,その通信料を別途負担している。
したがって,職能手当は,固定残業代に該当するから,時間外割増賃金算定の基礎賃金は,別紙4の「月給★(月によって定められた賃金)」欄の「基本給」,「役付手当」の合計額である。そして,1年間の1月平均所定労働時間数は,請求対象の全ての期間を通じて173.8時間であるから,基礎時給は,別紙4の「基礎時給(通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額)」欄のとおりである。
3 争点3(原告の実労働時間及び時間外割増賃金額)について【原告の主張】
(1) 総論
原告は,別紙5の「始業時刻」から「終業時刻」までの間から「休憩時間★」欄の時間を除いた間,被告に対し,労務の提供を行った。
(2) 始業時刻,終業時刻及び休憩時間について
ア 始業時刻について
(ア) 原告が,午前9時より前に機械警備を解除した日は,機械警備の解除自体が業務であること,被告が後記【被告の主張】(2)アで主張する行為もほぼ全て業務そのものであり,機械警備の解除後に業務でないものが含まれているとはいえないことから,機械警備を解除した時刻を始業時刻とすべきである。
(イ) 午前9時より前の時刻がオフィス開錠・施錠管理表(以下「管理表」という。甲16)に記載されている場合は,同時刻を始業時刻とすべきである。
(ウ) その他の場合は,所定の始業時刻である午前9時を始業時刻とすべきである。
イ 終業時刻について
(ア) 後記(3)の各証拠によって終業時刻が認定できる日については,同時刻を終業時刻とすべきである。なお,原告が機械警備を開始した日について,被告が後記【被告の主張】(2)イで主張する終業時の作業は全て業務そのものであること,機械警備の開始自体が業務であることから,機械警備を開始した時刻を終業時刻とすべきである。
(イ) 後記(3)の各証拠がない日は,他の勤務日は定時で帰宅していることなど一度もないにもかかわらず,後記(3)の証拠がない日だけ残業をしないというのは明らかに不自然であり,証拠がない日の前後と同程度労働をしていたと考えて,その平均で労働時間を認定することが自然かつ合理的である。
ウ 休憩時間について
原告は極めて多忙であり,休憩時間をほとんど取ることができず,昼食の時間すら取れない日も多かったから,どんなに長く見積もっても30分程度であった。
(3) 始業時刻及び終業時刻の証拠について
ア 機械警備記録(甲26)について
機械警備記録は,警備解除時刻及び警備開始時刻を機械的に記録するもので客観性が高く,大阪営業所において直接操作する以外に記録を残す方法はないから,機械警備記録に原告のID番号「○○○○」による警備解除の記録がある場合は同時刻が始業時刻であり,同番号による警備開始の記録がある場合は同時刻が終業時刻である。
イ 日報(甲14の①,②)について
日報は,原告の記憶に基づき,その日の業務をその日のうちに記載したものであり,相当程度信用できる。平成26年4月24日の日報に,原告が株式会社b(以下「b社」という。)に赴いたことの記載がないのは,原告が当時このことを被告に隠しており,あえて記載しなかったという特殊なケースである。原告が日報を労働時間の根拠としているのは平成25年3月12日,同年4月3日,同年5月7日,同年6月26日,同年9月11日の5日間であるところ,少なくともこれらの日については,被告から何ら信用性について指摘されていない。
ウ メール(甲15)について
原告は,少なくともメールが送信された時刻までは,大阪営業所で業務に従事していた。原告は社外のパソコンから会社のメールを送信したことはないし,仮に,社外からメールを送信していたとしても,日報を送信することは業務の一部であり,労働時間である。
エ 管理表(甲16)について
管理表は,日報と同様,原告がその記憶に基づいて作成したものである。原告は,被告から,平成26年1月以降は,午後10時以降に退出した場合であっても退出時刻として午後10時と記載するよう指示されており,実際には管理表に記載した時刻よりも遅い時間に帰宅することの方が多かったから,最低限管理表に記載した時刻までは労働時間と認められるべきである。
オ ファイル更新日時等一覧表(甲17の①)について
大阪営業所において原告が使用していたパソコンに保存されていたファイルは,ほとんどは原告により保存されたものであるし,他人が作成したファイルを受信し,これを確認することも原告の仕事であるから,更新日時以後まで原告が業務に従事していたことを示す。よって,ファイル更新日時は,原告の労働時間の根拠となる。
(4) 被告が主張する不正行為及びこれに要した時間等について
ア 被告が主張する不正行為は存在しないこと
(ア) 事例1(c協会兵庫支部の案件)について
原告は,平成26年2月上旬頃,c協会兵庫支部の案件を獲得する前に,d社に対して見積りを依頼し,36万円という金額を提示された。原告は,後で見積書をファックスで送るよう求めていたが,繁忙のためか送られてこなかった。ところが,印刷原版が完成する数日前に,d社に再度確認したところ,「36万円ではできなくなった」と言われた。納品期日が迫っているので新たな外注先を見つけることは困難であり,入札手続により受注した案件を断ると二度と受注できなくなり,印刷業界において悪い風評が広がる不利益もあることから,やむなく36万円で受注するしかないと考えた。被告代表者から,厳しい叱責をされたり,給料から天引きされたりすることも予想され,それを恐れたため,窮余の策として伝票1及び1(2)を作成した。原告は,赤字受注の事実を最後まで報告せず隠し通す意図はなく,そのような隠ぺいが可能であるとも考えていなかったし,他の案件でe株式会社(以下「e社」という。)から入金があれば,それをc協会兵庫支部の案件での入金であると説明して損失を取り戻すつもりであった。
以上のとおり,本案件は,原告が,最初から赤字だと分かっていて受注したという案件ではなく,発覚が不可能になるよう徹底した隠ぺい工作をした事実もない。
(イ) 事例2(株式会社f[以下「f社」という。]の案件その1)について
a 原告は,本案件について,最初から赤字になると認識して受注したわけではない。f社から見積りの依頼を受けて,外注仕入先のg株式会社(以下「g社」という。)に問い合わせたところ,100万円以下で可能であると回答を受けていた。
b 原告は,被告が作成しなければならなかったとする内容の伝票を作成して,通常の方法どおり,メールに添付して本社に送信した。
c 被告が主張する「予定外の入金」とは何であるのか意味不明であるし,仮に,「予定外の入金」が存在したとしても,それ自体が何らかの案件についての収入であり,それに対応した費用が発生し,それを記載した伝票が作成されるはずである。したがって,別個の「予定外の入金」によって本件の損失を埋め合わせることなど不可能である。
d 本社は,大阪営業所の案件の請求書を,本来の発行日より約3週間も遅れて発行するなど,事務停滞が常態化していた。そのため大阪営業所では,本社から請求書が届くのを待たずに,適時迅速に請求書を発行していた。平成26年2月28日付け及び同年3月31日付けの請求書は,いずれも当時の大阪営業所長の了解を得て作成されたもので,その押印もあり,原告が無断で作成したものではない。
(ウ) 事例3(f社の案件その2)について
原告は,本案件を最初から赤字と認識して受注したわけではなく,f社から見積りの依頼を受けたときは黒字見込みだった。外注仕入れについて,b社から断られたので,g社に対して見積りを依頼したところ,同社は見積額を明示しなかったが,納期を優先しなければならないという事情を理解して協力してくれることになった。ところが,納品にあたって,50万円を上回る高額な請求をしてきた。原告は,それは非常に困る,通常の相場よりも高すぎると述べて交渉したところ,41万円という金額に応じてくれた。
原告が当該案件について伝票を作成しなかったという明確な記憶はない。原告は,他の案件でf社から入金があれば,それをh社の案件での入金であると説明して損失を取り戻すつもりであった。
(エ) 事例4(f社の案件その3)について
原告は,本案件を最初から赤字と認識して受注したわけではない。f社から,当初,納品場所は1か所であると聞いていたが,後になって納品場所は約300か所の高速道路関連施設であることが分かり,外注仕入先からの請求金額が高額化してしまった。これは,f社の担当者がh社側の要望を十分に聴取・把握していなかった落ち度によるものである。ところが,f社の担当者は,自分の責任を棚に上げ,外注先が求めた増額費用分の支払を拒んだ。原告は,f社に対しては増額を求めて交渉し,外注先に対しては当初の見積りどおりの金額で我慢をしてくれるように交渉したが,聞き入れてもらえなかった。やむなく原告は,伝票28を作成して,一時的に赤字受注の報告を先延ばしにしようとしたものである。
(オ) 事例5(f社の案件その4)について
原告は,外注仕入先へ事前に見積りを取っていた。ところが,外注仕入先はさらに別の業者へ外注に出したので費用が高くついたなどという理由で,見積額より高い金額を請求してきた。原告は,約束と違うので応じられないとして交渉したが,外注仕入先が頑なに見積りと異なる請求をしてきたため,原告は,やむなく伝票29,29(2)及び29(3)を作成した。一時的に赤字受注の事実報告を先延ばしにしようとしたのは事実であるが,自己の利益のために虚偽受注や改ざんをしたものではない。
(カ) 事例6(e社の案件)について
本案件は,元々約12万円で受注した。刷り直しによる費用増加がなければ黒字の案件であり,最初に作成したのは伝票30(2)である。
刷り直しが生じた原因は,e社の担当者がi社から説明を十分に聞いていないために,同社の意向に沿わないデザインで印刷が完成してしまったところにある。これは原告のミスではないのに,e社は,「Y社側のミスだから支払わない。」との対応を取った。本来であれば,この事実を被告に報告すべきであったが,被告代表者が,原告の努力や交渉の難しさを理解せず激怒して「自腹を切れ」と命じることが予想されたので,原告は当初作成していた伝票30(2)に加えて,伝票30を作成して一時的に帳尻を合わせようとした。
(キ) 事例7(b社の案件)について
a b社の関係については,平成26年6月14日に報告済みである。原告は,自分が被告に重大な不利益を与える悪質な行為をしていたという認識はないので,自己保身のために事実の隠ぺいへの協力を求めた事実はなく,「このことが会社にばれたらくびになってしまう」などと述べた記憶はない。
b社は,被告が発注した全ての仕事を完成させており,その代金は被告が支払うべきである。b社との関係では,受注元(f社)から値下げ要求を受けて交渉したために被告への売上計上が遅れるとともに外注先のb社から厳しい請求を受けた経緯があり,そのため,原告が133万5000円を支払った経緯がある。これは本来被告が払うべき金額であった。
b f社から受注してb社へ外注した印刷案件について,f社側から値下げや支払時期の先延ばしの要請があった。不当な要請なので応じる必要はなかったが,そうした問題が起きていることを本社に報告しても,従来同様に「自分で解決しろ」,「損害が出たら自分で払え」と被告代表者から命じられることが予想された。f社との交渉が長引くとb社への支払も遅れてしまうため,原告は,b社への支払が遅れることを謝罪するとともに,被告からb社への支払が早期に実現するために,実際にはb社が受注していない「生活習慣病チラシ」と「告知チラシ」及びg社が受注していた「△△チラシ」を記載した請求明細書(乙20)を作成してもらったのである。その目的は,外注した仕事内容に見合った金額を被告からb社に支払ってもらうためであり,大口取引先であったb社との取引関係を継続するためにしたことであって,原告が被告代表者から罵倒されたり自腹弁償を命じられたりすることを回避するためにやむを得ずとった行動であった。原告が自己の利益を図るために行った不正操作ではない。
cⅰ 原告が,24頁の発注品を64頁と偽って社内計上したことはない。
納品書は納品と同時に作成されて納品先に交付されるものであり,乙47号証の1の作成日付は平成26年4月15日となっている。つまり,同発注品の印刷が終了して出荷された同年3月25日より21日も後に用紙を納品するというのは順序が逆である。
被告が示す証拠は,納期が3月中のもの(乙16の③,46の①。完成品24頁)と,4月中のもの(乙44,47。完成品64頁)に類別でき,完成品が24頁のものと64頁のものは納期が異なっており,異なる取引である可能性がある。
ⅱ 原告が,余った用紙の流用を行ったことはない。そもそも,原告において,用紙の流用をするメリットないし動機は存在しない。
「□□電話オプションサービスガイド」(乙16の③の4)の取引については,乙16号証の③では出荷日が平成26年2月27日,乙46号証の③では納期が同月28日となっている。ところが,その印刷に流用したとされる用紙の納品書(乙47の②)の発行日付は同年3月19日であり,絶対不可能である。
また,乙47号証の②の摘要欄には「02用紙」としか記載されていないのに対し,乙47号証の①の摘要欄には「地デジBSコース用□□」と記載されており,乙44号証の商品名欄と一致している。乙47号証の②の「受注票No.」欄には「●●●827」と記載されているのに対し,乙47号証の①の受注票欄には「●●●853」と記載されており,後者は乙44号証の右上の「No」欄と整合している。
(ク) 事例8(j社に関する件)について
j社からの請求書が実際の仕事内容とは異なる記載内容であったことが数回程度あったことは認める。しかし,それは原告が求めたものではなく,j社側から要請されたものである。また,その合計金額は,被告主張の150万円よりもっと少ないはずである。
原告は,安価で仕事を引き受けてくれるj社には感謝しており,今後も,j社との間で取引を続けることは被告の利益になることは明らかであった。そのため,予想よりも工程が増えたこと等によりj社に負担をかけた場合や,j社側が支払額の増額を求めてきたときには,その意向に応じて請求書の項目名を変更して,仕事に見合った金額が支払われるよう調整したことがあった。架空の仕事はなく,原告がマージンを取る,あるいは着服するなどといった事実は存在しない。
Bが作成した書面の内容は事実に反する。Bが真意から内容を了承して作成したものではない。
(ケ) 事例9(複数社を介在させた隠ぺい工作の件)について
原告が,e社から受注した△△の案件に関して,被告は,e社からの入金が72万円しかなかったと主張するが,知らない。原告が,e社に対し,本来は81万円であるのに入金額は72万円でよいと申し向けた事実はない。
原告としては,本案件について架空の計上,虚偽報告,不正行為をした記憶はない。また原告は,伝票12及び12(2)については記憶がなく,これを原告が作成したかは知らない。
(コ) 事例10(被告の請求書の偽造・改ざん)について
被告は,株式会社k(以下「k社」という。)との取引について原告による虚偽記載,操作,改ざんがあったと主張するが,事実に反する。
a 原告が,被告本社作成の請求書をk社に届けず,大阪営業所で作成した請求書(乙28)を届けていたのは,被告本社による請求書の作成及び大阪営業所への送付が約3週間も遅れるなど事務停滞が常態化していたからである。原告が入社する以前から,大阪営業所では,取引先の支払サイト(取引先ごとの締日,支払日)に間に合うよう独自に請求書を作成することが慣行となっており,原告もそのようにしていた。大阪営業所長もそのことを熟知し了承していた。
b 伝票と大阪営業所の請求書で金額が異なるケースは,原告がk社との取引を本社へ報告した後に,k社から異なる金額が記載された「発注書」が大阪営業所に送られてくることによって生じる。例えば,k社側の発注指示ミスにより生じた増加費用について,k社側が支払時期の先延ばしを求めたり,別の名目の支払にしてほしいと求めたりすることがある(k社の担当者が,自社内で自分の責任を追及されたくないという事情や,自分の責任を認めたくないという事情があるようである。)。あるいは,契約成立後にもかかわらず値引きを求めてくることがある。こうした場合,k社の担当者の顔を立てて要望に応じつつ次の機会に元を取らせてくださいとお願いした上で,k社の担当者との合意により,翌月以降の取引について金額を上乗せしたり,新規の案件を受注したりするという取引関係を続け,こうした努力により,同社との間で,約3年間で少なくとも1054万円余りの契約を受注した。同社の関係で,原告が書類の虚偽記載や改ざんのために長時間労働を要したことはない。
イ 被告が主張する不正行為に時間を要したとの主張に根拠がないこと
(ア) 被告は,原告の隠ぺい工作は通常の業務よりも大量の時間と労力が必要になる旨主張する。しかし,原告は膨大な営業活動や事務処理をこなしていたのであり,そのために長時間にわたる労働を余儀なくされていたのであるから,これらに加えて隠ぺい工作等に長時間をかけることは不可能である。
すなわち,原告は,出勤して,掃除,FAXやメールのチェック,得意先からの急な見積り依頼の対応,印刷データのチェック等の業務をこなし,午後は午後6時,午後7時頃まで外回りに出かける等していた。そして,見積書や請求書等の書類作成作業,印刷物の校正等は,外回りから帰ってからこなしており,見積書等の作成は,その日訪問した取引先のものだけでなく,現在進行中の取引に関するものや溜まっているもの等があり,常時,1日平均30件から50件もの書類を作成しなければならなかった。上記の分量の見積書等の作成には,2ないし3時間以上要し,校正作業にも多くの場合2ないし3時間要した。以上の業務に加えて,原告は,見積書や請求書の封入,宛名書き,切手貼り,投函や,不足した場合の切手や収入印紙の購入,契約書の作成等,あらゆる事務を1人で行っており,これらの事務作業にも相当の時間を要した。以上の原告の業務内容からすると,原告が「隠ぺい工作」に長時間割くことは不可能である。
もっとも,原告は,取引先から請求を受けた金額を支払うために,窮余の策として,実際の案件とは異なる案件で見積書を作成したことがあったが,日常的に架空の伝票を作成していたものではなく,原告の稼働期間の間にわずかな件数であったといえ,被告が主張する「不正行為」のために多くの時間が費やされたということはない。
(イ) 正規の見積書を作成するのに長時間を要するのは,取引先の要望に沿うように,発注する紙の種類や運送業者,加工代等について様々なパターンで計算しなければならないからである。他方,実際の案件とは異なる案件で見積書を作成する場合は,損失を回復するための決まった金額があって,その金額に合うように,運送費等の各項目に適当な金額を当てはめていけば足り,取引先の要望に添う形で何パターンも見積書を作成する必要はなく,わずかな時間しか要しない。
(ウ) 被告は,「不正行為」に費やされた時間について抽象的な主張を繰り返すだけで,具体的にどれだけの時間を「不正行為」に費やしたのかの主張・立証をしない。どれだけの時間が「不正行為」に費やされたのか全く不明なままである以上,被告において,労働時間から除外すべき「不正行為」の存在について主張・立証がなされたとはいえない。
ウ 原告による架空の伝票作成に要した時間を労働時間から差し引くことは許されないこと
印刷業界においては,ある取引で生じた損害を別の取引で回復するということが往々にして行われており,原告の行為も,このような取引慣行があることを前提に,他の取引に利益を上乗せする等して,将来的に事実上損失を回収することを予定したものであった。さらに,原告がb社まで出向いて支払いが遅れることを土下座して謝罪した行為や念書を差し出した行為についても,取引先との間で,支払いが遅れる等何かトラブルが発生すれば,将来の取引継続のために,営業担当の従業員が取引先まで出向いて謝罪することは当然であるし,また,取引先からの求めに応じて支払いのための念書を作成することも通常の取引において何ら珍しいことではない。
したがって,原告の実際の案件と異なる案件で伝票を作成する行為や取引先への謝罪行為は,将来も取引関係を継続していくために不可欠な行為であり,業務とは無関係になされたものではない。
【被告の主張】
(1) 総論
後記(2),(3)を踏まえた原告の始業時刻,終業時刻及び休憩時間は,別紙7のとおりである。もっとも,同計算書記載の間,原告が大阪営業所にいたとしても,後記(4)の一連の不正行為に費やした時間は労働時間には該当せず,原告は当該不正行為に大量の時間を費やしていたことに照らせば,原告に時間外労働があったとは認められない。
(2) 始業時刻,終業時刻及び休憩時間について
ア 始業時刻について
(ア) 原告が,午前9時より前に機械警備を解除した日については,大阪営業所があるビルの1階で機械警備を解除した従業員が,同ビルの8階にある大阪営業所のある8階まで上がって事務所に入室し,電気をつけ,上着やかばんを片付け,デスク,ロッカー,書類等を整理する等の準備行為をする時間が必要になるから,原告の始業時刻は所定の始業時刻である午前9時と考えるべきである。
(イ) 原告以外の従業員が機械警備を解除した日については,原告の始業時刻はその時間より遅いのは明らかであり,実際には遅刻の可能性があるものの,原告の始業時刻は所定の始業時刻である午前9時と考えるべきである。
(ウ) 原告又は原告以外の従業員が機械警備を解除した時刻が午前9時より遅い日は,機械警備を解除してから業務を開始するまで,上記(ア)の移動や準備のため少なくとも10分程度の時間は必要になるから,原告の始業時刻は,機械警備の解除時刻の少なくとも10分後になると考えるべきである。
イ 終業時刻について
(ア) 原告が機械警備を開始した日については,原告が業務を終えて帰宅の準備をし,事務所を施錠してビルの1階に下り,機械警備を開始するまで,上記ア(ウ)のとおり少なくとも10分程度の時間は必要になるから,原告の終業時刻は,機械警備の開始時刻の少なくとも10分前になると考えるべきである。
(イ) 原告以外の従業員が機械警備を開始した日については,原告の終業時刻はその時間より早いのは明らかであり,下記(3)のとおり,原告が終業時刻の根拠とする日報,メール,管理表及びファイル更新日時等一覧表を元に原告の労働時間を立証することはできないから,原告の終業時刻は,所定の終業時刻である午後6時と考えるべきである。
(ウ) 原告が,「平均」を元に終業時刻を主張する日は,根拠を欠くから,所定の終業時間と考えるべきである。
(エ) 平成25年10月8日は,午後7時から,原告及び被告代表者も参加して,C前大阪営業所長の歓迎会が開催されたから,同日の終業時刻は午後7時である。
ウ 休憩時間について
原告の業務量,売上額が少ないことに照らせば,原告が,多忙のため所定の休憩時間を取ることができなかったとは考えられず,原告の休憩時間は,大阪営業所所定の休憩時間の60分である。
(3) 始業時刻及び終業時刻の証拠について
ア 日報(甲14の①,②)について
日報の記載は,「デスクワーク」,「社内業務」といった抽象的であいまいな記載が多く,原告が被告の業務を行っていたのか不正行為を行っていたのか不明である。
後記(4)ア(キ)aのとおり,原告は,平成26年4月24日,一連の不正行為に関連して,愛知県春日井市のb社に出向いているが,同日の原告の日報にはそのような事実の記載はない。また,原告は,同年3月24日の日報に,午後8時15分に帰社してデスクワーク180分と記載しているが,機械警備記録(甲26)によれば,原告は,午後8時21分に機械警備を開始して帰宅している。同様に,原告は,同年4月7日の日報に,午後5時に帰社してデスクワーク240分と記載しているが,機械警備記録によれば,原告は,午後7時34分に機械警備を開始して帰宅している。
以上のとおり,日報には事実や客観的証拠に反する記載があり,また抽象的で暖昧な記載が多いため,信用性に欠け,日報の記載が原告の労働時間を立証するのに足りるものではない。
イ メール(甲15)について
メールは設定次第でどこからでも送受信することができ,このことは,メールアドレスが被告のドメイン名であったとしても同じであるから,原告が送受信したメールが存在したとしても原告の労働時間を意味しない。
原告が使用していたパソコンは,OSの更新の際に,原告の勝手な操作が原因で,不具合を起こしているから,当該パソコン自体が混乱している可能性が高い。
ウ 管理表(甲16)について
管理表に記載されている開錠・施錠をした従業員の氏名やその時間の記載は,機械警備記録との違いが多く認められる。例えば,平成25年9月23日及び平成26年3月21日は,会社の休日であり,機械警備記録によれば,誰かが大阪営業所に出社した形跡はないが,管理表には,原告が開錠し,施錠した旨の虚偽の記載がある。同年3月4日は,機械警備記録には,原告以外の従業員が午前9時3分に機械警備を解除し,原告が午後8時22分に機械警備を開始して帰宅した記録があるが,管理表には,原告が午前8時50分に開錠し,午後10時に施錠した旨の虚偽の記載がある。同月5日は,機械警備記録には,原告が午前9時4分に機械警備を解除し,午後8時35分に機械警備を開始して帰宅した記録があるが,管理表には,原告が午前8時50分に開錠し,午後10時に施錠した旨の虚偽の記載がある。その他,平成25年11月22日,平成26年2月4日等多くの日にも虚偽の記載が存在する。
したがって,管理表の記載は信用性に欠け,時間外労働時間を立証するには不十分である。なお,被告が,管理表に午後10時以降の時刻を記載しないように指示した事実はない。被告の本社や東京営業所では午後10時を越えた日についても事実どおりの時刻が記載されている。被告は,従業員の健康面を考慮し,午後10時には帰宅するよう指示していた。
エ ファイル更新日時等一覧表(甲17の①)について
ファイル更新日時等一覧表には,以下の問題があり,信用性に欠けるから,原告の労働時間を立証するには不十分である。
(ア) ファイル更新日時等一覧表に記載されているファイルには,原告以外の顧客や外注仕入先の担当者が作成,更新等したファイルが含まれており,これらのファイルの更新日時等は,原告の労働時間とは無関係である。
(イ) 原告が使用していたパソコンは,OSの更新の際に,原告の操作が原因で内部のデータが混乱している可能性が高い。例えば,ファイル更新日時等一覧表の「最終アクセス日時」の列に,「2014/3/22 15:45」と記載されたファイルが約50個あるが,1分間にこれだけ多くのファイルにアクセスすることは現実的に困難である。
(ウ) データファイルのコピーをするだけで,プロパティの「作成日時」が変更されてしまうから,原告の労働時間を示すものとはいえない。
(エ) ファイル更新日時等一覧表に基づいて原告の労働時間を認定するとなれば,機械警備記録との矛盾が発生する(平成25年3月30日,同年7月15日,同年12月9日,平成26年2月11日,同年6月15日)。
(オ) USBメモリ等を利用しファイルを社外に持ち出すことが可能であったから,ファイルの更新日時等は,原告が大阪営業所にいたことの証拠にならない。被告が,ファイルの社外持ち出しを禁止していたことは認めるが,原告は,被告の指示に従わず,勝手な行動を取ることが多かった。
(4) 原告の行った不正行為に要した時間が労働時間と認められないことについて
ア 原告が行った不正行為について
原告は,大阪営業所において,被告に発覚しないよう秘密裏に,詐欺罪,背任罪に値する一連の不正行為を長期間にわたり意図的に繰り返しており,その例は以下のとおりである。
(ア) 事例1(c協会兵庫支部の案件)
原告は,平成26年2月24日,c協会兵庫支部から案件を赤字受注した。通常であれば,原告は,売上額38万8568円と外注仕入額52万3912円を併記した伝票1通を作成しなければならないはずであった。しかし,原告が実際に作成した伝票は,伝票1と成果物の存在しない架空案件である伝票1(2)の2通であり,伝票を分割し,金額や外注仕入先を偽ることで,赤字受注が伝票からは発覚しないようにした。また,伝票1(2)を作成することにより,被告から,外注仕入先に対し,伝票1だけでは支払われない残りの外注仕入額16万3000円が支払われるように操作した。
原告の主張どおり,d社に非があるのであれば,被告が何も非がない原告を叱責するはずはない。原告は,被告に対し,d社の非を速やかに報告するべきであり,その後は被告とd社との会社同士で対応を協議する問題であって,原告個人が被告に無断で対応するような問題ではない。しかし,当時,原告は,被告に対し,そのような報告をしておらず,後で考えた言い逃れである。
(イ) 事例2(f社の案件その1)
a 原告は,平成26年3月7日に納品したf社からの「首都高速道路の料金に関する広報パンフレット」についての案件を赤字受注した。通常であれば,原告は,売上額100万円と外注仕入額125万9139円を併記した伝票1通を作成しなければならないはずであった。しかし,原告は,「予定外の入金」により損失を埋め合わせるために,伝票を作成しなかった。被告は,伝票がなければ,顧客に対して請求書を発行できないが,原告は,被告に無断で金額100万円の請求書を発行した。他方で,被告から外注仕入先であるg社に対して外注仕入額が支払われるようにするために,外注仕入先が被告へ発行する請求書等に,虚偽の案件で125万9139円を請求させるように操作した。
b 原告は,本案件に関する伝票を被告本社に送信したと主張するが,そのような伝票は被告には存在しない。また,原告が送信したと主張する伝票は25万円以上の赤字受注案件の伝票ということになるが,そのような伝票が被告本社に届いたとすれば,被告本社の経理担当者等が被告が見逃すわけがない。
c 原告は,外注仕入先であるg社の非を主張する。当初の見積提示額から大幅に金額を上げること自体,仕様の変更でもなければ常識では考えられないことであるが,原告の主張からは,その理由が明らかではないし,当時,原告から,g社の非についての報告もなかった。
d 被告では,東京営業所,大阪営業所,本社を問わず,営業担当者から伝票が計上されれば,それに応じて請求書の発行を行っており,大阪営業所だけが遅れるというようなことはない。また,請求書の所長印は,原告が無断で押印したものである。
e 原告は,100万円で本案件を受注し,成果物を125万9139円で製造し,顧客に納品することで顧客から100万円の入金を得るが,この案件を社内売上計上しなかった。原告から本案件について報告がない以上,被告本社は,本案件を認識,把握することができないが,顧客から100万円の入金だけはある。この100万円の入金について,原告が自ら主張するように,他の案件での入金であると偽り,形式上損失を取り戻したかのような操作をしていた。
(ウ) 事例3(f社の案件その2)
a 原告は,平成26年3月25日に納品したf社からの「h社 A4巻3折ETC障害者割引の有効期限更新について」の案件を赤字受注した。通常であれば,原告は,売上額19万2500円と外注仕入額41万円を併記した伝票を1通作成しなければならないはずであるが,原告は,伝票を作成しなかった。被告は,伝票がなければ顧客に対して請求書を発行できないが,原告は,被告に無断で金額19万2500円の請求書を発行した。他方で,被告から外注仕入先に対して外注仕入額が支払われるようにするために,外注仕入先が被告へ発行する請求書等に,虚偽の案件で41万円を請求させるように操作した。
b 原告は,外注仕入先であるg社の非を主張するが,当時,原告は,被告に対し,g社の非を報告しなかったし,本案件の社内伝票を作成しなかったことの説明にならない。
(エ) 事例4(f社の案件その3)
a 原告は,平成26年1月15日,f社から「h社 冬道走行気をつけてガイド」についての案件を赤字受注した。通常であれば,原告は,売上額105万円と外注仕入額130万7035円を併記した伝票1通を作成しなければならなかった。しかし,原告は,売上額を145万5000円と偽って記載した「伝票28」を作成し,社内処理をしようとした。伝票28が計上された場合,被告本社において,顧客に対する請求金額145万5000円の請求書を発行し,担当者である原告に送付し,原告が,顧客に対し,当該請求書を送付することになる。ところが,原告は,本社から送付された請求書を隠匿し,これとは別の請求金額を105万円とする請求書を無断で発行し,顧客に対して105万円の請求をして,同額の入金をさせた。
b 原告は,外注仕入先の非を主張するが,当時,原告は,被告に対し,そのような非を報告しなかった。実際には,原告に非があったため,被告に報告できず,伝票操作,改ざん等をして隠ぺいを図っていたものである。
(オ) 事例5(f社の案件その4)
a 原告は,平成26年3月3日,f社から「首都高速道路の料金に関する広報チラシ」についての案件を赤字受注した。通常であれば,原告は,売上額137万円と外注仕入額181万7186円を併記した伝票を作成しなければならないはずであった。しかし,原告は,伝票29,29(2),29(3)の3通を作成し,3件合計の売上額を196万8408円と偽って社内処理しようとした。伝票29,29(2),29(3)が計上された場合,被告本社において,顧客に対する請求書を発行し,担当者である原告に送付し,原告が,顧客に対し,当該請求書を送付することになる。ところが,原告は,本社から送付された請求書を隠匿し,これとは別の請求金額を137万円とする請求書を無断で発行し,顧客に対し,137万円の請求をして,同額の入金をさせた。
b 原告は,外注仕入先の非を主張するが,当時,原告は,被告に対し,そのような非を報告しなかった。実際には,原告に非があったため,被告に報告できず,伝票操作,改ざん等をして隠ぺいを図っていたものである。
(カ) 事例6(e社の案件)
a 原告は,平成26年4月2日,e社から「i社会社案内」についての案件を赤字受注した。通常であれば,原告は,売上額12万円と外注仕入額12万2590円を併記した伝票1通を作成しなければならないはずであった。しかし,原告は,売上額を15万2000円と偽った「伝票30」を作成し,社内処理をしようとした。また,この件は,原告の校正ミスで刷り直しになったにもかかわらず,原告は,あたかも増刷になったかのように装うため,伝票30(2)を作成し,売上額12万5800円,外注仕入額9万5589円として社内処理をしようとした。ところが,増刷ではなく,原告のミスによる刷り直しのため,顧客からの入金はなかった。
b 原告は,顧客の非を主張するが,当時,原告は,被告に対し,そのような非を報告しなかった。実際には,原告に非があったため,被告に報告できず,伝票操作,改ざん等をして隠ぺいを図っていたものである。
(キ) 事例7(b社の案件)
a 原告は,外注仕入先であるb社に対し,平成26年2月7日から同年3月30日までに納品された10案件について,被告への外注仕入額の請求を保留するよう要求していた。これにより,原告は,成果物自体は製造し,顧客に納品することで顧客からの入金を得ていた。しかし,原告は,伝票を作成せず,社内計上しないことで予定外の入金を不正に作出し,原告が生じさせた他の案件での損失を形式上埋め合わすごまかしをしていた。また,原告は,b社に対して支払うべき外注仕入額の請求を保留してもらうことで,被告への発覚を防ぎ,隠ぺい工作を行った。
b社の保留金額が大きくなってきたため,b社が,原告に対し,これらの隠ぺい工作を被告に報告すると告げると,原告は,平成26年4月24日,b社の本社を訪れ,自分で全額支払うとして土下座,懇願し,念書まで提出し,その後,平成26年4月28日に50万円,同月30日に68万5000円,同年6月12日に15万円の合計133万5000円を個人で支払った。なお,b社の担当者によれば,原告は土下座をして請求の保留を懇願した際に,「このことが会社にばれたら首になってしまう。お金については全額自分が払うので,会社には知らせないでほしい。」などと言っていたとのことである。
b 原告が,平成26年4月28日及び同月30日の各支払をしても,未払分が200万円程度残っていた。原告は,自分で支払う約束をした残りの未払分を被告に支払わせるために,b社に対し,架空案件の請求書を作成するように要求し,b社もこれに応じて,同年5月20日付けの請求書を作成し,被告に送付した。同請求書には,「△△冊子」,「生活習慣病チラシ」,「告知チラシ」の案件が記載され,各代金が請求されている。しかし,b社は,実際には「生活習慣病チラシ」及び「告知チラシ」を製造していなかった。また,「△△冊子」については,b社が製造したものであったが,原告は,同商品について,b社ではなく,g社に外注した案件として既に伝票で処理を行っており,被告は,g社に外注費を支払っていた。
c 原告は,「地デジ・BSコース用□□テレビご利用ガイド」の取引の頁数を,実際は24頁のところを64頁と偽って社内計上した。被告は,事情を知らないまま,伝票に従い,b社に用紙を多く支給した。原告は,余った用紙を,「新コース用□□テレビご利用ガイド」の取引に流用していた。また,原告は,「新コース用□□テレビご利用ガイド」の取引としてb社に支給した用紙を,「□□電話オプションサービスガイド」に流用していた。被告がb社に支給する用紙の費用は,外注仕入にかかる原価の中でも高額なものである。原告は,被告が支給する用紙についても不正な操作,改ざんをして,自分の一連の不正行為を隠ぺいしようとしていた。
(ク) 事例8(j社に関する件)
a 原告は,外注仕入先であるg社の従業員であったBとその妻が経営していたj社に対し,簡易なPDFの文字データの修正,DMのデータ修正,ギフトチラシによる文字・レイアウトの修正等を依頼していた。原告は,j社に対し,j社から被告への請求書に,実際の仕事内容とは異なる案件名を記載するよう指示したことが何度もあった。また,原告は,Bに対し,実際には存在しない案件について架空の請求書を発行するように指示し,これを受けて,例えば,j社が,被告に対し,5万円の架空の請求書を発行し,5万円の入金を受け取ると,Bは,4万円を原告に手渡し,1万円を手数料として受け取るといった架空取引を繰り返し行っていた。この架空取引等により,被告がj社に支払った金額は150万円を超えている。
b 平成26年12月4日,被告代表者は,g社の社長,D専務取締役(以下「D専務」という。)ら同席の下打合せを行い,その際,Bに対し,j社と被告との間の取引等について尋ね,Bは,被告代表者に対し,原告と意を通じて,架空請求や水増し請求を行っていたこと,Bが,架空請求により被告から振り込まれた金銭を引き出し,原告に渡していたこと,Bも原告から見返りとして現金を受け取っていたこと等を説明した。そこで,被告は,Bに対し,原告と共に行ったこれらの架空請求取引等について報告書の提出を求めた。
上記打合せの際,原告とBによる架空請求取引が発覚したことを受けて,D専務が,Bから事情を聴取し,聴取した内容を書面にして,Bに内容を確認させた上で作成されたのが,乙21号証であって,Bの意に反して作成させたものではない。
(ク) 事例9(複数社を介在させた隠ぺい工作の件)
原告は,平成26年4月3日,e社から,「△△ネット総合カタログ」についての案件を受注した。原告は,伝票12において,制作をl社(外注仕入額18万円),データ変換をm社(外注仕入額19万円),印刷加工等その他をg社(外注仕入額38万1452円)に外注依頼し,外注仕入総額として75万1452円,売上額として81万円を計上している。
しかしながら,原告が,実際に印刷加工等を外注依頼したのはb社で,その外注仕入額は62万7600円であり,実際の外注仕入総額は99万7600円であった上,原告が,e社に請求し,被告に入金された金額は72万円であったから,赤字受注案件であった。
通常であれば,原告は,売上額72万円,外注仕入額99万7600円,外注仕入先をl社,m社,b社と記載した伝票1通を作成しなければならないはずであるのに,原告は,伝票12と伝票12(2)の2通を作成し,金額や外注仕入先を偽ることにより,赤字受注が発覚しないようにした。他方で,被告から,外注仕入先に対し,外注仕入額が支払われるようにするために,架空の案件を計上した。
(ケ) 事例10(被告の請求書の偽造・改ざん)
a 原告は,平成26年5月,〈ア〉▲▲プレミアムチケット,〈イ〉クリニカルパンフ,〈ウ〉ご紹介チケットNo.〈省略〉,〈エ〉k社セレクト極上エステチケット,〈オ〉プリム用変形チラシ,〈カ〉プリム用変形パンフレット,の案件を担当し,これらの各案件について伝票を作成した。
被告では,原告が計上した伝票の記載内容に基づき,正規の請求書や売上元帳が作成される。売上元帳(乙27の1)に,上記〈ア〉ないし〈カ〉の案件が記載されている(売上額合計48万4500円[税抜])が,これは原告が計上した伝票に記載された案件名,金額が記載されたものである。また,売上元帳と被告の正規の請求書は,データ上複写式になっているため,同じ内容になる。被告の通常の取引では,正規の請求書は,被告から,営業担当者である原告に送付され,原告が顧客(本件の場合はk社)に届けることになる。
しかしながら,原告は,k社に対し,上記〈ア〉ないし〈カ〉の案件の各金額や合計金額が全く異なる請求書(乙28)を届け,当該請求書の請求金額合計82万8171円が,平成26年7月,被告に振り込まれた(乙27の2)
これにより,原告は,約30万円の「予定外の入金」を不正に作出し,他の案件の損失を形式上埋め合わせて,隠ぺいしようとした。
b 原告は,k社の非を主張するが,同社との取引について,売上元帳の記載と実際の入金額を比較すると,売上元帳に記載があるのに入金が0円の取引が多い。強引な値引きや金額調整があったとしても,入金が0円になることは想定し難く,入金が0円ということは,架空取引であるため顧客に請求できなかったことを意味するのであって,原告の主張は失当である。
イ 原告の行った不正行為に多大な時間を要し,当該時間が労働時間と認められないことについて
(ア) 原告の一連の不正行為には,通常の一般的な業務対応に比べて,大量の時間,労力,事務作業等が必要なこと
a 伝票作業について,通常は,取引の実態どおりの金額等を複写式になっているデータに入力するだけであり,時間や労力,事務作業等はあまり必要ではない。外注を利用する場合には,外注仕入の部分は,全て外注仕入先が計算するから,外注を多用していた原告は,正規の取引の見積書や伝票の作成にかかる事務作業,労力,時間等は,他の営業担当者よりもかなり少なかったはずである。
しかし,原告の行った一連の不正行為では,以下の作業が必要になる。
(a) 自分が生じさせた損失を計算して,その損失を形式上だけ帳尻合わせをするために,他の外注仕入先や顧客との様々な取引の資料をもとに,不正に帳尻合わせのための計算をする作業
(b) 架空取引を不正に作出し,当該架空取引について,形式上は帳尻が合うように,外注仕入先や顧客,外注仕入額,請求額などを計算して,伝票を改ざん(架空取引の伝票の作出や伝票の分割等)したり,請求書を改ざんしたりする作業,水増し請求をする取引については,水増し請求額を不正に計算する作業
(c) 外注仕入先や顧客に対し,直接外注仕入先等を訪問し不正行為への協力を懇願したり,電話やメール等で不正行為への協力を懇願したりする作業
(d) 外注仕入先等の協力が得られる場合には,外注仕入先等に,被告への請求書に記載する架空案件名や架空請求金額などを指示するために,前記①,②のような不正な計算等をする作業
(e) 顧客への請求金額を不正に改ざんする作業
b 上記ア(ア)の事例1と例にとると,通常の業務対応では,取引の実態どおりの見積書や伝票を1通作成すれば済む。被告では,伝票は,見積書や作業指示書,売上原票などがエクセルシートで電磁的複写になっているため,通常の業務処理さえ行えば,それまでの業務処理の過程で既に伝票等がほぼ完成していることになる。
ところが,事例1において,通常どおり業務処理をすると,被告に約14万円の赤字受注が明らかになってしまうため,原告は,上記通常の業務対応に加えて,以下のような不正行為を行う必要がある。
(a) 伝票1(乙9の①)では,当該取引の実際の入金額38万8568円を目安に,売上額を39万9670円に改ざんし,形式上赤字が発覚しないように外注仕入額を実際の52万3912円から36万0912円に改ざんした。一般的に,見積りは,顧客からの発注をもとに当該商品を製造するのに必要な用紙,作業,工程等を個々に積み上げて計算するものである。そのため,外注仕入額の合計金額から,逆算して帳尻を合せることは非常に時間と手間がかかる作業になる。すなわち,外注仕入額を改ざんするためには,顧客から発注がありそうな商品名を考え,改ざん後の外注仕入額になりそうな仕様(紙の種類・厚さ,部数,色数,サイズ,ページ数等)を仮に設定し,外注仕入額が形式上帳尻が合うまで,部数を変更し,それにあわせて使用する紙の量や印刷する機械の動かす回数等を変更したりして計算を行うことになる。個々の項目は関連しているため,1つの項目を変更すれば,それに伴い他の項目も変えなければならなくなるため,帳尻を合せることは容易ではない。さらに,その外注仕入額に合わせて,利益率を考慮し,売上額を設定し,架空取引の見積書や伝票等を作成することになる。
(b) 伝票1だけでは外注仕入先のd社に支払われない残りの外注仕入額16万3000円(実際の外注仕入額52万3912円から,伝票1の外注仕入額36万0912円を引くと16万3000円になる。)について,被告からd社に支払われるようにするため,原告は,架空案件である伝票1(2)を作成した。まず,同案件は架空案件のため,売上計上しても顧客からは入金されないため,後々入金がなくても他の案件などでごまかしができる顧客名を設定する必要がある。また,実際にその顧客から発注がありそうで,外注仕入額が16万3000円になりそうな商品名,部数,色数,ページ数などの仕様とそれにあわせた項目ごとの金額を考え,それに合わせて外注内容(用紙の数量や刷版の版数,印刷の際に使用する機械やその回数)を仮に算出し,外注仕入額の合計を仮に算出したものと考えられる。上記のとおり,個々の項目は関連しているため,1つの項目を変更すれば,それに伴い他の項目も変えなければならなくなるため,帳尻を合せることは容易ではない。
(c) さらに,原告は,d社の担当者に対し,同社が被告に請求する請求書の記載内容も,改ざんした伝票1及び伝票1(2)に合致するように帳尻合わせをするよう強く頼み込んだ。請求金額の改ざんは,普通は引き受けてもらえるようなことではないため,原告は,直接d社を訪問し,何度も何度も頼み込み,かなり労力や時間をかけて必死に協力を求めたものと考えられる。
(d) また,伝票1(2)は架空案件のため,顧客のe社からの入金はない。このままでは,被告に未入金や不正行為が発覚してしまうため,原告は,被告からの入金の遅れへの問い合わせに対しては,当該案件の確認作業が遅れている等と回答してごまかし,不正行為の時間を稼ぎつつ,別案件について,伝票を作成せず被告には何も報告をしないで,顧客に請求をして入金だけをさせるという「予定外の入金」を作出し(上記事例2,7が「予定外の入金」作出の一例である。),伝票等を改ざんして,架空案件の未入金分を形式上埋め合わせたようにごまかす不正行為を行い,さらに帳尻が合わないようであればまた新たな「予定外の入金」を作出するといったように,自転車操業的に不正行為を繰り返していた。
c 原告がこのような一連の不正行為を繰り返すためには,実態どおりの取引の流れを管理し,実際の損失額やどの外注仕入先にどれだけの外注仕入額を支払わなければならないのか等を把握すると同時に,不正な取引の流れも管理し,どのように改ざんしたのか,どの金額をどれだけ改ざんしたのか等も把握しなければならない。
d 原告のこれらの不正行為には,通常の一般的な業務対応に比べて大量の事務作業,労力,時間等が必要になることは明白であり,少なくとも通常の一般的な業務対応の3倍以上の時間等が必要になることは明らかである。
原告は,架空案件の伝票等は適当に作成すればよいため,架空案件の見積書や伝票の作成の方が,時間はかからない旨供述する。しかしながら,伝票等の記載について形式上帳尻がとれていないと,被告の営業責任者や経理担当者又は外注仕入先や顧客の社内手続の過程でストップがかかるから,架空のものは適当でよいということにはならない。実際に,原告が作成した多くの架空案件の伝票等は,外注仕入先等を交えて形式上は問題がないように,複雑,巧妙に改ざんされており,適当に改ざんする程度ではこのようにはならない。
(イ) 原告の客観的な業務量・売り上げが他の営業担当者と比べて少ないこと
a 原告の客観的な担当案件数の月平均は21.3件,客観的な売上の月平均は566万1160円である(乙4)。これに対し,原告と同程度の勤務経験等を有する東京営業所の営業担当者の担当案件数の月平均は40.0件,売上の月平均は682万8635円であり,原告と同程度の勤務経験等を有する被告本社の営業担当者3名の平均の担当案件数の月平均は80.1件,売上の月平均は1190万2995円であった。これらの実績値に照らせば,原告の客観的な担当案件数,売上が,他の営業担当者に比べて少ないことは明白である上,原告の上記担当案件数と売上の数字には原告の不正案件,赤字受注案件等が含まれているため,原告の不正行為案件,赤字受注案件を除けば,原告の客観的な担当案件数,売上はもっと少ない。
b 原告は,常時30件から50件の案件を抱えていた,1日に30件から50件の見積書を作成し,新規顧客開拓で1日に多い日で20社訪間し,校正作業も行い,その他の業務等も行っていたと供述する。
しかしながら,常時30件から50件の案件を抱えていて,上記のような月平均の実績になるはずがないし,現実問題として,そのような業務量を処理することは不可能であり,原告の日報の記載からもこれだけの業務を処理しているとは認め難い。
また,原告は,自分で獲得した新規取引先が,合計で100件近くはあると供述するが,新規取引先は大阪営業所全体で70件ぐらいであり,この中には当然原告が関与していないものも含まれている。
c 原告は,大阪営業所長の異動等により,原告が1人で全ての営業業務を担当し,業務量が多く多忙であったと主張する。平成26年3月17日までは,C前大阪営業所長も大阪営業所で営業業務を行っていた。また,同人が急きょ退職した後は,同月24日以降,E元大阪営業所長が週に二,三日程度大阪営業所に出向き,主要顧客の対応を行っていたし,同人は,被告本社にいる日も,ほとんど毎日大阪営業所の業務対応を行っていた。したがって,原告が1人で営業を担当していた期間はほとんどない。
d 原告は,大阪営業所で営業業務以外にも営業事務を行っていたと供述する。原告と他の営業担当者との間で業務内容には違いはなく,営業担当者が一般的に行っている業務を,原告も担当していたというに過ぎないし,営業事務(事務作業等)についても,本社,東京営業所,大阪営業所で状況に違いはなく,被告には営業アシスタントはいないため,各営業担当者が自分で行うことになっている。また,原告は,交通費の精算事務を行っていない。
(ウ) 原告の行った不正行為に要した時間が労働時間と認められないことについて
a 原告は,被告に発覚しないように秘密裏に,詐欺罪,背任罪に値する一連の不正行為を長期間に亘り意図的に繰り返していた。このように原告が一連の不正行為に費やした大量の時間は,被告の指揮命令下に置かれているとはいえない。また,原告自ら被告に発覚しないように意図的に指揮命令下を逸脱して,不正行為を繰り返していたものである。したがって,原告が,大阪営業所にいたとしても,一連の不正行為に費やした大量の時間は,労働時間には該当しない。
b 平成25年1月から平成26年6月までの間に,原告が担当した総件数(不正案件や赤字受注案件等を含む)は380件であり,原告が不正行為等を行っていた件数は,e社の件で33件,k社の件で49件,l社の件で9件,c協会の件で5件,j社関係での架空請求取引で16件存在し,その他に,この他に,原告が資料を紛失等しており,不正行為に及んだ個別の取引が不明なn機構,o社,p局,q社,r社,その他の外注仕入先(s社,d社,t社等)等の関係で不正行為を繰り返した案件数は別途数多く存在する。また,上記380件には,多くの赤字受注案件も含まれている。このため,原告担当の総件数380件のうち,不正案件や赤字受注案件等が200件は存在するし,当該不正案件の処理には通常の業務対応の3倍以上の時間を要することは上記(ア)のとおりであるから,原告は,一連の不正行為に少なくとも70%の時間を費やし,正規の業務には30%の時間を費やしていたはずである。
そうすると,原告が主張する平成25年1月から平成26年6月までの総労働時間4330時間50分のうち,正規の業務に費やされた時間は1299時間50分30秒,不正行為に費やされた時間は3033時間9分30秒となる。一方,同期間の所定労働時間は3056時間であり,原告が主張する残業時間は1535時間40分であるから,原告は,本来正規の業務に従事しなければならない時間さえ不正行為に費やしていたこと,不正行為に費やされた時間は原告が主張する残業時間を大幅に超えることは明白である(このことは,正規の業務に費やされた時間と不正行為に費やされた時間を半分ずつと仮定しても同じである。)。
c したがって,原告には,被告の正規の業務との関係で残業は認められず,未払時間外手当は存在しない。
4 争点4(労基法114条に基づく付加金請求の可否)について
【原告の主張】
(1) 付加金について定める労基法114条の趣旨は,使用者に同法違反行為に対する制裁を課して将来の違法行為を抑止するとともに,労働者の権利保護を図ろうとするものである。したがって,付加金を命ずるか否かの判断にあたっては,使用者による同法違反の程度および態様,労働者が受けた不利益の内容及び程度,同法違反に至る経緯などの諸事情が考慮されるべきである。
(2) 被告は,過重労働を認識しながら,労働時間を把握せず,時間外労働を短縮する手立てを講じないまま長時間のサービス残業を強いたもので,時間外手当の支払を意図的に怠っていたことは明らかである。被告の法令違反は重大かつ悪質であるから,付加金の支払が命じられるべきである。
【被告の主張】
(1) 争う。本件は,原告が業務時間中に不正行為を繰り返したものであり,付加金の請求は理由がない。
(2) 本件当時,被告では,従業員の日報等を元に労働時間を把握していた。ところが,原告は,日報に虚偽の記載をしていたものであり,これでは労働時間や労働内容の把握は困難である。
また,原告は,人員補充等時間外労働を短縮する手立てを講じなかった旨主張するが,被告は,限られた経営環境の中で,E元大阪営業所長を週に二,三日程度大阪営業所に派遣する等できる限りの措置をとっており,原告に過度な負担がかかった事実はない。
第5 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実及び当事者間に争いのない事実のほか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告においては,平成25年9月分から,年俸制が導入され,賞与も含めて年俸額を月割で支給することとなった。
(2) 大阪営業所が入るビルでは,機械警備が行われており,大阪営業所にその日初めて入室する従業員は,同ビルの1階で機械警備を解除した後,同ビルの8階に移動し,事務所を開錠して入室する。また,大阪営業所をその日最後に退出する従業員は,事務所を施錠後,同ビルの1階に移動し,機械警備を開始するが,被告の従業員が,機械警備の開始を失念して帰宅した日も存在した。被告の従業員が機械警備を開始ないし解除した場合には,機械警備記録に開始ないし解除を行った者の個人IDが記録されるところ,原告の個人IDは「○○○○」であった。
(甲26,弁論の全趣旨)
(3) Bは,平成7年6月からg社に勤務していたが,Bの妻が名目上の代表者である「j社」の実際の業務も行っていた。
(乙76)
(4) 被告の伝票は,エクセルファイルで作成され,見積書,作業指示書,加工依頼書,売上原票等のシート6編成がデータ上複写式になっており,1つのシートに数値等を入力すれば別のシートにも同じ数値等が入力される仕組みになっている。したがって,ある案件について見積書を作成し,そのとおり受注が決まれば,他のシート等をそのままプリントアウトするなどして社内手続に回し,見積書の内容から変更の上受注が決まれば,変更部分のみ変更の上他のシート等をプリントアウトするなどして社内手続に回すことになる。
(乙73,被告代表者)
(5) 原告は,平成26年4月11日付けで,被告に対し,「この度は,『株式会社 f』の入金に於きまして,私個人の誤った判断をしてしまいましたこと,誠に申し訳ございませんでした。今回の入金の経緯と原因,対応についてご報告申し上げます。」,「数ヵ月前から,A社長よりf社は評点が悪いので毎月の受注金額枠の指導がございました。今年の3月に入り,過去に見積書を提出していた案件が決まったと都度連絡が入り,前C所長へ相談し,未入金額があるので,綺麗になってから仕事を受ける様に指示があり,その後に再度与信枠を検討すると指示を仰ぎました。」,「仕事を断る事も可能でしたが,以前からf社の各担当より受注出来る可能性が高いと伺っており,私が曖昧な返答をしていた結果,引っ込みが付かない状態になっていました。」,「理由としましては,大阪の売上があまりにも少なく,このままでは会社に迷惑を掛けるということと,また売上に関しては私一人でやり繰りしている状態でしたので,少しでも数字が上がればと思いました。(f社の先が良い会社であった為)」などと記載した「『株式会社 f 入金』についてのご報告」と題する書面を提出した(乙42)。
(6)ア b社は,平成26年4月19日,原告に対し,「お忙しい処恐れ入りますが下記のお値段をお教え下さい。ここで一度清算をお願いします。」などと記載したFAXを送信した(乙16)。
イ 原告は,平成26年4月24日付けで,b社に対し,「この度,御支払いの件につきまして多大な御迷惑を御掛け致しましたことを深くお詫び申し上げます。私が必ず御支払い致します。」と記載した念書を提出した(乙17)。
ウ 原告は,b社に対し,平成26年4月28日に50万円,同月30日に68万5000円,同年6月12日に15万円の合計133万5000円を支払った(乙18の①ないし③)。
(7) d社は,平成26年5月又は6月頃,被告との間の取引について,実際の受注内容・金額とは異なる内容の請求書を作成した(乙10)。
(8)ア 原告は,平成26年6月9日,被告代表者に対し,「l社は2012.4月頃から請求額の相違が出始め現在,調べております」,「e社は2013年9月頃から相違が出始めこれも調べております。・i社会社案内 ¥125,800 ・△△冊子 ¥545,000 ・■■ A4チラシ ¥352,500 上記は全て,私のミスで刷り直しとなりました」などと記載したメールを送信した。
イ 被告代表者は,平成26年6月10日,前記アのメールに対する返信として,「・△△チラシ9店舗 486,772円 ・3月15日△△ B4チラシ 100,000枚 189,000円についてはあなたのミスではなく先方のミスですか?」,「他にも4月3日△△メニュー表199,000円の売りに対して81,900円の入金などの差額のある案件が30件ほどあります。改めて一覧にまとめて提示しますが,これらも全てあなたの操作ですか?」と記載したメールを送信した。
ウ 原告は,平成26年6月10日,前記イのメールに対し,「3月15日△△ B4チラシ 100,000 189,000円は私のミスです。△△チラシ9店舗 486,722円はミスではないと思います。」,「他の4月3日 △△メニュー表等30件ほどある差額は私が操作しました。」などと記載したメールを送信した。
エ 被告代表者は,平成26年6月10日,前記ウのメールに対し,「9店舗チラシ,ミスで無いならなぜ5月の支払い分に入っていないのですか?」と記載したメールを送信した。
オ 原告は,平成26年6月10日,前記エのメールに対し,「9店舗チラシも私のミスです。」などと記載したメールを送信した。
(以上アないしオにつき,乙35,43の①)
(9)ア 被告代表者は,平成26年6月11日,原告に対し,「取引の多いe社,k社,l社の3社であなたが作った請求書と会社の請求書を照合しました。全てはさかのぼれていないですが,5月末時点での繰越残から今後振り込まれる予定の金額を差し引いた金額と比較して大差はないのでほぼ合っていると思います。その他の顧客について経理で繰越残が残っていないか確認中ですが,今判明しているものについては,全てあなたが請求金額を改ざんしたという事で間違いありませんか?間違いが無いかどうか,また,この中でまだ回収できる見込みのあるものがあるかどうか確認してください。」と記載したメールを送信した。
イ 原告は,平成26年6月11日,前記アのメールに対する返信として,「入金差異の件ですが,改ざんしたということで間違いありません。大変申し訳ありません。回収できる先があるか,確認し明日中に御返事致します。」などと記載したメールを送信した。
(以上ア及びイにつき,乙43の②)
(10) 原告は,平成26年6月12日,被告代表者に対し,「c協会分兵庫支部 ¥242,784(税込) 大阪支部 ¥424,440(税込)この分は操作しました。外注に別案件で御願いした物があるのですが(e社分)値段が合わず,上記で計上致しました。」などと記載したメールを送信した(乙43の③)。
(11) Bは,g社の担当者として,平成26年6月16日,被告代表者に対し,伝票修正依頼を受けたことやその内容等を記載したメールを送信した(乙12)。
(12)ア 被告代表者は,平成26年6月17日,原告に対し,「u社」との件名で,「これも細工していませんか?」と記載したメールを送信した。
イ 原告は,前記アのメールに対し,「この分は,解りません。」などと記載したメールを送信した。
(以上ア及びイにつき,乙81)
(13)ア 被告代表者は,平成26年6月18日,原告に対し,「未計上分をどう処理したのか添付ファイルに記入してください。」,「d社の5月分請求書,本社へ振り替えた分は来ていますが,大阪分は持っていますか?持っているならF宛に送っておくように。」と記載したメールを送信した。
イ 原告は,前記アのメールに対し,「d社の件ですが,別添,黄色部分は実際にd社で印刷を行って納品しています。」,「わたしが,以前に架空と申したかもしれません。」,「未計上の分については,未だ調べています。」などと記載したメールを送信した。
(以上ア及びイにつき,乙43の④)
(14)ア 平成26年12月12日,g社において,同社の社長やD専務らが出席の下,Bに対する事情聴取が行われ,この席に,Bは,事前に受け取っていたj社から被告に対する請求書のコピーに,架空請求の案件に係るものに付せんを貼って持参し,D専務らとその確認を行った。D専務は,Bが架空請求の案件と認めたものについて,上記請求書のコピーに「架空」と記載し,被告代表者に提出した。
イ Bは,原告とj社との取引内容について,架空請求の取引を行ったこと等を記載した文案を作成し,これをメールでD専務に送信した。D専務は,当該文案のデータを基に,平成26年12月16日付けの「元株式会社Y社 X氏とj社の取引概要の説明」と題する書面を完成させ,Bは,同日,g社の社長やD専務ら立会いの下,同書面の内容を確認した上で,署名・押印した。
(以上ア及びイについて,乙21,22,24の①ないし〈80〉,54,55,76)
2 争点1(未払職能手当支払請求権の存否)について
原告は,被告から,職能手当として月額8万5900円が支払われることになっていた旨主張する。
しかし,平成25年2月分から平成25年8月分について,原告と被告との間に,給与の一部として,毎月8万5900円の職能手当を支給する合意があったこと認めるに足りる的確な証拠はない。
一方,上記認定事実(1)によれば,被告においては,平成25年9月分から年俸制が導入され,同月分以降の給与は,毎月の出勤状況が影響する皆勤手当を除き,賞与を含めた年俸額を各月に割り付けた額となったことが認められ,証拠(甲12の⑨ないし⑱)によれば,同月分から1年間の原告の給与月額は,基本給22万円,役付手当1万円,職能手当8万5900円であることが認められる。そして,証拠(甲12の⑯)によれば,平成26年4月分の職能手当として,被告は,原告に対し,8万2900円を支払ったことが認められ,本来支払われるべき金額から3000円減額されているところ,被告は,同減額は,被告の評価基準制に基づき,原告の基本業務違反を理由とするものである旨主張するが,これを認めるに足る的確な証拠はない。
よって,職能手当に関する原告の請求は,平成26年4月分の3000円及び支払期日(前記前提事実(2)イによれば,平成26年4月分給与の支払期日は平成26年4月25日である。)の後の日である平成26年6月26日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
3 争点2(時間外割増賃金算定の基礎時給[特に,職能手当が基礎賃金に含まれるか])について
(1) 被告は,職能手当が固定残業代に該当する旨主張する。
ア 証拠(甲12の②ないし⑱)によれば,平成25年2月分から平成26年6月分までの原告の給与(皆勤手当を除く)は別紙3のとおりであり,基本給は22万円,役付手当は1万円で一定であるが,職能手当については,平成25年2月分から平成25年8月分までは変動があり(最も少額の月で4万9378円,最も多額の月で6万6000円),平成25年9月分以降は8万5900円で一定(ただし,平成26年4月分は8万2900円)であることが認められる。
イ 平成25年2月分から平成25年8月分の職能手当について,被告は,6万6000円を基本とし,売上等の目標達成率や勤務態度等を考慮の上増額又は減額される成功報酬型である旨主張するから,職能手当には,少なくとも時間外労働と対価性を有しない部分があることになる上,対価性を有する部分と有しない部分との区分もできない。
平成25年9月分以降の職能手当について,被告は,成功報酬型である職能手当の支給額を1年に1度見直す制度に変更した旨主張するから,平成25年2月分から平成25年8月分の職能手当と同様,少なくとも時間外労働と対価性を有しない部分があることになる上,対価性を有する部分と有しない部分との区分もできない。また,上記アで認定したとおり(別紙3参照),基本給及び役付手当には変化がないから,変動があった職能手当に賞与分が上乗せされているとみるほかないが,当該賞与分との区分もできない。
ウ 以上のとおり,本件の職能手当は,少なくとも時間外労働と対価性を有しない部分がある上,対価性を有する部分と有しない部分との区分もできないから,これが固定残業代の性質を有し,労基法37条5項,労働基準法施行規則21条所定の除外賃金に該当するとは認められない。
(2) 上記(1)で認定説示したところによると,原告の時間外割増賃金算定の基礎賃金は,別紙3の「月給★(月によって定められた賃金)」欄の「基本給」,「諸手当」,「役付手当」の合計額であると認められる(原告は,基礎賃金として,実際に支払われた給与をもって主張しているので,平成26年4月分の基礎時給については,別紙3の限度で認める。)。そして,1年間の1月平均所定労働時間数が請求対象の全ての期間を通じて173.8時間であることは当事者間に争いがないから(別紙3及び別紙4参照),基礎時給は,別紙3の「基礎時給(通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額)」欄のとおりと認められる。
4 争点3(原告の実労働時間及び時間外割増賃金額)について
(1) 始業時刻,終業時刻及び休憩時間について
原告の始業時刻,終業時刻及び休憩時間について,原告は別紙5のとおり,被告は別紙7のとおり主張する(なお,原告の始業時刻・終業時刻に関する最終的な主張を踏まえた時間外割増賃金の金額は,別紙6のとおりとなる。)。
ア 始業時刻について
(ア) 原告が,始業時刻は所定の始業時刻である午前9時より前と主張する日(平成25年1月21日,同年2月4日,同月18日等)について
原告が主張するいわゆる早出の時間は,平成25年8月5日(36分),同年10月16日(32分),同年11月28日(13分)及び平成26年4月21日(15分)を除き10分以内であるところ,このいわゆる早出の時間に,業務開始のための行為(機械警備の開錠を含む)がなされたとしても,それは労務の提供に際して当然必要な準備行為であって,労務の提供自体とはいえないし,被告がマニュアル等をもって原告に業務開始前の何らかの作業を義務付けていたと認めるに足りる的確な証拠はない。また,上記4日を含めて,被告が所定始業時間前の早出を義務付けていたと認めるに足りる的確な証拠もない。したがって,所定の始業時刻前の時間について,原告が被告の指揮命令下にあったとはいえず,当該時間を労基法上の労働時間に含めることはできないから,原告の始業時刻は早くとも所定の始業時刻である午前9時というべきである。なお,原告が主張する早出の時間は,上記4日を除きいずれも10分以内であるところ,後記(イ)で認定説示の労基法上の労働時間に含まれない準備行為に必要な時間を考慮すれば,原告の始業時刻は午前9時より後の時刻である可能性があるが,被告は,このような日についても,所定の始業時刻を原告の始業時刻として主張しているので,被告が主張する限度で認めるのが相当である。
(イ) 被告が,原告の始業時刻は機械警備を開錠した時刻の10分後であると主張する日(平成25年2月16日,同月23日,同年3月9日等)について
被告は,午前9時以降に機械警備が解除された日について,機械警備解除時刻から10分後を原告の始業時刻と考えるべきである旨主張する。上記認定事実(2)によれば,機械警備を解除して大阪営業所の事務所に入室する場合,大阪営業所所在のビルの1階で機械警備を解除した後,同ビルの8階に移動し,大阪営業所の事務所を開錠して入室する必要があると認められる。また,事務所に入室後,照明を点灯し,上着やかばん等の私物を片づけ,デスクやロッカーを整理する必要があることについて,当事者間に争いがない。これらは,上記(ア)で説示の準備行為といえ,当該準備行為に社会通念上必要な時間は労基法上の労働時間に含まれないというべきであり,これらの準備行為には少なくとも10分を要する旨の被告の主張は社会通念上相当といえ,これを覆すに足りる的確な証拠はない。よって,午後9時以降に機械警備が解除された日については,機械警備の解除時刻から10分後を原告の始業時刻と認めるのが相当である。なお,原告以外の従業員が機械警備を解除した日については,原告の始業時刻は機械警備の解除時刻の10分後より後の時刻である可能性があるが,被告は,このような日についても,機械警備の解除時刻の10分後を原告の始業時刻として主張しているので,被告が主張する限度で認めるのが相当である。
(ウ) 原告が,機械警備記録以外の証拠に基づき始業時刻を主張する日について
a 営業日報(甲14の①,②)の記載を根拠に主張する日について
原告は,平成25年6月26日及び同年9月11日について,営業日報に基づき,始業時刻は午前8時50分である旨主張する。しかし,営業日報の記載はあくまで自己申告であって客観性に乏しく,実際に,被告が指摘する平成26年4月7日や同月24日については,客観的記録である機械警備記録(甲26)や当事者間に争いがない事実に反する記載もあるから,営業日報の記載を元に始業時刻を認定することはできないというべきである。
なお,原告は,平成25年5月7日について,営業日報の記載を根拠に,始業時刻が午後0時30分である旨主張するが,被告が,原告の主張する始業時刻を認めているので(別紙7参照),同日の始業時刻は午後0時30分とする。
b 管理表(甲16)の記載を根拠に主張する日(平成25年9月23日,同年10月11日,平成26年3月1日等)について
機械警備記録(甲26)によれば,機械警備記録が解除された形跡がない日について,管理表には開錠時刻と施錠時刻が記載されている日があること(平成25年9月23日),機械警備の解除時刻前の時刻が開錠時刻として記載されている日があること(同年10月11日,平成26年3月1日,同月4日,同月12日等),原告以外の従業員が機械警備を解除しているのに原告が開錠した旨記載されている日があること(管理表の平成26年3月分ないし5月分には,原告が全ての日に開錠及び施錠をした旨記載されているが,証拠[甲26]によれば,原告以外の者が機械警備を解除又は開始した日が相当数存在する。)から,管理表の記載は客観性や正確性に乏しく,その記載に基づき始業時刻を認定することはできないというべきである。
(エ) 休日について
証拠(甲19,乙1)によれば,平成25年2月11日,同年6月22日,同年7月13日,同年8月3日,同月18日,同年9月29日,同年11月4日,同月30日,12月1日,同月8日,同月29日,平成26年1月13日,同年2月2日,同月16日,同年4月26日,同年5月3日,同月10日,同月24日及び同年6月14日については,被告が休日と定めた日であると認められる。証拠(甲26)によれば,これらの休日に,原告が,数十分ないし数時間程度,大阪営業所に出社していることが認められるが,上記の休日に,原告が,上記のような比較的短時間出社することについて,被告から業務上の指示があったことや業務上その必要性があったことを認めるに足りる的確な証拠はない(上記各日について,業務日報が提出されたと認めるに足りる的確な証拠もない。乙14の①,②)。したがって,上記の休日における出社時間は,労基法上の労働時間に含まれないとみるのが相当である。
(オ) その他について
原告は,平成25年6月23日について,原告の始業時刻が午前9時,終業時刻が午後3時48分であると主張するが,証拠(甲26)によれば,同日,大阪営業所の機械警備は一度も解除されていないことが認められる。したがって,原告が同日出勤したとは認められない。
(カ) 小括
当事者間に争いのない事実(なお,平成25年11月19日及び20日について,原告は,始業時刻が午前9時であると主張するが,証拠[甲26]によれば,同月19日は,大阪営業所の機械警備は一度も解除されていないこと,同月20日は,原告以外の従業員が午後5時40分に機械警備を解除したことが認められ,原告の主張は,客観的記録である機械警備記録に反するものである。しかし,被告が,原告の主張する始業時刻を認めているので[別紙7参照],上記両日の始業時刻は午前9時とする。)及び上記(ア)ないし(オ)で認定説示したところによれば,平成25年1月21日から平成26年6月23日までの間の原告の始業時刻は,別紙8の「始業時刻★」欄のとおりと認められる。
イ 終業時刻について
(ア) 原告が,機械警備の開始時刻が終業時刻である旨主張する日について
原告が,機械警備の開始時刻が終業時刻である旨主張する日について,被告は,機械警備の開始時刻の10分前を原告の終業時刻と考えるべきである旨主張する(平成25年1月21日,同月22日,同月25日等)。上記認定事実(2)及び証拠(甲16)によれば,大阪営業所を最後に退社する際は,机とキャビネットの施錠,パソコンのシャットダウン,消灯を確認し,事務所の戸締りをした後,大阪営業所所在のビルの8階から1階に移動し,機械警備を開始して退社する必要があると認められる。机とキャビネットの施錠,パソコンのシャットダウン,消灯及び事務所の戸締りは,管理表(甲16)に「退社時チェック項目」として記載があるが,機械警備の開始も含めて,いずれも労務の提供後の後始末として当然必要である行為を上回るものではなく,労務の提供自体とはいえない。したがって,これらの後始末に必要な時間は,上記ア(イ)で認定説示した始業前の準備行為と同様に,当該後始末に社会通念上必要な時間は労基法上の労働時間に含まれないというべきであり,これらの後始末には少なくとも10分を要する旨の被告の主張は社会通念上相当といえ,これを覆すに足りる的確な証拠はない。よって,原告が機械警備の開始時刻を根拠に,同時刻が原告の終業時刻であると主張する日については,機械警備の開始時刻の10分前を原告の終業時刻と認めるのが相当である。
(イ) 原告が機械警備記録以外の証拠に基づき終業時刻を主張する日について
a 営業日報(甲14①,②)の記載を根拠に主張する日について
原告は,平成25年3月12日について,営業日報の記載を根拠に,終業時刻が午後8時10分である旨主張するが,上記ア(ウ)aで説示のとおり,営業日報の記載を元に終業時刻を認定することはできないというべきである。なお,原告は,平成25年4月3日について,営業日報の記載を根拠に,終業時刻が午後5時30分である旨主張するが,被告が,原告の主張する終業時刻を認めているので(別紙7参照),同日の終業時刻は午後5時30分とする。
b 原告が被告代表者らに対し日報を送信したメール(甲15)の送信日時を根拠に主張する日(平成25年2月27日,同月28日,同年3月13日等)について
被告は,①メールは設定次第でどこからでも送受信することができるから,メールの送信日時は原告の労働時間を意味しない,②原告が使用していたパソコンは不具合を起こしているから,パソコン自体が混乱している可能性が高い旨主張する。①について,被告が指摘する可能性は一般論であり,証拠(被告代表者)によれば,被告においては,セキュリティ上社外のパソコン等からメールの送受信をすることを基本的に禁止していることが認められる上,実際に,原告が,社外から,被告のドメインでメールを送信したことがあったことを認めるに足りる的確な証拠はない。②について,被告の指摘を踏まえても,メール送信日時が混乱した可能性を認めるに足りる的確な証拠はない。
以上を踏まえると,原告が被告代表者らに対し日報を送信したメールの送信日時から,原告が少なくともその時刻に労務の提供を行っていたことが認められ,原告の終業時刻が推認できるというべきである。
c 管理表(甲16)の記載を根拠に主張する日(平成25年4月2日,同年6月6日等)について
上記ア(ウ)bで説示のとおり,営業日報の記載を元に終業時刻を認定することはできない。したがって,原告が被告代表者らに対し日報を送信したメール(甲15)の送信日時によって原告の終業時刻が認定できる日(平成25年6月6日,同年9月19日)についてはその時刻とし,機械警備記録(甲26)によって原告の終業時刻が認定できる日(平成25年4月2日)については機械警備の開始時刻から10分前を終業時刻とし,これらによっても終業時刻が認定できない日については,所定の終業時刻である午後6時を原告の終業時刻と認めるのが相当である。
なお,平成25年11月19日について,原告は,管理表を根拠に,終業時刻が午後9時30分である旨主張するが,証拠(甲26)によれば,同日,大阪営業所の機械警備は一度も解除されていないことが認められ,大阪営業所に出勤した者はいないことが推認されるが,被告は,同日の終業時刻を午後6時と主張するので(別紙7参照),被告が主張する限度で認めるのが相当である。
d ファイル更新日時等一覧表(甲17の①)の記載を根拠に主張する日(平成25年1月23日,同月24日,同月30日等)について
原告が大阪営業所で使用していたパソコンに残っていたファイルの作成日時・更新日時等をまとめたファイル更新日時等一覧表について,被告は,①原告が使用していたパソコンの内部データが混乱している可能性が高い,②ファイルをコピーするだけで「作成日時」が変更されてしまうから,「作成日時」は原告の労働時間を示すものとはいえない,③USBメモリ等を利用しファイルを社外に持ち出すことが可能であったから,ファイルの更新日時等は,原告が大阪営業所にいたことの証拠にならない旨主張する。
①について,被告の指摘を踏まえても,ファイルの作成日時及び更新日時が混乱した可能性を認めるに足りる的確な証拠はない。②について,かかる主張を前提にしても,当該ファイルが原告が作成するものであれば,コピーした時刻に原告がコピー作業を行ったことの証左になるというべきである。③について,被告が指摘する可能性は一般論であり,実際に,原告が,USBメモリ等でファイルを社外に持ち出すことがあったことを認めるに足りる的確な証拠はない。
以上を踏まえると,ファイル更新日時等一覧表記載のファイルが,日報等原告がその業務に関し作成するものであれば,そのファイルの「作成日時」又は「更新日時」から,原告が少なくともその時刻に労務の提供を行っていたことが認められ,原告の終業時刻が推認できるというべきである。そして,原告がファイル更新日時等一覧表の記載を根拠に主張する日のうち,平成25年1月23日,同月24日,同月30日,同年2月5日,同月18日,同月25日,同年3月11日,同月27日,同年4月4日,同月16日,同年5月13日,同年6月3日,同月20日,同年9月3日,同年10月1日,2日,同月17日,同月19日,同月28日,同年12月23日,同月26日,平成26年2月18日及び同年3月8日については,その根拠となるファイルのファイル名が「日報」,「週間訪問予定」,「営業報告書」又は「業務進捗一覧」であり,原告がその業務に関し作成するものであることが明らかといえ,各ファイルの「作成日時」又は「更新日時」をもって原告の終業時刻と認めるのが相当である。その余については,原告が被告代表者らに対し日報を送信したメール(甲15)の送信日時によって原告の終業時刻が認定できる日(平成25年5月27日,同月29日,同月31日,同年6月6日,同年7月18日,同月30日,同年8月5日,同月28日,同月29日,同年9月4日,同月26日)についてはその時刻とし,メール送信日時によっても終業時刻が認定できない日については,所定の終業時刻である午後6時を原告の終業時刻と認めるのが相当である。なお,ファイル名から,原告がその業務に関し作成したものであるか否かについて疑義がある,あるいは,証拠(甲17の①)に,原告が主張の根拠とするファイルが見当たらないものの,被告が,原告の主張する終業時刻を認めている日(平成25年4月13日,平成26年2月20日,同年3月15日)又は所定の終業時刻より遅い時刻を終業時刻と主張している日(平成25年10月8日。被告は,同日,原告や被告代表者出席の上,C前大阪営業所長の歓迎会が開催されたため,終業時刻は午後7時と主張している。)については,そのとおりとする。
(ウ) その他について
a 平成25年3月30日の終業時刻について,原告は,機械警備記録を根拠に午後5時50分と主張するが,証拠(甲26)によれば,同日に機械警備を開始したのは原告以外の従業員であり,機械警備記録をもって原告の終業時刻の根拠とすることはできない。一方,被告は,ファイル更新日時等一覧表(甲17の①)を根拠に午後3時32分と主張するが,証拠(甲17の①)によれば,被告が根拠とするファイルは,直ちに原告がその業務に関し作成するものとは認められないものの,上記のとおり,原告の主張を認めるに足りる証拠がないため,被告が主張する限度で認めるのが相当である。
b 平成25年4月1日の終業時刻について,原告は,機械警備記録を根拠に午後9時08分と主張するが,証拠(甲26)によれば,同日に機械警備を開始した記録はないから,所定の終業時刻をもって原告の終業時刻と認めるのが相当である。
c 原告は,終業時刻を認定できる証拠がない日(平成25年11月26日,同年12月2日,平成26年2月7日,同月10日,同月13日)について,他の勤務日は定時で帰宅していることなど一度もないにもかかわらず,証拠がない日だけ残業をしないというのは明らかに不自然であり,その前後の日と同程度労働をしていたと考えるべきである旨主張する。しかし,原告の主張によっても,原告が所定の終業時刻前に帰宅している日は複数存在する(平成25年2月16日,同年8月6日,同年9月21日,同年12月23日等)上,証拠(甲26)によれば,原告が前後の日の平均値をもって主張する上記各日のうち平成25年11月26日以外の日は,いずれも原告が主張する終業時刻以前に原告以外の従業員によって機械警備が開始されていることが認められ,原告が主張する平均値が合理性を欠くことは明らかである。したがって,これらの日については,所定の終業時刻をもって原告の終業時刻と認めるのが相当である(なお,平成26年2月13日については,午後5時54分に原告以外の従業員が機械警備を開始しているが,同日の終業時刻について,被告が午後6時と主張しているので[別紙7参照],同日の終業時刻も午後6時とする。)。
(エ) 小括
上記(ア)ないし(ウ)及び上記ア(オ)で認定説示したところによれば,平成25年1月21日から平成26年6月23日までの間の原告の終業時刻は,別紙8の「終業時刻★」欄のとおりと認められる。
ウ 休憩時間
原告は,当時極めて多忙であり,休憩時間をほとんど取ることができず,昼食の時間すら取れない日も多かった旨主張する。しかし,原告は営業担当であり(前記前提事実(1)イ),業務遂行の時間は比較的調整しやすかったと推認される上,E元大阪営業所長も,「毎日1時間しっかりと休憩が取れるほど,暇な仕事ではないことは確かです。」と述べるにとどまり(甲29),そのような調整が不可能なほど多忙で所定の休憩時間を取れなかったと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,休憩時間については,前記前提事実(2)ウの所定どおり認めるのが相当である。
(2) 時間外割増賃金額について
被告は,原告が,被告に発覚しないよう秘密裏に,一連の不正行為を長期間にわたり繰り返し行っていた,かかる不正行為には多大な時間を要し,当該時間は労働時間と認められない旨主張するので,以下検討する。
ア 事例1について
(ア) 上記認定事実(7)及び証拠(乙9の①,②)によれば,原告は,平成26年2月24日,c協会兵庫支部から受注を受けたが,同受注は赤字受注であり,これを隠ぺいするため,伝票1及び1(2)を作成したこと,外注仕入先であるd社に対し,同伝票2通に対応した商品名及び金額で請求をするよう依頼したことが認められる。
(イ) 原告は,①d社から当初の金額ではできなくなったと言われ,被告代表者からの叱責や給料天引きを恐れて,窮余の策として,伝票1及び1(2)(乙9の①,②)を作成したもので,当初から赤字受注をしたものではなく,また,赤字受注を隠し通す意図もなかった,②他の案件でe社から入金があれば,それをc協会兵庫支部の案件での入金であると説明して損失を取り戻すつもりであった旨主張する。
①について,仮に原告が主張するような事実があったとすれば,原告に落ち度はないのであるから,原告としては被告に報告の上会社として対応すべき筋合いのものである。にもかかわらず,原告は,被告から不正行為の存在について調査を受けるまで,事例1の件を被告に報告していないことからすれば,d社に落ち度にあったとは認め難い。加えて,原告があえて伝票を2通作成していることも併せ鑑みれば,赤字受注を隠し通す意図がなかったとも認められない。
②について,原告がそのような取扱いをしようとしたとしても,e社からすれば,「他の案件」について未払になるのであるから,同社がかかる取扱いを許容することは想定し難いし,仮に原告が一方的にそのような取扱いをしたとしても,被告には「他の案件」についての入金がないことになるから,被告が損失を取り戻すことにはならない。
イ 事例2について
(ア) 上記認定事実(5),(11)及び証拠(甲27,乙11,12,75,56)によれば,原告は,f社から,平成26年3月7日納品に係る「首都高速道路の料金に関する広報パンフレット」の案件を赤字受注したが,伝票を作成せず,受注先のf社には,原告が被告に無断で作成した請求書(請求額税抜100万円)を発行し,外注仕入先のg社には,上記の外注仕入費125万9139円を含めて,上記とは商品名や金額が異なる案件で伝票を作成するよう依頼したことが認められる。
(イ) 原告は,①当初から赤字受注する意図はなかった,②被告が作成しなければならないと主張する伝票を作成し,メールに添付して本社に送信した,③請求書の発行遅れが常態化していたことから,大阪営業所では本社から請求書が届くのを待たずに請求書を発行しており,請求書(甲27,乙56。甲27と乙56は同内容であるので,以下甲27のみ挙げる。)はE元大阪営業所長の了解を得て作成されたものであり,無断で作成したものではない旨主張する。
①及び②について,原告が主張するような伝票やメールが存在することを認めるに足りる的確な証拠はない上,仮に,原告が上記受注どおりの伝票を作成して被告に提出していれば,赤字受注として問題になったはずであるが,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠もない。また,本件がg社の責任で後発的に赤字受注になったのであれば,原告に落ち度はないのであるから,原告としては被告に報告の上会社として対応すべき筋合いのものであって,伝票を作成しない等の隠ぺい工作をする必要はない。
③について,仮に,原告が発行した請求書(甲27)の押印をE元大阪営業所長自身が行ったとしても,同人が,事例2が赤字受注であることや被告本社に報告していないことを認識していれば,かかる請求書の作成を承認することは想定し難いのであって,事実関係を秘した上で,同人から押印を得たとしても,そのことをもって,同人が了解していたことにはならない。
ウ 事例3について
(ア) 上記認定事実(5),(11)及び証拠(甲27,乙11,12,75)によれば,原告は,f社から,平成26年3月25日納品に係る「h社 (A4巻3つ折り)有料道路ETC障害者割引の有効期限更新について」の案件を赤字受注したが,伝票を作成せず,受注先のf社には,原告が被告に無断で作成した請求書(請求額税抜19万2000円)を発行し,外注仕入先のg社には,上記の外注仕入費41万円を含めて,上記とは商品名や金額が異なる案件で伝票を作成するよう依頼したことが認められる。
(イ) 原告は,①当初から赤字受注する意図はなかった,②伝票を作成しなかったという明確な記憶はない,③他の案件で入金があれば,それを事例3の入金であると説明して損失を取り戻すつもりであった旨主張する。
①及び②について,原告が伝票を作成したことを認めるに足りる的確な証拠はない上,仮に,原告が上記受注どおりの伝票を作成して被告に提出していれば,赤字受注として問題になったはずであるが,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠もない。また,本件がg社の責任で後発的に赤字受注になったのであれば,原告に落ち度はないのであるから,原告としては被告に報告の上会社として対応すべき筋合いのものであって,伝票を作成しない等の隠ぺい工作をする必要はない。
③について,上記ア(イ)で説示したのと同様,原告がそのような取扱いをしようとしたとしても,f社からすれば,「他の案件」について未払になるのであるから,同社がかかる取扱いを許容することは想定し難いし,仮に原告が一方的にそのような取扱いをしたとしても,被告には「他の案件」についての入金がないことになるから,被告が損失を取り戻すことにはならない。
エ 事例4について
(ア) 証拠(甲27,乙13)によれば,原告は,平成26年1月15日,f社から,「h社 冬道走行気を付けてガイド」の案件を赤字受注したが,これを隠ぺいするため,売上額を偽った伝票28を作成したこと,これに基づき被告本社が作成した請求書をf社に交付せず,原告が被告に無断で作成した請求書(請求額税抜105万円)を発行したことが認められる。
(イ) 原告は,①当初から赤字受注する意図はなかった,②f社の落ち度で赤字になったため,やむなく伝票28を作成して,一時的に赤字受注の報告を先延ばしにしようとした旨主張する。
しかし,本件がf社の責任で後発的に赤字受注になったのであれば,原告に落ち度はないのであるから,原告としては被告に報告の上会社として対応すべき筋合いのものであって,内容虚偽の伝票を作成する等の隠ぺい工作をする必要はないし,そのような伝票の作成や請求書の無断作成(原告は,伝票28の内容と一致しない請求書[甲27]を作成しているから,被告本社がかかる請求書の作成を承認していないことは明らかであることはもとより,仮に,同請求書の押印をE元大阪営業所長自身が行ったとしても,同人が,同請求書と伝票の内容が一致していないことを認識していれば,かかる請求書の作成を承認することは想定し難いのであって,事実関係を秘した上で,同人から押印を得たとしても,そのことをもって同人が了解していたことにもならない。)を正当化する理由にならない。
オ 事例5について
(ア) 上記認定事実(5)及び証拠(甲27,乙14の①ないし③)によれば,原告は,平成26年3月3日,f社から,「首都高速道路の料金に関する広報チラシ」の案件を赤字受注したが,これを隠ぺいするため,伝票29,29(2)及び29(3)を作成したこと,これらに基づき被告本社が作成した請求書をf社に交付せず,原告が被告に無断で作成した請求書(請求額税抜137万円)を発行したことが認められる。
(イ) 原告は,外注仕入先が見積額より高い金額を請求して譲らなかったため,やむなく伝票29,29(2)及び29(3)を作成したもので,一時的に赤字受注の事実報告を先延ばしにしようとしたのは事実であるが,自己の利益のために行ったものではない旨主張する。
しかし,本件が外注仕入先の責任で後発的に赤字受注になったのであれば,原告に落ち度はないのであるから,原告としては被告に報告の上会社として対応すべき筋合いのものであって,内容虚偽の伝票を作成する等の隠ぺい工作をする必要はないし,そのような伝票の作成や請求書の無断作成(原告は,伝票29,29(2)及び29(3)の内容と一致しない請求書[甲27]を作成しているから,被告本社がかかる請求書の作成を承認していないことは明らかであることはもとより,仮に,同請求書の押印をE元大阪営業所長自身が行ったとしても,同人が,同請求書と伝票の内容が一致していないことを認識していれば,かかる請求書の作成を承認することは想定し難いのであって,事実関係を秘した上で,同人から押印を得たとしても,そのことをもって同人が了解していたことにもならない。)を正当化する理由にならない。また,赤字受注の隠ぺいが叶えば,原告の営業成績に影響があることは明らかであり,自己図利目的がないとは認め難い。
カ 事例6について
(ア) 上記認定事実(8)ア及び証拠(乙15の①及び②,30の④の19及び20)によれば,原告は,平成26年4月2日,e社から,「i社会社案内」の案件を赤字受注したが,これを隠ぺいするため,売上額が12万円であるところを15万円と偽った伝票30を作成したこと,同案件は,原告のミスにより刷り直しになったが,これを隠ぺいするため,「i社会社案内 増刷」として,e社から増刷注文があり,同社から別途入金があるように装った伝票30(2)を作成したことが認められる。
(イ) 原告は,原告のミスではないにもかかわらず,e社が支払わないという対応を取ったことから,当初作成していた伝票30(2)に加えて伝票30を作成し,一時的に帳尻を合わせようとした旨主張する。
しかし,原告の主張は,原告の当初の説明(上記認定事実(8)ア)に反する上,伝票30(2)の売上額(12万5800円)とe社からの入金額(12万円)が異なるから,伝票30(2)を先に作成したとも認め難い。また,本件が顧客の責任で刷り直しになったのであれば,原告に落ち度はないのであるから,原告としては被告に報告の上会社として対応すべき筋合いのものであって,内容虚偽あるいは増刷受注を装った伝票を作成する等の隠ぺい工作をする必要はないし,そのような伝票の作成を正当化する理由にはならない。
キ 事例7について
(ア)a 上記認定事実(6)及び証拠(乙16,乙73,被告代表者)によれば,原告は,外注仕入先であるb社に対し,同社が平成26年2月7日から同年3月30日までの間に納品した10案件について,被告に対する請求を留保するよう依頼し,b社は,これに応じて,上記10案件について被告に対する請求を留保していたこと,同年4月19日,b社は,原告に対し,上記10案件の清算等を求めたこと,同月24日,原告は,b社の本社を訪問し,土下座をして,「このことが会社にばれたら首になってしまう。お金については自分が全額払うので,会社には知らせないでほしい。」などと頼んだこと,原告は,同日付けで,b社に対し,「この度,御支払いの件につきまして多大な御迷惑を御掛け致しましたことを深くお詫び申し上げます。私が必ず御支払い致します。」と記載した念書を提出したこと,原告は,b社に対し,平成26年4月28日に50万円,同月30日に68万5000円,同年6月12日に15万円の合計133万5000円を支払ったこと,以上の事実が認められる。
b 原告は,b社からの請求は本来被告が払うべき金額であり,原告が自己保身のために事実の隠ぺいへの協力を求めた事実はなく,「このことが会社にばれたら首になってしまう」などと述べた記憶はない,受注先(f社)から値下げ要求を受け交渉したため被告への売上計上が遅れると共に,外注仕入先のb社から厳しい請求を受けたため133万5000円を支払った旨主張する。
しかし,b社からの請求が通常の取引に係るものであり,また自己保身のためでなければ,原告が,わざわざb社の本社に赴いた上,土下座して謝罪し,被告ではなく原告が支払う旨の念書を差し入れた上,実際に合計133万5000円もの金額を支払う理由がおよそ説明できない。上記認定事実(6)アのとおり,b社からの請求の文面は苛烈なものではなく,またその文面から,b社が取引の全容を把握できていないことがうかがわれること,証拠(乙19の①ないし④,20)によれば,原告が,b社に対し,同社が実際には製造していない製品又は別の顧客との取引として支払済みのものについて請求書を作成するよう求め,b社が,これに応じて請求書を作成し,大阪営業所あてに送付したことが認められること,以上の点も併せみれば,b社の担当者から,原告が上記のような発言をした旨を聴取したとの被告代表者の供述は信用できるというべきである。
(イ)a 証拠(乙19の①ないし④,20,25,26,30の③の24及び25,30の④の18及び20,73)によれば,原告は,平成26年5月20日,b社が実際には製造していない製品(「生活習慣病A4チラシ」及び「告知チラシA4チラシ」)又はg社が製造したものとして既に伝票処理済みの製品(「△△冊子」)について伝票を作成の上,b社にFAXで送信して,これらに対応する請求書を作成するよう求め,b社が,これに応じて請求書を作成し,大阪営業所あてに送付したことが認められる。
b 原告は,被告代表者から罵倒されたり自腹弁償を命じられたりすることを回避するためにやむを得ずにとった行動で,自己の利益を図るために行ったものではない旨と主張する。
しかし,上記認定事実(8),(9),(12),(13)によれば,被告代表者は,原告に係る不正行為の疑惑が浮上し,確認作業を行う過程における原告に対する問い合わせにおいても,苛烈な内容のメールを送付しておらず,原告も,分からないところはその旨述べるなど一方的に従う態度を取っているものでもない。その他,従前から,被告代表者が罵倒したり,自腹弁償を命じていたりしたことを認めるに足りる的確な証拠はなく,上記(ア)aで認定説示のとおり,b社に対し合計133万5000円もの金額を支払っていること,「首になってしまう」事態を回避すること自体が原告の利益に資することからすれば,自己図利目的がなかったとも認め難い。
(ウ) 証拠(乙16,44,45,46の①ないし③,47の①)によれば,原告が,b社に外注を発注した「地デジ・BSコース用□□テレビご利用ガイド」の仕様は,実際は上質紙の24頁であるところ,原告は,伝票上上質紙の64頁と記載し,これに従った数量の上質紙がb社に支給されたこと,同じく原告が,b社に外注を発注した「新コース用□□テレビご利用ガイド」の仕様は,実際は「地デジ・BSコース用□□テレビご利用ガイド」と同じ上質紙であるところ,原告は,伝票上「マットコート」と記載したこと,以上の事実が認められる(なお,被告が,b社に支給した証拠として提出する乙47号証の2の「受注票No.」は,「新コース用□□テレビご利用ガイド」の伝票である乙45号証の「No」とは異なる上,受注日が平成26年4月3日[乙45]であるのに,用紙の納品書の発行日が同年3月19日[乙47の②]となって矛盾するから,乙47号証の②は,被告が乙45号証に従ってb社に用紙を支給した証拠とは認め難い。また,同じく乙48号証の1についても,用紙の出荷日が同年3月17日であり,乙45号証の受注日と矛盾するから,乙48号証の1は,被告が乙45号証に従ってb社に用紙を支給した証拠とは認め難い。)。すなわち,原告は,実際の仕様とは異なる頁数や紙質を伝票に記載し,実際に,「新コース用□□テレビご利用ガイド」に関し,被告をしてb社に対し過大な用紙を支給させたといえる。もっとも,被告が指摘する製品間において流用が行われたことまで認めるに足りる的確な証拠はない。
ク 事例8について
(ア) 上記認定事実(3),(14)及び証拠(21,22,24の①ないし〈80〉)によれば,原告は,j社に対し,被告の業務に関して外注を行ったことがあったこと,原告は,j社の実際の業務を行っていたBに対し,j社から被告への請求書に実際の作業の案件とは異なる項目の案件名を記入したり,架空の請求書の提出を依頼したりしたことがあったこと,後者の依頼によるj社との間の架空の取引は,平成22年3月20日から平成25年12月25日までの間で30件に及ぶこと,以上の事実が認められる。
(イ) 原告は,①乙21号証はBの真意から内容を了承して作成したものではない,②j社からの請求書が実際の仕事内容とは異なる記載内容であったことが数回程度あったが,これはj社から要請されたものであり,合計金額は被告主張よりもっと少ないし,架空の仕事は存在せず,原告がマージンを取る等の事実はない旨主張する。
①について,上記認定事実(14)イのとおり,乙21号証は,B自らが文案を考えた上,内容を確認の上署名押印したものであるから,当時のBの認識が記載されたものといえ,その他,Bが真意からその内容を了承していないことをうかがわせる的確な証拠はない。
②について,乙21号証には,「架空の請求書の依頼をX氏より受ける。受け取った金額を仕入先などへの返済に充てるとの理由によるもの。」と記載されており,かかる理由は,上記アないしキで認定説示の原告の不正行為の内容に沿うものであること,一方,Bには,自らの進退にも影響しかねない架空請求の取引を原告に持ち掛けなければならない事情があったことを認めるに足りる的確な証拠はないことからすると,原告から,実際の取引の内容と異なる請求書を出すよう言われたとするBの供述(乙76)は信用でき,架空請求の取引を持ち掛けたのは原告と認められる。また,同じく乙21号証には,「例えば5万円の入金に対して4万円を返金し1万円はj社で取引手数料として受け取る架空請求の取引を行った。計30件,総額¥1,119,300でした。」と記載されているところ,これは実際にはBが業務を行っているj社が架空請求の取引から利得を得ていたことを認める記載であり,かかる自身にとって不利益な記載をB自ら文案として作成したことに照らせば,かかる記載も信用できるというべきであり,原告が架空請求の取引から利得を得て,これを「仕入先などへの返済に充てる」などしていたと認められる(仮に,原告が利得を得ていないとしても,内容虚偽の請求書の作成や架空請求の取引を持ち掛けること自体正当な業務の遂行とはいえない。)。件数や金額については,上記認定事実(14)アのとおり,Bは,j社から被告に対する請求書のコピーを用いて,架空請求の取引を具体的に特定した上でD専務らに申告したものであり,乙21号証及び乙24号証の1ないし80の記載は信用できるというべきであって,数回程度であったとは認め難い。
ケ 事例9について
(ア) 上記キ(ア)a及び(イ)aで認定した事実並びに証拠(乙16,25,26,30の④の18)によれば,原告は,平成26年4月3日,e社から,「△△ネット総合カタログ」の案件を72万円で赤字受注したこと,本来であれば,刷版,印刷,製本・加工・発送に係る外注仕入先を「b社」,同社の外注仕入額を62万7600円とした伝票を作らなければならないのに,刷版,印刷,製本・加工・発送に係る外注仕入先を「g社」,同社の外注仕入額を38万1452円とする伝票12を作成したこと,その後,b社から,上記キ(ア)aのとおり清算を求められ,上記キ(イ)aのとおり,伝票12(2)を作成の上,b社にFAXで送信して,これらに対応する請求書を作成するよう求め,b社が,これに応じて請求書を作成し,大阪営業所あてに送付したこと,以上の事実が認められる。
(イ) 原告は,当該案件について架空計上,虚偽報告,不正行為をした記憶はなく,原告が伝票12及び12(2)を作成したかは知らない旨主張する。しかし,伝票12及び12(2)の【担当】欄に原告の氏名が明記されている上,伝票12(2)の内容は,原告が,b社に対し,内容虚偽の請求書を作成するよう依頼した際にFAXで送信した添付書類(乙19の④)と一致するから,伝票12及び12(2)は原告が作成したと認められる。また,上記(ア)で認定した事実が,架空計上,虚偽報告又は不正行為に当たることは明らかである。
コ 事例10について
(ア) 証拠(乙27の①及び②,28,73)によれば,原告は,k社から,平成26年5月,「▲▲プレミアムチケット」,「クリニカルパンフ」,「ご紹介チケットNo.〈省略〉」,「k社セレクト極上エステチケット」,「プリム用変形チラシ」,「プリム用変形パンフレット」の案件を担当し,これらの各案件について伝票(売上額合計48万4500[税抜])を作成したこと,原告は,当該伝票に基づき被告本社が作成した請求書ではなく,原告が被告に無断で作成した請求書(請求額合計82万8171円[税込])をk社に交付したこと,k社は,被告に対し,原告が発行した上記請求書の請求額合計と同額の82万8171円を支払ったこと,以上の事実が認められる。
(イ) 原告は,①請求書の発行遅れが常態化していたことから,大阪営業所では本社から請求書が届くのを待たずに請求書を発行しており,大阪営業所長も了承していた,②原告が,k社との取引について被告本社に報告した後,k社から異なる金額が記載された発注書が送られてくることがあり,同社の担当者との合意により,翌日以降の取引について金額の上乗せ等をしていた旨主張する。
①について,大阪営業所長が,被告本社に報告した売上高額とk社への請求書に記載する請求額が異なることを認識していれば,かかる請求書の作成を承認することは想定し難く,大阪営業所長がそのような手法を了解していたとはいえない。②について,仮に,「原告が,k社との取引について被告本社に報告した後,k社から異なる金額が記載された発注書が送られてくる」といったことが,乙31号証の1のように多数の売上額と入金額の差が出るほど,平成23年3月から平成26年5月までの間多数回に及ぶとなれば,それは由々しき事態であり,また原告に落ち度はないのであるから,原告としては被告に報告の上会社として対応すべき筋合いのものであるにもかかわらず,原告が,被告から不正行為の存在について調査を受けるまでの間に,事例10の件を被告に報告したことを認めるに足りる的確な証拠はないこと,上記認定事実(9)のとおり,原告は,被告代表者から,k社等に関する被告本社作成の請求書と原告作成の請求書との間の差異について尋ねられた際,k社に落ち度があったと述べていないことからすると,k社に落ち度があったとは認め難い。
サ 原告が被告の指揮命令下にあったといえるかについて
(ア) 上記(1)で認定説示したところによる始業時間及び終業時間を前提とし,この間,休憩時間を除いて被告の指揮監督下にあったと仮定した場合の時間外労働時間は,別紙8の各月の「日8:00超過分」の列の最下段記載の時間となるところ,当該時間が労基法上の時間外手当の支払の対象となる時間といえるためには,当該時間中原告が被告の指揮監督下にあった,すなわち,当該時間中の勤務を被告に命じられていたか,業務上当該時間中勤務することが必要であったことが認められなければならない。
(イ) 原告は,原告の業務について,営業業務や事務作業に相当な時間を要し,常時1日30件から50件もの書類を作成しなければならなかった旨主張する。しかし,原告が主張する業務ないし作業の内容は,営業担当の社員が通常行う範囲内のものであるし,証拠(乙4)によれば,原告が担当した案件(受注件数)は,平成25年1月から平成26年6月までの間で合計380件,月平均約21.1件と認められ(なお,これは原告が何らかの不正行為を行った取引をも含むものである。),見積書を作成した案件が必ず成約するとは限らないことを考慮しても,正規の取引に関し,毎日30件から50件もの書類を作成していたとは認め難い。また,証拠(乙4)によれば,上記原告が担当した月平均案件数は,名古屋市所在の被告本社又は東京営業所に勤務する他の営業担当従業員の約半分から5分の1程度であることが認められ,受注件数の差が労働時間の差に完全に直結するとまでいうことはできないが,その点を考慮しても相当の差があり,正規の業務を行うに当たっての繁忙度は高くなかったと推認される。
(ウ) 他方で,上記アないしコで認定説示のとおり,原告は,被告に勤務していた間に,赤字受注の隠ぺい等するための架空や内容虚偽の伝票の作成,被告に無断の請求書作成,外注仕入先に対する,時には遠方の取引先に出向いての請求留保の懇請,外注仕入先への支払を捻出するための架空請求の取引(j社関係)等の不正行為を行っていたことが認められる。原告は,正規の見積書を作成するには長時間を要し,不正な見積書を作成する場合にはわずかな時間しか要しない旨主張するが,被告の売上原票(乙9の①,②等)からも明らかなとおり,被告の伝票や見積書の「売上額」や「外注仕入額」は,用紙,制作・製版,刷版,印刷,製本・加工・発送,の各項目の積み上げで算出されるから,正規の伝票や見積書であれば,顧客が指定する仕様で順算すれば自ずと「売上額」が積み上がる仕組みになっており,用紙を変更するなどして複数パターンを作成するのも容易と推認される上,「外注仕入額」については外注仕入先が計算するものであり(被告代表者),当該部分の入力に時間を要するとは認め難い。一方で,不正に作出すべき「売上額」あるいは「外注仕入額」を念頭に置き,これを被告本社の営業部門の責任者や経理担当者等が不審を抱かないような印刷物の仕様で,正規の取引であれば計算の必要がない「外注仕入額」についてまで逆算的に積み上げていくのには,正規の取引の場合と比して時間を要する作業であると推認されるから,不正な伝票ないし見積書を作成するには正規のものに比べて相当時間を要する旨の被告代表者の供述は信用できる。なお,原告は,架空の伝票作成に要した時間も将来の取引関係を継続していくために不可欠な行為である旨主張するが,既に説示してきたとおり,原告の行為は,過失,すなわち業務上のミスではなく,故意の隠ぺい行為であって,このような行為は,原告と被告との間の労働契約に基づく労務の提供とはいえず,原告の不正行為が被告の正常な将来の取引関係の継続に寄与したことを認めるに足りる的確な証拠もないから,かかる不正行為に要した時間において,原告が被告の指揮命令下にあるとはいえないというべきである。
(エ) 本件の請求に係る平成25年1月21日から平成26年6月23日までの間について,上記(ア)のとおり,別紙8により計算される総労働時間は3888時間14分,時間外労働時間は1日8時間を超える分が972時間05分,週40時間を超える分が120時間03分であるから,1日8時間を超える分の時間外労働時間は,所定内労働時間の約34.7%であることになる。
そして,(ア)で認定説示のとおり,原告が主張する業務ないし作業の内容は,営業担当の社員が通常行う範囲のものといえ,また原告が担当した案件数(不正行為が行われた取引を含むもの)から推認される繁忙度は高くなかったといえること,(イ)で認定説示のとおり,原告が行った架空や内容虚偽の伝票の作成には正規の業務と比して時間を要する上,虚偽の請求書の作成や取引先に対する不正行為の懇請等正規の業務には無用な時間をも要すること,上記(ア)で認定のとおり,本件請求に係る期間に原告が担当した案件は380件であるところ,上記認定事実(8)ないし(10)及び証拠(乙30ないし33[いずれも枝番を含む。])によれば,同期間に原告が担当したe社,k社,l社及びc協会の案件のうち,被告の伝票と顧客からの入金額に差異がある件が85件,伝票がないのに顧客からの入金がある件が9件あることが認められること,証拠(乙63の①,②,乙73)によれば,原告が担当した外注仕入先であるr社は,原告の依頼に従って,被告との間の取引実態に即した請求書(乙63の①ないし⑩)とは異なる内容の請求書(乙64の①ないし⑦)を被告に交付していたこと,証拠(乙66ないし68[枝番含む])によれば,v株式会社近畿支社の「年末年始アルバイト募集はがき」の案件に関し,原告は,外注仕入額が虚偽の伝票を作成し,実際の外注仕入額との差額について,外注仕入先のg社に対し,内容虚偽の請求をするよう依頼したこと,証拠(乙10,73)によれば,原告が担当した外注仕入先であるd社は,納期が平成26年3月から5月の6案件について,原告の依頼に従い,被告との間の取引実態とは異なる請求書を被告に交付していたこと,原告は,f社からの受注案件について,上記イ(ア),ウ(ア)及びエ(ア)で認定した不正行為を行っていること,上記キ(ア)aで認定したところによれば,原告が担当した外注仕入先であるb社は,平成26年4月19日現在で,同年2月7日から3月30日出荷の10案件について,原告の依頼に従い,被告に対する請求を留保しており,この件について,原告は,愛知県春日井市所在のb社に出向き,土下座して謝罪し,その後,原告は,同社に対し,念書を送付したりしたこと,原告は,b社に関し,キ(イ)a及び(ウ)で認定した不正な伝票の作成や同社に対する請求書の作成依頼を行ったこと,上記ク(ア)で認定した事実及び証拠(乙23の①,②,乙24の①ないし〈80〉)によれば,原告は,Bに対し,請求書に実際の作業の案件とは異なる項目の案件名の記入を依頼したり,本件請求に係る期間に16件の架空の請求書の提出を依頼したこと,以上の事実が認められ,これらの点を併せ鑑みれば,原告が,原告と被告との間の労働契約に基づく労務の提供といい得る正規の業務を行うがために,所定労働時間を超えて,上記のとおり計算される1日8時間を超える分の時間外労働時間について勤務することが必要であったとまでは認め難いというほかない。また,同時間中の勤務を被告に命じられていたことを認めるに足りる的確な証拠もない。したがって,原告が,上記のとおり計算される1日8時間を超える分の時間外労働時間において,被告の指揮命令下にあったことの立証があるとはいえない。
もっとも,上記のとおり計算される週40時間を超える分の時間外労働時間について,証拠(甲19,乙1)によれば,これらが計上される日(平成25年2月23日,同月3月8日等。別紙8参照)は,被告から,カレンダーにより出勤日と指定されていることが認められる(被告も,これらの日が出勤日であることについて争っていない。)から,原告は,同時間中の勤務を被告に命じられていたといえ,当該時間については,被告の指揮命令下にあったと認められる。
(3) 小括
以上によれば,原告の時間外手当に係る請求は,週40時間を超える分の時間外労働時間に係る限度で理由があり,その金額は,別紙1の「金額」欄のとおりであるから,これらの合計26万5699円及び別紙1の「金額」欄記載の金額に対するそれぞれ「支払期日」欄記載の日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
4 争点4 (労基法114条に基づく付加金請求の可否)について
原告の時間外手当に係る請求は,週40時間を超える分の時間外労働時間に係る限度で理由があるところ,原告の本件訴えの提起日は平成27年7月23日であるから(前記前提事実(4)),別紙1の平成25年3月25日及び同年4月25日支払期日分に係る付加金請求については,除斥期間が経過しているため,理由がない。
その余の付加金請求について,上記3(2)サ(エ)で認定説示のとおり,被告は,当該週40時間を超える分の時間外労働が発生する日について,カレンダーにより出勤日と指定しており,週40時間を超える分の時間外労働が発生しないようにする手立てを講じていない。そうすると,当該週40時間を超える分の時間外労働に係る割増賃金に関し,上記平成25年3月25日及び同年4月25日支払期日分を除いた19万5560円と同額の付加金の支払を命じるのが相当である。
第6 結論
以上の次第で,原告の請求は,主文掲記の限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文3項の付加金に関しては,その性質上仮執行の宣言を付することはできないから,同項についての仮執行の宣言の申立ては却下することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第5民事部
(裁判官 大寄悦加)
〈以下省略〉
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