
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(95)平成28年 2月25日 東京地裁 平27(ワ)5505号 原状回復請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(95)平成28年 2月25日 東京地裁 平27(ワ)5505号 原状回復請求事件
裁判年月日 平成28年 2月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)5505号
事件名 原状回復請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA02258038
要旨
◆被告との間でアポイント取得代行の本件業務委託契約を締結した原告が、被告が本件業務委託契約に基づく業務を全く履行しなかったため、債務不履行により同業務委託契約を解除した旨主張して、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、既払報酬95万0250円の返還を求めた事案において、被告には、履行していない業務に係る報酬合計67万7250円を受領する法律上の原因がないとした上で、一部の業務が履行されていなければ、全体について履行されていないというべきである旨の原告の主張、及びアポイントが取得された以上、被告は当然に本件注文書に記載された各業務についての報酬請求権を取得する旨の被告の主張は、いずれも当事者の合理的意思に反すると判断して、請求を一部認容した事例
参照条文
民法536条2項
民法703条
裁判年月日 平成28年 2月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)5505号
事件名 原状回復請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA02258038
東京都千代田区〈以下省略〉
原告 株式会社X
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 依田公一
東京都目黒区〈以下省略〉
被告 株式会社Y
同代表者代表取締役 B
主文
1 被告は,原告に対し,67万7250円を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを7分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,95万0250円を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告との間でアポイント取得代行の業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結した原告が,被告が本件業務委託契約に基づく業務を全く履行しなかったため,債務不履行により本件業務委託契約を解除した旨主張して,不当利得返還請求権に基づき,被告に対し,既に支払った報酬95万0250円の返還を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに括弧内に掲げた証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,会員向けビジネスを行っている企業を顧客とし,宿泊施設の値引き,航空券の割引等の会員向け特典サービスの企画,開発及び販売等を行っている株式会社である(甲16,弁論の全趣旨)。
イ 被告は,経営コンサルタント業,経営支援コンサルタント業,テレマーケティング業等を目的とする株式会社である(争いなし)。
(2) 本件業務委託契約の成立
原告代表者は,原告の顧客獲得のための営業を外部の業者に委託しようと考え,被告のダイレクトマーケティング事業部のC(以下「C」という。)から,被告が提供するアポイント取得代行業務,すなわち原告の営業の対象となる企業の情報の取得及び当該企業への訪問予約を獲得する業務の説明を受けた。原告は,平成25年9月25日頃,被告との間で,次のとおり,アポイント取得代行業務を委託する旨の基本契約(本件業務委託契約)を締結した(甲4,弁論の全趣旨)。
ア 本契約において「アポイント」とは,原告の訪問見込み先の社名,住所,電話番号,担当名及び訪問日時に関する情報を取得し,訪問約束を獲得することをいうものとする。(1条2項)
イ 原告は,被告に対し,次に定める業務のうち,原被告間で別途注文書により成立する個別契約で定める業務をすることを委託し,被告はこれを受諾する。(2条1項)
(ア) アポイント取得代行業務の企画,立案(詳細は注文書に記載)
(イ) 具体的な営業業務のためのアポイント取得代行業務の遂行
(ウ) 委託を受けた原告の営業業務の一部代行として,対象とする企業に対する電話などによるアプローチを行う方法によるアポイント取得代行業務
(エ) アポイント取得業務遂行中の検証,修正企画の立案,提案
(オ) その他個別契約において定める業務
ウ 本契約の有効期間は,平成25年9月25日から平成26年9月24日までとする。(4条1項)
エ 本契約に基づき,原告が被告に対し支払う費用及び報酬は,注文書(個別契約)に別段の定めのない限り,次のとおりとする。(5条1項)
(ア) アプローチ開発費用 84万5250円(税込み)
(イ) 成功報酬 アポイント取得1件当たり5万2500円(税込み)
オ 原告又は被告が本件業務委託契約に違反した場合,相手方は,何らの催告なく本件業務委託契約を即時に解除することができる。(10条1項4号)
(3) 本件注文書の送付
原告は,平成25年9月頃,被告に対し,別紙注文書(以下「本件注文書」という。)を送付し,本件注文書により,原告と被告との間で,被告が行う業務及びその報酬(税抜き)について,次のとおり合意された(甲3)。
ア 徹底取材(概要,事例作成) 6万円
新規開拓専門のコンサルタントにおいて原告の売上げを劇的に激変させるための徹底取材を行う。また,取材内容(概要,強み,訴求ポイント,改善提案事例)をまとめた書面を作成する。
期間:1日間
イ 新規開拓専門の精鋭によるチーム編成,情報共有 9万円
コンサルタント1名,マーケッター1名,リストマーケティング2名及び電話営業2名の合計6名のチームを編成し,情報を共有する。
期間:1日間
ウ リストマーケティング 30万円
リストマーケティング担当の2名により,営業の対象となる企業のリストを作成する。
期間:15日間
エ トークスクリプト作成 15万円
マーケッター1名が,創業20年,新規開拓で培った被告独自のノウハウによる売れるためのストーリートークをオーダーメイドで作成する。
期間:10日間
オ テストオペレーション 10万円
電話営業1名が試験的に電話を掛けて,マーケット状況,ターゲット傾向を把握する。
期間:5日間
カ スタートアップミーティング 4万5000円
マーケッター1名,電話営業2名が目的の再チェック,マーケット状況及びターゲット傾向の分析並びに訴求ポイント及びスクリプトの再修正を行う。
期間:3日間
キ フォローアップミーティング12回 6万円(1回5000円)
コンサルタントあるいはマーケッター1名が,原告と電話,メールにより,アポイントに対しての定期相談,サポートをする。
(4) 原告による報酬の支払
ア 原告は,平成25年10月3日,被告に対し,上記(3)アからキまでの合計84万5250円(税込み)を支払った(争いなし)。
イ 原告は,被告から,平成26年1月27日,株式会社a(以下「a社」という。),同月29日,株式会社b(以下「b社」という。)のアポイントを取得したとの報告を受け,被告に対し,同年2月25日,上記2件のアポイント取得の成功報酬として,合計10万5000円(税込み)を支払った(争いなし)。
(5) 原告による解除の意思表示
原告は,平成26年8月19日,被告に対し,本件業務委託契約を解除するとの意思表示をした(争いなし)。
2 争点
被告は本件業務委託契約に基づく業務を履行したか否か
3 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
原告は,被告に対し,上記1(4)ア,イのとおり,本件業務委託契約に基づく報酬として合計95万0250円(税込み)を支払った。
しかしながら,以下のとおり,被告は,本件業務委託契約に基づく業務を全く履行していないから,被告には上記報酬の支払を受ける法律上の原因がない。
(1) 徹底取材(概要,事例作成)について
新規開拓専門のコンサルタントが徹底取材を行うこととされていたが,実際には営業を兼ねており新規開拓専門のコンサルタントとはいえないCが,原告の会社に来て,原告代表者からわずか1時間程度話を聞いただけである。また,被告は取材内容をまとめた文書を作成し,原告に提出することとなっていたが,報告書等の書面は作成されておらず,されていたとしても原告に提出されていない。したがって,被告は,徹底取材を履行していない。
(2) 新規開拓専門の精鋭によるチーム編成について
原告のためにコンサルタント1名,マーケッター1名,リストマーケティング2名及び電話営業2名の計6名によるチームが編成されることとなっていたが,原告のために上記チームが編成されたことはない。したがって,被告は,新規開拓専門の精鋭によるチーム編成を履行していない。
(3) リストマーケティングについて
リストマーケティング担当の2名が,15日間かけて,営業の対象となる企業のリストを作成することとなっていた。しかし,被告が作成したと主張するリスト(乙3)は,原告が被告から見せられたリスト(甲15)とは異なるものであり,本件訴訟後に作成されたものである。
また,乙3のリストは,重複があったり,電話番号が抜けている会社があったり,原告がターゲットとしていない業種の会社があったりするなどずさんなもので,2名が15日間かけて作成したものとは考えられない。したがって,被告は,リストマーケティング業務の履行を完了したとはいえない。
(4) トークスクリプト作成について
マーケッター1名が,ストーリートークをオーダーメイドで作成することとなっていたが,トークスクリプトは作成されていない。被告が作成したと主張するトークスクリプト(乙4)は,本件訴訟後に作成されたものである。したがって,被告は,トークスクリプト作成を履行していない。
(5) テストオペレーションについて
電話営業1名が,5日間にわたって,テストオペレーションを実施することとなっていたが,実施されなかった。したがって,被告は,テストオペレーションを履行していない。
(6) スタートアップミーティングについて
マーケッター1名及び電話営業2名が,スタートアップミーティングを行い,目的の再チェック,マーケット状況及びターゲットの傾向分析並びに訴求ポイント及びスクリプトの再修正をすることとなっていたが,実施されていない。したがって,被告は,スタートアップミーティングを履行していない。
(7) フォローアップミーティングについて
コンサルタント又はマーケッター1名が,12回,フォローアップミーティングを行い,電話やメールでアポイントに対しての定期相談を受けたり,サポートをしたりすることとなっていたが,実施されなかった。被告は,平成26年1月30日に原告代表者同席のもとフォローアップミーティングを実施した旨主張するが,同日の打ち合わせは,Cからアポイント取得の連絡がないことに対する原告代表者の苦情への対応のために実施されたものであり,フォローアップミーティングではない。したがって,被告は,フォローアップミーティングを履行していない。
(8) アポイント取得について
原告は,被告に対し,年商1億5000万円から10億円,会員数1000名から5000名程度の会社をターゲットとする旨伝えていた。しかし,被告がアポイントを取得したa社は,社員数5名,客数は年360人程度で,代表者個人の自宅の2階部分を事務所にした家族経営の会社であり,規模が小さすぎ,原告のターゲットとなる会社ではなかった。また,被告が取得したもう1件のアポイント先であるb社は,そもそも会員制事業部がなく,原告の顧客となるような会社ではなかった。
したがって,被告が取得したアポイントは本件業務委託契約の趣旨に沿うものとはいえず,上記アポイントの取得をもって,被告が本件業務委託契約を履行したということはできない。
(被告の主張)
被告は,以下のとおり,本件業務委託契約上の各業務を履行した。
(1) 徹底取材(概要,事例作成)について
新規開拓専門コンサルタントの職務を担っていたCが,平成25年10月2日,原告代表者の取材を行い,原告がターゲットとする業種や業界ごとの課題,原告固有のサービス内容やアピールポイント等を聴取するなどの取材を行った。また,Cは,取材内容に基づき,アポイント取得に必要な情報を精査,抽出して,原告の業務の概要や各業界の詳細な現状,要望を記載した文書であるコールファイル(乙2)を作成した。被告は,取材メモやコールファイルを原告に提示していないが,これらの書面は被告が業務を進めるに当たっての内部資料であり,本件業務委託契約において原告に提示することは予定されていなかった。
(2) 新規開拓専門の精鋭によるチーム編成について
被告は,原告のために,コンサルタントとしてC,マーケッターとしてD,リストマーケティング2名としてC(兼務)及びE並びに電話営業2名(複数名で兼務)によるチームを編成した上,平成25年10月3日,チームにおいて情報共有ミーティングを行い,その後も随時ミーティングを行った。
(3) リストマーケティングについて
被告は,原告の希望に沿ったアポイント取得のターゲットとなる企業を1100社以上もピックアップしたリスト(乙3)を作成した。
(4) トークスクリプト作成について
被告は,電話営業に当たっての一般的な内容をまとめたトークスクリプト(乙4)を作成し,随時改訂しながら,内容の精査を行った。
(5) テストオペレーションについて
被告は,5日間にわたり,約200社に電話営業し,各企業における,他社の福利厚生サービスの利用の有無,被告の提案するサービス内容に対する反応,業種別の手応えなど,アポイント取得のための詳細な調査を行った。
(6) スタートアップミーティングについて
マーケッターのD,営業のC及びFが,平成25年11月頃,原告代表者の同席のもと,被告の会議室において,テストオペレーションの結果を踏まえ,スタートアップミーティングを行った。
(7) フォローアップミーティングについて
マーケッターのD及びコンサルタントのCは,平成26年1月30日,原告代表者の同席のもと,被告の会議室において,フォローアップミーティングを行った。その後,原告から本件業務委託契約を債務不履行により解除するとの意思表示があり,残りの11回のフォローアップミーティングを実施することができなかった。しかし,被告に債務不履行はなく,原告の解除の意思表示は無効であり,被告は原告の帰責事由によって債務を履行することができなかったのであるから民法536条2項により受領した代金の返還義務を負わない。
(8) アポイントの取得について
本件業務委託契約において,ターゲットとなる企業は特定されておらず,被告において選定することとなっていた。したがって,a社及びb社のアポイントの取得は本件業務委託契約上の業務の履行に当たるといえる。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実,括弧内に記載した証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 本件業務委託契約において予定されていた被告の業務は,①新規開拓専門のコンサルタントが,原告からその業務の概要,ターゲットとする顧客等に関する取材を行った上,取材内容をまとめた書面を作成すること(前提事実(3)ア),②6名からなる専門チームを編成して情報を共有すること(同イ),③リスト作成担当の2名が,①の取材を踏まえ,原告の営業の対象となる企業のリストを15日間かけて作成すること(同ウ),④マーケッター1名が,①の取材を踏まえ,営業電話で話す内容をまとめたオーダーメイドのトークスクリプトを10日間かけて作成すること(同エ),⑤電話営業1名が,リストに基づき,5日間,試験的に電話を掛けてターゲットの傾向やマーケット状況を把握すること(同オ),⑥マーケッター1名及び電話営業2名が,3日間,⑤のテストオペレーションを踏まえて目的の再チェック,マーケット状況及びターゲットの傾向分析並びに訴求ポイント及びトークスクリプトの再修正を行うこと(同カ),⑦アポイント取得のための正式な電話営業を開始した後,コンサルタント又はマーケッター1名が,12回にわたり,アポイント取得先の訪問結果等に関し,原告からの相談を受けたり,サポートをしたりすること(同キ)であり,上記過程ごとに報酬が定められていた。(前提事実(3),甲1,3,16)
(2) Cは,平成25年10月2日,原告の会社を訪問し,少なくとも約1時間程度,原告代表者に取材を行った。Cは,その取材において,原告の事業の概要,原告がターゲットとする会社は,東京にあり,年商1億5000万円から10億円であること,業種は葬儀業,介護業,不動産賃貸業,保険業,団体・協会であることなどを聴取し,原告代表者との間で,大手競合会社にはない原告の強みとなるサービス内容,各業界に対する営業の方法を協議するなどした上,取材した内容を手書きでメモした。また,被告は,遅くとも同年12月11日頃までに,取材した内容をもとに,原告の事業の概要,原告が提供するサービスの目的,利点等を原告がターゲットとする企業ごとに簡潔にまとめた文書(乙2)を作成した。(甲16,乙1,2)
(3) 原告は,平成25年10月28日,Cに対し,リストマーケティングの進捗状況を確認したところ,Cは,同日,原告に対し,リスト(甲15の1~5)を送付した。そのリストは,資本金50億円以上の大企業も多数含まれているなど,原告代表者からの取材において聴取した原告の要望を反映した内容とはいえないものであった。(甲15の1~5,16)
(4) 被告は,平成25年12月12日頃までに,葬儀業者,不動産賃貸業者,保険業者について,上記(3)とは別のリスト(乙3)を作成した。被告は,同リストに基づき,葬儀業者に,同日14件,平成26年1月23日27件,同月24日55件,同月27日65件,同月28日25件の電話を掛け,保険業者に,平成25年12月12日21件,平成26年1月28日61件,同月29日74件,同年2月10日52件,同月12日19件,同月20日28件の電話をかけた。(甲8の2,乙3)
(5) 原告代表者は,平成26年1月23日,Cに対し,被告の業務の進捗が遅いことに関し,苦情を申し出た。これを受けて,被告は,原告代表者に対し,同月30日に被告会社において打ち合わせを行うことを提案した。(甲8の2,16)
(6) 被告は,平成26年1月27日,a社のアポイントを取得した。同社は,大手の会員サービスの内容等について興味があるとし,既存運用中の会員サービスに盛り込めるサービスの提案等を要望していた。被告は,同月29日,b社のアポイントを取得した。同社は,個人の生命保険加入者の流出食い止めを目的として会員サービスに関心があるとして,会員サービスの仕組みや運用方法の説明等を要望していた。原告代表者は,被告から上記アポイント取得の報告を受け,営業のために,a社及びb社を訪問した。原告は,平成26年2月25日,被告に対し,上記2件のアポイント取得の成功報酬として,合計10万5000円を支払った。(前提事実(4)イ,甲5の1・2,乙3)
(7) 原告代表者は,平成26年3月25日,Cに対し,自ら作成した企画書をメールで送信し,それを参考にトークスクリプトを作成するよう依頼した。Cは,これを了承し,原告代表者に対し,新スクリプトを同月31日までに作成する旨返信した。しかし,同日を過ぎてもCから連絡がないため,原告代表者は,同年4月7日,Cに対し,期限が過ぎている旨の連絡を入れた。(甲6,8の2,16)
(8) Cの上司であるF(以下「F」という。)は,平成26年4月18日,原告代表者に対し,被告の従業員の不手際で原告に迷惑をかけていることを謝罪し,今後の対応を被告において検討している旨のメールを送った。また,Fは,同年5月22日,原告代表者に対し,原告との契約後の経緯をまとめた報告書を添付した上,情報の共有不足,フォロー体制の弱さが今回の原因ではないかと考えている,謝罪に伺わせていただきたいなどと記載したメールを送信した。(甲7,8の1・2)
(9) Fは,平成26年5月23日,原告を訪問し,原告代表者に対し,F個人で現金を用意したので受け取ってほしいとして40万円を差し出したが,原告代表者はこれを受領しなかった(甲14,弁論の全趣旨)。
(10) 原告代表者は,平成26年5月26日,Fに対し,これまでの経緯に関し,文書で説明を求める旨のメールを送信した。これに対し,Fは,同日,原告の問い合わせにつき回答する旨の返信をしたが,同年6月19日,文書での報告はしない旨のメールを送った。(甲9から12まで)
2(1) 原告は,被告が本件業務委託契約に係る業務を全く履行していない旨主張する。そこで,以下検討する。
(2) 徹底取材(概要,事例作成)について
上記1(2)のとおり,Cは,平成25年10月2日,少なくとも約1時間にわたり原告代表者に取材を行い,原告の事業の概要,ターゲットとする企業等について聴取した上,原告の強みとなるサービスの内容,各業界に対する営業の方法などを協議し,同年12月11日頃までには取材した内容をもとに,原告の事業の概要,原告が提供するサービスの目的,利点等を原告がターゲットとする企業ごとに簡潔にまとめたコールファイル(乙2)を作成したことが認められる。被告が行った上記業務は,本件注文書における徹底取材(概要,事例作成)の履行に当たるということができる。
この点,原告は,①取材を行ったCはコンサルタントと営業を兼ねており,新規開拓専門のコンサルタントということはできない,②取材時間は約1時間程度と短い,③原告代表者はコールファイルを見たことがなく,原告に取材結果の報告がされていない旨主張する。しかしながら,①営業とコンサルタントを兼ねているからといって,専門のコンサルタントではないとはいえないし,原告代表者もCが取材をすることについて何ら異議を述べていないことに照らすと,営業を兼ねていたCが取材を行ったことから上記徹底取材が履行されていないということはできない。また,②本件注文書において徹底取材にかける時間は1日とされているが,どの程度の時間をかけるかについては合意されておらず,取材時間が約1時間であったとしてもそのことをもって徹底取材が履行されていないということはできない。さらに,③本件注文書の記載内容等に照らすと,取材結果を踏まえて作成した文書を原告に提出することまでが被告の債務の内容となっていたとまでは認められないから,被告が原告に対しコールファイルを提出していないことをもって徹底取材が履行されていないということはできない。
(3) 新規開拓専門の精鋭によるチーム編成について
被告がコンサルタント1名,マーケッター1名,リストマーケティング2名及び電話営業2名の合計6名のチームを編成し,情報共有していたとすれば,これを示す資料が存在するはずであるが,そのような資料が一切提出されていないことに照らすと,被告は,上記チームを編成しておらず,情報共有もされていなかったと認めることができる。
(4) リストマーケティングについて
被告は,平成25年12月12日頃までに,葬儀業,不動産賃貸業,保険業についてリスト(乙3)を作成した。しかしながら,このリストの作成に関わった担当者の人数やかかった期間についての記録は残されておらず,本件注文書に記載されたとおり,2名が15日間かけて作成したものであるかは明らかでない。また,同リストの内容をみると,電話番号が抜けている会社や資本金,従業員及び年商欄が埋められていない会社が多数ある上,葬儀業者のリストには重複が多く,飲食業者等の葬儀業者ではない会社も多数挙げられているなどずさんである。上記の事情に照らすと,被告が本件注文書に基づくリストマーケティングを全く履行していないということはできないが,本件注文書に記載されたとおり2名が15日間かけてリストを作成したとは認められない。そして,上記各事情に鑑みると,被告が履行した業務に相当する対価としては10万円を認めるのが相当である。
(5) トークスクリプト作成について
被告は,作成したトークスクリプトとして乙4を提出するが,その内容は汎用可能な一般的なもので,原告への取材を反映してオーダーメイドで,10日間をかけて作成されたものとは認め難いことに照らすと,その作成をもって本件注文書に基づくトークスクリプト作成業務が実施されたとはいえない。また,乙4の標題は「新トークスクリプト」とされていること,平成26年3月25日から4月初めにかけて,原告代表者とCとの間で新トークスクリプトの作成についてやりとりがされ,結局,新スクリプトが原告代表者に提示されないままとなった経緯があったことに照らすと,乙4は同月以降に作成されたものであり,これをもとにした電話営業は実施されていないと認められる。そして,本件業務委託契約の趣旨に鑑みるとトークスクリプトは電話営業に用いられなければ無意味なものであり,原告が被告に対し電話営業には用いられないトークスクリプトの作成費用として報酬を支払うことは予定されていないと解されるから,被告が原告に対し乙4の作成に係る報酬を請求することはできないというべきである。
また,被告が,乙4以外のトークスクリプトを作成していたことを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,被告は,トークスクリプト作成業務を実施していなかったと認めることができる。
(6) テストオペレーションについて
テストオペレーションは,リストに基づき試験的に電話をかけて,ターゲットの傾向やマーケット状況を把握し,それを踏まえて,目的の再チェック,マーケット状況及びターゲット傾向の分析並びに訴求ポイント及びトークスクリプトの修正を行うために実施されるものであるから,被告がテストオペレーションを実施したのであれば,当然,その結果を記録した資料が残るはずであるが,そのような資料は一切提出されていない。このような事情に照らすと,被告は,テストオペレーションを実施していなかったと認めることができる。
(7) スタートアップミーティングについて
スタートアップミーティングは,テストオペレーションの結果を受けて,目的の再チェック,マーケット状況及びターゲット傾向の分析並びに訴求ポイント及びトークスクリプトの修正を行うためのミーティングであり,被告がスタートアップミーティングを実施したのであれば,当然,その結果を記録した資料が残るはずであるが,そのような資料は一切提出されていない。このような事情に照らすと,被告は,スタートアップミーティングを実施していなかったと認めることができる。
(8) フォローアップミーティングについて
フォローアップミーティングは,アポイント取得先を訪問した結果等を踏まえた顧客の要望をオペレーションに反映させるために実施されるものであり,その実施がされれば,当然,その結果を記録した資料が残るはずであるが,そのような資料は一切提出されていない。このような事情に照らすと,被告は,フォローアップミーティングを実施していなかったと認めることができる。
これに対し,被告は,①平成26年1月30日,原告代表者の同席のもと,被告の会議室においてフォローアップミーティングを実施した,②その後のフォローアップミーティングが実施されなかったのは,原告が無効な解除の意思表示をしたためであるから民法536条2項により被告は報酬請求権を失わない旨主張する。しかしながら,①平成26年1月30日の打ち合わせが実施されることとなったのは,原告代表者が同月23日に被告の業務の進捗が遅いことにつき苦情を申し立てたからであるところ,同日時点では,被告は平成25年12月12日に合計35件の電話をかけていただけで,アポイントの取得には至っていなかったことに照らすと,平成26年1月30日の打ち合わせがフォローアップミーティングであったと認めることはできない。また,②上記のとおり,被告は,正式なオペレーションの前提として行っておくべきであった業務を履行しておらず,本件業務委託契約に違反していたといえるから,原告による解除の意思表示は有効であり,被告がその後のフォローアップミーティングを実施しなかったことが原告の責めに帰すべき事由によるということはできない。
(9) アポイントの取得について
原告は,a社が,代表者個人の自宅の2階部分を事務所にした家族経営の小さい企業であり,原告が被告に説明していた年商1億5000万円から10億円,会員数1000名から5000名程度というターゲットとなる企業ではなかったこと,b社が,一般の会員制度等と無縁の会社であったことから,被告が上記2社のアポイントを取得したことをもって本件業務委託契約を履行したとはいえない旨主張する。
しかしながら,原告代表者は実際に上記2社を営業のために訪問した上,被告に対し,そのアポイント取得の報酬を支払っており,上記2社のアポイントを本件業務委託契約上の業務の履行と認めたことを前提とする行動をとっていたこと,原告代表者がCの取材に対し,原告のターゲットとなる企業の条件を上記のとおり説明していたとしても,原告がそれ以外の企業を営業の対象から一切外す趣旨とは直ちには解されないことに照らすと,これらのアポイント取得が本件業務委託契約の趣旨に沿わないものであったと認めることはできない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(10) 小括
ア 以上によれば,被告は,本件業務委託契約に基づく業務のうち,徹底取材(報酬は6万円),リストマーケティングの一部(当該一部についての報酬は10万円)及び2件のアポイント取得を履行したといえるが,チーム編成及び情報共有(報酬は9万円),リストマーケティングの一部(当該一部についての報酬は20万円),トークスクリプト作成(報酬は15万円),テストオペレーション(報酬は10万円),スタートアップミーティング(報酬は4万5000円)及びフォローアップミーティング(報酬は6万円)を履行していない。したがって,被告には,履行していない業務に係る報酬合計67万7250円(税込み)を受領する法律上の原因がないということができる。
イ これに対し,原告は,本件業務委託契約は,前の過程が履行されないままそれ以降の過程を履行しても無意味であるから,一部の業務が履行されていなければ,全体について履行されていないというべきである旨主張する。
確かに,本件業務委託契約は,前の過程で履行された業務を踏まえて次の業務が実施されることが予定されているといえるが,最終的にはアポイントの取得が目的とされており,全ての過程が履行されなければ本件業務委託契約の趣旨に沿うアポイントの取得が不可能というわけではないこと,実際にも被告が実施した一部の業務がアポイントの取得につながり,原告の営業が実現していることに照らすと,履行された一部の業務に関する報酬請求権すら発生しないというのは当事者の合理的意思に反すると解される。したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
ウ また,被告は,本件業務委託契約は,原告の訪問見込み先の情報を取得し,アポイントを取得する業務であって,本件注文書に記載された各業務はその準備行為にすぎないから,アポイントが取得された以上,被告は,当然に本件注文書に記載された各業務についての報酬請求権を取得する旨主張する。
しかしながら,原告と被告とは,本件注文書に記載された業務ごとに対価を合意していることなどに照らすと,本件注文書に記載された各業務が履行されていなくても,アポイントが取得できれば,原告は被告に対し本件注文書に記載された各業務に係る報酬を支払う義務を負うと解することは当事者の合理的意思に反するというべきである。したがって,被告の上記主張は採用することができない。
第4 結論
以上によれば,原告の請求は,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき67万7250円の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 山原佳奈)
〈以下省略〉
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