判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(67)平成28年11月16日 東京地裁 平27(ワ)27767号 地位確認等請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(67)平成28年11月16日 東京地裁 平27(ワ)27767号 地位確認等請求事件
裁判年月日 平成28年11月16日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)27767号
事件名 地位確認等請求事件
文献番号 2016WLJPCA11168001
要旨
◆ハラスメント行為を理由とする懲戒解雇が有効とされた例
裁判年月日 平成28年11月16日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)27767号
事件名 地位確認等請求事件
文献番号 2016WLJPCA11168001
東京都世田谷区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 堀裕一
同 桃尾俊明
同 福田隆行
同 西村健
同 渡邉健太郎
東京都中央区〈以下省略〉
被告 Y株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 佐藤りえ子
同 稲垣司
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成27年8月17日から本判決確定に至るまで,毎月25日限り49万4000円の割合による金員並びに毎年6月30日及び12月10日限り123万5000円を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告の従業員であった原告が,被告の行った懲戒解雇が無効であると主張して,被告に対し,雇用契約に基づき,雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,平成27年8月以降本判決が確定するまでの間の賃金及び年2回の賞与の支払を求める事案である。
1 前提事実(争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告(昭和43年○月○日生)は,平成24年10月16日に被告の従業員として雇用され,被告のa事業本部購買ソリューション三部(以下「ソリューション三部」という。)の部長代行職にあった者である。
イ 被告は,商品等の共同購買代行業務等を目的とする株式会社であり,顧客の購買支出を削減させ,それによる利益の一部を報酬として受け取る経営支援サービスを主な業務として行っている。
(2) 雇用契約の締結
原告と被告は,平成24年9月27日,原告を正社員として雇用する旨の以下の内容の雇用契約を締結した(乙1)。
入社年月日:平成24年10月16日
契約期間:期限の定めなし
配属予定先:購買ソリューション本部
給与額:基本給月額44万円(年俸制)
給与支給日:毎月末日締め,当月25日払(超過勤務手当は翌月25日)
賞与支給:夏(6月20日頃支給,計算期間:10月1日~3月31日)
冬(12月10日頃支給,計算期間:4月1日~9月30日)
なお,原告の平成27年6月以降の給与額は,月額49万4000円である(甲4)。
(3) 原告の所属部署の構成員
原告が被告に入社した平成24年10月時点では,ソリューション三部には,原告の部下としてB(以下「B」という。)が配属された。
平成25年以降,同部署には,原告の部下として次の者が配属となった。
① 平成25年7月 C(以下「C」という。)
② 同年10月 D(以下「D」という。)
③ 同年11月 E(以下「E」という。)
④ 平成26年10月 F(以下「F」という。)
⑤ 同月 G(以下「G」という。)
(4) 就業規則の定め
被告の就業規則には,次の内容の定めがある(乙2)。
ア ハラスメントの禁止等(72条)
社員は,性別や職務上の地位に関係なく,互いに人権を尊重し,快適な職場環境,秩序の維持に努め,次に掲げるようなあらゆる差別やハラスメント行為を行ってはならない。
(中略)
⑧ 理不尽な言動により精神的苦痛を与える。
イ 懲罰の種類(84条)
懲戒の種類及び方法は次のとおりとする。
① 譴責:始末書を提出させ,将来を戒める。
② 減給:始末書を提出させ,労働基準法91条の範囲内で減給する。
③ 出勤停止:始末書を提出させ,期間を明示して出勤を停止し,その期間の給料は支払わない。
④ 昇給停止:始末書をとり,次期昇給を行わない。
⑤ 降職又は降格:始末書をとり,職位又は社員資格を下げる。
⑥ 諭旨退職:退職願を出させるよう勧告し,これに従わない場合は懲戒解雇とする。
⑦ 懲戒解雇:予告期間を設けず,即時解雇する。ただし,この場合において所轄労働基準監督署長の認定をうけないときは第28条の解雇予告手当を払って,即時に解雇する。
ウ 懲戒の手続(85条)
懲戒の手続については,別に定める「懲罰規程」による。
エ 譴責等(86条)
社員が次の各号の一に該当するときは情状により,譴責,減給,出勤停止,昇給停止,降職又は降格(以下「譴責等」という。)に処する。
① 会社の定める就業規則並びにこれに基づく諸規程,通達,習慣に従わなかったとき
(以下略)
オ 諭旨退職又は懲戒解雇(87条)
社員が次の各号の一に該当するときは,諭旨退職又は懲戒解雇に処する。ただし,情状酌量の余地があるときは,本人にその旨知らしめた上で,譴責等に処することがある。
① 譴責等の処分を受け,なお改悛の見込みがないとき
② 譴責等処分事由の複数に該当したとき,又は同一事由を2回以上繰り返したとき
(以下略)
(5) 原告の懲戒解雇
被告は,原告に対し,平成27年7月13日付け懲戒処分通知をもって,原告に退職願を出すように勧告し,これに従わない場合には懲戒解雇とする旨を内容とする諭旨退職の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という。)を行った。原告がこれに従わなかったことから,被告は,同月17日,原告を懲戒解雇した(以下「本件解雇」という。)。なお,上記懲戒処分通知(甲2)には,懲戒該当事由等として以下の記載がされていた。
「1 懲戒該当事由
貴殿は,理不尽な言動により複数の部下に精神的苦痛を与え,業務に従事させられない社員を発生させた。また,平成26年4月にも同一事由によりCCOより厳重注意を受けているにもかかわらず,同様の言動を繰り返した。
2 懲戒該当事項 社員就業規則第86条第1号及び第87条第2号
3 懲戒の種類 社員就業規則第84条第6号」
2 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,被告が行った本件懲戒処分及び本件解雇の有効性であり,これに関する当事者の主張は次のとおりである。
【被告の主張】
(1) 原告による加害行為の期間
原告は,所属部署の部下に対し,日々高圧的な態度を示し,以下の期間に,特に執拗かつ強度に加害行為を行った。
① Cに対し,平成25年7月頃から平成26年3月頃まで約9か月間
② Dに対し,平成25年10月頃から平成26年3月頃まで約6か月間
③ Eに対し,平成26年11月頃から平成27年6月頃まで約8か月間
④ Fに対し,平成27年3月頃から同年5月末頃まで約3か月間
⑤ Gに対し,平成27年2月頃から同年7月頃まで約6か月間
(2) 原告による加害行為の内容
原告は,部下に対し,日々高圧的な態度を示していたが,その中でもとりわけ業務指導の範囲を逸脱した違法な行為は,以下のとおりである。
ア 部下全員に共通する加害行為
(ア) 指導・叱責を行う際,人格を含めその者の全てを否定した。
(イ) 休日の行動や,家族や恋人,生い立ちなどプライベートなことを否定した。
(ウ) 指導・叱責を行う際,他の部下に意見を求め,その意見が原告の考えと一致しない場合は,意見を言った部下を厳しく叱責した。
(エ) 部下に対し,にらみを利かせ,または馬鹿にした態度を示すことが多かった。
(オ) 叱責の際には,部下を名前で呼ばず,「あんた」「てめえ」と呼ぶことが多かった。
(カ) D,C,Eは,被告に所属する前に株式会社bで勤務していたことから,同人らに対し,度々「本来お前らの能力では(被告に)入社できなかったところを俺が入社させてやった」などと言った。また,F及びGに対しては,度々「他部署では引き取り手がないのを俺が拾ってやった」などと言った。
(キ) 朝午前8時半から午前10時まで,午後6時から午後9時まで(遅いときは午後11時まで),部署の構成員で定例ミーティングを行うこととし,出席を強要した。当該ミーティングでは,約4時間にわたり,個人に批判を行うことがあった。
(ク) 部署の構成員全員が参加するLINEのトークグループを作成し,土日であったとしても,原告の投稿に返信しない場合は,責任感がないなどと厳しく叱責した。原告のかかる行為により,部下は常に携帯電話を確認することを余儀なくされた(なお,被告では業務にLINEを使用することはしていない。)。
(ケ) LINEでの原告の投稿に対する返信に,原告の好む表現やスタンプが使用されない場合は非難した。
(コ) フェイスブックへの投稿を強要し,土日であったとしても,原告の投稿に反応を示さない場合には厳しく非難した。
イ Fに対する加害行為
(ア) 「お前は今まで何も考えてこなかったから,反省もしない。そんな生き方,考え方だから営業ができない」などと人格を否定した。
(イ) 「なぜFがダメなのか」というテーマのミーティングを開催し,その中で,Fを「Fはマニュアルがなければ何もできない人」などと批判し,人格や生き様等を否定した。
(ウ) 「お前はセンスがない」「お前は生き方が間違っている」「スポーツも勉強もお前は全部中途半端にしかやってこなかった」などとそれまでの生き方自体を否定する発言を繰り返した。
(エ) 週に1度は「お前は丸くない。考え方が四角い」などと叱責し,Fが意味を理解できるよう教えてほしいと言うと,「分からないじゃなくて,分からなきゃあかん」などと不合理な叱責をした。
(オ) Fが電話で顧客のことを「様」を付けて呼称したことや,メールで「御座います」や「以上よろしくお願いします」という表現を用いたことについて,表現が他人行儀すぎると主張して,ミーティングで数時間にわたり叱責した。
(カ) 「お前は他に居場所がないからここにいるんだぞ」「会社でお前を評価してくれるところはない」「お前それでよく給料もらえるなあ」などの表現を用いて叱責した。
(キ) 「Fがリーダーになれたのは実力があったからではなく,会社が若手に希望を与えるため」などと虚偽の事実を述べ,自信を喪失させた。
ウ Eに対する加害行為
(ア) Eが休日にフェイスブックに家族写真を投稿したところ,原告は「お前はよく子どもと遊んでいられるな」「お前の子どもを誰が食わせていると思っているんだ」「大の大人が結果を残せず子どもと楽しく遊んでいい気なもんだ」などとプライベートなことに踏み込んだ表現で叱責した。
(イ) 平成26年11月頃から,「俺に話しかけるな」「お前のことは嫌いだ」「顔も見たくない」などと言うようになり,Eが原告に業務報告をしようとすると,原告は内容も聞かずに「いらん」などと言い,報告を拒絶するようになった。
(ウ) Eが顧客のアポイントを取れなかったことに対して,「お前は普段からだらしないからそういう結果になる」などと叱責した。
(エ) 平成27年4月頃,Eは毎日眠れず体調が悪い日があった。原告は,他の部下に対し,「ちょっとこいつ見てみ。これがあかんねん」などと言い,Eに対し「俺のそばに来るな」「お前の話は聞きたくない」などと暴言を浴びせ,Eの席を原告の席から離れさせた。また,「お前はいても意味がないから」などと言い,Eのみを全員参加の定例ミーティングに参加させないことにした。
(オ) 朝の定例ミーティングにおいて,「ドヨーンとしたやつがいる」「こういうやつがいると士気が下がる」「社内にいるな」「夕方まで帰ってくるな」などと暴言を浴びせ,外出させた。以後,Eを朝のミーティングが終わると外出させ,Eが定時より早く帰社すると,「なぜ早く帰ってくるのか」と叱責した。
(カ) Eは,原告の誕生日にフェイスブックにメッセージを投稿するよう指示を受けたが,表現に悩み当日に投稿することができなかった。すると,原告は「なぜメッセージを入れないんだ。皆が入れているのにお前だけ入れていなければ二人の関係がおかしくなっていると思われるだろ」などと叱責した。
エ Gに対する加害行為
(ア) 平成27年3月1日(日曜日)に,Gが妻の祖母の法事に参加しており,部署のグループラインに投稿できなかったところ,原告は「お前は仕事に対する責任感がない」「義理の祖母の法事と仕事とどっちが大事なのか」などと不合理な批判をした。
(イ) 平成27年3月6日,原告は「お前はフィールドにも立っていない,ベンチだ」「お前にやらせる仕事はないから今すぐ帰れ」などの表現で叱責し,Gを午前中に退社させた。
(ウ) 平成27年3月9日,Gが原告の加害行為に耐えられず,原告に退職したい旨を伝えると,「辞めるって言えちゃうことが信じられない」「みんな頑張っているのに無責任だ」「一から出直してこい」などと非難し,取り合わなかった。
(エ) 平成27年3月上旬以降,Gに対し,無責任であるなどと不合理な評価を下し,雑務以外の業務をさせず,「お前もうやることない」「もう帰れ」などと暴言を吐いた。また,他の部下に対し,「Gに仕事を振らないように」などと不合理な指示をした。
オ Cに対する加害行為
(ア) Cに対し,「お前は30点しか結果を出せていないが,どうすれば70点がとれるようになるか説明してみろ」と言い,Cが原告の気に入る説明をできないでいると,「ほらお前は分かっていないじゃないか」「彼氏との関係も理解できていないんじゃないか」「本当は思い込んでいるだけで彼氏じゃないんじゃないか」などとプライベートなことに踏み込んで叱責した。
(イ) 「お前は俺が入れてやった」「お前は一度不採用とされたにもかかわらず,俺が被告に入社させてやった」「お前なんかいつでも辞めさせてやる」「お前は外に出ても仕事はない」などの表現を用いて叱責した。
(ウ) Cに「私は至らない人間です」という表現を何度も復唱させた。
カ Dに対する加害行為
原告はDに対し,「その歳でその程度なのか」「いい歳して」「いい歳したおっさんなのに何もできない」「クズ」「周りの社員はその歳だったら役職がついているのに,いまだに役職についてないのってどうなの」などと人格を否定する発言をした。
(3) 本件懲戒処分を下した経緯
ア Dは,原告からの加害行為により過度の精神的苦痛を感じ,平成26年3月26日,ホットラインを通じて被告に対し,原告よりパワーハラスメントの被害を受けており,精神的に耐え難いため退職したい旨訴えた。また,Dは,Cが同様に原告からパワーハラスメントの被害を受けていることを報告した。
イ 被告は,平成26年3月31日,原告から上記アの事実について聴取したところ,原告は,CやDの供述する加害行為については概ね認めたものの,指導のために必要な行為であったなどとして違法性を認めなかった。しかし,原告は今後は両者に対する態度を改善する意思を見せたこと,原告が違法な行為をしたのが初めてであったことを考慮し,被告は,同年4月10日,原告に対し厳重注意を行うにとどめた。
ウ 原告は,その後,平成26年11月頃から平成27年6月頃までEに対し,同年3月頃から同年6月頃までFに対し,加害行為を行った。
Fは,原告の加害行為に耐えられなくなり,平成27年5月20日,ホットラインを通じ被告に対し,原告の言動が耐え難いものであり,原告の下では仕事が手に付かず,すぐに泣いてしまうため到底業務に従事できないことを強く訴えた。これを受けて,被告は,Fが原告の下で業務に従事することが不可能であると判断し,同年6月1日,Fを他部署へ異動させた。
同様に,Eは,同年6月9日,被告に対し,原告の言動が耐え難く,原告の下で業務を行うことによる精神的苦痛が甚大であるとして,被告を退職したい旨を申し出た。被告は,Eに医療機関を受診するよう勧めたところ,同月11日,Eが適応障害に罹患している旨診断された。そこで,被告は,Eに対し,療養を指示し,これを受けてEは傷病休暇を取った。
エ 被告は,平成27年6月29日,原告から上記ウの事実を聴取したところ,原告は,FやEの供述する言動については否定しなかったものの,Eが適応障害に罹患したことを認識してもなお,自身の行為が指導のために必要であったなどと主張してその違法性を認めなかった。また,被告は,原告の部下から事情聴取をしたところ,原告の加害行為について概ね一致する供述が得られた。
原告が平成26年4月にパワーハラスメントを理由として厳重注意の処分を下されているにもかかわらず,再度複数の部下に対して加害行為を行ったこと,原告が当該加害行為を相当な指導であるなどと主張して自身の態度を改めようとしなかったことを踏まえると,仮に原告を他部署に異動させたとしても同様の行為を行い,他の従業員が被害に遭う可能性が高いことから,被告は,職場環境配慮義務を履行するためには原告に対して懲戒解雇処分を下すほか手段がないと判断し,平成27年7月13日,原告に対し,本件懲戒処分を下した。
(4) 解雇事由該当性
ア 被告就業規則87条2号では,「譴責等処分事由の複数に該当したとき,または同一事由を2回以上繰り返したとき」が懲戒解雇事由の一つとされている。同号の「譴責等処分事由の複数に該当したとき」も「同一事由を2回以上繰り返したとき」も,過去に譴責等処分が実際に科されたことを求めるものではないことが文言上明らかである。
イ 被告就業規則86条1号では,「会社の定める就業規則並びにこれに基づく諸規程,通達,習慣に従わなかったとき」が譴責等処分事由の一つとされている。また,同規則72条は,差別やハラスメント行為を禁止する趣旨の規定であるところ,同条8号は,理不尽な言動により精神的苦痛を与える行為,すなわちパワーハラスメント等の行為を禁止している。したがって,理不尽な言動により他の従業員に精神的苦痛を与える行為を行うことは,就業規則86条の譴責等処分事由に当たる。
ウ 原告は,上記(2)のとおり,部下の人格・尊厳を著しく傷つける言動を長期間にわたり継続的に行っていた。原告のかかる行為は,上司という職務権限を利用して自身の感情の赴くままに部下の人格・尊厳を侵害するパワーハラスメント行為に他ならず,被告就業規則72条8号の理不尽な言動により精神的苦痛を与える行為に該当する。
そして,原告は,平成26年4月にパワーハラスメントを理由として厳重注意の処分(譴責等処分事由に該当するものの,原告の将来に期待してあえて厳重注意にとどめたもの)を受けたにもかかわらず,これを反省せず,再度パワーハラスメントを行ったものであるから,譴責処分事由を2回以上繰り返したものとして,就業規則87条2号に該当する。
(5) 本件解雇が相当であること
ア 原告が譴責等処分事由を2回以上繰り返し,懲戒解雇事由に該当することや,原告の行為の悪質性,被害の重大性に鑑みれば,原告に対する処分としては,懲戒解雇処分が相当である。
イ 被告は,原告に対する処分につき,解雇以外の処分を課した上で原告をFやEと同じ職場にしないことができるかという点も検討したが,現実には難しいと判断した。
まず,本件懲戒処分当時,東京に所在する被告の事業所(100名程度の従業員が在籍)では,1フロアに各部署が部署ごとに机を固めて配置されており,部署間を遮る間仕切り等は特になかったため,他の部署に所属する従業員同士であっても,その挙動が目に入る状況であった。このような被告の事業所の形態に鑑みれば,仮に原告に対し降格処分などの解雇以外の処分を課し,他の部署に異動させたとしても,原告の席を元部下のEと同じフロアに置かざるを得ず,Eは,必然的に原告の存在が目に入ったり声が聞こえたりする状況に置かれ,精神的に不安定になってしまう。Fにとっても,原告が東京事業所にいる限り,精神的に安心して就労することはおよそできない。
他方,被告には,東京以外に,大阪,九州,名古屋及び広島に事業所が存在するが,従業員は大阪が10名程度,九州が5名程度,名古屋が3名程度,広島が1名程度と規模が小さいため,新たな人員を受け入れる余地はなかった。したがって,原告を東京以外の事務所に異動させることもできなかった。
ウ さらに,FやEが原告の言動により重大な精神的被害を受けているにもかかわらず,原告は,両名に対する加害行為は指導の一環であり,今後もこれを変えるつもりはないとの態度を取っている。このような原告の見解や反省の見えない態度に照らせば,仮に被告が原告に解雇以外の処分を課した場合,今後他の従業員が同様の被害に遭うことが容易に想像がつくことから,他の従業員の就労上の権利保護の観点からも,被告は,原告に対し解雇以外の処分を課すことは不相当であると判断した。
【原告の主張】
(1) 原告による加害行為の期間について
被告の主張はいずれも否認する。
(2) 原告による加害行為の内容について
ア 部下全員に共通する加害行為
(ア)ないし(ウ)は否認する。(エ)及び(オ)については,部下に対してにらみを利かせたり,部下を「あんた」「てめえ」と呼ぶことは時々あった。(カ)は否認する。(キ)は,ミーティングで個人の批判を行うことがあったとの部分を除き認めるが,ミーティングの時間は常に一定であったわけではない。(ク)のうち,部署の構成員全員が参加するLINEのトークグループを作成し,その中で頻繁に意見交換をしていたことは認め,その余は否認する。(ケ)及び(コ)は否認する。
原告は,部下の指導においては,原告の考え方を部下に繰り返し丁寧に説明していた。
イ Fに対する加害行為について
(ア)については,原告が,Fが仕事において自分の至らなさや未熟さに気付き,自分と向き合い自ら考えて行動できるように指導することを目的として,Fに対し「何も考えていない」との趣旨の発言をしたことはあるが,その余は否認する。(イ)は否認する。原告は,ミーティングの中でFに対し,「何も考えてこなかった」と述べたことはあるが,Fの人格やそれまでの生き方を否定したことはない。(ウ)のうち,原告がFに対し「センスないな」「真面目ということで評価を得ようとしている」「中途半端」と発言したことはあるが,Fの更なる成長を求める中でされた発言であり,Fの生き方自体を否定したものではない。(エ)のうち,Fに対して丸と四角の話をしたことは認めるが,不合理な叱責をしたことはない。(オ)のうち,Fの敬称の使い方や表現について柔らかく指導したことはあるが,数時間にわたって叱責したことはない。(カ)は否認する。(キ)については,被告の執行役員が会議の時に述べていたことをFにそのまま伝えたものであり,原告自身の考えではない。
ウ Eに対する加害行為について
(ア)は否認する。原告はEが子どもと遊んでいることを叱責したことはない。(イ)のうち,「話しかけるな」「いらん」などと発言したことは認め,その余は否認する。これは,Eが,原告の指摘してきた課題点に対して主体的に改善する姿勢を見せない状況が続いたことから,いったんEからの報告・連絡はDを介して行うルールにしていたことがあったためである。(ウ)は否認する。(エ)は不知ないし否認する。(オ)のうち,原告がEに対し,外出するよう指示したこと,Eが定時より早く帰ってきたときに「なぜ早く帰ってくるのか」と述べたことは認め,その余は否認する。これは,Eが朝の定例ミーティングで居眠りをしたり,暗い雰囲気でいることが続いたところ,Dから,いったん気持ちを切り替えるためにEを定時での出社,退社にしてほしいとの依頼があったことから,原告はこれを了承し,営業として外で売上を上げる方法を考えるようにEに話をして,外出するよう指示したものである。(カ)については,原告の誕生日にEからメッセージがないと二人の関係がおかしいと思われるから,フェイスブックにメッセージを投稿して欲しいとお願いしたことはあるが,Eからメッセージがなかったため,営業であれば相手が望んでいることをやらないのは駄目だという趣旨の話をしたことはあるが,叱責はしていない。
エ Gに対する加害行為について
(ア)のうち,Gに対し「仕事に対する責任感がない」と述べたことは認め,その余は否認する。(イ)については,Gの能力不足から仕事が失敗に終わったため,Gに対し「今のお前にやらせられる仕事はない」「仕事禁止」と発言したものである。(ウ)は否認する。Gは,仕事で結果が出せなかったことを申し訳ないと述べた上で,自分が被告での仕事に合っていないとの趣旨の発言をしたことから,原告は「無責任だ」と述べたものである。(エ)については,Gの仕事が失敗に終わったことから,一から仕事への取組をやり直してもらう目的で,3か月間を目途にGをいったん顧客相手の業務から外したものであり,その際Gに対し「仕事禁止」「もう帰れ」という発言をしたことはある。
オ Cに対する加害行為について
(ア)について,Cに更なる向上心を持ってもらうことを目的として,30点の人間がどうやったら70点,80点を取れるようになるかを説明し,後日同様の話をした際に,Cに「分かっていない」という趣旨の発言をしたことは認めるが,その余は否認する。彼氏に関する話は,全く別の機会に,気配りの話をする際,例えとして彼氏にどうやったら気に入ってもらえるかという話をしたことはある。(イ)及び(ウ)は否認する。
カ Dに対する加害行為について
原告がDに対し,仕事上で大きなミスをした際に,「もうええ歳やねんから,責任もたんとあかん」「同じ年齢の人間はそこそこ役職もってやってるやろ」といった発言をしたことは認めるが,人格を否定するような発言をしたことは否認する。
(3) 本件懲戒処分を下した経緯について
ア アのうち,原告がDに加害行為を行ったことは否認し,その余は不知。
イ イは否認する。原告は,平成26年3月当時,被告から事情聴取を受けたものの,原告の発言を追及するような緊迫した雰囲気ではなく,原告は被告から厳重注意を受けていない。また,当時被告は原告に対し,懲罰規定上求められている書面での通知も社内公表もしておらず,被告の行為は,就業規則上の懲戒処分には該当しない。
ウ ウのうち,Fが平成27年6月に他部署に異動したこと,Eが適応障害と診断され傷病休暇を取ったことは認め,その余は不知ないし否認する。
エ エのうち,被告が平成27年6月29日に原告から事情聴取をしたこと,原告がF及びEに対する言動について違法性を認めなかったこと,被告が原告に対し同年7月13日本件懲戒処分を下したことは認め,その余は否認する。
(4) 解雇事由該当性について
ア 就業規則の懲戒事由の内容は,従業員の予測可能性を担保するため,できる限り具体的であるべきであり,抽象的な規定が定められた場合には,労働者保護の見地から限定的に解釈されるべきである。
この点,被告就業規則87条2号は,「譴責等処分事由の複数に該当したとき,または同一事由を2回以上繰り返したとき」と定めるが,「同一事由を2回以上繰り返したとき」に関し,譴責等処分事由に1回該当した場合に,被告が懲戒処分を行ったか否かという点が不明確であり,抽象的な規定となっている。そこで,予測可能性を担保する観点から,譴責等処分事由に該当し,これを理由に懲戒処分が1回なされたことを前提として,同一の懲戒事由を繰り返した場合に限定されるべきである。
本件では,被告は,平成27年7月13日に本件懲戒処分を行う以前には,原告に対して何ら懲戒処分を行っていないから,被告就業規則87条2号の「同一事由を2回以上繰り返したとき」には該当せず,同号に基づいて本件懲戒処分を課すことはできない。
イ また,そもそも原告が部下に行った指導は,部下の人格や尊厳を傷つけたり,理不尽な言動を伴うものではなく,社会的に相当な範囲での言動をもって指導を行っていたにすぎない。したがって,原告の言動は,被告就業規則72条8号に該当する行為とはいえない。
(5) 解雇の相当性について
ア 原告の所属する部署における業務は,各顧客が持つ諸事情を理解した上で最善の手法を導き出し,その際には,既存取引先との取引からの変更に抵抗する顧客の購買担当者や顧客を奪われる可能性の有る既存の取引先とのコミュニケーションをとり,いわば敵対関係の状況から信頼を得る状況にまで変化させるため,交渉が難航することも多く,担当者には高度な交渉技術等のスキルが必要とされていた。また,原告の所属する部署は,目標の達成率が他部署に比べて突出しており,また他部署より難易度の高い目標設定になることもあった。
原告は,被告に移籍して以来,被告から数多くの理不尽,不合理な指示や扱いに対し,不満を言ったり言い訳をするのではなく,乗り越え目標を達成することで周りを認めさせていく方針を採った。そのためには,部下に対し,従来の手法を改め,原告が所属する部署のやり方を教え,交渉技術等のスキルを上げ,大きな成果が出せるように,時には強い口調で指導する必要があった。しかし,原告の言動は,あくまで部下を指導し成長させることを目的としたものであり,部下の人格を否定したり,プライベートなことを否定するような理不尽な言動をしたことはない。このように,原告の部下に対する言動は,十分な背景をもって指導を行った際のものであり,社会的に相当な範囲のものであることが明らかである。
イ 被告は,原告の部下に対する指導の事情や背景について十分な確認を行っていない。被告は,本件懲戒処分に先立ち原告にヒアリングを行っているものの,その内容が十分に懲罰委員会の議案に反映されていたとは到底いえない。このように,原告にとって十分な弁明の機会がないまま,懲罰委員会において諭旨退職処分又は懲戒解雇処分が相当であると判断され,本件懲戒処分が課されたものである。
ウ また,形式的に原告に業務指導の範囲を超える言動があったとしても,被告は原告に対し,本件懲戒処分以前に何らの懲戒処分を行っておらず,かつ懲戒処分として他に選択し得る処分を採ることなく,重大な不利益を課すことになる諭旨退職処分を課したのであるから,社会的に相当でないことは明らかであり,解雇権の濫用に当たる。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
当事者間に争いのない事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,争点に関連して以下の事実が認められる。
(1) 原告の被告における業務等
ア 原告は,被告に入社する以前,株式会社b(以下「b社」という。)の執行役員として,企業の購買コスト削減に関するコンサルティング業務を行う部門の責任者を務めていた。その後,被告代表者からの誘いを受けたことから,平成24年3月末にb社を退職し,被告と業務委託契約を締結し,同年10月16日,被告に正社員として入社した。b社で原告と一緒に働いていたBも原告と同時に同社を退職し,被告に入社した。(甲34,原告本人)
イ 被告において原告が担当していた業務は,買い手で有る顧客の側に立ち,顧客にとって最善の提案を売り手から受けることをサポートする,購買代理のサービスであり,電子入札システムを用いて,顧客の既存の取引先や新規の取引先候補など,多数の会社に対して見積依頼をかけることで競争環境を最大化し,決められた日に当該システムによる入札を実施することを主な内容とするサービスである。
被告の事業が,顧客の購買コストの削減を目的とするものであり,被告の事業における収益が当該業務により削減された金額の30パーセントの報酬を顧客から受け取るという成功報酬型であることから,既存顧客に対して継続的なサービスを提供できるものではなく,成果を出すためには,新規顧客を開拓したり,新規顧客の紹介を受けたりする必要があった。(甲34,弁論の全趣旨)
ウ 原告は,当初被告の購買ソリューション本部c室室長という立場で,部下のBと二人で業務を行っていたが,平成25年3月頃,前職のb社で一緒に仕事をしたことのあるCに対し,被告に移籍するよう声を掛け,これを受けてCは同年7月,被告に入社し,原告の部下として勤務するようになった。
同様に原告の誘いを受け,平成25年10月にはDが,同年11月にはEが,b社を退職し,被告に入社して原告の部下として働くようになった。
エ 原告は,部下に対する指導の際,部下ににらみを利かせたり,部下のことを「あんた」「てめえ」などと呼ぶことがあった(争いのない事実)。
また,原告は,部署の構成員全員が参加するLINEのトークグループを作成し,その中で部下と頻繁に意見を交換し,土日にもLINEを通じて部下と業務上のやり取りをしたり,返信を強要することもあった(甲5,6,8~13)。
(2) D・Cからの加害行為の申告等
ア H(以下「H」という。)は,平成26年3月当時,被告の管理本部管理部部長の職にあり,社員のためのホットラインの窓口になっていたところ,同月26日,Dからメールで,会議室において原告の部下に対する罵声や怒声が聞こえ,退職勧奨のような言葉が発せられていたとの報告があった。当該報告を受け,Hは,同日Dから詳しく話を聞いたところ,Dの話では,原告が部下のCに対し,頻繁に罵声を浴びせており,プライベートな事柄について指摘することがあり,Cが精神的に苦痛を感じているとのことであった。また,D自身も,原告から「お前の歳でそんな仕事しかできないのか」「お前の歳ぐらいだったら周りの人は役職ついてるぞ」などと罵声を浴びせられたり,家族のことを批判されることがあり,被告を退職したいとの話があった。Hが,同日Cに確認すると,Cは,原告から「お前,アホか」「お前,クビ」「お前なんかいつでも辞めさせてやる」などと言われたり,「私は至らない人間です」という言葉を何度も復唱させられたり,Cの交際相手のことに言及して批判することなどがあり,Cが原告に対し恐怖心を抱くようになった旨を述べた。(甲34,乙13,14,22,23,証人H)
イ D及びCの話を受け,Hは,当時被告の取締役であり,管理本部本部長兼CCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)であったI(以下「I」という。)とともに,平成26年3月31日,原告からD及びCに対する指導に関して事情聴取をした。原告は,CやDに対し指導の際に罵声を浴びせたり上記発言をしたことを概ね認めたものの,あくまで部下の指導のために行ったものであり,必要な行為であったとして,反省する様子が見られなかった。そこで,Iは,原告に対し,「アホ」「クビ」「辞めちまえ」といった言葉はNGワードであり不適切であること,被告や被告の属するソフトバンクグループではコンプライアンスの遵守を重視していること,指導のためであったとしても相手方が精神的苦痛を受ければハラスメント行為に当たること,再びこのようなことがあれば厳しい処分がされることもあることを説明し,今回の件について原告に厳重注意を行うとともに,CとDの件についての顛末を報告書として提出するように指示した。(乙13,14,18,19,22,証人H)
同日の面談後,Iは,原告に対し,「社内で誤解を招く言動があるならば,注意・改善をお願いします。」「Xさんも役職者ですので,社員からすれば=会社側です。会社としては,社員を守る義務があり,これには過労や精神的なケアもそうですが,社員の生活への影響まで考えねばならず,この点グループの人事は重くとらえています。」「過去,何度かこうしたくだらないところで仲間を失っています。逆に我々は,それだけ高度なマネジメントを要求されているということ」などと記載したメールを送信し,併せて同メールにおいて,被告のグループ会社におけるコンプライアンス方針及びパワーハラスメントに関する参考資料を示した(乙16~18)。
ウ Iは,上記イの面談の翌日(同年4月1日),被告代表者に対し,D及びCに対する上記の件につき,原告に対する注意勧告と顛末書提出を指示するにとどめ,今回は懲罰委員会を招集せずに執行猶予とする旨を提案したところ,被告代表者は,Iの提案を了承した上で,原告には「執行猶予」ということをしっかり伝えておくようにと指示した(乙20)。
エ 原告は,Iに対し,平成26年4月10日,上記アの出来事に関する顛末書(乙3)を提出した。当該顛末書には,①原告が被告に入社後,D,C,Eらに声を掛けて入社させ,結果を出すために全員一丸となって頑張ってきたこと,②平成26年3月に原告の部署の売上目標を達成できるかという状況において,D,Cのミスに対し,EやBとの仕事に対する意識の違い,営業能力の違いを挙げて強く叱責する場面があり,D及びCがストレスを感じていたであろうこと,③原告がCに対し「お前,郵便さんが終わったらやる仕事ないよ。このままやったら会社にいられなくなるな」などと伝え,Dに対し「責任感がない。今の状態では任せられる仕事がないし,うちのチームには必要ない」などと話をしたが,両名を辞めさせる考えはなかったこと,④自分(原告)の言動がパワーハラスメントであるとする内容は,上記②のような特別の状況の中,結果を出すことにこだわったことが原因であり,パワーハラスメントが日常化していたことはないこと,⑤自分(原告)が正しかったというつもりはなく,今回の件を機に,D,Cに対しては環境を緩和していく必要があると考え,かかる方針に切り替えていることなどが記載されていた。
オ Iは,原告から上記エの顛末書の提出を受け,平成26年4月10日,被告グループではコンプライアンスを非常に重要視していること,そのため何かあると背景事情などを余り考慮せずに厳重な処罰が下ることがあること,そのようなことで戦力を失いたくないので配慮をお願いしたいこと,部下が擦り切れないようにすることがマネージャーの大事な責務であることなどを記載したメールを原告に送信した(乙18)。
(3) F,Gの加入
Fは,原告が入社する以前から,被告の別の部署(ソフトバンクグループを顧客とする部署)で勤務していたが,平成26年10月,原告が室長を務めるc室に異動し,原告の下で働くようになった。Gも,同月c室に異動し,原告の下で働くようになった。
(4) F,Eからの加害行為の申告等
ア Hは,平成27年5月20日,Fから,ホットラインを通じて急遽面談したいとの連絡を受け,同日Fと面談した。Fは,泣きながらHに対し,①原告から「お前は今まで何も考えてこなかったから,反発もしない。そんな生き方,考え方だから営業ができない」「お前はセンスがない」「お前は生き方が間違っている」「スポーツも勉強も全部中途半端にしかやってこなかった」「お前は真面目というだけで評価を得ようとしているが,怖がっているだけ」などと叱責され,それまでの生き方や考え方自体を否定されたこと,②週に1度は「お前は丸くない。考え方が四角い」などと叱責され,「たて・よこ・四角・丸」の話を何度もされ,Fが原告の話の意図が理解できず原告に尋ねても,「わからないじゃなくて,わからなきゃあかん」などとしか答えてくれず,また丸と四角の絵を何度も描かされたこと,③土日も原告からLINEで連絡があり,業務に関して怒られたり,原告の投稿に直ちに返信しないとそのこと自体を理由に怒られることなどを述べ,精神的に辛い旨を訴えた。話を聞いたHは,Fが思い詰めた様子であったことから,同人に対し,事実確認をした上で速やかにFを別の部署へ異動させるよう取りはからうことを伝えた。(甲5,乙6,7,12,22,証人H)
イ Hは,その後Dから,原告のFに対する日頃の対応を聴取したところ,Fから聴取した話と同様,原告がFに対し度々厳しい言葉を浴びせており,Fが業務中に頻繁に涙を流していること,Fが精神的に辛そうであり思い詰めた様子が続いているため,取り返しのつかないことになる前に早急に別の部署に異動させてほしいとの話であった。Hは,F及びDの話を受け,被告代表者にFの件を相談し,Fの異動について許可を得るとともに,J本部長(原告が当時所属していたソリューション三部を統括するa事業本部本部長)と相談の上,Fを購買ソリューション一部に異動させることを決定した。(乙22,証人H)
ウ Fは,平成27年6月1日付けで,購買ソリューション一部に異動した。J本部長は,原告に対し,Fが原告の下では仕事が続けられないことから別部署に異動させる旨を伝えた。(証人H)
エ Hは,平成27年6月9日,今度はEから,ホットラインを通じて面談したいとの連絡を受け,同日Eと面談した。Eは,Hに対し,同年3月末頃に売上目標が達成できなかったことから,日々追い込まれ精神的に苦痛であること,原告から「売上が上がらないなら給料を返せ」と言われたり,「お前は嫌いだ」「話しかけるな」などと言われ,業務報告を含め原告と会話をすることや部署のミーティングへの参加を禁じられていること,最近では会社にいるなと言われるため,朝会社に出社した後外出して喫茶店などで1日過ごしていること,Eが休日に子どもと遊んでいる写真をフェイスブックに投稿したところ,原告から「よく子どもと遊んでいられるな」などと言われたことなどにより,精神的に耐え難い苦痛を感じていることを訴えた。Eは,今の環境から逃れたいと希望しているが,原告にそのことを報告すると叱責されるのではないかと恐れているとのことであった。Hは,Eが精神的に相当追い詰められた状態にあると感じたことから,Eに直ちに休養することと産業医を受診するように勧めた。また,Eは,Hとの面談の際,同僚のFが原告から特に厳しい叱責を受けており,仕事中に涙を流すことも多く,精神的に追い詰められていることも述べた。(乙12,22,証人H)
オ Eは,平成27年6月10日,原告に対し休養することを報告したところ,原告から「本当にそれでいいのか。自分を正当化していないか」などと言われたことから,Hに対し,このことを報告した(乙22)。
カ Eは,平成27年6月11日,産業医を受診し,適応障害(不安抑うつ状態)と診断され,同医師より,職場環境が改善するまで休養が必要であるとの指示を受けた。Eは,同医師に対し,抑うつ状態の要因として上司との人間関係のストレスを挙げ,度々上司(原告)から激しい叱責を受けることがあり上司のことが怖くて仕方がない旨を訴えた。Eは,産業医の勧めに従いその後心療内科を受診したところ,上記と同様の診断結果であった。(乙9,21)
キ 被告は,平成27年6月11日,上記カの診断結果を受けてEに休養を指示し,Eは同日から傷病休暇に入った(乙22)。
(5) 原告との面談等
ア Hは,F及びEからの訴えを受け,平成27年6月29日,原告と面談した。原告は,FとEを叱責したことがあることは認めつつ,両名に対する叱責はあくまで指導のために必要なものであったなどと答えた(甲34,乙22,証人H)。
イ Hは,平成27年6月29日から同年7月3日にかけて,ソリューション三部に所属していた原告の部下であるD,C,G及びBから,原告のFやEに対する言動について個別に聴取したところ,いずれの話もF及びEから聞いた内容と合致するものであり,原告のF及びEに対する言動は特に厳しく,二人とも精神的に追い詰められている様子であったこと,Fが会議中によく涙を流していたことなどが確認された(乙10の1・2,12,22,証人H)。
ウ Hは,上記アの面談の後,原告から再度の面談の要請があったことから,平成27年7月1日,再度原告と1時間程度面談を行った。原告は,同年6月29日の面談の時と同様に,F及びEに対する叱責の事実自体は認めたものの,両名のそれまでの生き方や性格,原告の過去の経験などを踏まえ,部下の育成のためには挫折を経験させる必要があり,指導のためには厳しい叱責が必要であるなどと述べた。Hは,原告に対し,部下が精神的苦痛を感じてしまっている以上,指導方法を見直す必要がある旨を伝え,自身の指導方法が間違っていたと思わないかと尋ねたところ,原告は,部下への叱責は部下の育成の観点から行ったことであり,自分の行動は反省すべきものではないと思っているなどと答えた。(乙11,12,22,証人H)
(6) 本件懲戒処分の決定
ア 関係者からのヒアリング結果を踏まえ,平成27年7月6日及び7日,被告において,被告代表者,人事担当取締役及びCCOであるHらから構成される懲罰委員会が開催された。会議の席上,Hから,F及びEからの訴えの内容及び関係者(他の部下及び原告)からの事情聴取の結果が報告された。当該報告内容を踏まえ,懲罰委員会は,部下であるF及びEに対する原告の言動が被告就業規則72条が禁止するハラスメント行為に該当すると判断した上で,原告の言動によりEが適応障害に罹患するなど被害が深刻であること,原告によるパワーハラスメント行為が平成26年3月に続いて2度目であり,それにもかかわらず原告に全く反省する意思がないことなどを踏まえ,原告の処分としては,懲戒解雇処分又は諭旨退職処分が相当である旨を決定した。(乙12,22)
イ 被告は,原告に対し,平成27年7月13日,本件懲戒処分(諭旨退職処分)を行った。
(7) Eの復職等
ア Eは,平成27年7月7日,産業医を受診したところ,休養により症状の改善が得られ,就労可能な状態にまで回復した旨診断されたが,産業医からは,Eの復職に当たり被告に対し,原告の指示命令系統から切り離すなど,原告との直接的な接点を持たせないようにとの指示があった。Eは,原告の退職後,被告に復職した。(乙21,証人H)
イ 平成27年7月当時,被告の東京事務所では,オフィスビルの1フロアにソリューション三部を含む全ての部署が所在し,各社員の机は部署ごとに固めて配置され,部署間を遮る間仕切りや衝立などはなかった。
Fは,平成27年6月1日付けの異動により,被告東京事務所のソリューション一部に配属となり,引き続き原告と同一のフロアで勤務していたが,Fの座席は,原告の部署から島三つほど離れており,また原告の座席とは背中合わせになる位置関係であったため,勤務中に原告と顔を合わせることは避けられる状態であった。(乙22,証人H)
2 本件解雇の有効性
(1) 解雇事由該当性
ア 前記1で認定したところによれば,D,C,F及びE(以下併せて「部下4名」と総称することがある。)からの訴えの内容(前記1(2)及び(4))に沿った原告の言動があったものと認められる。
イ(ア) 原告のC及びDに対する言動は,業務の過程で部下に対する指導の一環としてされたものと認められるものの,いずれも強い口調での罵声を伴うものであるし,Dに対しては年齢の割に役職に就いていないことを非難するような発言をし,Cに対しては,「お前,アホか」と言ったり,「私は至らない人間です」という言葉を何度も復唱させるなど,相手の人格や尊厳を傷つけるような言動に及んでいる。また,Cに対する「お前,クビ」「お前なんかいつでも辞めさせてやる」という発言は,相手にいつ仕事を辞めさせられてもおかしくないという不安を抱かせる内容であり,発言の前後の文脈を考慮したとしても,上司の地位を利用した理不尽な言動と評価せざるを得ない。
このように,原告のD及びCに対する言動は,業務に付随してされたものである点を考慮しても,理不尽な言動により部下に精神的苦痛を与えるものであり,業務上の指導の範疇を逸脱した違法なものいうべきである。
(イ) 原告のF及びEに対する言動についても,業務の過程で部下に対する指導の一環としてされたものと認められるものの,同様にいずれも強い口調での叱責を伴うものであるし,Fに対しては「今まで何も考えてこなかった」「そんな生き方,考え方だから営業ができない」「お前は生き方が間違っている」などとFのそれまでの生き方や考え方を全て否定するような発言をしている上,「お前は丸くない,考え方が四角い」という話をして,Fが内容を理解できずに意図を尋ねてもまともに答えずに,丸と四角の絵を何度も描かせるなどし,その結果,Fは業務中に度々涙を流していたというのである。
また,原告は,Eに対し,「お前は嫌いだ」「話しかけるな」などと発言し,Eが原告と会話をすることや部内のミーティングへの参加を禁止したり,Eが出社後会社にいることを許さず社外で一日過ごさせるなどの行動に及び,Eが休日子どもと遊ぶ写真をフェイスブックに投稿したところ,「よく子どもと遊んでいられるな」と発言するなどして,その結果,Eが精神的に耐え難い苦痛を感じ,適応障害に罹患するまでの状態に精神的に追い詰められていたことが認められる。
このように,原告のF及びEに対する言動もまた,業務に付随してされたものである点を考慮しても,両名の人格や尊厳を傷つけ,理不尽な言動により部下に精神的苦痛を与えるものであり,業務上の指導の範疇を逸脱した違法なものいうべきである。
(ウ) したがって,原告の部下4名に対する言動は,就業規則72条8号が禁止する「理不尽な言動により精神的苦痛を与える」に該当し,被告の定める就業規則に違反する行為として,譴責等処分事由(同規則86条1号)に該当する。
ウ ところで,就業規則87条2号は,諭旨退職又は懲戒処分事由として,「譴責等処分事由の複数に該当したとき,又は同一事由を2回以上繰り返したとき」を挙げる。
上記規定の文言上,譴責等処分を実際課されたことまでは要求されていないことに鑑みれば,「同一事由を2回以上繰り返したこと」とは,その字義どおり,譴責等処分事由に該当する事実を2回以上繰り返したことを意味し,譴責等処分が実際にされたか否かは問わない趣旨であると解するのが相当である。もっとも,同規定は,譴責等処分事由に該当する禁止行為等を一度犯し,その後反省・改善の機会が与えられたにもかかわらず再度同一事由に該当する禁止行為等を行った点に悪質性を認め,諭旨退職又は懲戒解雇という重い処分を課す趣旨と解されるところ,かかる趣旨に照らせば,処分対象者が,一度目の譴責等処分事由に該当する禁止行為等を行ったということ(すなわち2度目を行えば諭旨退職又は懲戒解雇という重大な処分を課されうること)を明確に認識できるよう,譴責に準ずるような警告等の措置が必要であるというべきである。
エ(ア) これを本件についてみると,前記認定のとおり,被告のコンプライアンス担当役員であったIは,平成26年3月31日,原告に対し,同人のD及びCに対するハラスメント行為について,「アホ」「クビ」「辞めちまえ」といった言葉はNGワードであり不適切であること,被告の所属するグループ会社ではコンプライアンスの遵守を重視していること,指導のためであれ部下が精神的苦痛を受ければハラスメント行為に当たること,今後同様のことが起きれば厳しい処分がされることもあることを伝えて,厳重注意を行い,さらに,原告の認識を確実にするために,原告に上記厳重注意と同趣旨を記載したメールまで送り,重ねて注意喚起をしている。また,同メールには,被告の所属グループ会社におけるコンプライアンス方針及びパワーハラスメントに関する参考資料まで引用されている。
(イ) このように,原告は,平成26年3月31日に被告から,自らのD及びCに対する言動が不適切なハラスメント行為に該当することを指摘され,今後同様の行為があれば厳しい処分が下り得ることの警告(厳重注意)を受け,原告もこれを十分認識していたことが認められる。
(ウ) その後,原告は,平成27年5月20日のF及び同年6月9日のEの各訴えにあるとおりのハラスメント行為を行ったものである。
(エ) 以上によれば,原告は,平成26年3月に譴責等処分事由に該当する自らのハラスメント行為につき,厳重注意処分を受け,かかる行為が不適切なハラスメント行為に当たり,今後同様の行為を行った場合には厳しい処分が下り得ることの警告を受けたにもかかわらず,再度他の部下2名に対するハラスメント行為に及んだのであるから,就業規則87条2号にいう「同一事由を2回以上繰り返したこと」に該当することが明らかである。
オ(ア) これに対し,原告は,被告の就業規則87条2号の「同一事由を2回以上繰り返したとき」という文言は,実際に懲戒処分が行われたことを必要とするか否かが不明確であり,予測可能性を担保する観点から,譴責等処分事由に該当し,これを理由に懲戒処分が1回されたことを前提として,同一の譴責等処分事由を繰り返した場合に限定解釈すべきであると主張する。しかし,前記で説示したとおり,上記規定の文言からは,1回目の譴責等処分事由を犯した後に実際に懲戒処分が課されたことまで要する趣旨と解釈するのは困難であること,前記のとおり,被処分者に対し譴責に準ずる警告等を要求することにより予測可能性が担保されることを踏まえると,原告の上記主張は採用することができない。
(イ) 原告は,部下に対する言動はあくまで部下を指導し育成させることを目的とするものであり,社会的に正当な範囲の指導及び叱責であると主張する。しかし,前記説示のとおり,原告の部下4名に対する言動は,その内容に照らして相手の人格や尊厳を傷つける理不尽なものであり,その対象が部下の生き方自体やプライベートな事項にまで及んでいることも考慮すると,業務上正当な指導や叱責として許容される範囲を超えるものであることが明らかである。したがって,原告の上記主張は採用できない。
(ウ) なお,部下4名のうちF以外の者は,いずれも原告の前職であるb社から原告が誘って入社させた者であり,原告がこれらの部下に対し特に親しい仲間意識を抱いていた様子がうかがえる。しかし,このような親密な仲間意識があったとしても,部下のこれまでの生き方や人格までも否定するような発言をしたり,プライベートにまで踏み込んで部下を叱責したりすることが許されないことは当然であり,本件では,原告の言動の結果として部下が精神的に追い詰められ,著しい精神的苦痛を感じていたのである。
したがって,このような原告の言動は,部下との関係性を考慮しても許されるものではないというべきである。
(2) 本件解雇の相当性
ア 原告は,平成26年3月末にC及びDに対するハラスメント行為により被告から厳重注意を受け,顛末書まで提出したにもかかわらず,そのわずか1年余り後に再度F及びEに対するハラスメント行為に及んでおり,短期間に複数の部下に対するハラスメント行為に及んだ態様は悪質というべきである。また,原告による上記行為の結果,Fは別の部署に異動せざるを得なくなり,Eに至っては適応障害に罹患し傷病休暇を余儀なくされるなど,その結果は重大である。
原告は,2度目のハラスメント行為に及んだ後も,自身の言動の問題性を理解することなく,あくまで部下への指導として正当なものであったとの態度を一貫して変えず,全く反省する態度が見られない。原告は,本人尋問において,1回目のハラスメント行為後のIらによる厳重注意について,「緩い会話」であったと評しており(原告本人調書7頁,29頁),この点にも原告が自身の言動の問題性について軽視する姿勢が顕著に現れているというべきである。また,原告の陳述書や本人尋問における供述からは,自身の部下に対する指導方法は正当なものであり間違っていないという強固な信念がうかがわれ,原告の部下に対する指導方法が改善される見込みは乏しいと判断せざるを得ない。
このように,原告は,部下を預かる上司としての適性を欠くというべきである。
さらに,上記のとおり,原告は,自身の部下に対する指導方法を一貫して正当なものと捉え,部下4名に対するハラスメント行為を反省する態度を示していないことに照らすと,仮に原告を継続して被告に在籍させた場合,将来再び部下に対するパワーハラスメント等の行為に及ぶ可能性は高いというべきである(このことは,原告を東京以外の営業所に異動させたり,グループ企業に出向させた場合にも同様に妥当する。)。被告は使用者として,雇用中の従業員が心身の健康を損なわないように職場環境に配慮する信義則上の義務を負っていると解されること,被告の所属するグループ企業においてはハラスメントの禁止を含むコンプライアンスの遵守が重視されていることを考慮すると,2度のハラスメント行為に及んだ原告を継続雇用することが職場環境を保全するという観点からも望ましくないという被告の判断は,尊重されるべきである。
イ 上記アで述べた事情を考え併せると,本件懲戒処分及び本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当というべきである。
ウ これに対し,原告は,被告が本件懲戒処分を課すに当たり十分な確認を行わず,原告へのヒアリングも不十分である旨主張する。しかしながら,前記認定のとおり,被告はハラスメント行為を受けた部下だけでなく,同じ部署の関係者(原告の部下)全員から事情聴取を行い,原告からも2度にわたり詳しく事情を聞いた上で,懲罰委員会での審議を経て懲戒処分を決定していることからすれば,十分な調査を踏まえ処分の決定をしたものと認められるから,原告の上記主張は理由がない。
また,原告は,2度目のハラスメント行為の後,被告が懲戒処分として他に選択し得る処分を採ることなく,原告に重大な不利益をもたらす諭旨退職処分を課したことが社会的に相当性を欠く旨主張する。しかしながら,前記説示のとおり,原告が2度のハラスメント行為にもかかわらず自身の行為の問題性を理解せず,一貫して部下に対する正当な指導であるとの態度を堅持していることから,原告を被告に在籍させる限り再度のハラスメント行為に及ぶ可能性が否定できない以上,被告が諭旨退職又は懲戒解雇の処分を選択したことはやむを得ないものというべきである。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(3) まとめ
以上によれば,被告の行った本件懲戒処分及び本件解雇は有効である。
第4 結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部
(裁判官 川淵健司)
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