【営業代行から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「営業支援」に関する裁判例(80)平成23年11月30日 大阪地裁 平21(行ウ)241号 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件 〔国・天満労基署長(CSK・うつ病自殺)事件〕

「営業支援」に関する裁判例(80)平成23年11月30日 大阪地裁 平21(行ウ)241号 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件 〔国・天満労基署長(CSK・うつ病自殺)事件〕

裁判年月日  平成23年11月30日  裁判所名  大阪地裁  裁判区分  判決
事件番号  平21(行ウ)241号
事件名  遺族補償給付不支給処分取消等請求事件 〔国・天満労基署長(CSK・うつ病自殺)事件〕
裁判結果  請求棄却  上訴等  控訴  文献番号  2011WLJPCA11306011

要旨
◆訴外会社で就労していた夫が自殺して死亡したことにつき、同自殺による死亡は、同社における過重労働等の業務に起因して発症したうつ病によるものであるとして、妻である原告が、遺族補償給付及び葬祭料の給付を求めたところ、労基署長から不支給処分を受けたため、同処分の取消しを求めた事案において、訴外会社における目標(ノルマ)値の設定等は一定程度の心理的負荷を生じさせるものであったといえること、亡夫の担当していた案件が期間の延期、規模縮小となったことは、亡夫をして自殺せざるを得ないほどの強い心理的負荷を与えるものであったとは評価できないこと、亡夫の業務が本件うつ病を発症するに足りる程度の量的過重性を有していたとは認められないこと、亡夫の業務につき、本件うつ病あるいは自殺に至る程度の質的過重性があったとも認められないことなどからすると、業務起因性は認められないとして、請求を棄却した事例

裁判経過
控訴審 平成25年 3月14日 大阪高裁 判決 平23(行コ)170号 遺族補償給付不支給処分取消等請求控訴事件 〔国・天満労基署長(CSK・うつ病自殺)事件〕

出典
労判 1075号62頁<参考収録>

参照条文
行政事件訴訟法3条2項
労働者災害補償保険法7条1項1号
労働者災害補償保険法12条の8
労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
労働基準法79条

裁判年月日  平成23年11月30日  裁判所名  大阪地裁  裁判区分  判決
事件番号  平21(行ウ)241号
事件名  遺族補償給付不支給処分取消等請求事件 〔国・天満労基署長(CSK・うつ病自殺)事件〕
裁判結果  請求棄却  上訴等  控訴  文献番号  2011WLJPCA11306011

原告 X
同訴訟代理人弁護士 山﨑浩一
被告 国
同代表者法務大臣 A
処分をした行政庁 天満労働基準監督署長 B
同指定代理人 C他11名

 

 

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。
2  訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1  請求
天満労働基準監督署長が原告に対し平成18年5月24日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の各処分をいずれも取り消す。
第2  事案の概要等
1  事案の概要
本件は,平成元年4月以降,株式会社a(以下「本件会社」という。)で就労していた亡D(昭和39年○月○日生。以下「亡D」という。)が,平成15年12月20日,自殺により死亡したところ,同自殺による死亡が本件会社における過重労働等業務に起因して発症した精神障害(うつ病)に起因するものであるとして,亡Dの妻である原告が,天満労働基準監督署長(以下「原処分庁」という。)に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)による遺族補償給付及び葬祭料の給付を求めたところ,原処分庁が同いずれの求めについても不支給処分(以下「本件処分」という。)としたことから,被告に対し,同処分の取消しを求める事案である。
2  前提事実(ただし,文章の末尾に証拠等を掲げた部分は証拠等によって認定した事実,その余は当事者間に争いのない事実)
(1)  亡D及び原告について
ア 亡Dは,平成元年4月,本件会社に入社し,西日本支社の西日本事業本部b部に配属され,その後,同年9月,同事業本部のcシステム事業部に配属され,平成12年4月には,同システム事業部第○営業所のグループ長に,平成14年4月には,同システム事業部第△開発部部門長代行に,そして,平成15年4月には,同第△開発部部門長にそれぞれ昇進した。
亡Dは,平成15年12月20日,d県e市内のホテルの一室で自殺した。
イ 原告は,亡Dの妻である。
(2)  本件会社について
本件会社は,インターネット及びデータベース技術等を利用したコンサルティング,システム企画・設計,システム開発業務に関わる営業行為,開発,管理等,コンピュータ全般にまつわる多種多様なビジネス(業者間では「システムインテグレーションサービス」という。)を行っている会社である(証拠〈省略〉)。
(3)  亡Dの業務内容等
ア 亡Dは,平成15年4月以降,第△開発部部門長として,①自部門の事業計画の作成及び達成のための計数管理,②主業務であるシステム開発管理,③部下の人事管理,④その他の日常業務等を行っていた(証拠・人証〈省略〉)。
イ 同開発部は,同年9月ころから,本件会社cシステム事業本部が担当するf社の関連会社であるg株式会社(以下「g社」という。)のシステム開発事業について,支援案件として関与するようになった(以下「本件支援案件」という。)。亡Dは,同開発部部門長として,本件支援案件を担当していた。
(4)  亡Dに係る精神疾患発症時期
亡Dは,平成15年8月末ころ,軽症うつ病エピソードを発症した(以下,「本件疾病」といい,同発症を「本件発症」という。)(証拠〈省略〉)。
(5)  精神障害発症の機序(「ストレス-脆弱性」理論)
神経症を含む精神障害発症の機序について,現在の医学的知見によれば,環境由来のストレス(業務上又は業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性(個体側の要因)との関係で精神破綻が生じるか否かが決まり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,反対に個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破たんが生ずるとする「ストレス-脆弱性」理論が合理的である。
(6)  判断指針
ア 厚生労働省は,精神障害あるいは自殺に係る労災請求事案について,迅速・適正に業務上外を判断するためのよりどころとなる一定の基準を策定するため,精神医学,心理学及び法学の専門家で構成される「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」を設置し,その専門検討会報告(証拠〈省略〉)を受けて判断指針(証拠〈省略〉)を策定・発出し,その後,専門家による検討会の意見を踏まえて改訂されている。最近の改訂は平成21年4月6日になされている(以下,同順次,改訂分を含めて「判断指針」という。)。(証拠〈省略〉)
イ 同判断指針では,以下の(ア)ないし(ウ)の要件をいずれをも満たす精神障害について,労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱うとしている。
(ア) 対象疾病に該当する精神障害を発病していること
(イ) 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること
(ウ) 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと
(7)  本件訴訟に至る経緯
ア 原告は,平成17年6月29日,原処分庁に対し,亡Dの死亡について,長時間労働によるうつ病,重大な業務に挫折したショックによる反応性うつ病に罹患した結果によるものであるとして,労災保険法に基づき,遺族補償給付及び葬祭料の請求を行った(証拠〈省略〉)。
イ 原処分庁は,平成18年5月23日,亡Dの死亡については,業務起因性が認められないとして,不支給決定処分(本件処分)を行った。
ウ 原告は,本件処分を不服として,平成18年7月14日,大阪労働者災害補償保険審査官に対し,審査請求をしたところ,同審査官は,平成20年12月3日付けで同審査請求を棄却する旨の決定をした。
エ 原告は,審査官の上記決定を不服として,平成21年1月13日,労働保険審査会に対し,再審査請求をしたところ,同審査会は,同年9月24日付けで同再審査請求を棄却する旨の裁決をした。
オ 原告は,平成21年12月29日,本件処分の取消しを求めて当庁に本訴を提起した(顕著な事実)。
3  争点
業務に起因して本件疾病が発症したか,仮に業務に起因して同疾病が発症したとして,同疾病により亡Dは死亡(自殺)したか(業務起因性の有無)。
4  争点に関する当事者の主張
(原告)
(1) 業務起因性の判断基準
ア 業務起因性の判断基準については,ストレス-脆弱性理論を前提として,平均的労働者基準説にしたがって,判断するのが相当である。
イ もっとも,平均的労働者基準説に立つ場合に重要なことは,人間のストレスに対する耐性にはもともとばらつきがあり一様ではないということである。性格や気質,責任感の違い等があると,同じ外的要因が加わっても,各人が受けるストレスの度合いは人によって差がある。このようなばらつきがある人間の総体を平均的労働者と捉えるべきである。もともと人間は誰しもある程度の脆弱性を有しているのであり,過剰にストレスに弱い特異な性格,気質の者は基準にならないというべきであるが,平均的労働者というものを想定する場合にある程度脆弱性を有する者を基準にする必要がある。
ウ 被告が主張する判断指針については,具体的出来事を類型化していることから,類型に合致しない出来事が評価されず漏れてしまうおそれがある。また,いくつかの出来事が独立し,あるいは絡み合って相乗作用を発揮しながらストレスを与えている場合の評価が十分されないおそれがある。さらに,基準で線引きしていることから,わずかに基準に達しない場合が複合的に存在する場合について正当に評価されないおそれがある。
判断指針は,対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,客観的に当該精神疾患を発病させるおそれのある業務による強い精神的負荷が認められるか否かという基準で判断しているが,このような考え方にたつと,6か月より前から当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い精神的負荷が発生しても,6か月を基準にそれ以前とそれ以後とでいかなる変化が生じたのかという観点からみると,発症6か月前には具体的出来事は生じていないことになる。しかし,ある程度強い精神的負荷が発生しても,それが1年くらい継続した結果,初めて発症するということもあり得る。また,発症時期の特定についても,本件のようにその当時に専門医の診断を受けておらず,自殺後の遺族の話等から回顧的に発症時期を推定する手法をとらざるを得ない場合は,発症時期の特定を正確に行うことは困難である。それ故,ある程度あいまいさを残しつつ,発症時期を特定することになるが,そのように特定された発症時期を絶対のものとして,それから6か月前を基準としてそれ以後にそれ以前と比べて,新たな当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い精神的負荷が発生したか否かを判断するのは誤りである。
(2) 亡Dの業務の量的過重性
ア 亡Dの労働時間
(ア) 亡Dは,入社後一貫して,朝は午前7時過ぎに家を出て,帰りは午前零時過ぎ,遅いときは午前2時,3時過ぎに帰宅するという勤務であった。
(イ) 亡Dは,毎日仕事が終わると,その直後に妻である原告に電話をして帰宅時間を知らせていた。同電話をかけていた場所は,退社直前の社内か,勤務場所のあったビルのエレベータを降りた直後であった。そのため,亡Dの労働時間は,同電話を架けた時刻をもって終了時刻とすべきである。これによると毎月,時間外労働時間が100時間を超える月がほとんどで,別紙一覧表〈省略〉(以下「一覧表」という。)の「時間外労働時間2」欄に記載したとおりである。
(ウ) なお,勤務状況管理表兼勤務状況報告書の記載に従って月別労働時間を整理したのが一覧表の「時間外労働時間1」欄に記載したとおりである。
ところで,亡Dは,管理職であったため,残業手当が付かないこと,一定時間以上に残業時間が増えると,残業を何時間以上しないようにという注意を記載した給与明細書が本件会社から交付されていたことへの配慮から,同報告書にあえて真実の勤務時間よりも短い時間を記載していた。そのことは,入退室チェックシートの記載からも明らかである。したがって,亡Dの労働時間は,一覧表の「時間外労働時間2」欄記載のとおりであるというべきである。
イ 亡Dの持ち帰り残業
(ア) 亡Dは,毎週,土曜日曜の休日も自宅にパソコンを持ち帰り,午後10時ころから翌日の午前1時ころまで,資料を作成したり,会社から持ち帰った資料を読んだり,また,金融関係の本を勉強したりしていた。
(イ) 亡Dの平成15年11月27日午前2時33分のメール(証拠〈省略〉)には,「報告書作成完了。あとはおウチで数字-作り。準備して片付けに入る」と記載されている。このほかにも,同年8月4日午後9時20分のメール(証拠〈省略〉)には,「えらい宿題が来た。明日の10時まで。とほほ。さあ,頑張ろうっと」と記載されている。このように,亡Dは,期限のある提出物の作成を命じられており,持ち帰り仕事をしていたことは明らかである。
(ウ) 亡Dは,自宅に本件会社の仕事の資料をたくさん置いていた。その中には,同会社の仕事関係の資料,ノート,フロッピーが多数残っていた。これらの物件は自宅で使用するからこそ,自宅で保管していたのであり,自宅で使用しなければわざわざ持ち帰りはしないものである。
ウ 度重なる出張
亡Dは,度々,東京へ出張し,早朝の新幹線に乗り,帰りは最終の新幹線で帰宅するという超過密な長時間労働を余儀なくされていた。
エ 長時間労働による亡Dの身体への影響
(ア) 亡Dは,長時間労働におる過労のため,様々な健康障害にも苦しめられていた。平成12年ころから,頭痛を頻繁に訴えるようになったが,病院に行く時間がなく,市販の鎮痛剤を飲んで対処していた。その後,平成14年ころからは,背中が張って痛いというようになり,就寝前に原告が亡Dの背中をマッサージするのが亡D生存中の日課となっていた。
(イ) 亡Dは,平成14年12月,突然顔一面や体中に湿疹が発するようになり,試合後のボクサーの顔のように腫れ上がった。医師に処方された内服薬と塗り薬で治療していたが,治るまでに2か月を要した。
(ウ) 亡Dは,平成15年1月30日,本件会社が委託した関西労働保険協会付属h診療所で受けた人間ドックでの健康調査票には睡眠について「時々眠れない」「頭痛」「頭重感」「朝ファイトが出ない」「くびや肩がこる」「疲れやすい,だるい」という欄に該当すると回答していた。
(エ) 亡Dは,平成15年4月ころ,血尿が出るようになり,その後,慢性的な下痢の症状に悩まされていた。
(3) 亡Dの業務の質的過重性
ア 部門長としての重責等
(ア) 亡Dは,平成14年4月,第△開発部部門長代行に就任したが,その際,部門長代行の業務以外にグループ長(平成12年4月に就任)としての業務もこなさなければならなかった。同職務に伴う仕事量は尋常ではなかった。平成15年4月,同開発部部門長に昇任した以降,個人としての部門長の職務グレードに応じた目標の達成の他,本件会社では部門毎に営業目標を立て,売上げや目標達成度が競われることもあって,部門の最終責任者として,その売上げノルマの設定と達成,利益確保の重圧は極めて大きかった。
(イ) E事業部長(以下「E事業部長」という。)は,部門長に対して,従業員に給料を払えるよう責任をもって部門運営に当たるようにということをよく言っていた。亡Dが作成していたノート(証拠〈省略〉)には,第1回経営会議において,同趣旨の発言があった旨記載されている。また,入社式で本件会社社長が,創業以来のピンチという訓辞を述べていることも記載されている。このような状況下において,部門長の重責は相当重いものであった。
イ ノルマの負荷及びノルマ未達成
(ア) 本件会社は,同種の会社と同様,成果主義による競争が激しく,そのため,ノルマによる重圧が大きく,本件会社で働く社員は,精神的な負荷が大きかった。
(イ) ところで,被告及び本件会社は,数字の達成は要求していなかった旨主張する。しかし,平成15年度総括(証拠〈省略〉)には,受注,売上げ,利益の各計数計画が記載されており,「要員983名が1枚岩になり,事業計画必達に邁進いたします」とゴシックで記載されている。
(ウ) 各部門の売上目標と実績が積み上げられて西日本事業部全体となることから,各部ごとの成績が重要となり,しかも西日本事業部全体の会議とcシステム事業部の会議が行われ,それぞれの会議において各部の売上げ・利益目標と達成率が報告されることになっていた。部門長は,自己の統括する部門の目標売上げ・利益を達成しなければならないという極度の強い精神的重圧を受けていた。
(エ) 本件会社のような新興のコンピュータソフト会社は社内の売上競争によって,事業規模を拡大してきたことはある程度周知の事実である。現に経営者会議の資料(証拠〈省略〉)においても成績達成度が毎週報告され,平成15年度総括書(証拠〈省略〉)においても,「事業部・営業部4勝7敗」と統括されており,目標達成度によって評価がされていた。
(オ) 各社員は,自身の職務グレードにあった目標設定シートを作成し,部門長であれば,部門長としての目標設定シートを作成していた。また,その目標に対する達成率はボーナスの評価に活用されていた。しかし,現実には,ボーナス査定だけではなく,4月の給与額に反映されるしくみになっていた(証拠〈省略〉)。
ところで,亡Dが部門長を務めていた第△開発部は,数値実績が目標よりも少なくなっていた。他の部門との比較においても,西日本事業部全体の平均達成率が71.8パーセントであったにもかかわらず,第△開発部は57.0パーセントと低い達成率であった。
(カ) 上記(ア)ないし(オ)記載のとおり,亡Dが部門長として,売上げ,利益確保の重圧に喘いでいたことは明らかである。また,亡Dが部門長をしていた第△開発部の事業計画目標は未達成であったところ,本件会社の週間業務報告書には,冒頭に「計数状況」という欄があり,毎月,半期毎に「売上げ」と「利益」について,見込額と計画差異(実績)が記載され,常にノルマ達成度が確認されるしくみになっていた。利益至上主義の本件会社の中において,部門長は,部門のノルマ達成の最終責任者として大きな重圧を受けていたことは明らかである。また,平成15年度の「計画差異」の欄は,軒並みマイナスになっており,ノルマは達成されていない状況にあった。
そのため,亡Dは,自分が責任者をしている部門の数値目標が未達成のため,大きな心理的重圧を受けていたことは明らかである。
ウ 本件支援案件の失注とF事業部長(以下「F事業部長」という。)からの叱責
(ア) 亡Dが所属していた第△開発部では,平成15年第3四半期(平成15年10月ないし同年12月)の利益見込値(Dランクまで)が,計数値よりも1000万円余り下回っており,部門長であった亡Dが,計画未達成の解消のために期待をかけて,平成15年9月ころから,本件cシステム事業部と共同で,本件支援案件(新○○システムweb化事業)の受注準備を進めていた。
(イ) しかし,亡Dは,同年12月19日,本社東日本cシステム事業部のF事業部長からの電話で,きつい調子で,当該事業について「駄目になった。明日すぐに東京に来い!」等と怒鳴られた。この通告が亡Dにいいようのない絶望感を与えた。同事業の失注(延期)により当該事業に伴う第△開発部の売上げが見込めず,500万円程度の利益が得られなくなったことの影響は極めて大きく,亡Dのショックは小さくなかった。
(ウ) その日の夕方,亡Dは,メインとなって報告をする予定となっていた週報会を欠席し,呆然としたまま本件会社を出たのち,そのままe市のホテルに行き,翌朝の午前6時ころ自殺した。
(エ) また,仮にF事業部長の上記叱責行為がなかったとしても,亡Dが計画未達成の解消のために期待をかけていたであろう同事業を失注した(仮に,被告の主張を前提としても延期になった。)ことのショックは決して小さくはなかった。
第△開発部の中では一番大きな顧客がg社であった(証拠〈省略〉)ことから,同案件の延期通達は第△開発部にとって大きな痛手と受け止めるのが普通である。しかも,同案件は,本件会社全体にとっても最重要案件であると位置づけられていた。
亡Dの遺書には,「なんかタイミング悪いなあ。別に誰かのせいじゃない。全て俺」(証拠〈省略〉)と書かれていたことからすると,亡Dの自殺直前に起きたタイミングの悪い出来事とは,まさに同案件の失注(延期)と考えるのが合理的である。
(4) 業務起因性について
ア 亡Dの上記の業務内容,労働時間,科されたノルマの重さ,困難さ,本件支援案件の失注及びそれに対するF事業部長からの叱責からすると,亡Dの従事した業務の心理的負荷は社会通念上客観的に見て,本件疾病(うつ病)を発症させるのに十分過重であった。
イ 亡Dには,本件発症当時,業務以外の心理的負荷は特段なく,また,本件疾病の発症を促すような個体側の要因も見当たらない。したがって,上記(1)ないし(3)記載の業務による心理的負荷は,社会通念上客観的に見て,平均的労働者に精神疾患を発症させる程度に過重なものであったというべきである。
ウ そうすると,亡Dが本件会社において従事した業務は,量的にも質的にも,本件疾病(精神障害)を発症せしめる程度に過重なものであったというべきであり,他方,亡Dには精神疾患の既往歴がなかったことからすると,亡Dの本件疾病は業務に起因するものであって,同疾病に伴う自殺にも業務起因性が認められるというべきである。したがって,本件処分は,違法である。
また,仮に本件疾病が業務に起因して発症したものではないとしても,本件疾病により精神的ストレスに対する対抗性が脆弱化していたところに,「失注」という自体が発生したことにより,自殺するに至ったというべきであるから,この意味においても業務起因性が認められるというべきである。
(被告)
(1) 業務起因性の意義及び判断基準
労災補償制度の本質が,労働基準法(以下「労基法」という。)の定める使用者の災害補償責任の担保にあるところ,同制度の下で業務起因性が肯定されるためには,当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果(負傷,疾病,障害,死亡等)を生じなかったという条件関係があるのみでは足りず,両者の間に法的に見て労災補償を認めるのを相当とする関係,すなわち相当因果関係が存在することが必要である。
相当因果関係の有無は,使用者の労災補償責任の性質が危険責任を根拠とすることからすれば,当該傷病等が当該業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化として発生したと認められるかどうかによって判断されるべきである。
(2) 業務起因性の判断
ア 条件関係
業務と傷病の発症との条件関係であるが,訴訟における条件関係の証明の程度は高度の蓋然性の程度までの証明が必要であり,かつ,その程度の証明をもって足りるとされている(参照・最高裁判所昭和50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁)。したがって,業務と傷病発症との条件関係が肯定されるためには,業務上の負荷がなければ傷病が発生していなかったとの高度の蓋然性が立証される必要がある。
イ 相当因果関係
上記のとおり業務起因性が認められるには,単に業務と傷病の発症との間に条件関係が認められるだけではなく,当該傷病が当該業務に内在する危険の現実化として発生したと認められることが必要である。つまり,当該業務に傷病発生の危険性があること(危険性の要件),当該傷病が当該業務に内在する危険の現実化として発症したことが認められること(現実化の要件)が必要である。
(ア) 危険性の要件
① 当該業務に,傷病発生の危険性が内在しているかは,使用者の労災補償責任の性質が危険責任の考え方を根拠とすることからすれば,平均的な労働者,すなわち,日常業務を支障なく遂行できる労働者を基準にするのが相当である(平均的労働者基準説)。
② この点について,当該業務の危険性は当該労働者を基準に判断すべきであり,業務上の負荷がわずかであっても,当該労働者が,それにより傷病を生じるおそれがあれば,危険な業務であるとする見解(本人基準説)がある。しかし,業務が危険であるか否かは,当該業務の内容や性質に基づいて客観的に判断されるべき事柄であって,全く同一の業務の場合に,ある労働者には危険な業務となり別の労働者には危険な業務とならない等と業務の危険性が本人の資質等個体側要因という業務外の要因によって判断が分かれることは,不合理であるし,危険責任の考え方に基づいて客観的で公平に運用されるべき労災補償制度の趣旨に反するものであり,妥当でない。
(イ) 現実化の要件
① 相当因果関係が認められるためには,上記危険性の要件に加え,当該傷病が,当該業務に内在する危険の「現実化」として発生したことが認められる必要がある。つまり,仮に当該労働者が,たまたま危険な業務に従事していた時に発症したとしても,当該傷病が業務に内存する危険の現実化として発生したといえなければ,相当因果関係は認められない。業務に危険が内在していても,その危険が現実化して発生したと認められない以上,当該傷病を使用者の無過失責任に帰せしめることができないのは当然である。
② このような観点からすると,仮に業務が傷病の発症に何らかの寄与をしているとしても,業務外の要因がより有力な原因となって傷病の発症をもたらした場合には,当該傷病は,業務に内在する危険が現実化して発症したものではなく,業務外に存在した危険(当該労働者の私的領域に属する危険)が現実化して発症したというべきであって相当当因果関係は認められない。したがって,当該傷病の発症が,業務に内在する危険の「現実化」したものであるというためには,当該傷病の発症に対して,業務による危険性が,その他の業務外の要因に比して相対的に有力な原因になったと認められることが必要であるというべきである。
(3) 精神障害発症の業務起因性に関する医学的知見
ア 「ストレス-脆弱性」理論による精神障害の業務上外の判断
(ア) 「ストレス-脆弱性」理論の下,労働者に発病する精神障害は,職場や職場以外の様々な心理的負荷と個体側の心理的反応性,脆弱性が複雑に関連しあって発病すると理解されることから,精神障害の発症に業務起因性が認められるか否かを判断する際には,業務によるストレス,業務以外のストレス及び個体側の脆弱性の各要因をそれぞれ評価し,どの要因が当該精神障害の発症に有力な原因となったかについて総合的な判断を行う必要がある。
ただし,ここで留意すべきは,「ストレス-脆弱性」理論が,「環境由来のストレス」と「個体側の脆弱性」の相互関係を評価するといっても,「脆弱性」を構成する要素が医学的にすべて解明されているわけではないことから,「個体側の脆弱性」,業務外の「ストレス」,業務上の「ストレス」の3者を並べて比較考量するわけではない点である。すなわち,本来,様々な要素を原因として発症する精神障害について,いまだ,個体側の原因要素が何かということが医学的に解明し尽くされていない以上は,既に知られている「個体側の脆弱性」要素が,発症までは顕在化していなかったとしても,上記のような「環境由来のストレス(心理的負荷)」が客観的にみて精神障害を発症させる程度に強いと認められないのに精神障害を発症した場合には,それは,顕在化していない,あるいは,医学的に知られていない個体の反応性・脆弱性の発現であり,「ストレス」以外の事由が精神疾患を招いたものと評価判断され,精神障害と「ストレス」の間の相当因果関係は否定されるのである。このように,「ストレス-脆弱性」理論の論理的な帰結として,環境由来の「ストレス」(心理的負荷)が客観的にみて精神的破綻を発症させる程度に強いと認められない場合における精神障害発症の原因は,精神医学的には,個体側の反応性,脆弱性に求められることとなる。
(イ) したがって,当然に,当該業務による「ストレス」が精神障害を発症させる程度に強いか否かを判断する際には,ストレスの強度は,「個体側の脆弱性」と離れて,当該業務の性質や勤務態様に基づいて,多くの人々が,一般的にどう受け止めるかという見地から,客観的に評価されなければならない。すなわち,日常生活のすべての場において,ストレスは多かれ少なかれ常に存在しており,その受け止め方は個々人によって異なることは多言を要しないところ,当該特定人が受け止めたストレスの大きさを当該特定人を基準として判断すると,精神障害を発症した当該特定人にとってはそのストレスは大きいこととなるが,これでは,ストレスの大きさの問題と当該特定人の個体側の反応性,脆弱性の問題とを区別することはできないことから,「ストレス-脆弱性」理論においては,ストレスの大きさを客観的に観察し,それほどでもないストレスに対して過大に反応したとすれば,それは,その人の個体側の反応性,脆弱性の問題として理解することとなる。
(4) 精神障害等発症に係る業務上外の判断指針について
ア 厚生労働省は,精神障害あるいは自殺に係る労災請求事案について,迅速・適正に業務上外を判断するための基準として,上記前提事実(6)で記載した経過を踏まえて,同(6)で記載した内容を持つ判断指針(証拠〈省略〉)を策定・発出し,その後,改訂を加えている。(証拠〈省略〉)。
イ したがって,業務上外の判断を行うに当たっては,判断基準に従ってまず,①精神障害の発病の有無等を検討し,精神障害を発病したと認められる場合に,②対象疾病の発病前6か月の間における業務による心理的負荷を検討し,これが強度と認められる場合に,③業務以外の心理的負荷及び個体側要因の各事項を検討する必要がある。
なお,判断指針は,行政内部の通達ではあるが,専門検討会報告に示されるような,精神医学,心理学等の専門家による研究の成果を集大成して作成されたものであり,その内容は,専門的知見に基づく合理的なものである。また,精神障害の成因をストレス-脆弱性理論で理解することが精神医学としての知見であることや,判断指針の示す出来事の強度の合理性等については,平成18年12月20日付けの日本産業精神保健学会「精神疾患と業務関連性に関する検討委員会」の委員会報告においても是認されている。このように判断指針の内容の合理性に照らせば,判断指針の示す検討過程は,裁判上も重視されるべきである。
(5) 亡Dの業務の過重性の点について
ア 業務の量的過重性について
(ア) 本件会社では,出勤時及び退勤時に,社員各自に勤怠システムに社員番号を入力させて,「勤務状況管理表兼勤務状況報告書」を作成し,これにより社員の出退勤時間の管理を行っていた。したがって,亡Dの労働時間は,同報告書に基づいて認定するのが相当である(一覧表の「時間外労働時間1」欄記載部分参照。ただし,一覧表は,時間外労働時間を算出するに当たって,本件会社の所定労働時間である7時間45分を基準としているが,時間外労働時間の算出に当たっては,労基法32条の規定[1週間40時間,1日8時間]を基準にすべきである。)。
亡Dの労働時間は,比較的長時間ではあるが,亡Dは,部門長として,自ら業務量の調整を行うことが可能であった。また,長時間労働の原因は,亡D自身が主体的に行っていた本件会社のi分室訪問や自身が主催する部門内での打合せなどによるものである。そして,一時的には東京地区への出張等の移動時間も含め,長時間労働となることもあったが,頻繁なものではなかった。さらに,平成15年3月の110.35時間の時間外労働は一時的なものにすぎず,その後,亡Dの時間外労働は,時期をおうごとにおおむね漸減し,同年8月の時点では65時間程度まで減少しており,その間,休日労働が増加したり,新たな業務が付加されて労働密度が増加したという事実はない。したがって,同時間外労働時間数をもって,亡Dの業務が本件疾病を発症させるに足りるほど量的に過重であったとはいえない。
(イ) 亡Dは,毎週のcシステム事業部の会議や西日本事業本部全体の経営会議に提出する報告書を作成するため,必要な計数値をとりまとめ,パソコンに入力していたが,その作業にはそれほど時間を費やす必要がなく,亡Dが自宅へ業務を持ち帰る必要まではなかった。
イ 業務の質的過重性の点について
(ア) 営利を目的とする私企業においては,それぞれの所属する部門において,売上成績を向上させることが重要であるところ,あらかじめ定められた長期の業績目標を達成するために,一定の時点ごとに業績を把握し,それに基づいてその都度その後の業務計画を適宜修正していくことは必要不可欠であり,各時点での業績を報告し,それに伴う業績目標の修正を報告することは,それ自体同業務に当然に随伴する作業といわなければならない。また,本件会社においては,事業計画目標の売上計画値や利益計画値は飽くまでも目標にすぎず,いわゆるノルマとは異なるものとされており,これを達成した場合には,ボーナスの業績評価が変わることにはなるが,逆に達成できなかったとしても,部門長へのペナルティや報酬の減少等が生じるものではなかった。
また,平成15年4月に入社式での社長の挨拶や第1回経営会議での事業本部長の訓辞は,飽くまでも一般的な事項として述べられたものにすぎず,当時の一般的な景況を背景とすれば,営利を目的とする私企業である以上,社員に奮起を促す目的で年度当初にこのような発言がなされること自体は,特段珍しいことではない。したがって,これらが,売上目標を達成できなかった場合に,直ちに当該部門長が不利益を受けることを基礎付けるということはできない。
以上に加えて,亡Dが,実際に,計画目標値の未達成を理由に,会議の場で叱責されたり,責任を追及されたといった具体的な事実や,部門長に対する計画目標値の未達成による具体的な不利益が予定されていたといったこともない。また,亡Dの具体的な勤務状況も問題があるというような状況ではなく,むしろ元気よく,あるいは明るい様子であった(証拠・人証〈省略〉)。以上のことからして,亡Dが第△開発部の部門の最終責任者としてノルマ達成に対する大きな重圧を抱えていたということはできない。
(イ) 原告が主張する本件支援案件は,そもそも亡Dの精神疾患発症後自殺までの間の出来事であり,業務起因性の判断の基礎として考慮すべきではない。
なお,その点をおくとしても,この点が,亡Dに強い心理的負荷を与えたものということはできない。ところで,本件で問題とされている本件支援案件に関する出来事は,事業の延期・規模縮小であって,失注と評価されるものでなかった。また,本件支援案件は,本件会社がf社の関連会社であるg社に対して,新○○システムweb事業の受注獲得のために交渉を続けてきたもので,同受注自体はほぼ確実であるけれども,事業が延期され,最初の事業規模が相当程度絞り込まれて縮小されるというもので,段階的な開発となったものである(人証〈省略〉)。そして,本件支援案件の延期・規模縮小の原因は,顧客であるg社側の予算都合及び事業の性質から慎重に進めたいという方針変更によるものであって,それ自体合理的なものであった。しかも,本件支援案件は,本件会社において,事業規模も中程度で,g社との取引全体との関係でも比率は大きくなかった。以上の経過からしても,本件支援案件の延期・規模縮小は,担当者でもあった亡Dが責任追及されるような次元の問題ではなかった。また,本件支援案件は,本件cシステム事業部(第×事業部)が契約交渉を行っており,西日本第△開発部は飽くまでも技術的支援の側面から関与する立場にあったにすぎず,亡Dは,その立場から,相手方企業担当者から出されたシステム開発過程での不安や疑問点,要望等に対して技術面で対応するという役割を担っていたにすぎないし,受注相手先であるg社との契約交渉には直接関与していたわけではなかった。したがって,この点からも,亡Dは,同支援案件の事業の延期・規模縮小について責任を追及される立場にはなかった。そうすると,本件支援案件の事業の延期・縮小が,亡Dに強い心理的負荷を与えたことはない。
また,F事業部長が同支援案件に関して亡Dに電話をして怒鳴ったり,叱責したことはない。同事業部長が亡Dを電話をして本社(東京)に呼んだ理由は,g社側から,事業の延期とともに年内に予算申請をするので見積書を出してくれと言われ,年内の業務日が1週間ほどしかなかったために,土日に打合せを入れようとしたためであった。したがって,亡Dを本社に呼んだことをもって,同支援案件が社内的に非常に重要なものであったということはできない。
(6) 亡Dに係る私的領域に属する事情の存在
ア 亡Dは,平成15年11月中旬から同年12月初めころにかけて,第△開発部i分室に所属していた部下のG及びHから,合計80万円程度を借り入れ,さらに,同年12月8日,同月14日,同月16日といった近接した日時に,短期間で,合計4件,合計428万8000円の借り入れを行っている。同借入れは,亡Dがその死亡直前に行ったもので,極めて短期間のうちに連続的かつ不自然に多額の借入れを行ったものである(証拠〈省略〉)。
イ また,亡Dは,平成15年11月14日,東京の量販店でパーソナルコンピュータ(19万7000円)をクレジットで購入し,死亡前日である同年12月19日には,JR新大阪駅で新幹線乗車券(8万2500円)をクレジットカードで購入しているが,これらの所在は判明しておらず,上記借金関係からすれば,換金目的での購入であった可能性が高く,借金の返済に苦慮していたことがうかがわれる。
ウ 亡Dは,上記ア,イで記載したとおり平成15年12月当時,金銭の工面に汲々とし,私的領域に属する事情により追い詰められた精神状態にあったことがうかがわれ,これが亡Dの自殺の原因となったと考えられる。同借金の原因を特定することは困難であるが,当時の状況からすると,その原因の一つとして,女性問題が関係していた可能性が高い。
エ 亡Dには,本件会社にも家族にも秘匿していた事情があったことをうかがわせる不審な行動があった。
(7) 小括
本件会社における亡Dの業務は,上記(5)で記載したとおり質的にも量的にも精神障害を発症させるに足りる程度に過重なものであったとはいえず,かえって,上記(6)で記載したとおり亡Dの私的領域に属する事情が本件発症及び自殺の有力な原因であると考えるのが相当である。したがって,亡Dが従事した業務と本件疾病(精神障害)の発症ないし本件自殺との間には相当因果関係があるとはいえない。そうすると,原告の遺族補償給付等の申請を認めなかった本件処分は適法というべきである。
第3  当裁判所の判断
1  業務起因性の判断基準等について
(1)  業務起因性の判断枠組み
ア 被災労働者に対して,労災保険法に基づく遺族補償給付等が行われるためには,死亡した当該労働者の死亡が「業務上」のものであること(労災保険法7条1項1号,12条の8第1項,2項,労基法79条)を要する。
ところで,原告の亡Dの自殺がうつ病(本件疾病)を契機とするものであるとの主張からすると,「その他業務に起因することの明らかな疾病」(労規則35条,別表第1の2第9号)として亡Dがうつ病(本件疾病)を発症したことが要件となる。
イ 労災保険制度が業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に疾病の発症等の損失をもたらした場合に使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であることを踏まえると,労働者に発症した疾病が「業務上」のものであるというためには,当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果(発症等)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず,両者の間に相当因果関係,すなわち業務起因性があることを要すると解するのが相当である。
そこで,業務と精神障害の発症・増悪との間に相当因果関係が認められるための要件であるが,上記前提事実(5)で記載した「ストレス-脆弱性」理論を踏まえると,ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性,脆弱性を総合考慮し,業務による心理的負荷が社会通念上,客観的にみて,精神障害を発症させる程度に過重であるといえることが必要とするのが相当である。
(2)  判断指針等について
被告が主張する判断指針は,行政目的に従って,労災認定を大量かつ画一的な処理を意図した通達であって,その限りにおいて合理性が認められるというべきである。したがって,本件処分の適法性を判断するに当たって,裁判所を拘束するものではないことはいうまでもない。
本件における亡Dの業務と同人に発症した本件疾病(精神疾患)ないし自殺との間に相当因果関係があるか否かは,上記した労災補償の制度趣旨及び精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書の内容(証拠〈省略〉)等を踏まえ,本件における個別具体的な事情を総合して客観的な見地から判断するのが相当である。
2  認定事実
上記前提事実並びに証拠(証拠・人証〈省略〉,原告)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)  本件会社西日本事業部cシステム事業部について
ア 本件会社西日本事業部cシステム事業部では,西日本地区における金融機関に対するシステムインテグレーションサービス業務を管掌していた。同事業部は,平成14年3月まで,第1営業所ないし第3営業所から構成されていたが,平成14年4月から,組織変更によって,第1開発部ないし第4開発部から構成されることになった。各開発部における業務内容は同じで,それぞれ規模及び顧客が異なっているだけであった。
(証拠〈省略〉,弁論の全趣旨)。
イ 各開発部では,顧客先に納入するソフトウェアの開発を主に行っており,態様としては,SE,プログラマー等の技術者を,顧客先にある分室に常駐させたり,あるいは自社オフィス内において,ソフトウェア開発を行っていた。また,場合によっては,ソフトウェア開発を伴うハード(機器)をメーカーから調達することもあった(証拠〈省略〉,弁論の全趣旨)。
ウ 平成15年度,第△開発部には29名の開発要員が所属しており,f社(j社,g社),k社(l社),m社,その他金融機関を担当していた。なお,第△開発部に所属する開発要員数は,第□開発部及び第△開発部に比べてて少なく,各開発要員は,いずれも顧客先にある分室で勤務していた。なお,平成15年当時,西日本支社の本部に在籍していたのは,部門長である亡Dのみであった。
(証拠〈省略〉,弁論の全趣旨)
(2)  亡Dの業務内容等
ア 亡Dは,前提事実(1)記載のとおり平成14年4月にcシステム事業部第△開発部部門長代行となり,平成15年4月以降,同開発部部門長の職にあった。
イ 本件会社の職務権限規程には,部門長(現在は「課長」)の職務について,直属上長の命令を受けて所属社員を指揮監督し,日常業務について職務を行うとともに,その責任を負うとして,具体的に,①主管業務の企画,②部門の適正配置,教育,指導,監督,③部門の人事考課,④部門の出張,直行,休暇,欠勤等の承認,⑤規程,規則の内部に対する周知,徹底並びに細則・マニュアルの制定,⑥金銭の支出並びに諸伝票に対する承認印の捺印,⑦部門予算の編成並びに決定された予算に基づく業務の執行,⑧業務報告その他の業務資料の作成,整備並びに事業部長,部長,室長及びセンター長への提出,⑨日常業務の嫉視に当たっての事業部長,部長,室長及びセンター長に留保された権限を除いた事項の専決等,詳細に定められていた。
なお,亡Dは,平成14年4月から,第△開発部部門長代行となったが,「部門長代行」とは,上記職務権限規程に定められた職位ではなく,部門長の補佐職位の者が代理して部門長に就いた者をいい,職務の具体的な内容自体は,部門長と異なるものではなかった。本件会社においては,平成14年4月に,それまで複数の分室を統括していたグループ長(亡Dは,平成12年4月にグループ長となっていた。)が廃止され,これに代わって新たに,部門長ないし部門長代行が直接分室を統括することになった。
(証拠・人証〈省略〉,弁論の全趣旨)
ウ 亡Dは,平成15年4月以降,第△開発部部門長として,上記職務権限規程を受けて以下のとおりの内容の①自部門の事業計画の作成及び達成のための計数管理,②主業務であるシステム開発管理,③部下の人事管理,④その他の日常業務等を部門長として任された裁量の範囲の中で行っていた(証拠・人証〈省略〉)。
(ア) 自部門の事業計画の作成及び達成のための計数管理に関する業務は,事業計画の作成・計数管理等の業績管理や定期的な報告業務である。西日本事業本部では,毎週,西日本事業本部全体の会議とcシステム事業部の会議の2つの会議が行われており,cシステム事業部の各部門では,会議に当たって,週間業務報告書により,各部門における計数状況,プロジェクト状況,営業支援状況等を報告することとされていた。
上記週間業務報告書は,週次で作成されることから,直前の報告書を基に1週間で変更があったところだけ書き換えれば済むものであって,作成自体は,10ないし15分程度で可能であった。
また,亡Dは,業績管理を担当していたことから,cシステム事業部の業績関連の数字を取りまとめ,集計表を作成していた。これについては,cシステム事業部の週報会(毎週金曜日の午後6時から開催されていた。)において,事前に各部門から収集した資料を亡Dが取りまとめて報告し,cシステム事業部長が確認し,その場で確定した西日本事業本部への報告値を,亡Dが本部向け報告用資料として指定の格納サーバーに収める手順となっていた。各部門の数字を集計するのは既存のフォーマットを基にするため30分程度で,指定サーバーに格納するのは10分程度でできる作業であった。
ところで,本件会社は,亡Dについて,部門長としての経験が浅いことも考慮して,売上目標数値や利益目標値,管理要員数や担当分室数は,他の部門に比べて低く設定していた。また,計数資料の取りまとめ作業は,4部門長にそれぞれ割り振られた事業部全体としての仕事のうち,計数担当というのが一番業務負担が低いということで,部門長としての経験の浅い亡Dに担当させていた。さらに,毎週行われていたcシステム事業部の週報会は,業績達成度の報告がされるものの,課題を出してもらって出席者で検討する場であり,本部経営会議は,基本的には部門長の育成を重視するという観点の下に,各部門の持つ問題点や課題に対する対策を共有することが主眼とされていた。
(証拠・人証〈省略〉)
(イ) システム開発管理業務は,部門長が,自部門で行うシステム開発について,その品質等の条件を確認するとともに,顧客先への納品期限を充たすために,その進捗状況を計る業務である。なお,システム開発管理におけるシステムやプログラムの具体的内容についての作業そのものは,上記開発要員の常駐する各分室で行われており,部門長自身が行うことはなかった(証拠〈省略〉,弁論の全趣旨)。
(ウ) 亡Dは,第△開発部に所属する29名の開発要員に対する勤怠管理,休暇承認等の労務管理を行っていた。ただし,当時,第△開発部には4ないし5つの分室があり,分室の各要員の個別具体的な労務管理は,直接にはそれぞれの分室長が行っていたため,実際には,部門長(亡D)は,直下の管理対象者である各分室長を通じて部門全体の労務管理を行っていた。
(証拠〈省略〉,弁論の全趣旨)
(3)  亡Dの労働時間等について
ア 本件会社の1日の拘束時間は,午前9時から午後5時45分までで,その間に休憩時間が1時間あるため,1日の所定労働時間は7時間45分であった。また,休日については,完全週休2日制(土日祝日が休み)で,そのほかに,夏季休暇3日,年末年始休暇が5日あった。
(証拠〈省略〉)
イ 本件会社の社員に対する勤怠管理は,出勤時及び退勤時に各自が勤怠システムに社員番号を入力して「勤務状況管理表兼勤務状況報告書」を作成するという方法でその管理を行っていた(証拠〈省略〉)。
ウ 亡Dの平成15年2月3日から同年8月31日までの期間における「勤務状況管理表兼勤務状況報告書」の始業・終業時刻,休憩時間を含めた拘束時間,休憩時間を除いた所定労働時間及び時間外労働時間は,一覧表の「時間外労働時間1」欄記載部分のとおりで,以下のとおりである(証拠〈省略〉。ただし,時間外労働時間については,労基法32条を基準とした時間数である。)。
平成15年2月(平成15年2月3日から同年3月4日)
拘束時間 274.09時間
労働時間 252.09時間
時間外労働時間 76.09時間
平成15年3月(平成15年3月5日から同年4月3日)
拘束時間 322.35時間
労働時間 286.35時間
時間外労働時間 110.35時間
平成15年4月(平成15年4月4日から同年5月3日)
拘束時間 276.49時間
労働時間 253.49時間
時間外労働時間 85.49時間
平成15年5月(平成15年5月4日から同年6月2日)
拘束時間 267.31時間
労働時間 242.81時間
時間外労働時間 82.81時間
平成15年6月(平成15年6月3日から同年7月2日)
拘束時間 298.16時間
労働時間 273.66時間
時間外労働時間 97.66時間
平成15年7月(平成15年7月3日から同年8月1日)
拘束時間 297.45時間
労働時間 249.27時間
時間外労働時間 73.27時間
平成15年8月(平成15年8月2日から同月31日)
拘束時間 237.51時間
労働時間 218.51時間
時間外労働時間 64.66時間
(4)  本件支援案件について
ア 本件会社のcシステム事業部は,平成15年9月ころ,f社の関連会社であるg社のシステム開発事業のうち,新○○システムweb化事業(インターネットを利用して資産管理に関する情報を提供する事業)について,その受注獲得のために交渉を開始した。なお,同案件は,本件会社がg社との間で既に受注に成功してシステム開発にとりかかっていた「外部端末web化」事業に関する一つの事業である。
(証拠・人証〈省略〉,弁論の全趣旨)
イ 同事業の当初の受注金額は,おおむね1億円から1億5000万円程度であり,本件会社にとっては,中規模程度のものであり,g社との取引全体との関係では必ずしも比率の大きいものではなかった。
(人証〈省略〉,弁論の全趣旨)
ウ 本件支援案件は,本社のcシステム事業部(第×事業部)が契約交渉を行っており,亡Dが所属する第△開発部が直接受注相手先であるg社との契約交渉に関与するというものではなかった。同開発部は,飽くまでも技術的支援の側面から関与する立場であり,亡Dは,同立場から,相手方企業担当者から出されたシステム開発過程での不安や疑問点,要望等に対して技術面で対応するという役割を担っていた。
(人証〈省略〉,弁論の全趣旨)
エ ところで,同年12月19日(金曜日),g社の担当者から事業をしばらく延期して規模を縮小したいとの申出があった。同申出の理由は,g社側が事業の性質から,慎重に進めたいというものであった。
同申出により,同案件については,事業が延期され,当初の事業規模自体も相当絞り込まれて縮小され,その後,段階的な開発をするという対応になった。
もっとも,同案件については,同年11月1日以降,週次報告書において,「ランク外からの積上」と記載され,契約獲得確度15パーセント(Dランク)以下として報告されていた。また,同案件の延期・規模縮小がg社側から正式に伝えられた1か月程前から,同案件のスタート時期の延期や規模の縮小の方向性がg社側から伝えられていた。
(証拠・人証〈省略〉)。
オ また,g社担当者は,本件会社に対し,事業の延期とともに年内に予算申請をするので見積書を出してくれと要請した。そこで,F事業部長は,同申出当日の昼過ぎころ,亡Dに電話をして,同案件に関するg社の申出内容を告げるとともに,至急打合せをしたいので,東京に来て欲しい旨の話をした。亡Dは,土曜日(同月20日)は都合が悪いので,同月21日(日曜日)に東京に行くと返事をした。
(人証〈省略〉,弁論の全趣旨)
(5)  亡Dの身体的状況
ア 平成14年12月には,突然顔一面や体中に湿疹が発するようになり,試合後のボクサーの顔のように腫れ上がった。医師に処方された内服薬を飲み,また,塗り薬で治療をしたが,治るまでに2か月を要した。
(証拠〈省略〉,原告)
イ 亡Dは,毎年人間ドックを受けていたところ,平成15年1月30日,本件会社が委託した関西労働保険協会付属h診療所で受けた人間ドックでの健康調査票には睡眠について「時々眠れない」に該当する旨,「頭痛」「頭重感」「朝ファイトが出ない」「くびや肩がこる」「疲れやすい,だるい」という欄にもそれらに該当する旨回答していた。
(証拠〈省略〉)
ウ 平成15年4月ころ,血尿を出すようになり,その後には慢性的な下痢の症状に悩まされていた。
(証拠〈省略〉)
(6)  亡Dの精神疾患に関する専門家の意見
ア 京都民医連第二中央病院精神神経科I医師(以下「I医師」という。)の意見
I医師は,意見書において,亡Dの精神障害について,「経過にそって判断すると,7,8月の時点で食欲低下,イライラ,不眠傾向,興味や意欲の低下,活動性の減少が認められていることから,遅くとも8月末には軽症うつ病エピソード(…中略…)を発症していたと判断して差し支えないと思われる。なお7月時点でイライラ,不眠,食欲低下等の症状が始まっているが,診断における症状の持続期間という点と,『興味関心,喜びの消失』といった症状がより明確になっているのが8月と思われることを考慮すると,8月末の発症とする方がより妥当と判断した」としている(証拠〈省略〉)。
イ 大阪労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会の見解
同専門部会は,意見書において,亡Dの精神障害については,「平成15年8月末頃にはICD-10診断ガイドラインに照らして,『軽うつ病エピソード』(F32.0)を発病していたと判断するのが妥当である」としている(証拠〈省略〉)。
3  事実認定に関する補足説明
(1)  亡Dの労働時間について
ア 原告は,亡Dは,毎日帰社する際,原告に対して電話あるいはメールを送信していたから,同電話あるいはメール送信時刻をもって終業時刻と認定すべき旨,また,入退室チェックシートの記載内容にしたがって認定すべき旨主張する。
確かに,証拠(証拠〈省略〉,原告)によれば,亡Dが,夜,帰宅に際して,原告に電話を架け,あるいはメールを送信していたことが認められる。しかし,①本件会社では,社員の出退勤管理について,出勤時及び退勤時に各自が勤怠システムに社員番号を入力して「勤務状況管理表兼勤務状況報告書」を作成し,これにより出退勤時間の管理を行っていたところ,同報告書の「実績」欄の「終業」については,会社に在席している場合には,社員本人がその都度入力し,また,入力を忘れた場合には,「退勤セット忘れ」と入力され,後日,上長の承認を得て本人が入力することになっていたものであり,さらに,出張先から直帰する場合の「終業」については,あらかじめ所属長の特定の指示による時間外勤務で,その事実が明らかである場合,又は勤務したことの証明があった場合,時間外勤務として入力していたこと(証拠〈省略〉),また,②入退室チェックシート上,亡Dが最終退出者になることはそれほど頻繁にあったわけではなく,平成15年1月から同年11月までの11か月間に4回にすぎないところ,そのうち,同シートに記載された亡Dの退室時間と上記勤怠システム上の退勤時間とが齟齬している記録もあるが,それは上記4回のうち,わずか2回にすぎず,その余の2回は,おおむね勤怠システムに打刻された終業時刻と一致していること(証拠〈省略〉,弁論の全趣旨),他方,③本件全証拠によるも,亡Dの原告に対する帰宅の際の電話が,必ずしも会社から出た直後であると認めることはできず,また,亡Dが上記報告書に虚偽の記載をする動機を特段認めることもできず,かえって,亡Dは,部門長として部下の時間外労働時間数の管理を含め労務管理を行う立場にあったこと,④本件全証拠によるも,終業時刻について,特に短く記載しようとする意図をうかがうことはできず,かえって,亡Dに係る「勤務状況管理表兼勤務状況報告書」には終業時刻として,午前1時や午前2時が打刻されている(証拠〈省略〉)。以上の事情を踏まえると,同報告書における終業時間の記載は信用に値するものと推認される。ところで,本件会社において,労使協議会との関係で,残業時間の減少が話題になっていたことはうかがわれる(証拠〈省略〉)が,亡Dは,管理職であり,同減少の対象となっていたかどうか疑問がある。したがって,亡Dの労働時間については,「勤務状況管理表兼勤務状況報告書」に基づいて認定するのが相当であり,この点に関する原告の上記主張は理由がない。
イ 原告は,度々,東京へ出張し,早朝の新幹線に乗り,帰りは最終の新幹線で帰宅するという超過密な長時間労働を余儀なくされていた旨主張する。しかし,出張時における公共交通機関の使用を含めた移動時間は,通常,その時間を如何に過ごすかは,労働者の自由に任されているところ,本件全証拠によるも,亡Dが出張時の移動時間にどのように過ごしていたのか,具体的に何らかの業務に従事していたとまで認めることができない。したがって,それ自体を労働時間そのものとして認定することはできない。なお,亡Dに係る出張に伴う移動時間は,業務それ自体とは関連性があり,一定の時間的拘束を含めた負荷が伴うものであって,それは当該業務の過重性を検討すべき際にはその考慮の要因の一つとして考えるべき事情ではある。
そうすると,原告の上記主張は理由がない。
(2)  本件会社のノルマについて
被告は,本件会社にはノルマはない旨主張し,E事業部長は,同主張に沿った証言をする(証人E)。
しかし,①毎週開催される西日本事業本部の経営者会議においては,成績達成率が毎週報告対象として報告され(証拠〈省略〉),週間業務報告書には,冒頭に「計数状況」という欄があり,毎月,半期毎に「売上」と「利益」について,見込値と計画差異(実績)が記載されていたこと(証拠〈省略〉),②平成15年度総括書(証拠〈省略〉)には,受注,売上げ,利益の各計数計画が記載されており,「要員983名が1枚岩になり,事業計画必達に邁進いたします」とゴシックで記載され,また,「事業部・営業部4勝7敗」と統括されていること,③各社員は,自身の職務グレードにあった目標設定シートを作成し,部門長であれば,部門長としての目標設定シートを作成しており,同目標に対する達成率は賞与及び4月の給与(職務グレード給)の評価に活用されていたこと(証拠〈省略〉),④亡Dの部下であったKは,部門長にとってノルマの設定と達成が大変な職責で,その重圧は大変なものであったことは容易に想像がつく旨供述していること(証拠〈省略〉)がある。また,⑤本件会社のような新興のコンピュータソフト会社は,同業他社との競争の他,社内の各部署間の売上げ等の競争によっても,事業規模を拡大してきている(弁論の全趣旨)。以上の事実に本件会社が収益を目的に営まれる私企業であることを踏まえると,本件会社における各部門別,各社員別等の売上げ,利益等の目標がノルマというかどうかは別としても,各部門において,売上げ,利益の目標等を設定し,本件会社全体として,同各目標の達成・未達成についてかなり強く意識していたこと,また,個々の社員にもそれぞれがその職責や個人としての立場に基づいて立てた目標の達成を強く求めていたことが推認される。かかる状況からすると,同目標(ノルマ)を達成しなかったことによって,本件会社が亡Dに対し,何らかのペナルティ等を科したことまでは認めるに足る的確な証拠はないものの,目標値の設定や同値の達成・未達成については,亡Dを含めて本件会社の社員に対して一定程度の心理的負荷を生じさせるものであったというべきである。同事情については,業務起因性を判断するに当たって考慮要因の一つとするのが相当である。
(3)  亡Dの持ち帰り残業について
原告は,亡Dは,土曜日曜にパソコンや資料を持ち帰って,家で仕事をしていた旨主張し,同主張に沿った供述をする(原告)。
確かに,証拠(証拠〈省略〉,原告)及び弁論の全趣旨によれば,亡Dが自宅で資料作成等をしていたこと自体はうかがわれる。しかし,本件全証拠によるも,亡Dが自宅で行っていた具体的な内容が不明である上,原告が提出する資料等(証拠〈省略〉)も,平成3年から平成14年に作成等されたものであり,亡Dが死亡した平成15年12月からおおむね6か月間のもの(亡Dが部門長に就任して以降の分)は含まれていない。また,亡Dの部門長としての業務として,資料作成があったことは上記2(2)ウで認定したとおりであるが,その際作成される資料はそれまでのフォーマット等を前提として,必要な数値を取りまとめパソコンに入力するというものであり,それほど長時間を要する作業であったとはいえない。以上の事実を踏まえると,亡Dが平成15年4月以降持ち帰り残業をしていたとまでは認められず,その他,同事実を認めるに足る的確な証拠はない。したがって,原告の上記主張等は採用することができない。
(4)  本件支援案件に係る亡Dの心理的負荷について
ア 原告は,平成15年12月19日,本件支援案件に係るg社からの申出(期間延長及び規模縮小)を受けて,①亡Dは,F事業部長から怒鳴られ,叱責された上,すぐに東京に来るように言われたこと,②同事業を西日本事業部で成功させることを最大の目標に努力していた亡Dにとって,g社からの申出がいいようのない絶望感を与えた旨主張する。
ところで,F事業部長の叱責の有無であるが,上記2(4)で認定したとおり,①そもそも本件支援案件に係るg社からの申出は,事業それ自体を消滅させるという「失注」というものではなく,飽くまでも期間を延長し,当初規模を縮小するというものであったこと,②亡Dが所属する第△開発部は,同事業について,技術的な支援をするということであって,g社との直接的交渉は行っておらず,亡Dは,g社からの申出について責任を追及される立場にまであったとはいえないこと,③F事業部長は,東日本事業部の部長であり,亡Dとは直属の上司部下の関係にはなかったこと,④F事業部長及び亡Dは,g社からの申出の約1か月前から,同申出があるかもしれないと予想し,認識を共通にしていたこと,⑤亡Dは,F事業部長からの上京要請に対して,翌日は都合が悪いので,2日後である21日(日曜日)に東京に出張する旨返事をし,F事業部長もこれを了解していることがある。以上の事実を踏まえると,F事業部長が,電話で,g社からの申出について,亡Dを叱責したり,怒鳴ったりするとは考え難い。したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ 確かに,g社からの申出を受けたF事業部長からの電話があった後亡Dは,同日のうちに本件会社を出て,そのまま自殺するに至っている。以上の事実からすると,同案件に関するg社からの申出が亡Dにとって,何らかの心理的負荷となったことはうかがわれる。しかし,上記2(4)で認定した本件支援案件の内容,亡Dの同案件に対する関与の内容及び程度,同案件自体が消滅したのではなく,飽くまでも期間の延期と当初規模の縮小というものであったことを踏まえると,客観的にみて,同案件に係る一連の事柄が,亡Dをして自殺せざるを得ないほどの強い心理的負荷を与えるものであったと評価することはできない。
4  業務起因性の有無について
(1)  亡Dの労働時間は,上記3(1)で認定説示したとおり「勤務状況管理表兼勤務状況報告書」に基づいて算定するのが相当であるところ,同報告書記載の労働時間数によっても,平成15年2月から同年8月までの間における亡Dの毎月の時間外労働時間は比較的長時間に及んでいる。もっとも,①平成15年3月の時間外労働時間は110.35時間ではあるものの,その後は漸減し,平成15年8月の時点では1か月65時間程度まで減少していること,②その間において,休日労働が増加したり,新たな業務が付加されて労働密度が増加したという事実はないこと,③亡Dは,部門長として,ある程度裁量をもって業務に従事することが可能であったこと,④亡Dは,平成14年4月から部門長代行となり,その後,自殺するまでの間,同内容の業務に従事していた。以上の事実を踏まえると,亡Dの業務が本件疾病を発症するに足りる程度の量的過重性を有していたとまでは認められない。
(2)  また,亡Dは,平成15年4月に部門長代行から部門長の昇進したこと,上記3(2)で認定したとおり本件会社においては,亡Dを含めて各社員に対してかなり厳しく売上額,利益額の目標が設定されていたこと,亡Dが所属していた第△開発部は,亡Dが死亡した当時,目標未達成の状態にあったことが認められる。しかし,①亡Dが平成15年4月に就任した部門長の職務内容は,それまでの部門長代行の職務内容と異なるものではなかったことから,新たな知識や技術が要求されるというものではなく,かえって,それまでの部門長代行の経験が十分に生かせる職務であったこと,②亡Dの業務内容は,部門長として自ら業務量の調整をある程度行い得るもので,裁量性が認められていた上,毎週開催される週報会で業務内容ないし進捗状況が報告され,問題点等があれば,直属の上司であったE事業部長から適切な指示がなされていたほか,計数管理や資料作成等の業務についても,同部長が助言やサポートを行うなど,本件会社は,部門長の経験が浅い亡Dに対して,一定の配慮を行っていたことがうかがわれること,③本件会社が亡Dに対し,目標未達成によって,何らかのペナルティ等が科せられたことを認めるに足りる的確な証拠はなく,かえって,亡Dは,部門長代行から部門長に昇進していること,④亡Dは,本件支援案件について,直接責任を追及される立場にあったとは認められず,その他に同案件に関して亡Dが自殺に至る程度に強度の心理的負荷を負っていたと認めるに足りる具体的な事情は認められない。以上の事実を踏まえると,亡Dの業務について,本件疾病あるいは自殺するに至る程度の質的過重性があったとまでは認められない。
(3)  ところで,被告は,亡Dの自殺は,亡Dに係る私的領域に属する事情が原因である旨主張する。
しかし,亡Dが借金をしていたことはうかがわれるものの,その額は,自動車のローン300万円程度を含めても自殺に至るほど多額であるとはいえないこと(証拠〈省略〉,原告),その他,被告が主張する事情は,いずれも推測の域を出るものではない上,いずれもこれらの事情を認めるに足りる的確な証拠は見出すことができない。また,仮に被告が主張するような事情があったとしても,同各事情をもって,亡Dが自殺するに至ったと認めることもできない。したがって,被告の上記主張は理由がない。
(4)  なお,亡Dは,上記2(5)で認定したとおり平成14年12月ころから体調に異変が生じていたが,本件全証拠によるも,同異変の原因は必ずしも明らかでなく,同異変と業務との間に関連性があるとまでは認められない。
(5)  小括
ア 亡Dが担当していた業務による心理的負荷は,上記(1)ないし(3)で認定説示したとおり,社会通念上,客観的にみて,量的にも質的にも本件疾病(精神疾患)を発症させるに足りる程度に過重であったとまでいえず,したがって,亡Dが従事していた業務と亡Dの本件疾病(精神障害)発症との間に相当因果関係があるとはいえない。そうすると,亡Dの自殺による死亡の契機となった本件疾病は,亡Dの従事していた業務に起因するものとはいえない。
イ また,本件疾病発症後の本件支援案件についてみても,上記3(4)で認定説示したところからして,社会通念上,客観的にみて,同案件に係る亡Dの心理的負荷が,自殺するに至る程度に強度のものであったとまでいうこともできない。
5  結論
以上の次第で,亡Dが従事していた業務と本件疾病の発症及び自殺との間で相当因果関係(業務起因性)を否定した本件処分は適法であるというべきである。したがって,原告の本訴請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中村哲 裁判官 内藤裕之 裁判官 峯金容子)

 

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