「成果報酬 営業」に関する裁判例(73)平成20年 9月 4日 大阪地裁 平20(わ)2069号 贈賄被告事件
「成果報酬 営業」に関する裁判例(73)平成20年 9月 4日 大阪地裁 平20(わ)2069号 贈賄被告事件
裁判年月日 平成20年 9月 4日 裁判所名 大阪地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(わ)2069号
事件名 贈賄被告事件
裁判結果 有罪 文献番号 2008WLJPCA09049002
要旨
◆土木建築資材の販売等を目的とする株式会社の代表取締役である被告人が、自社の特許工法を国営公園の発注する工事で採用するなどしてくれた公園事務所長に対し、約360万円の賄賂を渡した贈賄被告事件について、本件送金が被告人のBに対する賄賂であり、被告人もそのことを認識していたことは証拠から優に認定できるとして、被告人の無罪主張を排斥した上で、被告人は、6回にわたり多額の賄賂を渡しており、その方法も巧妙で悪質であり、また、公判廷で不合理な弁解に終始して反省の態度が見られないが、被告人は、Bから賄賂を要求されてこれに応じたのであって、自ら積極的に贈賄したのではないこと、捜査段階では、罪を認めて反省する気持ちを述べていたこと、古い罰金前科以外の前科がないことなどの事情を考慮して、執行猶予付判決を言い渡した事例
参照条文
刑法198条
裁判年月日 平成20年 9月 4日 裁判所名 大阪地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(わ)2069号
事件名 贈賄被告事件
裁判結果 有罪 文献番号 2008WLJPCA09049002
主文
被告人を懲役1年6か月に処する。
この裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は,土木建築資材の販売等を目的とする株式会社Aの代表取締役であるが,別表年月日欄記載のとおり,平成17年2月10日から平成18年11月9日までの間,前後6回にわたり,B(平成16年10月1日から平成18年7月9日までの間,C局国営D公園事務所の長として,同事務所が発注する工事の仕様を決定して請負契約を締結し,その工事の監督等を行うとともに,同局E部長の補助者として同局が発注する工事の設計書,仕様書等の審査をし,その工事の監督等を行う職務を担当していたものであり,次いで,平成18年7月11日から平成20年2月25日までの間,独立行政法人F本社G部の担当部長であったもの)に対し,上記D公園事務所及び上記C局が発注する防水関係工事にAらが特許権を有する「H施工方法(通称I工法)」が採用されるよう仕様を変更するなどしたことに対する謝礼の趣旨のもとに,事情を知らないAの経理担当職員に,別表仕向金融機関欄記載のJ信用金庫K支店ほか2か所から,東京都北区ab丁目c番d号にある株式会社L銀行M支店に開設されたBが管理するN名義の普通預金口座に,A名義で,別表金額欄記載のとおり,合計361万4991円の賄賂を振込送金させた。
【証拠の標目】
省略
【補足説明】
1 弁護人は,①別表記載の送金は,株式会社AからNに対する取引上の債務の支払いであって,被告人からBに対する賄賂ではない,②仮に客観的にはBに対する賄賂に当たるものとしても,被告人としてはNに対する取引上の債務の支払いと認識していたのであるから贈賄の故意がないなどとして,被告人は無罪であると主張する。
しかし,別表記載の送金が,被告人のBに対する賄賂であること,被告人としてもそのとおり認識していたことは,いずれも証拠から優に認めることができる。
以下,その理由を補足して説明する。
2 関係証拠によれば,以下の事実が明らかに認められる。
(1) 被告人は,I工法の特許権を有するAの代表取締役である。
(2) Bは,平成16年の春から夏ころにかけて,被告人からI工法について説明を受け,公共工事で使用できる工法であると考え,知り合いの業者にI工法の代理店になるように働きかけるようになり,同年6月ころには,被告人に株式会社Oを紹介した。その結果,同年8月ころ,AとOとの間でI工法の施工代理店契約及び商品取引基本契約が締結された。なお,これらの契約に関してNは全く関与していない。
(3) Bは,平成16年10月1日,C局国営D公園事務所長に就任した。そして,同年12月16日すぎころ,Bの権限で,今後公園事務所で発注する防水工事ではすべてI工法を採用すること,既に発注済みの防水工事もI工法に変更することを決めた。
(4) 被告人は,Bが,他の官僚とは違い,知り合ったころからI工法の良さを理解し,これを広めようとしてくれたことに感謝の気持ちを持っていた。
(5) 被告人は,同年12月下旬ころ,AのP支店社長室で,Bと会い,何らかの会話をした(会話の内容については争いがある。)。
(6) そのころ,被告人は,Aの経理担当職員に指示して,AとNとの間で締結する商品取引基本契約書の文案を作成させ,その後,同内容の契約書を作成した。その内容の要旨は,AがNに対して,Nが行う拡販業務(Aの資材販売業についての販売先の開拓業務を意味する。)の成果報酬として材料販売費の5パーセントを支払うというものであった。
その後,被告人は,Aの経理担当職員に対し,上記契約書に基づき,AがOに販売した材料等の代金の5パーセント分を記載した材料流通一覧表を作成し,それをNあてに送付し,その内容で請求書をNから送ってもらい,そこに記載された金額をN名義の銀行口座に振り込むよう指示した。その結果,Aの経理担当職員によって,この指示どおり,別表記載の送金が行われた。
なお,契約の前後を問わず,実際にNがAのために拡販業務を行ったことはない。また,被告人が契約締結に当たりNと話し合ったこともない。
(7) その後,被告人は,Bが別件で逮捕され,マスコミから取材を求められた際,Bとの関係を疑われることをおそれ,実弟に指示して(6)の契約書を廃棄させた。
3 以上のとおり,別表記載の送金は,AとNとの間で締結された商品取引基本契約に基づくAからのNに対する支払いという形で行われているが,このような送金が行われるようになった経緯については,事情を知るBの供述及び被告人の捜査段階における供述と,被告人の公判廷における供述とで異なる説明がされている。そこで,上記2の事実関係を前提に,以下,これらの供述について,順次検討する。
(1) Bは,検察官調書謄本(甲29)において,上記2(5)の会話の内容として,要旨,被告人に対し,Nの名前で会社を立ち上げるので資金援助してもらえないかとお願いしたところ,被告人から,N名義でAと契約を結んでもらい,N名義の口座を用意してもらえれば,AからOへの売上げの5パーセントを販売マージンという形でN名義の口座に振り込んで支払うことができる,と提案されたので,了承してお礼を述べたところ,被告人は,QでI工法を採用してもらいお世話になっているからという意味のことを述べて,快く資金援助を了承してくれた,と述べている。
Bの上記供述は,上記2の事実関係によく整合する自然かつ具体的な内容である上,自ら賄賂を要求したことも含めて自己に不利益な事実を率直に認めている。被告人の捜査段階における供述やNなど関係者の供述とも整合しており,相互に裏付け合っている。したがって,Bの上記供述は信用性が高いというべきである。
(2) また,被告人は,検察官調書(乙6)において,上記のB供述とおおむね同様のやりとりがあったことを認めた上で,AからOへの売上げの5パーセントを販売マージンの形で支払うことを提案した理由について,要旨,Bが,I工法の良さを理解してくれて,公園事務所が発注する予定の多くの防水工事でI工法を採用すると決めてくれたことなどにとても感謝していたので,何らかの援助をしてあげようと思った,それ以外に支払いをしようとする理由はなかった,N名義の銀行口座に振り込んであげればBに対して幾らか恩返しができるのではないかと思った,それをどう使おうがそれはBが考えることだと考えていた,と述べている。
被告人の上記供述もまた,上記2の事実関係によく整合する自然かつ具体的な内容である上,前記のとおり基本的に信用性が高いBの供述やNなど関係者の供述とも整合している。したがって,被告人の上記供述もまた信用性が高い。
(3) これに対し,弁護人は,①Bは,Nが共犯者として責任を問われることを避けるために,すべて自分の責任であるかのような嘘を述べてもおかしくない,同様に,Nも,責任を免れるために自己の関与をできるだけ小さく見せようと嘘を述べてもおかしくない,②被告人は,連日自白を強要される中,部分的には本当のことが記載されている調書だったので,疲れ等もあり,全体としてみれば被告人の認識とはかけ離れた内容になっていることに気付かないまま上記検察官調書(乙6)に署名押印してしまったものにすぎないとして,これらの供述に信用性がないと主張する。
しかし,①については,仮に弁護人が主張するとおり,Bの公務と全く関わりなくAがNと契約をし,これに基づき債務の支払いをしたというのが真実であるならば,AもNもそのとおり述べることに何ら支障はないはずであり,あえてNが詐欺等の疑いをかけられかねないAに対する架空請求をしたことを内容とする嘘を述べるとは考え難い。また,②については,被告人の公判廷における供述を根拠とする主張であるが,後記のとおりその供述が到底信用できないことに加えて,被告人の検察官調書(乙6)の体裁上,被告人の署名押印は,被告人が読み聞かせを受け,閲読した上で,細部にわたり内容を訂正する申立てを行い,そのとおり録取された後に行われていることが明らかなのであって,被告人の認識とかけ離れた内容になっていることに気付かないまま署名押印したものとも考え難い。
よって,弁護人の主張は採用できない。
(4) 以上のとおり,信用性の高いBの供述及び被告人の捜査段階における供述に表れた事実関係によれば,別表記載の送金は,AのNに対する契約上の支払いを装ってはいるが,実質的には被告人からBに対する賄賂であり,かつ,被告人もそのことを十分認識していたことが認められる。
4 これに対し,被告人は,公判廷で,要旨,Bからは上記2(6)の契約締結以前からNの就職の相談を受けており,それを断る代わりにNをAの販売代理店とすることを提案し,上記2(6)の契約締結に至った,この就職の相談を受けた時期とBがOを紹介してくれた時期が同じころだったので,この2つはセットのものと理解して,Oに対する売上げの5パーセントをNに付けることとした,Nは拡販業務をしてくれると思っていた,この契約は,現に有限会社RとAとの間で締結されているものと同じ内容である,別表記載の送金は,この契約に基づいて支払ったものである,上記2(5)の会話の内容は,Bが言うようなものではなく,平成16年12月11日に実施したテスト施工に1か所問題があって,その苦情をBから言われ,けんかみたいになっただけである,などと述べている。
しかし,そもそもこの供述は,前記のとおり信用性の高いBの供述やNなど関係者の供述と食い違っている。また,テスト施工に関わった多数の関係者の供述を検討しても,テスト施工に問題があったことはうかがわれないから,上記2(5)の会話の内容が被告人の言うようなものであったとも考えられない。そして,被告人のこの供述は,Rに対し,Aとの間で締結された契約に基づいて正当な支払いが行われていることを前提に,Nに対する別表記載の送金も,これと同様の契約に基づいて同様の支払いをしたものにすぎないとする点が核心部分となっているにもかかわらず,両者の重要な相違点について合理的な説明がつかないものである。すなわち,Rに対しては,実際にRの拡販業務によって獲得された新たな販売先に対する売上げについて販売マージンが支払われているのに対し,Nに対しては,実際に拡販業務をしておらず,Oを被告人に紹介したのもBであるのに,Oに対する売上げについて販売マージンがNに支払われているのである。被告人の供述は,この最も重要な点について,何ら合理的説明ができておらず,不自然不合理というほかない。Bとの関係を疑われることをおそれ,実弟に指示してNとの契約書を廃棄させたことともつじつまが合わない。
したがって,被告人の上記供述は到底信用できない。
5 以上のとおり,別表記載の送金が被告人のBに対する賄賂であり,被告人もそのことを認識していたことは優に認定できる。弁護人の主張は理由がない。
【法令の適用】
1 被告人の各行為は包括して刑法198条(197条1項前段)に該当する(1か月以上3年以下の懲役又は1万円以上250万円以下の罰金)。
2 定められた刑の中から懲役刑を選択する。
3 定められた刑期(1か月以上3年以下の懲役)の範囲内で,被告人を懲役1年6か月に処する。その理由は後記【量刑の理由】のとおりである。
4 ただし,後記【量刑の理由】に記載したとおり被告人に有利に考慮すべき事情もあるので,刑法25条1項を適用してこの裁判確定の日から4年間その刑の執行を猶予する。
【量刑の理由】
1 事案の概要
本件は,土木建築資材の販売等を目的とする株式会社の代表取締役である被告人が,C局国営D公園事務所長等であったBに対し,賄賂を渡した事案である。
2 量刑上特に考慮した事情
(1) 被告人に不利な事情
ア 被告人は,Bが,公園事務所長の権限で,自社が特許権を有するI工法を同事務所等が発注する公共工事で採用することを決定してくれたことなどに対する謝礼として,6回にわたり,合計360万円あまりもの多額の賄賂を渡している。公務に対する国民の信頼を大きく損ねる犯行である。
イ Nに対する契約上の支払いを装って,契約書や請求書などの体裁を整えた上,事情を知らない自社の経理担当職員にN名義の口座に振込送金させる方法で賄賂を渡している。犯行発覚を防ぐための巧妙な手口であり,悪質である。
ウ 被告人は,公判廷で不合理な弁解に終始しており,反省の態度が見られない。
(2) 被告人に有利な事情
ア 被告人は,Bから賄賂を要求されてこれに応じたのであって,自ら積極的に贈賄したのではない。
イ 被告人は,捜査段階では,罪を認めて反省する気持ちを述べていた。
ウ 被告人には,古い罰金前科以外の前科がない。
エ 被告人が代表取締役を務める会社は,公共事業について指名停止処分を受けるなど,一定の制裁を受けている。
3 結論
上記2(1)の事情によれば,被告人の刑事責任は決して軽いものとはいえないが,上記2(2)のとおり被告人に有利な事情も総合して考慮すると,検察官が主張するように被告人を直ちに矯正施設に収容するのはいささか酷である。そこで,被告人に対しては,今回に限り,社会内で更生する機会を与えることとし,主文の刑を量定した上,その刑の執行を猶予した。
(求刑 懲役1年6か月)
(裁判長裁判官 長井秀典 裁判官 今井輝幸 裁判官 渡邉一昭)
別表 省略
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