判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(47)平成29年 4月27日 東京地裁 平24(ワ)174号 取締役に対する損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(47)平成29年 4月27日 東京地裁 平24(ワ)174号 取締役に対する損害賠償請求事件
裁判年月日 平成29年 4月27日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)174号・平24(ワ)899号・平24(ワ)8257号
事件名 取締役に対する損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2017WLJPCA04279012
事案の概要
◇会社原告の取締役等である被告らが、金融資産の巨額の含み損の計上を回避する目的で、いわゆる「受け皿ファンド」等に多額の金員を流すことを認め、運用手数料等の多額の損失が出ているにもかかわらず、中止措置や是正措置を採らなかった等として、会社原告及び株主原告が被告らに対して損害賠償を請求した事案
裁判経過
控訴審 令和元年 5月16日 東京高裁 判決 平29(ネ)2968号 取締役に対する損害賠償請求控訴事件
評釈
岩田合同法律事務所・新商事判例便覧 3269号(旬刊商事法務2147号)
岩田合同法律事務所・新商事判例便覧 3265号(旬刊商事法務2145号)
大島一輝・法学研究(慶應義塾大学) 92巻4号87頁
本村健=鈴木友一・月刊監査役 678号64頁
髙橋陽一・ビジネス法務 17巻11号80頁
石川真衣・早稲田法学 94巻1号295頁
裁判年月日 平成29年 4月27日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)174号・平24(ワ)899号・平24(ワ)8257号
事件名 取締役に対する損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2017WLJPCA04279012
主文
1 被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9は,会社原告に対し,連帯して,1000万円,及びこれに対する,被告A6については平成24年2月2日から,被告A7については同年1月30日から,被告A8については同月29日から,被告A9については同月28日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告A6,被告A7及び被告A8は,会社原告に対し,連帯して,546億8385万7848円,及び内金10億円に対する,被告A6については平成24年2月2日から,被告A7については同年1月30日から,被告A8については同月29日から,内金536億8385万7848円に対する同年2月2日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告A6,被告A7及び被告A8は,会社原告に対し,連帯して,39億9211万1088円,及び内金1億円に対する,被告A6については平成24年2月2日から,被告A7については同年1月30日から,被告A8については同月29日から,内金38億9211万1088円に対する同年2月2日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告A2は,会社原告に対し,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8と連帯して,5000万円及びこれに対する平成26年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,1986万円及びこれに対する同月3日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告A9と連帯して)を,被告A2が亡A1より相続した財産の存する限度において支払え。
5 被告A3及び被告A4は,それぞれ,会社原告に対し,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8と連帯して,2500万円及びこれに対する平成26年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,1986万円及びこれに対する同月3日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告A9と連帯して)を,被告A3及び被告A4が亡A1より相続した財産の存する限度において支払え。
6 被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8は,会社原告に対し,連帯して,1億円及びこれに対する,被告A5,被告A6及び被告A8については平成26年7月2日から,被告A7については同月4日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,5000万円及びこれに対する同月2日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告A2と連帯して,2500万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告A3及び被告A4とそれぞれ連帯して,1986万円及びこれに対する同月3日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告A9と連帯して)を支払え。
7 被告A9は,会社原告に対し,被告A2,被告A3,被告A4,被告A5,被告A6及び被告A8と連帯して,1986万円及びこれに対する平成26年7月3日から支払済みまで年5分の割合による金員(ただし,1986万円及びこれに対する同月4日から支払済みまで年5分の割合による金員の限度で被告A7と連帯して)を支払え。
8 会社原告の第1事件に係るその余の請求並びに株主原告の第4事件に係るその余の請求及び第2事件に係る請求をいずれも棄却する。
9 訴訟費用は,第1事件及び第4事件について生じた部分は,これを30分し,その4を会社原告の,その5を株主原告の,その3を被告A2,被告A3及び被告A4の,その2を被告A5の,その15を被告A6,被告A7及び被告A8の,その1を被告A9のそれぞれ負担とし,第2事件について生じた部分は,これを全部株主原告の負担とする。
10 この判決は,第1項から第7項までに限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
別紙2「請求の趣旨目録」記載のとおり。
第2 事案の概要
1(1) 第1事件及び第4事件
ア 別紙2「請求の趣旨目録」第1の1及び同第3の1に係る請求(以下「第1類型(金利・運用手数料関係)」という。)
第1類型(金利・運用手数料関係)は,会社原告が,金融資産の巨額の含み損の計上を回避する目的で,当該金融資産を買い取らせることを主たる目的とするファンド(以下「受け皿ファンド」という。)や受け皿ファンドに資金を注入するために利用されるファンド(以下「通過用ファンド」といい,受け皿ファンドと併せて「受け皿ファンド等」という。受け皿ファンド等を構成するファンドは,別紙3「ファンド等一覧」記載のとおりである。)に資金を供給し,含み損を抱えていた金融資産を簿価で買い取らせるなどして,会社原告から損失を分離するスキーム(以下「損失分離スキーム」という。)を構築し,これを維持し続けたことにより,銀行に対する支払金利(以下「本件金利」という。)及びファンド運用手数料等(以下「本件ファンド運用手数料等」という。)の損害(本件金利29億3711万2411円,本件ファンド運用手数料等78億8972万9208円)を被ったところ,承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8は,これを了承(黙認)し,又は中止のための措置若しくは是正措置を何ら採らなかったと主張して,会社法423条に基づき,同被告ら(承継前被告A1については,同人を相続した被告A2,被告A3及び被告A4(以下,これらの相続人3名を総称して「被告A2ら33名」という。)を含む。以下「第2 事案の概要」において同じ。)に対し,連帯して(ただし,被告A2ら3名については,各相続分の限度での連帯。以下「第2 事案の概要」において同じ。),上記損害の一部として,別紙2「請求の趣旨目録」第1の1記載の金額の支払を求めるとともに,共同訴訟参加した株主原告が,上記損害の全部として,同目録第3の1記載の金額を会社原告に対して支払うよう求めた事案である。なお,同目録第1の1及び同第3の1の各(1)ないし(3)の区分は,被告A7及び被告A8の取締役就任時点で区切った3つの期間(①平成13年4月から平成15年6月まで,②同年7月から平成18年6月まで,③同年7月から平成23年3月まで)に対応するものである。
イ 別紙2「請求の趣旨目録」第1の2及び同第3の2に係る請求(以下「第2類型(ITX株式運用損関係)」という。)
第2類型(ITX株式運用損関係)は,会社原告が,損失分離スキームが維持された状態で,受け皿ファンド等であるITVをして,注入された余剰金を用いてITX株式会社(以下「ITX」という。)の株式取得を用いた新たな資金運用をさせたことにより,運用損として91億6022万円の損害を被ったところ,承継前被告A1,被告A5及び被告A6はこれに関与し,これを了承(黙認)し,又は中止のための措置若しくは是正措置を何ら採らなかったと主張して,会社法423条に基づき,同被告らに対し,上記損害の一部として,別紙2「請求の趣旨目録」第1の2記載の金額の支払を求めるとともに,株主原告が,上記損害の全部として,同目録第3の2記載の金額を会社原告に対して支払うよう求めた事案である。
ウ 別紙2「請求の趣旨目録」第1の3及び同第3の3に係る請求(以下「第3類型(国内3社株式取得関係)」という。)
第3類型(国内3社株式取得関係)は,会社原告が,損失分離スキームの構築により生じた損失分離状態(会社原告から損失が分離された状態)を解消することを企図し,自ら又は完全子会社である Olympus Finance Hong Kong Ltd.(以下「OFH」という。)をして,株式会社アルティス(以下「アルティス」という。),NEWS CHEF 株式会社(以下「NEWS CHEF」という。)及び株式会社ヒューマラボ(以下「ヒューマラボ」といい,アルティス,NEWS CHEF 及びヒューマラボを総称して「本件国内3社」という。)の株式取得名目で受け皿ファンド等に多額の金員を流すことにより,実際の価値をはるかに超える高額(合計で最大613億7900万円)で本件国内3社の株式を取得して子会社化することを承認する旨の取締役会決議(以下「本件取得決議」という。)を行い,これにより607億9500万円を会社原告の社外に流出させて損害を被ったところ,被告A6,被告A7及び被告A8はこれに関与し,又はこれを了承したと主張して,会社法423条に基づき,同被告らに対し,連帯して,主位的に上記損害の一部として,予備的に本件国内3社の株式取得に関して外部協力者に支払われた22億0925万円の損害の一部として,別紙2「請求の趣旨目録」第1の3記載の金額の支払を求めるとともに,株主原告が,上記22億0925万円の損害の全部として,同目録第3の3記載の金額を会社原告に対して支払うよう求めた事案である。
エ 別紙2「請求の趣旨目録」第1の4及び同第3の4に係る請求(以下「第4類型(ジャイラス関係)」という。)
第4類型(ジャイラス関係)は,会社原告が,損失分離状態を解消することを企図し,英国医療機器メーカーである Gyrus Group PLC(以下「ジャイラス」という。)を買収する手続に関し,自ら又はその完全子会社である Olympus Finance UK Ltd.(以下「OFUK」という。)をして,フィナンシャルアドバイザー(以下「FA」という。)に対する報酬名目で,Axes America,LLC(以下「AXES」という。)に対するワラント購入権及び株式オプションの付与,AXAM Investments Ltd….(以下「AXAM」という。)からの5000万ドルでのワラント購入権の買取り,AXAMに対する発行額面約1億7700万ドルの優先株の付与及びAXAMからの6億2000万ドルでの優先株の買取りを行うとともに,これら各行為に必要な取締役会決議への参加を始めとする会社原告の社内手続及びFAとの契約締結等を行い,これにより,①25億4400万円(AXAMからAXESへのワラント購入権及び株式オプションの売買代金名目での支払額)及び②6億2000万ドル(ジャイラスの優先株の買取り代金名目でのAXAMへの支払額。支払日の為替レートで569億4080万円。)を社外に流出させて損害を被ったところ,被告A6,被告A7及び被告A8はこれに関与し,又はこれを了承したと主張して,会社法423条に基づき,同被告らに対し,連帯して,上記①の損害の一部として別紙2「請求の趣旨目録」第1の4(1)記載の金額の支払を,及び主位的に上記②の損害の一部として,予備的に優先株買取りに関して外部協力者に支払われた23億3517万0066円の損害の一部として,同目録第1の4(2)記載の金額の支払を求めるとともに,株主原告が,上記①の損害の全部として同目録第3の4(1)記載の金額を,及び上記23億3517万0066円の損害の全部として,同目録第3の4(2)記載の金額を会社原告に対して支払うよう求めた事案である。
オ 別紙2「請求の趣旨目録」第1の5及び同第3の5に係る請求(以下「第5類型(疑惑発覚後の対応関係)」という。)
第5類型(疑惑発覚後の対応関係)は,会社原告が,損失分離スキームの構築・維持及びその解消による一連の損失隠しを認識していた被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9が,会社原告の代表取締役であったBから違法行為が行われているのではないかと疑惑を指摘されたにもかかわらず,問題は何もないと虚偽の説明を続け,同損失隠しの事実を隠蔽しようとしたことにより,会社原告の信用が著しく毀損され,少なくとも1000万円の損害を被ったなどと主張して,会社法423条に基づき,同被告らに対し,連帯して,別紙2「請求の趣旨目録」第1の5記載の金額の支払を求めるとともに,株主原告が,上記損害は10億円を下らないと主張して,同目録第3の5記載の金額を会社原告に対して支払うよう求めた事案である。
カ 別紙2「請求の趣旨目録」第1の6及び同第3の6に係る請求(以下「第6類型(剰余金の配当等関係)」という。)
第6類型(剰余金の配当等関係)は,会社原告が,平成19年4月1日以降に実施した剰余金の配当及び自己株式の取得がいずれも分配可能額を超えて行われたものであるところ,①平成19年3月期~平成22年9月期の期末配当額及び中間配当額並びに平成20年5月8日及び平成22年11月5日の自己株式の取得額は合計546億8385万7848円,②平成23年3月期の期末配当額は39億9211万1088円であると主張して,会社法462条1項による金銭支払請求権に基づき,被告A6,被告A7及び被告A8に対し,連帯して,上記①の金額の一部として,別紙2「請求の趣旨目録」第1の6(1)記載の金額の支払を,被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9に対し,連帯して,上記②の金額の一部として,同目録第1の6(2)記載の金額の支払を求めるとともに,株主原告が,上記①及び②の全部として,同目録第3の6記載の金額を会社原告に対して支払うよう求めた事案である。
キ 別紙2「請求の趣旨目録」第1の7に係る請求(以下「第7類型(課徴金・罰金関係)」という。)
第7類型(課徴金・罰金関係)は,会社原告が,①別紙4「課徴金納付命令の内訳」の「虚偽記載に係る開示書類」欄記載の有価証券報告書,半期報告書及び四半期報告書(以下,これらを総称して「本件有価証券報告書等」という。)の重要な事実に虚偽の記載があったことを理由として,金融庁長官から課徴金納付命令を受けるとともに(その後,刑事事件判決の確定に伴い,同命令の一部は取り消され,納付すべき課徴金の額は1986万円となった。),②同別紙の「番号」欄1,3,7,11及び15の各有価証券報告書が証券取引法ないし金融商品取引法(以下「金商法」という。)に違反したとして,被告A6,被告A7及び被告A8とともに起訴されて罰金7億円に処せられ,合計7億1986万円の損害を被ったところ,承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9にはこの点について善管注意義務違反があるなどと主張して,会社法423条に基づき,同被告らに対し,連帯して,上記損害の一部として,別紙2「請求の趣旨目録」第1の7記載の金額の支払を求めた事案である。
(2)第2事件
第2事件は,株主原告が,会社原告の取締役であった被告A10,被告A11,被告A12,被告A13,被告A14,被告A15,被告A16,被告A17,被告A18及び被告A19(以下「第2事件被告ら」という。)は,Bから,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目での金銭支払に関し,不正行為が存在するとの疑惑を指摘されるなどしていたにもかかわらず,これを調査し違法行為が行われたと判断される場合に公表その他必要な措置を講ずる義務等を怠り,取締役会でBを代表取締役等から解職する旨の決議をして不祥事の隠蔽を図るなどしたことにより,会社原告に,①外部委員会の費用7億1944万9555円,②信用失墜による損害10億円及び③Bに支払った和解金12億7348万6900円の損害を与えたなどと主張して,会社法423条に基づき,第2事件被告らに対し,連帯して,別紙2「請求の趣旨目録」第2の1記載の金額(上記①及び②の合計額)及び同目録第2の2記載の金額(上記③)を会社原告に対して支払うよう求める株主代表訴訟の事案である。
(なお,原告らは,会社原告の監査役であった者らに対しても,損失分離スキームを認識し,又は認識し得たにもかかわらず,適切な監査権限の行使を怠ったなどとして,会社法423条に基づく損害賠償訴訟を提起したが(平成24年(ワ)第1038号(第3事件)及び同第8258号(第5事件)),これらはいずれも和解により終了した。)
2 前提事実(証拠等によって認定した事実は末尾に証拠等を掲げた。その余は当事者間に争いがない。)
(1)当事者等
会社原告は,顕微鏡,写真機,精密測定器,その他光学機械の製造販売並びに修理及び賃貸業務等を行うことを目的とする株式会社である。
株主原告は,責任追及等の提訴請求書が会社原告に到達した日の6か月前から同社の株式1単元以上を引き続き保有する株主である。
承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7,被告A8,被告A9,被告A10,被告A11,被告A12,被告A13,被告A14,被告A15,被告A16,被告A17,被告A18及び被告A19は,いずれも会社原告の取締役であった者であり,その在任期間等は別紙5「被告A2ら3名を除く被告らの役員在任期間等」記載のとおりである。このうち,承継前被告A1は,昭和59年1月から平成5年6月まで会社原告の代表取締役社長,同月から平成13年6月まで代表取締役会長の各地位にあり,被告A5は,平成5年6月から平成13年6月まで同じく代表取締役社長,同月から平成17年6月まで代表取締役会長の各地位にあり,被告A6は,平成13年6月から平成23年3月まで同じく代表取締役社長,同年4月から同年10月26日まで代表取締役会長の各地位にあった。
Bは,平成23年4月1日付けで会社原告の社長執行役員に就任し,同年6月29日に代表取締役及び社長執行役員・COOに,同年9月30日にCEOに就任したが,同年10月14日開催された取締役会(以下「10月14日取締役会」という。)において,代表取締役及び社長執行役員・CEOを解職され,業務執行権限のない取締役となった。(甲Aア1の1・2,キの1の1・2,7,8の1,11の1,弁論の全趣旨)
(2)剰余金の配当等
会社原告は,第139期事業年度(平成18年4月1日から平成19年3月31日まで)から第143期事業年度(平成22年4月1日から平成23年3月31日まで)にかけて,期末配当,中間配当及び自己株式の取得を実施し,以下の金額を支出した(以下,これらを総称して,「本件剰余金の配当等」という。)(甲Aカ4の1~4,6の1~8,8の1・2,9の1・2,10の1・2,11の1・2,12の1・2,13の1・2,14の1・2,15の1・2,16)。
ア 期末配当
(ア)平成19年3月期 64億6483万4177円
(イ)平成20年3月期 53億9087万6237円
(ウ)平成22年3月期 40億3690万8324円
(エ)平成23年3月期 39億9211万1088円
イ 中間配当
(ア)平成19年9月期 53億9051万5530円
(イ)平成20年9月期 53億3219万3453円
(ウ)平成21年9月期 40億3792万6015円
(エ)平成22年9月期 40億3764万6712円
ウ 自己株式の取得
(ア)平成20年5月8日決議 99億9773万円
(イ)平成22年11月5日決議 99億9522万7400円
(アないしウの合計額は,586億7596万8936円である。)
(3)本件有価証券報告書等の提出と課徴金・罰金の支払
ア 会社原告は,関東財務局長に対して本件有価証券報告書等を提出したところ,本件有価証券報告書等のうち,別紙4「課徴金納付命令の内訳」の「番号」欄1,3,7,11及び15の有価証券報告書並びに同16の四半期報告書(以下「本件四半期報告書」という。)には以下の内容の虚偽記載がされていた(甲Aキ2,弁論の全趣旨)。
(ア)同「番号」欄1の有価証券報告書
連結純資産額が約2324億5900万円であるところ,3448億7100万円と記載した。
(イ)同「番号」欄3の有価証券報告書
連結純資産額が約2500億2900万円であるところ,3678億7600万円と記載した。
(ウ)同「番号」欄7の有価証券報告書
連結純資産額が約1208億5200万円であるところ,1687億8400万円と記載した。
(エ)同「番号」欄11の有価証券報告書
連結純資産額が約1713億7100万円であるところ,2168億9100万円と記載した。
(オ)同「番号」欄15の有価証券報告書
連結純資産額が約1252億2500万円であるところ,1668億3600万円と記載した。
(カ)本件四半期報告書
連結純資産額が約1017億5100万円であるところ,1511億4700万円と記載した。
イ 会社原告は,平成24年7月11日,金融庁長官から,本件有価証券報告書等には重要な事項に虚偽の記載があるとして,合計1億9181万9994円の課徴金納付命令を受けた(甲Aク1の1)。
ウ 会社原告,被告A6,被告A7及び被告A8は,平成25年7月3日,東京地方裁判所において,別紙4「課徴金納付命令の内訳」の「番号」欄1,3,7,11及び15の有価証券報告書について,損失を抱えた金融商品を簿外処理するなどの方法により,「連結純資産合計」欄に虚偽の記載をしたなどとして,証券取引法違反及び金商法違反を理由に,会社原告を罰金7億円(以下「本件罰金」という。),被告A6及び被告A7を懲役3年(5年間の執行猶予),被告A8を懲役2年6月(4年間の執行猶予)にそれぞれ処する旨の判決の宣告を受けた(甲Aキ2)。
エ 金融庁長官は,平成25年9月4日,本件罰金の支払を命ずる判決の確定に伴い,前記イの課徴金納付命令のうち,別紙4「課徴金納付命令の内訳」の「番号」欄1~15に係る部分を取り消した。これにより,会社原告が納付すべき課徴金額は,本件四半期報告書に係る1986万円となった(以下「本件課徴金」といい,「本件罰金」と併せて「本件罰金等」という。)。(甲Aク1の2)
オ 会社原告は,平成24年7月31日,本件課徴金の支払として,1986万円を国庫に納付した。また,会社原告は,平成25年8月9日,本件罰金の支払として,7億円を国庫に納付した。(甲Aク2の1・2)
(4)FACTAへの記事の掲載とBの解任
ア 月間FACTA(以下「FACTA」という。)8月号(平成23年7月20日発行)に,「オリンパス『無謀M&A』巨額損失の怪」と題する記事(以下「本件記事1」という。)が掲載された。同記事には,①会社原告が平成20年3月期に合計約700億円で買収した本件国内3社について,素人目にも極めて不自然な利益計画であり,まともな投資とはいえないこと,②ジャイラスの買収に関して,ジャイラスが2700億円も出して買う会社ではなく,さらに,そののれん代を一括償却すれば連結自己資本がほとんど吹き飛んで会社原告の屋台骨が大きく傾くこと,③会社原告のM&Aが不明朗で,貸借対照表に計上されていない損失があるのではないかとアナリストが疑いの目を向けていること,④一連のM&Aで社外に流出した巨額の資金の流れも闇に閉ざされていることなどが記載されていた。(甲Aオ1)
イ FACTA10月号(平成23年9月20日発行)に,「オリンパスの『尻尾』はJブリッジ 巨額M&Aの闇を暴く調査報道第2弾。問題子会社の事業計画書に,あっと驚くファンドの名。」と題する記事(以下「本件記事2」といい,本件記事1と併せて「本件各記事」という。)が掲載された。同記事には,①会社原告が平成20年に本件国内3社を子会社化した際に株式を買い取ったのはNeo及びDDであること,②DDを立ち上げた投資ファンドはJブリッジから52パーセントの出資を受けた子会社であること,③Jブリッジは反社会的勢力との関係が疑われて資本市場で爪弾きされる企業であること,④本件国内3社の買収により総額350億円前後の資金がファンドに渡ったことになること,⑤Jブリッジに巨額の資金が流れた疑いが出ていることについて,会社原告の広報・IR室は黙りを決め込んでいることなどが記載されていた。(甲Aオ2)
ウ Bは,10月14日取締役会において,議長である被告A6から,代表取締役及び社長執行役員・CEOのいずれからも即時解職し,業務執行権限のない取締役とすることが提案され,出席取締役の過半数の賛成により承認可決された(同取締役会には,B,被告A6,被告A8,被告A9,被告A10,被A11,被告A12,被告A13,被告A14,被告A15,被告A16,被告A18及びCの各取締役,並びに,被告A7,D,E及びFの各監査役が出席し,被告A17及び被告A19は欠席した。)。(甲Aオ4)
(5)提訴請求
この間,株主原告は,平成23年11月7日,会社原告に対し,本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係るFAへの報酬支払に関して,調査の上,取締役らの善管注意義務違反が認められる場合には,被告A10,被告A11,被告A12,被告A13,被告A14,被告A15,被告A16,被告A17及び被告A18を含む取締役を被告として,前記取得額及び支払額を損害とする責任追及等の訴えを提起するよう通知した。また,株主原告は,同月17日,会社原告に対し,同社が国外投資ファンド等に支払った1394億1900万円は企業買収の目的で支出されたものではなく,会社原告が保有していた金融商品の含み損の穴埋め目的で支払われたものであって,関係役員らの善管注意義務違反は明らかであること,不正行為の疑いを指摘していたBを解任したことなどによる信用毀損等の損害は少なく見積もっても100億円を下回らないため,これらの損害について第2事件被告らを含む役員に対して損害賠償請求をすべき旨の提訴通知兼補充通知を送付した。(甲B1の1・2,2の1・2)
(6)被告A2ら3名による訴訟承継
承継前被告A1は,平成25年6月30日に死亡し,その妻である被告A2並びに子である被告A3及び被告A4が,本件訴訟における承継前被告A1の地位を承継した。被告A2ら3名は,同年9月24日,東京家庭裁判所に対して限定承認の申述をし,同裁判所は,同年10月15日,当該申述を受理するとともに,被告A3を相続財産管理人に選任した。
被告A3は,同月28日,同月15日に限定承認をした旨及び一切の相続債権者及び受遺者は2か月以内に請求の申出をすべき旨を公告した。(乙A7~9)
3 争点
(1)第1類型(金利・運用手数料関係)
ア 承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8の損失分離スキームの構築・維持に係る善管注意義務違反の有無
イ 損害の発生の有無
(2)第2類型(ITX株式運用損関係)
ア 承継前被告A1,被告A5及び被告A6のITX株式の取得・保有に係る善管注意義務違反の有無
イ 損害の発生の有無
(3)第3類型(国内3社株式取得関係)及び第4類型(ジャイラス関係)
ア 被告A6,被告A7及び被告A8の本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係る善管注意義務違反の有無
イ 損害の発生の有無
(4)第5類型(疑惑発覚後の対応関係)
ア 被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9の疑惑発覚後の対応に係る善管注意義務違反の有無
イ 損害の発生の有無
(5)第6類型(剰余金の配当等関係)
被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9の会社法462条1項の責任の有無
(6)第7類型(課徴金・罰金関係)
ア 承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9の損失分離状態の維持等に係る善管注意義務違反の有無
イ 被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9の虚偽記載のある有価証券報告書等の提出に係る善管注意義務違反の有無
ウ 損害の発生及び因果関係の有無
(7)第2事件
ア 第2事件被告らの善管注意義務違反の有無
イ 損害の発生及び因果関係の有無
(8)抗弁
ア 消滅時効の抗弁の成否(第1類型及び第2類型関係)
イ 信義則ないし過失相殺の抗弁の成否(第1類型,第3類型,第4類型及び第7類型関係)
ウ 権利濫用の抗弁の成否(第6類型関係)
4 争点に関する当事者の主張
(1)第1類型(金利・運用手数料関係)
(原告らの主張)
ア 承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8の損失分離スキームの構築・維持に係る善管注意義務違反
取締役は,受任者として会社法330条(民法644条)に定める善管注意義務を負っており,具体的には,①有価証券報告書等を提出している株式会社の取締役は,会社による適正な決算処理を困難にし,又は有価証券報告書等の虚偽記載の原因となる行為をしてはならない義務を負うとともに,②取締役は,正当な事業投資とはいえない目的の為に会社の財産を使用するなど,会社をして,無用な経済的負担の原因となる支出をさせてはならない義務を負い,③これらの行為が行われることを認識した取締役は,これを中止するために対応すべき義務を負う。
損失分離スキームの構築及びその維持は,それ自体,会社原告における適正な決算処理を著しく困難にするとともに,有価証券報告書等の虚偽記載を発生させる原因となるばかりか,会社原告においてその実行のための無用な負担を発生させるものである。このため,損失分離スキームの構築及び維持に関与する行為が取締役の善管注意義務違反に該当することはもちろん,損失分離スキームの構築及び維持が行われていることを知り,又は知り得たにもかかわらず,これを了承(黙認)したり,当該行為を中止・是正させるための措置を採らなかったりすることは,取締役の善管注意義務に違反するものである。
被告らの具体的な善管注意義務違反は以下のとおりである。
(ア)承継前被告A1及び被告A5について
承継前被告A1及び被告A5は,会社原告が行った資金運用において巨額の含み損が発生したことを認識しており,現に,バブル経済崩壊後の平成4年以降,継続的に行われてきた会社原告における損失計上回避策は,承継前被告A1及び被告A5が被告A7及び被告A8に指示をすることで実施されてきたものである。損失分離スキームの構築に関しても,承継前被告A1及び被告A5は,その報告を受けて実行するよう指示した上,その後の損失分離状態の維持に関しても,被告A7及び被告A8から「135PB運用報告」等を用いた損失分離状態に関する報告を定期的に受け,これを認識していたにもかかわらず,何らの是正措置を採らなかった。
さらに,被告A5は,損失分離スキームの構築のための資金調達を目的として LGT Bank in Liechtenstein AG(以下「LGT銀行」という。)の口座を開設するに当たり,平成10年3月23日付け口座開設申請書に会社原告の代表者として署名するなど,損失分離スキームの維持のための行為に積極的に関与している。
したがって,承継前被告A1及び被告A5は,損失分離スキームの構築,及び損失分離状態が達成された後である平成13年4月から損失分離状態が解消される平成23年3月までの間の損失分離状態の維持につき,取締役としての善管注意義務違反が認められる。
(イ)被告A6について
被告A6は,平成11年6月に総務・財務部を担当する取締役に就任して以降,被告A5や被告A7から,会社原告が簿外で抱えている多額の損失について説明を受けており,自らも損失分離スキームの構築に必要な議案を提案するなど,その構築に積極的に関与していた(少なくとも,被告A7及び被告A8が行おうとしている損失分離スキームの構築について認識していたにもかかわらず,当該行為を中止させるための措置を採らずにこれを了承していた。)。また,損失分離状態の維持に関しても,被告A7及び被告A8から「135PB運用報告」等を用いた損失分離状態に関する報告を定期的に受け,中間決算や本決算の際に被告A7から会社原告の簿外の損失について報告や相談を持ちかけられるなどしており,これを認識していたにもかかわらず,何らの是正措置も採らなかった。
したがって,被告A6は,損失分離スキームの構築及び損失分離状態が達成された後である平成13年4月から損失分離状態が解消される平成23年3月までの間の損失分離状態の維持につき,取締役としての善管注意義務違反が認められる。
(ウ)被告A7及び被告A8について
被告A7及び被告A8は,承継前被告A1,被告A5及び被告A6の了承の下,損失分離スキームを策定して構築したのみならず,分離した損失を解消するまでの間,損失分離状態の維持のための行為に積極的に関与した。
したがって,被告A7は,取締役に就任した平成15年6月29日以降,また,被告A8は,取締役に就任した平成18年6月29日以降,いずれも損失分離状態が解消される平成23年3月まで,それぞれ取締役としての善管注意義務違反が認められる。
イ 損害の発生
(ア)本件金利の損害
a 前記アの承継前被告A1及び被告らの義務違反により,会社原告は,その保有に係る預金債権(預託していた国債等を含む。以下,両者を併せて「預金債権等」という。)を担保として銀行から資金を借り入れた受け皿ファンド等が支払った金利分の損害を被ったものであり,その合計額は,別紙6「本件金利」の合計欄記載のとおり,29億3711万2411円である。
b この損害の発生時期については,損失分離状態を是正するための措置を採らずに放置し続けていた各時点ごとに,「放置」という不作為により金利支出に係る損害が発生したと考えることができる。なぜなら,会社原告が保有している預金債権等を担保として,①LGT銀行から資金を注入されたCFC,②Commerzbank AG(以下「コメルツ銀行」という。)から資金を注入された Hillmore,③Societe Generale Bank(以下「SG銀行」という。)から資金を注入された Eastersideといった受け皿ファンド等は,本件金利の支払時点において,いずれも銀行に対する全債務を完済できるような状況にはなかった(すなわち,実質的に債務超過状態にあった。)から,前記アの承継前被告A1及び被告らが放置したことにより受け皿ファンド等から本件金利が支払われ,当該支払分だけ,将来において銀行に返済できる金額が減少し,会社原告が担保として提供した預金債権等の価値が毀損されるという損害が発生したと考えることができるためである。
本件金利が支払われている期間中,CFCが実質的に債務超過状態であったことは,CFCが受け皿ファンドそのものであること,平成12年3月末時点においてCFCには638億2600万円の損失が発生していたこと,平成13年3月時点においてCFCの有する実質的な資産は「ゼロ」とされていたこと,LGT銀行からCFCへの貸付けのために担保として提供されていた会社原告らの保有に係る国債(簿価349億9700万円)は,貸付先であるCFCに注入された資金が損失分離状態の達成のために使用された結果,平成14年9月時点で298億3900万円,平成15年3月時点で296億6600万円分だけ返還されない状態が生じていたことなどから明らかである。同様に,その期間中,Hillmore 及びEasterside が実質的に債務超過であったことは,これらが通過用ファンドにすぎないこと,資金移動後は同じく無資力の通過用ファンドである21Cが発行する債券を有していることを除きほとんど資産を有していなかったこと,SG銀行から Eastersideへの貸付けのために担保として提供されていた会社原告の保有に係るSG銀行宛債権(450億円)は,平成14年9月時点で388億4700万円,平成15年3月時点で378億4000万円分だけ返還されない状態が生じていたことから明らかである。
c 会社原告が,本件金利が支払われた時点で,金利相当額の損害を被ったというためには,同支払時点において,複数の受け皿ファンド等を全体としてみたときに実質的に債務超過状態にあったといえれば足りるから,会社原告において,受け皿ファンド等に資金が注入されて損失分離スキームの構築により損失分離状態が達成された時点,又は,その後に受け皿ファンド等において本件金利を支払った時点において,具体的に会社原告が担保として提供していた各々の預金債権等においてどの部分が返還されない状態になっていたのかを特定することまでは必要ないものというべきである。損失分離スキームの構築・維持の過程においては,関与者・認識者である被告らの指示又は了承の下で,ファンド間で資金を融通し合っていたものであり,受け皿ファンド等が全体としてみて実質的に著しい債務超過状態にあった以上,個別の受け皿ファンド等における財産状態を個別に検討する意味はほとんどない。
(イ)本件ファンド運用手数料の損害
a 前記アの承継前被告A1及び被告らの義務違反により,会社原告は,自己が直接出資した受け皿ファンド等(LGT-GIM,SGボンド及びGCNVV。なお,Neoは,会社原告が直接出資したファンドではない。)の資産から支払われたファンド運用手数料分の損害を被った。
LGT-GIM,SGボンド及びNeoの各受け皿ファンド等が平成13年以降ファンド運用者に対して支払った本件ファンド運用手数料等は,別紙7「本件ファンド運用手数料等」の「(1)GIM,SG Fund,Neo分」の表に記載のとおり,合計55億4408万8527円である(なお,同表中,「GIM」及び「GIM(OT)」はLGT-GIMを,「SG Fund」はSGボンドをそれぞれ示している。)。
また,GCNVVがそのジェネラル・パートナーである GCI Cayman Limited(以下「GCI Cayman」という。)に対して支払った運用報酬等は,合計34億2072万5993円である。GCNVVは,損失分離スキームの構築及び維持に利用することを主たる目的として設立されたものであるが,付随的に新事業の創生等の目的も存在したことを踏まえれば,GCICayman に支払われた報酬のうち,損失分離スキームの構築及び維持の目的に用いられた資金の運用に係る部分が損害であると考えられる。そして,GCNVVへの出資金350億円のうち少なくとも約240億円がQPに対して送金されていることから,240/350に相当する割合が損失分離スキームの構築及びその維持に基づく損害と考えられ,別紙7「本件ファンド運用手数料等」の「(2)GCNVV分」の表に記載のとおり,上記支払額のうち,23億4564万0681円が損害となる。
b これらの損害の発生時期については,本件金利と同様,損失分離状態を是正するための措置を講ずることなく放置し続けていた各時点ごとに,放置という不作為により,ファンド運用手数料等の支払に係る損害が発生したと考えることができる。
会社原告が直接出資しているファンド(LGT-GIM,SGボンド及びGCNVV)は,会社原告が実質的に100パーセント出資しているファンドであり,かつ,出資が返還される上限が定められているものではない(返還時点においてファンドが有する資産は全て返還される。)。そのため,このようなファンドに出資している場合において,出資した状態を放置したことにより運用手数料等の支払が発生したときは,後に会社原告に返還されるべき金員がその支払分だけ減少することになる結果,上記支払分だけ会社原告に対する出資債権の価値が毀損されるという損害が発生すると考えることができる。
これに対して,会社原告が直接出資したファンドではない通過用ファンドであるNeoの資産から支払われた運用手数料については,Neoに対する出資はほぼ100パーセントを通過用ファンドであるTEAOが行っている。そのため,Neoの資産が目減りすると,TEAOの出資債権の価値がそれとほぼ同額分毀損されることになる。そして,TEAOに対してはLGT-GIMがTEAO発行の債券を買い取る形で貸付けを実施しているところ,そもそもTEAOは,Neoと会社原告の関係をできるだけ離し,LGT-GIMからNeoへの資金移動が外部に分からないようにしつつ,LGT-GIMの資金をNeoに注入するためだけに設立されたファンドであり,かつ,LGT-GIMが貸付けを実施している期間中,実質的に何らかの運用により利益を得ている事実は見当たらず,実質的な債務超過状態であったと評価される。したがって,Neoが運用手数料を支払うことにより,TEAOのNeoに対する出資債権の価値が毀損される都度,会社原告が直接出資するLGT-GIMのTEAOに対する貸付債権も同額分だけ価値が毀損され,会社原告のLGT-GIMに対する出資債権の価値も毀損されるという損害が発生すると考えられる。
(ウ)以上の本件金利及び本件ファンド運用手数料等の損害を,被告A7及び被告A8の取締役選任時点(平成15年6月,平成18年6月)をもって区切ると,以下の金額となる。
① 平成13年4月から平成15年6月まで:29億3702万3056円
② 平成15年7月から平成18年6月まで:38億1614万8682円
③ 平成18年7月から平成23年3月まで:40億7366万9881円
(エ)損害の填補に関する主張について
a 実際に受け皿ファンド等から銀行に借入金を返済するべき弁済期が到来し,会社原告が新たな負担をすることなくその弁済期に受け皿ファンド等から弁済がされた結果として,会社原告が担保を設定していた預金債権等が担保実行されることなく担保解除され,会社原告に返還された場合に初めて,一旦発生した損害が填補されることになる。このため,一旦損害が発生した後に受け皿ファンド等が収益を上げた事実があるとしても,新たに会社原告に負担を生じさせることなく最終的に受け皿ファンド等から弁済がされ,会社原告に担保が返還されない限り,一旦発生した損害が填補されるものではない。そして,このように一旦発生した損害が後に填補されたことについての主張立証責任は被告らが負うものである。
b 注入された資金の受け皿ファンド等における運用益は存在しない。会社原告が損失分離スキームの構築時点から解消に至る前までの間に受け皿ファンド等に注入した資金は,合計2200億円(①平成13年3月期までの1450億円,②SG銀行追加分150億円,③SGボンド追加分600億円)である一方,受け皿ファンド等から戻ってきた資金は,合計約691億円(①コメルツ銀行150億円,②SG銀行450億円,③GCNVV中途償還60億円,④GCNVVの中途解約による償還約31億円)である。また,会社原告(Olympus Asset Management Ltd…(以下「OAM」という。),OFH及びOFUKを含む。)が,損失分離スキームを解消する目的で,受け皿ファンド等に注入した資金は,合計約1229億円(①本件国内3社株式の購入約471億円,②ジャイラスワラント購入権代金約52億円,③OFHによる本件国内3社株式の購入約137億円,④ジャイラス優先株の取得約569億円)である一方,戻ってきた資金は合計約1350億円(①LGT-GIMからの払戻し約368億円,②LGT銀行からの払戻し約351億円,③SGボンドからの出資金返還約631億円)である。会社原告は,受け皿ファンド等に合計約3429億円の資金を拠出したにもかかわらず,最終的に会社原告に戻ってきた資金は,合計約2042億円にすぎない。損失分離スキームが構築された平成12年3月末時点において会社原告グループが保有していた金融資産の含み損が約954億円であることに鑑みれば,損失分離スキームの構築から解消されるまでの間に約433億円という資金が失われたことになる。ここから,①本件金利及び本件ファンド運用手数料等の合計108億2684万1619円,②ITX株式の運用損59億9040万円,③損失分離スキームの解消時に受け皿ファンド等から流出した資金72億0075万9788円の合計約240億円を控除したとしても,約193億円の資金が失われたことになる。そして,この約193億円が失われた原因は,ITX株式の運用損を除く,受け皿ファンド等における保有金融資産の含み損の増大と判断されることからすれば,被告らが主張するような運用益が存在しなかったことは明らかである。
(オ)予備的主張
受け皿ファンド等は,いずれも会社原告に発生した金融資産の含み損の損失計上を回避する目的のために設立されたものであり,会社原告の従業員や役員の一部であった関与者・認識者のコントロール下にあった。そのようなことから,会社原告及びOFH・OFUKから支払われた本件国内3社の株式取得代金及び優先株買取代金に相当する金員が,関与者・認識者の策定した損失分離スキームの解消スキームに従って受け皿ファンド等を移動し,結果として,関与者・認識者の企図したとおりに会社原告が預金の解放や出資金の返還を受けていることや,受け皿ファンド等の大半は,会社原告が平成23年12月に提出した有価証券報告書の訂正報告書において,事後的に会社原告の連結対象子会社とされていることから,法的評価としても,受け皿ファンド等が会社原告の支配下にあって会社原告と同一体であると考えられる可能性がある。仮に,法的評価として,CFC,Hillmore,Easterside,LGT-GIM,SGボンド,Neo及びGCNVVが,会社原告の支配下にあって会社原告と同一体であると考えられるとすれば,本件金利及び本件ファンド運用手数料等の支払によりこれらのファンドからその他の受け皿ファンド等の外部に資金が流出した時点で,同支払額と同額の損害が会社原告に発生したと評価し得ることになる。したがって,会社原告は,本件金利及び本件ファンド運用手数料等相当額が会社原告の損害となる理由として,予備的にこれらの点を主張する。
(被告A2ら3名の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)会社原告における金融資産の運用は財務担当の被告A7及び被告A8が中心となって行っており,承継前被告A1は,被告A7及び被告A8から会社原告の含み損の状況について説明を受けた記憶がなく,損失分離スキームの構築について了承したこともない。承継前被告A1の供述調書においては,同人が損失分離スキームへの関与を認める旨の供述をしたと記載されているが,同人は自らの関与を認める供述になっていることを認識していなかった。同供述調書は,供述当時87歳の老人が,概ね10年以上前の事実について詳細に供述している点で不自然であり,検事による相当な誘導があったと考えざるを得ない。
(イ)大規模な事業会社の役員は広範な職掌事務を有しており,かつ,承継前被告A1は必ずしも金融取引の専門家でもないから,その任務として,自らが個別の取引の詳細を一から精査することまでは求められておらず,下部組織等が適切に職務を遂行していることを前提として,そこから上がってくる報告に明らかな不備不足があり,これに依拠することにちゅうちょを覚えるというような特段の事情がない限り,その報告を基に調査・確認すれば注意義務を果たしたことになるというべきである。承継前被告A1は,損失分離スキームの構築について説明を受けた記憶がないことに加え,当時,75ないし77歳と高齢で,代表取締役としての責務を主として被告A5が担っていたことをも併せ考えると,承継前被告A1に,代表取締役会長としての善管注意義務違反は認められない。 イ 損害の発生について
(ア)主位的な損害の主張について
a 会社原告が損失分離スキームの構築・維持に基づく損害として主張する本件金利及び本件ファンド運用手数料等は,いずれも会社原告とは別の法人格である受け皿ファンド等に生じたものであって,会社原告自身に生じたものではないから,会社原告の損害の主張はそれ自体失当である。
b 仮に,会社原告の主張を前提としても,受け皿ファンド等の資産の減少によって直ちに会社原告の預金債権や出資債権の価値が減少するものではなく,預金や出資が返還されないことが確定した時点で損害と認識することが一般的であり,預金や出資が返還されないことが確定する前の時点で損害が発生したとする会社原告の主張は特異である。また,会社原告の有する預金債権や出資債権は,その債務者である受け皿ファンドの総資産を引き当てとするものであるから,預金債権や出資債権の価値の減少を主張するのであれば,受け皿ファンド等の支出の一部を掲げるだけでは不十分であり,受け皿ファンド等による運用によって生じた利益もあるから,ファンド運用による保有資産の増加額も含め,受け皿ファンド等の全体の財務状況や収支が明らかにされなければならない。会社原告の出資が現実に毀損されたことが主張立証されておらず,したがって,損失分離スキームの解消により担保に提供された会社原告の預金は担保から解放され,会社原告の出資も会社原告に戻ったものと考えられるから,会社原告の預金債権及び出資債権が毀損したと評価することはできない。
損害とは,もし加害行為がなかったとしたならばあるべき利益状態と,加害がなされた現在の利益状態との差であるから,受け皿ファンド等による本件金利及び本件ファンド運用手数料等の支払前後における財産状態を明らかにすべきであり,これがないまま,本件金利等の支払時点で損害が発生するとはいえない。また,かかる差額説からすれば,会社原告が受け皿ファンド等に生じた損害がその後填補されていないことまで主張立証しなければならないはずである。会社原告は保有する全ての証拠にアクセスできる立場にあるのに対し,被告A2ら3名は開示を受けた証拠しかアクセスできないのであるから,公平上も,事案解明のためにも,会社原告が主張立証責任を負うのが当然である。
c 損失分離スキームの構築後,これを放置した善管注意義務違反が観念できるとしても,放置と相当因果関係のある損害は,取締役在任期間における取締役の行為と相当因果関係のある損害に限定されるはずである。承継前被告A1は,平成16年4月に取締役を退任しているから,会社原告は,その時点において,損害がいくらとなっていたかを明らかにすべきである。
(イ)予備的な損害の主張について
会社原告が,CFC,Hillmore,Easterside,LGT-GIM,SGボンド,Neo及びGCNVVが,「会社原告の支配下にあって会社原告と同一体である」と主張する趣旨は不明確である。仮に,そのように考えられるとしても,CFC等の支出の一部のみを掲げ,それが会社原告の損害であると主張するのみでは不十分であり,ファンド運用による保有資産の増加額を含め,CFC等を含めた会社原告と「同一体」にある範囲全体の財務状況や収支を明らかにすべきである。
(被告A5の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)被告A5は,1990年代,いわゆる特金の運用資産の残高及びその中に含み損を抱えた金融商品が存在していたことは認識していたが,それを超えて,会社原告が主張するような巨額の含み損が発生していたことは認識していなかった。被告A5が,巨額の損失が海外ファンドに隠されていることの概要につき説明を受けたのは,代表取締役会長に就任した平成13年6月より後の,平成14年から15年頃,被告A7より「135PB運用報告」(甲Aイ8の1)と類似した書面を見せられた時が最初であり,その時点までは損失隠しの全体像を知らなかった。この被告A5の事実認識は,「130PB期運用計画」(平成9年10月12日付け)において,含み損の金額が140から160億円程度で推移していると報告されていること,「運用報告(132P-4月~6月)」において,特金の含み損の金額が68億円と報告されていることなどの客観的証拠からも裏付けられている。
原告らは,刑事事件における被告A5の供述調書を引用して,被告A5が被告A7らに指示して損失分離スキームを実施してきた旨主張するが,当該供述調書は,取調べ当時76歳という高齢であった被告A5が,長時間に及ぶ取調べを受ける中で,決められたストーリーを執拗に押しつけてくる特捜検事の取調べに無力感を覚え,少々のことは妥協してしまおうという心理状態になったことなどの複数の要因が影響して作成されたものである。その供述内容も,20年も前の出来事を明確に記憶しているものになっていて不自然であるのみならず,客観的証拠により裏付けられた内容になっていないなど,信用性が極めて乏しい。
(イ)被告A5が,損失隠しの全体像の概要を認識した後に事実の調査の指示,公表等の措置を講じなかったことは,当時の状況下ではやむを得ない事由があったというべきであり,被告A5の任務懈怠責任は否定されるべきである。
イ 損害の発生について
(ア)主位的な損害の主張について
a LGT-GIMについてみれば,少なくとも平成12年12月15日から平成19年12月31日までの間,会社原告が主張する本件ファンド運用手数料等を控除した上でもなお一貫して利益を上げ続けており,LGT-GIMに対する会社原告の出資債権の価値は何ら毀損されていない。LGT-GIMにおいて収益が上がっている事実がある以上,他のファンドにおいても同様に収益が上がっている可能性は十分にあり,この点の精査なくして会社原告に損害が発生しているか否かを判断することはできない。
b 損害とは,もし加害原因がなかったとしたならばあるべき利益状態と,加害がなされた現在の利益状態の差であるとされており,このような差額説を前提とすれば,本件の損害とは,「損失分離状態が維持されていることを知りながら又は知り得たにもかかわらず当該状態を是正するための措置を採らずにこれを放置した」という加害がなされた現在の利益状態と,加害がなかったとしたならばあるべき利益状態との差と解することになる。会社原告が主張する本件金利及び本件ファンド運用手数料等は,いずれも過去のある時点における個々の支出の問題であり,差額説による損害算定の前提となる「現在の利益状態」を構成する一要素にすぎない。本件金利及び本件ファンド運用手数料等を支払った時点で損害が発生するとの原告らの主張は,事実のレベルにおいても,損害概念に関する差額説からも理由がない。また,差額説を前提とすれば,加害行為がなされた現状と,それがなされなかったと仮定した場合の原状との差額が損害である以上,会社原告において「原状」と「現状」との差額を主張立証しなければならない。
c LGT銀行とCFCとの間のローンアグリーメントにおいては,CFCは,弁済期までは300億円を自由に利用できるとされているのであり,弁済期が到来するまでの間は,金利を支払いさえすれば債務超過に陥っていても構わないのである。CFCがたとえ本件金利支払時点において原告らのいうところの実質的な債務超過状態であったとしても,弁済期に返済資金を準備できれば,会社原告が担保に供した預金債権等の価値が毀損されるという損害も発生しなかったと評価することが,金銭消費貸借契約の法的性質からも妥当な結論であることは明らかである。さらに,会社原告が担保に供した預金債権等や出資金は,最終的にその全額が会社原告に戻ったものと考えられるから,これらが毀損されたことを前提とする損害の主張は理由がない。
d 原告らは,会社原告が担保を設定していた預金債権等が実際に担保実行されることなく返還された場合にはじめて一旦発生した損害が填補されると主張するが,単純に考えて,金利や運用手数料の支払がされた後にファンドの運用による収益が発生した場合,過去の各支払時点において損害が発生するとの原告らの論理に基づけば,収益発生の都度損害が填補されて,預金債権や出資の価値の毀損も回復すると考えることになるはずである。損害の発生を過去の各支出時点と考え,他方で損害の填補については,過去の収益発生時点においてはこれを考慮せず,最終的に担保に供されていた預金債権やファンドへの出資金が会社原告に返還される時点においても考慮する必要がないかのごとき原告らの主張は,論理的にも整合性のない独自の見解というほかない。
(イ)予備的な損害の主張について
受け皿ファンド等が,会社原告の支配下にあって会社原告と同一体であるとの法的評価がされるという根拠が不明であり,そのように断じることができる法理も不明である。
(被告A6の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)被告A6が含み損の存在について報告を受け,これを了承したのは,代表取締役に就任した平成13年6月28日より後のことであり,常務取締役時代には,含み損や損失分離スキームの存在について理解してなかった。これは,被告A6が,刑事手続の供述調書において,社長就任後に被告A7から簿外の損失があることをはっきり教えられた旨を供述していることや,被告A5が上記主張に沿う供述をしていることから明らかである。
(イ)有価証券報告書を提出している会社の取締役は,有価証券報告書等の虚偽記載をしてはならない義務を負うのみであり,会社による適正な決算処理を困難にし,又は有価証券報告書等の虚偽記載の原因となる行為をしてはならないという義務を負うものではない。また,被告A6が損失分離スキームの構築・維持に関与したとしても,そのことから直ちに,適正な決算処理が不可能になったり,虚偽記載を発生させたりするものではない。
イ 損害の発生について
損害論に関する相被告の主張は,全て有利に援用する。
(被告A7の主張)
本件金利及び本件ファンド運用手数料等は,会社原告とは別法人である受け皿ファンド等が支出したものであって,会社原告の損害ではない。また,LGT銀行への預託については解約時に益金7億円が,SGボンドについては解約時に31億円の益金が発生しているほか,預託していた資産に係る利息等を含めれば相当の利益があったのであるから,これらの利益は損害から控除されなければならない。
(被告A8の主張)
ア 善管注意義務違反について
会社原告が損失分離スキームの構築・維持の責任の発生根拠として主張する行為は,いずれも被告A8が取締役に就任した平成18年6月29日以前の行為である。被告A8は,一従業員としてそれらの行為に関与したにすぎず,取締役として責任を負うべきものではない。
イ 損害の発生について
被告A7の主張と同旨。
(2)第2類型(ITX株式運用損関係)
> (原告らの主張)
ア 承継前被告A1,被告A5及び被告A6のITX株式の取得・保有に係る善管注意義務違反
損失分離スキームの構築・維持の目的を認識した上で,①損失分離のためにITVに資金が注入されていることを知り,又は知り得た取締役が,その資金を用いたITX株式の取得に関与すること,②ITVが損失分離のために注入された資金を用いて取得したITX株式を保有し続けていることを知り,又は知り得た取締役が,これを了承(黙認)したり,是正のために何らの措置を採らないこと,③ITVによるITX株式の保有により新たな含み損が発生していることを知り,又は知り得た取締役が,ITVによる保有状態を了承(黙認)したり,是正のために何らの措置を採らないことは,善管注意義務に違反する行為である。
被告らの具体的な善管注意義務違反は以下のとおりである。
(ア)承継前被告A1について
承継前被告A1は,平成12年3月31日以降,ITVが損失分離のために注入された資金の一部を用いてITX株式を取得したことや,その後も当該ITX株式を保有し続けていることを認識していたのみならず,ITX株式の保有により新たな含み損が発生し続けていることを認識していたにもかかわらず,何らの是正措置を採らなかった。したがって,承継前被告A1には,ITX株式の取得及び継続保有につき,取締役としての善管注意義務違反が認められる。
これに対し,被告A2ら3名は,平成14年1月8日までに生じた債務については消滅時効を援用するところ(後記(8)ア(被告A2ら3名の主張)参照),義務違反の起算点となる同月9日の時点では会社原告が既にITX株式を取得していたから,その株式保有を前提として,何が会社原告にとって有利であるかを検討すべきであった旨を主張するが,その時点に立って検討したとしても,承継前被告A1は,ITVが損失分離のために注入された資金の一部を用いてITX株式を取得したことや,その保有により新たな含み損が発生し続けていることを認識していたにもかかわらず,何らの措置を採らなかったのであるから,取締役としての善管注意義務違反が成立することは明らかである。
(イ)被告A5について
被告A5は,被告A7からITVがITX株式を購入することについて説明を受けており,その説明に基づいてITX株式を購入することを決定した。また,被告A5は,ITX株式の取得後も,ITVがこれを保有し続けていることや,その保有により新たな含み損が発生し続けていることを認識していたにもかかわらず,何らの是正措置を採らなかった。
したがって,被告A5には,ITX株式の取得及び継続保有につき,取締役としての善管注意義務違反が認められる。
(ウ)被告A6について
被告A6は,ITXの事業内容について説明を受け,これを踏まえて「ITXの株を150億円分買わせて欲しい。」旨を連絡しており,ITVが株式100億円分を購入することを了承していた。また,被告A6は,ITX株式の取得後も,ITVがこれを保有し続けていることや,その保有により新たな含み損が発生し続けていることを認識していたにもかかわらず,何らの是正措置を採らなかった。
したがって,被告A6には,ITX株式の取得及び継続保有につき,取締役としての善管注意義務違反が認められる。
イ 損害の発生
(ア)通過用ファンドであるITVは,99億9929万円を投資してITXの株式9323株を取得した(ITVは,その後,株式分割により,1万8646株のITX株式を保有することになったが,直接又は会社原告の完全子会社であるOFHを通じて会社原告に譲渡した。)が,ITX株式の株価は下落し続けた。ITXは,平成22年に会社原告による株式公開買付けにより非公開会社となったため,現在のITX株式の時価は不明であるが,少なくとも会社原告による公開買付け公表前の1株当たりの株価である4万5000円より値下がりしていることは確実である。そこで,現在においても,ITX株式は1株当たり4万5000円の価値があると仮定すると,1万8646株の評価額は8億3907万円となるので,会社原告が投資した金額との差額である91億6022万円の評価損が発生したことになり,それだけの損害が会社原告に生じたことになる。
なお,ITX株式は,ITVが購入代金を拠出して購入したものであるが,ITX株式の株価の下落により評価損が発生すると,Neoを通じて出資している会社原告の出資債権が下落することになることは,前記(1)(原告らの主張)イ記載のとおりであるから,結局,会社原告にも損害が発生することになる。また,法的評価として,ITVが,会社原告の支配下にあって会社原告と同一体であると考えられるとすると,ITX株式の株価の下落により発生した評価損は,会社原告の損害と評価し得ることになる。
(イ)被告A5は,平成24年9月28日にITXの全事業を新ITXに会社分割し,会社原告が新ITXの全株式をアイジェイホールディングス株式会社(以下「アイジェイホールディングス」という。)に530億円で譲渡したことをもって,このうちITVから譲り受けた1万8646株の対価に相当する金額は損害から控除されるべき旨を主張するが,会社原告が実施したITX株式の公開買付け及び株式交換により,ITXが会社原告の完全子会社となった後は,会社原告による経営支援等が実施され,ITXの株式価値自体が上昇していることなどの事情からすれば,被告A5の主張が妥当するものではない。念のため付言すると,会社分割前に会社原告はITX株式を64万0240株保有していたのであり,本件訴訟で問題とされているITX株式1万8646株に相当する譲渡金額は,15億4354万円にすぎない。
(被告A2ら3名の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)ITVによるITX株式の取得は,損失分離スキームに利用されたものではなく,会社原告の取締役会による経営判断として行われた投資・資金運用の一つと考えられるから,被告A7及び被告A8によるITX株式の取得の判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがないのであれば,結果として値下がりによる損害が生じたとしても,役員に責任を問うことはできない。ITX株式の取得は,「株式公開による値上益の獲得」だけでなく,「迅速な事業化のノウハウの取得」や「情報機器事業拡大のための提携の可能性」をも目的としたものであり,会社原告の取締役会において,取得の必要性,財務上の負担,株式の取得を円滑に進める必要性の程度等を総合考慮して決定されたものというべきであって,その決定の過程,内容に著しく不合理な点はなく,取締役としての善管注意義務に違反するものではない。
(イ)取締役は,会社の保有する資産について,会社に利益を与えあるいは損失を避けるよう,継続保有するか又は売却処分するかを決定すべきである。被告A2ら3名は平成14年1月8日までに生じた債務については消滅時効を援用するところ(後記(8)ア(被告A2ら3名の主張)参照),義務違反の存否の起算点である同月9日の時点に立ってみれば,ITVは既にITX株式を取得していたのであるから,取締役としては,会社原告がその株式を保有していることを所与の前提として,何が会社原告にとって有利かを検討すべきであり,その株式が将来値下がりするか否かが分からないのであれば,値上がりを期待して保有を継続することも許される(取締役の裁量の範囲内である)というべきである。本件においては,ITX株式が将来値下がりすることの認識可能性が何ら証明されていないから,承継前被告A1がITX株式を処分させなかったことが取締役の任務懈怠に当たるとはいえない。
イ 損害の発生について
前記(1)(被告A2ら3名の主張)イ記載のとおりである。
(被告A5の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)被告A5が損失隠しの事実を知ったのが平成14年から15年頃であることは,前記(1)(被告A5の主張)ア記載のとおりである。
(イ)ITXは,平成12年4月に日商岩井株式会社(以下「日商岩井」という。)の情報通信部門の分社化により設立された会社である。ITXは,ベンチャー企業への投資のほか,オフィスや人材の提供など総合支援事業を行う計画であり,日商岩井の医療機器輸入部門がITXに移管され,バイオ,介護,医療事業を新規事業として展開することにもなっていた。会社原告は,平成12年1月28日の経営会議において,①ITXの価値及び株価の上昇によるキャピタルゲインの取得,②新規事業立上げや情報機器事業への事業拡大の際の強力なパートナーシップの形成という二つの大きなメリットを見い出して投資を決定した。その決定に当たっては,株価及び負債状況等について銀行による精査を実施したほか,独自に類似企業における株価を根拠とした試算を実施するなど,慎重な検討を行っている。また,ITXが株式上場を果たした後においては,上場後の株価が購入価格の約4分の1~3分の1程度にとどまったことから,会社原告において減損処理をしている。株価低迷によって当初意図したキャピタルゲインが短期的に得られる見通しはなくなったものの,会社原告としては,直ちにITX株式を売却して手を引くのではなく,もう一つの狙いである戦略的事業提携を継続的に推し進めていく戦略をとり,実際,ITXは,IT関連事業や医療関連事業をはじめとする各種新規事業の発掘・投資・育成等を精力的に行い,会社原告の子会社となった後にも,会社原告の事業部門の一つの柱として機能していた。これらの事実からすれば,ITX株式の取得・保有は,会社原告による経営・投資戦略の一環として行われたものにほかならず,損失分離スキームと無関係であることは明らかである。ITX株式の取得・保有により仮に損失が生じたとしても,それは経営戦略に基づく投資の失敗にすぎないのであって,原告らの主張には理由がない。
イ 損害の発生について
会社原告は,平成18年3月3日,ITVからその保有に係るITX株式を全て譲り受けた後,公開買付けや株式交換を経て,ITXの全発行済株式(64万0240株)を取得した。さらに,会社原告は,平成24年9月28日,ITXの全事業を新ITXに会社分割し,会社原告が剰余金の配当として取得した吸収分割承継会社(新ITX)の全株式を,アイジェイホールディングスに対して530億円で譲渡した。この譲渡代金530億円のうち,ITVから譲り受けた1万8646株の対価に相当する金額は,会社原告の損害から控除されるべきである。また,ITVがITX株式を保有していた平成12年3月28日から平成18年3月3日までの間に,会社原告又はITVがITXから取得した積極財産は,会社原告の損害から控除されるべきである。
(被告A6の主張)
ア 善管注意義務違反について
損失分離スキームを構築・維持したことに係る善管注意義務違反や,投資判断に係る善管注意義務違反と離れて,これらと別個に,損失分離スキームの構築のために受け皿ファンド等に注入された資金を用いて新たな運用を行うこと自体が,その投資判断の内容如何にかかわらず,直ちに善管注意義務違反を構成するとは考えられない。
イ 損害の発生について
損害論に関する相被告の主張は,全て有利に援用する。
(3)第3類型(国内3社株式取得関係)及び第4類型(ジャイラス関係)
(原告らの主張)
ア 被告A6,被告A7及び被告A8の本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係る善管注意義務違反
損失分離スキームの構築によって作出された損失分離状態の解消のため,①本件国内3社の株式取得を行うこと,及び②ジャイラスの買収に伴うFA報酬名目で金員を支払うこと(①及び②を併せて,以下「損失分離解消行為」という。)は,それ自体,正当でない目的のために会社の財産を使用するものであり,会社原告をして重要な事項について虚偽の記載内容を含む有価証券報告書等の虚偽記載を助長する原因となり,会社原告において無用の負担(社外の協力者への報酬等の支払)を発生させる。
したがって,損失分離解消行為を認識し,又は認識し得た取締役は,当該行為を中止するための対応を採る義務を負い,この義務に違反して自ら損失分離解消行為に関与し,又はこれらを承認(黙認)もしくは放置する行為は,取締役の善管注意義務に違反する。
被告らの具体的な善管注意義務違反は以下のとおりである。
(ア)被告A6について
前記(1)(原告らの主張)ア記載のとおり,被告A6は,損失分離スキームについて認識し,かつ,これを了承していたため,損失分離状態の解消の必要性についても当然に認識していた。被告A6は,かかる認識を前提として,損失分離状態の解消スキーム(企業買収案件において他社の株式や資産を取得する際に,分離した損失分を当該資産の価値に上乗せしたり,FAに対して多額の報酬を支払ったりすることにより,その上乗せ分や報酬額を「のれん」等の資産に計上し,その後会計上の償却期間にわたって段階的に償却して費用計上するスキーム)の実行を了承した上,損失分離状態の一部を解消する目的で(正当な事業投資目的によるものでないことを認識した上で),代表取締役として,①平成20年2月22日の本件取得決議に参加し,当該決議に基づく本件国内3社の株式取得(子会社化)に関する業務を行うとともに,②会社原告又はその完全子会社であるOFUKをして,FA報酬名目での支払として,AXESに対する株式オプション及びワラント購入権の付与,AXAMからのワラント購入権の買取り,AXAMに対する優先株の付与及びその買取りを行わせ,また,これら各行為に必要な取締役会決議への参加をはじめとする会社原告の社内手続及びFAとの契約締結等の職務執行を行った。この①,②の行為が善管注意義務に違反することは明らかである。
これに対し,被告A6は,本件国内3社の株式取得等が損失分離状態を解消するための究極の選択であったなどと主張するが,取締役は,善管注意義務の内容として,自ら法令を遵守するだけでなく,会社に法令を遵守させる義務を負っており,かかる義務と被告A6が主張する「会社,従業員,取引先,ひいては社会に対する影響」とを比較衡量して,前者の義務よりも後者を優先すべきであるとの判断が正当化されるはずがない。
(イ)被告A7及び被告A8について
前記(1)(原告らの主張)ア記載のとおり,被告A7及び被告A8は,損失分離スキームの構築及び維持に積極的に関与したものであり,損失分離状態の解消の必要性についても当然に認識していた。被告A7及び被告A8は,かかる認識を前提として,損失分離状態の解消スキームの策定に積極的に関与した上,損失分離状態の一部を解消する目的で(正当な事業投資目的によるものでないことを認識した上で),担当取締役として,①本件取得決議に参加し,当該決議に基づく本件国内3社の株式取得(子会社化)に積極的に関わるとともに,②会社原告又はOFUKをして,FA報酬名目での支払として,AXESに対する株式オプション及びワラント購入権の付与,AXAMからのワラント購入権の買取り,AXAMに対する優先株の付与及びその買取りを行わせ,また,これら各行為に必要な取締役会決議への参加をはじめとする会社原告の社内手続及びFAとの契約締結等の職務執行を行った。この①,②の行為が善管注意義務に違反することは明らかである。
これらの行為が取締役の善管注意義務違反に該当しない旨の被告A8の主張については,被告A6の主張に対する反論と同様,犯罪の原因となる行為が取締役の善管注意義務違反に該当することは明らかであって,理由がない。
イ 損害の発生
(ア)主位的な主張
a 本件国内3社の株式取得に係る損害
平成20年2月22日開催された取締役会における本件取得決議により会社原告に生じた損害は,会社原告及び100パーセント子会社であるOFHから本件国内3社の株式取得代金として支払われた607億9500万円であり(すなわち,本件国内3社の株式取得代金の支払そのものが損害である。),会社原告の支配下(OFHを含む。)からその支配の及ばない受け皿ファンド等に前記金員が支払われた時点が損害の発生時である。
b ジャイラス買収に係る損害
① AXAMからAXESへのワラント購入権及び株式オプションの売買代金名目での支払:25億4400万円
平成19年11月19日開催の取締役会決議を経て,会社原告をしてワラント購入権及び株式オプションをAXESに付与させた結果,AXESはAXAMに対し,当該ワラント購入権及び株式オプションを譲渡し,AXAMはAXESに対し,その対価として通過用ファンドから送金を受けて2400万ドルを支払った。その支払額が損害であり,支払の時点が損害の発生時である。
なお,25億4400万円は,上記2400万ドルを,平成20年6月末時点の為替レートである106.42円/ドルの小数点以下を切り捨て,106円/ドルで換算したものである。
② ジャイラスの優先株の買取代金名目でのAXAMへの支払額:569億4080万円
平成20年9月26日開催された取締役会における優先株の発行承認決議及び平成22年3月19日開催された取締役会におけるジャイラスの優先株買取決議(以下,両決議を併せて「本件両決議」という。)により会社原告に生じた損害は,100パーセント子会社のOFUKを通じてAXAMに支払われた6億2000万ドルであり(すなわち,ジャイラス優先株の買取代金の支払額が損害である。支払日の為替レートで569億4080万円。),会社原告の支配下(OFUKを含む。)からその支配の及ばない受け皿ファンド等に上記金員が支払われた時点が損害の発生時である。
c 資金環流の意味
別紙8「H20.2.22の取締役会決議に基づく国内3社株式代金流出後の資金移動の概況」記載のとおり,本件取得決議に基づき,本件国内3社の株式取得代金として,平成20年3月26日NeoないしITVに対し合計470億8500万円が支払われ,同年4月25日DDないしGTに対し合計137億1000万円が支払われ,それ以降,同年10月24日までの間に受け皿ファンド等の間で資金移動を伴う取引が行われた。
そして,最終的には,同年6月4日LGT銀行から会社原告に対し351億4233万3333円が払い戻され,同年8月26日及び10月24日LGT-GIMから会社原告に対し,それぞれ159億0480万円及び209億4620万円が払い戻された(会社原告に対する払戻額の合計は719億9333万3333円である。)。これらはいずれも,会社原告がLGT銀行に対して有していた預金債権や,LGT-GIMに対して有していた出資金の払戻請求権の払戻しとして受領したものであって,会社原告がもともと有していた債権の満足を受けたにすぎない。
また,別紙9「〈ワラント購入権・優先株買取代金支払後の資金移動の概況〉」記載のとおり,AXAMに対し,本件取得決議に基づき平成20年9月30日ワラント購入権買取代金5000万ドルが支払われたこと,及び本件両決議に基づき平成22年3月23日から同月25日にかけて優先株買取代金合計6億2000万ドルが支払われたことを契機として,平成23年3月24日までの間にAXAM,GPAI,GPA,21C,CD,Easterside 及びSGボンドの間で資金移動を伴う取引が行われた。そして,最終的に,会社原告は,SGボンドから,平成22年9月22日及び平成23年3月24日の2回に分けて,出資金の返還として合計631億0545万7242円の支払を受けた。これは,会社原告がSGボンドに対して有していた出資金返還請求権の履行として受領したものであって,会社原告がもともと有していた債権の満足を得たにすぎない。
前記の資金移動がされた受け皿ファンド等は,違法な損失隠しの目的の下に関与者・認識者によって事実上支配されていたにすぎない。すなわち,これらの受け皿ファンド等は,会社原告の機関決定を経ずに設立され,資金移動の当時,非連結対象であり会計監査人による監査からも免れ,会社原告の取締役会においても把握されていなかったものであって,法的に会社原告が支配していたとは到底評価できない。したがって,会社原告の資金が,本件国内3社の株式取得代金及びジャイラスの優先株買取代金の名目で,会社原告の支配下(OFH,OFUKを含む。)からその支配の及ばない受け皿ファンド等に支払われた時点で,会社原告には損害が発生し,その後の資金移動は,損害の填補ないし損益相殺の問題となる(これらは,いずれも被告らが主張立証責任を負うべき事柄である。)。
そして,損益相殺の対象となるためには「財産上の利益」の要件(①加害行為と相当因果関係があり,かつ,②損失を填補する性質(損失との同質性,すなわち,損失に対する填補の目的・機能)を有すること)を充足する必要があるところ,本件においては,①被告らの任務懈怠行為とLGT銀行からの預金の払戻し等との間に相当因果関係はなく,②LGT銀行からの預金の払戻し等はもともと会社原告が有していた債権の満足を受けたにすぎないものであって,本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係る損害を直接填補する目的もなければそのような機能も有していないから,損益相殺の対象となるものではない。
(イ)予備的主張
前記(1)(原告らの主張)イ(オ)記載のとおり,仮に,受け皿ファンド等が会社原告の支配下にあって会社原告と同一体であるとの法的評価がされる場合には,本件国内3社の株式取得代金及びジャイラスの優先株買取代金支払後の資金移動の過程において,受け皿ファンド等から外部協力者に対して報酬名目で支払われた金員は,会社原告,OFH及びOFUKから流出したまま戻ってこないことが明らかである。そして,第3類型及び第4類型において会社原告が主張する被告らの善管注意義務違反行為がなければ,このような金員の流出はなかったのであるから,前記報酬名目で支払われた次の金員は会社原告の損害となる。
a 本件国内3社の株式取得代金名目での支払に伴う損害:22億0925万円
① 平成20年9月11日Neoから Gurdon Overseas S.A(以下「Gurdon Overseas」という。)に支払われた12億5925万円,
② 同年12月19日にTEAOから Nayland Overseas S.A(以下「Nayland Overseas」という。)に支払われた9億5000万円(合計22億0925万円)は,外部協力者に対して報酬名目で支払われた金員であり,会社原告に環流されることはないから,それぞれの支払の時点で,会社原告には同額の損害が発生した。
b ジャイラスの優先株の買取り代金名目でのAXAMへの支払に伴う損害:23億3517万0066円
① 平成22年5月18日及び同年9月2日,GPAIから Promo TechInvestment Limited(以下「Promo Tech」という。)に支払われた合計1148万1521.75ドル(各支払日の為替レートのうち,被告らに有利な84.42円/ドルで換算すると9億6927万0066円),②平成22年4月26日, Eastersideから DRAGONS ASSET MANEGEMENT CO.LTD(以下「DRAGONS ASSET 」という。)に支払われた1450万ドル(支払日の為替レートで13億6590万円)は,いずれもファンドの解消に伴い外部協力者に対して報酬名目で支払われたものであり,会社原告に環流されることはないから,その支払の時点で,会社原告には合計23億3517万0066円の損害が発生した。
(被告A6の主張)
ア 善管注意義務違反について
本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係る行為を行ったとしても,それ自体で,適正な決算処理が困難となったり,有価証券報告書等の虚偽記載の原因となったりするものではない。また,会社に損失分離状態が発生している状況において(特に,被告A6は損失分離スキームの構築には関与しておらず,構築後にこれを知ったものである。),これを解消するというのは,それ自体は正当な目的である。当該目的を実現するための手段は,本来は,損失分離状態を公表し,正当な含み損を織り込んで経理処理を行い,過去の決算の訂正等を行うことであるが,既に損失分離状態が発生している状況において,後にこれを知った経営者が,会社,従業員,取引先,ひいては社会に対する影響を極力低減しようと悩んだ末に含み損を公表せず,その間,本業で業績を上げ,損失処理可能な体力を付けた上で(なお,会社原告の連結売上高は,被告A6が社長に就任する直前の平成13年3月期は4667億円余りであったところ,平成20年3月期には約1兆1288億円余りと2倍以上に拡大しており,連結営業利益は同じく354億円余りから1126億円余りと約3倍に拡大している。),本件のような損失分離状態の解消スキームを実施したことについては,無理からぬ究極の選択であったというべきであり,それをもって安易に取締役の善管注意義務違反ということはできない。
イ 損害の発生について
本件国内3社の株式取得代金については,支出額607億9500万円に対し,環流した金額が719億9333万3333円であるから,会社原告に損害は認められない。
ジャイラス関係のワラント購入権及び株式オプション付与については,これらはジャイラス買収に関するFA報酬として支払われたものであって,AXAMに対する財産権の譲渡を前提とするものではなく,さらに,前記代金を支払ったのも会社原告ではなくAXAMであり,何故,AXESに対するワラント購入権及び株式オプション付与によって会社原告の損害と評価できるのか不明である。また,優先株の付与及び優先株の買取りについては,支出額622億4080万円に対し,環流した金額が631億0545万7242円であるから,会社原告に損害は認められない。
(被告A7の主張)
ア 善管注意義務違反について
本件国内3社の株式取得には正当な事業投資目的も含まれていたのであり,被告A7は,損失分離状態の一部を解消する目的で(すなわち,正当な事業投資目的によるものでないことを認識した上で)本件取得決議に関わったものではない。
イ 損害の発生について
被告A6の主張と同旨である。
(被告A8の主張)
ア 善管注意義務違反について
本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係る行為は,いずれも私利私欲に基づいて行われたものでないことはもちろん,専ら会社のために,損失分離スキームを解消する目的で行われたものであるから,その目的は正当なものである。その解消の方法が,客観的に不相当であったことは否定できないものの,会社原告の信用が毀損することを危惧してこのような方法を採ったのであり,会社原告の代表取締役の指示によるものであったことをも踏まえると,被告A8がこれらの行為に関与したことが著しく不合理とまではいえず,善管注意義務違反には該当しない。
イ 損害の発生について
被告A6の主張と同旨である。
(4)第5類型(疑惑発覚後の対応関係)
(原告らの主張)
ア 被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9の疑惑発覚後の対応に係る善管注意義務違反
取締役及び監査役は,善管注意義務の一つとして,違法行為が行われた疑いが認められる場合にはこれを調査し,その結果違法行為が行われたと判断される場合にはそれについて公表その他必要な措置を講じる義務がある。さらに,違法行為が行われていることを認識している取締役及び監査役は,違法行為が行われたことを隠蔽せず,違法状態を是正すべき義務がある。
本件において,被告A6,被告A7及び被告A8が損失分離スキームの構築・維持に関与した者であることは前記(原告らの主張)ア記載のとおりであり,被告A9も,損失分離スキームの構築及び維持の実務作業を行うなどして一連の損失隠しを認識していた。これらの被告4名は,損失隠しの存在を認識しながら,平成23年9月にBが本件国内3社の株式取得等に係る疑惑を指摘するようになって以降も,この問題を取締役会で取り上げて議論しようとせず,損失隠しについて認識がない取締役に対し,損失隠しの存在を隠蔽し,ジャイラスや本件国内3社のM&Aに関し違法と言われる問題は何もないとの虚偽の説明を続け,さらにBを非難してその解職に賛成するよう働き掛けるなど,損失隠しについて認識がない取締役が疑問を持たないように仕向けて,違法行為の発覚を避けようとした。これらの行為が,違法行為を隠蔽せず,違法状態を是正すべき義務に違反することは明らかであり,これらの被告4名には善管注意義務違反が認められる。
(なお,被告A7は,平成23年6月取締役を退任し監査役に就任しているので,Bによる疑惑指摘後は監査役として対応したことになるが,監査役も取締役と同様,違法行為が行われたことを隠蔽せず違法状態を是正すべき善管注意義務を負うことは,前記のとおりである。)
イ 損害の発生
(ア)会社原告の主張
被告A6,被告A8,被告A9及び被告A7は,Bの疑惑の指摘に対し,違法行為の発覚を避けようとして,10月14日取締役会においてBを社長から解職したが,これにより世間からの批判が強くなって,会社原告の株価は下落した。結果的には,第三者委員会(以下「本件第三者委員会」という。)の調査が始まった約1週間後である同年11月8日に損失先送りを公表することになったが,Bによる疑惑の指摘後の対応が不適切であったことは,違法行為を隠蔽するために疑惑を指摘するBを解職したのではないかという印象を世間に与えるなど,会社原告のガバナンスに対する信頼を失墜させ,その信用を著しく毀損することとなった。毀損された信用は,その後の回復努力によってある程度回復される可能性はあるが,そのためには相応の費用がかかるし,違法行為を行ってこれを隠し続けたことによる信用毀損を完全に元に戻すことはできない。
こうした信用毀損により会社原告が被った損害は,少なくとも1000万円を下回るものではない。
(イ)株主原告の主張
Bによる疑惑の指摘後の対応が不適切であったことは,違法行為を隠蔽するために同人を解職したという印象を社会に与えるなど,会社原告のガバナンスに対する信用を失墜させ,その信用を著しく毀損した。こうした信用毀損により会社原告が被った損害は,少なく見積もっても10億円を下回るものではない。
(被告A6の主張)
ア 取締役に,違法行為を行わない義務や違法状態を是正する義務があることは認めるが,公表等の措置が必要か否かは状況により異なるのであって,取締役が一般的に公表等の措置を講じる義務を負うわけではない。
イ Bの社長としての執務ぶりには多大の問題があったのであり,Bの解職は一連の疑惑発覚を避けることだけを目的としたものではない。
(被告A7の主張)
否認又は争う。被告A9の主張を援用する。
(被告A8の主張)
否認又は争う。
(被告A9の主張)
被告A9が一連の損失隠しの事実を隠蔽したり,虚偽の説明を続けたりしたことはない。平成23年9月以降のBによる疑惑の指摘は,Bがもっぱら被告A6らに対して質問や資料提出要請をする形で行われ,これに対しては同被告らが応答していたものであり,被告A9は,他の取締役と同様,Bの指摘を取締役会で取り上げなかったというにすぎない。
また,被告A9は,Bを除く会社原告の多くの取締役が集まった平成23年10月13日の会合に参加したが,自ら取締役を招集したわけではないことはもちろん,同会合で発言することもなく,Bを非難して他の取締役を解職に賛成するよう導いたこともない。
したがって,被告A9に善管注意義務の違反はない。
(5)第6類型(剰余金の配当等関係)
(原告らの主張)
ア 本件有価証券報告書等の訂正報告書の貸借対照表を元に各期の分配可能額を算定すると,別紙10「訂正後財務諸表における分配可能額」記載のとおり,各期の分配可能額はいずれもマイナスであった。したがって,本件剰余金の配当等は,いずれも分配可能額を超えてされたものである。
イ 被告A6,被告A7及び被告A8の責任について
(ア)株式会社が分配可能額を超えて剰余金の配当を行った場合には,「会社法454条1項の規定による決定に係る株主総会の決議があった場合における当該株主総会に係る総会議案提案取締役」が,当該株式会社に対し連帯して,分配可能額を超えて配当された剰余金額を支払う義務を負うと規定されており(会社法462条1項6号イ),この「総会議案提案取締役」とは,株主総会における「議案の提案が取締役会の決議に基づいて行われたときは,当該取締役会において当該取締役会の決議に賛成した取締役」がこれに当たると規定されている(同項1号イ,会社計算規則160条3号)。被告A6,被告A7及び被告A8は,平成19年5月8日,平成20年5月8日,平成22年5月11日及び平成23年5月11日に開催された各取締役会において,定時株主総会に剰余金配当議案を提案することに賛成しており,いずれも総会議案提案取締役に該当する。
(イ)中間配当についても,会社「法454条1項の規定による決定に係る取締役会において剰余金の配当に賛成した取締役」が,株式会社に対し連帯して,分配可能額を超えて配当された剰余金額を支払う義務を負うと規定されている(会社法462条1項柱書,会社計算規則159条8号ハ)。被告A6,被告A7及び被告A8は,平成19年11月6日,平成20年11月6日,平成21年11月6日及び平成22年11月5日に開催された各取締役会において,中間配当に関する議案に賛成しているから,いずれも分配可能額を超えた剰余金の配当に関する職務を行った業務執行者に該当する。
(ウ)違法な自己株式の取得についても,会社「法156条1項の規定による決定に係る取締役会において株式の取得に賛成した取締役」が,株式会社に対し連帯して,分配可能額を超えて自己株式の取得の対価として交付された金銭を支払う義務を負うと規定されている(会社法462条1項柱書,会社計算規則159条2号ハ)。被告A6,被告A7及び被告A8は,平成20年5月8日及び平成22年11月5日に開催された各取締役会において,審議された自己株式取得議案に賛成しているから,いずれも分配可能額を超えた自己株式の取得に関する職務を行った業務執行者に該当する。
(エ)損失分離スキームの構築・維持を認識していた被告A6,被告A7及び被告A8がその職務を行うについて注意を怠らなかったとはいえないから,これらの被告は,会社法426条1項に基づき,会社原告に対し連帯して,前記前提事実(2)記載の各配当額及び自己株式の各取得額の合計586億7596万8936円を支払う義務を負う。
ウ 被告A9の責任について
被告A9は,平成23年6月29日開催された株主総会において初めて取締役に選任された者であるから,いずれの期末配当についても総会議案提案取締役に該当しない。しかし,配当金領収書等の送付や配当金の振込みなどの事務を担当するのは会社原告のコーポレートセンターに属する総務部及び財務部であり,被告A9はこれを所轄するコーポレートセンター長として,平成23年6月に実施された剰余金の配当につき配当金領収書等の送付や配当金の振込み等の事務を行っているから,「剰余金の配当による金銭等の交付に関する職務を行った取締役」(会社計算規則159条8号イ)に該当する。したがって,被告A9は,会社原告に対し,平成23年3月期の期末配当として配当された39億9211万1088円を支払う義務を負う。
これに対し,被告A9は,当該剰余金の配当を取り止めさせることはできなかったなどと主張するが,少なくとも,配当金領収書送付分(配当額の合計は約1億2000万円)及び会社原告の大株主の上位10社程度(配当額の合計は16億0464万2895円)については配当を実施しないことが可能であった。
(被告A6及び被告A8の主張)
否認又は争う。
(被告A7の主張)
違法な剰余金の配当に基づく責任については認めるが,違法な自己株式の取得に基づく責任については争う。
(被告A9の主張)
被告A9が「総務部及び財務部を所轄する」コーポレートセンター長であったことは否認する(当時,財務部を所轄していたのは被告A14である。)。その余は否認又は争う。
配当金交付の事務手続は被告A9が取締役に就任する前に既に開始されていたのみならず,平成23年6月29日開催された株主総会においては,被告A9の取締役選任決議より前に剰余金の配当に関する決議がされており,被告A9が取締役に就任した翌日には,被告A9が具体的な手続に関与しないまま,配当金領収書等の送付や配当金の振込みが行われた。したがって,被告A9は,当該剰余金の配当を取り止めさせることができなかったのであり,「その職務を行うについて注意を怠らなかった」(会社法462条2項)ものとして,あるいは被告A9の行為と損害の発生との間には因果関係がないものとして,金銭支払義務を負わない。
(6)第7類型(課徴金・罰金関係)
(会社原告の主張)
ア 承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8の損失分離スキームの構築・維持に関する善管注意義務違反
承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8には,前記(原告らの主張)ア記載のとおり,平成23年3月までの損失分離状態の構築・維持につき取締役としての善管注意義務違反が認められる。
イ 被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9の虚偽記載のある有価証券報告書等の提出に係る善管注意義務違反
有価証券報告書等を提出する会社の代表取締役及びその提出の業務に携わる取締役は,これを提出するに当たり,その記載事項につき,虚偽の記載をすべきでないことはもちろん,事実に即して正確に記載し,又は虚偽の記載がされることのないよう配慮すべき注意義務を負う。また,取締役は,取締役会に上程された特定の業務執行に限らず,広く代表取締役ないし業務執行取締役につき一般的に監視する義務ないし任務を負う。
(ア)被告A6の注意義務違反
被告A6は,本件有価証券報告書等が提出された平成19年6月28日から平成23年8月11日までの間,会社原告の代表取締役であり,かつ,損失分離スキームの維持により,本件有価証券報告書等における連結純資産額等の記載が虚偽であることを認識していたから,本件有価証券報告書等につき,事実に即して正確に記載し,又は虚偽の記載がされることのないよう配慮すべき注意義務を怠った。
(イ)被告A7及び被告A8の注意義務違反
被告A7は,本件有価証券報告書等が提出された期間のうち,平成23年6月29日まで会社原告の取締役を務めており,同日から同年11月24日までは監査役を務めていた。また,被告A8は,本件有価証券報告書等が提出された期間,会社原告の取締役を務めていた。これらの被告は,いずれも損失分離スキームの維持により,本件有価証券報告書等における連結純資産額等の記載が虚偽であることを認識していたから,被告A6による業務執行を監視して虚偽記載のない有価証券報告書等を提出させるための措置を採るべき注意義務を怠った。
(ウ)被告A9の注意義務違反
被告A9は,損失分離スキームの構築・維持に深く関与しており,本件有価証券報告書等における連結純資産額等の記載が虚偽であることを当然に認識していたから,本件有価証券報告書等のうち,被告A9の取締役在任期間中に提出された別紙4「課徴金納付命令の内訳」の「番号」欄15の有価証券報告書(以下「本件有価証券報告書」という。)及び本件四半期報告書について,被告A6による業務執行を監視して虚偽記載のない有価証券報告書等を提出させるための措置を採るべき注意義務を怠った。
本件有価証券報告書は,被告A9が取締役に選任された平成23年6月29日の株主総会終了後に提出されたものであるところ,株主総会の終了時刻は午前11時26分,本件有価証券報告書が提出時刻は午後3時46分であるから,被告A9が,株主総会終了直後に開催された取締役会において,巨額の損失隠しが行われていることを明らかにし,本件有価証券報告書に虚偽の内容が記載されていることを報告していれば,当然,取締役会に出席していた他の取締役がこれを容認するはずはなく,結果として本件有価証券報告書も提出されなかったはずであるから,取締役就任後に本件有価証券報告書の提出を阻止できたことは明らかである。
ウ 損害の発生及び因果関係
会社原告は,課徴金納付命令及び刑事判決に従い,本件課徴金1986万円及び本件罰金7億円を納付したところ,善管注意義務違反行為をした取締役が賠償義務を負う損害には,本件罰金等も含まれる。課徴金や罰金を支払ったことによって会社が受けた損害について取締役が賠償責任を負うか否かは,当該善管注意義務違反の具体的行為と損害との間の相当因果関係の有無の問題であるところ,以下のとおり,被告らの行為と本件罰金等の納付との間には相当因果関係があるというべきである。
(ア)損失分離状態の維持等に係る善管注意義務違反との間の因果関係
a 承継前被告A1及び被告A5について
承継前被告A1及び被告A5の実行指示の下で行われた損失分離スキームの構築は,有価証券報告書等の虚偽記載に直結する「含み損について損失を計上しないこと」を目的として実行されたものであり,損失分離スキームの構築がなければ,これによる虚偽記載を含む本件有価証券報告書等が提出されることもなかったのであるから,同人らによる損失分離スキーム構築の実行指示と本件有価証券報告書等の虚偽記載との間に条件関係が認められることは明らかである。会社原告における一連の損失隠しは,極めて少数の役職員らの間でのみ共有され,実行されており,損失隠しを継続することについての強固な運命共同体が形成された結果,承継前被告A1や被告A5が取締役を退任した後も,残る運命共同体の構成員たる被告A6らによって延々と継続されていくことになった。「含み損を計上しないこと」は,当然ながら有価証券報告書等の虚偽記載を行うことを意味するのであるから,少なくとも承継前被告A1及び被告A5が取締役であった時期の有価証券報告書等の虚偽記載については,同人らの了解の下で行われていたことは明白である。加えて,同人らは,被告A6をはじめとする後任の取締役らに対して損失隠しについての是正の指示や要望をした形跡は一切なく,自らの指示によって実行され,損失隠しによる有価証券報告書等の虚偽記載という結果発生を防止するための積極的な行為を何らしていない。これらのことからすれば,承継前被告A1及び被告A5が取締役であった時代に既にされていた有価証券報告書等の虚偽記載が,同人らの退任後においても継続してされることは,当然の因果の流れというべきであり,これにより会社原告に生じた本件罰金等相当額の損害は,通常生ずべき損害に当たる。
仮に,これが通常損害とは認められないとしても,承継前被告A1及び被告A5は,会社原告に生じた含み損を計上しないというスタンスを一貫して採り続けているとともに,最後まで適正な方法により含み損が計上されないままであろうと予想しており,かかる認識の下に損失分離スキームの構築の実行を指示していたのであって,自らが取締役を退任した後も,被告A6らによって虚偽記載のある本件有価証券報告書等が提出され続けるであろうことを予見し,又は予見し得たのであるから,前記損害は,承継前被告A1及び被告A5の善管注意義務違反によって生じた特別損害に当たる。
これに対し,承継前被告A1及び被告A5は,被告A6らの故意行為が介在したことを理由に,自らの善管注意義務違反行為と損害との間の因果関係を否定しているが,本件有価証券報告書等に虚偽記載がされる経緯に鑑みれば,提出時点の代表取締役らの行為の介在は,客観的に見て,予期せざる第三者の故意行為の介入ではない。むしろ,被告A6らによる本件有価証券報告書等の提出行為は,前記運命共同体の損失隠しの継続という目的の下において予定されていた必然的な成り行き(いわば共犯による続行行為)であり,損失隠しの継続という目的から切り離された被告A6らによる独立の意思決定と評価されるものではないから,これにより相当因果関係が否定されることはない。
また,被告A5は,四半期報告書の虚偽記載が課徴金の対象になる旨の改正がされたのは,平成18年6月14日に公布された「証券取引法等の一部を改正する法律」(平成18年法律第65号)であることを理由として,本件課徴金と平成17年6月29日会社原告の取締役を退任した被告A5の行為との間に相当因果関係がない旨も主張する。しかしながら,既に平成15年4月より証券取引所の適時開示ルールに基づき,上場会社においては四半期業績の概況の開示が義務付けられていたところ,株式を上場している会社の企業内容の適正な開示の要請は有価証券報告書のみならず四半期報告書にも等しく当てはまり,四半期報告書であっても,有価証券報告書と同様,その内容に虚偽記載があってはならないことはいうまでもない。そして,仮に,四半期報告書に虚偽記載があれば,これに起因して会社原告に様々な経済的負担(損害)が生じることはいわば当然の事態であるし,そうでないとしても,会社原告に,有価証券報告書に虚偽記載があった場合と同様の経済的負担が生じることは予見し又は予見し得たというべきであるから,本件四半期報告書の虚偽記載に係る本件課徴金相当額の損害は,通常損害又は特別損害に当たる。
b 被告A6,被告A7及び被告A8について
本件有価証券報告書等の虚偽記載は,損失分離状態の下で生じた会社原告の会計の誤りに起因するものであるから,これらの被告らの損失分離状態の維持等に係る善管注意義務違反と本件罰金等の支払との間に相当因果関係があることは明らかである。
(イ)虚偽記載のある本件有価証券報告書等の提出に係る善管注意義務違反との間の因果関係
a 被告A6,被告A7及び被告A8について
本件有価証券報告書等の提出に係る被告A6,被告A7及び被告A8の善管注意義務違反により,会社原告は,本件罰金等合計7億1986万円の支払を余儀なくされたのであるから,本件罰金等相当額が前記被告らの善管注意義務違反と相当因果関係のある損害である。
b 被告A9について
被告A9が提出を阻止すべき注意義務を怠った本件有価証券報告書は,本件罰金の支払を命じる刑事判決における罪となるべき事実の一部と関連し,本件罰金7億円は合計5通の虚偽記載のある有価証券報告書を提出したことによるものであるから,被告A9の善管注意義務違反と相当因果関係のある損害は,本件罰金額の5分の1に当たる1億4000万円である。また,本件四半期報告書は,本件課徴金の支払を命じる納付命令のうち最終的に取り消されなかった部分と関連するため,本件課徴金1986万円は被告A9の善管注意義務違反と相当因果関係のある損害である。
(被告A2ら3名の主張)
ア 法人に対する罰金は,法人を名宛人として法人自体を罰するものである。金商法上も,法人とその代表者等とでは罰金の上限額が異なり,法人に対する上限額の方が多額となっており(同法207条),仮に法人に科された罰金についても取締役が会社に対して損害賠償責任を負うとすると,その実質は二重処罰であり,法人を個人とは別に罰した趣旨が全うされないことになるから,本件罰金は取締役が賠償責任を負うべきものではない。
イ 仮に,承継前被告A1が取締役であったときから損失分離状態があったとしても,本件有価証券報告書等の提出時において,会社原告の代表取締役やその提出業務に携わる取締役は,損失分離状態があることを認識していたのであるから,虚偽記載のある本件有価証券報告書等が提出されたのは,当該代表取締役や当該取締役の選択の結果である。したがって,承継前被告A1の在任中の行為と損害との間には,道具とはいえない第三者の行為が介在しており,因果関係は中断している。
株式会社の代表取締役や財務担当の取締役は,毎年の株主総会で取締役に選任された上で取締役会で選定されるものであり,承継前被告A1は,退任から3年ないし7年後における代表取締役,財務担当取締役ないし財務グループ従業員を選ぶことに全く関与できない。また,損失分離スキームにより分離した損失は,将来的に減少したり解消されたりすることがあり得たのであって,承継前被告A1の退任時において,損失を隠し続けなければならないことが予定されていたわけではない。損失分離スキームの維持については,関与者の間でも公表する意見が出るほど考えが揺れていたのであり,同スキームの維持が不動の方針ではなかった。さらには,承継前被告A1は,取締役退任後に,有価証券報告書等の提出に関与したり指示をしたりするなどの行為をしていない。これらのことからすれば,本件有価証券報告書等の提出は当然の因果の流れとは到底いえず,会社原告が主張する承継前被告A1の善管注意義務違反と本件有価証券報告書等の虚偽記載や提出に基づく本件罰金等の納付との間には,相当因果関係がない。
(被告A5の主張)
ア 刑事罰や課徴金制度は,法人を名宛人として法人自体を罰するものであり,これらの罰金等を取締役の賠償責任額に含めるべきではない。本件罰金は,金商法207条1項1号に基づくものであるところ,同規定はいわゆる両罰規定であり,違法行為を行った自然人の刑事責任を問うとともに,業務主である法人自身の過失を推定して法人固有の責任を問うものであるから,自己の責任に基づいて科された刑罰を他者に転嫁することは,刑罰の一身専属性に反して許されない。法人を自然人とは別に処罰するという立法者の意図は,本件罰金について定めた両罰規定が,平成4年改正(平成4年法律第73号)によって自然人の罰金額との連動方式から法人重課へ変更された事実や同改正の経緯からも明らかである。また,本件課徴金について,金商法172条の4は,課徴金額を600万円又は発行者が発行する算定基準有価証券の市場価格の総額の10分の6のいずれか多い額と定めているところ,当該規定の立法趣旨は,違法行為によって法人たる会社が得た利益を国家が剥奪するというものであり,自然人に対する制裁という目的はなく,専ら法人に対する制裁が意図されている。このような立法趣旨からすれば,本件罰金等は,会社原告に対し,法人として現実に有する経済規模や社会的作用に相応しい制裁を社会の名において科したものであって,これによって被った損害につき相当因果関係が認められるのは法人たる会社原告のみである。
イ 本件課徴金は,本件四半期報告書の虚偽記載に対して課されたものであるところ,四半期報告書の虚偽記載が課徴金の対象になる旨が定められたのは,平成18年6月14日公布された「証券取引法等の一部を改正する法律」(平成18年法律第65号)においてであるから,会社原告の取締役を退任した平成17年6月29日以前の被告A5の行為と本件課徴金の支払との間には,相当因果関係がない。
ウ 本件有価証券報告書等は,被告A5が会社原告の取締役を退任した後約2年間が経過した平成19年6月28日以降に提出されたものである。その内容は,当該事業年度における会社の数々の意思決定を反映したものであり,その作成・提出も,当該行為時に取締役等の地位にある者の経営判断ないし意思決定に基づいて行われたものである。例えば,平成19年9月に被告A7及び被告A8がGCNVVを中途解約して中途解約金を受領したことや,本件国内3社の株式取得名目で合計607億9500万円を支出したことなどは,被告A5の退任した後に,被告A5の与り知らぬところで,後任の役員らにおいてされたものであって,因果関係の切断を認めるに十分な事情というべきである。また,後任の役員は被告A5の意思とは無関係に選任・解任されるため,被告A5が退任後に就任した役員等の意思決定に影響を与えることはできず,強固な運命共同体など存在し得ない。これらのことからすると,被告A5の在任中の行為と,本件罰金等の支払によって生じた損害との間には,被告A5が関与することのできない,本件有価証券報告書等の提出時の役員等による重大な経営判断ないし意思決定が介在しているというべきであって,これにより両者の因果関係は切断されたと評価すべきである。
(被告A6,被告A7及び被告A8の主張)
罰金及び課徴金を会社の損害として取締役個人に転嫁することは許されない旨の被告A2ら3名及び被告A5の主張を有利に援用する。
(被告A9の主張)
ア 被告A9は,平成23年6月29日開催された株主総会において初めて会社原告の取締役に選任されたものであり,本件有価証券報告書は,同株主総会当日までに内容が確定して提出するだけの状態になっていた上,同株主総会が終了した数時間後には提出されており,被告A9がその提出を阻止することは不可能であった。
被告A9は,平成17年1月1日ITXに出向した後,平成20年5月31日会社原告を退社し,同年6月から平成22年6月までの間ITXに専属して同社代表取締役社長を務めており,同月末頃まで会社原告の従業員でなかったことなどから,本件有価証券報告書及び本件四半期報告書の連結純資産額等の記載が間違っているという認識がなかった。被告A9には,「被告A6による業務執行を監視して虚偽記載のない有価証券報告書等を提出させるための措置を採るべき注意義務」の前提となる本件有価証券報告書の提出を回避する可能性がないから,同被告が当該注意義務に違反したということはできない。
イ 仮に,被告A9が虚偽記載のない本件有価証券報告書等を提出させるための措置を採るべき注意義務を尽くしたとしても,本件有価証券報告書等の提出を回避し得なかった蓋然性が認められることは否定できないから,当該注意義務違反と本件有価証券報告書等の提出に係る損害との間に因果関係を認めることはできない。
ウ 罰金及び課徴金を会社の損害として取締役個人に転嫁することは許されない旨の被告A2ら3名及び被告A5の主張を援用する。
(7)第2事件
(株主原告の主張)
ア 第2事件被告らの善管注意義務違反
(ア)取締役の一般的な善管注意義務の内容
取締役は,会社に対して善管注意義務を負っており,他の取締役の行為が法令・定款を遵守し適正に行われているか否かを監視する義務を負うが,その監視対象は取締役会に上程された事項にとどまらない。そして,取締役は,他の取締役が関与する違法行為の存在が疑われる場合には,これを調査する義務を負い,調査の結果違法行為が行われたと判断される場合には,それについて公表その他必要な措置を講ずる義務等を負うと解するべきである。
(イ)平成23年9月30日開催の取締役会において第2事件被告らが負う善管注意義務の内容及び善管注意義務違反行為
FACTA8月号には本件記事1が掲載され,FACTA10月号には本件記事2が掲載されたところ,第2事件被告らは本件各記事の内容を把握していた。
Bは,本件各記事を読んで,本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払につき疑念を抱き,平成23年9月23日頃から同月28日頃までの間,被告A6及び被告A8に対して電子メールのレター(以下,同月23日付けのレターを「本件レターⅠ」,同月24日付けのレターを「本件レターⅡ」,同月25日付けのレターを「本件レターⅢ」,同月26日付けのレターを「本件レターⅣ」,同月27日付けのレターを「本件レターⅤ」といい,Bが送付したレターを総称して「本件各レター」という。)を送付し,上記疑念に関する質問に対する回答と資料の提供を要求し,被告A8から,回答を受領するとともに,平成21年5月17日付けの第三者委員会報告書(以下「平成21年第三者委員会報告書」という。)及びG公認会計士事務所作成に係る平成20年2月29日付け本件国内3社の各株主価値算定報告書の送付を受けた。第2事件被告らは,平成23年9月24日から同月30日までの間に,Bから本件レターⅠ~Ⅴの送付を受けるとともに,Bと被告A6及び被告A8との間で交信されたメールの内容も把握していた。
このように,第2事件被告らは,本件各記事において会社原告のM&A活動に関して被告A6を初めとする経営陣による違法行為の疑いなどが指摘されていることを知っていた上,Bから本件レター等の送付を受け,当時の経営陣に重大な違法行為が存在するとの疑いを指摘されていたこと,本件各記事やBが指摘する疑惑の内容が具体的かつ妥当なものであったことからすると,平成23年9月30日開催された取締役会(以下「9月30日取締役会」という。)までに,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払に関し,被告A6ら経営陣による違法行為が存在する疑いがあることは明確になっていた。また,当該違法行為の疑いの中心的な行為者が被告A6であり,同人やその協力者が,疑惑の解明を妨害し,違法行為等の隠蔽を行う可能性があることは,容易に想定される状況にあった。このような状況からすれば,第2事件被告らは,遅くとも9月30日取締役会の時点で,Bの指摘を真剣に受け止め,違法行為の有無について調査すべき注意義務を負っていたというべきである。
それにもかかわらず,第2事件被告らは,9月30日取締役会において,Bの指摘を真剣に受け止めず,Bによる調査が妨害されないよう配慮するどころか,かえって,Bが本件レターⅠ~Ⅴ等を守秘義務が課されている監査法人に送付したことを執拗に非難し,会社原告がジャイラス買収に伴ってFAに多額の金銭支払をしたことを知らなかったとの虚偽の答弁を支持し,結局,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払に関してまともな議論は一切せず,Bから調査結果の報告を受けることを次回の取締役会の議題とするとの提案もしなかったのであるから,Bの指摘を事実上無視したものであり,違法行為の存在が疑われる場合に取締役が行うべき調査義務を怠ったというべきである。
また,第2事件被告らは,違法行為の存在が認められる場合の調査義務に反して,被告A6ら損失隠しに直接関与した役員らの違法行為はもとより,杜撰な判断により善管注意義務に違反していた役員ら(被告A10,被告A11,被告A12,被告A13及び被告A14(以下「被告A10ら5名」という。)を含む。)の違法行為を黙認ないし放置したものであり,監視義務にも違反したものである。
(ウ)10月14日取締役会に出席した第2事件被告らが負う善管注意義務の内容及び善管注意義務違反行為
Bは,平成23年10月12日,H弁護士に対し,①本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払に関し,会社原告の顧問弁護士として,違法行為が疑われる役員個人との相談及びこれに対する助言は当然禁止されていることを指摘するとともに,②同年9月23日以降会社原告の顧問弁護士として提供した全ての書類を早急に提出するよう要請するとともに,書類は存在しないが,会合,電話その他の手段による交信がされた場合には,その目的と内容を早急に報告するよう要請するメールを送信した。
Bは,平成23年10月13日午前1時10分,第2事件被告らを含む会社原告の取締役及び監査役並びにH弁護士に対し,平成23年10月11日付けのプライスウォーターハウス Legal LLP.(以下「PwC」という。)作成の中間報告書(以下「PwC中間報告書」という。)を添付したレター(以下「本件レターⅥ」という。)を送付した。PwC中間報告書には,結論部分において,「現在までに実施したレビューに基づくと,我々は不適切な行為が行われたと確信することはできないが,支払われた総報酬金額と今までになされたいくつかの非通例的な意思決定を考慮すると,現段階では不適切な行為が行われた可能性を排除することはできないと考えられる。」との記載があり,Bは,本件レターⅥの中で被告A6及び被告A8の辞任を要求した。
前記(イ)の9月30日取締役会に至るまでの事情に加え,Bが,第2事件被告らを含む会社原告の取締役及び監査役並びにH弁護士に対し,PwC中間報告書が添付された本件レターⅥを送付し,被告A6及び被告A8に対し役員から辞任するよう要求していることからすると,10月14日取締役会の時点では,9月30日取締役会の時点に比して違法行為が存在する疑いは一層明確になっており,もはや違法行為の存在はほぼ確実な状況にあった。
このような状況の下では,第2事件被告らは,10月14日取締役会において,①本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払に関し,正式に議題として取り上げて真剣に議論し,未だBに提供されていない関連資料の提出を要請し,同人が詳細な調査を実施できるよう対応すべきであるとともに,②Bから違法行為の責任を問われて役員を辞任するよう要求されている被告A6,被告A8及びその協力者が,今後の調査を妨害し不祥事の隠蔽を図る危険性があることは明白であったから,被告A6及び被告A8に対し,より詳細な調査結果が判明するまでは業務から離れて自宅待機を勧告するなど,Bの調査に対する妨害を回避する方策を採るべきであった。
それにもかかわらず,第2事件被告ら(被告A17及び被告A19を除く。)は,平成23年10月13日,被告A6の呼びかけに応じてH弁護士の事務所に参集し,翌日開催される取締役会において,Bを,会社原告の代表取締役及び社長執行役員,CEOその他関連子会社を含めた全ての役職から即時解職すると同時に,被告A6を社長に復帰させることを確認し,その手順等を打ち合わせた。
そして,第2事件被告ら(被告A17及び被告A19を除く。)は,10月14日取締役会において,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払につき一切議論することなく,不祥事の責任を追及されていた被告A6や被告A8の意向に沿って,前日打ち合わせた手順通り,Bを代表取締役及び社長執行役員・CEO等から解職し,これに代わって,被告A6に社長執行役員を兼務させることを承認する旨決議した。
これらのことからすれば,第2事件被告ら(被告A17及び被告A19を除く。)がBによる疑惑追及や調査を妨害するために前記一連の決議をしたことは明白であり,同被告らは,損失隠しに直接関与した役員らの違法行為を黙認ないし放置しただけでなく,被告A6らによる違法行為の隠蔽行為に加担したものとして,善管注意義務及び監視義務に違反する。
(エ)10月14日取締役会に出席しなかった被告A17及び被告A19が負う善管注意義務の内容及び善管注意義務違反行為
10月14日取締役会に出席しなかった被告A17及び被告A19も,9月30日取締役会には出席し,その後,Bから,PwC中間報告書が添付された本件レターⅥの送付を受けている。そして,被告A17及び被告A19は,被告A6から,平成23年10月13日,10月14日取締役会の開催通知の電子メールを確認した時点で,自らは海外出張により同取締役会に出席できないことが確定したのであるから,同取締役会において,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払といった問題を議題として取り上げるよう提案し,また,Bの解職や被告A6の社長復帰等には絶対に反対であることを表明しておくべきであった。それにもかかわらず,被告A17及び被告A19は,当該提案をせず,Bの解職や被告A6の社長復帰等について何らの意見も表明しなかった。
このように,被告A17及び被告A19は,10月14日取締役会においてBが解職され,疑惑を指摘されていた被告A6を社長に復帰させるとの決議がされたことを知った後も,何ら異議を表明することなくこれを追認しているのであるから,同取締役会に出席していたその余の第2事件被告らと同様の責任を負う。
イ 損害の発生及び因果関係
(ア)各外部委員会の費用 合計7億1944万9555円
a 会社原告は,第2事件被告らの善管注意義務違反行為により,本件第三者委員会の設置を余儀なくされ,さらには,経営改革委員会,取締役責任調査委員会及び監査役等責任調査委員会を設置せざるを得なくなり,それらの費用として合計7億1944万9555円を出捐した。
b 9月30日取締役会における第2事件被告らの善管注意義務違反行為との相当因果関係
第2事件被告らが,9月30日取締役会において,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払の経緯や原因,それぞれの判断の妥当性等につき真剣に議論し,少なくとも後の取締役会等においてBから調査結果の報告を受けることを提案し決議するなどの配慮を怠らなければ,Bの指揮の下で調査が継続され,真相究明がされた蓋然性が高く,Bの解職決議がされることもなく,会社原告が各外部委員会費用を出捐することもなかった。したがって,9月30日取締役会における第2事件被告らの善管注意義務違反行為と上記出捐との間には,相当因果関係がある。
c 10月14日取締役に出席した第2事件被告らの善管注意義務違反行為との因果関係
第2事件被告ら(被告A17及び被告A19を除く。)が,10月14日取締役会において,Bを代表取締役及び社長執行役員・CEO等から解職し,被告A6に社長執行役員を兼務させることを承認する旨決議したことによって,Bを解職して不祥事を隠蔽したのではないかとの報道等が広く行われ,会社原告に対する社会的批判が強まったため,会社原告は,前記のとおり,本件第三者委員会,経営改革委員会,取締役責任調査委員会及び監査役等責任調査委員会を設置せざるを得なくなった。前記被告らがBの解職や被告A6の社長執行役員への復帰をさせなければ,Bの指揮の下で調査が継続され,真相究明がされた蓋然性が高く,会社原告が各外部委員会費用を出捐することもなかったのであるから,前記被告らの善管注意義務違反行為と前記出捐との間には,相当因果関係がある。
d 被告A17及び被告A19の善管注意義務違反行為との間の相当因果関係
被告A17及び被告A19が,10月14日取締役会に先立ち,同取締役会においてBの指摘に真摯に対応して適切な調査を行うよう提案し,Bの解職や被告A6の社長復帰等には絶対に反対であるとの意思を表明していれば,Bの指揮の下で調査が継続され,真相究明がされた蓋然性が高く,会社原告が各外部委員会費用を出捐することもなかったのであるから,被告A17及び被告A19の善管注意義務違反行為と前記出捐との間には,相当因果関係がある。
(イ)Bとの和解合意により同人に支払った和解金 12億7348万6900円
a 会社原告は,Bが不当に解職等をされたことにより,同人に対し,12億7348万6900円の和解金(以下「本件和解金」という。)を支払わざるを得なくなった。
b 9月30日取締役会における第2事件被告らの善管注意義務違反行為との相当因果関係
9月30日取締役会において,被告らが,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払の経緯や原因,それぞれの判断の妥当性等につき真剣に議論し,少なくとも後の取締役会等においてBから調査結果の報告を受けることを提案し決議するなどの配慮を怠らなければ,Bの指揮の下で調査が継続され,真相究明がされた蓋然性が高く,Bの解職決議がされることもなく,会社原告が本件和解金を支払うこともなかった。したがって,9月30日取締役会における第2事件被告らの善管注意義務違反行為と前記支払との間には,相当因果関係がある。
c 10月14日取締役に出席した被告らの善管注意義務違反行為との因果関係
10月14日取締役会において,第2事件被告ら(被告A17及び被告A19を除く。)が,Bの指摘に真摯に対応して適切な調査を行うことを決議し,Bの解職を決議することがなければ,会社原告が本件和解金を支払うこともなかったのであるから,前記被告らの善管注意義務違反行為と前記支払との間には,相当因果関係がある。
d 被告A17及び被告A19の善管注意義務違反行為との間の相当因果関係
被告A17及び被告A19が,10月14日取締役会に先立ち,同取締役会においてBの指摘に真摯に対応して適切な調査を行うよう提案し,Bの解職には絶対に反対であるとの意思を表明していれば,Bが解職されなかった蓋然性が高く,会社原告が本件和解金を支払うこともなかったのであるから,前記被告らの善管注意義務違反行為と前記支払との間には,相当因果関係がある。
(ウ)会社原告の信用失墜による損害 10億円
a 会社原告の株価は,Bの解職及び被告A6の社長復帰が発表された平成23年10月14日から下落し始め,その後も下落が止まらず,会社原告が一連の損失隠しの事実を公表した日の前日である同年11月7日の終値は1034円であって,同年10月13日の終値(2482円)の半値以下となった(この間の下落幅は1448円である。)。同年11月8日以降の株価下落は,一連の損失隠しの事実の公表に起因するものであるとしても,それ以前の株価の下落は,第2事件被告らの善管注意義務違反行為を原因として,会社原告の信用が毀損されたために生じたものである。平成23年3月期の会社原告の発行済株式総数(自己株式を含む。)は2億7128万3608株であるから,会社原告の時価総額は3928億1866万4384円(=271,283,608 株×1,448 円)も減少したことになる。
このように,会社原告の信用が著しく毀損されたことは明らかであり,その損害額は,どれほど少なく見積もっても10億円を下らない。
b 9月30日取締役会における第2事件被告らの善管注意義務違反行為との相当因果関係
第2事件被告らは,9月30日取締役会において,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払に関してまともな議論は一切せず,Bから調査結果の報告を受けることを次回の取締役会の議題とするとの提案もしなかったため,その後,被告A6ら損失隠しに直接関与した者の意向に沿って,Bが代表取締役及び社長執行役員を解職され被告A6が社長執行役員に復帰するという過程を経て,Bを解職して不祥事を隠蔽したのではないかとの報道等が広く行われるに至り,会社原告に対する社会的批判が強まり,結果として,会社原告の信用は著しく失墜した。
したがって,9月30日取締役会における第2事件被告らの善管注意義務違反行為と前記信用失墜による損害との間には,相当因果関係がある。
c 10月14日取締役に出席した第2事件被告らの善管注意義務違反行為との因果関係
第2事件被告ら(被告A17及び被告A19を除く。)が,10月14日取締役会において,Bを解職し被告A6を社長執行役員に復帰させることを承認する旨決議したことによって,Bを解職して不祥事を隠蔽したのではないかとの報道等が広く行われるに至り,会社原告に対する社会的批判が強まり,結果として,会社原告の信用は著しく失墜したのであるから,前記被告らの善管注意義務違反行為と前記信用失墜による損害との間には,相当因果関係がある。
d 被告A17及び被告A19の善管注意義務違反行為との間の相当因果関係
被告A17及び被告A19が,10月14日取締役会に先立ち,同取締役会においてBの指摘に真摯に対応して適切な調査を行うよう提案し,Bの解職には絶対に反対であるとの意思を表明していれば,Bが解職されなかった蓋然性が高く,会社原告の信用が著しく失墜することもなかったのであるから,被告A17及び被告A19の善管注意義務違反行為と前記信用失墜による損害との間には,相当因果関係がある。
(被告A10ら5名の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)9月30日取締役会における善管注意義務違反について
① Bからの質問や資料提供の要請に対しては,被告A8が真摯かつ適時に対応していたこと,②Bに提供された資料の中には,会社原告の取締役の善管注意義務違反行為の存在を否定する平成21年第三者委員会報告書も含まれていたこと,③Bは,9月30日取締役会において,問題とされる取引の関係者で個人的な利益を得た人は誰もいないことを十分確信できたので,今後は前向きに未来に目を向けるつもりであるとの趣旨の発言をしたことからすると,9月30日取締役会の時点で,本件各記事やBが役員全員に送付した本件レターⅠ~Ⅴにより,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払に関し,被告A6らによる違法行為が存在することが明確になっていたとはいえない。
(イ)10月14日取締役会における善管注意義務違反について
PwC中間報告書の結論部分の記載は違法行為が存在したと結論付けるものではないから,Bが被告A10ら5名に送付した本件レターⅥ及びPwC中間報告書によっても,10月14日取締役会の時点で,違法行為の存在がほぼ確実な状況になったとはいえない。したがって,被告A6らによる違法行為を認識していない被告A10ら5名が,Bから送られてきたPwC中間報告書等を見て直ちに違法行為の存在を明確に認識しなかったとしても,不合理とはいえない。
被告A10ら5名は,10月14日取締役会の時点で,Bによる疑惑の追及や調査を妨害するために同人の解職等の決議をしたことはない。被告A10ら5名がBの解職に賛成したのは,同人が,ヨーロッパに滞在してほとんど来日せず,他の取締役との意思疎通も不十分であり,会社原告の総務部からの報告も十分行えないとの状況の中,突如として,PwC中間報告書を送付して被告A6及び被告A8の辞任を要求する行為に出たことを考慮し,他の経営陣との間で経営の方向性や手法に大きな乖離を生じ,経営の意思決定に支障を来す状態に陥っていると判断したためである。同月13日の集まりについても,被告A6から,Bは社長として問題があるから翌日の取締役会で解職したい旨を告げられ,H弁護士からも,本日集まってもらったのはB解職の段取りを確認するためであるという趣旨の説明をされた上で解職の手続の指導を受けたのであって,十分に信頼できる顧問弁護士たるH弁護士に相談し,同弁護士から助言を得ていることに鑑みれば,Bを解職することは,自らの取締役としての善管注意義務に違反するものではないと考えるのが通常である。
被告A10ら5名を含む会社原告の取締役は,B解職の7日後である平成23年10月21日には本件第三者委員会の設置を準備している旨のプレスリリースを行い,同年11月1日には実際にこれを設置して調査を開始し,同月8日には損失隠しを公表し,同年12月6日には本件第三者委員会から調査報告書の提出を受けていることからすると,まさに調査義務を尽くしているものである。会社原告の株価が急落し,不正会計疑惑等に関する報道が過熱して収拾がつかなくなったために,本件第三者委員会の設置が決定されたといった事実や,同年11月8日発売の週刊朝日に損失隠しに係る疑惑の真相を詳細に記載した記事が掲載されたため,これを知った被告A6が,同日,損失隠しを公表したといった事実はなく,被告A10ら5名は,本件第三者委員会は公正な調査を行って説明責任を果たすためのものという認識であった。
以上によれば,被告A10ら5名に,株主原告が主張するような善管注意義務違反はない。
イ 損害の発生及び因果関係について
(ア)本件において,各外部委員会による調査は必要不可欠であり,9月30日取締役会及び10月14日取締役会において被告A10ら5名がいかなる対応をしたかにかかわらず,各外部委員会への費用の支払はされたのであるから,被告A10ら5名の善管注意義務違反行為と前記費用の出捐との間には条件関係を欠き,相当因果関係も認められない。
外部の専門家により構成された本件第三者委員会の設置は,まさに取締役による調査義務の履行であって,調査義務の履行により生じた費用をもって,調査義務違反により生じた費用と解する余地はない。
(イ)10月14日取締役会におけるBの解職決議は,同人が,他の取締役と十分意思疎通することができていない上,9月30日取締役会の後,突如として,PwC中間報告書を送付して被告A6及び被告A8の辞任を要求するなど,独断的な行動を採ったことを理由とするものであり,9月30日取締役会における被告A10ら5名の対応如何にかかわらず,同取締役会の後に発生した事由に起因して,適法にされたものである。したがって,①9月30日取締役会における被告A10ら5名の対応,②10月14日取締役会におけるBの解職決議,③これを前提とする本件和解金の支払のそれぞれの間には条件関係を欠く。
また,本件和解金の支払は,9月30日取締役会及び10月14日取締役会における被告A10ら5名の対応から通常生ずべき損害ではない。また,Bが9月30日取締役会の時点で「私は安心したのです。」などと発言していることからすれば,その後,Bを解職するという事態が生じることを予見できず,予見可能な特別損害にも当たらない。
(ウ)会社原告の信用失墜による損害額が10億円を下らないことにつき,具体的な主張・立証はない。時価総額の喪失,すなわち,株価の下落をもって,当該会社に信用失墜による損害があったと認めるべき合理的理由はない。
会社原告の信用失墜及びそれに伴う株価の下落は,被告A6らによる会社原告の損失隠しや,暴力団や反社会的勢力に資金が流れているとの誤った報道によって生じたものであり,被告A10ら5名の行為によるものではなく,相当因果関係は認められない。
(被告A15の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)9月30日取締役会における善管注意義務違反について
被告A15が9月30日取締役会までに受領した資料は,本件レターⅠ~Ⅲの英文部分と被告A8が平成23年9月24日及び同月25日にBに宛てて送信した英文の電子メールを印刷したもののみである。上記レターの日本語訳は受け取っておらず,本件レターⅣ及びⅤについては,英文部分及び日本語訳ともに受け取っていない。Bからは,9月30日取締役会までに上記英文部分の確認を求めるとの説明はなく,これらの資料が送付されてきたのも9月30日取締役会の直前である同月27日であったため,社外取締役であり会社原告以外にも職務を有する被告A15は,9月30日取締役会の時点において,本件レターⅠ~Ⅴの内容を把握していなかった。
9月30日取締役会の時点で,被告A15において関与者らによる違法行為の存在が明確になっていたとはいえず,被告A15に善管注意義務違反行為があるとする株主原告の主張は,その前提を欠く。
(イ)10月14日取締役会における善管注意義務違反について
被告A15は,PwC中間報告書を受領していない。被告A15は,平成23年10月13日にH弁護士の事務所に赴いた際,PwC中間報告書の存在を認識したが,現物を見せられたわけではなく,何ら不適切な行為の存在を認めるものでないことを教示されたにすぎない。また,被告A15は,H弁護士がBの解職に関与し,その解職手続を指導していたため,同解職について法的な問題が生じることはあり得ないと考えていた。
> イ 損害の発生及び因果関係について
(ア)会社原告において,被告A6らにより,長年にわたって巨額の損失隠しが行われていた以上,これについて適切に真相究明を行い,かつ,第三者に対して説明責任を果たすためには,単なる内部調査では足りず,外部の委員会による調査を行うことは不可欠である。各外部委員会はB解職の有無にかかわらず設置されるべきものであるから,被告A15の善管注意義務違反行為と各外部委員会の費用の出捐との間には条件関係を欠き,相当因果関係も認められない。
(イ)本件和解金の支払につき,Bによる英国労働審判の申立内容,同審判の審理及び和解協議の内容や経過等が明らかにならない限り,被告A15の善管注意義務違反行為と本件和解金の支払との間に相当因果関係があるということはできない。
(ウ)会社原告の株価の下落を含む信用失墜は,被告A6らによる長年の巨額な損失隠しが原因であるから,被告A15の善管注意義務違反行為との間に相当因果関係は認められない。
(被告A16,被告A17及び被告A18の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)9月30日取締役会における善管注意義務違反について
本件各記事は月刊誌に掲載されたものであり,裏付けとなる客観的資料の記載もないなど,経営陣による違法行為の疑いを明確にするような内容ではなかった。また,Bからの本件各レターに対しては,被告A8がメールを受領する都度回答し,添付資料も送付するなどの対応をしており,その対応に不自然又は不合理な点があったわけでもなく,事情に詳しい被告A8とのやり取りの中でBが指摘する疑惑が解消される可能性もあった。これらを踏まえれば,9月30日取締役会の時点で,被告A16,被告A17及び被告A18(以下「被告A16ら3名」という。)にとって,経営判断に基づいて行われた本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払について,被告A6ら経営陣による違法行為が存在する疑いがあることが明確になっていたとはいえない。疑惑を指摘していたB自身,9月30日取締役会において,被告A6や被告A8と話し合った結果,本件各記事で指摘された内容に係る疑問が解消され,相互に建設的な理解に達したこと,今後は前向きに未来に目を向けていきたいことを述べていたのであるから,被告A6らの違法行為を全く認識していない被告A16ら3名にとっては,当該疑惑について,直ちに調査を進めなくてはならない状況ではなかったのであり,株主原告が主張するような義務が認められないことは明らかである。
(イ)10月14日取締役会における善管注意義務違反について
10月14日取締役会に出席した被告らが負う善管注意義務については,そのような調査義務自体の発生根拠が不明確である上,なぜ10月14日取締役会の時点を問題とするのか,なぜ被告A6や被告A8が今後の調査を妨害し不祥事の隠蔽を図る危険性があることが明白であるのかも不明確である。PwC中間報告書はあくまで中間報告書にすぎず,その結論についても「現段階では不適切な行為が行われた可能性を排除することはできないと考えられる。」と記載されているにすぎないから,PwC中間報告書やそれに基づくBの電子メールによる指摘をもって,10月14日取締役会の時点で,違法行為が存在する疑いが一層明確になったとか,違法行為の存在がほぼ確実な状況になったとはいえず,被告A16ら3名が不祥事の隠蔽を図る危険性を認識する前提を欠いている。
被告A16及び被告A18がBの解職に賛成したのは,同人が,ヨーロッパに滞在してほとんど来日せず,他の取締役との意思疎通も不十分であり,その経営等の進め方が独断専行的で,本件についても,独断でPwCに対して社内秘の資料を送付するなどした上,役員全員に対し,外部機関による中間報告書を一方的に送付して被告A6や被告A8の辞任を迫るなど,他の経営陣との間で経営の方向性や手法に大きな乖離を生じ,経営の意思決定に支障を来す状態に陥っていると判断したためである。
被告A16ら3名は,Bが指摘する疑惑について,違法行為が存在するとまでは考えなかったものの,その解明のために何らかの調査等を行う必要があるとは認識しており,現に,平成23年10月21日に本件第三者委員会を立ち上げることを公表し,同年11月1日には本件第三者委員会を設置して疑惑についての調査を委託し全容を明らかにしたのであるから,被告A6らによる違法行為を黙認ないし放置したことにはならないし,これに加担したことにもならない。
以上によれば,被告A16ら3名に善管注意義務違反行為が認められないことは明らかである。
(ウ)被告A17の善管注意義務違反について
平成23年10月13日に電子メールで送付された10月14日取締役会の開催通知には,Bの解職や被告A6の社長復帰といった議題は記載されていなかったのであるから,被告A17が,同電子メールの記載からBの解職を事前に認識することはできず,Bの解職や被告A6の社長復帰に反対である旨を表明することはそもそも不可能であった。
また,被告A17は,被告A6の違法行為について全く認識しておらず,10月14日取締役会の時点で違法行為の存在がほぼ確実な状況でもなかったのであるから,同取締役会において承認可決されたBの解職について,事後的に異議を表明する義務がないことは明らかである。
イ 損害の発生及び因果関係について
(ア)本件第三者委員会,取締役責任調査委員会及び監査役等責任調査委員会は,被告A6らが損失隠しのために違法行為を行ったことを原因又は契機として設置されたものであるから,被告A16ら3名の善管注意義務違反行為とこれらの委員会費用の出捐との間には,相当因果関係がない。また,経営改革委員会は,被告A6らの違法行為を受けて再発防止策の策定等を目的として設置されたものであり,株主原告が主張する善管注意義務違反行為とは全く関係がない。
(イ)本件和解の合意は,Bが不当に役職から解職されたことを認めた上でされたものではなく,また,英国の裁判所が,同人が不当に役職から解職されたと認定したわけでもないから,株主原告が主張する善管注意義務違反行為と本件和解金の支払との間には相当因果関係がない。
(ウ)株主原告が主張する信用失墜による損害は,極めて抽象的・多義的な主観的評価(印象論)に過ぎない。また,株価の下落は株主に発生した損害であって,会社原告に発生した損害ではない。
(被告A19の主張)
ア 善管注意義務違反について
(ア)9月30日取締役会における善管注意義務違反について
被告A8が,Bからの質問や資料提供の要請に対し,資料等を添付して迅速かつ合理的な回答を行うなどしていたことからすると,平成23年6月29日に社外取締役に就任したばかりの被告A19が,同年9月30日の時点で,被告A6らによる違法行為の存在や違法行為等の不祥事の隠蔽を行う危険性を認識することは不可能であり,被告A6らによる違法行為の疑いが明確になったことを根拠とする善管注意義務違反に係る株主原告の主張は理由がない。
また,9月30日取締役会において,B自身が,被告A6らの違法行為については全て解決した旨の発言をしていることからすると,被告A19に,被告A6らの違法行為の有無を調査すべき義務(疑惑を解明しようとするBが妨害されないようにする義務)は生じることはあり得ない。
(イ)10月14日取締役会における善管注意義務違反について
PwC中間報告書は,「現段階では不適切な行為が行われた可能性を排除することはできないと考えられる。」と述べるにとどまり,結論として,違法行為があったと断定するものではない。また,被告A19は,平成23年10月5日から同月18日までの間オーストリアに出張しており,電子メールを閲覧できる電子機器を出張に携行しなかったため,この期間に電子メール(PwC中間報告書が添付されたものを含む。)を確認できる状況になかった。被告A19が同電子メールの正確な内容を把握したのは,日本に帰国した後の同月19日である。
したがって,10月14日取締役会の時点で,9月30日取締役会の時点に比して違法行為が存在する疑いが一層明確になっていたとはいえず,善管注意義務違反に係る株主原告の主張はその前提事実を欠いており,理由がない。
被告A19は,平成23年10月17日出張先のニュースでBの解職や被告A6の社長復帰等の事実を知り,直ちに帰国の途について同月18日に帰国するや,同月19日から,会社原告の疑惑に係る説明責任を果たすための本件第三者委員会の立ち上げに関与し,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に係るFAへの報酬名目の金銭支払時に在籍していなかった社外取締役として,本件第三者委員会のメンバー選定等の役割を果たした。その後も,被告A19は,経営改革委員会に関与し,また,同様の目的のために発足した指名委員会委員としても活動するなど,会社原告の疑惑解明の原動力となった。
したがって,被告A19が,10月14日取締役会におけるBの解職等の決議後,何ら異議を表明することなくこれを追認したことを前提とする株主原告の主張は,理由がない。
イ 損害の発生及び因果関係について
被告A19の善管注意義務違反行為と損害との間の相当因果関係に関する株主原告の主張は,いずれもその前提事実を欠いており,理由がないことは明らかである。
(8)抗弁
ア 消滅時効の抗弁の成否(第1類型及び第2類型関係)
(被告A2ら3名の主張)
会社原告の承継前被告A1に対する本件訴訟提起は,平成24年1月8日付けでされているため,承継前被告A1は,本件口頭弁論期日において,平成14年1月8日より前の取締役としての行為を理由とする善管注意義務違反による損害賠償請求権について,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(被告A5の主張)
(ア)本件金利及び本件ファンド運用手数料等について
被告A5は,本件口頭弁論期日において,支払日から10年を経過している損害賠償請求権について,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(イ)ITX株式運用損について
ITVがITX株式9323株を購入したのは平成12年3月であり,会社原告が本件訴訟を提起した平成24年1月8日時点において既に10年を経過しているから,前記株式購入に係る損害賠償請求権は時効により消滅している。被告A5は,本件口頭弁論期日において,この消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
仮にそうでないとしても,ITVがITX株式を取得した目的は,ITX株式を上場してキャピタルゲインを取得することにあるところ,上場日のITXの株価は高値が29万円,安値及び終値が26万5000円であり,いずれもITVがITX株式を取得した際の株価の半値以下であった。平成13年12月14日にITX株式を上場したことにより,同株式によりキャピタルゲインを取得することは絶望的となり,会社原告がITX株式を取得したことによる損害が確定した。第2類型に係る会社原告の請求は,損害が確定した同日から10年以上経過した後にされたものである。被告A5は,本件口頭弁論期日において,この消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(原告らの主張)
いずれも争う。
イ 信義則ないし過失相殺の抗弁の成否(第1類型,第3類型,第4類型及び第7類型関係)
(被告A7の主張)
会社原告に損害が発生したとしても,かかる損害を発生・拡大させたことは専ら会社原告の社長及び会長を長年にわたって務めていた承継前被告A1,被告A5及び被告A6の指示及び決定によるものであった。被告A7は,承継前被告A1,被告A5及び被告A6に対し,損失を開示するよう度々進言したが,同人らからいずれも却下された(例えば,被告A7は,①平成4年1月頃,会社原告の実現損及び含み損が合わせて約480億円に達していたことから,承継前被告A1及び被告A5に対し,損失を開示すべきことを進言したが,承継前被告A1から,開示することは不可能であるなどと言われ,損失を開示しない方針が維持され,②その後も,承継前被告A1の指示で損失を開示しない方針が採られたが,積極的な資金運用を行って損失を取り戻そうとする承継前被告A1の方針が損失を増大させるのみであったことから,総務・財務部長に就任した平成9年4月頃,承継前被告A1及び被告A5に対し,積極的な資金運用を停止すべき旨を進言したところ,同人らがこれを容れて,積極的な資金運用は停止されることとなったが,損失を開示することについては拒絶され,③平成12年3月期の決算時にも承継前被告A1及び被告A5に対し,損失を全部開示すべき旨を進言し,④被告A6が代表取締役に就任した後には,同人に対しても損失の開示について第三者に相談するよう進言したが,被告A6らから拒絶された。会社原告が平成23年11月に損失を開示したのも,被告A7が被告A6を強く説得してようやくこれに踏み切らせたためである。)。被告A7は,承継前被告A1らの意向に従わざるを得なかったのであり,当時は内部告発者を保護する法的環境も未整備で,仮に内部告発を行えば会社原告を倒産させるのみならず,被告A7自身も職を失って家族を路頭に迷わせるおそれが高かったために内部告発をすることも困難であった。会社原告の請求は,自ら損失隠しを決定し,そのための対応を被告A7に指示しておきながら,いざ損失隠しが露見するや,そのことによって被ったとする損害を被告A7に請求するものであり,クリーンハンズの原則に反する。
仮にそうでないとしても,公平の観点から,過失相殺規定の類推適用により,賠償額は大幅に減額されるべきである。
(被告A8の主張)
使用者が,その事業の執行につきされた被用者の加害行為により損害を被った場合においては,使用者は,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して損害賠償請求を行い得ると解されている。このように,使用者に故意・過失がない場合においても,使用者の被用者に対する損害賠償請求が制限されていることからすると,被用者が使用者の違法な指示に従った行為について,使用者が損害賠償請求をすることは,それ自体信義則に反し,許されないというべきである。被告A8は,会社原告としての意思決定に基づく指示に従って,損失分離スキームの構築・維持等に関与したのであるから,会社原告あるいは同原告に代位する株主原告が損害賠償請求をすること自体,信義則に反し,許されない。
仮に,被告A8に何らかの責任が認められるとしても,被告A8の責任原因とされる行為は,いずれも承継前被告A1ら会社原告の代表取締役の意思決定や指示に基づいて行われたものであり,歴代の経営者がしてきたことを継承する以上に,会社側の体質に起因するところが大きい。したがって,原告らの被告A8に対する請求は,過失相殺規定の類推適用により,賠償すべき損害額は大幅に減額されるべきである。
(被告A9の主張)
被告A7及び被告A8の主張を援用する。
(原告らの主張)
(ア)信義則ないしクリーンハンズの原則に関する主張について
損失分離スキームの構築・維持等に始まる一連の行為は,会社原告の限られた取締役や従業員のみによって計画・実行されたものであり,正式な機関決定の上でされたものではないし,仮に歴代の代表取締役の決定や指示があったとしても,会社原告の決定・指示と同視し得るものでもない。被告A7及び被告A8は,単に承継前被告A1らの決定・指示に従っていただけの消極的な立場にあったのではなく,むしろ,これらの歴代の代表取締役の了承の下,損失分離スキームの構築から解消に至るまで極めて長期間にわたり,様々な方策を策定・実行するなどして,一連の行為に積極的に関与し続けてきた者である。取締役は自ら法令を遵守するだけでなく,代表取締役の決定・指示が取締役としての善管注意義務に違反するようなものである場合には,これを是正するための措置を採るべきことは当然である。被告A7及び被告A8は,およそクリーンハンズの原則に反するなどと主張できる立場にはなく,また,同人らに対する請求が信義則上制限されることもない。
(イ)過失相殺規定が類推適用されるべきとの主張について
前記(ア)のとおり,被告A7及び被告A8は,歴代の代表取締役の了承の下,損失分離スキームの構築から解消に至るまでの極めて長期間にわたり,積極的に関与し続けた者である。被告A7及び被告A8は,損失隠しという違法行為を行うことについて明確な目的を持って一連の善管注意義務違反行為を行ったのであり,そのような被告らが過失相殺規定の類推適用を主張することこそ,公平の観点から許されないというべきである。
ウ 権利濫用の抗弁の成否(第6類型関係)
(被告A8の主張)
会社原告は,本件剰余金の配当等の後も破綻することはなく,現在では訂正後の決算内容を前提として単体での分配可能額はゼロを上回り,剰余金の配当も行っている。現在の分配可能額の状況からみれば,分配可能額の範囲内で剰余金の配当等が行われたのと同じ結果になっているにすぎず,これによって債権者にも会社原告にも実質的な不利益を与えるものではない。それにもかかわらず,本件剰余金の配当等によって流出した金銭を役員に弁済させた場合には,会社原告が不当に利得することになる。
また,企業の実質的な財産状態は連結ベースの財産状態であるところ,本件剰余金の配当等が行われた当時,連結貸借対照表に基づいて分配可能額を計算すると分配可能額は十分にあった。仮に,当時,虚偽記載のない決算をしていた場合には,子会社から配当金を受領して単体ベースでの分配可能額を十分な額にした上で,剰余金の配当等をしていたはずであって,いずれにせよ剰余金の配当等は行われていたはずである。本件剰余金の配当等は,会社の実質的な財産状態を不当に悪化させたものではなく,単に,子会社からの配当受領額の増加のための手続を履践しなかったという手続的な瑕疵にすぎない。
以上によれば,原告らの会社法462条に基づく請求は,権利の濫用として許されないというべきである。
(被告A7及び被告A9の主張)
被告A8の主張を援用する。
(原告らの主張)
会社法462条の金銭支払義務は,「剰余金の配当が効力を生ずる日における分配可能額」を超えた配当がなされたことについての責任であって,仮に事後的に分配可能額が回復したとしても,前記責任の消長とは全く関係がないし,その責任を追及することが権利濫用になるわけでもない。また,同条は,分配可能額の算定を単体ベースで行うことを前提としており,連結に関する調整は,会社計算規則158条4号の定める限りに留めているのであって,連結貸借対照表に基づいて分配可能額を計算すると分配可能額は十分にあったという被告A8,被告A7及び被告A9の主張自体,失当である。
第3 当裁判所の判断
1 第1類型(金利・運用手数料関係)及び第2類型(ITX株式運用損関係)について
(1)認定事実
前記前提事実,証拠(後記認定事実末尾記載の証拠)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 積極的な資金運用等による損失(含み損)の拡大
(ア)昭和60年当時,為替相場は急速に円高が進んでいたところ,会社原告においては,国内で製造したカメラ,顕微鏡及び内視鏡等を欧米に輸出していたことから,円高による収益圧迫が深刻な状況となっていた。そのような中,昭和59年に会社原告の社長に就任した承継前被告A1は,営業外収益を獲得するために証券投資等を積極的に行っていく方針を打ち立て,国債や公社債等による資金運用に加え,特定金銭信託(投資家が信託銀行に対して金銭を信託し,運用指図をして有価証券への運用等を行わせ,信託契約終了時に金銭で信託財産の償還を受けるもの。)及び特定金外信託(信託で運用を行う点は特定金銭信託と同様だが,信託契約終了時の信託財産の償還を現状で受け取るもの。以下,特定金銭信託と併せて「特金等」という。)等の運用割合が多くを占めるようになった。(甲Aキ9の1,12の1,13の1)
(イ)平成2年には,株式相場の大幅な下落によって会社原告が特金等で運用していた株式等が多額の含み損を抱えることとなったが,承継前被告A1は,決算において当該損失を表沙汰にしない旨の判断をし,会社原告の経理部財務グループに対してその旨を指示した。
これを受けて,会社原告は,①バスケット方式原価法(特金等内の財産をまとめて1つとみなし,その期末時点の時価が取得価格の50パーセントを下回る場合には時価で評価しなければならないものの,これを下回らない場合には簿価たる取得価格で評価できる方法)を採用して特金等に現金を預け入れることで,特金等内の資産の簿価が50パーセントを上回るようにする方法や,②決算期末前に,含み損を抱えた金融商品を会社原告が買い戻す合意をして証券会社等に購入させ,期末後に買い戻すなどの方法(いわゆる「飛ばし」行為)を用いて,含み損の全てを表沙汰にせず,過小に計上する処理を行った。(甲Aキ7,12の1,13の1)
(ウ)承継前被告A1及び当時専務取締役であった被告A5は,平成4年1月頃,経理部財務グループに対し,当期の決算数値のまとめ方と損失の回復方法を検討するよう指示し,これを受けて,平成元年から経理部財務グループのグループリーダーを務めていた被告A7は,部下であった被告A8及び被告A9とともに,平成4年1月20日付け「運用状況と決算数値について」と題する文書を作成し,承継前被告A1らに提出・報告した。当該文書には,会社原告の抱える損失が480億円(実現損250億円,評価・含み損230億円)であること,長期保有株の一部を海外へ移管し,表向きは将来的にアジア地区の資金・為替コントロールの中枢を担うことを理由として,金融子会社(OAM)を設立すべきことなどが記載されていた。(甲Aキ12の1(特に,添付資料2を参照。以下,同様の意味で「〈添付資料2〉」などとと表記する。),13の1,被告A7本人)
(エ)会社原告は,平成4年以降,決算において利益を計上するとともに損失の回復を狙うため,購入時点で利益を受け取ることができる仕組債やスワップ等を購入したものの,これらの資金運用による損失額は拡大の一途を辿り,平成8年夏頃には資金運用による含み損が約900億円に達していた。
同年頃会社原告の社長であった被告A5は,経理部財務グループに対して損失回復のための方策を検討するよう指示したところ,被告A7は,被告A8及び被告A9とともに,同年8月5日付け「運用ポートフォリオ回復案」と題する文書を作成し,被告A5及びその頃会社原告の会長であった承継前被告A1に対して報告した。当該文書には,会社原告の抱える損失が902億円であること,そのうち450億円を回復目標額として具体的な損失解消案を実行することなどが記載されていた。(甲Aキ12の2〈添付資料1〉,13の2,被告A7本人)
イ CFC及びQPの設立と損失の計上
(ア)会社原告は,前記ア記載のとおり,含み損を抱えた金融商品を期末に証券会社等に一時的に買い取らせ,その後買い戻す手法等を用いて損失を隠していたが,平成7年頃には,そのような手法に協力してくれる証券会社が徐々に減少する状況となっていた。
そこで,被告A7は,ペインウェーバー証券のI及びJに対し,決算対策商品による損失を会社原告の決算に反映させずに損失を回復する方法を相談したところ,同人らから,ケイマン諸島籍の簿外のファンドを作り,そこに含み損を抱えた金融商品を移す方法を提案された。被告A7は,被告A5の了承を得て,Iらの協力の下,メディアトラストと称するケイマン諸島籍の多数のファンドを設立するとともに,平成8年1月25日には,被告A7,被告A8及び被告A9を役員とするCFCを設立した上,会社原告ないしその子会社であるOAMが特金等内で保有していた債券をCFCに貸し付け,それをCFCが売却して作った資金を使用して,会社原告がペインウェーバー証券から購入した決算対策商品をメディアトラストに組み替えた。
被告A7は,メディアトラスト内の資産の運用をI及びJが設立したAXESグループに委託して損失の解消を図ったが,結局,これを実現することができず,メディアトラストが抱えていた含み損をCFCに付け替え,CFCにおいて損失を計上した。(甲Aキ9の3・4,12の2〈添付資料2〉,13の2)また,被告A7は,平成9年3月頃,330億円の含み損を抱えていたパリバ証券の仕組債を簿外のファンドに簿価で買い取らせてそこで損失を計上させるため,被告A5の了承を得た上,被告A8とともにQPを設立し,会社原告からQPに対して流した資金により,QPが当該仕組債を簿価で買い取り,これをパリバ証券に対して時価で売却することにより,QPにおいて損失を計上した(甲Aキ10,12の2,13の4)。
ウ LGT銀行を介した損失分離スキームの構築等
(ア)被告A7は,平成9年4月会社原告の総務・財務部長に就任し,秘密保持の徹底している外国の銀行に会社原告の口座を開設し,当該銀行に預け入れた預金を担保にCFC等に融資をしてもらうことにより,会社原告とCFC等との関係を切り離すことが望ましいと考え,被告A5に対してその旨を説明して,その了承を得た。
被告A7は,野村證券株式会社(以下「野村證券」という。)に勤務していたKから,リヒテンシュタインに本店を置くLGT銀行のLの紹介を受け,平成10年3月23日,LGT銀行に会社原告及びOAMの名義の各預金口座を開設した。その際,会社原告の預金口座開設申請書には被告A5が会社原告の代表者として署名し,同時に,当該口座に関する署名権者を,被告A7,被告A8及び被告A9と定めてLGT銀行に通知した。また,会社原告及びOAMは,同日,会社原告及びOAMの名義の各預金口座内の資産全てについて,CFCのために担保権を設定する旨の契約を締結したが,当該担保権設定契約において署名権者として署名したのは,会社原告については被告A7であり,OAMについては被告A9であった。
LGT銀行は,その後,上記担保権設定契約が締結されたことを受けて,CFCに対し,平成10年3月27日180億円,同年8月6日120億円をそれぞれ貸し付けた。(甲Aキ3の7〈添付資料4,同5〉,8の3〈添付資料1-1~3〉,12の3〈添付資料2,3〉,13の10,被告A7本人,被告A8本人)
(イ)会社原告及びOAMは,LGT銀行による融資を延長してもらうため,平成15年7月14日,LGT銀行との間で包括的な担保権設定契約を締結したが,これらの契約においては,被告A5が会社原告の代表者として,被告A7がOAMの代表者として,それぞれ署名した。その際,LGT銀行から,会社原告及びOAMの取締役会議事録の提出を求められたが,LGT銀行との取引は損失分離スキームの構築・維持のための預金取引であって取締役会に諮ることができなかったことから,これに代わるものとして,会社原告は同社の取締役会の意思と一致する旨が記載された被告A5及び被告A6の署名のある宣誓書を提出し,OAMも,同旨の記載がある被告A7の署名のある宣誓書を提出した。(甲Aキ13の10〈添付資料4~7〉,被告A7本人,被告A8本人)
エ コメルツ銀行を介した損失分離スキームの構築等
(ア)a 会社原告は,平成9年頃,同社の監査を担当していた朝日監査法人から,近い将来,時価会計制度が導入される旨の情報提供を受けていたところ,平成10年5月29日,同監査法人から,同年3月期の監査概要報告書において,バスケット方式原価法を採用している特定金外信託について,今後の金融商品に対する時価会計導入の影響を含めて対処を検討する必要がある旨の指摘を受けた。また,同年6月頃,会社原告が財テクの失敗で巨額の損失を抱えている旨が新聞で報じられて会社原告の株価が急落したことを契機として,同年7月,同監査法人から,会社原告の資金運用に特化して行われた監査の結果として,時価会計導入を踏まえて特金等の解約を検討するよう要請された。
そこで,被告A7は,被告A8及び被告A9とともに,朝日監査法人からの上記要請への対処方針を検討し,同要請を受け入れて平成13年3月期までに特金等を解約する(朝日監査法人に対しては,特金等の解約を目指す旨回答した。)とともに,それまでの間に新たな資金注入のためのスキームとして,LGT銀行以外の金融機関を介した損失分離スキームの手法を開拓することとした。
そして,被告A7は,被告A5に報告してその了承を得た上で,Iを介してコメルツ銀行のMと面会し,平成11年9月頃,コメルツ銀行シンガポール支店との間で,会社原告名義の預金口座を開設する契約を締結し,被告A8とともに,当該預金口座に,同年10月6日2億0100万ドル,同年12月27日1億0100万ドルをそれぞれ入金し,この預金を担保にして,Mが設立したファンドである Hillmore に対して約300億円の融資を受け,この資金をI及びJが設立した21C等の受け皿ファンド等に送金した。
さらに,被告A7及び被告A8は,平成12年6月22日,コメルツ銀行の預金口座に150億円を入金し,この預金を担保にして,Hillmoreに対して149億円の融資を受け,これも受け皿ファンド等に送金した。(甲Aキ3の8〈添付資料1,3,6,7〉,9の4,9の10,9の12,9の13,12の5〈添付資料1,3,6の1・2〉,13の3〈添付資料1,2〉)
b 会社原告の決算内訳書におけるコメルツ銀行への定期預金額は,第132期事業年度(平成11年4月1日から平成12年3月31日まで)が306億1825万円,第133期事業年度(平成12年4月1日から平成13年3月31日まで)が150億0001万2778円であった(甲Aイ14の1・2)。
(イ)a Mは,平成12年秋頃,勤務先をコメルツ銀行からSG銀行シンガポール支店に変えたため,被告A7及び被告A8は,コメルツ銀行を介した損失分離スキームをSG銀行に移すことを企図し,Hillmore においてコメルツ銀行に対して借入金を返済し,会社原告において預金の担保解除及びその払戻しを受け,当該資金を原資として,SG銀行の会社原告名義の預金口座に,平成12年12月4日200億円,平成13年2月21日100億円,同年6月11日150億円をそれぞれ入金した。さらに,被告A7及び被告A8は,平成15年10月22日,同預金口座に100億円を入金した。
Mが設立した Eastersideは,これらの預金を担保として,預金額とほぼ同額の約550億円の融資を受け,21C等の受け皿ファンド等に当該資金を送金した。(甲Aキ3の8,13の17〈添付資料6,7〉)
b 会社原告の決算内訳書におけるSG銀行への預金額は,①第133期( 平 成 1 2 年 4 月 1 日 か ら 平 成 1 3 年 3 月 3 1 日 ま で ) が300億0005万5556円,②第134期(平成13年4月1日から平成14年3月31日まで)が450億円,③第135期(平成14年4月1日から平成15年3月31日まで)が450億円,④第136期(平成15年4月1日から平成16年3月31日まで)が450億円であった(甲Aイ14の2~5)。
(ウ)Mは,平成17年,SG銀行を退職して投資顧問会社を経営することになったため,被告A7及び被告A8は,Mの会社が運営するSGボンドに対して資金を出資し,これを通じて受け皿ファンド等に資金を流す方法に切り替えることを企図し,SGボンドにおいて会社原告から出資を受けた資金で債券を購入し,Eastersideにおいて,当該債券を借り受けて売却により資金化し,SG銀行に対して借入金を返済した。
その過程で,会社原告は,SGボンドに対し,平成17年2月4日100億円,同月15日50億円,同月17日200億円,同月18日100億円,同月22日150億円(合計600億円)をそれぞれ出資した(甲Aキ3の8,13の17〈添付資料9〉)。
オ GCNVVを介した損失分離スキームの構築等
(ア)会社原告は,平成11年9月頃,特金等の口座の中で保有していたシュローダー証券取扱いの仕組債を一時的に「飛ばす」ため,買戻しの合意をした上で金融機関に簿価で買い取らせたが,これが朝日監査法人に発覚し,同監査法人から当該仕組債を買い戻すよう要求された。さらに,会社原告は,朝日監査法人から,平成11年9月期中間決算において,特金等内の金融資産を時価評価し,損失相当額を引当金計上するとともに,(従前の要請を1年前倒しして)平成12年3月期までに特金等を解約するよう指導を受けた。
被告A7は,被告A8及び被告A9と相談の上,被告A5に対し,この機会に会社原告が簿外に抱えている全ての損失を公表することを提案したが,被告A5から,監査法人に把握されて指導を受けた限度で損失を公表し引当金を計上するようにとの指示を受けたため,結局,会社原告は,被告A5の方針に従い,平成11年9月期中間決算において,朝日監査法人が把握した金融資産に限定して時価評価を行い,約168億円の引当金を計上した。(甲Aキ9の10,9の13,12の6〈添付資料1の1・2〉,13の11,被告A7本人,被告A8本人)
(イ)会社原告は,既にCFC及びQPを設立してこれに資金を送金する損失分離スキームを構築・維持していたが,監査法人の指導に従い平成12年3月期に前倒しして特金等を解約するためには,これまでのスキームに加えて,受け皿ファンド等に資金を流すルートを設ける必要が生じた。
被告A7は,被告A8及び被告A9とともに,既に野村證券を退職して株式会社グローバルカンパニー(以下「グローバルカンパニー」という。)を設立していたKに相談したところ,同人から,会社原告において,①LGT銀行が設定するファンドである PS Global Investable Markets を購入し,これを担保にLGT銀行から資金を借りてCFCに送金する方法や,②資金を出資して事業投資ファンドを組成し,グローバルカンパニーがファンドマネージャーとなって,新規事業の発掘・育成等を行う方法が提案された。Kは,②の方法を用いれば,資金を受け皿ファンド等に回すことが容易となるだけでなく,新たなベンチャー企業を発掘して上場させることでキャピタルゲインを取得して損失を取り戻すこともできるなどと説明した。
被告A7,被告A8及び被告A9らは,Kと協議を重ねた結果,平成12年1月,LGT銀行の設定するファンドの購入及び事業投資ファンド設立のスキームの大枠が固まったことから,会社原告の経営会議及び取締役会に諮るべく,承継前被告A1に対しては被告A7において,被告A5及び被告A6に対しては被告A7及び被告A8において,会社原告が抱えている簿外の損失の状況や,LGT銀行のファンドの購入及び事業投資ファンドの設定を損失分離スキームに利用することなどを説明した。(甲Aキ9の13,9の14,12の6,13の14,13の15,被告A7本人,被告A8本人)
(ウ)会社原告の第787回取締役会は,平成12年1月28日,承継前被告A1,被告A5及び被告A6を始めとする会社原告の取締役らが出席して開催され,LGT銀行のファンドの購入及び新規の事業投資ファンドの設定が議案として上程されて,被告A6及び被告A8が投資の必要性や事業投資ファンド設立の目的を説明し,全員異議なく了承された。。
その後,会社原告は,LGT銀行との交渉の結果,PS Global Investable Marketsではなく,会社原告の英語の頭文字を名称に冠した会社原告独自のクラスファンドである PS Global Investable Markets-O(GIM)に出資することとなり,平成12年3月17日,会社原告が150億円,OAMが200億円(合計350億円)をLGT銀行に出資してこれを購入した。(甲Aキ3の10〈添付資料6,7〉,9の14,12の6〈添付資料2-1・2〉,13の15,被告A7本人,被告A8本人)
(エ)会社原告は,平成12年3月1日,I及びJが設立した Genesis VentureCapital Series Ltd.(以下「GV」という。),及びKが設立した GCI Caymanとの間で,会社原告及びGVをリミテッドパートナー,GCI Cayman をジェネラルパートナーとする事業投資ファンド組成契約を締結し,会社原告が300億円,GVが50億円,GCI Cayman が1億円をそれぞれ出資して,GCNVVを設立した(なお,GVの出資金50億円は,会社原告がCFCを経由してGVに送金した資金であり,GCI Cayman の出資金1億円は,同社に対する運用報酬と相殺したため,GCI Cayman から現実に拠出された資金はなかった。(甲Aキ9の13,9の14,13の15〈添付資料5〉,被告A7本人,被告A8本人)
(オ)被告A7,被告A8及び被告A9は,Kらと相談の上,LGT-GIMに出資した350億円のうち,310億円を平成12年3月12日に受け皿ファンド等であるTEAOに貸し付けるとともに,そこから300億円を出資してNeoを設立する(GCI Cayman がNeoの資金移動権限を持つジェネラルパートナーに就任する。)こととし,その旨実行された。Neoに出資された資金は,同月23日ITVに対して101億1515万円が送金され,同月24日QPに対し194億円が送金された。(甲Aキ3の10〈添付資料8,9〉,12の7)
(カ)被告A8は,QPの債券を購入する名目で,ジェネラルパートナーであるGCI Cayman のK,N及びOに依頼して,GCNVVにおいて,平成12年3月17日出資された金銭のうち320億円をQPに送金するとともに,同月28日QPの債券を購入し,QPにおいて,会社原告から借り受けていた国債を会社原告に返還した。その後,平成17年まで,GCNVVの決算期に向けた監査法人対策としてQPからGCNVVへ債券の償還名目で資金を戻し,その目的を達成するとGCNVVからQPに再び資金を移動するという行為を繰り返した。
その後,平成18年3月頃,本件国内3社の株式を実際の価値よりも高値で取得することを利用してGCNVVとQPとの間の債権債務関係を解消することとし,QPがGCNVVに対し,その当時の残債務である240億円を全て返済してこれを解消した。(甲Aキ3の13〈添付資料1~8〉)。
カ 損失分離状態の報告
会社原告においては,金融商品への投資により損失を抱えるようになった平成2年頃以降,承継前被告A1及び被告A5に対し(被告A6に対しても,遅くとも同人が会社原告の社長に就任した平成13年6月以降),概ね半期に一度,定期的に,会社原告の抱えていた簿外の損失の額やその対策等についての報告が行われていた。当該報告は,被告A8,被告A9ないし損失分離スキームの構築・維持等に必要な事務作業を行っていたPが作成した資料に基づいて,被告A7が行うのが通例であり,必要に応じて,被告A8,被告A9及びPが立ち会って補足説明をしていた(例えば,平成15年9月12日付けで財務部が作成した平成15年9月12日付け「135PB運用報告」と題する資料(甲Aイ8の1)には,宛先として「A1取締役殿」,「A5会長殿」,「A6社長殿」等とされており,135期下期(平成14年10月から平成15年3月まで)の期末である平成15年3月末時点における会社原告の損失額が1176億6000万円であること,対前期比で損失が8億0600万円増加したことなどが記載されていたが,被告A7は,被告A8及び被告A9とともに,当該資料を用いて,承継前被告A1,被告A5及び被告A6に対し,その記載に沿った説明をした。)。(甲Aイ8の1,キ3の11〈添付資料3〉,3の17,12の8,13の18,証人P,被告A7本人,被告A8本人)
キ 損失分離スキームの維持に伴う本件金利及び本件ファンド運用手数料等の支払
(ア)前記ウ(ア)記載のとおり,CFCは,LGT銀行から300億円の融資を受け,平成13年7月以降,利息等の名目で,別紙11「①CFCのLGT銀行への本件金利の支払」表の各「日付」欄記載の日に,各「支払額」欄記載の金員を支払った(甲Aキ3の18の1,3の18の2〈添付資料5〉)。
(イ)SG銀行が Eastersideに宛てて送付した契約条件の確認書面によれば,SG銀行の Easterside に対する貸付けの利率は,別紙11「②Easterside に対する貸付けの利率」表の記載のとおりであった(甲Aイ15の1~5)。
(ウ)LGT-GIMが,その資産を運用することに伴い,同資産からLGT銀行に対して支払う年間のファンド運用手数料は,各年末のファンドの総資産価値の1.5パーセントと約定されていた。そして,LGT-GIMの各年末における総資産価値は,①平成13年末が355億8318万9504円,②平成14年末が358億0870万9552円,③平成15年末が360億3974万8379円,④平成16年末が362億7438万4959円,⑤平成17年末が365億5933万6382円,⑥平成18年末が368億2679万4646円,⑦平成19年末が370億6305万5830円であった。(甲Aキ3の18の1〈添付資料2〉,3の18の2〈添付資料4〉)。
(エ)SGボンドは,そのファンド運用手数料等として,Mの経営する会社に対し,別紙12「①SGボンド運用手数料等」表の記載のとおり,合計6億7656万1796円を支払った(甲Aキ3の18の1〈添付資料6〉)。
(オ)Neoは,GCI Cayman に対し,報酬として,別紙12「②Neoから支払われた報酬」表の記載のとおり,合計12億8768万5775円を支払った(甲Aキ3の18の1〈添付資料1〉)。
(カ)GCNVVは,GCI Cayman に対し,報酬として,別紙12「③GCNVVから支払われた報酬」表の記載のとおり,合計41億3095万3226円を支払った(甲Aキ3の18の1〈添付資料1〉)。
ク ITX株式の取得
(ア)被告A7,被告A8及び被告A9は,平成11年12月頃,Kから,日商岩井が情報産業部門を独立・分社化させてITXを設立するに当たり,発行する株式のうち30パーセントを戦略的パートナーとして位置付ける企業に保有してもらう意向を有していることを明かされるとともに,同人の兄であるQが日商岩井の情報産業部門に勤務していること,ITXは1年前後に株式を上場させる予定であること,IT関連企業の株式は軒並み高値を付けており,ITX株式も上場後高値が付くことは間違いなく,大きなキャピタルゲインを取得して会社原告の抱える損失の解消に利用できることなどといった説明を受けた。
被告A7らは,ITX株式を購入しておけば同社の上場後に株価が上がって売却益を得られ,これによって会社原告の損失の解消に役立てられる上,同株式の購入によってIT関連のノウハウを取得すれば会社原告の事業の改善にも活かせるなどと考え,被告A5にその旨を報告したところ,被告A5もITX株式への投資に前向きであったため,会社原告においてITX株式を150億円分購入することとして,その旨を日商岩井に連絡した。
もっとも,被告A7は,その後,被告A5から,会社原告が150億円をITX株式に投資するのでは社内の合意が得にくいため,そのうち50億円は会社原告が投資し,残りの100億円は受け皿ファンド等に流している資金を活用するよう指示を受けたため,その旨を日商岩井に告げた。(甲Aキ8の4,9の15,12の7,13の17)。
(イ)会社原告の経営会議は,平成12年1月28日開催され,ITX株式購入の可否が審議された。被告A6及び被告A7は,同経営会議において,提案理由,ITXの企業価値及び概要等を説明したが,被告A7らが説明に用いた資料には,日商岩井が,情報産業部門を独立会社化し,成長分野である同部門のより迅速な事業展開を図っていること,当該独立会社化に当たって資本持分の30パーセントを600億円で戦略的パートナーへ開放することが記載されており,また,提案理由には,①日商岩井の情報産業部門は,他の商社と比較しても投資対象がマルチメディア全般にわたっており,かつ,個別事業の立ち上げ,成長が順調であること,②連結の株主価値が保守的にみて約2250億円と想定され,購入価格が割安であること(1株当たりの株主価値112万円に対して,1株当たりの購入価格は100万円であり,三和銀行が株価や資産負債状況等について精査を実施したこと),③日商岩井は2年から3年後にITXの株式公開を考えており,大きな株式含み益が期待できること,④広い範囲での迅速な事業立上げのノウハウがあり,今後の会社原告の新規事業立上げの強力なパートナーになり得,また,情報機器事業への事業拡大を狙う会社原告にとってサービス事業を始め広い範囲での提携協力の可能性があることが記載されていた。さらに,会社原告において作成されたITXの時価総額想定資料には,ITXの企業価値は,事業内容の類似する企業から類推すると1兆4155億7200万円であり,現在の資産・収益内容で公開したと想定すると,株主価値は約5.7倍程度に増えると想定できる旨が記載されていた。
会社原告の第787回取締役会は,同日,経営会議に引き続いて開催され,議長役である被告A5から,①株式公開による値上益の獲得,②迅速な事業化のノウハウの獲得,③情報機器事業拡大のための提携の可能性を目的として,ITX株式を50億円で取得する旨が説明され,全員異議なく承認可決された。(甲Aキ8の4〈添付資料1-1・2,2〉,9の15〈添付資料2〉,13の16,乙B3)
(ウ)被告A7は,ITX株式の残りの100億円分について,被告A8及び被告A9らと相談の上,LGT銀行のクラスファンドを用いて購入することとし,Kに依頼して,平成12年3月頃,ITVを組成させた上,グローバルカンパニーがLGT銀行のアドバイザーに就任して,ITVの実質的な運用者となった。ITX株式をITV名義で購入することについては,日商岩井との間で,ITVが会社原告に対して白紙委任状を提出し,ITVの議決権を会社原告が行使することで調整した。
このようにして,会社原告は,日商岩井との間で,平成12年3月31日,ITX株式4662株を50億0018万1480円で譲り受ける旨の契約を締結し,ITVは,同月28日,日商岩井との間で,ITX株式9323株を99億9929万0420円で譲り受ける旨の契約を締結した。ITVによる当該株式取得資金は,LGT銀行のNeo名義の口座からITVに出資した101億円を原資とするものであった。(甲Aキ9の15〈添付資料3~5〉,12の7〈添付資料8〉,13の16)
(エ)ITXは,平成13年9月15日,株主の所有株数1株を2株とする株式分割を実施したため,ITVの保有するITX株式数は1万8646株となった。ITVは,平成18年2月28日,会社原告に対し,保有するITX株式全株を1株当たり21万5000円で譲渡した。
会社原告は,平成22年11月11日から同年12月27日にかけて,ITX株式の公開買付けを実施し,その結果,会社原告のITXの株券等所有割合は92.54パーセントとなった。また,会社原告は,平成23年3月23日,ITXを完全子会社とする株式交換を実施し,これに先立つ同月17日ITXは上場廃止となった。
ITXが株式を上場した平成13年12月から上記上場廃止の前日までのITXの株価の推移は,別紙13「ITXの株価の推移」表の記載のとおりである。(甲Aイ11,16の1・2,17~21)
(オ)会社原告は,平成24年8月24日,アイ・ティー・エックス株式会社(以下「新ITX」という。)を設立し,同年9月28日を効力発生日として,ITXの営む情報通信事業を含む全事業を新ITXに引き継いだ上で会社分割する旨を公表した。また,会社原告は,同日付けで,新ITXの発行済株式の全てをアイジェイホールディングスに530億円で譲渡する旨の契約を締結したことを公表した。(甲Aイ22)
(カ)被告A9は,平成17年1月1日から平成20年5月30日まで,会社原告からITXに出向して勤務し,同年6月には会社原告を退職して,平成22年6月までITXの代表取締役社長を務めていた。その後,同月末にITXの代表取締役会長に就任し,平成23年6月に会社原告の取締役に就任して以降も,同年12月7日までITXの代表取締役会長を務めていた。(甲Aキ9の15)
(2)争点(1)ア(承継前被告A1,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8の損失分離スキームの構築・維持に係る善管注意義務違反の有無)について
> ア 取締役は,善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う(会社法330条,民法644条)とともに,法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し,株式会社のために忠実にその職務を行わなければならず(会社法355条),これらの義務を怠ったときは,会社に対して,当該義務違反により生じた損害を賠償する責任を負う(同法423条1項)。
会社の抱える損失が表沙汰にならないように当該会社から損失を分離するスキームを実行し,その状態を維持することは,それ自体,適正に処理すべき会社の決算を困難にさせ,財務諸表の虚偽記載を発生させる原因になるとともに,その実行に伴って本来支払う必要のない負担を会社に生じさせ得るものであるから,取締役が,自ら損失分離スキームの構築・維持を行うことが善管注意義務及び忠実義務に違反するものであることはもちろん,損失分離スキームの構築・維持が行われていることを知り,又は知り得たにもかかわらず,これを中止ないし是正させることを怠ることも,取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するものというべきである。
イ 承継前被告A1について
(ア)前記(1)の認定事実によれば,会社原告は,LGT銀行等を介した損失分離スキームを構築する以前から,証券会社に対して決算期末に買戻しの特約を付して損失を抱えた金融商品を売却する(いわゆる「飛ばし」行為)などの損失計上回避策を行っていたところ,それらの措置は,承継前被告A1が,積極的な証券投資等を行った結果生じた会社原告の損失を表沙汰にしない旨の判断を下し,経理部財務グループに指示するなどして実施したものであること,承継前被告A1は,LGT銀行を介した損失分離スキームが構築された平成10年頃には,既に会社原告の社長を退任して会長となっていたものの,概ね半期に一度の割合で,被告A7らから会社原告の抱える簿外の損失の額やその対策等について報告を受けていたこと,承継前被告A1は,平成12年1月,被告A7らがLGT銀行の設定するファンドであるLGT-GIMを購入したり事業投資ファンドであるGCNVVを組成したりするに当たり,被告A7から,その時点における会社原告の簿外の損失の状況や,上記ファンドの購入及び事業投資ファンドの設定を損失分離スキームに利用する旨の説明を受けたことが認められるから,これらの事情によれば,承継前被告A1は,会社原告が簿外の損失を表沙汰にしないために損失分離スキームを構築し,これを維持していることを知っていたと認められる。
しかるに,前記(1)の認定事実によれば,承継前被告A1は,会社原告の簿外の損失を公表する機会があったにもかかわらずこれを公表することをせず,前記損失分離スキームの構築・維持について,中止ないし是正させるための措置を何ら講じていないというのであるから,取締役としての善管注意義務ないし忠実義務に違反するものとして,会社原告に対する任務懈怠の責任を負う。
(イ)これに対し,被告A2ら3名は,承継前被告A1が会社原告の含み損の状況について説明を受けた記憶はなく,損失分離スキームの構築について了承したこともない旨主張するが,証拠(甲Aキ7,乙D1,2,4,被告A7本人,被告A8本人)に照らし,採用することができない。被告A2ら3名は,承継前被告A1の供述調書が検事による相当な誘導によって作成されたと考えられる旨主張するが,これを的確に裏付ける証拠はなく,採用することができない。
また,被告A2ら3名は,大規模な事業会社の役員は,下部組織等から上がってくる報告に明らかな不備不足があり,これに依拠することにちゅうちょを覚えるというような特段の事情がない限り,その報告を基に調査・確認すれば注意義務を果たしたことになるなどとも主張する。しかしながら,その主張自体の当否はともかく,承継前被告A1は,前記(1)の認定事実記載のとおり,会社原告において発生した損失を表沙汰にしない措置を自ら指示して実行させていたのであって,単に下部組織等から上がってくる報告に基づいて対応策を了承・是認していたにとどまるものではないから,被告A2ら3名の上記主張とは前提を異にするというべきであって,被告A2ら3名の上記主張は採用することができない。
ウ 被告A5について
(ア)前記(1)の認定事実によれば,被告A5は,平成2年頃以降,概ね半期に一度の割合で,被告A7らから,会社原告の抱える簿外の損失の額やその対策等について報告を受けていたこと,被告A5は,被告A7らにおいて,CFC・QPの設立,LGT銀行を介した損失分離スキームの構築,コメルツ銀行を介した損失分離スキームの構築及びGCNVVを介した損失分離スキームの構築等,新たな損失分離スキームの方策を策定する際には,その都度被告A7らからその旨の報告を受けてこれを了承していたことが認められるから,被告A5は,当初から損失分離スキームの構築・維持を知っていたというべきである。
(イ)これに対し,被告A5は,巨額の損失が海外ファンドに隠されていることの概要につき説明を受けたのは,平成14年から15年頃である旨を主張し,本人尋問の結果及び陳述書(乙B79)中にはこれに沿うかの如き供述・陳述記載がある。
しかしながら,前記(1)の認定事実によれば,被告A5は,会社原告が平成10年3月23日LGT銀行の預金口座を開設した際,預金口座開設申請書に会社原告の代表者として署名していることが認められるところ,会社原告の取締役会に諮らずに実行された当該預金取引について,被告A5が何ら事情を知らずに署名したとは考え難い。また,会社原告の第132期事業年度(平成11年4月1日から平成12年3月31日まで)の決算内訳表(甲Aイ14の1)によれば,会社原告はコメルツ銀行に306億1825万円の定期預金をしていること,同決算期における会社原告の有する定期預金の中では,コメルツ銀行に対する上記預金額が最高額であることが認められるが,会社原告のメインバンクでもないコメルツ銀行に対しこのような高額の定期預金を実行するに当たり,当時の代表取締役社長である被告A5に対して何らの説明がされなかったとも考え難い。さらに,会社原告が監査法人から指摘を受け,平成11年9月期中間決算において損失を公表し引当金を計上したことは,前記(1)の認定事実記載のとおりであるところ,被告A5は,本人尋問において,これにより金融商品の含み損の問題は済んだと認識した旨供述する一方で,平成12年3月にITX株式100億円分を追加購入した際には含み損があることを知っていたかのような供述をするなど,一貫性がない。そして,被告A5の主張を前提とすれば,被告A5は会長となった後である平成14年ないし15年頃に損失分離スキームの全体像を知ったことになるが,当該全体像を知ることとなった契機は不明確である上,被告A7らは被告A5に秘して損失隠しを実行し継続していたことになるにもかかわらず,被告A5は損失隠しの全体像を知った後も被告A7らに対して何らの処分していないことなど,被告A5の主張自体,不明確,不自然・不合理な点があることは否定できない。
(ウ)のみならず,証拠(乙B44,45)によれば,たしかに,平成9年10月12日付け「130PB期運用計画」においては,特金等の残高が430億円と記載され,平成10年4月3日付け「130PB決算速報」においては,有価証券評価損益が「-1064」(百万円)と記載されるなど,平成8年の時点で既に会社原告の抱える金融商品の含み損が900億円に達していたこと(前記(1)の認定事実)と比して過小な数値がきさいされていることが認められるが,他方,上記「130PB運用計画」の上部には,「社長」,「常務」,「経理部長」等の決裁印欄が設けられ,事情を知らないR常務取締役も押印していること,上記「130PB決算速報」の上部には,名宛人として,「A5社長」及び「S部長」のほかに「R常務」が記載されていることが認められ,被告A7らが会社原告の実際の損失の状況を説明する際に用いた資料とみられる「135PB運用報告」(甲Aイ8の1)の名宛人が,事情を知る「A1取締役」,「A5会長」,「A6社長」及び「S監査役」とされていることとは体裁が異なっているものというべきである。これらの事情に徴すると,上記「130PB運用計画」及び「130PB決算速報」はいわば「表の書面」であって,含み損の実態を反映した資料ではない旨の証人Pの証言は十分信用することができ,上記各資料は,会社原告において,監査法人等の会社外部の者に提示することを念頭において作成されたものとみるべきであって,被告A5に対する説明内容が上記各資料の記載内容にとどまっていたとの被告A5の主張を裏付けるものとはいえない。
(エ)被告A5は,同人の供述調書は長時間の取調べを受ける中で,検事から決められたストーリーを執拗に押しつけられたものであるなどとも主張するが,これを的確に裏付ける証拠はなく(被告A5の作成に係る地検メモ(乙B65~74)にもこれを直接裏付ける記載はない。),採用することができない。
(オ)以上によれば,被告A5は当初から損失分離スキームの構築・維持を知っていたというべきである上,前記(1)の認定事実によれば,被告A5は,自ら指示し又は被告A7らの提案を了承して損失分離スキームの構築・維持を行ったというべきであり,取締役としての善管注意義務ないし忠実義務に違反するものとして,会社原告に対する任務懈怠の責任を免れない。
エ 被告A6について
(ア)前記(1)の認定事実によれば,被告A6は,GCNVVを介した損失分離スキームを構築するに際し,平成12年1月28日に開催された取締役会に先立ち,被告A7及び被告A8から,会社原告が抱える簿外の損失の状況やLGT銀行のファンドの購入及び事業投資ファンドの設定を損失分離スキームに利用することなどの説明を受けていることが認められるから,遅くともこの時点までには,会社原告が簿外の損失を表沙汰にしないために損失分離スキームを構築及び維持していることを知ったものというべきである。
それにもかかわらず,前記(1)の認定事実によれば,被告A6は,会社原告の簿外の損失を公表する機会があったにもかかわらずこれを公表することをせず,前記損失分離スキームの構築についてこれを中止ないし是正させるための措置を何ら講じておらず,かえって平成12年1月28日に開催された取締役会において,被告A7とともに投資の必要性や事業投資ファンド設立の目的を説明したことなどが認められるから,損失分離スキームの構築・維持を積極的に容認したといえ,取締役としての善管注意義務ないし忠実義務に違反するものとして,会社原告に対する任務懈怠の責任を負う。
(イ)これに対し,被告A6は,含み損の存在について報告を受けこれを了承したのは,自らが代表取締役に就任した平成13年6月28日より後のことである旨を主張するが,前掲各証拠に照らし採用することができない。
オ 被告A7について
前記(1)の認定事実によれば,被告A7は,被告A5の指示ないし了承の下,会社原告の外部の者であるJやKの協力・助言を受けるなどして,LGT銀行,コメルツ銀行及びGCNVV等を介した損失分離スキームを構築するための実務作業を担い,その構築後には,損失分離スキームを維持するため,上記両名に受け皿ファンド等の運営を任せて本件金利を支払うなどしていたことが認められるから,自ら損失分離スキームの構築・維持を行ったということができる。
それにもかかわらず,前記(1)の認定事実によれば,被告A7は,取締役に就任した平成15年6月27日以降,取締役として,自ら構築した損失分離スキームを中止ないし是正させるための措置を何ら講じていないことが認められるから,善管注意義務ないし忠実義務に違反するものとして,会社原告に対して任務懈怠の責任を負う。
カ 被告A8について
(ア)前記(1)の認定事実によれば,被告A8は,被告A5の指示ないし了承の下,被告A7とともに,JやKの協力・助言を受けるなどして,LGT銀行,コメルツ銀行及びGCNVV等を介した損失分離スキーム構築の実務作業を担い,その構築後には,損失分離スキームを維持するため,上記両名に受け皿ファンド等の運営を任せて本件金利を支払うなどしていたことが認められるから,自ら損失分離スキームの構築・維持を行ったということができる。
それにもかかわらず,前記(1)の認定事実によれば,被告A8は,取締役に就任した平成18年6月29日以降,取締役として,自ら構築した損失分離スキームを中止ないし是正させるための措置を何ら講じていないことが認められるから,善管注意義務ないし忠実義務に違反するものとして,会社原告に対して任務懈怠の責任を負う。
(イ)これに対し,被告A8は,会社原告が損失分離スキームの構築・維持の発生根拠と主張する行為はいずれも被告A8が取締役に就任する以前のものであるから,取締役としての責任を負わない旨を主張する。しかしながら,前記(1)の認定事実によれば,被告A8は,被告A7とともに,外部の者の協力・助言を受けるなどして損失分離スキームの具体的な方策を検討したばかりか,その構築・維持に関与したことが認められるから,このような事実関係の下では,損失分離スキームの構築・維持に係る具体的な行為をした当時従業員であったとしても,取締役に就任した以降,自ら構築した損失分離スキームを中止ないし是正させるための措置を講ずべき義務を負うことは明らかであって,被告A8の上記主張は採用することができない。
(3)争点(1)イ(損害の発生の有無)について
ア 本件金利の支払について,CFCがLGT銀行に対し,利息等の名目で,合計22億8622万0276円を支払ったことは,前記(1)の認定事実記載のとおりである。また,前記(1)の認定事実によれば,Easterside は会社原告の預金を担保としてSG銀行から約550億円の融資を受けたこと,SG銀行のEasterside に対する貸付けの利率は,別紙11「②Easterside に対する貸付けの利率」表に記載されたとおりであることが認められるから,Easterside は,SG銀行に対して,当該利率に従った利息を支払ったものと推認される。
本件ファンド運用手数料等の支払についても,SGボンドが,別紙12「①SGボンド運用手数料等」表の記載のとおりの運用手数料等合計6億7656万1796円を支払ったこと,Neoが,同別紙「②Neoから支払われた報酬」表の記載のとおりの報酬合計12億8768万5775円を支払ったこと,GCNVVが,同別紙「③GCNVVから支払われた報酬」表の記載のとおりの報酬合計41億3095万3226円を支払ったことは,前記(1)の認定事実記載のとおりであり,さらに同認定事実によれば,LGT-GIMは,その資産を運用することに伴い,同資産からLGT銀行に対し,各年末の総資産価値の1.5パーセントに相当するファンド運用手数料を支払う約定となっていたことが認められるから,LGT-GIMは,前記(1)の認定事実キ(ウ)記載の各年末の総資産価値に1.5パーセントを乗じたファンド運用手数料を支払ったことが推認される。
これらの本件金利及び本件ファンド運用手数料等は,損失分離スキームの構築・維持に伴って支出されたものというべきであるが,その支出の主体は,それぞれ,CFC,Easterside,SGボンド,Neo,GCNVV及びLGT-GIMであって,会社原告ではない。原告らは,これらのファンドから支払われた本件金利及び本件ファンド運用手数料等が会社原告の損害に当たる根拠として,それらの金員の支払によって会社原告の預金債権ないし出資債権の価値が毀損された旨主張し(主位的主張),あるいは,これらのファンドと会社原告とを一体と捉えることができる旨を主張する(予備的主張)ことから,これらの主張の当否について判断を加える。
イ 原告らの主位的な損害の主張について
(ア)本件金利について
a 原告らは,会社原告が保有している預金債権等を担保として,LGT銀行から資金を注入されたCFCやSG銀行から資金を注入されたEasterside といった受け皿ファンド等は,本件金利の支払時点において,いずれも銀行に対する全債務を完済できるような状況にはなかった(すなわち,全体として実質的に債務超過の状態にあった。)から,これらの受け皿ファンド等から本件金利が支払われると,当該支払分だけ,将来において銀行に返済できる金額が減少し,その分,会社原告が担保として提供した上記預金債権等の価値が毀損されるという損害が発生したと考えることができる旨主張する。
b 会社原告及びその子会社であるOAMは,CFCの債務を担保するため,LGT銀行に開設した預金口座内の資産全てについて担保権を設定したこと,会社原告は,Eastersideの債務を担保するため,SG銀行への預金に担保権を設定したことは,前記(1)の認定事実記載のとおりである。
しかしながら,受け皿ファンド等の資産状況は日々変動するものであり,支払によって資産が減少することがある反面,新たな資金の注入や収益等があればその分資産が増加することになるのであって,実際にも,後記2(1)の認定事実記載のとおり,CFC及び Eastersideは,本件国内3社の株式取得及びジャイラスの配当優先株の買取りに伴う資金移動の中継点として用いられており,その資金が入金された時点では,当該入金分だけ資産は増加していることになる。また,受け皿ファンド等が,本件金利の支払後に保有資産の運用等により収益を得る可能性も否定できないところ,原告らの主張によれば,当該可能性は考慮されないことになるが,当該可能性を否定ないし無視してよい理由は不明である。
このように,CFC及び Eastersideの資産状況が変動するものである以上,その返済能力も変動しているのであって,最終的にCFC及びEasterside が返済不能となって会社原告の預金債権等の全部又は一部に係る担保が実行されたというのであればともかく,そのような事情の認められない本件において,本件金利の支払があった一時点を捉え,その後の入金や保有資産の運用等による収益の可能性を否定し又は考慮せず,CFC及び Eastersideの返済能力が本件金利の支払分だけ減少し,その減少分だけ会社原告の預金債権の価値が毀損され,その毀損分相当の損害が生じたということはできない。
c また,原告らは,会社原告が,本件金利が支払われた時点で金利相当額の損害を被ったというためには,同支払時点において,複数の受け皿ファンド等を全体としてみたときに実質的に債務超過状態にあったといえれば足りるなどと主張するが,「実質的に」債務超過状態にあるとの意味は必ずしも明らかではない上,全体として債務超過状態にあっても,個々の受け皿ファンド等の中に債務超過状態にないものが含まれている可能性が否定できないのに,個別の本件金利の支払をもって当該受け皿ファンド等が直ちに損害を被ったと認めてよい理由は不明であり,結局,会社原告の預金債権の価値が毀損されたと認定してよい理由も不明である。
d したがって,本件金利に関する原告らの主位的な主張は,採用することができない。
(イ)本件ファンド運用手数料等について
原告らは,会社原告が直接出資しているファンド(LGT-GIM,SGボンド及びGCNVV)は,会社原告が実質的に100パーセント出資しているファンドであり,かつ,出資が返還される上限が定められているものではないから,出資した状態を放置したことにより運用手数料等の支払が発生したときは,当該支払分だけ,後に会社原告に返還されるべき金員が減少し,その分,会社原告の出資債権の価値が毀損されるという損害が発生したと考えることができる旨主張する。
SGボンド,LGT-GIM及びGCNVVは会社原告ないしOAMが出資していること,NeoはLGT-GIMからの資金を注入されたTEAOが出資していることは,前記(1)の認定事実記載のとおりである(もっとも,GCNVVに対しては,会社原告のほかにGV及び GCI Cayman が出資しており,Neoに対しては,TEAOのほかに GCI Cayman が資金を注入している。また,資金を出資した会社原告及びOAMとLGT―GIMとの関係,同じく会社原告とSGボンドとの関係は,証拠上,必ずしも明らかではない。)。
しかしながら,Neoについては会社原告が直接出資したものではないという点をひとまず措くとしても,これらのファンドの資産状況は日々変動しているのであって,本件ファンド運用手数料等の支払があった一時点を捉え,その後の入金や保有資産の運用等による収益の可能性を否定し又は考慮しないまま,会社原告の出資債権の価値が毀損され,その毀損分相当の損害が生じたということができないことは,前記(ア)において認定・説示したとおりである。
したがって,本件ファンド運用手数料等に関する原告らの主位的な主張も採用することができない。
ウ 原告らの予備的な損害の主張について
原告らは,予備的に,本件金利及び本件ファンド運用手数料等を支払った前記ファンドが会社原告と一体として評価される可能性がある旨主張し,その根拠として,①受け皿ファンド等が,いずれも会社原告に発生した金融資産の含み損の損失計上を回避する目的のために設立されたものであり,会社原告の従業員や役員の一部であった関与者・認識者のコントロール下にあったこと,②会社原告及びOFH・OFUKから支払われた本件国内3社の株式取得代金及び優先株買取代金に相当する金員は,関与者・認識者の策定した損失分離スキームの解消スキームに従って受け皿ファンド等を移動し,結果として,関与者・認識者の企図したとおり,会社原告が預金の解放や出資金の返還を受けていること,③受け皿ファンド等の大半は,会社原告が平成23年12月に提出した有価証券報告書の訂正報告書において,事後的に会社原告の連結対象子会社とされていることなどを挙げる。
しかしながら,会社原告と上記ファンドはあくまでも別個の法人ないし法主体であるところ,会社原告が挙げる上記の諸事情を考慮しても,両者を一体であるとまで断ずることはできず,上記ファンドに生じた損害を会社原告の損害と評価することはできない。
したがって,原告らの予備的主張も採用することができない。
エ 以上によれば,本件金利及び本件ファンド運用手数料等の支払をもって会社原告の損害と認めることはできない。
⑷ 争点(2)ア(承継前被告A1,被告A5及び被告A6のITX株式の取得・保有に係る善管注意義務違反の有無)について
ア 原告らは,損失分離スキームの構築・維持の目的を認識した上で,①損失分離のためにITVに資金が注入されていることを知り,又は知り得た取締役が,その資金を用いたITX株式の取得に関与すること,②ITVが損失分離のために注入された資金を用いて取得したITX株式を保有し続けていることを知り,又は知り得た取締役が,これを了承(黙認)したり,是正のために何らの措置を採らないこと,③ITVによるITX株式の保有により新たな含み損が発生していることを知り,又は知り得た取締役が,ITVによる保有状態を了承(黙認)したり,是正のために何らの措置を採らないことは,善管注意義務に違反する旨主張する。
イ 前記(1)の認定事実によれば,会社原告は,一旦は150億円分のITX株式を購入することを決め,その旨を日商岩井に連絡したが,その後,被告A5の指示により,会社原告がそのうちの50億円を投資し,残りの100億円は受け皿ファンド等に流している資金を活用することとしたこと,そのために,被告A7は,Kに依頼して,LGT銀行のクラスファンドであるITVを組成させたこと,グローバルカンパニーは,LGT銀行のアドバイザーに就任して,ITVの実質的な運用者になったこと,ITVによるITX株式の取得資金は,会社原告及びOAMがLGT-GIMに対して出資した350億円のうち310億円がTEAOに対して貸し付けられ,そのうち300億円がNeoに対して出資され,そのうちのITVに送金された101億1515万円が原資となっていることが認められる。このように,ITX株式を取得するための新たなファンドを,もともと損失分離スキームに利用するために取引関係を有するに至ったLGT銀行のクラスファンドとして組成したこと,その手続を損失分離スキームの策定に当たって協力・助言を得ていたKに依頼したこと,ITVによるITX株式の取得資金は,損失分離スキームによって受け皿ファンド等に注入した資金が原資になったといえることからすれば,ITVによるITX株式の取得は,同株式の値上益をもって会社原告の抱える損失の穴埋めをすることを目的の一つとして行ったものというべきである。
ウ しかしながら,株式の値上益を会社原告の抱える損失の穴埋めに利用することが株式投資の目的に含まれていたとしても,そのことから直ちに,当該株式取得行為自体を損失分離スキームの一環とみることはできないから,上記目的が存在するだけで,取締役が,当該株式投資に関与する行為,又はそのようにして取得した当該株式を保有することや当該保有により新たな含み損が発生することを了承(黙認)若しくは放置する行為が,取締役としての任務懈怠に当たるということはできない。これらの行為が取締役の善管注意義務に違反するというためには,上記の目的に加え,取締役がITX株式の取得を決定した時点において,その代金額が当該株式の価値に比して著しく高額であった場合など,当該株式を取得するという決定が会社原告にとって不合理であったといえることを要するものと解するのが相当である。
エ これを本件についてみるに,前記(1)の認定事実によれば,ITX株式の取得が審議された平成12年1月28日の会社原告の経営会議においては,ITXは,日商岩井が,成長分野である情報産業部門のより迅速な事業展開を図ることを目指して,同部門を独立・分社化する結果設立される会社であり,当該独立・分社化に当たり,資本持分の30パーセントを戦略的パートナーに開放することとした結果,ITX株式を保有する者を募っていること,ITXの連結の株主価値が約2250億円と想定され,1株当たりの株主価値が112万円と算定されるため,1株当たりの購入価額100万円は割安であること(当該算定に当たっては,三和銀行が株価や資産負債状況等について精査を実施したこと),日商岩井は,2年後から3年後にITXの株式公開を考えており,大きな株式含み益が期待できること,会社原告が作成した資料によっても,ITXの企業価値は高く,現在の資産・収益内容で公開したと仮定すると,株主価値は約5.7倍程度に増えることが想定できることなどが説明されたことが認められる(当該説明が虚偽であることをうかがわせる証拠はない。)のであるから,ITX株式の購入代金額が当該株式の価値に比して著しく高額であったとは認められない。のみならず,前記(1)の認定事実によれば,当該経営会議においては,上記説明に加え,日商岩井は,広い範囲での迅速な事業立上げのノウハウがあり,今後の会社原告の新規事業立上げの強力なパートナーとなり得ること,情報機器事業への事業拡大を狙う会社原告にとってサービス事業を始め広い範囲での提携協力の可能性があることなども説明されており,証拠(乙B18の1・2)によれば,実際にも,ITX株式を取得した後,次世代半導体関連分野及び医療デバイス分野等において共同で事業を行い,会社原告からITXへ役員及び従業員の派遣を行って両者の戦略的強化を実施していることが認められるから,ITX株式の取得は,会社原告にとって,戦略的業務提携という事業投資の側面があったことも否定できない。
これらの事情を総合すれば,ITX株式を取得するという決定が会社原告にとって不合理であったということはできず,他にこれを認めるに足りる証拠もないから,結局,ITX株式の取得に関与する行為,又はそのようにして取得したITX株式を保有することや当該保有により新たな含み損が発生することを了承(黙認)若しくは放置した行為が,承継前被告A1,被告A5及び被告A6の善管注意義務違反に当たるということはできない。
オ したがって,争点(2)アに係る原告らの主張も採用することができない。
(5)以上より,第1類型(金利・運用手数料関係)及び第2類型(ITX株式運用損関係)に係る原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
2 第3類型(国内3社株式取得関係)及び第4類型(ジャイラス関係)について
(1)認定事実
前記前提事実,証拠(後記認定事実末尾記載の証拠)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア 本件国内3社の株式取得に向けての準備
(ア)アルティスは,医療施設から排出される感染性廃棄物並びに事業所及び工場から排出される廃プラスチックを油化プラントで再生油等にリサイクルする事業を行う会社であり,NEWS CHEF は,電子レンジ専用調理容器や健康食・食材キットの販売等を行う会社であり,ヒューマラボは,健康食品及び化粧品の販売,担子菌及びその他の菌類の培養・研究・開発等を行う会社であった(甲Aウ1~3)。
(イ)被告A7,被告A8及び被告A9は,Kから紹介を受けるなどして本件国内3社の存在を知り,これらの株式を会社原告の新事業のためと称して相場より高値で取得することにより,受け皿ファンド等に資金を注入し,これを損失分離状態の解消に用いることを計画した。
そこで,被告A7らは,まず,GCNVV等をして,本件国内3社がいずれも増資により発行した株式を,それぞれ以下のとおり取得させた(1株当たりの単価は,アルティス及びヒューマラボが各5万円,NEWS CHEF が20万円である。)。(甲Aウ4~7,甲Aキ9の16,13の19)
a アルティス
(ウ)被告A7らは,Mの設立したファンドであるDDやGTにも本件国内3社の株式を購入させることとし,平成18年3月9日,DDがNeoから NEWSCHEF の株式450株を1株当たり445万円で,同日,DDがNeoからアルティスの株式530株を1株当たり557万円で,同月10日,GTがNeoからヒューマラボの株式210株を1株当たり1410万円で,それぞれ購入した(甲Aキ9の16)。
(エ)会社原告の事業投資委員会は,平成18年3月9日開催され,会社原告から被告A7,被告A8及び被告A9等が,GCI Cayman からK,N及びOが出席した。同委員会において,Kは,①本件国内3社が事業価値の非常に大きい企業であること,②既に会社原告から技術支援や人員の派遣を受けており,子会社化して会社原告が主導して事業運営をすることで更にスピーディーな事業価値の実現が見込めることを理由に,会社原告において重点的に投資することを提案し,会社原告は,新事業の創生と事業の成功を目的として前向きに検討するものの,持分ファンドによる追加取得等の保有の仕方や事業価値について独自に精査して判断し,返答することを約束した。(甲Aウ8,キ9の16)
(オ)被告A7らは,その後,Kの作成に係る事業計画を元に,平成18年3月時点における本件国内3社の売上高,営業利益及び当期純利益を別紙14の「1.平成18年3月時点における事業計画」表記載のとおり見積もり,これに基づいて,投資に当たってのアルティスの事業価値を220億円(1株当たり579万円),NEWS CHEF の事業価値を160億円(1株当たり445万円),ヒューマラボの事業価値を230億円(1株当たり1437万5000円)とするのが妥当である旨を記載した投資提案審議資料を作成した。また,被告A7らは,事業投資審査委員長名義で,上記投資提案審議資料と整合する内容の同月16日付け「審査結果の報告」と題する書面(甲Aキ9の17〈添付資料8〉)を作成したが,同書面には,①アルティス株式760株を,取得金額44億0040万円(1株当たり579万円)で,② NEWS CHEF 株式400株を,取得金額17億8000万円(1株当たり445万円)で,③ヒューマラボ株式320株を,取得金額46億円(1株当たり1437万5000円)でそれぞれ取得することを承認する旨が記載されていた。(甲Aウ9,甲Aキ9の16・17,13の19〈添付資料3~5〉)
(カ)これを受けて,GCNVVは,①平成18年3月17日,ITVから NEWSCHEF 株式400株を取得金額17億8000万円で買い受け,②同月23日,Neoからアルティス株式760株を取得金額44億0040万円で買い受け,③同日,Neoからヒューマラボ株式320株を取得金額46億円で買い受けた。(甲Aウ10,甲Aキ9の16)
(キ)平成19年3月期から事業投資ファンドに関する会計処理が変更となり,GCNVV及びその主要な投資先については持分法を適用して連結決算に組み込まれるようになったことを契機として,会社原告は,同年9月21日付けでGCI Cayman との間で,GCNVVに係るリミテッド・パートナーシップ契約を期限前解約する旨を合意し,GCNVVの終了契約書及び終了契約に関する覚書を作成した。会社原告は,当該合意に基づき,GCNVVの保有する本件国内3社の株式を簿価で取得した。(甲Aウ15の1・2,甲Aキ9の20〈添付資料2〉,12の11)
(ク)被告A7,被告A8及び被告A9は,会社原告が,平成18年10月から平成19年6月頃にかけて東京国税局からLGT銀行との取引等について税務調査を受けたことを契機として,平成20年3月までに会社原告が本件国内3社の株式を買い取って受け皿ファンド等に資金を流し,当該資金を用いて,CFCがLGT銀行から借り入れた300億円及びTEAOがLGT-GIMから借り入れた310億円を返済してこれらの損失分離スキームを解消することを企図し,被告A6に対してその旨を報告して了承を得た(甲Aキ9の20)。
イ 会社原告による本件国内3社の株式の取得
(ア)会社原告の経営執行会議は,平成20年2月8日開催され,新事業関連会社である本件国内3社の株式買い増しの可否が議題となり,具体的には,本件国内3社の株式を取得後持株比率が67パーセント超になるまで買い増し,本件国内3社を子会社とすることが提案された。同会議において,被告A8は,会社原告の本件国内3社の株式保有比率が40パーセント前後にとどまっており,それぞれの事業領域で会社原告が確固たる地位を確立するため,本件国内3社の株式を67パーセント超まで買い増して子会社化する必要があること,同日時点における本件国内3社の売上高,営業利益及び当期純利益は,別紙14の「2.平成20年2月時点における事業計画」表記載のとおりであることなどを説明し,上記提案は承認された。(甲Aウ16の1・2,甲Aキ9の20,12の11)
(イ)会社原告の第999回取締役会は,平成20年2月22日,被告A6,被告A7,被告A8,被告A10,被告A11,被告A12及び被告A13が出席して開催され,①アルティス株式について,取得株数を1030~2180株,取得想定額を59億6400万円~209億6300万円の範囲内で,②NEWS CHEF 株式について,取得株数を1001~2050株,取得想定額を44億5400万円~198億5000万円の範囲内で,③ヒューマラボ株式について,取得株数を570~880株,取得想定額を81億9400万円~205億6600万円の範囲内で,それぞれ追加取得することが承認可決された。(甲Aウ17の1・2,甲Aキ9の20,12の11)
(ウ)会社原告は,上記取締役会決議に基づき,平成20年3月21日,以下の表に記載のとおり,本件国内3社の株式の売買契約を締結した(甲Aウ19の1~3,甲Aキ9の20)。
(エ)OFHは,平成20年4月25日,以下の表に記載のとおり,本件国内3社の株式の売買契約を締結した。その後,OFHは,同年9月19日,同月25日の時点で,会社原告の取締役会における譲渡承認決議が得られることを条件として,会社原告に対し,取得した本件国内3社の株式を取得価額と同額で譲り渡し,会社原告がこれを譲り受ける旨の売買契約を締結した。(甲Aウ20の1・2,21の1・2,22の1~3,甲Aキ9の20)
ウ その後の金銭の流れ
(ア)会社原告からの金銭の流れ
a 会社原告は,平成20年3月26日,前記イ(ウ)記載の売買契約に基づく代金として,Neoに対し318億8500万円を,ITVに対し152億円をそれぞれ振込送金した(甲Aキ3の14〈添付資料7〉)。
b その後,会社原告から送金された金員については,別紙16の「Ⅰ 本件国内3社の株式取得に関する預金移動(会社原告)」表の各「日付」欄記載の日に,各「送金元」欄記載のファンドから各「送金先」欄記載の送金先に対し,各「金額」欄記載の金員が振込送金された。もっとも,同表番号①の送金は,もともとITVにあった資金を併せてされたものであり,同番号③の送金は,もともとQPにあった資金を併せてされたものであり,同番号⑤の送金は,もともとNeoにあった資金を併せてされたものである。(甲Aキ3の14〈添付資料8~11,13,14〉)
c 会社原告は,①平成20年6月4日,LGT銀行から351億4233万3333円の預金の払戻しを受け,②同年8月26日,LGT-GIMから,同ファンドに出資した150億円及びその運用益として,159億0480万円の払戻しを受けた(甲Aキ3の14〈添付資料12,15〉)。
(イ)OFHからの金銭の流れ
a OFHは,平成20年4月25日,前記イ(エ)記載の売買契約に基づく代金として,DDに対し96億1500万円を,GTに対し40億9500万円をそれぞれ振込送金した(甲Aキ3の14〈添付資料16〉)。
b その後,OFHから送金された金員については,別紙16の「Ⅱ 本件国内3社の株式取得に関する預金移動(OFH)」表の各「日付」欄記載の日に,各「送金元」欄記載のファンドから各「送金先」欄記載の送金先に対し,各「金額」欄記載の金員が振込送金された。もっとも,同表番号⑦の送金は,もともとDDにあった資金を併せてされたものであり,同番号⑧の送金は,もともとGTにあった資金を併せてされたものであり,同番号⑩の送金は,もともと Easterside にあった資金を併せてされたものであり,同番号⑯の送金は,もともとTEAOにあった資金を併せてされたものである。(甲Aキ3の14〈添付資料17~23〉)
c OAMからLGT-GIMに関する事業を承継したOFHは,平成20年10月24日,LGT-GIMへの出資金及び運用益として,209億4620万円の払戻しを受けた。
被告A7は,その後,被告A6に対し,600億円が会社原告及びOFHに戻ってきたこと,LGT銀行と会社原告との関係が解消したことを報告した。(甲Aキ3の14〈添付資料24〉,12の11)
(ウ)外部協力者への報酬
a Neoは,平成20年9月11日,その預金口座から Gurdon Overseasの預金口座に対し,12億5925万円を振込送金した。同金員は,被告A7及び被告A8が,被告A6と相談の上,LGT銀行の行員であったTらが損失分離スキームに協力したことへの報酬とする趣旨で,同人らが経営するGurdon Overseas に対して支払ったものであった。(甲Aウ27,甲Aキ11の5,12の12,13の21)
b TEAOは,平成20年12月19日,その預金口座から NaylandOverseas の預金口座に対し,9億5000万円を振込送金した。同金員は,被告A7及び被告A8が,被告A6との相談の上,LGT銀行の行員であったLが損失分離スキームに協力したことへの報酬等とする趣旨で支払ったものであった。(甲Aウ28,甲Aキ11の5,12の12,13の22)
エ 本件国内3社の各事業からの会社原告の撤退
会社原告は,平成24年4月27日,本件国内3社の採算性の観点から事業継続は不可能であるとの結論に達し,会社原告が本件国内3社の各事業から撤退すること,会社原告グループ外部への事業譲渡及び資産譲渡の目途がつき次第,速やかに本件国内3社を解散すること,本件国内3社に対する貸付金等債権合計171億円について,取立不能となるおそれが生じたことから貸倒引当金156億円を計上したことを公表した(甲Aウ23)。
オ ジャイラス買収に伴うFA報酬の支払に至る経緯等
(ア)会社原告は,平成18年6月5日,AXESとの間で,以下の内容のフィナンシャルアドバイザー契約(以下「本件FA契約」という。)を締結した。本件FA契約の締結に先立って作成された会社原告の決裁文書においては,医療市場への事業拡大のためのM&Aの活用も検討すべきオプションの1つであり,M&Aの検討及び実施に際しての準備を進める上で,本件FA契約の締結を提案する旨が記載されていた。(甲Aエ1,2)
a AXESの提供する業務内容
① 適切な買収ターゲットの特定における会社原告への支援,② 各取引を成立させるために必要又は適切な各専門家(法律家,独立会計士,投資銀行を含む。)を構成員とする作業部会の運営管理,③各取引のスキームの立案,④各取引に関して,通常フィナンシャルアドバイザー兼代理人が提供する分析,評価,交渉及び文書作成その他の支援
b 報酬
(a) 基本報酬
契約締結時に前払金として300万ドルを支払い,契約締結日から1年後に更に200万ドルを支払う。
(b) 成功報酬
買収が完了した場合,会社原告グループは,該当する買収に関して,その完了後3か月以内に,買収額の1パーセントに相当する成功報酬を支払う。成功報酬の支払については,以下のとおりとする。
・ 現金による報酬額
成功報酬の20パーセントを米ドルで現金にて支払う。
・ 現物支払による報酬額
成功報酬の80パーセントを,買収の条件に基づいてターゲットの事業資産,持分又は類似の資産を取得する法人(以下「買収ビークル」という。)が発行した株式オプションで支払うものとし,その額については,成功報酬の当該割合に相当する米ドル換算額として,以下のとおり算出する。
ⅰ 買収ビークルの普通株資本における株式オプションは,買収ビークルの完全希薄化後の発行済社外株式総数の4.9パーセントを構成する株式に関するものを対象とする。
ⅱ 株式オプションの権利行使価格は,次の計算式を用いて算出する。
(本取引に基づいて支払われた買収額×80%÷買収ビークルの完全希薄化後の発行済普通株式総数)-(現物支払による報酬額÷株式オプションが認められた株式に関する,買収ビークルの資本における普通株式数)
(イ)会社原告は,平成19年6月21日,AXESとの間で,本件FA契約で定めた成功報酬を以下のとおり変更する旨の契約(以下「本件修正FA契約」という。)を締結した。本件修正FA契約の締結に係る会社原告の決裁文書には,M&Aの積極的推進に当たり,本件FA契約を修正して展開のスピードアップを図ることが記載されていた。(甲Aエ3,4)
a 現金による報酬額
以下の表に基づき算出した割合で,成功報酬を米ドル通貨で現金にて支払う。
b 現物支払による報酬額
前記(ア)により算出した割合で,AXAMを受益者として発行された株式オプションで成功報酬を支払うものとし,その額については,成功報酬の当該割合に相当する米ドル換算額として次のとおり算出する。
(a) 発行人の資本における完全希薄化後の発行済株式総数の価額の9.9パーセント分とする。
(b) 株式オプションの権利行使価格は,次の計算式を用いて算出した額とする。
(①ターゲットが公開会社の場合は,買収を発表した日の直近30日間の株価の平均値の80%,②ターゲットが非公開会社の場合は,買収額の70%相当額を発行人の発行済株式総数で除した値)-(現物支払による報酬額÷発行人の資本における発行済株式総数の9.9%)
c ワラント購入権
会社原告は,次のいずれかのうち,額が少ない方を上限とした額に相当するワラントを与える。
(a) 発行人の資本における完全希薄化後の発行済株式総数の20パーセント
(b) 発行価格が2億ドルに相当するものに関するワラント
(ウ)会社原告の第994回取締役会は,平成19年11月19日開催され,英国の医療機器会社であるジャイラスを約9億3500万ポンドで買収すること,この買収資金として銀行から上限2500億円の資金借入れを実施すること,ジャイラス買収に関する投資顧問として,AXESと業務委託契約を締結することなどが提案され,承認可決された(甲Aエ5の1・2)。
(エ)会社原告は,平成20年2月14日,AXESとの間で,本件修正FA契約における義務に従い,AXESに対してジャイラス発行の株式オプションを付与すること,当該合意に基づくAXESの権利義務はAXESと第三者との間で合意された対価ないし条件で自由に譲渡できることなどを内容とするコール・オプション契約を締結した(甲Aエ7)。
(オ)会社原告の第999回取締役会は,平成20年2月22日開催され,会社原告は平成19年11月26日AXESに対し,本件修正FA契約に基づく報酬として,1200万ドルを支払ったこと,平成20年2月14日までにジャイラスの買収が完了したことが報告された(甲Aエ6の1・2)。
(カ)会社原告は,平成20年3月31日,AXESとの間で,前記(エ)のコール・オプション契約に関し,相手方当事者に書面で通知することにより,残余の株式オプションの全てについて現金での精算を選択できること,現金精算を行う場合には,その対価は残余の株式オプションにつき11.645米ドルとすることなどを合意した(甲Aエ12)。
(キ)会社原告は,ジャイラス買収完了後から,医療事業分野において会社原告とジャイラスがそれぞれの強みを最大限発揮することができるよう,ジャイラスとの間で協議を行って資本再編を進めていたところ,ジャイラスに生じる売却益について,一連の再編手続がグループ内再編と認められなければ米国や英国で課税対象となる可能性があり,これを回避するためには,AXESに発行した株式オプションを会社原告側で買い取る必要があることが判明した。
被告A8は,株式オプションを買い取る方法として,現金による精算,ジャイラス発行の配当優先株による精算及びジャイラス発行の債券による精算等の複数の方法を検討し,配当優先株による精算の方法であれば,これを額面額以上の高値で買い取って損失分離状態の解消のための資金に充てることができると判断し,被告A7とともに,AXES及びAXAMの代表者であったJと協議し,株式オプションの代わりにジャイラスの配当優先株を発行する方法で精算することで調整した。また,被告A8及びJは,本件修正FA契約に基づく報酬としてAXESに付与したワラント購入権についても,会社原告側が現金で買い取り,その代金を損失分離状態の解消のための資金に充てることとして,その買取価格を5000万ドルとした。
被告A8は,被告A7とともに,被告A6に対し,ワラント購入権及びAXAMに付与するジャイラスの配当優先株を会社原告側が買い取り,その代金を損失分離状態の解消のための資金に充てることにより,SGボンドを介した損失分離スキームの600億円の損失を解消する方針を説明し,同被告の了承を得た。(甲Aエ8の1・2,9の1・2,甲Aキ11の6,13の26)
(ク)会社原告の第1009回取締役会は,平成20年9月26日開催され,本件FA契約及び本件修正FA契約に基づくAXESへの投資顧問料の支払について,現物報酬として,ジャイラスの配当優先株式(発行額面1億7698万1106ドル)を同月30日に発行すること,会社原告が本件修正FA契約に基づくワラント購入権を5000万ドルで買い取ること(支払日は同月30日)が提案され,承認可決された。
会社原告は,平成20年9月30日,上記取締役会決議に基づき,ジャイラス,AXES及びAXAMとの間で,ジャイラスがAXAMに配当優先株式を発行すること,AXES及びAXAMが本件修正FA契約に基づくワラント購入権の発行に関する義務を会社原告から解放する代わりに,会社原告がAXAMに5000万ドルを支払うことなどを内容とする株式引受契約を締結した。なお,AXESは,これに先立つ平成20年6月9日,AXAMに対し,本件修正FA契約に基づく株式オプション及びワラント購入権を2400万ドルで譲渡していた。(甲Aエ13,14の1・2,16,甲Aキ5の3,13の24〈添付資料5〉)
(ケ)会社原告の第1012回取締役会は,平成20年11月28日開催され,ジャイラス配当優先株の配当条件に基づく今後のキャッシュの外部流出を防止すること,今後のグループ内再編を容易にすることなどを理由として,OFHがAXAMからジャイラスの配当優先株(発行額面1億7698万1106ドル)を5億3000万ドル~5億9000万ドルで購入すること,その実施のための資金を調達することを目的として,OFHが増資を行うことが提案され,承認可決された(甲Aエ18の1・2)。
(コ)会社原告は,平成20年12月から平成21年4月にかけて監査に当たっていたあずさ監査法人から,ジャイラスの買収について,本件FA契約及び本件修正FA契約に基づく報酬が異常に高い上,AXESの役割も十分理解できないこと,また,本件国内3社の買収について,投資した金額が事業に投資されておらず,ほとんどファンドに渡ってしまっていることなどを繰り返し指摘され,取得価額や取引先の妥当性について懸念を表明する監査役会宛ての文書を受領した。
これを受けて,会社原告の監査役会は,平成21年5月9日,本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に伴うFA報酬の支払について,①取引自体に不正・違法行為がなかったか,②取締役の善管注意義務違反及び手続的瑕疵がなかったかにつき調査・検討を行うことを目的として,独立性の高い弁護士及び公認会計士らによって構成される第三者委員会を組織することを可決した。このようにして,同監査役会から調査・検討の依頼を受けた第三者委員会は,同月17日,本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に伴うFA報酬の支払について,いずれも違法もしくは不正な点があった又は善管注意義務違反があったとまで評価できるほどの事情は認識できなかったとする平成21年第三者委員会報告書を提出した。
あずさ監査法人は,平成21年5月20日,会社原告の連結計算書類が,一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に照らして適正に表示しているものと認める旨の仮の意見を表明したが,会社原告に対し,ジャイラスの配当優先株を買い取ることを白紙に戻すなどの条件をクリアしなければ,真正の監査報告書は出せない旨を伝達した。(甲Aエ22~35,36の1・2,38,甲B15〈添付資料3〉)
(サ)会社原告の第1022回取締役会は,平成21年6月5日開催され,第1012回取締役会で承認されたジャイラスの配当優先株の取得決議を取り消すことが提案され,承認可決された。その際,被告A8は,買取金額を配当優先株の簿価(約1億7700万ドル)に近づけるため,契約内容の見直し等を行い,再交渉の結果に基づいて再提案を行いたい旨を説明した。(甲Aエ39の1・2)
(シ)会社原告は,あずさ監査法人との監査契約を更新しないこととし,平成21年6月開催の株主総会において,新日本有限責任監査法人を新たな会計監査人に選任した。
被告A7及び被告A8は,あずさ監査法人からの指摘を受けて一旦頓挫したジャイラスの配当優先株の買取りによる損失分離状態の解消を実現するため,新日本有限責任監査法人所属の公認会計士に対し,当該優先株の買取価格と簿価との差額をのれん代として計上する方法を相談したところ,平成22年2月頃,同公認会計士から,配当優先株に議決権を認めるなどの方法により固定負債を少数株主持分へと振り替え,簿価をのれんとして認識することができる旨の回答を受けた。そこで,被告A7及び被告A8は,被告A6にも報告した上,平成22年3月期中に,再度,AXAMからジャイラスの配当優先株を買い取る方針を固めた。(甲Aキ11の6,12の13,13の27,弁論の全趣旨)
(ス)会社原告の第1033回取締役会は,平成22年2月26日開催され,ジャイラスの配当優先株評価額に配当未払額を加えた金額を買取価格の上限とし,同年3月までにAXAMから買い取ることを条件として交渉することが提案され,承認可決された(甲Aエ40の1・2)。
また,会社原告の第1034回取締役会は,平成22年3月19日開催され,ジャイラスの配当優先株を以下のとおりの内容で取得すること,取得者であるOFUKに対して会社原告から増資及び貸付けを行うことなどが提案され,承認可決された。被告A6,被告A7,被告A8,被告A11,被告A10,被告A12,被告A13,被告A14及び被告A15は,当該取締役会に出席し,上記配当優先株買取りの議案に賛成した。(甲Aエ41の1~3)
a 売主:AXAM
b 取得者:OFUK
c 取得株数:1億7698万1106株
d 取得価額:6億2000万ドル(約558億円)
(セ)OFUKは,平成22年3月22日,AXAMとの間で,ジャイラスの配当優先株1億7698万1106株を6億2000万ドルで買い受ける旨の契約を締結した(甲Aエ42,43)。
カ その後の金銭の流れ
(ア)ワラント購入権買取代金の資金移動
a 会社原告は,平成20年9月30日,AXAMに対し,ワラント購入権の買取代金として,5000万ドルを支払った(甲Aキ3の15〈添付資料1〉)。
b その後,別紙16「Ⅲ ジャイラス買収に関する預金移動(会社原告)」表の各「送金元」欄記載のファンドから「送金先」欄記載の送金先に対して,各「日付」欄記載の日に,各「金額」欄記載の金員が振込送金された(甲Aキ3の15〈添付資料2~5〉)。
(イ)配当優先株買取代金の資金移動
a OFUKは,AXAMに対し,ジャイラスの配当優先株買取代金として,平成22年3月23日に2億ドル,同月24日に2億1000万ドル,同月25日に2億1000万ドルの合計6億2000万ドル(同月25日の為替レートである91.84円/ドル(甲Aエ44の2)で換算すると569億4080万円)を支払った(甲Aキ3の15〈添付資料6〉)。
b その後,別紙16「Ⅳ ジャイラス買収に関する預金移動(OFUK)」表の「日付」欄記載の日に,「送金元」欄記載のファンドから「送金先」欄記載の送金先に対し,「金額」欄記載の金員が振込送金された(甲Aキ3の15〈添付資料7~10〉)。
c CDは,平成22年4月12日から同月27日にかけて,Easterside に対し,合計243億3124万8150円分の債券を交付した。また,Eastersideは,同月30日までの間に,SGボンドに対し,257億6846万5500円分の債券を返還した。
会社原告は,SGボンドの出資金の返還として,平成22年9月22日に315億6910万9673円,平成23年3月24日に315億3634万7569円の各支払を受けた。(甲Aキ3の15〈添付資料9,11,13〉)
(ウ)外部協力者へ支払われた報酬
a Iは,GPAIの預金口座から,自身が設立した Promo Tech の預金口座に対し,平成22年5月18日に250万ドル,同日に2億3180万円,同年9月2日に633万0775.58ドル,同日に6億3000万円を振込送金した。これは,被告A7及び被告A8が,被告A6と相談の上,損失分離スキームに協力したJ及びIへの報酬とする趣旨で,同人らに支払うこととしたものであった。(甲Aキ5の3〈添付資料14の1・2,15の1・2〉,11の5,12の13,13の24)
b 平成22年4月26日,Easterside の預金口座から DRAGONS ASSETの預金口座へ,1450万ドル(同日の為替レートである94.20円/ドル(甲Aエ44の5)で換算すると13億6590万円)が振込送金された。
これは,被告A7及び被告A8が,被告A6と相談の上,損失分離スキームに協力したMへの報酬とする趣旨で,同人の会社に支払うこととしたものであった。(甲Aキ3の15〈添付資料12〉,11の5,12の13,13の23)
(2)争点(3)ア(被告A6,被告A7及び被告A8の本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に係る善管注意義務違反の有無)について
ア 原告らは,損失分離スキームの構築によって作出された損失分離状態の解消のため,本件国内3社の株式取得を行うこと,及びジャイラスの買収に伴うFA報酬名目で金員を支払うことは,それ自体正当でない目的のために会社の財産を使用するものであり,こうした損失分離解消行為を認識し,又は認識し得た取締役は,当該行為を中止するための対応を採る義務を負い,この義務に違反して自ら損失分離解消行為に関与し,又はこれらを承認(黙認)もしくは放置する行為は,取締役の善管注意義務に違反するなどと主張する。
損失分離状態を解消するためには,当該事実を公表して正しい内容に訂正した財務諸表を提出するなどの法律に定められた適正な手続を履践すべきであり,損失を付け替えたファンドに資金を流すことを意図して事業買収を行うことは,法律に定められた適正な手続による損失分離状態の解消を更に困難にさせるものであるばかりか,当該事業の価値を不当に高く評価することなどにより,会社に本来不要な財産的支出をさせるものであって,取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するものというべきである。
イ 本件国内3社の株式取得
前記(1)の認定事実によれば,たしかに,本件国内3社は,それぞれ,廃プラスチックのリサイクル等(アルティス),電子レンジ専用調理容器の販売等(NEWS CHEF),健康食品の検討及び開発等(ヒューマラボ)の事業を行うものであり,当初は,事業投資委員会において,会社原告における新事業の創生等の観点から本件国内3社の株式取得の適否が審議されたことが認められる。
しかしながら,他方,前記(1)の認定事実によれば,会社原告が本件国内3社の株式を取得するに先立って,NeoやITVといった損失分離スキームによる資金を注入したファンドや,Mの設立したファンドであるDDやGTに本件国内3社の株式を取得させたこと,NeoやITV等が本件国内3社の株式を取得した際の1株当たりの取得価額は,アルティス及びヒューマラボにつき5万円,NEWS CHEF につき20万円であったこと,それにもかかわらず,平成18年3月にGCNVVが本件国内3社の株式を取得した際の1株当たりの取得価額は,アルティスにつき579万円,NEWS CHEF につき445万円,ヒューマラボにつき1437万5000円であり,平成20年3月に会社原告が本件国内3社の株式を取得した際の1株当たりの取得価額は,アルティスにつき1100万円,NEWS CHEF につき950万円,ヒューマラボにつき2050万円であったことがそれぞれ認められる。さらに,これらの株式取得価額は,被告A7らが作成した別紙14「本件国内3社の事業計画」記載のとおりの売上高,営業利益及び営業純利益に基づいて算出されたものであることは,前記(1)の認定事実記載のとおりであるところ,証拠(アルティスにつき甲Aキ17の1〈添付資料1の1~6〉,NEWS CHEF につき甲Aキ22の1〈添付資料1の3~8〉,ヒューマラボにつき甲Aウ18の3,甲Aキ21〈添付資料10〉)によれば,本件国内3社の売上高等の実績値は別紙15「本件国内3社の財務諸表」記載のとおりであり,本件国内3社の当期純損失額は事業年度を重ねる度に概ね拡大の一途を辿っているから,前記事業計画はこれらの実績値と明らかに乖離するものであって,被告A7らが,本件国内3社の株式取得資金を受け皿ファンド等に注入するために,その事業価値を実際よりも過大に評価して株式取得価額をつり上げたものというべきである。
これらの事情に加え,前記(1)の認定事実のとおり,本件国内3社の株式の代金として売主であるNeo及びITV等に支払われた資金が,その支払直後から様々なファンドに流れ,少なくともその一部は,会社原告及びOFHがLGT銀行に担保に供していた預金等の払戻しを受けるのに用いられたことをも併せ考慮すると,本件国内3社の株式取得は,専ら損失分離スキームによって作出された損失分離状態を解消する意図で実施されたものというべきである。
ウ ジャイラスの買収に伴うFA報酬名目での金員支払
ジャイラスのワラント購入権及び配当優先株の買取りについても,前記(1)の認定事実によれば,会社原告は,取締役会において,発行額面1億7698万1106ドルを大幅に上回る5億3000万ドル~5億9000万ドルでのジャイラスの配当優先株の買取りを決議したものの,あずさ監査法人から,本件FA契約及び本件修正FA契約に基づく報酬が異常に高いなどの指摘を受け,これを白紙に戻さなければ真正の監査報告書は出せない旨の意見を受けて,平成21年6月5日開催された取締役会において,一旦は上記買取りを取り消すことを決議したものの,その後,あずさ監査法人との監査契約を更新しないこととしたこと,会社原告は,新たに選任した新日本有限責任監査法人との間で,配当優先株の買取価格と簿価との差額をのれん代として計上する方法を相談した上で,平成22年2月26日に開催された取締役会において,再度,上記買取りの金額を更に上回る6億2000万ドルでジャイラスの配当優先株を買い取る決議がされたことが認められる。さらに,前記(1)の認定事実記載のとおり,その取得資金はAXAMに支払われた後,GPAI及びCD等の様々なファンドに流れ,少なくともその一部は会社原告がSGボンドから出資金の返還を受けるための債務の返済に充てられたことをも併せ考慮すると,ジャイラスのワラント購入権及び配当優先株の買取りについても,本件国内3社の株式取得と同様,専ら損失分離スキームによって作出された損失分離状態を解消する意図で実施されたものというべきである。
エ 被告A6について
前記(1)の認定事実によれば,被告A6は,本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に伴うFA報酬の支払を利用した損失分離スキームの解消について,被告A7から報告を受けたにもかかわらず,これを阻止せずに了承し,実行させたのであるから,善管注意義務及び忠実義務に反するものとして,会社原告に対する任務懈怠の責任を負う。
これに対し,被告A6は,会社,従業員,取引先等に対する影響を極力低減するために本件のような手段を採ったことは無理からぬ究極的な選択であったなどと主張するが,そのような理由により上記の行為が正当化される余地はなく,採用することができない。
オ 被告A7及び被告A8について
前記(1)の認定事実によれば,被告A7及び被告A8は,損失分離スキームの解消を図るため,本件国内3社の株式取得やジャイラス買収に伴う具体的な手法を策定し,被告A6の了解を得てこれを実行に移したのであるから,善管注意義務及び忠実義務に違反するものとして,会社原告に対する任務懈怠の責任を免れない。
これに対し,被告A8は,損失分離スキームの解消という正当な目的の下で,会社原告の信用が毀損することを危惧して上記のような行為に及んだのであるから,取締役としての善管注意義務に違反するものではないなどと主張するが,そのような理由により上記の行為が正当化される余地はないから,被告A8の上記主張を採用することはできない。
(3)争点(3)イ(損害の発生の有無)について
ア 本件国内3社の株式取得に係る損害について
(ア)前記(1)の認定事実によれば,前記(2)の被告A6,被告A7及び被告A8の任務懈怠により,会社原告は,本件国内3社の株式売買契約に基づく代金として,Neoに対し318億8500万円,ITVに対し152億円をそれぞれ支払い,また,OFHは,DDに対し96億1500万円,GTに対し40億9500万円をそれぞれ支払ったものと認められる。
(イ)もっとも,会社原告が支払った318億8500万円及び152億円のその後の帰趨についてみると,当該金銭の支払の直後から,別紙16「Ⅰ 本件国内3社の株式取得に関する預金移動(会社原告)」表のとおり,ファンド間の預金の移動が行われており,各預金取引の日付及び金額の近接性に鑑みれば,会社原告からITVに支払われた152億円は,(もともとITVにあった資金を併せて)同表番号①のとおりNeoに送金され,同番号②のとおりそこから304億円がQPに送金された後,同番号③のとおり(もともとQPにあった資金を併せて)CFCに送金され,同番号④のとおりLGT銀行に303億6844万1667円が支払われたものと認められる。他方,同番号①によってNeoに集約され,同番号②によってQPに送金された残余の金員については,同番号⑤のとおり(もともとNeoにあった資金を併せて)TEAOに送金され,同番号⑥のとおりLGT-GIMに161億5000万円が支払われたものと認められる。
そして,前記(1)の認定事実記載のとおり,会社原告は,平成20年6月24日,LGT銀行から351億4233万3333円の預金の払戻しを受け,同年8月26日,LGT-GIMから159億0480万円の出資金等の返還を受けているところ,それらの払戻しの時期や金額に照らすと,LGT銀行からの払戻しは,CFCによる同番号④の返済を原因として,LGT-GIMからの出資金等の変換は,TEAOによる同番号⑥の支払を原因として,それぞれ行われたものというべきである。
(ウ)OFHが支払った96億1500万円及び40億9500万円の帰趨についても,別紙16「Ⅱ 本件国内3社の株式取得に関する預金移動(OFH)」表のとおり,その支払後に預金の移動が行われており,その支払時期や金額に鑑みれば,前者については,同表番号⑦のとおり(もともとあったDDの資金を併せて)Eastersideに送金され,後者については,同番号⑧のとおり(もともとあったGTの資金を併せて)Easterside に送金されたものと認められる。その後,当該金員は,CD,GPAI,CFCを経由して(同番号⑨~⑭),TEAOに送金され(同番号⑮),同番号⑯のとおり(もともとTEAOにあった資金を併せて)LGT-GIMに送金されたものと認められる。
前記(1)の認定事実によれば,OFHは,平成20年10月24日,LGT-GIMから209億4620万円の出資金等の返還を受けていることが認められるところ,その返還時期が同番号⑯の支払の1週間後であること等に鑑みれば,当該出資金等の返還は,TEAOによる同番号⑯の支払を原因として行われたものというべきである。
(エ)会社原告の主位的な損害の主張について
前記(イ)及び(ウ)の認定・説示のとおり,会社原告及びOFHは,LGT銀行及びLGT-GIMから,損失分離スキームの構築に当たって担保に供した預金及び出資金の返還として,前記金員を受領したところ,これらの預金及び出資金は,債務者であるCFCやTEAOがその債務を返済しなければ会社原告及びOFHが返還を受けることができなかったものであり,従前のCFC及びTEAOが当該債務を返済するだけの十分な資力を有していたことを認めるに足りる証拠はないから,会社原告及びOFHが本件国内3社の株式取得に際してCFC及びTEAOに新たに資金を注入しなければ,これらのファンドはその債務を返済することができず,したがって会社原告及びOFHも前記預金及び出資金の返還を受けることができなかったものと認められる。このような本件国内3社の株式取得に係る資金の流れとLGT銀行等から返還を受けた金員の関係に加え,前記(イ)及び(ウ)の認定・説示のとおり,実際にも,本件国内3社の株式取得に係る資金がNeoやITV等に支払われた後,受け皿ファンド等の間で預金の移動を経た上で,CFC及びTEAOのLGT銀行及びLGT-GIMに対する返済が行われており,本件国内3社の株式取得資金の少なくとも一部がLGT銀行等への返済に充てられたことは明らかであることも併せ考慮すれば,会社原告及びOFHが払戻しを受けた前記金員は,本件国内3社の株式取得に関する任務懈怠に起因して得た利益に当たるというべきである。
そして,本件国内3社の株式取得に当たって会社原告及びOFHから支払われた金額は合計607億9500万円(=318億8500万円+152億円+96億1500万円+40億9500万円)であるのに対し,払戻しを受けた金額は合計719億9333万3333円(=351億4233万3333円+159億0480万円+209億4620万円)であるから,本件国内3社の株式取得に係る任務懈怠によって,会社原告に607億9500万円の損害が生じたと認めることはできない。
したがって,会社原告の主位的な損害の主張は採用することができない。
(オ)原告らの予備的な損害の主張について
前記(1)の認定事実によれば,外部協力者に対する報酬として,GurdonOverseas に対し12億5925万円,Nayland Overseasに対し9億5000万円がそれぞれ支払われたものと認められる。
そして,前記(1)及び(ウ)で認定・説示したとおり,本件国内3社の株式取得による資金の拠出後に各資金の移動が行われているが,その金額は完全に一致するものではなく,もともと,ITV,QP,Neo,DD,GT,TEAOといった受け皿ファンド等にあった資金を併せて送金しているものであること,会社原告が本件株式取得代金として支払った金額が607億9500万円であるのに対し,CFC及びTEAOが返済として支払った合計額は637億3549万1667円(=別紙16の各表の番号④303億6844万1667円+同番号⑥161億5000万円+同番号⑯172億1705万円)であって,支払額を上回っていることからすると,その差額は,本件国内3社の株式取得に関する預金移動の以前から受け皿ファンド等の預金口座に存在した金銭や運用益に当たるものと推認するのが相当であり,前記報酬の全額が本件国内3社の株式取得資金から支払われたことを認めることはできない。
加えて,前記認定・説示によれば,外部協力者に支払われた報酬は,損失分離スキームの構築・維持に協力したことに対する報酬であって,本件国内3社の株式取得のみに関する報酬ではないとみられるところであり,本件国内3社の株式取得に当たって,当初から前記報酬の支払を企図していたことを認めるに足りる証拠はないことも併せ考慮すれば,Neoから GurdonOverseas に対して支払われた12億5925万円及びTEAOからNayland Overseas に対して支払われた9億5000万円については,本件国内3社の株式取得に係る任務懈怠との相当因果関係を認めることはできず,少なくともこれらの支払に係る損害は填補されていない旨の原告らの主張はその前提を欠くというほかない。
したがって,原告らの予備的な損害の主張も採用することができない。
イ ジャイラス買収に係る損害について
(ア)株式オプション及びワラント購入権の譲渡代金2400万ドル(25億4400万円)について
前記(1)の認定事実によれば,AXAMは,平成20年6月9日にAXESから,本件修正FA契約に基づく報酬としての株式オプション及びワラント購入権を2400万ドルで譲り受けたことが認められるが,AXAMは会社原告とは別の法人であるから,AXAMが2400万ドルを支払ったこと自体をもって,直ちに会社原告に損害が生じたということはできない。当該譲渡代金は,平成20年5月28日にGPAIからAXAMに送金された3000万ドル(甲Aキ5の3〈添付資料4-2〉)が原資になったことがうかがわれるが,会社原告からGPAIに対して,いつ,いくらの金銭が支払われたかを確定するに足りる具体的な主張立証はない。
したがって,AXAMの上記2400万ドルの支払をもって会社原告の損害と認めることはできない。
(イ)ジャイラス優先株の買取代金名目で支払った6億2000万ドルについて
a 前記(1)の認定事実によれば,前記(2)の被告A6,被告A7及び被告A8の任務懈怠により,OFUKは,ジャイラスの配当優先株の買取代金として,AXAMに6億2000万ドルを支払ったものと認められる。
b もっとも,別紙16「Ⅳ ジャイラス買収に関する預金移動(OFUK)」表の番号㉑ないし㉓記載のとおり,6億2000万ドルがAXAMに支払われた直後に,AXAMからGPAIに対し合計6億1999万9946.78ドルが送金され,更にそれから間もない時期にGPAIからCDに対し合計6億2199万7457.63ドルが送金されたこと(同表番号㉔,㉕)からすれば,上記の6億2000万ドルは,AXAMからGPAIを経由してCDに送金されたものというべきである。そして,CDへの預金移動から間もなく,CDから Eastersideへ322億8137万4597円が送金される(同表番号㉖)とともに,前記(1)の認定事実記載のとおり,CDから Easterside に対し243億3124万8150円の債券交付が行われたことからすれば,CDに送金された前記金銭がこれらの送金及び債券交付に充てられたものといえる。
他方,前記(1)の認定事実記載によれば,会社原告からワラント購入権の買取代金としてAXAMに支払われた5000万ドルについては,当該支払から近接した時期において,別紙16「Ⅲ ジャイラス買収に関する預金移動(会社原告)」表記載のとおりの預金移動が行われたことが認められるから,当該金銭は,AXAMからGPAI及びGPAを経由して21Cに送金され(同表番号⑰~⑲),前記6億2000万ドルに関する預金移動と併せて,Easterside に集約された(同表番号⑳)ものと認めるのが相当である。
そして,前記(1)の認定事実によれば,Eastersideは,平成22年4月28日,SGボンドに対して362億4177万9322円を送金する(別紙16の「Ⅳ ジャイラス買収に関する預金移動(OFUK)」表の番号㉗)とともに,同月30日までの間に257億6846万5500円分の債券を返還したこと,会社原告が,SGボンドの出資金の返還として,同年9月22日に315億6910万9673円,平成23年3月24日に315億3634万7569円をそれぞれ受領したことが認められることからすれば,これらの出資金の返還は,Easterside からSGボンドへの同番号㉗の支払及び上記債券の返還を原因とするものというべきである。
c 会社原告の主位的な損害の主張について
上記認定・説示のとおり,会社原告は,SGボンドへの出資金の返還として,315億6910万9673円及び315億3634万7569円をそれぞれ受領したところ,これらは債務者である Easterside がその債務を返済しなければ会社原告が返還を受けることができなかったものであり,従前の Easterside が当該債務を返済するだけの十分な資力を有していたことを認めるに足りる証拠はないから,会社原告及びOFUKがジャイラスの配当優先株等の買取りに際して Easterside に新たに資金を注入しなければ Easterside はその債務を返済することはできず,したがって,会社原告も前記出資金の返還を受けることができなかったといえる。このようなジャイラスの配当優先株等の買取りに係る資金の拠出とSGボンドから返還を受けた金員の関係に加え,前記bでみたとおり,実際に,ジャイラスの配当優先株買取りに係る資金がAXAMに支払われた後,受け皿ファンド等の間で預金の移動を経た上で,Easterside のSGボンドに対する返済が行われており,ジャイラスの配当優先株買取りに係る資金の少なくとも一部がSGボンドへの返済に充てられたことは明らかであることも併せ考慮すれば,会社原告が出資金の返還として受領した前記金員は,ジャイラス買収に関する任務懈怠によって得た利益に当たるというべきである。
そして,ジャイラスのワラント購入権及び配当優先株の買取りとして会社原告及びOFUKから支払われた金額は5000万ドル(支払日の為替レートである103.57円/ドル(弁論の全趣旨)で換算すると51億7850万円)及び6億2000万ドル(569億4080万円)の合計621億1930万円であるのに対し,会社原告が返還を受けた金額は合計631億0545万7242円(=315億6910万9673円+315億3634万7569円)であることからすると,ジャイラス買収に係る任務懈怠によって会社原告に6億2000万ドルの損害が生じたと認めることはできない。
したがって,会社原告の主位的な損害の主張は採用することができない。
d 原告らの予備的な損害の主張について
前記(1)の認定事実によれば,外部協力者に対する報酬として,PromoTech に対し合計8億6180万円及び883万0775.58ドル,DRAGONS ASSET に対し1450万ドル(13億6590万円)が,それぞれ支払われたことが認められるところ,原告らは,Promo Tech に支払われた報酬のうちの1148万1521.75ドル及び1450万ドルはジャイラス買収に係る任務懈怠から生じた損害であり,少なくとも同額の損害は填補されていない旨を主張する。
前記bで認定・説示したとおり,ジャイラスのワラント購入権及び配当優先株買取りに係る資金が拠出された後,各預金の移動が行われているが,その金額は完全に一致するものではないから,本件国内3社の株式取得と同様,ジャイラスのワラント購入権及び配当優先株買取りに関する預金移動が行われる以前から受け皿ファンド等に残存していた金銭や運用によって生じた利益も併せて環流したとみるべきであって,前記報酬がジャイラスの配当優先株買取り資金から支出されたということはできない。
加えて,外部協力者に支払われた報酬は,損失分離スキームの構築・維持に協力したことに対する報酬であって,ジャイラスの配当優先株の買取り等に関する固有の報酬ではないとみられるところであり,ジャイラスの配当優先株の買取り等に当たって,当初から前記報酬の支払を企図していたことを認めるに足りる証拠はないことも併せ考慮すれば,Promo Techに対する1148万1521.75ドルの支払及び DRAGONS ASSET に対する1450万ドルの支払について,ジャイラス買収に係る任務懈怠との相当因果関係を認めることはできず,少なくともこの部分に係る損害は填補されていない旨の原告らの主張はその前提を欠くというほかはない。
したがって,原告らの予備的な損害の主張も採用することができない。
3 第5類型(疑惑発覚後の対応関係)について
(1)認定事実
前記前提事実,証拠(後記認定事実末尾記載の証拠)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
ア Bによる本件各レターの送付とこれに対する被告A8の回答等
(ア)Bは,本件各記事がFACTAに掲載されたことを受けて,平成23年9月24日午前2時31分,被告A8に対し,同月23日付け本件レターⅠを電子メールで送付した。
本件レターⅠは,表題として「当社のM&A(合併・買収)活動に関する深刻なガバナンスの問題」と記載され,本文部分には,本件記事1のコンテンツに対し深い疑念を抱いていたが,本件記事2は不安を一層高めるものであること,自分には会社原告の社長として全ての関連問題を理解する責任があること,本件各記事に記載されている懸念に加え,会社原告のM&A活動に関する他の分野で何が実際に起こったのかや,それに伴うリスクを理解するために,説明を希望する分野が数多くあること,具体的には,本件国内3社の株式取得に係る取引の詳細やジャイラス買収に係る取引の詳細等について説明を希望することなどが記載されており,末尾には,取締役会役員各自は,会社原告の活動に対する法的責任を共有しており,電子メールのカーボン・コピー(以下「CC」という。)に記載されていない社外役員,監査役及び新日本有限責任監査法人のシニア・パートナーにも本件レターⅠのコピーが確実に送られるように手配してほしい旨が記載されていた。(甲B17の1・2)
(イ)被告A8は,本件レターⅠを受領し,平成23年9月24日午前10時58分,Bに対し,本件レターⅠに対する回答の電子メールを送信した。同回答メールには,Bが本件レターⅠで指摘している点は,ほとんど,あずさ監査法人から新日本有限責任監査法人に会計監査人を変更する前に,監査役会とあずさ監査法人によって指摘されている事項であること,これについては,既に会計事務所,法律事務所,学術的な専門家からなる第三者によって構成された調査委員会を組織し,調査報告(平成21年第三者委員会報告書)を受けたこと,あずさ監査法人は,当該調査報告に基づき,第141期事業年度(平成20年4月1日から平成21年3月31日まで)の会計報告書を承認してサインしたこと,新日本有限責任監査法人もこの調査を認識した上で,会社原告の会計監査人を引き受けたこと,平成23年9月28日の会議でこの調査について説明することが記載されていた。(甲B28)
(ウ)Bは,上記回答メールを受領し,平成23年9月24日午後8時2分,被告A8に対し,同日付け本件レターⅡを送付した。本件レターⅡには,被告A8からの回答が不十分であること,自分が提起した各問題に対して十分な回答が得られない場合,著名な会社の独立会計士を入れて,様々な取引の調査を行い,会社原告取締役会に正式に報告書を提出することを主張すること,自分が懸念している事柄の1つがジャイラスの買収に関して外部のアドバイザーに6億ドルを支払った理由であること,要求している回答が書面によって得られるまで(自分が被告A8から詳細な報告書を受領するまで),訪日を延期し,それに合わせてスケジュールを変更することなどが記載されていた。(甲B18の1・2)
(エ)被告A8は,本件レターⅡを受領し,平成23年9月25日午後5時8分,Bに対し,本件レターⅡに対する回答の電子メールを送信した。同回答メールには,Bの質問に対する回答のほとんどは平成21年第三者委員会報告書や過去の取締役会の提案書にあること,同月28日のBとの会議までにはほとんどの資料を提供できると確信しているが,その翻訳にどれほど時間がかかるか明言できないことなどが記載されていた。(甲B29)
(オ)Bは,上記回答メールを受領し,平成23年9月26日午前5時25分,被告A8に対し,同月25日付け本件レターⅢを送付した。本件レターⅢには,懸念事項は取引の合法性であり,取締役会がその取引を承認したか否かではないこと,もっとも,ジャイラス買収に関する取締役会の出席者が,①AXAM側にいる個人宛てに支払われた金額とその個人の氏名,②優先株の発行が「関連当事者取引」か否かを決定できるだけの十分な開示がされなかったため,あずさ監査法人と新日本有限責任監査法人がジャイラスグループの決算を承認した事実について知っていたかを確認してほしいことが記載されており,これに加えて,当該取締役会に提出された資料のコピーと議事録の送付,及び本件レターⅠの質問事項のうち,本件国内3社及びジャイラス買収に関する質問に対し直ちに回答することを要望する旨が記載されていた。(甲B19の1・2)
(カ)被告A8は,本件レターⅢを受領し,平成23年9月26日午後9時14分,Bに対し,本件レターⅢに対する回答の電子メールを送信した。同回答メールには,自分らが資料を集め,翻訳する作業を続けているが,関係資料(特に,平成21年第三者委員会報告書)の量が多いため,明日中に回答及び根拠書類を送付できると明確には言えないこと,明日,再度進捗状況を報告すること,本件レターⅠ~Ⅲを被告A15や新日本有限責任監査法人のパートナー等に送付する手配をしたことが記載されていた。(甲B30の1~3)
(キ)Bは,上記回答メールを受領し,平成23年9月27日午前1時40分,被告A6に対し,同月26日付け本件レターⅣを送付した。本件レターⅣには,本件各記事で取り上げられた問題と疑惑は最も深刻な類いのものであること,まずは本件レターⅠの本件国内3社及びジャイラスに関する質問に対する明確な回答を同月27日午後8時までにしていただきたく,その後,その他の質問に対する回答や第三者による調査報告その他の資料を送付してほしいこと,これらに対する納得できる回答がない限り日本には戻らないという自らのスタンスは,極めて適切なものであることなどが記載されていた。(甲B21の1・2)
(ク)さらに,Bは,平成23年9月27日午前9時13分,被告A6に対し,被告A8から,同月28日午後8時までに本件レターⅠの本件国内3社及びジャイラスに対する質問に対する回答ができる旨を伝えられて安心していること,これらが自分の心配を和らげるものであれば,同月29日に互いの顔を見ながら議論でき,同月30日の取締役会においても隠し立てすることなく議論できることを記載した電子メールを送信した(甲B22)。
(ケ)被告A8は,平成23年9月27日午後7時50分,Bに対し,平成21年第三者委員会報告書の英訳及び本件国内3社への投資手続の説明を添付した上で,本件レターⅠの質問のうち,本件国内3社の株式取得に係る取引の詳細やジャイラス買収に係る取引の詳細等に関するものに対し,例えば,本件国内3社に対する投資はそれぞれ投資目標を持っており,会社原告の投資戦略と一致していたこと,それぞれの買収手続において,独立した会計事務所による評価等を参考にして交渉を行ったことなど,個別に,一通りの回答を記載した電子メールを送信した。また,被告A8は,同日午後7時57分,Bに対し,上記回答の添付資料として,G公認会計士事務所作成に係る本件国内3社それぞれの株主価値算定報告書の英訳を添付した電子メールを送信した。(甲B31の1~5,32の1~7)
(コ)Bは,平成23年9月28日午前4時17分,被告A8に対し,同月27日付け本件レターⅤを送付した。本件レターⅤには,被告A8からのメールの返信や資料の送付に礼を述べた後,さらに追加の書類として,①本件国内3社の買収に係るデューディリジェンス報告に関し,調査を行ったファンドマネージャーの報告書の写し,②会社原告の取締役会において第141期事業年度決算のために提示された関連書類,③本件国内3社の第144期事業年度の予算,4月から8月までの予算及び実績の資料,④ジャイラス優先株の価値を算定した際の計算基準及び計算過程の詳細を示した別表,⑤AXESとの間の本件FA契約書及び本件修正FA契約書の写し,⑥平成20年11月28日開催された会社原告の取締役会の議事録,特に優先株再購入についての会社の承認に関する文書を,同月28日午後3時30分までにメールで送付してほしいことが記載されており,これに加えて,自分が依然として,あらゆる点を考慮しても完全に過度と思われるAXESに対する6億ドル支払の理由や,本件国内3社買収の商業的な論理的根拠について大変懸念しており,同月29日に被告A6及び被告A8と面談し,同月30日の取締役会において十分な話合いをしたいと考えていること,同年10月7日までには自分の考えをまとめて取締役会に正式に報告するつもりであることも記載されていた。(甲B23の1~6)
(サ)被告A8は,本件レターⅤを受領し,平成23年9月28日午前8時55分,Bに対し,本件レターⅤに対する回答として,依頼された資料を収集しようとしており,本日午後3時30分までにメールで送付するが,要求された資料の英訳が間に合うかどうかは定かではない旨の記載のある電子メールを送信した(甲B33)。
(シ)上記(ア)ないし(サ)の各電子メールは,いずれもCCとして取締役会メンバーのメールアドレス(メンバーは,被告A6,被告A7,被告A8,被告A9,被告A10,被告A11,被告A12,被告A13,被告A14,被告A18, 被告A16,被告A17及びD)及び被告A19に対し送信された(甲B17の1~3,18の1・2,19の1・2,21の1・2,22,23の1~6,28,29,30の1~3,31の1~5,32の1~7,33,乙M3)。
(ス)Bは,平成23年9月29日午前3時58分取締役会メンバーのメールアドレス及び被告A19に対し,本件レターⅠ~Ⅴの日本語訳を添付した上で,自分と被告A6及び被告A8との間で会社原告のM&A活動に関するコーポレート・ガバナンス上の重大な懸念事項についてやり取りが交わされたこと,取締役会メンバー全員が内容を完全に理解できるよう,交信内容を日本語に翻訳したものを添付して送付すること,同日被告A6及び被告A8と面談し,同月30日開催される取締役会においてこの件を議論したいと考えていることなどを記載した電子メールを送信した。また,Bは,同月30日午前1時48分,上記宛先及び被告A19に対し,上記電子メールに添付した本件レターⅤが判読不能となってしまったため,再度これを添付して送る旨を記載した電子メールを送信した。
これらの電子メールは,CCとして,H弁護士及び新日本有限責任監査法人にも送信された。(甲B24の1~6,25の1・2)
イ 被告A6及び被告A8とBとの面談
この間,被告A6及び被告A8は,平成23年9月29日,会社原告の会議室において,Bと面談し,同人に対し,FACTAは無名のタブロイド誌であるから本件各記事には取り合う必要がないこと,Bの疑問に対しては被告A8が全て回答することなどを説明した。被告A6は,その話合いの中で,Bに対し,同人が映像事業のトップである被告A12に相談しないまま,中南米地域の映像販売子会社を独立させようとしたことを注意したところ,Bは激高し,自分が社長なのに従業員は被告A6の意見ばかり聞いて自分の言うことを聞かないなどと述べ,被告A6が退任するか,さもなければCEOの地位をBに移譲することを要求した。被告A6は,会社原告のCEOの地位が単なる肩書に過ぎず,それに付随する権限もなかったため,これをBに与えることとし,同人に対し,その旨を伝えるとともに,今後経営執行会議に出席しないことを約束した。(甲B11の1,被告A6本人,被告A8本人)
ウ 9月30日取締役会の開催
会社原告の第1062回取締役会(9月30日取締役会)は,平成23年9月30日午前9時から,議長である被告A6のほか,B,被告A8,被告A9,被告A10,被告A11,被告A12,被告A13,被告A14,被告A15,被告A16,被告A17,被告A18,被告A19及びCの各取締役,並びに,被告A7,D,E及びFの各監査役が出席して開催された。同取締役会においては,最初に,同年10月1日付けでBをCEOに任命すること(ただし,取締役会の議長は従前どおり被告A6が務める。),被告A6は,同日以降,経営執行会議のメンバーから外れ,同会議に出席しないことなどが提案され,全員異議なく承認可決された。
その後,Bは,発言の機会を得て,要旨,「私が懸念していることについて,私自身,A8さん,A6さんとの間で連絡を取り合っていました。その懸念というのは,部分的には『FACTA』誌の記事によるものであり,またイギリスのジャイラス社の会計を調べた時に感じたものでもあります。」,「昨日,会長とA8さんと私はしばらく話し合いました。非常に正直かつ率直な話合いでした。最終的に私たちは非常に建設的な理解に達したと思います。」,「ここで,話し合いの結果,個人的な利害関係や利益の証拠はないと断言できます。」,「もう一度言いますが,私たちは昨日議論しました。非常に単刀直入な議論をし,意思決定を行いました。私はこれらの取引の関係者で個人的な利益を得た人は誰もいないことを十分に確信できました。」,「社長として私は代表で公衆の前に出て,決算書に署名し,陳述書にも署名します。それが,私が例のメールのやり取りを行った理由です。(中略)メールの中にはこの会社内のどの役員も個人的な利益を得ていると私に思わせるような事実はなく,今は前向きに未来に目を向けるつもりであることをはっきり表明します。」などと発言した。(甲Aオ3,乙M1,2)
エ PwC中間報告書の入手と本件レターⅥの送付等
(ア)Bは,外部の会計事務所であるPwCに対し,被告A8との電子メールのやり取りにより入手した資料を提供して調査を依頼していたところ,同事務所から,平成23年10月11日付けでPwC中間報告書の提出を受けた。同報告書は,本件修正FA契約の報酬が,経験上,類似しているサービスと比較して,①買収取引の規模及び性質から鑑みて,買収総額の1パーセント程度を報酬として期待するのが通常であり,その6.25パーセントを報酬としているのは明らかに高いこと,②専門のアドバイザーは,通常,取得するビジネスの株式オプションやワラントといった形態で報酬をもらうことは期待しないこと,③専門のアドバイザーは,一旦アドバイザーとして指名されて以降,特に業務範囲が大きく変更されていないのに自分たちの都合のいいように報酬スキームを変更することは期待しないことといった理由から異常であり,本件修正FA契約に至る手続も,AXAMに対してどのような財務デューディリジェンスが実施されたか不明瞭であること,成功報酬の増額について外部からどのようなアドバイスがあったのか及びどのようにアドバイスに準拠したのかについて調査する必要があることなどの問題点があって,結論として,「現在までに実施したレビューに基づくと,我々は不適切な行為が行われたと確信することはできないが,支払われた総報酬金額と今までになされたいくつかの非通例的な意思決定を考慮すると,現段階では不適切な行為が行われた可能性を排除することはできないと考えられる。」などと記載したものであった。(甲B27の3・5)
(イ)Bは,被告A6に対し,平成23年10月11日付け本件レターⅥを送付した。本件レターⅥには,PwC中間報告書の一部が添付され,本件国内3社及びジャイラスの買収に関するBの検討内容が記載された上で,「PwCの報告書に明らかな通り,非常に多くの悲惨な誤り,そして並外れてお粗末な判断力,これが重なってアルティス,ヒューマラボ,New Chefの買収は,13億米ドルというショッキングな額に上る株主への損失となりました。」,「PwCからの報告は関係者の行為を完全に糾弾したものであり,当社の役員を一新しない限りこの先前進していくことは不可能であることが,はっきりしました。」,「会社の利益を優先し,名誉ある前途を歩むためには,いかなる局面から考慮しても恥ずべき事件であるこれまでの経過に対する結果に,あなたとA8さんが直面することが必要です。現状に至ってはもはや擁護できない事態であることが明白であり,これから前向きに進む上での対策として,あなた方両者が役員会から辞任することが必要です。」などと記載されていた。(甲B27の2・4,弁論の全趣旨)
(ウ)Bは,平成23年10月13日午前1時10分取締役会メンバーのメールアドレス及び被告A19(CCとしてH弁護士)に対し,本件レターⅥ及びPwC中間報告書を添付した上で,これらに記載されている出来事は尋常ではなく,ここから前進を試みるためには当事者の責任が明確にされなければならないこと,「じっとして嵐が過ぎ去るのを待つ」という試みは論外であり,「都合の悪い事実を隠し通せるのでは」という態度は通用しないこと,取締役会メンバーの長期間にわたる個人的な忠誠心等が本件に関するロジックをゆがめることなく,対象となる個別案件の詳細を捉えてもらえることを願っていることなどを記載した電子メールを送信した(甲B27の1~5)。
オ 平成23年10月13日の打合せ
被告A7,被告A8,被告A9,被告A10,被告A11,被告A12,被告A13,被告A14,被告A15及び被告A18は,平成23年10月13日,被告A6から招集を受け,H弁護士の所属する法律事務所に参集した。被告A6は,上記被告らに対し,Bは経営者としての資質に問題があるため10月14日取締役会で解職したい旨を告げ,それに引き続き,H弁護士がBを代表取締役から解職するための手続について説明したところ,上記被告らから異論が出ることはなく,また,9月30日取締役会においてBをCEOに任命したこととの整合性やBが指摘していた疑惑の存否等について説明を求める意見も出なかった。(被告A6本人,被告A12本人,被告A15本人)
カ 10月14日取締役会の開催
会社原告の第1063回取締役会(10月14日取締役会)は,平成23年10月14日午前9時に開催され,Bを代表取締役及び社長執行役員・CEOのいずれからも即時解職し,業務執行権限のない取締役とすることが,(Bを除く)出席取締役全員の賛成により承認可決され,さらに,被告A6を社長執行役員・CEOに選定し,代表取締役会長兼社長執行役員・CEOとすることが承認可決された(甲Aオ4)。
キ その後の経緯
(ア)会社原告は,平成23年10月14日,適時開示情報として,Bと他の経営陣との間で経営の方向性や手法に大きな乖離が生じ,経営の意思決定に支障を来す状況になったため,10月14日取締役会において,代表取締役及び社長執行役員であったBを解職すること(代表取締役及び社長執行役員のいずれからも解職し,業務執行権のない取締役とすること),及び,これに伴い代表取締役会長であった被告A6が社長執行役員を兼任することを決議したことを公表した(甲B4)。
(イ)平成23年10月中旬,Bが海外でのM&Aを巡る会社原告内部の不透明な資金の流れについて調査を進めており,トップの立場から内部告発を行ったために解任に繋がったとの見方を示す記事が英紙フィナンシャル・タイムズ電子版等に掲載されたことを受け,市場での会社原告の企業統治への不信感が高まっている旨の記事が同月17日の日本経済新聞電子版に掲載された。また,同月18日には,Bが,複数の海外メディアに対し,過去の企業買収での不明朗な支出を追及したのが解職の理由だったと主張しており,新旧トップ同士の泥仕合が経営の混乱を拡大させることになりそうである旨の記事が読売新聞に掲載された。(甲B37の8・13)
これらの報道を受けて,会社原告は,平成23年10月19日,「一連の報道に対する当社の見解について」と題する文書を公表し,Bの解職について一部報道機関において不正確又は誤解を招く内容が報道されているが,当該解職の理由は既に適時開示等で公表したとおりであり,本件国内3社及びジャイラス買収に不正・違法行為は認められないなどと説明した(甲B10〈資料2〉)。
(ウ)会社原告は,平成23年10月21日,会社原告の過去の買収案件について,弁護士及び会計士等の有識者によって構成される第三者委員会の設立を準備している旨を公表した(甲B10〈資料4〉)。
(エ)被告A6は,平成23年10月26日,代表取締役会長及び社長執行役員の役職を返上して取締役となり,同日開催された取締役会において,後任として,取締役専務執行役員であった被告A12を代表取締役及び社長執行役員に選任した(甲B10〈資料6〉)。
(オ)会社原告は,平成23年11月1日,①会社原告によるジャイラス買収に関する一切の取引(FAの選定,報酬の支払等を含む。),②本件国内3社の買収に関する一切の取引(買収額の決定及び買収後の減損処理に至った経緯等を含む。)に関し,会社原告に不正ないし不適切な取引等があったか否かにつき検証することなどを目的として,会社原告と利害関係のない弁護士5人及び公認会計士1人により構成される本件第三者委員会を設置し,その旨を公表した(甲B10〈資料8〉)。
(カ)被告A6及び被告A8は,平成23年11月24日付けで会社原告の取締役を辞任し,被告A7は,同日付けで会社原告の監査役を辞任した。また,被告A9は,同年12月7日付けで会社原告の取締役を辞任した。他方,Bも,同月1日付けで会社原告の取締役を辞任した。(甲B10〈資料14,18,22〉)
(キ)本件第三者委員会は,平成23年12月6日,会社原告に対し,調査報告書を提出した。これを受けて,会社原告は,同月7日,①会社原告及び同グループ全体の経営体制の刷新,ガバナンス体制等の抜本的な見直し等に関する指導・勧告等をすることを目的とする経営改革委員会(以下「本件経営改革委員会」という。)を設置すること,②損失計上先送り等の一連の問題につき,現旧取締役に善管注意義務違反行為があったか否かを調査してその責任を明らかにするため,取締役責任調査委員会(以下「本件取締役責任調査委員会」という。)を設置すること,及び③現旧監査役に取締役の職務執行の監査に関する善管注意義務違反行為がなかったか,現旧監査法人に不当又は不適正な監査がなかったか等を調査してその責任を明らかにするため,監査役等責任調査委員会(以下「本件監査役等責任調査委員会」といい,本件第三者委員会,本件経営改革委員会,本件取締役責任調査委員会及び本件監査役等責任調査委員会を併せて「本件各外部委員会」という。)を設置することを決定し,各委員会に対し指導・勧告等や調査を委託した。その後,会社原告は,平成24年1月7日本件取締役責任調査委員会から,同月16日本件監査役等責任調査委員会から,それぞれ調査報告書を受領した。(甲B10〈資料19・21・27・28〉)
(ク)会社原告は,①本件第三者委員会の各委員及び補助者に対する報酬,実費等として,合計4億6402万1835円を(甲B6の1~13),②本件経営改革委員会の各委員及び補助者に対する報酬,実費等として,合計3005万6770円を(甲B7の1~4),③本件取締役責任調査委員会の各委員及び補助者に対する報酬,実費等として,合計1億4070万7350円を(甲B8の1~5),④本件監査役等責任調査委員会の各委員及び補助者に対する報酬,実費等として,合計8466万3600円を(甲B9の1・2)それぞれ支払い,さらに,⑤平成24年1月21日,東京証券取引所から,上場契約違約金として1000万円を支払うよう通知を受け,同年2月20日これを支払った(甲B10〈資料31〉)。
(ケ)会社原告は,平成24年6月8日,「和解に関するお知らせ」を公表し,①同年1月,Bから,同人の解職等が英国の1996年雇用権利法に違反するなどとして,英国労働審判所に対して労働審判を申し立てられたが,同年5月29日付けで和解の合意に至ったこと,②これにより,Bは前記労働審判の申立てを取り下げ,会社原告はBに対し,本件和解金1000万英ポンド(約12億4500万円)を支払うことになることを明らかにした(甲B5)。
会社原告は,平成24年7月4日,Bに対し,本件和解金として1000万英ポンド(支払時の為替レートで換算すると12億7348万6900円)を支払った(弁論の全趣旨)。
ク 会社原告の株価の推移等
会社原告の平成23年10月11日から同年12月30日までの株価の推移は,別紙17「会社原告の株価の推移」記載のとおりである(甲B10〈資料3〉)。
また,Bの解任が報じられた平成23年10月14日以降,連日のように新聞紙上等において,会社原告の経営の混乱や迷走,コーポレートガバナンス(企業統治)の体制や法令遵守の姿勢の欠如を指摘する多数の記事が掲載された(甲B37の1~114)。
(2)争点(4)ア(被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9の疑惑発覚後の対応に係る善管注意義務違反の有無)について
ア 被告A6について
原告らは,被告A6は,損失分離スキームの構築・維持に関与した者であり,損失隠しについて認識のない取締役に対し,Bを非難してその解職に賛成するよう働き掛けるなど,違法行為の発覚を避けようとしたのであるから,善管注意義務違反が認められるなどと主張し,被告A6は,Bの社長としての執務ぶりには多大の問題があったのであり,Bの解職は一連の疑惑発覚を避けることだけを目的としたものではないなどと主張する。
たしかに,証拠(被告A6本人,被告A8本人,被告A12本人)によれば,Bについては,会社原告のカンパニー制を採る各事業体の長に相談せずに独断で人事等を決めたり,1か月の大半を欧米で過ごしていて日本を不在にする期間が長いといった行動が見られ,激高しやすく建設的な話合いができないとの印象を抱かれていたことが認められ(実際,被告A6がBに対し,中南米地域の映像販売子会社の独立につき注意したところ,同人が激高して,被告A6の退任やCEOの地位の委譲を求めたことは,前記(1)の認定事実記載のとおりである。),少なからぬ会社原告の取締役が,Bの代表取締役及び社長執行役員・CEOとしての適格性に問題があると認識していたことがうかがわれるから,Bは,このような会社の役員としての適格性の問題から解職されるに至った面があることは否定できない。
しかしながら,他方,被告A6自身,本人尋問において,損失隠しが公表されることになれば,会社原告は倒産し,従業員やその家族が路頭に迷い,利害関係人にも大変な迷惑を掛けるから,損失隠しがされたことが発覚することは絶対避けようと思っていた旨供述していることに加え,前記(1)の認定事実によれば,被告A6は,Bから,本件各レターにおいて,会社原告における本件国内3社等の買収案件に関し,深刻なガバナンス上の問題がある旨の指摘を受けた際,被告A8とともに,平成21年第三者委員会報告書等の資料を示しつつ,本件国内3社について完全な調査を行い,独立した会計事務所による評価を行ったなどと回答するなど,一貫して,上記の各買収について何らの疑念も存在しないという態度を表明し,損失分離スキームの解消を目的として上記の各買収を行ったことが露見しないように対処したこと,被告A6は,Bが,被告A6及び被告A8に対し,「現段階では不適切な行為が行われた可能性を排除することはできないと考えられる。」と結論付けたPwC中間報告書及び平成23年10月11日付け本件レターⅥを送付して辞任を要求したのに対し,会社原告の取締役らが当該レターを受信した日である同月13日に当該取締役らをH弁護士の法律事務所に招集し,Bの解職を取締役らに告知した上で,翌14日開催された10月14日取締役会においてBを代表取締役及び社長執行役員・CEOから解職する旨の決議を成立させるなどしたことが認められる。
このように,被告A6は会社原告の倒産を避けるため,損失隠しの存在が公表されることを何としても避けたいと思っていたというのであり,9月30日取締役会でBをCEOに選任してからわずか2週間後,同人がPwC中間報告書を示して被告A6の辞任を求めた直後に上記解職が行われたのであるから,これらの事情によれば,被告A6は,Bの追及による損失分離スキームの発覚を防ぐことを主たる目的として同人の解職を主導したものと認定するのが相当である。
このような被告A6の行為が会社原告に対する善管注意義務及び忠実義務に違反することは明らかであり,被告A6は会社原告に対する任務懈怠の責任を免れない。
イ 被告A8について
前記(1)の認定事実によれば,被告A8は,被告A7らとともに損失分離スキームを構築・維持するために具体的な手法を策定・実施するなどの実務作業を担っており,これによって会社原告は簿外の損失を保有し続けることができたことや,被告A8は,本件国内3社の株式取得及びジャイラスの配当優先株の買取り等が損失分離状態を解消するために実行されたものであることを知悉していたこと,それにもかかわらず,被告A8は,Bが送付した本件各レターに対し,同人の指摘する疑念は存在しないとの回答を送付し続け,同人がPwC中間報告書を示して被告A6及び被告A8の辞任を求めるようになった後は,被告A6が招集したH弁護士の法律事務所における集まりに参加し,翌日の10月14日取締役会における同人の解職に異論を述べず,同取締役会において解職決議にも賛成したことが認められるから,前記アで認定したとおり,少なからぬ会社原告の取締役がBの代表取締役及び社長執行役員・CEOとしての適格性に問題があると認識していたことがうかがわれることを考慮しても,被告A8は,被告A6とともに,Bの追及による損失分離スキームの発覚を防ぐことを主たる目的として,Bの解職に向けた上記の一連の行動を採ったと認定するのが相当である。
このような被告A8の行為は会社原告に対する善管注意義務及び忠実義務に違反するから,被告A8は会社原告に対する任務懈怠の責任を免れない。
ウ 被告A9について
前記(1)の認定事実記載のとおり,被告A9は,被告A7及び被告A8とともに損失分離スキームの構築・維持に関する具体的な実務作業を担っており,損失分離スキームによって会社原告が簿外の損失を抱えていたことや,本件国内3社の株式取得が損失分離状態を解消するために実行されたものであることを知悉していたこと,Bが被告A6及び被告A8に対して送付した本件各レター並びにこれに対する被告A8の回答等は被告A9にも送付されていたから,被告A9は,Bが本件国内3社等に関する買収案件について疑惑を指摘していたのに対し,当該買収案件の目的が損失分離スキームの解消であるにもかかわらず,被告A8が事実に反して何らの疑惑はないとの立場で応対していることを認識していたこと,被告A9は,Bが本件レターⅥによって被告A6及び被告A8の辞任を求めた直後に,被告A6が会社原告の取締役らを招集したH弁護士の法律事務所における集まりに参加し,その場で,被告A6から10月14日取締役会においてBを解職する意向である旨を告げられたことからすれば,被告A9は,被告A6が,Bの追及による損失分離スキームの発覚を防ぐことを主たる目的として同人を解職する旨の議案を提案したことを認識していたと推認するのが相当である。
そうであるとすれば,被告A9は,そのような被告A6の違法行為を阻止するため,取締役会や監査役会にその旨報告するなどの措置を採る義務を負っていたというべきであるにもかかわらず,実際には何らの措置を採らなかったばかりか,10月14日取締役会においてBの解職に賛成することによって被告A6の違法行為に加担したのであるから,会社原告に対する善管注意義務及び忠実義務に違反するものとして,任務懈怠の責任を免れない。 エ 被告A7について
前記前提事実によれば,被告A7は,別紙5「被告A2ら3名を除く被告らの役員在任期間等」記載のとおり,平成23年6月から監査役に就任していたことが認められるが,監査役も取締役と同様,会社に対する善管注意義務を負っており(会社法330条,民法644条),取締役が不正行為をし,若しくは当該行為をするおそれがあるときは,遅滞なく取締役会に報告しなければならない義務(会社法382条)等を負っているものと解される。
そして,前記(1)の認定事実によれば,被告A7は,被告A8らとともに損失分離スキームを構築・維持するために具体的な手法を策定・実施するなどの実務作業を担っており,これによって会社原告は簿外の損失を保有し続けることができたこと,被告A7は,本件国内3社の株式取得及びジャイラスの配当優先株の買取り等が損失分離状態を解消するために実行されたものであることを知悉していたこと,被告A7は,Bと被告A8との間の本件各レターその他のメールのやり取りを認識し,被告A8が事実に反して何らの疑惑はないという立場で応対していることも認識していたこと,それにもかかわらず,被告A7は,Bが本件レターⅥによって被告A6及び被告A8の辞任を求めた直後,被告A6が招集したH弁護士の法律事務所における集まりに参加し,翌日の10月14日取締役会における同人の解職に異論を述べず,解職決議にも賛成したことが認められるから,被告A7は,被告A6が,Bの追求による損失分離スキームの発覚を防ぐことを主たる目的として同人を解職する旨の議案を10月14日取締役会に提案したことを認識していたと推認するのが相当である。
そうであるとすれば,被告A7は,そのような被告A6の違法行為を阻止するため,取締役会や監査役会にその旨報告するなどの措置を採る義務を負っていたというべきであるにもかかわらず,実際には何らの措置を採らなかったのであるから,会社原告に対する善管注意義務に違反するものとして,任務懈怠の責任を免れない。
(3)争点(4)イ(損害の発生の有無)について
ア 前記(1)の認定事実によれば,会社原告は,平成23年10月14日,Bを代表取締役及び社長執行役員・CEOから解職したことを公表したこと,会社原告の株価は,当該公表前には概ね2400円前後で推移していたものの,公表当日の終値は2045円に下落し,翌週にはさらに,終値が1555円,1417円,1389円などと下落した上,本件第三者委員会の設立を準備している旨を公表した同月21日には終値が1231円となり,更にその翌週の同月24日には終値が1099円に下落していることが認められる。
このような株価の下落をもって,直ちに会社原告に損害が生じたものということはできないものの,Bの解職前後における上記の株価の下落状況に加え,前記(1)の認定事実によれば,Bを代表取締役及び社長執行役員・CEOから解職することは,同人が指摘していた疑惑を隠蔽するためになされたとの見方をされてもやむを得ないものであること(B自身,対外的に,過去の企業買収における不明朗な支出を追及したのが解職の理由であったと主張した。),実際に,Bの解職を受けて,会社原告の経営の混乱や迷走,コーポレートガバナンス(企業統治)の体制や法令遵守の姿勢の欠如を指摘する多数の新聞報道がされ,会社原告は,その後,各種プレスリリースや本件第三者委員会の設置等の対応を強いられたことなどが認められるから,これらの事情を総合すれば,会社原告には,Bの解職によって,信用毀損による損害が生じたものというべきである。
そして,当該損害の性質上,その額を立証することは極めて困難であるといえるから,民事訴訟法248条により,その損害額は,会社原告主張の1000万円であると認定するのが相当である。
イ これに対し,株主原告は,当該損害額が10億円を下回らない旨を主張する。Bの解職によって会社原告に信用毀損による損害が生じたというべきであることは,前記認定・説示のとおりであるが,前記のような事情を総合しても,Bの解職により会社原告に生じた損害が10億円を下回らないとまで断ずることはできず,他に株主原告の主張を的確に裏付ける証拠はないから,上記主張は採用することができない。
4 第6類型(剰余金の配当等関係)について
(1)認定事実
ア 第139期事業年度から第140事業年度までの間の期末配当の実施
(ア)平成19年3月期
会社原告の第983回取締役会は,平成19年5月8日開催され,配当総額を64億8772万3272円,効力発生日を同年6月29日とする剰余金の配当を定時株主総会に上程する議案が承認可決された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の1)
当該配当議案は,平成19年6月28日開催された会社原告の定時株主総会において原案のとおり承認可決され,前記前提事実(2)ア(ア)記載のとおり配当が実施された。なお,前記(1)の認定事実(2)ア(ア)記載の実際の配当額(64億6483万4177円)が当該定時株主総会で決議された配当額よりも低額であるのは配当金を受領しない株主が存在したためである(以下の(イ)ないし(エ)の期末配当及びイの中間配当についても同様である。)。(甲Aカ7の1,8の1・2,16)
(イ)平成20年3月期
会社原告の第1002回取締役会は,平成20年5月8日開催され,配当総額を54億0478万3360円,効力発生日を同年6月30日とする剰余金の配当を定時株主総会に上程する議案が承認可決された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の2)
当該配当議案は,平成20年6月27日開催された会社原告の定時株主総会において原案のとおり承認可決され,前記前提事実(2)ア(イ)記載のとおり配当が実施された(甲Aカ7の2,9の1・2,16)。
(ウ)平成22年3月期
会社原告の第1037回取締役会は,平成22年5月11日開催され,配当総額を40億4952万7545円,効力発生日を同年6月30日とする剰余金の配当を定時株主総会に上程する議案が承認可決された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の3)
当該配当議案は,平成22年6月29日開催された会社原告の定時株主総会において原案のとおり承認可決され,前記前提事実(2)ア(ウ)記載のとおり配当が実施された(甲Aカ7の3,10の1・2,16)。
平成23年3月期
会社原告の第1055回取締役会は,平成23年5月11日開催され,配当総額を40億0401万9900円,効力発生日を同年6月30日とする剰余金の配当を定時株主総会に上程する議案が承認可決された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の4)
当該配当議案は,平成23年6月29日開催された会社原告の定時株主総会において原案のとおり承認可決され,前記前提事実(2)(2)ア(エ)記載のとおり配当が実施された。また,同株主総会においては,被告A9を取締役に選任する議案も承認可決され,同株主総会は,同日午前11時26分に閉会した。会社原告は,同日午後3時46分に,本件有価証券報告書を提出した。(甲Aカ7の4,11の1・2,16,甲Aク4,弁論の全趣旨)
イ 第139期事業年度から第143期事業年度までの間の中間配当の実施
(ア)平成19年9月期
会社原告の第993回取締役会は,平成19年11月6日開催され,配当総額を54億0545万4740円,効力発生日を同年12月7日とする中間配当に関する議案が承認可決され,前記前提事実(2)イ(ア)記載のとおり配当が実施された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の5,12の1・2)
(イ)平成20年9月期
会社原告の第1011回取締役会は,平成20年11月6日開催され,配当総額を53億4455万7880円,効力発生日を同年12月5日とする中間配当に関する議案が承認可決され,前記前提事実(2)イ(イ)記載のとおり配当が実施された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の6,13の1・2)
(ウ)平成21年9月期
会社原告の第1028回取締役会は,平成21年11月6日開催され,配当総額を40億4955万5925円,効力発生日を同年12月4日とする中間配当に関する議案が承認可決され,前記前提事実(2)イ(ウ)記載のとおり配当が実施された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の7,14の1・2)
(エ)平成22年9月期
会社原告の第1046回取締役会は,平成22年11月5日に開催され,配当総額を40億4950万9830円,効力発生日を同年12月3日とする中間配当に関する議案が承認可決され,前記前提事実(2)イ(エ)記載のとおり配当が実施された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の8,15の1・2)
ウ 自己株式取得の実施
(ア)会社原告の第1002回取締役会は,平成20年5月8日開催され,会社原告の普通株式350万株(上限)を100億円(上限)で取得する旨の自己株式取得に関する議案が承認可決された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の2)
会社原告は,上記取締役会決議に基づき,前記前提事実(2)ウ(ア)記載のとおり,平成20年5月9日から同年6月20日にかけて,会社原告の株式295万8000株を総額99億9773万円で取得した(甲Aカ4の1・2)。
(イ)会社原告の第1046回取締役会は,平成22年11月5日開催され,会社原告の普通株式500万株(上限)を100億円(上限)で取得する旨の自己株式取得に関する議案が承認可決された。被告A6,被告A7及び被告A8は,当該取締役会に出席し,同議案に賛成した。(甲Aカ6の8)
会社原告は,上記取締役会決議に基づき,前記前提事実(2)ウ(イ)記載のとおり,平成22年11月8日から同年12月20日にかけて,会社原告の株式422万2700株を総額99億9522万7400円で取得した(甲Aカ4の3・4)。
エ 会社原告における剰余金配当の事務等
会社原告においては,総務部企業法務グループが剰余金の配当等の事務を担当しており,総務部を所轄するのはコーポレートセンター長であった。被告A9は,平成23年3月期の期末配当の事務手続が行われた当時,コーポレートセンター長の地位にあった。
会社原告においては,期末配当を実施する方法には,配当金領収書により配当を受領する方法と振込みにより配当を受領する方法とが存在したところ,会社原告は,いずれの方法による場合においても,株主への配当金領収書の送付や金融機関への振込手続を株主名簿管理人であった中央三井信託銀行(現三井住友信託銀行。以下「中央三井信託」という。)に依頼していた。同依頼は,株主総会において配当決議がされる前に行われており,中央三井信託の担当者が株主総会に立ち会って配当決議がされたことを確認し次第,依頼された事務手続を実行してすることとされており,配当決議がされた後に会社原告の担当者が何らかの行為をすることは予定されていなかった。(甲Aカ2,甲Aキ45,乙F1,証人U)
(2)争点(被告A6,被告A7及び被告A8の会社法462条1項の責任の有無)について
ア 証拠(甲Aカ1の1~5,3の1~5)によれば,本件剰余金の配当等について,会社原告の提出した訂正後の有価証券報告書に従って分配可能額を算出すると,別紙10「訂正後の財務諸表における分配可能額」記載のとおり,本件剰余金の配当等は,いずれもその効力を生ずる日における分配可能額を超えて行われたものと認められる。
イ そして,前記(1)の認定事実によれば,被告A6,被告A7及び被告A8は,本件剰余金の配当等のうち,平成19年3月期,平成20年3月期,平成22年3月期及び平成23年3月期の各期末配当を定時株主総会に上程する議案について,各取締役会において決議に賛成しているから,「当該株主総会に係る総会議案提案取締役」(会社法461条1項8号,462条1項6号イ)に該当する。
ウ また,前記(1)の認定事実によれば,被告A6,被告A7及び被告A8は,本件剰余金の配当等のうち,平成19年9月期,平成20年9月期,平成21年9月期及び平成22年9月期の各中間配当について,これらの議案が審議された各取締役会において剰余金の配当に賛成しているから,「当該行為に関する職務を行った業務執行者」(会社法461条1項8号,462条1項柱書,会社計算規則159条8号ハ)に該当する。
エ さらに前記(1)の認定事実によれば,被告A6,被告A7及び被告A8は,本件剰余金の配当等のうち,平成20年5月及び平成22年11月の自己株式の取得について,これらの議案が審議された各取締役会において同株式の取得に賛成しているから,「当該行為に関する職務を行った業務執行者」(会社法461条1項2号,462条1項柱書,会社計算規則159条2号ハ)に該当する。
オ したがって,被告A6,被告A7及び被告A8は,会社法462条1項に基づき,会社原告に対し,連帯して,本件剰余金の配当等により,株主に対して交付された金銭合計586億7596万8936円(平成23年3月期の期末配当に係る金額:39億9211万1088円,その余の本件剰余金の配当等に係る金額:合計546億8385万7848円)を支払う義務を負う。
(3)争点(5)(被告A9の会社法462条1項の責任の有無)について
ア 前記(1)の認定事実によれば,たしかに,被告A9は,平成23年3月期の期末配当の議案が承認可決された平成23年6月29日開催の定時株主総会で取締役に選任されたこと,会社原告において,剰余金の配当の事務手続を担当するのは総務部企業法務グループであり,被告A9は,当該期末配当の事務手続が実施された当時,総務部を所轄するコーポレートセンター長の地位にあったことが認められるが,他方,会社原告における期末配当の事務手続は,配当金領収書を株主に送付する方法による場合と振込みによる方法を用いる場合のいずれであっても,株主総会前に必要な事務手続は完了しており,株主総会に立ち会った株主名簿管理人である中央三井信託の担当者が配当決議がされたことを確認し次第,依頼された事務手続を実行することとなっていたのであって,株主総会後に,配当実施のため,コーポレートセンター長であった被告A9が指示ないし決裁するなど,会社原告側の手続がされることは予定されていなかったことが認められる。
そうすると,被告A9が,取締役として選任された後に作為によって剰余金の配当による金銭の交付に関する職務を行ったということはできないから,この点から,被告A9が「剰余金の配当による金銭等の交付に関する職務を行った取締役」(会社計算規則159条8号イ)に当たるということはできない。
イ また,本件全証拠に照らしても,被告A9が,取締役として選任された後に,前記配当を中止するための措置を採ったことはうかがわれないが,前記(1)の認定事実によれば,被告A9は平成20年6月から平成22年6月まで,会社原告を退職する形でITXに勤務していたことが認められ,証拠(被告A9本人)によれば,損失分離スキームの実行を裏付ける資料等を所持していなかったことが認められるから,これらの事情によれば,前記配当が実施されるまでの限られた時間で,違法配当の前提となる分配可能額の有無及び額を確認し,被告A6や他の取締役等に進言するなどの行為を行う時間的猶予があったということはできず,取締役就任後に平成23年3月期の期末配当を中止させることは極めて困難であったというべきである(原告らは,被告A9は,少なくとも,配当金領収証送付分及び会社原告の大株主の上位10社程度については,配当を実施しないことが可能であったと主張するが,これを認めるに足りる的確かつ客観的な証拠はない。)。
そうすると,被告A9は,不作為によって剰余金の配当による金銭の交付に関する職務を行ったと評価することもできないから,この点からも,被告A9が「剰余金の配当による金銭等の交付に関する職務を行った取締役」(会社計算規則159条8号イ)に当たるということはできない。
ウ したがって,被告A9は,平成23年3月期の期末配当に関して,取締役としての責任を負わないものというべきである。
5 第7類型(課徴金・罰金関係)について
(1)承継前被告A1及び被告A5について
ア 争点(6)ア(善管注意義務違反の有無)について
承継前被告A1及び被告A5が,損失分離スキームの構築・維持に関して取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するものとして,会社原告に対する任務懈怠の責任を負うと認められることは,前記1(2)において認定・説示したとおりである。
イ 争点(6)イ(損害の発生及び因果関係の有無)について
(ア)前記前提事実及び前記1(1)の認定事実によれば,承継前被告A1及び被告A5の上記任務懈怠がなければ,損失分離スキームの構築・維持の状態は作出されず,当該状態を前提とする虚偽記載を含む本件有価証券報告書等が提出されることはなく,したがって,会社原告が本件罰金等の支払を余儀なくされることもなかったと認定するのが相当であるから,被告A2ら3名及び被告A5は,当該支払により会社原告が被った損害(合計7億1986万円)を賠償する責任を負うものというべきである。
(イ)これに対し,被告A2ら3名及び被告A5は,まず,法人の受けた罰金や課徴金について取締役個人に賠償責任を課すべきでない旨主張する。しかしながら,被告A5が指摘する金商法207条1項1号及び同法172条の4の各規定の内容や沿革等を考慮しても,取締役の任務懈怠により会社が罰金や課徴金を支払うことを余儀なくされた場合において,会社が当該取締役に対して当該支払額の賠償請求をすることを認めることをもって,上記各規定の趣旨・目的に反するものとは解されない。また,法人である会社に科された罰金について,取締役に当該会社に対する損害賠償責任を課したとしても,そのこと自体をもって,二重処罰に当たるということはできないし,法人を個人とは別に罰した趣旨が全うされないことになるということもできない。したがって,上記主張は採用することができない。
また,被告A2ら3名及び被告A5は,本件有価証券報告書等の提出は,承継前被告A1及び被告A5の退任後に,後任の代表取締役等の選択ないし意思決定によって行われたものであるから,両名の上記任務懈怠と本件有価証券報告書等の提出との間には相当因果関係がない旨主張する。しかしながら,前記1(1)の認定事実によれば,承継前被告A1及び被告A5は,会社原告の社長等として,会社原告の抱える証券投資等の含み損を表沙汰にしない方針を決定し,被告A7らの策定した損失分離スキームに関する具体的な手法を了承するなど,損失分離スキームの構築・維持に関して主導的な役割を果たしたこと,承継前被告A1及び被告A5は,その後,上記行為の影響を排除するための措置を講じたことは全くうかがわれないこと,承継前被告A1及び被告A5の部下として両名の指揮の下で同スキームの維持等に当たった被告A6,被告A7及び被告A8は,承継前被告A1及び被告A5の退任後も,同スキームにより既に形成されていた損失分離状態を維持することとし,そのために虚偽記載のある本件有価証券報告書等を提出するとの判断等をしたことが認められるから,これらの事情によれば,承継前被告A1及び被告A5の在任中の任務懈怠と本件罰金等の支払との間の相当因果関係を否定することはできないものというべきである。
さらに,被告A5は,四半期報告書の虚偽記載が課徴金の対象とする法律改正がされたのは被告A5が退任した後であるから,被告A5の在任中の行為と本件課徴金の支払との間には相当因果関係がない旨も主張するが,そのような事情によって相当因果関係を否定すべきものとは解されない。
ウ したがって,被告A2ら3名及び被告A5は,本件罰金等に係る7億1986万円の損害について,これを会社原告に賠償する責任を負う。
(2)被告A6,被告A7及び被告A8について
ア 争点(6)ア(善管注意義務違反の有無)について
被告A6,被告A7及び被告A8が,損失分離スキームの構築・維持に関して取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するものとして,会社原告に対する任務懈怠の責任を負うと認められることは,前記1(2)において認定・説示したとおりである。
また,会社原告が虚偽記載のある有価証券報告書及び本件四半期報告書を提出したことは,前記前提事実(3)ア記載のとおりであるところ,被告A6,被告A7及び被告A8は,当該有価証券報告書等の作成及び提出を行い又はこれに加功したものであり,取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するものとして会社原告に対する任務懈怠の責任を負うことは明らかである。
イ 争点(6)イ(損害の発生及び因果関係の有無)について
前記前提事実及び前記1(1)の認定事実によれば,被告A6,被告A7及び被告A8の上記任務懈怠がなければ,損失分離スキームが維持されることはなく,これを前提とする虚偽記載を含む本件有価証券報告書等が提出されることはなく,したがって,会社原告が本件罰金等の支払を余儀なくされることはなかったと認定するのが相当であるから,被告A6,被告A7及び被告A8は,当該支払により会社原告が被った損害(合計7億1986万円)を賠償する責任を負うものというべきである。
これに対し,被告A6,被告A7及び被告A8は,被告A2ら3名及び被告A5の主張を援用して,法人に課せられた罰金や課徴金について取締役個人に賠償責任を課すべきでない旨主張するが,かかる主張を採用することができないことは,前記(1)イにおいて認定・説示したとおりである。
(3)被告A9について
ア 争点(6)ア(善管注意義務違反の有無)について
(ア)前記のとおり,被告A9は,平成23年6月29日に開催された定時株主総会において,取締役に選任されたものであり,被告A9が取締役に選任された以降に提出された開示書類は,本件有価証券報告書等のうち,本件有価証券報告書及び本件四半期報告書のみである。
(イ)前記1(1)の認定事実並びに4(1)及び(3)の認定事実によれば,本件有価証券報告書は,平成23年6月29日午後3時46分に提出されたこと,被告A9が同日開催された定時株主総会において取締役に選任されたところ,同株主総会は同日午前11時26分に閉会したこと,被告A9は,その当時損失分離スキームの実行を裏付ける資料等を所持していなかったことが認められるから,被告A9が,取締役に選任された後,本件有価証券報告書が提出されるまでの約4時間のうちに,虚偽記載の前提となる事実関係を確認し,被告A6に進言するなどして本件有価証券報告書の提出を中止させることは極めて困難であったというべきである。
そうすると,被告A9は,本件有価証券報告書の提出に関し,被告A6による業務執行を監視して虚偽記載のない有価証券報告書を提出させるための措置を採るべき注意義務を怠ったとは認められない。
(ウ)これに対し,本件四半期報告書は,平成23年8月11日に提出されたことが認められる(弁論の全趣旨)ところ,被告A9が取締役に就任した同年6月29日から本件四半期報告書が提出された同年8月11日までには1か月以上の十分な時間があり,被告A9は,その間,本件四半期報告書の虚偽記載の前提となる事実関係を確認し,被告A6に進言するなどして本件四半期報告書の提出を阻止することは可能であったというべきであるから,被告A9は,虚偽記載のない本件四半期報告書を提出させるための措置を採るべき注意義務を怠ったものと認められる。
この点に関し,被告A9は,本件四半期報告書の連結純資産額等の記載が間違っているという認識はなかったなどと主張する。しかし,前記1(1)の認定事実によれば,会社原告は,長年にわたり損失分離スキームを構築・維持して含み損を有価証券報告書等に計上しない処理を行っていた上,これを解消するために本件国内3社の株式取得等を利用したこと,被告A9は,損失分離スキームの構築・維持並びに本件国内3社の株式取得に関する実務作業に従事していたことが認められるから,上記のとおり1か月以上の調査・確認期間があれば,本件四半期報告書の記載に虚偽があるか否かを調査し認識することは容易であったといえるのであって,被告A9の上記主張は採用することができない。
(エ)したがって,被告A9は,本件四半期報告書の提出に関してのみ,取締役としての善管注意義務及び忠実義務に違反するものとして,会社原告に対する任務懈怠の責任を負う。
イ 争点(6)イ(損害の発生及び因果関係の有無)について
前記前提事実及び上記アの認定・説示によれば,被告A9の上記任務懈怠がなければ,会社原告が本件四半期報告書の提出に係る本件課徴金1986万円の支払を余儀なくされることはなかったと認定するのが相当であるから,被告A9は,当該支払により会社原告が被った損害(1986万円)を賠償する責任を負うものというべきである。
6 第2事件について
(1)9月30日取締役会における第2事件被告らの善管注意義務違反の有無について
ア 前記前提事実及び前記3(1)の認定事実によれば,①もともとFACTAに掲載された本件各記事は,会社原告の違法行為の存在に関して客観的な根拠を示したものではなく,推測の域を出ない内容であったこと,②Bは,平成23年9月24日から同月28日にかけて,第2事件被告ら(被告A15を除く。)を含む会社原告の取締役等に対し,本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に関する金銭の支払について,「深刻なガバナンスの問題」と記載した本件各レターを送付したところ,被告A8は,本件各レターを受領した当日ないし翌日にはBに対し電子メールを返信するなどして対応していたこと,③その際,被告A8は,Bから回答を求められた本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に関する全ての質問に対して個別に回答しており,その回答内容も一応合理的なものであって,損失分離スキームに関する事情を知らない第2事件被告らが何らかの疑念を抱くものではなかったこと,④被告A8は,Bが提出を求めた資料について,平成21年第三者委員会報告書及びG公認会計士事務所作成に係る本件国内3社の株主価値算定報告書等の英訳を準備するなどして送付したこと,⑤本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収については,平成21年第三者委員会報告書において,取引に不正・違法行為があったとの事情は認識できなかったと結論付けられていること,⑥Bは,9月30日取締役会において,「最終的に私たちは非常に建設的な理解に達したと思います。」,「非常に単刀直入な議論をし,意思決定を行いました。私はこれらの取引の関係者で個人的な利益を得た人は誰もいないことを十分に確信できました。」,「今は前向きに未来に目を向けるつもりであることをはっきりと表明します。」など,本件国内3社の株式取得及びジャイラス買収に関する自身の疑問点が解消したことを明らかにする発言をしていることが認められる。
これらの事情に徴すると,9月30日取締役会の時点で,損失分離スキームに関する事情を知らない第2事件被告らにおいて,Bの指摘を踏まえて違法行為の有無について調査するなどの対応を要するほどに違法行為の疑いが強まっていたとはいえないから,同時点で,第2事件被告らに善管注意義務違反があったとはいうことはできない。
イ なお,第2事件被告らのうち一部の者が,本件国内3社の株式取得に係る議案が審議された第999回取締役会及びジャイラスの配当優先株の買取りに係る議案が審議された第1034回取締役会に出席し,これらの議案に賛成していることは,前記2(1)記載のとおりであるが,当該被告らは,これらの議案提出の動機である損失分離スキームの解消についての認識を有していなかったのであるから,上記事実をもって,前記認定を左右するに足りるものではない。
ウ また,被告A15は,本件レターⅠ~Ⅲの日本語訳並びに本件レターⅣ及びⅤの英文部分及び日本語訳を受領した事実を否認するところ,仮に被告A15がこれらを受領していたとしても,9月30日取締役会の時点において義務違反が認められないことは,前記認定・説示のとおりであるから,いずれにせよ被告A15に善管注意義務の違反があったということはできない。
(2)10月14日取締役会における第2事件被告ら(被告A17及び被告A19を除く。)の善管注意義務違反の有無について
ア 前記3(1)の認定事実によれば,①Bは,9月30日取締役会の後,第2事件被告ら(被告A15を除く。)を含む会社原告の取締役等に対し,PwC中間報告書を添付した本件レターⅥを送付したこと,②PwC中間報告書は,会社原告と利害関係のない第三者の立場から,ジャイラス買収等に係る金銭支払の適法性を検証したものであるところ,「現段階では不適切な行為が行われた可能性を排除することはできないと考えられる。」と結論付けるものであったこと,③PwC中間報告書がそのように結論付けた根拠についても,FA報酬が買収総額の6.25パーセントと設定されているのは明らかに高額であること,AXAMに対してどのような財務デューディリジェンスが実施されたか不明瞭であることなど,ある程度具体的に示していることが認められるから,10月14日取締役会の時点においては,9月30日取締役会の時点に比して,違法行為の存在に関する疑いは一定程度強まっていたというべきである。このような状況において,疑惑を追及していた本人であるBを解職することは,疑惑の解明という観点からは最善の選択とはいい難い。
イ しかしながら,他方,前記3(1)及び(2)アの認定事実によれば,Bについては,各事業体の長に相談せずに独断で人事等を決めたり日本を不在にする期間が長いといった行動等が見られ,少なからぬ会社原告の取締役が,Bの代表取締役及び社長執行役員・CEOとしての適格性に問題があると認識していたことがうかがわれること,9月30日取締役会に至るまでの被告A8の対応は,損失分離スキームに関する事情を知らない第2事件被告らにとって,一見して不合理なものではなかったこと,Bが,9月30日取締役会において,「私はこれらの取引の関係者で個人的な利益を得た人は誰もいないことを十分に確信できました。」などと発言し,自身の追求していた疑問が解消した旨の態度を一旦は表明していたこと,Bが入手したPwC中間報告書も,上記結論部分に先立ち,「不適切な行為が行われたと確信することはできない」と記載して,会社原告の過去の買収案件に関する違法ないし不適切行為の存在を断言したものではないことが認められ,これらの事情に徴すると,10月14日取締役会の時点においても,Bの指摘する違法行為の存在が,株主原告の主張するようにほぼ確実な程度にまで明確になっていたとはいうことはできない。
さらに,前記3(1)の認定事実によれば,平成23年10月13日のH弁護士の法律事務所における打合せにおいても,被告A6が資質上の問題からBを解職する意向を有している旨を明らかにし,H弁護士がそのための手続を説明したにすぎないことが認められ,損失分離スキームの認識を有していなかった第2事件被告らが,疑惑の追及を免れるという被告A6の意図を認識し得るようなやり取りがあったわけではないことをも併せ考慮すれば,10月14日取締役会の時点において,当該取締役会に出席した第2事件被告らに,被告A6及び被告A8に対し,より詳細な調査結果が判明するまで自宅待機を勧告し,あるいは,Bの解職に反対するなど,Bの調査に対する妨害を回避するための方策等を採るべき義務があったとまでいうことはできない。
ウ なお,被告A15は,PwC中間報告書を受領した事実を否認するところ,仮に被告A15がこれを受領していたとしても,10月14日取締役会の時点において義務違反が認められないことは前記認定・説示のとおりであるから,いずれにせよ被告A15に善管注意義務の違反があったということはできない。
エ したがって,10月14日取締役会に出席した第2事件被告らに善管注意義務の違反があったと認めることはできない。
(3)10月14日取締役会に出席しなかった被告A17及び被告A19の善管注意義務違反の有無について
ア 前記前提事実及び前記3(1)の認定事実によれば,被告A17及び被告A19は,10月14日取締役会に出席しておらず,被告A6がBを解職する意向である旨を明らかにした平成23年10月13日のH弁護士の法律事務所における打合せにも参加していなかったこと,Bは,被告A17及び被告A19宛てにも本件レターⅥ及びPwC中間報告書を添付した電子メールを送付していることが認められるが,本件レターⅥ及びPwC中間報告書の内容から,10月14日取締役会においてBの解職議案が提出されることが直ちに判明しあるいはこれを推測することができたということはできず,他に,被告A17及び被告A19が,10月14日取締役会においてBの解職議案が提出されることを覚知することができたことを認めるに足りる証拠はないから,同被告らがあらかじめBの解職に反対である旨を表明すべきであったとの株主原告の主張は,その前提を欠くものである。
イ また,前記3(1)の認定事実によれば,もともと,被告らの間では,Bの代表取締役及び社長執行役員・CEOとしての資質が問題であるとして,議論の対象となり得る状況にあったことが認められることに加え,会社原告は,平成23年10月21日には,本件第三者委員会の設置を準備している旨を公表し,同年11月1日には同委員会を設置するとともにその旨を公表したこと,その間,同年10月26日には,被告A6が会社原告の代表取締役会長及び社長執行役員の役職を返上して取締役になり,さらに同年11月24日付けで,被告A6及び被告A8が会社原告の取締役を辞任し,被告A7が監査役を辞任したことが認められ,10月14日取締役会の1週間後以降は,会社原告自身による疑惑の解明に向けての動きが進んだというのであるから,被告A17及び被告A19が,10月14日取締役会の後において,Bの解職決議がされたことに異議を述べるなどの義務があったということもできない。
ウ したがって,被告A17及び被告A19にBの解職に係る善管注意義務違反があったということはできない。
7 抗弁について
(1)争点(8)ア(消滅時効の抗弁の成否(第1類型及び第2類型関係))について
前記1で認定・説示したとおり,第1類型(金利・運用手数料関係)については,任務懈怠との相当因果関係のある損害の発生が認められず,また,第2類型(ITX株式運用損関係)については,承継前被告A1,被告A5及び被告A6の任務懈怠が認められず,いずれも損害賠償請求権が認められないため,消滅時効の抗弁について判断することを要しない。
(2)争点(8)イ(信義則ないし過失相殺の抗弁の成否(第1類型,第3類型,第4類型及び第7類型関係))について
被告A7,被告A8及び被告A9は,会社原告の指示に従って損失分離スキームに関する実務作業等に従事していたにすぎないとして,会社原告による損害賠償請求は信義則に反する旨や過失相殺の規定を類推適用すべきである旨を主張する。
たしかに,証拠(乙D4,E1,被告A7本人,被告A8本人,被告A9本人)によれば,被告A7,被告A8及び被告A9は,程度の差はあるものの,会社原告の上司であった承継前被告A1,被告A5又は被告A6の指示により,損失分離スキームに実行等の作業に従事していたことが認められる。しかしながら,本件の損失分離スキームの構築,維持等が社会的に容認されない行為であることは当時から明らかであったところ,これらを行うことについて会社原告の正式な機関決定はなかったものであり(たとえ会社原告の歴代の社長や会長の指示があったとしても,そのことをもって,会社原告の指示があった場合と同視することはできない。),そのことを被告A7,被告A8及び被告A9は知悉していたことは,前記認定・説示のとおりである。本件において,被告A7,被告A8及び被告A9は,同被告らが会社原告の取締役又は監査役の地位にあった期間中の任務懈怠の責任が問われているところ,そのような地位に就いた同被告らは,使用人であった時とは異なり,代表取締役等の職務執行を監視・監督し,違法行為等があればこれを是正する義務を負っていたのであるから,たとえ会社原告の歴代の社長や会長(承継前被告A1,被告A5及び被告A6)の強い指示等があったとしても,そのことをもって,会社原告による損害賠償請求が信義則に反し,あるいは過失相殺の法理により損害額を減額しなければならない事情があるということはできない。このことは,被告A7や被告A9が歴代の社長や会長に対して損失の開示を進言したことがあったとしても,異なるものではない。
したがって,被告A7,被告A8及び被告A9の上記主張は採用することができない。
(3)争点(8)ウ(権利濫用の抗弁の成否(第6類型関係))について
仮に,本件剰余金の配当等の当時の会社原告について,連結会計上は分配可能額があり,子会社からの配当金を受領して配当を実施することが可能であったとしても,あるいは,現時点において会社原告単体の分配可能額がゼロを上回っており,剰余金の配当も行われているとしても,これらの事情をもって,原告らの会社法462条に基づく請求が権利濫用に当たると断ずることはできない。
したがって,被告A7,被告A8及び被告A9の主張は採用することができない。
8 各請求のまとめ
(1)第1事件及び第4事件
ア 第1類型(金利・運用手数料関係)について
前記1で認定・説示したとおり,本件金利及び本件ファンド運用手数料等に関して会社原告に損害が生じたとは認められないから,原告らの第1類型に係る請求は理由がない。
イ 第2類型(ITX株式運用損関係)について
前記1で認定・説示したとおり,ITX株式の取得に関して承継前被告A1,被告A5及び被告A6に任務懈怠は認められないから,原告らの第2類型に係る請求は理由がない。
ウ 第3類型(国内3社株式取得関係)について
前記2(3)アで認定・説示したとおり,本件国内3社の株式取得に関して会社原告に損害が生じたとは認められないため,原告らの第3類型に係る請求は理由がない。
エ 第4類型(ジャイラス関係)について
前記2(3)イで認定・説示したとおり,ジャイラス買収に関して会社原告に損害が生じたとは認められないから,原告らの第4類型に係る請求は理由がない。
オ 第5類型(疑惑発覚後の対応関係)について
前記3で認定・説示したとおり,被告A6,被告A7,被告A8及び被告A9は,疑惑発覚後の対応に係る任務懈怠により,会社原告に1000万円の損害を与えたと認められるから,会社原告の第5類型に係る請求は全部理由がある。株主原告の第5類型に係る請求は,上記の限度で理由があるが,その余は理由がない。
カ 第6類型(剰余金の配当等関係)について
(ア)被告A6,被告A7及び被告A8について
前記4で認定・説示したとおり,被告A6,被告A7及び被告A8は,分配可能額を超える本件剰余金の配当等合計586億7596万8936円(①546億8385万7848円,②39億9211万1088円)について会社法462条1項の金銭支払義務を負うから,原告らの同被告らに対する請求は全部理由がある。
なお,遅延損害金の起算日については,会社原告は,上記被告ら各人についてそれぞれに対する訴状送達日の翌日とし,株主原告は,上記被告ら全員について(前記被告らのうち訴状送達日の最も遅い)被告A6に対する訴状送達日の翌日としているため,原告らの請求は,上記①のうち10億円に対しては,被告A6については平成24年2月2日から,被告A7については同年1月30日から,被告A8については同月29日から,上記①の残額536億8385万7848円に対しては,いずれの上記被告らについても同年2月2日から,また,上記②のうち1億円に対しては,被告A6については同日から,被告A7については同年1月30日から,被告A8については同月29日から,上記②の残額38億9211万1088円に対しては,いずれの上記被告らについても同年2月2日から,それぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があることとなる。
(イ)被告A9について
前記4で認定・説示したとおり,被告A9は本件剰余金の配当等に関して会社法462条1項の責任を負わないため,原告らの被告A9に対する請求は理由がない。
キ 第7類型(課徴金・罰金関係)について
(ア)被告A2ら3名について
前記5で認定・説示したとおり,承継前被告A1は,その任務懈怠により,会社原告に,本件罰金等に係る7億1986万円の損害を与えたものであり,会社原告に対して同額の損害賠償債務を負っていたところ,被告A2ら3名は承継前被告A1の地位を相続したため,会社原告の被告A2ら3名に対する第7類型に係る請求(一部請求)は全部理由がある。ただし,前記前提事実記載のとおり,被告A2ら3名は,東京家庭裁判所に対して限定承認の申述をし,同裁判所によりこれが受理されているから,限定承認の抗弁が認められ,承継前被告A1から相続した財産の存する限度でのみ責任を負う。
(イ)被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8について
前記5で認定・説示したとおり,被告A5,被告A6,被告A7及び被告A8は,その任務懈怠により,会社原告に,本件罰金等に係る7億1986万円の損害を与えたのであるから,会社原告の同被告らに対する第7類型に係る請求(一部請求)は全部理由がある。
(ウ)被告A9について
前記5で認定・説示したとおり,被告A9は,本件四半期報告書に係る本件課徴金1986万円についてのみ責任が認められるため,会社原告の被告A9に対する第7類型に係る請求は,1986万円及びこれに対する訴えの変更申立書送達日の翌日である平成26年7月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。
(2)第2事件
前記6で認定・説示したとおり,第2事件被告らの任務懈怠は認められないから,株主原告の第2事件に係る請求は理由がない。
第4 結論
以上によれば,原告らの請求は,前記第3の8において理由があると記載した限度でこれを認容し,その余は理由がないのでこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第8部
(裁判長裁判官 大竹昭彦 裁判官 小川惠輔)
裁判官 秋吉信彦は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官 大竹昭彦
別紙
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