「成果報酬 営業」に関する裁判例(74)平成19年12月 6日 東京地裁 平17(ワ)4209号 不当利得返還請求事件
「成果報酬 営業」に関する裁判例(74)平成19年12月 6日 東京地裁 平17(ワ)4209号 不当利得返還請求事件
裁判年月日 平成19年12月 6日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平17(ワ)4209号
事件名 不当利得返還請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2007WLJPCA12068001
要旨
◆自宅改修の際に被告との間で設計管理を依頼する業務委託契約を締結した原告が、主位的に債務不履行解除、予備的に注文者の解除権(民法六四一条、六五一条)に基づき、被告に対し、契約締結時に支払った報酬の返還を求めた事案につき、玄関の階段の設計に関して原告の要望を実現しなかった点について被告の債務不履行を認めたものの、これは契約の目的達成に必要不可欠な要素とは言い難いとして、債務不履行解除を認めなかったが、他方、注文者による解除を認め、被告の出来高による損害賠償を控除した限度で、請求の一部を認容した事例
参照条文
民法541条
民法545条
民法641条
民法651条
裁判年月日 平成19年12月 6日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平17(ワ)4209号
事件名 不当利得返還請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2007WLJPCA12068001
東京都杉並区〈以下省略〉
原告 X
訴訟代理人弁護士 新保義隆
訴訟復代理人弁護士 栗原由紀子
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告 株式会社アーネスト空間工房
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 中村英示
外2名
主文
1 被告は,原告に対し,金111万0795円及びこれに対する平成17年3月11日から支払ずみまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,原告勝訴部分について,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,420万円及びこれに対する平成17年3月11日から支払ずみまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,自宅の改修を行うにあたり,設計事務所である被告に設計監理を依頼する業務委託契約を締結していたところ,①被告の債務不履行による解除に基づき,②予備的に注文者の解除(民法641条,651条)に基づき,支払ずみの報酬420万円の返還を求めると共に,これに対する訴状送達の日の翌日である平成17年3月11日から支払ずみまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払いを求める事案である。
1 争いのない事実
(1) 被告は,建築設計事務所を営む株式会社である。
(2) 原告は,被告に設計業務等を依頼した個人である。Bは,原告の元夫であり,弁護士である。
(3) 原告と被告は,平成15年7月6日(契約書は同月8日付),建築士業務委託契約を締結し,①原告肩書地にある原告宅(鉄筋コンクリート造2階建)について,1階を賃貸用の共同住宅,2階を自宅として改修(細部は未定)するための設計監理業務を被告に依頼し,②被告の設計業務は同月1日から同年10月末日まで,工事監理業務は同年11月1日から平成16年5月末までに行い,③その報酬として,契約締結時に420万円,設計完了時に420万円,監理開始時に105万円,監理終了時に105万円を支払う旨合意した。
(4) 原告は,被告に対し,平成15年7月9日,上記契約締結時の報酬として420万円を支払った。
(5) 原告とBは,被告に対し,①2階の居間に天窓を設置すること,②1階の貸室内に段差を設けないこと,③玄関から2階に上がる階段は折り返しにしないことを要望していた。
(6) Bは,原告の代理人として,被告に対し,平成16年4月頃,上記3点の要望を履行するよう催告した。
(7) しかし,上記3点の要望は,実現されなかった。
(8) その後,Bは,被告に対し,業務委託契約を解除する旨の意思表示をした。
(9) 本訴において,被告は,原告に対し,解除までの出来高に基づく損害賠償請求権をもって,本訴請求額と対当額で相殺する旨の意思表示をした。
2 争点
(1) 3点の要望が実現しないことについて,被告の責めに帰すべき事由はないか
(被告の主張)
原告が要望した3点が実現されないことについて,被告には責めに帰すべき事由はない。
ア 2階居間の天窓
既存建物は完了検査を受けておらず,検査済証が発行されていなかった。そのため,杉並区役所は,既存建物の構造体を維持したまま増改築しなければ,検査済証は発行できない旨を回答していた。2階居間の上部に天窓を設置することは,既存の構造体である屋根を壊すことになり,完了検査の通らない違反建築となるから,実現は不可能であった。
イ 1階貸室内の段差
賃貸部分に新たに浴室やトイレを設置するには,床下に排水管を通すスペースが必要となる。しかし,既存の床コンクリートは構造体のため削ることができず,また,室内の床全体を上げると費用がかさみ天井高が全体に低くなり一般的でなく,結局,床を部分的に上げ段差を設けることは避けられない。
ウ 玄関の階段
1階から2階に上がる階段を折り返しにしないと,玄関スペースが狭くなってしまう。被告がそれでも良いかどうかを尋ねていたところ,原告がその判断を留保して確答を行わなかった。
(原告の主張)
原告が希望した3条件は,法令上も構造計算上も不適合な設計ではなく,被告から不可能との説明もなかった。被告が作成できなかったのは,設計能力(知識・経験・アイディア等)の不足が原因であり,被告の責めに帰すべき事由がある。実際にも有限会社パワーハウス一級建築士事務所は,3点の条件を充足した改築工事を完了している。
ア 2階居間の天窓
既存構造体を壊しても,それ相応の補強をすれば良いのであり,検査済証は取得できる。また,天窓を設置する際に床スラブに開口を設けることは,構造計算に影響を与えることもない。そもそも天窓は,大規模の修繕や模様替えにあたらないから,建築確認申請の必要はなく,検査済証を取得する必要もない。
イ 1階貸室内の段差
床高を50mmとする図面もあるが,実際には250mmあり,原告の要求は十分に実現できた。被告担当者も地下へ降りる際に床スラブから床までの高さが50mmでないことは当然確認できたし,また,入口を囲う板を外しても容易に分かることである。
ウ 玄関の階段
被告から,玄関スペースが狭くなる等の説明は一切なく,原告は終始一貫してアール階段の設計を要望していた。階段を折返しにしない方が,踊り場がない分だけ玄関は広くなるのである。
(2) 原告の要望が実現しないことは解除原因になるか
(原告の主張)
原告は,被告に対し,前記3点が絶対条件であり,被告の重要な債務の内容になることを明示して設計を発注した。原告はその履行を再三催促したが,被告は明確に拒否し,翻意の可能性は全くなかった。被告は,自らの誤った見解を押し付け,原告の希望を一切考慮しない設計案に終始した。原告の希望を叶えられない設計は,原告にとって何の価値もなく,業務委託契約を解除せざるを得なかった。
(被告の主張)
被告は,原告が主張する3点以外,自宅部分約90坪を2世帯で使用し,それ以外は賃貸部分とするなど,全て原告の要望を反映させた設計図を作成している。しかも,原告の主張するア(2階居間の天窓),イ(1階貸室内の段差)は債務不履行を構成せず,仮にウ(玄関の階段)が債務不履行にあたるとしても,それだけで契約の目的が達成できないとは言えない。
(3) 被告の出来高はいくらか
(被告の主張)
被告の原告に対する報酬請求権は,343万2450円を下回ることはない。昭和54年建設省告示第1206号等に基づく略算方法によると,本件の報酬金は508万0037円であり,被告は調査企画業務,基本設計業務の全ての項目を完了している。そして,規格住宅と異なり,注文住宅の設計では意匠・デザインの発想が設計の大半を占める。被告が手掛けた意匠・デザインの実績は,多くのメディアに取り上げられ高く評価されている。
(原告の主張)
本件の設計監理契約は成果報酬型であり,いくら労務時間を要したり,途中経過図面(打合せ図)を作成しても,成果物(完了した図面)がなければ,報酬は発生しない。建築会社は,施主の意向を最大限に汲み取って設計を進めるべきであるのに,原告が最大の要望としていた3点の条件が実現していない。被告の設計案は原告にとって何らの価値もなく,原告がその後行ったリフォーム工事には全く利用されていない。建設省告示第1206号も,標準の業務人や日数分を報酬請求できるという趣旨ではない。
第3 争点に対する判断
1 被告の帰責事由の不存在について
(1) 2階居間の天窓
争いのない事実,証拠(乙1ないし3,12ないし20,証人B(甲18,19の陳述書を含む,以下同じ),証人C(乙57の陳述書を含む,以下同じ),証人D(乙58の陳述書を含む,以下同じ))によれば,次の事実が認められる。
ア 原告と被告は,平成15年7月6日,本件の業務委託契約を締結した。原告とBは,被告に対し,同月9日頃,2階の自宅部分の居間を吹抜けにし,上に天窓を付け,部屋を明るくして欲しい旨要望した。Bは,弁護士であると同時に建築デザイナーの仕事もし,設計プランを依頼されるなど,建築に関する知識経験を有していた。
イ 被告のD建築士が,同月14日,杉並区役所で調査をしたところ,既存建物は建築確認を経ているものの,建築後の竣工検査を受けておらず,検査済証が交付されていないことが判明した。区の担当者は,Dに対し,竣工後17年近く経っていて,これから検査をする訳にはいかず,検査は必要ないが,竣工検査を受けなかった理由や既存建物が確認図面と相違ない旨の原告の書面が必要になるかもしれない旨を述べた。そして,「リフォームする際は,既存建物の構造体の変更,ハツリは認められないので,既存の構造体をいじらずにプラン計画して下さい。増築部分は既存部分とはエキスパンションで縁を切る形をとってください。」「増築部の検査済みは取れても,既存を含めた検査済み書は取れない可能性があります。」等と説明した。本件の改修工事は,住居の一部を共同住宅として使用するためのもので,建築基準法では,完了検査を経て検査済証の交付を受けなければ,建築物を使用させてはならないものとされていた。そこで,被告の社内では,既存建物の柱,梁,スラブ,壁には触れずに計画する方針がとられた。
ウ Dと被告の営業担当のCは,原告らに対し,同年8月3日頃,リフォーム案を提示した。原告らは,2階居間に吹き抜けや天窓を設けるよう要望したが,Dらは,構造体は壊せない等と説明した。Dらは,同月5日,再び杉並区役所で調査をしたが,担当者からは,既存の構造体を壊すことはできず,構造計算上支障のない壁(間仕切り壁)を壊せるとの説明にとどまった。
エ Dらは,原告らに対し,同年9月6日頃と13日頃,2階居間に吹抜けや天窓のない設計プランを提案した。しかし,Bらは,Dらに対し,同月15日頃,再びそれらを備えた設計を要望した。Dらは,上記要望に応ずることは,2階の屋根を壊し,穴を開け,3階部分を増築することになるから,法的にも構造的にも不可能であると考えた。そして,原告らに対し,天窓を作ると雨漏りの危険があるとの表現も交えながら,壁を壊してはいけないと役所から言われたことを説明した。
上記認定の事実によれば,原告の既存建物には検査済証が交付されていないため,施工後の構造安全性の担保がなく,それらが区役所にも判明した状態にあるから,本件の改修工事を設計監理し,法令上必要な検査済証を原告に得させるためには,区の担当者の意向に配慮しながら慎重に事を運ぶ必要があり,建物の構造体をいじらないようにとの担当者の意向に沿うためには,鉄筋コンクリート造の2階屋根を壊し,居間に天窓を設置することは,当時の状況では不可能であったものと認めることができる。
証人Bは,天窓は既存建物の大規模な模様替えに該当しないので,建築確認を受ける必要はない旨供述する。そして,証拠(甲4(2),証人B)によれば,その後原告は,別の設計事務所と建設会社に依頼し,2階の屋根上に開口部を設け,居間の天窓を設置していることが認められる。しかし,証拠(乙45ないし50,証人B,D)によれば,新しい建物の建築確認申請には,開口部と天窓を設けた場合の構造計算がなく,確認済証の添付図面には開口部や天窓の記載が存在せず,原告は改修後の建物について検査済証の交付を受けていないことが認められる。そこから見ると,原告の建物に現に天窓が設置されているとしても,それは事実行為としての設計や建築にすぎず,原被告間の業務委託契約で期待されていたものとは異なっており,当時被告が置かれていた状況についての論証にはならない。また,証拠(甲6,15)によれば,既存建物を建築した友伸建設株式会社は,既存建物がラーメン構造(柱と梁の構造)である旨説明しており,株式会社園部建築事務所(代表取締役・E)は,採光のため屋根のスラブに開口部を設けても,再計算して配筋の安全性を確認し,不足なら開口廻りに小梁を設ける等の補強を行えば,構造計算の主架構には大きな影響はなく,建築基準法に違反しない旨説明していることが認められる。しかし,これらは,前記の区役所との対応等を度外視して,一般的な構造計算について論じたにすぎないから,前記認定を覆すには足りない。
したがって,被告が,2階居間に天窓を設けて欲しいとの要望に応じられなかったとしても,被告の責めに帰すべき事由は存在しないものと認められる。
(2) 1階貸室内の段差
争いのない事実,前記認定の事実,証拠(甲4(1),5ないし10,14ないし17,23(7),乙40,証人B,C,D)によれば,次の事実が認められる。
ア 本件の改修では,建物1階を賃貸用の共同住宅にするため,増設するトイレや浴室から多数の排水管を新設する必要があった。被告の営業担当であるCは,Bから,平成15年7月頃,「B邸新築工事設計図書」(新井建設一級建築士事務所作成,昭和61年6月28日付け)一冊のコピーを渡された。その中に綴られた同年7月3日付け矩形図には,1階の床下の高さが50mmである旨が記載されていた。Dらは,このスペースでは排水管は敷設できないことから,配管のスペースを設けるために床面の一部を上げ,貸室内に段差が生じる設計案を作成し,同年9月6日頃と13日頃,Bらに提示した。
イ しかし,Bらは,Dらに対し,平成15年9月下旬頃,貸室内には段差を設けないよう要望した。前記(1)のとおり,被告のD建築士らは,杉並区役所の担当者から,同年7月14日や同年8月5日,既存の構造体は壊さず設計するよう説明を受けていた。そこでDらは,段差をなくすため下側のコンクリートスラブをはつる方法は,区役所との関係で不可能であるとの前提に立ち,床面全体を上げる方法は天井が低くなるので,段差を作るしかないことを説明した。しかし,両者の話し合いはまとまらず,平行線をたどった。
ウ 実際には,既存建物の床高には250mm前後の空間があり,そのまま床下に排水管を敷設することが可能であった。上記50mmの図面は実態を反映したものではなく,その原因は明らかになっていない。Bらは,Dらに対し,段差を付けないで欲しいと求めていたが,25cmの框の上に床を張ったという認識はあったものの,現実の床下が何mmであるかとか,図面に問題があること等は述べていなかった。一方,かつて既存建物を施工した友伸建設株式会社にも,「B邸新築工事設計図書」(新井建設一級建築士事務所作成,昭和61年6月28日付け)が保存されていた。その中に綴られた同年7月31日付け矩形図には,床高が250mmである旨が手書きで記載されていた。しかし,上記設計図書は,本訴になってから,原告が取り寄せたものであった。Dらは,既存建物に居住者がいることもあり,建物の床をはがして床高を確認することがないまま,50mmを前提として検討をしていた。
上記認定によれば,1階貸室の床下にそのまま排水管を敷設し,段差を設けない設計をすることは,客観的には可能であったものと認めることができる。しかし,当時の被告担当者にとっては,施主側から渡された新築時の設計図書に50mmの記載があり,現状と異なる原因は不詳であるが,その図面が一般的には準拠すべき資料と考えられるところ,その後の折衝の中でも,施主側から現況や図面に関し,より信頼度の高い別の情報は与えられず,疑いを抱くべき事情も見受けられない中で,段差のない設計作業が進展しなかったことは,やむをえざる事態というべきであって,被告の責めに帰すべき事情はないものと認められる。
原告は,被告担当者が地下へ降りる際に床高が50mmでないことを確認できたし,入口を囲う板を外しても容易に分かる旨主張し,証人Bもこれに沿う供述をする。しかし,上記のような図面の存在,段差をめぐる折衝の経緯,双方の知識能力等に照らすと,被告が床高についてそれ以上の調査解明をしなかったからといって,この部分の設計業務の中断が被告の責任であるとはいえず,原告の主張は採用できない。
したがって,1階貸室内に段差を設けない設計が進められなかったことについて,被告の責めに帰すべき事由は存在しないものと認められる。
(3) 玄関の階段
争いのない事実,前記認定の事実,証拠(甲4(2),5,乙10,12,証人B,D)によれば,次の事実が認められる。
被告のD建築士らは,原告らに対し,平成15年9月6日頃と13日頃,玄関から2階に上がる階段を折り返しとした設計を提案した。これに対し,Bから,Dらに対し,曲面の壁に沿ったアール階段にするよう要望が出された。しかし,Dらは,そのような階段では玄関スペースが狭くなる旨説明し,直ちにアール階段への変更を行わなかった。Bは,被告に対し,平成16年4月頃,上記要望を履行するよう催告したが実現せず,業務委託契約を解除する旨の意思表示をした。原告は,別の業者に依頼し,玄関から2階に至るアール階段を設計してもらい,その施工を終えた。
上記認定によれば,被告がアール階段を設置するための設計を行わなかったことについて,被告の責めに帰すべき事由があると認められる。これについて被告は,狭くなっても良いかを尋ねていたが,原告がその判断を留保して確答しなかった旨主張し,証人Dもこれに沿う供述をする。しかし,上記認定に照らせば,仮に被告が専門的見地からアール階段は相応しくないと考えたにせよ,施主である原告らが明確にアール階段を希望し,半年以上が経過した平成16年4月頃にも催告をして態度を明らかにしており,他に設計の障害となる事情も窺われないから,被告の主張は採用できない。
したがって,被告が,玄関の階段をアール階段にするための設計を進めなかったことについて,被告には責めに帰すべき事由が存在するものと認められ,この点については債務不履行ということができる。
2 被告の不履行と解除原因について
争いのない事実,前記の認定,証拠(甲1,証人B,C,D)によれば,本件の業務委託契約は,原告所有の鉄筋コンクリート造2階建の自宅につき,1階を賃貸用マンション,2階を原告の自宅として改修するための設計及び監理業務で,総報酬は1050万円という大規模なものであること,設計は平成15年7月1日から同年10月末日まで,工事監理は同年11月1日から平成16年5月末までと,いずれも長期にわたる業務が予定され,このうち設計の詳細部分は未定で,原被告間の協議を経て具体化されることが計画されていたこと,本訴で問題とされた3条件は,いずれも契約時に成約された内容ではなく,業務が進捗する中で,被告の提案した設計に対し,原告らから口頭で示された要望の一部であることが認められる。
上記認定によると,被告の債務不履行と評される玄関の階段については,本件の業務委託契約全体の中で,契約の目的達成に必要不可欠な要素とは言い難いから,その不履行を原因とする解除は許されないものと解される(なお,上記の玄関階段に加えて,前述した居間の天窓,貸室内の段差の合計3点について,仮に債務不履行があった場合でも,被告は,原告から依頼された自宅改修のための設計作業のうち,上記3点以外はいずれも原告側の要望を取り入れながら設計業務を進行させていたのであるから,上記3点を理由として,業務委託契約全体を解除することは許されないものと解される。)。
原告は,本件の3点を絶対条件とし,重要な債務の内容になることを明示して設計を発注したのに,その希望が叶わなかったのであるから,被告の設計は原告にとって何の価値もない旨を主張し,証人Bもこれに沿う供述をする。しかし,ある事項が契約の要素たる債務にあたるか否かは,当事者の主観的な意図のみならず,それが契約全体の中で占める重要性を客観的に評価する必要もあるのであって,これに反する原告の主張は採用できない。
したがって,原告は,債務不履行を原因として,被告との業務委託契約を解除することはできない。
3 出来高について
上記のとおり,原告の債務不履行に基づく解除は認められないが,当事者双方は,もはや本件の業務委託契約が存続するものと認識していないことが明らかであるから,原告が行った解除の意思表示をもって,注文者による解除と取り扱うのが相当である。そして,原告が契約締結時に被告に支払った報酬420万円を清算する一方,被告の出来高による損害賠償(民法641条,651条)を控除するものとする。
争いのない事実,証拠(乙10ないし39,41ないし44,55,56,証人C,D),弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
被告は,平成15年7月6日に業務委託契約を締結してから平成16年4月後に契約が解除されるまでの間に,原告やBとの打合せ,法規・現地・役所の調査,プランの作成・修正,その他の作業を経て基本設計を終えた。被告は,平成15年8月から12月までの間,平面図(1,2階),立面図,断面図,面積表,CGパース等を何度も作成し,原告らの要望に応じて変更を加え,できた図面を原告らに交付し,一部は手許に残し,そのため多数の人件費,外注費を負担した。被告が,原告に交付ずみの書面に着目し,平面図,立面図,断面図などを1枚3万5000円,CGパースを1枚10万円等として,試算した出来高は343万2450円である。また,被告が,各作業に従事した担当者の作業時間を試算したところ,その合計は555時間30分であった。さらに,被告が,昭和54年建設省告示第1206号,建設省住指発第148号の建設省住宅局長通達による建築士事務所の業務報酬算定指針に基づく略算方法により試算したところによれば,総工費から算定した標準日数は198日で,その3割相当と仮定して59.4日,標準日額人件費を3万2580円とすると,直接人件費は193万5252円になり,これと同一額の経費,2分の1の額の技術料,消費税を合計したところ,出来高は508万0037円と算定された。
被告が試算した上記の各金額は,訴訟において審理の対象になることを前提に,客観性のある控え目な算出を企図したものと推認されるが,一方で,その多くは被告の資料に基づき被告内部で試算されたもので,原告と合意された金額でないことは否めない。そこで,本訴では,上記の交付ずみ書面から試算した343万2450円を基準に,他の試算方法の存在や,本件における諸般の事情を総合し,その9割である308万9205円をもって出来高とするのが相当である。
原告は,要望した3条件を実現しない設計案は,原告にとって何の価値もなく,原告が他の業者に行わせた設計や施工にも利用されておらず,成果物がなければ報酬は発生しない旨主張する。しかし,民法641条,651条は,清算を要する賠償の範囲として,請負人が既に支出した費用と,仕事の完成により収得したであろう利益を想定しているのであり,上記主張は採用できない。
4 結論
よって,本訴請求は,契約時に支払ずみの報酬額420万円から,被告の出来高308万9205円を控除した残額である111万0795円及びこれに対する遅延損害金の限度で理由があり,その余は理由がない。
(裁判官 齊木利夫)
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