「営業支援」に関する裁判例(133)平成19年 1月30日 東京地裁 平15(ワ)14342号 債務不存在確認等請求事件、同反訴請求事件、損害賠償請求事件
「営業支援」に関する裁判例(133)平成19年 1月30日 東京地裁 平15(ワ)14342号 債務不存在確認等請求事件、同反訴請求事件、損害賠償請求事件
裁判年月日 平成19年 1月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平15(ワ)14342号・平17(ワ)1426号・平17(ワ)2157号
事件名 債務不存在確認等請求事件、同反訴請求事件、損害賠償請求事件
裁判結果 第1事件本訴認容・反訴一部認容、第2事件一部認容 文献番号 2007WLJPCA01308033
要旨
◆原告が、被告会社に対し、売買基本契約に基づきコンピューターなどを販売したことによる売掛金債権から同契約に基づき原告が同被告から預託を受けた保証金の返済債務を差し引いた後の残額及び同被告が期限の利益を喪失した後の日からの約定の遅延損害金の支払いと、被告会社の代表取締役である被告Y1に対し、保証債務の履行として同額の金員の支払いを求めた事案で、保証債務の成立を認めて原告の請求を認容した事例(第1事件)
◆被告会社に出向中の原告の従業員である第2事件被告Y2及び被告Y3により、買い受け見込みのある顧客情報が持ち出されたことから、被告会社が見込顧客から得べかりし粗利益相当額等の損害を被ったとして、原告に対し、使用者責任に基づいて損害賠償等を求めた事案で、原告の被告Y2に対する使用者責任は認められるが、被告Y3は被告会社に出向中であり原告との間に指揮監督関係は認められず、被告会社らが原告に対し第1事件の損害賠償請求等を負担していても、使用者責任に基づく損害賠償請求をすることが権利の濫用又は信義則違反とはならないとして、反訴請求を一部認容した事例(反訴事件)
◆被告会社が第2事件被告Y2、Y3、Y4、第2事件被告会社に対し、被告会社の取締役であった訴外の者と共謀して、被告会社の顧客情報を持出したことにより第2事件被告会社の売上を上げさせ、その分被告会社が損害を被ったとして、共同不法行為による損害賠償等を求めた事案で、第2事件被告らには一部の顧客情報において少なくとも被告会社の情報であるとの未必的な認識があったとして共同不法行為の成立を認めたが、他方、被告会社の過失もあるとして過失相殺をし、被告会社の請求を一部認容した事例(第2事件)
参照条文
民法1条2項
民法1条3項
民法509条
民法715条
民法719条1項
民法722条2項
裁判年月日 平成19年 1月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平15(ワ)14342号・平17(ワ)1426号・平17(ワ)2157号
事件名 債務不存在確認等請求事件、同反訴請求事件、損害賠償請求事件
裁判結果 第1事件本訴認容・反訴一部認容、第2事件一部認容 文献番号 2007WLJPCA01308033
平成15年(ワ)第14342号 債務不存在確認等請求事件(第1事件)
平成17年(ワ)第1426号 同反訴請求事件
平成17年(ワ)第2157号 損害賠償請求事件(第2事件)
東京都品川区〈以下省略〉
第1事件原告(反訴被告) 東芝テック株式会社(以下「原告」という。)
同代表者代表取締役 A
東京都世田谷区〈以下省略〉
第2事件被告 Y1(以下「第2事件被告Y1」という。)
東京都北区〈以下省略〉
第2事件被告 Y2(以下「第2事件被告Y2」という。)
東京都墨田区〈以下省略〉
第2事件被告 株式会社ピーエフシステム
(以下「第2事件被告ピーエフシステム」という。)
同代表者清算人 B
千業県野田市〈以下省略〉
第2事件被告 Y3(以下「第2事件被告Y3」という。)
(上記4名をまとめて以下「第2事件被告ら」という。)
上記5名訴訟代理人弁護士 伊藤哲郎
東京都練馬区〈以下省略〉
第1事件被告(反訴・第2事件原告) 株式会社テックス(以下「被告テックス」という。)
同代表者代表取締役 Y4
東京都板橋区〈以下省略〉
第1事件被告 Y4(以下「被告Y4」という。)
(上記両名をまとめて以下「被告ら」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 本多清二
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,4591万0870円及びこれに対する平成15年10月2日から支払済みまで100円につき日歩8銭の割合による金員を支払え。
2 第2事件被告ら及び原告は,被告テックスに対し,連帯して,112万2180円及びこれに対する平成9年5月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 第2事件被告Y2は,被告テックスに対し,36万円及びこれに対する平成9年5月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告テックスのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,第2事件被告らに生じた費用の5分の1を同被告らの負担とし,その余の費用を被告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 第1事件
主文第1項と同旨。
2 反訴,第2事件
原告及び第2事件被告らは,被告テックスに対し,連帯して,768万9920円及びこれに対する平成9年5月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
(1) 第1事件本訴請求は,原告が被告テックスに対し,売買基本契約に基づき原告が同被告に対しコンピューターなどを販売したことによる売掛金債権から上記契約に基づき原告が同被告から預託を受けた保証金の返還債務を差し引いた後の残額及び同被告が期限の利益を喪失した後の日からの約定の遅延損害金の支払並びに被告Y4に対し,保証債務の履行として同額の金員の支払を求めた事案である。
(2) 反訴事件は,被告テックスが原告に対し,原告の従業員である第2事件被告Y1及び同被告Y2により,買受け見込みのある顧客の情報(以下「見込顧客情報」という。)が持ち出され,それにより被告テックスが上記見込顧客から得べかりし粗利益相当額等の損害を被ったとして,使用者責任に基づいて損害賠償及び最後の不法行為日の後からの遅延損害金の支払を求めた事案である。
(3) 第2事件は,被告テックスが第2事件被告らに対し,第2事件被告らが被告テックスの取締役であったC(以下「C」という。)と共謀の上,上記(2)の情報持出しにより第2事件被告ピーエフシステムに売上を上げさせ,上記(2)の損害を被ったとして,共同不法行為による損害賠償及び最後の不法行為日の後からの遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提となる事実(争いのない事実については,末尾に証拠を掲記しない。)
(1) 原告は,事務用コンピューター等の製造販売を業とし,被告テックスは,事務用コンピューターの販売を業とする株式会社である。被告Y4は,被告テックスの代表取締役である。
(2) 原告と被告らは,昭和61年7月30日付け売買基本契約及び平成7年12月7日付け売買基本契約(原告の商号変更に伴って書き換えられたもの)を締結し(以下これら契約を「本件売買基本契約」という。),被告テックスは原告の販売代理店となり,被告Y4は,被告テックスが本件売買基本契約に基づく売買によって原告に対して負担する債務を連帯保証した。本件売買基本契約には,被告らの財産に対し,競売の申立てがあったときは,原告は,催告を要せず本件売買基本契約を解除できるとし,その場合,被告テックスは,売掛金全額についての期限の利益を喪失する旨の約定がある。また,本件売買基本契約には,被告らが原告に対して負う遅延損害金の利率は,100円につき日歩8銭の割合によることが定められている(甲1の2)。
(3) 原告は,同社の代理店出向制度に基づき,平成5年から平成8年ころまでの間,同社の社員を被告テックスへの出向社員として派遣していた。第2事件被告Y1及び同被告Y2は,ともに原告の従業員であったが,同被告Y1は,平成5年4月ころから平成8年5月ころまで,同被告Y2は,同年4月から平成9年3月まで被告テックスに出向し(本来の出向期間は,平成10年4月までであったが,途中で出向が取り消された。),被告テックスの取締役であったCの下で営業担当職員として勤務した。
第2事件被告ピーエフシステムは,平成8年5月ころ,原告の販売代理店であり,同社についての原告側の営業担当者は,出向を終えて原告に戻った同被告Y1であった。同被告Y3は,同被告ピーエフシステムの代表取締役であった。
同被告Y2は,平成9年3月をもって,原告を退社した。
(4) 被告テックスの原告に対する平成9年下期における未払売掛金の額が9000万円を超えたことから,被告テックス及び被告Y4は,平成10年2月3日,債務弁済契約公正証書を原告との間で作成し,原告に対する未払売掛金の額が9089万4916円であることを確認するとともに,これを平成18年4月まで分割して支払うこと及び被告Y4は,被告テックスの債務を連帯保証することを約した(甲2の1)。しかし,同被告らは,その半年後である平成10年8月10日,上記分割払の履行が困難であるとして原告との間で再度,債務弁済契約公正証書を作成して,未払売掛金が8909万円であることを確認するとともに,平成35年3月まで毎月30万円(最終回は29万円)での分割払により弁済することを約し,被告Y4は,被告テックスの債務を連帯保証した。また,上記債務弁済契約公正証書には,同被告らの財産について競売の申立てなどを受けたときは,同被告らは,催告を要せずして期限の利益を失い,即時に残債務全額の支払義務を負う旨の約定及び本件売買基本契約と同じ利率による遅延損害金の定めがある(甲2の2)。
被告テックスは,平成11年ころから,原告に対し,経営困難を訴え,より優位な営業支援の実現を要請した。
(5) Cは,当時被告テックスにおいて社長に次ぐ地位にあったが,いずれも被告テックス取締役会の承認なく,平成6年12月,株式会社太陽(以下「太陽」という。)名義で有限会社木下製餡に対し,被告テックスが営業として販売している事務用コンピューターをリース販売し,平成9年2月ないし3月ころ,販売店を太陽として,有限会社ウシザカに対し,被告テックスが営業として販売している事務用コンピューターをリース販売し,同年3月ないし4月ころ,同太陽の担当者Dを名乗って,株式会社明光樹脂に対し,事務用コンピューターをリース販売した。
(6) 平成9年4月,Cが被告テックスを退社した後,同社が同人を刑事告訴し,両者間で上記各案件についての損害賠償請求事件などの民事訴訟が係属する事態が生じた。上記民事事件においては,平成14年9月4日,上記各案件につき,Cに対し,317万1940円の支払を命じる判決が言い渡された(甲51)。
(7) 被告テックスは,原告に対し,平成12年4月14日付けの文書により,第2事件被告Y1がCと共謀の上,被告テックスに対する不正行為を行っている証拠を同年2月18日の時点で確保した旨通知した。
被告テックスは,そのころ,原告に対し,第2事件被告Y2も共犯である旨主張し,真相解明を要求する書面を送付した。
(8) その後,被告テックスは,インターネット上にホームページを開設し,「東芝テック株式会社の隠ぺい工作」と題して,原告の従業員がCに独立を唆して,被告テックスの契約見込客情報を盗み,平成8年6月ころから同年12月ころまでの間に,その情報によって成約した15の案件を共犯者の代理店に持ち込んで私腹を肥やした,原告の役員は出向社員の犯行が判明しても,謝罪をせず,隠蔽工作をして被害を受けた被告テックスを倒産の危機に追い込み,事件を葬り去ろうとしている旨の文書を掲載した(甲3の1ないし3,甲15の1及び2)。
被告Y4は,平成12年4月から同15年4月までの間に,原告社長宛に,合計7回にわたり,第2事件被告Y1及び同被告Y2がCと共謀して,被告テックスの見込顧客情報等を持ち出した事実があると主張し,真相解明を求める趣旨の文書を送った(甲3の4ないし10)。
(9) 被告Y4は,平成15年5月9日,東京地方裁判所平成15年(ケ)第1295号競売申立事件の競売開始決定により,同月12日,自宅の差押えを受けた(甲4の1及び2)。原告は,同公正証書に対し,執行文の付与の申立をし,同年8月4日,同被告らに対する執行文の付与を受けた(甲6の1及び2)。原告は,同被告らに対し,同年10月3日の本件第1回弁論準備手続期日において陳述された準備書面をもって,本件売買基本契約を同月1日をもって解除する旨の意思表示をした(顕著な事実)。
(10) 同年11月30日現在の原告の被告テックスに対する売掛金債権額は,7311万2150円(上記債務弁済公正証書に基づく債権の残額7019万円と本件売買基本契約解除までに発生した売掛金292万2150円の合計)であり,一方,本件売買基本契約に基づいて被告テックスが原告に対して預託した保証金の返還請求権の額は,2720万1280円であった。
2 争点
本件における主要な争点は,①第2事件被告らが共謀の上,被告テックスの見込顧客情報を第2事件被告ピーエフシステムに持ち込むなどの不法行為を行ったか,②原告の使用者責任の成否,③権利濫用又は信義則違反の成否,④過失相殺であり,これについての当事者の主張は以下のとおりである。
(1) 争点①(第2事件被告らが共謀の上,被告テックスの見込顧客情報を第2事件被告ピーエフシステムに持ち込むなどの不法行為を行ったか。)
(被告テックスの主張)
ア 第2事件被告らは,平成8年5月ころ,同被告ピーエフシステム本店において,C及び同被告Y2が被告テックスの顧客情報のうち成約見込の強いものを無断で持ち出し,これを第2事件被告ピーエフシステムに持ち込み,同被告ピーエフシステム及び同被告Y3は,上記顧客情報を利用して,原告から事務用コンピューターを購入して上記顧客ないしリース会社に販売して利益を得て,その利益の内から販売手数料などの名目で金員を同被告Y1に支払うという形で,被告テックスの営業を侵害して不正な利益を得ることを共謀した。
第2事件被告Y1は,このような不法行為を計画し,第2事件被告らを結びつけ,それぞれの役割を決めるなど中心的な役割をしていた。C及び同被告Y2は,独立資金欲しさなどのために同被告Y1の計画に加わり,同被告Y3は,自己が当時,代表取締役を務めていた同被告ピーエフシステムの売上につながることから,C及び同被告Y2らの持ち込む顧客情報が被告テックスのものであることを認識しながらこの計画に参加した。上記共謀に基づいて行われた取引は,別紙顧客一覧表のとおりであり,これにより被告テックスが得べかりし粗利益は769万0220円を下回るものではないから,被告テックスは,同一覧表の粗利益欄記載の損害を被ったところ,本訴においては,請求の趣旨記載の金額の支払を求める。
イ 上記のうち,別紙顧客一覧表の2番ないし6番,8番の各案件は,Cが見込顧客情報を第2事件被告ピーエフシステムに持ち込んで行った取引である(以下「C案件」という。)。
ウ また,同一覧表13番ないし15番の各案件は,同被告Y2が見込顧客情報を同被告ピーエフシステムに持ち込んで行った取引である(以下「Y2案件」という。)。
エ 同一覧表1番の日本通信ネットワークの取引は,同被告Y2が被告テックスが製作した0A-9のソフトを無断で自己ないし第三者名義で行ったものである。
オ 同一覧表7番の三弘エージェンシーの取引は,第2事件被告Y1が被告テックスの顧客情報に基づいて第2事件被告ピーエフシステムに持ち込んだものである。
カ 同一覧表9,10,12番の取引は,同被告Y1,同被告Y2及びCが被告テックスの見込顧客情報を利用して有限会社リバックス(以下「リバックス」という。)に持ち込んで行った不正取引である(以下「リバックス案件」という。)。
キ 同一覧表11番の取引は,同被告Y1,同被告Y2及びCが同じく被告テックスの見込顧客情報を利用して行ったものである。
(原告及び第2事件被告らの主張)
ア C案件(同一覧表2ないし6番及び8番の取引)
第2事件被告Y1は,被告テックスでの出向期間が終了した後,Cから被告テックスを辞めて独立したいので協力してほしい旨頼まれた。
当時,第2事件被告Y1は,原告の販売代理店である同被告ピーエフシステムの窓口担当者として同社と密接な関係を有していた。
そこで,同被告Y1は,Cの頼みに応じて,同人を同被告Y3に紹介することとした。
同被告Y1,同被告Y2,同被告Y3及びCは,取引の方法を打ち合わせ,Cが顧客を同被告ピーエフシステムに紹介して,同被告ピーエフシステムがその顧客との間でリース契約又は売買契約を締結し,原告から商品を仕入れ,同被告ピーエフシステムがC及び同被告Y2に対し,粗利益に応じて手数料を支払うという方法を採ることで合意した。
この時,同被告Y1及び同被告Y3は,Cが被告テックスの顧客情報あるいはこれに準ずる情報には絶対に手を出さないことを条件とし,Cもこれを確約した。
第2事件被告ピーエフシステムは,C案件の各取引を行ったが,平成8年11月ころから同年12月ころ,同被告Y2から同被告Y1に対し,Cが紹介してくる顧客は被告テックスのテレアポによる見込顧客である疑いがあるとの申入れがあったので,第2事件被告Y1は,同被告Y3に対し,この旨を報告した。同被告Y3は,Cが当初の条件を守らなかったことを理由に取引を打ち切った。
C案件についての販売手数料142万円は,Cの申出により,同被告ピーエフシステムが預かることとなっていたが,平成9年8月ころ,同被告Y1を経由して,Cに81万円,同被告Y2に61万円が支払われた。
第2事件被告らは,いずれも被告テックスの顧客ないし見込顧客でないことを条件に取引に入ったのであり,C案件が結果的に同テックスの見込顧客情報によるものであったとしても,それは,Cにだまされた結果に過ぎず,むしろ被害者というべきであって,同被告らに不法行為は成立しない。
イ Y2案件(同一覧表13番ないし15番の取引)
第2事件被告Y2は,Y2案件を同被告ピーエフシステムに紹介し,その手数料として40万円の交付を受けているが,Y2案件の顧客は,いずれも同被告Y2のニューコールによる取引であり,被告テックスとは全く無関係であるから,第2事件被告Y2に不法行為は成立しない。また,Y2案件は,被告Y4の第2事件被告Y2に対する理不尽な仕打ちに対する反発心から生じた全くの個人的な行為であり,同被告Y1,同被告ピーエフシステム及び同被告Y3との共謀に基づくものではないから,第2事件被告らに共同不法行為が成立することはない。
ウ リバックス案件(同一覧表9,10,12番の取引)
同被告Y1,同被告ピーエフシステム及び同被告Y3は,これらの取引に全く関与していない。
これらの取引は,Cが平成8年12月ころ,同被告ピーエフシステムとの取引を打ち切られたため,同被告ピーエフシステムに替わる受入先として,リバックスに顧客を持ち込んだものである。同被告Y2がこれらの取引にかかわっているとしても,それは単にCの指示どおりに行動したものにすぎない。
エ 日本通信ネットワーク(同一覧表1番の取引)
同社は,同被告Y2が,同年5月ころ,ダイレクトメールに対する返信を契機に中古機とデモ用ソフトを持参して訪問した会社である。同社については,訪問から3日くらい後,リース会社から与信なしとの報告があり,取引に至らなかったものであり,同被告Y2に不法行為が成立する余地はない。
オ 株式会社三弘エージェンシー(同一覧表7番の取引)
同社は,同被告Y1が出向から戻った後の同年7月ころ新規顧客獲得のためのダイレクトメールにより開拓した顧客であり,被告テックスの顧客ではない。
カ 近代トレーディング株式会社(同一覧表11番の取引)
同社は,平成5年以前から原告の代理店である株式会社ベーシックシステム(以下「ベーシックシステム」という。)の顧客であった会社である。第2事件被告Y1は,出向以前にベーシックシステムを担当していた関係で,同年10月ころ,同社のE専務から,被告テックス経由でも構わないから販売してほしいとの依頼を受けたので,E専務と同行して近代トレーディングに事務用コンピューターを販売して被告テックスの売上に計上した。
第2事件被告Y1は,出向から戻った平成8年12月ころ,E専務から近代トレーディングにリプレースの商談に同行するよう依頼を受け,同社に赴いて,原告からベーシックシステム経由で新たに事務用コンピューター等を販売した。
このように,同社は,元来,被告テックスの顧客ではない。
(2) 争点②(原告の使用者責任の成否)
(被告テックスの主張)
第2事件被告Y1及び同被告Y2はともに原告の従業員である。原告は,従業員の中から同被告Y1及び同被告Y2を選任して,いずれも原告の営業業務の担当要員として自社の代理店出向制度に基づき,被告テックスに派遣・出向させた。
原告は,第2事件被告Y1及び同被告Y2の使用者であり,同被告Y1は,前記(1)の各行為を原告の従業員としての職務に関連して行った。同被告Y1は,平成8年4月に被告テックスへの出向を終了しているが,その直後に第2事件被告Y3及び同被告ピーエフシステムを不正行為に抱き込み,顧客情報の持込みを立案し,これを同被告Y2らに実行させた。その結果,同被告Y1は,同被告ピーエフシステムの担当になったという職務上の地位を利用し,かつ原告のハード商品を同被告ピーエフシステムに販売することを実現したのである。
同被告Y2は,原告の選任及び指示に基づいて被告テックスに出向し,その出向先の職務を行ったが,それは同時に出向元である原告の事業も執行していたといえる。第2事件被告Y2は,出向期間中頻繁に原告に出入りし,勤務状況などを報告したり,問題が生じたときには,被告テックスから原告の上司に指揮監督するよう要請されるなど,常に原告の管理下にあった。
原告は,被告テックスに出向させるにあたり,不法行為により被告テックスに損害を与えるような人物を選任しており,第2事件被告Y1及び同被告Y2の不法行為について使用者責任を免れない。
(原告の主張)
前記(1)(原告及び第2事件被告らの主張)のとおり,同被告Y1及び同被告Y2に不法行為は成立しない。したがって,原告に使用者責任が成立する余地はない。
原告の代理店出向制度は,代理店への営業支援が目的であり,もっぱら代理店の利益を図るものである。出向期間中は,原告は,同被告Y2に対し,出向先である被告テックスの直接的な指揮監督に服するように指示しており,同人の出向期間中に原告が同被告Y2に対し,直接指揮監督することはなかった。
(3) 争点③(権利濫用又は信義則違反の成否)
(原告の主張)
仮に原告に使用者責任が肯定されるとしても,被告テックスは,一方で第1事件における原告に対する4591万0870円もの債務がありながら,これを支払う意思は全くない旨,本件の和解手続中にも公言している。被告テックスは,不法行為による損害賠償請求権については,これを受働債権としての相殺が禁止されているのを奇貨として,自己の上記債務を棚に上げて損害賠償のみ満足を得ようとしているのであり,仮に第1事件の反訴請求が認められれば,不法行為による損害賠償のみが一方的に受けられることとなり,結果的に極めて不公平なことになる。したがって,原告に対する損害賠償請求は,権利の濫用または信義則違反である。
(被告テックスの主張)
上記主張はいずれも争う。
(4) 争点④(過失相殺)
(原告及び第2事件被告らの主張)
ア C案件
Cは,C案件の各契約が締結された当時,被告テックスの取締役営業部長であった。したがって,被告テックスは,C案件について,同人を指揮監督して,同人がこのような不正取引をしないよう防止する責任があるにもかかわらず,これを怠り,C案件を発生させた。よって,仮にC案件について第2事件被告らに共同不法行為が認められ,かつまた,原告に使用者責任が認められたとしても,過失相殺がなされるべきである。
イ Y2案件
Y2案件の契約が締結された間,第2事件被告Y2は,被告テックスに出向しており,出向中の行為については,被告テックスが原告に代わって指揮監督すべき責任を負う。被告テックスは,そのような指揮監督を怠った結果,Y2案件の発生を防止することができなかった。また,被告Y4は,平成8年10月ころ,第2事件被告Y2がCの命令で,被告テックスで扱っていないソフトの見積書を原告名で作成し,被告テックス社内に置いていたのを見つけられた際,第2事件被告Y2の言い分を全く信用せず,同被告Y2の上司を原告から呼びつけて同被告Y2とともに叱りつけるなどした。Y2案件は,このような被告Y4の理不尽な仕打ちに対する同被告Y2の反発心から生じたものである。よって,Y2案件についても過失相殺がなされるべきである。
ウ リバックス案件
リバックス案件は,上記アと同様に,被告テックスがCに対する指揮監督を怠った結果,発生したものである。よって,同案件についても過失相殺がなされるべきである。
(被告テックスの主張)
上記主張はいずれも争う。
第3 当裁判所の判断
1 原告の被告らに対する請求
前記第2,1(10)のとおり,原告は,平成15年11月30日の時点で,被告テックスに対し,7311万2150円の売掛金債権を有しており,一方,被告テックスは,原告に対し,2720万1280円の保証金の返還請求権を有していた。上記売掛金から上記保証金を差し引いた後の原告が被告テックスに対して有する売掛金債権の残額は,4591万0870円となる。
また,前記同(2)及び(4)のとおり,被告Y4は,被告テックスの原告に対する債務を連帯保証し,前記同(9)のとおり,同年5月9日,同人が差押を受け,同年10月1日をもって本件売買基本契約は解除されたから,前記同(2)及び(4)の各約定により,被告らは,原告に対する売掛金債権の弁済について期限の利益をいずれも喪失した。
さらに,前記同(2)及び(4)のとおり,本件売買基本契約及び前記債務弁済契約公正証書には,同被告らは,原告に対し100円につき日歩8銭の割合による遅延損害金を支払う義務を負うことが定められている。
したがって,同被告らは,原告に対し,連帯して,売掛金4591万0870円及びこれに対する期限の利益喪失の後である同年10月2日から支払済みまで100円につき日歩8銭の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
2 争点①(第2事件被告らが共謀の上,被告テックスの見込顧客情報を第2事件被告ピーエフシステムに持ち込むなどの不法行為を行ったか。)について
(1) 証拠(甲41ないし甲50,甲52の1ないし甲72,乙2ないし乙5,乙8ないし乙14,乙16の1ないし乙18,乙21ないし乙28,乙30,乙33,乙34,乙36,乙37,証人C,被告Y4本人,第2事件被告Y1本人,同被告Y2本人,同被告Y3本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる(甲55,甲56,甲57,甲58,甲64,甲65,甲72,乙2ないし乙5,乙33,乙34,証人C,被告Y4本人,第2事件被告Y1本人,同被告Y2本人,同被告Y3本人のうち,以下の認定に反する部分は採用しない。)。
ア Cは,被告テックスにおいて,被告Y4の会社運営の方針に不満を覚え,被告テックスを退社して独立したいと考えるようになった。そこで,Cは,出向期間が終了し,原告に復帰していた第2事件被告Y1に対し,平成8年5月ころまでに数回にわたり同人の独立の希望を話した。
イ 同被告Y3は,平成8年6月ころ,同被告Y1より,Cが近い将来,被告テックスから独立する意向を有しており,そのための資金を獲得したいとの希望を持っていること及びその資金獲得のため顧客を第2事件被告ピーエフシステムに紹介するので,その見返りとして手数料をCに支払ってもらえないかとの相談を受けた。
ウ 同被告Y3は,この同被告Y1からの申入れを受けることとし,その後,同被告Y3,同被告Y1,同被告Y2及びCは打合せの場を設けた。その打合せにおいて,C及び同被告Y2が顧客を同被告ピーエフシステムに紹介し,顧客にリース会社とのリース契約を締結してもらう方式で原告の事務用コンピューター等を販売するという取引形態をとること,同被告ピーエフシステムはCらに手数料を支払うことが決められた。
エ その打合せの場において,Cの本名を用いて顧客に対し営業活動を行うとC及び同被告Y2が同被告ピーエフシステムに顧客を紹介していることが被告テックスに発覚しやすいので,Cは第2事件被告ピーエフシステムの元従業員Fの名刺を使うこととなり,同人の名刺が同被告Y3からCに交付された。
オ C及び同被告Y2は協力して,被告テックスの見込顧客のうち,成約の可能性の高いC案件の各顧客を第2事件被告ピーエフシステムに紹介し,同被告ピーエフシステムはこれらの顧客に対しリース契約の斡旋を行い,リース会社との間で原告の事務用コンピューターの売買契約を成立させた。Cは,これらの顧客について,被告テックスの業務日報には成約がかなわなかった旨の虚偽の内容を記載した。
カ Cは,平成8年10月ころ,被告テックスの見込顧客で成約の見通しの強かったトーシン工業株式会社(以下「トーシン工業」という。),株式会社サニーインターナショナル,株式会社インテリジェンスケイとの交渉内容を第2事件被告Y2に告げ,その後の営業を行うように指示するとともに,被告テックスの業務日報には,これらの顧客とは不成約が確定した旨の虚偽の記載をした。
第2事件被告Y2は,上記のCの指示に従い,原告名義で上記3社に示すための見積書を作成したが,これらを被告テックスの社員食堂に置き忘れたため,上記見積書の存在及び内容は被告Y4の知るところとなった。
被告Y4は,第2事件被告Y2に対し,上記見積書作成の経緯及びCのかかわりについて,厳しく追及したが,同被告Y2は,Cの関与を否定した。
Cは,被告テックスの見込顧客の成約見通しについて業務報告書に虚偽の内容を記載したこと及び原告名義の見積書の存在が発覚したことから,それ以降第2事件被告ピーエフシステムに被告テックスの見込顧客の情報を持ち込むことを停止した。
キ 第2事件被告Y2は,被告テックスの見込顧客のうち成約見込みの強かったY2案件の各顧客を第2事件被告ピーエフシステムに紹介し,同被告ピーエフシステムは,これらの顧客に対し,原告の事務用コンピューターをリース販売した。
Y2案件の顧客のうち,株式会社新彩社(以下「新彩社」という。)に対しては,同被告Y2は,被告テックスで同人のテレアポを担当していたG(以下「G」という。)に依頼して電話をしてもらった。また,同じくY2案件のうち,有限会社港町大橋印刷所(以下「港町大橋印刷所」という。)は,Gからニューコールとして紹介された情報に基づく取引であった。第2事件被告Y2は,平成8年12月27日,Gに対し,顧客を紹介したことの謝礼として4万9288円を振込送金した。
ク 同被告Y3は,平成8年12月ころ,C案件の手数料の一部に代わるものとして,東芝製のノート型パソコンを同被告Y1,同被告Y2及びCに1台ずつ交付した。
同被告Y3は,平成9年3月13日,Y2案件の手数料として40万円を,同年8月1日,C案件の手数料として141万8680円をいずれも同被告Y1の銀行口座に振込送金した。
同被告Y1は,同年3月13日ころ,同被告Y2に対し40万円を交付し,さらに,同年8月1日ころ,Cに対し81万円を,同被告Y2に対し,61万円をそれぞれ交付した。
(2) 原告及び第2事件被告らは,C案件について,Cが同被告ピーエフシステムに紹介する顧客はCの個人的な顧客であり,被告テックスとはかかわりのない顧客であるとの約束のもとにC案件の各顧客との取引が行われたと主張し,証拠(甲55ないし甲57,甲65,第2事件被告Y1本人,同被告Y2本人,同被告Y3本人)の中にはこれに沿う部分も存在する。
しかし,証人Cは,このような約束がなされたことを否定する証言をしているし,同人が第2事件被告ピーエフシステムに紹介する顧客はいずれも被告テックスが販売している事務用コンピューターと同一商品の購入見込顧客であり,被告テックスの取締役営業部長であったCが被告テックスにおける営業活動を離れて独自の営業によりそのような顧客を獲得しうるとは通常考えられない。また,前記(1)エのとおり,第2事件被告ら及びCは,Cによる第2事件被告ピーエフシステムに対する顧客の紹介が被告テックスに発覚するのを防ぐため,Cに第2事件被告ピーエフシステムの元の従業員の名刺をあえて使用させるという偽装工作をする一方で,C案件の顧客が真に被告テックスの購入見込顧客ではないという点につき,確認するための特段の手当をしていないことを併せ考慮すれば,第2事件被告らは,Cが同被告ピーエフシステムに紹介する顧客は被告テックスの見込顧客であることを少なくとも未必的に認識しながらC案件の各取引を行うことを合意したと認められるのであり,上記の原告及び第2事件被告らの主張に沿う各証拠は,採用することができない。
(3) また,原告及び第2事件被告らは,Y2案件について,同被告Y2が同被告ピーエフシステムに紹介したY2案件の各顧客は同被告Y2の個人的な顧客であり,被告テックスとはかかわりがないと主張し,証拠(甲56,第2事件被告Y2本人)の中にはこれに沿う部分も存在する。
これらの顧客はいずれも被告テックスが販売している事務用コンピューターと同一商品の購入見込顧客であり,当時被告テックスに出向していた第2事件被告Y2が独自にこれらの顧客を確保できたというためにはその経緯について具体的な説明が必要である。
しかし,Y2案件のうち,港町大橋印刷所について,同被告Y2は,Gがニューコールした案件であると供述しているところ,Gが被告テックスの営業活動から離れて独自に事務用コンピューターの見込顧客を確保できたとは考えられない。また,同被告Y2は,同じく新彩社については,Y2が原告に在籍していた時代にニューコールした案件であり,株式会社サンエムについては,原告の顧客に対するリプレースの案件であると供述しているところ,それらの顧客を獲得した具体的な経緯については全く説明せず,その裏付けとなる証拠もない。さらに,Gは,同被告Y2から同人が新彩社との契約を被告テックスに報告せずにいることを打ち明けられ,そのことを被告テックスには内密にすることを要求された旨陳述している(乙4)。これらの事情を総合すると,Y2案件は第2事件被告Y2が被告テックスの見込顧客を第2事件被告ピーエフシステムに紹介してなされた取引であると認められるのであり,上記原告及び第2事件被告らの主張に沿う各証拠は,採用することができない。
さらに,同被告Y1及び同被告Y3においても,当時,被告テックスに出向していた第2事件被告Y2がCと同様に被告テックスの見込顧客情報を基に,第2事件被告ピーエフシステムに顧客を紹介してきた可能性は認識していたと認められるところ,この点を確認する特段の手当は講じられたとは認められない。同被告らにおいてもY2案件の各顧客がもともと被告テックスの見込顧客であることを少なくとも未必的には認識していたと認められる。
なお,第2事件被告Y2及び同被告Y3は,Y2案件については,同被告Y1の関与はなかった旨供述するが,前記(1)ウのとおり,同被告Y1は,C及び同被告Y2が被告テックスにおける営業活動により獲得した見込顧客を第2事件被告ピーエフシステムに紹介することを合意した打合せに立ち会っており,また,前記同クのとおり,Y2案件の手数料が同被告Y3から同被告Y1を経由して同被告Y2に支払われていることからすれば,Y2案件は,同被告Y1が参加した前記打合せで合意された内容が実現された取引というべきであり,同被告Y1が関与していたと認めるのが相当であって,上記各供述は採用できない。
(4) 以上のとおり,C案件及びY2案件は,被告テックスの見込顧客であることを認識・認容しながらこれらの顧客を第2事件被告ピーエフシステムに紹介する方法によるという第2事件被告らによる事前の打合せに従って実現されたものであると認められ,これは,第2事件被告らによる被告テックスに対する共同不法行為を構成する。
(5) 証拠(甲54)及び弁論の全趣旨によれば,C案件により,第2事件被告ピーエフシステムが得た粗利益は,合計250万0800円であり,Y2案件により,同じく同被告ピーエフシステムが得た粗利益は,88万8600円であることが認められる。
(6) それ以外の取引について
ア 近代トレーディング
被告テックスは,別紙一覧表11の近代トレーディングとの取引は,第2事件被告Y1,同被告Y2及びCが被告テックスの見込顧客情報を利用してリバックスに持ち込んで行った不正取引であると主張し,証拠(乙23,乙29)の中には,これに沿う部分も存在する。しかしながら,第2事件被告Y1は,近代トレーディングについて,従前から原告の代理店であるベーシックシステムの顧客であり,出向期間中の平成5年10月ころ,ベーシックシステムのE専務から被告テックスとの取引でも構わないからと言われ,被告テックスから,ベーシックシステム経由で事務用コンピューターを販売した先であると供述及び陳述(甲63)をしているところ,これに符合する証拠(甲59)の存在からみて,これが事実であるとの可能性を排除することはできない。したがって,上記の被告テックスの主張に沿う各証拠からは,近代トレーディングは,被告テックスの見込顧客とは認めるに足りず,ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。よって,第2事件被告Y1らによる近代トレーディングへの事務用コンピューター等の販売が不法行為に該当するとの被告テックスの主張は,その前提を欠き,採用できない。
イ 三弘エージェンシー
被告テックスは,別紙一覧表7の三弘エージェンシーが被告テックスの見込顧客であり,第2事件被告Y1及び同被告ピーエフシステムはそのことを知りながら被告テックスの見込顧客情報を利用して同社との取引を成立させたと主張し,証拠(甲49,乙34,証人C)の中には,これに沿う部分もある。
しかしながら,第2事件被告Y1及び同被告Y3はこれを否定する供述及び陳述(甲57,甲63)をし,三弘エージェンシーが被告テックスの見込顧客であったことを示す客観的根拠もない。また,証拠(甲51,証人C,被告Y4本人)によれば,Cは,被告テックスから提訴された民事訴訟において,被告テックスに対して317万1940円の支払を命ずる判決を受け,その後,そのうちの200万円を支払うことにより残額を免除され,平成15年10月から被告テックスの契約社員として雇用されて月額50万円の給与の支払を受けていることが認められる。このように,Cは,被告テックスとの間に無視できない利害関係を有しており,同人の証言から直ちに被告テックスの主張に沿う事実を認めることはできず,ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。よって,三弘エージェンシーについての被告テックスの主張は,採用できない。
ウ 日本通信ネットワーク
第2事件被告Y2が被告テックスに出向していた平成8年5月ころ,被告テックスの営業活動として中古の事務用コンピューターとデモ用ソフトを持参して同社を訪問したこと及び同社との取引が不成約となり,第2事件被告Y2が同社から上記中古の事務用コンピューター及びデモ用ソフトを持ち帰ったことについて当事者間に争いはない。
被告テックスは,第2事件被告Y2が,その後もデモ用ソフトを所持し,同年6月ころ再度同社に営業をかけて,独自に中古の事務用コンピューターを入手して前記デモ用ソフトを入れて販売し,その代金を着服したと主張し,証拠(C陳述書・乙33)の中には,これに沿う部分が存在する。
しかしながら,同被告Y2はこれを否定する供述及び陳述(甲56,甲58,甲64)をしているし,同被告Y2が独自に中古の事務用コンピューターを入手したこと及び同年6月に同社と同被告Y2との間で事務用コンピューターの取引が成立したことを裏付ける証拠は存在せず,ほかに被告テックスの主張を認めるに足りる証拠はない。よって,日本通信ネットワークについての被告テックスの主張は採用できない。
エ リバックス案件(上石製作所,和光システム,トーシン工業)
(ア) 証拠(甲61の1,甲64,乙19,乙29,乙33,第2事件被告Y2本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
リバックスは,平成3年4月から原告の販売代理店となっていた(同被告Y2が,原告を退社後,就職した会社は,リバックスであった。)。
C及び同被告Y2は,平成8年12月ころ,同被告ピーエフシステムとの取引が停止(前記第3,2(1)カ)された後,同社と同様の役割を果たす受け皿としてリバックスに取引案件を持ち込むようになった。リバックスは,C及び同被告Y2から紹介を受けて,平成8年11月ころ,上石製作所との間で,また,同年12月ころ,和光システムとの間で事務用コンピューターの販売取引をした。
同月24日,同被告Y2は,リバックスから顧客を紹介したことについての手数料の支払を受けるためにアイリンク代表Y2名義の銀行口座を開設した。
リバックスは,同月25日,上石製作所及び和光システムの紹介手数料として48万円を前記銀行口座に振込送金した。
さらに,リバックスは,C及び同被告Y2の紹介により,同年12月ころ,トーシン工業との間で事務用コンピューターの販売取引をした。
(イ) 前記第3,2(2),(3)のとおり,平成8年12月当時,C及び同被告Y2が被告テックスの営業活動とは別個に独自に事務用コンピューターの顧客を確保することは考えられないことからすれば,Cないし第2事件被告Y2によりリバックスに紹介された顧客は,いずれも被告テックスの見込顧客であったと認められる。
また,前記同(1)オ,カのとおり,Cと第2事件被告被告Y2が手数料の獲得のために協力体制を構築していたことからすれば,リバックスへの被告テックスの見込顧客の持ち込みについても第2事件被告Y2とCとが協力してなされたと認めるのが相当である。
なお,リバックス案件について,同被告Y1,同被告Y3及び同被告ピーエフシステムの関与があったことを認めるに足りる証拠はない。この点,リバックス代表者の陳述書には,和光システムに納めるソフトの制作を同被告Y1から原告からの発注として受注した旨の記載があるが,同陳述書は,リバックス案件の全貌を網羅して記載したものではなく,ソフト制作の分に限局して陳述しているものに過ぎず,採用できない。むしろ,C案件及びY2案件についての手数料が同被告Y1を介してC及び同被告Y2に支払われている(前記第3,2(1)ク)のに対し,上記のとおり,リバックスからの手数料の支払が直接同被告Y2宛になされていることからすれば,同被告Y1の関与は認められない。
(ウ) 以上によれば,同被告Y2は,Cと協力して,手数料収入を得るため,被告テックスの見込顧客をリバックスに紹介し,本来,被告テックスが獲得すべき利益を失わせしめたのであるから,これは被告テックスに対する不法行為を構成する。
(エ) ただし,これらの顧客からリバックスがいくらの粗利益を得たかについては,本件全証拠によるも明らかでない。しかし,上記(ア)のとおり,C及び第2事件被告Y2は,上石製作所及び和光システムとの取引の手数料として48万円の交付を受けているのであるから,リバックスは最低でもこれと同額の粗利益を得ていたと認められる。これをトーシン工業との間の取引も含めたリバックス案件3件分に換算すると72万円となり,被告テックスはこれと同額の損害を被ったといえる。
3 争点②(原告の使用者責任の成否)について
(1) 前記第2,1(3)のとおり,第2事件被告Y1は,原告の従業員であった。
証拠(甲55,同被告Y1本人,同被告Y3本人)によれば,原告の営業には,直販形態と代理店形態の二つがあり,同被告Y1は,原告の代理店である同被告ピーエフシステムの担当者として,同被告ピーエフシステムに顧客を紹介することも原告における職務の内容としていたことが認められる。
(2) したがって,C案件及びY2案件において同被告Y1が行った被告テックスに対する不法行為は,原告の事業の執行についてなされたものと認められる。以上によれば,原告は,第2事件被告Y1と連帯して,被告テックスに対し,その被った損害を賠償する責任を負う。
(3) これに対し,前記第2,1(3)のとおり,第2事件被告Y2は,本件各不法行為時,原告から被告テックスに出向していたのであり,原告との間では,定期的に営業活動の報告はしていたものの,原告の上司から指示を受けるということは全くなかった(第2事件被告Y2本人)。民法715条にいう使用関係の存否については,当該事業について使用者と被用者との間に実質上の指揮監督関係が存在するか否かを考慮して判断すべきものであるところ,上記のような実態に照らすと原告と第2事件被告Y2との間には,本件各不法行為当時,民法715条にいう使用関係があったとは認めるに足りない。したがって,同被告Y2の不法行為について,原告は,使用者責任による損害賠償の義務を負わない。
4 争点③(権利濫用又は信義則違反の成否)
原告は,被告テックスが不法行為による損害賠償請求権については,これを受働債権としての相殺が禁止されているのを奇貨として,自ら負担する債務を棚に上げて損害賠償を求めることは権利の濫用または信義則違反であると主張する。しかし,本訴被告らが,原告に対し多額の債務を負っているからといって,不法行為の損害賠償請求権を行使して,不法行為の被害者には現実の弁済によって損害の填補を受けさせるべきであるという相殺禁止の主張をすることが許されないとはいえず,原告の主張には理由がない。
5 争点④(過失相殺)
(1) C案件についての過失相殺
前記第3,2(1)イないしカのとおり,C案件は,被告テックスの取締役であるCの独立資金を獲得することを目的の一つとして始められ,第2事件被告ピーエフシステムに持ち込む見込顧客の獲得及び被告テックスに対する虚偽の報告等についてもCが主体的に行動している。被告テックスは,第2事件被告Y1が第2事件被告らの共同不法行為において主導的な立場にあったと主張するが,前記第2,1(5)のとおり,Cは,平成9年2月ないし4月ころ,被告テックスの取締役としての義務に反し,C案件とは別に,被告テックスの業務と同一の営業を行って手数料収入を得ていることなどに照らすと,同人の違法行為は,強固な意欲に基づくものであったことが認められるのであり,このことからすれば,C案件においても同人が主導的な地位にあったと認めるのが相当である。そして,Cは,被告テックスの取締役の地位にあったのであるから,同人の帰責性については,「被害者側の過失」として,過失相殺においては被告テックスの過失と評価すべきである。また,本件は,Cが易々と被告テックスの見込顧客情報を持ち出し,不法行為を続けている案件であり,このような事態を招いた要因に被告テックスの監督上の過失があることも容易に推認できる。以上の事情を総合すると,C案件における被告テックスの過失割合は,8割と評価すべきである。以上によれば,前記第3,2(5)のとおり,C案件において第2事件被告ピーエフシステムが得た粗利益は,250万0800円であるところ,このうち,被告テックスが第2事件被告らに請求できる損害は,50万0160円にとどまる。
(2) Y2案件についての過失相殺
これに対し,Y2案件は,同被告Y2が主導的に行った不法行為であり,Cの直接的関与を認めることはできない。しかしながら,前記第3,2(1)カのとおり,同被告Y2は,直属の上司であるCの指示に従い,C案件などについて関与していたところ,被告テックスの社員食堂で被告テックスの見込顧客に対する原告名義の見積書を置き忘れ,これを被告Y4に発見されて厳しく追及されたという経緯の後に,Y2案件についての不法行為を実行しているのであり,これらの事情に照らすと,第2事件被告被告Y2の不法行為がなされた遠因として,Cの指示によって不法行為に関与したことを指摘することができる。したがって,このような意味でのCの帰責性を前記同様の意味で過失相殺において斟酌すると,Y2案件における被告テックスの過失割合は,3割と評価すべきである。前記同(5)のとおり,Y2案件において第2事件被告ピーエフシステムが得た粗利益は,88万8600円であるところ,このうち,被告テックスが第2事件被告らに請求できる損害は,62万2020円にとどまる。
(3) リバックス案件についての過失相殺
リバックス案件は,前記第3,2(6)エのとおり,Cと同被告Y2が協力して不法行為を行った案件であるが,その主導性がいずれにあったのかは,本件全証拠によるも必ずしも明らかでない。しかし,前記同(ア)のとおり,同被告Y2がリバックスから自己名義の口座宛てに手数料の送金をしてもらっている事実に照らすと,同被告Y2が果たした役割は,少ないものとはいえない。したがって,リバックス案件におけるCとY2の帰責性の程度は同等であり,被告テックスの過失割合は5割と評価すべきである。前記同(エ)のとおり,リバックス案件における粗利益は72万円と評価すべきであるところ,このうち,被告テックスが第2事件被告Y2に請求できる損害は,36万円にとどまる。
第4 結語
以上のとおり,原告の被告らに対する請求は理由があるからこれを認めることとし,被告テックスの反訴請求及び第2事件被告らに対する請求は,原告及び第2事件被告らに対しては,112万2180円,第2事件被告Y2に対しては,36万円及びこれらに対する最後の不法行為が行われた日の後である平成9年5月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余の請求は,理由がないからいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担について,民訴法64条,65条1項本文,61条を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。なお,仮執行宣言については,原告が,本件訴訟を提起する前に,本件の訴訟物と同一の債権につき公正証書を作成していること,その他,弁論の全趣旨に現れた事情を総合してこれを付さないこととする。
(裁判長裁判官 水野邦夫 裁判官 齊木利夫 裁判官 早山眞一郎)
〈以下省略〉
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