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判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(308)平成19年11月14日 大阪地裁 平17(行ウ)4号 相続税更正処分等取消請求事件

判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(308)平成19年11月14日 大阪地裁 平17(行ウ)4号 相続税更正処分等取消請求事件

裁判年月日  平成19年11月14日  裁判所名  大阪地裁  裁判区分  判決
事件番号  平17(行ウ)4号
事件名  相続税更正処分等取消請求事件
裁判結果  請求棄却  上訴等  控訴  文献番号  2007WLJPCA11148006

要旨
◆相続開始時においてその弁済期が約50年後となっていた保証金債務の相続時価値を算出するに際して中間利息を控除するために用いるべき通常の利益率は,長期国債の応募者利回りと長期プライムレートの相続開始時以前10年間の各月における利率を単純に平均して得られた平均利率が相当であるとされた事例
◆相続開始50年後に返還期限到来の無利息の借地保証金返還債務つき、適用すべき相続当時の新発10年もの長期国債発行利率(年1・8パーセント)を基に相続税を申告したところ、保証金債務の金額が過大であるとして更正処分等を受けたため取消しを求めた事案において、弁済期未到来の確定金銭債務の評価は、債務者に留保される毎年の経済的利益について、通常の利率によって弁済期までの中間利息を控除して得られたその現在価値を額面金額から差し引いた金額をもって相続開始時に控除すべき債務の額とすべきであるとした上で、景気動向等諸般の事情から、通常の利率を相続開始以前10年間の長期国債の応募者利回りと長期プライムレートを単純平均した利率の平均(年3・91パーセント)と解すべきであるとした事例
◆国税通則法65条4項に規定する「正当な理由があると認められる」場合について、納税者の主観的な事情に基づく単なる法令解釈の誤りにすぎないような場合までを含むものではないとした上で、原告が通常の利率を上記のように解して修正申告したことは「正当な理由」には当たらないとした事例

新判例体系
公法編 > 税法 > 相続税法〔昭和二五年… > 第三章 財産の評価 > 第二二条 > ○評価の原則 > 評価の方法
◆相続税の課税価格の算出上控除すべき弁済期未到来の確定金銭債務に関して、その約定利率が通常の利率よりも低い場合に、その利率差によって留保される毎年の経済的利益について、通常の利率によって弁済期までの中間利息を控除して得られたその現在価値を額面金額から差し引いた金額をもって、相続開始時において控除すべき債務の額とすべきところ、弁済期を相続開始時から五〇年後とする定期借地権設定契約に係る保証金返還債務については、現在価値を算定する際に適用すべき通常の利率は、長期国債の応募者利回りと長期プライムレートの相続開始時から過去一〇年間の各月における利率を単純に平均して算出した平均利率によるべきである。

 

裁判経過
控訴審 平成20年11月27日 大阪高裁 判決 平19(行コ)130号 相続税更正処分等取消請求控訴事件

参照条文
相続税法13条1項
相続税法14条1項
相続税法22条

裁判年月日  平成19年11月14日  裁判所名  大阪地裁  裁判区分  判決
事件番号  平17(行ウ)4号
事件名  相続税更正処分等取消請求事件
裁判結果  請求棄却  上訴等  控訴  文献番号  2007WLJPCA11148006

大阪府摂津市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 井上圭吾
同 安部将規
同 網本浩幸
同 待場豊
同 船戸貴美子
同 土田泰弘
大阪市〈以下省略〉
被告 大淀税務署長工藤敦久
同訴訟代理人弁護士 兵藤厚子
同指定代理人 渡辺諭
同 村上幸隆
同 森川幸敏
同 木戸口修通
同 三木茂樹

 

 

主文

1  原告の請求を棄却する。
2  訴訟費用は,原告の負担とする。

 

 

事実及び理由

第1  請求
被告が平成15年7月22日付けで原告の平成12年6月18日相続開始に係る相続税についてした更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし,いずれも異議決定及び裁決により一部取り消された後のもの)のうち,課税価格7億8684万9000円,納付すべき税額3億6090万9400円及び過少申告加算税額8万9000円を超える部分を取り消す。
第2  事案の概要
本件は,被相続人の財産に係る相続税につき法定申告期限までに被告に申告及び修正申告を行った原告が,その各申告において取得財産の価額から控除した保証金債務の金額が過大であるなどとして,被告から更正及び過少申告加算税賦課決定を受けたために,被告による上記保証金債務の算定には誤りがあるなどと主張して,上記更正及び決定の一部取消しを求めた事案である。
1  前提となる事実等(当事者間に争いがないか,掲記の書証等によって容易に認定することができる。)
(1)  法令等の定め
ア 相続税法(昭和25年法律第73号。以下「法」という。)は,相続等により財産を取得した個人で当該財産を取得した時において法の施行地に住所を有するものは,相続税を納める義務があるとし(1条の3柱書,1号),この場合においては,その者については,当該相続等により取得した財産の価額の合計額をもって相続税の課税価格とするとする(11条の2第1項)。
イ 法は,相続等により財産を取得した者が法1条の3第1号の規定に該当する者である場合においては,当該相続等により取得した財産については,課税価格に算入すべき価額は,当該財産の価額から,被相続人の債務で相続開始の際現に存するもの(公租公課を含む。)で当該相続人の負担に属する部分の金額を控除した金額によるとし(13条1項柱書,1号),その金額を控除すべき債務は,確実と認められるものに限るとし(14条1項),相続等によって取得した財産の価額から控除すべき債務の金額は,その時の現況によるとする(22条)。
しかるところ,弁済すべき債務が確定し,かつ,相続開始時において弁済期が到来していない金銭債務につき利息の定めがない場合,相続人において,通常の利率による利息との差額に相当する経済的利益を弁済期が到来するまで毎年留保し得ることとなるから,当該債務は,その額面金額から,上記のように留保される毎年の経済的利益の現在価値の総額だけその消極的価値を減じているものと解されており(最高裁昭和47年(行ツ)第69号同49年9月20日第三小法廷判決・民集28巻6号1178頁。以下「昭和49年判決」という。),その現況は,具体的には,債務の額面金額に通常の利率を基に算出した複利現価率を乗ずる方法で評価すべきものと解されている。そして,複利現価率は,以下の数式によって求められる。
複利現価率=1÷(1+r)n
r:通常の利率 n:設定(残存)年数
ウ 財産評価基本通達(昭和39年4月25日付け直資56ほか国税庁長官通達。以下「評価通達」という。ただし,特に断らない限り平成13年5月10日付け課評2-6による改正前のものを指す。)は,その第2章以下に定める財産の評価において適用する年利率(以下「基準年利率」という。)については,別に定めるものを除き,4.5パーセントとするとしている(第1章4-4)。
ところで,基準年利率は,平成11年9月1日以後に相続,遺贈又は贈与により取得した財産の評価に適用されていたが,その後,平成13年5月10日付け課評2-6によって平成13年1月1日以後に相続等により取得した財産の評価については3.5パーセントに,平成14年6月4日付け課評2-2及び同2-5によって平成14年1月1日以後に相続等により取得した財産の評価については3.0パーセントに順次改正された後,平成16年6月4日付課評2-7ほか2課共同「財産評価基本通達の一部改正について」(以下「平成16年改正」という。)によって算定方法自体が改正された結果,基準年利率は,別に定めるものを除き,年数又は期間に応じ,日本証券業協会において売買参考統計値が公表される利付国債に係る複利利回りを基に計算し,短期(3年未満),中期(3年以上7年未満)及び長期(7年以上)に区分して各月ごとに別に定めることとされた。なお,平成16年1月から3月までにおける基準年利率(長期)は,1.5パーセントとされていた。【甲5,6,11,弁論の全趣旨】
エ 法は,相続により取得した財産に係る相続税について申告書を提出する場合において,当該相続により取得した財産の全部又は一部がまだ分割されていないときは,その分割されていない財産については,各共同相続人が民法の規定による相続分に従って当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとする旨定める(55条)。
(2)  本件の経緯
ア 訴外A(以下「A」という。)は,平成6年10月28日,その所有する別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。その位置関係は別紙のとおりである。)につき,訴外協栄地所株式会社(以下「協栄地所」という。)との間で,概要下記の内容の一般定期借地権設定契約(以下「本件契約」という。)を締結した。【乙1,弁論の全趣旨】

第1条(法定更新排除の特約)
契約の更新,建物の構造による存続期間の延長,借地借家法13条の規定による建物買取請求はできないものとする。
第2条(使用目的)
協栄地所は,本件土地上に建物を所有することを目的とする。
第3条(借地期間)
借地期間は,平成6年10月28日から平成61年10月27日までの55年間とする。
第4条(賃料)
賃料は年額5500万円とし,協栄地所は,Aに対し,その12分の1の額を翌月分として毎月末日までに支払う。
第5条(借地権の譲渡)
Aは借地権の譲渡,転貸を認める。
第6条(保証金)
協栄地所はAに対し,本件契約の保証金(以下「本件保証金」という。)として15億円を以下のとおり預託する。
① 本日(契約成立日である平成6年10月28日) 内金2億円。
② 内金6億円は借地人借家人の立退料に充当する。
③ 残金金7億円は本件土地に関するすべての借地人借家人立退き後速やかに支払う。
なお,本件保証金には利息を付さないものとし,Aは協栄地所に対し,本件契約が終了した後,原状回復が完了するのと引換えに,協栄地所のAに対する残債務を差し引いた残額を支払う。
第7条ないし第9条 略
第10条(原状回復義務)
本件契約に係る借地権の存続期間が満了した場合,又は本件契約がAにより解除された場合は,協栄地所は,Aに対し,建物その他工作物を遅滞なく自己の費用をもって収去し,現状に復して更地で返還するとともに,当該建物の滅失登記をしなければならず,明渡しに際し,移転料,立退料その他名目のいかんを問わず,Aに対し,一切の金銭請求をすることができない。
第11条ないし第14条 略
第15条(特約条項)
① 協栄地所は,借地人借家人の立退きを5年以内に完了させる。上記期間が経過したにもかかわらず明渡しが完了しない場合には,本件契約の当事者は別途協議する。
② 借地人借家人の立退きが完了するまでの間,月額賃料は200万円からAが借地人借家人から受け取る賃料(現在月額166万円)を控除した金額とする。また,立退き完了後1年間は第4条記載の賃料の半額とし,もし5年以内に立退きが完了しない場合は,第4条記載の賃料の半額からAが借地人借家人から受け取る賃料を控除した金額とする。
③ 借地人借家人の立退料が6億円を上回った場合には当該部分は協栄地所の負担とし,協栄地所はAに返還請求をすることができない。
イ Aは,平成12年6月18日に死亡した。その相続関係は別表1(相続関係図)のとおりであり,Aの死亡により開始した相続(以下「本件相続」という。)の戸籍上の相続人は,その開始時においては原告及び訴外Bの2人とされていた。【弁論の全趣旨】
ウ 原告は,本件相続に係る相続税につき,被相続人であるAの遺産が未分割であったため,法55条に基づき法定相続分で取得したものとして課税価格を計算し,他の相続人とは別に,法定申告期限内の平成13年4月13日に,被告に対し,相続税の申告書を提出した(以下「本件申告」という。)。
本件申告において,原告は,Aが本件契約を締結する際,協栄地所から受託した本件保証金につき,本件相続の開始当時におけるその返還債務の価額(以下「本件保証金債務額」という。)を3億2800万円(本件保証金の額を8億円とし,これに,当時の新発10年もの長期国債の表面利率1.8パーセントを前提とした複利現価率0.41(1÷(1+0.018)50=0.40983694≒0.41)を乗じて得られた額)を本件申告における「控除すべき債務の金額」に計上し,別表2「当初申告」欄のとおり申告した。【乙1,弁論の全趣旨】
エ 原告は,Aの生前の平成10年8月10日,同人及び訴外Bに対し,両者間の婚姻が無効であることを確認する旨の訴訟を大阪地方裁判所に提起していたところ,平成13年9月13日,最高裁判所の決定により,同婚姻の無効が確定した。【弁論の全趣旨】
オ 原告は,前記エ記載の決定により,本件相続による法定相続人が原告のみとなり,Aのすべての遺産が原告に帰属することが確定したことから,平成13年10月31日,被告に対し,別表2「修正申告」欄のとおり,その旨の修正申告書を提出した(以下「本件修正申告」という。)。【弁論の全趣旨】
カ 被告は,平成15年7月22日,原告に対し,本件保証金債務額を8800万円(本件保証金の額を8億円とし,これに,基準年利率4.5パーセントを前提とした複利現価率0.11(1÷(1+0.045)50=0.11070965≒0.11)を乗じて得られた額)と認定した上,建物についても一部申告漏れがあるとして,別表2「更正処分」欄のとおり,その旨の更正処分をするとともに(以下「本件更正」という。),国税通則法65条所定の過少申告加算税を賦課決定した(以下「本件決定」といい,本件更正と併せて「本件課税処分」という。)。【弁論の全趣旨】
キ 原告は,平成15年9月9日,本件課税処分を不服として,被告に対し異議申立てをしたところ,被告は,同年12月8日付けで,被相続人に帰属する家屋の価格から借家権部分を控除すべきであるとして,別表2「異議決定」欄のとおり,本件課税処分の一部を取り消す旨の異議決定をした(以下「本件異議決定」という。)。【弁論の全趣旨】
ク 原告は,平成15年12月22日,本件異議決定で一部取り消された後の本件課税処分を不服として審査請求をしたところ,国税不服審判所長は,平成16年10月19日付けで,本件保証金債務額を1億1840万円(本件保証金の額を8億円とし,これに,平成12年6月以前10年間の長期プライムレートと10年物長期国債の応募者利回りの平均利率である3.9パーセントを前提とした複利現価率0.148を乗じて得られた額)と認定して,別表2「裁決」欄のとおり,本件課税処分の一部を取り消す裁決(以下「本件裁決」という。)をした。【甲1,弁論の全趣旨】
ケ 原告は,本件異議決定及び本件裁決によって一部取り消された後の本件課税処分に不服があるとして,平成17年1月19日,本訴を提起した。【当裁判所に顕著な事実】
(3)  被告が本訴において主張する原告に対する各課税額の計算過程
ア 被相続人に係る相続財産の価額 11億2782万8427円
被相続人に係る相続財産(以下「本件相続財産」という。)を評価通達等に基づいて評価すると,その合計額は,別表3の⑦欄「取得した財産の合計」記載のとおり,11億2782万8427円となる。
本件相続財産及びその価額の各内訳は,以下のとおりである。
(ア) 土地 6億4543万7198円
本件土地の価額は,別表4のとおり7億0087万6326円であるが,同表の付表のとおり,うち200平方メートルについて租税特別措置法69条の4の規定を適用して減額した後の価額は,6億4537万4558円となる。これに本件相続財産中のその他の土地の価額を加えた合計額は,別表3の①欄「土地」記載のとおり,計6億4543万7198円である。
(イ) 家屋・構築物 149万3000円
本件相続財産のうち家屋及び構築物(本件土地上に存する貸家8棟及び自用1棟)の価格(各家屋の固定資産税評価額を基礎に,貸家についてはそれから借家権割合4割を控除したもの)の合計は,別表3の②欄「家屋・構築物」記載のとおり,149万3000円である。【甲3】
(ウ) 有価証券 6万6250円
本件相続財産のうち有価証券の価額は,本件修正申告におけると同額であり,その合計額は,別表3の③欄「有価証券」記載のとおり,6万6250円である。
(エ) 現金預貯金 4億7770万9979円
本件相続財産のうち現金預貯金の価額は,本件修正申告におけると同額であり,その合計額は,別表3の④欄「現金預貯金」記載のとおり,4億7770万9979円である。
(オ) 家庭用財産 10万0000円
本件相続財産のうち家庭用財産の価額は,本件修正申告におけると同額であり,その合計額は,別表3の⑤欄「家庭用財産」記載のとおり,10万円である。
イ 債務・葬式費用 8370万9339円
本件で相続財産の価額から控除されることになるのは,本件保証金債務額7073万円(本件保証金6億4300万円に基準年利率4.5パーセントを前提とした複利現価率0.11を乗じて得られた額))と,それ以外の債務及び葬式費用の金額計1297万9339円であり,その合計額は,別表3の⑧欄「債務・葬式費用」記載のとおり,8370万9339円である。
ウ 原告の課税価格 10億4411万9000円
原告の相続税の課税価格は,上記ア記載の原告の取得財産の価額から上記イ記載の債務等の金額を控除した金額であり,その金額は,別表3の⑩欄「課税価格」記載のとおり,10億4411万9000円(国税通則法118条1項により,1000円未満の端数切捨て)となる。
エ 相続税の総額 5億1527万1400円
課税される遺産総額は,別表3の⑩ないし⑫欄記載のとおり,課税価格の合計額である10億4411万9000円から,上記遺産に係る基礎控除額6000万円を控除した残額9億8411万9000円となる。そして,これに法が定める税率を乗じると,相続税の総額の基礎となる税額は,同表の⑯欄記載のとおり,5億1527万1400円(国税通則法119条1項により,100円未満の端数切捨て)となる。
オ 納付すべき相続税額 5億1527万1400円
本件における原告の課税価格は,Aの法定相続人が原告のみであることから,別表3の⑰欄「各人の相続税額」記載のとおり,原告の相続税額は5億1527万1400円である。そして,原告には法19条の2以下に規定する税額控除の事由はないから,原告の納付すべき相続税額も,同表の⑲欄「納付すべき税額」記載のとおり,5億1527万1400円となる。
カ 本件決定に係る税額 1266万5000円
本件修正申告における納付すべき相続税額は別表5の①欄記載のとおり3億6001万3600円,本件更正(ただし,本件異議決定及び本件裁決により一部取り消された後のもの)による納付すべき相続税額は同表の②欄記載のとおり4億8666万9400円であり,これらを前提に国税通則法65条1項及び2項の規定を適用して同表記載のとおり算出される過少申告加算税は,同表⑨欄記載のとおり1266万5000円となる。
2  争点
(1)  本件保証金債務額の算出において適用すべき複利現価率
(2)  本件保証金債務額の算出において前提とすべき本件保証金の額
(3)  本件修正申告に係る「正当な理由」(国税通則法65条4項)の存否
3  当事者の主張
(1)  争点(1)(複利現価率)について
(被告)
相続税の課税対象となる相続財産は多種多様であり,その時価は必ずしも一義的に確定されるものではないところ,相続財産を個別の相続ごとに個別に評価する方法を採ると,担当者により,評価方式,基礎資料の選択・評価等が異なったりし,同一の財産の評価が区々に分かれることが生じ,課税の公平性,統一性,安定性が損なわれ,また,課税庁の事務負担が加重となり,課税実務の迅速性も失われる。このような見地から,評価通達をもって,客観的・画一的な評価基準を示し,それをもって相続財産を評価することには合理性がある。
しかるところ,評価通達は基準年利率を4.5パーセントと定めているから,無利息債務の評価に用いられる複利現価率を求める際にも,「通常の利率」としてはこれを用いるべきである。現に,各税務署に備え付けてある財産評価基準書及び国税庁ホームページに掲載されている評価通達の解説に参考として付された複利表(以下「本件複利表」という。)には,「年4.5%の複利現価」等がその年数とともに記載されており,その「注2」には,「複利現価は,特許権,定期金に関する権利,信託受益権,清算中の株式,無利息債務等の評価に使用する。」との記載があるとおり,課税実務上,無利息債務の評価にも基準年利率を統一的に適用しているところである。
基準年利率が4.5パーセントとされた根拠は,長期性を有する財産の評価は,当該財産が将来生ずべき収益力等に着目して,課税時期における現在価値を測定するものであるから,基準年利率の基礎となる指標については,長期金利の指標が適当であると考えられたため,平成11年7月19日付け「財産評価基本通達の一部改正について(法令解釈通達)」(課評2-12ほか1課共同)によって評価通達を改正して基準年利率を定めた際,代表的な長期の金融資産である長期国債の応募者利回りと,長期貸出金利として公表されている長期プライムレートとについて,最近10年間のこれら指標の平均値を基にしたことによる。そして,長期国債の応募者利回りは,長期金利の指標の一つであり,国内の景気動向,国債の発行量,短期金利との関係等様々な要因が加味されて決定されており,長期プライムレートは,企業に対する最優遇貸出金利として公表されている指標であることから,これらの指標を通常に運用して運用益を生み出す長期金利の指標として採用することには合理性がある(他方,両者以外に公表されている金利としては公定歩合や住宅金融公庫の貸出金利等があるが,前者は日本銀行から各金融機関に対する貸出金利であって,一般的に短期金利の指標と考えられていること,後者は貸付けの目的が住宅取得資金に特定されているため,一般的な貸出金利よりも低めに設定されていることから,いずれも長期金利の一般的指標としては適さない。)。また,平均を採るべき期間を過去10年としたのは,通常の利率の算定については過去の経験則を基に将来の金利の動向を予測するという面があるところ,一般に景気と金利とは互いに影響を与え合っていると言われていること,景気には波があって好況と不況とを繰り返しているところ,この波の周期は,10年前後の期間をもって転換局面が発生する事実が検証されていること,によるものであり,過去10年間の平均を基にすれば,仮に局所的に急激な利率の変動が認められた場合でも,その数値を平準化し,継続性及び安定性を確保する効果が期待できることからしても,過去10年間の利率の平均値を採ることには合理性がある(特に,本件保証金のように,その弁済期が約50年後となる債務については,平均を採るべき期間が少なくとも10年を下回るようであれば,実情に即さないことは明白である。)。
また,本件契約のように,定期借地権の設定に際して借地権者が無利息又は基準年利率以下の約定利率により借地権設定者に預託した保証金及び敷金(以下「保証金等」という。)の授受がある場合において,借地人又は借地権設定者に相続が開始したときは,相続税の課税価格の計算上,借地人の相続については保証金返還請求権の額を,借地権設定者の相続については保証金返還債務の額をそれぞれ相続税の課税価額に反映しなければならないところ,この場合における債権額又は債務額は,借地人に帰属する経済的利益の総額(借地権設定者にとっての保証金等の運用益相当額)の算定と表裏一体の関係にある。そして,評価通達27-2は,定期借地権等の権利の価額は,① その目的となっている宅地の課税時期における自用地の価額,② 借地権設定時における定期借地権等の割合,及び③ 定期借地権等の逓減率,をそれぞれ乗じることによって算出することとし,②については,定期借地権等の設定時点において借地権者に帰属する経済的利益の総額を,同時点における当該宅地の取引価額で除したものがこれに当たるとしている。また,評価通達27-3は,借地権者に帰属する経済的利益の総額を,借地人が契約期間満了時に返還を受ける保証金等の金額から,ア 保証金等の額に相当する金額と,定期借地権等の課税時期における残存期間年数に応じた複利現価率とを乗じたもの(すなわち,保証金返済の原資に相当する金額),及びイ 保証金等の額に相当する金額,約定利率及び定期借地権等の課税時期における残存期間年数に応じた複利年金現価率を順次乗じたもの(すなわち,毎年の支払利息の額の総額)とをそれぞれ控除した金額として評価することとしているところ,その根拠は,保証金等が返還されるまでの間に借地権設定者によって運用されることによって得られる運用益は前払地代としての性格を有し,権利金と同様に借地権者に帰属する経済的利益として取り扱うのが相当であると解されることにある。そうであれば,定期借地権等の目的となっている宅地(底地)の評価も,借地権設定者に上記運用利益が生じることを反映させるため,その宅地の自用地としての価額から,毎年留保される経済的利益の中間利息控除後の現在価値を保証金等の額面金額から差し引いた金額を控除して算定するのが相当であり,具体的には,保証金返済の原資に相当する金額と毎年の支払利息の額の総額とをそれぞれ上記のように計算した上,これらを合算した額がその控除額となると考えられる。そして,借地権者に帰属する経済的利益の総額について,上記のように評価通達が基準年利率を適用して算出していることとの均衡からすれば,借地権設定者に帰属する経済的利益の総額についても,基準年利率を適用して計算するのが合理的である。
仮に,本件保証金債務額を相続開始時における「現況」によって評価するという見地をより重視し,本件相続の開始時が,平成11年7月19日付けによる評価通達の改正における基準年利率の算定基準時から2年が経過していることを考慮して,「通常の利率」として本件相続の開始時前10年間の長期国債(10年もの)の応募者利回りと長期プライムレートの平均を採用したとしても,その数値は,本件裁決が算出したとおり年3.9パーセントとなる。
これに対し,原告は,本件相続の開始時点における長期国債の応募利回りが1.73パーセント,定期預金の預入期間別(10年)平均金利が0.78パーセント,長期プライムレートが2.15パーセントであることから,「通常の利率」として課税時期である平成12年6月の新発10年もの長期国債の約定利率1.8パーセントを採用すべきである旨主張する。しかしながら,前記のとおり,本件保証金の弁済期が本件相続の開始時点から約50年後であることを考慮すれば,過去の相当な期間における長期金利の平均値を採用するのが最も合理的である上,評価の安全性の見地から,相続開始時点等一時点における需給関係に基づく偶発的な価額によって評価することの危険性を排除し,継続性,安定性が確保される評価となるような方法で算出された利率を採用すべきこと,民法が将来の請求権を現在価額に換算するに際し,中間利息を控除するに当たって法的安定及び統一的処理の要請を重視して実質金利の動向を考慮することなく民事法定利率(404条)を使用することとしていると解されること(最高裁平成16年(受)第1888号同17年6月14日第三小法廷判決・民集59巻5号983頁参照。この判決を以下「平成17年判決」という。)との対比からいっても,継続性,安定性を考慮する被告の主張は不当とはいえない一方,単に課税時期である本件相続の開始時点において発行された新発10年もの長期国債の利率のみを用いる原告の主張は合理性を欠くというべきである。加えて,原告も,別表4のとおり,本件土地(底地)の評価方法には基準年利率を用いているのであって,その主張に一貫性がないことは明らかである。
また,原告は,基準年利率が無利息債務の評価に用いられる複利現価率を求める際の前提となる利率とするについては法令や通達に定めがない旨主張する。確かに,評価通達は直接債務の評価には触れていないが,債権と債務とで「通常の利率」を異にする理由はない上,本件保証金の返還債務に限ってみても,前記のとおり,債務控除額の評価と定期借地権等の価額の評価は同一財産の表裏の関係にあり,それぞれに異なる利率を適用することは合理性を欠くというべきであって,評価通達における基準年利率は債務の評価にも適用するのが相当である。本件複利表における「複利現価は,特許権…無利息債務等の評価に使用する。」との説明も,債権及び債務の評価に際しては,それぞれ同一の通常の利率を採用すべきという当然の理を示したにすぎないものと解される。現に,前記のとおり,評価通達においても,基準年利率が定期借地権等に係る財産評価一般に画一的に採用されているのであり,評価通達は,あらかじめ定められた客観性の高い基準により画一的な評価方法を採ることで,課税の公平性を確保し,納税者の便宜を図る等の役割を果たしているのである。また,私法においても,法定利率は債権,債務双方に共通する利率となっており(民法404条),将来の請求権を現在価額に換算して配当を行うに際して法定利率によることを規定する民事執行法88条2項等も債権債務が表裏関係にあることを前提としている上,基準年利率自体が法定利率を下回っていることからも,その合理性が基礎付けられるというべきである。
加えて,原告は,平成16年改正において基準年利率の算出方法が変更されていることから,本件相続に係る相続税に適用される基準年利率の算出方法が不合理であることを国税庁自身認めている旨主張する。しかしながら,平成16年改正は,いわゆる超低金利が継続し,長期国債の応募者利回りと長期プライムレートとが約10年の景気循環のサイクルを超えて長期的な下落傾向になったとの当時の社会経済情勢に対する認識や,期間の長短に応じたリスクも考慮することが適切であるとの考慮から,従来の基準年利率の算出方法を変更したものであって,それまでは過去10年間の長期国債の応募者利回りと長期プライムレートの平均を基に基準年利率を定める考え方が合理的と判断され,維持されてきたのであるから,本件相続の開始時点においてこのような考え方が破綻していたという事実はない。
なお,原告は,平成10年8月25日付け課評2-8ほか(一部改正平成11年7月26日課評2-14ほか)の国税庁長官通達「一般定期借地権の目的となっている宅地の評価に関する取扱いについて」(以下「本件個別通達」という。)により,定期借地権の評価と底地の評価及びこれらと保証金の債権と債務の評価が連動しなくなっている旨主張している。しかしながら,本件個別通達は,定期借地権及びその目的となっている土地の評価に当たり,納税者の便宜等を視野に入れて標準化を図ったものにすぎず,定期借地権等の評価方法における考え方自体を否定ないし変更したものではない。
(原告)
相続税における財産評価は「時価」又は「現況」を求めるものであるが,絶対的に正しい時価を算定することは困難であるから,納税者に不利にならないよう,評価の安全性を考慮して余裕をみることによって,結果的に時価の範囲内に収めることが多い。しかしながら,債務の評価は,額面金額と,一定の年利率による複利現価率という2つの要素によって決定されるから,年利率の認定に当たって評価の安全性を考慮しなければ,その評価は直ちに時価を下回り,納税者に不利となる。特に,本件保証金のように,弁済期まで約50年の期間があるような長期債務については,これに適用すべき利率を予測することは極めて困難である。また,債務の評価に用いるべき利率は,債権の評価に用いるべき利率と理論的には同一であろうが,現実に同一の年利率を適用するとすれば,その年利率が絶対的に正しい利率でない限り,債権か債務のいずれかの評価が必ず時価を超過することになり,違法とならざるを得ない。そうであるとすれば,たとい財産評価のための年利率が4.5パーセントであったとしても,それを債務評価のための年利率とすべき必然性はない。
しかるところ,本件相続の開始時点における長期国債の応募者利回りは年1.73パーセント,定期預金の預入期間別(10年)平均金利は0.78パーセント,長期プライムレートは年2.15パーセント,新発10年もの長期国債の約定利率は年1.8パーセントであったことから,原告は,本件申告及び本件修正申告に当たって本件保証金債務額を算出するに際し,上記各利率のうち年1.8パーセントを通常の利率として用いたものである。そして,法22条にいう「現況」とは,課税時期の時点における債務の評価額でなければならないことからしても,原告主張の利率が通常の利率の範囲内にあることは明らかである。
他方,被告は,本件相続の開始時点における評価通達4-4所定の基準年利率4.5パーセントが通常の利率であると主張する。しかしながら,昭和49年判決は,弁済期未到来の無利息金銭債務を評価するに際し,債務者が通常の利率によって発生した利息相当額について経済的利益を享受し得ることを前提しているところ,本件相続の開始時点には存在しない,又はだれもが運用できないような利率による経済的利益を債務者が享受し得るとは解し得ないから,被告の上記主張は,課税の便宜のみを考慮したものであって,一般人の素直な常識から大きくかい離したものというべきである。
そもそも,更正は,納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったとき,その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときに行われる(国税通則法24条)のであるから,被告は,基準年利率を4.5パーセントとすることが法22条に適合することを主張立証するだけでは足りず,原告が本件申告及び本件修正申告において本件保証金債務額を算出するに際して採用した利率が法22条に違反することを主張立証する必要がある。これに対し,被告は,原告が採用した年1.8パーセントという利率が不合理である根拠として,それが本件相続の開始された時点において発行された長期国債の約定利率のみを用いている事実を指摘するが,平成16年改正後の評価通達は,長期金利の過去10年間の平均値から基準年利率を算出するという従来の考え方を,過去の高い利率が加味されるために課税時期の利率とかい離が生じ合理性に欠けるとして放棄し,相続時点における利付国債の複利ベースの最終利回りを参考に決定することとしているのであって,これは,基本的には原告の主張に親和的な考え方である。そして,被告が平成16年に合理的と判断している利率の決定方法を,平成12年には不合理であったと主張するのであれば,その理由を明らかにする必要があるが,被告は何らそのような主張をしていない。むしろ,平成16年改正の趣旨に照らしても,原告が採用した利率が合理的であって,法22条が許容する範囲内にあることは明らかである。
これに対し,被告は,実務上,無利息金銭債務の評価にも基準年利率が用いられてきた旨主張する。しかしながら,無利息金銭債務の評価方法は評価通達自体には一切明記されていないところ,法22条は「財産」と「債務」の概念を明らかに使い分けており,評価通達4-4も「第2章以下に定める財産の評価において適用」されるものである上,昭和59年以降,長期利率は一貫して評価通達の定める利率を下回っていたのであるから,評価通達所定の利率を積極財産の評価に用いることは評価額を引き下げることとなり納税者に有利であったものの,これをそのまま債務の評価に使用することの合理性は何ら検討されていなかったというべきである(なお,評価通達27-2及び同27-3によれば,定期借地権についてのみは,複利現価率や複利年金現価率が高いほどその評価も高くなる関係にあるが,基準年利率が定められる以前は,定期借地権の評価に用いる利率は,それ以外の財産の評価に用いるよりも2パーセント低い年6パーセントとされており,かつ,定期借地権の評価の計算式において使用される「課税時期における自用地価額」としては公示価額の8割に相当する額が使用されていたから,二重に評価の安全性が考慮されていた。)。本件裁決が,本件保証金債務額の算出に当たって適用すべき利率を年4.5パーセントから年3.9パーセントに変更しているのも,無利息金銭債務の評価については評価通達に定めがないことを前提として,納税者間の公平の要請を後退させても,合理的な利率を適用しようとした結果と解される。
また,被告は,無利息金銭債務の評価に基準年利率を適用すべき根拠として本件複利表の記載を引用するが,本件複利表は,国税庁の作成に係るものと推測することはできるものの,納税者の便宜を図るために参考として掲載している早見表のようなものであって,その作成に際して通達のような厳格な内部手続を経たものではなく,基準年利率を適用すべき場面が想定できない「定期金に関する権利」等についてもその適用を前提とした記載がされているなど,その内容もずさんであって,評価通達とは同視し得ない。仮に,実務上,無利息金銭債務の評価に基準年利率が用いられることが多いという事実があったとしても,納税者が申告に際して採用した評価方法が法22条が許容する範囲であれば,租税平等主義や課税の公平の観点のみをもって被告がこれを否定することは,租税法律主義の観点から許されないというべきである。なお,被告は,原告が本件申告及び本件修正申告において本件土地の評価に基準年利率を採用していることをもって,原告の主張に一貫性がない旨論難するが,後述のとおり,本件土地に関し,その底地としての評価と本件保証金の評価とは何ら関連性を有しておらず,かつ,底地としての評価において基準年利率である4.5パーセントを採用した場合と1.8パーセントを採用した場合とでは大きな差異はないから,被告の上記主張は失当である。
加えて,被告は,評価通達27-3が「定期借地権等の設定の時における借地権者に帰属する経済的利益の総額」を算出する際,保証金額と基準年利率による複利現価率が使用されることから,保証金債務の評価においても基準年利率が適用されるべきである旨主張する。しかしながら,評価通達27-3は定期借地権の評価に関する規定であり,保証金債務を同様の方法で評価するとの定めではない。また,本件個別通達によれば,① 定期借地権が設定された底地の評価は,自用地としての価格に,1から定期借地権割合を減じて得られた数値を乗じて算出され,② 定期借地権割合は,1から底地割合を減じて得られた数値に,定期借地権の逓減率を乗じて算出されるのであり,保証金の額は底地の評価には反映されない。このように,本件個別通達の下では,定期借地権の目的となっている底地の評価は,保証金の額とは切り離され,かつ,複利年金現価率の前提となる利率の高低によっても評価が大きく相違しなくなっている上,底地の評価と定期借地権の評価も連動しなくなっている。加えて,仮に,被告が主張するように,定期借地権と底地及び保証金の債権債務の評価が表裏一体の関係にあり連動することが合理的であるというのであれば,借地権設定者と借地権者の財産額は定期借地権設定の前後で変動がないはずであるが,実際には,別表6のとおり,被告の主張する方法で定期借地権設定前と定期借地権設定直後における借地権設定者と借地権者に帰属する財産の相続税評価額をそれぞれ算出すると,定期借地権設定後に借地権者側の財産評価が大幅に増加することになる。よって,被告の上記主張は失当である。
さらに,被告は,交通事故被害者の逸失利益の算定に用いるべき中間利息の控除割合につき,民事法定利率である年5パーセントを採用すべきことを示した平成17年判決は,被告主張の正当性を裏付ける旨の主張をする。しかしながら,平成17年判決は民事事件において将来の請求権を現在価値に換算する場合のものであり,租税法律主義が適用される国家権力の行使の場面を論じたものではない上,「損害賠償額の算定に当たり被害者の将来の逸失利益を現在価値に換算するに際しても,法的安定性及び統一的処理が必要とされるのであるから,民法は,民事法定利率により中間利息を控除することを予定しているものと考えられる」としているとおり,あくまでもあらかじめ民法で定められた基準を適用することを前提としており,本件のように何ら正式に基準が定められていない場合に課税庁が指示する利率に従わなければならないということまで述べるものではない。
(2)  争点(2)(本件保証金の額)について
(被告)
相続税の課税価格の算定上債務控除の対象となる債務は,確実と認められるものでなければならない(法14条1項)が,確実と認められる債務とは,当該債務が存在することに加え,債権者による裁判上,裁判外の請求,仮差押え,差押え,債務承認の請求等がされており,債権者の債務の履行を求める意思を客観的に認識し得るか,又は,債務者においてその履行義務が法律的に強制される場合には該当しないとしても,社会生活関係上,営業継続上若しくは債権債務成立に至る経緯等に照らして事実的,道義的に履行が義務付けられているか若しくは履行せざるを得ない蓋然性の表象のあるもの,すなわち,債務の存在のみならずその履行も確実と認められるものをいうと解するのが相当である。
しかるところ,原告も自認するとおり,Aと協栄地所との間では,現実に6億円の金銭の授受がされた事実はなく,協栄地所からAに対して本件保証金の一部として6億円が預託された事実は認められない。そして,定期借地権設定に伴い預託される保証金は,主として預託がされた保証金によって得られる経済的利益(運用益)に意義があり,現に預託された事実がなければ,当該経済的利益を生ぜしめる余地はないから,本来,現に預託された保証金の金額に対してのみ,借地権設定者に返還義務が生ずると解すべきものである。他方,原告の主張によれば,本件契約には,Aが協栄地所に立退き交渉を委任する趣旨が含まれていたというのであるから,Aが支払うという立退料は,委任事務処理のための前払費用と解するのが自然であって,通常は精算されるべきものであるところ,協栄地所が実際に借地人又は借家人に立退料として支払ったのは下記のとおり4億4300万円であって,4回目の立退きが行われてから本件相続(平成12年6月18日)までの約4年間には新たな立退きは実現していなかった。

日付 相手方 対象 金額
① 平成3年4月10日 C 店舗賃借権 9000万円
② 平成4年4月24日 忠建実業株式会社 同上 2億8000万円
③ 平成6年10月27日 D 同上 4500万円
④ 平成8年4月23日 E 同上 2800万円
計4億4300万円
しかも,本件契約15条3項によれば,6億円を超える立退料は協栄地所の負担と定められており,かつ,本件相続の時点で既に本件契約締結から5年が経過していたから,同条1項に基づく契約当事者間の協議内容によっては,本件保証金の返還を含め,本件契約の内容に変更が加えられる可能性もあった。
これらの事情を総合すると,本件相続の開始当時,新たな立退きが実現することが確実であったとまでは認められないというべきであるから,Aの協栄地所に対する保証金返還債務のうち本件相続の開始時において「確実と認められる」額は,上記4億4300万円と,本件契約締結時に内金として受領した2億円の合計6億4300万円と評価するのが相当である。
これに対し,原告は,本件土地全部の立退きが6億円以内に収まることは想定されておらず,本件契約は,本件土地に係る立退きのリスクを協栄地所側に負担させるものであって,仮に立退料が6億円以内で収まった場合には,その差額分は協栄地所の利益となるとするものであるから,本件契約の時点において,Aが6億円の預託を受けた上,協栄地所に対しその全額を立退料として支出したものと評価できる旨主張する。しかしながら,6億円の債務は,立退きが完了して初めて成立する停止条件付債務であり,立退き未了の間は,立退き未了分については,返還債務の元となる保証金自体が存在していないというべきである。また,前記のとおり,Aが支払うという立退料は,委任事務処理のための前払費用と解すべきであって,本件契約には,立退料が6億円以内で収まった場合の差額を協栄地所の利益とする旨の明文の定めはない上,仮に当該差額が協栄地所のいわば成功報酬となるとしても,それが同時に本件保証金として預託されたものとして扱われる旨の約定もないから,原告の上記主張は失当である。
また,原告は,本件契約上,協栄地所は本件土地を更地にして返還すべき義務を負っており(10条1項),すべての立退きを完了していなければ債務不履行による損害賠償義務を負うことになるところ,その損害賠償額と既払分の立退料とを合算すれば6億円を超えることが確実であるから,本件保証金の一部として立退料相当額である6億円の返還債務を負うとしても,結果的にAに不利益はなかったはずである旨主張する。しかしながら,本件契約上,協栄地所は,借地人及び借家人の立退きを5年以内に完了させることとされているものの,それが完了していない場合には両者で協議することとされており(15条1項),5年以内に立退きが完了していないことをもって直ちに協栄地所の債務不履行となることまでは約定されていないから,本件契約10条1項は,立退きの完了を前提とした条項と解釈するのが相当である。
さらに,原告は,本件相続の開始後,数件の明渡しが完了又はその予定であるかのように主張するが,これを認めるに足りる証拠はない上,いずれにせよ新たな立退きが行われたのは平成8年4月23日の立退きから長期間が経過した後であることなどからすれば,本件相続の開始時において新たな立退きが実現することが確実であったとまではいえない。
加えて,原告は,被告が不服申立手続において本件保証金の額が8億円であるとする原告主張を特段争っていなかったにもかかわらず,本訴に至って実際に立退料をもって充当された保証金額を主張することが信義則に反する旨の主張もする。しかしながら,課税処分取消訴訟の審判の対象は,当該処分により認定された課税標準等が客観的に存在するか否かであり,課税庁としては口頭弁論終結時に至るまで当該処分で認定した課税標準が客観的に存在することを根拠付けるすべての資料とそれによる認識判断を主張することができると解されるところ,本件保証金の金額に係る主張は,本件更正で認定した課税標準についての単なる攻撃防御方法にすぎず,本件更正において本件保証金の金額に係る問題点を反映していなかったことをもって,被告が保証金額に関して一切争わないことを表示したとはいえない。
(原告)
本件契約は,借地借家人の立退きを伴うような不動産開発について全く知識,経験,能力を有していなかったAが,その相続に係る本件土地を手放さずに有効利用するため,これまでの付き合いの中で信頼していた協栄地所に本件土地の開発を全面的にゆだねるべく締結したものである。よって,立退きのための交渉は定期借地人である協栄地所が行うことになっており,いついかなる条件で立退きをさせるかといった立退きに関するリスクはすべて協栄地所が負うこととなっていたのである。
そのため,本件契約6条及び同15条は,立退料がいくらかかっても6億円については保証金としてAが負担するが,それ以外の立退きに関するリスクはすべて協栄地所が負担するとの定めをしていた。すなわち,Aは,協栄地所から6億円の保証金を預かり,その全額を協栄地所に立退料として支払ったのであって,便宜上現実の現金の授受を省略したにすぎず,Aが協栄地所から預かった6億円の保証金返還債務と,Aが協栄地所に支払った6億円の立退料とは,法律上は関連性を有しないというべきである。しかるところ,本件相続の開始当時において明渡しが完了していたのは別紙記載のC,忠建実業,D,E1及びE2のみであり,当初から(株)ロイヤルが強硬姿勢をみせていたことなどから,本件契約の当事者は本件土地全部の立退料が6億円で収まるとはだれも考えていなかった。よって,本件契約においては,仮に立退料が6億円以内に収まった場合に協栄地所がAにその差額を精算して支払うなどということは想定されておらず,6億円を超過した部分は協栄地所が負担することを念のために規定したのである(現に,協栄地所が立退料の支払に際して原告と相談したことは一切なく,原告も,実際に支払われた立退料について関心を有していなかったため,その金額の詳細は把握していない。)。したがって,Aは,本件契約の締結時において6億円の返還債務を現に負担しており,協栄地所が立退料として現実に支払った額が6億円に満たなかったとしても,本件保証金債務額に影響を与えることはない。
なお,別紙のうち,本件相続後において,(株)辻村塗装工業,ハイキングショップ山小屋,F,G及びお食事処佗介についても明渡し済みとなったか,近々明渡し予定であった。
仮に,本件相続の開始後,協栄地所が新たな立退きを実現できない状態のまま本件契約が終了した場合には,協栄地所は,本件土地を更地にして返還すべき義務(本件契約10条1項)を履行できないことになるから,債務不履行による損害賠償義務を負うことになり,その額を既払分の立退料と合算すれば6億円を超えることが確実であるから,原告が協栄地所に6億円の保証金返還債務を負うとしても,特段原告に不利ということはない。
そもそも,被告は,本件課税処分以前に,協栄地所等が立て替えている立退料が6億円に満たないことを認識し,原告に対しても平成14年12月17日時点でAの保証金債務が8億円に満たないことを指摘していたものの,平成15年6月24日には保証金額についての主張を撤回し,その評価(複利現価率)のみを問題点として指摘して本件課税処分を行い,異議申立て・審査請求においても保証金額についての主張を行わなかったのであるから,本訴に至って被告が再度保証金額に関する主張を持出すことを許すとすれば,これまでの異議申立て・審査請求手続が全く無駄となり,適正手続によって権利の確定を求めようとする納税者に労苦を強いるものであって,信義則に反し,許されるべきではない。
したがって,Aの協栄地所に対する保証金返還債務のうち本件相続の開始時において「確実と認められる」額は,上記6億円と,本件契約締結時に内金として受領した2億円の合計8億円と評価するのが相当である
(3)  争点(3)(正当な理由)について
(原告)
本件申告及び本件修正申告は,本件保証金債務額の評価に関する具体的な法令ないし法令解釈通達がないため,合理的な評価に基づき申告したものであり,国税通則法65条4項所定の「正当な理由」がある。
(被告)
国税通則法65条4項所定の「正当な理由」がある場合とは,過少に税額を申告したことが納税者の責めに帰することができない客観的な障害に起因する場合など,当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり,納税者に過少申告加算税を課すことが不当若しくは酷になる場合を意味するものであって,その過少申告が納税者の税法の不知又は誤解であるとか,納税者の単なる主観的な事情に基づくような場合までを含むものではないと解するのが相当である。
しかるところ,原告は,本件保証金債務額を評価する前提となる「通常の利率」が課税時点である平成12年6月の新発10年もの長期国債の約定利率1.8パーセントであるとの独自の見解をもとに本件申告及び本件修正申告に及んだのであり,その評価が合理的でないことは,既に述べたとおりである。
したがって,本件申告及び本件修正申告が過少申告となったのは,原告の税法に係る誤解によるというほかなく,真にやむを得ない理由によるとは到底いうことができず,過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合には当たらないことから,「正当な理由」は存在しないというべきである。
第3  当裁判所の判断
1  争点(1)(複利現価率)について
(1)  相続税は,財産の無償取得によって生じた財産的価値の増加に対して課される租税であるから,その課税価格の算出に当たっては,取得財産と控除すべき債務の双方について,それぞれの現に有する経済的価値を客観的に評価した金額を基礎とすべきである。もっとも,債務については,その性質上客観的な交換価値となるものがないため,交換価値を意味する「時価」に代えて,その「現況」により控除すべき金額を評価する旨が定められているものと解される。よって,控除すべき債務が弁済すべき金額の確定している金銭債務の場合であっても,その額面金額が当然に当該債務の相続開始時における消極的経済価値を示すものとして課税価格算出の基礎となるものではなく,金銭債権についてその権利の具体的内容によって時価を評価するのと同様に,金銭債務についてもその利率や弁済期等の現況によって控除すべき金額を個別的に評価しなければならない。そして,弁済期が未到来の確定金銭債務に関して,その約定利率が通常の利率より低い場合には,相続人において通常の利率による利息と約定利率による利息との差額に相当する経済的利益を弁済期が到来するまで毎年留保し得ることとなるから,当該債務は,上記のようにして留保される毎年の経済的利益の現在価値の総額だけその消極的価値を減じているものというべきである。そうすると,このような債務を評価するには,債務者に留保される毎年の経済的利益について,通常の利率によって弁済期までの中間利息を控除して得られたその現在価値を額面金額から差し引いた金額をもって,相続開始時において控除すべき債務の額と解するのが相当である。そして,上記の中間利息は,これを複利によって計算するのが経済の実情に合致するというべきである(以上につき,昭和49年判決参照)。
したがって,相続債務の金額を相続開始時における「現況」によって評価するには,前記前提となる事実等(1)イ記載のとおり,債務の額面金額に通常の利率を基に算出した複利現価率を乗ずる方法で行うべきこととなる。
(2)  しかるところ,前記前提となる事実等(2)アにおいて摘示したとおり,本件契約の下で,Aは,本件相続の開始時(平成12年6月18日)において,協栄地所に対し,遅くとも平成61年10月27日における本件契約の終了後,本件土地上の原状回復(協栄地所において建物その他工作物を収去し,現状に復して更地で返還するとともに,当該建物の滅失登記を行うことをいう。)が完了するのと引き換えに,本件保証金の額面金額から協栄地所のAに対する残債務を控除した残額を支払うべき債務を負っていたというのである。よって,本件相続の開始時における本件契約の設定(残存)期間自体は49年4月余りということになるが,弁論の全趣旨によれば,原告は,協栄地所が上記のような原状回復等を経た上でAが本件保証金を同社に返還すべきその弁済期は,早くとも本件相続の開始当時から50年を経過した平成62年6月18日以降となる旨推定していたものと推認することができ,被告もこれを争わない上,この推定が誤っていることを示す証拠もない。
よって,本件保証金債務額の算出において適用すべき複利現価率は,以下の数式によって求められるべきこととなる。
複利現価率=1÷(1+r)50
r:通常の利率
(3)  そこで,次に本件保証金の返還債務について留保される毎年の経済的利益の計算において適用すべき「通常の利率」が問題となる。
前記のとおり,本件保証金に係る返還債務の弁済期は,本件相続の開始時から50年後であるところ,証拠(甲11)及び弁論の全趣旨によれば,このような長期にわたる債務に直接妥当すべき金利の指標として一般に受容されているものは我が国には現時点では存在しないことが認められる。しかしながら,前記のとおり,債務の「現況」によるという以上に法が債務の算定方法を定めていない以上,50年という運用期間において本件保証金を通常に運用して運用益を生み出す金利としてどの程度のものが合理的かという観点から,現存する長期金利の指標を参考に,このような場合における「通常の利率」を推定するほかはない。
そして,証拠(乙2,3)及び弁論の全趣旨によれば,本件相続の開始時において我が国に存在し一般的に通用していた金利の指標としては,公定歩合,住宅金融公庫の貸出金利,長期国債の応募者利回り及び長期プライムレート等があるが,このうち,公定歩合(日本銀行が市中金融機関に対して貸出しを行う際に適用する基準金利)は,一般に短期金利の指標であると考えられていること,住宅金融金庫の貸出金利は,長期金利ではあるが貸付けの目的が住宅資金に限定され,一般的な貸出金利よりも低めに設定されていることが認められ,これらによれば,公定歩合及び住宅金融公庫の貸出金利は,いずれも本件において参照するには必ずしも適当ではないというべきである。他方,証拠(甲10,11,乙2,3)及び弁論の全趣旨によれば,長期国債の応募者利回りは,我が国における代表的な長期の金融資産である長期国債について,我が国の景気動向,国債の発行量,短期金利との関係等の様々な要因を加味して決定される利率であることが認められる。また,長期プライムレートは,いわゆる長期信用銀行が企業に対する最優遇貸出金利として設定し公表している長期金利に係る指標であること,同レートが適用されることが通常想定されている期間として50年は長期に過ぎるが,歴史的にみて金利が低水準にある場合には,将来的に金利の上昇が見込まれる上,貸出期間が長期にわたるほど貸し手のリスクも増大するため,一般的には長期金利であるほど貸出金利が高くなっていく傾向(順イールド)にあることは,いずれも当裁判所に顕著である。
もっとも,金利は,景気の動向その他の要因によって変動することもまた当裁判所に顕著であり,留保される毎年の経済的利益の計算において適用すべき「通常の利率」についてはこのような将来の金利の変動をも織り込んだ上での適切な利率を採用すべきところ,このような利率を合理的に認定するための手法が確立していない現状の下においては,過去の経験則に基づいて将来の合理的な利率を推認するほかない。しかるところ,証拠(甲1,10,乙13ないし15)及び弁論の全趣旨によれば,長期プライムレートと長期国債の応募者利回りとは,直近ではいずれも平成2年10月に最も高かった(前者が8.90パーセント,後者が7.78パーセント)ものの,その後,本件相続の開始時まではほぼ一貫して下落しており,平成12年6月には前者が2.15パーセント,後者が1.63パーセントであったこと,我が国においては,少なくとも昭和25年ころ以降平成12年ころまでの50年間をみれば,内閣府の景気動向指数を基に計算した全期間に占める景気拡大四半期数の割合が,おおむね5年ごとに増減を繰り返すという景気変動の循環(ジュグラー・サイクル)が存在していたことが認められる。
以上に加えて,後記のとおり平成12年ころの数年間は我が国において歴史的な低金利状態が続いていた時期であったことをも併せ考えると,本件保証金を通常の方法で長期運用して得られるべき運用益を算定する際に適用すべき「通常の利率」は,本件相続の開始時である平成12年6月18日を基準として,そこから過去10年間にわたる長期国債の応募者利回りと長期プライムレートの平均値を下回ることはないものと推認することができる。そして,証拠(甲1)及び弁論の全趣旨によれば,平成2年1月から平成12年12月までの長期国債の応募者利回りと長期プライムレートとの各月ごとの推移は別表7のとおりであり,これらを基に,その平成12年6月以前10年間の各月における利率を単純に平均して算出した平均利率は,別表8のとおり年3.91パーセントとなることが認められる。
(4)  これに対し,原告は,相続債務の評価は,額面金額と複利現価率という2つの要素のみによって決定されるから,これを過小評価して納税者の不利にならないようにするためには後者において評価の安全性を考慮に入れなければならない旨主張する。
確かに,評価通達においては,不動産等の財産の評価が時価よりも低めに算定される傾向がみられることは当裁判所に顕著であり,これは,不動産のように個性が強く,その正確な評価が困難である財産については,評価者によって差異が生じないよう納税者間の平等を可及的に図りつつ評価を迅速に行うために,路線価方式に代表されるような大数的処理が可能な明確かつ簡明な基準を定めるとともに,当該明確かつ簡明な基準によってもその得られた評価が時価を上回ることのないよう,評価の安全性に配慮した結果であると考えられる。しかしながら,無利息又は低利息金銭債務の評価に適用すべき「通常の利率」は,その基準時によって変動があるにせよ,債務の種類によって不動産の評価と同程度に個別性が強いとか,その判定が困難であるとまでは解し難い上,相続税が課せられるべき相続財産の全体に占める金額的割合も不動産ほど高くはないことが明らかであるから,「通常の利率」についても,債務ごとに適用すべき年利率を個別的に評価すれば足りると考えられる。そうであるとすれば,複利現価率の算定において,客観的にみて合理性があると認められる年利率よりも低い年利率をあえて用いてまで評価の安全性を考慮する理由も必要もないというべきである。
また,原告は,法22条にいう「現況」とは,課税時期の時点における債務の評価額であるから,本件相続の開始時点における新発10年ものの長期国債の約定利率年1.8パーセントが「通常の利率」の範囲内にあることは明らかである旨主張する。しかしながら,「通常の利率」は,将来に到来する弁済期までの間の運用益(経済的利益)を算定するための合理的かつ相当な数値であるべきところ,本件相続の開始時点である平成12年ころの数年間は,我が国において歴史的な低金利状態が続いていた時期であったことは当裁判所に顕著であること,本件保証金の弁済期が本件相続から約50年後とされていることにかんがみると,原告の主張する上記利率が本件保証金の返還債務に適用されるべき「通常の利率」であると解するのは明らかに不合理であり,法22条に反するというべきである。
さらに,原告は,平成16年改正後の評価通達は,相続時点における利付国債の複利ベースの最終利回りを参考に基準年利率を決定することとしているところ,これは原告の主張に親和的な算定方法である旨主張する。そこで検討するに,証拠(甲10,11)及び弁論の全趣旨によれば,平成16年改正まで,評価通達の基準年利率は,適用年分の前年までの直近10年間における長期国債の応募者利回りと長期プライムレートの平均値を基に算出されており,経済実態を反映するととともに改正の客観性を確保するため,直前の改正時からの平均値の変動の累積が0.5パーセントを超えた場合にその平均値を0.5パーセント単位で四捨五入した数値によって基準年利率の改正を行ってきたこと,しかしながら,このような方法で基準年利率を定めた場合には,金利が下落傾向にあるときは,過去の高い利率が加味されるために高い数値となり,課税時期の利率とかい離が生じ得るのに加え,期間の長短に応じたリスクを適切に反映することができない問題があったこと,理論的には,各期の将来収入を予測し,それらを現在価値に割り戻した金額の累計額により評価する財産については「割引債の複利ベースの最終利回り」(スポットレート)を,一定期間の年平均収入を推定して評価する財産については「複利年金現価率の基となる利回り」を用いることが最も整合的であるところ,割引国債が1,3,5年といった数種類しか発行,流通していないために毎期の利率を得るのが難しく,これをベースにして複利年金原価率の基となる利回りを計算するのも困難であることから,平成16年改正は,経験的に上記各利回りの中間に位置し,かつ,日本証券業協会において売買参考統計値が日々公表される「利付国債の複利ベースの最終利回り」(パーレート)を基に算定することとし,日経公社債インデックスの例を参考に,短期(3年未満),中期(3年以上7年未満)及び長期(7年以上)に区分して基準年利率を定めることとしたこと,が認められる。そうすると,確かに,平成16年改正後の評価通達は,基準年利率を求めるに当たり,日々変動する利回りを可及的に迅速に反映することを指向する点では原告主張に係る利率の定め方に近似する点があるが,期間に応じて段階的に異なる利率を適用する点では新発10年もの長期国債の約定利率だけで「通常の利率」を求めようとする原告の方法と原理的に相容れないのみならず,証拠(甲11の2)によれば,平成16年ころのパーレートは,期間が伸びるに従って上昇しており,期間7年と同28年とでは,後者が前者の2倍程度となっていたことが認められ,これによって判断する限り,少なくとも,本件保証金のように弁済期までの期間が約50年という極めて長期に及ぶ金銭債務に適用すべき「通常の利率」を推認する方法として,平成16年改正以後の評価通達の定める方法が,それ以前の方法と比較してより合理的であるとも断定し難いというべきである。
(5)  他方,被告は,評価通達は基準年利率を4.5パーセントと定めているから,本件保証金のような無利息債務の評価に用いられる複利現価率を求める際にもこれを用いることが課税の公平性,統一性,安定性の観点から合理的である旨主張する。確かに,原告の主張するとおり,前提となる事実等(1)ウにおいて既に摘示したように,評価通達は,基準年利率を「財産の評価において適用する年利率」としており,債務の現況による評価にも適用することを定めた明文の規定を置いておらず,他に,評価通達に準ずる基本的な通達等において,基準年利率を本件のような無利息債務等の評価にも適用すべきことを定めた規定はない。もっとも,評価通達の基準年利率に関する定めが無利息債権を含む金銭債権の評価に適用されることは明らかであるところ,債権と債務とが表裏の関係にあり,債務の評価もその経済的価値の評価という点において債権の評価と異なるところはないことに加えて,評価通達27-2及び同27-3が,定期借地権等の評価及びその前提となる定期借地権等の設定の時における借地権者に帰属する経済的利益の総額の計算において,保証金等の額に相当する金額の運用益相当額につき基準年利率により算定すべきものと定めていることとの対比からすれば,被告の主張するとおり,評価通達の上記基準年利率に関する定めが財産のみならず債務の評価にも適用されるものと解することは,少なくとも評価通達自体の解釈として直ちに不合理であるということはできない。しかしながら,相続税の課税標準の算定に当たり,経済的価値の評価基準として,同一の基準を積極財産の評価に適用する場合と債務,すなわち,消極財産の評価に適用する場合とでは,納税者の利害が相反することからすれば,規定の文言上は積極財産の評価のための基準として定められた基準年利率に関する上記定めが消極財産としての債務の評価にも当然に妥当するとの趣旨を評価通達自体から一般の納税義務者が容易に読み取ることができるか否かについては疑問の余地がある。後記のとおり,本件相続が開始した平成12年当時は,我が国において歴史的な低金利状態が続いていた時期であり,評価通達の定める基準年利率がその時点における我が国の代表的な金融資産の金利の利率よりも相当高めに設定されていたことにもかんがみると,評価通達の上記基準年利率に関する定めを債務の評価にも適用するのであれば,少なくともその旨を評価通達自体又はこれに準ずる基本的な通達等において明確に規定することによりこれを周知すべきであり(証拠(甲5,6,14,乙4)及び弁論の全趣旨によれば,評価通達に参考として付された複利表の注の2には,「複利現価は,特許権,定期金に関する権利,信託受益権,清算中の株式,無利息債務等の評価に使用する。」との記載があること,財団法人大蔵財務協会の作成に係る「財産評価基本通達逐条解説」には,基準年利率について定める評価通達4-4の解説において,参考として,無利息債務についても,実務上,財産の評価の場合に準じて基準年利率を用いた計算を行い,控除すべき債務の額としている旨の記載があることがそれぞれ認められるが,いずれも,課税当局が基準年利率を無利息債務の評価にも用いるべきものと考えている事実を納税者に対して周知する方法として十分であるとはいい難い。),評価通達の上記基準年利率に関する定めは,債務の評価にも適用するための規定としては,明確性を欠く嫌いがあるといわざるを得ない。この点を措くとしても,既に説示したように,平成16年改正まで,評価通達の基準年利率は,適用年分の前年までの直近10年間における長期国債の応募者利回りと長期プライムレートの平均値を基に算出されており,経済実態を反映するととともに改正の客観性を確保するため,直前の改正時からの平均値の変動の累積が0.5パーセントを超えた場合にその平均値を0.5パーセント単位で四捨五入した数値によって基準年利率の改正を行ってきた経過が明らかであるところ,基準年利率の算出方法それ自体に合理性があることは前記のとおりであり,また,債権(債務)の経済的価値の評価の基準となる「通常の利率」自体が景気の動向その他の要因によって変動し得る性質のものであるとしても,課税の公平性,統一性,安定性確保の見地からある程度画一的な処理をすべき要請の存することも否定することができないものの,本件相続が開始した平成12年6月当時は,評価通達における上記基準年利率に関する定めの基準とされた時点ないし当該定めの適用開始時点(平成11年1月1日)から約1年6か月の期間が経過しており,その間,長期国債の応募者利回り及び長期プライムレートは上昇傾向に転じることなく一貫して低金利状態が続いていたのであって(甲10の2),このような事情は,債務の経済的価値の無視し得ない変動要因となるものであり,その直近10年間の長期国債の応募者利回りと長期プライムレートの平均値を採るという評価通達の定める基準年利率の算定方式によった場合,評価通達の定める基準年利率と本件相続の開始当時における当該利率との間に約0.6パーセントのかい離があったのである。これらに加えて,前記認定のその後の基準年利率の改訂経過をも併せ考えると,本件相続の開始時点においては,評価通達の定める基準年利率は,債務の経済的価値の評価基準としての一般的合理性を欠いていたものというべきであり,課税の公平性,統一性,安定性確保の要請をしんしゃくしてもなお,本件保証金のような無利息債務の「現況」すなわち経済的価値を評価するに当たり上記基準年利率を「通常の利率」として適用することは,相続税法22条の許容限度を超えているものといわざるを得ない。したがって,被告の上記主張は採用することができない。
また,被告は,定期借地権等の権利の価額の算定方法について定める評価通達27-2及び同27-3が,その算出過程において必要となる,保証金等返済の原資に相当する金額を算定するに当たり,保証金等の金額に複利現価率を乗じることとしているところ,この複利現価率が基準年利率を基に計算されたものであることを根拠に,本件保証金債務額の算出に当たっても,基準年利率を用いるべきである旨主張する。しかしながら,本件相続の開始時点においては,評価通達の定める基準年利率は,債務の経済的価値の評価基準としての一般的合理性を欠いていたものというべきことは,既に説示したとおりである上,原告が主張するように,本件相続時においては,一般定期借地権の目的となっている宅地の評価について,保証金の額が底地の評価に反映されない本件個別通達によることもできたのであるから,被告の上記主張はいずれにせよ失当である。
(6)  したがって,本件保証金債務額の算出において,「通常の利率」は年3.91パーセントと解すべきであるから,これに適用すべき複利現価率は,以下のとおり0.147を上回ることはないと認められる。
複利現価率=1÷(1+0.0391)50
=1÷6.80561287
=0.14693754
≒0.147
2  争点(2)(本件保証金の額)について
(1)  既に摘示したとおり,法によれば,相続税の課税価格の計算上,相続開始の時に被相続人の債務で現に存するもののうち確実と認められるものの金額は,各相続人の負担に属する部分につき,その者の相続財産の金額から控除される(13条1項柱書,1号,14条1項)。そして,「確実と認められる」とは,相続開始当時の現況に照らし,その履行が確実と認められるものをいうと解すべきである。
(2)  そこで,本件保証金に係る返還債務のうち,本件相続の開始時においてその履行が確実と認められた額がいくらであったかを検討するに,証拠(甲1,3,12,13,15,乙1,5ないし9)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
ア 協栄地所の代表者の父親である訴外Fが代表者を務める訴外山田不動産株式会社(以下「山田不動産」という。)は,いわゆるバブル期以降,本件土地及びその周辺地域における開発を計画し,不動産の買収などを積極的に行っていた。山田不動産は,平成6年ころまでに,本件土地の東西に隣接する土地のほとんどを買収済みであった。
原告は,Aが入院した平成6年ころから,会社勤めのかたわら同人の所有する不動産の管理に関与し始めたが,山田不動産は,それ以前からAとも付き合いがあり,その承諾の下で自ら本件土地上の借家人らの立退き交渉を行っており,既に平成3年4月10日には9000万円を出捐して訴外Cから,平成4年4月24日には2億8000万円を出捐して同忠建実業株式会社から,それぞれ店舗賃借権の明渡しを得ていた。しかしながら,山田不動産は,本件土地を買取るまでの資金はなく,また,このままでは立退資金の出費がかさんでいく一方の状態であるにもかかわらずその見返りが不明確であったこと,他方,Aや原告には本件土地を有効利用するための知識や時間がなく,また,立退料負担が増大していくにもかかわらず立退きが完了しなかった場合の危険を回避したかったことから,両者間では,本件土地に山田不動産側が定期借地権を設定し,一定額以上の立退料は同社側が負担し,同社側において責任を持って残りの明渡しを実行していく方向で協議がまとまり,平成6年10月28日,Aと協栄地所との間で本件契約が締結された。
イ 本件契約のうち保証金に関する部分は,概要以下のような内容であった。
すなわち,保証金(15億円)については,本件契約の締結日に協栄地所がAに2億円を現実に預託するが,6億円については,本件土地上の従前からの借地人借家人に対して協栄地所ないし山田不動産が同日までに支出した,又は今後支出すべき立退料合計額についてのAの返還債務と相殺することとされ(6条),現実にこれが授受されることはなかった。また,上記借地人借家人に対する立退料が6億円を上回った時には当該金額は協栄地所が負担し,同社は,Aに対してその部分の返還請求をすることができないとされていた(15条3項)が,本件契約の当事者間では,本件土地の立退きがすべて完了することを前提とした場合,その立退料の総額が6億円を下回る可能性がないことは暗黙のうちに了解されていた。もっとも,協栄地所は借地人借家人の立退きを5年以内に完了させることとされ(15条1項),本件土地の立退きが順調に進まない場合の処理については,当事者間で別途協議するとのみ定められており(15条1項),そのような場合における既払分の立退料の負担割合等については何らの定めもなかった。
ウ 本件相続が開始するまでの間に,山田不動産との間で本件土地からの立退き契約の締結に応じたのは,前記ア記載の2者のほか,平成6年10月27日付けのD(立退料4500万円)及び平成8年4月23日付けのE(同2800万円)のみであり,山田不動産が本件土地に関して出捐した立退料は合計で4億4300万円となっていた。なお,本件土地上に4区画を占めるロイヤルは立退きに応じることに強く反対しており,本件相続の開始当時において,本件契約の締結から15条1項所定の5年の期間が経過していたものの,本件土地上の立退きがすべて完了する目処は立っていなかった。なお,原告が協栄地所等から本件土地上における立退きについて事前に連絡や相談を受けることはなく,事後に報告を受けることもまれであった。
他方,山田不動産は,現在までの間に,本件土地の東西に隣接する土地のうちの買収部分を第三者に譲渡しており,現在は第三者によってその開発が進められている状況にある。
エ 被告の担当官は,本件修正申告後である平成14年12月ころ,原告の税理士に対し,「問題点」と題するメモを交付し,その中で,本件保証金債務額に関し,適用すべき複利現価率について本訴と同様の主張をしていたほか,これと並んで,本件保証金に係る申告額は8億円となっているが,実際に受領した額と立退料に充当した額の合計額はこれより低いのではないか(当時の試算では計7億3148万円)との指摘をしていたが,平成15年6月ころに交付した同様のメモでは,本件保証金の額自体は申告どおり8億円としつつ,これに適用すべき複利現価率の差異のみを指摘していた。被告は,本件異議決定において,「本件相続開始時点に受託している本件保証金の金額」を8億円と記載した上,「この金額は,本件保証金のうち本件契約時に受領している200,000,000円と本件契約により協栄地所の負担が確定している立退料の充当金600,000,000円の合計金額です。」との注記をしており,また,本件裁決においては,請求人(原告)及び原処分庁(被告)の双方に争いがなく,国税不服審判所の調査の結果によってもその事実が認められる「基礎事実」として,「本件相続の開始時における預かり保証金は,内金200,000,000円と立退料に充当される600,000,000円の合計800,000,000円(以下「本件保証金」という。)である。」との摘示がされていた。
(3)  前記(2)の認定事実及び前記前提となる事実等を総合すれば,本件契約においては,Aは従前からの借地人借家人からの賃料等以上の地代が保障された上で,立退きが契約締結後5年以内に完了しない場合には協栄地所からの最低地代が更に増加し,立退きが完了すれば従来の倍以上の地代が約束される一方,立退き交渉やその後の本件土地上の開発はすべて協栄地所に一任し,立退料も6億円を限度として実質的には本件契約の終了後に本件保証金の返還債務の履行として支払えば足りるという,極めてリスクの低い地位を享受するのに対し,協栄地所は本件土地の開発が本格化しないうちからその最低地代と従来の借地人借家人からの賃料等との差額を負担する必要があり,自ら立退きを進めるなどして本件土地の開発を成功させない限り利益が得られる見込みがなく,立退料についても本件契約の終了後に6億円を限度に支払を受けることができるにすぎないというリスクを負う一方で,本件土地の開発に係る具体的な実現方法については一切を任され,これに伴う利益が上がった場合にも定額の地代を除いてAに還元する必要はなく,その利益を最大限享受することができるという地位に立っていたものということができる。
ところで,本件契約6条2項は,保証金15億円の預託方法として,内金6億円は借地人借家人の立退料に充当するとのみ規定するにとどまり,本件契約15条(特約条項)3項において,借地人借家人の立退料が6条2項の6億円を上回ったときはこれを協栄地所の負担として同社はAに対しその返還請求をすることができない旨定めているものの,上記立退料が6億円を下回ったときについては少なくとも契約書上は何らの定めも置いていない。そして,定期借地権等の設定に際し借地権者から借地権設定者に対し借地契約の終了の時に返還を要するものとして預託される保証金等については,その預託,すなわち,金銭の交付又はこれと同視し得る経済的価値の移転がされて初めて当該借地契約の終了時における具体的な返還請求権ないし返還義務が生じるものとするのが一般的な取引通念であると考えられ,その契約書において預託すべき保証金等の金額が定められている場合であっても,その契約の終了時までに現実に預託された額が上記金額に満たない場合には,特段の事情がない限り,賃貸人は,当該預託された金額の範囲内でのみその返還義務を負い,それを超えて現実に預託(経済的価値の移転を含む。)されなかった額についてまでその返還義務を負うものとするためには,契約書等においてその旨の明確な取極めがされるか,又はそのように当該保証金等に係る契約を解釈すべき相応の根拠を要するものというべきである。これを本件契約についてみると,上記のとおり,本件契約に係る契約書においては,保証金15億円のうち借地人借家人の立退料に充当すべきものとされている部分(6億円)について,当該立退料が6億円を下回ったときについての明文の定めを欠いているのであるから,当該立退料が6億円を下回った場合においても賃貸人であるAにおいて本件契約に基づき6億円の返還義務を負うものと解するためには,相応の根拠を要するものというべきである。しかるところ,前記認定事実によれば,本件契約の当事者は,本件土地の立退きがすべて完了することを前提とした場合の立退料の総額が6億円を下回る可能性がないとの暗黙の了解の下に本件契約を締結したものであって,契約書に立退料が6億円を上回った場合についての特約条項のみが置かれたのも,上記の事情によるものと推認されることに加えて,実際にも,本件契約の締結当時において立退きを完了させるために要する立退料の総額が6億円を上回ることがほぼ必至の情勢にあった様子がうかがわれる。しかしながら,上記のような事情の下においては,せいぜい,本件契約の締結時において賃貸人が保証金中本件契約6条2項所定の部分(借地人借家人の立退料に充当すべき部分)につき本件契約の終了時に6億円の返還義務を負うに至る高度の蓋然性が存在したということができるにとどまり,本件契約において,契約当事者が,上記の一般的な取引通念とはあえて異なった,賃貸人(A)が借地人借家人の立退料が6億円を下回った場合においても6億円全額の返還義務を負う旨の法的合意をしたことの根拠とするにはいまだ足りないものというほかない(そうである以上,本件契約15条3項の反対解釈によるのも困難というほかない。)。なお,上記のとおり,本件契約は,少なくとも契約書の文言上は,賃貸人であるAに極めてリスクの低い有利な地位を付与するものということができるものの,契約締結当時の経済情勢等にもかんがみると,賃借人である協栄地所にとっても少なからず契約による利益の享受が見込めたということができ,そうであるからこそ,その相当以前から本件土地を含む周辺地域の開発を手掛けてきた協栄地所側も本件契約の締結に応じたものと考えられるのであって,このような利益状況に照らしても,本件契約中の保証金に関する定めについて,上記の一般的な取引通念とあえて異なった内容を定めたものと解釈すべき理由はないというべきである。
以上のとおり,本件契約において,保証金中6条2項所定の借地人借家人の立退料に充当すべき部分について,賃貸人(A)が借地人借家人の立退料が6億円を下回った場合においても契約終了時に6億円全額の返還義務を負う旨を定めたものと解することはできないから,当該部分の保証金についても,6億円の範囲内,かつ,本件契約の終了時までに賃借人(協栄地所)側において本件土地の借地人借家人に対する立退料として現実に出捐された額の限度で賃貸人(A)はその返還義務を負い,賃借人はその返還請求権を取得するものというべきである。しかるところ,本件相続の開始当時においては,前記のとおり,協栄地所側が当該時点までに本件土地の借地人借家人に対する立退料として現実に出捐した額は4億4300万円にとどまるというのであるから,賃貸人であるAは,借地人借家人の立退料に充当すべき部分に関する限り,4億4300万円を超える部分についてはいまだその返還義務を具体的な債務として負担するに至ってはいなかったというほかない。そうであるとすれば,当該部分について相続税法14条にいう「確実と認められるもの」ということはできないから,結局,本件契約において立退料に充当すべきものとされていた本件保証金6億円のうち,本件相続の開始当時において「確実と認められるもの」に該当するのは,上記4億4300万円の限度にとどまると解すべきである。
(4)  これに対し,原告は,Aは協栄地所から6億円の保証金を預かり,その全額を同社に立退料として支出したのであって,便宜上現実の現金の授受を省略したにすぎない旨主張する。しかしながら,本件契約の締結時において原告の上記主張のような処理がされたとみ得るためには,当該時点においてAが立退料として確定的に6億円を出捐したと評価するに足りるだけの事実関係が存在しなければならないところ,本件契約の締結時においてその時点までに協栄地所側が現実に出捐していた前記4億4300万円を超えて金銭の交付ないしこれと同視し得る経済的価値の移転は何ら行われていないから,結局のところ,当該時点においてAが前記4億4300万円を超える部分について確定的に債務を負担したと評価するに足りるだけの事実関係の存在を要することに帰着する。しかるに,本件契約の締結時において保証金中本件契約6条2項所定の借地人借家人の立退料に充当すべき部分について賃貸人(A)が借地人借家人の立退料が6億円を下回った場合においても契約終了時に6億円全額の返還義務を負う旨の合意がされたものと認めることはできないことは前記説示のとおりであるから,原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,本件契約において,立退料が6億円で収まるとはだれも考えていなかったから,その精算も想定されておらず,したがって,Aは本件契約の締結時において同額の保証金返還債務を現に負担していた旨主張する。確かに,本件契約の当事者は,本件土地の立退きがすべて完了することを前提とした場合の立退料の総額が6億円を下回る可能性がないとの暗黙の了解の下に本件契約を締結したものであって,契約書に立退料が6億円を上回った場合についての特約条項のみが置かれたのも上記の事情によるものと推認されることは,前記のとおりである。しかしながら,既に説示したとおり,そのような事情のみでは,せいぜい,本件契約の締結時において賃貸人であるAが保証金中立退料と相殺すべき部分について本件契約の終了時に6億円の返還義務を負うに至る高度の蓋然性が存在したということができるにとどまり,本件契約においてAが借地人借家人の立退料が6億円を下回った場合においても6億円全額の返還義務を負う旨の法的合意をしたことの根拠とするには足りないものであるから,原告の上記主張は採用することができない。
さらに,原告は,協栄地所が新たな立退きを実現することができない状態のまま本件契約が終了した場合には,協栄地所は本件土地を更地にして返還すべき義務を履行することができないから,債務不履行による損害賠償義務を負うことになるところ,その額を既払分の立退料と合算すれば6億円を超えることになるのは確実であるから,Aが6億円の保証金返還債務を負っていたとしても何ら不自然ではない旨主張する。しかしながら,仮に立退き未了に伴って協栄地所が何らかの損害賠償債務を負うことがあるとしても,本件契約はこれを本件保証金に充当することまでは何ら規定していない上,本件契約の締結時のみならず本件相続の開始時においてもそのような損害賠償債務はいまだ発生していないというほかないから,原告の上記主張は失当である。
加えて,原告は,被告は,本件課税処分以前に,協栄地所等が立て替えている立退料が6億円に満たないことをいったんは認識し,その旨原告にも指摘していたものの,平成15年6月24日には保証金額についての主張を撤回し,複利現価率の差異による評価の相違のみを問題点として指摘して本件課税処分を行ったのであり,行政不服審査の段階でも何ら保証金額に係る主張を行わなかったのであるから,本訴に至って再度保証金額に関する主張を持出すことは信義則に反する旨主張する。
しかしながら,課税処分の取消訴訟における実体上の審判の対象は,当該課税処分によって確定された税額の適否であり,課税処分によって確定された税額が総額において租税法規によって客観的に定まっている税額を上回らなければ,当該課税処分は適法というべきであるから(最高裁平成2年(行ツ)第155号同4年2月18日第三小法廷判決・民集46巻2号77頁参照),課税庁がその更正理由に当然に拘束されると解すべき必要はなく,課税庁は,訴訟の段階でも,特段の事情のない限り,処分理由を差し換え,又は追加するなどして,当該課税処分に係る税額の数額を維持するために一切の理由を主張することができると解すべきである。そして,行政不服審査において自白の拘束力を定める国税通則法その他の法令の規定は見当たらないから,この理は,課税庁が行政不服審査の段階で更正当初の処分理由をそのまま維持していたとしても妥当すると解される。そして,本件においても,本件保証金債務額に係る本件保証金の額(額面金額)についての本件修正申告の記載に問題があると本件課税処分以前に認識していたか否かにかかわらず,被告が本件保証金の額について本件課税処分時と異なる数額を主張することは原則として許されるというべきであり,本件全証拠によっても,例外的に被告による上記追加的主張を違法とすべきような事情は認めることができない。
また,租税法規に適合する課税処分について信義則の法理の適用による違法を考え得るのは,納税者間の平等・公平という要請を犠牲にしてもなお,当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合でなければならず,このような特別の事情が存するかどうかの判断に当たっては,少なくとも,税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示し,納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ,当該表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものかどうか等の考慮が不可欠というべきである(最高裁昭和60年(行ツ)第125号同62年10月30日第三小法廷判決・裁判集民事152号93頁参照)。しかるところ,本件保証金の主張に係る事実関係は前記(2)エのとおりであって,原告が被告の責任ある立場の者から本件保証金の額は8億円である旨の公的見解を表示された事実はもとより,原告が上記表示を信頼し,その信頼に基づいて申告等の具体的な行動をとったところ,本件課税処分によって不利益を受けたというような事情を認めることもできない。
したがって,原告の上記主張もまた採用することができない。
なお,原告は,本件土地上の借地人借家人のうち,(株)辻村塗装工業,ハイキングショップ山小屋等が本件相続後に新たに明渡し済みとなったか,近々明渡し予定であった旨主張するが,これを認めるに足りる証拠が存在しないのみならず,これらの明渡しによって発生した立退料に係る主張立証もないから,これらの事情が仮に存在したとしても,これを本件保証金の額の算定において考慮することもできない。
(5)  以上によれば,本件保証金債務額の算出において前提とすべき本件保証金の額は,本件契約時に授受された2億円と立退料として現実に支出されたことが明らかな4億4300万円の合計6億4300万円であると認めるべきである。
3  争点(3)(正当な理由)について
(1)  国税通則法65条4項に規定する「正当な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰することのできない客観的な事情があり,当初から適正に申告し納税した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに過少申告による納税義務違反の発生を防止し適正な申告納税の実現を図りもって納税の実を挙げようとする行政上の措置としての過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものであって,納税者の主観的な事情に基づく単なる法令解釈の誤りにすぎないような場合までを含むものでないと解するのが相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第20号同18年10月24日第三小法廷判決・民集60巻8号3128頁参照)。しかるところ,既に摘示したように,原告は,本件申告及び本件修正申告において本件保証金債務額を算出するについて適用すべき複利現価率を本件相続の開始時点である平成12年6月当時の新発10年もの長期国債の約定利率年利1.8パーセントにより計算したのであるが,弁済期が約50年後となる本件保証金返還債務の本件相続の開始当時における現況,すなわち経済的価値の評価に当たり適用すべき「通常の利率」について,その前後数年間にわたり歴史的な低金利状態が続いていた状況の下において,そのような状況下にある本件相続の開始当時という特定の一時点における特定の金融資産の金利にすぎない利率を上記経済的価値を評価するための基準として合理的かつ相当であると判断したことに無理からぬ面があるとは到底いうことができない。
(2)  これに対し,原告は,本件相続の開始当時において,無利息金銭債務の評価については具体的な法令ないし法令解釈通達が存在していなかったから,原告が,種々の長期金利の指標のうちから新発10年もの長期国債の約定利率を「通常の利率」と判断したことについては「正当な理由」がある旨主張する。しかしながら,本件保証金のような無利息金銭債務の本件相続の開始当時における現在価値を算出する際の「通常の利率」を法令ないし法令解釈通達で具体的かつ明確に定めない限り,納税者においてこれと異なる利率を用いて行った申告が常に納税者の主観的な事情に基づく単なる法令解釈の誤りには当たらないと解することはできない。かえって,既に説示したところによれば,評価通達に参考として付された複利表の注の2には,「複利現価は,特許権,定期金に関する権利,信託受益権,清算中の株式,無利息債務等の評価に使用する。」との記載があり,財団法人大蔵財務協会の作成に係る「財産評価基本通達逐条解説」には,基準年利率について定める評価通達4-4の解説において,参考として,無利息債務についても,実務上,財産の評価の場合に準じて基準年利率を用いた計算を行い,控除すべき債務の額としている旨の記載があったのであるから,原告が本件申告及び本件修正申告において相当の注意を払ったのであれば,少なくとも,債務の相続開始時における経済的価値を評価するための基準として採用すべき「通常の利率」と相続開始時における新発10年もの長期国債の約定利率が内容的に異なるものであるのみならず,当時の経済情勢等に照らせばその間に相当のかい離があることは比較的容易に認識し得たというべきである。
(3)  以上説示したところによれば,原告が本件相続の開始当時における新発10年もの長期国債の約定利率を適用して本件保証金債務額を算定し本件修正申告をしたのは,納税者の主観的な事情に基づく単なる法令解釈の誤りの域を出ないものというほかないから,本件保証金債務額の一部相当額が税額の計算の基礎とされていなかったことについて,真に原告の責めに帰することのできない客観的な事情があり,過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお原告に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になるということはできないというべきである。したがって,本件修正申告には,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」は認められないというほかはない。
4  以上検討したところによれば,本件保証金債務額は,本件保証金6億4300万円に,基準年利率3.91パーセントを前提とした複利現価率0.147を乗じて得られた9452万1000円であり,前記前提となる事実等(3)に照らすと,原告の課税価格と相続税の総額はそれぞれ下記の③及び⑤のとおりとなると解され,以下の認定に反する証拠はない。
①  被相続人に係る相続財産の価額 11億2782万8427円
②  債務・葬式費用 1億0750万0330円
ただし,本件保証金債務額9452万1000円と,それ以外の債務及び葬式費用の合計額1297万9330円の合計額
③  原告の課税価格 10億2032万8000円
ただし,①記載の金額から②記載の金額を控除し,1000円未満の端数を切捨てた後の金額
④  相続税の総額 5億0099万6800円
ただし,③記載の金額から,上記遺産に係る基礎控除額6000万円を控除した残額9億6032万8000円に法が定める税率を乗じた額
⑤  納付すべき相続税額 5億0099万6800円
しかるところ,別表2のとおり,本件更正(ただし,本件異議決定及び本件裁決によって一部取り消された後のもの。以下同じ。)における課税価格9億9644万9000円及び納付すべき相続税額4億8666万9400円はいずれもこれらを下回るから,本件更正に原告が主張する違法はないというべきである。
また,本件決定(ただし,本件異議決定及び本件裁決によって一部取り消された後のもの。以下同じ。)に係る税額1266万5000円は,本件更正における納付すべき相続税額を前提として別表5のとおり算出されているところ,上記⑤記載に係る相続税額を前提とすれば,原告に課されるべき過少申告加算税額が本件決定に係る税額を上回ることは明らかであるから,本件決定にも原告が主張する違法はないというべきである。
第4  結論
以上のとおりであるから,原告の請求は理由がないので棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西川知一郎 裁判官 岡田幸人 裁判官 森田亮)

 

〈以下省略〉

 

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