「営業アウトソーシング」に関する裁判例(92)平成22年 4月27日 東京地裁 平20(ワ)37429号 損害賠償本訴請求事件、業務委託料反訴請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(92)平成22年 4月27日 東京地裁 平20(ワ)37429号 損害賠償本訴請求事件、業務委託料反訴請求事件
裁判年月日 平成22年 4月27日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)37429号・平21(ワ)4704号
事件名 損害賠償本訴請求事件、業務委託料反訴請求事件
裁判結果 本訴請求一部認容、反訴請求一部認容 文献番号 2010WLJPCA04278013
要旨
◆原告が、被告に対し、派遣労働者に対する情報誌の宛名ラベルの印刷及びラベルを封筒に貼付して、郵送する業務を委託していたところ、被告が封筒に宛名ラベルを二重貼りして個人情報を流失させたとして、債務不履行に基づき、お詫びの通知等の発送費用相当額等の損害賠償を求めた事案で、上記業務委託契約の付随義務として個人情報の流失がないよう努める義務があり、被告がこの義務に反する債務不履行があることを前提として、個人情報を流失させた事業者は流失した個人情報の内容及び性質、流失の態様、流失の範囲、二次被害の危険性の程度等を考慮して、流失した情報の主体に対し、二次被害の発生を防止する義務があるとした上で、本件については、上記個人情報の流失状況に鑑みると、二次被害の危険性が少ないので、流失した情報の主体に対する通知のみが原告の損害であるとして、原告の請求の一部を認容した事例
参照条文
民法415条
民法643条
個人情報の保護に関する法律20条
裁判年月日 平成22年 4月27日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)37429号・平21(ワ)4704号
事件名 損害賠償本訴請求事件、業務委託料反訴請求事件
裁判結果 本訴請求一部認容、反訴請求一部認容 文献番号 2010WLJPCA04278013
平成20年(ワ)第37429号 損害賠償本訴請求事件
平成21年(ワ)第4704号 業務委託料反訴請求事件
東京都千代田区〈以下省略〉
本訴原告・反訴被告 株式会社フィーメール
(以下「原告」という。)
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 堀裕
同 藤池智則
同 隈元慶幸
同 安田和弘
同 髙木いづみ
同 野村周央
京都市〈以下省略〉
本訴被告・反訴原告 佐川急便株式会社
(以下「被告」という。)
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 得居仁
同 品川政幸
同 長谷川裕美
得居仁訴訟復代理人弁護士 大橋美香
主文
1 被告は,原告に対し,374万8951円及びこれに対する平成20年12月27日から支払済みまで年6分の割合よる金員を支払え。
2 原告のその余の本訴請求を棄却する。
3 原告は,被告に対し,126万3406円及びこれに対する平成19年12月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告のその余の反訴請求を棄却する。
5 訴訟費用は,本訴及び反訴を通じ,これを5分し,その4を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
6 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴
被告は,原告に対し,1302万4342円及びこれに対する平成20年12月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 反訴
原告は,被告に対し,151万1139円及びこれに対する平成19年12月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告に対し,宛名ラベルを印刷した上,それを情報提供誌が入った封筒に貼付し,郵便番号ごとに仕分け(バルク仕分け)して郵便局に差し出す業務を委託した原告が,被告が封筒に宛名ラベルを二重貼りして個人情報を流失させたとして,債務不履行に基づき,被告に対し,お詫びの通知等の発送費用相当額の損害賠償を求め(本訴),他方,被告が,原告に対し,上記業務の委託料の支払を求める(反訴)事案である。
1 前提となる事実
(1) 原告は,インターネットを利用した各種情報提供サービス及び労働者派遣業務等を目的とする株式会社である。
(2) 被告は,貨物自動車運送業等を目的とする株式会社である。
(3) 訴外株式会社メディカルアソシア(以下「MA社」という。)は,医療系人材派遣,人材紹介及び医療福祉関係アウトソーシング等を営む株式会社である。MA社は,自社に登録している約2万人の派遣労働者(以下「派遣スタッフ」という。)らに対し,業務に関する情報提供誌「アソシアカフェ」を年4回発送している。
原告は,平成19年9月から,MA社から「アソシアカフェ」の編集,製作及び発送業務等を受託した。
(4) 原告は,被告に対し,同年10月上旬ころ,原告から提供した宛先のデータを利用して宛名ラベルを印刷した上,宛名ラベルを原告が受け取った部材(アソシアカフェ3号)が封入された封筒に貼付し,宛名ラベルが貼付された封筒を宛先住所の郵便番号に従って仕分け(バルク仕分け)をして,郵便番号バルク仕分けがされた部材入り封筒を「飛脚ゆうメール便」として郵便局に差し出す業務(以下「本件業務」という。)を委託した。
そして,被告は,宛名ラベルを被告のグループ会社である佐川コンピューターサービス株式会社(以下「SCS」という。)に印刷させ,株式会社ライフポーター(以下「ライフポーター」という。)に2万0274通の封筒をバルク仕分けさせて,郵便局に差し出したが,そのうちの約3000通について宛名が二重貼りされていた。
2 原告の主張
(1) 原告は,MA社から,「アソシアカフェ3号」の発送業務については,派遣スタッフの登録地(「東京本部」,「北関東」,「名古屋」,「大阪」及び「福岡」)ごとに「お知らせ」を同封するが,今回は,「東京本部」,「北関東」及び「大阪」の派遣スタッフには同じ「お知らせ」を同封するものの,「名古屋」及び「福岡」の派遣スタッフにはそれぞれ異なった「お知らせ」を同封するように指示されていた。
(2) 原告の従業員であるC(以下「C」という。)は,被告の従業員であるD(以下「D」という。)に対し,MA社からの上記指示と同様の指示をした。
被告から,平成19年10月22日午前中に,愛知県の住所の派遣スタッフらにはすべて名古屋版を発送するのかという問い合わせがあったが,原告は,宛名データは5つのファイルに分かれており,名古屋のファイルにある派遣スタッフには名古屋版を送付し,東京のファイルには東京以外の住所の派遣スタッフも含まれるが,それらの派遣スタッフには東京版を送付する旨指示をした。
しかしながら,ライフポーターは,これを「名古屋」と「福岡」の住所分に分けて発送するものと誤解した。
SCSから宛名ラベルの納入を受けたライフポーターは,郵便番号順に区分する作業を行って,同月22日午後6時ころ,郵便番号が1から始まる4931通を発送した。その後,ライフポーターは,被告に連絡をとり,データを取り寄せて確認したところ,データが5つの区分に分かれていることに気付いた。しかしながら,その時点では,既に宛名ラベルの貼付を終了し,宛名の区分をバラしていたため,付け合わせをすることは困難であった。
そこで,宛名ラベルを貼り替えることとしたが,納期どおりに発送するには,既に貼付した宛名ラベルを剥がす時間的余裕がなかったため,その上から再度宛名ラベルを貼付(二重貼り)してしまった。
被告は,原告から受託した本件業務を行うに当たり,派遣スタッフの個人情報が漏洩しないように努める義務があるにもかかわらず,これを怠り,宛名ラベルを二重貼りにして,派遣スタッフの住所及び氏名が透けて見えるという個人情報の漏洩が発生したのであるから,被告は,債務不履行による損害賠償責任を負う。
(3) 原告は,平成19年10月31日から同年11月2日ころまでの間に,宛名ラベルの印刷を株式会社ジャンボ(以下「ジャンボ」という。)に,宛名ラベルの貼付を株式会社スリーライト(以下「スリーライト」という。)に委託して,お詫びの文書等を送付したが,その際,再度宛名の二重貼りがされないようにMAの社員が監視のために立ち会った。
また,原告とMA社は,同月12日から同月14日ころまでの間に,二重貼りが発生した原因及び今後の対応について連絡する文書を,上記と同様に,ジャンボ及びスリーライトに委託して送付した。
それに要した費用は,次のとおりである。派遣スタッフの個人情報は,人材派遣業を営むMA社にとっては最も重要な情報の一つであって,個人情報の漏洩は,派遣スタッフからの信用を失い,社会的非難を受けるなど企業の存亡にかかる重大な事態を招くことは必至であった。また,派遣スタッフはお互い誰が登録しているか分からないことが前提となっており,医療関係という狭い分野において,登録していることを他人に知られ,職場などに知られる可能性も決して低くなく,派遣スタッフに不利益を与える可能性もあった。
そこで,まず,個人情報の漏洩の状況確認及びお詫びの文書の送付と二重貼りされた封筒の回収を行うこととし,事実関係の調査及び原因の究明が概ね終了した段階で,再度,原因の究明及び今後の対応に関する文書を発送することとしたものである。
また,上記個人情報の漏洩を起因して,派遣スタッフ61人が登録を抹消した。
ア 原告 376万4694円
① 人件費(2回の発送について原告職員4人分) 52万5400円
② 宛名ラベル印刷費(1回目) 11万0689円
③ 同(2回目) 10万0236円
④ 宛名ラベル封入作業(1回目) 193万4000円
⑤ 同(2回目) 105万1000円
⑥ 移動用交通費(2回の発送について原告職員4人分) 3万8100円
⑦ その他(親展用スタンプ等) 5259円
イ MA社 925万9648円
① 人件費(2回の発送についてMA社職員7人分) 13万円
② 1回目の発送費用
a 郵送費用 240万7080円
b 返信用切手費用 160万4720円
c B5封筒 44万1298円
③ 2回目の発送費用
a 郵送費用(季刊誌同封用) 4760円
b 郵送費用 160万0880円
④ 移動用交通費(2回の発送についてMA社職員4人分) 2万0910円
⑤ 派遣スタッフ登録抹消(派遣スタッフ1人当たりの獲得費用を5万円として61件分) 305万円
なお,原告は,MA社から損害賠償請求を受け,MA社に対し,925万9648円を支払う旨合意している。
(4) よって,原告は,被告に対し,業務委託契約の債務不履行による損害賠償として,1302万4342円及びこれに対する平成20年12月27日から支払済みまで年6分の割合による金員の支払を求める。
3 被告の主張
(1) Cは,Dに対し,「名古屋」及び「福岡」分は,他とは送る内容が違うとだけ指示した。Dは,この指示を宛先の住所が「名古屋(愛知県)」と「福岡(福岡県)」内のものには他の都道府県の住所のものとは異なる部材が封入された封筒を発送するようにとの指示であると理解し,その旨をライフポーターに指示をした。
ライフポーターは,SCSから5箱に分けられた印刷済みの宛名ラベルを受け取り,部材入りの段ボール(東京本社,名古屋,福岡との記載があった。)に入った封筒に宛名ラベルを切り離して貼付する作業を進めた。しかし,作業を進めるうちに,バルク仕分けを依頼されているにもかかわらず,宛名ラベルが郵便番号と無関係であることなどから,不安を抱き,SCSから宛名データを取り寄せたところ,5つのタイトル(東京本社,北関東,大阪,名古屋及び福岡)が付されていることが判明した。そこで,ライフポーターは,上記の指示は,「名古屋」及び「福岡」とのタイトルが付いたファイル内のデータにある住所宛ラベルを「名古屋」及び「福岡」と書かれた段ボール箱に入った封筒に貼付することではないかと思い,Dに確認をしたところ,Dもそれでよく分かった,そういうことだったのかと述べた。
ところが,既に東京都内宛の住所がある宛名ラベルは封筒4945通に貼付され,被告の城南店に送られていたため,ライフポーターは,そのうちの「名古屋」及び「福岡」分14通が混入していることを伝え,被告は,その14通を除いて郵便局に差し出した。
ライフポーターは,既に宛名ラベルの切り離しを終えており,もう一度,タイトル別にまとめることは困難であり,既に約3000通の作業が終了していた。
ライフポーターは,宛名ラベルのデーターを取り寄せて印刷を始めたが,封筒の数に限りがあり,上記3000通の中から混入されたものを選び出すのは困難であり,郵便局への差し出す時間も遅れることから,Dに対し,宛名ラベルの二重貼りをしてよいか確認をとったところ,Dがそうしてよいと言ったため,二重貼りをした。
「名古屋」及び「福岡」に登録した派遣スタッフの分については,再度宛名ラベルを打ち出して貼付したから,その4252通には二重貼りはない。住所が東京都内である4945通も二重貼りはない。したがって,「東京本社」,「北関東」及び「大阪」の登録分のうちの東京都内の住所でないもの合計11091通のうち約3000通が二重貼りされていたことになる。
(2) 宛名ラベルが二重貼りされたとしても,下のラベルのものよりも上のラベルのものの字数が多い場合に,その一部を読み取ることができるという程度のものである。氏名及び住所といった個人情報が流失したとしても,それを知るのはMA社に登録している派遣スタッフであり,個人情報を悪用する可能性は乏しい。また,流失した情報は,1人に対して1名分である。したがって,二次被害を被る可能性も著しく低い。
個人情報の流失事故が発生した場合にとるべき措置としては,事故の内容を把握し,漏えいしたと考えられる情報の主体に通知又は公表として二次被害を防ぐことであり,その後に原因の究明及び再発防止策を検討することとされている。そして,情報の主体である個人に対するお詫びについては,支払義務はなく,実際にも支払われない傾向にある。
本件においては,二重貼りがされた可能性がある1万1091人に対して謝罪し,併せて被告の単純ミスによって発生したものであるから再発防止策をとることは容易である旨を通知すれば十分である。その意味で,被告が負担すべき賠償義務は,せいぜい謝罪文発送に要する費用135万3102円を限度とするものというべきである。原告がとった措置は,過剰すぎるもので,法律上は必要がないものである。原告が,このような過剰な対応を取ったのは,MA社が実質的に同一の会社であるからと思われる。派遣スタッフの登録抹消も宛名ラベルの二重貼りとは関係がない。
(3) 被告は,原告から本件業務を受託し,合計2万0274通のゆうメールを郵便局に差し出した。その受託料金は,次のとおりであり,その支払期日は,平成19年11月30日であった。
ア 作業会社から被告の城南店に郵便局差出のために作業終了差出物を運送する運送費 2万0000円
イ 業務受託料金(1通当たり70円) 141万9180円
これに消費税を加算すると,151万1139円となる。
よって,被告は,原告に対し,本件業務委託契約に基づき,受託料金151万1139円及びこれに対する支払期日の翌日である平成19年12月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第3 当裁判所の判断
1 本訴について
前記前提となる事実及び証拠(甲1から25,乙1から8,20(枝番号を含む。),原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 原告は,MA社から派遣スタッフ向けの情報提供誌「アソシアカフェ3号」の編集,製作及び発送等の業務を受託した。上記「アソシアカフェ3号」については,MA社に登録した派遣スタッフのうち,「東京本部」,「北関東」及び「大阪」に登録された派遣スタッフには,同じ「お知らせ」が入った封筒を発送するものの,「名古屋」及び「福岡」に登録された派遣スタッフには,それぞれ異なった「お知らせ」が入った封筒を発送することとなっていた。
(2) 原告の従業員であるCは,平成19年10月中旬,被告の従業員であるDに対し,「アソシアカフェ3号」について,原告から提供する宛先のデータを使って,宛名ラベルを印刷した上,原告から受け取った部材が封入された封筒に貼付し,宛名ラベルが貼付された封筒を宛先住所の郵便番号に従って仕分け(バルク仕分け)をして,郵便番号バルク仕分けがされた部材入り封筒を「飛脚ゆうメール便」として郵便局に差し出す業務(本件業務)を委託した。
(3) 被告は,原告から提供を受けた宛先データを利用して,SCSに宛名ラベルを印刷させ,ライフポーターに原告から提供を受けた部材入り封筒に宛名ラベルを貼付させ,バルク仕分けさせた。
Dは,ライフポーターに対し,「名古屋」及び「福岡」に住所がある派遣スタッフには,別の封筒に貼付するように指示をしたため,ライフポーターは,SCSから印刷した宛名ラベルを受け取り,個々の宛名ラベルに切り分けた上,派遣スタッフの住所ごとに封筒に貼付して,原告から提供を受けた「東京本社」「名古屋」及び「福岡」の3つの段ボール箱に分配する作業を進めた。なお,東京分は同月22日,その他の分は24日が発送の期限とされていた。しかしながら,作業を進めていくと,バルク仕分けを依頼されているにもかかわらず,宛名ラベルが郵便番号と無関係であることなどから,不安を抱き,SCSから宛名データを取り寄せたところ,宛名ラベルが派遣スタッフの住所ではなく,「東京本部」等の5つのデータに分かれていたことが判明した。
そのため,ライフポーターは,原告からの指示は,「名古屋」及び「福岡」のファイルにある派遣スタッフにはそれぞれ「名古屋」及び「福岡」の段ボールに入っている封筒に宛名シールを貼付し,それ以外のファイルにいる派遣スタッフには同じ「東京本社」の段ボール箱に入っている封筒に宛名シールを貼付することであったと理解した。
そして,既に東京都内の住所の宛名ラベルを貼付した4945通の封筒は被告の城南支店に送られていたため,被告に対し,そのうちの「名古屋」及び「福岡」に登録している14通が含まれている旨を伝え,被告は,それを除いた4931通を郵便局に差し出した。
ライフポーターは,既に宛名シールを切り離し済みであり,それを「東京本社」等のタイトルごとにまとめることは困難であった。また,既に約3000通の封筒には宛名シールが貼付済みであった。
ライフポーターは,同月23日,再度,宛名シールを印刷したが,封筒の数に限りがあり,郵便局に差し出す期限が迫っていたことなどから,Dに対し,二重貼りをしていよいか確認を取った上,宛名ラベルの二重貼りをし,同月24日までに残りの封筒全部を郵便局に差し出した。
(4) 宛名ラベルの二重貼りがされた封筒においては,上のラベルから下のラベルに記載された住所及び氏名の一部が透視し得る状態であるものの,上のラベルを完全に剥がさなければ下のラベルの住所及び氏名を判読することは困難であった。
(5) 平成19年10月27日,派遣スタッフからMA社に宛名ラベルが二重貼りされている旨の連絡があった。そこで,MA社と原告は,被告から報告を受けて,対応を協議した。被告からの同月29日付けの報告書においては,二重貼りがされた数は明確ではなく,同月30日付けの報告書においては,東京都内に住所がある4932件は二重貼りにより以前に発送された旨が記載されていた。また,同年11月1日付けの報告書においては,「東京本部」のうち東京都内の住所のものを除く6635件,「北関東」のうち東京都内の住所のものを除く264件,「大阪」のうち東京都内の住所のものを除く4192件の合計11091件のうち約3000件であることが記載されている。
原告及びMA社は,同年10月30日ころまでに,派遣スタッフ全員に対し,二重貼りによる個人情報の流失の事実を報告しお詫びの文書を送付するとともに,二重貼りの封筒を回収するために,返信切手を貼付した返信用封筒を同封することを決定し,同月30日付け「季刊誌『アソシアカフェ3号』送付における宛名ラベル二重貼り」についてのお詫び」と題する文書(甲10の2)を作成した上,同月31日から同年11月2日ころまでの間に,宛名ラベルの印刷をジャンボに,宛名ラベルの貼付をスリーライトにそれぞれ委託し,返信用封筒とともに上記文書2万0059通を送付したが,その際,再度宛名の二重貼りがされないように原告及びMA社の社員らが監視のために作業に立ち会った。また,原告とMA社は,派遣スタッフ全員に対し,二重貼りが発生した原因及び今後の対応について連絡する文書を送付することとし,同月12日付け「季刊誌『アソシアカフェ3号』送付における「宛名ラベル二重貼り」ご報告と題する書面(甲11)2万0051通を,上記と同様に,ジャンボ及びスリーライトに委託して送付した。
以上によれば,CからDにどのような指示がされたのかについては定かではないが,いずれにしても,D及びライフポーターが,納期に間に合わせるために,宛名ラベルを二重貼りにしたことには相違がない。そして,原告から被告が受託した本件業務は原告が保有している派遣スタッフの住所及び氏名といった個人情報を記載した宛名ラベルを貼付して郵便番号バルク仕分けをして郵便局に持ち込むというものであるから,その付随義務として,個人情報の流失がないように努める義務があるというべきである。したがって,被告の従業員であるD及び履行補助者であるライフポーターが宛名ラベルの二重貼りをしたことには過失があり,原告に対し,債務不履行による損害賠償義務を負う。
個人情報取扱業者は,その個人データの漏えい,滅失又はき損の防止その他の個人データの安全管理のために適切な措置を講じる義務がある(個人情報の保護に関する法律20条)から,個人情報が流失した場合には,事業者は,流失した個人情報の内容及び性質,流失の態様,流失の範囲,二次被害の危険性の程度等を考慮して流失した情報の主体(被害者)に対し,速やかに流失事故の発生及び二次被害の可能性等を通知するなどして,二次被害の発生を防止する措置をとる義務を負うものというべきである。
本件においては,流失した個人情報は,住所及び氏名といった個人を識別するための基本的情報であり,特に秘匿する必要が高くないこと,約3000名分の氏名及び住所が流失した可能性があるものの,流失先は,MA社に登録した派遣スタッフに限定されており,1つの情報に対して流失先は1箇所であること,流失の態様は,宛名の二重貼りであるが,上に貼ったラベルから下のラベルの住所及び氏名が透視できるというもので,上のラベルを剥がさない限り完全に住所及び氏名が判読できるわけではないことなどに照らすと,二次被害の危険性も少ないものといえる(実際に二次被害があったものとも窺われない。)。
したがって,個人情報の流失事故の対応としては,早期に二重貼りの可能性がある派遣スタッフに対し,流失事故の発生,二次被害の危険性等を通知するとともに,調査等によって原因が究明された段階で調査結果等の通知をすることが求められ,かつそれで足りるものというべきである。
そして,本件においては,二重貼りの可能性がある派遣スタッフがおおよそ特定できたのは,平成19年11月1日以降のことと思われるが,既に同年10月30日の時点においても,宛名ラベルに東京都内の住所が記載された4931人については,二重貼り以前に発送され,二重貼りの可能性は全くないことが判明していたのであるから,通知の対象は,それを除いた1万5343人とするのが相当である。
そうすると,宛名ラベル印刷費及び宛名ラベル封入作業費は,単価が42円(乙7,消費税込み)であるから,1万5343人分は64万4406円となり,郵送費122万7440円(80円×1万5343人)を加えると187万1846円となり,その2回分は374万3692円となり,さらに親展用スタンプ費用等5259円を加えても,374万8951円にどどまる(なお,原告が提出する甲16から18は,そもそも返信用封筒を同封する場合の費用が含まれており,1通当たりの単価も明確ではないから採用できない。)。
原告は,二重貼りした封筒の返送を求めるための返信用封筒や切手代も請求するが,派遣スタッフに対し,速やかに廃棄することを要請をすれば足りるから,返信用封筒や切手代は被告が負担すべきものとはいえない。また,宛名ラベル貼付作業を監視するための人件費も請求するが,委託業者に二重貼りを禁止すれば足りるから,いずれも被告が負担すべきものではない。
また,原告は,宛名ラベルの二重貼りによって,派遣スタッフから登録の抹消を求められたとして,1人当たり獲得費用相当額5万円を請求している。しかしながら,「抹消者リスト」(甲15)をもってしても,派遣スタッフのその殆どが既に就職などのために登録が必要なくなった者らであって,登録の抹消を求めた主な原因が宛名ラベルの二重貼りであったのかどうかは疑わしい。
以上によれば,被告は,原告に対し,債務不履行による損害として374万8951円及び訴状送達の日の翌日である平成20年12月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
2 反訴について
被告は,原告から委託を受けた本件業務を行い,2万0274通の封筒を平成19年10月24日までに郵便局に差し出したものであり,本件業務の受託料は,証拠(乙3,4)によれば,126万3406円と認められる。なお,被告は,乙1及び2による151万1139円が受託料であるとするが,乙3,4は,既に平成19年11月には原告に送付しているものと窺われるところ,そのころには補償の具体的な交渉はされていなかったのであるから,支払期日まで送付された乙3,4の「請求書」をもって受託料と認めるのが相当である。(乙1,2は,支払期日を大幅に超えてから作成されたものであることから採用できない。)。
そうすると,原告は,被告に対し,委託料126万3406円及びこれに対する支払期日である平成19年12月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
3 結論
以上によれば,本訴は,被告に対し,損害賠償として374万8951円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年12月27日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,反訴は,原告に対し,委託料として126万3406円及びこれに対する支払期日である平成19年12月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 阿部潤)
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