「営業アウトソーシング」に関する裁判例(51)平成25年 8月28日 東京地裁 平24(ワ)18220号 貸金請求本訴事件、請負代金等請求反訴事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(51)平成25年 8月28日 東京地裁 平24(ワ)18220号 貸金請求本訴事件、請負代金等請求反訴事件
裁判年月日 平成25年 8月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)18220号・平24(ワ)23741号
事件名 貸金請求本訴事件、請負代金等請求反訴事件
裁判結果 本訴請求棄却、反訴請求認容 文献番号 2013WLJPCA08288004
要旨
◆原告会社が、被告会社又は同社役員である被告Y1のいずれかに金員を貸し付けたとして、被告会社に対する貸付けの場合には反訴請求に係る請負代金との相殺後の残額支払を、被告Y1に対する貸付けの場合には貸し付けた金員の支払を求めた(本訴)のに対し、被告会社が、業務委託契約に基づく請負代金の支払を求めた(反訴)事案において、本件貸付けに係る貸主は原告会社ではなく同社の代表者個人と認められるから、本訴請求は理由がないとして棄却する一方、被告会社は、原告会社に対し、本件委託契約に基づく請負代金債権及び業務委託債権を有すると認められ、原告会社には被告らに対する貸金債権は存在しないから、原告会社の相殺主張は採用できないとして、反訴請求を全部認容した事例
参照条文
民法505条1項
民法587条
民法632条
裁判年月日 平成25年 8月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)18220号・平24(ワ)23741号
事件名 貸金請求本訴事件、請負代金等請求反訴事件
裁判結果 本訴請求棄却、反訴請求認容 文献番号 2013WLJPCA08288004
平成24年(ワ)第18220号貸金請求本訴事件
平成24年(ワ)第23741号請負代金等請求反訴事件
東京都練馬区〈以下省略〉
本訴原告反訴被告 株式会社ベルム
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 及川清彦
群馬県甘楽郡〈以下省略〉
本訴被告反訴原告 甘楽金属工業株式会社
同代表者代表取締役 B
群馬県甘楽郡〈以下省略〉
本訴被告 Y1
上記2名訴訟代理人弁護士 石渡啓介
主文
1 本訴原告反訴被告の本訴請求をいずれも棄却する。
2 本訴原告反訴被告は,本訴被告反訴原告甘楽金属工業株式会社に対し,582万3353円及びこれに対する平成24年8月24日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,本訴反訴を通じて本訴原告反訴被告の負担とする。
4 この判決は,第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
(1) 本訴被告反訴原告甘楽金属工業株式会社は,本訴原告反訴被告に対し,417万6647円及びこれに対する平成24年6月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 本訴被告Y1は,本訴原告反訴被告に対し,1000万円及びこれに対する平成24年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
主文第2項と同旨
第2 事案の概要
本訴請求は,本訴原告反訴被告(以下「原告ベルム」という。)が,本訴被告反訴原告甘楽金属工業株式会社(以下「被告会社」という。)又は本訴被告Y1(以下「被告Y1」といい,被告会社と併せて「被告ら」という。)のいずれかに対して1000万円を貸し付けたとして,被告会社に対する貸付である場合には反訴請求にかかる請負代金582万3353円との相殺後である417万6647円及びこれに対する弁済期の翌日である平成24年6月1日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を,被告Y1に対する貸付である場合には1000万円及びこれに対する弁済期の翌日である平成24年6月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である(なお,原告ベルムは同時審判の申出(民事訴訟法41条)をするが,原告ベルムの被告会社に対する請求に係る権利と原告ベルムの被告Y1に対する請求に係る権利は法律上併存し得ない関係にあるものとは評価できないから,同条の適用はない。)。
反訴請求は,被告会社が,原告ベルムに対し,業務委託契約に基づく請負代金等債権を有するとして,582万3353円及びこれに対する反訴状送達日の翌日である平成24年8月24日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による金員の支払を求めた事案である。原告ベルムは,被告会社に対する貸金債権(本訴請求において請求している部分を除いた残余部分)との相殺を主張している。
1 前提事実(当事者間に争いがないか,括弧内掲記の証拠によって容易に認定できる事実。)
(1) 原告ベルムは,電子部品製造販売業などを主な事業目的とする株式会社であり,A(以下「A」という。)は原告ベルムの代表取締役である。
(2) 被告会社は,機械部品の加工等を主な事業目的とする株式会社である。
(3) 被告Y1は,平成24年2月22日に辞任をするまでは被告会社の代表取締役であった者であり,現在は被告会社の取締役である。
(4) 被告会社は,平成23年9月1日,原告ベルムとの間で,要旨以下の内容の業務委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した。
ア 原告ベルムは,原告ベルムの取引先であるJVC・ケンウッド・ホールディングス株式会社(現株式会社JVCケンウッド。以下,経営統合前の株式会社ケンウッドを含め,「JVCケンウッド」という。)に関わる業務を被告会社に委託し,被告会社はこれを受託する。
イ 委託業務とは,JVCケンウッドから原告ベルムが受注する業務を一括して被告会社に委託することをいう。
ウ 原告ベルムは,委託業務に関わる業務委託料として,原告ベルムのJVCケンウッドに関わる売上総利益(売上高-仕入高-外注費)の30%を被告会社に毎月支払うものとする。
(5) 被告会社は,本件委託契約に基づき,原告ベルムがJVCケンウッドから受注した業務である通信器部品等の製造を請け負い,これを完成して引き渡した。これにより,被告会社は原告ベルムに対して以下のとおり請負代金債権及び業務委託料債権を取得した。
ア 平成24年2月1日ないし同月29日納品分。
(ア) 請負代金87万7926円
(イ) 業務委託料(手数料)23万3793円
イ 平成24年3月1日ないし同月31日納品分(同日請求書送付により履行期到来)
(ア) 請負代金154万3857円
(イ) 業務委託料(手数料)44万8371円
ウ 平成24年4月1日ないし同月30日納品分(同日請求書送付により履行期到来)
(ア) 請負代金112万2870円
(イ) 業務委託料(手数料)26万9640円
(6) 被告会社は,原告ベルムから,本件委託契約に基づくもののほかに,通信器部品等の製造を請け負い,これを完成して引き渡した。これにより,被告会社は原告ベルムに対して以下のとおり請負代金債権を取得した。
ア 平成24年1月21日ないし同年2月20日納品分45万9638円
イ 平成24年2月21日ないし同年3月20日納品分36万0108円(同日請求書送付により履行期到来。)
ウ 平成24年3月21日ないし同年4月20日納品分50万7150円(同日請求書送付により履行期到来。)
(7) 原告ベルムは,上記(5)のア及び同(6)のアの各債権合計157万1357円について支払のために約束手形を振り出したが,同手形は,平成24年7月31日,資金不足により不渡りとなった。
(8) 原告ベルムは,被告らに対し,1000万円を平成24年5月31日までに支払うよう催告する旨の記載のある同年4月25日付け書面を郵送し,同書面は同月26日に被告らに配達された(なお,消費貸借契約の当事者が誰であるかについては後記のとおり争いがある。)。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 原告ベルムによる貸付
ア 原告ベルムの主張
(ア) 被告会社に対する貸付け
a 原告ベルムは,昭和56年に無線用の同軸ケーブル部品の製造販売を目的として設立され,主にJVCケンウッド向けの製品について,当初は自社工場で製造し,販売業務を行っていた。原告ベルムは,平成3年,製造部門のアウトソーシング先として被告会社を紹介され,部品の製造委託を開始した。その際原告ベルムは,無線用同軸ケーブル部品の加工に必要な取り付け金具や絶縁体を製作するために必要な金型を被告会社に貸し付けた。
被告会社は,原告ベルムとの取引開始当初から資金繰りが逼迫した状態であり,再三,原告ベルムに対して資金の融通をしてほしいと申し込んできた。被告Y1は,平成5年10月ころ,被告会社の第32期(平成3年1月1日から同年12月31日まで)及び第33期(平成4年1月1日から同年12月31日まで)の決算報告書を持参し,被告会社が逼迫した財産状況にあるのでどうしても被告会社に対して融資をしてほしいと訴えた。また,被告Y1は,同じころ,Aに対し,被告会社の取引先の突然の倒産で困っている旨の話をした。
原告ベルムは,被告会社がようやく見つけた外注先であり,また,製造部品の安定供給を確保する必要もあったことから,被告らの要請を受け入れることとした。
b 上記aの経緯のもと,原告ベルムは,平成5年10月23日,被告会社に対し,弁済期の定めなく1000万円を貸し付けた。
原告ベルムは,上記貸付に際し,原告ベルムの事務所において,金庫から1000万円の現金を取り出し,これを被告Y1に交付した。
Aは,当時原告ベルムと被告会社との間で多額の取引を行っており,一定の信頼関係があったが,それほどの大金を授受するのに何らの書面もないことは問題であると考え,何らかの書面の提出を求めた。これに対し,被告Y1は,被告Y1がAから借入れを受けた形式となっている別紙借用書(甲3。以下「本件借用書」という。)を自ら作成して差し入れた。Aは,既に原告ベルムと被告会社との間には一定の信頼関係があったことから,文言の訂正は求めなかった。
c 以上の経緯のとおり,1000万円は被告Y1が被告会社の代表者として被告会社の事業資金のために1000万円の借入れを申し込んだものであって,実際,被告会社の運転資金に使用されたのであるから,本件借用書の記載にかかわらず,上記1000万円の借主は,被告会社である。
d なお,後記(3)のア記載のとおり,原告ベルムの被告会社に対する1000万円の貸金債権と,被告会社の原告ベルムに対する582万3353円の請負代金等債権とを対当額で相殺するから,貸付残高は417万6647円である。
(イ) 被告Y1に対する貸付
a 原告ベルムは,平成5年10月23日,被告Y1に対し,弁済期の定めなく1000万円を貸し付けた。
b 上記aの1000万円の貸付にかかる経緯は,上記(ア)a記載のとおりであり,仮に被告会社が借主ではないとしても,被告Y1が被告会社のために借り入れたものであるから,原告ベルムと被告Y1が契約当事者である。
(ウ) 被告らは,被告Y1が,Aから1000万円を借り入れた旨主張する。しかし,Aが被告Y1に対して個人的に1000万円もの大金を貸し付ける理由は何ら存在しない。被告らの主張は,被告Y1が差し入れた本件借用書の記載に従った形式的な主張にすぎない。
イ 被告らの主張
(ア) 被告会社は,平成3年から,原告ベルムより部品の製造委託を受けていた。
被告会社は,平成5年前半ころ,原告ベルムが被告会社に対してケーブル加工の依頼に伴って機械及び金型を被告会社に貸し付けるにあたり,被告会社の会社内容を知りたいと言われ,被告会社の第32期(平成3年1月1日から同年12月31日まで)及び第33期(平成4年1月1日から同年12月31日まで)の決算報告書を送付した。
(イ) 被告Y1は,平成5年10月ころ,原告ベルムの事務所を営業で訪れた際,Aに対して,取引先の突然の倒産で困っている旨を世間話として話した。もっとも,被告会社は当時,資金繰りに窮するような状況ではなかった。
そうしたところ,被告Y1は,後日,Aから,お金に余裕があるから貸すよなどと電話で言われたため,これを借りることとし,平成5年10月23日,Aから現金1000万円を借入金として受け取った。
その際,被告Y1は,Aから,借用書の宛先は原告ベルムではなく,Aにしてほしいと言われたため,A個人が貸してくれるものと認識し,そのとおりに記載した本件借用書を差し入れた。
したがって,貸主は原告ベルムではなく,また,借主は被告会社ではない。
(2) 貸金債権の時効消滅
ア 原告ベルムの主張
(ア) 原告ベルムは,平成3年以降,製造部門を徐々に縮小し,販売先はJVCケンウッドが大半を占め,外注先は被告会社が大半を占めるようになっていった。原告ベルムは,平成11年ころには,Aが一人で営業,販売及び製造の一部を行っている状態であった。原告ベルムは,将来的なことを考えると,Aが一人で会社を運営していくことには限界があり,また,上記のような会社の実態に鑑みれば,JVCケンウッドと被告会社が直接取引をする方がいいと考えた。そこで原告ベルムは,平成10年ころ,被告会社に対して,原告ベルムの事業譲渡の打診を行った。
原告ベルムは,事業譲渡の対価について,およそ原告ベルムの1年分の売上額を示唆した(なお,原告ベルムの平成9年度の売上額は約1億3000万円である。)。また,原告ベルムは,事業譲渡が成立した場合には,原告ベルムの被告会社に対する1000万円の貸金債権を放棄する案なども提示した。
しかし,被告会社の当時の代表取締役であった被告Y1は,買取のための資金がないなどと述べ,原告ベルムの被告会社又は被告Y1に対する1000万円の貸金債権の存在は認めつつも,譲渡のための資金を調達するのが困難であることを理由に,事業譲渡の申し出を断ったため,事業譲渡の具体的な条件を詰めるまでには至らなかった。
(イ) 原告ベルムと被告会社は,平成10年以降,およそ2,3年おきに同様の事業譲渡の協議を繰り返し行い,直近では平成23年4月にも事業譲渡の協議を行った。その都度,原告ベルムの被告会社又は被告Y1に対する貸金債権の存在が問題となったが,被告会社ないし被告Y1は,会社が倒産したら別会社を作ってでも事業を継続するから,それで返済するなどと述べ,原告ベルムの被告会社又は被告Y1に対する1000万円の貸金債権の存在は認めつつも,資金不足を理由に事業譲渡の申し出を断った。
(ウ) 原告ベルムと被告会社との間の平成22年6月23日の協議の際には,被告Y1とその妻が原告ベルムの事務所に来所し,A及び同席した原告ベルムの顧問税理士であるCと事業譲渡について協議をしたが,合意には至らなかった。被告会社は,この協議にあたり,事前に被告会社の平成21年度の決算報告書を原告ベルムにファックス送信し,資金不足であることを主張していた。この協議の際にも,原告ベルムの被告会社又は被告Y1に対する1000万円の貸金債権が問題になり,被告会社又は被告Y1は,会社が倒産したら別会社を作ってでも事業を継続するから,それで返済するなどと述べた。
(エ) 原告ベルムと被告会社が平成23年9月1日に本件委託契約を締結し,被告会社に対して部品の製造のみならず受注から納品までの業務も委ねたのは,原告ベルムが被告会社にJVCケンウッドからの仕入値を開示し,事業譲渡をした場合の採算性を被告会社に試算させるとともに,JVCケンウッドからの受注業務の実務的な処理について,被告会社の従業員を教育することに目的があり,いわば被告会社が事業譲渡を受けるための試用期間であった。
実際に,原告ベルムは,本件委託契約締結後,被告会社に対して,JVCケンウッドからの受注業務の指導を行った。
本件委託契約は,原告ベルムのJVCケンウッドからの受注業務の一切を被告会社に委ねた事業譲渡類似のものである。そして原告ベルムは,JVCケンウッドからの受注業務のノウハウを被告会社に晒すことになるのであり,将来の事業譲渡を前提としなければ行い得ないものである。原告ベルムと被告会社との間で継続した事業譲渡についての話し合いがあり,それがなかなか進展しないという事情があったため,原告ベルムが被告会社に本件委託契約に関する申し出(乙12)をし,その結果,本件委託契約を締結した。
(オ) このように,被告会社ないし被告Y1は,平成10年ころ及びそれ以降およそ2,3年おきに,原告ベルムに対して,原告ベルムの被告会社又は被告Y1に対する1000万円の貸金債権の存在を認めているから,債務承認により消滅時効の期間は中断したか,仮に消滅時効が完成していたとしても,信義則上,消滅時効の援用が許されない。
イ 被告らの主張
(ア) 仮に原告ベルムと被告会社又は被告Y1との間で金銭消費貸借契約が存在したとしても,借入日である平成5年10月23日から10年が経過しており,消滅時効が完成している。
被告らは,平成24年7月25日の第1回口頭弁論期日において,上記消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(イ) 原告ベルムと被告会社との間で,平成20年12月から平成21年1月ころにかけて一時的に事業譲渡に関する話題が出たが,具体的に事業譲渡の協議が行われたわけではない。また,被告会社は,そのような資金はないとして,即座に事業譲渡の申し入れを断った。
これ以外の機会に,事業譲渡に関する話題は出ておらず,原告ベルムが主張する貸付金についての話題も出ていない。もちろん,被告会社及び被告Y1が,原告ベルムの主張する貸付金の存在を認めたこともない。
(ウ) 被告Y1が,平成21年1月ころに,原告ベルムに対して,被告会社が倒産したとしても原告ベルムの仕事は継続する旨の発言をした記憶はあるが,それは原告ベルムの主張する貸付金の返済を請求された際の発言ではなく,借入金について返済する旨の発言をしたこともない。
(エ) 被告Y1及びその妻は,平成22年6月23日,原告ベルムの事務所を訪れ,A及びC税理士同席のもと,本件委託契約の締結に向けた業務提携についての協議を行った。被告会社は原告ベルムに対して,業務提携協議の前提として第50期(平成21年1月1日から同年12月31日)の決算報告書を送付した。この協議の際,事業譲渡の話題は一切出ておらず,原告ベルムの主張する貸付金に関する話題も出ていない。
被告会社は,平成23年4月,原告ベルムとの間で,本件委託契約の締結に向けた協議を行った。その際にも,事業譲渡の協議を行ったことはない。
(オ) 以上のとおり,被告らが原告ベルムとの間で事業譲渡についての具体的な協議を行ったことはなく,したがって,被告らが原告ベルムに対して,原告ベルム主張の貸付金を承認した事実もない。
(3) 相殺
ア 原告ベルムの主張
原告ベルムは,上記(1)ア(ア)記載のとおり,被告会社に対して1000万円の貸金債権を有している。したがって,この貸金債権を自働債権とし,被告会社の原告ベルムに対する上記1(5)及び同(6)記載の請負代金等債権の合計額582万3353円とを対当額で相殺する。
イ 被告会社の主張
上記(1)イ記載のとおり,被告会社は,原告ベルムに対して1000万円の借入金債務を負っておらず,原告ベルムの主張する自働債権は存在しない。
第3 争点に対する判断
1 本訴請求について
(1) 争点(1)(原告ベルムによる貸付け)について
ア 証拠(甲3,4,8,10,乙12,13,証人C,原告ベルム代表者,被告Y1)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 原告ベルムと被告会社は,平成3年ないし平成4年ころから,部品の製造委託に係る取引を開始し,その後平成24年4月まで継続的に取引を行った。
(イ) 被告Y1は,平成5年10月ころ,原告ベルムの事務所を訪れた際,Aとの間で,被告会社の資金繰りに関する話をした。その後,被告Y1は,Aから,融資をする旨の連絡を受け,原告ベルムの事務所を訪れた。
(ウ) 被告Y1は,平成5年10月23日,Aから1000万円を受け取った。その際,被告Y1は,Aの求めに応じて本件借用書を作成し,Aの指示にしたがって被告Y1の名前と,被告Y1の住所を記載し,被告Y1の実印を押捺した。Aは,本件借用書の記載内容について,その訂正等を求めていない。
(エ) 被告Y1は,Aから借り入れた1000万円を被告会社に貸し付け,その運転資金として使用した。
(オ) 原告ベルムは,平成22年6月,被告会社に対し,原告ベルムと被告会社の業務提携に関する提案を行った。この提案にあたって原告ベルムが被告会社に渡した文書には,原告ベルムの事業譲渡に関する記載や,1000万円の貸し付けに関する記載は存在しない。
(カ) 原告ベルムの決算書上,原告ベルムの被告Y1に対する貸付金は計上されていない。また,原告ベルムと顧問契約を締結し,税務会計申告代理業務の委託を受けているC税理士は,遅くとも平成20年ころ本件借用書を見ているところ,原告ベルムの決算書に原告ベルムの被告会社に対する貸付金が計上されたのは平成23年5月である。
また,原告ベルムの会計帳簿類,預貯金通帳等には,被告Y1に交付された1000万円に対応する記載は存在しない。
さらに,原告ベルムは,平成24年4月25日付け書面を被告らに送付するまでの間に,被告会社に対して,原告ベルムと被告会社との間での継続的な取引によって生じる原告ベルムの被告会社に対する売掛金債務と1000万円の貸付けに係る債権との相殺処理等を提案したことはない。
イ(ア) 上記認定事実のとおり,1000万円の貸付けに際して作成された本件借用書では,貸主がA,借主が被告Y1として記載されており,1000万円の貸付けに係る契約当事者がAと被告Y1であることが強く推認される。
(イ) 原告ベルムは,本件借用書は被告Y1がAに差し入れる形式のものであり,被告Y1において自由に記載できるものであるうえ,原告ベルムはAが経営する個人企業であり被告会社は被告Y1が経営する個人企業であるから,本件借用書の存在をもって原告ベルムの被告会社に対する貸付けであると理解することも不思議ではない旨主張する。
しかし,1000万円の貸付けに係る上記ア(イ)及び同(エ)の経緯に加え,前提事実のとおりこの当時被告Y1は被告会社の代表者であったのであるから,契約当事者が原告ベルムと被告会社であれば,1000万円の貸付けに係る借用書は貸主を原告ベルム,借主を被告会社として作成されるのが通常であると解されるところ,本件借用書はそのような記載内容になっていない。そして,本件借用書の記載内容が,原告ベルムを貸主,被告会社を借主とした記載になっていない理由を合理的に説明しうる事実を認めるに足りる証拠はない。かえって,上記ア(イ)ないし(エ)の認定事実のとおり被告会社の資金需要のための借り入れであって被告Y1もそのことを認識していたにも関わらず本件借用書が作成されており,Aが本件借用書の記載内容の訂正等を求めていないことからすれば,本件借用書が,Aの指示に基づいて作成されたものであるとする被告Y1の供述には合理性があるといえる。
したがって,原告ベルムの上記主張は採用できない。
ウ(ア) 上記イの点に加え,上記ア(カ)のとおり,原告ベルムの会計帳簿類等に1000万円の貸付けに対応するような記載は存在せず,原告ベルムが1000万円の貸付けの回収に関する措置を図ったことを窺わせるような事実を認めるに足りる証拠もないなど,原告ベルムが1000万円の貸付けに係る貸主であることを窺わせるような事情が認められないことからすれば,1000万円の貸付けに係る貸主はAであると認めるのが相当である。
(イ) 原告ベルムは,1000万円の貸付の回収に関し,1000万円の貸付後,被告会社に対する事業譲渡の交渉過程において1000万円の返済を求め,被告らも弁済の意思を示していた旨主張し,証人C及び原告ベルム代表者はこれに沿う供述をする。
しかしながら,原告ベルムと被告会社との間で業務提携に関する交渉とは別に事業譲渡の交渉が行われていたことを認めるに足りる客観的な証拠はない。また,被告らは運転資金として1000万円の借入れを行ったまま長期間に亘ってその返済を一切行っていないのであって,証拠(甲6ないし8,原告ベルム代表者)によれば原告ベルムにおいても被告会社の資金繰りは逼迫していると認識していたというのであるから,被告会社が事業譲渡に係る対価の支払を行うことは困難であることは容易に推測できるところ,かかる状況において原告ベルムが被告らに対して,契約スキーム内での利益分配を図る業務提携ではなく,被告会社に対価支払義務が生じることとなる事業譲渡の提案を複数回に亘って行うのは不可解な対応と言わざるを得ず,原告ベルムがそのような対応をとった理由を合理的に説明しうる事実を認めるに足りる証拠もない。
これらの点からすると,原告ベルムと被告会社との間で事業譲渡に関する交渉があり,その際に原告ベルムが1000万円の返済を求めた旨の証人C及び原告ベルム代表者の供述は容易に信用することができず,この点に関する原告ベルムの主張を採用することはできない。
エ 以上のとおり,1000万円の貸付けに係る貸主はAであって,原告ベルムではない。
(2) 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告ベルムの本訴請求はいずれも理由がない。
2 反訴請求について
(1) 前提事実によれば,被告会社が原告ベルムに対して,本件委託契約に基づき,合計582万3353円の請負代金債権及び業務委託料債権を有するものと認められる。
(2) 争点(3)(相殺)について
原告ベルムが相殺を主張する,原告ベルムの被告会社に対する貸金債権が存在しないことは上記1記載のとおりである。
(3) 以上によれば,反訴請求は理由がある。
3 結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく原告ベルムの被告会社に対する請求及び被告Y1に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,被告会社の原告ベルムに対する請求は理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 藤倉徹也)
〈以下省略〉
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