
「営業ノルマ」に関する裁判例(11)平成25年11月21日 東京高裁 平25(ネ)4033号 割増賃金等請求控訴事件 〔オリエンタルモーター事件・控訴審〕
「営業ノルマ」に関する裁判例(11)平成25年11月21日 東京高裁 平25(ネ)4033号 割増賃金等請求控訴事件 〔オリエンタルモーター事件・控訴審〕
裁判年月日 平成25年11月21日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ネ)4033号
事件名 割増賃金等請求控訴事件 〔オリエンタルモーター事件・控訴審〕
裁判結果 原判決一部取消 上訴等 上告、上告受理申立(上告棄却、上告不受理) 文献番号 2013WLJPCA11216002
要旨
◆控訴人に入社したものの1年で退職した被控訴人が、未払割増賃金及び付加金の支払を、退職時に金銭支払を強要されたとして不当利得の返還を、飲み会への参加等を強要されたとして使用者責任に基づく損害賠償を求めたところ、原審が請求を一部認容したため、控訴人が控訴した事案において、控訴人で使用しているICカードの使用履歴は会社構内での滞留時間を示すものであり同滞留時間をもって直ちに時間外労働をしたと認めることはできないから個別に検討が必要であるところ、被控訴人が実習期間中に時間外労働をした事実は認められないとして、原判決を取り消して未払割増賃金及び付加金請求を棄却した上、不当利得及び不法行為の事実はないとしてその余の請求を認めなかった事例
裁判経過
上告審 平成26年 4月17日 最高裁第一小法廷 決定 平26(オ)416号・平26(受)530号
第一審 平成25年 5月24日 長野地裁松本支部 判決 平23(ワ)399号 割増賃金等請求事件 〔オリエンタルモーター事件〕
出典
労判 1086号52頁
労経速 2197号3頁
評釈
岩出誠・ジュリ 1486号99頁
安倍嘉一・経営法曹 183号20頁
石井妙子・労経速 2197号2頁
淺野高宏・法時 86巻12号152頁
参照条文
労働基準法37条
労働基準法114条
民法703条
民法715条1項
裁判年月日 平成25年11月21日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ネ)4033号
事件名 割増賃金等請求控訴事件 〔オリエンタルモーター事件・控訴審〕
裁判結果 原判決一部取消 上訴等 上告、上告受理申立(上告棄却、上告不受理) 文献番号 2013WLJPCA11216002
控訴人 Y株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 八代徹也
同 八代ひろよ
同 木野綾子
被控訴人 X
同訴訟代理人弁護士 安藤絵美子
同 塩野悠子
主文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 上記取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
主文同旨
第2 事案の概要
1 被控訴人は、平成22年4月1日、新卒社員として控訴人に入社したが、平成23年3月31日に退職した。
本件は、被控訴人が控訴人に対し、①平成22年7月から12月までの間、常時1時間ないし5時間程度の残業をしたとして未払賃金及び労働基準法114条に基づく付加金の支払を、②退職時に法律上の原因なく金銭の支払を強要されたとして不当利得に基づく支払金の返還を、③飲み会への参加や一気飲みを強要されて自律神経失調症を発症したとして使用者責任に基づく損害賠償金の支払をそれぞれ求める事案である。
原審は、①の未払賃金及び付加金の支払請求の一部を認容し、その余の請求を棄却したので、控訴人が敗訴部分を不服として控訴した。
2 前提事実及び争点は、原判決3頁8行目の「平成23年」を「平成22年」と改めるほかは、原判決の「事実及び理由」第2の1及び2に記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 当裁判所の判断
1 訴え変更の却下及び時機に後れた攻撃防御方法の却下の各申立てについて(争点(1))の当裁判所の判断は、原判決の「事実及び理由」第3の3に記載のとおりであるから、これを引用する。
2 時間外労働の認定及び法内残業賃金と割増賃金の額について(争点(2))の当裁判所の判断は、次のとおりである。
(1) 前提事実及び下記認定事実中に掲記の証拠並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
ア 就業時間の定め等
控訴人の大阪支社では、就業規則により、始業時刻は9時、終業時刻は17時35分、休憩時間は12時から50分間と定められ、所定労働時間は7時間45分であった。始業・終業時刻の合図はチャイムによって行われていた。また、施設管理のため、会社構内への入退場の際には必ず自己のICカードにより入退場時刻を記録することとされていた。控訴人は従業員に対し、終業時刻後に会社の設備を使って資格取得のための勉強その他の自己啓発活動をすることを認めていたが、その場合は活動を終えて会社構内から退出する際に、ICカードにより退場時刻を記録することとされていた(証拠〈省略〉)。
所定労働時間外勤務又は休日勤務については、課長以上の管理職が受命者に対して残業を指示し、指示内容や指示時刻等を記載した指示書に署名する方法により管理運用することとされていた(書証〈省略〉)。
控訴人の高松事業所では、就業規則により、始業時刻は8時30分、終業時刻は17時30分、休憩時間は10時から10分間、12時から40分間、15時から10分間(合計1時間)と定められ、所定労働時間は8時間であった。また、大阪支社と同じく、会社構内への入退場の際にはICカードにより入退場時刻を記録することとされていた(書証〈省略〉)。
イ 被控訴人の勤務状況
被控訴人は、平成22年4月1日、新卒社員として控訴人に入社し、東京で新社員集合研修を受けた後、5月1日付けで大阪支社営業部営業課配属となり、5月17日に大阪支社に赴任した。6月14日から8月12日までの間は高松事業所において生産実習を受け、夏季休業日を挟んで8月17日から再び大阪支社での実習を再開した。
被控訴人の実習内容は、大阪支社に赴任した当初は、ビジネスマナーや販売組織等についての講義、先輩社員に同行して営業先を訪問すること等が主であったが、高松事業所では生産実習として商品の製造工程等に携わり、大阪支社での実習再開後は、お客様相談センターでの電話相談に応対しその内容をコンピュータシステムに入力する相談実習、電気技術やモーターについての専門知識の講義や勉強(自習)が中心となった。10月中旬からは自ら面会約束を取り付けた上先輩社員とともに営業先に赴く営業実習を始め、12月には一人で営業先に赴くこともあった。
被控訴人は、上記の実習中、毎日、その日に学んだことや質問等を記載する日報(書証〈省略〉)を作成して提出し、チューター役のBや同じグループの先輩社員、上司らがこれにコメントを記載して返却していた。日報は実習の経過を示すものとして毎日作成することとされていたが、会社の業務に直接関わるものではなく、提出期限については特に定められておらず、必ず当日中に提出しなければならないとの決まりもなかった。被控訴人の実習スケジュール(書証〈省略〉)では、個別の実習メニューとは別に、日報作成のための時間が設けられており、その時間は平成22年5月21日、28日、9月10日の5分間を除き、概ね35分ないし65分間であった。
被控訴人は、平成22年5月17日から同年末までの間、販売目標その他の営業ノルマを課されたことはない。
(証拠〈省略〉)
ウ 退職に至る経緯
被控訴人は、正月休暇が明けた平成23年1月5日、所属長であるCに対し、長野県に住む父親が脳梗塞で倒れたので1月7日まで休暇を取得する旨連絡し、1月7日には、父親の容態が安定したので1月11日から出社する旨を連絡したが、1月11日になっても出社しなかった。先輩社員が連絡したところ被控訴人は退職する旨述べ、社宅を訪ねた上司に対し、残業代がつかない、飲み会が多い、堪能な中国語を生かす機会がないなどとして退職したい旨述べ、地元の会社に採用の打診を受けている旨を説明した。被控訴人は、1月12日に面会したCに対しても同様に述べたほか、父親が倒れたので家業を継ぐよう親戚に勧められた、同日に心療内科を受診したところ、自律神経失調症により1月31日までの休業加療を要する旨の診断を受けた旨を述べて診断書(書証〈省略〉)を提出した。
被控訴人はその後も出社しなかったが、ほぼ毎週営業管理課長と面談又は電話で相談し、3月24日、これまでほとんど実務を経験しておらず、3か月のブランクがある状態では復帰もしづらいとして、退職する方向で考えたい旨を伝え、3月25日にはCに対しても退職する旨申し入れ、3月29日に3月末日付けで控訴人を退職する旨の退職願(書証〈省略〉)を提出した。(証拠〈省略〉)
(2) 以上の認定事実に基づき、被控訴人に時間外労働があったかどうかについて判断する。
ア 被控訴人は、ICカードの使用履歴(書証〈省略〉)によれば被控訴人が平成22年7月1日から10月31日まで連日残業をしていたことが認められると主張する。しかし、前記認定事実によれば、ICカードは施設管理のためのものであり、その履歴は会社構内における滞留時間を示すものに過ぎないから、履歴上の滞留時間をもって直ちに被控訴人が時間外労働をしたと認めることはできない。そこで、上記ICカード使用履歴記載の滞留時間に被控訴人が時間外労働をしていたか否かについて検討する。
(ア) 被控訴人は、残業の内容として日報を作成していた旨主張する。しかし、日報が実習の経過を示すものであって会社の業務に直接関係するものではないこと、提出期限も特になく、必ず当日中に提出しなければならないとの決まりもなかったこと、被控訴人の実習スケジュールにおいては実習メニューとは別に概ね35分ないし65分間の日報作成の時間が取られていたことは前記(1)イに認定したとおりである。実習期間中には設けられた日報作成時間が5分間である日が3日あるが、上記のとおり日報については提出期限がなく、当日提出の決まりもなかったのであるから、この3日間について残業が必要であったということもできない。被控訴人は日報を詳細に記載するよう義務付けられていた旨主張するが、そのような義務付けがあったことを認めるに足りる証拠はなく、チューターであるBが日報のコメント欄に、時間内に終わることも大事であるから簡潔に書くようにとの指導をしていたこと(書証〈省略〉)に照らしても、上記の主張は採用できない。そして、他に控訴人が被控訴人に対し日報作成のために残業を命じたことを裏付ける証拠はない。
(イ) 被控訴人は、残業の内容として営業課における電話応対及びこれによる顧客とのやり取りを○○と呼ばれるコンピュータシステムに入力していた旨主張するが、○○への入力は電話相談実習の一環としてお客様相談センターにおいて行われていたものであり、営業課においては行われていなかった(人証〈省略〉)というのであるから、そのために残業が必要であったと認めることはできない。被控訴人は、Bから新人は率先して電話を取るように指導を受けていた旨主張するが、Bないし他の上司が被控訴人に対し電話応対のために残業するよう命じたことを認めるべき証拠はない。また被控訴人は、時間外労働として翌日訪問する営業先の下調べ等をしていた旨主張するが、前記(1)イに認定した事実によれば、被控訴人は、控訴人に出社していた間は実習中であって、販売目標その他の営業ノルマを課されたこともなく、平成22年12月になるまでは1人で営業先に赴くこともなかったというのであるから、仮に被控訴人がその主張するような下調べをしていたとしても、これをもって労務の提供を義務付けられていたと評価することはできない。
(ウ) 被控訴人は、残業として発表会への参加を強制されていた旨主張するので検討する。被控訴人の実習スケジュール(書証〈省略〉)によれば、実習期間中に実習の成果を発表する発表会が4回実施されたこと、うち7月7日及び10月8日の2回については、終業時刻後又は終業時刻を跨ぐ形で行われたこと、発表会の前にはその準備として他の実習をしなくて良い時間が与えられていたことが認められる。しかし、これらの発表会は実習中の新人社員が自己啓発のために同僚や先輩社員に対し実習成果を発表する場として設定されたものであり(証拠〈省略〉)、会社の業務として行われたものではなく、これに参加しないことによる制裁等があったとも認められないから、控訴人が業務として発表会への参加を指揮命令したものということはできない。
以上によれば、被控訴人がICカード使用履歴記載の滞留時間に残業して時間外の労働をしていたものとは認められないから、被控訴人のICカード使用履歴に基づく主張は理由がない。
イ 被控訴人は、Bの指示を受けて退社前にICカードにより退場時刻を記録した上残業をしており、自己の手帳(書証〈省略〉)に実際の退社時刻を記録していたから、平成22年11月及び12月分については、同手帳の記載に基づいて時間外労働を認定すべきである旨主張する。しかし、被控訴人について残業を義務付けられていたとの事情が認められないことは前記認定のとおりであり、被控訴人の主張するICカード使用の指示については、終業時刻後も会社内に滞留している被控訴人に対し、帰宅を促すためにICカードを使って退場するよう声をかけたという態様のものであったこと(人証〈省略〉)が認められるから、これによりBが被控訴人に対し残業を強制したということはできない。被控訴人の手帳の記載は曖昧である上全ての日についての記載があるわけでもなく、信用することができない。以上によれば、被控訴人の手帳の記載に基づく主張は理由がない。
ウ 被控訴人は、その他の時間外労働として、早朝出勤して掃除をしていたこと、高松事業所における着替えや朝礼、朝のラジオ体操への参加を主張するが、高松事業所におけるラジオ体操や朝礼への参加は任意であり(書証〈省略〉)、被控訴人主張の着替えや掃除が義務付けられていたことを認めるに足りる証拠はない。
エ 以上によれば、被控訴人が、実習期間中である平成22年7月1日から12月28日までの間に、就業規則で定められた所定労働時間外に労務の提供をしたとの事実又は労務の提供を義務付けられていたとの事実を認めることはできないから、被控訴人の時間外労働を理由とする未払賃金の支払請求は理由がない。
3 賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条4号に基づく事由及び付加金請求について(争点(3)及び(4))の主張は、いずれも被控訴人に時間外労働があったことを前提とするものであり、前記2に記載のとおり、その前提事実が認められないのであるから、これらの主張も理由がない。
4 不当利得返還請求について(争点(5))の当裁判所の判断は、原判決の「事実及び理由」第3の7に記載のとおりであるから、これを引用する。
5 使用者責任に基づく損害賠償請求について(争点(6))
被控訴人が時間外労働に従事したとの事実が認めらないことは前記2に記載のとおりであり、被控訴人が飲み会や食事会への参加を強制されたり、席上で一気飲みを強要されたことを認めるに足りる証拠もないから、使用者責任に基づく損害賠償請求は理由がない。
6 以上のとおり、被控訴人の請求はいずれも理由がないから全部棄却すべきところ、原判決中これを一部認容した部分は失当である。よって、原判決中控訴人敗訴部分を取り消した上これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園尾隆司 裁判官 吉田尚弘 裁判官 森脇江津子)
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