
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(165)平成25年 7月30日 東京地裁 平24(ワ)14421号 損害賠償等請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(165)平成25年 7月30日 東京地裁 平24(ワ)14421号 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成25年 7月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)14421号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2013WLJPCA07308008
要旨
◆訴外会社の代表取締役である原告が、被告に対し、主位的には、原被告間で締結した資本・業務提携に関する契約等の債務を被告が履行しなかったために同契約を解除したとし、解除に伴う原状回復請求として、被告に譲渡した訴外会社の本件株式の株主は原告であることの確認、a訴外会社に対して本件株式の譲渡承認手続及び譲渡承認を受けることを停止条件として名義書換手続を求めるとともに、解除に基づく損害賠償を求め、予備的には、詐欺取消しに基づき、株主権確認、譲渡承認手続及び名義書換手続を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案において、原告による債務不履行解除及び詐欺取消しを認めた上で、原告の主位的請求に係る損害を認めることはできないとする一方、原告の予備的請求に係る損害を認定するなどして、請求を一部認容した事例
参照条文
民法96条
民法541条
民法545条
裁判年月日 平成25年 7月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)14421号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2013WLJPCA07308008
東京都豊島区〈以下省略〉
原告 X
訴訟代理人弁護士 矢田誠
鈴木めぐみ
中川由香里
東京都港区〈以下省略〉
被告 Y株式会社
代表者代表取締役 A
主文
1 原告が,株主名簿上の名義人を被告とする株式会社aの株式862株を有する株主であることを確認する。
2 被告は,原告に対し,被告の原告に対する前項記載の株式の譲渡につき,株式会社aに対し,譲渡承認請求手続をせよ。
3 被告は,原告に対し,前項記載の譲渡承認を受けることを停止条件として,第1項記載の株式につき,株式会社aに対し,原告名義への名義書換請求手続をせよ。
4 被告は,原告に対し,756万円及びこれに対する平成23年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告のその余の請求を棄却する。
6 訴訟費用は,これを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
7 この判決は,第4項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項ないし第3項と同旨
2(主位的)
被告は,原告に対し,4億1183万5802円及びこれに対する平成24年5月31日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3(予備的)
被告は,原告に対し,958万8000円及びこれに対する平成23年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,株式会社a(以下「a社」という。)の代表取締役である原告が,被告に対し,①主位的には,被告が,原被告間で締結した資本・業務提携に関する契約等の債務を履行しなかったため,同契約を解除したとし,解除に伴う原状回復請求として,平成23年5月1日に被告に譲渡したa社の株式862株(以下「本件株式」という。)の株主は原告であり,a社に対し,本件株式の譲渡承認手続及び譲渡承認を受けることを停止条件として名義書換手続を求めるとともに,解除に基づく損害賠償請求として,4億1183万5802円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年5月31日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による金員の支払を求め,②予備的には,被告が,詐欺により上記契約等を締結したものであり,詐欺取消しに基づき,上記の株主権確認,譲渡承認手続及び名義書換手続を求めるとともに,不法行為(詐欺)に基づく損害賠償請求として,958万8000円及びこれに対する不法行為の後(上記契約締結日の翌日)である平成23年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めた事案である。
2 前提事実(証拠等によって認定した事実は各項末尾に掲記した。)
(1) 当事者
ア 原告は,印刷物の保管,封入発送代行業務等を業とするa社の創業者であり,代表取締役である。
イ 被告は,有価証券の売買及び保有等を業とする株式会社である。
(2) 原告と被告との間の資本・業務提携に関する契約等の締結
原告は,a社の事業承継を行うこととし,平成22年7月頃から,株式会社b(以下「b社」という。)を介して事業売却先を探した(甲82)。
原告は,平成23年3月28日,被告との間で,b社の仲介のもと,資本・業務提携に関する契約,株主間協定及びマネジメント契約を締結した(甲10,11,13)。
(3) a社と被告との間の事業提携に関する覚書の締結
a社は,平成23年4月28日,被告,株式会社c(以下「c社」という。)及び株式会社d(以下「d社」といい,これら3社を「被告ら」ともいう。)との間で,事業提携に関する覚書(以下「本件覚書」といい,これに前記(2)の資本・業務提携に関する契約,株主間協定及びマネジメント契約を併せて「本件M&A契約」という。)を締結した(甲14)。
(4) 本件覚書の合意解除
a社は,被告との間で,平成23年11月10日付けで本件覚書を合意解除した(なお,下記3(2)のとおり,同解除の効力発生の有無については争いがある。)(乙1)。
(5) 被告による本件M&A契約の解消等の意向通知
被告は,原告に対し,平成24年3月22日頃,a社の代表取締役としての経営責任を追及し,株主間協定及び資本・業務提携の契約を解消したい旨の通知をした(甲17)。
(6) 原告による本件M&A契約の解除及び詐欺取消しの意思表示
原告は,被告に対し,平成24年5月30日,被告は本件M&A契約の債務を履行しなかったとして,本件訴状をもって,本件M&A契約を解除する旨の意思表示をした。
原告は,被告に対し,平成25年6月18日に開かれた第2回口頭弁論期日において,被告が詐欺により本件M&A契約を締結したとして,本件M&A契約を取り消す旨の意思表示をした。
(以上,顕著な事実)
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件M&A契約における被告の債務不履行の成否(争点1,主位的請求)
ア 原告の主張
原告は,被告との間で,資本・業務提携に関する契約,株主間協定及びマネジメント契約を締結した上で,原告の被告に対するa社の株式譲渡の対価を同社の事業を介して実現する手段を明確化することを目的として,a社が,被告,c社及びd社(被告ら)との間で,本件覚書を締結した。
しかし,被告らは,本件覚書で規定した既存顧客46社及び新規顧客100社をa社に紹介するという約定(第2条)に違反し,顧客を数社紹介したのみで,その余の取引先の紹介等をしなかった。また,被告らは,本件覚書で規定した,a社の売上高について,平成23年4月末に終了する事業年度の売上高と比較して,5年間の提携期間中に総額30億円以上増加させるという約定(第6条,別紙「役務の詳細」第1条)に違反し,何らこれを達成することはなかった。
原告は,被告に対し,何度も本件M&A契約に沿った債務の履行を求めたが,被告は,これを履行せず,逆に,平成24年3月22日頃,本件M&A契約の履行を拒絶する旨の通知をし,以後,被告の執行役員であるB(以下「B」という。)と連絡が取れない状態となった。
したがって,被告は,本件M&A契約について債務不履行が成立する。
イ 被告の主張
被告らは,原告に対し,本件覚書に従って顧客の紹介を行っていたものであり,何ら債務不履行は存在しない。a社の売上高増加については,本件覚書において努力目標として記載されているにすぎず,被告が結果債務を負うことはないから,この点の債務不履行は成立しない。
そもそも,被告は,倒産の危機にあったa社について,株式の無償譲渡,現役員の総退陣を条件として,企業存続のために引き取り企業を探しているとの紹介を受けたことを契機として,本件M&A契約を締結したものであるが,その後も,原告による退職慰労金や個人保証の除外に関する要求が厳しくなっていった。さらに,原告が代表取締役を務める株式会社e(以下「e社」という。)が,a社との間で業務委託契約を締結し,月額90万円から105万円の報酬を受領していたことが発覚したことから,被告がこれを原告に通知したところ,原告が本件訴訟を提起したのである。
したがって,被告に本件M&A契約の債務不履行は存在しない。
(2) 本件覚書の合意解除の効力発生の有無(争点2,主位的請求)
ア 被告の主張
被告とa社は,平成23年11月10日,本件覚書を合意解除したものであり,原告もこれを了承していた。したがって,原告が,被告に対し,本件M&A契約の債務不履行に基づく解除やこれに基づく損害賠償を請求することはできない。
イ 原告の主張
本件覚書の合意解除の書面は,平成23年11月10日付けとなっているが,実際はd社の破綻後に日付を遡らせて作成したものである。すなわち,原告は,平成23年11月にd社が破綻し,被告らによる顧客紹介が困難な状況となる中で,同年12月13日,被告が原告に対しa社の銀行借入れの全てを連帯保証する旨の念書(以下「本件念書」という。)を交付すること,及び被告が銀行に対し確定的にその旨表明することを停止条件として,上記合意解除の書面に署名押印したものである。
しかるところ,被告は,原告に対し,本件念書を交付することはなかったから,停止条件は成就しておらず,合意解除の効力は生じていない。
(3) 原告による本件M&A契約の詐欺取消しの可否(争点3,予備的請求)
ア 原告の主張
本件M&A契約は,本件訴訟提起後の被告による訴訟追行の内容及び態様からすれば,被告の代表取締役A及び同執行役員であったB,コンサルタント会社であるc社の代表取締役C(以下「C」という。)らが共謀の上で,原告の保有するa社の株式1690株を騙し取ろうとした詐欺に基づく契約であった。すなわち,被告は,f社(以下「f社」という。)の創業者Dの次男が経営するg株式会社(以下「g社」という。)と何ら資本提携関係がなかったにもかかわらず,これがあるかのように装い,a社に対する顧客紹介や売上高増加を確約したものであるが,前記(1)アのとおり,これが実現されることはなかった。また,本件訴訟において,被告は,被告の訴訟代理人弁護士が辞任した後,正当な理由なく出頭せず,何ら主張立証をしなかったことに照らせば,被告が詐欺により本件M&A契約を締結したことは明らかである。
したがって,原告は,本件M&A契約について被告の詐欺を理由とする取消しの意思表示をしたから,本件M&A契約は取り消された。
(4) 損害の有無及び額(争点4)
ア 原告の主張
原告は,以下のとおり,主位的には,被告の本件M&A契約の債務不履行により4億1183万5802円の損害を,予備的には,被告の不法行為(詐欺)により958万8000円の損害をそれぞれ被ったものであり,被告は,原告に対し,これらの損害を賠償する責任を負う。
(主位的請求)
① 株主間協定における報酬慰労金規定に基づき,原告が受領するはずであった退職慰労金 9718万2029円
(計算式)
退職時の報酬月額218万7500円(2625万円÷12)×役員在任年数18年(平成10年から平成28年)×功績倍率3(社長)-4年間の中間利息控除=1億1812万5000円-(1億1812万5000円×0.05×4年間のライプニッツ係数3.5459=2094万2971円)=9718万2029円
② 株主間協定に基づき,原告が受領するはずであったa社の株式828株の時価純資産額による譲渡代金 7084万4773円
(計算式)
平成28年4月期を基準とした時価純資産額に基づく想定株価11万4000円(1株)と実際の株価1万円(1株)との差額である10万4000円に828株を乗じたものから,解除時から平成28年4月末日までの4年間の中間利息を控除した額=10万4000円×828株-(10万4000円×828株×0.05×3.5459)=7084万4773円
③ 資本・業務提携に関する契約及び株主間協定に基づき,a社の銀行借入債務について原告の個人保証債務が解消される地位を有していたのに,これが実現されなかったことによる損害 2億4380万9000円
本件訴訟提起時点の保証債務総額2億4380万9000円
(予備的請求)
① b社への報酬支払 630万円
原告は,本件M&A契約を履行するために,b社に対し,手付金として105万円,成功報酬として1050万円を支払ったところ,b社から,本件M&A契約に問題があったとして成功報酬の半額である525万円の返金を受けたため,原告が被った損害は630万円(手付金105万円+成功報酬525万円)である。
② 本訴提起に係る印紙代及び弁護士費用 328万8000円
原告は,本訴提起に際して,印紙代139万7000円及び弁護士費用189万1000円を出捐した。
イ 被告の主張
原告の主位的請求に係る主張は否認ないし争う。
第3 争点に対する判断
1 事実経過等
前提事実に加えて,証拠(甲1,6ないし21,24ないし26,29ないし31,33,34,36ないし41,49,51,53,60ないし64,71,72,74ないし82,乙1〔枝番のあるものは各枝番を含む。〕)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,平成8年10月,印刷物の保管,封入発送代行業務等を業とするa社を設立し(甲1),平成10年2月以降,代表取締役を務めてきた。a社は,商品配送と軽作業を組み合わせた「ラウンダー事業」やインターネット通信販売のバックヤード業務である「e物流事業」等の物流関連ビジネスモデルを構築するなどして事業を拡大し,平成20年4月期には相当の営業利益(純利益約1100万円)を上げた(甲24)が,平成21年4月期には営業損失(純損失約5400万円)に陥り(甲25),平成22年4月期には,純損失約1億5500万円,純資産としても約1億4500万円の赤字を計上するに至った(甲26)。
(2) 原告は,a社の経営から引退して事業承継を行うこととし,平成22年7月から,M&Aの仲介等を業とするb社を介して,事業売却先を探した。原告は,b社から,g社の孫会社である被告が原告に興味を持っているとの連絡を受け(甲7),平成22年12月頃から,被告の執行役員のB,コンサルタント会社であるc社代表者のC及びその関連会社であるd社の担当者と面談を重ね(甲29),平成23年3月2日には,被告,c社及びd社(被告ら)から,5年間でM&Aが完結するスキームを構築する前提で,既存顧客46社,新規顧客100社をa社に紹介し,5年間で売上高を30億円増加させることを目標とする提案を受けた(甲8)。なお,被告らは,これらの交渉の過程で,原告に対し,被告がg社の孫会社であることを示す書面を交付し(甲6の1・2,9),Bも,原告に対し,g社の「事業開発室 室長」の肩書きを付した名刺を交付した(甲81)。
(3) 原告は,被告らとの間で,b社を介して交渉を重ね(甲12,30,31),平成23年3月28日,被告との間で,資本・業務提携に関する契約(甲10),株主間協定(甲11)及びマネジメント契約(甲13)を締結した。すなわち,資本・業務提携に関する契約(甲10)では,①被告が,a社の株式を取得して資本提携を行うこと,具体的には,原告が,被告に対し,平成23年5月1日,原告所有のa社の862株(51%)を1株1円で譲渡し(第1条1項,第2条),②被告が,a社に対する取締役の派遣,新規事業の支援等の業務提携を行い(第1条2項,第12条),他方,③原告は,上記同日から5年間,a社の代表取締役として企業価値の向上を図り(第1条3項,第13条),④被告が,上記同日の5年後にa社の全株式(残余828株)の取得により経営権を取得し,a社の銀行借入債務について原告の保証債務の解消等を行う(第1条4項)こととし,株主間協定(甲11)では,原告の取締役としての報酬額(第1条),被告が5年間の提携期間経過後もa社の株式所有を希望する場合には,原告の保証債務の解消,退職慰労金の支給をする(第2条1項)とともに,被告がa社のその余の株式を取得することができ,その場合の取得の対価を,原告と被告が合意した金額又は1株当たり平成28年4月期の時価純資産額を発行済株式総数で除して得た額とする(第2条2項)ことなどと定め,マネジメント契約(甲13)では,原告がa社の代表取締役として善管注意義務をもって運営する(第1条)ことなどを定めた。
さらに,a社は,平成23年4月28日,被告,c社及びd社(被告ら)との間で,事業提携に関する協議の結果として,被告らの義務として,被告らが,a社に対し,既存顧客46社,新規顧客100社を紹介する(第2条)こと,被告らの協力目標として,平成23年5月1日から5年間で合計30億円の売上増加を達成する(別紙「役務の詳細」第1条)ことなどを定めた本件覚書を締結した(甲14)。なお,被告らは,原告が上記の顧客名を明らかにするよう求めたものの,これを明らかにすることはなかった(甲30,31)。
(4) 原告は,被告に対し,平成23年5月1日,本件M&A契約に基づき,a社の本件株式(862株)を1株1円で譲渡した。
しかし,被告,c社及びd社(被告ら)は,一定の既存顧客及び新規顧客の紹介をしたが,本件覚書に記載した顧客数や売上増に繋がるものとは到底いえず,原告はBに対し,再三顧客紹介の要請をしたものの,a社への顧客紹介は進まず(甲60ないし64,71,72),平成23年11月11日頃には,d社が倒産するに至った(甲21,38)。このような状況の中,原告は,平成23年11月末頃,Bに対し,a社の銀行借入債務の連帯保証人の入れ替えについて確認したところ,Bは,同年12月中旬頃,被告が,平成24年4月からa社の銀行借入債務の連帯保証人に加わることとし,その旨の本件念書を渡すから,これをもって借換先の銀行等と交渉してもらいたいが,その前提として,本件覚書を破棄して欲しいと述べたため,平成23年11月10日付けで本件覚書を合意解除する旨の書面に署名押印した(甲39,乙1)。
その後,原告とBは,平成24年1月以降,本件M&A契約の代替案について協議を行い(甲74ないし76),途中,被告が原告から譲り受けた本件株式のうち51%の株式を直ちにc社に譲渡する予定であったことが発覚したため(甲77),BはCに騙されたとして個人で一定額を支払う旨の意向を示した(甲40,41)が,その後も交渉を続け(甲78ないし80),最終的には,同年3月22日頃,被告が,a社の銀行借入債務についての原告の個人保証を被告に移管し,個人保証を外せないものは被告及び被告の代表者等が連帯保証をすること,原告は,平成24年3月末をもってa社の取締役を退任し,顧問に就任して月額30万円の報酬を受領すること,原告は,被告及びBに対し順次取得し保有するに至ったa社の全株式(828株)を有償譲渡することなどで概ね一致した(甲15,16,33,34)。
しかし,被告は,原告に対し,平成24年3月22日頃,原告が一方的にa社の経営から手を引こうとし,銀行の個人保証の解消,退職に伴う一時金2億円の支払及び月額30万円の顧問料の支払を要求しているなどとして,本件M&A契約の履行を拒絶し,これを解消したい旨の通知をし,以後,Bとの連絡が取れない状態となった(甲17)。
(5) 他方,a社は,平成24年4月2日,臨時株主総会において,被告の代表取締役(E)をa社の代表取締役に選任した(甲18)が,被告は,原告が代表取締役を務めるe社がa社から不当な業務委託料を取得しているなどと通知し,その余の本件M&A契約代替案の履行を拒絶したままであった(甲19,20)。さらに,被告は,本件訴訟が提起された後の同年7月19日及び8月27日にも,a社の株主総会が開催された事実がないにもかかわらず,株主総会において,原告ら従前の取締役が全員退任し,被告関係者が役員に就任する旨の登記申請をするなどした(甲49,51,53)。
原告は,被告が,原告の再三の催告にもかかわらず,本件M&A契約の履行をせず,逆に正当な理由なく同契約の履行拒絶の意思を表明し,その後も本件M&A契約代替案の履行を拒絶したままであったため,被告に対し,平成24年5月30日,本件訴訟を提起し,本件訴状をもって,被告の債務不履行に基づき本件M&A契約を解除する旨の意思表示をした(顕著な事実)。
また,被告の訴訟代理人弁護士は本件訴訟係属中の平成25年1月21日に辞任したところ,被告は,同年3月18日に開かれた第6回弁論準備手続期日以降出頭せず,何ら主張立証をしないことから,原告は,平成25年6月18日に開かれた第2回口頭弁論期日において,被告らの詐欺行為を理由に,本件M&A契約を取り消す旨の意思表示をした(顕著な事実)。
なお,被告は,本件訴訟において,g社がf社と資本提携関係を有していることを否認し,被告がg社の孫会社であることを証する書面を提出しない(弁論の全趣旨)。また,原告が,a社の課税を少なくする目的でe社を設立し,a社との間で業務委託契約を締結して一定の業務委託料を受領し,その中から原告に報酬を支払うことは,M&A契約の交渉の過程での被告に対するデューディリジェンスで開示されており,本件M&A契約締結後には,a社の経理を管理することになったc社もそのことを認識していた(甲36,37)。
2 争点1(本件M&A契約における被告の債務不履行の成否)について
(1) 前記認定事実によれば,本件覚書では,被告,c社及びd社(被告ら)が,a社に対し,既存顧客46社,新規顧客100社を紹介することが被告らの義務として記載されているところ,本件覚書は,先の原告と被告との資本・業務提携に関する契約及び株主間協定において,原告が被告に対し,a社の株式862株(51%)を1株1円で譲渡し,被告が希望する場合には,平成28年4月末日に残り828株(49%)を原告と被告が合意した金額又は時価純資産額をベースに譲渡することとした関係上,a社の事業価値の向上を図るべく顧客紹介を通じた売上増を目指すことを内容としたものであり,これは,原告との資本・業務提携をより具体的に定めたもの(資本・業務提携に関する契約書第1条2項の「新規事業の支援等の業務提携を行う。」)として,資本・業務提携に関する契約,株主間協定及びマネジメント契約と一体のものとして本件M&A契約を構成するものと解するのが相当である。したがって,上記の顧客紹介は,原告との関係においても,本件M&A契約として被告らの債務を構成していたものというべきである。
しかるところ,被告らは,本件覚書に従った顧客の紹介をすることはなく,原告が再三にわたって被告らに要請したものの,平成23年11月にはd社が破綻するに至り,同年12月に一定の条件のもと本件覚書の合意解除をする旨の書面を作成するに至ったというのであるから,被告は,本件M&A契約において債務不履行があったものと認められる。
(2) これに対し,a社の売上高増加については,前記認定事実によれば,本件覚書では,被告らの協力目標として,平成23年5月1日から5年間で合計30億円の売上増加を達成すると記載されているにすぎず,被告らの義務として規定されているものではないから,売上高増加が本件M&A契約における被告の債務となっていたものと認めることはできない。
(3) 以上によれば,被告は,a社への顧客紹介の債務の履行を怠ったものであり,本件M&A契約の債務不履行が成立する。
3 争点2(本件覚書の合意解除の効力発生の有無)について
(1) 被告は,本件覚書は,平成23年11月10日に合意解除されたと主張し,これに沿う証拠として乙第1号証を提出する。
(2) しかし,前記2のとおり,被告は,本件M&A契約後も,同契約で約定された顧客紹介の債務を履行しなかったものであり,その段階で,原告が無条件に本件覚書を合意解除する合理性は何ら窺われない。かえって,原告主張のとおり,原告と被告との資本・業務提携に関する契約及び株主間協定において,原告が被告に対し,a社の株式862株(51%)を1株1円で譲渡し,被告が希望する場合には,平成28年4月末日に残り828株(49%)を原告と被告が合意した金額又は時価純資産額をベースに譲渡するというのも,このような顧客紹介によるa社の売上増を目指すことが根幹であり,d社が破綻し,上記の顧客紹介が困難となった状況の下では,被告による連帯保証等がなければ,原告の個人保証の責任が残ったままとなることから,原告は,被告が連帯保証をする旨の本件念書を交付することなどを条件として,本件覚書の合意解除に応じたとみるのが合理的である。
そうすると,本件覚書の合意解除においては,被告が原告に対しa社の銀行借入れの全てを連帯保証する旨の本件念書を交付し,被告が銀行に対し確定的にその旨表明することが条件となっていたとみるのが相当であるところ,前記認定事実によれば,被告はその後も本件念書を差し入れることはなかったというのであるから,本件覚書の合意解除の条件が成就したものと認めることはできない。
(3) したがって,本件覚書の合意解除の効力は発生していないから,被告の本件M&A契約の債務不履行には何ら影響を及ぼさないというべきである。
4 争点3(原告による本件M&A契約の詐欺取消しの可否)について
(1) 前記認定事実及び前記2によれば,被告は,本件M&A契約において,原告からa社の株式862株を1株1円で取得しつつ,同契約で約定された顧客紹介の債務を履行しなかったのみならず,かえって,その後,原告に対し,何ら正当な理由なく,本件M&A契約の履行拒絶の意思を表明した上に,本件訴訟が提起された後も,a社の株主総会が開催された事実がないにもかかわらず,被告関係者をa社の役員に選任した旨の登記申請をするに至ったというのである。これに加えて,被告,c社及びd社(被告ら)は,本件M&A契約の交渉において,g社がf社と何ら資本提携関係がなかったにもかかわらず,これがあるかのような書面を交付し,被告らに相応の信用力があるかのような説明をしていたことや,本件訴訟の係属中に被告の訴訟代理人弁護士が辞任した後,被告が,平成25年3月18日に開かれた第6回弁論準備手続期日以降,何ら理由を明らかにすることなく出頭せず,準備書面や証拠の提出を行わなかったことなどを併せ考慮すると,被告は,本件M&A契約の債務を履行する意思がなかったにもかかわらず,これを秘して原告との間で同契約を締結し,a社の株式を廉価で取得したものと認めざるを得ない。
(2) 以上からすれば,被告は,当初から詐欺により本件M&A契約を締結したものとみるのが相当であるところ,原告は,予備的請求として,既に詐欺を理由として取消しの意思表示をしているから,本件M&A契約は取り消されたものというべきである。
5 争点4(損害の有無及び額)について
(1) 原告の請求は,以上のとおり,主位的請求である債務不履行に基づく責任及び予備的請求である不法行為(詐欺)に基づく責任のいずれも認められるというべきであるから,以下,原告主張の損害の有無及び額について検討する。
(2) 主位的請求について
原告が主張する債務不履行解除に基づく損害賠償は,本件M&A契約が約定どおりに履行されたことを前提とする得べかりし退職慰労金(9718万2029円),a社の残り828株の譲渡代金(7084万4773円)及び個人保証債務の総額(2億4380万9000円)である。
しかし,前記認定事実によれば,株主間協定では,原告の主張する上記の履行利益は,いずれも被告が5年間の提携期間経過後もa社の株式所有を希望する場合に生じるものと定められていた上に,被告らは,本件M&A契約において,原告からa社の株式862株を1株1円で取得しながら顧客紹介の債務を履行せず,逆に,原告に対し,何ら正当な理由なく,本件M&A契約の履行拒絶の意思を表明したというのであり,これが,被告の債務不履行及び不法行為(詐欺)を構成するものであることは,前記2から4で判断したとおりである。
加えて,原告としても,被告らによる約定の顧客紹介が困難となる中,被告の執行役員であるBとの間で,平成24年1月以降,本件M&A契約の代替案について協議を行い,同年3月22日頃には,被告が,a社の銀行借入れについての原告の個人保証を被告に移管し,個人保証を外せないものは被告及び被告の代表者等が連帯保証をすること,原告は,平成24年3月末をもってa社の取締役を退任し,顧問に就任して月額30万円の報酬を受領することで概ね一致していたというのである。
そうすると,原告が損害として主張する本件M&A契約で合意した将来の退職慰労金や,a社の828株の譲渡代金,個人保証債務の解消については,その債務の履行がされる見込みは非常に薄いものであったといわざるを得ず,a社の828株の所有権は原告にあってその損害が確定しているものではないことや,個人保証債務の解消は最終的には金融機関の対応いかんによるものであることも併せ考慮すると,上記の履行利益を損害と認めることは困難であり,さらに,このことを措くとしても,上記のとおり本件M&A契約の履行の蓋然性の程度を考慮すると,債務不履行解除と損害との間に相当因果関係を認めることはできないというべきである。
したがって,原告の主位的請求に係る損害を認めることはできない。
(3) 予備的請求について
甲第83,第84号証及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件M&A契約の遂行の過程で,仲介者であったb社へ支払った手付金105万円及び成功報酬1050万円のうち,525万円の返金を受けたことが認められるから,原告は残金630万円について損害が填補されていないものと認められる。
そして,本件訴訟の経緯や内容,被告の応訴態度等を総合的に考慮すると,被告の不法行為(詐欺)と相当因果関係を有する弁護士費用相当損害金としては,上記630万円の20パーセントが相当であるから,その認容額は126万円となる。なお,原告の主張する印紙代は,訴訟費用であって付随的申立てとして訴訟費用負担の裁判に含まれるから,これを主たる請求として認めることはできない。
第4 結論
よって,原告の請求は,被告に対し,原告がa社の本件株式の株主であることの確認,a社に対し,本件株式の譲渡承認手続及び譲渡承認を受けることを停止条件とした名義書換手続の請求,及び,損害賠償として756万円及びこれに対する不法行為(本件M&A契約の締結日)の後である平成23年3月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法64条本文,61条を,仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 日置朋弘)
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