
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(164)平成25年 8月16日 神戸地裁明石支部 平23(ワ)118号 損害賠償等請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(164)平成25年 8月16日 神戸地裁明石支部 平23(ワ)118号 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成25年 8月16日 裁判所名 神戸地裁明石支部 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)118号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 一部認容 上訴等 控訴後、和解 文献番号 2013WLJPCA08166001
要旨
【全国証券問題研究会(要旨)】
◆本件は、米ドル建期限前償還条項付日経平均株価連動債を購入した原告が、被告証券会社に対し、①売買契約の錯誤無効による不当利得返還請求、②不法行為(適合性原則違反、説明義務違反、断定的判断の提供)に基づく損害賠償請求を行った事案である。
本判決は、①及び②のうち適合性原則違反、断定的判断の提供は認めなかったが、説明義務違反を認め、原告の請求を一部認容した。
適合性原則違反については、本件仕組債は償還金額等が為替レートに影響されるほか、利率、元本償還時期及び償還金額等が日経平均株価に連動して決定されるものであるが、その決定方法は比較的単純であり、30年以上の株式取引のキャリアを有し、そのほか投資信託、債券の取引も行い、本件仕組債購入後も同種債券を購入している原告が、実際に理解していたかどうかは別として、本件仕組債の内容を能力的に理解困難であったとは認め難い、信用リスク、為替変動リスク及び流動性リスクは投資経験のあるものであれば通常容易に理解できる、価格変動リスク及び利率変動リスクについては本件仕組債の内容と表裏一体であり、本件仕組債の内容を理解できれば理解可能である、として否定した。
説明義務違反については、被告担当者は、本件仕組債のリーフレットや目論見書を交付したものの、本件仕組債の各リスクについて一切説明しなかった、被告は各リスクの説明をしたと主張するが、それを裏付ける客観的な証拠は全く提出されておらず、被告担当者が作成した顧客別接触状況履歴では虚偽の報告がされており、被告の主張は採用できない、として説明義務違反を認めた(過失相殺5割)。
出典
証券取引被害判例セレクト 46巻156頁
評釈
田端聡・全国証券問題研究会
裁判年月日 平成25年 8月16日 裁判所名 神戸地裁明石支部 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)118号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 一部認容 上訴等 控訴後、和解 文献番号 2013WLJPCA08166001
兵庫県〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 木野祐子
東京都中央区〈以下省略〉
被告 SMBCフレンド証券株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 鈴木信一
松冨しほ里
松尾政治
主文
1 被告は,原告に対し,225万1565円及びこれに対する平成19年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを100分し,その55を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,500万7608円及びこれに対する平成19年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 本件は,原告が,被告から「スウェーデン輸出信用銀行 2017年5月26日満期 ユーロ米ドル建期限前償還条項付日経平均株価連動デジタルクーポン債券」(以下「本件仕組債」という。)を購入したことにつき,被告に対し,選択的に,①本件仕組債の売買契約が錯誤により無効であると主張して,民法704条に基づき,又は②被告の担当者による本件仕組債の勧誘行為が違法であると主張して,不法行為(民法709条,715条)による損害賠償請求権に基づき,500万7608円(本件仕組債売買代金424万5500円と受領した利金13万7892円の差額410万7608円及び弁護士費用相当額90万円)及びこれに対する本件仕組債の代金支払後であり,価格決定日かつ受渡日である平成19年5月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息又は遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和11年○月○日生まれの女性である。
イ 被告(前々商号は神栄石野証券,前商号はさくらフレンド証券)は,有価証券の売買等を行う証券会社であり,B(以下「B」という。)は,平成19年5月頃,被告姫路支店の従業員であり,原告の担当者であった。
(2) 本件仕組債の概要(甲1,2,乙6の1・2)
ア 発行者 スウェーデン輸出信用銀行
イ 発行日 2007年(平成19年)5月30日
ウ 受渡日及び利息起算日 2007年(平成19年)5月31日
エ 満期償還日 2017年(平成29年)5月26日 ただし,最短で2007年(平成19年)8月26日に期限前償還される可能性がある。
オ 当初価格 2007年(平成19年)5月31日における日経平均株価終値
カ 利払日 年4回(毎年2月,5月,8月及び11月の各26日 米ドル建て)
キ 利率 当初3か月弱(86日間)8.50%(年率),以降3か月毎,各利払日の10取引所営業日前の日経平均株価終値が,①クーポン判定価格以上の場合は8.50%(年率),②クーポン判定価格未満の場合は0.10%(年率)
ク クーポン判定価格 当初価格×80.00%
ケ 期限前償還 各利払日(満期償還の場合を除く。)の10取引所営業日前の日経平均株価終値がトリガー価格以上の場合,当該利払日に額面金額100%で期限前償還される。
コ トリガー価格 当初価格×103.00%
サ 満期償還 満期償還日に償還する場合(期限前償還しなかった場合),最終償還額は,以下のとおり決定される。
① ノックイン事由が発生しなかった場合 額面金額×100%で償還
② ノックイン事由が発生した場合 額面金額×最終評価価格÷当初価格の算式に従い償還
シ ノックイン事由 日経平均株価が観測期間中に(全ての取引時間帯で),一度でもノックイン価格以下になること
ス ノックイン価格 当初価格×56.00%
セ 観測期間 2007年(平成19年)6月1日から最終評価日まで
ソ 最終評価日 満期償還時の利払日の10取引所営業日前
タ 最終評価価格 最終評価日における日経平均株価終値
(3) 事実経過
ア 原告は,平成19年5月15日,Bから電話で本件仕組債売買の勧誘を受けた。Bは,同日,本件仕組債についてのリーフレットや目論見書などを持参して原告宅を訪れた。原告は,Bから本件仕組債の説明を受け,本件仕組債購入の申込みをした(なお,Bの原告に対する勧誘行為(以下「本件勧誘行為」という。)の内容等については争いがある。)。
イ 原告は,平成19年5月16日,被告から本件仕組債を代金3万5000米ドル(同日の為替レート(1米ドル=121円30銭)によれば424万5500円)で買い受け(以下「本件売買契約」又は「本件取引」などという。),同月30日までにその代金を支払った。
ウ 平成19年5月31日,原告が購入した本件仕組債の条件について,当初価格1万7875.75円,クーポン判定価格1万4300.60円,トリガー価格1万8412.02円,ノックイン価格1万0010.42円と決定した(甲5の2)。
エ 平成20年10月7日,本件仕組債について,ノックイン事由が発生した(甲7)。
オ 原告は,本件仕組債の利金として,平成25年1月18日までに合計14万2370円を被告から受領した(甲6の1ないし14,54の1ないし8,乙18の1ないし20)。
(4) 本件仕組債の売出しに際する留意点
ア 被告は,平成18年6月9日,本件仕組債の勧誘に当たっての留意点として,販売制限を設け,勧誘前に次の項目を確認するよう定めていた(乙10)。
① 投資方針 安定重視の顧客には販売できない。
② 投資経験 株式投資の経験がなければ販売できない。
③ 預り資産 預り資産1000万円以上であること。本件仕組債を含めて預り資産が1000万円以上となる場合は可。
④ 年齢制限 70歳以上には販売できない。ただし,74歳までは特認(特認申請書,顧客調査カード及び預り明細を添えてコンプライアンス部へ提出し,承認された場合)により可。
イ 原告は,本件取引時,70歳であったが,上記ア④の特認申請手続は取られていなかった。
3 争点及びこれに対する当事者の主張
(1) 本件売買契約の錯誤無効
(原告の主張)
原告は,被告に対し,本件仕組債購入の申込みをしたが,その際,Bから本件仕組債の内容とそのリスクについてほとんど説明を受けなかった。また,Bは,目論見書について,読んでおくようにと置いていっただけでこれに基づいた説明は一切しなかった。その結果,原告は,Bが口頭で述べた説明だけの情報を信用し,本件仕組債が,①年利8.5%の高利が得られ,②半年も経たないうちに早期償還され,③元本も保証される商品であると誤信した。
また,原告は,Bから本件仕組債が「発行日」に発行され,発行日になって初めて権利者となること,本件仕組債の代金額が決定されるシステムについて説明を受けなかった。そのため,原告は,そもそも「発行日」までは当然本件仕組債の購入をやめるのは自由であったにもかかわらず,そのことを知らず,さらに,被告姫路支店従業員から明確に「キャンセルはできない。」と言われたため,本件仕組債について,一旦購入の意思表示をした以上,キャンセルできない商品であると誤信した。
原告は,本件仕組債の内容やキャンセル可能性について以上のような誤信をした結果,本件仕組債購入の意思表示をし,それを発行日まで維持した。本件仕組債の内容やキャンセル可能性は,売買契約の締結(申込みの取消し)の意思決定に関する重要な要素そのものであるから,本件売買契約は,錯誤(民法95条)により無効である。
(被告の主張)
ア 本件仕組債の内容に関する説明
Bは,原告に対し,平成19年5月15日に電話した際,近時の日経平均株価の推移を踏まえて,本件仕組債の商品内容及びリスクについて説明を行った。その際,原告が本件仕組債に興味を示したことから,Bは,同日午後5時頃,原告宅を訪問し,持参した本件仕組債のリーフレット及び目論見書を参照しながら再度,本件仕組債の利金,元本償還,ノックイン及びクーポン判定のルール及びリスクについて必要十分な説明を行った。
原告は,投資経験及び株価への興味を強く有していた投資家であり,Bによる本件仕組債の買付け提案時における日経平均株価の推移からすれば高い利金が得られ,ノックイン事由が発生して元本割れを起こすことはないとの投資判断を行い,本件仕組債の買付けを行ったものである。
原告は,本件仕組債の商品内容及びリスク内容が記載された「『仕組債』投資の重要事項のご説明」(乙6の3)と一体の書面である「『仕組債』のリスクに関する確認書」(乙6の4)の各項目にチェックを行い,署名押印をして差し入れており,このことからも本件仕組債の商品内容及びリスク内容を理解していたことは明らかである。したがって,原告が本件仕組債の内容について誤信していたという事実は存在せず,この点に関して原告に要素の錯誤は存在しない。
イ キャンセル可能性に関する主張について
原告は,「発行日」までは当然本件仕組債の購入をやめるのは自由であったにもかかわらず,そのことを知らなかった旨主張するが,そもそも主張の前提に誤りがある。本件仕組債は,約定日に契約が成立するため,約定日以降,原告が一方的にキャンセルを行うことはできない。
また,原告は,本件売買契約のキャンセル可能性について,約定日から発行日までの間に被告に問い合わせておらず,被告従業員が「キャンセルはできない。」と回答した事実も存在しない。原告は,平成20年10月以降,本件仕組債にノックイン事由が発生した後に本件売買契約に関する苦情を述べ始めたものである。
したがって,原告の主張には前提に誤りがあり,キャンセル可能性に関して原告に要素の錯誤は存在しない。
(2) 本件勧誘行為の違法性
(原告の主張)
ア 本件仕組債の商品特性
本件仕組債は,①外国で発行される外債で,かつ,外貨建てであること,②デリバティブが組み込まれていることの2つの大きな特性を有しており,これにより商品内容,購入によるリスク・リターンがわかりにくい複雑な金融商品となっている。
本件仕組債の最大のリスクは,10年の長期債でありながら満期まで中途換金が出来ない点である。本件仕組債が満期償還を迎える場合,その償還額は10年後の日経平均株価に依存し,極めてハイリスクな取引である。
本件仕組債は,その性質とリーフレット上の記載が相まって,比較的安全性の高い商品であるとの誤解を顧客に与えやすい。本件仕組債は,実質的には顧客が日経平均オプションの売る権利(プット)の売り手となり,発行体が買い手となる取引であり,極めてハイリスクな商品である。
イ 適合性原則違反
(ア) 原告の取引経験,投資意向
原告は,相当長期間にわたり株式取引を行っているが,本件仕組債の価値は,日々の日経平均株価の変動や為替相場の変動,これらの変動の相関関係その他の本件仕組債を取り巻く状況により日々刻々と変動するという特性があり,その購入者は途中で売却できないから,仕組債の価値変動のリスクに10年間さらされる。このような仕組債取引の性質に照らせば,株式取引やこれに類する取引の経験が豊富であることは,何ら仕組債取引をする上での投資判断には役立たず,本件仕組債売買の適合性判断に影響を及ぼさない。
Bは,原告が長期取引を志向する投資家でなく,短期取引を志向する投資家であることを認識していた。また,原告は,平成12年1月7日以来,被告では約7年間,債券取引をしておらず,債券取引に積極的でないことがうかがわれる。
(イ) 原告の理解能力
原告は,職業経験がほとんどない主婦であり,本件仕組債についてそのリスクを理解して購入するのに必要な基本的な理解能力を欠いており,現在も十分に本件仕組債の内容やリスクを理解していない。原告は,本件仕組債の仕組みについて(本件では説明を受けていないが)仮に説明を受けたとしても理解する能力はなかった。
(ウ) 固有の資金が乏しい高齢の原告に拘束期間が長期で,元本毀損リスクのある商品を売りつけていること
原告は,年金生活者であり,自分自身では400万円余りの現金を準備することができないにもかかわらず,本件仕組債を購入している。購入資金の大部分は,夫の退職金が原資の夫名義の預貯金を引き出したものである。
原告世帯は,原告70歳,夫75歳の高齢で健康面に不安もあり,収入が年金のみという状況を考えると,満期10年で中途換金が不能である金融商品に投資することは,原告にとって不利益でこそあれ利益はない。加えて,本件仕組債は,10年後に大幅に元本毀損した金額で償還されるおそれさえある。
(エ) 被告の内部規則に違反する取引であること
本件取引において,被告は原告について特認申請手続をしておらず,被告の内部規則に違反する取引であった。また,原告について特認申請手続がとられたとしても,原告の顧客属性や収入状況,同居の家族が75歳と高齢であることに照らし,原告に本件仕組債への適合性が認められる例外的な事情は存在しない。
被告の内部規則では,少なくとも本件仕組債購入後,本件仕組債を含む預り資産が1000万円以上になる顧客でなければ勧誘が許されないところ,原告の当時の預り資産(乙20)と本件仕組債代金の充当関係をみると,勧誘時(平成19年5月15日)は964万6249円であり,発行日(同年5月30日)は970万7359円であって,いずれの時点においても本件仕組債購入後の原告の預り資産残高は1000万円とはならない。
(オ) 本件取引後の日経平均連動債等の購入
原告は,本件取引後,SMBC日興証券との取引を中心にするようになり,同証券の担当者から本件仕組債と同種商品の勧誘を受けたが,1年物又は3年物の債券で,かつ,為替リスクと日経平均株価との連動による価値変動リスクが同時には存在しない債券しか勧誘されていない。また買付け額も100万円を限度としている。
ウ 説明義務違反
(ア) リーフレット,目論見書における説明の不備
本件仕組債の名称中に「ユーロ米ドル債」という用語が含まれているが,それ以外に本件仕組債が,日本円を「ユーロ市場」の「ユーロ米ドル」に替えて投資する商品であることを一般人に理解させるに足りる表現は一切ない。リーフレットや目論見書には,元金については「額面金額」での償還についての記載があるばかりで,いかなる通貨で,どのようなレートで算定をして償還されるのかについて全く記載がない。本件仕組債は,正確な利払額,元本償還額,代金額を算定するには,ユーロ市場における米ドル為替相場(ユーロ米ドル為替相場)によらなければならないが,そのことはリーフレット・目論見書の記載からは一般人ではほとんど理解できない。
リーフレットの記載からは,本件仕組債が日経平均オプション取引を組み込んで組成した商品であることは全く読み取れない。また,日経平均株価の過去の変動に関するデータ等の情報が一切ない。そればかりか,本件仕組債の取引は,ハイリスクなオプション取引が組み込まれており,かつ,投資した資金を長期間拘束されるリスク,為替変動のリスクがある点で,株取引よりも明らかにハイリスクな取引であるにもかかわらず,「株取引と同程度のリスク」という誤った説明がされている。目論見書では,日経225オプションとその過去の値動きが記載されている頁があるが,原告は,目論見書を交付されたに過ぎず,Bは本件勧誘行為時に頁を開いてもおらず,原告は目論見書を読む機会を与えられていない。
本件仕組債と同種又は類似の日経平均連動債は,被告以外の同業他社においても扱われているが,被告のリーフレットによる説明は,同業他社のリーフレットと比較しても,最も簡素でわかりにくいものであり,到底読み手に本件仕組債の内容・リスクについて正確に要約して伝える内容となっていない。
(イ) Bによる本件仕組債についての説明不足
原告は,本件勧誘行為時に被告発行の本件仕組債の概要が記されたリーフレットは示されたが,目論見書は交付されたにすぎず,Bは,本件勧誘行為時に目論見書に基づいた説明を行っていない。
原告は,職業経験もほとんどない主婦であり,世界経済や海外市況への知識もない者であるから,本件仕組債の発行体であるスウェーデン輸出信用銀行に関する知識がない。しかし,Bは,被告にはスウェーデン輸出信用銀行に関する説明資料(スウェーデン輸出信用銀行ってどんな銀行?(乙10))が準備されていたにもかかわらず,これを用いた説明すらしていない。
Bは,本件勧誘行為時に本件仕組債の償還の仕組みや中途換金が不能であることについて,原告に説明せず,仮に説明をしていても,平成19年8月には売却可能であるかのような誤った認識を生じさせるような不十分な説明をしていた。
原告は,本件仕組債購入後も,債券の名称,償還の仕組み,満期までの中途換金可能性,ノックインの意味,ノックイン時の元本毀損リスクといった仕組債の基本的な内容について全く理解しておらず,何度もBに質問している,このことは,Bが原告の勧誘に際し,本件仕組債の基本的な内容について説明していなかったことを示している。
(ウ) 本件売買契約のキャンセル可能性の告知
本件売買契約に関し,発行日前におけるキャンセルができない旨が明示された契約条項等はない。発行日前における本件仕組債の売買は,正確には「対象となる本件仕組債が当初予定された発行日に発行されることを停止条件として,仕組債発行日前に行う売買」である。そして,買主(原告)は,発行日までに代金の払込みをしなければ失権してしまうと考えられるので,買主(原告)による先履行が条件となり,代金の払込みをしなければ契約は成立しないと考えるべきである。このような停止条件付売買契約については,売主は,売買契約の解除に応じても経済的損失が生じないか,損失が生じても損失分(例えば為替差損)を原告が負担することにより損失を回避できるのであれば解除に応じるべき信義則上の義務がある。まして,原告は,約400万円の購入資金を支払えないことを解約の理由としており,被告の内部規則(乙10)は預り資産が本件仕組債を含めて1000万円以上となる者との取引しか認めておらず,原告が400万円を払い込めないとなれば上記規則上の条件を満たさなくなる。よって,上記規則や,投資取引における適合性原則の趣旨に照らしても,被告は,原告の解約に応じるべき義務があり,解約が可能であることを説明する義務があった。
被告は,本件仕組債の発行日前の解除の可否について,本件仕組債は既発債として扱われているものであるが故に,本件仕組債売買を「当初予定された発行日に発行されることを停止条件とする売買」と見ることはあり得ないと主張する。本件仕組債について,被告が「既発債」として取扱い,発行日前においてもキャンセルが制限されるのであれば,本件仕組債が発行後に「売れない」のと同様に,発行日前においても「キャンセルができない」ことを説明すべきであった。
エ 断定的判断の提供
Bは,「8.5%の高利」であることや,「半年も待たずに償還できること」を強調して原告に本件仕組債の購入を勧めており,原告は,他に十分な判断材料の提供を受けない状態で,Bの述べた見通しを信用して,購入の意思表示をした。したがって,Bの原告に対する説明には,断定的判断の提供が認められる。
(被告の主張)
ア 本件仕組債の概要等
(ア) 仕組債の基本的な特徴は,利率や元本償還の時期,償還額が発行時においては定まっておらず,発行後に特定の指標に従って決定されていくという点にあり,本件仕組債は,日経平均株価に連動するものである。
本件仕組債は,各判定日毎に利金額を計算し,利払がされるが,この利払金額の計算において,利率は常に一定の数字で固定されているのではなく,判定対象価格が「一定の額」以上であるか,未満であるかによって高利又は低利の2種類のうちのいずれかに決定される。利率を決定付ける「一定の額」は,基準とする日の日経平均株価終値に所定の割合を掛けた額で定まる。ただし,初回の利金額計算については高利の固定金利とされているのが一般的であり,その場合は,初回の利金額は日経平均株価終値にかかわらず投資時に決定されることになる。
(イ) 本件仕組債には期限前償還条項とノックイン条項が付されており,これらの適用によって元本償還に複数のパターンが生じることとなるが,利率と元本償還の時期及び償還額についての各ルールは単純明快である。どのパターンにあたるかの分かれ目となる各々の「一定の額」(利率に関する「クーポン判定価格」,期限前償還に関する「トリガー価格」,元本償還額に関する「ノックイン価格」)は,商品説明の段階からリーフレット等の記載により明確にされているだけでなく,各具体的な金額は投資がされた時点で当該投資家に書面で通知され,以後,償還まで変更されることはない。
(ウ) 本件仕組債については,プットオプション等を組み込んだ仕組債であるといわれる。「(仕組債に)オプション等を組み込んだ」ことの意味内容は,債券の発行後に,発行体からの委託を受けたアレンジャーと呼ばれる機関が,投資家に支払う利金等を確保するためにオプション取引を行うということである。もっとも,アレンジャーは,かかるオプション取引を市場において独自に実行するのであって,仕組債を購入した投資家がその相手方となるものではない。また,一旦利率が設定されて販売されれば,仕組債購入者は,必ず当初設定された2つの利率のうちの何れかの利率により利払を受けるのであって,アレンジャーが行うオプション取引の成果の如何で当初設定された利率が変更されるものでもない。
(エ) 本件仕組債に特有のリスクと呼べるものは,①価格変動リスク(期限前償還がされず,かつ,最終評価日までの間に日経平均株価が一度でもノックイン価格以下になったことがある場合は,償還額が投資元本未満となるおそれがあるということ),②利率変動リスク(各利払日ごとに判定価格に従って利率が高くなったり低くなったりすることから,当初予定したとおりの利払収益が得られないおそれがあるということ)の2つである。上記各リスクについては,利率や元本償還に関する各ルールの内容について説明を受け,ルールの内容を理解することによってリスクの発生原因やその内容を理解することが可能である。
本件仕組債には,上記のほか本件仕組債のみならず他の金融商品にも存在することのあるリスクとして,①為替変動リスク,②期限前償還に伴う再運用リスク,③信用リスク,及び④流動性リスクの4つがあるが,上記の各リスクは投資家にとって容易に理解できるものである。
イ 原告の投資適合性
(ア) 原告の投資家属性
原告は,遅くとも平成3年2月8日には被告の前々身会社である神栄石野証券(以下において被告の前々身及び前身会社についても「被告」という。)において金保護預り口座を開設し,さらに,平成4年1月14日には,同社において証券取引口座を開設し,以後継続的に必要な手続を履践しつつ,証券取引を実行してきた投資家であり,株価ないしその変動に影響を及ぼす為替の動向には多大な関心を寄せていた。
原告は,株式取引のほかにも,各種転換社債(CB)の取引,各種投資信託の取引のみならず,平成9年4月14日約定で本件仕組債の発行体であるスウェーデン輸出信用銀行発行の外国債券の買付けを行っている。一方で,原告は,判明しているだけでも本件売買契約までにSMBC日興証券において被告と並行して金融商品取引を行っており,各種株式,投資信託及び国債の取引等を行っている。このように,原告は,本件売買契約に至るまで,複数の証券会社において多種多様な金融商品取引を実行することで,投資に関する知識及び経験を蓄積してきた投資家である。
加えて,原告は,平成20年10月20日付け及び同年12月5日付けで被告に対し,本件仕組債の買付けに関し,抗議の手紙を送ったが,その後SMBC日興証券において同年12月15日約定でスウェーデン輸出信用銀行,同21年1月16日約定でノルウェー輸出信用金庫,同年6月26日約定でフィンランド地方金融公社発行の外国債券の買付けを行っており,本件仕組債の商品内容を理解しておらず,外国債券の取引に関して懲りているはずの者の行動としては不自然・不合理である。
(イ) 原告の財産状況
原告は,夫婦で1か月あたり30万円程度の収入を得ており,当該収入で生活費が賄え,余剰が出ていたことを自認している。一方で,同居している娘から金銭を受け取っており,当該金銭や過去に両親から受領した金銭を貯蓄している。また,原告は,自宅不動産だけでなく賃貸物件も所有しており,当該賃貸物件のローン支払も終了している。これらのことから,原告は,生活資金の余りである余裕資金を投資に投入していたことが明らかである。
また,原告は,本件売買契約後の平成20年11月5日以降,みずほ証券に開設した証券取引口座に継続的に入金して金融商品取引を行っている。個々の当該入金は数十万円が主であるものの,相当程度の頻度で入金されており,平成20年11月5日から平成23年7月26日の延べ入金額は1000万円を超える額となっている。
(ウ) 原告の投資意向
原告は,「お客様の投資のご意向等の確認票」(乙11の5)において,「主たるご投資の目的」として「値上り益追求」,「運用期間」として「中・長期」と申告し,リスクを取りながら利益を得ることを目的とし,短期間での投資に拘らない姿勢を示している。実際にも,本件取引前後を通じて,原告は,短期間での売買が想定される株式取引のみならず,投資信託,債券等の取引も行いながら投資を継続している。
また,原告は,本件仕組債買付け以前にも債券取引を行っており,本件取引後にも,SMBC日興証券において平成20年12月15日約定,同21年1月16日約定,同年6月26日約定で元本割れリスクないし為替リスクのある外国債券を買い付けていることに加え,同年11月19日約定でイオンCBの買付けを行っていることからすれば,債券取引に消極的であったとはいえず,債券取引に関して元本安定性の高い商品のみを志向していたとも言えない。
原告は,姉の相続で手に入れた金銭を投資したと述べるほか,原告の夫が得た交通事故の賠償金についても,これを投資するなど,自らの財産や家族の財産を次々と投資に振り向けている。
これらのことからすれば,原告は,積極的な投資意向を有しており,リスクを取りつつ大きな利益を得ようとしていた投資家であることが明らかである。
(エ) 被告の内部規則について
金融商品に関する適合性は,顧客本人の知識・経験,財産状況,投資目的等によって個別的に判断されるものであり,70歳以上の者であっても投資に対する知識・経験,財産状況,投資目的等は個々で全く異なることは自明であって,一定の年齢以上の者が一般的に適合しないということはない。被告が年齢制限を設けた趣旨は,適合性判断について70歳未満,70歳から74歳まで,75歳以上に分けて段階的に取り扱うこととし,業務運用の慎重性を一定程度確保しようとしたものであり,年齢で一律に適合性の有無を判断しているものではない。
また,被告の内部規則による規制は,あくまで内部的なものにすぎず,原告の実際の年齢によれば採るべきであった特認申請がされなかったとしても,直ちに原告の本件取引に関する適合性が否定されるものではない。特認申請において判断されるのは,顧客の投資知識・経験及び理解度,資産状況,投資目的,家族の状況等といった,取引の適合性を判断するうえで一般的に考慮される要素であるから,原告に本件取引に関する適合性が認められることは明らかであり,本件において仮に特認申請がされていたとすれば,本件取引が認められたこともまた明らかである。
原告は,本件仕組債の取引開始基準である本件仕組債を合わせて預り資産1000万円という点について,本件仕組債買付け代金の一部が新規資金以外(MRF,株式売却代金)から賄われていることをもって,基準を満たしていないと主張する。しかしながら,上記基準は,当時の預り資産評価額(預り金を含む。)と,本件仕組債の「買付け約定代金額」を合計した額が1000万円を超えていることを求めるというものであり,本件ではこれを満たしている。
(オ) 本件取引後に原告が行った仕組債取引について
原告は,SMBC日興証券において,平成20年12月15日約定で,「スウェーデン輸出信用銀行2009年12月18日満期 円建 早期償還条項付 日経平均株価連動債券」(以下「同種債券1」という。)を,同21年1月16日約定で,「ノルウェー輸出金融公社 2014年1月21日満期 円建 早期償還条項付 日経平均株価連動債券」(以下「同種債券2」という。また,同種債券1と併せて「同種債券」という。)をそれぞれ買い付けている。
同種債券1における元本償還のルールは,基準となる数値が異なるだけで,本件仕組債とほぼ同じ内容であり,いかなる取引所にも上場されないことが記載されており,本件仕組債と同様の流動性リスクがある。また,同種債券2も利払及び元本償還のルールは基準となる数値が異なるだけで,本件仕組債とほぼ同じ内容であり,債券投資に関する損益が利払及び元本償還によって決定づけられることからすれば,本件仕組債と同種債券2は,ほぼ同じ商品性を有しているといえる。同種債券2は,金融商品取引所に上場される予定はないことが記載されており,本件仕組債と同様の流動性リスクがある。原告は,同種債券1を平成20年12月15日約定で100万円分買い付け,同21年6月19日に償還を受けており,同種債券2についても,同年1月16日に100万円分買い付け,同年7月22日に償還を受けている。
原告は,本件仕組債買付け後,本件仕組債についてノックイン事由が発生した後でもある平成20年10月20日に,被告に対して手紙(乙7の1)を送付し,本件売買契約に関する苦情を述べる一方で,立て続けに本件仕組債とほぼ同様のルールを有し,1年満期又は5年満期であって流動性の低い同種債券を買い付けており,およそ本件仕組債の内容を理解していない者の行動とは考えられない。しかも,原告は,平成20年9月に発生したリーマン・ショック後の株価低迷時期に同種債券を買い付けており,ノックインのリスクを回避しつつ早期償還及び利金の獲得を狙って同種債券を買い付けたと考えられる。そして,原告の狙いは的中し,原告は,現に同種債券について早期償還を受けている。このことからしても,原告は本件仕組債に関する投資の経験を活かして同種債券を買い付けたといえ,本件仕組債の商品性についても理解して投資したものであることは明らかである。
ウ 説明義務の履行
(ア) 原告に対する本件仕組債の説明に際し,Bは,原告の証券投資に関する知識・経験や一般的な理解力に照らし,原告が本件仕組債の仕組みやリスクを十分に理解できる方法によって説明を行っている。すなわち,Bは,平成19年5月15日に原告に電話し,本件仕組債の商品内容及びリスクについて説明した後,リーフレット(乙6の1)及び目論見書(乙6の2)を持参して原告宅を訪問し,再度,本件仕組債の説明を行った。
Bは,電話で1時間程度かけて,為替水準と日経平均株価の状況を踏まえつつ,利率の決定方法,期限前償還及びノックインをはじめとする償還に関するルール,外貨建てであることなど本件仕組債の商品内容及びリスクについて説明した。原告は,Bから説明を受け,利率の分かれ目や日経平均株価がいくらになれば投資した金銭がどのように返ってくるかについて尋ね,本件仕組債に興味を示した。
電話により,原告が本件仕組債に興味を示したため,Bは,同日午後5時頃にリーフレット(乙6の1)及び目論見書(乙6の2)を持参して原告宅を訪問した。訪問時,Bは,目論見書を開き説明を行おうとしたところ,原告から「ポイントを抜粋,要約した資料はないのか」と言われたことから,主にリーフレットを使用して説明した。Bは,同日現在の日経平均株価から概算したクーポン判定価格,トリガー価格,ノックイン価格の具体的数値を挙げて,利率の決まり方,3か月毎の判定日に日経平均株価が3%上がっていれば投資した資金が返ってくること,満期までの期間中1度でも日経平均株価が56%まで下がり,満期を迎えると元本割れの可能性があること,期限前償還にならない限り満期まで保有し続ける商品であり期間途中での売却が困難であること,及び本件仕組債のリスクを改めて説明する一方,実際に当該各価格が決まる基準となる日経平均株価は同年5月31日の終値であることも述べた。
前述したとおり,原告は,日経平均株価を日常的に注視し,自らの相場観を形成しており,そのときの日経平均株価の推移から,トリガー価格までは半年くらいで上がるのではないか,クーポン判定価格を割ることはないだろう,ましてノックイン価格になることはないなど述べ,為替についても,投資した資金が返ってきたときに米ドルが円高であれば,円安になるまでドルで持ち続ければよいと話していた。一方で,原告は,Bに対し,利率がどのようにして決まるか,どのような場合にどのように投資資金が返ってくるかについて再度尋ねつつ,買付けの意向を示した。
本件仕組債の買付け最低単位は2万5000米ドルであったが,原告は,自ら3万5000米ドル分を買い付けることを決めた。原告から買付けの意向を受けたBは,「『仕組債』のリスクに関する確認書」(乙6の4)と一体となっており,後に上記確認書部分を切り離して投資家が記入することとされていた「『仕組債』投資の重要事項のご説明」(乙6の3)を示し,リーフレットと対照させながら本件仕組債のリスクを中心とする重要事項について原告に改めて説明した。原告は,その説明を聞いた後,上記確認書に署名押印及び割印を行って,Bに渡した。
このようにBは,原告に対し,電話と訪問のそれぞれにおいて本件仕組債の内容及びリスクについて説明しており,説明義務違反及び断定的判断の提供など存在しない。原告は,自らの日経平均株価及び円/米ドル為替の相場観に従って,本件仕組債が短期間で期限前償還されるとの予測のもとに本件仕組債の買付けを決めたものである。
原告は,本件仕組債について,当初予定された発行日に発行されることを停止条件として,本件仕組債発行日前に行う停止条件付売買である旨主張する。しかしながら,本件仕組債の販売は,金融商品取引法上の「売出し」(同法2条4項)として行われるのであり,本件仕組債は,既に発行された有価証券という扱いを受けて売買される(乙6の2・7枚目(1頁))。そして,既発行の債券については,約定日が売買の取決めをする日,すなわち売買契約の成立日となり,受渡日は決済をする日,すなわち代金の支払と債券の受渡しの履行期となる(乙14)。本件仕組債が「既発行」の債券として扱われる以上,その売買に関し,「当初予定された発行日に発行されることを停止条件」とすることはあり得ず,停止条件付売買であるとする原告の主張は失当である。
本件仕組債の買付けについては,約定時において売買契約が成立したことを前提とし,円貨を投入して買付けを行う場合には,約定日の為替レートで受渡代金が決定されており,約定成立後は売買当事者間で売買契約を合意解除しない限り,一方的な解除はできない。原告が豊富な経験を有する株式取引においても,約定時において売買契約が成立して売買代金額が確定し,約定時以降の解除はできないのが常識であって,原告は,金融商品取引における約定成立の意味内容を十分に知悉していた。
(イ) 金融商品取引における説明義務は,投資結果について自己責任を負うにふさわしい程度の情報を顧客に得させ,自己責任原則を貫徹するために金融商品取引業者に課されている義務である。ここでいう「自己責任を負うにふさわしい程度の情報」とは,当該取引に関し,いかなる事情が生じた際にいかなる損益・リスクが発生するかというものであり,これが説明義務の範囲を画する。上述した説明義務の意義からすれば,当該取引に関係するといえる事項であっても損益の発生を直接決定付けるものでない事項については説明義務の範囲外である。また,損益を決定付ける指標(日経平均株価,為替レート)が将来どのように推移するかという点は,投資家が予測を立てて投資判断を行う対象そのものであり,これも説明義務の範囲外である。
エ 断定的判断の提供の不存在
Bが行った原告に対する本件仕組債の説明及び勧誘行為は,原告の証券取引に関する知識・経験及び原告の投資意向を踏まえて金融商品としての特徴から各種リスクに至るまで,原告が投資判断を行うにあたって十分な資料及び内容をもってされたものであり,断定的判断を提供したもの及び誤解を生ぜしめるものは全くない。
(3) 原告の損害
(原告の主張)
被告は,本件仕組債の代金として,原告のMRFから充当された424万5500円を受領しているので,この代金額が原告の損害であり,かつ被告の利得である。もっとも,原告は,本件仕組債の利金として合計13万7892円を受領しており,この利金については損益相殺の対象となるから,差額の410万7608円が損害ないし利得として請求すべき金額となる。
原告は,本件訴訟を遂行するため弁護士を訴訟代理人として選任した。410万円を請求する場合の旧日弁連報酬規定は着手金が29万5000円(消費税との合計30万9750円),成功報酬が59万円(消費税との合計61万9500円)である。よって,Bが原告に本件仕組債を購入させたことと相当因果関係のある損害となる弁護士費用は90万円を下回らない。
(被告の主張)
原告は,本件仕組債において,被告が原告から受領した代金額全額から利金額を差し引いた額を損害額としているが,原告は,現在も本件仕組債を保有している。本件仕組債が財産的価値を有していることは疑いようもなく,本件仕組債の代金額全額を基礎として利金額を差し引いた額が利得ないし損害額であるとする原告の主張は合理性を欠いている。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記の前提となる事実に加え,証拠(甲1ないし3,5の1及び2,6の1ないし14,7,8の1及び2,11,18,42,43の1及び2,44,45,52,乙1の4及び9,6の1ないし4,7の1,11の5,12の1ないし7,13の1ないし3,23,各調査嘱託の結果,証人B,原告本人)及び弁論の全趣旨並びに当裁判所に顕著な事実によれば,次の事実が認められる。
(1) 本件仕組債とそのリスクについて
ア 本件仕組債は,スウェーデン輸出信用銀行が発行者となって,平成19年(2007年)5月30日に発行され,平成29年(2017年)5月26日に満期償還が予定された(ただし,期限前償還条項(前記第2の2(2)ケ)により期限前償還の可能性がある。)債券であり,利率,償還時期及び償還金額がいずれも日経平均株価に連動するものである。
すなわち,本件仕組債の利払金額の決定と元本償還のルールは,次のとおりである。まず,利払金額について,本件仕組債は,各判定日毎に利金額を計算し,利払がされるが,この利払金額の計算において,利率は常に一定の数字で固定されているのではなく,各利払日の10取引所営業日前の日経平均株価終値がクーポン判定価格(1万4300.60円)以上であるか未満であるかによって,8.50%又は0.10%(いずれも年率。以下同じ。)のいずれかに決定される(ただし,当初86日間の利金額計算については8.50%の固定金利とされている。)。
次に,元本償還については,本件仕組債には期限前償還条項とノックイン条項が付されており,これらの適用によって元本償還に複数のパターンが生じることとなる。ノックイン条項は,満期償還においてのみ意味を持つから,元本償還のパターンは,①期限前償還される場合,②満期償還され,かつ,ノックイン条項が適用されない場合,③満期償還され,かつ,ノックイン条項が適用される場合の3つのパターンがあることになる。前記①の期限前償還がされるのは,各利払日の10取引所営業日前の日経平均株価終値がトリガー価格(1万8412.02円)以上になった場合であり,その場合は,当該利払日に額面金額の100%で償還される。なお,仮にノックイン条項の適用がある事態が発生したとしても,その後,日経平均株価が回復してトリガー価格以上になれば,期限前償還されることになる。また,前記②の満期償還され,かつ,ノックイン条項が適用されない場合も,満期償還日(平成29年5月26日)に額面金額の100%で償還される。上記③の満期償還され,かつ,ノックイン条項が適用される場合には,額面金額×最終評価価格(満期償還時の利払日の10取引所営業日前における日経平均株価終値)÷当初価格(1万7875.75円)の算式に従い償還額が決定される。すなわち,最終評価日の日経平均株価終値が当初価格より高ければ額面金額より高い額が償還され,逆に,最終評価日の日経平均株価終値が当初価格より低ければ,元本割れで償還されることになる。結局,上記①及び②の場合には,投資金額の満額が償還され,上記③の場合だけ償還額が変動することになる。もっとも,元本のみに着目すれば,元本割れであっても,償還時までに獲得した利金の総額によっては,結果的に投資金額を上回る利益を得ることも可能である。
イ 本件仕組債は,その根本は債券であることから,発行体の財務状況や外部評価等によって利払や償還が当初の予定どおりに行われないというリスク(信用リスク)があるほか,本件仕組債の元利金は外貨(米ドル)で支払われるため,円換算する際には,為替レートの影響を受け,最終的に投資家の得られる金額が減少するおそれがあるというリスク(為替変動リスク),本件仕組債は満期が10年後の長期債であるところ,期限前償還にならない限り満期まで保有し続けることが前提の商品であり,本件仕組債を途中売却するための流通市場が形成されることは想定できず,期間途中での売却は困難であるというリスク(流動性リスク),期限前償還がされず,かつ,最終評価日までの間に日経平均株価が一度でもノックイン価格(1万0010.42円)以下になった場合は,償還額が投資元本未満となるおそれがあるというリスク(価格変動リスク),及び本件仕組債の利率は,平成19年8月26日以前の利払日に支払われる利息については,固定利率が適用されるが,同年11月26日以降の各利払日については,日経平均株価の水準により適用される利率が変動し,関連する各利息評価日の日経平均株価終値がクーポン判定価格未満の場合,関連する利払日に支払われる利息について適用される利率は0.10%となるリスク(利率変動リスク)がある。
ウ 本件仕組債については,平成20年10月7日,ノックイン事由が発生していることから,各利払日(満期償還の場合を除く。)の10取引所営業日前の日経平均株価終値がトリガー価格(1万8412.02円)以上の場合,当該利払日に額面金額100%で期限前償還されるが,期限前償還されなかった場合,額面金額×最終評価価格÷当初価格の算式に従って計算される金額で満期償還となり,この場合,額面金額を下回ることがある。ちなみに,平成25年4月19日(本件口頭弁論終結日)時点での日経平均株価終値は1万3316.48円であったところ,仮にこれが最終評価価格であった場合,当初価格は1万7875.75円であるから,額面金額の約74.5%しか償還されないことになる(このうえ為替変動リスクもあることから,実際の償還額はさらに減少する可能性がある。)。
また,本件仕組債の各利払日における利率は,当初86日間は8.50%で,平成19年11月26日の利払日までは8.50%であったものの,その次の利払日である平成20年2月26日以降は0.10%となったままである。
(2) 原告について
ア 原告は,昭和11年○月○日生まれの女性であり,高校卒業後,保育士として約4年間働いたが,結婚後,専業主婦となり,昭和52年から同55年までa市の臨時職員として働いたほかには職業経験がなく,本件取引当時70歳であった。原告は,その夫(当時75歳)及び娘(平成25年○月○日(原告本人尋問)当時45歳)と3人暮らしであり,本件取引当時,夫は退職しており,収入は,月額約24万円の年金と,貸家からの家賃収入月額6万円及び娘からの援助であった。なお,原告は,保険の解約返戻金を引当てにした貸付けを除き,住宅ローンを含め負債は一切ない。
イ 原告は,昭和50年から同53年までの間に和光証券において,同58年から平成3年までの間に東和証券において,遅くとも昭和60年までに大和証券において,遅くとも平成2年10月29日までに被告の前々身会社の一つである山種証券において,平成4年1月14日に被告の前々身会社の一つである神栄石野証券において,平成11年12月24日にSMBC日興證券(現在の社名。当時は日興證券。)において,平成17年9月16日に野村證券において,平成19年2月28日に三菱UFJモルガン・スタンレー証券(現在の社名。当時は三菱UFJ証券。)において,そして平成20年9月22日にみずほ証券(現在の社名。当時は新光証券。)にそれぞれ証券取引口座を開設して,主に株式取引を行っており,そのほかにも投資信託,債券(国債,外国債券,転換社債を含む。)などの金融商品取引を行っていた。また,株式について,原告は,現物取引のみならず,信用取引を行っていた時期もあった。
ウ 原告は,SMBC日興証券において,平成20年12月15日約定で同種債券1を,また,平成21年1月16日約定で同種債券2をそれぞれ100万円分買い付けている。
同種債券1は,1年満期の円建債券であり,利率も条件決定時に固定される。ただし,償還方法に関しては,当初日経平均株価の100%として設定された「早期償還判定水準」が存在し,あらかじめ決められた日(早期償還評価日)において,日経平均株価が当該水準と等しいかそれを上回る場合には,額面満額が早期償還される強制早期償還条項がある。また,同種債券1には,当初日経平均株価の50.00%として設定された「ノックイン価格」が存在し,観察期間中のいずれかの時点において日経平均株価水準が一度でもノックイン価格と等しいか又はそれを下回った場合(ノックイン事由)であり,かつ,満期償還の場合には,最終評価日の日経平均株価が当初日経平均株価から下落した割合分だけ元本割れを起こして償還されるという条項が存在する。なお,同種債券1は,流通市場が存在しない。
同種債券2は,5年満期の円建債券であり,利払は6か月に1回行われる。ただし,利払については,当初6か月は固定であり,その後は当初日経平均株価の80.00%として設定された「利率判定水準」が存在し,6か月に1度の判定日において日経平均株価が利率判定水準と等しいかそれを上回る場合には高利,利率判定水準を下回る場合には低利の利金が投資家に支払われる。さらに,元本償還については,当初日経平均株価の105.00%として設定された「早期償還判定水準」が存在し,6か月に1度の判定日において日経平均株価が当該水準と等しいかそれを上回る場合には,額面満額が早期償還される強制早期償還条項が存在する。また,同種債券2には,当初日経平均株価の60.00%として設定された「ノックイン価格」が存在し,観察期間中のいずれかの時点において日経平均株価が一度でもノックイン価格と等しいか又はそれを下回った場合(ノックイン事由)であり,かつ,満期償還の場合には,最終評価日の日経平均株価が当初日経平均株価から下落した割合分だけ元本割れを起こして償還されるという条項がある。なお,同種債券2は,流通市場が存在しない。
エ 原告は,平成19年1月29日に被告に提出した「お客様の投資のご意向等の確認票」において,「ご職業 主婦」「ご年収 500万円未満」「金融資産 500万円未満」「ご投資の経験 株式(現金)5年以上 株式(信用)3年未満」「主たるご資金の性格 借入金(昭和50年頃より始め途中やめ最近平成より再投資しております。)」「主たるご投資の目的 値上り益追求」「ご資金の基本的な運用期間 中・長期 短期を望んでいますが意のままになりません。」などと記載していた。なお,「主たるご資金の性格 借入金」とは,原告が原告の夫名義の資金を使用することを指しており,金融機関等第三者から借入れをしているわけではなかった。
オ 原告は,本件仕組債の取引後においても,SMBC日興証券及びみずほ証券だけについて見ても,平成19年8月21日から平成23年7月26日までの間において,約1028万円もの金銭を新たに投資している。なお,原告は,これについて,原告の実姉C(平成21年○月○日死亡)の遺産496万6000円及び平成22年3月24日頃取得した原告の夫の交通事故による損害賠償金445万2595円を投資したものである旨主張するが,原告は,平成19年8月21日から平成21年8月31日までの間に新たに516万円以上を投資している(原告の2012年7月4日付け準備書面(8)の別紙1参照)ことからすれば,原告の上記主張は採用できない。
また,原告は,平成11年12月24日にSMBC日興證券において証券取引口座を開設し,以後取引を行ってきているところ,本件仕組債の取引当時,原告がSMBC日興證券において保有していた預り資産の売却価格は合計745万7300円に上っていた。
(3) 本件勧誘行為について
原告は,平成19年5月15日午後,Bから電話を受けた。Bは,原告に対し,「債券のいいのがある。」「Xさんには損をさせているから,取り戻してほしい。」「(利息は)8.5と0.1だけど,今の日経平均ですると,もうすぐに償還できる商品だから,買っておきなさい。」「1000万円の資産がある人が買える債券だから,Xさんは株で600万円あるから,あと400万円で買える。」「商品が少ないので,支店長にXさんの分を置いておいてと頼んでおきます。」などと述べ,本件仕組債の購入を勧誘した。原告は,Bが親切で債券の購入を勧めてくれていると思って買う気になり,400万円はいつまでに用意したらよいのか尋ねるなど興味を示すと,Bは,夕方6時頃に原告宅に行くと述べ,電話を切った。
その後,Bは,同日午後6時すぎに原告宅を訪れた。原告宅の玄関の上がり口において,Bは,原告に対し,本件仕組債のリーフレット(乙6の1)を見せて,債券の利率が8.5%と0.1%の二通りあることなどを説明したが,本件仕組債のリスクについては一切説明しなかった。このとき,原告は,Bが勧める債券はスウェーデンの発行体が発行するものであることを初めて知った。原告は,Bから用紙(乙6の3)を渡され,記入し押印するよう求められた。原告は,その用紙に記入し,押印することは,本件仕組債の購入を申し込むことであることを理解しており,400万円を用意できるか不安ではあったものの,Bの説明から8.5%の利息が付くのはとても有利な投資だと思い,その場で用紙に住所・氏名を記入し,押印して,Bに渡した(乙6の4)。それを受け取ったBは,「急いで高砂に行かなければならない。」と言い,「これを読んどいて。」と言って,原告に本件仕組債の目論見書(乙6の2)を渡し,原告宅から立ち去った。
原告は,Bから,本件仕組債のリーフレット(乙6の1),目論見書(乙6の2)及び「『仕組債』投資の重要事項のご説明」と題する書面(甲3)を受け取ったが,それらに目を通すことはなかった。
(4) その後の経緯
ア 平成19年5月18日,被告から本件仕組債についての取引報告書が原告のもとに届いた。原告は,これを見て,本件仕組債の内容がよく分からないこともあって,買付けをキャンセルすることも考え,被告姫路支店に電話した。このとき,Bは,外出中であったため,Dという別の従業員が応対した。原告は,Dに対し,「説明聞いてもわからないからね。」「もうどうしようかな思ってんけども。」などと言ったが,Dから「大丈夫ですよ。」などと言われ,原告は,Dに言っても仕方ないと思い,キャンセルの話はせず,原告に電話するようBに伝言するように依頼した。
原告は,週明けの同月21日,Bと電話したが,本件仕組債をキャンセルする話はしなかった。原告は,何度かBに電話し,本件仕組債の代金を確認し,同月30日までに,被告に開設している原告名義のMRF口座に代金額全額(424万5500円)を入金した。代金を支払う際,原告の手元には,各証券会社における預り資産のほかに,少なくとも夫の互助年金約500万円(原告は夫から同人名義の資産について使用許諾を得ていた。)及び簡易生命保険からの貸付金100万円が存在した。
原告は,本件仕組債の代金を支払ったものの,利金が,いつ,どのようにして支払われるのかよくわからなかったため,平成19年6月20日,被告姫路支店に赴き,被告従業員から,期限前償還日(利払日)及び期限前償還判定日の予定表が記載された「スウェーデン輸出信用銀行発行2007年5月売出仕組債『当初価格等』『期限前償還日および期限前償還判定日』」との表題が付された書面を受け取った。
イ 平成20年(2008年)9月,米国の投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻に端を発し,世界的な金融危機が発生した(いわゆるリーマン・ショック)。それにより,日経平均株価も暴落し,本件仕組債においても,平成20年10月7日,ノックイン事由が発生した。
ウ 原告は,平成20年10月20日,被告総務部長あてに,本件仕組債の売買契約についてのクレームを記載した手紙を投函し,翌日,被告に到達した。
2 争点(1)(本件売買契約の錯誤無効)について
(1) 本件において原告は,本件仕組債購入の際,Bから本件仕組債の内容とそのリスクについて,ほとんど説明を受けず,その結果,原告は,Bが口頭で述べた説明だけの情報を信用し,本件仕組債が,①年利8.5%の高利が得られ,②半年も経たないうちに早期償還され,③元本も保証される商品であると誤信した旨主張する。
前記1(3)認定の事実関係によれば,Bは,原告に対し,本件仕組債について,各リスクを含めその説明をほとんどせず,また,本件仕組債が,現在(平成19年5月15日)の日経平均株価からすれば,もうすぐに償還できるという見込みを述べていたことが認められるものの,本件全証拠によっても,本件勧誘行為時において,上記見込みが真実でなかったとは認めることができない。他方,Bが原告に対し,本件仕組債が半年も経たないうちに償還されると述べたことは認めるに足りる証拠がない。また,前記1(3)認定の事実関係によれば,Bは,原告に対し,本件仕組債の利率については,8.5%と0.1%の二通りあることを説明していることが認められる。さらに,本件勧誘行為時において,Bが,原告に対し,本件仕組債が元本保証される商品である旨説明したことを認めるに足りる証拠はなく(もっとも,原告は,Bが,本件仕組債が期限前償還される際は,額面金額の100%で償還される旨説明したことを元本保証と誤解した可能性がある。),むしろ,原告も,本件仕組債についてリスクがあることは分かっていたことが認められる(原告本人調書58頁)。
以上によれば,本件仕組債購入の際,原告において上記①ないし③の各事由について錯誤があったと認めることはできない。
(2) また,原告は,発行日までは本件仕組債の購入をやめるのは自由であったにもかかわらず,そのことを知らず,さらに,被告姫路支店従業員から明確にキャンセルはできないと言われたため,本件仕組債について,一旦購入の意思表示をした以上,キャンセルできない商品であると誤信した旨主張する。
しかしながら,そもそも,本件仕組債は平成19年5月16日が約定日であり,その時点において本件仕組債の売買契約は成立しているのであるから,原告は発行日(平成19年5月30日)までは本件仕組債の購入をやめるのは自由であったという原告の前記主張自体採用することができない。また,原告は,被告姫路支店従業員から明確にキャンセルはできないと言われた旨主張するが,それを認めるに足りる証拠もない。
以上によれば,原告には,本件仕組債のキャンセル可能性についての錯誤があったと認めることはできない。
(3) したがって,原告の本件売買契約についての錯誤の主張はいずれも認めることができない。
3 争点(2)(本件勧誘行為の違法性)について
(1) 適合性原則違反について
ア 前記1(2)認定の事実関係によれば,原告は,①昭和11年○月○日生まれの女性であり,高校卒業後,保育士として約4年間働いたが,結婚後,専業主婦となり,昭和52年から同55年までa市の臨時職員として働いたほかには職業経験がなく,本件取引当時70歳であったこと,及び②本件取引当時,夫は退職しており,収入は,月額約24万円の年金と,貸家からの家賃収入月額6万円及び娘からの援助であったことが認められる。しかしながら,他方,③原告は,昭和50年以降,複数の証券会社を利用して継続して株式投資を行ってきており,本件取引当時において30年以上のキャリアを有し,そのほかにも投資信託,債券(国債,外国債券,転換社債を含む。)などの金融商品取引を行っていたこと,④原告の投資資金は,原告及びその夫の金融資産(原告は夫名義の資産について使用許諾を得ていた。)であり,本件仕組債の取引当時,原告は,被告において約600万円の金融資産を有し,SMBC日興證券においても745万円以上の金融資産を保有していた上,さらに,少なくとも夫の互助年金約500万円及び簡易生命保険からの貸付金100万円の金融資産を有していたこと,⑤原告は,本件取引後である平成19年8月21日から平成23年7月26日までの間において,約1028万円もの資金を新たに投資していること,⑥原告は,平成19年1月29日に被告に提出した「お客様の投資のご意向等の確認票」において,「主たるご投資の目的 値上り益追求」「ご資金の基本的な運用期間 中・長期 短期を望んでいますが意のままになりません。」と記載していたこと,⑦原告は,SMBC日興証券において,平成20年12月15日約定で同種債券1を,また,平成21年1月16日約定で同種債券2をそれぞれ100万円分買い付けていることが認められる。
イ ところで,前記1(1)認定の事実関係によれば,本件仕組債は,外貨建てであることから償還額等が円・米ドルの為替レートに影響されるほか,利率,元本償還時期及び償還額等が発行時には定まっておらず,発行後において日経平均株価に連動して決定されるという点に特徴がある金融商品であるところ,その概要は,前記1(1)認定のとおりであって,利率,元本償還時期及び償還額等の決定方法は比較的単純であって,関係する指標も円・米ドルの為替レート及び日経平均株価のみである(なお,原告は,本件仕組債にデリバティブ取引が組み込まれていることを問題視する。確かに,証拠(甲31,33,38の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,本件仕組債にはデリバティブ取引が組み込まれていることが認められる。しかしながら,本件仕組債取引においては,買主である顧客がデリバティブ取引を直接行うわけではない上,当該取引の成果如何にかかわらず,顧客に対する損益はあらかじめ定められた方法に従って決せられ,顧客は,上記デリバティブ取引を理解しなくとも,本件仕組債による損益等を認識することができるのであるから,本件仕組債にデリバティブ取引が組み込まれていることを過大視することは相当でない。)。したがって,原告は,高校卒業後,数年程度しか社会経験がない当時70歳の女性であったが,本件取引当時において30年以上の株式取引のキャリアを有し,そのほかにも投資信託,債券などの金融商品取引を行っていたこと,平成20年12月15日約定で同種債券1を,また,平成21年1月16日約定で同種債券2をそれぞれ100万円分買い付けていることなども併せ考慮すれば,実際に理解していたかどうかは別として,本件仕組債の内容が能力的に理解困難であったとは認め難いというべきである。
また,本件仕組債には,前記1(1)認定のとおり,債券としての信用リスクのほかに,為替変動リスク,価格変動リスク,利率変動リスク及び流動性リスクが存在することから,本件仕組債を購入するには,これらの各リスクを理解し,対応できることが必要とされる。信用リスク,為替変動リスク及び流動性リスクは,金融商品一般に比較的よく見られるリスクであって,投資経験のある者であれば,通常容易に理解できるものと認められ,原告においても,その投資経験等を考慮すれば,理解可能であったと認められる。また,価格変動リスク及び利率変動リスクについても,これらは本件仕組債の内容と表裏一体をなすものであるから,本件仕組債の内容を理解できれば,これらのリスクについても理解可能であるといえる。これらのことに前記ア④ないし⑦の各事実を考慮すれば,原告は,本件仕組債の上記各リスクを理解し,それらに対応できる資質を有していたものと認められる。
したがって,本件仕組債の取引が原告の理解力,財産状態,投資意向等から著しく逸脱し,適合性原則に違反するとまでは認め難いというべきである。
ウ 原告は,本件仕組債の取引が被告の内部規則に違反していた旨も主張する。確かに,前記前提となる事実によれば,被告において,当時70歳の原告に対して本件仕組債を販売するためには,特認申請手続をとる必要があったにもかかわらず,同手続がされていなかったことが認められる。しかしながら,この規則による規制は,あくまで被告内部のものにすぎないから,被告において原告についての特認申請手続がされていなくても,そのことによって直ちに本件仕組債取引の適合性が否定されるものではない。また,実質的にみても,証拠(乙10)によれば,特認申請では,①75歳以上の顧客ではないこと,②株式投資経験なしの顧客ではないこと,③投資目的が【安定重視】の顧客ではないこと,④被告での預り資産が1000万円未満ではないこと(ただし,本件仕組債購入後1000万円以上となる場合は可)とされ,さらに,⑤本件仕組債の説明に対し理解できる健康状態であること,及び⑥購入資金は長期に運用できる金融資産であることが要件とされていたところ,原告は,前記1(2)認定の事実関係によれば,上記①ないし③の条件は満たしており,証拠(乙20)によれば,平成19年5月15日当時の原告の被告における預り資産の時価残金額は610万9249円であったものの,本件仕組債の購入代金額は424万5500円であったから,上記④についても条件を満たし,さらに,前記判示(ア,イ)及び弁論の全趣旨によれば,上記⑤の条件も満たしており,前記1(2)及び(4)認定の事実関係によれば,上記⑥の条件も満たすものと認められるから,本件仕組債取引に関し,原告について特認申請手続をとれば,それが認められていた蓋然性が高いと認められる。
エ 以上によれば,原告が行った本件仕組債取引が適合性原則に違反するとは認め難いというべきである。
(2) 説明義務違反について
前記1(3)認定の事実関係によれば,本件勧誘行為において,Bは,原告に対し,本件仕組債のリーフレットや目論見書を交付したものの,本件仕組債の各リスクについて一切説明せず,原告に本件仕組債の購入申込みをさせたことが認められる。
被告は,Bは,電話で1時間程度かけて,為替水準と日経平均株価の状況を踏まえつつ,利率の決定方法,期限前償還及びノックインをはじめとする償還に関するルール,外貨建てであることなど本件仕組債の商品内容及びリスクについて説明した,原告宅訪問時,Bは,目論見書を開き説明を行おうとしたところ,原告から「ポイントを抜粋,要約した資料はないのか」と言われたことから,主にリーフレットを使用して説明した,Bは,同日現在の日経平均株価から概算したクーポン判定価格,トリガー価格,ノックイン価格の具体的数値を挙げて,利率の決まり方,3か月毎の判定日に日経平均株価が3%上がっていれば投資した資金が返ってくること,満期までの期間中1度でも日経平均株価が56%まで下がり,満期を迎えると元本割れの可能性があること,期限前償還にならない限り満期まで保有し続ける商品であり期間途中での売却が困難であること,及び本件仕組債のリスクを改めて説明する一方,実際に当該各価格が決まる基準となる日経平均株価は同年5月31日の終値であることも述べたなどと主張し,Bは,上記主張に沿う旨の証言し,さらには,原告宅に訪問した際にも,リーフレットを使用して同様な内容について約1時間かけて説明した旨証言する。しかしながら,被告の上記主張を裏付ける客観的な証拠は全く提出されていない。また,Bは,平成19年5月15日,原告に対し,本件仕組債の内容について,電話で約1時間,そして,原告宅訪問時にも約1時間かけて同様のことを説明した旨証言するが,同日に,さして時間もおかず,同一人物に対し,同一の内容をこのように丁寧に重複して説明することは通常考え難く,話ができすぎている上,仮に,Bが原告に対し,それだけ丁寧に説明したのであれば,当然,原告からも本件仕組債の内容についていろいろと質問がされてしかるべきであるにもかかわらず,Bは,それに関する証言をしていない。また,その後の原告の被告への電話内容(乙12の1ないし7,13の1ないし3)を考慮すれば,Bが原告に対し,上記のように丁寧に本件仕組債の内容を説明したとは認め難い。さらに,本件仕組債について,Bは,原告に対し,目論見書を使った説明をしていないことに争いがないにもかかわらず,Bが作成したとされる「顧客別接触状況履歴【X殿】」(乙9)によれば,平成19年5月15日にBが原告宅を訪問した際,Bは,原告に対し,目論見書等を使用して本件仕組債の内容を説明したように記載されており,これによれば,Bは,顧客との接触状況について,被告に対し,虚偽の報告をしていたことがうかがわれる。これらの事情を併せ考慮すれば,Bの証言及びそれを基礎とする本件勧誘行為に関する被告の主張は採用することができない。
以上によれば,Bは,原告に対し,本件仕組債のリーフレットや目論見書を交付したことは認められるものの,これをもって説明義務を尽くしたとは到底言えず,したがって,本件勧誘行為に際し,Bには原告に対する説明義務違反が認められるというべきである。
(3) 断定的判断の提供について
原告は,Bは「8.5%の高利」であることや「半年も待たずに償還できること」を強調して原告に本件仕組債の購入を勧めており,Bの原告に対する説明には断定的判断の提供が認められる旨主張する。しかしながら,前記2認定のとおり,Bは,原告に対し,本件仕組債の利率については,8.5%と0.1%の二通りあることを説明していることが認められる。また,Bは,原告に対し,本件仕組債は,今(平成19年5月15日)の日経平均株価からすれば,もうすぐに償還されるという見込みを述べたことが認められるものの,「半年も待たずに償還できる」と断定的な判断を示したとは認め難いというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(4) まとめ
以上検討したところによれば,Bによる本件勧誘行為には,原告に対し,本件仕組債の各リスクの説明を怠ったという義務違反があり,そのため原告は,それらのリスクを十分に理解することなく,Bに勧められるがままに本件仕組債を購入したものと認められ,Bの使用者である被告は,本件勧誘行為によって原告が被った損害について,民法715条に基づく損害賠償義務を負うものというべきである。
4 争点(3)(原告の損害)について
(1) 損害の発生
原告は,Bによる違法な本件勧誘行為によって本件仕組債を購入するに至り,その代金として424万5500円を支払ったのであるから,原告には同額の損害が発生したものと認められる。
(2) 損益相殺
前記前提となる事実によれば,原告は,本件仕組債の利金として合計14万2370円を被告から受領していることが認められるから,同額を損害から控除すべきである。なお,弁論の全趣旨によれば,原告は,いまだ本件仕組債を保有していることが認められるから,その価格について原告の損害額から控除すべきであるところ,被告は,本件仕組債の価格を証明しないから,本件においては考慮しない。
(3) 過失相殺
前記判示のとおり,Bには原告に対する説明義務違反が認められるものの,他方,原告においても,本件仕組債の内容や各リスクを理解する能力があったにもかかわらず,リーフレットや目論見書を十分検討することなく,また,不明な点をBに問いただすこともせず,Bの口頭による簡単な説明のみによって,即日,424万5500円もの高額な本件仕組債を安易に購入申込みしたものであり,投資が自己責任によるものであることを考慮すれば,原告にも相当の落ち度があったと言わざるを得ず,本件に表れた一切の事情を考慮すれば,原告において5割の過失相殺を認めるべきである(被告は,過失相殺の主張をしていないが,損害負担における衡平の観点から,職権により認定した(最高裁昭和39年(オ)第437号同41年6月21日第三小法廷判決民集第20巻5号1078頁参照))。
以上によれば,原告の損害額は,205万1565円((4245500-142370)×(1-0.5))と認められる。
(4) 弁護士費用相当損害金
本件事案の内容,上記損害額,審理経過等本件訴訟における諸般の事情を考慮すれば,被告が負担すべき弁護士費用相当損害金は,20万円とするのが相当である。
(5) まとめ
以上によれば,被告は,原告に対し,225万1565円及びこれに対する本件仕組債の代金支払後である平成19年5月31日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべきである。
第4 結論
以上の次第で,原告の本訴請求は,被告に対し,225万1565円及びこれに対する平成19年5月31日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を請求する限度において理由があり,その余は失当である。なお,仮執行宣言については,相当でないから付さないこととする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 井上一成)
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