
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(26)平成28年 8月 3日 東京地裁 平23(ワ)40897号 損害賠償請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(26)平成28年 8月 3日 東京地裁 平23(ワ)40897号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成28年 8月 3日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)40897号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA08038007
要旨
◆原告が、被告Y1、被告A社及び訴外B社との間の本件契約に基づき、被告Y1及び被告A社に対して訴外S社のストックオプション(本件各オプション)を有していたところ、被告Y1は訴外S社の全営業を被告T社に譲渡(本件営業譲渡)し、被告A社の代表取締役として同社をして訴外S社株主総会において本件営業譲渡を承認させたこと等が、本件契約に違反し、本件各オプションを侵害するものであったなどと主張して、被告Y1、被告A社及び被告T社に対し、損害賠償を求めた事案において、日本に国際裁判管轄があること及び準拠法が日本法であることを認定した上で、本件営業譲渡は、本件契約の条項に抵触しないとしたが、本件各オプションのうち1つのオプションを毀損する行為であったなどとして、同オプション侵害につき、被告Y1については民法709条に基づく損害賠償責任を認めるとともに、被告A社及び本件営業譲渡時点で被告Y1が代表取締役であった被告T社については会社法350条に基づく損害賠償責任を認め、本件営業譲渡時の訴外S社株式価値をDCF法と簿価純資産方式を2:1で併用して評価するなどして、原告の損害を算定し、請求を一部認容した事例
参照条文
民法128条
民法130条
民法415条
民法709条
会社法350条
民事訴訟法4条(平23法36改正前)
法の適用に関する通則法7条
法の適用に関する通則法17条
裁判年月日 平成28年 8月 3日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)40897号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA08038007
東京都渋谷区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 井上俊一
オーストラリア連邦〈以下省略〉
被告 Y1
東京都品川区〈以下省略〉
被告 アルゴノートテクノロジー株式会社
同代表者代表取締役 Y1
上記両名訴訟代理人弁護士 手塚裕之
同 藤田美樹
東京都港区〈以下省略〉
被告 トライコー株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 増田英次
同 中野壮洋
同 木村康紀
同訴訟復代理人弁護士 羽田長愛
主文
1 被告らは,原告に対し,各自5187万3000円及びこれに対する平成19年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを7分し,その6を原告の,その余を被告らの各負担とする。
4 本判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,各自3億7400万円及び被告Y1については,上記金員に対する平成19年3月2日から平成24年1月13日まで年5分,同月14日から支払済みまで年6分の割合による金員,被告アルゴノートテクノロジー株式会社については,上記金員に対する平成19年3月2日から平成24年2月2日まで年5分,同月3日から支払済みまで年6分の割合による金員,被告トライコー株式会社については,上記金員に対する平成19年3月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,原告が,被告Y1(以下「被告Y1」という。),被告アルゴノートテクノロジー株式会社(以下「被告アルゴノート」といい,特に両者を明示する場合を除き,被告Y1と併せて「被告Y1ら」という。)及び訴外Building2 Investments LLC(以下「B2I」という。)との間のTransition Agreementと題する契約(以下「本件契約」という。)に基づき,被告Y1及び被告アルゴノートに対しストラータワークス株式会社(以下「SW」という。)のストックオプションを有していたところ,下記のとおり本件契約違反及び前記ストックオプションの侵害等があったと主張して,下記の訴訟物に基づき,被告らに対し,下記の金員の支払をそれぞれ求める事案である。
(1) 被告Y1はSWの全営業を被告トライコー株式会社(以下「被告トライコー」といい,被告Y1らと併せて「被告ら」という。)に譲渡(以下「本件営業譲渡」という。)し,被告アルゴノートの代表取締役として被告アルゴノートをしてSW株主総会において本件営業譲渡を承認させたところ,これらはいずれも本件契約に故意に違反するものであったと主張して,被告Y1については民法415条及び民法709条に基づき,被告アルゴノートについては民法415条及び会社法350条に基づき,各自,7億6789万2857円のうち3億7400万円及び被告Y1については上記金員に対する本件営業譲渡日の翌日である平成19年3月2日から訴状送達の日である平成24年1月13日まで年5分,その翌日である同月14日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金,被告アルゴノートについては上記金員に対する本件営業譲渡日の翌日である平成19年3月2日から訴状送達の日である平成24年2月2日まで年5分,その翌日である同月3日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金
(2) 被告Y1及び被告アルゴノートは本件営業譲渡後のSWの全株式をAlbany Group(以下「アルバニー」という。)に譲渡した(以下「アルバニー株式譲渡」という。)ところ,これはいずれも本件契約に故意に違反するものであったと主張して,被告Y1については民法415条及び民法709条に基づき,被告アルゴノートについては民法415条及び会社法350条に基づき,各自,7億6789万2857円のうち3億7400万円及びこれに対するアルバニー株式譲渡日の翌日である平成21年1月23日から請求の趣旨拡張を行った準備書面の送達の日である平成25年9月6日まで年5分,その翌日である同月7日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金
(3) 被告Y1及び被告アルゴノートは本件営業譲渡後の被告トライコーの70%の株式をTicor Service Limited(以下「TSL」という。)に譲渡した(以下「TSL株式譲渡」という。)ところ,これはいずれも本件契約に故意に違反するものであったと主張して,被告Y1については民法415条及び民法709条に基づき,被告アルゴノートについては民法415条及び会社法350条に基づき,各自,7億6789万2857円のうち3億7400万円及び被告Y1については上記金員に対するTSL株式譲渡日の翌日である平成23年5月21日から訴状送達の日である平成24年1月13日まで年5分,その翌日である同月14日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金,被告アルゴノートについては上記金員に対するTSL株式譲渡日の翌日である平成23年5月21日から訴状送達の日である平成24年2月2日まで年5分,その翌日である同月3日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金
(4) 被告Y1は,本件営業譲渡によって,故意に原告の前記ストックオプションを侵害し,また被告アルゴノートの代表取締役として被告アルゴノートをしてSW株主総会において本件営業譲渡を承認させ,本件営業譲渡という被告Y1の不法行為を幇助したと主張して,被告Y1については民法709条及び民法719条に基づき,被告アルゴノートについては会社法350条に基づき,各自,7億6789万2857円のうち3億7400万円及びこれに対する本件営業譲渡の日の翌日である平成19年3月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
(5) 被告Y1は,本件営業譲渡及び被告アルゴノート代表取締役として被告アルゴノートをしてSW株主総会において本件営業譲渡を承認させたことにより,故意に原告の前記ストックオプションのうちの1つである停止条件付権利を侵害し,もって民法128条に違反したと主張して,被告Y1については民法709条及び民法415条に基づき,被告アルゴノートについては会社法350条に基づき,各自,3億7400万円及びこれに対する本件営業譲渡日の翌日である平成19年3月2日から請求の趣旨拡張を行った準備書面の送達の日である平成25年9月6日まで年5分,その翌日である同月7日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金
(6) 被告Y1は,本件営業譲渡により,被告アルゴノートはSW株主としてSW株主総会において本件営業譲渡を承認したことにより,それぞれ信義則に反し故意に原告の前記ストックオプションのうちの1つである停止条件付権利における停止条件の成就を妨害したため,原告は民法130条に基づき条件成就の意思表示を行ったところ,当該停止条件の成就した権利はアルバニー株式譲渡により履行不能になっていると主張して,被告Y1及び被告アルゴノートに対して,それぞれ民法415条に基づき,各自,3億7400万円及び被告Y1については上記金員に対する訴状送達の日の翌日である平成24年1月14日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金,被告アルゴノートについては上記金員に対する訴状送達の日の翌日である同年2月3日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金((5)に対する予備的請求)
(7) 被告Y1は,被告トライコーの代表取締役として,その職務を行うについて,本件営業譲渡の譲受を,SW代表取締役としての被告Y1と共謀して行い,またA(以下「A」という。)に対して本件営業譲渡の譲受契約を締結するよう指示等したところ,これらの行為はそれぞれ,本件契約に故意に違反する行為で,かつ原告の前記ストックオプションを故意に侵害し,また原告の前記ストックオプションのうちの1つである停止条件付権利を故意に侵害した(民法128条違反)と主張して,被告トライコーに対して,会社法350条に基づき,前二者については7億6789万2857円のうち3億7400万円,後一者については3億7400万円及びこれに対する本件営業譲渡日の翌日である平成19年3月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金
2 前提事実(証拠等により容易に認定できる事実については,末尾に証拠等を記載した。)
(1) 当事者等
SW(平成21年10月1日,「Five Lakes株式会社」と商号変更した。なお商号変更の前後を問わず,SWの表記を用いる。)は,他社から会計・財務・労務・給与などの委託を受けてこれを行うBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を業とする日本の非上場の株式会社であり,平成12年,デラウェア州有限責任会社であるB2Iに資金を投入されて設立した。設立時の代表取締役は被告Y1であり,本件契約時までB2Iが80%,被告Y1が20%の株式を保有していた。(甲3,弁論の全趣旨)
原告は,B2Iの設立者であり,その持分の大半を有していた。(甲35,弁論の全趣旨)
被告アルゴノートは,化学合成機器,化学合成機器の操作用ソフトウェア及び化学合成機器部品の輸出入及び販売等を目的とする日本の株式会社であり,その代表取締役は,遅くとも平成17年以降被告Y1である。(甲2)
被告トライコー(旧商号は,ワントゥワンマーケティング株式会社,ワントゥワンジャパン株式会社,平成19年3月1日から平成23年5月20日までアセンダント・ビジネス・ソリューションズ株式会社(以下「ABS」という。)であり,特に明示する場合を除いて,商号変更の前後を問わず被告トライコーの表記を用いる。)は,マーケティングコンサルタント等を目的とする日本の株式会社である。(甲5の1・2,甲6,23,丙1)
A(以下「A」という。)は被告トライコーの現在の代表取締役である。(甲5の1)
(2) 本件契約締結に至る経緯
ア 平成18年頃,B2Iの実質的な持分権者は原告及び被告Y1のみとなったところ,両者はこの関係を解消することとした。本件契約締結時において,原告はB2Iの77%の持分権者であり,被告Y1は実質的に23%の持分権者であった。また,B2IはSW株式の80%を保有し,被告Y1は20%を保有していた。原告及び被告Y1は,本件契約の元となる書面として,「Agreement to Dissolve Business Partnership」(ビジネス・パートナシップ解消契約)と題する書面(以下「ADBP」という。)を作成した。(甲1,26,35,弁論の全趣旨)
イ(ア) B2I,原告及び被告Y1らは,平成18年8月25日,本件契約を締結した。(以下,本件契約にかかる契約書を「本件契約書」という。)(甲1)
(イ) 本件契約書には,以下の記載があった。(甲1。ただし,原文は英語であり,括弧書の中に原文を記載することがある。なお本件契約における「interest」の意味には争いがある。)
1.7原告のオプション
(a) 原告は,いつでも,発行されたSWの株式(capital stock of SW)の30%までを購入する権利を有しており,その対価は,2億9750万円に対して,原告が購入することを選択した株式(shares)のパーセンテージを乗じた金額とする。(以下,この条項における原告の権利を「1.7aオプション」という。)
(b) 原告が上記(a)の権利を行使していない場合,被告Y1(又は他のSW株主)が,SWを含む新規事業や取引(SW(又は実質的にSWの全資産)の売却(a sale of SW(or all or substantially all of its assets)),他会社とSWの合併,SW株式(SW’s shares)の日本内外での上場などを含む。)の提案を受けたり又は考慮する場合において,SWの価値が15億円以上と評価される場合には,被告Y1は,即座に,原告に対し,その通知をしなければならない。この場合,原告は,その取引完了前に,SWの発行株式(shares of capital stock)の25%までを100万円の対価で購入する権利を有する。原告が,1.7(b)の権利を行使した場合,上記(a)の権利は直ちに消滅する。
(以下,この条項における原告の権利を「1.7bオプション」といい,1.7aオプションと併せて「本件各オプション」という。)
(e) 被告Y1は,原告の事前の書面による同意なくして,原告が1.7で規定された権利を実行することを制限することになるであろう方法で,any interest in SWの移転をしてはならない。前記を限定するものではないが,原告と被告Y1は,原告の権利は被告Y1によるinterests in SW売却や売却価格設定を妨げるかもしれないものであること,そのような場合には,原告と被告Y1は信義に基づいて,原告が実際にany equity interest in SWを受領しなくても上記オプションの経済的利益を享受できるようにする代替的取引を実現するように協議することについて,了解し合意する。(以下「1.7e条項」という。)
5.6 準拠法
本契約は日本法により解釈される。
ウ また,本件契約締結日である平成18年8月25日,被告アルゴノート及びB2IはREORGANIZATION AGREEMENTと題する契約(以下「リオーガニゼーション契約」という。)を締結した。これにより,実質的に被告Y1らはB2Iから脱退し,B2Iが保有していたSW株式80%は被告アルゴノートに譲渡された。この結果SWの株主構成は,被告Y1が20%,被告Y1が代表取締役であり100%株主である被告アルゴノートが80%となった。(甲26,弁論の全趣旨)
(3) 本件営業譲渡
SWは,平成19年3月1日,被告トライコーに対し,SWの営業の全部又は一部を代金1000万円で譲渡した(本件営業譲渡)。本件営業譲渡当時のSWの代表取締役及び被告トライコーの代表取締役は被告Y1であり,Aは被告トライコーの取締役であった。被告アルゴノートは,SWの株主として,本件営業譲渡を株主総会で承認した。(甲3,乙2)
(4) アルバニー株式譲渡とTSL株式譲渡
平成21年1月22日,SWの全株式がアルバニーに対して,譲渡された(アルバニー株式譲渡)。
被告Y1は,平成23年5月20日,TSLに対し,被告トライコー全株式の61.5又は70%を譲渡した(TSL株式譲渡)。
(5) 本件訴訟提起等
平成23年12月20日,原告は,被告らに対し,本訴を提起した。訴え提起時において,被告Y1の住所並びに被告アルゴノート及び被告トライコーの本店所在地は日本国内であった。なお,原告は,本件契約時から現在に至るまで日本に住所を有している。原告は,平成25年9月6日の第7回弁論準備手続において請求の拡張を行い,前記1(2)及び(4)ないし(7)(ただし,(7)のうち被告Y1の本件契約違反に基づく請求を除く)の請求を追加した。(甲3,5の1,顕著)
3 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件営業譲渡は被告Y1及び被告アルゴノートの1.7e条項違反となるか(争点1)
(原告の主張)
ア 原告は,本件契約に基づき,被告Y1及び被告アルゴノートに対し,本件各オプション及び本件各オプションの行使による経済的利益を享受できるように要求する権利・利益(権益)を有していたところ,1.7e条項は「原告の事前の書面による同意なくして,原告が1.7で規定された権利を実行することを制限することになるであろう方法で,一切のSWの権益の移転をしてはならない。」と定めているにもかかわらず,SWの実質的な100%株主であり,代表取締役でもある被告Y1は原告に何らの連絡をすることもなく,SWの全営業を被告トライコー(当時のABS)に譲渡した(本件営業譲渡)。また被告Y1はSW株主である被告アルゴノート代表取締役として,SW株主総会において本件営業譲渡を承認し,これによって被告アルゴノートは本件営業譲渡を承認した。これらの被告Y1の本件営業譲渡行為及び本件営業譲渡承認行為並びに被告アルゴノートの本件営業譲渡承認行為は原告の事前の同意を得ていないから,1.7e条項違反として債務不履行となる。また被告Y1のそれぞれの行為は当該事前に同意を得る債務に故意に違反したものであるから不法行為となり,被告アルゴノート代表取締役として同社に承認を行わせた行為は,被告アルゴノート代表取締役の職務を行うについて行われたものである。よって,被告Y1は民法415条及び民法709条に基づき,被告アルゴノートは民法415条及び会社法350条に基づき,それぞれ損害賠償責任を負う。
イ 1.7e条項に定める「any interest in SW」は,下記の理由から「一切のSWの権益」と訳すべきものであるから,本件営業譲渡は「any interest in SWの移転」に該当する。
(ア)a 1.7e条項における「interest」は,本件契約書1.7(a)の「stock」(株式),「share」(持ち分)と,1.7(b)の「(sale of)SW」(SWの営業),「asset」(資産)を受け,それらを包括的に指し示す言葉である。そして,本件契約書において株式という意味を表現する場合は,修飾語句を付す又は明確に株式を指す「stock」や「share」という単語を用いているものである。本件契約書の元となったADBPにおいても株式という意味を表現する場合,「stock」,「share」又は「equity」という単語を用いている。
b 本件各オプションは,本件契約及びリオーガニゼーション契約締結時において,被告Y1がSW株式の適正な売却代金を現金で支払う資力を欠いていたために,被告Y1が多額の現金を保有できる唯一の機会であるSW売却のときに,売却代金の不足部分を回収することとするという趣旨で設定されたものである。そして1.7e条項は,本件各オプションを防御又は保全する趣旨で設けられたものであって,以上の経緯に鑑みれば,上記「SW売却」にSWの営業譲渡が含まれることは当然である。なぜならば本件営業譲渡のようにSWの全営業が譲渡されると,本件各オプションは無価値になってしまうところ,本件各オプションを防御又は保全する趣旨で設けられた1.7e条項がこのような場合を含まないと解することは不合理だからである。以上のことは,本件契約書の元となったADBPにおいて,1.7e条項の元となった2.8項等が「sell SW」(SWの売却)という表現を用いていることからも明らかである。
c 1.7bオプションの成立要件には「SW売却時」という要件があるところ,これには「SWの全営業または実質的に全ての資産」を売却するケースを含むことが明記されている。そして,前記bのとおり,1.7e条項は,1.7bオプションを含む本件各オプションを防御する趣旨で設けられたものであるから,SW営業譲渡が1.7bオプション発生要件の一つとなっている以上,その防御規定でもSW営業譲渡のケースがカバーされていなければ不合理である。
d 「interest」という単語は,狭く「持ち分」と訳すことも不可能ではないが,それ以外にも広く「権利,特権,権限を合わせた意味」を意味する場合もあるところ,上記aないしcからすれば,本件契約書における「interest」の意味は広く捉えるべきであり,本件契約書の起案者もそのように広い意味を前提として起案している。
(イ)a 被告らは,1.7e条項の主語が被告Y1のみになっている点を指摘するが,被告Y1は,SW株式を実質的に100%保有し,かつSWの代表取締役でもあったのであり,被告Y1の一存で本件営業譲渡は可能であったものである。
b (被告Y1らの主張)イ(ア)bは争う。1.7e条項には「(本件各オプションの)権利を実行することを制限することになるであろう方法で」という表現があるのであり,少しでも保有財産を売却すれば,1.7e条項違反となるというような事態は生じない。
c (被告Y1らの主張)イ(ア)dのうち,1.7e条項の第二文が,ADBP2.8項と対応していることは認めるが,1.7e条項の第一文が,第二文を一般化したものであることは否認する。1.7e条項第一文は,原告及びB2Iの代理人である本件契約書の起案者が本件各オプションを防御するために新たに書き加えたものである。
ウ 本件営業譲渡は,本件各オプションの「権利を実行することを制限することになるであろう方法」で行われたものである。すなわち1.7e条項は,将来的に原告の本件各オプションを制限する可能性のある行為を原告の事前の同意を得ることなく行うことを禁ずるものであり,本件営業譲渡は,それによりSWの企業価値の将来の向上は見込めなくなり,例えば1.7bオプション行使は不可能になることが当然に予想される行為として上記方法に該当する。
被告Y1らは,本件営業譲渡当時のSWの価値が2億9750万円を上回ることはなかった旨を主張するが,1.7e条項にSWの価値が2億9750万円を上回るか否かによって事前同意の義務の有無が変わる旨の記載は一切なく,当該論点は「権利を実行することを制限することになるであろう方法」に該当するか否かの論点においては無関係である。
(被告Y1らの主張)
ア (原告の主張)ア第一文のうち,原告及び被告Y1らが本件契約を締結したこと,本件契約に本件各オプションを設定する規定及び1.7e条項があること,SWが本件営業譲渡を行ったこと,本件営業譲渡当時被告Y1が被告アルゴノート代表取締役であったことは認めるが,その余は否認し,特に本件営業譲渡がSWの全営業の譲渡であることは否認する。本件営業譲渡はSWの一部の営業を譲渡したものである。(原告の主張)ア第二文のうち,被告アルゴノートが本件営業譲渡を承認したことは認める。(原告の主張)ア第三文以下は争う。下記イ及びウのとおり,本件営業譲渡は,1.7e条項に違反しない。
イ (原告の主張)イは否認ないし争う。「any interest in SW」は下記の理由から「SWにおける持ち分」が正しい翻訳であり,「any interest in SWの移転」とは端的にはSW株式の譲渡が該当するものであって,本件営業譲渡はこれに該当しない。
(ア)a 「in」は「~における」,「of」は「~の」を意味する前置詞であり,もし仮にSW自身の財産が含まれると意図されていたのであれば,「interest of SW」と記載されているはずである。また1.7e条項において「interest in SW」の移転が制限されている主体,すなわち主語は被告Y1であり,被告Y1が移転させることができるのはSWの株式等であって,SWの営業を被告Y1は移転できない。本件契約締結時における被告Y1の代理人をしていたB弁護士(以下「B」という。)もこれを持ち分という意味であると考えていた。
b SWの「権益」という意味であるとすると,多少なりともSWの資産が売却されれば本件契約1.7eに該当することになり,通常の業務すら行えなくなってしまい,不合理な解釈である。他方,多少の財産の譲渡であれば該当しないとすると,何が対象となるのかが文言上極めて不明確であって,どのような財産譲渡等であれば許されるのかについての規定が置かれるはずである。本件契約は双方がM&Aに精通した弁護士を代理人として立てて交渉した結果であって,そのような契約においてこのような曖昧な条項となることは考えられない。
c Bと原告及びB2I代理人であるC弁護士(以下「C」という。)らとの交渉において,SWの営業譲渡や財産の譲渡を禁ずるという内容の交渉は一度もされていないし,原告及び被告Y1間においても,SWによる配当や資産譲渡について原告の了解が必要であるというような話し合いは一切なかった。このことはADBPにおいてSWの営業譲渡や財産譲渡を制限する規定が一切ないことからも裏付けられる。
d 1.7e条項の趣旨は以下のとおりである。すなわち,1.7e条項のもととなったADBP2.8項は,第三者がSW株式の取得を希望した際に,原告がオプション権を行使したとすると,第三者が被告Y1のみではなく,原告と被告Y1の2名の売主から株式を取得しなければならなくなる状況になるため,この状況において,原告にオプション権を行使させることなく,被告Y1が原告に対して現金でオプション権の経済的利益を支払うことを認め,第三者へのSW株式の譲渡を容易にする,被告Y1の便宜を図る内容を合意したものである。そして,1.7e条項の第一文は,第二文のコンセプトを若干一般的に記載することを意図したものに過ぎない。
(イ)a 原告は,本件契約における単語の用い方を指摘するが,本件契約における単語の用い方からしても,interestは持ち分と訳されるべきものである。すなわち,本件契約においてinterestという単語は多数用いられているが,いずれも持ち分という意味で用いられたものであり,特に同じ1.7e条項第二文における「interest in SW」が持ち分の意味であることは明らかである。
b (原告の主張)イ(ア)bは否認ないし争う。本件各オプションは,リオーガニゼーション契約における譲渡代金の不足分を回収させることを目的としたものではない。現にリオーガニゼーション契約においてB2Iと被告アルゴノートは,被告アルゴノートからのB2P株式移転及び現金支払と被告アルゴノートへのSW株式及び被告トライコー株式の移転とが合理的に同等の価格であること,すなわち価格が適正であることが合意されている。またADBPにおける「sell SW」もSWの株式譲渡を指し,1.7e条項の趣旨は(ア)dのとおりである。
c (原告の主張)イ(ア)cは争う。1.7bオプションの発生要件から移転制限対象に営業が含まれる旨の論理関係はない。むしろ1.7bオプションがあえて財産を含むことを明記しているのに対し,1.7e条項でこれが明記されていないことはinterestが持ち分(株式)という意味に制限されていることの証左である。
d 原告はinterestの意味は広く権益一般を指す場合がある旨を指摘するけれども,法律用語のinterestは有限責任会社の持ち分を指す概念である。権威ある法律用語辞典においても,「何らかのものにおける法的な持ち分」と定義されている。殊に本件では,B2Iはデラウェア州のLimited Liability Company(LLC)であるところ,デラウェア州法ではLLC(閉鎖会社)の資本持ち分はinterestと定められており,このことは米国弁護士の常識である。よって,Bは当然ながら,本件契約書の起案者であり,Cの部下であるD弁護士(以下「D」という。)もこのことを十分に承知していた。
ウ (原告の主張)ウ第一文は否認する。下記(2)(被告Y1らの主張)ア(ア)記載のとおり,本件営業譲渡当時,SWの株式価値は2億9750万円を上回ることがあり得ない状況であり,ましてや15億円以上の価値など全くなかったから,本件営業譲渡は,本件各オプションの「権利の実行を制限することになるであろう方法」に該当しない。また同部分記載のとおり,本件営業譲渡は適正な対価でなされたものであるから,SW株式の毀損,すなわち本件各オプションの侵害自体が生じていない。
(2) 本件営業譲渡は,1.7aオプション侵害として,被告Y1の不法行為となるか等(争点2)
(原告の主張)
ア SW代表取締役である被告Y1は本件営業譲渡を行ったところ,本件営業譲渡当時のSWの企業価値は下記(8)(原告の主張)ア(イ)記載のとおりであり,これを約1000万円と評価して算定された本件営業譲渡の対価は適正価額ではない。そして本件営業譲渡によって,原告が1.7aオプションを行使することによって得られるはずのSW株式の価値は,ゼロ又は少なくとも2億9750万円以上となることがなくなったものであり,よって1.7aオプションは毀損された。そして被告Y1は,この事態を企図して本件営業譲渡を行ったものであり,故意行為である。また被告Y1は,SW株主である被告アルゴノートの代表取締役として,当該代表取締役としての職務を行うについてSW株主総会において本件営業譲渡を承認した。当該承認行為は,SW代表取締役としての被告Y1の不法行為を幇助するものである。よって,被告Y1は民法709条に基づき,被告アルゴノートは会社法350条に基づき,それぞれ損害賠償責任を負う。
イ 本件営業譲渡におけるSW企業価値の評価が妥当でなく,対価が相当でないことは以下の点からも明らかである。
(ア) 本件営業譲渡におけるSW企業価値の算定方法は,簿価純資産方式を基礎としているところ,これは当時のSWが清算企業であることを前提としている。しかしながら,下記(8)エ(イ)のとおり,本件営業譲渡当時のSWは過去最高の売上及び利益を計上しており,急成長していたものであって,上記前提は大きな誤りである。
(イ) 本件営業譲渡においてSWの純資産価格を求めた根拠とされる文書(乙1)は,被告トライコーがSWの債務を引き受けていないにもかかわらず,SWの債務を引き受けることを前提に計算されるなど計算自体誤りであるのみならず,本件営業譲渡後である平成21年1月以降に後付けで作成されたものである。
(被告Y1らの主張)
(原告の主張)アは,(1)(被告Y1らの主張)同様,SWの一部営業譲渡(本件営業譲渡)があったこと,本件営業譲渡当時,被告Y1が被告アルゴノートの代表取締役であったことは認め,その余は否認し,主張は争う。
ア(ア) 下記のとおり,本件営業譲渡における1000万円という対価は適正であり,SWの株式価値が2億9750万円と評価されることはあり得なかったものであるから,本件各オプションを毀損したことにはならない。
a SWは平成17年後半頃から,経費増大,優良顧客の撤退,同業他社の乱立等によりその経営状態が悪化し,今後の発展可能性は望めなかった。またコンプライアンス遵守についても問題が生じていた。このような状況で,リオーガニゼーション契約よりも前にSW売却等の努力がなされたが,買い手は現れなかった。この過程で平成18年1月にビジネスブローカーであるEはSWの企業価値について純資産は3950万円であり,仮に前年度売上額である3億7100万円で買うというオファーは他の誰にもそれ以上のオファーができないほど良いものである旨を述べ,このメールは原告も認識していた。そしてこれを受け,原告及び被告Y1間で本件営業譲渡前にもSWの経営状況が悪化していることを前提としたメールのやり取りがされている。被告Y1は原告にSWの状況の報告もしており,原告はSWの経営状態悪化を認識していたものである。このことは,下記(7)(被告Y1らの主張)のとおり,原告は本件営業譲渡時から本件営業譲渡の存在を知っていたが,これに対し原告は何ら異議を述べず,本件各オプションについて連絡することもなかったことからも裏付けられる。
b 本件営業譲渡は,今後利益の見込めないSW事業を,被告トライコーに対し,専門的知識を有する従業員による市場価値の算定を経たうえで,第三者的立場であり公認会計士の資格も有するAとのアームズレングスの交渉を通じて価格を定めて譲渡したものである。
c 以上のような経緯で,本件営業譲渡の対価は,SWの企業価値を簿価純資産方式で算定し,そこから譲渡対象としない一部の資産(労働者派遣事業の許可,SWの商標等)の価額を控除して決された。なお,SWの一部の顧客及び従業員,敷金返還請求権,仮払金並びにソフトウェアも譲渡対象から除外されているが,これらは価値の評価が難しかったため価額の控除がされていない。
(イ) (原告の主張)イ(ア)のうち本件営業譲渡におけるSW企業価値が簿価純資産方式で算定されたことは認め,イ(イ)は当該文書(乙1)が本件営業譲渡後に作成された可能性が高いことは認める。
SW株式のような非上場株式価値の算定には困難を伴い,その手法としては様々な手法が考案されているものであるところ,被告Y1は一般的な手法の一つである簿価純資産方式を用いたものであり,このことにつき何ら不合理な点はない。
イ 被告Y1は,上記ア(ア)のとおり専門的知識を有する従業員による市場価値の算定を経たうえで,第三者的立場であるAとのアームズレングスの交渉を通じて価格を定めて,一般的な評価手法である簿価純資産方式を用いた算定価額でSWを譲渡したものであって,SWの企業価値が3億円以上となる可能性など全くないと認識していたものであるから,本件各オプションを侵害する認識はなく,過失すらなかった。現にBからも本件各オプションを侵害しない旨の確認を経ている。そもそも本件各オプション侵害というのは債権侵害であるから,一般的に不法行為の成立には故意が要求されるところ,特に本件では(1)(被告Y1らの主張)のとおり本件営業譲渡は契約上許される行為なのであるから,被告Y1に本件各オプションを侵害する積極的な意図がなければ不法行為は成立しないというべきであるところ,当然にそのような意図はなかった。
(3) 本件営業譲渡は,1.7bオプション侵害として,被告Y1らの民法128条違反を構成し,又は被告Y1らに対する民法130条の適用が認められるか(争点3)
(原告の主張)
ア 1.7bオプションは,「SW売却時においてSWの価値が15億円以上になった場合」という停止条件が付された期待権である。そして,本件営業譲渡により,上記条件が成就することが不能となったことは明らかである。そして被告Y1は,この事態を企図して本件営業譲渡を行ったものであり,故意行為である。また被告アルゴノートは,SW株主として本件営業譲渡を株主総会において承認した。これらの行為は,民法128条に違反する行為であり,よって被告Y1及び被告アルゴノートは履行不能(民法415条)に基づく損害賠償責任及び民法709条又は会社法350条に基づく損害賠償責任を負う。
イ 下記(8)(原告の主張)エのとおり,本件営業譲渡がなければ,SWの価値は15億円となる相当の蓋然性があったところ,被告Y1は,本件各オプションがSW売却時に行使されることが予定され,本件営業譲渡により1.7bオプションが毀損滅失することを知りながら,本件営業譲渡を行った。また被告アルゴノートも,被告Y1に協力して,1.7bオプションが毀損滅失することを知りながら,本件営業譲渡を承認した。これらの行為はいずれも信義則に反し,故意に行われたものであって,民法130条の適用がある。よって,原告は,1.7bオプションの条件が成就したものとみなす意思表示を行うところ,1.7bオプションはアルバニー株式譲渡により履行不能となっているため,債務不履行による損害賠償を請求する。なお,イの請求は,アの請求の予備的請求として請求する。
(被告Y1らの主張)
ア (原告の主張)アは否認ないし争う。本件各オプションに対する期待権は,本件契約において定められている限度で発生するものであり,本件契約違反とならない本件営業譲渡はそもそも予定されている以上,期待権侵害は生じない。また,前記(2)(被告Y1らの主張)ア(ア)のとおり,本件営業譲渡当時におけるSWの市場価値は1000万円であり,そもそも15億円以上の価値に対する期待が生じる状況になく,被告Y1は,15億円以上の評価が与えられることなど想定していなかったから,期待権の侵害もそれに対する故意もなかった。
イ (原告の主張)イは否認ないし争う。前記(2)(被告Y1らの主張)ア(ア)及び上記アのとおり,本件営業譲渡時におけるSWの市場価値は1000万円であり,15億円以上という1.7bオプションの条件が成就する可能性はなかった。また,被告Y1は15億円以上の評価が与えられることなど想定していなかったから,オプション権を侵害する故意などなかった。なお,被告アルゴノートについては「不利益を受ける当事者」ですらない。
(4) アルバニー株式譲渡は,被告Y1及び被告アルゴノートの1.7e条項違反となるか(争点4)
(原告の主張)
被告Y1らは,平成21年1月22日に,原告に無断で,アルバニー株式譲渡を行った。これはinterestを「株式」と捉えたとしても,明らかに1.7e条項に違反する行為であり,それぞれの債務不履行を構成し,また被告Y1については民法709条,被告アルゴノートについては会社法350条に基づく損害賠償責任も負う。
(被告Y1らの主張)
(原告の主張)のうち,平成21年にアルバニー株式譲渡が行われたことは認めるが,その余は否認ないし争う。平成20年12月期において,SWは,当期純損失を出しており,純資産額は5000万円に満たないなど,その企業価値が2億9750万円以上の価値と評価されることなどあり得ず,また将来利益を生み出す可能性もなかった。したがって,アルバニー株式譲渡当時において本件各オプションに価値はなく,よってアルバニー株式譲渡は,(1)(被告Y1らの主張)ウ同様,本件各オプションの「権利の実行を制限することになるであろう方法」に該当せず,1.7e条項違反とならない。そもそも本件契約においては,1.7aオプションには事前の通知義務の定めがないこと及び1.7e条項第二文から,SWの企業価値が15億円以上と評価される場合を除き,被告Y1が原告の事前同意なくしてSW株式を一株たりとも譲渡してはならないとまでは定められていない。すなわち,SWの企業価値が15億円未満と評価される場合であれば,被告Y1はSW株式の譲渡を実行でき,1.7aオプションにかかる原告の経済的利益を金銭的に補償すれば足りるとされていたものである。
(5) TSL株式譲渡は,被告Y1及び被告アルゴノートの1.7e条項違反となるか(争点5)
(原告の主張)
ア 被告Y1らは,平成23年5月20日,原告に無断で,被告トライコーの全株式の70%をTSLに譲渡した(TSL株式譲渡)。これはイの理由から,被告Y1らの1.7e条項違反という債務不履行を構成し,また被告Y1は故意に,1.7e条項違反を行ったものであるから民法709条に基づき損害賠償責任を負い,被告Y1は当時被告アルゴノート代表取締役であり,その職務としてTSL株式譲渡を行ったものであるから被告アルゴノートは会社法350条に基づき損害賠償責任を負う。
イ TSL株式譲渡で譲渡されたのは被告トライコーの株式であるが,被告Y1は,本件各オプション行使による原告に対するSW株式引渡義務を免脱する意図でその支配するSW及び被告トライコーを手足として用いて本件営業譲渡を行ったものであるから,法人格否認の法理の適用又は類推適用に基づき,被告Y1らがSWと被告トライコーの法人格の異別を主張することは許されない。よって,被告トライコー株式譲渡は,被告Y1らとの関係では,SW株式の譲渡とみなされなければならず,よって1.7e条項違反を構成する。
(被告Y1らの主張)
ア (原告の主張)アのうち,被告Y1がTSL株式譲渡を行ったことは認めるが,その割合は否認し,その余は否認ないし争う。すなわち,TSL株式譲渡は,被告トライコーの全株式の61.5%を譲渡したものであり,またそもそも被告アルゴノートはTSL株式譲渡に何ら関与していない。そして,被告トライコーとSWは別の法人である以上,被告トライコー株式の譲渡であるTSL株式譲渡が「any interest in SWの移転」に該当するはずがなく,1.7e条項違反とはならない。
イ (原告の主張)イは否認ないし争う。前記(1)ないし(3)各(被告Y1らの主張)のとおり,本件営業譲渡は1.7e条項に違反せず,本件各オプションを毀損するものでもなかったのであるから,本件営業譲渡において被告Y1に債務免脱の意図等の法人格の悪用が認められるはずがない。
(6) 被告Y1の行為によって,被告トライコーは会社法350条の責任を負うか(争点6)
(原告の主張)
ア 前記(1)ないし(3)各(原告の主張)記載のとおり,本件営業譲渡は,1.7e条項の違反,1.7aオプション侵害及び1.7bオプションという期待権侵害として被告Y1の不法行為を構成するところ,被告トライコー代表取締役である被告Y1は,SW代表取締役としての被告Y1と共同して又は少なくともこれを幇助して本件営業譲渡の譲受行為を行い,またAと共謀して,又は少なくともAに本件営業譲渡の譲受の権限授権及び指示をしてAに本件営業譲渡の契約書に署名させた。これらの行為は,被告トライコーの営業譲受行為に関するものであるから,外観上,被告トライコー代表取締役としての「職務を行うについて」なされたものであることは明白である。よって,被告Y1のこれらの行為に基づき,被告トライコーは会社法350条に基づく損害賠償責任を負う。
イ 被告Y1が代表取締役としてなした被告トライコーの営業譲受行為は,1.7e条項の故意の違反行為であって,同項に定められた原告の権利に対する故意の侵害行為であるところ,このような先行する権利侵害行為を行った被告トライコーは信義則上,原告の利益侵害を最小限に止め,さらに原告の利益侵害行為を続行してはならない義務を負う。そして被告Y1は,被告トライコーの代表取締役として,被告トライコーに対する忠実義務または善管注意義務から,上記被告トライコーの義務と衝突する行為をしてはならない義務を負う。しかし被告トライコー代表取締役としての被告Y1は,前記(5)(原告の主張)ア記載のとおり,TSL株式譲渡を行って,1.7e条項に故意に違反し,同項で定められている原告の利益を侵害し,もって上記被告トライコーに対して負う義務にも故意に違反した。そして当該義務の遵守・履行が被告トライコー代表取締役としての職務である以上,当該義務違反も「職務を行うについて」なされたものである。よって,被告Y1によるTSL株式譲渡によって,被告トライコーは会社法350条に基づく損害賠償責任を負う。なおこの点について,(5)(原告の主張)イで述べたことと同じ理由から,被告トライコーがSWと被告トライコーの法人格の異別を主張することは許されない。
(被告トライコーの主張)
ア (原告の主張)アのうち,SWがその一部の営業を被告トライコーに譲渡したこと,本件営業譲渡当時の登記簿上の代表取締役が被告Y1であったことは認めるが,その余は否認ないし争う。
(ア) 本件営業譲渡が被告Y1の不法行為を構成するとの主張は争い,この点は被告Y1らの主張をすべて援用する。なお,付け加えるに,本件営業譲渡の対価は,日本の税務当局が行った税務調査の際,TSL株式譲渡するにあたって行われた税理士法人によるデューディリジェンスの際及び監査法人による監査の際に,それぞれ確認され,いずれの機関も了承し,問題視することがなかったものであって,この点からも当該価格の適切性が裏付けられる。また本件営業譲渡後,SWから譲り受けた顧客及び再雇用したSW従業員はいずれも大きく減り,SWが将来なくなることを前提とした算定方法を用いたことも合理的であった。
(イ) 被告トライコーの本件営業譲渡の譲受は,Aが被告トライコーを代表して行ったものであり,交渉過程においてAは被告Y1の影響を受けていない。すなわち,本件営業譲渡の譲受は,Aが被告トライコーの利益を考えて,自身の意思と決定に基づき行ったものであり,被告Y1は,一切被告トライコーの意思決定に関与しておらず,共謀も署名の指示もしておらず,譲受を共同又は幇助していない。なおAに本件営業譲渡の契約締結権限を与えたのは被告Y1ではなく,被告トライコーの株主総会であるから,授権もしていない。当然ながら,外観上,被告Y1が被告トライコー代表取締役の職務を行うについて本件営業譲渡の譲受行為を行ったと見る余地もない。
イ (原告の主張)イのうち,被告トライコー全株式の70%がTSLに譲渡された(TSL株式譲渡)ことは認め,その余は否認し,主張は争う。上記のとおり被告トライコーの本件営業譲渡の譲受行為が権利侵害とならない以上,信義則上,その後に原告が主張する義務を負うことはなく,仮に,先行する権利侵害行為がある場合でも,信義則上,利益侵害を最小限に止める義務を負うのは,本件契約の締結主体である被告Y1個人であって,被告トライコーの代表取締役としての被告Y1ではない。またTSL株式譲渡は,被告Y1が個人たる株主としてその株式を譲渡したに過ぎず,外観上,被告トライコー代表取締役の職務を行うについて行ったものとはいえない。
(7) 本件営業譲渡を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の成否(争点7)
(被告Y1らの主張)
以下の点から,原告は,本件営業譲渡当時から,本件営業譲渡の事実について認識しており,遅くとも平成19年中には損害及び加害者を知ったといえる。よって,被告Y1らは,本件営業譲渡を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求について,消滅時効を援用する。
ア SWのHPには英語でSWが「reorganization」(再編)したことが記載されている。原告は日本語の読解能力が低いため,当該HPの英文を読んでいたはずである。
イ 被告Y1,被告アルゴノート及びSWは,被告Y1と原告とのパートナーシップ解消の際に,原告に対し,1億8300万円を毎月約500万円の3年払いの分割で支払う旨を約していたところ,本件営業譲渡後は,被告トライコーが上記分割払を負担することになったところ,原告は,このことを認識し,現に被告トライコーへの督促もしていた。
(被告トライコーの主張)
被告トライコーのHPには,遅くとも平成19年3月14日頃には,SWと被告トライコー(当時のワントゥワンジャパン株式会社)がABSとして新たにスタートしたことが明記されており,原告は遅くとも上記HP公開から数か月以内にはSWと被告トライコーとの間で何らかの組織再編があったことは把握していたはずである。そうすると,原告は,遅くとも平成19年中に「損害及び加害者を知った」といえる。よって,被告トライコーは,被告トライコーに対するすべての請求について消滅時効を援用する(TSL株式譲渡を理由とする請求についても同様のことが妥当する)。なお,どんなに遅くとも平成21年1月22日には,アルバニー株式譲渡が公知の事実となっていたから,その当時には原告が「損害及び加害者を知った」といえる。したがって,このことを理由に,後に追加された請求である被告Y1の1.7aオプション侵害及び民法128条違反又は130条を根拠とする被告トライコーに対する請求((2)及び(3)(原告の主張)に基づくもの)について消滅時効を援用する。
(原告の主張)
(被告Y1らの主張)及び(被告トライコーの主張)について,原告が本件営業譲渡当時若しくは平成19年中又は平成21年1月22日に本件営業譲渡を認識していたとの事実は否認し,主張は争う。本件営業譲渡について,被告Y1らからは何らの通知もなく,原告がSWと被告トライコーが別法人であることを初めて知ったのは,平成23年5月に,TSL株式譲渡がマスコミ報道され,原告が被告Y1にオプション権の行使をするために急遽連絡をした時である。
(8) 原告に生じた損害(争点8)
(原告の主張)
ア(ア) 本件営業譲渡を債務不履行又は不法行為対象として主張する(1),(2)及び(6)(原告の主張)(但し(6)(原告の主張)についてはアに限り,そのうち,被告Y1の民法128条違反を根拠として被告トライコーに請求するものを除く)に基づく損害賠償責任における損害は,被告Y1らが本件契約上の義務を遵守したならば実現できたはずの本件各オプション行使によって享受されるべき経済的利益であるところ,これは以下aないしcの理由からTSL株式譲渡時における被告トライコー株式譲渡代金を基準として算定されたその当時におけるSW株式の価値の30%から本件各オプションの権利行使価額を控除した額であると解すべきである。原告は,損害として1.7aオプション行使によって享受されるべき経済的利益を請求することとし,TSL株式譲渡において被告トライコー株式の70%が20億円と評価されていることから,当時の被告トライコー全株式の評価額は28億5714万2857円とされたものであって,その30%の8億5714万2857円から1.7aオプションの行使価額である2億9750万円の30%である8925万を控除した7億6789万2857円が原告の損害となる。
a (5)及び(6)各(原告の主張)イで述べたとおり,法人格否認の法理により,被告らが被告トライコーとSWの法人格の異別を主張することは許されないのであり,法的に,被告トライコー株式価値とSWの株式価値は同視されなければならない。
b また事実としても,被告トライコーの株式価値とSWの株式価値は同視される。すなわち,本件営業譲渡時において,被告トライコーはビジネスの実体のない会社であり,本件営業譲渡後の被告トライコーの営業は実質的にすべてSWに由来するものである。このことは以下の点からも裏付けられる。すなわち,本件営業譲渡時まで被告トライコーは小規模なデジタル・マーケティングしか行わず,それも本件営業譲渡後に消滅した。そして被告トライコーにそれ以外に見るべき営業はなく,実質的な従業員もおらず,本件営業譲渡によってSWの営業(顧客及び従業員)を引き継いだ。したがって,SWと被告トライコーの事業内容は全く同じであり,このことはSW及び被告トライコーのHP,新聞報道,Aの外部向けの発言,被告Y1が運営する組織のHPの記載,被告トライコーのプレスリリース等からも明らかである。
c 原告の主張は,本件営業譲渡を債務不履行又は不法行為とするものであるが,SW株式価値と同視できる被告トライコー株式価値の算定基準時は,TSL株式譲渡時と考えるべきである。なぜならばSW株式価値の源泉であるSW営業は非代替的であるから特定物に準じて考えるべきところ,SW株式価値と同視できる被告トライコー株式はTSL株式譲渡時まで騰貴しているという特別事情があり,債務不履行及び不法行為を行った被告Y1は本件営業譲渡時においてSW株式価値と同視できる被告トライコー株式価値が騰貴すること及び騰貴したときに原告が本件各オプションを行使することを認識していたからである。被告Y1のこのような認識は,本件契約締結時において被告Y1がSWは15億円以上の価値になると述べており,だからこそ1.7bオプションが設定されたこと,本件契約に原告に対する通知義務が課されており騰貴時の本件各オプションの行使が当然想定されていたこと,本件営業譲渡時までSW営業と同視できる被告トライコーの営業が順調に発展していたことから明らかである。
(イ) 仮に(ア)の主張が認められないとしても,本件営業譲渡当時のSWの株式価値は,下記のとおり4億6396万9962円又は7億6000万円となるから,本件営業譲渡による損害は(ア)同様1.7aオプション行使によって享受されるべき経済的利益として下記のいずれかとなる。
(4億6396万9962円-2億9750万円)×30%≒4994万0988円
(7億6000万円-2億9750万円)×30%=1億3875万円
a 本件契約締結時において,SW株式200株のうちの123株の対価は1億8300万円と合意され,これがリオーガニゼーション契約において「公正な価格」と合意された。したがって本件契約締結時におけるSWの企業価値は,1億8300万円に123を除して200を乗じた2億9756万0975.6円となる。このことは,1.7aオプションの権利行使価格の基準値である2億9750万円と一致することからも裏付けられる。そして本件契約締結時において当該SWの企業価値及び株式価値は平成17年12月末決算期の売上高である約3億7100万円を基準として当事者間で交渉の末,決された。したがって,本件営業譲渡時のSW株式価値算定は,平成17年12月末決算期の売上高と本件営業譲渡直前の平成18年12月末決算期の売上高とを比較して倍率を算出して,上記2億9756万0975.6円に当該倍率を乗じた価額とすべきであり,以下のとおりとなる。
2億9756万0975.6円×(5億7868万7538円(平成18年12月末売上)÷3億7113万3570円(平成17年12月末売上))≒4億6396万9962円
b 本件営業譲渡時のSW事業の価値は下記(a)記載のとおり,DCF法を用いて算定すべきところ,下記(b)及び(c)記載のとおりSWの将来予測フリー・キャッシュ・フロー(以下「FCF」という。)は7000万円,割引率である加重平均資本コスト(以下「WACC」という。)は9.31%であるから,7億8700万円となる。SW株式の価値はここから非事業資産を加えて,有利子負債を控除して求めることになり,SWの非事業資産は平成18年12月決算期における現預金残高5400万円,有利子負債は同期における長期借入金残高8100万円であるから,本件営業譲渡時におけるSW株式価値は以下のとおりとなる。この算定は,公認会計士のF(以下「F」という。)及びGによる算定書(甲51,以下「本件算定書」という。)に基づくものであり,妥当である。
7億8700万円+5400万円-8100万円=7億6000万円
(a) 下記(8)エ(イ)のとおり,本件営業譲渡当時のSWは過去最高の売上高及び利益を計上しており,急成長していた成長・継続企業であるSWの企業価値を評価する手法としては,現代ファイナンス理論に基づき本源的評価手法でもあるDCF法によって行うべきである。DCF法は,当該企業の将来予測FCFを見積もり,各将来のFCFをWACCで割り引いて,その総和を当該企業の事業価値として算出する手法である。
(b) 本件でSWの将来FCFは下記の手法により算出し,毎年7000万円と想定するのが合理的である。
ⅰ 毎年のFCFは,平成19年2月末の月次売上高及び営業利益を合理的に推計し,保守的に当該数値が維持される前提で将来の年間売上高及び営業利益を算出し,ここから事業に自由に使える金銭であるFCFを算出するために,みなし税コスト42.05%を控除して算出する。なお,減価償却費,設備投資額及び運転資本の増減は,FCFを算出する際には調整の必要があるが,過去の実績が乏しいことからゼロとみなす。
ⅱ 平成19年2月末の月次売上高及び営業利益を推計する際には,SWの著しい成長度を反映させるために,平成18年年間売上高及び営業利益並びに合理的に推計された平成19年のSW由来事業の年間売上高及び営業利益を12等分した平均的な月次データ(平成18年及び平成19年の中間時点(6月時点)の月次データを示す)を算定し,平成18年6月の月次データに,平成18年6月から平成19年6月までの各月の平均成長額を示す平成19年6月の月次データと平成18年6月の月次データの差額を12等分した額を,8か月分加算して,算出する。
ⅲ 平成19年のSW由来事業の年間売上高及び営業利益を推計する際には,まず平成18年のSWの売上高及び臨時・偶発費用を修正した営業利益と平成18年の被告トライコーの売上高及び営業利益とを合算し,これと平成19年の被告トライコー売上高及び営業利益(SW由来事業と被告トライコー由来事業が合算されたもの)とを比較し,合算した売上高増加額,売上高増加率と営業利益増加額を算出する。この両者の増加額に対してSW由来事業と被告トライコー由来事業とのいずれが貢献したかが不明なため,保守的に両者平等に貢献したものとする。そうすると,平成19年のSWの売上高は,平成18年のSWの売上高に,上記で算出された売上高増加率を乗じて算出されるSW由来事業の売上高増加分を加算して算出すべきであり,また上記合算した営業利益増加額に合算した売上高増加額を除して算出された営業利益率がSW及び被告トライコーの双方の増加売上高に対するそれぞれの営業利益率となる。よって,平成19年のSW由来事業の年間営業利益は,平成18年のSW年間営業利益に,上記SW由来事業の売上高増加分に上記営業利益率を乗じて算出されるSW由来事業の営業利益増加額を加算して算出される。
ⅳ 平成18年のSWの営業利益は,試算表(乙29)により算出される営業利益から,臨時・偶発的費用である引越し費用及び引越しに伴う費用と考えられる備品費を加算し,過年度より過大で賃料の二重払い又は新本店の前払賃料によると思われる事務所費用を直近4年間の平均値に修正し,同じく過大な広告費用も直近4年間の平均値に修正して,算出する。
(c) WACCとは当該企業の株主資本コストと負債コストを,それぞれ株主資本と負債で加重平均した値であり,SWにおいては9.31%となる。なお,株主資本コストは実務上多く採用されている資本資産評価モデル(以下「CAPM」という。)を用いて算出すべきであり,この際にCAPMで理論的に評価リスクの対象となっていない非流動性ディスカウント,少数株主ディスカウント,サイズ・リスク・プレミアムなどは考慮すべきでない(最高裁平成26年(許)第39号平成27年3月26日第一小法廷決定・民集69巻2号365頁)。
イ(ア) アルバニー株式譲渡を債務不履行又は不法行為として主張する(4)(原告の主張)に基づく損害賠償請求における損害を考えるに際しては,(5)及び(6)各(原告の主張)イ並びにア(ア)aで述べた法人格否認と同様の理由により本件営業譲渡によってSWの営業が被告トライコーに移転したとの主張も許されないから,本件営業譲渡がなくSW営業が依然としてSWに残存していたものと評価されなければならない。また,本件営業譲渡とアルバニー株式譲渡とは,被告Y1が本件各オプションを免脱することを企図して行われた行為であるという点で完全に共通し,一連の義務違反行為であると捉えるべきであるから,損害についても,信義則上,本件営業譲渡によってSW営業が喪失したことによるSW株式価値の既滅と捉えるべきである。そうすると,この場合の損害は,ア(ア)に述べたことが妥当するから,7億6789万2857円が原告の損害となる。
(イ) 原告は(ア)の主張に対する予備的主張として以下のとおり主張する。すなわち,被告トライコーによれば,本件営業譲渡前のSWはほとんど利益が出ない状況であり,事業閉鎖に向けた作業がなされており,SW顧客の価値はゼロと評価されていたのに対し,本件営業譲渡後のSWは他の会社が買収対象とするだけの価値のある営業が残ったとのことであり,この事実は否認するが,仮に被告トライコーの主張を前提とすると本件営業譲渡後のSWの価値は本件営業譲渡前のSWの価値より大きかったことになる。そうするとアルバニー株式譲渡時のSWの価値は少なくとも本件営業譲渡時のSWの価値以上であって,前記ア(イ)記載の額を下回らない。よって,アルバニー株式譲渡による原告の損害も,少なくとも前記ア(イ)を下回らないから,前記ア(イ)の主張を援用する。
ウ TSL株式譲渡を債務不履行又は不法行為として主張する(4)及び(6)(原告の主張)(但し(6)(原告の主張)についてはイに限る。)に基づく損害賠償請求における損害は,ア(ア)柱書同様,被告Y1らが本件契約上の義務を遵守したならば実現できたはずの本件各オプション行使によって享受されるべき経済的利益であり,TSL株式譲渡時のSW株式価値に基づき算定されるべきであるところ,その時点のSW株式価値は,ア(ア)a及びbと同様の理由から,ア(ア)柱書同様28億5714万2857円と評価されるべきであって,その30%の8億5714万2857円から1.7aオプションの行使価額である2億9750万円の30%である8925万を控除した7億6789万2857円が原告の損害となる。
エ (3)及び(6)各(原告の主張)ア(但し(6)(原告の主張)アについては被告Y1の民法128条違反を根拠として被告トライコーに請求するものを除く)に基づく損害賠償請求における損害は,条件が成就したら得たであろう利益に,条件成就の蓋然性を乗じて得られた額と解すべきであるところ,本件における条件が成就したら得たであろう利益とは少なくとも1.7bオプションをSW価値が15億円となったときに行使した利益である「15億円×25%-100万円」の3億7400万円となる。そして以下の理由から,本件営業譲渡時において,SWの価値が15億円となるという条件が成就する相当に高い蓋然性があったものであるから,原告の損害は最低でも3億7400万円となるものであり,原告はこれを損害として主張する。
(ア) 本件契約締結当時,原告及び被告Y1は将来的にSWの価値が15億円以上になると考えていた。
(イ) 本件営業譲渡前におけるSWは過去最高の営業成績(年間売上高及び税引前当期純利益)を上げており,急成長を遂げていた。そして,SWと同じく成長性のある企業であるジャパンマーケットインテリジェンス株式会社(以下「JMI」という。)の株式譲渡においては,その評価額が年間売上の2ないし3倍と評価されている。SWはJMIと設立時期が同時期で売上拡大も同レベルであったのであり,また上記JMI株式譲渡は本件契約と同時かつ一体のものとして行われたものであるから,JMI株式譲渡の際の算定方法はSW企業価値算定方法にも参考とされるべきであり,平成17年12月末決算期の売上高が約3.7億円であるSWの価値が15億円を超えると想定することが相当である。
(ウ) 前記ア(ア)b記載のとおり,本件営業譲渡後の被告トライコーの営業は実質的にすべてSWに由来するものであったところ,本件営業譲渡前のSWの売上高12億5000万円及びTSL株式譲渡直前の被告トライコーの売上高11億5000万円という財務状況からすれば,SWは,本件営業譲渡当時において既にTSL株式譲渡時の被告トライコーと同じ企業価値を有していた。そしてSWの価値と同視できる被告トライコーの価値はTSL株式譲渡時において28億5714万2857円と評価された。
オ (3)(原告の主張)イ(民法130条)に基づく損害賠償請求における損害は,1.7bオプションをSW価値が15億円となったときに行使した利益であり,前記エと同じ理由から,その額は最低でも3億7400万円となるから,原告はこれを損害として主張する。
(被告Y1らの主張)
ア(ア) (原告の主張)ア(ア)は下記のとおり否認ないし争う。
a (原告の主張)ア(ア)aは,(5)(被告Y1らの主張)イのとおり,否認ないし争う。
b (原告の主張)ア(ア)bは,否認する。本件営業譲渡前において被告トライコーはハイエンドのコンサルティング業務を行っていたものであり,大企業を顧客に持ち,十分な売上げを上げていた。これに対し,本件営業譲渡前のSWの事業は格安のBPOであり,その提供業務は全く異なるものである。そして,本件営業譲渡後も被告トライコーは本件営業譲渡前の重要顧客である上記大企業との関係を維持し,被告トライコー独自の営業が主流となっている。他方で本件営業譲渡後,被告トライコーにおいてSW由来の顧客に対するBPO事業は縮小していったものであり,本件営業譲渡に伴い被告トライコーに再雇用されたSW従業員は平成21年3月時点で4分の1しか残っていなかった。
c (原告の主張)ア(ア)cは,否認し,争う。特に,被告Y1が,本件契約締結時にSWが15億円以上の価値になると述べていたことは強く否認する。上記a及びbから,被告トライコー株式をSW株式と同視する原告の主張は前提を欠くが,その点を措くとしても,前記(2)(被告Y1らの主張)と同様の理由から,被告Y1がSWの企業価値が15億円以上となることを予見し得たともいえないし,被告トライコーの企業価値が20億円となることについても予見し得たともいえない。
(イ) (原告の主張)ア(イ)は否認ないし争う。前記(2)(被告Y1らの主張)と同様の理由から,本件営業譲渡当時のSWの株式価値が2億9750万円を超えることはあり得ず,1.7aオプションを含む本件各オプションは無価値であったから損害はない。
a (原告の主張)ア(イ)aは否認ないし争う。リオーガニゼーション契約において合意されたのは,Building2 Partners LLC(以下「B2P」という。)の持分移転及び1億8300万円の支払いが,被告トライコー株式及びSW株式の対価として正当であるというにとどまり,SW株式123株の対価が1億8300万円であると合意されたわけではない。また売上の推移のみで企業価値が算出される旨の原告主張は何ら合理的根拠に基づかない。
b (原告の主張)ア(イ)b柱書は否認ないし争う。本件算定書は以下の点から妥当でなく,よってこれに依っている原告の主張も妥当でない。
(a) 本件算定書は,SWの本件営業譲渡時の株式価値を算定するにあたってDCF法を用いているところ,本件でDCF法を用いるのは以下の点で妥当でない。
ⅰ DCF法を採用する場合,合理的な経営計画に基づいて将来のFCFを予測することが前提となる。ところが中小企業のM&Aの実務においては,精密な事業計画を策定し,これを検討することは費用倒れになってしまうため,慣例的に時価純資産に営業権としての利益1ないし5年分を事業化の目安とする手法が採用されている。DCF法はこの実務に乖離する。またM&Aにおいては現実的には当該価格で買い手が実際に現れるか,という点を考慮しなければならないところ,本件算定書はこの観点からの検討を一切捨象しており,現実的には本件算定書で算出された高額の年間FCFを前提にした事業価格で売却できたはずがない。
ⅱ また本件算定書は,SWのBPO事業を成長事業と評価してよいかについて検討していない。前記のとおり,SWは平成17年後半からその事業が不調となり,また平成17年以降のSW売上には労働者派遣事業が大きく寄与しているものであって,SWのBPO事業を成長事業と評価することは不当である。現に本件営業譲渡以降,SW由来の事業は被告トライコーのもとで先細りとなった。
ⅲ 前述のとおりDCF法を採用する場合,合理的な経営経過に基づくことが前提となるところ,経営計画や将来のFCFを過年度の決算書等をもとに公認会計士等が勝手に推測してはならない。にもかかわらず,本件算定書は,当時の経営陣による経営計画が一切存在しない中でDCF法を用いている。
(b) 本件算定書で算出された予測FCFが不合理である。
ⅰ 本件算定書は被告トライコーの実質的経営者であったAが作成した本件営業譲渡後の被告トライコーにおけるSW由来の事業売上等の報告を捨象しており,結果将来FCFの予測が実績から乖離している。例えば,本件算定書は,平成19年のSW由来の売上高を著しく高く算定しているが,これは実績値と乖離し妥当でない。前記のとおり,SWは過酷な競争のもとで,厳しい経営状態にあったのであり,被告トライコーと同程度の売上増加率となるはずがない。
ⅱ また,本件算定書における平成19年推計営業利益も,その算定自体妥当でないのは下記のとおりであるが,被告トライコーとの営業利益率の差が顕著で,やはり実態と乖離している。加えて,当該推計によるとSWの平成19年推計営業利益率は15.8%と極めて高いところ,このような高い営業利益率は,一般の企業においても困難なものであって,ましてやSWの状況にかんがみれば,これが永続すると考えるのは非現実的である。
ⅲ 本件算定書は,平成19年SW推計営業利益を算定する前提として,平成18年SW営業利益について,試算表(乙29)から臨時・偶発的費用を経費から除外し,よって当該営業利益を7500万円であると評価している。しかしながら,これは誤りである。まず,備品費を引越しに伴う費用と推定しているところ,IT関連の備品費である可能性もあり,安易な推定に過ぎる。さらに,事務所家賃等3100万円が過大であるとして直近4年の平均値に修正しているところ,本件算定書はSW事業が拡大している前提で売上高等を算定しているにもかかわらず,これを売上高が4分の1程度となる過去の家賃平均値と修正することは明らかに不合理である。このことは広告宣伝費用でも同様である。
ⅳ 本件算定書は設備投資額をゼロとみなして,みなし税引後営業利益から控除していないところ,SW事業が拡大している前提の本件算定書において不合理である。
イ (原告の主張)イは否認ないし争う。(4)(被告Y1らの主張)のとおり,アルバニー株式譲渡当時,本件各オプションに価値がなかった以上,原告に損害はない。なお,(原告の主張)イのうち,法人格否認の法理については,(5)(被告Y1らの主張)イのとおり,否認ないし争う。
ウ (原告の主張)ウは否認ないし争う。その理由は上記ア(ア)a及びbと同様である。
エ (原告の主張)エは否認ないし争う。前記(2)(被告Y1らの主張)ア(ア)のとおり,本件契約締結当時も本件営業譲渡当時もSWの経営状況は悪く,その発展可能性は望めなかったうえ,本件契約締結当時,原告及び被告Y1はSWの上記状態を認識していた。また,上記ア(ア)bのとおり,本件営業譲渡後の被告トライコーの営業はSWの営業に由来するものではない。なお,原告はJMIを引き合いに出すが,JMIは重要な資産及び顧客基盤を有し,非常に成功した会社であり,SWと比較することはできない。以上からSWの企業価値が15億円以上となるという条件成就の蓋然性はなく,損害もない。
オ (原告の主張)オは否認ないし争う。その理由は上記エと同様である。
(被告トライコーの主張)
(原告の主張)のうち,被告トライコーに対する請求にかかる損害についてはこれをすべて争う。その理由は被告Y1らの主張を援用する。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
上記前提事実に後掲括弧内摘示の各証拠及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると,次の事実を認めることができ,これを覆すに足りる証拠はない(なお後掲括弧内に事実認定の補足的説明をすることがある)。
(1) 本件契約締結に至るまでの経緯及び本件契約等の内容
ア 本件契約締結に至るまでの経緯等
(ア) 平成7年頃,被告Y1は,ティーエム・コンサルティング株式会社を設立し,その後同社の商号をフェリス・アンド・アソシエイツ株式会社と変更し,運営してきた。原告は,当時B2Iの約80%の持ち分を有していた。平成12年頃,原告と被告Y1は協議し,フェリス・アンド・アソシエイツ株式会社が行っていた事業を平成12年1月17日に設立したSWに譲渡し,SWの代表取締役を被告Y1として,SW株式の80%をB2Iが取得し,20%を被告Y1が取得し,B2Iの持ち分の約2%を被告Y1が取得することとなった。(甲4,33,乙3,35,丙1,原告,被告Y1)
(イ) ABS(現在の被告トライコー)の前身であるワントゥワンマーケティング株式会社は,平成12年1月17日に設立され,設立時代表取締役は被告Y1であった。また,平成13年8月15日,JMIが設立され,こちらも設立時代表取締役は被告Y1であったが,平成17年5月1日に辞任している。この2社に対しても,B2Iは投資していた。(甲5の1・2,甲23,26,48)
(ウ) 本件契約締結時までにB2Iの持分権者は77%が原告,23%が実質的に被告Y1のみとなったところ,平成18年頃から両者は,この関係の解消を目的とした交渉(以下「本件交渉」という。)を行った。本件交渉の結果,同年5月頃,両者の一定の合意事項をまとめたものとしてADBPが作成された。なお,本件交渉においては,B2Iが保有するSW株式の被告Y1への移転のほかに,B2Iが保有するJMI株式を最終的に第三者に売却し,その売却金額等を清算すること,ワントゥワンマーケティング株式会社株式を実質的に被告Y1に移転すること等も交渉対象となっていた。(甲1,33,35,乙3,被告Y1)
(エ) ADBPには,1.7bオプションに対応する条項として2.7が,1.7e条項第二文に直接的に対応する条項として2.8があった。2.7には1.7bオプションが発生する条件として,被告Y1が,「SWの価値が15億円以上である取引の機会(SWの購入(buy SW)の申し込み,合併,IPOを含む)を与えられた場合」と記載されている。また2.8には,原告及び被告Y1が,本件各オプションの存在によって被告Y1の「SW売却(sell 中略 SW)または売出を行う権利を妨げるかもしれないこと」を認める旨の記載がある。なおADBPの原文は英語であり,上記引用部分の括弧内の記載は原文を記したものである。他方でADBPにおいて,被告Y1のSW株式に関する権利は,原告の事前同意なく第三者へ新たに株式発行をすること及びクロージング日から1年以内に「SWのいくらか又は全てを第三者に売却し,または日本内外の証券取引所に株式を上場する」ことを除いて,特に制限されていなかった。(甲35)
(オ) 原告及びB2Iは,a外国法事務弁護士事務所のCに本件交渉の代理を依頼していたところ,原告は,平成18年5月31日,CにADBPを送信し,適切な契約書の形にしたものを起案するよう依頼した。その際に原告はなるべく早くその起案をするよう指示しており,Cはその部下であるDらに,ADBPのうちSW株式の売却に関する部分を起案するよう指示した。なおこの際,CはDらに,当該SW株式の売却は,JMIの売却等に比べて小さな取引であり,また当該起案はスピードが重要で4日以内での完成を求められると思われると伝えている。Dは,その同僚らとともに本件契約書を起案したが,ADBP2.7の上記「SWの購入(buy SW)の申し込み」という表現を,本件契約書1.7(b)の「SW(又は実質的にSWの全資産)の売却((a sale of SW(or all or substantially all of its assets)」と変更し,ADBP2.8の上記「SWの売却(sell 中略 SW)」を,1.7e条項第二文の「interests in SW売却」と変更した。さらに,1.7e条項を起案する際に,ADBP2.8に直接対応する文言がない第一文を加え,第二文の前に「前記を限定するものではないが」との文言を加えた。これは,①「SWの購入の申し込み」や「SWの売却」にはSW株式の売却による場合と営業譲渡の場合とがあるところ,その点が明示されていないため,SWの営業譲渡等を含ませる意図で1.7bオプションを定める規定では明示し,また「SWの売却」という用語を使用せず「interest in SW売却」とした,②1.7bオプションを保護するためには被告Y1が原告の承諾なくSWの営業等資産の売却をすることをも防がなければならないため,可能な限り広く企業価値の移転を防ぐ意図で1.7e条項に第一文を加えたものである。他方で,被告Y1らは,本件交渉の代理等をb外国法事務弁護士事務所のBに依頼していたところ,Bは,同年6月頃,Dらが起案した本件契約書のドラフトを受け取った。この際,Dを含め,原告側代理人らから前記のようなADBPから文言を変更した趣旨,interestの意味,被告Y1のSWの営業譲渡を制限する意図による等の説明はされず,1.7e条項や1.7bオプションを規定する条項の文言についての交渉はなされなかった。Bは,ADBPにおいては,被告Y1は原則自由にSW株式を売却できるところ,被告Y1がSW株式を売却しようとするときに,原告が本件各オプションを行使すると,被告Y1にとってのSW株式売手が2名となってしまうため,その場合に協議する旨を定めたのがADBP2.8であると理解していた。そして,原告側代理人の本件契約書のドラフトにおける1.7e条項第一文は,そのようなADBP2.8の趣旨を拡大したもので,被告Y1のSW株式に対する質権設定や第三者へのオプション設定を含めた趣旨であると理解した。他方で,Bは,ADBP2.7の「SWの購入の申し込み」にはSWの営業譲渡を含むものであると理解していたが,1.7bオプションを定める条項は,特別に通知義務を定めたものであり,1.7bオプションを定める条項と1.7e条項は全く異なる趣旨のものであると理解していた。以上のような経緯でBは,「interest」を株式という意味と理解していた。なお,原告自身が,被告Y1に対して,被告Y1が1.7e条項第一文をどのように理解しているのか確認したことはない。(甲17,32,34,乙24,26,証人D,証人B,原告本人(特に8頁))
(なお,原告は,被告Y1と交渉中にinterestという言葉の理解について詰めた旨を供述するが,具体的に述べるところはなく,採用できない。)
イ 本件契約の内容等
(ア) 原告,被告Y1ら及びB2Iは平成18年8月25日に本件契約を締結した。本件契約の1.7には,本件各オプションを規定した1.7(a)及び1.7(b)並びに1.7e条項のほかに以下の規定がある(なお括弧内の表記は原文を記したものである)。(甲1)
1.7
(c) 略
(d) 第一文略。延払契約により未払金があり,かつ延払契約の保有者が上記のオプション行使により株式(shares)を購入する個人もしくは法人である場合に限り,延払契約の保有者は,購入するSWの株式(the interest in SW being acquired)の購入価格に対して延払契約による未払金を相殺する権利を有する。
(f) 1.7(a)及び1.7(b)により,SWの発行済株式(shares of capital stock)のそれぞれの30%及び25%を購入するアルファントのオプションは,株式発行および希薄化についてのアルファントによる事前の書面による同意なくして,SWによる株式(capital stock)発行(又は株式(capital stock)転換権)により希薄化されてはならない。
(g) 上記に拘わらず,クロージング日より1年経過するまでの期間に被告Y1がinterests in SWの全てまたは重要部分を第三者に売却,又は株式(shares)を上場する場合,B2Iはリオーガニゼーション・アグリーメントのセクション1及び2で規定されているSW株式(SW Shares)の割当て,購入および売却が全く実現しなかったとみなし,当該取引の払込金を受け取る権利を有する。
(イ) 「Black’s Law Dictionary」は「interest」の意味について「何らかのものにおける法的な持ち分」,「権利,特典,権限,および免除特権の集合の意を含」むと定義している。(乙4)
ウ リオーガニゼーション契約等の内容
(ア) 本件契約締結日である平成18年8月25日,被告アルゴノート及びB2Iはリオーガニゼーション契約を締結し,また同月31日,原告及び被告Y1は「CONTINUING GUARANTY」と題する契約を締結し,原告,B2I,被告Y1及び被告アルゴノートは以下の旨を合意した。なお,下記b及びc記載のSW株式合計160株は,SW発行済株式の80%に相当し,残る20%は被告Y1が保有していた。(甲26,27,弁論の全趣旨)
a 被告Y1は,実質的にB2Iから脱退する。
b 被告Y1がB2Iを通して保有していたSW株式37株,被告トライコー(当時のワントゥワンジャパン株式会社で,ワントゥワンマーケティング株式会社が商号変更したものである)の株式14株及びJMI株式2500株(分割後)を,被告Y1が100%株主である被告アルゴノートに移転する。
c 原告がB2Iを通して保有していた残るSW株式123株及び被告トライコー株式48株を被告アルゴノートに売却する。
d 上記取引の対価として,被告アルゴノートは,B2Iに1億8300万円を支払う(以下「本件1億8300万円債務」という。)。また被告アルゴノートがB2Pに対して有していた23%の持分に対する権益はすべてB2Iに移転する。B2Iと被告アルゴノートは,被告アルゴノートのB2P権益の移転及びB2Iへの上記現金支払いとSW株式及び被告トライコー株式の移転とが合理的に同等の価格である旨合意する。
e 本件1億8300万円債務は無利息とし,被告アルゴノートは,リオーガニゼーション契約締結の1か月後の日から,毎月508万3300円ずつ支払う。被告アルゴノートのB2Iに対する本件1億8300万円債務について,SW及び被告Y1は保証する。
(イ) JMIは,市場調査分析,広告,宣伝,出版に関する業務等を目的とする株式会社であるところ,上記のとおり,B2I及び被告アルゴノートはその株式を保有していた。そして本件契約締結日と同日の平成18年8月25日,B2I及び被告アルゴノートの有するJMI株式は,総額8億4700万円で第三者に売却された(以下「JMI株式譲渡」という。)。(甲39,48)
(2) 本件営業譲渡前後の経緯
ア 本件営業譲渡に至る経緯
(ア) 被告Y1は,遅くとも平成17年から本件営業譲渡時点においても被告トライコーの代表取締役であり,Aは平成18年5月1日被告トライコーの取締役となった。また被告Y1は本件営業譲渡時において,被告トライコーの株主でもあった。本件営業譲渡前において,被告トライコー(当時のワントゥワンジャパン株式会社)の主たる業務は,デジタルマーケティングの手法等を顧客に提供するサービスであった。(甲4,19の1ないし14,甲23,丙1,9,被告トライコー代表者A,弁論の全趣旨)
(イ) 被告Y1は,平成18年末頃,Aに対して本件営業譲渡の提案をした。Aは,本件営業譲渡に関心を持っていたわけではなかったが,被告Y1とのビジネス及び個人上の関係から断ることは難しく,これに応ずることとした。被告Y1は,Bに対し,本件営業譲渡が本件契約違反とならないか確認したところ,Bは問題ない旨回答した。(乙3,35,証人B,被告Y1,被告トライコー代表者A)
(もっとも,被告Y1がその問い合わせに際し,本件営業譲渡の詳細についてどの程度を伝えたかを認めるに足りる証拠はない。)
(ウ) SWは,平成19年3月1日,被告トライコーに対し,SWの営業等を代金1000万円で譲渡した(本件営業譲渡)ところ,この際に被告Y1は,本件営業譲渡を行うことを原告に事前に通知せず,承諾も得ていない。前述のとおり当時の被告トライコー代表取締役は被告Y1であったが,本件営業譲渡にかかる契約書では,SWの代表取締役(Representative Director)として被告Y1が,被告トライコーの代表取締役(Representative Director)との肩書きのもとにAがそれぞれ署名している。また本件営業譲渡はSWのすべての営業及び資産等を移転させるものではなく,SWの営業及び資産等のうち,商号,労働者派遣事業,仮払金,敷金返還請求権,ソフトウェア等の無形資産は譲渡対象から除外された。本件営業譲渡代金は,SWの簿価純資産額5124万1944円から譲渡対象外資産のうち仮払金2431万8315円を控除した仮純資産価額2692万3629円を算出し,そこから譲渡対象外資産のうち商号等にかかるブランド料700万円,労働者派遣事業1000万円を控除した992万3629円に近接するものとして算出された。他方で,SWの長期借入金8167万4000円は実際には譲渡されなかったにもかかわらず,契約書上は譲渡されることとされており,上記純資産額を算出されるに際して考慮されていない(乙2(第1.3条),30(平成19年期貸借対照表固定負債),丙8,被告トライコー代表者A(25頁))。また,移転されるSWの顧客及び従業員の価値はゼロと評価され,対価の算定において考慮されていない。なお,本件営業譲渡の対象の純資産額の算出は,Aが,我が国の課税当局との関係でトラブルが生じない代金を算定するため被告トライコー従業員に指示して行わせたものである。(甲52,乙1,2,29,30,31,35,丙8,10,被告トライコー代表者A)
(エ) 本件1億8300万円債務は前記のとおり被告アルゴノートが主債務者であるが,本件契約締結後,実際にはSWがこれを支払っていた。しかし,本件営業譲渡に際し,被告トライコーと被告Y1は,本件営業譲渡直後から,被告トライコーが被告Y1に対して役員報酬としてこれを支払い,実質的に被告トライコーがこれを負担することを本件契約書外のメールで合意し,その合意どおり履行がなされた(被告トライコー代表者A(36,37頁))。前記のとおり,本件1億8300万円債務は,そのクロージング日の1月後たる平成18年9月から支払債務が発生するものであったから,SWがこれを支払ったのは平成19年2月まで,遅くとも同年3月までと推認され,多くとも約3500万円を支払ったものであって,これにより,被告トライコーは実質的に少なくとも1億4800万円を負担することとなった。原告は,被告トライコーがこの債務を支払うようになったことを認識していた。(原告本人,被告トライコー代表者A,弁論の全趣旨)
(オ) 被告トライコー(当時の商号ワントゥワンジャパン株式会社)は,平成18年8月1日「経営コンサルティング業務」等を目的から削除し,本件営業譲渡日と同日である平成19年3月1日,アセンダント・ビジネス・ソリューションズ(ABS)と商号を変更し,再び「経営コンサルティング業務」を目的に加えた。(甲5の1・2,甲23)
イ 本件営業譲渡後の公表等
(ア) 本件営業譲渡後の平成19年3月14日には,被告トライコーのHPにおいて日本語でSWとワントゥワンジャパン株式会社は,ABSとして新たなスタート点に立った旨,及び,SWは被告トライコー(当時の商号ABS)に対し包括的なビジネスプロセス及びコンサルティングの専門能力を提供し,一方,ワントゥワンジャパン株式会社は,最先端のeマーケティングサービスの補完的能力を提供する旨の記載がなされ,同月15日には同HPにおいて英語で平成19年3月1日にSWが事業再編(reorganization)を行い,ABSとなった旨の記載がなされた。原告は,この英文の記載についてTSL株式譲渡以前に認識していた。(甲11,24,丙1,原告本人)
(イ) 平成19年3月15日,原告は,被告Y1及びAに対し,SWからB2Iへの送金を確認してほしいこと,SWが平成18年12月及び平成19年1月分の賃料等を支払っておらず敷金返還額が変額されると伝えられたことの真偽を確認してほしいことをメールした。当該メールの末尾には,英文及び日本文で,平成19年3月1日付で,ワントゥワンジャパン株式会社及びSWの社名がABSと変更された旨が記載されていた。(乙20の3,丙5)
(3) アルバニー株式譲渡から訴訟提起までの経緯
平成20年8月1日,Aが被告トライコーの代表取締役に就任し,被告Y1と2人の代表者体制となった。同年12月1日被告Y1はSWの代表取締役及び取締役を辞任した。平成21年1月22日,被告Y1らは,原告に事前通知することなく,またその承諾を得ずにSW株式すべてをアルバニーに譲渡した(アルバニー株式譲渡)。
平成23年5月20日,被告Y1は当時有していた被告トライコー(当時の商号ABS)株式すべてをTSLに譲渡し,Aの保有する被告トライコー(ABS)株式等とあわせて,被告トライコー(ABS)株式の約70%がTSLに約20億円で譲渡された(TSL株式譲渡)。この際に,被告Y1は,TSL株式譲渡を行うことを原告に通知せず,承諾も得ていない。TSL株式譲渡の際,被告Y1は被告トライコー(ABS)の代表取締役であったが,同日付で代表取締役を辞任し,また被告トライコー(ABS)の商号がトライコー株式会社に変更された。同月24日,被告トライコーはTSL株式譲渡につき報道発表を行い,同日付の新聞で報道された。
同年8月24日,原告は,原告代理人を通じて,被告ら及びTSLに対して,トライコーの報道発表によればSWの全事業が原告に対する事前の連絡なく,被告トライコーに移転されており,被告トライコーの株式の70%がTSLに移転されていること,よって本件営業譲渡及びTSL株式譲渡の詳細を開示すること,1.7e条項による協議に応じること,本件各オプションを行使すること,1.7e条項違反に基づく損害賠償請求をすることを記載した内容証明郵便を送付し,同月25日被告Y1らに到達した。
平成23年12月20日,原告は,被告らに対し,本訴を提起した。
(甲3ないし5の1,甲6ないし7の4,12,丙2,弁論の全趣旨,顕著)
(なお,被告アルゴノートが被告トライコー株式を譲渡したことを示す証拠はない。)
(4) SW及び被告トライコーの営業の実態について
ア 決算資料等に基づくSW及び被告トライコーの会計数値
SW及び被告トライコーの総資産,純資産,売上高,営業利益及び営業利益率の推移は以下のとおりであり,平成18年におけるSWの売上高及び営業利益は過去最高であった。なお,SW及び被告トライコーの会計年度はいずれも1月1日から12月31日までである。下記の記載は平成18年及び平成19年を除き,その額は10万円以下を,営業利益率は小数点以下を四捨五入して記載している。また平成18年及び平成19年における営業利益率は,小数第三位以下を四捨五入して記載している。
(ア) SWの推移
平成14年 総資産5700万円,純資産-100万円,売上高1億4900万円,営業利益-600万円,営業利益率-4%
平成15年 総資産6500万円,純資産1900万円,売上高2億0600万円,営業利益2100万円,営業利益率10%
平成16年 総資産1億円,純資産2500万円,売上高2億2700万円,営業利益600万円,営業利益率3%
平成17年 総資産1億3400万円,純資産4100万円,売上高3億7100万円,営業利益2000万円,営業利益率5%
平成18年 総資産2億7077万6042円,純資産5124万1944円,売上高5億8483万1568円,営業利益2939万4329円,営業利益率5.03%
なお,当期純利益は1154万2817円である。
平成19年(本件営業譲渡後)
総資産1億7229万2807円,純資産4979万1259円,売上高1億2356万5106円,営業利益-58万7230円,営業利益率-0.48%
平成20年 総資産5300万円,純資産5000万円,売上高500万円,営業利益-900万円,営業利益率-180%
(イ) 被告トライコー
平成18年 総資産3096万6715円,純資産-8031万0864円,売上高1億4582万3894円,営業利益-1466万4386円,営業利益率-10.06%
平成19年(本件営業譲渡後)
総資産3億0311万7963円,純資産71万1253円,売上高9億5199万8479円,営業利益1億4744万6395円,営業利益率15.49%
(甲51別紙2,乙1,5の1,乙27,29,30,丙7,8)
イ 本件契約締結前の原告及び被告Y1のやり取り
被告Y1は,平成17年9月26日,原告に対し,当時評価額1000万円の被告トライコー(当時のワントゥワンマーケティング株式会社)に500万円を追加投資しようとしている投資家がいる旨をメールで伝えている。また平成18年1月30日,被告Y1は,原告に対し,SWのオファーとして考えられる額が1×収益であり,平成17年度のSW売上が3億7100万円,税引後利益1400万円と伝えたところ,ブローカーであるEは,買い手が3億7100万円を提示したら受けるべきである,平成18年1月1日時点のSWの価値は3950万円であり,売り手にとっては非常に魅力的な数字で他の誰にもこれ以上のオファーができるとは思えない旨を回答したことを伝えている。なお,Eの述べた「SWの価値」とは,SWの簿価純資産をいう。平成18年6月19日,原告がJMI株式譲渡が行き詰まりそうであることを被告Y1に伝えたところ,被告Y1はもしJMI株式譲渡がうまくいかなったときには,SWを立て直すために必要なことをしたいので別のディールを考えてほしい旨を原告にメールした。平成18年8月4日,原告は,被告Y1に対し,本件契約等一連の取引をするのか決断を迫るメールをしたが,ここで,原告はこのディールをしないのであれば,「できる限り早く,SWに新たな経営陣を得る」「立て直しプラン(原文は「transition plan」)」を考える必要があることを伝えた。
(乙7ないし9,18)
(原告は,本件契約締結にあたって,被告Y1が自分一人ならばSWの価値を15億円以上にできると言った旨を主張し,原告自身,陳述及び供述するが,原告の陳述書及び供述はその具体的な会話の内容や時期等を述べるところはなく,採用できず,1.7bオプションにSWの価値が15億円以上と評価される場合との条件が付されていることのみをもって,上記事実を推認することまではできない。その他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。)
ウ SW及び被告トライコーに関する広報等
平成22年10月18日付のジャパン・トゥディ社の記事には,Aが,「私たちの最も大きな業務分野は今もなお財務管理です。そこで私たちは,特定目的会社の会計の簿記や,実際に運営している顧客の財務に対する課税や現場での会計機能のようなサービスを提供しています。」と述べたとの記載がある。
平成23年5月24日付けの日経産業新聞には,「企業の業務を請け負う「ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)」の中国大手,トライコー・サービシーズ(香港)が日本に進出する。このほど日本の同業中堅であるアセンダント・ビジネス・ソリューションズ(東京・港,A社長)を買収した。」「トライコー・サービシーズはアセンダントを窓口に,日本企業のアジア進出に伴う海外でのBPO需要も取り込む」との記載がある。
被告トライコーの平成23年11月25日付けのHPには,「2007 ストラータ・ワークスとワン・トゥ・ワンの合併,経営統合を実施し,アセンダント・ビジネス・ソリューションズ株式会社を設立。(中略)ヒューマンキャピタル・マネジメント,リスク&コンプライアンス,アウトソーシング,コンサルティング,テクノロジーの事業分野を確立。」との記載がある。
(甲4,12,13)
2 国際裁判管轄及び準拠法
(1) 前記前提事実(5)記載のとおり,訴え提起時において,被告らの住所又は本店所在地は日本国内であったから,平成23年法第36号改正前民事訴訟法においても,本件訴訟は我が国に国際裁判管轄があると解すべきである(平成23年法第36号附則2条,最高裁昭和55年(オ)第130号同56年10月16日第二小法廷判決・民集35巻7号1224頁参照)。
(2) 本件訴訟における損害賠償請求は,債務不履行に基づくものと不法行為に基づくものとに大別されるところ,それぞれの準拠法は以下のとおり日本法と解すべきである。すなわち,債務不履行に基づく損害賠償請求については,前記前提事実(2)イ(イ)で指摘した本件契約5.6から原告,被告Y1ら及びB2Iは,本件契約締結当時,本件契約の効力について日本法を選択していたと認められるところ,本件訴訟における損害賠償請求は,いずれも本件契約上の債務の不履行に基づく損害賠償請求(民法130条により条件成就が擬制された1.7bオプションの債務不履行に基づく請求も含む)であるから,その準拠法は日本法である(法の適用に関する通則法7条)。また不法行為に基づく損害賠償請求については,その侵害された権利と主張される権利は本件各オプションに帰着するところ,前記前提事実(1),(2)及び(5)のとおり,本件各オプションは日本に住所を有する原告が日本の株式会社であるSWの株式を購入する権利であって,権利侵害という結果は日本において発生したものというべきであるから,その準拠法は日本法である(同法17条)。
3 本件営業譲渡による被告Y1らの1.7e条項違反の有無(争点1)について
(1) 前記認定事実(1)イ(イ)のとおり,「interest」はその文言のみからは「営業」を含む「権益」の趣旨か,それを含まない「持ち分,株式」の趣旨かは定まらないので,まず,1.7e条項第一文における「interest in SW」にSWの営業が含まれるか,について検討する。
ア 前記認定事実(1)ア(エ)及び(オ)記載のとおり,1.7e条項第一文は,ADBPには1.7e条項第一文に対応する表現はなかったところ,原告側代理人らが,1.7bオプションを保護するため可能な限り広く企業価値の移転を防ぐ目的で,本件契約書起案時にこれを挿入したものであるところ,この点について被告Y1又は被告代理人であるBに説明されていない。そのため,口頭でのやり取りによって,interestを営業を含む「権益」の意味と定めたとの合意がされたものとは認められない。
イ そこで,本件契約の交渉経緯,文言等に鑑みて,本件契約書(1.7e条項への合意)を合理的に解釈した場合,「interest in SW」にSWの営業が含まれるものと認められるかを検討する。
前記認定事実によると,ADBPにおいては,被告Y1のSW株式に関する権利が制限される場合は,第三者への株式新規発行,株式の上場など一定の場合に明示的に限定されていると認められ(前記1(1)ア(エ)),ADBPにおける「SWのいくらか又は全てを第三者に売却」とは株式上場と並列に記載されていることからは「SWの株式の売却」を指すと考えるのが自然である。また1.7(b)においてはSWの営業及び資産を含むことが明示されているが,「SW(又は実質的にSWの全資産)の売却」と表記されている(前提事実(2)イ(イ))ことからすると,「SW」には「実質的にSWの全資産」は含まれていないと解するのが相当である。そうすると,当該ADBPの条項をもとに起案されたと認められる本件契約書1.7(g)の「interests in SW」(前記1(1)ア(オ)及び1(1)イ(ア))もSW株式を指すと考えるのが自然であり,ほぼ同一の文言である1.7e条項第一文及び第二文のinterestも株式と解することが自然といえる。また,仮に1.7e条項第一文の「interest」がSW営業を含む権益一般を指すとすると,いかなる行為が1.7e条項第一文に抵触するか不明確となる。以上から,1.7e条項第一文の「any interest in SW」における「interest」は株式の意味と解釈する方が自然であるといえ,「any interest in SW」にSWの営業が含まれるものと認めることまではできない。
なお,1.7e条項第一文には「原告が,1.7で規定された権利を実行することを制限することになるであろう方法で」と記載していること(前提事実(2)イ(イ))からすると,「1.7で規定された権利」に1.7bオプションが含まれていることは明白であり,1.7e条項第一文は1.7bオプションを保護する目的で記載されたものと解することが自然である。しかしながら,SW株式を第三者移転する等の場合と異なり,SWの営業を譲渡する場合,それが適正価額である限り,必ずしも1.7bオプションを侵害することにはならないと解され,1.7e条項が1.7bオプションを保護する目的であるということだけで,「interest」にSW営業が含まれると解することはできない。また原告は,本件各オプションは,SW株式の売却代金が不足していたためSWの換金時にそれを回収する目的で設定されたものであると主張した上で,その事実からすると,SWの事業が換金されるときを含まないと不合理であるとするが,原告主張の事実を認めるに足りる証拠はなく,かえって,リオーガニゼーション契約において原告を含む当事者らが同契約によって移転される株式等及び現金が「合理的に同等の価格である」旨合意している(前記1(1)ウ(ア)d)ことは,原告主張の事実とニュアンスを異にするものであって,この原告の立論は採用できない。また原告は,本件契約書においては,「株式」という意味で用いる場合,異なる単語を用いたり,修飾語を付したりしている旨主張し,前記前提事実(2)イ(イ)及び前記認定事実(1)イ(ア)のとおり,当該事実が認められるけれども,他方,本件契約書において,「株式」の意味で用いる単語も統一されていないのであって,本件契約が比較的小さな取引とされ,なるべく早く作成するよう要求されていたこと(前記1(1)ア(オ))からすると,当事者及び代理人は文言の統一にこだわっていなかったことがうかがわれ,原告の指摘する単語の表記だけをもって,interestが営業も含む権益の意味と認めることはできない。
(2) したがって,本件営業譲渡は,1.7e条項に抵触せず,その余の点について判断するまでもなく,原告の1.7e条項違反による債務不履行及び不法行為に基づく請求は認められない。
4 本件営業譲渡による被告Y1の1.7aオプション侵害の不法行為責任(争点2)及びその損害(争点8)について
(1) 本件営業譲渡の対価が不適正な価額であったか
前記前提事実(3)のとおり,本件営業譲渡の対価は代金1000万円であったところ,仮にこれが移転する営業に比して客観的に不相当であった場合,SWの事業価値を毀損することになるので,1.7aオプションが毀損されたかを判断する前提として,本件営業譲渡対価の適正性を検討する。
ア 事業価値及び株式価値算定手法
株式価値の評価方法は,大別して,インカム・アプローチ(収益方式),マーケット・アプローチ(比準方式),ネットアセット・アプローチ(純資産方式)の3つに分かれるところ,インカム・アプローチとは評価対象会社から期待される利益ないしキャッシュフローに基づいて株式価値を評価する方法であり,マーケット・アプローチとは類似する会社,事業ないし取引事例と比較して相対的な株式価値を評価する方法であり,ネットアセット・アプローチは主として貸借対照表上の純資産に着目して株式価値を評価する方法である。インカム・アプローチ及びマーケット・アプローチが継続企業を前提とした評価手法であるのに対し,ネットアセット・アプローチは継続企業の前提に疑義がある会社等の株式価値評価に採用されることが一般的であり,特に成長企業の場合,これを採用すると評価対象会社の持つ将来の収益獲得能力を適正に評価できず,過小評価につながる可能性がある。
それぞれのアプローチの中にも,複数の具体的評価方法があり,インカム・アプローチとしてDCF法,配当還元法等が,マーケット・アプローチとして類似会社比準法,取引事例法,市場株価法等が存在する。
インカム・アプローチの配当還元法は,受取配当金のみを果実とする少数株主間の売買で用いられることがあるが,各企業独自の配当政策の影響を受けてしまうため,一般的には利用されない。マーケット・アプローチのうち,取引事例法は適当な過去の取引がある場合に限られ,市場株価法は上場会社に限られるため,類似会社比準法が一般的に利用されることが多い。
DCF法とは,将来の各事業年度のFCFを見積もり,各事業年度ごとに割り引いて求めた現在価値の総和を事業価値として求め,事業価値に非事業資産の価値を加算して企業価値を求め,企業価値から負債価値を控除して株式価値を算出する手法である。FCFの見積もりは,通常,評価対象会社の事業計画を基に行う。FCFは以下の式で算出される。
FCF=みなし税引後営業利益+減価償却費(損益計算書上は費用だがFCFにマイナスの影響はない)-設備投資額(損益計算書上はマイナスの効果はないがFCFは減少する)±運転資本(運転資本が増えればFCFは減り,運転資本が減ればFCFが増える)
また割引率としては,株主資本コスト(同様のリスクを持つ株式に投資したときに得られると期待されるリターン)と負債コストを,それぞれ株主資本価値と負債価値で加重平均した加重平均資本コスト(WACC)を用いる。ここで株主資本コストは資本評価モデル(CAPM)を用いて算出することが多い。DCF法は評価対象会社のFCF及び要求される資本コストに基づき計算される点で本源的評価法であるとされているが,他方で評価結果が将来FCFの見通しにほぼ依存しており,評価結果の精緻さが将来FCFの見通しの精緻さに依存するという問題がある。そのため例えば非上場会社では,財務諸表の信頼性が低く,事業計画もないことが多いことから,DCF法を適用するには,FCFの見積もりにかなりの不確実性を伴うこともある。一般に非上場会社においては適用できる評価法が限定されるという場合も生ずる。
マーケット・アプローチのうち類似会社比準法は,事業内容,企業規模,収益状況などを参考に評価対象会社との比較に適当な上場会社を複数選択し,その純資産価額,純利益金額等の指標とこれらの上場会社の株式の市場価格との倍率(PBR,PER等)を,評価対象会社の指標に乗じて,評価対象会社の株式価値を算出する方法であり,倍率法(マルチプル法)とも呼ばれる。
他方で,中小企業のM&Aなど中小企業の企業価値算定実務においては,専門家等による評価を利用するとコスト倒れになることが多いことから,簡便な手法で企業価値を算定することがある。これは
企業評価額(株式時価総額)=時価純資産額+営業権
として算出する手法であり,企業の財政状態と収益性の両方を反映させた企業評価が可能となるといわれている。「営業権」の算出は,業種やビジネスモデルにより異なるが,およその目安として,役員報酬や交際費の過大分・過小分等修正後の税引き後利益の3ないし5年分とする「年買法」と呼ばれる考え方がある。なお何年分とするかは,永続性や成長性を斟酌して決せられる。
(甲51,53,乙37,38)
イ SW及び被告トライコーの営業の実態
前記認定事実(4)アによれば,本件営業譲渡前においてSWは,特に売上高が平成17年から極めて大きく伸び,平成18年においては過去最高の営業利益を計上しており,大きく成長していたと認められる。他方で,本件営業譲渡前の被告トライコー(当時のワントゥワンジャパン株式会社)は事業の実態及び相応の売上はあったものの,営業損失を計上しており,苦境にあったと認められる。そして,被告トライコーの本件営業譲渡前と本件営業譲渡後の会計数値及び前記認定事実(4)ウの各種広報等に鑑みると,本件営業譲渡後の被告トライコーの事業の基礎は,その多くがSW由来の事業であったと認められる。他方で,本件営業譲渡後のSWの事業は平成19年は一定の売上をあげたものの営業損失を計上し,その後実質的に消滅に向かっていたものと認められる。
以上の認定事実に反する被告らの主張並びに被告Y1及び被告トライコー代表者Aの陳述及び供述は,会計資料という客観的な証拠に反し,採用できない。特に,Aが陳述書(丙9)別紙Aに記載した本件営業譲渡後のSW由来顧客からの売上高及び税引き前利益は,何ら客観的証拠の裏付けがないのみならず,上記で認定した本件営業譲渡前のSWの成長度と被告トライコーの苦境状況と整合せず,採用できない。なお,被告らは,本件営業譲渡対象外であるSWの労働者派遣事業は法的に問題があったものの事業としては好調で,それによってSWの会計数値が生じており,本件営業譲渡対象であるSWのBPO事業は不調であった旨を主張し,被告Y1は同旨を陳述し,Aは同旨を供述するが,何らの客観的証拠の裏付けもないのみならず,本件訴訟当初においてはそのような区別をすることなくSWの事業は悪化しており,今後の発展可能性は望めなかった旨を主張していたことは当裁判所に顕著である。また,上記で認定した本件営業譲渡後のSWの会計数値からすると,SWに残った労働者派遣事業が好調であったとは考えにくく,よって上記被告Y1の陳述及びAの供述は採用できず,被告らの主張は上記判断を左右するに足りるものではない。
他方で,原告は,本件営業譲渡後の被告トライコーの事業が実質的にすべてSWに由来する旨主張するところ,上記のとおり被告トライコーの事業の基礎は,その多くがSW由来の事業であったとは認められるものの,本件営業譲渡前においても被告トライコーには事業の実態及び相応の売上があったと認められるから,原告主張の事実を認めることまではできない。
ウ 本件営業譲渡対価の適正性
前記認定事実(2)ア(ウ)記載のとおり,本件営業譲渡の対価は,簿価純資産額を踏まえて算定されたものであるところ,SWは成長企業であり(前記イ),成長企業で簿価純資産額を基準に企業価値を評価する(ネットアセット・アプローチ)と過小評価につながる可能性がある(前記ア)ものであるところ,現に本件では相当の価値が見込まれるSWの顧客価値をゼロと評価しているのである(前記1(2)ア(ウ))から,そもそも本件営業譲渡を簿価純資産額を踏まえて算定したことは不適切である。仮に簿価純資産額によるとしても,SWの長期借入金約8167万円は実際には被告トライコーに移転されなかったのに,簿価純資産額を算定するにあたってはこれを考慮していない(前記1(2)ア(ウ))ものであるから,簿価純資産額を基準にしても明らかに不合理である。さらに,簿価純資産額によるとしても,譲渡対象外資産について商号等にかかるブランド料700万円及び労働者派遣事業1000万円と判断した(前記1(2)ア(ウ))根拠も不明である。したがって,本件営業譲渡代金の1000万円という対価は不適正な額であったことは明らかである。
被告らのSWの経営状況が悪化していた,SWのBPO事業は不調であった旨の主張が認められないことは,前記イで述べたとおりである。また,被告らは原告とのメールのやり取りを主張するが,本件営業譲渡より1年以上前であり,かつ,平成18年にSWの特に売上が大きく伸びたことは前記アのとおりであるから,本件営業譲渡当時のSWの事業価値を推認するものではない。また被告らは第三者的立場であり公認会計士でもあるAとアームズレングスの取引をしたから適正な対価である旨も主張するが,Aは本件営業譲渡対価の算定根拠について具体的に供述しておらず,また被告Y1からの依頼は断りづらいことから応じたものであって(前記1(2)ア(イ)),第三者的立場であるとは認められず,Aと交渉したことは適正な対価であることを推認する根拠とならない。そもそも,SWの企業価値を毀損するような対価でSWの営業を譲渡することは,被告トライコーにとってはSWを安価に,すなわち有利に取得することなのであるから,被告トライコーの取締役であるAと交渉したことは何ら本件営業譲渡の対価が正当である根拠とはならず,むしろ対価の不適正さをうかがわせる方向に働く間接事実である。被告トライコーは,税務調査,税理士法人のデューディリジェンス及び監査法人による監査の際に,いずれも本件営業譲渡は問題視されなかったので本件営業譲渡の対価は適正である旨を主張するが,例えば,本件営業譲渡にかかる契約書及び計算書には長期借入金を対象としていない事実が記載されていないなど,正確な情報が反映されていたものか否か判然としないから,仮にこの事実が認められるとしても,上記価額の不適正性を覆すものではない。
(2) 本件営業譲渡当時のSW株式の客観的価値
本件営業譲渡当時において,SWの株式価値が2億9750万円を超えており,本件営業譲渡により,その株式価値が低下した場合は,1.7aオプションを毀損したものと認められる。そこで,まず,本件営業譲渡当時の,SW株式の客観的価値を検討する。
ア 本件算定書の内容
本件算定書は概要以下のとおり述べて,本件営業譲渡時のSW株式価値総額を7億6000万円と評価した。
(ア) SWは成長企業で,非上場企業であって,適当な過去の取引事例が存在しないから,DCF法又は類似会社比準法を用いることが考えられるところ,DCF法がファイナンス理論に基づいているのに対し,類似会社比準法は,評価額に対する理論的説明が困難であって結局DCF法による説明が必要となるから,本件ではDCF法を用いるべきである。
(イ) 将来FCFを見積もる前提としての将来のSW営業利益の推計は以下のようにして行う。
a 本件営業譲渡時が基準時であるから,できる限り直近,すなわち平成19年2月の営業利益を算定し,保守的に当該月次の売上高及び営業利益が維持されるものとして年間売上高及び営業利益を算出する。ここで,平成19年2月のSW売上高及び営業利益については,本件訴訟で月次データの提出がない以上,以下のようにして合理的に算出する。すなわち,平成18年から平成19年までの売上成長率と営業利益成長率を求め,それを月毎に割り振る方法である。以上を式で表現すると以下のとおりとなる。
平成19年推計SW売上高及び営業利益
=平成19+n年(但し予測期間年数≧n≧1)推計SW売上高及び営業利益
平成19年推計SW売上高及び営業利益
=平成19年2月次推計SW売上高及び営業利益×12か月
平成19年2月次推計SW売上高
=平成18年6月次売上高+(平成19年6月次売上高-平成18年6月次売上高)×8か月(平成18年7月から平成19年2月まで)
平成19年2月次推計SW営業利益
=平成18年6月次営業利益+(平成19年6月次営業利益-平成18年6月次営業利益)×8か月(平成18年7月から平成19年2月まで)
b 決算データを12等分したものは,売上・営業利益が平均的に上昇している場合,中間時点の6月末時点の月次データを示すことになる。よって平成18年又は19年6月次売上高及び営業利益は,平成18年売上及び営業利益を12で除した数値及び平成19年売上及び営業利益を12で除した数値を用いる。
c 平成18年SWの決算書(試算表,乙29)上の売上高は約5億8400万円,営業利益は約2900万円である。しかしながら,FCF算定に用いる営業利益は,適正な営業成長率を導くためのものであるから,臨時・偶発的な費用等は除外する必要があり,営業利益を以下のとおり修正する。以下の修正を施した結果としての平成18年SW営業利益は別紙1「予測フリー・キャッシュ・フロー算定(1/3)」のとおり,約7500万円となる。
(a) 引越し費用約2100万円及び引越しに関連すると思われる備品費約500万円はすべて臨時の費用として,販管費から控除する。
(b) 事務所家賃約3100万円は過年度より過大で,引越しに伴う新旧本店の賃貸借期間の重なりによる賃料二重払い又は新本店の前払い賃料によるものと思われるので,平成18年決算期の直近4年間の平均値である約1900万円に修正し,約1900万円だけを販管費として計上する。なお,過年度の事務所家賃は別紙1に示したとおりである。(乙5の1)
(c) 広告宣伝費約1400万円も同様に過年度より過大であるから,平成18年決算期の直近4年間の平均値である約570万円に修正し,約570万円だけを販管費として計上する。なお,過年度の広告宣伝費は別紙1に示したとおりである。(乙5の1)
d 平成19年SW売上高及び営業利益は,本件営業譲渡がなされており,かつ被告トライコーに譲渡されたSW由来営業のセグメント・データが提出されていないため,平成19年被告トライコー決算データから合理的に推計するしかない。被告トライコーが平成18年に営業損失を計上していることに鑑みると,同年のSWと被告トライコーの売上高と営業利益の比率を用いて平成19年の数値を比例配分する方法は採り得ず,平成18年のSW及び被告トライコーのそれぞれの売上高合算額からの平成19年被告トライコーの売上高への売上高増加はSW及び被告トライコーが平等に貢献したものと仮定する(具体的には平成18年から平成19年にかけてのSW及び被告トライコーの合算した総売上高増加率を平成18年のSW及び被告トライコーの各売上高増加額に乗じて算出された額を,SW及び被告トライコーそれぞれの平成18年から平成19年にかけての売上高増加額と仮定する。)。また同様の観点及びA自身がその陳述書(丙9別紙A)で,SW由来事業及び被告トライコー全体の経費率及び営業利益率を同率に設定していることから,SWと被告トライコーの営業利益率を同率に設定することを被告トライコー自身が許容しているといえる。そこで平成18年から平成19年にかけてのSW及び被告トライコーの合算した総営業利益増加額に総売上高増加額を除して算出される営業利益率の値で,SWも被告トライコーも総売上高増加額に貢献したものと仮定し,上記で算出されたSW及び被告トライコーそれぞれの平成18年から平成19年にかけての売上高増加分に上記営業利益率を乗じた額が同期間におけるSW及び被告トライコーそれぞれの営業利益増加額と仮定する。以上によって算定された同期間におけるSW及び被告トライコーそれぞれの売上高増加額及び営業利益増加額を平成18年のそれぞれの売上高及び営業利益に加算して,平成19年のそれぞれの売上高及び営業利益を推計する。具体的な算出方法は別紙2「予測フリー・キャッシュ・フロー算定(2/3)」のとおりとなり,平成19年推計SW売上高は約8億6000万円,同年推計SW営業利益は約1億4400万円となる。
e c及びdで算出した数値をb及びaに代入し,平成19年以降の推計SW売上高及び営業利益は,別紙3「予測フリー・キャッシュ・フロー算定(3/3)」のとおりであり,売上高約7億6800万円,営業利益約1億2100万円である。
(ウ) 将来FCFの推計(予測)の信頼性が高い予測期間は10年とし(ただし,予測期間中のFCFが一定のため,予測期間を短縮しても結論は同じである),予測期間後のFCFは予測期間中の数値が同様に推移し,成長率は0%であると仮定する。みなし税引後営業利益を導くためのみなし税コストは,算定基準日における実効税率42.05%を採用する。みなし税引後営業利益(営業利益×みなし税コスト)からの調整項目である,減価償却費は過去の実績が少額であるから0円とし,設備投資額は減価償却費と同額とする。運転資本の増減は,予測期間中,成長率を捨象していることを踏まえて,増減なしとした。よって,みなし税引後営業利益がそのまま各年のFCFとなる。以上から算出される各年のFCFは,約7000万円である。
(エ) 割引率であるWACCは,以下の式で算出されるところ,株主資本コストはCAPMを用いて算出する。それぞれの式に代入する数値及びその根拠は別紙4「DCF法による算定」2.割引率の算定欄記載のとおりであって,9.31%となる。
WACC
=株主資本コスト×株主資本/(負債+株主資本)+負債コスト×(1-実効税率)×負債/(負債+株主資本)
株主資本コスト
=リスクフリー・レート+ベータ値×株式リスク・プレミアム(=市場全体の期待利回り-リスクフリー・レート)
(オ) 非流動性ディスカウント,マイノリティ・ディスカウント(少数株主ディスカウント),サイズ・リスク・プレミアムなどはCAPMにおいて理論的に認められる要素ではないから,割引率算定にあたって,これを採用しない。
(カ) 割引率(WACC)を現価係数にして,(イ)及び(ウ)で求めたFCFの現在価値の総和をとると,別紙4「DCF法による算定」1.予測キャッシュフロー及び事業価値の算定記載のとおり,SWの事業価値は約7億8700万円となる。
(キ) 非事業資産は平成18年決算期のSW現預金残高とし,有利子負債は同期のSW長期借入金残高を利用し,(カ)で求めた事業価値から算定すると,別紙4「DCF法による算定」3.株式価値の算定記載のとおりSWの株式価値総額は7億6000万円となる。
(甲51)
イ 本件算定書の評価
(ア) 前記(1)ア及び前記アのとおり,DCF法は本源的評価法であるところ,FはSWの性質等に鑑みて,他の手法の妥当性も検討しつつ,理論的に明確なDCF法を採用したものであって,その手法選択に不合理な点は見当たらない。また,本件算定書による具体的な算定については前記アのとおりであって,そのFCFの推計について,以下の修正を加えるほかは,存在する資料を用いた限度において合理的であるといえる。
被告らは,本件営業譲渡後の実績を一切考慮しておらず,不当である旨主張するが,本件営業譲渡後のSW事業の実績の根拠となる数値はAの陳述書(丙9別紙A)に記載されているのみであって,これが採用できないことは前記(1)イのとおりであるから,被告らの主張は理由がない。なお,被告らは中小企業におけるM&Aの実務や本件算定書のFCF見積もりが一般的に非現実的であること等も主張するが,その点は他の手法による算定を総合評価する際に考慮すれば足り,DCF法による算定を考慮に入れない理由とはならない。
(イ) 但し,本件算定書は以下の点で,修正を免れない。すなわち,本件算定書は平成18年SW営業利益について,その決算書(試算表)上の数値から,備品費,過大な事務所家賃及び広告宣伝費を臨時・偶発的費用として除外又は修正している(前記ア(イ)c)。しかしながら,まず備品費については,引越しに関連すると思われる備品の費用と推認してこれを除外しているところであるが,「備品費」という名目だけでは,その内容を推認することは困難であって,過年度の決算資料上にその名目がないということだけで,すべてが引越しに関連すると認めることはできない。そうだとすると,仮に引越しに関連する備品費があったとしても,その額を認めるに足りる証拠はなく,臨時・偶発的費用として除外すべきとは認められない。次に事務所家賃及び広告宣伝費は,過年度に比して額が大きいとは認められる(前記ア(イ)c)けれども,SWの平成18年売上高は平成17年の1.5倍以上,平成16年以前の2倍以上となっているものであって(前記1(4)ア(ア)),事業の拡大に伴い,事務所家賃及び広告宣伝費が拡大した可能性も否定できない。F自身,SWのようなBPO事業においてはその売上高の拡大に伴い,従業員が増え,家賃が増える可能性は認めている(証人F)。よってこれらを臨時・偶発的費用であるとまでは認めることができず,修正すべきとは認められない。したがって,本件算定書はこの点で修正を免れず,上記点を修正すると,SWの平成18年営業利益は,2939万4329円に引っ越し費用分2105万6350円を加算した5045万0679万円となる。
以上を前提に,本件算定書の方式に従い計算すると,SWの平成19年推計営業利益は,別紙5の「1 SW平成19年推計営業利益の算定」記載の計算により1億3935万5676円,推計営業利益率は16.19%(小数第三位以下四捨五入)となる。なお,別紙5の「1 SW平成19年推計営業利益の算定」⑥,⑩及び⑬の数値は小数第三位以下四捨五入した数値を表記しているが,計算においては四捨五入していない数値を用いている。そして別紙5の「2 SW平成19年2月次推計決算及び平成19年以後予想損益の算定」記載の計算により,SWの平成19年2月次推計売上高は6407万3270円,平成19年2月次推計営業利益は914万3390円となり,SWの平成19年推計営業利益は1億0972万0677円となる。この場合,営業利益率は14.27%(小数第三位以下四捨五入)となる。本件算定書における計算に従い,将来予測FCF(年間)の計算の前提となるSW平成19年推計売上高及び営業利益は,年間売上高についてはSWの平成19年2月次推計売上高の十万以下の位を四捨五入した6400万円の12か月分である7億6800万円とし,営業利益についてはSWの平成19年2月次推計売上高の一万以下の位を四捨五入した910万円の12か月分である1億0920万円の十万以下の位を四捨五入した1億0900万円と解するのが相当である。その後の計算は前記ア(ウ)ないし(カ)記載の本件算定書の手順と同様に行うのが相当であり,別紙5の「3 予測キャッシュフロー及び事業価値の算定」記載のとおりSWの事業価値は7億0700万円となる。なお,みなし税コストは,上記営業利益1億0900万円にみなし税コストの税率とする42.05%を乗じた値の十万以下の位を四捨五入した値とし,各年の税引後営業利益の現在価値は現価係数を乗じた値の十万以下の位を四捨五入した値としている。そして,ここから本件算定書と同様に非事業資産5400万円を加算し,有利子負債8100万円を控除したSWの株式価値を算出すると6億8000万円となる。なお被告らは,本件算定書がSW事業の拡大を前提としつつ設備投資費用をゼロと算定していることの不合理さを主張するが,本件算定書は,平成19年2月の営業利益を算定するにあたっては,SWが成長していることを前提に算定しているものの,それ以降は当該数値が維持され,SWの事業が拡大しないという保守的な前提で将来FCFを定めたものであるから,被告らの主張は理由がない。
(ウ) 以上から,DCF法により算定されたSWの株式価値は6億8000万円である。
ウ その他の手法との調整
前記(1)アのとおり,DCF法は,そのFCFの見積もりの精緻性が結果の精緻性に直結するという難点があるところ,本件訴訟の証拠にはSWの月次データも本件営業譲渡後のSW由来事業と被告トライコー由来事業とのセグメント別データも存在しないことは当裁判所に顕著である。よって,前記のとおり本件算定書は存在する資料を用いた限度では合理的であるが,資料に限界があるためFCFの算出において前記アのとおり様々な仮定を置かざるを得なくなっている。また,前記アのとおり,FCFは通常評価対象企業の事業評価に基づいてなされるところ,本件ではそれがない。これらの点が,本件算定書の正確性を減殺していることは否定しがたい。
また,SWは,設立時にB2Iによる投資を受け(前記1(1)ア(イ)),本件契約によりその株式が移転し,本件営業譲渡やアルバニー株式譲渡が行われた(前提事実(2)ないし(4))ことからすると,本件営業譲渡時点において,少なくとも抽象的に将来的に第三者へ売却されることも想定されていた会社であると認めることができ,その事業価値及び株式価値評価にあたっては,現実的な売却可能性を完全に捨象するのは相当でないと言わざるを得ない。
そうすると,SWの事業価値及び株式価値を算定するにあたっては,理論的に非流動性リスクを加味しないDCF法(前記(1)ア)のみならず,売却可能性を踏まえた保守的な算定手法も考慮すべきであり,ネットアセット・アプローチである簿価純資産方式も併用すべきであって,当該方式と2:1で総合評価すべきものと解するのが相当である。
そして,平成18年12月末におけるSW純資産額は5124万1944円であって(前記1(4)ア(ア)),本件営業譲渡時のネットアセット・アプローチによるSWの事業価値及び株式価値も同額であって,その千以下の位を四捨五入した5124万円と評価すべきである。
エ 本件営業譲渡時のSW株式価値
以上から,本件営業譲渡時のSW株式価値は,6億8000万円と5124万円を2:1で評価して,4億7041万円(千以下の位四捨五入)と評価される。
(3) 本件営業譲渡後のSW株式の客観的価値
本件営業譲渡後のSWは平成19年は売上高こそ約1億2350万円であったが,これには本件営業譲渡前の売上高も含まれており,営業損失が生じ,更に平成20年は売上高約500万円で営業損失が約900万円生じていた(前記1(4)ア(ア))ことに鑑みると,本件営業譲渡後のSWの事業価値及び株式価値は高くとも純資産の5000万円を超えるものではなかったと認められ,また今後2億9750万円を超える蓋然性はなくなったと認められる。よって,1.7aオプションの価値は実質的になくなったものと認められる。
したがって,本件営業譲渡は,原告の1.7aオプションを毀損する違法行為であったと評価するのが相当である。
(4) 本件営業譲渡当時の被告Y1の主観
① 本件営業譲渡当時,SW株式80%は被告Y1が代表取締役であり100%株主である被告アルゴノートが,SW株式20%は被告Y1が保有している一方,被告Y1は被告トライコーの代表取締役かつ株主でもあったこと(前記前提事実(2)ウ,前記1(1)ウ(ア)及び前記1(2)ア(ア))からすると,本件営業譲渡は実質的にも法形式的にも利益相反行為であって,その内容の適正を担保するには様々な配慮がなされるべきであるのに本件ではその手立てがなされていないこと,② 本件営業譲渡に際しては,第三者の価額評価によるべきであるのにその一方当事者である被告トライコーがその価額を評価していること(前記1(2)ア(ウ)),③ 現にその評価において譲渡対象とならなかった商号及び労働者派遣事業の評価が適正であると認めるに足りる証拠がないこと,④ 内容を見ても,本件営業譲渡においては,契約書上譲渡されることとされていたSWの長期借入金約8167万円は実際には被告トライコーに移転されなかったのに,対価の計算のため簿価純資産額を算定するにあたってはこれを考慮していないばかりか,本件営業譲渡にかかる契約書には記載せず被告トライコーが被告Y1へ報酬を支払うという形式をとって本件1億8300万円債務を被告トライコーが実質的に負担することとなったもの(前記1(2)ア(ウ)及び(エ))であって,一方的にSWを害し,被告Y1個人が利益を得る取引となっていること,⑤ SWは成長企業であること,特に平成18年は大きく売上げが伸び,営業利益も過去最高であった(前記1(4)ア及びエ)にもかかわらず,SWの顧客は本件営業譲渡の対価においてゼロと評価されていること(前記1(2)ア(ウ))からすれば,被告Y1は,本件営業譲渡の対価が不当に低く評価されていることを知っていたことは明らかであって,本件営業譲渡時においてSW株式価値が2億9750万円を超えることを少なくとも容易に認識し得,よって本件営業譲渡によって原告の1.7aオプションを毀損することについても容易に認識し得たと認められる。したがって,被告Y1には故意と同視し得る重過失がある。被告Y1らは,被告Y1が本件営業譲渡前に,Bに本件営業譲渡が1.7e条項に違反しないか確認し,Bが問題ない旨回答したこと(前記1(2)ア(イ))から,被告Y1の過失が否定されるが如く主張するが,被告Y1がBに本件営業譲渡について上記①ないし⑤で指摘した点を含む詳細を伝えたと認めるに足りる証拠はない(前記1(2)ア(イ))ので,当該事実によって上記判断が左右されるものではない。
なお,被告らは,1.7aオプションは債権であって,不法行為の成立には故意が必要であるのみならず,本件営業譲渡は本件契約に違反しないから,本件各オプションを侵害する積極的な意図まで要求される旨主張するが,債権侵害において故意が要求されるのはそれが第三者によるものである場合であって,本件各オプションの契約当事者である被告Y1が過失によって違法行為を行えば,それは不法行為を構成するものと解すべきである。またSW営業譲渡自体が本件契約で許されるのは前記3のとおりであるが,その場合であっても,契約当時者である被告Y1が本件各オプションを侵害してはならないことは当然であって,本件契約で具体的に禁じられていないからといって,不法行為の成立を否定する根拠とはならない。
(5) 小括
以上から,本件営業譲渡は,原告の1.7aオプション侵害として被告Y1の不法行為となり,被告Y1は民法709条に基づく損害賠償責任を負う。また,前記前提事実(3)のとおり,被告アルゴノートは本件営業譲渡をSW株主として株主総会で承認したものであるから,被告Y1が被告アルゴノートの代表取締役として同承認を行ったものと認められ,当該承認行為も上記(1)ないし(4)と同様,原告の1.7aオプション侵害として不法行為を構成する。したがって,被告アルゴノートは,会社法350条に基づく損害賠償責任を負う。
(6) 損害
1.7aオプション侵害による原告の損害は,少なくとも本件営業譲渡時のSW株式価額×30%-権利行使価額という算定式で求められる価値であると解される。権利行使価額は,2億9750万円×30%までの購入株式の割合であって,ここでは30%購入する場合にあたると解すべきであり,よって上記算定式は「(SW株式価額-2億9750万円)×30%」となる。
そして(2)のとおり,本件営業譲渡時のSW株式価値は4億7041万円と認めるのが相当である。したがって,少なくとも4億7041万円から2億9750万を控除し,30%を乗じた価額である5187万3000円が損害として認められる。また,他に本件営業譲渡時の1.7aオプションの価値について上記の額を超える旨の具体的な主張立証はない。なお,原告はTSL株式譲渡における被告トライコー株式の評価額をSW株式価値と同視して算定した損害も主張するが,当該主張が認められないことは後記5(1)記載のとおりである。
よって本件において,本件営業譲渡によって原告に生じた損害は,5187万3000円と認めるべきである。
5 本件営業譲渡における被告Y1らの民法128条違反の有無及び被告Y1らに対する民法130条適用の可否(争点3)並びにその損害(争点8)について
(1) 民法128条違反に基づく請求について
原告は本件営業譲渡が1.7bオプション,すなわちSWの価値が15億円以上となることを停止条件とする期待権を侵害する被告Y1らの債務不履行又は不法行為である旨主張するが,本件営業譲渡時に将来SWの事業価値,企業価値又は株式価値が15億円を超える蓋然性があったと認めるに足りる証拠はない。したがって,仮に,本件営業譲渡が民法128条違反に該当するとしても,損害が発生したことを認めるに足りる証拠はない。
原告は,本件契約締結当時に原告及び被告Y1が将来的にSWの価値が15億円以上になると考えていた旨主張するが,前記認定事実(4)イのとおり,被告Y1が15億円以上にできる旨を述べていたとは認められず,その他に当該事実を認めるに足りる証拠はない。また原告はJMI株式譲渡においては,その評価額が年間売上の2ないし3倍と評価されたところ,類似するSWもその企業価値が年間売上の2ないし3倍となって15億円を超えると想定できる旨も主張するが,SWの事業はBPOが主であるのに対し(前記前提事実(1)),JMIの事業は市場調査分析,広告,宣伝,出版に関する業務等であって(前記1(1)ウ(イ)),事業が異なる以上,両社を単純に比較して論ずることはできない。また原告は被告トライコーがTSL株式譲渡の際に約28億5000万円以上で評価されたことを指摘するが,前記4(1)イのとおり,被告トライコーの事業が実質的にすべてSWに由来する旨の事実は認めることまではできず,そうである以上被告トライコー株式の価値とSW株式の価値を同視することはできない。
したがって,原告の民法128条違反による不法行為及び債務不履行に基づく請求は認められない。
(2) 民法130条による請求について
前記(1)のとおり,本件営業譲渡時において将来SWの事業価値又は株式価値が15億円を超える蓋然性があったとは認めるに足りない。そうすると本件営業譲渡をもって,被告Y1が1.7bオプションの成就を妨げたとまで解することはできない。
したがって,民法130条に基づく条件成就擬制の効果は発生せず,そのことを前提とした原告の請求はその余の点を判断するまでもなく,認められない。
6 アルバニー株式譲渡による被告Y1らの1.7e条項違反の有無(争点4)及びその損害(争点8)について
前記認定事実(3)のとおり,平成21年1月22日,被告Y1らは,原告の承諾を得ずにSW株式すべてをアルバニーに譲渡したものである。SW株式の譲渡は,例えばこれを全部譲渡した場合,原告がいつでも行使できる1.7aオプションの行使が実質的に不可能になってしまうから,「権利を実行することを制限することになるであろう方法」に該当する。もっとも,アルバニー株式譲渡時の本件各オプションの価値を認めるに足りる証拠はないから,損害の立証がないため,当該理由に基づく原告の請求は認められない。
なお,本件営業譲渡後SWのビジネスが消滅に向かっており平成20年のSWは売上僅少で,営業損失が出ていたこと(前記1(4)ア及び前記4(1)イ)からすると,4(2)及び(6)で述べた本件営業譲渡における被告Y1の1.7aオプション侵害の不法行為における損害で評価された損害と別個の損害があるとはうかがえないので,当裁判所は,アルバニー株式譲渡代金について,被告トライコーに釈明をしないこととしたものである。
7 TSL株式譲渡における被告Y1らの1.7e条項違反(争点5)及びその損害(争点8)について
前記認定事実(3)のとおり,被告Y1が原告の事前の承諾なく,TSL株式譲渡を行ったことが認められる。
しかしながら,被告トライコーとSWは別法人である以上,被告トライコーの株式の譲渡であるTSL株式譲渡は,1.7e条項に抵触せず,その余の点について判断するまでもなく,原告のTSL株式譲渡を1.7e条項違反とする債務不履行及び不法行為に基づく請求は認められない。
なお,原告が主張する事実は,前記4(1)イ記載のとおり被告トライコーの企業価値の由来が本件営業譲渡の対象であったSWの営業のみによるとまでは認められないことからすると,この争点において被告トライコーとSWを同視すべき根拠とはならない。
8 被告Y1の行為による被告トライコーの会社法350条の責任の有無(争点6)及びその損害(争点8)について
(1) 本件営業譲渡に関する請求
原告は,被告Y1の本件営業譲渡が1.7e条項違反による債務不履行及び不法行為,1.7bオプション侵害による不法行為及び1.7a侵害による不法行為であり,これらの被告Y1の不法行為に基づきそれぞれ被告トライコーは責任を負う旨を主張していると解されるところ,前記3及び前記5のとおり,前二者は被告Y1の債務不履行及び不法行為いずれも認められず,よってこれらの被告Y1の行為に基づく原告の被告トライコーに対する請求はその余の点を判断するまでもなく,認められない。
次に,被告Y1の1.7aオプション侵害という不法行為に基づく被告トライコーへの請求について検討する。前記認定事実(2)ア(ア)ないし(ウ)のとおり,本件営業譲渡時点で,被告Y1は被告トライコーの代表取締役であり,本件営業譲渡契約締結をAに提案したこと,Aは,被告Y1とのビジネス及び個人上の関係から断ることが難しく,これに応じたこと,被告トライコーの「代表取締役」との肩書きのもとにAは本件営業譲渡契約の契約書にサインしたことが認められる。これらの事実に鑑みれば,少なくとも被告Y1は,被告トライコー代表取締役としてAに対して本件営業譲渡契約の締結権限を与えたものと認められる。
被告トライコーは,締結権限を与えたのは株主総会である旨を主張するが,仮に株主総会決議があったとしても,被告Y1は株主でもあったから(前記1(2)ア(ア)),当該決議は株主としての承認のほか,代表取締役としての授権の意味もあると解すべきである。上記のように被告Y1は被告トライコーの代表取締役として授権したのであるから,当該授権行為は被告トライコー代表取締役の職務として行われたものと認められる。そして,本件営業譲渡は,前記4のとおり,原告に対する1.7aオプション侵害により不法行為となり,被告Y1には重過失があるところ,上記授権行為も同様の理由から被告Y1の不法行為となる。したがって,被告トライコーは被告Y1の上記授権行為に基づき会社法350条の責任を負う。
そして,この場合の損害は前記4(6)記載のとおり,5187万3000円となる。
(2) TSL株式譲渡に基づく請求
前記7のとおり,TSL株式譲渡に基づく被告Y1の1.7e条項違反による債務不履行及び不法行為責任は認められない。したがって,被告Y1が1.7e条項違反の責任を負うことを前提とする原告のTSL株式譲渡に基づく被告トライコーへの請求は,その余の点を判断するまでもなく,認められない。
9 消滅時効(争点7)について
前記認定事実(2)ア(エ)及びイのとおり,原告は,被告トライコー(当時のABS)が本件1億8300万円債務を負担するようになったことを認識しており,またTSL株式譲渡以前に被告トライコーHPに記載されているSWが事業再編を行いABSとなった旨の英文記載を読んでいたこと,また原告が送信したメール末尾には英文で,ワントゥワンジャパン株式会社及びSWの社名がABSと変更された旨が記載されていたことが認められる。以上の事実からすれば,原告が,SWと被告トライコーとの間で何らかの組織再編等があったことを認識していた可能性は否定できないが,上記メール末尾の記載からすれば,原告はABSは単にSWが商号変更した会社であると認識していた可能性も否定できず,上記事実だけで,原告が平成19年中に本件営業譲渡の存在を知っていたとまでは認められない。また,仮に本件営業譲渡の存在自体は認識していたとしても,本件営業譲渡の対価を認識していなければ,「損害を知った」とはいえないところ,この事実を認めるに足りる証拠はない。
被告トライコーは遅くともアルバニー株式譲渡後には,原告は本件営業譲渡を認識していた旨も主張するが,そのことを認めるに足りる証拠はない。
よって,被告らの消滅時効の主張は認められない。
10 総括
以上のとおり,被告Y1は,原告に対し,民法709条に基づき,被告アルゴノート及び被告トライコーは会社法350条に基づき,1.7aオプションの損害額5187万3000円及びこれに対する本件営業譲渡の日以降である平成19年3月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うというべきである。他方で,原告のその他の訴訟物に基づく請求はすべて認められない。
第4 結論
以上のとおりであるから,原告の請求は,主文の限度で理由があるからこれをいずれも認容し,その余の請求は理由がないからこれをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方栽判所民事第50部
(裁判長裁判官 水野有子 裁判官 小川卓逸 裁判官 仲吉統)
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