「営業アウトソーシング」に関する裁判例(76)平成23年 6月24日 東京地裁 平21(ワ)36169号 プロダクト引渡等請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(76)平成23年 6月24日 東京地裁 平21(ワ)36169号 プロダクト引渡等請求事件
裁判年月日 平成23年 6月24日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)36169号
事件名 プロダクト引渡等請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2011WLJPCA06248011
要旨
◆被告が訴外B社とライセンス契約を締結した後、B社からライセンサーの地位の譲り受けた原告が、被告の本件プロダクトの使用方法が本件ライセンス契約で定められた条件に違反しているとして、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償、債務不履行による本件ライセンス契約の解除に基づく本件プロダクトの返還及び不当利得返還請求をした事案において、被告の使用方法はいずれも被告とB社の事前合意に基づくものであり、また、本件において、被告は、原告に対し、移転契約書の文言にかかわらず、本件ライセンス契約につきB社とした合意を対抗できると解するのが相当であるから、被告に本件ライセンス契約につき債務不履行があったとは認められないとして、請求を棄却した事例
参照条文
民法94条2項
民法95条
民法415条
民法468条1項
裁判年月日 平成23年 6月24日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)36169号
事件名 プロダクト引渡等請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2011WLJPCA06248011
東京都港区〈以下省略〉
原告 ソフトウェア・エー・ジー株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 河野憲壯
同 石村善哉
同 中原澄人
東京都港区〈以下省略〉
被告 富士フイルムコンピューターシステム株式会社
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 田中浩之
同 古谷誠
同 飯塚卓也
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,別紙物件目録記載のプロダクト及びその複製物並びに関連資料を引き渡せ。
2(1) 主位的請求
被告は,原告に対し,9億8702万3850円を支払え。
(2) 予備的請求
被告は,原告に対し,2億0722万9050円並びに平成21年6月11日から別紙物件目録記載のプロダクト及びその複製物並びに関連資料の引渡し済みまで1日当たり85万8000円の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,別紙物件目録記載のプロダクト(以下「本件プロダクト」という。)につき,被告が株式会社ビーコン・インフォメーション・テクノロジー(以下「BIT」という。)とライセンス契約(以下「本件ライセンス契約」という。)を締結した後,被告の了解のもとでBITからライセンサーの地位の譲渡を受けた原告が,被告の本件プロダクトの使用方法が本件ライセンス契約で定められた条件に違反しているとして,被告に対し,債務不履行に基づく損害賠償,債務不履行による本件ライセンス契約の解除に基づく本件プロダクトの返還及び不当利得に基づく本件ライセンス契約の解除時から本件プロダクトの引渡済みまでの本件プロダクトの使用料相当損害金を請求した事案である。
1 争いのない事実等(認定事実は末尾に証拠を掲記する。)
(1) 本件プロダクト
本件プロダクトはいずれも,ドイツ法人であり,原告の親会社であるソフトウェア・エー・ジー社(以下「独SAG」という。)が著作権を有する製品で,データベース管理のためのコンピュータソフトウェアであるが,Adabasが基本的なソフトウェアであり,Natural,Predict,Adabas ReviewはAdabasの付加的なソフトウェアである。
(2) 事実経過
ア 当時独SAGの本件プロダクトに係る日本における販売代理店(サブライセンス許諾権者)であったBIT(当時の商号は株式会社ソフトウェア・エージー・オブ・ファーイースト)と富士写真フイルム株式会社(以下「富士写真フイルム」という。)は,昭和52年12月25日付けで,Adabas,平成2年4月6日付けでPredict,昭和61年11月27日付けでNaturalに係る無期限ライセンス契約を締結し,富士写真フイルムは,各契約に基づき各プロダクトが記録された媒体の引渡しを受けた(乙1,5,6,弁論の全趣旨)。また,Adabas Reviewについても,富士写真フイルムないし被告は,遅くとも本件ライセンス契約が締結された平成17年2月10日ころまでにプロダクトが記録された媒体の引渡しを受けた(弁論の全趣旨)。
イ 富士写真フイルムは,平成10年7月1日,被告を設立し,被告に富士写真フイルムのコンピュータシステム部門を承継させた。その後,富士写真フイルムは,同社が持株会社化するのに伴い,富士フイルム株式会社(以下「富士フイルム」という。)に富士写真フイルムの事業を承継させるとともに,被告を富士フイルムの子会社とし,以後,被告が富士フイルムの関連会社のソフトウェアの運用を行っている(弁論の全趣旨)。
ウ BIT,被告及び東京リース株式会社(以下「東京リース」という。)は,平成17年2月10日(ただし契約書は平成16年12月31日付け),本件プロダクトにつき,BITが被告にその使用を許諾し,使用権及び技術サービスの対価を3947万2200円とすることなどが記載された本件ライセンス契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)に記名押印した(甲4,乙23,24)。
エ 独SAGは,平成17年ころには,それまでBITとの間で締結していた代理店契約を更新せずに,自ら日本に現地法人を設立し,それを拠点として販売活動を行うことを決定し,平成18年9月末日をもってBITとの代理店契約を期間満了により終了させた。以後,独SAGの子会社である原告が本件プロダクトのライセンサーとしての地位を引き継ぐことになり,平成19年3月30日,原告,被告,BIT及び東京リースは,本件プロダクトに係るBITの契約上の地位を平成18年10月1日をもって原告に移転すること(以下「本件地位の移転」という。)について合意した(甲8,乙17,弁論の全趣旨)。
オ 本件地位の移転の後,原告は,被告に対し,本件プロダクトに係る被告の使用形態が本件ライセンス契約に違反していると主張したため,両社は代理人を通じて交渉したが折り合いが付かなかった。そこで,原告は,平成21年5月13日付けの通知書で,同書面送達後14日以内に違反状態が解消されず,新たな契約も締結されない場合には,直ちに本件ライセンス契約を解除する旨を通知した。その後,被告が是正措置をとらなかったため,原告は,被告に対し,契約の解除について規定する本件契約書第13条2項第1号に基づき,本件ライセンス契約を解除した旨記載された平成21年6月9日付け通知書を送付し,同通知書は同月10日に被告に到達した。
(3) 本件契約書の記載内容(甲4)
ア 契約当事者
BITが被告に対して本件プロダクトの使用を許諾し,東京リース株式会社がリース会社として本件ライセンス契約に係る被告の支払を代行する。
イ ライセンス期間:60か月(平成21年12月末日まで)
ウ 使用目的の限定(本件契約書3条9項)
甲(被告)に許諾される「ライセンス」は,「プロダクト」を甲の社内業務遂行の目的に使用することに限定され,甲は,「プロダクト」を次の用途には使用できないものとする。
(ア) 「プロダクト」のレンタル,運用委託及びこれに類するサービスに使用すること。
(イ) 「プロダクト」を第三者(甲の子会社,持株会社又は関連会社を含む。)の利益のために使用すること。
(ウ) 販売,リースその他外部に流通させる目的のソフトウェア開発に関連して「プロダクト」を使用すること。
(エ) 「プロダクト」を甲の社内業務遂行の目的以外のトレーニングに使用すること。
エ 運用委託等の禁止(本件契約書3条10項)
甲(被告)及び乙(東京リース)は,本契約で定められている場合を除き,丙(BIT)の事前の書面による承諾がない限り,「ライセンス」について再許諾,譲渡,担保提供してはならず,又は「プロダクト」若しくはその複製物をアウトソーシング,運用委託,ASPサービス及びそれに類する行為を含め第三者に使用させ,譲渡,転貸若しくは占有の移転,担保提供してはならず,また,本契約上の地位を第三者に譲渡しないものとする。
オ 使用機械の限定(本件契約書3条7項)
被告は,BITからあらかじめ書面による事前の承諾なしには,本件プロダクトの指定機械(本件プロダクトを使用する電子計算機組織(本件契約書1条(5)))を変更してはならない。指定機械は「FACOM GS8500-10XR」とする(本件契約書別紙)。
カ 秘密保持(本件契約書8条1項)
被告は,プロダクトに関する情報を第三者に開示してはならない。
キ プロダクトの返還(本件契約書13条5項)
被告は,本件ライセンス契約が終了した場合には,本件プロダクトの記録媒体及びその複製物を7日以内にBITに返却しなければならない。
(4) 被告による本件プロダクトの使用形態
ア 関連会社等での使用
被告及び富士フイルムは,ライセンス契約を締結した当時から,現在に至るまで,本件プロダクトを富士フイルムの関連会社等の外注先(併せて10社以上)に使用させている。ただし,いずれも富士フイルムのために富士フイルムから受託した作業実績等のデータを入力させるといった態様であった(弁論の全趣旨)。
イ 運用の業務委託
被告は,本件プロダクトの運用を富士通エフ・アイ・ピー株式会社(以下「富士通FIP」という。)に業務委託をし,指定機械を富士通中原センターに設置している。
ウ 指定機械の変更
被告は,平成18年12月31日に,指定機械を「FACOM GS8500-10XR」から「FACOM GS21-400」に変更した(以下「本件指定機械の変更」という。乙15)。
2 争点
(1) 債務不履行の成否(別途合意の有無)
(原告の主張)
被告は,次のとおり本件ライセンス契約に違反する態様で本件プロダクトを使用しており,債務不履行責任を負う。被告が主張する別途合意をしたことは,否認する。また,仮にそのような合意があったとしても,本件契約書には契約内容の変更のためには事前の書面による承諾が必要である旨が記載されていることから,被告が主張する合意は効力を有しない。
ア 用途限定条項(本件契約書3条9項)違反
被告は,本件プロダクトを富士フイルム関連会社又は外注先に使用させており(争いのない事実等(4)ア),これは本件契約書3条9項(争いのない事実等(3)ウ(イ)参照)に違反する。
イ 運用委託禁止条項(本件契約書3条10項),秘密保持条項(同8条)違反
被告は,本件プロダクトの運用を富士通FIPに委託しており(争いのない事実等(4)イ),これは本件契約書3条10項(争いのない事実等(3)エ参照)に違反する。また,被告は運用委託のために本件プロダクトの関連情報を富士通FIPに開示しており,これは本件契約書8条1項(争いのない事実等(3)カ参照)に違反している。
ウ 指定機械の変更
被告は,指定機械を「FACOM GS21-400」に変更しており(争いのない事実等(4)ウ),これは本件契約書3条7項(争いのない事実等(3)オ参照)に違反する。
(被告の主張)
原告が主張する債務不履行のうち、アについては、被告担当者のCが本件契約書作成に先立ちBITの担当者であるDに電子メールで確認をとった(乙22)ところ,Dは,被告らの使用方法は本件契約書3条に違反するということはないと電子メールで回答し(乙25),被告とBITの間で,被告らの用法が本件契約書の条項の違反とはしないことを確認する合意が成立した。
同イについても,Cが本件契約書作成に先立ちDに確認をとり,Dは,本件契約書8条1項違反とはしない旨回答しており,この点についても,被告とBITの間で,債務不履行とはしないことを確認する合意が成立した。
同ウについては,被告は,平成18年11月22日付けの電子メールにより,BITから事前承諾を得た。
(2) 地位の譲渡に対する異議をとどめない承諾の成否
(原告の主張)
本件ライセンス契約に付随した合意が仮に被告が主張するとおりに存在していたとしても,本件地位の移転に係る契約書(甲8。以下「地位移転契約書」という。)には,「・・・,各々の契約条項は原契約の本文と同一のものであることを念のため確認するものとします。」と記載され(1条2項),地位移転契約書の別紙の欄外7において,「本別紙において表示された記載の内容において,・・原契約に規定されている内容と矛盾する部分がある場合には,原契約の内容が優先するものとし,本別紙において表示された記載の当該部分は原契約の当該部分の内容の通りに修正されるものとします。」と記載されており,被告は,地位の移転の対象である被告とBITとの契約関係が,原契約である本件契約の契約書記載のとおりであることを異議なく承諾しているのであるから,被告は,(1)の合意の存在について原告に対抗することはできない(民法468条1項本文)。
(被告の主張)
ア 契約上の地位の移転についての民法468条の不適用
契約上の地位の移転は,契約に伴う地位の全体を包括的に承継するものであり,個別の債権譲渡に関する条項である民法468条は適用されない。仮に抗弁が切断されることになると,各債権は双務性の失われた個別の債権債務関係として承継されることになり,元の契約との同一性を肯認し得なくなり,契約上の地位の移転の本質を害することになる。
イ 移転の対象となる別途合意
契約上の地位の移転等に関する契約書には,「甲乙丁の三者間にて締結の別紙記載の契約およびこれに付帯する覚書等・・に規定の丙取扱い製品に関する契約上の地位の移転」と記載されており,(1)で被告が主張した被告とBITの合意は「これに付帯する覚書等」に当たるから,同合意は原告との間でも承継されている。
ウ 信義則違反
原告は,従前のBITと被告との間の契約が同一性を保って承継することを前提として契約上の地位の移転に同意するよう被告に求め,被告もそれを信じたから,契約上の地位の移転を承諾した。それにもかかわらず,原告が異議なき承諾があると主張することは,信義則に違反し,権利濫用に当たり,許されない。
エ 錯誤無効
被告は,原契約は(1)で主張した合意を含む包括的なものと考えていたのであるから,仮に同合意が地位の移転で承継される原契約の対象外であるとするならば,本件では移転の対象である原告とBIT間の原契約の内容について錯誤があり,無効である。そして,上記合意が移転の対象外であることを認識していれば,被告は地位の移転に関する合意をしておらず,そのことは社会通念上相当といえるから,上記錯誤は要素の錯誤に当たる。
(3) 善意の第三者性
(原告の主張)
(1)で被告が主張している事実は,通謀虚偽表示に当たるところ,原告は善意の第三者であるから,被告は原告に対し被告が(1)で主張する合意を対抗できない(民法94条2項)。
(被告の主張)
原告が善意である旨の主張は否認する。仮に原告が善意であったとしても,原告には悪意と同視しうる重大な過失があるから,第三者として保護に値しない。また,原告は,独SAGの100%子会社として,独SAGの利益のために,その意向を受けてBITと被告の間の各契約を承継した者に過ぎず,原告には,BIT以上に保護されるべき独自の利益がないから,第三者(民法94条2項)に当たらない。
(4) 不当利得の成否
(原告の主張)
被告は,本件ライセンス契約が解除された後も,本件プロダクトを返還せず,その使用を継続しているのであるから,法律上の原因に基づかずに利得を得ており,原告はそれにより損失を被った。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
(5) 損害
ア 債務不履行に基づく損害
(原告の主張)
原告は,本件ライセンス契約において,被告のみが本件プロダクトを5年間使用することを条件としてプロダクト使用権の対価を4144万5810円と定めたのであって,プロダクトの使用を契約当事者のみならず第三者にも許諾する場合については,第三者使用料は次のとおりと定められている。
第三者使用料=ライセンス料×(1+第三者の数)×0.25
本件で,被告は,原告に無断で被告関連会社及び外注先合計19社に本件プロダクトを使用させていたのであるから,原告の損害は,上記算定方法により算定される第三者使用料である2億0722万9050円を下らない。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
イ 不当利得に基づく損害
(原告の主張)
(ア) 無期限ライセンス料を基礎とした算定(主位的請求)
現在,被告,被告関連会社及び被告の外注先は,本件ライセンス契約が債務不履行により解除されたにもかかわらず,本件プロダクトを使用している。被告らは,本来無期限ライセンスを取得する必要があったのであるから,無期限ライセンス料及びそれに基づき算出される第三者使用料が原告の損失に相当する。また,現在被告は指定機械を変更しており,そのアップグレード料金も損失に当たる。以上の合計金額は7億7979万4800円であり,その内訳は次のとおりである。
① ライセンス料:1億4300万円
② 第三者使用料:5億7200万円
③ アップグレード料:6479万4800円
(イ) 日割計算によるライセンス使用料相当損害金(予備的請求)
原告においては,月額ライセンス契約は無期限ライセンス料の3%と定められており,(ア)の無期限ライセンス料を基準として算定すると,原告には1日当たり85万8000円の損害が生じている。その内訳は次のとおりである。
① ライセンス料:14万3000円
② 第三者使用料:71万5000円
(被告の主張)
原告の主張はいずれも争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(債務不履行(別途合意の有無))について
(1) 前提事実
本件では,被告の本件プロダクトの使用態様,指定機械の変更に関して被告が主張している別途合意の有無が直接の争点となるところ,本件契約書には,被告が保持していた無期限ライセンスを有期限に変更する旨に解釈できる記載も含まれており,この点についても,被告は無期限ライセンスを失わない旨の別途合意が被告担当者CとBIT担当者Dによるメールのやり取り(以下「本件メールの授受」という。)により成立しており,本件契約書のうち,ライセンスの再許諾に関する部分は効力を有さず,実質的には本件ライセンス契約は保守管理契約に過ぎない旨を主張しており,本件で直接問題となる使用態様に関する別途合意の有無を判断する上では,無期限ライセンスに係る別途合意の有無が密接に関連するので,以下,併せて検討する。
本件メールの授受により別途合意が成立していたか否かに関連して,証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア 本件ライセンス契約は,ライセンスの許諾と保守管理契約がセットになった形式になっており,ライセンスの許諾の体裁をとることではじめてリース契約の対象とすることが可能になった(乙8,弁論の全趣旨)。
イ BITでは,本件ライセンス契約当時,米国のSAGの指示により,ライセンス契約がセットになっていない5年間の保守管理契約のみを締結することが禁止されていた(証人E)。
ウ BITでは,本件ライセンス契約を締結した当時,保守管理料は,多くともライセンス料の20%以内と設定されていた(証人E)。
エ 本件ライセンス契約は5年契約であるところ,その価格は,従前の単年の保守管理料の5年分を基準に,28%を値上げし,複数年契約であることに基づき10%を値引きするという形式で算定され,BITは,被告に対し,従前の技術サービス料を基準として価格を提示したことを説明していた(乙9,18,証人E)。
オ 本件ライセンス契約に関する被告の取締役決裁議案書では,保守料金に関する検討しかなされておらず,無期限ライセンスを有期限に変更することになる点についてはふれられていない(乙7)。
カ 本件地位移転契約書では,プロダクトの使用権の期間の欄が空欄になっており,空欄の場合には永久使用権を意味すると注意書きに規定されている(甲8)。
キ 本件メールの授受の内容(乙22,25)
(ア) 本件ライセンス契約締結前に,Cが本件契約書3条9項について,「我々FFCS(被告)は,FF(富士フイルム)およびFF関係会社のシステムの開発・運用を受託して業務を遂行しています」と問いかけたところ,Dは,「アウトソーシングライセンスが確かにございますが,これを適用するとプロダクト差額を途方もなくご請求しなくてはなりません。ちょっと現実的ではありませんので,そのままにしております。」と回答した。
(イ) 同3条10項について,Cが「運用を富士通にアウトソースしています」と問いかけたところ,「上記と同様の意味合いになります」と回答した。
(ウ) 同13条5項について,Cが「本契約終了後も,最初に購入した「使用権」は有効だと思います。また,そうでないと困ります。」と問いかけたところ,「技術サービス停止してもプロダクトの使用は可能です。実際削除しに行ったり,削除要求をした記憶はありません。」と回答した。
(2) 無期限ライセンスの合意について
原告は,本件ライセンス契約によって被告が保有していた無期限ライセンスを5年間の有期限ライセンスに変更する合意が成立していると主張し,被告はこれを否認しているところ,本件契約書3条には,ライセンスは指定期間の満了あるいは契約が解除されるまで有効に存続すると定められていること,別紙には「プロダクト使用権の対価」として代金額が記載されていること,ライセンスの対象が,従前被告が無期限ライセンスを取得したプロダクトと同一であることから,本件契約書の記載上は,被告が取得した無期限ライセンスを5年間に短縮することが表示されていると認められる。
これに対し,被告は,被告とBITの間で,本件ライセンス契約は技術サービス契約であり,ライセンス期間に関する部分については法的効力を有さない旨合意したと主張しており,C及びDはこれに沿う陳述書を提出している。
この点について,本件契約書には,従前付与されたライセンスが消滅するという点について明示されていないこと(甲4),当時,ライセンス契約の体裁をとることで初めてリース契約の対象にすることができるといった制約があったこと((1)ア),BITにおいては,5年間の技術サービス契約のみを締結することは許容されていなかったこと((1)イ),富士フイルムが,無期限ライセンスを失うことのデメリットについて何ら検討していなかったこと((1)オ),原告,被告及びBITが記名押印している地位移転契約書では,ライセンスの内容が無期限になっていたこと((1)カ)に照らせば,これらに沿う上記C及びDの陳述書の記載内容は信用することができる。そうすると,被告とBITの間で,本件契約書の記載にかかわらず,被告が従前取得していた無期限ライセンスを消滅させないことについて合意が成立していたと認められ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
なお,この点について,原告は,本件ライセンス契約の価格が従前の技術サービス料から値引きすることにより決定されていることから,本件ライセンス契約をもって無期限ライセンスを5年間に短縮することも,技術サービス料との総額を考えると被告にとっても十分経済合理性のある契約である旨主張している。しかしながら,当時,保守管理契約がライセンス料の多くとも20%と定められていた((1)ウ)ことから,ライセンス料の経済的価値は保守管理料に比べて格段に大きかったことが認められるものの,他方で,本件プロダクトにはBITによる保守管理が必須であるなど,本件プロダクトの無期限使用権が保守管理契約の打切りにより実質的に無価値になるような状況はうかがわれない。そうすると,そもそも被告が10%の保守管理料の値引き((1)エ)のために無期限使用権を5年間の使用権に限定することを甘受することが合理的な対応であるとは到底認め難い。仮にそのような契約を締結するとすれば,被告においてその必要性や利害得失が十分に検討されてしかるべきであったにもかかわらず,そのような経緯は認められない((1)オ)。よって,原告の主張には理由がない。
以上のとおりであるから,本件メールの授受は,本件契約書の各条項の文言に関する被告の疑義をBITが回答する趣旨のものであると認められるのであって,被告は,本件ライセンス契約を締結するに当たり,本件契約書の文言と従前の使用形態に照らして違反の疑いが生じる場合には,逐一BITの担当者に確認をとっていたことが推認できる。
(3) 用途限定及び運用委託に関する別途合意について
まず,被告が本件プロダクトを被告関連会社又は外注先に使用させていたことについては,本件契約書3条9項が問題になるところ,被告は,本件メールの授受のうち,同条項に係る部分により,被告が被告関連会社又は外注先に本件プロダクトに関するデータ入力を行わせていたことについて契約違反とはしないことにつき合意が成立した旨主張しており,C及びDはこれに沿う陳述書を提出している。この点につき,本件メールの授受において,3条9項について何らかの事項について確認していることはうかがわれる((1)キ(ア))ものの,その趣旨は必ずしも明確であるとはいえない。しかしながら,本件メールの授受が,被告の従前の使用形態に照らして疑義のあるものをBITに確認することを趣旨としていること((2)),本件契約書3条9項がライセンスの使用目的に関する規定であり,同項(2)により関連会社等によるデータ入力が問題になり得ること,Cは,3条9項が同様に問題になり得る被告が本件プロダクトの運用を他社に委託していることについて,別の項目(10項)で確認しており,9項における確認が別の趣旨で行われたと認められること,BITは,当時,被告が被告関連会社又は外注先に本件プロダクトに関するデータ入力を行わせていたことについて認識していたこと(乙23,24,証人E),Dの陳述書には,全くの第三者からデータ処理を受託するためにプロダクトを使用するケースであれば,アウトソーシングライセンス(ビューロライセンス)契約の締結を求めるが,被告のように,グループ会社のシステム管理会社が親会社のためにコンピュータを運用する場合や,そのために親会社の取引先にデータを入力してもらうというような使い方の場合には,富士フイルムや被告自体の「社内遂行の目的」での使用と解釈できるから,契約違反にならないと考えていた旨記載されており,その被告の使用態様を条項違反としないことに関する理由に相応の合理性があることをも併せ考えると,C及びDの陳述書(乙23,24)は信用することができる。
次に,被告が本件プロダクトの運用を第三者に委託している点については,本件契約書3条9項(1)及び同10項が問題になるところ,この点についても,本件メールの授受のうち,3条10項に係る部分で,被告の運用を契約条項違反にしないことを合意した旨記載されているC及びDの陳述書(乙23,24)によれば,上記合意を認めることができる。
(4) 指定機械の変更について
指定機械について,本件契約書には「FACOM GS8500-10XR」と記載されているものの,BITが本件プロダクトのライセンスに関する管理権限を本件地位の移転により失う前である平成18年12月27日付けで,被告が「FACOM GS21-400」に変更する旨を書面で通知し(乙16),BITの担当者であるDがこれに対して平成18年11月22日付けの電子メールで了承したこと(乙15)が認められる。
(5) 書面による事前承諾
本件契約書3条7項及び同10項には,BITによる事前の書面による承諾がない限り運用委託及び指定機械の変更が禁止される旨定められているものの,本件契約書中で最初に書面による合意が規定されている3条3項においては,「機械読取可能な形式または印刷物として提供されたかいなかを問わず,丙の書面による事前の承諾なしに」と規定され,3条7項及び同10項で要求される「書面」も同様であると認められるところ,本件のような電子メールによる合意も機械読取可能な形式の書面による合意に当たると認めるのが相当である。そうすると,本件において,書面による承諾を求める規定が問題となるものではない。
なお,同16条1項では,「本件契約の変更は,すべての当事者の権限ある正当な代表者または代理人が記名捺印した変更を行う旨を明記した書面よってのみ行うことができます。」と規定されており,同3条各項で規定されている書面による事前の承諾においても,被告,東京リース及びBITの代表者または代理人が記名押印した書面を要するとも考えられる。しかしながら,同16条1項では記名押印という紙媒体を前提にした行為が要件とされているにもかかわらず,前記説示のとおり,同3条各項の「書面」による事前の承諾においては,機械読み取り可能な形式のものも「書面」に含まれると解されること,同16条1項では被告,東京リース及びBITの三者の合意が必要であると定められているにもかかわらず,同3条3項の書面による事前の承諾では,被告及びBITの合意で足りるとされていることからすると,同16条1項は同3条各項で規定されている書面による事前の承諾の手続的要件を直接加重する趣旨ではなく,本件契約書の各条項自体を変更する場合の手続について規定していると解するのが相当であり,本件においては,同16条1項が直接問題になるものではない。
また,指定機械の変更を規定している同3条7項の2文には,「甲(被告)がかかる変更を希望する場合には,変更実施日の2ヶ月前までに乙(東京リース)及び丙(BIT)に連絡し,第16条に基づき変更契約を締結するとともに,第6条に従い丙所定の対価を支払うものとします。」と規定されており,指定機械を変更するためには東京リースも交えた同16条1項に基づく変更契約が必要であるとも考えられる。しかしながら,リース会社である東京リースは,使用対価が変更される場合に限り指定機械の変更契約に関与する利益,実益があるところ,同16条に基づく変更を規定している同3条7項2文では指定機械の変更に伴い対価が必ず発生するかのように記載されているのに対し,同項1文では,指定機械の変更のためには単に「丙(BIT)の事前の書面による承諾」が必要である旨が規定され,東京リースとの間の合意については言及されていないことに照らすと,同3条7項に基づき同16条1項で規定されている変更契約を行う必要があるのは,指定機械の変更等により対価が変更される場合に限られ,対価に変更がない場合には,被告とBITの間の「書面」による合意で足りると解するのが相当である。そうすると,BITは,本件指定機械の変更では追加料金が発生しないと判断した(乙17,証人E)のであるから,本件指定機械の変更のためには同16条1項に基づく変更契約は必要ではなく,「書面」による承諾で足りると認められる。
(6) 以上のとおりであって,原告が指摘する被告の使用態様は,いずれも被告とBITの事前の合意に基づくものであると認められる。
2 争点(2)(地位の譲渡に対する異議をとどめない承諾)について
原告は,本件地位の移転に係る契約書(地位移転契約書)には,被告とBIT間の契約が,原契約(本件ライセンス契約)の本文と同一のものであることを念のために確認すると記載されていること(地位移転契約書1条2項),契約の概要が記載されている地位移転契約書の別紙に,別紙の記載内容について,原契約で規定されている内容と矛盾する部分がある場合には,原契約のとおりに修正される旨記載されていることから,被告は本件地位の移転につき異議をとどめない承諾をしたのであり,それ以前に被告とBITとの間で締結された別途合意の内容は,原告に対して対抗し得ない(民法468条1項)旨主張している。
しかしながら,契約上の地位の移転は,当事者間の債権債務関係に限らず,従前の当事者間の法律関係が包括的に第三者に移転することを主眼としているのであり,本件において,原告が主張するように,契約関係を個別に確認し,それと異なる部分につき新たに法律関係を作出することは,地位の移転の概念と矛盾することになる。また,本件では,独SAGの販売代理店たる地位をBITから原告に移行させるために本件地位の移転に係る契約が締結されたに過ぎず,原告にはBITから独立して保護するに値する利益があるとは認め難い。そうすると,地位の移転一般において民法468条1項の適用があるかどうかはさておくとしても,本件において,被告は,原告に対し,移転契約書の文言にかかわらず,本件ライセンス契約につきBITとした合意を対抗できると解するのが相当である。よって,原告の主張には理由がない。
3 争点(3)(善意の第三者)について
原告は,(3)及び(4)の合意は通謀虚偽表示に当たり,原告は善意の第三者に当たると主張しているところ,本件において,原告は,本件地位の移転によりBITの地位を包括的に承継した契約当事者に準ずる者であるから,第三者には当たらない。よって原告の主張は失当である。
4 以上のとおりであって,被告に本件ライセンス契約につき債務不履行があったとは認められないのであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の債務不履行に基づく請求については理由がない。
5 争点(4)(不当利得)について
前記説示のとおり,原告による債務不履行に基づく解除が認められない以上,被告の使用が法律上の原因に基づかないものであるとはいえず,原告の不当利得返還請求には理由がない。
なお,前記説示のとおり,被告は本件プロダクトのうち,少なくともAdabas,Natural,Predictについて無期限ライセンスを保持していると認められるから,上記プロダクトについては使用期間満了に基づく使用権の喪失も認められない。のみならず,そもそも本件プロダクトの著作権は独SAGにあると認められ(争いのない事実等(1)),原告は本件プロダクトのライセンス許諾権者に過ぎない。よって,仮に本件プロダクトが被告により権限なく使用されていたとしても,著作権が侵害されることにより損失が生じるのは独SAGであり,原告ではない。そうすると,被告が本件プロダクトを使用することにより原告に損失が生じるとはいえないから,その余の点について判断するまでもなく,原告の不当利得に基づく請求には理由がない。
(裁判長裁判官 生野考司 裁判官 仲田憲史 裁判官湯川克彦は,転勤のため署名押印することができない。裁判長裁判官 生野考司)
〈以下省略〉
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