「営業アウトソーシング」に関する裁判例(36)平成27年 3月24日 東京地裁 平24(ワ)6128号 請負代金等請求本訴事件、損害賠償請求反訴事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(36)平成27年 3月24日 東京地裁 平24(ワ)6128号 請負代金等請求本訴事件、損害賠償請求反訴事件
裁判年月日 平成27年 3月24日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)6128号・平24(ワ)31367号
事件名 請負代金等請求本訴事件、損害賠償請求反訴事件
裁判結果 本訴一部認容、反訴請求棄却 文献番号 2015WLJPCA03248011
要旨
◆被告から総合通販用の基幹システムの開発を委託された原告が、同システム完成前に被告が一方的に契約を解除したことにより原告が同システムを完成させることが不可能になったと主張して、被告に対し、民法641条に基づく損害賠償又は同法536条2項に基づく報酬の支払を求めるなどした(本訴)のに対して、被告が、原告は納期限までに成果物を納品せず、遅れて納品した成果物には不備があり、原告が本件基幹システムを最終的な納期限までに完成させることは不可能であったなどと主張して、原告に対し、債務不履行に基づく損害賠償を求めた(反訴)事案において、被告の通知によって開発委託に係る本件個別契約は解除されたものであるところ、原告には債務不履行は認められず、被告は民法641条に基づく損害賠償債務を免れないなどと判断して、本訴請求を一部認容する一方、反訴請求を棄却した事例
参照条文
民法415条
民法536条2項
民法641条
民法709条
裁判年月日 平成27年 3月24日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)6128号・平24(ワ)31367号
事件名 請負代金等請求本訴事件、損害賠償請求反訴事件
裁判結果 本訴一部認容、反訴請求棄却 文献番号 2015WLJPCA03248011
平成24年(ワ)第6128号 請負代金等請求本訴事件
平成24年(ワ)第31367号 損害賠償請求反訴事件
東京都目黒区〈以下省略〉
原告(反訴被告) 株式会社Murakumo(以下「原告」という。)
代表者代表取締役 A
訴訟代理人弁護士 喜多村勝徳
浜松市〈以下省略〉
被告(反訴原告) 株式会社スクロール(以下「被告」という。)
代表者代表取締役 B
訴訟代理人弁護士 淵邊善彦
同 大井哲也
同 佐々木政明
同 那須勇太
訴訟復代理人弁護士 村松晃吉
主文
1 被告は,原告に対し,3億4050万円及びこれに対する平成24年3月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の本訴請求を棄却する。
3 被告の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は,本訴・反訴を通じてこれを20分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴
(1) 被告は,原告に対し,4億8199万9000円及びうち4億5499万9000円に対する平成24年3月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 反訴
(1) 原告は,被告に対し,4億5000万円及びこれに対する平成24年11月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は,原告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
第2 事案の概要
1 本件本訴は,原告が,①原告は被告から総合通販用の基幹システムの開発を委託されたところ,注文者である被告が上記基幹システムの完成前に一方的に当該開発に係る契約を解除したことにより,原告が当該基幹システムを完成させることが不可能になったから,被告は,民法641条に基づく損害賠償又は同法536条2項に基づく報酬として,委託料8億5499万9000円及び追加の委託料7409万4037円の合計9億2909万3037円から既払金4億5000万円及び支出を免れることができた外注費用2775万円を控除した4億5134万3037円を支払う義務を負う,②被告が委託料の支払を停止し,一方的に契約を解除したこと及びその後に原告の信用を毀損する内容の報道発表をしたことは,原告に対する不法行為を構成するから,被告は,不法行為に基づく損害賠償として,信用毀損による無形損害2000万円及び弁護士費用相当額2700万円の合計額である4700万円を支払う義務を負うと主張して,被告に対し,上記①及び②の合計額である4億9834万3037円の一部である4億8199万9000円並びにうち4億5499万9000円に対する不法行為の後の日であり訴状送達の日の翌日である平成24年3月15日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
本件反訴は,被告が,原告は,約定の納期限までに成果物を納品せず,かつ,原告が納期限に遅れて納品した成果物には不備,不足があったから,原告が上記基幹システムを最終的な納期限までに完成させることは不可能であったなどと主張して,原告に対し,債務不履行に基づく損害賠償として,原告に支払った委託料8億1964万2043円,原告以外の業者に支払った開発費用等1億6160万9700円及び上記基幹システムが完成しなかったことによる逸失利益7億1533万4000円の合計額である16億9658万5743円の一部である4億5000万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成24年11月9日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(争いがない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば容易に認められる事実)
(1) 原告は,インターネット上のホームページ検索ソフトウェアの販売等を目的とする株式会社であり,被告は,衣料品及び寝具類の販売等を目的とする株式会社である。
(2) 被告は,既存の業務用システムを一新し,新たな業務用システムを導入することを計画していたところ,被告代表者は,当時,交流のあったC1(同人は,仕事上は「C」を名乗っているため,以下「C」という。)から新しい総合通販用の基幹システム(以下「新基幹システム」という。)の開発(以下「本件システム開発」という。)が可能な業者として原告を紹介された。被告は,原告から,通販用のパッケージシステム(一連の業務を処理するシステムをひとまとまりにして開発された既存のソフトウェアのことをいう。)である「○○」(以下「本件パッケージシステム」という。)を開発した実績を有しており,本件システム開発を成功することができるという説明を受けたことから,原告との間で秘密保持契約及び調査・コンサルティング業務委託契約を締結して調査フェーズを実施した上で,原告に本件システム開発を委託することとした。なお,本件システム開発は,被告代表者の強い主導によるもので,ユーザーとなる被告事業部には新基幹システムの導入に慎重な意見もあった。(甲13,27,被告代表者)
(3) 被告の業務用システムは,基幹システム,商品企画システム及び倉庫管理システム(以下「WMS」という。)から構成される。このうち原告が受託したのは新基幹システムの開発であり,新たな商品企画システムの開発は株式会社フォービス(以下「フォービス」という。)が,新たなWMSの開発は株式会社椿本チェインがそれぞれ受託した。
(4) 原告と被告は,平成22年8月9日,要件定義を主たる目的とする第1フェーズを開始するに当たり,ソフトウェア開発委託契約(以下「本件個別契約1」という。)を締結した。本件個別契約1において,①原告はシステム設計書の作成業務を行うこと,②履行期は同年10月29日とすること及び③委託料は1億4550万円とすることが合意された。本件個別契約1に基づき,原告は,被告に対し,システムフロー設計書,システム方式設計書等の成果物を納品し,被告は,原告に対し,同年11月15日までに,上記委託料1億4550万円を支払った。(乙1)
(5) 原告と被告は,平成22年11月1日,ソフトウェア開発委託基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。本件基本契約において,①被告が原告に対して新基幹システムのコンピュータソフトウェアの開発に係る業務(以下「本件業務」という。)を委託すること,②本件業務は,要件定義作成支援業務,外部設計書作成業務,ソフトウェア開発業務及びソフトウェア運用準備・移行支援業務から構成されること,③本件システム開発は,第1フェーズ,第2フェーズ及び第3フェーズからなり,原告と被告は,フェーズごとに個別契約を締結すること,④第1フェーズは平成22年8月1日から同年10月31日まで,第2フェーズは同年11月1日から平成23年3月31日まで,第3フェーズは同年5月1日から同年12月31日までとすること及び⑤本件業務の対価は12億9580万8084円を最高限度として個別契約で定めることが合意された。(甲1)
(6) 原告と被告は,平成22年11月1日,システム設計を主たる目的とする第2フェーズを開始するに当たり,ソフトウェア開発委託に関する個別契約(以下「本件個別契約2」という。)を締結した。本件個別契約2において,①原告は外部設計書作成業務及びソフトウェア開発業務を行うこと,②履行期は平成23年3月31日とすること及び③委託料は2億3008万9242円とし,原則として本件個別契約2に定める成果物の検収終了時に一括して支払うが,原告の業務遂行上必要な資金に充てるため,平成22年12月から平成23年3月までに合計1億6000万円の前渡金を支払うこと,④ハードウェアの導入設置費用に充てるため,2318万9242円を上限として前渡金を支払うことが合意された。本件個別契約2に基づき,原告は,被告に対し,詳細設計書等の成果物を納品し,被告は,原告に対し,平成23年5月31日までに,同年4月25日付け覚書によって減額された委託料合計2億2464万2043円及びハードウェアの導入設置費用1774万2043円を支払った。(乙2)
(7) 原告と被告は,システム開発を主たる目的とする第3フェーズを開始するに当たり,平成23年4月25日,ソフトウェア開発業務及びソフトウェア運用準備・移行支援業務の委託に関する個別契約(以下「本件個別契約3」という。)を締結した。本件個別契約3においては,①原告はソフトウェア開発業務及びソフトウェア運用準備・移行支援業務を行うこと,②契約形態は,ソフトウェア開発業務は請負,ソフトウェア運用準備・移行支援業務は準委任とすること,③履行期は,ソフトウェア開発業務について平成24年2月15日,ソフトウェア運用準備・移行支援業務について同年7月31日とすること,④委託料は合計8億5499万9000円とし,原則として本件個別契約3に定める成果物の検収終了時に一括して支払うが,原告の業務遂行上必要な資金に充てるため,平成23年6月から同年12月まで毎月9000万円,平成24年1月から同年3月まで毎月4000万円,平成24年4月から同年6月まで毎月500万円の前渡金を支払うこと及び⑤ハードウェアの導入設置費用に充てるため,4049万9000円を上限として前渡金を支払うことが合意された。(甲2)
(8) 原告と被告は,本件個別契約3の締結に伴い,本件基本契約を変更する旨の覚書を作成し,第3フェーズの履行期を本件基本契約で定めた平成23年12月31日から平成24年2月15日に延期するとともに,本件業務の対価の限度額を12億3058万8242円に減額した。(甲3)
(9) 被告は,原告に対し,本件個別契約3に基づく前渡金として,平成23年6月から同年10月までの間に合計4億5000万円を支払ったが,同年11月以降,前渡金の支払を停止した。原告は,被告に対し,同年12月21日,同年11月分及び12月分の前渡金の支払を催告したが,被告は前渡金の支払に応じなかった。
(10) 被告は,原告に対し,平成23年12月28日,「先日12月27日には,当社東京本店にご来社いただきありがとうございました。さて,その際の貴社との合意の結果,貴社に開発を委託しておりました当社新基幹システムの開発委託契約(基本契約および個別契約)については,本年2011年12月末日をもって終了することになりましたので,その開発を終了していただきますようお願い申し上げます。」と記載した通知文書(以下「本件通知」という。)を送付した。(甲9)
(11) 被告は,原告に対し,平成24年3月8日,「本件業務に関する作業期間の期限である2012年2月15日を経過しても,本件業務を終了できておりません。また,貴社における現在の本件業務の進捗状況を勘案すると,同年3月末においても,本件業務の終了は困難な状況にあります」として,本件基本契約及び本件個別契約3を民法541条の履行遅滞により解除する旨の通知をした。(乙4,6)
(12) 被告は,平成24年3月23日,「当社は,平成20年4月より通信販売業に係る情報処理能力向上のためのシステム再構築を進めてまいりましたが,現在の開発ベンダーではその実現の可能性が低く,開発の継続が困難な状態となりました。」という記載を含む報道発表(以下「本件報道発表」という。)をした。(甲28)
3 争点
(1) 被告は,平成23年12月28日の本件通知により原告との間の開発委託契約を解除したか。(本訴請求原因)
(2) 原告に債務不履行があるか。(本訴抗弁,反訴請求原因)
(3) 被告による本件個別契約3の解除によって原告に生じた損害の額又は原告が受けるべき反対給付の額はいくらか。(本訴請求原因)
(4) 原告に債務不履行がある場合,原告の債務不履行によって被告に生じた損害の額はいくらか。(反訴請求原因)
(5) 過失相殺の可否(本訴抗弁)
(6) 被告による解除及び本件報道発表は不法行為に当たるか。仮に当たるとすると,それによって原告に生じた損害の額はいくらか。(本訴請求原因)
4 争点に関する当事者の主張
(1) 被告は,平成23年12月28日の本件通知により原告との間の開発委託契約を解除したか。
(原告の主張)
被告は,原告に対し,平成23年12月28日付けで本件通知を送付した。これは,被告代表者が同月27日の会談において本件個別契約3を解除する旨の意思表示をしたのに対し,原告代表者が,書面で解除通知を出すことを求めたのに応じてされたものである。
したがって,本件通知は,本件個別契約3を解除する旨の確定的な意思表示であり,注文者による解除に当たるから,被告は,民法641条に基づき,原告に生じた損害を賠償する義務を負うというべきである。
(被告の主張)
本件通知は,解除の意思表示ではない。被告代表者は,平成23年12月27日,原告代表者との間で本件システム開発を継続することが困難であることを確認した後,原告代表者に対して本件各契約を終了させることを提案したところ,原告代表者からその内容を記載した書面の提出を強く要請されたため,当事者双方で本件各契約の終了の合意を形成し又は形成することができると判断して本件通知を送付したのである。したがって,本件通知は,被告による合意解約の申込みであるか,又は同月27日に成立した合意解約の事実を確認するものにすぎず,解除の意思表示ではない。
(2) 原告に債務不履行があるか。
(被告の主張)
ア 第3フェーズにおける債務不履行
仮に,本件通知が解除の意思表示であったとしても,本件通知の時点において,原告には次のとおりの債務不履行があったから,上記解除の意思表示は,原告の債務不履行に基づくものである。
すなわち,原告は,本件パッケージシステムをベースとした開発を提案して本件システム開発を開始したにもかかわらず,被告の了解を得ることなく無断でスクラッチシステムによる開発に開発方針を変更した。この開発方針の変更によって原告の作業量が大幅に増加するため,開発期間及び開発体制等の見直しがされなければならないところ,そのような見直しは一切行われなかった。また,原告はシステム開発の十分な経験及び能力を有しておらず,原告の開発体制及び開発手法には不備があったほか,適切な進捗管理を怠っており,システム開発の包括的受託者(SIer)としての善管注意義務に違反する状態にあった。
さらに,原告による平成23年12月末日時点の成果物の納品状況は,別紙1の第1から第3までに記載のとおりであり,第1フェーズから第3フェーズまでの各フェーズにおける成果物に多数の未納や納品の遅延があった。その上,原告が納品した成果物には記載内容の不足や不備が散見された。また,原告は,成果物のテストによって生じた非機能要件に関する17の課題に対し,十分な解決方法を提示することができなかった。
以上の点を総合的に考慮すると,原告が平成23年12月末日以降本件システム開発を継続したとしても,被告が最終成果物を検収することはできなかったことが明らかである。
イ 第1フェーズ及び第2フェーズにおける債務不履行
第1フェーズ及び第2フェーズにおける成果物の納品状況は,別紙1の第1及び第2に記載のとおりであり,原告は,上記各フェーズにおいて,成果物を納品せず,又は期限に遅れて納品した。その上,原告が納品した成果物には記載内容の不足や不備が散見された。
したがって,第1フェーズ及び第2フェーズにおいても,原告には債務不履行があった。
(原告の主張)
ア 第3フェーズにおける債務不履行
原告が被告に無断で開発方針を変更したことはなく,開発体制及び開発手法は被告の承諾を得たものであった。本件システム開発において,全体の作業が遅れたのは,WMSの仕様確定に遅れが生じていたことなどが原因であり,原告が責任を負うべきものではない。原告が納品した成果物に対しては,被告から何ら異議は出されておらず,本件訴訟に至るまで原告の納品した成果物の品質や原告の業務管理が問題にされたことはなかった。非機能要件に関する17の課題についても,被告は問題なしとの評価をしていた。
また,平成23年12月末日時点における成果物の納品状況は,別紙2の第1から第3までに記載のとおりであり,被告が未納とする成果物の多くは実際に納品されている。また,一部の成果物について納品が遅延し又は未納となったのは,WMSの仕様確定の遅れ等に起因するものであり,原告がその責任を負うべきものではない。さらに,本件個別契約3の履行期は平成24年2月15日であり,本件通知の時点で期限までは2か月半もの期間を残していた。しかも,被告代表者は,同年4月中旬まで納期を延長することを指示していたのであり,原告が期限までに新基幹システムを完成させることは容易だった。
イ 第1フェーズ及び第2フェーズ
第1フェーズ及び第2フェーズにおける納品状況は,別紙2の第1及び第2に記載のとおりであり,原告は納期限までに成果物を納品していたし,一部の成果物について納品が遅延し又は未納となっているのは,WMSの仕様確定の遅れ等に起因するものであり,原告がその責任を負うべきものではない。そして,被告は,原告が納品した成果物の品質について何ら異議を述べず,上記各フェーズにおける委託料の全額を支払っている。
したがって,第1フェーズ及び第2フェーズにも債務不履行はない。
(3) 被告による本件個別契約3の解除によって原告に生じた損害の額又は原告が受けるべき反対給付の額はいくらか。
(原告の主張)
被告が本件個別契約3を解除したことによって原告に生じた損害又は原告が受けるべき反対給付の額は,次のとおり4億5134万3037円である。すなわち,原告は,被告が本件個別契約3を一方的に解除したことによって,本件個別契約3における委託料8億5499万9000円及び追加業務委託料7409万4037円の合計9億2909万3037円から既払の前渡金4億5000万円及び節約することができた外注費2775万円を控除した4億5134万3037円の損害を被った。
仮に本件通知が解除の意思表示に当たらないとしても,被告が一方的に本件通知を送付して原告が新基幹システムの開発を続行することを拒否したために新基幹システムを完成させる債務の履行が不能となったのであり,債権者の責めに帰すべき事由による履行不能であるから,原告は民法536条2項の規定に基づき反対給付を受けることができる。そして,その場合の反対給付の額は,上記損害額と同額である。
(被告の主張)
ア 本件個別契約3のうち,ソフトウェア開発業務に関する部分は請負契約であるが,ソフトウェア運用準備・移行支援業務に関する部分は準委任契約であるから,本件個別契約3の解除により原告に生じた損害については,ソフトウェア開発業務に関する部分と,ソフトウェア運用準備・移行支援業務に関する部分とで別個に検討すべきである。
イ 民法641条に基づいて注文者が請負人に賠償すべき損害の範囲は,解除の時までに請負人がした仕事に対応する報酬額に限られると解すべきである。そして,ソフトウェア開発業務に関する29個の成果物のうち,平成23年12月末日時点で納品されていたのは13個にすぎなかったことからすると,同業務の進捗状況は,どれだけ多くとも6割程度であるから,原告がした仕事に対応する報酬額は,2億6340万円が相当である。
仮に,民法641条に基づいて注文者が賠償すべき損害の範囲が,解除の時までに請負人がした仕事に対応する報酬額に限られないとしても,原告が債務を免れたことによって得た利益を控除すべきところ,これを控除した金額は,3億2873万7500円か,又はどれだけ多くとも4億6043万7500円である。
ウ 民法651条2項に基づいて委任者が受任者に賠償すべき損害の範囲は,突然の解除により受任者において負担せざるを得なくなった出費等に限られ,逸失利益や営業利益など,委任契約又は準委任契約の継続を前提とする事項については,上記損害に含まれないと解すべきである。そして,ソフトウェア運用準備・移行支援業務に関する費用のうち,被告が賠償すべき損害に含まれるのは,原告が作業を実施した部分の進捗状況に相当する外注費用の額に限られるところ,同業務に関する成果物17個のうち,平成23年12月末日時点で納品されていたのはわずか1個であったことからすると,その進捗状況は,どれだけ多くとも3割程度であり,これに相当する外注費用の額は,765万円か,又はどれだけ多くとも2550万円である。
(4) 原告に債務不履行がある場合,原告の債務不履行によって被告に生じた損害の額はいくらか。
(被告の主張)
被告は,上記(2)の原告の債務不履行によって,次のとおり,合計16億9658万5743円の損害を被った。本件反訴請求は一部請求である。
ア 原告に支払った金額 8億1964万2043円
被告は,原告に対し,本件個別契約1に基づき1億4500万円を,本件個別契約2に基づき2億2464万2043円を,本件個別契約3に基づき4億5000万円を支払った。しかし,原告が被告に対して納品した成果物は無価値であるため,上記合計8億1964万2043円の全額が損害となる。
イ 原告以外の受託者に支払った金額 1億6160万9700円
(ア) 被告は,商品企画システムを構築するために,フォービスに対して開発費用1億4962万5000円を支払った。商品企画システムは,新基幹システムとマスター情報を共有し,その機能を新基幹システムに依存するものであるから,新基幹システムを利用できないことにより,上記開発費用が無駄になった。そのため,被告がフォービスに支払った上記1億4962万5000円の全額が損害となる。
(イ) 被告は,情報系システムの要件を分析するため,日本ユニシス株式会社に対して1198万4700円を支払った。しかし,新基幹システムの開発が中止されたことにより,上記要件の分析が無駄になった。そのため,情報系システムの要件分析のために日本ユニシス株式会社に対して支払った上記1198万4700円の全額が損害となる。
ウ 逸失利益 7億1533万4000円
被告は,従来,少なくとも年間13億5766万7000円のシステムコストを要していたところ,平成24年9月から新基幹システムを稼働させることにより,年間のシステムコストを10億円以下にまで削減することを目標としていた。しかし,本件システム開発が頓挫したため,同月の稼働開始が不可能となり,新基幹システムを稼働させることによる利益を享受することができなかった。原告が新基幹システムを開発できなかったことにより被告に生じた逸失利益は,従来のシステムコストに相当する13億5766万7000円と目標額である10億円との差額である3億5766万7000円の2年分に相当する7億1533万4000円を下らない。
(原告の主張)
争う。
(5) 過失相殺の可否
(被告の主張)
民法418条の規定は,損害の発生又は拡大につき過失のある債権者にも損害を分担させることにより債権者と債務者間の公平を図ることを趣旨とするものであるから,注文者が同法641条の規定に基づいて請負契約を解除した場合において,請負人にも損害を分担させることにより請負人と注文者間の公平を図るのが相当であるときは,同法418条の規定を類推適用すべきである。仮に,被告が上記(2)で主張した各事実が原告の債務不履行には当たらないとしても,これらの事実は原告の過失を基礎付けるものであるから,同条の規定を類推適用して,6割の過失相殺をすべきである。
(原告の主張)
争う。
(6) 被告による委託料の支払停止,解除及び本件報道発表は不法行為に当たるか。仮に当たるとすると,それによって原告に生じた損害の額はいくらか。
(原告の主張)
ア 被告は,本件個別契約3で約束された前渡金の支払を正当な理由なく停止して原告の資金繰りを悪化させたばかりか,本件個別契約3を一方的に解除して,原告の業務を停滞させた。被告の行為は,社会通念上許容することのできない行為であるから,原告に対する不法行為を構成する。
イ 本件報道発表は,原告の能力が劣るために新基幹システムを開発することができなかったという印象を与えるものであり,原告の信用を著しく毀損するものであるから,原告に対する不法行為を構成する。
ウ 上記ア及びイの被告の不法行為により,原告は本件訴訟の提起を余儀なくされ,弁護士費用相当の損害を被った。被告の不法行為と相当因果関係を有する損害額は,本件個別契約3に基づく請求額(追加費用を含む)の約6%に相当する2700万円を下らない。また,上記イの被告の行為によって原告が受けた無形の損害は,2000万円を下らない。
(被告の主張)
争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告は,平成23年12月28日の本件通知により原告との間の開発委託契約を解除したか。)について
(1) 前提事実並びに証拠(甲3ないし13,42,甲57の1,2,甲58の1,2,甲61,105,106,108,甲139ないし142,154,乙80(一部),81(一部),証人C,同D,同E(一部),原告代表者,被告代表者(一部))及び弁論の全趣旨によれば,次のとおりの事実が認められる。
ア 被告代表者は,平成23年11月頃,同月25日に支払予定であった前渡金9000万円の支払を停止した。原告の顧問として本件システム開発に関わっていたD(以下「D顧問」という。)が被告のシステム統括部長であるE(以下「E部長」という。)に支払停止の理由を確認したところ,E部長は,本件システムのユーザーとなる被告事業部の確認がとれないなどと述べた。その後,原告は,E部長から被告事業部に説明するために必要な資料として作成を依頼された業務フロー,概念ER図,システム機能別タイムチャート,画面ドキュメントを作成してE部長に交付した。
イ 原告代表者は,平成23年12月3日,E部長から被告事業部と合意ができた旨連絡を受けた。また,その頃,原告代表者は,原告を被告代表者に紹介し,その後被告の監査役に就任したC(以下「C監査役」という。)から確認書(甲4)にサインをするよう求められた。同確認書は,E部長が被告代表者に支払を促すために作成したものであり,E部長は,原告代表者らに対し,被告代表者を説得して支払わせる旨言明していた。同月15日に被告浜松本社で開催された開発会議において,E部長から「被告事業部と被告システム部との合意ができた」旨の報告があった。原告代表者は,上記会議の終了後,上記確認書にサインをした。
ウ E部長は,D顧問に対し,平成23年12月14日,被告代表者の指示として,原告からの納品を最大2か月の範囲で延期する方向で調整し,平成24年4月中旬納品完了とする旨記載したメールを発信した。
エ 平成23年12月15日の全体会議において,平成24年3月31日開発完了の方向で調整することが議題となった。この会議において,原告が被告から納品の遅滞について責任を追及された形跡はない。
オ 原告代表者は,平成23年12月19日,被告代表者に呼び出されて被告東京本社に赴いたところ,上記確認書に新しい条項が付加された確認書(甲5。以下「新確認書」という。)にサインを求められた。原告代表者は,持ち帰って検討したところ,新確認書に新しく加えられた条項(3項)は,原告の開発すべきシステムにSCM(サプライ・チェーン・マネージメント)全体が包含されることになっており,原告の受託範囲外のWMS(倉庫管理システム)の仕様確定の遅れ等の責任をとらされる危険があったため,被告のC監査役にその旨申し入れたところ,C監査役は原告代表者の上記意見に理解を示した。
カ 被告代表者は,平成23年12月20日,原告代表者とC監査役に対し,「裏でこそこそと,疑心暗鬼をしているようですね。貴方は,私の気持ちを理解できないどうしようもない人達です。」,「本日20日と26日の打ち合わせは,中止します。もう 君たちツラは見たくありません。」というメールを送信した(甲6)。
キ 原告代表者は,平成23年12月20日,「3の1項につきまして開発範囲外(※Murakumo開発範囲外のシステムとして,1.商品企画システム 2.倉庫管理システム(WMS) 3.サイト制作(CMS) 4.情報系システム(BIツール))を除くとの追記をお願い致したく存じます。」などと記載し,併せて前渡金の支払停止の理由を問うメールを被告代表者に送信した。それに対し,被告代表者は,同月21日,E部長,原告代表者,C監査役に「3人で再度調整してください。あれだけの時間を費やして3人で何を合意したのですか?私が Aさんに指摘した通り 貴方は 何も納得していない。総てが精神的なものも含めて すっきりと整理されてこのプロジェクトが再スタートできるまでは前払いはしません。」というメールを送信した。(甲7)
ク 原告は,被告に対し,平成23年12月21日付け催告書により,同月分及び同年12月分の前渡金合計1億8000万円を同催告書到達後7日以内に支払うよう催告した。(甲8)
ケ その後,被告からの申入れにより,平成23年12月27日,被告東京本社で原告と被告で会合を持った。被告代表者は,その席で,「実際に起動が出来るような確証なしに開発を進めることは最終的にお互いのリスクを増やすだけでよい結果にならない。」,「この3日間,悩みの末に出てきた結論である。」,「ここでシステムの開発を収拾して清算する。」,「みんながいい加減な気持ちで,ここまでやってきたとは一切思わない。しかし,スタートから今までうまくコミュニケーションが図れなかった。」,「双方に言い分はあるんだろうけど,今,そんなことを言っても仕方がない。」,「もう既に12月末まで原告はあれだけの人を集めてやってくれているから,12月末までの分は払うということだな。原告代表者も下請との契約解消の交渉にベストを尽くしてもらい,それでも防げなかったものに関してはそれをプラスする。」などと言い,未払の委託料は,原告において手配済みの下請先と契約解消を交渉し,負担を避けられなかった費用分とパッケージで支払う旨申し入れた。それに対し,原告代表者は,「パッケージで支払うと言われて具体的なイメージがわからない。」,「11月分,12月分については契約書どおり履行をお願いする。」,「作ったものがきちんと動く保障がないと言うが,設計する時点から業務の人に確認を求めてきており,全部確認事項を積み上げた上でやっているので,大きな齟齬が出るという認識は持っていない。」,「下請からは『お前の所が発注したんだろう』という話しかされないので,それをどう潰すか交渉してみないとわからない。年明けて早い時期にやるしかない。自分の一存でできるレベルの話でないので,答えようがない。」,「被告代表者が元に戻すというふうに話されているところに『何でですか』と言うつもりはない。契約解除通知は今日にでも送っていただきたい。」,「年明けに下請を回って1月20日までの間に大体のイメージを作り,25日に合意をして終わりにする格好で行きたいと思う。」などと応じた。(甲13)
コ 被告は,原告に対し,平成23年12月28日付けで「(先日の)貴社との合意の結果,貴社に開発を委託しておりました当社新基幹システムの開発委託契約(基本契約および個別契約)については,本年2011年12月末日をもって終了することになりましたので,その開発を終了していただきますようお願い申しあげます。」と記載した書面(本件通知)を発送した。(甲9)
サ C監査役は,平成24年1月9日,被告代表者に対し,「今回のシステムを導入し情報を透明化することで,現場の効率化を図ることが出来ると信じていただけに,プロジェクトを中止する理由が明確でないことに不信感を持たざるを得ませんでした。このプロジェクトの成功を使命として監査役をお引受けいたしましたが,中止となった以上,今後,監査役を継続することは難しいと判断いたしました。」として,同年1月末をもって監査役を辞任する旨のメールを送信した。(甲10)
シ 平成24年1月16日,被告東京本社で原告と被告の会合が持たれた。原告代表者は,平成23年11月分から平成24年2月分までの委託料合計2億6000万円,平成23年4月25日付け覚書で合意した平成24年2月15日までの開発体制維持のための追加委託料1億円の総合計3億6000万円を同年1月25日までに支払うよう求めたが,被告代表者は,「未払金はまだしも,契約書にない追加委託料は支払わない。」としたため,協議は打ち切りとなった。(甲11)
ス 被告は,代理人弁護士名義の平成24年1月17日付け通知書で,原告に対し,同弁護士と原告との間で話合いを継続したい旨を申し入れた。その後,被告代理人は,2億2000万円を提示し,原告もその金額で示談することに同意したが,被告から成果物の著作権の譲渡等の支払条件が出され,原告がこれを拒否したため,結局,示談の成立には至らなかった。(甲12,57の1,2,甲58の1,2)
(2) 上記認定事実によれば,被告代表者が自ら主導して開始した本件システム開発の終了を希望したのに対し,原告はその続行を希望し,被告のE部長の依頼に応じて被告事業部を説得するためのドキュメントを作成するなどしたが,被告代表者の意向により原告の受託範囲外のことについてまで責任を負わせられかねない新確認書にサインを求められ,また,平成23年12月27日の面談の際における被告代表者の言動から,契約の続行を断念し,未払となっている平成23年11月分及び12月分の委託料及び契約済みの下請代金等の支払については別途協議することとして被告に解除通知を求め,それに応じて被告が同年12月28日付けの契約を終了させる旨の本件通知を発出したのであるから,本件個別契約3は,被告の本件通知によって解除されたと認められる。
被告は,本件通知は合意解約の申込み又は平成23年12月27日に成立した合意解約の事実を確認するものにすぎないと主張する。確かに,本件通知の文面上は合意解約が成立したかのような表現ぶりになっているが,合意解約が成立したのであれば,合意書を作成すればよく,原告が被告に解除通知の発出を求める必要はないし,清算の合意を留保したまま解除についてのみ合意するのも不自然であるところ,上記認定の同日のやりとりの内容からは合意解約が成立したと認めることは困難である。また,原告が被告に解除通知を求めたことは上記認定のとおりであり,本件通知はそれに応じて発出されたものであるから,合意解約の申込みと解する余地もない(当然,原告も合意解約に応じる旨の返答はしていない。)。
2 争点(2)(原告に債務不履行があるか。)について
(1) 被告は,仮に本件通知が解除の意思表示であるとしても,原告には債務不履行があるから,本件通知は債務不履行に基づく解除であり,原告は債務不履行による損害賠償債務を負担すると主張する。そこで,原告に債務不履行があるか否かについて以下検討する。
(2) 開発方針の変更について
ア 被告は,原告が被告の了解を得ることなくパッケージベースの開発からスクラッチ開発へと無断で開発方針を変更した旨主張する。
イ 証拠(甲62ないし64,106,107,109,131,132,154,乙36の1,2,乙38,39,41,63,65の1,乙67ないし69,70,71,73ないし75,82,証人C,同D,同E(一部),同F,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,本件システム開発は,当初,本件パッケージシステムの導入を前提としてスタートしたこと,その後,被告の生協事業が一般の通販と比べて特殊であり,本件パッケージシステムでは被告のビジネス要件に十分に対応することができないことが判明したこと,そこで,原告はその保有するシステム基盤上に通販専門の共通アプリケーションを乗せた本件パッケージシステムに被告のビジネス要件を基に修正・追加を加えるのではなく,上記システム基盤上に被告のビジネス要件を基に被告独自のアプリケーションを作成して乗せることにしたこと,原告は,平成22年5月17日,被告に対し,スクラッチに近い開発になることを伝えたこと,原告の同年4月16日付け見積書(乙63)では見積金額が7億3800万円とされていたが,同年7月14日付け見積書(乙73)では見積金額が13億6901万8000円とされ,同年7月29日付け見積書(乙74)ではプロトタイプ先行開発による場合の見積金額が12億6455万8000円とされていること,被告のシステム統括部情報システム課が同年10月7日に策定したコンティンジェンシープラン(乙41)には,原告の提案するシステムの特徴として,「KOKOLINK社(注・原告)製独自仕様のフレームワーク+スクラッチ開発」と記載されていること,プロトタイプの開発も原告が被告から検証のためのトライアル版の作成を求められたのに対し,原告が被告の了承を得て行ったものであることが認められる。
ウ 上記認定事実によれば,原告が本件パッケージシステムに修正・追加を加える開発方針から原告保有のシステム基盤上に被告独自のアプリケーションを作成する開発方針に変更したことについては,被告も承知し,その上で本件個別契約1以降の契約を締結し,本件システム開発を継続したというべきであるから,この開発方針の変更が原告の債務不履行になることはない。
(3) 原告の開発体制等について
ア 被告は,原告のシステム開発に係る経験や能力が十分でなく,開発体制等に問題があった旨主張する。
イ しかし,本件システム開発が第1フェーズから第3フェーズまで原告と被告との合意の下に進展してきた経緯や被告代表者が本件個別契約3を解除する際にも特に被告の能力等が問題とされた形跡がないことに照らすと,被告の上記主張は採用できない。かえって,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告は,被告に対し,平成22年8月12日付けの資料を提示して,被告側においてはG執行役員をプロジェクト責任者,Fをプロジェクトリーダーとし,原告側においてはH(以下「H」という。)をプロジェクト責任者とし,Hの下にD顧問,E部長(なお,E部長は,その後,被告に入社することとなる。)ほか5名を配した開発体制を提案し,被告の了承を得たこと(甲64,65),原告の担当者のうち,Hは,NTTデータ株式会社において郵貯の新電子マネーシステムのプロジェクトマネージャーを務めた経験を有し(甲107),D顧問は,佐川急便において国内外の輸配送業務,物流センターの構築・統廃合及び3PL(Third Party Logistics。企業の流通機能全般を一括して請け負うアウトソーシングサービスのことをいう。)の経験を有し(甲106),また,E部長は,セゾン情報システムにおいてクレジット会社インターネットシステム構築の企画・システム開発を実施した経験を有していたこと(乙81,証人E),被告が平成23年2月18日に全業務を対象とした開発計画及び開発体制の見直しを同月21日までに行うよう要請したのに対し,同月24日に体制強化の提案をして被告の了承を得たこと(甲35,59,原告代表者)が認められるのであって,原告のシステム開発に係る経験や能力に不足はなく,また,原告の開発体制に不備はなかったというべきである。
したがって,原告の開発体制に不備があった旨の被告の上記主張は採用することができない。
(4) 成果物の納品状況等について
ア 被告は,平成23年12月末日時点の成果物の納品状況は別紙1の第1から第3までに記載のとおりであり,第1フェーズから第3フェーズまでの原告の成果物には多数の未納や納品の遅延があるほか,記載内容の不足や不備が散見される旨主張する。
イ しかし,証拠(甲2,14ないし24,26,27,31,33,37,38,53,61,72,75,85,86,88ないし93,99の1,2,甲105ないし107,137,乙34,85,86,証人C,同D)及び弁論の全趣旨によれば,被告が別紙1のとおり未納と主張する成果物のうち,第1フェーズの「機器構成」については,平成22年10月29日に「通販基本業務システム方式設計書」として納品されていること(甲31),同「試験定義」については,平成23年5月31日に「通販基本単体試験計画書」,「通販基本結合試験計画書」及び「通販基本総合試験計画書」として納品されていること(甲33),第2フェーズの「コーディング規約」,「インターフェース一覧」は平成22年10月29日付け納品書(甲31)にある「方式設計書」に含まれていること(甲89,甲99の1,2),同「画面共通方式設計書」及び同「画面個別方式設計書」については,平成23年4月8日のプロジェクト定例会議でそれぞれ「業務画面機能設計作業方針」,「画面個別方式設計記載ルール」として提示され,これらに基づいて被告と調整の上,同年11月30日付けで「業務画面設計書」として納品されていること(甲85),同「ビジネスプロセスフロー」及び同「業務データ構造」については,平成23年3月11日のプロジェクト定例会議で提示され(甲86),その後,「ビジネスプロセスフロー(改訂版)が「MP設計書」に,「業務データ構造(改訂版)が「DB設計書」にそれぞれ記載ないし反映されて同年5月31日に納品されていること(甲33,72,86),同「画面一覧」については,同年4月15日のプロジェクト定例会議で提示されていること(甲88),同「出力帳票一覧」については,同年10月31日に「帳票設計書」として納品されていること(甲37),同「CMS提供機能一覧」については,同年5月31日に被告の指示で使用することとなったパッケージ製品(ハートコア)の使用に当たって必要な機能を記載した「Web方式設計書」が納品されていること(甲33,90,91),第3フェーズの「コーディング規約(改訂版)」は同年10月31日付け納品書(甲38)にある「詳細設計書」に記載されていること,同「画面共通方式設計書」,同「画面個別方式設計書」については,それぞれ「業務画面機能設計作業方針」,「画面個別方式設計記載ルール」として同年4月8日のプロジェクト定例会議で提示されていること(甲85),同「MP一覧」は,同年5月31日のプロジェクト定例会議で納品された「MP設計書」に記載されていること(甲33,72),同「インターフェース一覧」については,被告の分担に係る外部インターフェース仕様整理がされていないために未納であること,同「画面遷移図」については,同年10月20日のプロジェクト定例会議で「画面WF」で確認することになったこと(甲23),同「業務機能画面設計書」については,同年11月30日付け納品書で納品された「業務画面設計書」に記載されていること(甲38),同「システム/データ移行設計書」については,平成23年7月15日に提示されていること(甲92),同「システム/データ移行仕様書」については,原告がチケット#996で移行作業方針及び移行処理方式の確認を求めたのに対し,被告の回答がないために作成できなかったこと(甲93),同「システム運用設計書」については,WMS及び商品企画システムの仕様確定の遅れによりシステム運用設計が実施できないため未納となっていること(甲26,53,88,104),同「単体試験計画書」については,同年5月31日に納品された「単体試験仕様書」に記載されていること(甲33),同「単体試験報告書」については,WMS及び商品企画システムの仕様確定の遅れにより単体試験が完了していないため未納となっていること,同「結合試験仕様書」,「結合試験報告書」については,WMS及び商品企画システムの仕様確定の遅れにより結合試験が実施できないため未納となっていること(甲84),同「総合試験計画書」,「総合試験仕様書」及び「総合試験結果報告書」については,WMS及び商品企画システムの仕様確定の遅れにより総合試験の計画,仕様作成,実施ができないため未納となっていること(甲84),同「システム間接続試験仕様書」については,WMS及び商品企画システムの仕様確定の遅れによりシステム間接続試験の仕様作成ができないため未納となっていること(甲84),同「ハード機器」,同「ハードウェア納品書」,同「本番環境」,同「構築手順書」,同「機器構成図」については,被告から機器調達の環境構築の承認が出ていないため未納となっていること(甲84,乙34),同「DR環境」については,DR環境構築が被告の都合で延伸されたため未納となっていること(甲84)が認められる。
ウ 上記認定事実によれば,被告が未納と主張する成果物は,納品されているか,又は未納となっていることについて原告には帰責事由はないといわざるを得ない。また,各フェーズにおいて,納期に遅れて納品された成果物があることがうかがわれるが,証拠(甲24,25,27,34ないし36,106,乙3)及び弁論の全趣旨によれば,各フェーズにおける個別の成果物の納品の遅滞は,主に被告による情報提供等の遅れや原告の受注範囲外のWMS及び商品企画システムの仕様確定の遅れ等に起因するものであって,原告には帰責事由がないと認められる。
エ また,被告は,原告の納品した成果物の記載内容に不足や不備があったと主張し,乙81号証,82号証にはそれに沿う記載もあるが,被告の主張は具体性に欠けるだけではなく,本件システム開発が第1フェーズから第3フェーズまで原告と被告の合意に基づいて進展してきたこと,本件個別契約3を被告が解除する際にも原告の成果物の精度が問題とされた形跡はないこと,受領書の発行された成果物について被告から異議が出されたことはないこと(証人C,同D)に照らすと,被告の上記主張も採用することができない。
オ 被告は,成果物のテストによって生じた非機能要件に関する17の課題に対し,十分な解決方法を提示できなかったとも主張するところ,原告の作成した通販基本システムについて大量アクセス時の対応等について被告から課題が提出されたことは当事者間に争いがない。しかし,証拠(甲78,79,107,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,被告は平成23年5月12日のプロジェクト定例会議において通販基本システムの総合試験結果報告書の内容に問題がないことを認めていること,同月18日の情報システム開発会議においても通販基本システムの非機能要件(信頼性・性能,既存システムとの連携,ドキュメント)について,「SAGENTは引き続き調査中」となっている以外は問題なしとの評価がされていること,SAGENTと接続時の問題についてもSAGENT側の問題と分析されていることが認められる。
したがって,被告の上記主張も採用することができない。
(5) 小括
以上によれば,原告に債務不履行があるということはできない。したがって,原告が平成23年12月末日以降本件システム開発を継続したとしても,被告が最終成果物を検収することができなかったことが明らかであったということもできない。
そうすると,被告による本件個別契約3の解除が債務不履行に基づく解除として有効であるということはできないのであり,被告は民法641条の規定に基づく損害賠償債務を免れない。
また,上記のとおり,第1フェーズから第3フェーズまでのいずれについても,原告に債務不履行があるということはできないから,その余の点について判断するまでもなく,被告の反訴請求は,理由がない。なお,乙35号証の株式会社KPMG BPAの報告書には,本件システム開発が履行不能ないし履行遅滞になる蓋然性が高かった旨記載されているが,同報告書は,被告から提供された資料のみに依拠するものであって,その前提とする事実に誤認があるから,採用することはできない。
4 争点(3)(被告による本件個別契約3の解除によって原告に生じた損害の額又は原告が受けるべき反対給付の額はいくらか。)について
(1) 被告は,原告に債務不履行がないにもかかわらず,本件個別契約3を解除したのであるから,それによって原告に生じた損害を賠償しなければならない(民法641条)。ところで,被告は,ソフトウェア運用準備・移行支援業務に関する部分は準委任契約であると主張する。確かに,本件個別契約3に係る契約書(甲2)上,契約類型として,わざわざソフトウェア開発業務は請負形態,ソフトウェア運用準備・移行支援業務は準委任形態と記載されている。しかし,委託料は一括して8億5499万9000円としか記載されていないのであって,上記二つの業務は密接不可分の関係にあるものとして一個の契約として締結されているものと認められる。そうすると,被告は,民法641条に基づいてソフトウェア運用準備・移行支援業務を含む本件個別契約3を解除できるというべきであり,この解除によって請負人たる原告に生じた損害を賠償すべきである。なお,仮に,ソフトウェア運用準備・移行支援業務に係る部分は,民法651条1項による解除であったと見るとしても,被告は民法651条2項ないし民法536条2項により委託料相当額を損害賠償又は反対給付として原告に支払わなければならない。
(2) そこで,原告に生じた損害額について検討する。
ア 委託料 8億5499万9000円
イ 追加委託料 0円
原告は,原告と被告との間で,本件個別契約3及び平成23年4月25日付け覚書において延長された工期(平成24年1月1日~平成24年2月15日)について追加委託料を支払う旨の合意が成立したと主張する。しかし,上記合意の成立を認めるに足りる的確な証拠はない。かえって,証拠(甲105,106,108,証人C,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,工期延長に際し,E部長から「予算がないので委託料を増額することはできないが,別途保守費用やシステム改訂の際に補償したい。」旨述べ,原告もそれを了承したことが認められるところ,この事実によれば,本件個別契約3の委託料は増額しないこととし(むしろ第3フェーズの代金は,本件基本契約時より減額されている(甲3)),保守契約等別途の契約の機会に配慮する旨合意したものと認めるのが相当である。したがって,追加委託料に係る損害賠償請求は理由がない。
ウ 支払済みの委託料 ▲4億5000万円
エ 支払を免れた外注費 ▲2400万円
被告の解除により原告が2400万円の外注費の支払を免れたことは原告の自認するところである。他に,原告が支払を免れた外注費の存在及びその額を認めるに足りる証拠はない。
オ 未発注のハードウェア費用 ▲4049万9000円
上記委託料にはハードウェア費用4049万9000円が含まれているところ,同ハードウェアが発注されていないことは原告の自認するところである。
カ 合計 3億4050万円
5 争点(5)(過失相殺の可否)について
被告は,民法641条の規定に基づく損害賠償請求について同法418条の規定を類推適用し,6割の過失相殺をすべきである旨を主張する。
しかし,民法641条の規定は,注文者によって仕事が不要になった場合にまであえて仕事を完成させるのが無意味であること及び適正な損害賠償がされる限り解除を認めても請負人に不利益が生じないことから,請負人が仕事を完成しない間は注文者が任意に契約を解除することを認めるとともに,請負人が注文者に対して損害賠償を請求することを認めているのであって,同条の規定に基づく請負人の注文者に対する損害賠償請求権は,債務不履行に基づく損害賠償請求権や瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権とは全く異なる性質のものであるといわざるを得ない。そうすると,同条の規定に基づく損害賠償請求について同法418条の規定を類推適用することはできないと解するのが相当である。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
6 争点(6)(被告による解除及び本件報道発表は不法行為に当たるか。仮に当たるとすると,それによって原告に生じた損害の額はいくらか。)について
原告は,被告が①本件個別契約3で約束した前渡金の支払を停止して原告の資金繰りを悪化させたこと,②本件個別契約3を一方的に解除したこと及び③本件報道発表をしたことが原告に対する不法行為を構成する旨を主張する。
しかし,被告が前渡金の支払を停止したことが原告に対する債務不履行となり得るとしても,そのことから直ちに不法行為法上も違法であるということはできないから,上記①について不法行為が成立するものということはできない。
また,上記2及び3のとおり,被告による本件個別契約3の解除は,民法641条の規定に基づく解除として有効にされているところ,同条の規定によれば,請負人が仕事を完成しない間は,注文者はいつでも契約の解除をすることができるのであるから,同条の規定に基づいて注文者が契約を解除したとしても,そのことから直ちに請負人に対する不法行為が成立することはないというほかない。したがって,上記②についても不法行為が成立するものということはできない。
さらに,証拠(甲28)によれば,本件報道発表には,原告の名称,商号その他原告を特定するに足る事項は何ら記載されていないから,本件報道発表が直ちに原告の信用を毀損するものとは認められない。したがって,上記③についても不法行為が成立するものということはできない。
以上のとおりであるから,原告の上記主張は採用することができない。
したがって,原告の弁護士費用相当額の損害賠償請求は理由がない。
第4 結論
以上によれば,原告の本訴請求は,被告に対し,民法641条に基づく損害賠償として,3億4050万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成24年3月15日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,被告の反訴請求は,理由がないから棄却する。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 足立哲 裁判官 高谷英司 裁判官 齊藤隆広)
〈以下省略〉
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