【営業代行から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

「営業アウトソーシング」に関する裁判例(37)平成27年 1月14日 東京地裁 平25(行ウ)226号 療養補償給付不支給処分取消請求事件

「営業アウトソーシング」に関する裁判例(37)平成27年 1月14日 東京地裁 平25(行ウ)226号 療養補償給付不支給処分取消請求事件

裁判年月日  平成27年 1月14日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平25(行ウ)226号
事件名  療養補償給付不支給処分取消請求事件
文献番号  2015WLJPCA01148008

裁判年月日  平成27年 1月14日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平25(行ウ)226号
事件名  療養補償給付不支給処分取消請求事件
文献番号  2015WLJPCA01148008

茨城県取手市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 鬼沢健士
住所〈省略〉
被告 国
同代表者法務大臣 A
処分行政庁 中央労働基準監督署長
被告訴訟代理人弁護士 桑原伸郎
同指定代理人 古謝紀子
藤井正子
吉田英明
成田廣恵
田久保正樹

 

 

主文

1  原告の請求を棄却する。
2  訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1  請求の趣旨
中央労働基準監督署長が平成23年11月10日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく療養補償給付たる療養の費用を支給しない旨の処分を取り消す。
第2  事案の概要
本件は,原告が,a株式会社(以下「本件会社」という。)における過重な業務によって精神障害たるうつ病エピソード(以下「本件疾病」という。)を発病し,本件疾病が労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)7条1項1号及び労働基準法(以下「労基法」という。)75条所定の業務上の疾病(労基法施行規則別表第1の2第9号所定の疾病)に該当するとして,平成23年6月30日,中央労働基準監督署長(以下「本件処分行政庁」という。)に対し,療養補償たる療養の費用(同法75条1項)の支給を請求したところ,本件処分行政庁が同年11月10日付けでこれを支給しない旨の処分(以下「本件不支給処分」という。)をしたため,原告において,本件不支給処分は違法であると主張して,その取消しを求める事案である。
1  前提となる事実
以下の事実は,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。
(1)  当事者等
ア 本件会社は,デンマークに本社を置くヘルスケア企業「b社」の日本法人として昭和55年6月に設立され,本社が東京都千代田区に置かれているほか,日本各地に営業所が置かれ,医療用医薬品及び機器の開発,輸入,製造及び販売を業としている。
イ 原告は,昭和41年○月○日生まれの男性であり,大学卒業後,他社でプログラム設計等の業務に従事した後,平成7年2月1日,本件会社に入社した。
(乙1〔157頁から171頁まで〕)
(2)  原告の勤務状況
ア 原告は,本件会社に入社後,本社人事総務部のHRグループ(旧人事課)に配置された。
その後,人事総務部は,平成18年1月に人事総務本部として組織が再編成され,PBS(People&Business Support)1ないし3のグループ制となり,原告は,PBSグループ2(以下「本件グループ」という。)に所属することになった。本件グループには,同グループのマネージャーであるB(以下「B」という。)の下,原告を含む6名が在籍していた。
イ 原告は,本件会社に在職中,給与・賞与処理,税務処理,社会保険に関する業務等に従事した。
ウ 原告の労働時間に関する労働条件は,次のとおりであった。
(ア) 労働時間制度
原告には,次のとおりフレックスタイム制度が適用されていた。
a コアタイム 午前10時から午後3時まで
b フレキシブルタイム 午前5時から午前10時まで及び午後3時から午後10時まで
c 休憩時間 午後0時30分から午後1時30分まで
(イ) 所定休日 土曜日,日曜日,国民の祝日,12月30日から翌年1月3日まで及び本件会社の定める臨時休日
(乙1〔110頁から136頁まで,157頁から167頁まで〕,13)
(3)  本件疾病の診断
原告は,平成19年6月30日,手賀沼病院精神科を受診し,うつ病の診断を受け,その後,最終的に,うつ病エピソード(国際疾病分類第10回修正版(以下「ICD-10」という。)の分類上は,F32.11に該当する。)を発病していると診断されるに至った。ただし,その発病時期については争いがある。
(乙1〔106頁・107頁〕,16)
(4)  原告の退職
原告は,平成20年10月末から本件会社を休職し,その後,本件会社の早期退職制度に応募し,平成21年3月末日をもって,本件会社を退職した。
(乙1〔110頁から120頁まで〕)
(5)  本件訴えの提起に至る経緯
ア 原告は,本件会社における過重な業務によって本件疾病を発病し,本件疾病が労災保険法7条1項1号及び労基法75条所定の業務上の疾病に該当するとして,平成23年2月14日付けで,本件処分行政庁に対し,労災保険法に基づき,平成20年10月21日から平成23年2月14日までの療養に係る療養補償たる療養の費用の支給を請求した(ただし,本件処分行政庁が上記請求を受理したのは,同年6月30日である。)。
イ これに対し,本件処分行政庁は,本件疾病については,労基法施行規則別表第1の2第9号所定の「人の生命にかかわる事故への遭遇その他心理的に過度の負担を与える事象を伴う業務による精神及び行動の障害又はこれに付随する疾病」に該当しないとして,平成23年11月10日付けで,本件不支給処分をした。
ウ 原告は,本件不支給処分を不服として,平成23年11月24日付けで,労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をした(ただし,同請求の受理日は同年12月5日である。)。労働者災害補償保険審査官は,平成24年2月28日付けで同審査請求を棄却する決定をした。
原告は,同決定を不服として,平成24年4月4日,労働保険審査会に対し再審査請求をした(ただし,同請求の受理日は同月5日である。)が,同審査会は,平成24年10月31日付けで同再審査請求を棄却する裁決をし,原告は,同年11月1日に,裁決書の送達により同裁決のなされたことを知った。
原告は,平成25年4月24日,本件訴えを提起した。
(当裁判所に顕著な事実,甲1,2,4,乙1〔1頁,69頁,71頁,248頁,249頁〕)
(6)  精神障害の業務起因性に関する行政通達等
ア 旧労働省は,精神障害の業務起因性に関する判断指針として,精神医学,心理学,法律学の専門家らで構成された「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」が平成11年7月29日に取りまとめた報告書を踏まえ,「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」を策定し,これを平成11年9月14日付けで労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(基発第544号)として都道府県労働基準局長あてに発出した。
その後,厚生労働省(以下「厚労省」という。)は,平成14年度及び平成18年度においてストレス出来事の評価に関する研究を委託し,これらの研究結果等に基づき,「職場における心理的負荷評価表の見直し等に関する検討会」が取りまとめた「職場における心理的負荷評価表の見直し等に関する検討会報告書」を踏まえ,平成21年4月6日付けで厚労省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針の一部改正について」(基発第0406001号)を発出し,職場における心理的負荷評価表に係る具体的出来事を追加修正するなどの一部見直し改正を行った(以下,一部見直し改正後の前記判断指針を,単に「判断指針」という。)。
判断指針の基本的な考え方は,まず,精神障害の発病の有無等を明らかにした上で,業務による心理的負荷,業務以外の心理的負荷及び個体側要因の各事項について具体的に検討し,それらと当該労働者に発病した精神障害との関連性について総合的に判断する,というものであった。
イ その後,精神障害の業務上外の判断は,判断指針等に基づき行われてきたが,精神障害の労災請求件数が増加したこと等を踏まえ,労災請求に対する審査の迅速化等の要請に対応するため,厚労省は,法学及び医学の専門家からなる「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」を招集し,迅速かつ公正な労災補償を行うために必要な事項についての検討を求めた。厚労省は,同検討会が平成23年11月8日に取りまとめた「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(以下「検討会報告書」という。)の内容を踏まえ,「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下「認定基準」という。)を策定し,平成23年12月26日付けで,厚労省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(基発1226第1号)を都道府県労働局長あてに発出し,判断指針を廃止した。
ウ 認定基準の内容
認定基準の主要な内容は次のとおりであり,認定基準における対象疾病,認定要件及び認定要件に関する基本的な考え方は,判断指針のそれを実質的に変更するものではない。
(ア) 対象疾病
ICD-10第Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害(その大分類は,ICD-10第Ⅴ章「精神および行動の障害」分類記載のとおりである。)であって,器質性のもの及び有害物質に起因するものを除くものとされ,主として「ICD-10第Ⅴ章「精神および行動の障害」」記載のF2からF4までに分類される精神障害(「統合失調症,統合失調型障害および妄想性障害」(F2),「気分(感情)障害」(F3),「神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」(F4))である。
(イ) 認定要件
①対象疾病を発病していること,②対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと,という3要件を掲げ,そのいずれをも満たした場合に,当該対象疾病に該当する精神障害につき,労基法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
認定基準は,対象疾病の発病に至る原因の考え方につき,「ストレス―脆弱性理論」(環境由来の心理的負荷(ストレス)と,個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり,心理的負荷が非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし,逆に脆弱性が大きければ,心理的負荷が小さくても破綻が生じるとする考え方)に依拠しており,そのような考え方に基づいて,前記認定要件②が設けられている。
(ウ) 対象疾病発病の有無等の判断
前記認定要件①の対象疾病の発病の有無,発病時期及び疾患名について,「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」に基づき,主治医の意見書や診療録等の関係資料,請求人や関係者からの聴取内容,その他の情報から得られた認定事実により,医学的に判断される。
(エ) 業務による心理的負荷の強度の判断
a 出来事の評価
前記認定要件②に関し,業務による出来事及びその後の状況を具体的に把握し,それらによる心理的負荷の強度を判断する際には,認定基準の別紙として定められた別紙「別表1 業務による心理的負荷評価表」(以下「認定基準別表1」という。)を指標として,出来事の心理的負荷を「強」(業務による強い心理的負荷が認められるもの),「中」及び「弱」の三段階に区分しながら,全体的な心理的負荷を評価することになる。
具体的には,発病前おおむね6か月の間に,認定基準別表1の「特別な出来事」(以下「「特別な出来事」」という。)が認められた場合は,心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。「特別な出来事」に該当する出来事がない場合には,業務による個々の具体的な出来事について,心理的負荷の程度が「強」,「中」,「弱」のいずれであるかを総合評価し,いずれかの出来事が「強」の評価となる場合には,業務による心理的負荷を「強」と全体評価し,いずれの出来事も単独では「強」の評価にならない場合には,それらの出来事が関連して生じているときは,全体を一つの出来事として評価し,原則として,最初の出来事を認定基準別表1に当てはめ,関連して生じた出来事については出来事後の状況とみなす方法により全体評価を行い,出来事に関連性がないときは,出来事の数,各出来事の内容(心理的負荷の強弱),各出来事の時間的な近接の程度を基に,全体的な心理的負荷を評価する。
b 時間外労働時間数の評価
発病日から起算した直前の1か月間におおむね160時間を超える時間外労働(週40時間を超える労働時間数をいう。)を行った場合等には,当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を「強」とする。長時間労働以外に特段の出来事が存在しない場合には,長時間労働それ自体を出来事とし,認定基準別表1にいう「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」という具体的出来事に当てはめて心理的負荷を評価する。また,発病日から起算した直前の2か月間に1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い,その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった場合等には,心理的負荷の総合評価を「強」とする。
また,他の出来事がある場合,出来事に対処するために生じた長時間労働は,心身の疲労を増加させ,ストレス対応能力を低下させる要因となることや,長時間労働が続く中で発生した出来事の心理的負荷はより強くなることから,出来事自体の心理的負荷と恒常的な長時間労働(月100時間程度となる時間外労働)を関連させて総合評価を行う。
(乙3から7まで)
(7)  東京労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会の意見
本件に関し,東京労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会が平成23年10月31日付けで本件処分行政庁に提出した意見書の概要は,次のとおりである。
ア 精神障害の発病の有無
原告の心身の変調等をICD-10の診断ガイドラインに照らし分類すれば,抑うつ気分,集中力低下,物忘れ,全身けん怠感等の症状が現れた旨主治医に訴えた平成19年3月頃にF32の「うつ病エピソード」を発病し,以後,これらの症状は寛解することなく動揺を伴いながら遷延しているものと考える。
イ 業務要因の検討
本件の発病前おおむね6か月間における業務関連の出来事をみると,上司からの業務指導の範疇を超えた原告の人格を否定するような言動等はもとより,仕事を巡る方針等について明確な対立が生じたと周囲にも客観的に認識されるような事態等は確認されていない。原告の能力及び経験等からすれば,特に困難な業務とはいえず,重い責任を負う立場にはなかったことが確認されている。恒常的な長時間労働は認められていない。他に,判断指針に示されているような心理的負荷を受けた出来事等は確認されていない。
ウ 結論
本件は,判断指針に該当するような心理的負荷を受けた業務関連の出来事等は認められない。したがって,本件は業務外として処理するのが相当である。
(乙1〔102頁から105頁まで〕)
2  争点及びこれに対する当事者の主張
本件の争点は,原告が労災保険法7条1項1号及び労基法75条所定の業務上の疾病(労基法施行規則別表第1の2第9号所定の疾病)に当たる精神障害を発病したといえるか(本件疾病の発病の業務起因性)であり,争点に関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1)  原告の主張
ア 本件疾病の発病時期は,手賀沼病院の初診日である平成19年6月30日である。
イ 原告は,本件会社の業務に関連して,次に掲げる肉体的・精神的負荷を受け続け,本件疾病を発病した。
(ア) 長時間労働
原告が残業をするにはBの承認を得る必要があったところ,原告はBから苛烈なパワー・ハラスメント(以下「パワハラ」という。)を受けていたため,Bには声をかけづらく,実際に行った残業の一部の承認を得るにとどまった。したがって,原告は,本件会社が把握している以上の時間外労働を行っていた。すなわち,原告は,毎朝午前9時45分頃に出社し,業務を開始していた。終業時間については,月に2回ないし3回は最終電車に間に合わず,タクシーで帰宅したり,始発電車で帰宅したりするなどしていた。
(イ) Bによる原告に対するパワハラ
原告が,Bに挨拶をしたり仕事の話をしたりしても無視された。また,平成19年1月ないし3月頃,Bが社内の監査担当の者と冗談を言い合っていたので,原告も話を合わせようと冗談を言ったところ,Bは,原告に対し「そんなことを言っている場合じゃないだろう」と,原告を狙い撃つように冷たい態度に出た。さらに,同じ頃,Bが社内の監査担当の者とSOX法(Sarbanes-Oxley Act。企業における会計の透明性の確保及び監督強化,並びに投資家の保護を目的として米国で制定された法律をいう。)に基づくチェック作業を行ったが,原告の同僚が犯したミスについて,原告が責任者でないにも関わらず,Bは原告のみを叱責した。
他にも,Bは,立場を利用して原告の尊厳を傷つけるような態度をとり続けた。原告がBから受けたパワハラは,Bの原告に対する「いじめ」に該当するところ,判断基準によれば(以下,原告の主張における心理的負荷は,判断基準上のものを指す。),その心理的負荷の強度はⅢに該当する。
(ウ) 慣れない業務の強制
原告は,人事総務本部の業務に従事していたところ,更に,ストレスの強い次の各業務を担当するよう指示され,これに従事した。
a 新給与システムの説明会
平成18年4月,本件会社は,給与及び勤怠等に関する新たなシステムを導入した。Bは原告に,前記新システムの本件会社の従業員向け説明会を行うよう指示し,原告はこれに応じて説明会を開催した。説明会に参加した従業員は約50人に上った。しかし,ここで説明すべき内容には,就業規則の変更に関する内容も含まれており,通常,就業規則の変更については人事部長や人事オペレーション部長が説明を行っていたところ,原告は,説明会の参加者からは原告のような権限のない者が説明するべきではないと激しい口調で責め立てられた。当該説明会を担当したことにより原告が受けた心理的負荷の強度は,少なく見積もっても「Ⅰ」,説明内容の重大性からすれば「Ⅱ」と評価されるべきである。
なお,本件出来事は本件疾病発病の6か月以上前の出来事であるが,6か月というのは一定の基準に過ぎず,個別具体的に考慮されるべきであり,当該出来事が疾病の大きな原因となっている出来事であれば,評価対象から外すべきではない。
b 英語を用いる業務
原告が本件会社に採用されるに際し,英語能力は採用条件に付されておらず,原告は,英語を使わなくても本件会社での勤務が可能と考えていた。しかし,原告は,上司が外国人である育児休業者について,復帰に当たり,職務経歴書を英語で作成して提出するよう当該育児休業者に伝えることを指示されたが,当該育児休業者と連絡が取れなかったため,当該育児休業者の復帰に支障が出ると考えた原告は,英語で職務経歴書を作成せざるを得なくなった。
なお,本件会社において英語の研修は実施されていたが,それだけでは到底使用に堪える英語レベルには達しない。
このように,原告は,達成することが困難な業務を担当させられていたのであり,これは「達成困難なノルマが課された」場合に当たり,その心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。
c 死亡した従業員の遺族に対する説明
原告は,平成18年10月,事故死した従業員の自宅を訪問するよう求められ,訪問した上,同従業員の妻に対し,①健康保険組合から支給される死亡弔慰金の書類作成依頼,②遺族年金手続の説明,③本件会社で加入していた生命保険金の書類作成依頼,及び④妻及び子どもの今後の健康保険などについて説明を行った。これは,従業員の死亡という事実と正面から向き合う必要のあるものであり,かつ,同従業員の自宅にはその遺族である生後数か月の乳児もおり,原告は,ショックで心を痛めた。
このような事情からすれば,原告自身が被災したわけではないが,それと同程度の心理的負荷があったというべきであり,その強度は「Ⅱ」である。
d 従業員からの苦情
原告に対しては,従業員から「賞与の税金が高い」という,原告にはどうすることもできない苦情が,毎年10人程度から寄せられた。
これは,自分ではどうすることもできないという点で,「達成困難なノルマが課された」,「顧客や取引先から無理な注文を受けた」,「顧客や取引先からクレームを受けた」場合と同様に考えることが可能であり,心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。
e 平成18年12月の年末調整に関する事務手続
平成18年12月の年末調整に関する事務手続においては,①平成18年1月から同年3月までの給与データが旧システムから移行されたものであり,その確認作業に多大な時間を要するものであったこと,②年末調整申告書の書式が変更になり,従業員からの問い合わせが非常に多かったこと,③年末調整申告書と源泉徴収票を各従業員の自宅に郵送することにしたが,郵送という手段について,従業員から苦情が多数寄せられたこと,④システムの変更により従前の資料を参照することができず,原告自身が資料を作成することになったこと,という事情から,原告の業務の困難度は格段に上がった。
本業務の心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。被告が主張するように,心理的負荷の強度を「Ⅰ」に修正する根拠はない。
ウ 原告の心理的負荷は,主に,Bのパワハラに端を発し,パワハラがあったがために,業務を一人で抱え込むことになり,時間外労働も増加した。原告の心理的負荷には,その強度が「強」となるものも含まれており,それらが関連しているのであるから,全体評価としても「強」となる。したがって,本件疾病は業務に起因して発病したものであるから,これと異なる判断をした本件不支給処分は違法である。
(2)  被告の主張
ア 本件疾病の発病時期については,原告が手賀沼病院の初診時,抑うつ気分,集中力低下,物忘れ,全身倦怠感等の症状が現れた旨を主治医に訴えた時期が平成19年3月頃であることなどからすれば,本件疾病の発病時期は,平成19年3月頃と解するのが相当である。
そして,本件疾病が労基法施行規則別表第1の2第9号に定める疾病に該当するというためには,「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること」との要件を充足することが必要であり,その判断は,業務による出来事について,判断指針又は認定基準別表1に基づき,心理的負荷の強度を評価して行うこととなる。出来事の評価期間を発病前おおむね6か月間とする考え方は,精神科における医学的知見を反映した合理的なものである。したがって,本件疾病についても,発病のおおむね6か月前である平成18年9月頃から平成19年3月頃までの間の業務による出来事について検討すべきである。
イ 原告の本件会社での業務上の出来事の内容,及び判断指針又は認定基準における心理的負荷の強度は,それぞれ次のとおりである。
(ア) 長時間労働について
原告の発病前おおむね6か月となる平成18年9月から平成19年2月の法定時間外労働時間は,最大でも月24時間45分にとどまるから,仮に原告が主張するように月に2回から3回の深夜残業を行っていたとしても,恒常的な長時間労働の状況にあったとはいえない。したがって,判断指針,認定基準のいずれにおいても,各心理的負荷評価表に掲げられている具体的出来事には該当しない。
(イ) 原告とBとの関係について
Bが原告に対し,監査法人の監査に際してある程度厳しい話をしたことは認められる。しかし,Bの指導内容は原告の通常業務に関することであるところ,少なくともBが原告に対し,差別的な取扱や人格ないし人間性を否定するような言動をしていたと認めることはできない。したがって,前記出来事は,判断指針における「ひどい嫌がらせ,いじめ又は暴行を受けた」といった心理的負荷を受けた出来事と認めることはできない。
認定基準に当てはまるものを探すとしても,客観的に原告とBとの間にトラブルや対立が生じていたことを確認することはできず,また,原告が強い叱責を受けていることも確認することができないから,認定基準においては,単に「業務をめぐる方針等において,上司との考え方の相違が生じた(客観的にはトラブルとはいえないものも含む。)」場合に合致するものにすぎないと評価でき,その心理的負荷の強度は「弱」である。
(ウ) 人事総務本部の説明状況等
a 新給与システムの説明会
当該出来事は,本件疾病発病前おおむね6か月間より前の平成18年3月の出来事であるから,判断指針及び認定基準で考慮すべき出来事には当たらない。
仮に,当該出来事が本件疾病発病前おおむね6か月の間の出来事であったとしても,当該説明会は本件会社の従業員を対象としたものであるから,その説明対象者の属性に照らし,判断指針によれば,心理的負荷は強度「Ⅰ」とされる「大きな説明会や公式の場での発表を強いられた」という出来事よりも低いというべきであり,職場における心理的負荷の強度は「Ⅰ」にも満たないといわざるを得ない。
b 英語を用いる業務
本件会社がデンマークに本社を置くb社の日本法人であり,原告自身も,英語を用いることについて,外資系企業なので仕方ないと思っていたことに加え,本件会社が原告に英語研修を受けさせていることなどの支援を行っていることも認められる。したがって,原告の主張にかかる事実は,そもそも業務における出来事に該当するようなものではない。
c 死亡した従業員の遺族に対する説明
原告の主張する出来事について,確かに,生後数か月の乳児とともに残された遺族の気持ちは察するに余りあることは否定できないものの,原告は,直接その被災現場を目撃したわけではない。かつ,当該業務は,原告が担当する本来業務の範疇に属するものであるから,業務における出来事に該当するようなものではない。
d 従業員からの苦情
原告に対して,本件会社の従業員から一定の数量の苦情が寄せられたであろうことは推認される。しかし,賞与の税金に関する苦情などの内容は,従業員の給与・賞与,税務関係を担当していた原告の通常の業務の範囲内のものと認められる。原告は,それまでの原告が担当していた業務内容とは大きく異なるものがあったと主張するが,その内容は明らかになっていない。したがって,業務による心理的負荷評価表における具体的事実には当たらないというべきである。
f 平成18年12月の年末調整に関する事務手続
平成18年においては,本件会社の給与関係業務のアウトソーシングの会社が変更されたことから,例年の業務より作業量が増えたこと,平成18年12月の原告の時間外労働がそれ以前に比べて増加していることは認められる。この出来事は,判断指針においては,同別表1における「仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事があった」場合に類するものと考えられるところ,その平均的な心理的負荷はⅡとされている。しかし,原告は平成7年に本件会社に入社して以来,給与・賞与,就業計算及び社会保険業務のオペレーションを担当し,所得税及び住民税等の税務処理面での知識も豊富であった。さらに,この出来事により原告の責任の程度が変化した事実は認められず,当該期間中に原告が休日出勤等を行ったとの事実も認められないから,心理的負荷の程度は「Ⅰ」に修正するのが相当である。
また,認定基準に則した場合でも,「仕事量(時間外労働時間数)に『中』に至らない程度の変化があった」と評価されるに過ぎず,心理的負荷の強度は「弱」である。
ウ 前記イの出来事を総合評価すると,判断指針に則した場合,出来事の心理的負荷の強度は「Ⅰ」であり,かつ,出来事後の状況が持続する程度に係る心理的負荷が過重であったとも評価できないから,業務による心理的負荷の強度の総合評価は「弱」となる。したがって,本件疾病の発病について,業務起因性は認められない。
認定基準に則した場合,本件における出来事は,①上司とのトラブル,及び②仕事量が増大したことであるところ,各出来事は関連なく生じたものであり,心理的負荷の評価はいずれも「弱」であるから,その心理的負荷の強度に関する全体評価は「弱」となる。すなわち,前記認定要件②「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること」という要件を欠くものであり,業務起因性は認められない。
第3  当裁判所の判断
1  判断の枠組み(業務起因性の判断基準)について
(1)  労災保険法及び労基法に基づく保険給付は,労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡に関して行われ(労災保険法7条1項1号),「労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかった場合」(労基法75条)とは,労働者が業務に基づく負傷又は疾病(傷病)にかかった場合をいうところ,そのような場合に当たるというためには,当該傷病と業務との間に相当因果関係が認められなければならないと解すべきである(最高裁判所昭和50年(行ツ)第111号昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。ここで,当該傷病と業務との間の相当因果関係については,労働者災害補償保険制度が,労基法上の災害補償責任を担保する制度であり,災害補償責任が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であって,いわゆる危険責任の法理に由来するものであることにかんがみれば,上記業務上の傷病とは,当該傷病が被災労働者の従事していた業務に内在する危険性が発現したものと認められる必要があると解される(最高裁判所平成6年(行ツ)第24号平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁判所平成4年(行ツ)第70号平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。
(2)  ところで,今日の精神医学的・心理学的知見としては,環境由来のストレス(心理的負荷)と個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じるか否かが決まり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こるし,逆に,個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生じるという「ストレス―脆弱性」理論が広く受け入れられている。また,何らかの脆弱性を有しつつも,直ちに破綻することなく就労している者が一定程度存在する社会的実態があり,そのような脆弱性を有する者の社会的活動が十分に確保される必要があることも論を俟たない。
上記の「ストレス―脆弱性」理論の趣旨及び社会的実態・要請等に照らすと,業務の危険性の判断は,当該労働者と同種の平均的労働者,すなわち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,経験等の社会通念上合理的な属性と認められる諸要素の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準として行われるものとするのが相当である。そして,このような意味の平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発病させる危険性を有し,当該業務による負荷が他の業務以外の要因に比して相対的に有力な要因となって当該精神障害を発病させたと認められれば,業務と精神障害発病との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。
(3)  そして,平成23年11月8日に取りまとめられた検討会報告書(乙6)は,法学及び医学の専門家によって構成された専門検討会が,近時の医学的知見のほか,これまでの労災認定事例,裁判例の状況等を踏まえ,従前の判断指針等が依拠する「ストレス―脆弱性」理論を引き続き採用し,従来の考え方を踏襲しつつ,業務による心理的負荷の評価基準と審査方法等の改善を提言したものであり,前記(1)の精神障害の業務起因性に関する法的判断枠組みとも整合するものである上,その内容においても十分な合理性を有するものと認められる。平成23年12月26日付けで発出された認定基準は,このような検討会報告書の内容を踏まえ,その合理性を基本的に引き継いでいると考えられるものであるから,これが本件不支給処分時(同年11月10日)には存在しておらず,また,判断指針と同様に,行政処分の違法性に関する裁判所の判断を直接拘束する性質のものではないものの,基本的には,検討会報告書の持つ内容的な合理性を引き継ぎ,あるいは検討会報告書の見解をより合理的な知見により修正しているものである限り,精神障害の業務起因性については,認定基準に従って判断するのが相当であるというべきである。
(4)  したがって,当裁判所としては,業務起因性の有無を判断するに当たって,基本的には認定基準に従いつつこれを参考としながら,当該労働者に関する精神障害の発病に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌し,必要に応じてこれを修正する手法を採用することとする。
2  認定事実
前記前提となる事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(1)  原告の経歴等
原告は,平成元年に東京経済大学を卒業し,同年4月に他社に入社し,同社においてプログラム設計や製造業務に従事した後,平成7年に本件会社に入社し,人事総務部のHRグループに配属され,以後,一貫して人事関係の業務に従事した。
本件会社では,一定の職位(スペシャリスト職)以上の者を役職者としていた。それ以外の従業員については,P(プロフェッショナル)1から3までの階級に分けられているところ,平成18年当時,原告は最も上位とされるP3に位置していた。
(乙1〔157頁から167頁まで〕,17)
(2)  本件会社における業務の特徴
本件会社には,外国籍の従業員が1パーセント程度在籍しており,当該外国籍従業員の多くは,日本語を解さなかった。また,本件会社においては,社内文書が英語で作成されていることもあったため,従業員は,業務を遂行するに当たり,英語の文書を読み取ることができる程度の英語力を保有していることが必要とされていたが,英語の会話能力や,日本語の文章を英訳することのできる能力までがすべての従業員に求められていたわけでは必ずしもなかった。
原告は,英語を苦手としており,英語力を身につけることを自らの目標として本件会社に申告し,社内(PBS内)の英語研修を受けるなど努力したが,英語力の水準は初心者レベルと中級者レベルの中間くらいであった。また,原告は,在職中にTOEICを受検したが,スコアは,約300点と低い水準に留まった。なお,原告の本件会社入社時において,一定の英語能力を有していることが採用の条件とされたことはない。
(乙15,17,証人C,原告本人)
(3)  本件グループの人員及び業務内容
ア 平成17年末までの人事総務部は,HRグループ及びビジネスサポート部で構成されており,HRグループのリーダーはB,その他同グループ所属の従業員は,原告を含め10名程度であったところ,平成18年1月,組織の再編成により,HRグループとビジネスサポート部が統合された上で,PBS1ないし3のグループに分けられることとなった。
本件グループ(PBS2)の原告及びB以外の構成員は,従前原告とともにHRグループに所属していた者が3名,及び,従前ビジネスサポートグループに所属していた者が2名であった。また,構成員の階級については,P3が原告のほかに3名(うち,原告と業務内容の異なる者が2名),P2が2名(うち,原告と業務内容の異なる者が2名)であった。
イ 本件グループでは,社員の給与及び賞与,社会保険,税務関係,営業車の管理等の業務を行っていた。
(乙1〔110頁から136頁まで,157頁,160頁〕)
(4)  本件グループにおける原告の業務の状況
原告は,本件グループにおいて,給与及び賞与の処理や年末調整,住民税及び所得税の納付,法定福利費などの予算作成等の業務を担当するほか,年間業務として,従業員の入退社に伴う社会保険手続,定年退職者への説明会,産休育休制度の説明会,行政当局や監査法人等の監査に対する準備等の業務に従事した。
原告が本件グループで従事した業務等の内容は,次のとおりである。
ア 定型的・日常的な業務
(ア) 給与の処理
本件会社の従業員約800名の給与に関する処理を,原告を含む3名で行っていた。具体的には,毎月7日までに,各所属部署から住宅・通勤手当等の変動データが送られてきて,勤務時間については従業員からアウトソーシング業者にデータが送信されることとなっており,原告は,これらを元に給与の支給額を確定していた。給与データの締切日近辺や支給日以降の数日並びに賞与の支給月である6月と12月及び報酬の改定のある4月等の数週間については,業務量が増える傾向であったが,いずれも定型的な作業であった。
(イ) 定年退職者に対する説明会
年2回行われ,参加する者は各3名から5名程度で,原告において,給与,社内退職金,税金及び社会保険等に関する説明を行った。説明内容は,いずれも原告の通常業務の範囲内の事項であった。
(ウ) 産休育休制度を周知するための説明会
年2回行われていた。参加者は数十名程度で,原告において,就業規則に基づき,産休育休中の給与・賞与,税金関係,社会保険料等の説明を30分程度行った。説明内容は,いずれも原告の通常業務の範囲内の事項であった。
(エ) このほか,福利厚生費の予算作成,年度途中での誤差調整の業務についても,原告において対応した。また,税務署による監査にも対応した。
(オ) 原告は,平成16年からは,SOX法(本件会社は,米国において上場しているため,同法に基づく処理を行うことが求められていた。)の運用に関する業務にも従事した。その具体的内容は,SOX法に基づく給与及び退職金の業務に関するプロセスを遵守するために,給与及び賞与の支給過程において,担当者,承認者,使用すべき情報源及びデータチェックの方法が定められているところ,これを遵守した手順で業務を行い,その記録を残すという一連の業務並びにそれに対する社内外の監査対応であった。SOX法の運用に関するチェック項目は,少なくとも数十個に上った。
SOX法に関する給与担当者の役割分担は,Bが統括チェッカー,原告がチェッカー,本件グループのメンバーであるD(以下「D」という。)が作業者とされていた。
(乙1〔110頁から136頁まで〕,15,17,証人C)
イ 新給与システムの説明会
平成18年4月頃,本件会社において,給与,勤怠及びこれらの明細に関する新たなシステムが稼働した。これに際し,Bは原告に対し,Bに代わって従業員向けの説明会を行うよう指示した。原告は,Bの指示に従い説明会を1回開催したが,説明内容が就業規則の変更に関することを含んでいたため,原告に対し「重大な説明内容を,あなたのような権限のない人が説明するべきではない。人事責任者が説明するべきだ。」と言う出席者もいた。
(甲6,乙1〔110頁から128頁まで〕,原告本人)
ウ 死亡した従業員の遺族に対する説明
原告は,平成18年10月,人事総務本部長のE及びBと3人で,事故死した本件会社従業員の自宅を訪問し,同従業員の遺族(妻。なお,同従業員とその妻との間には,生後数か月の子がおり,原告は,同従業員が生後間もない子を残して死亡したことに心痛を覚えた。)に対し,健康保険,遺族年金,本件会社が掛けていた生命保険の受取等に関する手続を説明した。
(甲6,原告本人)
エ 平成18年年末調整
本件会社では,平成18年4月,給与に関する業務のアウトソーシング業者を変更したため,同年12月の年末調整の事務を行うに際しては,同年1月から3月までの給与データの照合を行う必要があった。また,アウトソーシング業者の変更に伴い,年末調整に使用する申告書を同業者から本件会社の従業員の自宅宛に郵送する扱いをすることとなったが,これについて従業員から,誤配の懸念や,申告書の記入方法がわかりづらいなどの苦情が寄せられた。また,原告において,従業員からの質問に対し,自ら書面を作成するなどして対応することもあった。
(乙1〔110頁から135頁まで〕,原告本人)
オ 原告及びその他の給与・賞与担当の従業員には,本件会社の従業員から,賞与から控除される税金が多額である旨の苦情や相談が寄せられることがあり,その人数は年間10人程度であった。なお,賞与から控除される税金が多額であることは,賞与前の給与で営業のインセンティブ給を支給していたためであり,給与・賞与担当の従業員に原因があるものではなかった。
(甲6,乙1〔121頁から135頁まで〕)
(5)  原告とBとの関係等
ア Bは,平成18年1月から,本件グループのリーダーとして原告の直属の上司であったところ,原告とBとの間では,次のような出来事があった。なお,B自身も,原告に対しては,「監査法人の監査について,Xさんに対して,ある程度厳しいことを話したこともあった」と思う旨の認識を有していた。
(ア) 平成19年1月から3月頃,原告は,本件会社の社内監査担当者とBにおいて,基本給や各種手当に対する決定が適切に行われているか等のチェックを行っているところに呼ばれた。上記両名が冗談を言いながら話しているのを見て,原告が冗談を述べたところ,Bは原告に対し「そんな事を言っている場合じゃないだろう」という趣旨の発言をした。
(イ) また,同じ頃,社内監査担当者とBが,SOX法に基づいてチェックをしていたところ,原告の同僚によるミスを指摘された。原告が,自分の担当ではないのでわからない旨回答したところ,Bは原告に対し,「原告が分からなくてどうするのか」という趣旨の発言をした。
(ウ) 原告が残業を申請したときには,Bが「なぜそんなに仕事があるのか。」などと述べ,原告において残業が必要な理由を説明することを求められた。
(甲6,乙1〔110頁から128頁まで,140頁,149頁〕,原告本人)
イ 本件グループに所属していた,原告の同僚であるF(以下「F」という。)は,聴覚に障害があって音や声を聴くことができないため,話者の発言を理解するのに,話者の唇の動きを見て,発言内容を理解する方法を用いていた。Fが,Bの口が小さく,唇の読み取りができなかったため,発言内容を聞き返したところ,逆に,分からないのかと言われたことがある。また,残業をBに申請した際に,なぜそんなに忙しいのか,なぜ会社に残っているのかなどと問われたことがあり,Bのこれらの態度について,Fは負担に感じていた。
(甲5,証人F)
(6)  本件会社における労働時間管理
ア 本件会社では,従業員の労働時間の管理は,各従業員において1か月間の勤務実績を「出勤簿」(平成18年3月分までは「勤務届」)に入力し,これを上司が確認することとされていた。また,残業をするに当たっては,事前に上司に申請することとされていた。したがって,原告の場合,本件グループのマネージャーであるBに対して残業の申請をする必要があった。
イ 原告が提出した「出勤簿」によって算出される平成18年9月から平成19年6月までの原告の法定時間外労働時間数は,次のとおりである(各月1日から末日までの計上)。
平成18年9月 13時間30分
平成18年10月 13時間15分
平成18年11月 19時間15分
平成18年12月 25時間15分
平成19年1月 20時間45分
平成19年2月 23時間45分
平成19年3月 27時間45分
平成19年4月 18時間15分
平成19年5月 16時間45分
平成19年6月 16時間15分
(乙1〔110頁から135頁まで,216頁から225頁まで〕)
(7)  原告の受診歴
ア 原告は,平成19年6月30日,仕事中,どんよりした頭の痛みがしばしばあること,会話に集中できなかったり,気が遠くなる感覚があったりすることなどを主訴として手賀沼病院精神科を受診した。
この際,原告は同病院のG医師に対し,自らの症状について,要旨次のとおり説明した。
(ア) 平成19年3月,4月頃からの症状
a 気がつくと頭痛(頭重,どんよりとした感覚),集中力の低下,意識が遠のく感覚が増強した。
b 症状は波があり,1か月ごとに強くなったり弱まったりする。1週間でも変動がある。
c 何をしても楽しく感じない。笑うことが少なくなった。気が晴れない。
d かなり前から寝酒(ビールを150~350ml,焼酎少量)を飲んでいる。
(イ) 初診時の症状
大勢の中にいると,楽しい席であっても頭がどんよりして苦痛に感じる。
イ 原告は,平成20年10月25日,知人の勧めで牛久愛和総合病院神経内科を受診したが,同病院で精神科での治療を勧められ,小張クリニックを受診した。
(乙1〔108頁から120頁まで〕,16)
(8)  原告の受診した病院の医師による意見書の要旨
手賀沼病院のG医師及び小張クリニックのH医師が本件処分行政庁に提出した意見書の概要は,次のとおりである。
ア G医師の平成23年7月22日付け意見書(乙1〔106頁・107頁〕)の概要
(ア) 初診日
平成19年6月30日
(イ) 初診時の主訴及び他覚的症状
抑うつ気分,頭痛,不安,動悸及び肩こり等
(ウ) 傷病名及び診断根拠
傷病名はうつ病エピソード(F32.11)で,抑うつ気分,集中力の低下,物忘れ,全身倦怠感がみられることを根拠とする。
(エ) 推察される発病時期及びその根拠
平成19年初め頃から初診時の症状が見られ,徐々に増強していることから,発病時期は平成19年初めころと推察される。
(オ) 治療内容及び治療経過
薬物療法とカウンセリングを行う。症状は経過とともに改善傾向にあった。
(カ) 当院における原告の過去の受診歴
なし
イ 小張クリニックH医師の平成23年7月16日付け意見書(乙1〔108頁・109頁〕)の概要
(ア) 初診日
平成20年10月25日
(イ) 受診の端緒
平成19年6月頃から手賀沼病院に通院を開始,抗うつ剤,抗不安薬など投薬を受けていたが症状が改善せず,知人の勧めで牛久愛和総合病院神経内科を受診したが精神科での治療を勧められ,当院初診。
(ウ) 初診時の主訴及び他覚的症状
主訴は,「対人緊張場面での動悸,ふるえ,異常発汗がひどくなり勤務にも社会生活にも支障。不眠,気力低下,疲労倦怠感」であり,接触は普通にとれるが,不安感,緊張が強い。経過その他質問には適切な答えあり。出勤が非常に苦痛になっている。人の顔みるのもこわくなり声をかけられるとビクッとなる等,上司との接触に恐怖感,強くみられたため休職をすすめる。
(エ) 傷病名及び診断根拠
傷病名はうつ病(F33.2)である。以前からあった社会不安障害は就労に支障あるほどのものではなかった。上司が変わり勤務負荷が厳しくなって以降,対人恐怖は就労にも社会生活にも支障が強まり,不眠,食欲不振,気力低下,不安感などのうつ状態が中心,顕著となったことを根拠とする。
(オ) 推察される発病時期及びその根拠
社会不安障(対人緊張場面での動悸,ふるえ等)のみの時期には就労に特に支障がなく,また,精神科や心療内科を受診する必要もない程度であったことから,手賀沼病院精神科を受診した平成19年6月頃かその少し前頃と推測する。
(カ) 治療内容及び治療経過
薬物療法,精神療法,生活指導等を行った。経過中,平成22年前半はうつ状態改善がみられて求職活動にも動いたが,再び夏頃から症状悪化,現在に至る。
3  争点に対する判断
以下,前記1で示した業務起因性に関する法的判断の枠組みの下,本件疾病の発病の業務起因性について,検討を進める。
(1)  本件疾病の発病時期について
本件疾病の発病の業務起因性を,具体的な出来事に則して検討する前提として,本件疾病の発病時期がいつであったかが問題となるところ,原告は,本件疾病の発病時期は,手賀沼病院の初診日である平成19年6月30日であると主張する。
ここで,東京労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会は,原告の本件疾病の発病時期を平成19年3月頃であるとの意見を述べている(前提となる事実(7))ところ,原告は,平成19年3月の時点では既に同年6月30日時点と同様の症状(頭痛ないし頭重感,集中力の低下及び意識が遠のく感覚)を呈していた(前記2(7))のであり,上記専門部会の意見は,かかる症状の発生時期とも整合するのであって,合理性があるものと解される。
以上によれば,本件疾病の発病時期は平成19年3月頃であったと認められる。したがって,以後,本件疾病について,業務上の具体的出来事を認定基準に沿って検討するに当たっては,発病のおおむね6か月前である平成18年9月頃から平成19年3月頃までの間の出来事を検討するものとする。
(2)  具体的出来事の検討
ア 原告の時間外労働時間について
(ア) 原告は,少なくとも前記2(6)のとおり,Bから残業の承認を得た上での時間外労働を行っている。ここで原告は,Bから苛烈なパワハラを受けていたためにBを過度に気遣い,実際の残業の一部のみの承認を得るに留まったに過ぎず,実際にはより多くの時間外労働を行っていた旨主張し,本人尋問においても自らの主張に沿った供述をする。
(イ) 前記主張は,原告の長時間労働それ自体が認定基準上の心理的負荷を生じさせる業務上の出来事(認定基準別表1の出来事の類型16「1か月に80時間以上の時間外労働を行った」)に当たる時間外労働があったとの趣旨をも含むものと解されるところ,原告がBを過度に気遣わざるを得ないようなパワハラを受けていたか否かは措くとしても,本件全証拠によっても,原告においてBの承認を得ずに行った時間外労働があること及びその具体的な日時及び時間数を認定することはできないものといわざるを得ない。
すなわち,原告は,平成18年から平成19年6月頃までが残業が特に多かった,毎日終電で帰るような生活であったと述べる(甲6)が,原告の通常の定型的業務の内容(前記2(4)ア)に照らして,恒常的に深夜までの残業を要するものであったとは直ちにいうことができない(原告の同僚であったDは,原告の労働時間は自分とほぼ同程度であり,勤務届(出勤届)記載の時間で間違いないと思う旨,中央労働基準監督署厚生労働事務官の聴取に対して回答しており(乙1〔129頁から135頁まで〕),原告が退職した後,その仕事を引き継いだC(以下「C」という。)も,深夜残業はほとんどなく,残業時間総数も原告より少ない時間で対応できたと述べている(乙17,証人C)。)。
また,原告の前記供述を裏付ける的確な証拠もない(原告は,平成17年10月から平成19年6月までの間における,原告が本件会社の入居していた建物(cビル)から入出館した時刻について,平成25年12月12日付けで明治安田生命保険相互会社を嘱託先とする調査嘱託の申立てを行った。当裁判所は同申立てを採用したが,前記嘱託先から,当時の原告のIDが不明であり回答が困難である旨の回答を受け,本件第5回口頭弁論期日において,原告は同申立てを撤回した(当裁判所に顕著な事実)。)。
(ウ) したがって,本件で原告について認定基準に沿った時間外労働時間数の算定を行うに当たっては,本件会社が出勤簿により把握していた労働時間を基にすべきであるところ,その結果は別紙「裁判所の認定した原告の時間外労働時間数」のとおりである(ただし,平成18年10月3日から同年11月1日までの間の時間外労働時間数については,被告が認定に係る2時間45分を上回る3時間という主張をしていることから,同主張どおり時間外労働時間数を3時間とする。)。算定に当たっての留意点は,次のとおりである。
a 本件疾病の発病日を特定することは困難であるため,想定される最も遅い発病日である平成19年3月31日から遡る7か月間について,一月30日として算定する。
b 週40時間を超えた分を時間外労働時間として算定する。
c 原告は前記aの期間内に半休(いずれも午前休)を取得している日があるところ,当該日については,本件会社の半日休暇の取扱方法(乙14)に基づき,午後1時30分に出勤したものとする。
(エ) 以上のとおりであるから,原告の時間外労働時間数に照らし,それ自体が認定基準上の出来事に該当するということはできない。
イ Bによる原告へのパワハラの有無について
(ア) 原告は,Bから業務に関して,尊厳を傷つけられるような態度を取られ続けるというパワハラを受けたと主張する。
原告がBから業務に関連して叱責を受けたと認められる出来事は,前記2(5)アのとおりであるところ,これらはいずれも,本件グループのマネージャーであるBにおいて,原告の振る舞いないしBからの質問に対する対応について,若干厳しい口調で注意を述べたものと認められる(Bも,その旨を認識している(乙1〔121頁から128頁まで〕)。)。
他方,原告について見ると,原告は,本件会社において10年以上給与関係の業務に携わり,P3の職位にもある,いわばベテラン従業員であること,Bが原告にかけた言葉は「そんな事を言っている場合じゃないだろう」,「原告が分からなくてどうするのか」,「なぜそんなに仕事があるのか。」というものであって,それ自体が特段脅迫的であるとか理不尽であるとまではいえないことや,証拠上,原告とBとの間に特段の対立関係も認められない(Bは,平成17年度及び平成18年度の人事考課の個人票(乙15)について,原告による自己評価とおおむね同等の評価を行っており,原告の業務遂行状況についても肯定的なコメントを付している。)ことを踏まえると,Bによる叱責ないし注意というもの(前記2(5)ア)は,上司が部下に対して行う通常の業務上の指示ないし指導の枠を出ないものというべきである(本件グループにおける同僚であったD及びCは,Bが原告に対してきつい言い方をしていたことは見たことがないなどと述べている(乙1〔129頁から135頁まで〕,17,証人C)。)。
(イ) このほか,原告は,本件の本人尋問において,Bが原告に対して,働く意欲を削ぐような発言が多くあったとして,具体的には,原告が体調を崩し始めていた頃に「(原告が)社員とのコミュニケーションがうまく取れない時期がありまして,なんですぐに対応しないんだとか,そういったことをいわれたりですとか,あとは,ちょっと席を外して戻ってきたときに,ほかの社員の方から電話がかかってきて,ちょっとやりかけの仕事を片付けてから電話しようと思っていたら,なんですぐに電話しないんだとか」言われたことを供述する。しかし,仮にこうしたやりとりがあったとしても,これもまた,Bによる通常の業務上の指示又は指導の範疇を出ないものであるといわざるを得ない。
さらに,原告は,同じく本件の本人尋問において,Bの態度について「朝出社するとですね,私が挨拶しても振り向きもせずに,挨拶もせずに仕事を続けていたりですとか,先ほどFさんも言っていたように,机の上に座って上から目線のような感じで物事を言うですとか,まあ,日頃の言動ですね,そういったところから日々ストレスがたまっていったということです。」とも供述するところ,これらの態度により原告が不快感や心理的な負担感を覚えることがあったとしても,これがパワハラに該当するようなものであるということもできない。
また,ここで,原告の同僚であるFも,Bに対する苦手意識を有していたが,その理由は前記2(5)イのとおり,聴力の障害を補うための読唇術が,口の小さいBに対してはうまく機能せず,したがって,Bの発言を理解しづらいのはFの側に原因があったわけではないにもかかわらず,Bがこれを責めるようにも受け取れる発言を行ったことなどによるものであるから,聴力に障害のあるFがBの言動につき負担に感じるようになったことについては無理からぬ面もあったといえるが,BのFに対する態度が,いわゆるパワハラと評価すべきものであったか否かは,なお判然としない。
(ウ) 前記検討結果に照らせば,原告がBの言動によって精神的な負担を覚えたこと自体を否定するものではないが,Bの言動が原告の尊厳を傷つけるようなパワハラやいじめに該当するものであったとまでいうことはできない。
(エ) 以上を踏まえると,原告とBとの間の関係は,認定基準においては,「(ひどい)嫌がらせ,いじめ又は暴行を受けた」(認定基準別表1の出来事29)に当たるものとは認められず,単に「上司から業務指導の範囲内である指導・叱責を受けた」又は「業務をめぐる方針等において,上司との考え方の相違が生じた(客観的にはトラブルとはいえないものも含む。)」(認定基準別表1の出来事の類型30)場合に当たるということが認められるにすぎず,その心理的負荷の強度は「弱」と評価することが相当である。
ウ 新給与システムの説明会について
原告は,平成18年4月に新給与システムの説明会を開催した際,従業員から激しい口調で責め立てられたとして,かかる出来事の心理的負荷の程度は,説明内容の重大性からして中程度,少なくとも弱程度の負荷であった旨主張する。
本件疾病の発病時期は平成19年3月頃であるところ,認定基準においては,原則としてその前おおむね6か月間の出来事を心理的負荷の評価期間とすべきとされているが,新給与システムの説明会は,発病の約11か月前の出来事であり,上記評価期間の対象外である。仮に評価期間の点を措いて実質的にみても,前記2(4)イで認定した事実によれば,原告が従業員から,もっと上の役職の者から説明すべきである旨の不満を述べられたというに留まるのであって,その後原告において何らかの対応を求められたりする筋合いのものではない上,激しい口調で責め立てられたとは証拠上認めるに足りないから,原告がこの説明会のやり取りに際し心理的負荷を負ったとしても,その程度は限定的なものであると解され,約11か月後に発病した本件疾病との関連を問題にするべき出来事とはいえない。
エ 英語を用いる業務について
原告は,英語を用いる業務を担当させられているところ,原告にとっては達成することが困難なノルマに該当するものであるから,その心理的負荷の強度は中程度である旨主張する。
証拠(証人C,原告本人)によれば,原告が本件会社の業務(給与や社会保険の説明等)において英語を用いることがあったことが認められるが,そもそも本件会社の従業員の大半は日本人であるため(前記2(2)),日常的に高度な英語力を要求されていたとまでは証拠上うかがわれず(前記Cは,中学から高校程度の英語力があれば,製薬会社で用いる単語を調べながら対応することが可能である旨述べている(証人C)。),原告が特に負担が大きかった旨主張する,育児休業者の職務経歴書を本人に代わって英文で作成したという点についても,その具体的な記載内容は証拠上明らかではなく,負担の程度を的確に評価することは困難である。
また,原告は本件会社(PBS)が実施する英語研修を受講するなどして英語力の向上に努め,Bも,こうした原告の姿勢には一定の評価をしていることがうかがわれる(乙15)。
以上の点を総合考慮すれば,原告が本件会社において英語を用いる業務を担当したことについては,認定基準における出来事に該当しないというべきである。
オ 死亡した従業員の遺族に対する説明について
原告は,平成18年10月,死亡した従業員の遺族に対する説明を行ったことについて,心理的負荷の強度が中程度であった旨主張する。
原告が当該遺族に対して行った説明内容等は前記2(4)ウのとおりであるところ,いずれの事項も,人事業務を担当する原告において,死亡した従業員の遺族に対して通常説明すべき事柄であって,当該説明業務自体は,原告の通常業務の範囲内のものであり,原告個人の感受性の感度の問題を別とすれば,認定基準が定めるような特段の心理的負荷を生じさせる出来事であるとは認められない。
カ 従業員からの苦情について
前記2(4)オのとおり,原告には,本件会社の従業員から,「賞与の税金が高い」などの苦情が寄せられていたところ,原告は,このような,原告ではどうすることもできない苦情に対応することの心理的負荷の程度は中程度である旨主張する。
しかし,本件会社の給与及び賞与,社会保険,税務関係を担当していた原告については,税金に関係する苦情対応を行うことも通常業務の一部であったというべきであり,年間10人程度という人数もそれほど多いとはいえない。したがって,当該苦情対応については,原告の通常業務の範囲内のものというべきであり,特段の心理的負荷を生じさせる出来事であるとは認められない。
キ 平成18年年末調整について
原告は,平成18年年末調整に関する事務手続において,業務の困難度が格段に上がったと主張し,その心理的負荷の強度は中程度である旨主張する
平成18年年末調整事務の処理に際しては,同年1月から3月までの給与データの照合,従業員からの苦情への対応等の例年と異なる業務が発生したこと,平成18年11月1日から同月31日まで及び平成18年12月1日から同月31日までの原告の時間外労働時間数(本件会社の把握している時間数)が,それぞれ前月より6時間ずつ増加したことは,前記2(4)エ及び2(6)イのとおりである。
かかる出来事は,認定基準上の「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」(認定基準別表1の出来事の類型15)に該当するが,仕事内容については,原告のこれまでの業務経歴(前記2(1))に照らし,必ずしも大きな変化であるとはいえない。また,当該事務の処理を行った結果,時間外労働時間数が1か月45時間以上になったとも認められないから,仕事内容・仕事量の「大きな」変化があったとはいえず,その心理的負荷の強度は「弱」と評価するのが相当である。
(3)  全体評価
以上によれば,原告については,認定基準別表1における心理的負荷の強度「強」ないし「中」に該当する業務上の出来事は存在せず,「弱」に該当する出来事が二つ存在するのみであって,業務による強い心理的負荷の存在を認めることはできない。仮に前記イにおいて説示した出来事の類型30について,本件が「上司から業務指導の範囲内である強い指導・叱責を受けた」に当たるとしても,その心理的負荷の強度は「中」でしかなく,結論を左右するものではない。
(4)  小括
以上のとおり,原告については,本件疾病発病前おおむね6か月間において,業務による強い心理的負荷の存在を認めることはできないから,本件疾病の発病については,業務起因性を認めることはできない。したがって,本件疾病が労災保険法7条1項1号及び労基法75条所定の業務上の疾病(労基法施行規則別表第1の2第9号所定の疾病)に当たると認めることはできない。
4  結論
以上によれば,原告の請求に係る療養補償給付たる療養の費用を支給しない旨の本件不支給処分が違法であるということはできない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐々木宗啓 裁判官 湯川克彦 裁判官 吉岡あゆみ)

 

〈以下省略〉

 

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