「営業アウトソーシング」に関する裁判例(19)平成29年 5月18日 大阪地裁 平25(行ウ)178号 高石市立羽衣保育所廃止処分取消等請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(19)平成29年 5月18日 大阪地裁 平25(行ウ)178号 高石市立羽衣保育所廃止処分取消等請求事件
裁判年月日 平成29年 5月18日 裁判所名 大阪地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(行ウ)178号
事件名 高石市立羽衣保育所廃止処分取消等請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2017WLJPCA05186010
事案の概要
◇被告市に居住し、条例により設置する被告市立の本件保育所で保育を受けていた各児童の保護者である原告らが、被告市がその制定した本件改正条例によってした本件保育所の廃止処分は、原告らの保育所選択権等を侵害する違法なものであると主張して、同処分の取消しを求めるとともに、被告市に対し、国家賠償法1条1項又は公法上の契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき、1世帯当たり55万円及びこれに対する遅延損害金の各支払を求めた事案
評釈
伴義聖=吉田一弘・判例地方自治 445号4頁
参照条文
児童福祉法24条1項
児童福祉法24条2項
児童福祉法24条3項
児童福祉法33条の4
児童福祉法35条3項
児童福祉法35条6項
裁判年月日 平成29年 5月18日 裁判所名 大阪地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(行ウ)178号
事件名 高石市立羽衣保育所廃止処分取消等請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2017WLJPCA05186010
当事者の表示 別紙1当事者目録記載のとおり
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 (別紙1当事者目録番号3から30まで,66及び67の各原告について)
被告が「高石市立保育所設置条例の一部を改正する条例」(平成25年高石市条例第12号。以下「本件改正条例」という。)の制定によってした,高石市立a保育所を廃止する旨の処分を取り消す。
2 被告は,原告らに対し,それぞれ,別紙2請求額目録記載の各金員及びこれに対する平成24年5月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,被告が,高石市立保育所設置条例(昭和62年高石市条例第5号。以下「本件条例」という。)により設置する高石市立a保育所(以下「本件保育所」という。)を平成26年4月1日をもって廃止する内容の本件改正条例を制定したところ,高石市に居住し,同日より前から本件保育所で保育を受けていた別紙3原告ら児童の入所年月日等一覧表記載の各児童(以下「本件各児童」という。)の保護者である原告らが,被告を相手に,本件改正条例によってした本件保育所の廃止(以下「本件廃止処分」という。)は,原告らの保育所選択権等を侵害する違法なものであると主張してその取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項又は公法上の契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,別紙2請求額目録記載の各金員(1世帯当たり55万円)及びこれに対する平成24年5月31日(被告が本件保育所を民営化する旨の方針を明らかにした日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
なお,原告らのうち,別紙1当事者目録の番号1,2,31から65まで及び68から74までの各原告は,その監護する各児童が既に本件保育所における保育の実施期間を経過したため,本件訴えのうち,本件廃止処分の取消しを求める部分について訴えを取り下げた(以下では,本件各請求に係る原告らを特に区別せずに「原告ら」という。)。
2 関係法令等の定め
(1) 児童福祉法(以下「法」という。)
ア 平成24年法律第67号による改正前の法(以下,特に断らない限り同じ。)35条3項は,市町村は,厚生労働省令の定めるところにより,あらかじめ,厚生労働省令で定める事項を都道府県知事に届け出て,児童福祉施設を設置することができる旨を定めており(なお,法7条1項は,児童福祉施設とは,保育所等とする旨を定めている。),法35条6項は,市町村は,児童福祉施設を廃止し,又は休止しようとするときは,その廃止又は休止の日の一月前までに,厚生労働省令で定める事項を都道府県知事に届け出なければならない旨を定めている。なお,同条7項は,国,都道府県及び市町村以外の者(以下「民間事業者」という。)が,児童福祉施設を廃止し,又は休止しようとするときは,厚生労働省令の定めるところにより,都道府県知事の承認を受けなければならない旨を定めている。
イ 法24条1項は,市町村は,保護者の労働又は疾病その他の政令で定める基準に従い条例で定める事由により,その監護すべき乳児,幼児又は法39条2項に規定する児童の保育に欠けるところがある場合において,保護者から申込みがあったときは,やむを得ない事由がある場合を除き,それらの児童を保育所において保育しなければならない旨を定めている。そして,同条2項は,同条1項に規定する児童について保育所における保育を行うこと(以下「保育の実施」という。)を希望する保護者は,厚生労働省令の定めるところにより,入所を希望する保育所その他厚生労働省令の定める事項を記載した申込書を市町村に提出しなければならない旨を定め,同条3項は,市町村は,一の保育所について,当該保育所への入所を希望する全児童が入所する場合には当該保育所における適切な保育を行うことが困難となることその他のやむを得ない事由がある場合においては,当該保育所に入所する児童を公正な方法で選考することができる旨を定めている。
なお,平成9年法律第74号による改正(以下「平成9年改正」という。)前の法24条は,市町村は,政令で定める基準に従い条例で定めるところにより,保護者の労働又は疾病等の事由により,その監護すべき乳児,幼児又は法39条2項に規定する児童の保育に欠けるところがあると認めるときは,それらの児童を保育所に入所させて保育する措置を採らなければならない旨を定めていた。
ウ 法33条の4は,市町村長等は,保育の実施を解除する場合には,あらかじめ,当該保育の実施に係る児童の保護者に対し,当該保育の実施の解除の理由について説明するとともに,その意見を聴かなければならない旨を定めている。
(2) 児童福祉法施行規則(平成27年厚生労働省令第17号による改正前のもの。以下「規則」という。)
ア 規則38条1項は,法35条6項に規定する厚生労働省令で定める事項を,廃止又は休止の理由(1号),入所させている者の処置(2号),廃止しようとする者にあっては廃止の期日及び財産の処分(3号)及び休止しようとする者にあっては休止の予定期間(4号)とする旨を定めている。
イ 規則38条2項は,法35条7項の規定により,児童福祉施設を廃止又は休止しようとするときは,規則38条1項各号に掲げる事項を具し,都道府県知事の承認を受けなければならない旨を定めている。
(3) 高石市保育実施条例(昭和62年高石市条例第4号。甲2)
被告は,法24条1項の規定に基づく保育の実施に関し,高石市保育実施条例を制定し,同条例3条は,申込手続その他保育の実施に関し必要な事項は,高石市長が別に定める旨を定めている。
(4) 高石市保育実施条例施行規則(昭和62年高石市規則第13号。甲3)
高石市保育実施条例施行規則は,高石市保育実施条例を受けて制定されたものである。同規則3条1項及び様式第1号は,保育所への入所の承諾を受けようとする者は,保育の実施を希望する期間等を記載した保育所入所申込書を高石市福祉事務所長に提出してしなければならない旨を定め,同条例4条は,高石市福祉事務所長は,入所の承諾を決定したときは,保育の実施期間が記載された保育所入所承諾書により申込者にその旨を通知する旨を定めている。
3 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の各証拠(枝番のあるものは特記ない限り全枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。
(1) 当事者等
ア 被告は,法35条3項に基づき,本件条例を制定し,本件保育所を設置して,本件保育所において児童の保育を実施していた者である(甲1)。
イ 原告らは,本件保育所において保育の実施を受けていた本件各児童の保護者であり,それぞれの入所承諾時に,別紙3原告ら児童の入所年月日等一覧表の「入所の実施期間」欄記載の期間の最終日を終期とする保育の実施期間の指定を受けていた者である。
(2) 本件保育所の民営化方針の公表等
ア 被告は,平成24年5月30日,平成24年度第1回高石市行財政改革推進本部会議において,本件保育所を民営化する方針を決定し,同月31日に公表した(甲72,乙25)。
イ 被告は,平成24年6月15日,同月22日及び同年7月27日,本件保育所の入所児童の保護者らに対し,本件保育所の民営化に係る説明会(以下「本件説明会」といい,開催日順に「本件第1回説明会」などという。)を開催した(乙5,6,8,116,117)。
ウ 高石市長は,平成24年6月,高石市定例市議会において,高石市立a保育所の民営化に係る事業者選考委員会(以下「選考委員会」という。)の設置・運営予算案を提案し,同月13日,同案は承認された。そして,被告は,同年7月11日,高石市立a保育所の民営化に係る事業者選考委員会設置要綱(甲5。以下「選考委員会要綱」という。)を告示,施行して,同要綱に基づき,選考委員会を設置した。(以上につき,甲5,弁論の全趣旨)
エ 選考委員会は,平成24年8月1日,同月23日及び同年10月11日に開催された。被告は,同月24日,高石市立a保育所の民営化に係る事業者選考委員会設置条例(甲6。以下「選考委員会条例」という。)を可決し,同条例は同月26日に公布,施行された。選考委員会は,その後,同年11月12日,同月26日,同月28日,同年12月2日及び同月20日に開催され,同日,本件保育所の民営化後の運営事業者に社会福祉法人南海福祉事業会(以下「本件法人」という。)を選定した。(以上につき,甲6,乙9~12,15~17,26)
オ 高石市長は,平成24年12月21日,本件保育所の民営化後の運営事業者を本件法人と決定し,同法人,高石市議会及び本件保育所の入所児童の保護者に対してその旨を通知した(乙27~29)。高石市長は,同月27日,高石市議会に対し,本件法人への本件保育所建物の無償譲渡及び同建物敷地の無償貸付けに係る議決を求める旨の議案を提出し,同案は可決された(乙19,弁論の全趣旨)。
(3) 本件改正条例の制定等
ア 高石市長は,平成25年2月21日,高石市議会に対し,本件改正条例案を提出した。高石市議会は,同年3月11日,上記条例案を可決し,高石市長は,同月15日,本件改正条例を公布した。本件改正条例の内容は,本件保育所の位置を「大阪府高石市○○b丁目〈以下省略〉」から「高石市△△c丁目〈以下省略〉」に改めた上(同条例1条),本件保育所を廃止するというものであり(同条例2条),同条例1条の施行日は平成25年4月1日と,同条例2条の施行日は平成26年4月1日とするというものであった(同条例附則)。(以上につき,甲4,36,弁論の全趣旨)
イ 本件保育所は,平成25年4月1日,本件改正条例1条の施行によって,大阪府高石市○○b丁目〈以下省略〉から同市△△c丁目〈以下省略〉所在の仮園舎(以下「本件仮園舎」という。)へ移転した(甲1)。被告と本件法人は,同日,「高石市立a保育所の民営化に伴う運営に関する協定書」(乙34。以下「本件運営協定」という。)及び「高石市立a保育所の民営化に伴う保育の引継ぎに関する協定書」(乙35。以下「本件引継ぎ協定」という。)を締結した。
ウ 本件保育所職員,同保育所民営化後に勤務予定の本件法人職員及び被告職員は,平成25年4月18日,同年5月29日,同年6月20日,同年7月18日,同年9月19日,同年10月31日,平成26年2月27日及び同年3月6日,引継ぎ会議を開催した(乙40~44,94)。
エ 本件保育所は,平成26年4月1日,本件改正条例2条の施行によって廃止され(甲1),本件法人が,かつて本件保育所の園舎があった場所にd保育園(以下「本件保育園」という。)を設置し,運営している(弁論の全趣旨)。
オ 本件法人職員,本件保育所の入所児童の保護者(同保育所民営化後は本件保育園入園児童の保護者)及び被告職員は,平成25年5月10日,a保育所三者協議会(以下「三者協議会」という。)の準備会合を開催し,以降,同年7月19日,同年10月25日,同年11月22日,同年12月11日,平成26年1月16日,同年2月20日,同年3月18日,同年5月9日,同年7月25日,同年10月2日,平成27年1月16日及び同年4月24日に三者協議会を開催した(甲64,90,乙46~49,84~87,90,118~120)。
(4) 本件訴えの提起等
ア 原告らは,平成25年9月10日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
イ 原告らは,平成25年10月10日,本件廃止処分の効力を本案事件の判決確定まで停止することを求める執行停止の申立て(当庁平成25年(行ク)第105号執行停止の申立て事件)をし,当裁判所は,平成26年3月5日,同申立てを却下した(顕著な事実)。
4 争点
(1) 本件廃止処分の適法性(争点①)
(2) 被告の損害賠償責任(争点②)
5 争点に関する当事者の主張
(1) 本件廃止処分の適法性(争点①)
(被告の主張)
ア 判断枠組み
(ア) 市町村長あるいはその委託を受けた福祉事務所長が行う保育実施決定は行政処分と解され,法上,保育所選択権は認められていない。したがって,保護者の申込みに基づくとはいえ,市町村が保育の実施を決定し,保育所入所児童を選考する行為は,契約に基づくものではなく,行政主体が合理的裁量の範囲内で行う行政処分である。
(イ) 公立保育所の廃止条例制定による保育所の民営化が違法な行政処分に類するものとして取り消されるべきか否かを判断するに当たっては,市町村あるいはその長が,その有する広範な行政裁量の範囲を逸脱し,あるいは裁量権を殊更に濫用して,公立保育所の廃止及び民営化を決定したか否かによって判断すべきである。
イ 本件廃止処分の適法性
以下のとおり,被告による本件保育所民営化の決定は,保育に関する多様な需要に応える保育サービス充実策,公共施設耐震化の早急かつ効率的な実現,財政健全化計画に基づく事務事業見直しの一環として決められたものであり,裁量権の範囲を超え又はその濫用があったとはいえない。
(ア) 建物耐震化の必要性
a 被告は,平成20年3月に策定した耐震改修促進計画(乙20)において,平成27年度までに保育所等の耐震化を完了することを目標とした。しかし,保育所施設については国庫補助制度を用いた耐震化改修工事を行うことができなかったところ,国は大阪府安心こども基金特別対策事業補助金(以下「安心こども基金」という。)を活用した耐震化促進を推奨していた。
b 建物の耐震基準について,Is値(構造耐震指標)が0.3以上0.6未満である場合には,震度6強の地震が発生した場合に倒壊又は崩壊する危険性があるとされるところ,本件保育所の園舎2棟のうち,昭和53年築の1棟のIs値は0.41にとどまり,早急な対応が必要であった。また,平成元年築のもう1棟は,現行耐震基準は満たしていたものの,老朽化や地盤の不同沈下等に起因して立て付け不良等が各所に生じていた。
(イ) 経費削減効果
a 被告は,平成15年以降,財政健全化計画を策定・実施しており,平成23年8月に第五次財政健全化計画(乙23)を策定した。同計画は,事務事業の見直しなどに基づく経常経費の削減による財政健全化と公共施設耐震化を両立させる方策として,e保育所及び本件保育所の民営化と安心こども基金を活用した施設建て替えによる耐震化の方針を示した。
b 本件保育所については,上記(ア)のとおり,園舎の耐震化及び老朽化対策として大規模改修又は建て替えが必要であったところ,市の財政負担を可能な限り軽減しつつこれを実現する方策として,被告は本件保育所の民営化と民間事業者による保育所施設新設を選択した。具体的には,耐震補強工事及び大規模改修を選択した場合と,安心こども基金を活用した建て替えを選択した場合とでは,被告の自主財源により賄うべき費用に約3000万円の差が生じ,引き続き施設を使用することによる施設の老朽化に伴う修繕・維持コストを大幅に低減することができるとした。
c なお,国が平成25年1月に創設方針を打ち出した「地域の元気臨時交付金(地域経済活性化・雇用創出臨時交付金)」(以下「地域の元気臨時交付金」という。)は本件保育所を公立のままで建て替える場合にも利用すること自体は可能であったが,同交付金は本件保育所の民営化及び運営事業者が決定した後になって初めて創設方針が明らかとなった制度である。したがって,同制度ができたからといって,継続的に積み重ねてきた検討結果を全て放棄して方針転換を行うことは,行政の継続性及び安定性に対する市民の信頼を裏切る不合理な判断であって,到底採り得ない。
(ウ) 本件保育所民営化による保育内容の変化の有無等
原告らは,本件保育所の民営化後,保育士や保育内容の質が低下したと主張するが,いずれも主観的な評価に基づくものにとどまる。このうち,散歩の回数については民営化後の低年齢のクラスでは新しい環境への慣れを重視して回数を減らしたものの,それ以外のクラスでは民営化前と同程度であるし,プールや外遊び,運動会についても,一定の方針をもって実施しており,保育士の若さや経験不足による質の低下と見るべきではない。また,本件保育所の民営化前後でけがをした園児が増えた事実はなく,園児が受傷事故に遭った場合には,本件保育園の保育士が適切に対応しているし,定期的に避難訓練を実施しているなど,危機管理面における問題はない。
ウ 本件廃止処分に至る手続上の適法性
(ア) 本件廃止処分は保育実施の解除に当たるか否か
本件保育所を廃止すると同時に,本件法人の設置・運営する本件保育園に保育を承継し,継続通所を希望する通所児童ら全員を受け入れて保育を実施することは,保育の解除(法33条の4)には当たらない。したがって,被告は保護者らに対して同条に基づく説明義務及び意見聴取義務を負うことはない。
(イ) 本件保育所民営化決定に至る検討過程
被告は,保育所の運営等を中心とする子育て支援の在り方について,市民や有識者の意見を得て,遅くとも平成16年以降,多様な観点から検討を続けてきた。その結果,多様な保育需要に応えたサービスを提供する環境を効率的に確保し,保護者の希望する保育サービスを提供する方策として,民間保育園の活用が効果的であるとの方向性に関する示唆が得られた。また,厳しい財政状況下において,公共施設の耐震化を図り,かつ,順次老朽化し,施設維持費がかさむことが予想される保育所施設の効率的かつ効果的な対処として,安心こども基金を活用する基本的な方向性について提言を受けた。本件保育所の民営化は,上記示唆や提言を踏まえ,被告において慎重に検討した結果である。
また,被告は,民営化の決定後も,本件説明会を何度も開催し,民営化の必要性及びメリットと,民営化後の保育を充実させる方策について,保護者の理解を得るべく最善を尽くした。
(ウ) 本件説明会での説明
被告は,本件説明会において,一部の園舎が現行耐震基準を満たしていないこと,その余の園舎については耐震化ではなく老朽化対策として建て替えを最善と判断したこと,耐震補強のみの改修にとどまらず,老朽化した施設の将来性等を考慮したことなどについて,関連する補助制度も併せて説明した。
(エ) 運営事業者の選考
被告は,運営事業者の選考に当たって,被告の独断によるのではなく,選考委員会を設置し,同委員会が全会一致で選考した本件法人を本件保育園の設置・運営事業者に決定した。
選考委員会の委員構成は従前の公立保育所民営化の際のものと同様であるし,委員のうち1名(以下「本件評議員」という。)は,当時,本件法人の評議員であったが,同法人の運営事業者への応募が判明した時点で委員を辞任した。また,選考委員会は地方自治法上条例の制定を要する附属機関には当たらず適法なものであるし,そもそも選考委員会における検討の過程において生じた事象が本件保育所民営化の合理性判断に直接の影響を及ぼすものではない。原告らは選考委員会の内容や進行に問題点があったとも主張するが,具体的な根拠に基づかないものである。
(オ) 本件保育所の民営化に際しての引継ぎ
被告は,本件保育所に通う児童の保護者らに対し,本件保育所に通所している児童全員を本件保育園に受け入れることを伝えた。
また,被告は,円滑な民営化と,運営主体及び環境の変動が保育現場に及ぼす影響の解消及び軽減を目的として,本件運営協定及び本件引継ぎ協定を締結し,引継ぎ会議及び三者協議会を開催したほか,平成25年4月1日から1年間,本件法人から派遣された保育士(以下「引継ぎ保育士」という。)を本件保育所で勤務させて日常的な保育の引継ぎを行い,同保育士らは,民営化後の本件保育園において,年齢別クラスの担任を務めた。これらの経緯に照らせば,本件保育所の民営化に関する手続に何ら瑕疵はない。
(カ) 本件保育所の民営化後の職員体制や保育内容の検証
本件保育所の民営化に関する検証とは,本件保育所の保育の継続性が保たれているかを検討し,不十分であれば本件保育園に働きかけて改善を求め,達成できたかを確認する作業であるところ,被告は,保育士の資格を有し,他の公立保育所で所長を務めた経験のある被告職員を随時本件保育園に訪問させるなどして本件保育園の相談に乗ってきたほか,三者協議会で,民営化後の保育を踏まえて保護者から出された意見や要望に対して,本件保育園と協力して適宜対応している。また,本件保育園も,三者協議会で保護者から出された意見や要望に対して誠実に対応し,必要に応じて保育内容を改善している。したがって,三者協議会は機能しているし,三者協議会において検証は実際に行われており,その検証に基づいて保育内容も改善されている。
(原告らの主張)
ア 判断枠組み
(ア) 平成9年改正法の趣旨は,保育所の入所について,行政処分による入所方式から,保護者が入所を希望する保育所を選択して行った申込みに基づいて市町村と保護者が利用契約を締結する仕組みに改める点にあった。また,法は,特定の保育所を選択した以上,やむを得ない事由がない限り転所させられずに保育を受ける権利という意味の保育所選択権を保護者に対して認めたと解される。そうすると,保育所の入所は公法上の契約であり,市町村による公の施設の管理・廃止も法の規定及び保護者と市町村との契約関係から制約を受けるというべきである。
(イ) 上記(ア)に照らすと,保護者は認可保育所の中から特定の保育所を選択でき,市町村はやむを得ない事由がない限り保護者の希望する保育所において保育を行うべき義務を負い,入所が決まった場合も,やむを得ない事由がない限り小学校就学始期まで他に転所・転園させられることはなく,同事由が認められる場合でも,できる限り継続的な保育が追求されるべきであって,合理的な理由なく殊更に保育内容を変更したり,十分な引継ぎを怠るなど保育の継続性に配慮しなかったり,保護者らからの意見に配慮しなかったり,適切な説明を行わないなど,手続的な適正を欠く場合には,保育を継続する権利を侵害し違法になるというべきである。
イ 本件廃止処分の違法性
以下のとおり,耐震化のために園舎の全面建て替えの必要はなく,仮に必要であるとしても財政的には民営化の必要はなかったし,民営化をせずに補助金を活用する方法はあった。そして,原告らの保育所選択権の内容は,様々な保育需要に基づき,本件保育所を選択して保育を受けることそのものであるところ,本件保育所の廃止と不十分な引継ぎにより保育の質が大幅に低下したのであるから,本件保育所の廃止は保育所選択権を侵害する違法なものである。
(ア) 建物耐震化の必要性
本件保育所の園舎は,被告の主張を前提としても,一部しか耐震強度が不足していなかった。また,その一部についても,あくまで第一次診断の結果にすぎず,同診断では窓の多い本件保育所の建物の耐震性能は過小に評価されている可能性がある。したがって,被告の主張する数値をもって耐震化の必要があるとはいえない。
仮に,本件保育所の一部園舎の耐震化が必要だとしても,耐震補強によれば足りるし,立て付け不良等があるからといって全面的な建て替えが必要だということにはならない。
(イ) 経費削減効果
a 経費削減効果に関する被告の主張は,比較対象として不適切な数値を基に比較をしたものである。実績ベースでの試算や,地方交付税を考慮した試算によれば,本件保育所の民営化による経費削減効果は認められない。したがって,耐震補強に当たっての経費削減効果を理由に本件保育所の民営化を行う理由はなかった。
b 地域の元気臨時交付金を利用すれば,公立のままで本件保育所の耐震補強や大規模改修を行うことができるところ,被告は,遅くとも平成25年1月中頃には同交付金が交付されることを知っていた。したがって,被告は,同時点で本件保育所の民営化を中止することが十分可能であったし,議論の前提が変わった以上,従前の方針を見直す必要があった。
(ウ) 本件保育所民営化による保育内容の変化の有無等
a 被告は,本件保育所の民営化の理由として多様な保育需要への対応を挙げる。しかし,被告は具体的な保育需要を指摘していないし,特に強いニーズのある病児・病後児保育は本件保育所の民営化によっても実現されていない。そして,他に保育需要があるとしても公立保育所によっても対応可能である。したがって,多様な保育需要への対応は本件保育所民営化の理由にはならない。
b 本件保育所では,民営化前まで,ベテランの保育士が相当数配置されて集団的対応が採られ,低年齢児ではお化けのトロルなどを想像させながら怖さを乗り越える意欲を喚起させる取組,5歳児ではかっぱおやじと称する想像力と勇気を喚起する取組等の年齢に応じた創意工夫のある保育,散歩,リトミック,ごっこ遊び,クッキングなどの遊びを日常的に取り入れる特徴のある保育等,極めて質の高い豊かな保育が行われてきた。
しかし,民営化後の本件保育園の職員配置では,若年の保育士が多く,新人保育士が1クラスに複数名配置されており,その後も職員の休職や退職が多く長続きしないなどの問題が生じた。また,民営化された平成26年4月1日以降,多数の児童が本件保育園に行きたがらなくなったり,体調を崩したり,自宅内での言動が変わるなどした。また,保育内容についても,民営化前にはほぼ毎日あった散歩の回数が激減し,プールの開始時期が遅れるとともに回数が激減し,外遊びが減り,保育参観が保護者参加型ではなくなり,運動会で難易度の高いプログラムが実施されなくなるなど,趣旨や目的を含めて民営化前と比べて活動が承継されているとはいえず,保育の質が低下した。さらに,児童のけがが増え,けがをした後の対応や津波等の災害時の避難訓練の実施方法等が不適切であり,危機管理にも問題が生じた。
ウ 本件廃止処分に至る手続上の違法性
(ア) 本件廃止処分は保育実施の解除に当たるか否か
法33条の4にいう「保育の実施」とは,特定の保育所ごとに行われるのであって,児童が保育所においてこれまで受けてきた保育はその主たる担い手である保育士の存在と不可分のものであるところ,保育所廃止処分によって,保育の主たる担い手である正規職の保育士は全員入れ替わるのであるから,保育所廃止処分・民営化が保育の実施の解除に該当することは明らかである。
(イ) 本件保育所民営化決定に至る検討過程
高石市長は,平成19年6月に本件保育所については民営化しない旨を述べ,被告は,その後,平成24年5月30日まで,審議会や議会等において,本件保育所の廃止や民営化の方針について決定したこともないし,言及したこともなかった。ところが,被告は,同日に行われた高石市行財政改革推進本部の会議で,突如として本件保育所の民営化を決定したのであって,市民や学識者等の意見を踏まえ,慎重に検討した結果に基づくものではなかった。
(ウ) 本件保育所民営化の説明
被告は,本件説明会において,民営化しなければ本件保育所の園舎を耐震化できない,園舎全部の耐震化が必要であるなどの虚偽の説明をしたほか,保護者に対して虚偽の工事費用の見積表を配布した。
(エ) 運営事業者の選考
以下のとおり,選考委員会は,構成,進行及び内容において問題があるものであった。
a 選考委員会の委員のうち,保護者代表は2名のみであり,8名のうち5名が老齢の委員で子育て世代が少なく,公益団体代表の委員は市と関係のある団体の代表であった。また,利害関係者である本件法人の評議員である本件評議員が選考委員会の委員として参加していた。このように,委員の構成に問題があった。
b 選考委員会は,附属機関であり,条例に基づかなければならないにもかかわらず,当初は選考委員会要綱に基づく違法なものであった。また,選考委員会条例が制定された直後の選考委員会では,市長の委員に対する委嘱がないにもかかわらず,議事を進めようとした。
c 選考委員会では,学識経験者の委員は無責任な言動をとり,公益団体代表委員は問題の中身を理解しておらず,ほとんど発言しなかった。また,被告の職員が発言して議論を誘導したほか,選考基準を決める前に保育園見学とヒアリングをすることを決めた。
(オ) 本件保育所の民営化への移行に際しての引継ぎ
被告が本件保育所の民営化に際して講じた引継ぎに関する措置は,以下のとおりいずれも不十分なものであり,従前の保育内容は引き継がれなかった。
a 引継ぎ会議によって保育内容を引き継ぐのは不可能であったし,実際にも形式的な引継ぎにとどまり,保育内容の趣旨目的までは引き継がれていなかった。
b 被告は,本件保育所の民営化に際して,わずか1年間しか引継ぎ期間を設けなかった。これは他市の民営化事例と比べて不十分であった。
c 被告は,三者協議会において,保護者らが求めた引継ぎ期間の延長を拒否するなど,保護者と協議して平成26年4月1日以降も保育の質が保たれるような仕組みを作ろうとしなかった。
(カ) 本件保育所の民営化後の職員体制や保育内容の検証
本件保育所の民営化に関する検証とは,被告が本件保育所の保育の同一性,継続性が保たれているかを検討し,不十分であれば本件保育園に働きかけて改善を求め,達成できたかを確認する作業であるところ,被告は,民営化後の職員体制や保育内容の検証について具体的な措置を講じていない。三者協議会は,保育の専門家の関与もなく,保護者が保育内容等の問題点を指摘しても,本件法人の理事長はその保護者をクレーマー扱いするのみであり,被告職員は出席しているがほとんど発言せず,検証のための役割を全く果たさなかった。
(2) 被告の損害賠償責任(争点②)
(原告らの主張)
ア 債務不履行責任
上記(1)(原告らの主張)で主張したとおり,保育所の入所は公法上の契約であり,本件保育所という特定の保育所で就学時まで継続した保育を受けることができる(被告の立場からいえば,そのような継続した保育を給付する義務を負う)ことが,原告らと被告との間の入所契約上の給付義務となっていた。しかし,被告は,上記義務を履行しておらず,そのことにやむを得ない事由もない。仮に,上記の本件保育所という特定の保育所で就学時まで継続した保育を実施することが契約の内容となっているとまではいえなくとも,そのような保護者らの期待,信頼は保護に値するものであり,被告は期待や信頼を侵害している。
また,保育所利用契約の趣旨等に照らすと,上記契約に付随する義務として,本件保育所の廃止が本件各児童に与える影響等を考慮し,本件保育所の民営化に際して,本件各児童が心理的に不安定になることを防止するとともに,原告らの懸念や不安を少しでも軽減するために,引継ぎ期間を少なくとも1年以上設定し,民営化以降も1年間は本件保育所の保育士を本件保育園に派遣するなどの十分な配慮をすべき信義則上の義務や,本件保育所の廃止・民営化をする理由及び本件保育所の民営化後の保育内容等について十分な説明をすべき信義則上の義務を負っていたというべきである。そして,仮に保育所の入所関係が公法上の契約でないとしても,被告は上記義務を負うというべきである。しかし,被告は,本件保育所の民営化に際し,原告らや本件各児童に対し,十分な配慮や説明をしたとはいえず,上記義務に違反した。
イ 国家賠償責任
被告は違法な本件廃止処分やこれに関する一連の違法な措置を行った。これにより,原告らの子は日常的な保育所での活動によって乳幼児期に培われるべき運動能力を低下させる被害を受けた。また,原告らは,本件保育所との信頼関係を壊され,本件保育園や他の保護者らからクレーマーやモンスターペアレント扱いをされた。
ウ 損害
これらの結果,原告らは精神的苦痛を被ったのであり,その損害額は1世帯当たり50万円を下ることはなく,本件訴訟を提起するに当たって委任した弁護士費用は上記損害額の1割である1世帯当たり5万円が相当である。
エ 小括
よって,原告らは,被告に対し,公法上の契約である保育所利用契約の義務違反又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権に基づき,別紙2請求額目録記載の各損害賠償を求める。
(被告の主張)
上記(1)(被告の主張)で主張したとおり,本件廃止処分及びこれに関する一連の対応について違法な点はなく,被告に損害賠償責任はない。
第3 当裁判所の判断
1 争点①(本件廃止処分の適法性)について
(1) 判断枠組み
ア 市町村は,保護者の労働又は疾病等の事由により,その監護すべき乳児,幼児等の児童の保育に欠けるところがある場合において,保護者から入所を希望する保育所等を記載した申込書を提出しての申込みがあったときは,入所を希望する児童の全てが入所すると当該保育所における適切な保育の実施が困難になるなどのやむを得ない事由がある場合に当該保育所に入所する児童を選考することができること等を除けば,その児童を当該保育所において保育しなければならないとされている(法24条1項~3項)。平成9年改正がこうした仕組みを採用したのは,女性の社会進出や就労形態の多様化に伴って,乳児保育や保育時間の延長を始めとする多様なサービスの提供が必要となった状況を踏まえ,その保育所の受入れ能力がある限り,希望どおりの入所を図らなければならないこととして,保護者の選択を制度上保障したものと解される。そして,関係法令等の定め(3),(4)のとおり,被告においては,保育所への入所承諾の際に,保育の実施期間が指定されることになっている。このように,被告における保育所の利用関係は,保護者の選択に基づき,保育所及び保育の実施期間を定めて設定されるものであり,保育の実施の解除がされない限り(法33条の4参照),保育の実施期間が満了するまで継続するものである。そうすると,特定の保育所で現に保育を受けている児童及びその保護者は,保育の実施期間が満了するまでの間は当該保育所における保育を受けることを期待し得る法的地位を有するものということができる(最高裁判所平成21年11月26日第一小法廷判決・民集63巻9号2124頁参照)。
イ もっとも,地方公共団体が設置する保育所は,「公の施設」に当たり,その設置及び管理に関する事項は条例で定めなければならないとされ(地方自治法244条1項,244条の2第1項),公の施設を設置,管理及び廃止することは地方公共団体の担任事務とされている(同法149条7号)。上記によれば,地方公共団体ないしその長は,当該地方公共団体の施策内容やその財政状況を始めとする様々な要因を総合的に勘案して,公の施設を設置し,管理し,あるいは廃止することができるものと解すべきであって,公の施設の設置,管理及び廃止については,地方公共団体ないしその長の裁量的判断に委ねられていると解するのが相当である。
他方,公の施設のうち市町村が設置した保育所については,その廃止の日の一月前までに,都道府県知事に対して,①廃止の理由,②入所させている者の処置,③廃止の期日及び財産の処分の各事項について届け出なければならないとされている(法35条6項,規則38条1項1号~3号)。そして,民間事業者が設置した保育所については,上記各事項を明らかにして都道府県知事の承認を受けなければならないこと(法35条7項,規則38条2項)からすると,上記各事項は,上記承認に当たって考慮を要する要素と解される。そして,上記アのとおり,特定の保育所で現に保育を受けている児童及びその保護者は,保育の実施期間が満了するまでの間は当該保育所における保育を受けることを期待し得る法的地位を有していると解され,これは保育所の設置主体が市町村か民間事業者かによって異なるところはない。そうすると,上記①から③までの各事項は,市町村がその設置した保育所を廃止する場合においてもまた,考慮を要する事項であると解するのが相当である。
以上を総合すると,市町村が設置した保育所を廃止する条例は,その廃止の理由に係る判断,当該保育所に入所している児童に対する処置,廃止の時期や財産の処分等について,裁量権の範囲を超え又はその濫用があった場合に違法になるものと解するのが相当である。
ウ これに対して,原告らは以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。
(ア) 原告らは,法24条2項や規則24条で定められた保育所入所申込書の書式のほか,平成9年改正の際における法所管課担当官等の発言等を根拠として,保育所の利用関係が公法上の契約になったのであるから,保護者は,特定の保育所を選択した以上,やむを得ない事由がない限り,その児童を転所,転園させられずに継続的に特定の保育所での保育を受ける権利を有しており,公立保育所の廃止は同権利を害する旨主張する。しかし,原告らが挙げる各規定は,市町村に対して保育所において保育しなければならない旨を定めているにとどまり,保護者が選択した特定の保育所における保育の義務を定めたものではない。そして,法35条6項及び規則38条1項は市町村が現に入所中の児童がいる保育所を廃止する場合があることを前提とした廃止手続を定めている。そうすると,仮に保育所の利用関係を公法上の契約と解するとしても,原告らの主張するようにやむを得ない事由がない限り保育所の廃止が許容されないと解することはできない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(イ) また,原告らは,被告による本件保育所の廃止は,法33条の4にいう保育の実施の解除に当たるとして,本件保育所の廃止は同条に反する違法なものである旨主張する。しかし,法24条4項は,「保育所における保育を行うこと又は家庭的保育事業による保育を行うこと(以下「保育の実施」という。)」と定めており,法33条の4は,「都道府県知事,市町村長…は,次の各号に掲げる措置又は保育の実施等…を解除する場合には,あらかじめ,当該各号に定める者に対し,当該措置又は保育の実施等若しくは児童自立生活援助の実施の解除の理由について説明するとともに,その意見を聴かなければならない。」とし,その3号で「母子保護の実施及び保育の実施 当該母子保護の実施又は保育の実施に係る児童の保護者」と定めている。このように,法は,「保育所における保育を行うこと又は家庭的保育事業による保育を行うこと」をもって「保育の実施」と定義しているから,同条にいう保育の実施の解除も,保育に欠けることの要件等を欠くことを理由として,市町村が保育所における保育を行うことを解除する場合をいうものと解するのが相当である。
また,原告らは,平成9年改正の趣旨を踏まえれば,法24条の「保育所」は特定の保育所と解すべきであるし,少なくとも法33条の4の解釈において,公立の保育所を民営化することは,保育の実施の解除に当たる旨主張する。しかし,法24条3項は入所を希望した特定の保育所を「一の保育所」「当該保育所」と規定しているのであるから,同条の「保育所」を特定の保育所と解することは同条の文理に反する。また,保育所の入所の選択に当たって保護者の選択を制度上保障するか否かと保育所の民営化の手続を法33条の4の定める手続によるべきか否かは別の問題であることからすると,同改正の趣旨によって公立保育所の民営化に法33条の4が適用されるべきという解釈も採用できない。
以上のとおり,本件保育所の廃止は,保育の実施の解除には当たらないから,これに該当することを前提とする原告らの主張は採用できない。
(ウ) さらに,原告らは,行政手続法の適用除外について定める法33条の5は「保育の実施の解除」を挙げているところ,本件保育所の廃止がこれに該当しないのであれば,行政手続法が適用され,本件廃止処分は不利益処分(行政手続法2条4項)に該当するから,同法に定める聴聞又は弁明の機会の付与の手続を執らなければならない旨主張する。
しかし,本件廃止処分は,本件改正条例の制定によってされたものであるところ,これは地方公共団体の議会の議決によってされる処分であって,行政手続法3条1項1号により同法の適用除外とされている。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
(2) 本件廃止条例の適法性
ア 園舎建て替えの必要性
(ア) 認定事実
前記前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 本件保育所には,保育室棟とプレイルーム棟の2棟の建物があった。保育室棟は,昭和53年に建築された延べ床面積482平方メートルの2階建て建物であり,プレイルーム棟は,平成元年に建築された延べ床面積546.70平方メートルの2階建て建物であり,両棟は接続して建っていた。(以上につき,甲21,乙4)
b 被告は,平成20年3月,高石市耐震改修促進計画を発表した。同計画では,平成19年時点の市有建築物130棟のうち88棟が昭和56年5月以前に建築され,その後耐震改修が行われていないところ,平成27年度までに耐震化率9割を目指すこと,そのために,市有財産の有効活用の観点から,長期的な活用を図る建築物については耐震改修で,老朽化や機能面等から長期的活用が難しい建築物については建て替えなどにより耐震化を推進すること,施設の統廃合や財政状況を踏まえて耐震化を進めていくことが示された。(以上につき,乙20)
c 被告は,平成21年に高石市内の公立保育所について耐震診断(一次診断)を行ったところ,保育室棟は,当時の耐震基準を満たしておらず,Is値は1階X方向で0.50,1階Y方向で0.41,2階Y方向で0.51であった。なお,Is値は,非木造建築物の各階の構造耐震指標であり,同値が0.3未満の場合は地震の振動及び衝撃に対して倒壊し,又は崩壊する危険性が高いとされ,同値が0.3以上0.6未満の場合は上記危険性があり,0.6以上であれば上記危険性は低いとされている。(以上につき,甲21,乙4,5,20)
(イ) 検討
a 上記認定事実a及びcのとおり,本件保育所の園舎のうち保育室棟は,平成21年当時の耐震基準を満たしておらず,Is値は1階のX・Y方向及び2階Y方向で0.6を下回り,地震の振動及び衝撃に対して倒壊し,又は崩壊する危険性があるとされる値となっており,本件保育所の園舎のうち,少なくとも保育室棟は耐震化の必要性があったと認められるし,高石市耐震改修促進計画(上記認定事実b)に沿ったものといえる。なお,被告は,建て替えの必要性を基礎付ける事情として園舎の老朽化をも挙げるが,保育室棟は築30年を経過し,プレイルーム棟は築20年を経過していたことのほかに老朽化による具体的な不具合を示す的確な証拠は見当たらない。
b これに対して,原告らは,本件保育所の園舎のうち耐震強度が不足していたのはその一部にすぎないのであるから,園舎全部の建て替えの必要性は認められない旨主張する。しかし,上記認定事実aのとおり,本件保育所の園舎の保育室棟とプレイルーム棟とは接続していたのであるから,保育室棟について建て替えの必要性が認められる以上,築20年を経過していたプレイルーム棟についても併せて建て替えを行うこととした被告の判断が不合理であるとはいえない。
また,原告らは,被告が行った耐震診断(上記認定事実c)は一次診断のみであり,窓の多い本件保育所の園舎については上記診断結果をもって耐震化の必要があるとは認められないし,被告もかつては建て替えの必要性を認めていなかった旨主張する。確かに,一次診断は壁の多い建物に適した簡便な手法であり,壁の少ない建物に用いると耐震性能が過小評価され,二次診断まで行われる例が多いことがうかがわれる(甲22)。しかし,上記指摘にある過小評価の可能性がどれほど生じるかは明らかでなく,この点の主張は抽象的なものにとどまる。また,上記認定事実cのとおり,一次診断の結果は1階X方向及びY方向並びに2階Y方向でIs値が基準値である0.6を下回っていたのであって,多数の児童の保育に供する園舎について,二次診断をするまでもなく,上記結果が出た園舎を耐震上問題ないとして引き続き使用することは相当でないと判断したことが不合理であるとはいえない。なお,被告は,平成18年12月20日の高石市行財政改革推進本部において,本件保育所の園舎は数十年の使用に耐えるものと思われる旨の見解を示したことが認められるものの(甲65),これは施設整備補助基準上の耐用年数との関係で述べられたものであって,耐震性について述べられたものではないから,この点をもって本件保育所の園舎の耐震性に問題がなかったとはいえない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
イ 財政上の効果
(ア) 認定事実
前記前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 被告は,平成15年度に赤字再建団体への転落が予想される状況にあったことから,第一次・第二次財政健全化計画(平成15年度~平成17年度),第三次財政健全化計画(平成17年度~平成19年度),第四次財政健全化計画(平成19年度~平成22年度)を順次策定・実施し,これにより53億4536万円の財政上の効果があった。もっとも,被告が平成23年8月に策定した第五次財政健全化計画では,平成24年度から平成28年度までの4会計年度は単年度普通会計ベースで約3億5500万から7億2700万円の歳出超過となる見通しが示されたため,その改善策として土地開発公社の債務の全面的な解消,適正な定員確保等の人件費の見直し,統廃合・民営化・アウトソーシングの推進等の事務事業の見直し,歳入の確保が挙げられた。(以上につき,乙23)
b 被告は,本件保育所の園舎について,公立での耐震化を含む大規模改修による場合の被告の負担額と民営化による全面建て替えの場合の被告の負担額の比較について,本件説明会での保護者らの指摘等を受けて複数回改訂し,本件第3回説明会において,①公立での耐震化を含む大規模改修による場合の被告の負担額は概算で1億5334万1500円であるのに対し,②民営化による全面建て替えの場合の負担額はe保育所民営化による実績や概算・予測で1億2390万円であるとし,それぞれの内訳は別紙4のとおりであると説明した(甲24,25,乙5,116,117。なお,上記証拠に照らせば,乙6,8は上記金額の算出根拠を推認させるものではあるが,本件説明会で配布されなかった可能性を排斥することはできない。)。
c 上記①のうち,耐震補強工事及び大規模改修に要する各費用について,被告は,当初1平方メートル当たり5万円で積算したが,第2回説明会での指摘を踏まえて再度検討し,1平方メートル当たり4万円に改めて積算した。また,耐震(第)二次診断費用について,被告は,補強計画及び実施設計費用を含めて,被告の他の公共施設における実績値を基に積算した(なお,同費用に係る国の補助額について,被告は,本件説明会での配布資料(甲24)では96万4000円と算定したが,最終的には,関係する補助金交付要綱に基づき,1平方メートル当たり2000円の単価に面積を掛けた金額の3分の1である32万1000円と算定した(乙6)。)。そして,本件仮園舎の費用について,被告は,当初は過去の他の大規模改修等の際に仮園舎を設置した費用を基に積算したが,その後,工事期間を踏まえて半年間のリース契約を前提とする金額として積算した(なお,民営化の場合の同費用は当初のままである。)。
上記②のうち,民営化した場合の建て替え費用及び旧園舎の撤去費用については,e保育所を民営化した際の実績値を基に概算し,被告の負担割合については,当初4分の1としていたが,本件第2回説明会があった平成24年6月22日頃に大阪府から被告に対して通知があり,これに沿って同割合を12分の1として積算し,実際にも同割合で負担することになった。
(以上につき,甲24,25,乙5,6,8,51の1,116,117)
d 被告における公立保育所運営費は,これまで1か所当たり年額約2億円程度を要していた。他方,私立保育所に対しても運営費を要することになるが,これについては公立保育所運営費を上回るものではなかった。(以上につき,乙113,証人B(以下「B」という。))
e 保育所の耐震化に関する補助施策の概要は以下のとおりである。
(a) 安心こども基金の保育所緊急整備事業は,公立を除く保育所の施設整備費のうち,平成23年度は国が2分の1,民間事業者が4分の1,被告が4分の1をそれぞれ負担するという内容のものであり,平成24年度は国が3分の2を,民間事業者が4分の1を,被告が12分の1を負担するという内容であった。なお,安心こども基金は,当初,平成23年度限りとされていたが,平成24年度も延長されることとなり,被告は,平成24年2月にこれを知った。(以上につき,甲74,乙4,5,8,23,117,弁論の全趣旨)
(b) 公立保育所については,国土交通省の耐震改修補助率は11.5%であり,被告が残り88.5%を負担するという内容であった(乙5)。
(c) 地域の元気臨時交付金は,平成25年1月15日付けで閣議決定された平成24年度補正予算に基づく国から地方公共団体への交付金であり,建設公債事業となる国庫補助事業等のほか,全ての地方単独事業に充当することができる交付金であり,被告には5億0622万7000円が交付され,平成25年度一般会計補正予算に計上された(甲32~35,乙30)。
(イ) 検討
a 上記認定事実b,dのとおり,本件保育所の民営化による建て替えの場合における被告の負担は,本件保育所のまま大規模改修をする場合の負担に比べて約3000万円少ないと算出されたことが認められるほか,本件保育所の民営化によって,以後の被告の施設運営費及び人件費の支出が抑制されることが認められる。また,上記認定事実eによれば,公立保育所のまま国の耐震改修補助制度を活用するよりも,保育所を民営化した上で安心こども基金を利用する方が被告の財政負担が少なく,第五次財政健全化計画(上記認定事実a)及び高石市耐震改修促進計画(上記ア(ア)b)に沿うものといえる。
b これに対して,原告らは,①上記認定事実bの計算のうち,本件保育所を民営化した場合は実績値を基にした金額であるのに対し,本件保育所を公立のまま園舎を大規模改修した場合の経費は概算値を基にした金額であり,比較すること自体が不適切であるほか,②積算根拠が不明確であるし,③本件説明会を通じて金額や算出根拠が変遷したのであるから,財政効果があるという被告の説明に信用性はない旨主張する。しかし,上記①については,上記認定事実cのとおり,民営化した場合の建て替え費用については実績値を基にしたものであるものの,最終的には同値を基にした概算,予測であることからすると,これと概算値を基にした大規模改修の場合とを比較すること自体が不適切であるとまではいえない。また,上記②及び③については,上記認定事実cのとおり,積算根拠については単価や前提条件の全てが明示されたわけではなく,計算過程については本件説明会において口頭で逐次説明を行い,一部については保護者の指摘を踏まえて積算を修正したことが認められ,その方法が保護者にとって分かりにくく,適切なものとはいい難い面があることは否めない。しかし,各費目について一定の積算根拠が示されていることや,修正のうち多くは前提の見直しや説明会後に判明した事情を基にしたものであることからすると,被告の積算根拠が不相当であるとはいえないし,上記各金額についての被告の説明が信用できないとまではいえない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
また,原告らは,3園分の公立幼稚園舎の耐震補強改修工事の実績値(甲25)を挙げ,これを基に公立のまま耐震化を含む大規模改修を行った場合の費用を算出すると,民営化による全面建て替えによる財政効果はない旨主張し(甲26,29参照),これに反する被告の積算結果に信用性はない旨主張する。しかし,耐震補強改修工事の費用は,改修の前提となる建物の状態や,必要な工事内容等によって左右されるのであって,原告らの挙げる各園舎の予算額及び落札額並びに延べ床面積1平方メートル当たりの金額にもばらつきがある。そうすると,上記実績値等に基づく算出額が被告の概算額より必ずしも正確であるとはいえず,被告の積算結果の信用性を否定するものとはいえない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
また,原告らは,証拠(甲30,31)によれば,被告の積算結果を前提としても,地方交付税を考慮すれば,公立のまま本件保育所の耐震補強工事及び大規模改修を行った方が被告の財政負担は少なくなると主張する。しかし,同主張は,被告負担額の75%を起債(借入金)によって賄った上で,その元利償還金が全て地方交付税算定における事業費補正の対象となることを前提としているところ,同前提を認めることができない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
また,原告らは,地域の元気臨時交付金を用いれば安心子ども基金を利用する必要はなく,公立のまま本件保育所の改修又は建て替えを行うことができ,またそうすべきであった旨主張する。確かに,①総務省自治財政局財政課は平成25年1月15日に各都道府県市町村担当課等に対して同交付金を交付する旨の事務連絡を発出し(甲34),②被告は遅くとも同月23日には同交付金に係る詳細な資料を入手した(乙30)のであるから,その後,同年2月21日に高石市議会に提案された(前記前提事実(3)ア)本件改正条例の審議の中で,同交付金の活用を検討することは不可能ではなかった。しかし,上記認定事実e(c)のとおり,同交付金の対象事業は保育所の改修や建て替えに限られない広範なものであって,いずれの事業に用いるかについては被告の財政状況や政策上の選択肢を踏まえた裁量に委ねられるものであるところ,本件保育所の改修又は建て替え以外に同交付金を必要とする事業がなかったとはいえず(乙113),同交付金を本件保育所の改修等に用いなければならないという事情は認められない。また,上記①の事務連絡の内容は市町村議会に対しても速やかに連絡することが求められていること(甲34)などに照らすと,同交付金の存在及び内容は高石市議会に対しても伝えられていたものと認められるから,被告が高石市議会に対して同交付金の利用可能性について触れずに本件改正条例案を提案し,同案が成立したとしても,それが違法であるとはいえない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
ウ 多様な保育ニーズへの対応
(ア) 認定事実
前記前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 被告が設置した高石市子育て支援懇談会は,保育所に関する公民の役割分担等について審議し,平成16年12月に報告書を取りまとめた。同報告書は,障害児保育等,公が果たさなければならない分野があり,公を残してほしいとの声もあるが,全てを公で行う時代ではないので,公として果たさなければならないものの見極めが必要であること,保育所に関する新たなニーズに対しては,市の財政状況と児童福祉の理念の下で効率的・効果的な方策の検討が必要であることなどの意見が示された。(以上につき,乙2,弁論の全趣旨)
b 被告は,平成21年2月,就学前児童(0歳~5歳)の保護者1213名を対象としてアンケート調査を行った。同調査の有効回答数は725人(59.8%)であり,不足していると思う保育サービス(複数回答)の質問に対しては,病児・病後児保育(27.3%),認可保育所(26.6%),一時預かり(16.8%),延長保育(10.5%)等の回答があった。(以上につき,甲67)
c 被告が設置した高石市の幼児教育のあり方検討委員会は,被告の幼児教育の現状と課題,幼児教育における公民の役割分担等について審議し,平成21年11月に報告書を取りまとめた。同報告書では,平成14年にf保育所,平成21年にg保育所が民営化されて定員が増えたが,年度途中で待機児童が発生していること,公立保育所は従来の役割に加えて障害児教育の充実を図ることが重要であることなどが指摘された。(以上につき,甲66,乙3)
d 被告が設置した高石市の保育のあり方検討委員会は,被告の保育の現状と課題,公民の役割,保育事業等について審議し,平成23年8月に報告書を取りまとめた。同報告書の概要は以下のとおりである。(以上につき,甲68,乙4)
(a) 保育所の現状について,平成14年にf保育所,平成21年にg保育所,平成23年にh保育所が民営化された。保育所の入所児童数は増加傾向にあり,定員増やクラス定員の弾力化等によって,平成17年度以降毎年4月時点での待機児童は生じていないが,各年度途中から待機児童が発生しておおむね年度末にかけて増加し,各年度末の待機児童数は22人(平成17年度),31人(平成18年度),23人(平成19年度),26人(平成20年度),1人(平成21年度),59人(平成22年度)であった。
年度途中で待機児童が発生していることは課題であり,「待機児童ゼロのまち・高石」を目指していくことが望ましい。
(b) 障害児及び経過観察児の保育は増加傾向にあり,これら障害児保育については,これまで公立保育所が中心に担当してきたが,私立保育所においても同保育の役割を担ってきており,私立保育所が受け入れている障害児及び経過観察児の人数は平成19年から平成23年にかけておおむね増加傾向にあった。また,私立保育所に対しては,延長保育促進事業,一時預かり事業,病児・病後児保育事業,障害児保育事業等の補助事業が国及び大阪府によって講じられ,延長保育,一時保育等の多様化する保育ニーズへの対応や,定員に対する柔軟な受入れについては,私立保育所が中心的に担ってきた。
多様化する保育ニーズへの対応の必要性や補助事業の存在から,私立保育所の役割は以前よりも増大しており,公立保育所は,障害児保育を含めた子育て支援に関して培った知識と経験を公民の交流や研修の共同化を図ることによって活用し,子育てに関する中核的機能を担うことが望ましい。
(イ) 検討
a 上記認定事実のとおり,被告においては,待機児童の解消が課題として挙げられたほか,延長保育,一時保育等の多様化する保育ニーズについては,補助事業を活用しながら私立保育所が対応してきたところ,証拠(乙13,34,113,証人B)によれば,本件保育所の定員は120名であったが,民営化後の定員は130名となったこと,障害児保育及び病児・病後児保育の実施のほか,保護者のニーズに応じて延長保育(19時~21時),一時保育及び休日保育を行うことが本件保育所の受託事業者の応募条件となっており,本件法人との契約内容にもなっていたことが認められる。そうすると,本件保育所の民営化は,被告において従前から指摘されていた待機児童の解消や多様な保育ニーズへの対応も目的としたものであるといえる。
b これに対して,原告らは,平成21年2月時点のアンケート結果(上記認定事実b)のみでは平成24年に行われた本件保育所の民営化に係る保育需要の具体的な資料があるとはいえない旨主張する。しかし,同アンケートは就学前児童の保護者を対象としたものであること,同アンケートから本件保育所民営化の決定までの期間は約3年であること,保育需要のうち,待機児童数や障害児保育等についてはその後の状況(上記認定事実d)によっても推し量ることができることからすると,本件保育所の民営化が保育需要について具体的な資料を欠いたまま行われたとはいえない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
また,原告らは,保育需要のうち待機児童については年度当初には存在していないから緊急の課題ではないし,本件保育所の民営化による定員増によってどの程度解消できるのか定かではない旨主張する。しかし,法24条1項は,市町村は,やむを得ない事由がある場合を除き,保育に欠ける児童を保育所において保育しなければならない旨を定めていることに照らせば,年度途中の待機児童を緊急な課題ではないということ自体疑問がある上,平成17年度以降,多くの年で22名から59名の待機児童が生じたのであるから(上記認定事実d(a)),本件保育所の定員が民営化により10名増加したこと(上記a)は,待機児童解消に奏功したものといえる。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
原告らは,被告が挙げる多様な保育ニーズは本件保育所の民営化によっても実現されていないし,公立保育所によっても実現可能であるから,民営化の理由とはならない旨主張している。確かに,証拠(乙113,証人B)によれば,一時保育等は民営化後に実現されていないことが認められる。しかし,上記aで認定したとおり,障害児保育や病児・病後児保育等の保育ニーズへの対応は被告と本件法人との契約内容になっていることからすると,民営化後の特定の時点において予定されている保育サービスが実現されていないことをもって,多様な保育サービスへの対応を民営化の理由として挙げたことが誤りであるとか,前提となる事実を欠くとはいえない。また,上記認定事実a,d(b)のとおり,被告においては,国及び大阪府によって講じられた補助事業を活用して多様な保育ニーズへの対応を行うことが志向されていたことからすると,公立保育所によっても同様の保育サービスが可能であるとしても,それ自体が被告の主張する民営化の必要性を否定するものとはいえない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
また,原告らは,本件保育所を民営化すると,被告における公立保育所は1園だけになってしまい,需要の高い障害児保育の要請に対応できなくなるから,多様な保育ニーズに応えるために本件保育所を民営化するという理由は不合理である旨主張する。確かに,公立保育所による障害児保育の必要性は指摘されてきたところであるが(上記認定事実aのほか,甲46,47),その後,補助事業が講じられた中で私立保育所も障害児保育の実績を積んでおり,公民の役割について公立保育所は公民の交流や研修の共同化等によってこれまでの知識と経験を活用するべきである旨の提言がされていること(上記認定事実d(b))からすると,原告らの指摘を踏まえても,本件保育所の民営化によって障害児保育に対応できなくなるとは認められない。したがって,原告らの上記主張は採用できない。
エ 本件廃止処分に至る手続等
(ア) 認定事実
前記前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 被告は,平成18年12月20日,高石市行財政改革推進本部会議において,g保育所及びh保育所を民営化することを決定し,本件保育所を含む3か所の公立保育所を存続させていくとの方針を示した(甲65)。
b 高石市長は,平成19年6月26日,高石市議会予算委員会において,公立保育所のうち2園を民営化し,3園を公立のまま存続させていく方針である旨の答弁をした(甲50)。
c 被告は,平成20年3月に発表した高石市耐震改修促進計画において,平成27年度までに市有建築物の耐震化率9割を目指すこと,そのために,耐震改修,建て替え等のほか,施設の統廃合や財政状況を踏まえて耐震化を進めていくことを示した(上記ア(ア)b)。
d 高石市の保育のあり方検討委員会は,平成23年8月に取りまとめた報告書において,多様化する保育ニーズへの対応の必要性や補助事業の存在から,私立保育所の役割は以前よりも増大しており,公立保育所は,障害児保育を含めた子育て支援に関して培った知識と経験を公民の交流や研修の共同化を図ることによって活用し,子育てに関する中核的機能を担うことが望ましいことなどを提言した(上記ウ(ア)d(b))。
e Bは,平成23年8月18日,高石市行財政改革推進本部会議において,e保育所及び本件保育所の耐震化について,安心こども基金を活用し,最も老朽化の進んでいるe保育所を民営化する方針を説明した(なお,この時点では,同基金は平成23年度までの予定であった。)。被告は,上記説明及び高石市の保育のあり方検討委員会の報告(上記d)を踏まえ,e保育所を平成25年4月1日から民営化することを決定した。(以上につき,甲70,乙24,113,証人B)
f 被告職員は,平成23年9月8日の高石市議会議員全員協議会において,現時点では本件保育所は公の保育所であるので,被告の耐震改修促進計画(上記c)に従い,今後の国の子ども・子育ての新システムの動向を踏まえて改修計画を検討していく方針である旨答弁した(甲71,証人B)。
g 高石市次世代育成支援対策地域協議会は,平成24年3月31日付けで,「高石市次世代育成支援行動計画平成23年度進捗状況の報告」を取りまとめた。同報告では,保育施設,設備の改善等に関し,耐震化については,高石市耐震改修促進計画(上記c)に基づいて実施する旨の方針が示された(甲73)。
h Bは,平成24年5月30日,高石市行財政改革推進本部会議において,本件保育所の耐震改修について,子ども・子育て新システムの動向,高石市耐震改修促進計画の目標年次(上記c),施設の耐用年数等を考慮し,平成24年度限りの財政的支援である安心こども基金を活用して,本件保育所を民営化し,園舎を建て替える方針を説明し,被告は,本件保育所の民営化を決定し,同月31日に公表した(前記前提事実(2)ア,甲72,乙25)。
(イ) 検討
a 本件保育所民営化決定に至る経緯について
上記認定事実によれば,被告は,当初は本件保育所を公立のまま存続させる方針であったものの(上記認定事実a,b),平成27年度までに耐震化を達成するという耐震改修促進計画(同c)に加え,保育所の公民の役割分担に関する指摘(同d)や国の施策動向を踏まえて本件保育所の民営化を決定したものと認められる。
これに対し,原告らは,従前の方針を翻して突然民営化を決定し,事前に保護者に対して何ら説明はなく,原告らの保育所選択権を奪った旨主張する。しかし,上記説示のとおり,本件保育所の民営化は被告においてそれまで公に示してきた方針の範囲内の判断であったといえるし,政策上の当不当の問題はさておき,原告らに対する事前説明がないことをもって原告らの法的地位を侵害する違法な手続であるとはいえない。また,原告らは,被告職員は議員全員協議会(上記認定事実f)や高石市次世代育成支援対策地域協議会の報告(同g)において本件保育所の耐震化については公立保育所を維持したまま耐震化を行う旨述べていた旨主張する。しかし,被告職員は耐震改修促進計画(同c)に従って行うとも述べているところ,同計画では施設の統廃合や財政状況を踏まえて耐震化を進めていくとされていることからすると,施設の廃止を伴うものである公立保育所の民営化が排除されていたとはいえない。したがって,原告らの上記主張はいずれも採用できない。
b 本件説明会について
前記前提事実(2)イのとおり,被告は,平成24年6月15日,同月22日及び同年7月27日に本件説明会を開催したことが認められる。原告らは,本件説明会について,被告は資料等を用意せず,被告の一方的な見解を押し付けるだけで,原告らを含む保護者の要望を全く聞かなかったとして,このような手続は違法である旨主張する。
証拠(乙5)によれば,第1回説明会において本件保育所を民営化する理由を口頭で説明し,その後資料を配布したことが認められ,また,前記イ(ア)b,cのとおり,第2回説明会及び第3回説明会において,資料(甲23,24)を配布し,公立での耐震化を含む大規模改修による場合の被告の負担額と民営化による全面建て替えの場合の被告の負担額の比較等について説明をしたことが認められるのであるから,被告が資料を用いて一定の説明を行ったものといえる。なお,これに対しては,上記イ(イ)bで説示したところに加え,原告らが指摘するとおり,被告が本件説明会後に調査又は資料作成を行う可能性を述べたものについて,その後被告が何らかの対応を行ったとは認められないものがあるなど,資料の準備や説明の在り方,その後の対応について十分かつ適切とはいい難い点が見受けられる。しかし,上記アからウまでにおいて説示したとおり,被告が本件説明会でした説明内容が事実の基礎を欠くとか不合理なものではないことなどに照らすと,上記の点をもって本件廃止処分やその手続が違法であるとまではいえない。
以上のとおりであるから,原告らの上記主張は採用できない。
c 選考委員会について
(a) 前記前提事実(2)ウ,エのとおり,被告は,選考委員会を設置し,選考委員会は,平成24年8月1日から同年12月20日までの間複数回にわたって開催され,本件法人を民営化後の運営事業者として選定した。これについて,原告らは,選考委員会の設置根拠,委員構成及び進行について問題がある旨主張する。
(b) まず,設置根拠について検討するに,選考委員会要綱(甲5)によれば,選考委員会の設置目的は,本件保育所を民営化するに当たって広く意見を聴くことであり,その所掌事務は,移管先となる保育所運営者の選定基準を定め,その運営条件や運営者の選考について審議することなどであると認められる。そうすると,選考委員会は,実質的には本件保育所が民営化した後の事業者を事実上決定する役割を担うものであったといえる。そして,そのような役割に照らせば,選考委員会は,附属機関(地方自治法138条の4第3項)に該当する。しかるに,前記前提事実(2)ウのとおり,選考委員会は,平成24年10月24日に選考委員会条例(甲6)が制定されるまでは,選考委員会要綱(甲5)に基づいて設置されていたのであるから,同項に反するものであったといわざるを得ない。しかし,そもそも公の施設である保育所を廃止するに当たり,その後の運営事業者の選定方法について附属機関による審査を要する旨の定めは置かれていないし,選考委員会条例制定後の同年11月26日開催の選考委員会において,民営化後の保育所の運営条件について同年8月1日及び同月23日の議論の結果を追認する旨が賛成多数により決議されたこと,同年10月11日及び同年11月12日の選考委員会では実質的な審議をしていなかったこと(前記前提事実(2)エ,甲5,6,乙9~15)からすると,当初の選考委員会が要綱に基づいて設置されていたことをもって,本件廃止処分やその手続が違法であるとはいえない。
(c) 次に,委員構成について,証拠(甲5,6,乙9~12,15,17)によれば,選考委員会要綱及び選考委員会条例において,委員は8名以内とし,うち児童福祉又は会計事務の分野において専門知識又は経験を有する者3名以内,公共的団体代表者3名以内及び保護者代表者2名以内で構成される旨定められているところ,選考委員会の設置目的,所掌事務に照らして上記構成は合理的なものというべきである。また,選考委員会の委員は,当初,大学関係者2名,税理士1名,公益団体関係者3名及び本件保育所保護者2名で構成され,後に,本件法人の評議員でもあった公益団体関係者の本件評議員が平成24年10月12日付けで退任し,別の公益団体関係者が同年11月6日付けで委嘱されており,これらはいずれも選考委員会要綱及び選考委員会条例の定める要件を満たすものであって,格別不都合な点があるということはできない。
これに対し,原告らは,①本件保育所の保護者委員は2名にとどまったこと,②選考委員会の委員8名のうち5名が老齢であること,③被告と関係のある公益団体に所属する委員がいたこと,④本件評議員が同年10月11日開催の選考委員会まで委員を務めていたこと,⑤委員の一部の発言内容等を挙げ,選考委員会の構成に問題があった旨指摘する。しかし,上記①は選考委員会要綱(甲5)及び選考委員会条例(甲6)においての定められた要件であるところ,同要件が違法又は著しく不当であるとは認められない。そして,上記②で挙げられている事情があるからといって,同委員会の職務を果たすことができないとか,上記条例及び要綱で定めた委員の要件を満たさなくなるような事情とはいえないし,上記③は被告と当該団体との具体的な関係を踏まえたものではなく,委員の構成に問題があることをうかがわせる事情とはいえない。また,上記④については,本件評議員が,本件法人が本件保育所の運営事業者に応募したことが判明した後,速やかに選考委員会の委員を退任していること(乙11,12)に加え,社会福祉法人の評議員は必ずしも当該法人の個々の業務執行に携わるわけではないこと(社会福祉法39条,42条参照)などを併せ考慮すれば,選考委員会の手続又は本件廃止処分の手続が違法であるとはいえない。そして,上記⑤については,原告らの挙げる個々の発言を含め,いささか適切とはいい難い発言が見受けられるものの,これによって本件廃止処分やその手続が違法であるとはいえない。
(d) そして,選考委員会の進行について,原告らは,被告があらかじめスケジュールを決めていた,選考基準を決める前に保育園の見学とヒアリングを行った,夜遅くまで長時間議事を強行したなどの点を挙げ,選考委員会の進行に問題があった旨主張する。しかし,原告らの上記主張はいずれも議事進行の当不当をいうものにとどまるから,本件廃止処分やその手続の違法性を基礎付けるものとはいえない。
オ 保育内容の引継ぎなど
(ア) 認定事実
前記前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
a 平成25年4月1日に締結された本件引継ぎ協定には,①被告は本件法人に対して別紙5引継ぎ事項記載の内容について引継ぎを行うこと,②被告は引継ぎのために必要な職員を本件法人から研修生として受け入れること,③同日から平成26年3月31日までの間に引継ぎのために必要な会議を定期的に開催することなどが定められていた(前記前提事実(3)イ,乙35)。
b 平成25年4月1日に締結された本件運営協定には,①保育士の年齢構成については,一定の経験年数を有する職員を一定数配置するように努めること(主任保育士についてはおおむね15年以上の経験者であり,その余の保育士はおおむね5年以上の経験者が3分の1以上であり,施設長及び主任保育士については当該保育所の専任とすることを目途とする。),②現に被告において実施している保育方針を引き継ぎ,運営をすること,③移管後の保育の実施を検証するため,保護者,本件法人及び被告で構成する協議会を設置し,いずれかの発議により協議会の開催を要請できるとし,通常2か月に1回程度開催すること,④事故が発生した場合には,状況に応じて,その原因,状況及びこれに対する処置を被告及び保護者に報告するとともに,責任を持って対処することなどが定められていた(前記前提事実(3)イ,乙34)。
c 被告は,平成25年4月1日,本件法人の職員である経験年数7年以上の引継ぎ保育士5名を本件保育所に受け入れ,0歳児クラスから4歳児クラスまでの各クラスに各1名を担任として配置した。引継ぎ保育士は,平成26年4月1日以降,それぞれ上記クラスが進級したクラスを担当した。(以上につき,乙62,114,証人C(以下「C」という。))
d 本件保育所職員,本件保育園に勤務予定の本件法人職員及び被告職員は,平成25年4月18日から平成26年3月6日までの間に,計8回引継ぎ会議を開催した(前記前提事実(3)ウ)。また,本件保育所の保育士と本件法人の保育士は平成25年9月以降,個別に,担当する各児童について引継ぎを行ったほか,本件法人の保育士が次年度に担当するクラスの保育内容等についての引継ぎを行った(乙94,証人C)。
e 本件保育園の平成26年4月1日時点の職員構成は,保育士経験年数31年の施設長及び同22年の主任保育士のほか,保育士22名(うち13名が保育士経験年数5年以上であり,その13名のうち5名は引継ぎ保育士である。また,上記22名のうち保育士経験のない者が6名いた。),保育補助1名,調理員3名(うち1名は栄養士),パート保育士3名(うち1名は平成26年3月31日まで本件保育所の所長であった者(以下「前所長」という。)である。),調理補助1名,体調不良児対応型病児保育に従事する准看護師1名及び一時保育事業に従事する保育士1名であった(乙62,証人C)。
(イ) 検討
a 上記認定事実によれば,被告及び本件法人は,本件引継ぎ協定及び本件運営協定を締結し,その内容に沿って,平成25年4月1日付けで本件保育所に本件法人の保育士を受け入れ,引継ぎ会議を開催し,本件保育所の民営化時には本件運営協定で定めた水準を上回る経験年数を有する職員を配置し,三者協議会を開催したことが認められる。以上に加え,証拠(乙40~44,94,114,115,証人C,証人D(以下「D」という。))に照らせば,別紙5引継ぎ事項記載の内容について一通りの引継ぎが行われ(上記認定事実a①),本件法人が被告において実施されていた基本的な保育方針を引き継いで運営をしている(上記認定事実b②)ものといえる。
b これに対して,原告らは,以下のとおり主張するが,いずれも採用できない。
(a) 原告らは,被告に対して,本件保育所の保育士を平成26年4月1日以降も派遣するなど引継ぎに1年以上かけるべきであると求めてきたが,被告は明確な理由なくこれを拒んだと主張する。この点について,平成24年8月23日に開催された選考委員会では,引継ぎの方法及び期間について議論があり,その結果,事務局案が修正されて,本件保育所の民営化に係る受託事業者募集要項(乙13)の保育所運営の条件のうち「4.その他運営の内容」には,「(18) 引継ぎについては,一年以上かけて行うものとし,保護者,法人,高石市で構成する協議会を設置し,引継計画を作成すること。また,その実施にあたっては保護者の意見を聞くとともに,保育所と運営法人が連携し引継ぎを行うこと。なお,引継ぎに係る経費については,高石市が負担する。」と記載された一方で,本件引継ぎ協定及び本件運営協定には上記記載に相当するものは見当たらない。以上のとおり,引継ぎ期間や方法については,選考委員会での議論により当初案が修正されたにもかかわらず,その内容が本件引継ぎ協定書及び本件運営協定書において定められなかった上,実際にも1年を超える期間の引継ぎが行われなかったのであり,その理由についても,被告職員の処遇上の問題等がうかがわれるものの(乙10),判然としないところが残るものといわざるを得ず,原告ら保護者が引継ぎ期間について度々要求をし(甲8),これに応じない被告に対して不信感を持つのも致し方ない面もあるものといえる。しかし,証拠(乙10,証人D)によれば,被告は選考委員会の時点で引継ぎ期間は1年間とする方針であるが,その後の対応については検討する意向を述べていたこと,引継ぎを補うため,本件法人と調整の結果,本件保育所のパート職員5名及び前所長が同法人のパート職員として(前所長については3か月間)本件保育所で勤務したことが認められ,これによれば,引継ぎ期間は1年とされたものの,これを補う相応の対応がされたといえる。
(b) また,原告らは,三者協議会について,①被告は本件訴え提起を受けて既に決まっていた三者協議会を一方的に中止するなどして保護者に対して圧力をかけた,②被告担当者は三者協議会において発言しなかった,③本件法人の理事長が問題点を指摘した保護者に対してクレーマー扱いしたり怒鳴ったりしたことがあったが,被告は何ら対応しなかった,④被告は何ら総括をせずに三者協議会を終了したなどと主張する。しかし,①三者協議会は移管後の保育の実施を検証することを目的とするものであるところ(上記認定事実b③),証拠(甲8,9)によれば,被告は保護者会からの議案書に本件保育園以外の保育園に関する報告や指導,被告の運営する会議体への要求等が含まれていたことを直接の原因として三者協議会の開催の延期を求めたのであって,原告らの主張するように本件訴えの提起を理由として三者協議会を一方的に中止したとは認められない。また,上記②及び③については,本件法人の理事長が原告らの指摘する言動をしたとしても,それ自体が本件廃止処分の違法性を基礎付けるものとはいえない上,証拠(乙90,証人D)によれば,被告は本件保育園の状況について適宜報告を受け,三者協議会の内容を受けて現に一定の対応を行ったものと認められるのであって,被告職員が三者協議会で発言しなかったからといって被告が民営化後の本件保育園における保育の実施について何ら対応しなかったとはいえない。そして,④については,被告は被告なりに三者協議会の総括をした文書(乙90)を配布しているし,それ以降,三者協議会が開催されていないのは,被告及び保護者らとも三者協議会の開催を求めていないからであって(乙90,証人D,原告X24(以下「原告X24」という。)本人),被告が一方的に三者協議会を終了させたとも,何ら総括をしなかったとも認められない(なお,その後も保護者らと本件法人との間では年2回程度二者協議会が行われていることが認められる。)。原告らは,上記文書の内容では三者協議会の総括として不合理である旨主張する。しかし,5歳児交流を実施すること,散歩については子供の慣れに従い今後多く取り入れるよう検討すること,運動会において他のクラスの演技を見せるか否かに関することなど,個別の保育の実施についても言及が見られるのであるから,原告らの主張はその内容の当否や合理性に関する関係者間の見解の相違にとどまり,本件廃止処分やその手続の違法性を基礎付けるものとはいえない。
(c) そして,原告らは,本件保育所の民営化により,それまではベテラン保育士が過半数であり,豊かな保育活動の実践ができていたが,民営化後は,若年で経験の浅い保育士が増え,園庭での動作や階段での園児の誘導等に関する初歩的な動作ができていないなど,保育士の質が低下し,これにより保護者に説明できない園児のけがが増えた旨主張し,原告X1(以下「原告X1」という。)はこれに沿う供述をする(甲A40,原告X1本人)。この点につき,証拠(甲11)及び上記認定事実eによれば,本件保育所の保育士のうち過半数が勤務年数20年以上であった一方,本件保育園の施設長及び主任保育士以外の保育士22名のうち保育士経験年数5年以上の者は13名であり,保育士経験のない者も6名いたことが認められる。しかし,これは本件運営協定で定めた水準を上回るものであるところ(上記認定事実b①参照),同水準は,平成24年8月23日の選考委員会において,保護者委員の提案を受けて議論された結果,おおむね同案どおりの内容に引き上げられたものである(乙10,13,34,弁論の趣旨)。そうすると,結果的に保育内容に不十分と感じられる点があったとしても,民営化時の保育士の構成が本件廃止処分の違法性を基礎付けるとはいえない。また,原告らは保育士の言動を挙げて保育の質が低下した旨主張するが,本件保育園の保育士と原告らとの信頼関係が構築されない中で,個々の原告らの印象や不満にすぎないものも多く,客観的に保育の質の低下を認めるに足りる証拠はない。
また,原告らは,本件保育所の民営化後は保育士が相次いで休職又は退職したことにより,保育士と児童ら又は保護者らとの関係を断ち切られた旨主張し,民営化した平成26年4月1日から約2年半の間に,本件保育園の保育士及び保育補助の合計25名のうち9名が退職したことがうかがわれる(乙62,原告X24本人)。しかし,勤務する保育士が休職又は退職すること自体は一般的にあり得るものであるし,引継ぎ保育士5名のうち4名を含む過半数の保育士がなお勤務していることからすると,退職した保育士の存在やその人数が本件廃止処分やそれに伴う引継ぎの違法性をうかがわせる事情であるとはいえない。なお,原告らは担任の変更や保育士の退職について説明がないなどとも主張するが,これが本件廃止処分やそれに伴う引継ぎの違法性を基礎付けるものとはいえないし,平成26年7月25日の三者協議会で,職員の異動に関しては,速やかに掲示するよう改善することが確認されている(乙90)。
(d) 原告らは,本件保育所では,散歩やごっこ遊び,クッキングなどの充実した保育を組織的に行ってきたが,本件保育所の民営化後は散歩やプール,外遊びが減少し,運動会ではプログラムのうち戸板登りがなくなり,南中ソーランの完成度も下がったとして,これにより乳幼児期に培われる運動能力,知的能力を低下させられる被害を受けた旨主張する。しかし,証拠(甲12~16,20,41,86,96,103,108,110,乙52~61,64,65,71,72,95~106,原告X1本人,原告X24本人)を踏まえ当事者が指摘するところを検討しても,上記被害が生じたと認め得るほどに本件保育所の民営化により保育内容が悪化したとは認められない。
(e) また,原告らは,本件保育所の民営化後,登園を渋る児童や体調不良になる児童,泣き叫ぶ児童等が多数現れたにもかかわらず,被告は何ら対応しなかった旨主張し,原告X1はこれに沿う供述をする(甲81,A40,原告X1本人)。しかし,上記供述の根拠とする原告ら34世帯に対するアンケート(甲91)や民営化後の原告らの供述(甲A39~50)によっても,原告らのいう行動や症状を呈した児童が多数であるとは認められないし,そのような行動等が見られた児童についても,その期間はおおむね1週間以内,頻度も数回以内にとどまる児童が多かったと認められる。そうすると,原告らの上記主張については,前提となる事実が認められない。
(f) そして,原告らは,①被告は本件法人に対して組織的な引継ぎをしておらず,これにより,②原告X13(以下「原告X13」という。)の三女のアレルギーの確認が同原告に指摘されるまで行われなかった,③原告X36(以下「原告X36」という。)の二女が負傷し,その際の対応に問題が生じた,④本件保育園が十分な避難訓練を行っていないなどと主張する。
しかし,上記①については,上記認定事実d及び証拠(乙40~44,94,証人C)のとおり,被告職員が同席する引継ぎ会議によって引継ぎが行われたこと,平成25年9月以降は個別の児童の引継ぎについても個々の保育士間で引継ぎが行われたことが認められ,これらの事情からすると,組織的に引継ぎが行われたといえる。原告らは,個別の引継ぎについて記録が残されていないことなどを挙げて必要な引継ぎが行われていなかった旨を主張するが,引継ぎ会議の記録は残されており(乙40~44),個別の児童に係る引継ぎの数の多さやその内容等に鑑みれば,その記録が作成されていないことが引継ぎができていないことをうかがわせる事情になるとはいえない。
次に,上記②については,証拠(甲A36,44)によれば,原告X13の三女(平成24年○月○日生)には食物アレルギーがあり,原告X13は,平成26年3月5日の新入園児健康診断の際に,本件保育園関係者に対し,「アレルギー疾患生活管理指導表(食物アレルギーアナフィラキシーチェック)」を渡したが,原告X13が同月21日に本件保育所職員に対して同児のアレルギー確認の日程を伝えてくれるよう求めるまで本件保育園関係者から同児のアレルギーに関する連絡はなく,同月27日頃になって本件保育園関係者から同月29日の内覧会後にアレルギーに関する打合せを行いたい旨の連絡があり,同日に同打合せが行われたことが認められる。以上の事実によれば,同児のアレルギーに係る打合せは本件保育所の民営化3日前になってから行われたものではあるが,そもそも同児は民営化後の本件保育園に新たに入園する児童であって(甲A36,A44),同児童に係るアレルギーの情報に係る引継ぎが行われていなかった旨主張する原告らの指摘は,その前提を欠く。また,本件保育所に在所していたアレルギー除去対象児については,平成26年2月27日に開催された引継ぎ会議において,指示書を含めて確認された(乙94)ことも併せ考えると,児童に係るアレルギーに関する引継ぎが不十分であったとは認められない。
そして,上記③については,証拠(乙51の2,115,証人D,原告X1本人)及び弁論の全趣旨によれば,4歳児クラスに在籍していた原告X36の二女が平成26年6月27日に本件保育園1階足洗場又は手洗場付近において転倒し,目尻を2ミリ程度切るなどのけがをしたこと(以下「本件負傷事案」という。),本件保育園の保育士に本件負傷事案を現認した者はいなかったこと,同園の看護師が応急処置をし,園児を徒歩10分程度の距離にある病院に事前に連絡等をすることなく徒歩で連れて行って受診させたこと,本件保育園は,事後に被告に対して本件負傷事案の発生及び対処並びに再発防止策を報告したことが認められる。以上の事実によれば,本件負傷事案を現認した保育士がいなかったことなど妥当とはいい難い点はあるものの,本件保育所の民営化によって本件負傷事案が発生したとはいえないし,本件負傷事案及びその後の対応が被告から本件法人への引継ぎに不備があったことをうかがわせる事情であるともいえない。
加えて,上記④については,証拠(甲109,乙44,70,88,89,115,証人D)によれば,平成25年9月19日の引継ぎ会議において避難訓練に関する引継ぎが行われ,本件保育所では,東日本大震災後は月2回の避難訓練を実施し,うち1回は地震に関する避難訓練であった旨の説明がされたこと,本件保育園は,平成26年度及び平成27年度の各年度に12回ずつ避難訓練をし,うち4回が地震に関する避難訓練であったこと,平成26年12月に本件保育園の危機管理マニュアルが本件保育所のものを基に作成され,平成27年5月に改訂されたことが認められる。以上の事実によれば,本件保育園は,引継ぎ会議における引継ぎを受けて,避難訓練を適切に実施しているものといえる。原告らは,地震の避難訓練が年4回に減ったことや,全児童が参加する第一次避難場所として指定されている鴨公園への避難訓練が行われていないなどと主張する。確かに,避難訓練の回数及び内容は本件保育所の民営化前後で異なっているところがうかがわれるものの,本件保育園の実施している避難訓練の内容等に鑑みれば,原告らが指摘する点をもって本件保育所の保育方針を引き継いでいないとは認められない。
カ 小括
以上のとおり,本件保育所の園舎建て替えの必要性,本件保育所の民営化による財政上の効果や多様な保育ニーズへの対応,本件廃止処分に至る手続や保育内容の引継ぎなどの諸点をみても,被告が本件改正条例の制定をもって本件保育所を廃止,民営化したことについて,その裁量権の範囲を超え又はその濫用があったとは認められない。したがって,本件廃止処分は適法である。
2 争点②(被告の損害賠償責任)について
上記1において説示したとおり,本件廃止処分は適法なものである。そして,被告の原告らに対する対応については,既に説示したとおり疑問を抱かされる点がみられたものの,その内容等に照らせば,特定の保育所で現に保育を受けている児童及びその保護者が保育の実施期間が満了するまでの間において当該保育所における保育を受けることを期待し得る法的地位を害するものとはいえない。そうすると,本件廃止処分を始めとする被告の措置につき,国家賠償法1条1項にいう違法な点があるとは認められないし,保育所の入所関係を公法上の契約関係と解するとしても,同契約の債務不履行があるとも認められない。
したがって,原告らの損害賠償請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
3 結論
よって,原告らの請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
(裁判長裁判官 山田明 裁判官 岩佐圭祐 裁判官安藤巨騎は,転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 山田明)
別紙1
当事者目録
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 1 原告 X1
同所
番号 2 同 X2
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 3 同 X3
同所
番号 4 同 X4
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 5 同 X5
同所
番号 6 同 X6
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 7 同 X7
同所
番号 8 同 X8
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 9 同 X9
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 10 同 X10
同所
番号 11 同 X11
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 12 同 X12
同所
番号 13 同 X13
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 14 同 X14
同所
番号 15 同 X15
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 16 同 X16
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 17 同 X17
同所
番号 18 同 X18
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 19 同 X19
同所
番号 20 同 X20
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 21 同 X21
同所
番号 22 同 X22
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 23 同 X23
同所
番号 24 同 X24
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 25 同 X25
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 26 同 X26
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 27 同 X27
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 28 同 X28
同所
番号 29 同 X29
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 30 同 X30
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 31 同 X31
同所
番号 32 同 X32
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 33 同 X33
同所
番号 34 同 X34
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 35 同 X35
同所
番号 36 同 X36
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 37 同 X37
同所
番号 38 同 X38
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 39 同 X39
同所
番号 40 同 X40
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 41 同 X41
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 42 同 X42
同所
番号 43 同 X43
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 44 同 X44
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 45 同 X45
同所
番号 46 同 X46
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 47 同 X47
同所
番号 48 同 X48
京都市〈以下省略〉
番号 49 同 X49
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 50 同 X50
同所
番号 51 同 X51
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 52 同 X52
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 53 同 X53
同所
番号 54 同 X54
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 55 同 X55
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 56 同 X56
同所
番号 57 同 X57
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 58 同 X58
同所
番号 59 同 X59
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 60 同 X60
大阪市〈以下省略〉
番号 61 同 X61
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 62 同 X62
同所
番号 63 同 X63
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 64 同 X64
同所
番号 65 同 X65
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 66 同 X66
同所
番号 67 同 X67
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 68 同 X68
同所
番号 69 同 X69
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 70 同 X70
同所
番号 71 同 X71
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 72 同 X72
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 73 同 X73
大阪府高石市〈以下省略〉
番号 74 同 X74
上記原告ら訴訟代理人弁護士 山﨑国満
同 村田浩治
同 十川由紀子
同訴訟復代理人弁護士 有村とく子
同 河村学
大阪府高石市〈以下省略〉
被告 高石市
同代表者市長 A
同訴訟代理人弁護士 高階貞男
同 向井太志
同 水谷恭史
同訴訟復代理人弁護士 亀山元
〈以下省略〉
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