
判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(219)平成23年 9月26日 東京地裁 平22(ワ)15593号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(219)平成23年 9月26日 東京地裁 平22(ワ)15593号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成23年 9月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(ワ)15593号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2011WLJPCA09268007
要旨
◆被告との間で投資一任契約を締結して被告に2億円を預けた原告が、被告に対し、適合性原則違反、説明義務違反又は情報提供義務違反があったと主張して、不法行為による損害賠償を請求した事案において、原告は、本件投資一任契約の締結の当否を判断するに足りる知識・経験を有していたとして、適合性原則違反を否定し、また、原告の経歴から、本件契約書及び本件細則の記載内容を確認しなかったとは信じ難いとして、説明義務違反を否定し、さらに、被告は、本件投資一任契約に基づく資産の運用状況や資産の減少を原告に報告していたなどとして、情報提供義務違反も否定して、請求を棄却した事例
参照条文
金融商品取引法40条
民法709条
裁判年月日 平成23年 9月26日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平22(ワ)15593号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2011WLJPCA09268007
栃木県栃木市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 中村秀一
同 山﨑久美子
東京都千代田区〈以下省略〉
被告 大和証券株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 八代宏
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,3528万5040円及びこれに対する平成21年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告との間で「ダイワSMAプライベート・アセットアロケーション・サービス投資一任契約」(以下「本件SMA契約」という。)を締結して被告に2億円を預けた原告が,被告に対し,適合性原則違反,説明義務違反又は情報提供義務違反があったと主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,上記預託金額から本件SMA契約終了時における資産額を控除した残額である3528万5040円及び本件SMA契約終了日の翌日である平成21年8月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実に下記証拠を総合することにより容易に認定することができる事実である。)
(1)原告は,昭和48年1月以降,株式会社オーシマ(以下「オーシマ」という。)の代表取締役として,同社を経営してきた者であり,自身及び家族の名義で同社の株式を保有していたが,平成20年4月,当該株式を第三者に約10億円で売却して,代表取締役を退任した(甲15,原告本人)。
(2)被告の宇都宮支店は,上記売却の事実を知り,その売却代金での証券取引を勧誘することとした。原告は,同支店のB支店長及び営業担当従業員のC(以下単に「C」という。)から勧誘を受けて,同年5月15日,原告とその妻を各契約者兼被保険者とし,4名の子らを各保険金受取人とする契約金各1250万円の「アグレスタ」という名称の変額個人年金保険契約8口(以下「アグレスタ」という。)を締結して,原告と妻の合計で1億円を被告に交付し,さらに,同年7月28日には,アグレスタの各契約金額を2000万円に増額する契約を締結して,原告と妻の合計で6000万円を被告に追加交付した。また,原告の4名の子らは,同支店長及びCの勧誘を受けて,各自,被告との間で,同年5月31日又は同年6月2日,300万円以上の資金を預けることによって契約が開始される投資一任契約である「ダイワファンドラップ投資一任契約」(以下「本件ファンドラップ契約」という。)を締結し,4名合計で5億0500万円を預託した。本件ファンドラップ契約は,被告が提供する数種のファンドラップ契約のうち,最も安定的な運用を重視する内容のものであった。
(以上,甲12,15,乙1,3,11,13,証人C)
(3)Cは,同年6月6日,原告宅を訪問し,原告に対し,本件SMA契約の「投資意向ご確認書」(甲1,乙10の1。以下「本件意向確認書」という。)を提示した。本件意向確認書は,表裏に印刷がされたA3版3枚の用紙の中央部分をホッチキスで2箇所留めにし,当該ホッチキス留めされた部分で二つ折りにして1冊にしたパンフレットであって,投資意向についての<1>から<13>までの番号が付された質問と各質問につき複数の選択肢が記載され,当該選択肢のいずれかにチェックを入れて,質問末尾の「お名前」欄に回答者が署名することにより,回答者の投資意向が明らかになるようにされたものであるところ,投資の意思決定に当たり分からないことがあった場合の対応(質問1)については,「できるだけコンサルタントにお任せしたい。」に,1年後の予想リターン(質問2)については,リターンの予想レンジがマイナス6%からプラス8%で期待リターン4%の金融商品から,リターンの予想レンジがマイナス35%からプラス40%で期待リターン20%の金融商品まで4種類の選択肢のうち,リスク許容度が2番目に高い,リターンの予想レンジがマイナス20%からプラス24%で期待リターン12%の金融商品に,投資したファンドが半年間で2割ほど値下がりしてしまって先行きが不透明な場合の対応(質問3)については,「そのまま保有を継続する。」に,株価が40%上昇した場合における期待リターン(質問4)については,「40%以上(相当なリスクを取り,株価指数を上回るリターンを望む)。」に,運用目標(質問5)については,「【バランス重視】ほどほどのリスクを取り,ほどほどの収益を目指したい」に,今後3年から5年くらいの投資計画(質問6)については,「投資金額は現状を維持したい」に,保有していた1億円のポートフォリオの資産価値が市場の下落で目減りした場合の対応(質問7)については,「上昇見込みがあれば損失額にかかわらず保有を持続する」に,自分の金融資産に占める「現預金・国債またはそれらに準ずる安全資産の割合」(質問8)については,0%から100%までの5段階のうち真ん中の50%に,1億円を投資する場合の投資対象の好み(質問9)については,「1年後に75%の確率で1000万円(10%),25%の割合で0円(0%)の投資収益が見込める」ことよりも「1年後に100%の確率で500万円(5%)の投資収益が見込める」ことを選ぶに,投資対象の株式又は外国債券で大きな損失を蒙ったが再び投資のチャンスだと勧められた場合の対応(質問10)については,「もう懲りている。絶対に投資しない」から「過去の失敗にはとらわれない。チャンスなら迷うことなく投資したい」までの4つの選択肢のうち,「きちんと説明を受けて納得できれば,投資を考えてもいい」に,運用成績のチェックの頻度(質問11)について,「月に1回くらい」に,運用成績以外でコンサルタントに期待したいサービスを3つ選ぶ質問(質問12)については,「自分に代わり資産運用に費やす時間を節約すること」と「投資や資産運用に関する全般的なアドバイス」の2つのみに,12種類の金融商品のうち「ぜひ投資したい」と「投資したくない」を選ぶ質問(質問13)については,全ての投資対象について「ぜひ投資したい」に,それぞれチェックがされているが,少なくとも最終の質問(投資対象商品を選ぶ質問13)以外のチェックは,いずれも,Cが付けたものであり,質問末尾の「お名前」欄の署名は原告自身がした。
(以上,甲1,15,16,乙10の1・2,13,証人C,原告本人)
(4)C並びに被告の宇都宮支店のB支店長及び本店のSMAコンサルティング部所属のD(以下単に「D」という。)は,同月11日,原告宅を訪問し,原告に対し,本件SMA契約の締結前交付書面(甲2。以下「本件締結前書面」という。),投資方針説明書(甲3。以下「本件投資方針説明書」という。)及び提案書(乙5)を交付して,主としてDが説明をした。本件投資方針説明書には,本件意向確認書を分析した結果,特に除きたい資産クラスはなく,中心リスク値が10%程度が原告の投資意向に沿うと想定して提案書を作成した旨が記載されている。
(以上,甲2,3,15,乙5,13,14,証人C,証人D,原告本人。なお,その際の説明にかけた時間及び説明内容については,後記3(2)のとおり,当事者間に争いがある。)
(5)C及びDは,同月16日,原告宅を訪問し,原告に対し,本件SMA契約の投資一任契約書(甲5の1。以下「本件契約書」という。),投資一任契約書細則(甲5の2。以下「本件細則」という。)及び投資対象の11銘柄のファンドの目論見書11冊を交付し,主としてDが説明をした。原告は,同日,本件契約書及び本件細則に,それぞれ,署名押印し,上記目論見書11冊についての目論見書受領書(乙6)に署名した。なお,ダイワSMAプライベート・アセットアロケーション・サービス投資一任契約における被告の報酬には,その全額が固定報酬となる固定報酬型と,固定報酬としての基本報酬と成功報酬を組み合わせた成功報酬型の2種類があるところ,本件SMA契約においては成功報酬型が選択された。また,本件細則には,原告が本件SMA契約において期待する投資家利回りは年率15%程度である旨が記載されていた。
(以上,甲5の1・2,15,乙6,13,14,証人C,証人D,原告本人。なお,その際の説明にかけた時間及び説明内容については,後記3(2)のとおり,当事者間に争いがある。)
(6)原告は,本件SMA契約の預託金に充てるため,その妻との間で,同月24日,1億円を無利子で借り受ける旨の消費貸借契約を締結し,翌25日,足利銀行の同女名義の流動性預金から1億円の出金を受け,同月30日,被告の口座に本件SMA契約の預託金2億円を振替入金した。なお,当該消費貸借契約の契約書(甲14)の雛形は,Cが作成して,原告に交付した。
(以上,甲13,14,15,乙2,13,証人C,原告本人)
(7)本件SMA契約による預託金の運用は同年7月1日に開始され,その運用はDが担当したが,同年9月15日に,米国の大手証券会社のリーマン・ブラザーズが破綻するといういわゆるリーマンショックが起きて,金融不安が再燃し,証券市場が大幅に下落したことに伴い,本件SMA契約による預託金も,同年9月30日には1億8260万3392円に減少し,同年10月31日には1億6396万6875円に減少した(甲11,乙8の2・3,9の1・2,14,証人D)。
(8)C及びDは,同年11月10日,原告宅を訪問した。なお,Dの原告宅への訪問は,本件SMA契約の締結後は,同日が初めてであった。
(以上,甲15,乙13,14。なお,この訪問の際の原告との面談内容については,後記3(3)のとおり,当事者間に争いがある。)。
(9)本件SMA契約は,原告の被告に対する平成21年7月24日付けの解約の意思表示により,同月31日をもって終了し,その時点における預託金残額は1億6471万4960円であった(甲11,19,乙2)。
3 争点及びこれについての当事者の主張
争点1(適合性原則違反の有無)
(原告の主張)
原告が代表取締役を務めていたオーシマは,金融商品に関する取引を主として行う会社ではない。また,原告は,平成12年から被告と取引をしていたものの,その契機はオーシマの取引先の資産状況を知ったり,持株関係を有することを目的とする取引先企業の株式の購入であり,その他の株式や投資信託の購入も,被告や他の証券会社の従業員から勧められるままに行ったものであって,本件SMA契約の締結前において,貸付信託が証券会社では取り扱われていないこと等も理解できておらず,本件SMA契約の投資対象となる金融商品が自分でリスクを把握した上で選択すべきものであることも理解できていなかった。このように,原告の投資経験は実際には乏しく,金融商品に関する知識も乏しかった。
また,原告は,オーシマの株式の売却代金約10億円の預け先として,従前取引していた足利銀行が信頼できなくなったことから,新たな取引相手となる金融機関として被告と契約を締結することを考えたものであり,Cらに勧められて最初に締結した契約が,投資した元本が返ってくる変額個人年金保険のアグレスタであったこと,本件ファンドラップ契約も最も安定的な型を選択していることからも,投資した元本が保証される安定した契約を望んでいたことは明らかであり,本件SMA契約の締結の際にも,リスク・リターンが3から3.5%の範囲内でして生じないものであると認識していた。
さらに,原告一家は,Cらの勧めに従い,アグレスタで合計1億6000万円,本件ファンドラップ契約で合計5億0500万円を被告に預けた上に,本件SMA契約を締結して2億円を被告に預託したものであり,オーシマの株式の売却によって得た資産10億円の9割近い8億6500万円を平成20年5月から同年7月までの約2か月という短期間で被告に預けたものである。原告はオーシマの株式を売却して代表取締役を退任したものであり,オーシマの株式の売却代金は,定期的な収入のなくなる原告にとって,以後の生活の資金となる重要なものであった。Cは,その重要性をよく認識しながら,本件SMA契約をはじめとする高額な投資契約を勧誘したものであり,既にアグレスタを契約していた原告が「2億円もの資金はないから」と述べて本件SMA契約の締結を当初は断っていたにもかかわらず,毎日のように原告宅を訪問し,「奥さんから借りてでもいいですから」と言って執拗に勧誘し,1億円の借用書を準備さえして,原告に本件SMA契約を締結させた。また,Dは,原告一家がアグレスタや本件ファンドラップ契約を締結していることを認識せずに,本件SMA契約の締結を勧めた。
したがって,本件SMA契約の勧誘は,原告が投資経験に乏しく,投資に関する知識もなく,積極的な投資意向もなかったにもかかわらず,原告の投資経験に注意を払わず,原告の意向と財産状況に反して,過大な危険を伴う本件SMA契約に勧誘したものであり,金融商品取引法40条1項の適合性原則に違反する。
(被告の主張)
原告は,被告との間だけでも平成12年9月以降,株式を中心とした取引を継続しており,本件SMA契約を締結した平成20年6月時点では8年近い取引経験があったほか,野村證券,日興證券,山一証券,国際証券でも取引経験があり,このうち,日興證券,山一証券,国際証券とはトラブルもあった。また,本件SMA契約は,顧客が自ら銘柄を選択して売買を行うものではなく,専門家に運用を任せるものであるから,顧客自らが専門家のような知識経験を有している必要はない。
被告は,当初から,原告自身には少しリスクを取ってSMA契約を締結することを,原告の子らについてはファンドラップ契約を締結することを勧めていたものであり,本件ファンドラップ契約が安定的な型となったのは,原告の子らにはほとんど投資経験がなかったことなどから,原告が子らについてはできるだけ安定的なスタイルでやってほしい旨を話したことによるものである。原告は,本件SMA契約については,「プロに任せるのだし,手数料もかかるんだから,市場の平均以上を期待したい」と述べて,期待利回り40%以上を選択していたものであり,一番安定した投資方針で運用してもらいたい旨を述べたことはない。本件SMA契約は,このような原告の投資意向に沿ったものである。また,被告にとっては,原告の子らが高額の本件ファンドラップ契約を締結したことは予想外であったが,原告は当初から本件SMA契約にも乗り気であったものであり,Cらが強引に勧誘したために原告が本件SMA契約を締結したという事実はない。
なお,Cは,原告の妻がアグレスタへ投資した以外に多額の資金を有していることは知らず,妻の資金のことは原告が言い出したことであり,借用書の件も,原告から質問を受けて,単に参考になりそうな書式を示しただけであり,原告に無理な金策をさせたものではない。
したがって,被告には適合性原則違反は認められない。
争点2(説明義務違反の有無)
(原告の主張)
(1)本件SMA契約は,同じく投資一任契約である本件ファンドラップ契約とは異なり,運用に関しては顧客の希望に応じて顧客毎に個別に投資方針が決められる契約であり,その投資方針は投資意向確認の結果に基づいて被告側でポートフォリオを提案して決定されるものであるから,当初に行われる投資意向確認は投資方針を策定する上で極めて重要な手続である。ところが,Cは,本件意向確認書を使って原告の投資意向確認を行うに際し,本件意向確認書の最終の質問(質問13)が記載された頁のみを示して,他の頁は全く原告に示さず,他の質問については原告の投資意向を無視して勝手にチェックを入れた。本件SMA契約においては,被告の報酬につき成功報酬型が選択されていることから,よりハイリスクな商品も含めた数多くの金融商品をでも被告の側で自由に投資対象とすることができた方が,被告としては成功報酬という形での多くの収入が期待できることから,Cは,原告の投資意向とは異なるチェックを入れたものと考えられる。
この投資意向確認の状況について,Cは異なる供述をしているが,同人は,原告から本件意向確認書のチェックを誰がしたのかを問われたのに対して,平成21年7月13日には自分はチェックしていないと回答したのに対し,同月14日には,質問13についてのチェックは自分がしたが,それ以外の質問については自分はしていないと回答し,同月16日には,質問13についてのチェックは自分がしたが,それ以外の質問についてのチェックを誰がしたかは覚えていないと回答し,同月21日には,全てのチェックを自分がしたと回答し,原告が申し立てた東京弁護士会のあっせん手続における平成21年10月28日付けの被告の答弁書では,質問13についてのチェックは原告が行い,それ以外の質問についてのチェックはCがしたと答弁し,本件訴訟においては,全ての質問についてのチェックは自分がしたと陳述していて,本件意向確認書の各質問についてのチェックを誰が行ったかについての供述が変遷している上,その変遷の理由についても,なるべく事を荒立てたくなかったという不合理な説明をしており,その供述には信用性がない。これに対し,原告は,当初から一貫して,質問13についてのチェックは原告が入れ,それ以外のチェックは原告が入れたものではないと述べており,原告の供述には信用性がある。
Cは,投資対象商品を選ぶ質問13についても,各商品の仕組みについての具体的な説明をせず,リスクに関しては全く説明しなかった。投資対象とする金融商品のリスクがある程度でも分からなければ実質的に許容する範囲内のリスクで運用がされるか否かが分からないから,投資一任契約であっても,投資対象とする金融商品のリスクの説明は必須というべきであって,Cは説明義務を尽くさなかったものであり,そのため,原告は,質問13に記載された投資対象商品について全く理解できていないまま,投資対象商品まで自ら選択することなく被告に一任するものと誤解して,全ての商品を投資対象とする旨のチェックを入れてしまった。
本件SMA契約の投資意向確認は,被告の内部においても,本来はアセット・アドバイザー,専任コンサルタントが行うべき手続であるとされており,Dが行うべきものであるところ,営業員に過ぎないCが行ったという点でも,極めて杜撰である。
また,Cは,この投資意向確認手続の際に,資産運用に関して,「安定型」,「積極型」などのコースが記載された書面を原告に提示し,原告は,最も安定的な「安定型」を依頼したが,その「安定型」におけるリスク・リターンは3から3.5%と記載されていた。この書面がCから提示されたことにより,原告は,損失が発生しても3から3.5%の割合の範囲内でしか生じないとの誤った認識でその後の契約に臨んでしまったものである。
(2)Dは,平成20年6月11日に初めて原告宅を訪問し,本件投資方針説明書を原告に提示したが,単に同書面を原告に渡しただけで,本件SMA契約により投資元本を下回る可能性があることの説明をせず,かえってリスクがないかのような説明をし,説明時間もせいぜい1時間程度であるなど,本件投資方針説明書の内容について十分な説明をしなかった。この点,Dは,本件投資方針説明書に基づき,午後5時から,途中で夕食を原告にふるまわれて,午後9時ないし10時ころまで,3から4時間をかけて丁寧に説明した旨陳述するが,この説明時刻は,一般投資家である原告と商取引する時間帯として不合理である上,昼の早い時間に訪問したとするCの供述と食い違っている。この食い違いは,当日のDの訪問時間が午後5時ころから7時ころまでで,説明時間は1時間程度であったのに,これでは丁寧な説明をしたことにならないことから,3時間以上説明したことにするために,Dは訪問終了時刻を非常識な夜遅い時刻と供述し,Cは訪問開始時刻を昼の早い時刻と供述したことによって生じたものと考えられる。
本件投資方針説明書は,本件意向確認書の内容を反映していることが極めて分かりづらい構成になっている上,投資用語や数字,グラフが多用されていて,読んだだけでその内容を理解することは困難である。したがって,本件意向確認書の質問13以外の質問を示されていない原告としては,本件投資方針説明書を読んだだけでその提案内容が自分の投資意向と相違していること気づくことなど,およそ不可能であった。
(3)本件SMA契約を締結した平成20年6月16日当日,原告は,本件細則に記載されている投資家利回りが年率15%になっていることの説明をDからもCからも受けなかった。また,投資対象の金融商品の目論見書11冊の内容に関する説明も一切受けなかった。
(4)以上のとおり,本件SMA契約の締結に際しての被告の従業員の説明は,いずれも,極めて杜撰なものであり,原告が本件SMA契約の投資の適否について的確に判断し,自己責任で取引を行うために必要な情報である投資対象商品の仕組みやリスク等について理解できるものではなかったから,被告の従業員には説明義務違反がある。
(被告の主張)
(1)Cは,原告の投資意向を確認するに当たり,原告と並んで座り,原告の目の前に本件意向確認書を置き,順に頁をめくり,全ての質問につき,質問事項を読み上げ,難しそうなところは説明を加えながら,各質問毎に原告の回答をもらい,原告の横から手を伸ばして,回答どおりにチェックを入れ,その上で,原告が本件意向確認書に署名をしたものであって,原告の投資意向を無視して勝手にチェックを入れたことはないし,投資意向確認に当たり十分な説明をした。
チェックを誰が入れたかについて,Cは,当初は当時の状況について明確に覚えていた訳でなかったので,はっきり憶えていない旨を述べたが,訴訟に至る過程で,当時の経緯を確認しながら本件意向確認書の作成状況を思い出した結果,原告の横から自分がチェックを入れたと考えるに至ったものであり,チェックが署名のように個人の筆跡が明確に出るわけではないことや,本件意向確認書が契約書等の正式な書面とは位置づけがそもそも違うことに照らすと,Cが当初は明確に記憶していなかったことは何ら不思議でなく,その供述に何ら不自然不合理な点はない。なお,原告自身も,クレームをつけた当初は,チェックを誰が入れたかはっきりとした記憶があったわけではなかったが,原告の妻が「あなたはこのようなチェックの付け方はしない」と言ったために,その後は自分がチェックしたものではないと主張するに至ったものである。
また,被告においては,原告が主張する「安定型」,「積極型」などのコースが記載された書面は存在せず,したがって,Cが原告にこのような書面を提示したこともない。
(2)Dは,平成20年6月11日に原告宅を訪問した際,原告に対し,本件締結前書面,本件投資方針説明書及び提案書を交付し,それぞれについて詳しく説明し,その中で,2から3時間をかけて,リスクを大きくとればリターンも大きくなることなどのリスク・リターンの考え方,各商品の有効な組合せについての考え方などの判断する過程を説明した上で,ポートフォリオの提案を説明し,各商品のリスク・リターンの程度については主に各インデックスの過去の実績を説明した。原告は,Dの説明をメモを取りながら聞き,Dが説明した提案を了承して,次回の訪問時に契約を締結することに同意した。
(3)本件SMA契約を締結した平成20年6月16日当日,Dは,原告に対し,本件契約書及び本件細則を交付した上で,表紙から始めて,契約内容を項目毎にかみくだいて説明し,また,投資を予定していたファンドの目論見書11冊を交付した上で,各ファンドについて個別に,その仕組み,特徴などを説明した。その結果,原告は契約をすることに同意し,本件契約書及び本件細則に署名押印をした。
(4)以上のとおり,被告の従業員は,原告に対し,いずれも十分な説明をしており,説明義務違反は認められない。
争点3(情報提供義務違反の有無)
(原告の主張)
証券会社及びその証券取引勧誘外務員は,一般投資者に対し,運用成績悪化を考慮しての解約の機会を逸させることのないよう,運用状況の開示・報告等の情報提供義務を負う。しかるに,本件SMA契約の運用成績は,平成20年7月に開始後,3か月で1739万6608円も資産額が減少し,4か月後には約3600万円という投資額の2割近くの金額の損失が発生したにもかかわらず,本件SMA契約の専任コンサルタントであるDは,同年11月まで原告宅を訪問せず,同月の訪問の際も,原告に対して,上記損失が発生していることを報告しなかったし,本件SMA契約の解約も選択肢として含めた助言を一切しなかった。また,Cも,本件SMA契約の締結当時は週1回から2回程度の頻度で原告宅を訪問していたにもかかわらず,同年7月から10月までの間に投資額の1割近くの運用成績の悪化が生じていることを全く報告しなかった。
また,本件SMA契約においては,被告から原告に対して毎月,運用報告書が送付されることになっていたということであるが,原告は,本件SMA契約の締結の際に,このことの説明をCからもDからも受けなかった。Cは,平成21年3月ころ,原告の依頼を受けて,被告から送付された書面の整理をし,その際,原告が運用報告書の入った封筒を開封しないで保管しているのを見つけたが,そのことを原告に指摘して運用報告書を必ず読むように促すこともなかった。すなわち,本件SMA契約の運用報告書は,原告宅に毎月送付されていたとしても,被告から送付されるその他の大量の広告の封筒と混在し,原告には,運用報告書の入った封筒を必ず開封して確認しなければならないものだという認識がなく,原告の投資資産の状況を正しく報告する役割を果たすものになっていなかった。
したがって,被告には情報提供義務違反がある。
(被告の主張)
被告は,本件SMA契約の運用報告書を毎月,原告宅に届けており,資産の減少については,この運用報告書を見れば明白である上,平成20年10月8日には被告の宇都宮支店長とCが,同年11月10日にはDとCが,原告宅を訪問し,資産の減少の報告をしている。また,原告は,オーシマの株式の売却益についての節税のために,平成20年12月末に,リーマンショックで値下がりした保有中の証券(本件SMA契約によるものを含む。)を売却する,いわゆる損出しを行っており,原告が資産の減少を認識していたことは明らかである。
したがって,被告には情報提供義務違反は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(適合性原則違反の有無)について
(1)前提事実に下記証拠を総合すると,次の事実が認められる。
ア 原告は,昭和10年○月○日生で,高等学校を卒業し,神戸市所在の繊維関係の問屋に約1年間勤務した後,栃木に帰郷して,肥料屋で約10年間,農薬問屋で約3年間勤務したが,肥料屋に勤務していたころから副業として個人で家庭園芸肥料やペットフードの販売などをするようになり,その後,農薬問屋を退職して,個人で園芸・農業資材,ペットフード等の販売業を営むようになった。原告は,昭和48年1月,当該事業を株式会社化して,オーシマを設立し,以来,平成20年4月に同社の株式を第三者に売却して退任するまで,同社の代表取締役として,同社を経営してきた。オーシマは,設立当初は従業員4,5名程度であったが,平成15年ころには,従業員が約130人で,九州,大阪,新潟県三条市,埼玉県川口市にも支店を持ち,年商約100億円の規模となった。オーシマは,園芸資材とペットフードを輸入しており,原告は,代表取締役として,オーストラリア,カナダ,ニュージーランド,中国,タイ,スリランカなどに300回以上も出張し,これらの取引先との間で,輸入に係る契約を取り交わすなどし,原告が直接に契約条項を確認して契約書に署名をしたことも多数回に及んだ。
(以上,甲15,原告本人)
イ 原告は,平成12年8月29日に,被告の宇都宮支店に口座を開設し,同年9月6日から,被告を通じて証券投資を行ってきた。原告が被告を通じて投資した証券には,株式のほか,外貨建債券,新興国へ投資する投資信託などもあった。また,原告は,被告のほか,野村證券,日興證券,山一証券,国際証券とも証券取引をしたことがあり,これら4社との取引においては,いずれも,損失を被ったことがあった。なお,オーシマは,平成11年9月から被告との間で証券取引を開始し,取引先の株式や,債券等を購入するなどしていた。
(以上,甲15,乙1,2,12の1・2,13,原告本人)。
(2)上記(1)アに認定した事実によれば,原告は,永年にわたって企業経営に従事し,小規模な個人商店を年商100億円の企業にまで育て上げた実績を有し,海外の企業を含む多くの企業との多数回にわたる契約締結も行ってきた者であるから,その社会人としての知識・経験には申し分がなく,本件SMA契約を締結するに足りる十分な理解力と判断力を備えていたものということができる。また,上記(1)イに認定した事実によれば,原告は,被告を含む多くの証券会社との間で少なくとも8年以上にわたり証券取引をしてきたもので,投資した証券も,株式だけでなく,外貨建債券等にも及んでいた上,証券投資で損失を蒙った経験も1度ならずあったものであるから,証券取引の知識・経験という点からみても,投資一任契約である本件SMA契約を締結するに足りるものであったということができる。
(3)原告は,元本が保証される安定した契約を望んでおり,本件SMA契約の締結の際にも,リスク・リターンが3から3.5%の範囲内でして生じないものであると認識していた旨主張するが,この主張を採用することができないことは後記2(1)ウにおいて認定説示するとおりであって,本件SMA契約の締結が原告の投資意向に反するものであったと認めることはできない。
なお,原告は,投資した元本が保証される安定した契約を望んでいたことの根拠として,原告がCらの勧誘を受けて最初に締結した契約が,投資した元本の返ってくる変額個人年金保険のアグレスタであったこと,本件ファンドラップ契約も最も安定的な型を選択していることを挙げるが,投資を行う場合に,ローリスク・ローリターンの商品とハイリスク・ハイリターンの商品とに分散投資することはしばしば行われることであるから,原告一家がアグレスタや本件ファンドラップ契約を締結したことをもって,原告が本件SMA契約のような商品に投資する意思を有していなかったと認めることはできない。むしろ,原告が,本件SMA契約の締結に当たっては,相当程度のリスクを甘受して,ハイリターンを求める意向を有していたと認められることは後記2(1)に認定説示するとおりである。
(4)前提事実によれば,原告とその家族は,オーシマの株式を売却して代金約10億円を取得したところ,当該売却代金の中から,アグレスタに合計1億6000万円,本件ファンドラップ契約に合計5億0500万円を被告に預けた上に,本件SMA契約を締結して2億円を被告に預託したものであるが,これらの預託額全額を上記株式売却代金から控除しても,原告一家には1億3500万円が残ることになる。その上,アグレスタは変額個人年金保険であり,契約締結の1年後から契約者が最低年3%ないし4%ずつ年金を受け取り,契約者の死亡時に残額を保険金受取人が受け取ることによって投資した元本が返ってくるという仕組みの保険であり(弁論の全趣旨),契約者である原告とその妻には年金という形で契約金が戻され,残金が保険金という形で原告の子らに支払われるものである。また,本件ファンドラップ契約も,被告が提供する数種のファンドラップ契約のうち,最も安定的な運用を重視する内容のものであった(前提事実(2))から,そのリスクは低いものであったということができる。したがって,原告一家がアグレスタと本件ファンドラップ契約の関係で被告に預けた6億6500万円の資金は,その大部分が後日に返却されることになっていたものである。また,原告の妻名義の足利銀行の流動性預金は,本件SMA契約の預託金に充てるために1億円が出金された後も,1億0149万8904円の残高があったものである(甲13)。そうすると,原告がオーシマの株式を売却して代表取締役を退任したもので,オーシマの株式の売却代金は,定期的な収入のなくなる原告にとって,以後の生活の資金となるものであったことや,当該売却代金の中から譲渡所得税を支払わなければならなかったことを考慮しても,被告の従業員による本件SMA契約の勧誘が原告の財産状況に適合しないものであったとみることはできない。
なお,原告は,「2億円もの資金はないから」と述べて本件SMA契約の締結を当初は断っていたにもかかわらず,Cが毎日のように原告宅を訪問し,「奥さんから借りてでもいいですから」と言って執拗に勧誘し,1億円の借用書を準備さえして,原告に本件SMA契約を締結させたと主張し,原告の陳述書(甲15)及び供述中には,これに沿う部分がある。しかしながら,原告の上記陳述及び供述は,前提事実(6)に記載した事実を除くと,Cの陳述書(乙13)及び証言に照らし,にわかに採用し難く,他に原告の上記主張を裏付ける証拠はない。
また,Dが,原告一家がアグレスタや本件ファンドラップ契約を締結していることを知らずに,本件SMA契約の締結の手続を進めたことはDが自認するところであるが,本件SMA契約の勧誘が原告の財産状況に適合しないものであるとみられない以上,Dの上記認識状況をもって,適合性原則違反を肯定することはできない。
(5)以上によれば,原告は,本件SMA契約の締結の当否を判断するに足りる社会人としての知識・経験と証券取引の知識・経験を有していたものであり,本件SMA契約が原告の投資意向に反するものであったということはできず,また,本件SMA契約を締結することが原告の財産状況に適合しないものであったとみることもできないから,原告の適合性原則違反の主張を採用することはできない。
2 争点2(説明義務違反の有無)について
(1)Cの投資意向確認時の説明について
ア 原告は,Cが,本件意向確認書を使って原告の投資意向確認を行うに際し,質問13が記載された頁のみを示して,他の頁は全く原告に示さず,他の質問については原告の投資意向を無視して勝手にチェックを入れたと主張し,原告の陳述書(甲15)及び供述中には,これに沿う部分がある。しかしながら,本件意向確認書の形状は,前提事実(3)のとおり,表裏に印刷がされたA3版3枚の用紙の中央部分をホッチキスで2箇所留めにし,当該ホッチキス留めされた部分で二つ折りにして1冊にしたパンフレットであるから,原告主張の頁のみを原告に提示するには,本件意向確認書を逆向きに折り曲げて提示しなければならない上,原告が示されたとする頁の質問13には,13番目の質問であることが明記されており,また,「お名前」欄の下には「これで質問は終わりです。どうもありがとうございました。ご回答いただいた内容に基づき,具体的な資産配分のご提案をさせていただきます。」と記載されている(甲1,乙10の1)から,当該頁のみを示された者は,一見して,13個ある質問のうちの最後の質問のみを示されていることが分かるのであって,通常の投資家であれば,その示され方に疑念を抱き,他の頁の閲読を要求すると考えられるところ,上記1(1)に認定したとおりの豊富な社会経験,企業経営者としての卓越した実績及び相応な証券投資経験を有する原告が,質問13にのみ回答して唯々諾々と「お名前」欄に署名したなどとは到底考え難く,原告の上記陳述及び供述を措信することはできない。
原告の投資意向確認の状況につき,Cは,原告の投資意向を確認するに当たり,原告と並んで座り,原告の目の前に本件意向確認書を置き,順に頁をめくり,全ての質問につき,質問事項及び選択肢を読み上げ,難しそうなところは適宜説明を加えながら,選択肢のいずれを選ぶかを原告に尋ねて,各質問毎に原告の回答をもらい,原告の横から手を伸ばして,回答どおりにチェックを入れ,その上で,原告が本件意向確認書に署名をした旨を陳述(乙13)及び供述しているところ,この陳述及び供述の内容は,本件意向確認書の上記形状や,本件意向確認書を使用した投資意向確認の目的に照らし,自然かつ合理的なものであって,信用するに足るものであり,そのとおりの事実があったものと認めることができる。
なお,原告は,本件意向確認書の各質問についてのチェックを誰が行ったかについてのCの供述は変遷している上,その変遷の理由の説明も不合理であり,同人の供述には信用性がないなどと主張する。しかしながら,原告の主張によっても,原告がCに対して本件意向確認書のチェックを誰がしたのかを初めて問い質したのは,原告が本件意向確認書に署名した平成20年5月6日から1年以上も経過した後の平成21年7月13日であり,チェックは署名のように個人の筆跡が明確に出るわけではないこと,本件意向確認書は被告が原告の投資意向を踏まえてポートフォリオの組合せを検討して原告に提案するための資料に過ぎないことをも考え併せると,当該チェックを誰がしたかについてCが明確に記憶しておらず,記憶を喚起する過程で供述に変遷が生じたとしても不自然とはいえず,原告主張の供述の変遷をもって,Cの陳述及び供述の信用性を低いものとみることはできない。
イ 原告は,本件意向確認書の質問13に列挙された投資対象商品について,Cが各商品の仕組みを説明せず,リスクに関しては全く説明しなかったと主張し,原告の陳述書(甲15)及び供述中には,Cから上記各商品に関する説明を一切受けず,単に「こういう商品に投資することになるので,全部チェックしてください。」と言われて,言われるままに全ての商品につき「ぜひ投資したい」にチェックを入れた旨を述べる部分がある。しかしながら,当該陳述ないし供述部分は,Cが本件意向確認書中の質問13が記載された頁のみを示して他の頁は全く原告に示さなかったという話と一体の出来事として語られているものである上,その内容自体も,企業経営者としての卓越した実績を有する原告が2億円を投資しようとする際の行動としていかにも不自然,不合理なものであって,措信することができない。
この点につき,Cは,本件意向確認書の質問13に列挙された投資対象商品のうち,原告が分からなそうな商品について内容を説明した,具体的には,「日本株(ロングショート)」につき,株の売買であって,株価が下がったときに儲かるような手法であることを,「ハイイールド債券」につき,格付けの低い債券であること,「REIT」につき,不動産に投資する上場投信であることを,「商品ファンド」につき,金や銀などの様々な商品を組み合わせて投資する商品であることを,それぞれ説明したところ,原告は,「プロに任せてリターンを期待するのだから,全部つけていいよ。」と答えたと証言しており,この証言は,原告の上記陳述ないし供述と比べてはるかに自然かつ合理的であって,そのとおりの事実があったものと認めるのことができるところ,原告は,このような説明では,投資対象とする金融商品のリスクがある程度でも分からなければ実質的に許容する範囲内のリスクで運用がされるか否かが分からないから,説明義務を尽くしたとはいえない旨主張する。しかしながら,本件SMA契約は投資一任契約であって,取引の判断は全て委任を受けた被告が行うものであるから,委任者である投資家は,ポートフォリオを構成する個々の商品のリスクを顧客が詳しく理解するまでの必要はないと考えられる上,Cの上記説明では投資対象商品とするか否かの判断がつきかねるのであれば,同人に対して質問をして,各商品の更に詳しい内容やリスクの説明を求めることも可能であったのに,原告はこれをしなかったものである(それは,原告が,プロに任せるのだから投資対象商品の選択もプロである被告に委ねることにしようと考えたためであると推認される。)から,Cの上記説明を不十分なものということはできない。
ウ 原告は,投資意向確認の際に,Cから,「安定型」,「積極型」などのコースが記載された書面を原告に提示されて,最も安定的な「安定型」を依頼したが,その「安定型」におけるリスク・リターンが3から3.5%と記載されていたため,損失が発生しても3から3.5%の割合の範囲内でしか生じないとの誤った認識でその後の契約に臨んでしまったと主張し,原告の陳述書(甲15)及び供述中には,これに沿う部分がある。しかしながら,C及びDは,そもそも被告においては本件SMA契約関係の資料として原告主張のような書面は存在しないと証言しているところ,本件意向確認書の質問2には,前提事実(3)のとおり,リターンの予想レンジにつき,最も安定的なものでも,マイナス6%からプラス8%の金融商品しか掲げられていないことに照らすと,これと相反する内容の原告主張の書面をもCが原告に提示したとは考え難く,原告の上記陳述及び供述を採用することはできない。
エ 以上の次第で,Cが投資意向確認をした際に説明義務違反があったとの原告の主張を採用することはできない。
なお,原告は,営業員に過ぎないCが投資意向確認を行ったことは被告の内部規約に反する旨主張するが,これを前提としても,Cの投資意向確認時の説明に説明義務違反と目されるものが認められないのであるから,上記判断は左右されない。
(2)平成20年6月11日のDの説明について
原告は,Dが,平成20年6月11日に初めて原告宅を訪問した際,本件投資方針説明書を原告に渡しただけで,その内容について十分な説明をしなかった旨主張し,原告の陳述書(甲15)及び供述中には,これに沿う部分がある。しかしながら,原告は,本件締結前書面及び本件投資方針説明書を受領し,内容を理解した旨が記載された「金融商品取引法に定める「契約締結前の交付書面」受領書」(甲4)に署名押印しているのであり,原告の経歴に照らしても,2億円もの投資をする本件SMA契約の投資方針につき,説明内容は一切分からなかったが上記受領書にサインしたとの原告の供述は,たやすく信用し難いものというほかない。
この点,Dは,同日に原告宅を訪問した際,原告に対し,SMAパースのパンフレットを使いながら,本件SMA契約に係るSMAパースという商品は投資一任契約に基づいて顧客の資産をプロが運用するものであって,投資金額は2億円以上であり,顧客個々人の投資意向に応じた投資方針を決めて運用するものであること,被告の受ける報酬の仕組み,運用報告書を顧客に毎月送ることなど,SMAパースという商品の概略の説明をした上で,本件締結前書面の内容を説明し,その後,本件投資方針説明書及び提案書について,2から3時間をかけて詳細に説明をした,その中で,リスクを大きくとればリターンも大きくなること,投資元本が保証されるものではなく,金利・為替相場の変動及び株式・債券の発行者の信用状況が変化することにより投資元本を下回る可能性があることなどを説明するとともに,提案に係るポートフォリオを構成する各商品のリスク・リターンの程度については,本件投資方針説明書の「8 使用インデックスの過去60カ月(5年間)の動き①」の図を使いながら,各インデックスの過去5年間における最大・最小・平均を示して,実績によるリスク・リターンの程度を説明し,その上で,これらの各商品を組み合わせた場合に計算されるポートフォリオはリスク値10%以下で15%以上のリターンになることを本件投資方針説明書の「10 分析:効率的ポートフォリオ」中の図表を用いながら説明した,原告は,これらの説明をメモを取りながら聞き,ポートフォリオを構成する商品のいずれかにつき,どういうもので運用するのかを尋ねたりした上で,最終的に,Dが説明した提案を了承して,次回の訪問時に契約を締結することに同意したと陳述している(乙14)。この陳述内容は,Dが東京の本社から栃木市の原告宅まで出向いた目的に適っているほか,原告が同日,上記受領書(甲4)に署名押印したことや,前提事実(5)のとおり,Dが次に原告宅を訪問した同月16日には,本件契約書及び本件細則を持参し,原告がこれらに署名押印をして本件SMA契約の締結に至っていることとも整合するものであって,信用に値するというべきであり,そのとおりの事実があったものと認めることができる。
原告は,同日の原告宅への訪問時刻について,Cが昼間の早い時刻と証言しているのに対し,Dは午後7時ころと証言していて,食い違っていることをとらえて,上記Dの陳述の信用性がない旨を主張するが,両名が証言したのは当該訪問から3年が経過した後であり,両名とも訪問時刻についての記憶は必ずしも確かではないとの留保を付けて証言している上,両名揃っての原告宅訪問は,本件SMA契約の締結までに2回あっただけでなく,締結後にも数回あり,このほかに,Cは,単独で,あるいはD以外の者とともに,多数回にわたって原告宅を訪問しており,訪問時刻は昼過ぎのときもあれば,原告の仕事の都合などで遅い時刻となったこともあることは両名とも証言しているところである(乙13,14,証人C,証人D)から,訪問時刻についての証言の食違いをもって,Dの証言の信用性が低いものとみることはできない。
以上によれば,平成20年6月11日のDの説明に義務違反があったとの原告の主張を採用することはできない。
(3)本件SMA契約の締結時における説明について
原告は,本件SMA契約を締結した平成20年6月16日当日,本件細則に記載されている投資家利回りが年率15%になっていることの説明をDからもCからも受けず,投資対象の金融商品の目論見書11冊の内容に関する説明も一切受けなかったと主張し,原告の陳述書(甲15)及び供述中には,これに沿う部分がある。しかしながら,原告は,同日,本件契約書及び本件細則に署名押印して本件SMA契約を締結しているのであり,海外の企業を含む多くの企業との多数回にわたる契約締結を行ってきた原告が,2億円もの資金を預託する本件SMA契約を締結するに当たり,本件契約書及び本件細則の記載内容を確認せずに,これらの書類に署名押印したとは,にわかに信じ難い。Dは,原告に対して,本件契約書及び本件細則の双方につき,表紙から始めて,本件契約書については条文毎に,本件細則については項目毎に,分かりにくい文章についてはかみくだいて説明し,本件細則中の投資家利回りについては,本件投資方針説明書のリスク10%でリターン15%という計算値の15%程度で設定したがよろしいかと確認した,また,投資予定のファンドの目論見書11冊については,これらを交付した上で,別途持参した説明書を用いながら各ファンドの内容を説明した,その結果,原告は契約をすることに同意して,本件契約書及び本件細則に署名押印をした旨を陳述(乙14)ないし証言しており,この方が本件SMA契約締結に至る経緯として自然であって,信用することができるというべきである。
そうすると,本件SMA契約の締結時における説明についても,義務違反があったとの原告の主張を採用することはできない。
3 争点3(情報提供義務違反の有無)について
原告は,本件SMA契約の運用成績が悪化し,運用開始後3か月で投資額の1割に近い1739万6608円,4か月後には2割に近い約3600万円という投資額の減少が生じていたのに,DもCもこれを報告しなかったと主張する。
しかしながら,上記のような運用成績の悪化は,平成20年7月1日の運用開始後2か月半が経過した同年9月15日に発生した,いわゆるリーマンショックによるものであるところ,リーマンショックによって世界的な金融危機が生じ,世界的に株価が暴落したことは連日のようにマスコミで報道がされており,そのことを原告も認識していた(原告本人)。また,Dが本件投資方針説明書等を持参して説明をした際に,運用報告書を毎月送ることも説明したことは前記2(2)に認定したとおりであり,被告は,当該説明どおり,運用報告書を原告宅へ毎月送付していて,その中で,本件SMA契約に基づく資産の運用状況を報告し,資産の減少も記載されていた(乙7の1ないし13,乙8の1ないし4,乙9の1ないし4)。さらに,被告においては,同年10月8日には,宇都宮支店長とCが原告宅を訪問し,原告に対して,その時点における運用結果を報告し,資産が減少していることも説明している(乙13。これに反する原告の陳述及び供述は,これまで説示したとおり,原告の陳述及び供述が全般的に不自然,不合理で信用し難いものであることに加え,原告が本件訴訟において,当初は,運用報告書が毎月は届けられなかったと主張し,被告が乙第7号証の1ないし13を提出して,運用報告書が毎月届けられていたことを立証すると,この主張を事実上撤回して,争点3に摘示した主張へと変遷させていることなどに照らし,採用することができない。)。
そうすると,被告の従業員の対応に情報提供義務違反があったとはいえない。
なお,原告は,上記運用報告書は,被告から送付されるその他の大量の広告の封筒と混在し,原告には,運用報告書の入った封筒を必ず開封して確認しなければならないものだという認識がなく,原告の投資資産の状況を正しく報告する役割を果たすものになっていなかったと主張するが,これを前提としても,上記判断は左右されない。
第4 結論
以上の次第で,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 始関正光)
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