「営業支援」に関する裁判例(1)平成30年12月25日 東京地裁 平29(ワ)10239号 損害賠償請求事件
「営業支援」に関する裁判例(1)平成30年12月25日 東京地裁 平29(ワ)10239号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成30年12月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平29(ワ)10239号
事件名 損害賠償請求事件
文献番号 2018WLJPCA12258009
裁判年月日 平成30年12月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平29(ワ)10239号
事件名 損害賠償請求事件
文献番号 2018WLJPCA12258009
東京都港区〈以下省略〉
原告 X株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 福崎真也
東京都世田谷区〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 久留隆昭
主文
1 被告は,原告に対し,5606万5000円及びうち472万5000円に対する平成29年4月15日から,うち5134万円に対する平成29年8月5日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件の主位的請求は,原告が,その従業員であった被告に対し,株式会社a(以下「a社」という。)が仲介した原告所有物件の売却及びa社との間で締結したシステム導入コンサルティング契約に関し,被告がa社等の利益を図る目的で,その任務に背く行為を行ったとして,故意による不法行為に基づき,損害の合計5606万5000円,うちシステム導入コンサルティング契約に係る損害に当たる472万5000円に対する不法行為の日よりも後の日である平成29年4月15日(訴状送達日の翌日)から,うち原告所有物件の売却に係る損害に当たる5134万円に対する不法行為の日よりも後の日である平成29年8月5日(訴えの変更(拡張)申立書送達日の翌日)から,各支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案であり,本件の予備的請求は,原告が,被告に対し,被告が上記各案件において,雇用契約を締結した被用者としての善管注意義務に違反し,a社等の利益を優先させたとして,故意又は重過失による債務不履行に基づき,主位的請求と同額の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠によって容易に認定することができる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は,株式会社bを始めとする9社で構成する「○○グループ」の1社であり,同グループは,原告の代表取締役であるA(昭和22年○月生)(以下「A」という。)が主宰している。
○○グループの各社は,いずれも不動産事業を営んでおり,原告も,不動産の売買,賃貸,管理及び仲介等を目的としているが,中でも不動産を売買して転売利益を得ることを主たる事業としている。
原告においては,出金を伴う契約締結に際しては稟議書が作成されることになっており,原則として,毎週月曜日にAがまとめて承認の決裁をしていたが,毎回多数の稟議書の決裁が必要であったことから,Aが稟議書の内容を詳細に確認していない場合も多く,基本的には,Aに先立ち各稟議書を決裁する担当管理職(ヘッド)が全責任を負うものとされていた(甲2,弁論の全趣旨)。
イ B(昭和50年○月生)(以下「B」という。)は,平成17年1月に○○グループに属する株式会社cに入社し,その後社長室に配属され,平成19年9月から社長室長となった後,平成23年7月5日付けで退職した(甲23,77,弁論の全趣旨)。
ウ C(昭和41年○月生)(以下「C」という。)は,平成17年2月に原告に入社し,総務部に配属され,平成19年9月から総務部長となった後,平成23年7月15日付けで退職した(甲23,78,弁論の全趣旨)。
エ 被告(昭和53年○月生)は,平成18年6月に原告に入社し,総務部に配属され,Cの直属の部下であった。総務部は,平成24年1月1日から管理部に改称され,被告は,同日以降,管理部内の総務人事課長として,原告を含む○○グループの契約印を管理していた。被告は,平成25年12月に原告を退社した。
オ B及びC(以下,併せて「Bら」という。)は,平成23年8月4日,a社を設立し,Bがその代表取締役に,Cがその取締役に就任した(甲3)。
(2) 原告所有不動産の売却等
ア 原告とa社は,平成24年8月29日,原告がa社に,原告が所有していた大田区西六郷2丁目所在の共同住宅とその敷地(以下「dマンション」という。)及び世田谷区喜多見7丁目所在の共同住宅とその敷地(以下「eアパート」という。)のそれぞれについて,売買交渉等のほか,各物件におけるコンサルティング業務を委託し,原告が,a社に対し,報酬として売買価格の6%を支払うことなどを内容とする業務委託契約(以下,dマンションに係る業務委託契約を「dマンション関係業務委託契約」,eアパートに係る業務委託契約を「eアパート関係業務委託契約」という。)を締結した。同各契約に係る契約書の原告名下には被告が管理する契約印が押印されている。
イ 原告は,株式会社f(以下「f社」という。)に対し,平成24年9月28日,dマンションを5000万円で売却し,その後,原告は,a社に対し,dマンション関係業務委託契約に基づく報酬として315万円を支払った。
なお,f社は,同日,D(以下「D」という。)にdマンションを7800万円で売却し,dマンションの所有権移転登記は,同年10月5日,同日売買を原因として,f社を介さず,原告からDに移転する手続がされた(甲29の1,29の2,38,64,68)。
ウ 原告は,g株式会社(以下「g社」という。)に対し,平成24年12月6日,eアパートを1億3000万円で売却し,その後,原告は,a社に対し,eアパート関係業務委託契約に基づく報酬として,819万円を支払った。
(3) システム導入コンサルティング契約
原告とa社は,平成25年5月31日,原告が○○グループの代表法人として,同年6月1日から同年8月31日までの期間,簿冊情報のデータ構築(システム化)を前提とする「企業情報管理の強化業務」を委託し,そのコンサルティング手数料として,毎月150万円ずつ合計450万円を支払うことなどを内容とする業務委託契約(以下「本件システム導入コンサルティング契約」という。)を締結し,原告名下に被告が管理する契約印が押印された同契約に係る契約書を作成した(甲14,15)。なお,この「簿冊」とは,○○グループの営業担当社員がそれぞれ営業活動のために紙ベースで作成しているもので,各人が各自で記入するため,内容は区々となっている。
その後,原告は,a社に対し,同年7月から同年9月まで毎月各5日に157万5000円ずつ合計472万5000円を支払った。
(4) 別件訴訟
原告は,a社及びBら(以下,併せて「a社ら」という。)に対し,平成26年5月20日,a社らが,①dマンション及びeアパートを虚言を用いて不当に廉価で売却させ,②原告にとって不要な本件システム導入コンサルティング契約を締結させたとして,損害賠償請求訴訟(以下「a社訴訟」という。)を提起した(甲72)。a社訴訟の控訴審判決は,上記いずれの案件についても,a社らの不法行為を認定した。被告は,平成27年1月,a社訴訟の第一審係属中に,a社らから訴訟告知を受け(甲72),a社らに補助参加した。
(5) 別件訴訟前の当事者間の合意
原告と被告は,原告がa社訴訟を提起する前である平成25年12月24日,次のとおり,合意(以下「本件不起訴合意」という。)していた(乙1)。
① 被告が,原告に対し,a社訴訟について,担当弁護士との打合せ(事案の説明),裁判所に提出する陳述書の作成,裁判所における証人としての証言等,原告の要請に基づき,必要な協力(被告が認識している事実を述べることを意味する。)を行うことを約束する。
② 原告は,被告が前記①を遵守する限り,被告に対して金銭請求等の民事責任を問わないことを約束する。
3 争点及び当事者の主張
(1) 訴えの利益の有無(訴訟要件)
(被告の主張)
被告は,平成26年9月25日,a社訴訟に関して,原告の代理人弁護士と打合せを行った。そして,原告に対し,被告の携帯電話を貸し出したので,原告は,a社訴訟において,被告とBらとの間で送受信されたメールを証拠として提出することができた。
また,本件不起訴合意に基づく被告の必要な協力は,被告が認識している事実を述べること意味するところ,被告は,a社訴訟において,証人として認識している事実を証言した。
したがって,原告は,本件不起訴合意により,権利保護の利益を有しないので,本件訴えは却下されるべきである。
(原告の主張)
ア 原告は,a社らからの訴訟告知に関する打合せを行うため,被告と日程調整を行い,平成27年1月30日18時30分から,原告の代理人弁護士を交えた打合せを行うことを決めた。しかし,被告は,当日になり,同打合せをキャンセルした。
その後,原告の代理人弁護士は,同年2月12日,被告の代理人となったE弁護士から,「本件に関するご連絡は,全て小職宛てにお願いいたします。」と記載のある通知書の送付を受けた。これにより,原告は,被告と直接打合せを行うことができなくなった。
このように,原告は,被告に対し,担当弁護士との打合せを要請したが,被告は,一旦は決まった打合せを自らキャンセルするなど,本件不起訴合意で約した被告の協力義務に違反した。そのため,原告が被告に対して民事責任の追及を行うことは本件不起訴合意に反しない。
イ さらに,被告は,原告に対し,平成27年2月16日には,a社訴訟において,a社らに補助参加した。これにより,原告は,被告に対して,本件不起訴合意に基づき,「担当弁護士との打合せ(事案の説明),裁判所に提出する陳述書の作成,裁判所における証人としての証言等」の要請を行うことができない状況となった。被告において,原告が被告に協力を要請できない状況を作出したのであるから,被告が,本件不起訴合意に定められた協力義務に違反していないと主張をすることは,信義則に反し,許されない。
(2) 故意による不法行為の成否(主位的請求原因)
(原告の主張)
ア dマンション及びeアパートの売却について
原告は,不動産の売買を業とする会社であり,自ら売却を行えば,手数料を外部に支払う必要はない。
にもかかわらず,dマンション及びeアパートの管理責任者であった被告は,a社らの利益を図るため,a社と業務委託契約を締結した上,Aに対して,dマンションの売却においては,エンドユーザーへの直接売却ではなく,中間省略登記を行う形態での売買であることや,dマンションの敷地だけでも6210万円から7038万円程度の価値があることを伝えることなく,dマンションを5000万円で売却し,eアパートの売却においては,eアパートの管理会社である株式会社hから得た査定結果が1億5000万円から1億6000万円であることや顧問税理士事務所の職員から売却時期の変更についてアドバイスを受けたことを伝えることなく,eアパートを1億3000万円で売却した。
被告の上記両物件の売却は,いずれも原告に対する背任行為であり,故意による不法行為に当たる。
イ 本件システム導入コンサルティング契約について
被告は,平成25年当時,原告において,簿冊情報のシステム化やデータベース化の必要性がなかったにもかかわらず,a社らの利益を図るため,a社と本件システム導入コンサルティング契約を締結し,a社にコンサルティング手数料を支払った。
当該被告の行為は,原告に対する背任行為であり,故意による不法行為に当たる。
(被告の主張)
ア dマンション及びeアパートの売却について
被告はdマンション及びeアパートの管理責任者ではない。両物件の管理は社長室の担当業務であり,Bの退職後も,社長室におけるBの部下であった者が担当していた。被告は,BとCの退職後,なし崩し的に,Aの指示もなく,両物件の入出金に関する事務を預かったにすぎない。
被告は,不動産営業の実務経験もなく,両物件の扱いに困っていたところ,a社から,両物件の処分について提案があり,同提案をAにプレゼンし,承認を得たのである。
被告は,本来的な業務でもなく,経験もない業務であるため,全てAの承認のもと,両物件の売却に関わったにすぎず,a社らの利益を図る目的はなかった。
イ 本件システム導入コンサルティング契約について
原告において,簿冊情報のデータベース化は,被告が入社した平成18年6月当時から既に検討されており,それ以降も継続して検討されていた。被告は,Aに対し,原告の利益のみを考えて,プレゼンし,その承諾を得た上で契約を締結し,コンサルティング手数料の支払に係る稟議書を作成してAの決裁を得た。
Cの提案がきっかけとなって,被告が,a社に対し,システム導入のコンサルティングを依頼したものの,簿冊情報のデータベース化は被告が原告に入社した当時からの検討事項であったから,原告を退職したBらが設立したa社には新規業者よりも迅速な対応が期待できることに加え,情報漏洩防止の観点からも信頼を置くことができたので,原告にとっても,a社にコンサルティングを依頼することはメリットが大きいものであった。
(3) 故意又は重過失による債務不履行の成否(予備的請求原因)
(原告の主張)
ア dマンション及びeアパートの売却について
被告は,原告が販売を行えば手数料を外部に支払う必要はないにもかかわらず,a社に業務委託し,原告にa社への報酬を支払わせ,また,売却手続の最初から最後まで,原告を含む○○グループにおける役職員にだれ一人相談することなく,被告のみで売却手続を進め,原告に損害を与えた。
被告は,原告に雇用された者として,雇用者の財産の管理処分につき,善良なる管理者の注意義務が要求されるところ,被告のdマンション及びeアパートの売却に係る行為は,故意又は重過失によって,これに違反したというべきである。
イ 本件システム導入コンサルティング契約について
被告は,平成25年当時,原告において,簿冊情報のシステム化やデータベース化の必要性がなかったにもかかわらず,原告の社内における正式な手続を経ることなく,Aが承知しないまま,本件システム導入コンサルティング契約を締結し,原告に損害を与えた。
被告には,上記アのとおり,善良なる管理者の注意義務が要求されるところ,被告の本件システム導入コンサルティング契約に係る行為は,故意又は重過失によって,これに違反したというべきである。
(被告の主張)
ア dマンション及びeアパートの売却について
被告は,不動産売買について専門的知識や実務経験を持たないところ,不動産売買のプロフェッショナルであるAの承認を得て,両物件を売却したのであるから,なんら善管注意義務に違反していない。
イ 本件システム導入コンサルティング契約について
被告は,データベース化やシステム導入の必要性を認識し,a社に依頼するメリットが大きかったので,Aの承認を得て,a社にコンサルティングを依頼したのであるから,なんら善管注意義務に違反していない。
(4) 損害
(原告の主張)
ア dマンションの売却について
原告がa社に支払った報酬315万円は,被告の不法行為や債務不履行がなければ支払うことはなかったのであるから,原告の損害である。また,dマンションは,少なくとも7000万円で売却できたことから,実際のf社への売却価格である5000万円との差額の2000万円が原告の損害となる。
イ eアパートの売却について
原告がa社に支払った報酬819万円は,被告の不法行為や債務不履行がなければ支払うことはなかったのであるから,原告の損害である。また,eアパートは,少なくとも1億5000万円で売却することができたことから,実際のアクティ・トラストへの売却価格である1億3000万円との差額2000万円が原告の損害となる。
ウ 本件システム導入コンサルティング契約について
原告がa社に支払ったコンサルティング手数料472万5000円は,被告の不法行為や債務不履行がなければ支払うことはなかったのであるから,原告の損害である。
(被告の主張)
ア dマンション及びeアパートの売却について
否認する。もっとも,dマンションの売却価格と原告主張の売却可能価格との差額2000万円及びeアパートの売却価格と原告主張の売却可能価格との差額2000万円の合計4000万円が,a社らの不法行為によって原告に生じた損害であることは争わない。
イ 本件システム導入コンサルティング契約について
a社はコンサルタント業務を実際に行い,その成果物として提案書を原告に交付した。a社に支払った報酬が,同成果物に見合った金額であるかという妥当性の問題があったとしても,Aの承認を得て支払ったのであるから,原告の損害とはならない。
(5) 責任制限の法理(予備的請求原因における過失責任に対する抗弁)
(被告の主張)
原告はAが主宰するワンマン経営会社であるところ,被告は,dマンション及びeアパートの売却も,本件システム導入コンサルティング契約に基づくコンサルティング手数料の支払も,いずれもAの承認を得ていた。
原告を含む○○グループは,平成25年に約57億円の売上高を有するのに対し,被告の退職時の給与収入は年665万円にすぎず,退職金の支給もない。
被告には不動産売買の専門的知識もない上,原告に生じた損害は,Bらによる不法行為によるものであり,被告はなんら利益を得ていない。
以上の事情からすれば,被告に過失が認められたとしても,損害の公平な分担という見地から,信義則上,被告の責任を大幅に制限するべきである。
(原告の主張)
dマンション及びeアパートの売却についても,被告が管理を担当していた物件であった。そして,原告を含む○○グループにおいては,Aにおいて全ての案件を逐一詳細な確認を行うことは不可能であるから,稟議書に決済印を押す者(ヘッド)が,稟議内容について絶対的な責任を負うと定められていたところ,本件システム導入コンサルティング契約に基づく出金のヘッドは被告であった。
企業において権限を委譲することは必定であり,原告にはなんら落ち度はない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実(前提事実,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。)
(1) Bらの退職と被告の関与
ア Bらは,平成23年6月,Aとの間で意見が対立したことを契機として各勤務先から解雇を通告されたが,同年7月,各勤務先に対し,解雇は無効であるなどと記載した代理人弁護士作成の内容証明郵便を送付した(甲75,76)。
イ Bらは,平成23年8月1日,各勤務先から,それぞれ解決金480万円の支払を受け,各勤務先を合意退職した(甲77,78)。
ウ 被告は,BらとAとの間の仲をとりなそうとしたが果たせなかった。この過程で,被告は,同人の携帯電話を使って,Bらとメールでやり取りをし,Aを批判する内容や,Bらの退職に係る対応を依頼する顧問弁護士名など原告の内部情報を送信した。(甲1の1ないし1の6,23,86の1ないし86の3)
(2) 原告とa社との間の最初の業務委託契約
ア ○○グループにおいては,在職者は退職者と連絡を取ってはいけないというルールがあった(甲81)。被告及びBらは,いずれもこのルールを認識していた(甲82の1ないし82の3)。しかし,被告とBらは,Bらの合意退職後も,メール等で連絡を取り続け,時には会食し,被告は,Bらに,○○グループの内情を伝えるなどしていた(甲1の7,46の1ないし46の4,87の1ないし87の24)。
やがて,被告とBらとの間では,原告がa社に種々の調査業務等を委託する計画が進められるようになった。
イ Bは,被告の携帯電話に対し,平成24年3月22日,「今からYくんの会社メールへ提案を送信するので,オーナーへ投げてもらえますか?会社メールは退職後はじめての連絡との感じでおくりす。オーナーへはBから会社メールに連絡がきたと伝えて構いませんので,提案の伝達は必ずお願いします。」などと記載したメールを送信した(甲1の8)。そして,その直後,Bは,被告が原告社内で使用しているパソコンのメールアドレス宛に,件名を「反社会的勢力調査の提案【株式会社a B】」とし,「ご無沙汰しております。今般,弊社で行っている「反社会的勢力調査」について御提案させて頂きたくご連絡差し上げました。添付の提案資料を本日か明日にA会長へお渡し頂きご検討後に決裁の判断を頂ければと存じます。」などとするメールを送信した(甲4)。
被告は,Bに対し,同日,「メール,確かに確認しました。オーナーに提案してみます。」などと記載したメールを返信した(甲1の9)。
ウ 被告は,Bに対し,平成24年3月26日,「今の様子だとあまり興味を示さないように感じます。私の方で援護射撃出来るようプレゼンします。」などと記載したメールを送信したところ,Bは,被告の携帯電話に対し,翌27日,「一点プレゼンのアドバイスとしては稟議書と一緒にするのが効果的かもね。」などと記載したメールを返信した(甲1の11,1の12)。
エ 被告は,Aに対し,平成24年3月27日,反社会的勢力調査についてプレゼンしたが,Aは興味を示さなかった。被告は,Bに対し,反社会的勢力調査については反応が薄かった旨,反社会的勢力調査以外のものとして,原告が抱えていた別件訴訟に絡む物件評価をa社に依頼した方が良いのではないかと進言した旨を記載したメールを送信した。(甲1の13)
オ その後,被告とBらは,適宜,原告の内部事情等について連絡を取り合うなどし(甲1の14ないし1の24,48の1,48の2,乙12),平成24年5月31日の夜,会食の場において,被告が管理していた契約印を使って,原告とa社との業務委託契約書を作成した。同契約書は,原告がa社に対し,○○グループ内企業全社に係る民事訴訟等に関する事務作業及び調査全般と,同全社に係る調査業務全般及びコンプライアンスに係るコンサルティングの各業務を委託し,具体的業務内容及び報酬は別途定めることなどを内容とするものであった。(甲5)
カ 被告は,平成24年6月4日,Aに反社会的勢力調査について関心を抱かせるため,Aに対し,実際には銀行から反社会的勢力に関してなんら連絡を受けていないにもかかわらず,金融庁の監督により銀行が反社会的勢力を排除する取組を強化している旨を説明した上,Cに対し,「反社の件,銀行経由の情報という触れ込みで,オーナーの関心を引くことに成功しました。」,「このまま推し進めていきます。」などと記載したメールを送信した(甲1の25,27[13頁])。これに対し,Cは,「過程より結果が大切だから。聞きかじった情報 本とか でも最大限利用するべし」,「なかなか上手いねぇ。」などと記載したメールを送信した(甲49の1,49の4)。もっとも,その後,原告がa社に反社会的勢力調査を委託するには至らなかった(甲72)。
(3) dマンション及びeアパートの売却に関する経緯
(業務委託契約締結まで)
ア 被告は,Bが退職した後,dマンション及びeアパートの管理担当者となった(もっとも,両物件の賃料収入や両物件の購入に係る銀行借入れの返済等,金銭面の管理は,管理部経理課の担当であった。)(甲27[2頁])。
イ Bらは,被告に対し,a社が設立された頃から,dマンション及びeアパートの処分に協力する旨を申し出ていた(甲27[14頁],47の1ないし47の3,被告本人)。原告の財務的には,上記両収益物件を急いで売却する必要性はなく(甲58,証人F),被告もそのことを認識していた(甲27[4,5頁],被告本人)。
ウ 被告は,平成24年7月から同年8月にかけて,Cの指示に従い,原告の顧問税理士事務所の職員であるF(以下「F」という。)から,上記両物件の家賃収入総額,借入金返済総額,物件の帳簿価格の集計表等を取得し,Cに提供した(甲50,51の1ないし51の5,52の1ないし52の3,53の2ないし53の5,59,証人F)。
エ 被告は,平成24年7月頃,eアパートの管理会社である株式会社hに問い合わせたところ,eアパートの売却価格は1億5000万円から1億6000万円との回答を得た(乙6の1)。
オ Bら及び被告は,平成24年8月29日,被告が管理していた原告の契約印を使って,dマンション関係業務委託契約及びeアパート関係業務委託契約に係る契約書を作成し,原告がa社に,dマンション及びeアパートの売却に係る手続等を委任する旨の委任状を作成した(前提事実(2)ア,甲34,36)。
(dマンションの売却)
カ Bは,dマンションについて,知人を通じて知り合ったG(以下「G」という。)らとともに,原告が事業活動をほとんど行っていないf社に売却し,f社が歯科医師であるDに転売し,登記については,原告からDに直接移転登記を行う中間省略登記として,形式上f社に生ずる転売利益をB等で分配するスキームを計画した(甲61ないし64,66ないし68)。
キ Bは,被告に対し,平成24年9月11日,dマンションについて中間省略の方法により5000万円で買付先が決まりそうである旨のほか,「事前に5000万円の決裁だけオーナーにもらっておいてもらえますか?口頭決裁で構いません。」などと記載したメールを送信した(甲85の3)。また,Bは,被告に対する同日の他のメールで,「5000万前後の最低ラインだけ事前に承認もらえれば交渉しやすいです。」とも記載した(甲85の1)。
ク 被告は,Bらから,dマンションの価格の評価に関する書類を示されたことはなかったが(甲27[16頁],被告本人),Aに対し,dマンションを5000万円で売却することの了承を求めた。その際,売買の方法が中間省略の方法であることを伝えなかった(甲91,原告代表者)。Aは,被告を信用し,特に異を唱えず,dマンションの5000万円での売却を了承したので,被告は,その旨をBに伝えた(甲27[7,31頁],原告代表者)。
ケ Bは,被告に対し,dマンションの売却について虚偽の説明をするなどして取引の全容を明かさないまま準備を進めた(乙15)。そして,被告は,平成24年9月28日,a社の事務所において,被告管理の原告の契約印を使って,原告がf社にdマンションを5000万円で売却し,売却代金の支払につき手付金250万円を同日,残代金4750万円を平成24年10月5日までとする旨の売買契約書を作成し,手付金250万円を原告に対する支払として受領した(甲37,64,68[4頁])。f社は,Dに対し,同日,dマンションを7800万円で売却した(甲38,64,68)。
コ 前記ケの原告とf社との売買契約書には,手付解除の条項があり,原告は,手付金の倍額である500万円を支払って契約を解除することができる旨の規定があったところ(甲37),被告は,平成24年10月4日以前に,株式会社bの代表取締役のHから,dマンションの敷地の実勢価格が坪150万円ないし170万円と聞いており,これを基準にすると,dマンションの敷地だけでも,その実勢価格は6200万円を超えることを認識していたにもかかわらず(甲29の1,91[13頁],乙6の2),これをAに報告したことはなく,Aに手付解除の判断を仰いだこともなかった(甲91[13頁],原告代表者,被告本人)。
サ Dは,原告に対し,平成24年10月5日,f社名義でdマンションの残代金4750万円を支払った(甲29の1,29の2,68[19頁])。また,Dは,同日,f社に1700万円を交付し,f社は,そのうちの200万円を報酬として取得した上で,その余の1500万円はGに渡し,Bは,Gから700万円を取得した(甲61ないし68)。
シ その後,原告は,a社に対し,dマンション関連業務委託契約に基づき,報酬として315万円を支払った(前提事実(2)イ)。
(eアパートの売却)
ス Cは,被告の携帯電話に対し,平成24年10月22日月曜日,eアパートの売却価格について最低価格として1億2000万円をAに伝えて反応を見るよう依頼する旨のメールを送信した。同メールには,「(Y君の力でなんとか納得させてみて)」などと記載されていた。被告は,Cに対し,同日,「eアパートの件は検討したいとの事。今週中になんとかします。」と返信した。(甲40の1,40の5,40の6,57の1,57の2)
セ Bは,被告に対し,平成24年10月29日,eアパートを売却する計画の詳細を伝えることなく,「アンダーラインを1億2千万円で見ておいてください。」などと記載したメールを送信した。被告は,Bらから,eアパートの価格の評価に関する書類を示されたことはなかったが(甲27[15頁],被告本人),Aに対し,Aからeアパートを1億2000万円で売却することの承認を得た。その際,被告は,Aに対し,前記エの株式会社hから得たeアパートの売却価格についての回答を伝えることはなかった。その後,被告は,Bに対し,同日,「最低売却価格1億2千万円で承認を取っています。希望価格での売却が困難なのは承知していますので,早期に処分できればと考えています。」などと記載したメールを送信した。(甲27[30頁],91[11,12頁],乙6の3,原告代表者)
ソ Bら及び被告は,eアパートの売却と並行して,eアパート及びdマンション以外に原告が所有している区分所有建物についても売却する計画を立て,Fから同区分所有建物の集計表を取得し,これらの売却に係る業務委託契約書の締結等の準備を進めていた(甲54の1,54の2,55の3,55の4,乙6の4)。しかし,被告は,平成24年11月12日,Aから同区分所有建物の売却について了承を得られなかったため,Bに対し,「eアパート買付の件と併せて区分所有物件を処分するか否か確認したのですが,当面は保有しておくとの事でした。」,「とりあえずeアパートの売却が滞りなく終わってから期間を置いて再度話を持っていきます。」などと記載したメールを送信した(乙6の5)。
タ Bは,被告に対し,eアパートの売却についての虚偽を述べるなどして詳細を説明することなく準備を進め,不動産の媒介等を業とするi株式会社の代表取締役であるI(以下「I」という。)等を介して,eアパートを1億3000万円でg社に売却し,g社がa社に物件調査に関する業務委託料名目で1000万円を支払うというスキームでの取引を確定させた(甲69ないし71)。そこで,Bは,被告に対し,平成24年11月22日,同スキームを秘したまま,eアパートの買主及び売却価格をメールで伝えた。
チ Iが,Bに対し,平成24年11月27日,売主側で用意してほしい書類を連絡したことから,Bは,そのうちの一部について,「銀行提出書面」であるとして被告に準備を依頼した(甲41の5,71[別紙5-1,5-2])。被告は,一部の書類の入手方法が分からなかったため,Bに対し,翌28日,依頼を受けた書類の一部について,「社内で営業に聞いてもいいのですが,怪しまれるので教えてもらえると助かります。」などと記載して,取得方法を尋ねるメールを送信した(甲41の2)。
ツ Fは,平成24年12月5日又は6日,被告からeアパートを損失が出る形で売却することを聞いた際,被告に対し,dマンションで既に多額の損失が出ているため,eアパートの売却時期を原告の来期決算に入る平成25年1月末日以降にするよう提案した。しかし,被告は,Aから了承を得ているなどと述べて,Fの提案を拒否した。被告は,Aに,Fから売却時期の変更の提案があったことを伝えなかった。(甲58の4,59,証人F,原告代表者,被告本人)
テ 被告は,平成24年12月6日,a社の事務所において,被告管理の原告の契約印を使って,原告がg社にeアパートを1億3000万円で売却する旨の売買契約書を作成した(甲39)。
ト Bは,被告に対し,平成24年12月10日,前記ソの区分所有建物の業務委託契約について,「今週中に決裁かけお願いできますか?」などと記載するメールを送信したのに対し,被告は,「今回,eアパートを売却することで決算書上結構な額の特別損失が発生するため,簿価を下回る価格での売却処分は無理です。以前,売却価格をおおまかに伝えて確認したにもかかわらず,先週になってj会計が今回のeアパートの売却の件で,来期に動かせないかと言ってきたくらいなので。処分するとしても来年2月以降になります。」などと返信した(甲58の3,58の4)。
ナ g社は,原告に対し,平成24年12月20日,eアパートの売却代金を支払うとともに,a社に対し,業務委託契約に基づく報酬名目で1000万円を支払った(甲69ないし71)。その後,原告は,a社に対し,eアパート関連業務委託契約に基づき,報酬として819万円を支払った(前提事実(2)ウ)。
(4) 本件システム導入コンサルティング契約に関する経緯
ア ○○グループでは,毎年,各部門の統括者(ヘッド)が年間の事業計画書を作成してAに提出し,これらを踏まえて,Aがグループ全体の経営指針を示すこととなっていた。
被告は,自己が作成する平成25年度の管理部総務人事課の事業計画書等について,平成24年12月10日,Cにメールで送信した(甲1の26,6)。被告は,Cの意見を聴いた後,同月18日に上記事業計画書を提出したが,同計画書には,「業務目標」の1つとして「簿冊情報の整理」が挙げられ,「既存簿冊のデータベース化に着手し,定期的な一律DM発送など営業支援活動を行うための土台を築きます。」などと記載されていた(甲1の27ないし1の30,7)。
Aは,被告が作成した上記事業計画書も踏まえて作成した平成25年度の経営指針(平成24年12月25日付け)において,「簿冊情報を最大限活用する。」とした上,「グループ内の情報共有化を推進することで「ムリ・ムダ・ムラ」のない情報管理の土台を造る。」,「情報管理主任者を置き簿冊情報の体系化を図る。」,「簿冊情報の整理・編集を行う。」などと記載したが,簿冊情報のデータベース化を明記することはなかった(甲8)。
被告は,この経営指針についても,同月26日,Aから提示されて直ちに,Cにメールで送信した(甲1の32,9)。
イ 被告は,平成25年1月24日,Cの求めに応じ,被告が想定していた原告の今後の業務構想をまとめて,これをCにメールで送信した。この業務構想には,「旧簿冊のデータ入力(マスター簿冊のリスト化)」,「簿冊作成の効率化」といった項目が並べられている。(甲1の39,1の40,10,11)
ウ その後も,被告とCとのやり取りは続き,Cは,被告に対し,平成25年5月28日火曜日,「今日中に契約書たたき(俺としてはほぼ完成)をメールしとくから明日に目を通して意見ちょうだい。6月1日から始動するから,遅くとも来週の月曜に押印よろしく。」,「これから少し忙しくなると思うが,目的達成のためよろしく」などと記載したメールを送信し,同年5月30日には,上記の契約書を速達で送った(甲1の45,1の47,1の48)。
被告は,同人が管理する○○グループ各社の契約印を使って,本件システム導入コンサルティング契約に係る契約書を作成した(前提事実(3),甲14,15)。
エ 被告は,本件システム導入コンサルティング契約に基づくa社への合計450万円の支払について,稟議書を起案し,ヘッド欄に自分の承認印を押した上,平成25年6月3日月曜日,Aの決裁を得た。これに基づき,原告からa社に,同年7月から同年9月までの各5日に,各157万5000円,合計472万5000円(税込)が支払われた(前提事実(3),甲16)。
オ a社は,本件システム導入コンサルティング契約に基づく業務について,k社と協議し,k社は,a社と連名で,開発概算費用4900万円の「システム化(データベース構築)のご提案」といった内容が記載された平成25年8月23日付けの提案書を作成した(甲17)。Cは,これを,同日,被告にメールで送信した(甲18)。もっとも,上記4900万円のうち600万円は,紹介手数料名目でa社が取得することで,Cとk社との間では合意されていた(甲19,90[8頁],91[21頁])。なお,被告は,上記システム化について,k社以外の業者の見積り等を受け取ったことはなく,k社が上記提案をするに当たり,k社が原告の営業部門を訪れて簿冊等の実情を確認したことはない(甲27[24頁],被告本人)。
(5) 事態の発覚
ア 被告は,平成25年8月26日月曜日,a社に本件システム導入コンサルティング契約の契約期間後である同年9月から平成26年5月まで9か月間のコンサルティング料として月額157万5000円の合計1417万5000円(消費税込み)を支払う旨の稟議書(甲20の1,3)と,k社に簿冊システム導入費用として「概算で約5000万円程度」を支払う旨の稟議書(甲20の2)を作成し,後者の稟議書には,「5年,10年先を見据えた際,絶対に必要です。」と記載した上で,Aの決裁を得ようとした。もっとも,被告は,a社が上記期間に行うコンサルティング業務の内容を具体的に想定していなかった(被告本人)。
これに対し,Aは,金額が高額であることや,原告社内では以前に簿冊のデータベース化を検討したものの,それを中止した経緯があったことなどから,上記稟議書を決裁せず,株式会社bの事業部長のJ(以下「J」という。)と協議するよう指示した(甲91,乙17の1[60,61頁],原告代表者)。
そこで,被告は,同日のうちにJと会い,簿冊のシステム化について,Aもやりたがっている,k社は何社も見積りを取った中で一番安いなどと虚偽の事実を交えながら,その必要性を訴えた(甲90,証人J)。
イ 被告は,Cに対し,平成25年8月28日,「システム導入の最終ゴーサインは来週中くらいになる可能性が高いです。必ず決済採ります。」というメールを送信した(甲1の51)。Cは,「決裁までに動きがあれば,報告ちょうだい。」というメールを返信し,同年9月3日には,「決裁の進捗はどうだい。今週中早めに契約できればよいね。」といったメールを送信した(甲1の52,1の55)。これに対し,被告は,「今週木曜日に営業交えて打ち合わせする予定です。同時に決済とります。」と返信した(甲1の56)。
A,被告,J等は,同月5日木曜日,システム導入について打合せを行い,被告が,その必要性を強く訴えるなどしたが,Aは了承せず,システムエンジニアとして稼働経験のある社員を交えて改めて同月10日に打合せを行うこととなった(甲1の56,90,91)。被告は,この結果を直ちにCにメールで伝えたところ,Cは,被告に対し,営業担当社員と話をする際には,金額を言わずにシステム導入の意思を固めてもらうことが重要であるなどとアドバイスを返し,同月6日には,「後は任せるしかないけど,Y君の力を信じてるよ。」といったメールを送信した(甲1の57,1の59,1の61)。
これを受け,被告は,Jに対し,上記元システムエンジニアの社員との打合せでは費用のことは触れないように依頼したが,Jは,一連の被告の言動を不審に思い,他の社員と共に被告の調査を開始し,すぐに,a社がBらの設立した会社で,前記(4)エのとおり,既に472万5000円がa社に支払われたことなどを把握し,翌6日朝,Aにこれらを報告した。Aは,Jに対し,被告には内密に調査を継続するよう指示した。(甲90,91,証人J,原告代表者)
ウ 平成25年9月10日に予定されていた打合せは,急遽,同月9日に行われた。その打合せにおいても,Aは,システム導入を承認せず,他社の見積りを取るように指示した。被告は,その日のうちに,Cに対し,「結果はダメでした」などと記載したメールを送信した。以後,被告は,原告内でシステム導入の話を持ち出すことがなくなった。(甲1の63,90,91,証人J,原告代表者,被告本人)
なお,Jは,同月20日,物件台帳管理システム開発の見積書を取得したところ,開発概算費用は54万6000円であった(甲83の2)。
エ 他方,Bらは,平成25年10月11日,原告が被告やBらについて調査を進めていることに気付き,以後,被告とのメールでのやり取りをしなくなった(甲91,乙17[59,60頁])。そして,同月25日付けで,同月24日にCがa社の取締役を辞任した旨の登記がされ,同年11月1日付けで,同年10月24日にa社の本店をBの自宅住所地に移転した旨の登記がされた(甲3)。
オ 原告は,平成25年10月29日,それまでの調査結果を踏まえて,被告に対する事情聴取を開始し,原告が依頼したK弁護士の立会の下,同年11月6日,同月18日,同月29日と事情聴取を行った(甲90,92の4,乙2の1,17の1,証人J)。
同月6日の事情聴取においては,原告は,被告に対し,被告及びBら3人を刑事告訴する方針であることを説明し,被告自ら警察に出頭して捜査に協力するよう求めた(乙17の1)。
そして,同月29日の事情聴取の際,原告は,被告に対し,被告とBらが共謀して原告に損害を与えたが,主犯格はBらであり,被告はBらに騙されて,Bらに利益を図る目的で犯罪に加担した旨の調査結果を示し,被告が同調査結果を受け入れるのであれば,原告は,被告に対し,刑事事件においては情状酌量を求め,民事事件としては損害賠償請求をしない方針であることを説明した(乙2の1)。それを受けて,被告は,本件システム導入コンサルティング契約に関し,Bらと共謀の上,Bらの指示に従い,a社の利益を図る目的で,社内手続に従わず不当に稟議を通して契約を締結し,原告に472万5000円の損害を与えた旨などを記載した同日付けの蒲田警察署刑事課宛上申書を作成した(甲21,乙2の1)。また,被告が,原告からの要請に応じ,調査協力や警察への自首などa社(Bら)への刑事責任,民事責任の追及に全面的に協力する限り,原告は被告の刑事責任を宥恕し,民事責任を追及しないことなどを定めた合意書を作成することとし,後日,原告が押印した合意書を被告に送付し,被告が押印の上,原告に返送することとなった(甲92の5,乙2の1)。
カ K弁護士が,被告に対し,平成25年12月5日,同弁護士とともに,翌週の9日に警察に出頭することを求めたところ,被告は,上記合意書に,被告が原告に対して犯罪を行ったことを認める旨の条項が含まれているため押印できないとして,警察への出頭を拒んだ(乙3,4)。
キ 被告は,原告からの事情聴取の際,Bらと連絡を取ることを禁止すると言われていたが,平成25年12月11日頃,Bらと会い,被告の置かれている状況を説明するなどした(乙15,被告本人)。
(6) a社訴訟の経過
ア 原告は,被告が警察への出頭を拒んだために,Bらの刑事責任の追及が困難となったが,a社らに対する民事責任を追及するためには被告の協力が必要であると判断し,被告が原告に対して犯罪を行ったことを認める旨の条項を除くなどした合意書を作成することとした(甲90,乙2の2)。
イ そこで,原告と被告は,平成25年12月24日,原告とa社らとの間におけるdマンション及びeアパートについての売却手数料,売却損失,本件システム導入コンサルティング契約等の取引に係る損害賠償請求事件に関し,本件不起訴合意を締結し,同日付けの合意書を作成した(前提事実(5),乙1,2の2)。原告の代理人弁護士は,被告に対し,同合意書作成の際,a社らからの反論に応じて,複数回のヒアリングが必要であることなどを説明した(乙2の2)。
ウ 原告は,平成26年5月20日,a社らを被告として,a社訴訟を提起したところ,同訴訟の被告であるa社らは,平成27年1月13日,被告を被告知人として訴訟告知を行ったので,原告は,被告に対し,同訴訟告知についての打合せを要請し,原告の代理人弁護士を交えて,同月30日に打合せを行うこととなった(前提事実(4),甲72,73の5,73の6)。
エ 被告は,上記打合せが予定されていた当日,弁護士と相談中であるとして,原告との打合せを拒んだ(甲73の7)。その後,原告は,被告の代理人となったE弁護士から受任通知を受領し,被告本人と直接打合せを行うことができない状態となった(甲74)。
オ 被告は,E弁護士と相談の上,原告から求められた打合せには応じないまま,平成27年2月16日,a社訴訟において,原告のために補助参加するのではなく,a社らを補助するために補助参加し(甲25,乙8),同訴訟手続においては,補助参加人として事実経過について準備書面を提出して主張を述べ(甲26),原告が主張する事実と異なる事実を証人尋問において証言した(甲27)。
カ a社訴訟は,平成28年4月21日に東京地方裁判所で第一審判決が言い渡され(甲22),その後,平成28年10月19日,東京高等裁判所で控訴審判決が言い渡された(甲23)。同控訴審判決においては,いずれの案件においても,a社らの原告に対する不法行為を認める旨の判断がされた(前提事実(4))。
キ 原告は,被告に対し,平成28年11月22日,被告はa社訴訟において本件不起訴合意を遵守せず,原告の要請に基づき,必要な協力を行わなかったとして,被告に対しても責任追及を行う旨を通知した(甲24の1,24の2)。
2 認定事実に反する被告の主張について
被告は,dマンションの売却に関して売買の方法が中間省略登記の方法によることをAに伝えた上で承認を得た,eアパートの売却に関して株式会社hから同物件の売却価格は1億5000万円ないし1億6000万円である旨の回答を得たことをAに伝えた上で承認を得たとそれぞれ主張し,被告本人尋問において同旨の供述をする。しかし,いずれの点も,Aが被告から伝えられていたとすれば,Aがdマンションを5000万円で,eアパートを1億3000万円でそれぞれ売却することを簡単に承認するとは考えがたいにもかかわらず,被告の供述(甲27,被告本人)によれば,Aは,被告に対し,各点について具体的な質問をすることなく承認したというのであり,不自然というほかない。
また,被告は,本件システム導入コンサルティング契約に関して,Aにプレゼンし,その承諾を得ていたと主張し,被告本人尋問において,同旨の供述をする。しかし,Aが作成した事業計画書に簿冊情報のデータベース化は明記されておらず,原告を含む○○グループ内においてシステム化の必要性が具体的に検討されていたことを認めるに足りる証拠はないところ,本件システム導入コンサルティング契約は,契約書の草案作成から契約締結まで1週間も要していないことから,Aから承認を得ていたとは考えがたい。
したがって,被告の主張はいずれも採用できない。そのほか,上記認定事実を左右するに足りる証拠はない。
3 争点1(訴えの利益の有無)について
上記認定事実からすれば,本件不起訴合意は,a社訴訟において,被告が,原告の要請に基づき,原告の代理人弁護士との打合せなどの必要な協力を行うことを約束し,被告が同約束を遵守する限りは,原告が被告に対して民事責任を問わない旨を約したものであるところ,上記1(6)エ及びオのとおり,原告が打合せを要請し,その日程が決まっていたにもかかわらず,被告はこれを拒み,さらには,a社らに補助参加したというのであるから,被告は同約束に違反したと認められる。
被告は,原告からの要請に基づき,平成26年9月25日に打合せを行ったことや,a社らに補助参加した後も,いずれにも肩入れせず,自ら認識している事実を証言するなどしたので,本件不起訴合意に違反しないと主張するが,本件不起訴合意に至った経緯を踏まえれば,被告が1度だけ打合せに応じればよいことを前提としたものではないし,a社らに補助参加して,被告の認識している事実を主張したり,証言したりすれば足りることを前提としたものでないことは明らかであるから,被告の主張は採用できない。そのほか,争点1に関して,被告はるる主張するが,採用すべきものはない。
したがって,被告は,本件不起訴合意に基づいて,訴えの却下を求めることはできない。
4 争点2(故意による不法行為の成否)について
(1) 前記認定事実からすれば,被告は,原告の社内においては,退職者と連絡を取ることは禁止されており,それを認識していたにもかかわらず,退職したBらと連絡を取り続け,単に私的な用件で連絡を取るだけでなく,原告の内部情報を伝達するなどしていた。そして,被告は,Bらから,反社会的勢力調査について提案がされると,関心を示さないAに対して,金融機関や金融庁の名を出すことでAの関心を引こうとしており,原告とa社が関わりを持つようになった当初の時点から,既に,Aの意向よりも,Bらの意向に沿うように行動している。
そして,dマンション及びeアパートの売却においては,被告は,原告にとって売却する必要性が特段あるわけではないことを認識していたことに加え,グループ会社や不動産管理会社からの情報により,両物件の適正売却価格がより高額である可能性を認識していたにもかかわらず,同情報をAに伝えることもなければ,被告自身において両物件の適正価格を具体的に検討することもなかった上,顧問税理士事務所から決算の関係から売却時期の延期を提案されたにもかかわらず,Aに判断を仰ぐことなくこれを拒否し,事後的にもAに同提案があったことを伝えることはなかった。
また,本件システム導入コンサルティング契約については,簿冊のシステム化について,Aの示した経営方針に簿冊情報のデータベース化が明記されなかったように,原告の社内でその必要性の認識も共有されていないにもかかわらず,Cから契約書案の送付を受けてから,原告の社内で具体的な検討をすることもなく,自らが管理する契約印を使って契約書を作成し,k社からの提案書についても,a社に対して,k社以外の見積りを要求することもなく,Cには必ず決裁を採る旨を宣言し,原告の社内で虚偽の内容を述べてまで,k社やa社への更なる支払の稟議を通そうとしている。
さらに,被告は,原告から事情聴取を受けていた状況において,原告からBらとの連絡を禁止されていたにもかかわらず,Bらと会って,被告の置かれている状況を説明するなどし,その後,a社訴訟においてはa社らに補助参加した。
以上からすれば,被告は,dマンション及びeアパートの売却並びに本件システム導入コンサルティング契約のいずれについても,一貫して,a社らの利益を図る目的で,原告に損害を与える背任行為を行ったと認めることができ,被告の各行為は故意による不法行為に当たるということができる。
(2) これに対し,被告は,dマンション及びeアパートの売却についてはAの承認を得ていたこと,本件システム導入コンサルティング契約に基づくコンサルティング手数料の支払については稟議書によってAの決裁を得ていたことから,被告の不法行為は成立しない旨主張する。しかし,被告は,a社らの利益を図るために,物件の適正価格を判断するための重要な事項などをAにあえて伝えることなく,Aの承認を得たにすぎない。Aの承認を得ることは,問題を明るみにすることなく,a社らの利益を確保するという不法行為の過程の一部であり,Aの承認をもって,不法行為の成立を否定することはできない。また,コンサルティング手数料の支払に係る決裁も,Aが必ずしも詳細を確認しているわけではなく,担当管理職が全責任を負うことを前提とした○○グループの稟議書決裁の仕組みのもとにされたにすぎず,同決裁も,a社らの利益を確保するという不法行為の過程の一部というべきである。
したがって,被告の上記主張は採用できない。そのほか,被告の主張を精査しても,不法行為の成立を妨げるものは見当たらない。
5 争点4(損害)について
(1) dマンション及びeアパートの売却について
dマンション及びeアパートについて,いずれの物件も,それぞれ少なくとも2000万円以上高額で売却可能であったことは当事者間に争いがなく,被告の不法行為がなければ,原告はdマンション及びeアパートを低額な価格で売却することはなかったのであるから,これらの合計4000万円は損害と認められる。
また,原告において,両物件の売却に係る業務委託契約に基づいて,a社に支払った報酬合計1134万円も,被告の不法行為がなければa社に支払うことはなかったのであるから,損害と認められる。
被告は,被告もBらから騙された被害者であるから,被告の行為と原告との損害に因果関係はない旨主張するが,被告とBらは共同不法行為者の関係にあるものと認められるので,同主張内容は被告とBらとの責任割合に係る事情にすぎず,原告との関係で損害賠償責任を免れる理由とはならないから,被告の主張は採用できない。
また,被告は,原告において,両物件を原告自身で売却を行わないことを決定した以上,a社に支払った報酬は損害ではないとも主張するが,原告は,両物件を特段早期に売却する必要性はなく,上記のとおり,被告による不法行為がなければ,同報酬を支払うことはなかったのであるから,被告の主張は採用できない。
(2) 本件システム導入コンサルティング契約について
原告は,被告の不法行為がなければ,本件システム導入コンサルティング契約に基づいてa社にコンサルティング手数料を支払うことはなかったのであり,a社が同契約に基づいて,原告の利益となる業務を行ったことを認めるに足りる証拠はないことから,同手数料合計472万5000円は損害と認められる。被告は,a社が,k社と連名で,提案書を原告に交付していることを主張するが,同提案書が原告に資するものであると認めるに足りる証拠もない。
6 結論
以上からすれば,原告の主位的請求は理由があるので,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第13部
(裁判官 道場康介)
*******
関連記事一覧
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。