「営業支援」に関する裁判例(7)平成30年 2月28日 東京地裁 平27(ワ)18841号 損害賠償請求本訴事件、業務委託報酬請求反訴事件
「営業支援」に関する裁判例(7)平成30年 2月28日 東京地裁 平27(ワ)18841号 損害賠償請求本訴事件、業務委託報酬請求反訴事件
裁判年月日 平成30年 2月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)18841号・平27(ワ)32722号
事件名 損害賠償請求本訴事件、業務委託報酬請求反訴事件
裁判結果 請求棄却(本訴)、認容(反訴) 文献番号 2018WLJPCA02288011
要旨
◆原告が、同人と本件顧問業務契約を締結していた税理士法人である被告Y1法人に所属する本件税理士と訴外Bとが共謀して、本件税理士の違法な脱税指導のもと、訴外Bらが所有する不動産を原告に購入させて結果的に原告を違法な脱税行為に加担させたことにより、不動産の買受代金未返還額等の損害を被ったと主張して、被告Y1法人及び同法人の代表者代表社員である被告Y2に対し、損害賠償を求めた(本訴)ところ、被告Y1法人が、原告に対し、本件顧問業務契約に基づいて行った税務決算処理の業務報酬の支払を求めた(反訴)事案において、本件税理士が訴外Bと共謀して原告に違法な脱税指導を行ったとは認められないから、被告Y2が同税理士に指示をして原告に対する不法行為をしたとは認められず、監督責任を怠ったとも認められないとした上、被告Y1法人の使用者責任や税理士法48条の21第1項、会社法600条による損害賠償責任を否定するとともに、被告Y1法人の債務不履行も否定するなどして、本訴請求を棄却する一方、反訴請求を認容した事例
参照条文
民法415条
民法648条
民法709条
民法715条
税理士法48条の21第1項
会社法600条
裁判年月日 平成30年 2月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)18841号・平27(ワ)32722号
事件名 損害賠償請求本訴事件、業務委託報酬請求反訴事件
裁判結果 請求棄却(本訴)、認容(反訴) 文献番号 2018WLJPCA02288011
平成27年(ワ)第18841号 損害賠償請求本訴事件
同第32722号 業務委託報酬請求反訴事件
さいたま市〈以下省略〉
本訴原告・反訴被告(以下,単に「原告」という。) X
同訴訟代理人弁護士 小泉征一郎
東京都中央区〈以下省略〉
本訴被告・反訴原告(以下,単に「被告法人」という。) 税理士法人Y1
同代表者代表社員 Y2
東京都新宿区〈以下省略〉
本訴被告(以下「被告Y2」という。) Y2
被告法人及び被告Y2両名訴訟代理人弁護士 今津泰輝
同 坂本敬
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 原告は,被告法人に対し,21万6000円及びこれに対する平成27年11月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,原告の負担とする。
4 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 本訴請求
(1) 被告らは,原告に対し,各自2596万3920円及びこれに対する平成27年7月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告法人は,原告に対し,419万2600円及びこれに対する平成28年9月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 反訴請求
主文第2項同旨
第2 事案の概要等
1 事案の概要
(1) 本訴
本訴事件は,原告が,①原告と顧問業務契約を締結していた被告法人に所属する訴外A税理士(以下「A税理士」という。)と訴外B(以下「B」という。)とが共謀して,A税理士の違法な脱税指導のもと,Bほかが所有する不動産を原告に購入させ結果的に原告を違法な脱税行為に加担させ,これにより原告において不動産の買受代金未返還額1200万円及び同買受代金の回収のための裁判関係費用相当額1396万3920円の合計2596万3920円の損害を被ったと主張して,被告法人の代表者代表社員である被告Y2については,被告Y2によるA税理士に対する監督懈怠及びA税理士を通じた違法な税務指導という不法行為に基づく損害賠償として,被告法人については,主位的に①-1-1・Bと共謀したA税理士による被告法人の業務として違法な脱税行為に原告を加担させたという不法行為を理由とする使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償として,又は①-1-2被告Y2の上記不法行為を理由とする税理士法48条の21第1項,会社法600条に基づく税理士法人に対する損害賠償として,予備的に,①-2・A税理士が適切な税務指導等をすべきであるのにこれを怠ったという被告法人との間の債務不履行に基づく損害賠償として,被告らに対し,連帯して,2596万3920円及びこれに対する不法行為後ないし債務不履行後の日である平成27年7月30日(本訴状送達の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払(前記第1の1(1)関係),また,②被告法人に対し,原告と顧問業務契約を締結していた被告法人には適正な税務処理をしなかった債務不履行があるとして,同債務不履行に基づく損害賠償として,新たな税理士による更正請求費用58万円,税務調査を受けたことによる精神的苦痛333万円,申告内容変更による税金の増額分28万2600円の合計419万2600円及びこれに対する請求の日の後の日である平成28年9月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払(前記第1の1(2)関係)を求める事案である。
(2) 反訴
反訴事件は,被告法人が,原告に対し,原告との間で締結した顧問業務契約に基づいて行った税務決算処理の業務報酬21万6000円及びこれに対する業務終了後の日である平成27年11月28日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当裁判所に顕著な事実,争いのない事実又は括弧内挙示の各証拠若しくは弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告は,歯科医師であり,さいたま市〈以下省略〉で矯正歯科医院「a」を経営しており,平成24年12月から東京都港区〈以下省略〉でブライダルデンタルサロン(以下「本件サロン」という。)も経営していた。
イ 被告法人は,他人の求めに応じ,租税に関し,税理士法2条1項に定める税務代理・税務書類の作成及び税務相談に関する事務を行うこと等を目的とする法人である。
ウ 被告Y2は,税理士であり,被告法人の代表社員である。
エ A税理士は,被告法人に所属する税理士である。
オ Bは,「B1」の名で医療関係のコンサルタント業を行う者であり,訴外C(以下「C」という。)は,Bの妻であり,Bが代表取締役を務めている訴外株式会社b(以下「訴外会社」という。)は,不動産の仲介あっせんや,不動産取引のコンサルタント業等を主な目的とする株式会社である(甲6,甲7,甲38,争いのない事実,弁論の全趣旨)。
(2) 原告と被告法人等との間の顧問業務契約の締結
原告とBは,平成26年4月4日,被告法人及び株式会社c(以下「訴外c社」という。)の事務所(なお,被告法人及び訴外c社の各事務所の所在地は同一であり,以下,各事務所を総称して「被告法人の事務所」という。)を訪れ,原告と被告法人及び訴外c社は,同日,次の内容の顧問業務契約を締結した(乙1。以下「本件顧問業務契約」という。)(甲39,乙1,争いのない事実)。
ア 原告は,訴外c社に対し次の業務を依頼する。
(ア) 月次試算表の作成支援業務
(イ) 経理システムの改善に関する指導業務
(ウ) 支払調書,償却資産申告,年末調整などの作成支援
(エ) 資金繰り,納税対策,財務等に関する相談業務
(オ) オリジナルフォーマットによる損益予測の作成業務
(カ) 税務署等各種届出書の作成業務
イ 原告は,被告法人に対し,年次決算の作成業務を依頼する。
ウ 契約期間は,平成26年4月1日から平成27年3月31日までとし,ただし,3か月前のいずれか一方の通告によりいつでも解約することができる。なお,契約期間満了前に双方から何らの申出がない場合は,本件顧問業務契約は1年間自動延長され,以降も同様とする。
エ 顧問報酬は,訴外c社につき月額顧問料5万円(消費税別),被告法人につき決算申告料20万円(消費税別。消費税込みでは21万6000円。)とする。被告法人の調査立会は別報酬とし,立会日数及び作業日数に応じて決定する。
(3) 原告とB及びC(以下「Bら」という。)との間の不動産の売買契約の締結,原告と訴外会社との間の業務処理委託契約の締結等
ア 原告は,Bらとの間で,平成26年5月1日,別紙物件目録記載1の建物及び同目録記載2の土地(以下,同建物及び同土地を併せて「本件不動産」という。)を,次の約定で買い受けるとの合意をした(以下「本件売買契約」という。甲2,甲3,弁論の全趣旨)。
売買代金 2億1800万円
支払方法 平成26年5月1日に1000万円を支払い,残金2億0800万円は毎月250万円ずつの84回分割払(ただし,最終回の支払額は50万円)。
なお,本件売買契約の契約書と一体となる割賦契約書においては,割賦金の支払時期は平成26年6月となっている。
所有権移転 本件不動産の所有権は,代金完済の時にBらから原告に移転する。
期限の利益喪失 原告が分割金の支払を1回でも怠ったときは,期限の利益を喪失する。
イ 原告と訴外会社は,同年5月1日,次の約定からなる業務処理委託契約を締結した(以下「本件業務処理委託契約」という。甲4,弁論の全趣旨。ただし,原告は,これが実態を有しないものであるとしている。)。
契約期間 平成26年5月1日から平成27年4月30日まで
業務委託内容 訴外会社において,原告の歯科医院に係る広報活動・HP運用支援業務,顧客獲得営業支援業務,競合他社調査業務,未収金の督促業務に関する補助業務,クレーム対応業務及びこれらに付帯する一切の業務を受託する。
業務受託料 月額270万円(消費税込)を毎月末日までに支払う。
ウ 本件売買契約及び本件業務処理委託契約の締結,各契約書の作成は,A税理士が同席して,被告法人の事務所で行われた(争いのない事実)。
(4) 原告のB及び訴外会社に対する支払
原告は,本件売買契約に基づき,平成26年5月1日,B名義の口座に売買代金のうち1000万円を振り込んだ。
また,原告は,訴外会社に対し,同月20日に250万円,同年6月27日に250万円,同年7月25日に300万円,同年8月22日に350万円,同年9月30日に100万円,同年10月2日に150万円,同月22日に250万円,同年11月26日に250万円,同年12月25日に250万円,平成27年1月23日に250万円(合計額2400万円)をそれぞれ支払った(なお,原告の訴外会社への支払の趣旨については争いがある。)。(甲11,争いのない事実,弁論の全趣旨)
(5) 被告法人の年次決算の作成業務の履行等
被告法人は,本件顧問業務契約に基づいて,原告の平成26年分の年次決算を作成し,平成27年3月16日,大宮税務署に対し,原告を代理して原告の所得税の確定申告をし,同月18日,消費税等の確定申告をした(乙2,争いのない事実)。
(6) 原告による本件顧問業務契約の解除
原告は,被告法人及び訴外c社に対し,平成27年4月2日付けで本件顧問業務契約を解除する旨の意思表示をし,同意思表示は,同月3日に到達した(甲12の1ないし3)。これにより,本件顧問業務契約が終了した。(争いのない事実)
(7) 原告のBら及び訴外会社に対する訴訟の提起
原告は,平成27年6月12日,本件売買契約の売買代金の支払が本件業務処理委託契約の業務委託料の支払に仮装されており,原告による脱税の準備行為を構成するものであるから,本件売買契約及び本件業務処理委託契約全体が公序良俗に反し無効であるなどと主張して,Bら及び訴外会社に対し,上記(4)の支払額の不当利得返還等を求める訴訟を提起した(当庁平成27年(ワ)第16187号。甲25,甲51)。
Bら及び訴外会社は,原告に対し,本件売買契約及び本件業務処理委託契約に基づく違約金等を請求する反訴を提起した(当庁平成27年(ワ)第24631号。甲25,甲54。以下,上記本訴反訴を併せて「別件訴訟」という。)。
(8) 別件訴訟についての第一審判決
当庁は,平成28年12月14日,別件訴訟について,本件売買契約及び本件業務処理委託契約全体が公序良俗に反し無効であるなどとして,原告の本訴請求を,原告のBに対する1000万円及び遅延損害金の請求並びに訴外会社に対する2400万円及び遅延損害金の請求の範囲で認容し,その余の原告の本訴請求並びにBら及び訴外会社の反訴請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡した(甲25)。
(9) 別件訴訟についての和解
Bら及び訴外会社は,平成28年12月15日付けで,上記(8)の判決に対し控訴した(東京高等裁判所平成29年(ネ)第289号。甲56,甲56の2,弁論の全趣旨)。
原告とBら及び訴外会社は,平成29年8月30日,控訴審の和解期日において,Bら及び訴外会社が,原告に対し,解決金として,連帯して2200万円を平成29年9月末日限り支払う旨の和解をした(甲48)。
3 争点
(1) 被告法人ないしA税理士,被告Y2の本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関する不法行為の成否(争点1・前記第1の1(1)関係)
(2) 被告法人の本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関する債務不履行の成否(争点2・前記第1の1(1)関係)
(3) 本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関する不法行為ないし債務不履行による原告の損害額(争点3・前記第1の1(1)関係)
(4) 被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行の成否(争点4・前記第1の1(2)及び前記第1の2関係)
(5) 被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行による原告の損害額(争点5・前記第1の1(2)関係)
(6) 被告法人の原告に対する決算申告料請求権(争点6・前記第1の2関係)
4 争点に関する当事者双方の主張
(1) 被告法人ないしA税理士,被告Y2の本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関する不法行為の成否(争点1)について
ア 原告
(ア) A税理士の不法行為
a 本件売買契約は,本件不動産の適正価格が1億5000万円であるところ,2億1800万円という高額な売買代金で,原告の無知に付け込んだ暴利行為であり,違約条項が,原告が途中で分割金の支払を中止した場合には,ほとんど売買代金額に相当するような額の違約金を支払わなければならないといった極端に厳しいものであり,公序良俗に反するものである上,売買代金が,契約時の手付金1000万円だけはBらに支払うものの,その後の毎月の分割金250万円は業務処理委託料との名目で訴外会社に支払うこととされており,原告が支払う売買代金を経費で処理しようとするものであり,かつBらの売買代金収入を少額に偽装しようとするもので,脱税工作である。
A税理士は,Bと共謀して,原告に上記の本件売買契約を締結させようとして,原告に対し「買い取ったのちの代金支払を月賦払として,その代金を原告が経営する歯科医院のコンサルタント料として支払えば税金を支払わないで済む」と説明して,原告に本件売買契約が適法に行えるものと信じこませ,原告をして本件不動産を買い取る決意をさせた。A税理士のこの説得は違法な脱税指導であり,原告に対する不法行為を構成する。
b Bの説得行為の具体的内容は次のとおりである。
Bは,原告が,平成26年4月4日本件顧問業務契約を締結した後,原告に対し本件不動産を買うようにとの働きかけを執拗かつ強烈に行ない,買受代金相当額には税金がかからないように処理できる方策があると強調した。Bは,そのことを税理士に確認させるため,同月20日頃,原告を連れて再び被告法人の事務所に赴き,原告を担当するA税理士の同席のもと,売買代金を割賦支払とし,一方で他社とコンサルタント契約を結び,割賦代金と同額を毎月のコンサルタント料として定め,その金額をコンサルタント会社へ支払えば実質的に買受代金相当額の医院の収益は経費になるので,税金は一切かからないという説明を何度も繰り返して行い,更に室内にあった黒板に図を書いたりして,熱心に説明した。
c 同席したA税理士は,このBの説明に対して,「ウム・ウム」とうなずいて,終始Bの説明を肯定していた。原告は,Bの説明を理解することができなかったが,同席したA税理士が「ウム・ウム」と言って説明の正しいことを認めているのであるから,Bの言っていることは税務的にも正しい処理なのだと理解した。
原告は,A税理士のこの行為をふまえて,本件売買契約を締結したものである。
(イ) 被告Y2の不法行為
被告Y2は,被告法人の代表者として,A税理士に指示をして上記不法行為をしたものであり,また,A税理士に対する監督責任を怠るといった不法行為をしたものである。
(ウ) 被告法人の責任
A税理士は,被告法人の業務として上記不法行為を行ったものであるから,被告法人は使用者責任(民法715条)を負う。また,被告法人は,代表者である被告Y2の上記不法行為により原告に損害を加えたものであるから,税理士法48条の21第1項,会社法600条による損害賠償責任を負う。
イ 被告ら
(ア) A税理士の不法行為に対する反論
a 原告が被告法人の事務所を訪れたのは,平成26年4月4日及び同年5月1日のみであり,同年4月20日頃に被告法人の事務所を訪れたことはない(なお,記録上,原告が被告法人の事務所を同年4月3日に訪れた事実を確認することはできないが,仮にそのようなことがあったとしてもあいさつを交わした程度である。)。
A税理士が本件売買契約締結以前に原告に会ったのも,上記の他にA税理士がa歯科に同月18日に赴き,被告法人の印鑑等を押印した本件顧問業務契約の契約書を持参して原告がこれに押印した際のみである。
仮に,原告の主張する不法行為が同年5月1日のことであるとしても,同日に,Bが本件不動産の買受代金をコンサルタント料として支払う,あるいは,この売買代金に税金がかからないという説明をした事実はない。
b A税理士は本件売買契約及び本件業務処理委託契約へ次のとおり関与した。
(a) 本件売買契約への関与
A税理士は,原告が本件売買契約を締結するのに先立って,原告から,本件不動産を購入するための住宅ローンについて,銀行との交渉を依頼され,みずほ銀行恵比寿支店で住宅ローンを組むための資料を作成し,2億円の融資を打診して審査に臨んだ。
しかし,同銀行は,被告法人及び訴外c社が関与するより前のa歯科の会計処理が不明朗で,決算書に経営の実態が適正に反映されていないため,1億円の限度で融資すると回答した。
原告は,A税理士からこの回答を伝えられても,本件不動産を直ちに取得したいと強く望んだ。他方,被告法人及び訴外c社の関与により,今後の原告の会計処理が適切になることで1年ないし2年後には住宅ローンの審査が通ることが見込まれた。
そこで,原告とBらは,住宅ローンが組めるまでの暫定的な措置として売買代金を割賦払する形式を取り,原告は,毎年住宅ローンの申し込みをし,住宅ローンが組めた時点で残代金を一括して支払うこととする本件売買契約を締結した。
(b) 本件業務処理委託契約への関与
A税理士は,B及び訴外会社が原告に対して提供していたサービスの内容を聞き取り盛り込んで,本件業務処理委託契約の契約書の書式を作成し,平成26年5月1日,原告及びBに対して,本件業務処理委託契約の内容及び契約書の条文を1条ずつ説明した。A税理士は,原告及びBに対し,B及び訴外会社がこれまで行ってきた様々なコンサルティングサービスを今後も訴外会社が提供し,その対価を支払う旨規定されていることを説明した。これに対し,原告及びBから,質問が出されたり異議が述べられたりしたことはなかった。
c 原告は,Bの威迫的な言動により,「もう逃げられない」と観念して本件売買契約を締結したというのであるから,A税理士の行為が原告の本件売買契約の締結に関して,何らかの因果関係を有するものではない。
d 本件不動産の買受代金をコンサルタント料名目の事業経費として処理できないことは明らかである。本件不動産の買受代金がBらに対して支払うべきものである一方で,コンサルタント料は訴外会社に対して支払うべきものであって,これらの支払先も異なる。しかも,歯科医院を経営する個人事業者である原告が,本件不動産の買受代金をコンサルタント料,しかもBらに対してではなく第三者に対して支払うことにより,これが事業の経費として処理できると思うはずもない。
したがって,原告が,「不動産買受代金の支払が,歯科医院の広報活動・顧客獲得営業支援業務等の業務委託料として適正に処理できるものと」,「誤信」することはあり得ない。
(イ) 被告Y2の不法行為に対する反論
上記(ア)のとおり,A税理士の行為が原告に対する不法行為を構成することはないから,被告Y2が,被告法人の代表者として,A税理士に指示をして原告に対する不法行為をしたことも,また,A税理士に対する監督責任を怠るといった不法行為をしたこともない。
(ウ) 被告法人の責任に対する反論
上記(ア)及び(イ)のとおりであり,A税理士が被告法人の業務として原告に対する不法行為を行ったことも,被告Y2が被告法人の代表者として原告に対する不法行為を行ったこともない。
(2) 被告法人の本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関する債務不履行の成否(争点2)について
ア 原告
被告法人は,次のとおり,原告に対し適切な税務アドバイスを行うべきであったのにこれを怠った。
(ア) 最初の義務違反
原告は,平成26年4月20日ころ,Bに連れられて被告法人の事務所へ行き,A税理士立会いのもと,Bから,本件不動産の売買について,るる説明を受けた。Bは,同売買の支払代金を分割払にすると,歯科医院の収入のうち買受代金相当額については税金がかからないようにすることができるとの趣旨を,黒板に説明図を書きながら滔々とまくしたてた。
A税理士は,原告の顧問税理士法人である被告法人の原告担当であり,Bが「税理士も了解している適正な税理操作であること」を原告に理解させるために,わざわざ顧問税理士の前で演技をしていた状況を最初から最後まで見守っていたのであるから,Bの説明内容は違法行為であることをその場で指摘すべき義務があったのに,同義務を全く履行しなかった。
被告法人は,被告法人に所属するA税理士をして,上記指摘すべき義があったのにこれを怠ったものである。
(イ) 2回目の義務違反
原告ら関係者は,平成26年5月1日,被告法人の事務所に集まり,顧問税理士である被告法人の原告担当であるA税理士の立会いの下で,まず,本件売買契約を締結し,次に,本件売買契約の買受代金の分割払(毎月250万円払)の契約を締結し,さらに,本件不動産の売主であるBが代表者である訴外会社に業務委託をすることにして毎月250万円支払うとする本件業務処理委託契約を締結した。
A税理士は,本件業務処理委託契約が不動産売買契約の買受代金の分割払を隠ぺいするための偽装の契約を承知していたから,その場で直ちに,本件業務処理委託契約が違法であることを指摘し,本件不動産の買受代金と業務委託料の両方を支払わなければならないことになることを説明すべき義務があった。しかし,A税理士はその義務を全く履行しなかった。
被告法人は,被告法人に所属するA税理士をして,上記説明すべき義務があったのにこれを怠ったものである。
イ 被告ら
(ア) 前記(1)イ(ア)aのとおり,原告が,平成26年4月20日頃,被告法人の事務所を訪れた事実はなく,Bが,同年5月1日,本件不動産の買受代金をコンサルタント料として支払う,あるいは,本件不動産の買受代金に税金がかからないと説明した事実もない。
また,原告は,Bのサポートを受けて歯科クリニックの多店舗展開をするなどといった自身の夢を果たそうと考えたため本件業務処理委託契約を締結したものである。したがって,この契約は,それまでにB及び訴外会社が原告のために実行していた諸施策の内容を盛り込んで作成された実体のある契約であり,本件不動産の買受代金の支払を隠ぺいするための偽装の契約ではない。
(イ) 税理士法人は,税理士法41条の3,48条の16により,「税理士業務を行うに当たつて,委嘱者が不正に国税若しくは地方税の還付若しくは徴収を免れている事実,不正に国税若しくは地方税の還付を受けている事実又は国税若しくは地方税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の全部若しくは一部を隠ぺいし,若しくは仮装している事実があることを知つたときは,直ちに,その是正をするよう助言しなければならない」義務(以下「是正助言義務」という。)を有しており,被告法人は,原告に対して,本件顧問業務契約により依頼を受けた年次決算の作成業務を行うに当たって,是正助言義務を負う。
しかし,本件売買契約及び本件業務処理委託契約は,いずれも脱税を企図したものではない。
仮に,原告が何らかの違法な意図を有していたとしても,A税理士は,前記(1)イ(ア)bのとおりの事実を聞き,又は体験しており,他に不審な点はなかったため,本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関し,原告が課税に関わる「事実の全部若しくは一部を隠ぺいし,若しくは仮装している事実」など知る由もなかったのであるから,原告に対して是正するよう助言することは不可能であり,現に助言すべきだったのに助言しなかったという事実はなく,被告法人所属の税理士として相当な行為をしており,被告法人にも是正助言義務違反はない
(ウ) また,A税理士の行為は,原告が本件売買契約を締結するか否かに関して,何らの因果関係も有し得ないことは,前記(1)イ(ア)cのとおりであり,さらに,原告が,「不動産買受代金の支払が,歯科医院の広報活動・顧客獲得営業支援業務等の業務委託料として適正に処理できるものと」「誤信」することはあり得ないことは同dのとおりである。
(エ) したがって,被告法人は,債務不履行責任を負わない。
(3) 本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関する不法行為ないし債務不履行による原告の損害額(争点3)について
ア 原告
(ア) 支払済み買受代金(コンサルタント料仮装) 1200万円
前記前提事実(4)の原告がBら及び訴外会社に支払った合計額3400万円のうち,前記前提事実(9)の和解により返還を受けた2200万円を控除した残額である。
(イ) 裁判関係費用 1396万3920円
a 仮差押費用 92万3400円
本件不動産を仮差押したことによる弁護士費用である。
b 訴訟提起着手金 144万1800円
別件訴訟についての着手金である(原告代理人事務所の報酬規準による。)。
c 訴訟印紙代 13万7000円
別件訴訟の印紙代である。
d 反訴着手金 495万0072円
別件訴訟における反訴の着手金である(原告代理人事務所の報酬規準による。)。この費用は原告代理人から未だ請求を受けていないが,別件訴訟が終了した時点で支払うことを原告は了承している。
e 控訴審着手金 413万1648円
別件訴訟の控訴審の着手金である(原告代理人事務所の報酬規準による。)。
f 別件訴訟の訴訟終了報酬 238万円
別件訴訟が和解により終了したことによる成功報酬である(原告代理人事務所の報酬規準による。)。原告はこれを支払うことを約束している。
(ウ) 上記(ア)及び(イ)の合計 2596万3920円
イ 被告ら
いずれも否認ないし争う。
そもそも,上記(1)イ及び(2)イで述べたとおり,被告法人及び被告Y2に,原告に対する不法行為も債務不履行も認められない。この点をおいても,次のとおり,原告の主張には理由がない。
(ア) 別件訴訟の印紙代について
別件訴訟の印紙代は,原告が別件訴訟の和解において任意に最終的に負担することを選択したのであるから,A税理士又は被告らの行為と相当因果関係がない。
(イ) 別件訴訟等の弁護士報酬(着手金及び報酬金)について
原告の訴訟代理人に対する弁護士報酬(着手金及び報酬金)については,日本の現行法では,弁護士強制主義をとっておらず,訴訟追行を本人が行うか,弁護士を選任して行うかは,当事者が自由に決定することができるため,A税理士又は被告らの行為との相当因果関係がない。しかも,原告は,被告ら以外の当事者(Bなど)を相手方とする別件訴訟等に関する費用を請求している。さらに,次のとおり,被告らが責任を負うべきでない個別の事情が存在する。
a 仮差押費用について
当該仮差押の必要性が証明されていないほか,当該仮差押の必要性にかかる事実について被告らに予見可能性がない。
b 反訴着手金について
別件訴訟において反訴を提起したのは,Bら及び訴外会社の自由意思に基づくものであり,被告らの行為とは関係がなく,予見可能性もない。その上,反訴着手金について,原告の主張を前提としても,まだ請求さえされていないということであり,原告の出費自体未だ生じておらず,また,割引等もあり得るため,出費が確実という状況でもない。
c 控訴着手金について
別件訴訟の控訴審は別件訴訟の反訴についての審理を含むところ,上記bのとおり,別件訴訟において反訴を提起したのは,Bら及び訴外会社の自由意思に基づくものであり,被告らの行為とは関係がなく,予見可能性もない。
d 別件訴訟の訴訟終了報酬について
原告の主張を前提としても,まだ請求さえされていないということであり,原告の出費自体未だ生じておらず,また,割引等もあり得るため,出費が確実という状況でもない。
(4) 被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行の成否(争点4)
ア 原告
被告法人は,次のとおり,適正な税務処理をしなかったのであり,これは税務署職員をして「こんなひどい税務処理は見たことはない」なとど言わしめたものであった。これは原告に対する債務不履行を構成する。
(ア) 所得税について
被告法人は,原告の平成26年分の所得税確定申告書を平成27年3月16日に大宮税務署に提出したが,その内容は次のとおり一見しただけでも多くの瑕疵を含むものであった。
a 被告法人作成の貸借対照表を初めとする決算書全体が中途半端で未完成であり,原告は仕訳を全部見直して書類の作り直す必要があった。たとえば,同決算書では,月別売上金額及び仕入金額,税理士・弁護士等の報酬・料金の内訳,地代家賃の内訳の記載がなく,給料賃金の内訳は合計金額だけが記載されているにすぎない。そのため後任のD税理士(以下「D税理士」という。)は,決算書を,当初の仕訳から全部やり直して作り直さなければならなかった。
b 被告法人が,上記aのように必要事項を記載せず,決算書を空欄で提出したため,適式な複式簿記によっていると認められず,65万円の青色申告控除ではなく10万円の限度でのみ控除が認められた。
c 被告法人作成の総勘定元帳には,仕訳の内訳が不明な個所が多数あり,一部は内訳がなくて合計金額の記載のみにとどまり,たとえば,自由診療売上は,売上の記録が日々残されず,合計額しか計上されていない。また,平成26年1月の売上はそもそも記帳されていない。
d 歯科医師について所得税の申告をする場合には,医師及び歯科医師用付表を添付しなければならないのに,被告法人は,これを添付せずに申告書を提出した。医師・歯科医師の個人事業税では社会保険診療による報酬は課税対象とならず,自由診療による収入のみが課税されるので,両者を区分して申告することは絶対必要であり,被告法人の提出による決算書についても,埼玉県税事務所から同付表の催告が来た。
(イ) 消費税について
原告は簡易課税制度を選択していなかったが,A税理士ないし被告法人は,そのことを調査せず,平成27年3月31日,原告の平成26年分の消費税につき本則課税を選択しないで簡易課税により計算して申告書を提出した。
イ 被告ら
被告法人の税務処理は法令に適合したものであり,問題はない。むしろ,原告の主張によれば,原告はD税理士が,平成26年分の仕訳を全てやり直した上,所得税の更正の請求書を提出し,その後に大宮税務署のa歯科に対する税務調査が行われたというのであるから,税務署職員をして「こんなひどい税務処理はみたことがない。」と言わしめたのはD税理士によりやり直した税務処理であり,被告らの責任とは無関係である。以下,原告の主張に反論する。
(ア) 所得税について
a 上記ア(ア)aに対する反論
国税庁は,「所得税青色申告決算書」の書式を公表しており,当該書式には,「月別の売上(収入)金額及び仕入金額」,「給料賃金の内訳」,「税理士・弁護士等の報酬・料金の内訳」,「地代家賃の内訳」の欄が存在し,所得税法149条,同法施行規則65条1項2号により,事業所得にかかる青色申告書(青色申告の規定により青色の申告書によって提出する確定申告書等をいう(同法2条40号)。)には,事業所得の金額の計算に関する明細書を添付しなければならないとは規定されているものの,明細書の記載事項について,法令上の定めがないため,任意の項目について記載すれば足りる。
したがって,被告法人が提出した「所得税青色申告決算書」は適式であり,65万円の青色申告特別控除が否認される事情にはなり得ない。
b 上記ア(ア)bに対する反論
(a) 複式簿記により記帳を行っているからこそ貸借対照表や損益計算書が作成できるのであって,原告の主張は,被告法人がどのような点で複式簿記にて会計処理を行っていないのか何ら明らかではない。
(b) 原告は平成26年分の所得税につき,税務署から65万円の青色申告特別控除を否認されたという事実はない。65万円の青色申告特別控除を受けるための要件は,①不動産所得又は事業所得を生ずべき事業を営んでいること,②これらの所得にかかる取引を正規の簿記の原則(一般的には複式簿記)により記帳していること,③上記②の記帳に基づいて作成した貸借対照表及び損益計算書を確定申告書に添付し,この控除の適用を受ける金額を記載して,法定申告期限内に提出することであるところ,原告はこれらの要件を全て満たしていた。しかし,D税理士が自ら10万円の控除を適用するように修正申告しているがゆえに,原告は,10万円の所得控除しか享受できなくなったのである。そのため,被告法人には何の落ち度もない。
c 上記ア(ア)cに対する反論
(a) 法令上,青色申告者は,仕訳帳及び総勘定元帳を備えなければならないこととなっている(所得税法施行規則58条)が,ここにいう「仕訳帳」は,単一の仕訳帳である必要はなく,個々の取引を売上帳等に記録し,その合計額(たとえば,1か月の売上)を仕訳する方法によっても差し支えないものであり,「総勘定元帳」は,勘定科目ごとに,仕訳帳に記載されている仕訳を転記した帳簿であるから,当該仕訳に従っていれば足りることとなる。そして,所得税法施行規則63条3項には,青色申告にかかる仕訳帳及び総勘定元帳について,「帳簿に」,「取引に関する事項を個別に記載することに代えて日々の合計金額の一括記載をした場合」との表現があるとおり,同施行規則も,帳簿は,必ず取引に関して個別に記載する必要はなく,一括記載ができることを前提としている。
しかるところ,訴外c社は,「自由診療売上」について合計金額を一括して仕訳する場合,必ず,その内訳を売上月報に記録していた。このため,訴外c社は,個々の取引を売上月報に記録し,その合計額を一括して仕訳する方法によったものとして,法令に適合した仕訳帳を作成していた。また,総勘定元帳は,この仕訳帳に記載されている仕訳を転記した帳簿であるから,訴外c社が作成した総勘定元帳も,法令に適合したものである。
(b) 65万円の青色申告特別控除を受けるためには,「正規の簿記の原則」により記帳する必要がある(租税特別措置法25条の2第3項,同法施行規則9条の6第1項,所得税法施行規則57条)が,「正規の簿記の原則」とは,①網羅性(帳簿は,資産,負債,資本に影響を及ぼす取引の全部について継続的にこれを記録し,その記録に基づいて損益計算書,貸借対照表が作成されるものであること。),②秩序性(帳簿の記録は整然として一つの体系をなしており,帳簿間の記録の連絡が明瞭であり,記録の試算,照合が可能であること。),③検証可能性(帳簿の記録が,証憑書類又は伝票その他の原始記録によってなされ,記録の真実性が実証されること。)を満たすものをいうとされる。
前述のとおり,訴外c社は,「自由診療売上」について合計金額を一括して仕訳する場合,必ずその内訳を売上月報に記録していた。このため,仕訳帳又は総勘定元帳と,売上月報を併せてみれば,取引の全部について継続的にこれを記録したものであり,当該記録に基づいて損益計算書,貸借対照表が作成された(①を満たす。)。また,仕訳帳及び総勘定元帳は時系列に記録がされており,参照先である売上月報をすぐに参照することが可能な体制で保管しており秩序だっている(②を満たす。)。そして,仕訳帳及び総勘定元帳並びに売上月報は,証憑書類又は伝票に基づいて記録され,記録の真実性が実証される(③を満たす。)。
以上からすれば,訴外c社が作成した総勘定元帳は,「正規の簿記の原則」の要件を満たし,法令に適合するものというべきである。
(c) 自由診療売上に平成26年1月の売上は記帳されていないとする原告の主張部分については,原告と,被告法人及び訴外c社との間の本件顧問業務契約の契約期間は同年4月1日からとなっているため,同年2月までの仕訳は,訴外c社への委託業務の範囲外である。
なお,本来,同年4月分以降の試算表の作成が,訴外c社への委託業務の対象であるが,同社は,サービスとして,同年3月分から試算表の作成を行った。同年2月以前の仕訳は,原告が以前依頼していた税理士等が仕訳をしており,被告法人及び訴外c社には,同月末における各勘定科目の残高のみが報告されていたため,便宜上,同月末に記帳したものである。
d 上記ア(ア)dに対する反論
個人事業税に関しては,所得税(及び復興特別所得税)の確定申告書に医師及び歯科医師用付表を添付していても,添付していなくとも,都道府県税事務所は,納税者側に,「社会保険診療等に係る収入額等の明細書」の書式を送付し,これを提出するよう求める運用となっている。そして,個人事業税の納税者としては,これに回答することで足りるのである。したがって,個人事業税との関係でも,本件で所得税等確定申告書に,医師及び歯科医師用付表を添付することは不要であった。
なお,仮に,本件で所得税等確定申告書に,医師及び歯科医師用付表を添付することが必要であったとしても,社会保険診療報酬と自由診療報酬とは,もともと別の勘定科目により把握されていたのであるから,仕訳をやり直すことは不要であり,損害は生じない。
(イ) 消費税について
A税理士は,平成26年分の消費税の確定申告をするに当たって,平成24年分の消費税について簡易課税制度により申告していたこと及び同年分の課税売上高が5000万円以下であることを確認した上,平成27年3月6日,大宮税務署に架電し,担当職員から,原告からは消費税簡易課税制度選択不適用届出書等の提出はなく,原告には簡易課税制度が適用される旨を聴取した。このため,同月17日,被告法人は,簡易課税制度により計算していた消費税等確定申告書を提出した。ところが,同月30日,大宮税務署から,被告法人に対し,原告は事業廃止届出書を提出したことがあるため,簡易課税制度は適用されず,本則課税になる旨の連絡があった。原告は,被告法人に対し,事業廃止届出書を提出したことを報告していなかった。そこで,平成26年分の消費税の確定申告期限及び納期限は,平成27年3月31日であり,被告法人は,同日中に,本則課税に基づく新しい確定申告書を提出することで,「訂正申告」(申立期限前に複数の確定申告書を提出した場合,最も後に提出したもので差し替えられたものとみなす運用がされており,申告期限後に申告内容を修正する修正申告と区別する意味で,「訂正申告」と呼ばれる。)することができる。このため,A税理士は,同月30日,原告に対し連絡を取り,追加の資料の提示を求め,「訂正申告」をしようとしたところ,同月31日以降,原告と連絡が取れなくなったものである。
このように,被告法人が訂正申告しなかったことについては相当な理由があるので被告法人の善管注意義務違反とはならない。
(5) 被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行による原告の損害額(争点5)について
ア 原告
(ア) 新たな税理士による更正請求等 58万円
原告は,D税理士を新たに顧問税理士として,平成26年分の財務内容全体の見直し及び所得税の更正請求に関する業務並びに消費税の修正申告に関する業務を委任せざるを得なくなり,前者の更正請求に関する業務について50万円,後者の修正申告に関する業務について8万円,合計58万円の報酬を支払うこととなった。
(イ) 税務署の調査による精神的苦痛 333万円
被告法人のずさんな業務のため,大宮税務署による税務調査が行われた。これは,平成27年9月1日から同年11月26日まで3か月に及ぶ長期のものであり,a歯科にあった帳簿等をごっそり全部税務署に持ち込んで税務署内で分析・検討が行われ,原告本人も,同年9月,同年10月及び同年11月の合計3回診療所内での調査に立ち会い,その際に調査官の話が患者に聞こえてしまうこともあり,原告本人は大きなストレスを感じた。その他に,税務署からの次々の質問にD税理士と打ち合わせをして対応しなければならなかった。この精神的苦痛を慰謝するには333万円が相当である(これは,原告の経営する歯科医院の売上高の10日分くらいの額であるところ,これは次のとおり計算される。8682万9042円(年売上高)÷260日(年稼働日数であり,週5日×52週である。)×10日=333万9570円。)。
(ウ) 税金増額分の損害 28万2600円
a 青色申告が否認されたことによる損害 27万5000円
被告法人は,原告の所得税を青色申告したが,経理内容があまりにもずさんであったため,青色申告で当然認められる65万円控除は否認され,10万円の控除しか認められず,控除額として55万円が減少した。これによる税金の増加分は所得税22万円,住民税5万5000円,合計27万5000円である。
b 誤って簡易課税で申告したことによる損害 7600円
原告は消費税につき簡易課税を選択していないのに,被告法人がそれを確認せず簡易課税で申告してしまい,後に,D税理士が適式な申告をしたが,納期限を2か月近く遅れたため延滞税7600円が課せられ,原告がこれを納付したものである。
(エ) 上記(ア)ないし(ウ)の合計 419万2600円
イ 被告ら
原告が別の税理士に依頼する必要が生じたとしても,また,延滞税が発生したとしても,当該損害の発生原因は,原告が被告法人との連絡を途絶させたことにあり,被告法人の行為と因果関係がない。
(6) 被告法人の原告に対する決算申告料請求権(争点6)について
ア 被告法人
前記前提事実(2)及び(5)のとおり,被告法人と原告は本件顧問業務契約を締結し,被告法人は,本件顧問業務契約に基づいて,原告の平成26年分の年次決算を作成し,平成27年3月16日,大宮税務署に対し,原告を代理して原告の所得税の確定申告をし,同月18日,消費税等の確定申告をしたから,原告に対し,本件顧問業務契約に基づく決算申告料21万6000円(消費税込み)の請求権を有する。
イ 原告
前記(4)アのとおり,被告法人には,本件顧問業務契約に基づく決算申告を適正にしなかった債務不履行がある。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え,括弧内挙示の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,a歯科を経営する傍ら,平成24年12月から本件サロンも経営していたが,平成25年9月ころ,本件サロンを営業不振で閉鎖することになり,これに伴い,関係者からB1ことB等の紹介を受けた。本件サロンは,同年12月ころ閉鎖され,Bは,本件サロンの閉鎖に伴う財務処理を行った。また,Bは,原告から依頼を受けて,熱海のマンションの売却手続を行った。
Bは,少なくとも平成26年3月ころまでには,原告に対し,当時原告が依頼していた税理士を変えた方がよいと助言し,被告法人を原告に紹介した。(甲6,甲26ないし甲28,甲34,甲45,甲47)
(2) 原告は,従前,a歯科の税務事務を税理士法人d会計(以下「d会計」という。)に依頼していたが,上記(1)のBの助言により,上記税務事務の依頼をd会計から,被告法人に変えることとした。
そして,原告は,平成26年4月3日,被告法人の事務所に行き,少なくともA税理士とあいさつを交わした。(甲58ないし甲62,証人A,被告本人)
(3) 原告と被告法人及び訴外c社は,平成26年4月4日,被告法人の事務所において,原告とA税理士と立会の下,前記前提事実(2)のとおり,本件顧問業務契約を締結した。ただし,この際には,口頭での合意はできたが,本件顧問業務契約の契約書の作成は後日行うこととされた。この際には,被告Y2は同席していない。(甲27,甲58,乙11,証人A,原告本人)
(4) A税理士は,平成26年4月18日,a歯科に行き,原告に本件顧問業務契約の契約書に押印してもらい,また,本件顧問業務契約に基づく業務内容の説明等をした(甲58,乙11,証人A,原告本人)。
(5) A税理士は,原告からの依頼により,本件売買契約締結(平成26年5月1日)より前に,a歯科の売上,経費の状況についての試算表と,過去3年分の収入と所得の推移表を作成して,みずほ銀行恵比寿支店の担当者に,電話で,本件不動産を購入するに当たっての融資の可能性について確認した。A税理士は,a歯科の会計処理が不明朗であり,上記の融資は厳しいが,今後,会計処理の適正性を確保すれば上記融資の審査が通りやすくなるのではないかといった認識を上記担当者に伝えたところ,上記銀行の担当者も同意見であった。A税理士は,本件売買契約締結前に,原告に対し,このことと被告法人及び訴外c社が顧問として今後の会計処理の適切性を確保すれば,1年ないし2年後には上記融資の審査が通る可能性が高いと考えていることを伝えた。
そして,A税理士は,本件売買契約締結後に,正式に,上記試算表や推移表といった資料とともに,みずほ銀行恵比寿支店の担当者に上記の融資を申し込んだが認められなかった。(甲45,乙11,証人A)
(6) A税理士は,平成26年4月ころ,原告及びBから聴取した,Bが原告に対して提供しているコンサルティングサービスの内容を盛り込んで,本件業務処理委託契約の契約書案を作成した(甲45,乙11,証人A)。
(7) 前記前提事実(3)のとおり,平成26年5月1日,被告法人の事務所において,A税理士立会の下,原告とBらは,本件売買契約を締結し,原告と訴外会社は本件業務処理委託契約を締結し,これらの契約の各契約書を作成した。
本件業務処理委託契約締結の際には,A税理士が,原告及びBに対し,1条ずつその内容を説明し,今まで,B及び訴外会社が原告に対して様々なコンサルティングサービスを提供しており,今後もそのようなコンサルティングサービスを訴外会社が提供し,その対価を支払う旨規定されていることを説明した。(甲26,乙11,証人A)
(8) 被告法人作成の所得税青色申告決算書では,月別売上金額及び仕入金額,税理士・弁護士等の報酬・料金の内訳,地代家賃の内訳の記載がなく,給料賃金の内訳は合計金額だけが記載されている一方,D税理士作成の所得税青色申告決裁書ではこれらが記載されている(甲13の1,甲30)。
(9) 被告法人は,原告の平成26年分の所得税青色申告決算書に医師及び歯科医師用付表を添付しなかった。一方で,D税理士が作成した同所得税青色申告決算書には医師及び歯科医師用付表が添付されている(甲30,弁論の全趣旨)。
(10) 個人事業税との関係では,所得税(及び復興特別所得税)の確定申告書に医師及び歯科医師用付表を添付していても,添付していなくとも,都道府県税事務所は,納税者側に,「社会保険診療等に係る収入額等の明細書」の書式を送付し,これを提出するよう求める運用となっており,個人事業税の納税者としては,これに回答することで足りる(乙9)。
(11) 消費税の簡易課税制度(以下「簡易課税制度」という。)とは,課税期間の前々年の課税売上高が5000万円以下で,簡易課税制度の適用を受ける旨の届出書(消費税簡易課税制度選択届出書)を事前に提出している事業者が適用を受けることのできる制度であり,一度,簡易課税制度を選択した場合,その適用を取り止めるには,原則として,適用を止めようとする課税期間の開始の日の前日までに,消費税簡易課税制度選択不適用届出書を提出する必要がある。なお,ある課税期間の前々年の課税売上高が5000万円を超えた場合には,当該課税期間については,簡易課税制度が適用されない。(乙5)
(12) A税理士は,平成26年分の消費税の確定申告をするに当たって,平成24年分の消費税について簡易課税制度により申告していたこと及び同年分の課税売上高が5000万円以下であることを確認した上,平成27年3月6日,大宮税務署に架電し,担当職員であるEから,原告からは消費税簡易課税制度選択不適用届出書等の提出はなく,原告には簡易課税制度が適用される旨を聴取した。このため,被告法人は,平成27年3月17日,簡易課税制度により計算していた消費税等確定申告書を提出した。(乙2,乙11,証人A)
(13) ところが,平成27年3月30日,大宮税務署から,被告法人に対し,原告は事業廃止届出書を提出したことがあるため,簡易課税制度は適用されず,本則課税になる旨の連絡があった。原告は,被告法人に対し,事業廃止届出書を提出したことを報告していなかった。(乙11,証人A)
(14) 確定申告においては,申立期限前に複数の確定申告書を提出した場合,最も後に提出したもので差し替えられたものとみなす運用がされており,申告期限後に申告内容を修正する修正申告と区別する意味で,「訂正申告」と呼ばれる運用がされている。
平成26年分の消費税の確定申告期限及び納期限は,平成27年3月31日であったから,被告法人は,同日中に,本則課税に基づく新しい確定申告書を提出すれば訂正申告することができた。(弁論の全趣旨)
(15) そこで,A税理士は,平成27年3月31日,原告に対し連絡を取り,追加の資料の提示を求め,訂正申告をしようとしたところ,同月31日以降,原告と連絡が取れなくなり,訂正申告をすることができなかった(乙11,証人A。なお,原告も,同年3月末頃に,原告訴訟代理人に本件について相談していたこと,A税理士と連絡を取らなくなったことを認めている(原告本人)。)。
2 争点1(被告法人ないしA税理士,被告Y2の本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関する不法行為の成否)について
(1) 原告は,平成26年4月20日頃,Bに連れられて再び被告法人の事務所に行き,Bが,売買代金を割賦支払とし,一方で他社とコンサルタント契約を結び,割賦代金と同額を毎月のコンサルタント料として定め,その金額をコンサルタント会社へ支払っていけばよい,そうすれば実質的に買受代金相当額の医院の収益は経費になるので,税金は一切かからないという説明を熱心にし,同席したA税理士が,「ウム・ウム」とうなずいて,終始Bの説明を肯定していたなどと主張し,これに沿った供述をする(甲34,甲58,原告本人)。
しかし,A税理士は,原告が同日頃に被告法人の事務所に訪れた点から含めてBが原告に対して本件売買契約に関してA税理士の前で説明していた事実を全面的に否定していること(乙11,証人A),原告が同日頃に被告法人の事務所に訪れたことを裏付けるべき客観証拠はないこと(原告本人)からすれば,上記原告の供述は採用することができず,前記認定事実もこれをもって,上記主張に係る事実を認定することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(2) これに対して,原告は,A税理士が,Bと共謀の上,本件売買契約及び本件業務処理委託契約に係る違法な脱税指導をしたと主張する。
前記認定事実(1)ないし(6)によれば,原告が,Bの紹介により被告法人と本件顧問業務契約を締結するに至り,被告法人において原告の担当となったA税理士が,本件売買契約に関する銀行からの融資に関する業務を行ったり,本件業務処理委託契約の締結に関し,契約条項を作成し,その説明を行うなどしたり,さらに,被告法人の事務所が本件売買契約及び本件業務処理委託契約締結の場として提供され,A税理士がこれに立ち会っていることは認められ,被告法人及びA税理士が本件売買契約及び本件業務処理委託契約の締結に一定の関与をしていることは認められる。
しかし,本件売買契約の契約内容の作成にA税理士が関わったことを認めるに足る証拠はない。また,本件売買契約は前記前提事実(3)アのとおりのものであって,その外形上,脱税を目的としたものであることをうかがわせるような内容のものではない(原告は,本件売買契約が暴利行為であるとか公序良俗に反するなどとも主張するが,そうしたものであるとしても脱税を目的したものであることとは関係はない。),
そして,本件業務処理委託契約も,前記認定事実(1)のとおりBが原告の依頼を受けて原告のために事務処理を行っていたことに照らせば,それ自体,特段不自然不合理な内容のものではなく,やはり,その外形上,脱税を目的としたものであることをうかがわせるような内容のものではない。
そうすると,仮に,本件売買契約及び本件業務処理委託契約が脱税を目的とした違法なものであったとしても,被告法人及びA税理士において上記のとおり本件売買契約及び本件業務処理委託契約の締結に関与していたからといって,本件売買契約及び本件業務処理委託契約が脱税を目的とした違法なものであることを認識していた,あるいは認識し得たものであると認めるべき証拠はなく,被告法人ないしA税理士が,Bと共謀の上,違法な脱税行為を指導していたであるとか,その他の関与をしていたと認めるに足りない。
その他,前記認定事実もこれをもって,A税理士が,Bと共謀して違法な脱税行為をしていた事実を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上によれば,A税理士が,Bと共謀して原告に対して違法な脱税指導を行い,これが原告に対する不法行為であるとする原告の主張には,理由がない。
(4) 上記のとおり,A税理士の行為が不法行為に該当するとは認めるに足りないから,被告Y2が,被告法人の代表者として,A税理士に指示をして原告に対する不法行為をしたとは認めるに足りず,また,A税理士に対する監督責任を怠ったとも認めるに足りない。
また,A税理士が被告法人の業務として原告に対する不法行為を行ったことも,被告Y2が被告法人の代表者として原告に対する不法行為を行ったことも認めるに足りないから,被告法人に対する使用者責任(民法715条)や税理士法48条の21第1項,会社法600条による損害賠償責任も認められない。
3 争点2(被告法人の本件売買契約及び本件業務処理委託契約に関する債務不履行の成否)について
(1) 原告は,「最初の義務違反」として,A税理士は,平成26年4月20日頃,被告法人の事務所において,Bが「税理士も了解している適正な税理操作であること」を原告に理解させるために,わざわざ顧問税理士の前で演技をしているのであるから,同席していたA税理士にはその場で同説明の誤りを指摘すべき義務があったのに,同義務を全く履行しなかったなどと主張し,これに沿った供述をする(甲34,甲58,原告本人)。
しかし,前記2(1)で説示したとおり,A税理士は,原告が同日頃に被告法人の事務所に訪れたことから含めてBが原告に対して本件売買契約に関してA税理士の前で説明していた事実を全面的に否定していること(乙11,証人A),原告が同日頃に被告法人の事務所に訪れたことを裏付けるべき客観証拠はないこと(原告本人)からすれば,上記原告の供述は採用することができず,前記認定事実もこれをもって,上記主張にかかる事実を認定することはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(2) 原告は,「2回目の義務違反」として,平成26年5月1日の本件売買契約及び本件業務処理委託契約締結の場に立ち会ったA税理士としては,本件業務処理委託契約は不動産売買契約の買受代金の分割払を隠ぺいするための偽装の契約であることは当然わかっていたはずであるから,その場で直ちに,本件業務処理委託契約が違法であることを指摘し,本件不動産の買受代金と業務委託料の両方を支払わなければならないことになることを説明すべき義務があったが,A税理士はその義務を全く履行しなかったなどと主張する。
しかし,被告法人及びA税理士において,仮に,本件売買契約及び本件業務処理委託契約が脱税を目的とした違法なものであったとしても,被告法人及びA税理士において,本件売買契約及び本件業務処理委託契約の締結に関与していたからといって,本件売買契約及び本件業務処理委託契約が脱税を目的とした違法なものであることを認識していた,あるいは認識し得たものであると認めるべき証拠はなく,上記のような説明義務があったとはいえず,やはり失当である。
(3) 以上によれば,原告が主張するいずれの債務不履行の主張も理由がない。
4 争点4(被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行の成否)に対する判断
(1) 所得税について
ア 原告は,貸借対照表を初めとする決算書全体が中途半端で未完成であったと主張する。
しかし,所得税法149条,同法施行規則65条1項2号によれば,事業所得にかかる青色申告書には,事業所得の金額の計算に関する明細書を添付しなければならないとは規定されているものの,明細書の記載事項について,法令上の定めがないことからすれば,被告法人が提出した所得税青色申告決算書はどのように適式でないのか原告の主張は明らかではない。すなわち,前記認定事実(8)のとおり,被告法人が作成した所得税青色申告決算書とD税理士が作成した所得税青色申告決算書には差異が存在するが,具体的にいかなる意味において被告法人が作成した所得税青色申告決算書に上記の記載ないことが税法上あるいは税務処理上問題であるのか主張立証がない。
してみると,被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行があると認めるに足りない。
イ 原告は,65万円の青色申告控除を受けることができず,10万円控除の限度でのみ認められたと主張し,証拠(甲29,甲30)及び弁論の全趣旨によれば,原告が青色申告特別控除額を10万円として申告している事実は認められるものの,かかる事実が,被告法人が所得税青色申告決算書に必要事項を記載せずに提出したことが原因で,適式な複式簿記によっていると判断されず,65万円の青色申告控除を受けることができなかったことを示しているとは解されず,その他被告法人による所得税青色申告が原因で65万円の青色申告控除が受けられなかったことを認めるに足りる証拠はなく,この点において被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行があると認めるに足りない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告は,総勘定元帳に,仕訳の内訳が不明な個所が多数あり,一部は内訳がなくて合計金額の記載のみにとどまっていると主張するところ,証拠(甲31)及び弁論の全趣旨によれば,訴外c社が作成した総勘定元帳の「自由診療売上」の項につき1か月分をまとめて記帳しているものがあることが認められる。
しかし,証拠(乙7,乙8)及び弁論の全趣旨によれば,青色申告者は,すべての取引を借方及び貸方に仕訳する帳簿(仕訳帳)及びすべての取引を勘定項目の種類別に分類して整理計算する帳簿(総勘定元帳)を備えなければならないこととなっている(所得税法施行規則58条)が,ここにいう「仕訳帳」は,単一の仕訳帳である必要はなく,個々の取引を売上帳等に記録し,その合計額(たとえば,1か月の売上)を仕訳する方法によっても差し支えないこと,そして,総勘定元帳は,勘定科目ごとに,仕訳帳に記載されている仕訳を転記した帳簿であるから,当該仕訳に従っていれば足りることとなること,また,所得税法施行規則63条3項に,青色申告にかかる仕訳帳及び総勘定元帳について,「帳簿に」,「取引に関する事項を個別に記載することに代えて日々の合計金額の一括記載をした場合」との表現があるとおり,同施行規則も,帳簿は,必ず取引に関して個別に記載する必要はなく,一括記載ができることを前提としていること,訴外c社は,「自由診療売上」の項について合計金額を一括して仕訳する場合,必ず,その内訳を売上月報に記録していたことが認められる。
そうすると,訴外c社は,個々の取引を売上月報に記録し,その合計額を一括して仕訳する方法によっており,法令に適合した仕訳帳を作成していないとは認めるに足りず,また,法令に適合した総勘定元帳を作成していないとは認めるに足りない。
そして,原告は,その他仕訳がなくて合計金額の記載のみにとどまっていることが具体的にいかなる意味において税法上あるいは税務処理上問題であるのか主張立証しておらず,また,仕訳の内訳が不明な個所が多数あるとの点についても,具体的にいずれの記載の内訳が不明であり,それが具体的にいかなる意味において税法上あるいは税務処理上問題であるのか主張立証していない。
したがって,この点において被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行があるとする原告の主張は採用することができない。
エ 原告は,「自由診療売上」の項に平成26年1月の売上は記帳されていないと主張するが,前記前提事実(2)ウのとおり,本件顧問業務契約の契約期間は同年4月1日からであるから,同年2月までの仕訳が当然に訴外c社への委託業務の範囲に含まれるものではなく,また,原告は同月までの仕訳が本件顧問業務契約に範囲に含まれることを具体的に主張立証していない。
そうすると,総勘定元帳の元となる同月までの仕訳が本件顧問業務契約の範囲に当たるとは認めるに足りないから,「自由診療売上」の項に同年1月の売上が記載されていないからといって,この点において被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行があると認めるに足りない。
したがって,この点において被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行があるとする原告の主張は採用することができない。
オ 原告は,医師及び歯科医師用付表を添付しなければならないのに,これを添付せずに申告書を提出したと主張する。
しかし,前記認定事実(10)のとおり,個人事業税との関係では,所得税(及び復興特別所得税)の確定申告書に医師及び歯科医師用付表を添付していても,添付していなくとも,都道府県税事務所は,納税者側に,「社会保険診療等に係る収入額等の明細書」の書式を送付し,これを提出するよう求める運用となっており,個人事業税の納税者としては,これに回答することで足りるのであって,原告の主張は前提を欠く。
また,原告は,医師・歯科医師の個人事業税では,社会保険診療による報酬は課税対象とならず,自由診療による収入のみが課税されるので,両者を区分して申告することは絶対必要なのであると主張するが,社会保険診療による報酬は課税対象とならず,自由診療による収入のみが課税されるのであることから,原告は,具体的にどのような根拠に基づいて両者を区別して申告することが必要とされるのか,また,両者を区別して申告しないことが税法上あるいは税務処理上問題であるのかについて主張立証をしていない。
以上によれば,この点において被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行があると認めるに足りない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 消費税について
ア 原告は簡易課税制度を選択していなかったが,A税理士ないし被告法人は,そのことを調査せず,平成27年3月31日,原告の平成26年分の消費税につき本則課税を選択しないで簡易課税により計算して申告書を提出したと主張する。
イ しかし,前記認定事実(11)ないし(15)によれば,A税理士は相当な方法で調査確認した結果,原告に簡易課税制度が適用されると判断し,これにより申告を行ったが,後日,原告に簡易課税制度が適用されないことが判明し,訂正申告により対応しようとしたところ,原告と連絡が取れなくなったために訂正申告できなかったものであって,被告法人が適正な税務処理をしなかった債務不履行があると認めるに足りない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
5 争点6(被告法人の原告に対する決算申告料請求権)に対する判断
(1) 前記前提事実(2)及び(5)のとおり,被告法人と原告は本件顧問業務契約を締結し,被告法人は,本件顧問業務契約に基づいて,原告の平成26年分の年次決算を作成し,平成27年3月16日,大宮税務署に対し,原告を代理して原告の所得税の確定申告をし,同月18日,消費税等の確定申告をしたから,原告に対し,本件顧問業務契約に基づく決算申告料21万6000円(消費税込み)の請求権を有する。
(2) これに対し,原告は,被告法人には,本件顧問業務契約に基づく決算申告を適正にしなかった債務不履行があると主張するが,これに理由がないことは前記4のとおりである。
6 結論
以上によれば,本訴請求については,争点1,2及び4に対する判断のとおり原告の被告ら又はA税理士の不法行為ないし債務不履行をいう主張にはいずれも理由がなく,争点3及び5について判断するまでもなく理由がない一方で,反訴請求については,争点6に対する判断のとおり理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第5部
(裁判長裁判官 吉村真幸 裁判官 鈴木秀孝 裁判官 野田翼)
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