「成果報酬 営業」に関する裁判例(23)平成28年 6月14日 東京地裁 平27(ワ)3385号 損害賠償等請求事件
「成果報酬 営業」に関する裁判例(23)平成28年 6月14日 東京地裁 平27(ワ)3385号 損害賠償等請求事件
裁判年月日 平成28年 6月14日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)3385号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2016WLJPCA06148002
要旨
◆IT関連事業を営む会社であった本件会社を吸収合併して同社の権利義務を承継した原告会社及び同社の代表者で本件会社に事業承継させるまで個人としてIT関連事業を行っていた原告X1が、原告らを当事者とする2件の民事訴訟について弁護士である被告Y2及び被告Y3(被告Y2ら)を訴訟代理人として選任したところ、被告Y2らの弁護過誤により、勝訴判決を得られず、損害を被ったなどと主張して、被告Y2らに対しては訴訟委任契約上の注意義務に違反した債務不履行又は弁護過誤の不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告Y2らの所属していた弁護士事務所を経営する弁護士である被告Y1に対しては商法14条の名板貸しの責任に基づき、各損害賠償金の支払を求めた事案において、被告Y2らの行為について委任契約上の善管注意義務違反又は不法行為を構成する弁護過誤があったとは認められないなどとしたほか、弁護士は商法上の商人に当たらないとして、原告らの請求をいずれも棄却した事例
参照条文
民法415条
民法643条
民法644条
民法656条
民法709条
商法14条
裁判年月日 平成28年 6月14日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)3385号
事件名 損害賠償等請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2016WLJPCA06148002
名古屋市〈以下省略〉
原告 X1(以下「原告X1」という。)
東京都渋谷区〈以下省略〉
原告 合同会社JPN技研
同代表者代表社員 X1(以下「原告会社」という。)
東京都千代田区〈以下省略〉
a法律事務所
被告 Y1(以下「被告Y1」という。)
同訴訟代理人弁護士 久保田伸
東京都千代田区〈以下省略〉
a法律事務所
被告 Y2(以下「被告Y2」という。)
同訴訟代理人弁護士 岸本寛之
東京都港区〈以下省略〉
b法律事務所
被告 Y3(以下「被告Y3」という。)
同訴訟代理人弁護士 関秀忠
同 高橋康平
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは、原告X1に対し、連帯して、1024万2677円及びうち9万1451円に対する平成20年3月1日から、うち918万6195円に対する同年6月17日から、うち81万6400円に対する同年9月1日から、うち2万4809円に対する平成22年9月30日から、うち6万円に対する同年10月13日から、うち5182円に対する同年12月14日から、5万8640円に対する平成26年10月9日から、各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告Y2及び被告Y1は、原告X1に対し、連帯して、56万1745円及びうち55万5515円に対する平成22年7月9日から、うち6230円に対する同年9月7日から、各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告Y2及び被告Y1は、原告会社に対し、連帯して、197万3880円及びうち5万円に対する平成21年8月7日から、うち50万円に対する平成22年8月18日から、うち28万円に対する平成23年6月6日から、うち5万2480円に対する同年7月29日から、うち7万3080円に対する平成25年5月5日から、うち100万円に対する同年10月2日から、うち1万8320円に対する平成26年10月9日から、各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 被告Y2及び被告Y1は、原告会社に対し、連帯して、191万1337円及びこれに対する平成20年9月30日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
5 被告らは、原告らに対し、連帯して、400万円及びこれに対する平成20年7月3日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、IT関連事業を営む会社であったc株式会社(以下「c社」という。)を吸収合併し同社の権利義務を承継した原告会社及び同社の代表者であり、c社に事業承継させるまで個人としてIT関連事業を行っていた原告X1が、原告らを当事者とする2件の民事訴訟について弁護士である被告Y2及び被告Y3(以下、被告Y2及び被告Y3を一括して「被告Y2ら」といい、被告Y2ら及び被告Y1を一括して「被告ら」という。)を訴訟代理人として選任したところ(ただし、被告Y3に対する訴訟委任は1件である。)、被告Y2らの弁護過誤により、勝訴判決を得られず、支払った弁護士費用及び訴訟費用並びに得べかりし利益(勝訴判決を受ければ、得られたはずの利益)を得られなかったこと等の損害を被ったなどと主張して、被告Y2らに対し、訴訟委任契約上の注意義務に違反した債務不履行又は弁護過誤の不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告Y2らの所属していた弁護士事務所を経営する弁護士である被告Y1に対し、商法14条の名板貸しの責任に基づき、前記「第1 請求」記載の各損害賠償金の支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実若しくは括弧内挙示の証拠(ただし、枝番号の付されている書証は、原則として各枝番号の記載を省略し、個々の枝番号の書証を特定する必要がある場合に限って書証の枝番号を記載する。)又は弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 原告会社は、インターネット上のホームページの企画、作成、運営等を目的とする会社であり、原告X1は、同社の業務執行社員兼代表社員である(甲1)。
被告会社は、平成24年8月1日、原告X1が個人事業として行っていたIT関連の事業を承継したc社を吸収合併し、同社の権利義務を承継した(甲1、弁論の全趣旨)。
(2) 被告Y1は、a法律事務所の代表弁護士であり、被告Y2は、同法律事務所のアソシエイト弁護士である(甲2の1、甲2の3)。
被告Y3は、平成20年当時、a法律事務所のパートナー弁護士であったが、現在は別の法律事務所に所属している(甲2の2、弁論の全趣旨)。
(3)ア 原告X1は、平成20年6月26日、被告Y2らとの間で、株式会社d(以下「d社」という。)が原告X1に対して提起した東京簡易裁判所平成20年(少コ)第1595号サーバー保守費用請求事件(甲4)及び原告X1がd社に対して提起予定の損害賠償請求事件について、原告X1を委任者、被告Y2らを受任者とする訴訟代理契約(以下「第1事件の訴訟代理契約1」という。)を締結し(乙イ1)、同年9月1日、上記東京簡易裁判所平成20年(少コ)第1595号サーバー保守費用請求事件の反訴として、d社に対する同(ハ)第22294号損害賠償請求反訴事件を提起した(甲8)。上記各事件は、東京地方裁判所へ移送され(弁論の全趣旨)、同裁判所において、同裁判所平成20年(ワ)第26440号サーバー保守費用等請求事件(以下、同事件と移送前の東京簡易裁判所平成20年(少コ)第1595号サーバー保守費用請求事件及び同(ハ)第22294号損害賠償請求反訴事件をまとめて「第1事件第一審」という。)として審理され(甲23)、同事件において、被告Y2らは、原告X1の訴訟代理人を務めた。さらに、原告X1は、平成22年7月7日、被告Y2との間で、第1事件第一審の控訴審である東京高等裁判所平成22年(ネ)第4917号サーバー保守費用等請求控訴事件及び同第6759号同附帯控訴事件(以下、両事件をまとめて「第1事件控訴審」といい、第1事件第一審事件と同事件控訴審を一括して「第1事件」と表記する。甲24)について、原告X1を委任者、被告Y2を受任者とする訴訟代理契約(以下「第1事件の訴訟代理契約2」といい、第1事件の訴訟代理契約1と併せて「第1事件の訴訟代理契約」という。乙イ2)を締結し、被告Y2は、第1事件の控訴審において、原告X1の訴訟代理人を務めた。
イ 第1事件は、インターネットのウェブサイトを運営し、ビジネス用アプリケーションソフトである「○○ポイント」をポイントサイト運営希望の顧客に提供する事業を行っていたd社が、自己のウェブサイトへ出稿された広告収入により収益を得るウェブサイトの運営事業を行っていた原告X1に対し、同人とd社との間で締結された上記ソフトを利用したポイント換金サービスの提供を目的とする契約に基づき、サーバー保守費用15万7500円及び遅延損害金の支払を求め(以下「第1事件の本訴請求」という。)、原告X1が、d社に対し、上記契約上の義務を怠った債務不履行に基づく損害賠償として918万6195円及び遅延損害金の支払を求め(以下「第1事件の反訴請求」という。)た事案であり、東京地方裁判所は、平成22年6月28日、第1事件の本訴請求を棄却し、第1事件の反訴請求のうち、50万円及びその遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余の反訴請求を棄却する判決(以下「第1事件の第一審判決」という。)を言い渡した(甲23)。同判決について、原告X1が控訴し(東京高等裁判所平成22年(ネ)第4917号サーバー保守費用等請求控訴事件)、d社も附帯控訴した(同第6759号同附帯控訴事件)ところ、東京高等裁判所は、平成24年1月26日、原告X1の控訴を棄却し、上記附帯控訴により、原判決である第1事件の第一審判決を変更して、第1事件の反訴請求を棄却し、同事件の本訴請求のうち、9万1451円及びその遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余の本訴請求を棄却する判決(以下「第1事件の控訴審判決」という。)を言い渡した(甲24)。原告X1は、上記第1事件の控訴審判決について上告及び上告受理の申立てをしたが、最高裁判所は、平成25年3月21日、上告を棄却するとともに、上告受理申立てを受理しない旨の決定をした(甲25)。
(4)ア c社は、平成22年8月13日、被告Y2との間で、同社がe株式会社(以下「e社」という。)及びA(以下「A」という)に対する損害賠償請求事件について、c社を委任者、被告Y2を受任者とする訴訟代理契約(以下「第2事件の訴訟代理契約」という。)を締結し(乙イ3)、平成23年8月1日、e社及びAに対する東京地方裁判所平成23年(ワ)第25425号損害賠償請求事件(以下「第2事件」という。)を提起し(甲16)、被告Y2は、第2事件の受訴裁判所に訴訟代理人を解任されたことを連絡した平成24年11月6日まで、同事件におけるc社の訴訟代理人を務めた(甲20)。
イ 第2事件においてc社を訴訟承継した原告会社は、平成24年11月5日、被告Y2に対し、第2事件の訴訟代理契約を解除する意思表示をした(乙イ6)。
ウ 第2事件は、前記(3)イのウェブサイトを運営していたc社及び同社を吸収合併しその権利義務を承継した原告会社が、c社との間でSEOサービス契約を締結していたf株式会社(以下「f社」という。)の権利義務を承継したe社及びc社の元従業員であり、原告会社に上記ウェブサイトを譲渡した有限会社g(以下「g社」という。)の取締役に就任したAに対し、上記SEOサービス契約上の義務違反の債務不履行又は詐欺等の不法行為の損害賠償請求権に基づき、628万2795円及び遅延損害金の連帯支払を、Aに対し、労働契約上の義務に違反した債務不履行又は背任の不法行為の損害賠償請求権に基づき、191万1337円及び遅延損害金の支払を求めた事案であり(甲16、甲26)、東京地方裁判所は、平成25年4月17日、上記請求のうち、e社及びAに対する29万6697円及びその遅延損害金の連帯支払を求める部分を認容し、その余の請求を棄却する判決(以下「第2事件の第一審判決」という。)を言い渡した(甲26)。原告会社は、第2事件の第一審判決について控訴し、控訴審において、e社及びAに対する請求を2278万2795円及び遅延損害金の連帯支払を求める請求に拡張し、さらに、Aに対する請求について、従前の191万1337円及び遅延損害金の支払を求める請求を主位的請求とした上で、同人に対する1万2903円及び遅延損害金の支払を求める請求を予備的請求として追加した。東京高等裁判所は、平成25年10月2日、第2事件の第一審判決を変更し、e社及びAに対する請求のうち、38万6481円及びその遅延損害金の連帯支払を求める部分を認容し、その余の請求を棄却し、Aに対する予備的請求のうち、1万円及びその遅延損害金の支払を求める部分を認容し、同人に対する主位的請求及びその余の予備的請求をいずれも棄却する旨の判決(以下「第2事件の控訴審判決」という。)を言い渡した(甲5)。
(5)ア d社は、平成26年7月17日頃、東京簡易裁判所に対し、原告X1を被告とする同裁判所平成26年(ハ)第20054号損害賠償請求事件(以下「第3事件」という。)を提起した(甲6、甲33)。
イ 第3事件は、第1事件の本訴原告・反訴被告であったd社が、第1事件本訴被告・反訴被告であった原告X1に対し、民事訴訟法260条1項及び2項の損害賠償請求権に基づき、仮執行宣言の付された第1事件の第一審判決に基づいて同人がd社から回収した8万9991円及び遅延損害金の支払を求めた事案であり、東京簡易裁判所は、上記請求を全部認容する判決(以下「第3事件の判決」という。)を言い渡した(甲6、33)。同判決について、原告X1は、控訴したが、東京地方裁判所は、平成27年4月21日、控訴棄却の判決を言い渡した(甲33)。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 第1事件における被告Y2らの弁護過誤の有無(争点1)
【原告の主張】
ア 被告Y2らは、第1事件において、次のとおり、弁護士である訴訟代理人として期待される訴訟代理契約上の義務を怠り、原告X1の意見を退け、独自の見解に固執して法解釈を誤った結果、同事件について敗訴したものであるから、原告X1に対し、訴訟代理契約上の義務を怠った債務不履行及び原告X1の訴権侵害の不法行為の損害賠償として、同人に生じた損害を賠償する責任を負う。
イ 第1事件の審理において、争点は、原告X1とd社の間で締結されたサイト構築契約における成果物の帰属及び同成果物を完成させたか否か(すなわち、債務の履行の有無)であったところ、被告Y2らは、反訴状等において上記契約を「インターネットを通じて販売する契約」などと記載し、あたかもサイトデザイン又はそのプログラムに対する「所有権」が存在し、その「所有権」の帰属先がd社なのか、あるいは原告X1なのかを争うかのように主張した。しかし、一般に、デジタルデータについては、その「所有権」を観念できず、上記契約は、非典型契約として論じられるべきであって、本来であれば、「著作権」又は「著作者人格権」の帰属ないしはその使用許諾を有する旨を主張すべきであったにもかかわらず、被告Y2らは、あたかもサイトデザインないしそのプログラムに関する契約が典型契約であるかのように論じて、実際には存在しない売買かレンタルかを争い、誤った法解釈に基づく主張を行った。第1事件は、プログラム著作権に関する訴えであるから、東京地裁の知財部及び控訴審である知財高裁で審理されるべきであったが、被告Y2らがプログラム著作権に関する主張をすることを怠り、かつ、東京地裁知財部で審理すべき旨の主張もしなかったため、東京地裁知財部で審理されず、原告X1は、専門的な審理を受ける機会を失った。そして、第1事件が東京地裁知財部及び知財高裁で審理されていれば、同事件の審理の結果は変わった可能性があったし、仮に、東京地裁知財部及び知財高裁で審理された場合の結果が変わらなかったとしても、被告Y2らにおいて適切な主張をしなかったため、原告X1が、実質的な審理を受ける機会を奪われたことに変わりはなく、被告Y2らの債務不履行が認められる。
ウ また、原告X1は、サイト成果物が正常に可動していたかどうかの点について、成果物の可動を確認することによって初めて債務の履行が完了する旨主張しようとしたところ、被告Y2は、債務不履行があったことについては債権者側に主張責任がある旨主張し、原告のX1の上記主張を採用しなかった。しかし、ソフトウェア開発請負契約において、注文者であるユーザーの側にソフトウェアの検収義務が負わされているのは、商法562条と同じ趣旨(取引の安全と迅速性を目的とする)から慣行化されたものであって、サイト開発注文者である原告X1にはソフトウェアの検収義務があり、その反対解釈として、原告X1がd社からソフトウェアの完成の連絡を受けていなかった以上、同社の債務の履行がなかったといえる。原告X1は、「Yahoo!知恵袋」で第三者の意見を求めるなどした上で、被告Y2に対し、この点について再三に渡って質問したが、被告Y2は、自らの誤った独自の会社に固執したため、最終的に、原告X1は、被告Y2の意見に従わざるを得ず、結果として、第1事件について敗訴した。
【被告Y3の認否及び主張】
ア 原告X1の主張アは、否認及び争う。
イ 原告X1の主張イのうち、第1事件の争点が、契約の性質が売買かレンタルかという点であったこと、被告Y2らが、プログラムの著作権に関する主張をしなかったこと、及び、東京地裁知財専門部で審理すべきとの主張をしていないことは認め、その余は、否認及び争う。被告Y2らは、原告の主張するような主張をしていない。
ウ 原告X1の主張ウは、否認及び争う。
【被告Y2の認否及び主張】
ア 原告X1の主張アは、否認及び争う。第1事件の訴訟代理契約は、委任契約であるから、委任者である被告Y2は、弁護士として受任した事務を誠実に処理する義務を負うものの、生じる結果について責任を負わない。そして、被告Y2は、第1事件において、原告X1から事情を聴取し、同人から提供された証拠から判明する事実に基づいて同人の言い分を整理して法的に構成し、各主張書面(訴状、答弁書及び準備書面)を作成した上、裁判所へ提出する前に上記書面及び書証の内容を原告X1に伝え、同人の了承を得ており、委任契約上の義務である誠実処理義務を履行したものであるから、原告X1に対する義務違反はなく、債務不履行及び不法行為の責任を負う理由はない。
イ 原告X1の主張イについて、第1事件は、原告X1の主張するような「著作権」や「著作人格権」が争いになった事案ではなく、同事件の第一審判決及び控訴審判決で示された争点も、d社の「ソフトを利用したポイント換金サービスが正常に機能し」、原告X1が自らの「サイトの会員を集め得たのか」という点であった。したがって、第1事件において、被告Y2が、「著作権」及び「著作人格権」を主張せず、東京地裁知財部での審理を求めなかったことについて、何ら問題はなく、債務不履行となるものでもない。
ウ 原告X1の主張ウは、否認及び争う。同原告が指摘するメール(甲32)は、被告Y2に対する質問(乙イ5)の回答であり、被告Y2は、原告X1から、同人の主張している内容を主張するよう指示されたことはなく、自説に固執してその指示に反して主張した事実もない。
(2) 第2事件における被告Y2の弁護過誤の有無(争点2)
【原告会社の主張】
ア c社は、平成20年8月頃、e社、g社及びAの不法行為により損害を被り、平成21年8月7日、被告Y2に対し、報酬5万円を支払い、e社に対する内容証明郵便の作成及び示談交渉を依頼した。しかし、e社が上記交渉に応じなかったことから、原告X1は、被告Y2に対し、e社に対する訴訟提起を依頼することとし、平成22年7月14日、同人から着手金の見積もり及び同年中に訴訟提起の方向で検討する旨の連絡を受け、同年8月18日、同人に対し、着手金50万円を支払い、さらに、平成23年5月17日、被告Y2から、当事者が増え、訴額が増え、論点が増えることを理由に追加の着手金28万円の支払を求められ、やむなく、同年6月6日、同人に対し、28万円を支払った。その後、被告Y2は、原告会社から、訴訟提起が8月2日以降になると平成20年8月2日までに生じた損害について消滅時効が主張される可能性があるため、その前に訴訟を提起するよう再三に渡って求められ、消滅時効完成直前の平成23年8月1日にようやく第2事件の訴訟を提起した。その際、原告会社は、当初e社及びg社との取引で直接的に被った損害だけでなく、間接的に被った損害(逸失利益)についても請求することを希望したが、被告Y2は、消滅時効完成直前まで訴訟代理契約上の債務を履行せず、「時間がない」なとど主張したため、原告会社の希望した上記請求をなし得なくなった。このように、被告Y2は、原告会社から第2事件の訴訟提起日の約2年前に示談交渉を依頼され、約1年前には訴訟提起を依頼されていたにもかかわらず、訴訟の準備を放置し、同事件の訴訟提起を遅滞し、そのため、原告会社は、不完全な状態で訴訟提起をせざるを得なくなり、十分な訴訟提起を行う機会を逸した。
イ また、被告Y2は、第2事件の第一審において、準備書面を作成するなどの訴訟活動を行ったが、同事件第一審の口頭弁論終結後に行われた、原告会社の代表者である原告X1が同席した和解期日において、担当裁判官から「原告会社に損害が生じたことはわかるが、どうしてe社やAに損害賠償を求めることができるのかという法的根拠がわからない」と言われ、このままでは原告会社の請求が棄却される可能性が高いことを示唆されたが、追加の主張立証を行おうとした原告会社に対し、「裁判官の心証が悪くなる」などと主張して同社が新たな主張立証を行うことを制止した。原告X1は、当時、既に第1事件の第一審で敗訴していたため、被告Y2の訴訟代理人としての能力に対して不信感を抱いていたものの、同人から強硬に主張されたため、やむを得ずその指示に従わざるを得なかった。その後、裁判官が交代し、弁論更新のために弁論が再開されることになり、原告会社は、上記和解期日における裁判官の発言により敗訴を示唆されたことから更なる主張立証をすることを望んだが、被告Y2が、新たな主張立証をしないという同人の方針を変えなかったため、同人を解任し、本人訴訟に切り替えた。その際、被告Y2は、「次回の期日では裁判官の交代に伴う弁論の更新という事務手続のみが行われ、新たな主張立証が許されない可能性」があると述べ、裁判所書記官からも「一度弁論が終結した以上、準備書面の陳述が認められる可能性はほとんどないと裁判官が主張している」と告げられたが、原告会社がきちんとした主張立証を行ったところ、提出した準備書面の陳述が認められ、実質的に弁論が再開され、口頭弁論期日の続行期日が指定された。これらの事実は、被告Y2の訴訟の見通しの甘さを示すのみならず、同人の作成した準備書面の内容が、訴訟の素人である原告会社が作成した準備書面よりも劣っていたことを示すものであり、原告会社が自ら作成した準備書面をそのまま提出しただけで勝訴できる状況であったにもかかわらず、そのような作業を怠った被告Y2については、訴訟代理契約上の義務を怠った債務不履行があり、かつ、合理的な理由もなく、原告会社が新たな準備書面を提出することを阻止しようとした行為も、同様に債務不履行である。
ウ 原告会社は、自らが作成した準備書面によって、第2事件の第一審判決において、請求の一部を認容されたが、他の請求部分については、原告会社の支払と第2事件の被告らの不法行為との因果関係が不明であるとして、請求を棄却された。しかし、上記判決で指摘された上記敗訴部分について、原告会社は、被告Y2に対し、同社が支払った請求書の資料を渡していたものの、同人がそれらを提出しなかったため、請求が棄却されたのであり、原告会社が、第2事件の控訴審において、当該資料を提出したところ、上記部分の一部が認容された。このように、被告Y2は、裁判所に証拠として提出すべき書証を提出しなかったという訴訟代理契約上の義務を怠った債務不履行があった。
エ 原告会社は、g社との間で、ウェブサイトの権利譲渡契約を締結していたところ、同社が、原告会社の債務不履行を主張し、同契約を解除した。その後、原告会社の従業員であったAがg社の取締役に就任していることが判明したため、原告会社は、上記契約で生じた損害をg社ないしAに対して負担させるべく、Aに対する第2事件を提起した。その際、被告Y2が、原告会社に対し、g社を第2事件の被告に含めなくても含めても原告会社の得られる利益は同じであり、むしろ当事者が増えるだけ時間がかかるデメリットがあると主張したため、原告会社は、g社に対する訴訟提起を見送ったが、第2事件の控訴審の和解期日において、原告X1は、担当裁判官から、Aではなくg社に対して訴訟を提起すべきであって、原告会社の当事者選定が誤っていたことを指摘され、実際にもAに対する請求は認められなかった。このように、被告Y2は、第2事件において、当初の着手金に加えて、当事者が増加することに対する追加の着手金を受領していたのであるから、原告会社に対し、適切な助言をする義務を負っていたにもかかわらず、事件の見通しを誤って適切な助言をせず、そのため、原告会社は、上記請求部分について実質的な審理を受ける機会を失うという損害を被ったものであり、被告Y2は、原告会社に対し、上記損害について訴訟代理契約に基づく債務不履行責任を負う。また、被告Y2の上記行為は、原告会社の当初の方針であったg社に対する請求を行えば、勝訴することができたにもかかわらず、見当外れな事件の見通しを主張して、積極的に原告会社の利益を得る機会を奪ったものであるから、被告Y2は、同社に対し、弁護過誤の不法行為責任も負う。
【被告Y2の認否及び主張】
ア 原告会社の主張アのうち、被告Y2が、原告会社から、e社に対する内容証明郵便の作成及び発送、同社及びAに対する第2事件の訴訟代理を受任したこと、第2事件の訴訟提起が、平成23年8月1日であったことは認め、被告Y2が、第2事件の処理を放置し、そのため不完全な状態で訴訟提起したとの点は、否認及び争う。
被告Y2は、原告会社からe社及びAに対する損害賠償請求に係る弁護士報酬の見積もりを依頼され、複数回の協議を行い、報酬額の見積もりを示すなどしたが、その時点では、原告会社も被告Y2とも、e社とAに対する請求を同一手続で行う発想はなかった。その後、被告Y2は、平成21年5月18日に原告会社からe社に対する損害賠償を求める内証証明郵便の発送を依頼され、同年8月7日に着手金の支払を受け、複数回の原告X1からの事情聴取を実施し、メールをやり取りをして文案を作成した上、同年10月28日、原告会社の代理人として、e社に対して損害賠償を求める内容証明郵便を発送した。これに対して、e社は、同年11月6日、任意の損害賠償の支払を拒絶したが、原告会社は、e社に対する訴訟提起を正式に決定せず、平成22年4月25日に被告Y2が原告X1に対して「訴え提起するかどうかご検討お願いします」と連絡したところ、同人から「訴訟提起の方向でお願いします」との回答を受けた。その後、被告Y2は、e社に対する訴訟提起の準備のために原告X1からの事情聴取や同人とのメールのやり取りを行い、同年7月14日、原告会社に対し、訴訟の見積もりと見通しを説明し、その際、e社のシステムの稼働の有無等の困難な主張立証を要する事案であること、同月12日に控訴した第1事件の控訴審の控訴理由書の作成も並行して行う必要があることから訴状のドラフト作成に平成22年いっぱいかかる可能性があることを伝えたところ、同年8月13日に原告X1はこれを了承し、被告Y2に対し、第2事件の訴訟代理を委任した。この合意に基づいて、被告Y2は、同年12月3日にe社に対する訴状の第1稿を作成し、原告X1に送付したところ、同月28日、同人から上記訴状のドラフトについて大幅な変更を求められたため、同人の要望を反映したドラフトの再修正作業を行い、平成23年1月25日、第2稿を原告X1に送付し、さらに、同人の複数回の要望や質問にも対応したが、同年3月3日、原告X1からe社と併せてAに対する訴訟提起を要望された。それまで、原告X1と被告Y2は、Aに対し、e社に対する訴訟とは別に訴訟を提起するかどうか議論していたが、そのときに初めて第2事件で共同被告とすることが検討された。そして、その直後に東日本大震災が発生したが、被告Y2は、被告にAを加えた訴状のドラフトの修正作業を進め、原告会社に対し、同年4月22日に訴状第3ドラフトを送付し、同年5月24日に第4のドラフトを送付した。被告Y2は、その後も原告X1と協議を重ね、訴状案も固まってきたことから、同年6月1日、Aを被告に加えることの追加報酬を28万円で見積提案し、同月6日に同人から支払を受け、同日以降も、同人との間で詰めのやり取りを行い、訴状に同人の考えを反映して修正する作業を繰り返し、同年8月1日に第2事件の訴状を裁判所に提出し、同事件の訴訟を提起した。このように、被告Y2は、原告会社のe社及びAに対する対応について、途切れることなく継続的に事情聴取、質問への回答、メールのやり取り、打ち合わせ及び訴状の作成並びにその修正作業等を行っていたのであり、原告の主張するように、事件を最後まで放置し、不完全な状態で訴訟提起を行った事実はまったくなかった。
イ 原告会社の主張イのうち、第1事件の第一審の口頭弁論終結後に和解期日が設けられ、同期日に原告X1及び被告Y2が出席したこと、その後、同事件の口頭弁論が再開されたこと、被告会社が、被告Y2を訴訟代理人から解任したことは認め、その余の点は、いずれも否認及び争う。
まず、上記和解期日では、裁判官は、「相当因果関係に障害がある。何かあったらしいことは書けるが、強く推認できない。40万円~50万円の和解に乗った方がよいのではないか」と述べたところ、原告X1がこの和解の勧めを拒絶したのであり、原告会社の主張するようなやり取りではなかった。また、被告Y2は、第2事件の訴訟代理を受任してから解任通知を受けるまで、原告X1に対し、裁判所に提出する書面の内容、証拠の種別及び期日対応方針等の内容について承諾を得て、訴訟活動を行っていたものであり、原告会社が被告Y2に送付した解任通知においても、同社と被告Y2の主張立証方針が相反するという記載は一切なく、両者の間で主張立証の方針について対立が生じたことはなかった。また、第2事件では、当初予定された判決言渡期日が一度変更された後、被告Y2は、裁判所書記官から「結審した後であるが、担当の裁判官が書いていない状態で別の裁判官に交代することになったため、弁論を再開し、弁論を更新するための期日を1回入れる必要が生じた」旨の電話連絡を受け、さらに「電話でもお伝えしましたとおり、本件について、弁論の更新をしなければならなくなり、たいへんご迷惑をおかけいたします」と記載された期日調整通知が贈られてきたことから、原告会社に対し、裁判所からの上記連絡内容を伝え、「あと1回入る期日は、内容には踏み込まない、手続きのためだけのものと思われます。」という一般的な見通しを説明するメールを送信した。被告Y2が原告会社に送信した上記メールの内容は、民事訴訟における一般的な考え方に基づくものであって、何ら誠実処理義務に違反するものではない。さらに、後記ウのとおり、第2事件の控訴審で認容された部分は、同事件の第一審で被告Y2が準備書面等で主張していたものであるから、被告Y2の行った訴訟活動が原告会社の本人訴訟での活動よりも、稚拙であるとか劣っていたといえないことは明らかである。
ウ 原告会社の主張ウについては、否認及び争う。
第2事件の控訴審で認容された部分は、同事件の第一審で被告Y2が準備書面等で主張していた部分であり、原告会社が本人訴訟に切り替えた後に行った新たな主張部分が認容されたわけではない。したがって、同事件の控訴審判決で勝訴した原因は、原告会社が新たに作成した準備書面又は証拠資料の提出によるものではなく、被告Y2の作成した訴状及び準備書面が原告会社の作成したものより劣っていたなどといえないことは明らかである。
エ 原告会社の主張エについては、否認及び争う。
被告Y2が原告会社から受任したのは、e社及びAに対する損害賠償請求訴訟を提起することであり、g社に対する訴訟を受任した事実はなく、被告Y2は、原告会社から、e社やAに対する訴訟の弁護士報酬の見積もりを依頼されたが、g社に対する見積もりを依頼されたことはなかった。被告Y2が原告会社から受けた依頼は、共同被告としてe社とともにAに訴訟提起することであり、原告会社が被告Y2に対して追加費用として支払った28万円は、Aに対する訴訟提起をすることの対価であって、「g社ないしAに対する訴訟提起」をすることの対価ではなかった。したがって、被告Y2が依頼を受けていないg社を第2事件の被告に加えなかったことは、何ら委任契約上の誠実処理義務に違反するものではなく、訴訟代理契約の債務不履行又は弁護過度となるものではない。
(3) 被告Y1が、第1事件及び第2事件における被告Y2らの行った弁護活動について、商法14条の名板貸の責任を負うか(争点3)
【原告らの主張】
被告Y1は、営利の目的で、「a法律事務所」という屋号で法律事務所を経営し弁護士業務という事業を行っているものであるから、商法上の商人に当たる。そして、被告Y1は、被告Y2らに対し、「a法律事務所」なる屋号の使用を許諾した上、そのことをホームページで広く公開し、被告Y2らも、裁判所に提出した訴訟委任状等において、「a法律事務所」所属の弁護士であることを表示していたものであり、原告らは、この表示を信頼して被告Y2らとの間で、第1事件及び第2事件の各訴訟代理契約を締結した。したがって、被告Y1は、原告らに対し、被告Y2らの行った前記(1)及び(2)の営業行為によって生じた各債務不履行及び不法行為上の各債務について商法14条の名板貸しの責任を負う。
【被告Y1の主張】
原告らの主張は、否認及び争う。被告Y1は、弁護士であり、営利を目的とする商行為を行う商人ではない。また、弁護士法上、全ての弁護士は、日本弁護士連合会及び単位弁護士会に加入した上、いずれかの法律事務所に所属することが義務付けられているところ、第1事件及び第2事件の各訴訟代理契約を締結するに際し、被告Y2ら又は被告Y2が、弁護士の肩書きに加えて「a法律事務所」を記載したのは、その所属事務所を明記することによって連絡先を明らかにするためであり、被告Y1の商号を使用して営業又は事業を行った事実はない。さらに、原告らは、被告Y2らと面談の上、同人らとの間で、直接第1事件及び第2事件の各訴訟代理契約を締結したものであり、「a法律事務所」との表示を信頼して契約を締結していない。したがって、原告らの主張する被告Y2らの債務について、被告Y1が商法14条の名板貸しの責任を負う理由はない。
(4) 原告らの損害(争点4)
【原告らの主張】
ア 第1事件における原告X1の損害
(ア) 第1事件において、被告Y2らの行った訴訟活動は、原告X1の勝訴に結びつくものではなく、むしろ妨害したとさえいえるものであった。したがって、原告X1に対し、被告らは、平成20年12月21日までに被告Y2らが受領した第1事件の第一審の弁護士費用51万6400円(訴訟費用を含む)を、被告Y2及び被告Y1は、平成22年7月9日に被告Y2が受領した同事件の控訴審の弁護士費用55万5515円及び同年9月7日に受領した同控訴審の差額精算分6230円を返還する義務を負う。
(イ) また、原告X1は、第1事件の事件記録謄写費用として、平成26年10月9日、司法協会に対し、5万8640円を支払ったが、これも、被告Y2らの不法行為(弁護過誤)がなければ、支出する必要がなかったものであるから、被告らは、原告X1に対し、上記5万8640円を賠償する責任を負う。
(ウ) 第1事件において、原告X1は、d社に対し、918万6195円及びこれに対する平成20年6月17日以降の遅延損害金の支払を求めたが、被告Y2らの不適切な行動により敗訴し、反対に同社に対して9万1451円の支払義務を負うことになった。したがって、被告らは、原告に対し、927万1451円及びうち918万6195円に対する平成20年6月17日から、うち9万1451円に対する同年3月1日から、各支払済みまで年6分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
(エ) さらに、原告X1は、被告Y2らの一連の不法行為により、多大な精神的苦痛を受けており、これを慰謝するための慰謝料は、30万円が相当である。
イ 第2事件における原告会社の損害
(ア) 第2事件において、原告会社は、被告Y2に対し、平成21年8月7日に示談交渉費用5万円を、平成22年8月18日に第2事件の訴訟代理契約の対価として50万円を、平成23年6月6日に同追加費用28万円を、同年7月29日に訴訟費用(印紙代・郵券代等)として5万2480円を支払い、さらに、第2事件の控訴費用として印紙代6万5000円、郵券8080円の合計7万3080円を負担した。しかし、同事件において被告Y2の行った訴訟活動は、原告会社の勝訴に結びつくものではなく、むしろ妨害したとさえいえるものであって、到底支払った費用に見合った内容の弁護活動が行われず、かつ、無駄な訴訟費用を費やす結果となった。したがって、被告Y2及び被告Y1は、原告会社に対し、上記各金員を返還又は賠償する義務を負う。
(イ) また、原告会社は、第2事件の事件記録謄写費用として、平成26年10月9日、司法協会に対し、1万8320円を支払ったが、これも、被告Y2の不法行為(弁護過誤)がなければ、支出する必要がなかったものであるから、被告Y2及び被告Y1は、原告会社に対し、上記1万8320円を賠償する責任を負う。
(ウ) 原告会社は、第2事件の控訴審の和解期日において、裁判官から「和解に応じないで判決に至れば、裁判所は、和解金額よりも低い金額を提示することになる」と示唆されたが、和解してしまうと、裁判所の最終判断が判らなくなるため、原告会社は、裁判官の上記申出を断らざるを得なかった。また、第2事件の第一審において、原告会社控訴審で行ったのと同水準の訴訟活動をしていれば、第一審において控訴審判決の認容額と同額を得ることができ、その場合に控訴審でさらに有利な和解条件を引き出すことができたはずである。このように、被告Y2が適切な訴訟活動をしていれば、控訴審で有利な和解をすることができたにもかかわらず、同人の債務不履行による第一審の不十分な主張立証のため、控訴審でも不利な訴訟展開を余儀なくされ、原告会社に損害が生じた。すなわち、仮に、原告会社が当初から本人訴訟を行い、訴訟を有利に進めて控訴審で和解に応じていれば、判決よりも100万円程度高い内容で和解することができたと考えられるから、この逸失利益100万円は、被告Y2の債務不履行による損害といえる。したがって、被告Y2及び被告Y1は、原告会社に対し、上記100万円及びこれに対する平成25年10月2日以降の遅延損害金の支払義務を負う。
(エ) 第2事件において、原告会社は、Aに対し、191万1337円(ウェブサイトの売買代金157万5000円及び同サイトの売却に当たり金融機関から融資を受けた利息等33万6623円の合計)の支払を求めたが、裁判所によれば、当該請求はAに対してではなく、g社に対して請求すべきものであった。そして、原告会社は、被告Y2の誤った見解により、同社に対する請求を行わず、実質的に審理を受ける機会を失い、上記金額を得ることができなかった。したがって、原告会社の上記損失は、被告Y2の債務不履行に起因する損害であり、被告Y2及び被告Y1は、原告会社に対し、191万1337円及びこれに対する平成20年9月30日以降の遅延損害金を支払う義務を負う。
ウ 第3事件における原告X1の損害
原告X1は、第3事件の判決において、d社に対する8万9991円及びうち2万4809円に対する平成22年9月30日から、うち6万円に対する同年10月13日から、うち5182円に対する同年12月14日から各支払済みまで年6分の割合による金員の支払を命じられた。これは、第1事件の原告X1の敗訴により生じた債務であり、被告Y2らの弁護過誤がなければ、原告X1が負担することのなかったものである。したがって、被告らは、原告X1に対し、同額の支払義務を負う。
エ その他の原告らの損害
原告らは、第1事件、第2事件及び第3事件の各訴訟において、相応の労力を要したが、これらは、被告Y2らが適切な訴訟活動を行っていれば、行う必要がなかったものであり、同人らの弁護過誤の結果、原告らは、同じ事案について再三の対応を余儀なくされ、本来不要なはずの余計な事務作業を行わざるをなかった。これらの原告らの労力を金銭で換算すると、400万円が相当であり、被告らは、原告らに対し、同額の損害賠償義務を負う。
【被告らの主張】
原告らの主張のうち、原告らにおいて弁護士費用及び訴訟費用(印紙・郵券代)を支出したことは認め、それらが原告の損害であることは争い、その余は、いずれも否認及び争う。
なお、第3事件は、原告X1が、第1事件の第一審判決で認容された部分をd社から取り立てたところ、同事件の控訴審判決で判断が覆ったため、その返還を命じられたという訴訟であるところ、被告Y2は、第1事件の第一審判決の執行を受任しておらず、原告X1が自ら同判決を執行し、かつ、同事件の控訴審判決後も返還を拒んだために訴訟を提起されたのであり、被告Y2が、第3事件について債務不履行又は弁護過誤の責任を負う理由はない。
第3 争点に対する判断
1(1) 一般に、依頼者と弁護士との間で訴訟代理に関して締結される契約の法的性質は、委任契約(民法643条)又は準委任契約(同656条)であると解されている。したがって、訴訟代理人に就任した弁護士は、依頼者である当事者本人に対し、善良なる管理者の注意をもって、訴訟代理を委任された事件を処理する義務(善管注意義務)を負い(同644条)、訴訟活動を行うに当たり、依頼者である当事者本人の権利及び利益を守るため、同人から事情を聴取して、その言い分を分析し法的に構成した上で、それに関連する証拠を収集・吟味して依頼者の主張を裏付ける証拠を提出し、さらに、主張及び証拠を提出するに際しては、法律の専門家として法律的な観点から依頼者である当事者本人に助言又は意見を述べることが求められるが、法律の専門家として訴訟活動を行うに当たり、依頼者の意思に反しない限り一定の裁量判断が認められるほか、訴訟の結果を請け負うものではなく、受任した事件で敗訴判決を受けたとしても当然にその責任を負うことはない。以上を前提に、本件では、第1事件及び第2事件における被告Y2らの行為が、上記善管注意義務違反に当たるかどうかいう観点から、その適否を検討する。
(2) 第1事件における被告Y2らの弁護過誤の有無(争点1)について
ア 原告は、第1事件における被告Y2らの訴訟活動について、①第1事件の争点として、原告X1とd社との契約が、プログラムの売買かレンタルかという誤った主張を行い、本来争点とすべきプログラム「著作権」又は「著作人格権」を主張せず、かつ、東京地裁の知財部及び東京高裁の知財高裁で審理するよう求めなかったため、原告X1に専門的な審理を受ける機会を失わせ、そのため敗訴した可能性がある、②サイト成果物が正常に可動したかどうかという争点について、原告会社は、成果物の可動を確認することによって債務の履行が完了するのであり、同社がd社から、その旨の連絡を受けていなかった以上、債務が履行されたとはいえない旨主張したところ、債務不履行については、債務権者側に主張立証責任がある旨の誤った見解に固執したため、第1事件で敗訴した旨主張するので、以下検討する。
イ まず、上記①の点について、前記前提事実及び証拠(甲4、甲7、甲8、甲23、甲24、乙イ4)を総合すると、第1事件は、d社と原告X1が、ビジネス用アプリケーションソフトウェアである「○○ポイント」(以下「本件ソフト」という。)及び本件ソフトを使用したポイント換金サービスの提供等を内容とする、平成19年4月25日付け基本契約書(甲7)に係る契約(以下「本件契約1」という。)を締結し、平成20年1月18日に同契約を合意解除したところ、d社が、同契約所定のサーバー保守費用は月の途中で解約しても1か月分かかり、原告X1もそれを了承しているとして、同人に対し、解約月のサーバー保守費用の支払を請求し(第1事件の本訴請求)、原告X1が、上記合意を否定するとともに、d社に対し、本件契約1に基づく義務の履行を怠った債務不履行を主張して、損害賠償を求めた(第1事件の反訴請求)という事案であり、同事件の争点は、A 第1事件の契約1が月の途中で解約された場合に、原告X1が解約日以降月末までのサーバー保守費用を負担すべきか、B 本件契約1が、売買かレンタルか、及び、原告X1とd社との間で締結された「AFPクライアント契約」(以下「本件契約2」という。)が、本件契約1と別契約かどうか、C d社の債務不履行の有無(a サイトの運営開始時期の遅滞の有無、b 原告X1のウェブサイトと他のウェブサイトを連動させる義務の有無及びその履行の有無、c 広告主紹介義務の有無及びその履行の有無、d 原告X1のウェブサイトのための「タグ」の設定義務の有無及び履行の有無、e 「アカウント」を使用させる義務の有無及び履行の有無、f 原告X1の承諾を得ないで事業譲渡しない義務の有無、g 「携帯キャリアとの折衝業務等全般」を履行する義務の有無、h ポイントサイト運営代行サービスの提供義務の有無、i 本件ソフトの引渡義務の有無、j 担当者を交代させない義務及び説明義務等の有無)、D 原告の損害、であったこと、上記Bの点について、原告X1は、本件契約1は、本件ソフトの売買であり、同契約2は、同契約1と別個の契約ではなく、オプションサービスの申込みとその提供にすぎないと主張し、d社は、第1事件の契約1は、ソフトのレンタルで有り、同契約2は、同契約1とは別個の契約である旨主張したところ、第1事件の第一審判決及び控訴審判決では、本件契約1について、本件ソフトの売買ではなく、レンタルした同ソフトウェアを利用したサービスの提供を目的とする契約であり、本件契約2は、本件契約1とは別個の契約であるものの、同契約がサービス提供の基本契約であり、本件契約2は、個別のサービスの提供について基本契約である本件契約1を補充する関係にあるものと認定され、さらに、第1事件の第一審判決では、第1事件の本訴請求に係る争点である上記Aにかかるd社の主張を認めず、第1事件の反訴請求に係る争点である上記Cの点について、eの義務の履行遅滞、f及びjの説明義務違反の債務不履行を認定した上、上記Dの点につき、e及びfの債務不履行と原告X1が主張した損害との間の相当因果関係を否定したが、jの説明義務違反により、原告X1が無駄な時間を費やしたとして、民事訴訟法248条により損害を50万円と認定されたが、第1事件の控訴審判決では、上記Aの点につき、d社がサーバー保守等のサービスを実際に終了するまでの期間の日割計算によるサーバー保守費用9万1451円が認められるとともに、第1事件の第一審判決で認められた上記C及びDの認定が変更され、第1事件の反訴請求が棄却されたこと、がそれぞれ認められる。上記事実に照らせば、第1事件は、原告X1が主張する本件ソフトのプログラム「著作権」又は「著作人格権」が問題となるような事案ではなく、それらを争点とすることは、通常考え難いこと、第1事件の審理中、原告X1が、被告Y2らに対し、本件ソフトのプログラム「著作権」又は「著作人格権」に関する主張をすることを求めたり、第1事件を知財部で審理することを求める旨上申をすることを要望した事実を認めるに足りる証拠はないことに鑑みれば、被告Y2らにおいて、本件契約1の対象である本件ソフトのプログラム「著作権」又は「著作人格権」に関する主張をせず、第1事件を東京地裁知財部で審理するよう求めなかったことが、弁護士である訴訟代理人が負う委任契約上の善管注意義務に違反しないことは明らかである。したがって、この点に関する原告X1の主張は、採用できない。
ウ 次に、前記②の点について、証拠(甲32、乙イ5)によれば、原告X1が、平成23年9月4日、被告Y2に対し、債務不履行の立証責任について、債務の内容については賠償を請求する側、債務の履行については債務者側が立証を負うから、第1事件で争点となっているタグの設置については、タグを正常に設置し(テストを成功させる)、広告配信を開始したこにとについての立証責任は、d社側が負うのではないかという見解、及び、②新たに不法行為の主張をすることの是非を検討されたい旨のメールを送信したところ、被告Y2は、同月30日、原告X1に対し、「民事訴訟の立証責任というのは、「その事実を裁判官が真偽不明と考えた場合に立証責任を負う側に不利に判断する」という概念であり、債務不履行の立証責任は、「債務不履行があったこと」→債権者側に立証責任「債務不履行について帰責事由(故意・過失)がないこと」→債務者側に立証責任となっています。従って、本件であれば、dが提供すべきサービスを提供しなかった→当方の立証責任 dが提供すべきサービスを提供しなかったことについて落ち度がなかった→相手方の立証責任 となります。従って、債務者であるdが「タグを正常に設置しなかった」「配信をしなかった」「稼働をさせなかった」という「債務不履行」があったという点は、当方が立証責任を負う事項です。」、不法行為責任を追加主張する点について、相手の陳述書だけで不法行為とするのは無理があり、第2審の審理が大詰めとなっている段階で、法律構成を根本的に代えるのは、裁判所に与える心証が悪くなるため、お薦めできないことを内容とするメールを送信したことが認められる。原告X1は、被告Y2が、独自の誤った見解に固執し、原告X1の求めた主張をしなかったため、第1事件に敗訴した旨主張するが、被告Y2が送信した上記メールは、原告X1からの質問及び提案に対する回答であり、それをもって、被告Y2が、独自の見解に固執し、原告X1の求めた主張を行わなかったとは認められないし、内容的も、弁護士として、明らかに法律上誤った見解を述べているとも言えない。さらに言えば、第1事件の第一審判決及び控訴審判決のいずれにおいても、上記メールで問題となっているタグの設置の点については、証拠に基づく事実認定がされており、立証責任による判断をしてなかったこと(甲23の35、甲24の7、甲24の8)に鑑みれば、仮に、立証責任の所在についての被告Y2の見解が誤っていたとしても、それが原因で、第1事件で敗訴したものでなかったことは明らかである。したがって、原告X1の前記主張も採用できない。
エ その他、第1事件における被告Y2らの行為について、委任契約上の善管注意義務違反又は不法行為を構成する弁護過誤があったことを認めるに足りる証拠はない。
(3) 第2事件における被告Y2の弁護過誤の有無(争点2)について
ア 原告会社は、第2事件において、①被告Y2は、訴訟の準備を放置して同事件の訴訟提起を遅滞し、e社及びAに対する請求権の消滅時効期間満了直前の平成23年8月1日に第2事件の訴訟を提起したため、原告会社は、不完全な状態で訴訟提起をせざるを得なくなり、十分な訴訟提起を行う機会を逸した、②被告Y2は、第2事件の第一審の和解期日後に、担当裁判官から立証不足を指摘されたにもかかわらず、原告会社が行おうとした追加立証を制止し、裁判官の交代による弁論再開の際も、原告会社が更なる主張立証を求めたにもかかかわらず、新たな主張立証をしないという同人の方針を変えなかったため、原告会社は、やむなく被告Y2を訴訟代理人から解任し、本人訴訟に切り替えて主張立証を行ったところ、実際には、追加の主張立証が認められ、さらに、控訴審において、請求を拡張し、追加の書証を提出したところ、第一審判決よりも多額の請求額が認められたのであって、これらの事実は、被告Y2が、適切な事件の見通しを持たず、かつ、十分な訴訟活動を行わなかったことを示すものである、③第2事件の第一審判決では、原告会社が自ら作成した準備書面によって請求の一部が認容され、判決で認められなかった分についても、被告Y2が原告会社から渡されたが、提出しなかった資料を提出したところ、その一部が認容されたのであって、被告Y2は、裁判所に証拠として提出すべき書証を提出しなかった、④被告Y2は、第2事件の被告として、g社を共同被告となかったとして、これらを訴訟代理契約上の義務を怠った債務不履行又は弁護過誤の不法行為を構成する旨主張するので、以下検討する。
イ まず、上記①の点について、前記認定事実、証拠(甲12から甲16まで、甲26、甲31、甲34から甲36まで、甲38、甲41から甲48まで、乙イ9から乙イ23まで、)及び弁論の全趣旨を総合すると、c社は、平成20年9月頃、g社に対し、c社の保有していた「△△」というウェブサイト(以下「本件サイト」という。)を売却した(甲31)ところ、同年10月1日、同社から上記売買を解除され(甲36)、そのことを巡って、c社の従業員であったA及び本件サイトについてSEOサービス契約(Search Engine Opetimization・SEOサービス契約とは、SEO業者が、自らのサイトへのアクセスを増やしたいと考えている顧客の依頼を受け、一般ユーザーが特定のキーワードを検索エンジンで検索したとき、その顧客のウェブサイトが上記表示されるような手法・技術を提供するサービスを目的とする契約であり、c社とf社との間のSEOサービス契約を「本件SEO契約」という。)を締結していたf社の事業を承継したe社との間で紛争が生じていたこと(甲26、甲38、甲42、弁論の全趣旨)、c社の代表取締役であった原告X1は、上記紛争について被告Y2に相談し、弁護士費用の見積もりを依頼したところ、被告Y2は、原告X1に対し、平成21年4月3日、e社に対する内容証明発送につき5万円、訴訟になった場合の着手金40万円、成功報酬を請求認容額の12%とする内容のメール(乙イ9)を送信し、同年5月16日、上記見積もりに加えて、Aに対する費用の見積もりとして、内容証明発送につき、5万円、訴訟になった場合の着手金40万円、成功報酬を請求認容額の12%とする見積もりを作成し、さらに、訴訟になった場合の留意点等の意見を付したメール(乙イ10)を送信したところ、原告X1は、同月18日、被告Y2に対し、e社に対する内容証明発送を依頼したこと(乙イ10)、被告Y2は、同月27日頃、e社に対する内容証明のドラフトを作成し、原告X1に対し、確認事項と併せてメール(乙イ15)で送信し、原告X1は、同年8月7日、被告Y2に対し、e社に対する内証証明の報酬として5万円を支払ったこと(弁論の全趣旨)、被告Y2は、同年10月28日頃、e社に対して損害賠償を求める内証証明を発送したところ、同社は、同年11月6日頃、被告Y2に対し、上記請求に応じられない旨回答したこと(甲44)、上記e社の回答を受け、原告X1と被告Y2は、e社に対する訴訟提起を検討し(甲45、甲46、弁論の全趣旨)、被告Y2は、平成22年4月20日、原告X1に対し、e社に対する訴訟提起をする場合には、相応の準備期間を要するので、e社に対する訴訟を同年5月27日(同社に対する内容証明による催告に時効中断の効力を持たせられる最終期限)までに提起するかどうかを早急に検討して欲しい旨のメール(甲44、乙イ16)を送信し、原告X1は、同月24日、被告Y2に対し、e社に対する訴訟提起を依頼し、併せて、期日は、余裕をもって構わない旨回答したこと(乙イ17)、原告X1は、同年7月14日、被告Y2に対し、e社に対する訴訟を年内に提起することを求め、被告Y2は、同日、原告X1に対し、e社に対する訴訟提起の着手金を50万円に修正するとともに、留意点等を伝え、併せて年内に訴訟提起する方向で対応する旨のメールを送信したところ、原告X1は、被告Y2の上記申出を了承し、同年8月18日頃、被告Y2に対し、e社に対する訴訟提起の着手金50万円を支払ったこと(甲12、乙イ11、乙イ12、弁論の全趣旨)、被告Y2は、原告X1に対し、同年12月3日、e社に対する訴状のドラフト(第1稿)を送信し(乙イ18)、同月28日、上記訴状ドラフトの修正版を送信し、さらに平成23年1月25日及び同年4月22日、原告X1の意見等を反映した訴状ドラフトをそれぞれ送信したこと(乙イ19から乙イ21まで)、原告X1と被告Y2は、当初、e社に対する訴訟とは別にAに対する訴訟を提起する方向で協議していたが、原告X1は、平成23年5月17日頃、被告Y2に対し、e社に対する訴訟の共同被告として、Aに対する訴訟も提起することを提案し、これを受けた被告Y2は、原告X1に対し、同日、e社及びAに対する請求を同一の訴訟で行う場合に検討すべき事項等を伝え、併せて、その場合には、当事者及び訴額が増えること、論点が広がり複雑化することから、着手金の追加が必要になる旨のメール(甲13、乙イ22)を送信し、同年6月1日、上記追加の着手金を28万円と伝えた(甲14、乙イ13)ところ、原告X1は、上記金額を了承し(乙イ14)、同月6日、被告Y2に対し、上記28万円を支払ったこと(弁論の全趣旨)、被告Y2は、従前の訴状にAに対する請求を盛り込む作業を行い、原告X1に対し、同年7月13日、訴状の構成を示した上、確認すべき事項を伝え(乙イ23)、同月21日、e社及びAを共同被告とする第2事件の訴訟のドラフトを送信したこと(乙イ26)、その後、被告Y2は、原告X1との協議を反映させる訴状の修正作業を行い、同月27日、原告X1に対し、同年8月1日に訴状の修正版を完成させ、同月5日に訴訟を提起するとのスケジュールを示したところ、原告X1は、被告X1に対し、同月1日までに訴訟提起するよう求めたこと(甲15)、被告Y2は、同日、東京地方裁判所に対し、第2事件の訴えを提起したこと、がそれぞれ認められる。上記事実経過に照らせば、被告Y2は、c社からe社及びAとの間の紛争について相談を受けた後、c社の代表取締役である原告X1との間で、継続的に連絡を取り合って対応を協議し、同人の意向に従ってe社に対する内容証明の発送、同社に対する訴訟及び同社及びAを共同被告とする第2事件の訴訟提起の準備を進めていたことが認められ、特段訴訟提起の準備を怠ったり、事件の処理を放置したものとは認められない。原告会社は、被告Y2に対して第2事件を相談してから同事件の訴訟提起まで約2年経過し、かつ、訴訟提起が不法行為の損害賠償請求権の消滅時効完成日の前日である平成23年8月1日となったため、不完全な状態で訴訟提起をせざるを得なくなり、十分な訴訟提起を行う機会を逸した旨主張する。しかし、弁護士に委任してから訴訟を提起するまでに必要な期間は、当該弁護士の経験や知識のほか、当該事件の内容や関係当事者の数、当事者の保有する証拠の有無やその内容等の事情によって様々であり、本件では、第2事件における原告会社の請求が、インターネット上のウェブサイトを対象とするSEOサービス契約上の債務の不履行という専門的知見を要する内容を含むものであったこと、被告Y2は、平成21年頃から原告X1より相談を受け、e社に対する内証証明を行うなどしていたものの、原告X1がe社に対する訴訟提起を決定したのは平成22年4月であり、かつ、当初はe社に対する訴訟とAに対する訴訟を別々に行う予定であったところ、被告Y2がe社に対する訴状を作成し、それを修正している最中の平成23年5月時点で、原告X1が、e社とAを共同被告として同一の訴訟とすることを求め、そのため訴状の内容を大幅に変更する必要が生じたこと等の事情を考慮すれば、被告Y2による第2事件の訴訟提起が著しく遅滞したものであるとは言えないし、訴訟提起の遅れにより、第2事件における原告会社の主張又は立証に不利益が生じたことを認めるに足りる証拠もない。したがって、この点に関する原告会社の主張は、採用できない。
ウ 次に、上記②の点について、第2事件第一審の口頭弁論終結後に和解期日が設けられ、同期日に原告X1及び被告Y2が出席したこと、同期日において、担当裁判官の心証が示され、40、50万円の支払を受ける和解を勧められたが、原告X1が、和解を断ったこと、その後、被告Y2が、裁判所から連絡を受け、平成24年11月2日、原告X1に対し、「①本件の担当裁判官が判決を書く前に異動した ②判決は新しい担当裁判官が書く ③そのため、弁論を再開して弁論を更新する、という手続が必要となるので、あと1回、期日を入れる必要がある」との連絡を裁判所から受けた旨を伝え、さらに、「あと1回入る期日は、内容には踏み込まない、手続きのためだけのものとなると思われますが、裁判所、相手方と日程調整のうえ、出頭して参ります」との内容のメール(甲18、乙イ25)を送信したこと、原告X1が、被告に対し、同月5日、第2事件の原告会社の代理人を解任したことは、いずれも当事者間に争いがない。また、前記認定事実、証拠(甲19、甲21から甲22まで、甲26、甲27、乙イ7)及び弁論の全趣旨によれば、原告X1が、被告Y2を訴訟代理人から解任した際、同人に対し、平成24年6月の和解期日で40万円の和解金額が提示されたものの、立証が十分になされればさらに上積みが見込まれると考え、判決に持ち込むことを決意したこと、同年10月に第一審の判決がされる予定であったが、延期され、さらに11月に裁判官が交代するとの理由で新たな好悪等弁論期日が設けられることになり、準備書面及び書証の提出が可能となったため、本人訴訟に切り替え、準備書面を提出することを決意した旨の書面(乙イ7)を送付したところ、被告Y2は、原告X1に対し、「訴訟の進行上、いったん結審した訴訟なので、次回期日は裁判官の交代に伴う「弁論の更新」という事務的な手続が行われるのみで、新たな主張・立証が許されない可能性もある」との内容のメール(甲21、乙イ8)を送信したこと、原告X1は、再開された第2事件の第一審の口頭弁論期日(平成24年12月11日及び平成25年2月19日)に出頭し、準備書面4通及び書証を提出するなどしたこと(甲19、甲22)、第2事件の第一審判決では、原告会社のe社及びAに対する請求のうち、e社及びAに対する29万6697円及びその遅延損害金の連帯支払を求める部分が認容され、原告会社が、控訴し、e社及びAに対する請求を拡張し、Aに対する予備的請求を追加したところ、同控訴審判決では、第一審判決が一部変更され、38万6481円及びその遅延損害金の連帯支払を求める部分及びAに対する予備的請求のうち、1万円及びその遅延損害金の支払を求める部分が認容されたこと、がそれぞれ認められる。原告会社は、第2事件における和解期日において、立証不足を指摘され、請求棄却を示唆されたことから、同期日終了後及び弁論再開後に追加の主張及び立証を行おうとしたところ、被告Y2が反対したため、同人を解任した旨主張するが、上記和解期日において、裁判官から40万円の和解提案を受けていたことに照らせば、原告会社の主張及び立証の不利な点を指摘されたことがあったとしても、立証不足による請求棄却の心証開示を受けていたとは通常考え難く、また、原告会社が、和解期日後及び弁論再開後に追加の主張及び立証を行おうとしたところ、被告Y2が、それに反対したことを認めるに足りる証拠はなく、原告会社の上記主張の前提事実を認めることはできない。さらに、原告X1は、自らの判断で裁判所の和解案を断っていたこと、被告Y2が作成した第2事件の訴状(甲16)及び同人を解任し、本人訴訟に移行した後に原告会社が提出した準備書面(甲22、甲27)の各内容並びに第2事件の第一審判決(甲26)及び控訴審判決(甲5)の各内容に照らせば、上記各判決で認容されたe社及びAに対する請求は、いずれも被告Y2が解任前に主張していたものであって、原告会社の追加主張によるものではなく、また、上記控訴審判決で認容されたAに対する予備的請求は、第2事件の第一審の本人尋問におけるAの供述に基づいて行われたものであったことに照らせば、原告会社が主張するように、被告Y2が、適切な事件の見通しを持たず、かつ、十分な訴訟活動を行わなかったとは認められない。その他、原告会社の上記主張を認めるに足りる証拠はなく、同主張は採用できない。
エ 上記③の点について、証拠(甲5、甲26)によれば、第2事件の第一審判決では、同事件の争点である、A 本件SEO契約の債務不履行又は詐欺(e社が本件SEO契約締結時に説明した本件サイトへのアクセス数を増加させる義務を履行しなかった債務不履行責任、又は、同社の従業員として虚偽の上記内容を説明したAの詐欺による不法行為責任の有無)、B 競技説明による不法行為責任(虚偽の内容の説明書に基づいてc社との間で本件SEO契約を締結したAの行為が、不法行為に当たるか、また、このAの不法行為につき、e社が、民法715条の使用者責任を負うか)、C Aがc社との間で労働契約を締結した行為が、不法行為に当たるか、及び、上記労働契約上の義務違反の有無、D Aの背任による不法行為(同人が、本件サイトの売買に際し、g社に働きかけて同売買を解除させたか)、E 原告会社の損害、F 過失相殺のうち、上記A、C及びDの各争点についての原告会社の主張が認められず、上記Bの争点について原告会社の主張が認められ、Eの争点につき、上記Bの不法行為と相当因果関係の認められる原告会社の損害が53万9450円(内訳は、本件SEO契約に基づいてc社がe社に支払った初期対策費用10万5000円、6月分の維持費2万7999円及び8月分の維持費40万6451円)と認定され、さらに、上記Fの点につき、5割の過失相殺がされ、弁護士費用1割が認められたこと(甲26)、また、第2事件の控訴審判決でも、第一審判決の上記AからDまで及びEの各結論は基本的に維持されており、上記Eの原告の損害については、70万2963円(内訳は、第一審判決で認められた上記初期対策費用10万5000円、6月分の維持費2万7999円及び8月分の維持費40万6451円に加えて、対策費用及び成果報酬合計16万3513円)と認定され、その過失相殺後の35万1481円に弁護士費用3万5000円を加算した合計38万6481円がe社及びAに対する請求として認容され、原告会社が控訴審で請求を追加したAに対する予備的請求1万2903円のうち、1万円が認容されたところ、これは、Aとc社との労働契約が平成20年9月21日に合意解除されたものの、既払賃金は、同月24日まで支払われているため、3日分の賃金である1万円(月30日で月額10万円)について不当利得が成立することを理由としたものであったこと、がそれぞれ認められる。上記事実に照らせば、第2事件の控訴審判決では、第一審判決の判断が基本的に維持されており、同判決における認容額の増加は、第一審で排斥された原告の損害の一部が、証拠評価の変更により認容されたものであったことが認められ、原告会社が主張するように、被告Y2が、裁判所に証拠として提出すべき書証を提出しなかった、又は、原告会社の主張及び立証が被告Y2よりも優れていたため、第2事件の第一審判決及び控訴審判決で一部勝訴を得ることができたなどといえないことは明らかである。また、第2事件の控訴審判決で認容されたAに対する予備的請求についても、第一審判決で認定された事実に基づいて新たに予備的請求として不法利得返還請求をしたところ、それが認容されたというものであって、第2事件の第一審判決の言い渡し前に原告会社の訴訟代理人を解任された被告Y2が、同判決に基づく上記請求をなし得る機会がなかったことは明らかであるから、上記請求をしなかった被告Y2の訴訟活動が不適切であったとも言えない。したがって、前記③の点についても、原告会社の主張は採用できない。
オ 上記④の点について、前記イで説示したとおり、被告Y2は、c社及び原告X1から、e社及びAに対する請求について相談を受け、それらに対する訴訟提起を委任されていたのであり、第2事件の訴訟提起前又は同訴訟係属中に、原告会社又は原告X1が、被告Y2に対し、g社に対する訴訟提起、又は、同社に対する請求の検討等を要望又は指示したことを認めるに足りる証拠はない。したがって、被告Y2においてg社を第2事件の共同被告にしなかったことが、訴訟代理契約上の義務を怠った債務不履行又は弁護過誤の不法行為を構成すると解する余地はなく、この点に関する原告会社の主張も採用できない。
キ その他、第2事件における被告Y2の行為について、委任契約上の善管注意義務違反又は不法行為を構成する弁護過誤があったことを認めるに足りる証拠はない。
2 被告Y1が、第1事件及び第2事件における被告Y2らの行った弁護活動について、商法14条の名板貸の責任を負うか(争点3)について
弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし(弁護士法1条)、この使命に基づき、誠実に職務を行い、社会秩序の維持及び法律制度の改善に努力する義務を負う(同法2条)。このような弁護士の職責に鑑みれば、弁護士は、その職務(訴訟事件、非証事件及び審査請求、再調査の請求再審査請求等行政庁に対する不服申立事件に関する行為その他一般の法律事務)として行う業務について営利を目的として行うものではなく、商法上の商人に当たらないというべきであるから、被告Y1について、商法14条の名板貸しの規定を適用することはできない。したがって、その余について判断するまでもなく、原告らの被告Y1に対する請求には理由がない。
3 以上の次第で、原告らの本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法65条1項及び61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮島文邦)
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