「営業アウトソーシング」に関する裁判例(12)平成29年10月30日 東京地裁 平26(ワ)21662号 損害賠償請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(12)平成29年10月30日 東京地裁 平26(ワ)21662号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成29年10月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平26(ワ)21662号・平27(ワ)5451号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却(第1事件)、請求棄却(第2事件) 文献番号 2017WLJPCA10308012
要旨
◆被告Y1社とアルバイト雇用契約を締結して被告Y2社又は被告Y4社の営業店に派遣されていた原告が、被告会社らの安全配慮義務違反により、荷物の仕分け等の作業中に腰がずれるような違和感を感じる本件事故が発生したと主張して、原告の派遣先が被告Y2社であると認められた場合には、被告Y1社及び被告Y2社に対し、原告の派遣先が被告Y2社と認められなかった場合には、被告Y1社、被告Y2社、被告Y4社及び同社から配送業務事業に係る一切の権利義務を包括承継した被告Y3社に対し、金員の連帯支払を求めた事案において、本件事故の発生及びこれと因果関係のある損害の発生を認めるに足りる証拠はないと判断した上で、本件事故の発生につき関係者の間で争いのないことを前提としてなされたものにすぎない原告に対する障害補償給付の支給処分等において本件事故の発生が否定されていないことは、本件認定判断に何らかの影響を与えるものではないとして、各請求をいずれも棄却した事例
参照条文
民法1条2項
民法415条
民法623条
民法709条
民法710条
民法719条
会社法9条
会社法759条2項(平26法90改正前)
会社法789条2項(平26法90改正前)
会社法789条3項(平26法90改正前)
労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律45条
労働安全衛生法59条
労働安全衛生法65条の3
労働安全衛生法66条
労働安全衛生法66条の3
労働安全衛生法66条の4
裁判年月日 平成29年10月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平26(ワ)21662号・平27(ワ)5451号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却(第1事件)、請求棄却(第2事件) 文献番号 2017WLJPCA10308012
平成26年(ワ)第21662号 損害賠償請求事件(以下「第1事件」という。)
平成27年(ワ)第5451号 損害賠償請求事件(以下「第2事件」という。)
東京都板橋区〈以下省略〉
第1事件原告・第2事件原告(以下「原告」という。) X
同訴訟代理人弁護士 住田和子
東京都江東区〈以下省略〉
第1事件被告 有限会社Y1(以下「被告Y1社」という。)
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 上野真裕
京都市〈以下省略〉
第1事件被告 Y2株式会社(以下「被告Y2社」という。)
同代表者代表取締役 B
東京都江東区〈以下省略〉
第2事件被告 Y3株式会社(以下「被告Y3社」という。)
同代表者代表取締役 C
大阪市〈以下省略〉
第2事件被告 Y4株式会社(以下「被告Y4社」という。)
同代表者代表取締役 D
上記3名訴訟代理人弁護士 寺前隆
同 岡崎教行
同 宮島朝子
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 (原告の派遣先が,被告Y2社であると認められた場合)
被告Y1社及び被告Y2社は,連帯して,原告に対し,7369万4586円及びこれに対する平成23年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 (原告の派遣先が,被告Y2社であると認められなかった場合)
被告らは,連帯して,原告に対し,7369万4586円及びこれに対する平成23年3月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,被告Y1社とアルバイト雇用契約を締結し,被告Y2社又は被告Y4社の営業店(以下「本件営業店」という。)に派遣されて,本件営業店で荷物の仕分け等の業務に従事していた原告が,平成23年3月16日午後9時頃の作業中に,派遣元である被告Y1社及び派遣先であるその余の被告らの安全配慮義務違反により,原告の腰がずれるような違和感を感じる事故(以下「本件事故」という。)が発生したと主張して,原告の派遣先が被告Y2社であると認められた場合には,被告Y1社に対しては雇用契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求権に基づき,被告Y2社に対しては信義則上の安全配慮義務違反による債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権等に基づき,それぞれ,逸失利益,後遺障害慰謝料,休業損害,入通院慰謝料及び弁護士費用の合計7369万4586円及びこれに対する本件事故日である同日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求め(請求1項),原告の派遣先が被告Y2社と認められなかった場合には,被告Y1社に対しては雇用契約上の安全配慮義務違反による損害賠償請求権に基づき,被告Y2社,被告Y4社及び被告Y4社から配送業務事業に係る一切の権利義務を包括承継した被告Y3社に対しては信義則上の安全配慮義務違反による債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権等に基づき,請求1項と同様の金員の連帯支払を求める(請求2項)事案であり,請求1項と同2項は単純併合である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠(特に明記しない限り,枝番の表記は省略する。)及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)当事者等
ア 原告
原告は,昭和46年生まれの男性である。
イ 被告ら
被告Y1社は,荷造包装業務,一般労働者派遣事業等を目的とする特例有限会社である。
被告Y2社は,貨物自動車運送事業,貨物利用運送事業,港湾運送業,航空運送代理店業,通関業,倉庫業等各種運送に関わる事業等を目的とする株式会社である。
被告Y4社は,昭和50年7月に設立された株式会社であり,a株式会社を持株会社とする企業グループ(○○グループ)に属し,保険事業,旅行事業,商品開発事業,燃料販売事業等の主たる事業を営んでいる(乙7)ほか,吸収分割により被告Y3社に事業承継する以前の平成23年6月までは人財開発事業(労働者派遣事業,倉庫フィールド業務の受託)も営んでいた(甲26,乙13)。
被告Y3社は,○○グループに属し,平成23年4月に倉庫フィールド業務のアウトソーシングを中心とした人材サービス事業を目的として設立された株式会社であり(乙8),同年7月1日をもって吸収分割により被告Y4社が人財開発事業に関して有する権利義務の全部を承継した(甲26,乙13)。
(2)本件営業店に関する被告らの関係について(乙1ないし3)
被告Y2社は,東京本社の下に17支店を,また各支店の下に合計約400か所の営業店を展開しており,東京都品川区勝島所在の「b店」(本件営業店)もその営業店のうちの一つであった。
被告Y2社においては,顧客から荷物の運送を委託されると,まず営業店に集荷し,営業店で配送先ごとに仕分けし,最終配達先までの中途に所在する集約センターに運送する。集約センターで再び配送先ごとに仕分けし,該当する営業店に運送し,営業店から最終的な配送先まで配送する。
被告Y2社はこの一連の配送業務のうち営業店,集約センターでの荷物の仕分業務については自社で行うほか,外部の事業者に委託をしている。本件営業店においては,平成21年6月21日以降,被告Y2社は,被告Y4社との間で配送業務委託契約を締結し,被告Y4社に対し,「配送工程における仕分業務,及びこれに付帯関連する業務」一切を委託していた。
被告Y4社と被告Y3社は,平成23年4月23日,被告Y4社の人財開発事業に関して有する権利義務の全部を被告Y3社に承継させる旨の吸収分割契約を締結し,これに基づき,同年7月1日,同事業に関する債権債務の一切が被告Y3社に承継された(甲26,乙13)。
被告Y4社と被告Y1社は,平成21年6月21日付けで,労働者派遣基本契約を締結する(丙1)とともに,平成22年11月21日付け(乙16)及び平成23年1月21日付け(丙2)で,それぞれ派遣先の名称を被告Y4社,就業場所を本件営業店とする労働者派遣個別契約(派遣期間については,前者は平成22年11月21日から平成23年1月20日まで,後者は同月21日から同年3月20日まで)を締結していた。
(3)メール便業務の概要等について(甲40,54,55,乙4,5,32,弁論の全趣旨)
被告Y2社においては,一般荷物のほか,メール便業務,すなわち雑誌やカタログ等受領印を必要としない荷物を荷送人から預かり,ポストインにて顧客に直接配達する又は郵便局のサービスを介して配達するサービスを行っていた。
メール便には,①3辺合計70センチメートル以内,重量1キログラム以内の雑誌やカタログ等を被告Y2社が顧客に対して直接配達するcメール便と②縦34センチメートル,横25センチメートル,高さ3.5センチメートル以内,重量3キログラム以内の荷物を被告Y2社が差出人となって郵便局に差し出し,郵便局員がゆうメールとして配達するdメール便の2種類のサービスがあった。
(4)本件営業店の概要について(乙9,10,32,33,丙7,8,弁論の全趣旨)
本件営業店は3階建ての建物であり,被告Y2社が,所有者である東京倉庫株式会社から賃借している。
1階には主として荷降場,荷捌場及び積込場があり,2階には小物やメール便の仕分業務を行う部屋(小物仕分け室)があり,3階には休憩室があった。
1階の荷降場のうち,西側に位置するメール便降場には,床から89センチメートルの高さのところに「ホーム」と呼ばれる荷台が設置されており,ホーム上には,荷物を載せて滑らせて運ぶためのローラーと,その先に2階の小物仕分け室までつながるベルトコンベアが設置されていた。
(5)本件営業店におけるメール便業務の概要について(乙32,弁論の全趣旨)
本件事故当時,被告Y2社はメール便の仕分けについても被告Y4社に委託しており,本件営業店では本件事故当時,責任者であるE(以下「E」という。)の下,3名程度の臨時社員及び2名程度の被告Y1社から派遣された派遣社員が配置されていた。被告Y1社からの派遣社員は,原告のほか,F(以下「F」という。)及びG(以下「G」という。)の3名であった。
本件営業店におけるメール便業務の作業としては,まず,1階の荷降場のうちのメール便降場に,順次到着したトラックが小物やメール便の入ったブルーボックスを置いていく。1階に配置されたメール便担当者は,まずはブルーボックスの中にcメール便とdメール便が混在していないか,所定のシールが貼られているか等所定の事項を確認した上で,cメール便の入ったブルーボックスについてはそのままカーゴ台車に積み込む。dメール便の入ったブルーボックスについては,順次ブルーボックスを1個ずつ手に持って床からホームに移動し,さらにローラー上に移動して,ローラー上を滑らせてベルトコンベアまで移動させる。そして,2階に配置されている担当者と連絡を取ったうえで,ベルトコンベアの作動ボタンを押し,ブルーボックスをベルトコンベアで2階まで上げ,2階に配置された担当者がこれをベルトコンベア2階側に設置されたローラー等を用いて小物仕分け室横の小部屋に移動させる。同室において仕分作業を行い,仕分けされたdメール便を順次ローラー及びベルトコンベアを用いて1階のホームまで降ろす,といった手順で行われていた。
(6)本件営業店における原告の業務等について(甲1ないし3,弁論の全趣旨)
原告は,平成22年12月3日,被告Y1社との間で,雇用期間を同日から平成23年2月2日まで,雇用形態を「派遣」,勤務地を「Y2(株)b店」,業務内容を「梱包荷物仕分け業務」,勤務時間を「夜勤20:00時~翌7:00時」,基本給1万0600円の週払等とするアルバイト雇用契約を締結し,同日から本件営業店に派遣されて就業した。上記契約は,平成23年2月3日に更新され,雇用期間は同日から平成23年5月2日までとされた。
(7)本件事故直後の時期の原告の行動等について(甲65,丙6,弁論の全趣旨)
原告は,少なくとも平成23年3月19日以降は欠勤し(それ以前については争いがある。),以後本件営業店での業務には従事していない。
原告は,平成23年3月25日,被告Y1社の事務所を訪れ,退職を申し出る(甲31)とともに,「業務災害用 療養補償給付たる療養の給付請求書」(以下「本件給付請求書」という。)を提示して事業主の証明を求めた(甲30)。本件給付請求書の「災害の原因及び発生状況」欄には,同年3月16日に推定50キログラム超(なお,この箇所にはさらに,同箇所を囲んだうえで右上方にて「約60~70kg」との書き込みが加えられている。)の荷物を荷台に上げる作業をしていたときに腰がずれるような違和感を感じ,腰と右足首に痛みがあったが作業を続けたこと,翌日に帰宅後,腰の痛みと右足首の激痛を感じたこと等が記載されていた。
被告Y1社は,平成23年3月25日,「災害の原因及び発生状況」欄等に「記載したとおりであることを証明します。」との欄に,被告Y1社名義の記名押印を行った(甲30)。また,被告Y1社は,同年8月17日(甲32)と平成24年9月5日(甲4)にも,同様の請求書の同趣旨の証明欄に,被告Y1社名義の記名押印を行っている。
(8)労災の支給等について
原告は,平成23年5月16日(甲30),同年9月3日(甲32)及び平成24年9月5日頃(甲4),いずれも亀戸労働基準監督署長に対し,本件事故を原因とする労働者災害補償保険障害補償給付等の支給申請を行った。
亀戸労働基準監督署長は,平成24年12月7日付けで,原告の障害を障害等級併合10級と認定して,障害補償給付を支給する旨の処分(以下「本件原処分」という。)を行った(甲24の1)。原告は,これを不服として,東京労働者災害補償保険審査官に対し審査請求を行った(以下「本件審査請求」という。)が,同審査官は,平成25年11月15日付けで,本件審査請求を棄却する旨の決定を行った(甲5)。
原告は,さらに同決定を不服として,労働保険審査会に対して再審査請求を行った(以下「本件再審査請求」という。)が,同審査会は,平成26年10月22日付けで,本件再審査請求を棄却する旨の裁決を行った(甲16)。
(9)本件訴訟の提起等
ア 原告は,平成26年8月21日に被告Y1社と被告Y2社を被告とする第1事件を提起し,平成27年3月2日に被告Y3社と被告Y4社を被告とする第2事件を提起した。
イ 被告Y4社及び被告Y3社は,平成27年8月31日,本件第7回口頭弁論期日において,原告の被告Y4社及び被告Y3社に対する不法行為に基づく損害賠償請求権につき,原告に対し,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
第3 争点及び争点に関する当事者の主張
1 本件事故の発生等について
【原告の主張】
(1)本件事故の発生状況
原告は,平成23年3月16日の午後8時から,Gと二人でメール便の仕分け作業を行っていた。なお,本件事故発生時,被告Y1社から派遣され,メール便を担当していた者は,原告,G及びFの3名であったが,Fが本来の就業時刻(午後8時)に1時間遅刻したため,同日午後8時頃,原告は,Gと二人で作業を行うことになった。
作業分担としては,Gの指示で,原告が一人で,1階荷捌場の腰より高い位置にある荷台(ホーム)に,メール便のぎっしり詰まった重量65キログラム超のブルーボックスを荷揚げし,そこからベルトコンベアに流す作業を行った。本件事故当日は,重量の重い,通常の3ないし5倍の数と思われる,大量のメール便の箱が,本件営業店1階の荷捌場に置かれていた。
原告は,上記作業を1時間ほど続けた後,同日(平成23年3月16日)午後9時頃,ブルーボックスをさらに勢いをつけて荷台(ホーム)に上げようとしたときに,ブルーボックスを持ったまま腰がのけぞってしまい,腰に痛みが走ってずれるような違和感を感じるとともに,右足に強い激痛が走った。
(2)本件事故による後遺障害の発生
このため原告は,第二腰椎圧迫骨折,右足関節骨軟骨損傷,神経損傷等の障害を負い,これらの障害は平成24年8月27日に症状固定し,第二腰椎の圧迫骨折,右距骨骨軟骨損傷,神経損傷,腰背部・臀部・大腿部・両足・両手先がしびれる,腰部に痛みがある,杖を使わないと歩行が困難である,背屈ができない,側屈・前屈もほとんどできない,胸腰部の可動域が制限される,右足関節の可動域が制限されるなどの運動障害・歩行障害,腰は常にコルセットを着用しないといられない,右足はサポーターの常用が必要である,走れない,平地歩行継続で痛みがある,急な動きに対応できない等という後遺障害が残存した。
【被告らの認否反論】
本件事故が発生したこと,原告の主張する障害と本件事故に因果関係があるとの点は争う。
(1)本件事故の発生状況について
メール便の発送量は月ごとにばらつきがあり,毎年3月が多いものではなく,本件事故当時は東日本大震災の直後で東北地方を対象としたcメール便などの受入れは停止していたので,メール便の仕分け量が増した事実はなく,むしろ荷物は大幅に減っていた。
本件事故当時の本件営業店におけるメール便担当者の出勤状況は,FもGも所定時刻に出勤してメール便業務に従事しており,原告の主張するFが遅刻したとの事実はない。
メール便担当者が本件営業店1階で行う業務は,床に置かれているブルーボックス等を床から前方のホームに上げて,ローラーに載せてベルトコンベアで2階に運ぶという単純な業務であるところ,ブルーボックスの重量は通常22キログラムに過ぎず,これをホームに上げる作業自体は成年男子にとって格別危険な作業ではない。これを重いと感じるのであれば,担当者はブルーボックス内のメール便を他のブルーボックスに入れる等して小分けし,重量を軽くする方法,ホーム横にある階段を使ってホームにブルーボックスを上げる方法,他の社員に呼び掛け,2人でブルーボックスをホームに上げる方法も可能であり,実際にもこれらの方法を取ることは可能であり,他の社員が実際に行っている。にもかかわらず,原告がメール便業務の作業中になにぶんの負傷をしたのだとすれば,それはよほど不自然な姿勢で,あるいは通常とは異なる方法で作業したためとしか考えられない。
(2)因果関係について
上記事実に加え,審理によって明らかとなった,①本件事故以前から,原告は腰及び右足首を痛めていたこと,②本件事故直後から2日間,原告は引き続き本件営業店での業務に従事していたという点からすれば,そもそも原告の主張するとおりの本件事故が発生したかどうか自体に重大な疑問があり,原告の主張する腰の痛みないし右足首の痛みなるものは,本件事故によるものではない(因果関係の不存在)。
2 被告Y1社の責任について
【原告の主張】
被告Y1社は,原告の使用者として,また被告Y2社あるいは被告Y4社への派遣元として,以下の内容の安全配慮義務を負うところ,これらを怠った。したがって,原告に発生した損害を賠償する責任を負う。
(1)派遣先の環境を整備させる義務及び派遣先に労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を講じさせる義務
被告Y1社は,本件のように,重量の重い荷物を取り扱う業務に労働者を従事させる場合,労働者が腰痛等にり患する危険・健康障害を防止するため,作業用の補助機械・補助具を使用したり,一定の重量以上の荷物は複数人で持ったり,一人で持つ荷物の重量を制限する等作業方法のルールを定めて労働者に徹底遵守させる義務を負う。
しかし,被告Y1社は,被告Y4社の業務として重量の重いdメール便の運搬,仕分け等があることを認識しながら,上記の作業ルールを定めてこれを派遣労働者に徹底遵守させることを含めて,派遣労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を講じさせる義務,派遣先の労働環境を整備させる義務を怠った。
(2)安全衛生教育を実施する義務
被告Y1社は,重量の重い荷物の荷積み等危険な業務に労働者を従事させる場合,雇入れ時及び作業内容変更時に,予め十分な安全教育を実施する義務がある(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(以下「労働者派遣法」という。)45条,労働安全衛生法59条)。
被告Y1社は,原告の雇入れ時も,その後も,原告に対して,上記(1)の作業ルールを徹底遵守するように安全衛生教育を実施する義務を怠った。
(3)派遣労働者の就労状況を把握する義務等
被告Y1社は,派遣労働者の就労状況を常に把握し,過重な業務又は上記(1)の作業ルールに反する業務が行われるおそれがあるときは,その差止め又は是正を求め,必要に応じて派遣を停止する等により派遣労働者の心身の健康を損なうことを予防する義務を負う。
被告Y1社は,営業担当者のH(以下「H」という。)が週に1回被告Y4社を訪問して連絡を取り合うことがあったにもかかわらず,原告が平成23年2月後半からdメール便の運搬・仕分け等を担当することになっている状況を把握し,上記(1)の作業ルールが徹底遵守されるように是正を求めるなどして,派遣労働者である原告の心身の健康を損なうことを予防する義務を怠った。
(4)派遣労働者の健康状態を確認する義務
被告Y1社は,重量物の取扱いに伴う危険・健康障害を防止するために,また上記(1)の作業ルールの履践のために,労働者の身長・体重その他健康状態を確認する義務を負う(労働者派遣法45条,労働安全衛生法66条1項,66条の4)。
被告Y1社は,採用時以降,原告の健康状態を確認することや,健康診断を行うことを怠った。そして,荷台の高さが原告の腰の位置より高いことを認識しながら,メール便担当部署はけがのある部署ではないと思い込んで,原告に漫然と作業を行わせた。
【被告Y1社の反論】
(1)派遣先の環境を整備させる義務及び派遣先に労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を講じさせる義務について
本件営業店における現場の状況,メール便の数量及び重量,メール便の部署の作業人員などに照らし,労働者に危険や健康障害が生ずるおそれがあるとはいえないから,被告Y1社は原告が主張するような義務を負わない。
(2)安全衛生教育を実施する義務について
派遣先である被告Y4社及び派遣元である被告Y1社双方において,原告に対する安全衛生教育を実施しているから,当該義務違反はない。
(3)派遣労働者の就労状況を把握する義務等及び派遣労働者の健康状態を確認する義務について
当時,被告Y1社の専務取締役であったHは,毎日本件営業店を見回り,原告ら派遣労働者の就労状況を確認しており,被告Y4社の担当者と安全体制を含む作業環境全般について頻繁に情報共有を行い,問題があれば協議して対応する体制を整えていたから,原告が主張するような義務違反はない。
3 被告Y2社の責任について
【原告の主張】
(1)責任原因1(信義則上の安全配慮義務違反による責任)
ア 被告Y2社が安全配慮義務を負うこと
(ア)被告Y2社が原告の派遣先である場合,被告Y2社は,派遣先として,原告に対する安全配慮義務を負う。
(イ)これに対し,被告Y2社が原告の派遣先でなかったとしても,以下のような事情からすると,被告Y2社は,原告に対する安全配慮義務を負う。
すなわち,被告Y2社の内部資料を被告Y4社のEが作成し,派遣社員の教育研修用に使用したほか,被告Y2社の社員にも広く配布する等しており,被告Y2社はこれらを承認していた。また,被告Y2社はEをして上記資料を原告ら派遣労働者に配布・説明させ,Eは被告Y2社の青いジャンパーを社員からもらい,着用して業務を行っていた。被告Y2社は,被告Y4社及びEにメール便のルール,配送日数,仕分処理日数を指示していた。
これらの点からすれば,被告Y2社は,被告Y4社及びEに対して,また原告を含めた派遣労働者に対して,直接に指示,指揮命令していた。
加えて,原告ら派遣労働者が仕分け作業を行っていた本件営業店は被告Y2社の営業店内であること,原告らが使用していたベルトコンベア等の運搬施設の導入等の意思決定は被告Y2社が行うものとされていたこと,パソコンも被告Y2社から被告Y4社に無償で貸与されていたこと,荷物の伝票,ラベル等の資材も被告Y2社が支給していたこと等に鑑みれば,被告Y2社と原告との間には,直接の使用関係はなくとも,実質的な使用従属関係があった。
したがって,これらの点からすれば,被告Y2社は原告の実質的な派遣先として,あるいは特別な社会的接触関係に入った者として,信義則上,原告に対する安全配慮義務を負う。
イ 被告Y2社が負う安全配慮義務の内容及びその義務違反
そして,被告Y2社には,以下のような安全配慮義務違反がある。
(ア)労働者の体型に合わせた機械設備等を用いる義務
平成6年9月6日付け基発第547号「職場における腰痛予防対策の推進について」により示された「職場における腰痛予防対策指針」(以下「腰痛予防対策指針」という。)及び陸上貨物運送事業労働災害防止規程等に照らせば,被告Y2社は,重量物を取り扱う労働者の身長等の体型にあわせて荷台,作業台等を調節できるベルトコンベア等の荷物運搬の補助機械,設備や道具を適切に用いる義務を負う。
しかし,本件営業店のメール便荷降場のホームは原告の腰より高い位置に固定されており,荷台の高さが調整できなかったから,原告の体型に合わせて荷台の高さ等を調整できる運搬施設等を用いる義務に違反した。
(イ)作業ルールを定め,労働者に説明教育,遵守させる義務
腰痛予防対策指針及び陸上貨物運送事業労働災害防止規程等に照らせば,被告Y2社は,以下の作業ルールを定めて,これを勤務開始時に当該労働者に説明教育して,徹底して遵守させる義務があった。
a.満18歳以上の男子労働者が人力のみにより取り扱う物の重量は,当該労働者の体重のおおむね40%以下とし,最大で55kg以下とすること。
b.aの重量を超える重量物を人力のみで取り扱わせる場合は,中身を小分けできる場合は,aの制限にそって軽量化,小さくすること,又は身長差の少ない労働者2人以上で協力して行わせること。
c.荷物を持ち上げるときは,背を伸ばした状態で腰部のひねりが少なくなるような姿勢をとり,反り返り,過伸展などの不自然な姿勢とならないようにすること,また重心を低くする姿勢をとること。
しかし,被告Y2社は,重量物を人力のみで取り扱う場合の作業ルールを定めることもなく,これを原告ら就労者に説明して遵守させることもなく,漫然と原告を作業に従事させた。
加えて,本件事故時に原告が持ち上げようとしたブルーボックスの重量は65キログラム超の重量であったと認められるから,作業を安全に遂行するには本件営業店の1階と2階で2名ずつの作業人員が必要であったのに,原告とGの2名のみにこれに従事させた。
(ウ)労働者に対して安全衛生教育を実施する義務
被告Y2社は,作業内容を変更する際には,労働者に対して必要な安全衛生教育を実施する義務があった(労働者派遣法45条,労働安全衛生法59条)。
原告は,平成23年2月前半までは重量の重いdメール便の荷物については原告の腰より低い位置のトラックの荷台に積む作業だけをすればよかったが,同年2月後半以降は,dメール便のブルーボックスを1階荷捌場でベルトコンベアにあげる等の作業をすることになった。しかし被告Y2社は,自ら原告に対して安全教育を行うこともなければ,被告Y4社をして安全教育を行わせることもなかった。
(エ)労働者の従事する作業を管理する義務
被告Y2社は,労働者の従事する作業を適切に管理する義務があった(労働者派遣法45条,労働安全衛生法65条の3)。
原告の配属されたメール便の作業グループは,Eの下,通常は3名程度で業務を行っていたが,本件事故当時の午後9時頃,Fが本来の就業開始時刻(午後8時)に1時間遅刻してきたので,原告とGの2名のみで業務を行っていた。他方,原告が持ち上げようとしたブルーボックスの重量は上記(イ)のとおり65キログラム超で,しかも東日本大震災の発生直後で大型メール便が大量に滞留しており応援が必要な作業状況であった。しかし,被告Y2社は,何ら対応せず原告に従事させた。
(オ)作業ルールの遵守状況を把握し,労働者の心身の健康に注意する義務
被告Y2社は,労働者の業務遂行の実情,特に重量物の取扱いに伴い,上記(イ)の作業ルールが徹底遵守されているかを把握し,作業ルールが遵守されていない場合は是正し,業務の遂行に伴う疲労や心身への過度の負荷により労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務があった。
被告Y2社は,自ら上記ルールが徹底遵守されているかを把握することもなく,被告Y4社をして把握させることもなかった。
(カ)労働者の健康状態等を確認する義務
被告Y2社は,重量物の取扱いに伴う危険・健康障害の防止のために,また上記作業ルールの実践のために,労働者の身長・体重その他の健康状態を確認する義務があった(労働者派遣法45条,労働安全衛生法66条2項ないし5項,66条の3,66条の4)。
しかし,原告は,本件営業店への派遣勤務開始前のEとの面接時にも,その後も,健康診断を受けさせてもらったこともなく,健康状態について確認されたこともない。
(2)責任原因2(被告Y4社への配送業務の委託者としての責任)
また,上記(1)で指摘した事情によれば,被告Y2社は,被告Y4社への配送業務の委託者としての注意義務違反がある。
すなわち,委託者が,委託者としての指図を通じ,派遣先であるかのごとき外観を作出した状況下で,受託者が派遣先として労働法令を遵守しているかを検証し,また労働法令を順守させるための教育指導の指図を行う義務であり,具体的には,被告Y4社が,業務遂行上,重量物の取扱いのルールに従った作業手順を定めて,それを派遣労働者等に周知徹底させて仕分け業務を行わせているかについて,検証し,また教育指導する義務があった。
被告Y2社がこれを怠ったことは上記(1)イのとおりである。
したがって,被告Y2社は,上記義務違反により,被告Y4社との共同不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
(3)責任原因3(名板貸人としての責任)
加えて,上記(1),(2)で指摘した各事情によれば,被告Y2社は,被告Y4社に対して名板貸しをした,名板貸人としての責任(会社法9条)を負う。
【被告Y2社の反論】
(1)責任原因1(信義則上の安全配慮義務違反による責任)について
ア 被告Y2社は原告の派遣先ではないこと
被告Y1社が労働者派遣契約を締結していた相手方は,被告Y4社であって,被告Y2社ではない。原告に対して指揮命令をしていたのは,被告Y4社の社員であるEであり,被告Y2社の社員が原告に対して指揮命令をしたことはない。
したがって,被告Y2社は原告の派遣先ではない。
イ 被告Y2社が原告に対し安全配慮義務を負わないこと
そもそも元請企業と下請企業の従業員との間には何らの契約関係もなく,特別の社会的接触はないのが原則である。例外的にあるとするには,少なくとも指揮命令関係があったことが絶対条件となる。ところが,被告Y2社は,被告Y4社に配送業務を委託した平成18年以降,全ての事業所において,社員に対して,被告Y4社の社員あるいは派遣社員に対して指揮命令をしてはいけないことを指導徹底してきた。そのため,被告Y2社が,原告に対し,直接指揮命令をしていた事実は一切ない。
原告の主張する安全配慮義務の内容は,具体的内容も定かでなく,具体的義務違反を観念できるものではないし,原告と雇用関係にない被告Y2社がなしうることでもない。
(2)責任原因2(被告Y4社への配送業務の委託者としての責任)について
被告Y2社と被告Y4社との間の配送業務委託契約は請負契約であり,被告Y2社には,原告の主張するような業務遂行上のルールに従った作業手順を定めたり,これを周知徹底させているかを検証したり教育指導する権限はなく,被告Y4社が受け入れていた労働力について被告Y2社が指図できるはずなどなかった。
また,被告Y2社が派遣先であるかのごとき外観を作出した事実もない。
(3)責任原因3(名板貸人としての責任)について
会社法9条は営業主体を誤認する取引相手方の信頼保護のための規定であり,取引をしたことを前提とするところ,本件では原告は被告Y1社の従業員として被告Y4社に派遣されていたにすぎず,被告Y4社との間で取引を行ったことはないから,会社法9条の適用がないことは明らかである。
4 被告Y4社の責任について
【原告の主張】
(1)責任原因1(信義則上の安全配慮義務違反による責任)
被告Y4社は,上記3のとおり被告Y2社の直接の指揮命令を受けており,原告の派遣先でもあり,原告はその従業員であるEの指揮命令を受けていたから,被告Y4社は,原告に対して,信義則上,安全配慮義務を負う。
安全配慮義務の内容は上記3の被告Y2社のそれと同様であり,被告Y4社がそれを怠ったことについても同様である。
(2)責任原因2(吸収分割株式会社としての責任)
被告Y4社は,被告Y3社に対して,労働者派遣事業を含む人財開発事業に関して有する権利義務の全部を承継させる旨の吸収分割の際,原告に対して,会社法(平成26年法律第90号による改正前のもの。以下同じ)789条2項の知れたる債権者としての格別の催告を行わなかったから,会社法759条2項,民法415条及び709条による責任を負う。
【被告Y4社の反論】
(1)責任原因1(信義則上の安全配慮義務違反による責任)について
本件事故が発生したとすれば,それはあげて原告自身の不注意に由来するものであり,被告Y4社がなにぶんの教育なり指示をしなかったために発生したものではない。
そのうえで,原告は,腰痛予防対策指針の「重量物取扱い作業」に関する記載を根拠に,種々の安全配慮義務を主張するが,腰痛予防対策指針のどこにもその縁となる記載はない。そもそも腰痛予防対策指針はそこで定める全ての内容を事業者の法律上の義務としたものとは到底考えることはできない。
労働安全衛生法59条,65条の3を根拠とする点についても,被告Y4社は,これらの規定の趣旨に即した安全管理体制を講じており(入社時の研修,日常の指導教育など腰痛防止指針を踏まえた安全対策を講じていた。),日常的に社員に対して必要な指導,教育を尽くしていたから,この点についての義務違反はない。
(2)責任原因2(吸収分割株式会社としての責任)について
被告Y4社は,吸収分割に際して,本件事故の存在自体を知っておらず,また知り得なかったから,原告は「知れている債権者」に該当せず,個別の催告を要しない。よって,原告が,会社法759条2項に基づき,被告Y4社に対して,債務の履行を請求することはできない。
また,原告は,吸収分割の時点で損害及び加害者を知り得る状況にあったから,会社法789条3項に定める不法行為債権者には該当しない。
5 被告Y3社の責任について
【原告の主張】
被告Y3社は,吸収分割契約により被告Y4社の債務を承継したから,上記4のとおりの被告Y4社の損害賠償義務を承継する。
【被告Y3社の反論】
上記4のとおり,被告Y4社は損害賠償債務を負わないから,被告Y3社がこれを承継することもない。
6 損害について
【原告の主張】
(1)逸失利益 5200万5333円
原告の本件事故による後遺障害は,第二腰椎の圧迫骨折については第11級の7「脊柱に変形を残すもの」に,胸腰部の可動域制限等については著しいレベルであるので第8級の2「脊柱に運動障害を残すもの」に,神経損傷等については第9級の10「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に,右足関節の可動域制限等については第10級の11「1下肢の3大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの」にそれぞれ該当するから,繰り上げ7級に該当する。
後遺障害等級7級の労働能力喪失率は56パーセント,基礎収入は平成23年の賃金センサス男大学・大学院卒の全年齢平均646万0200円,労働能力喪失期間は症状固定時41歳から67歳までの26年間,ライプニッツ係数は14.3752であるから,下記のとおり逸失利益は5200万5333円となる。
646万0200円×0.56×14.3752=5200万5333円
(2)後遺障害慰謝料 1000万円
後遺障害慰謝料は,上記(1)のとおり7級とみて1000万円が相当である。
(3)休業損害 330万9746円
受傷による休業日数は,本件事故発生の翌日(平成23年3月17日)から原告が再就職した日の前日(同年9月19日)までの187日である。
上記(1)の賃金センサスを同じく基礎収入とすると,休業損害は330万9746円である。
(4)入通院慰謝料 168万円
本件事故による通院期間は1年5か月(17か月)であるから,入通院慰謝料は168万円が相当である。
(5)弁護士費用 669万9507円
弁護士費用は上記(1)ないし(4)の合計額の1割である669万9507円が相当である。
(6)合計
上記(1)ないし(5)を合計すると,7369万4586円となる。
【被告らの認否】
争う。
7 過失相殺について
【被告らの主張】
メール便担当者が本件営業店の1階で行う業務は,床に置かれているブルーボックス等を床から前方のホームに上げて,ローラーに載せてベルトコンベアで2階に運ぶという単純な業務であるところ,ブルーボックスの重量は通常22キログラムに過ぎず,これをホームに上げる作業自体は成年男子にとって格別危険な作業ではない。これを重いと感じるのであれば,担当者はブルーボックス内のメール便を他のブルーボックスに入れる等して小分けし,重量を軽くする方法,ホーム横にある階段を使ってホームにブルーボックスを上げる方法,他の社員に呼び掛け,2人でブルーボックスをホームに上げる方法も可能であり,実際にもこれらの方法を取ることは可能であり,他の社員が実際に行っている。
もし原告がその主張するとおりブルーボックス等を床からホームに上げる際に怪我をしたというのであれば,それは原告自身の作業方法の誤りすなわち原告の過失によるものであり,その過失割合は9割を下らない。
【原告の反論】
上記1ないし5の【原告の主張】記載の各事情からして,原告に過失はない。
8 消滅時効について
【被告Y4社及び被告Y3社の主張】
不法行為に基づく損害賠償請求については,原告は,本件事故が発生した平成23年3月16日,損害及び加害者を知ったといえ,同日以降,本訴提起までに3年以上が経過していることから,消滅時効が完成しており,前提事実(9)イのとおり,被告Y4社及び被告Y3社は原告に対し上記消滅時効を援用する旨の意思表示をしたから,原告の被告Y4社及び被告Y3社に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は,消滅した。
【原告の反論】
原告の損害賠償請求権の消滅時効の起算点は症状固定時と解すべきところ,原告の症状固定時は平成24年8月27日である。そして,原告は前提事実(9)アのとおり,被告Y4社及び被告Y3社に対して,平成27年3月2日に第2事件の訴状を提出している。
よって,消滅時効はいずれも完成していない。
第4 当裁判所の判断
1 本件事故の発生等について
本件における原告の請求は,ひとえに,上記第3の1【原告の主張】のとおり,本件事故が原告の主張するとおりの態様で発生したことを前提として,被告らに対する安全配慮義務違反等による責任を問うものである。
しかし,以下に判示するとおり,本件事故が原告主張のような態様で発生したことを認めるに足りる証拠はなく,原告の請求はいずれもその前提を欠くものというほかはない。
(1)原告の主張する負傷内容等の不自然性について
原告の主張するのは,平成23年3月16日午後9時頃発生した本件事故により,原告は第二腰椎圧迫骨折,右足関節骨軟骨損傷,神経損傷等の障害を負い,これらの障害は平成24年8月27日に症状固定したというものである。
しかし,以下のとおり医療記録等を見るに,これらの障害が本件事故により発生したものであるという点には重大な疑念があると言わざるを得ない。
ア 医療法人社団千徳会北赤羽整形外科(以下「北赤羽整形外科」という。)における診察について(甲43,弁論の全趣旨)
原告は,本件事故後最も近いところで,3日後である平成23年3月19日に北赤羽整形外科を受診している。北赤羽整形外科は,本件事故翌日である同月17日は休診であったものの,同月18日には診療していた(甲64)。そのため,なぜ本件事故発生から3日後に受診したのかという点にも不自然さが存する。また,それをおくとしても,原告は,受診時の問診において,「1~2ヶ月位前より」腰と右足首の痛みがあった旨を申告している一方で,同月16日に生じたはずの本件事故については何ら触れてはいないし,「きっかけ」についても,腰については「倉庫内での作業,重い物を持つ」と答えているものの(なお,ここでは重量物の重さについては何ら触れていない。),足については「2~3年前に階段で足を滑らせ捻った」旨答えているにすぎない(甲43の1)。
原告は,平成23年3月23日にも北赤羽整形外科を受診し,マッサージとホットパックの処置を受けたほか,同年4月8日午後にMRIの撮影をする旨予約したものの,なぜかこれをキャンセルしている。
なお,原告は,本件原処分から本件審査請求における経過の当初である平成23年6月30日に行われた調査において,本件事故後に北赤羽整形外科を受診したことについて述べなかったばかりか,本件事故後しばらく市販薬等で対処し,同年3月26日に至って初めて下記イの東京北医療センターを受診したかのように述べていた。そして,原告は,労働者災害補償保険審査官に対する平成25年5月21日付け意見書(本件における乙19)において,初めて,北赤羽整形外科の受診について説明した(ただし,受診日は平成23年3月19日ではなく,同月18日と述べている。)ものと考えられる(甲5)。
イ 東京北医療センターにおける診察について(甲44,弁論の全趣旨)
原告は次に,平成23年3月26日に東京北医療センターを受診している(甲44)。このとき原告は,「北赤羽整形を受診した。足首の骨に異常があるといわれた。右足関節は特に異常なしと思われるが,回旋によって距骨のドームが張り出している部分が異常だと言われた。」,「右足首を最も気にしている。仕事ができない。」などと述べた。原告は,同月31日に,再び受診し,同月に仕事で重い荷物を持ち疼痛が出現した旨述べたものの(ただし,同月16日とは述べていない。),以前から違和感があったが,同年1月から右足関節痛が出現して,2月より症状が徐々に憎悪したこと,5ないし6年前に階段で右足を踏み外して受傷したことも述べている。なお,「移動形態」については,同年3月31日の受診時も,その後も,「単独歩行可」とされている。
そのうえで,東京北医療センターの医師は,平成23年3月26日の時点では「脊椎腫瘍の疑い」,「筋筋膜性腰痛症」,「右足関節痛」と診断し,その後の腰椎のMRI撮影,足関節のレントゲン撮影等を経て,腰については第2腰椎の圧迫骨折と診断し(もっとも,その後もシュモール結節,腰椎椎間板ヘルニアを疑った形跡が見られる。),足については右距骨壊死と診断したものと認められる。
ウ 医療法人社団田島厚生会舟渡病院(以下「舟渡病院」という。)における診察について(乙27,弁論の全趣旨)
ところで,原告は,本件事故が発生したと主張する平成23年3月16日よりも前の,遅くとも平成22年12月11日には舟渡病院を受診しており(乙27の1枚目),その際の診療録には「病名」として,完全には読み取れないものの「腰痛症」と記載され,原告自身が記入したと思しき問診票(乙27の1枚目右側)の「どのような症状で来院されましたか?」の欄には,「要痛」と記入されており,誤字ではあるが腰痛の意味と解される。すなわち,原告は同日時点で腰痛を訴えて舟渡病院を受診したと認められる。なお,乙27の1枚目左上部分の記載を見ると,原告は同日以前から舟渡病院を受診していた節がうかがわれるところ,同箇所には,原告が病院側の指示を聞かずに次から次へと薬剤(抗生剤)を指定して求め,病院側からもうこれ以上の抗生剤は処方しないとして,他院の受診を勧められた旨が記載されている。
また,原告は,平成23年2月24日にも舟渡病院を受診しており,この際には,1か月前からの下肢痛,右下肢がひきつる,右足首の痛み等を訴えて,「関節痛」の病名を付されている(乙27の2枚目)。このとき原告は,他の病院で抗生剤の投与を受けていたことを述べて抗生剤の処方を希望したほか,痛み止めである「ロキソニン」を1か月ほど1日3回服用していたことを述べ,もっと強い薬剤の処方を求めている。
エ まとめ
(ア)上記ア及びイの,本件事故直後の医療記録から認められる事実が示すのは,腰にしろ右足首にしろ,原告の症状は本件事故があったという平成23年3月16日以前から生じていたのではないか,ひいてはかかる症状を生じさせた事故なるものは存在しなかったのではないかということである。
すなわち,原告は,北赤羽整形外科の受診時は本件事故について何ら触れず,東京北医療センター受診時も本件事故の日時等を明確に述べず,平成23年1月頃より痛み等の症状があった旨を述べていた。また,原告は,腰についてはこれら初期の診療時において痛み等をさほど強調しておらず,右足首については明確に,(時期についての説明は一致しないが)既往症と思しき右足を負傷する事故の存在を述べていた。
(イ)この点は,上記ウの,原告の本件事故以前の医療記録を見ても同様である。
すなわち,舟渡病院の医療記録から認められる,原告が本件事故以前から腰及び右足首の痛みを強く訴えていたこと,特に右足首に至っては,1日3回の痛み止め(ロキソニン)では足りないとして,より強い痛み止めを求めていたこと等の事実は,原告が本件事故以前に腰及び右足首に強い痛みを伴う疾病を抱えていたことを示している。そのため,上記ア及びイのとおりの本件事故直後の受診状況と対比すると,原告が北赤羽整形外科受診時及び東京北医療センター受診時にそれぞれ訴えていた痛み等は,本件事故以前に既に抱えていた疾病が悪化したものと考えるのが自然であることを示している。したがって,原告の症状の発生ないし増悪の原因となる本件事故なるものが発生したという事実そのものを疑わせるものといえる。
なお,原告が本件事故以前から,腰又は右足首の痛みを抱えていたとの点については,原告自身も,本件給付請求書のほか,本件原処分前に亀戸労働基準監督署に提出した平成24年11月6日付け「障害の状態に関する申立書」(乙22)や本件審査請求時に東京労働者災害補償保険審査官に提出した平成25年5月21日付け意見書(乙19)及び同年8月1日付け意見書(乙20)等で自認している(もっとも,その説明はそれぞれの書面において一致していない。)。
(2)本件事故時及び直後の状況の不自然性について
また,原告の主張するとおりの本件事故が発生したのかについては,本件事故時及び直後に関して認められる以下のような状況によっても,重大な疑問を生じさせるものである。
ア 本件事故直後の状況等に関する原告の供述について
まず,原告の述べるところを前提としても,原告は,本件事故当日の平成23年3月16日午後8時から翌日午前6時までの勤務において,平成23年3月16日の午後9時頃という勤務時間中の早い段階で本件事故により負傷したとしながら,翌日は午前6時まで勤務している。
原告の主張するとおり,本件事故という外傷により腰椎の圧迫骨折が生じたのだとすると,腰部には激痛が走り,静止していればともかく,動かすと激痛が走るとされている(乙17)ことからしても,本件事故による負傷後に作業を継続できたとは考え難いところである。原告はこの点,本人尋問において,本件事故後は重い荷物を上げる作業がなかったため痛みを我慢しながら続けたなどと述べているものの,その直後に本件事故後もブルーボックスを上げる作業をしたかもしれないが,感覚がまひしていたのと強い興奮状態にあったので痛みを感じなかったなどと述べるなど,説明を変遷させている(原告本人44,45頁)。また,メール便業務の具体的内容は前提事実(5)のとおりであるところ,当日の業務開始からわずか1時間で,ブルーボックスをホームに上げ,ベルトコンベアで2階に上げるまでの作業が終わったとは考え難い。ただ,この点をおくとしても,仮に2階に上げる作業が終わっていたとしても,その後は,2階の小部屋で仕分け作業を行い,仕分けされたdメール便を順次ローラー及びベルトコンベアを用いて1階ホームまで降ろすという作業があるところ,これらの作業は当然腰部を含めた身体の動作を伴うものであるし,階段の上り下りも行う必要がある。そのため,原告において,腰を曲げる作業をしなかったから痛みを感じなかったであるとか,作業を継続できたというのは,上記の点だけをとってみても,俄かには信じ難い。
イ 本件事故直後の原告の勤務状況について
のみならず,本件事故当時に被告Y1社が派遣労働者の勤怠管理に用いていたという時間管理表(丙3,5)及び出勤表(丙4),さらには本件営業店において派遣社員の勤怠管理に用いていたという指紋認証機による勤怠記録(乙26。以下「本件勤怠記録」という。)のいずれにおいても,原告は,本件事故の翌日である平成23年3月17日には午後9時59分に出勤して翌日午前6時47分までの(労働時間にして)8時間半勤務し,同月18日は午後11時30分に出勤して翌日午前8時までの8時間半勤務した旨が記録されている(乙26の3枚目,丙3の2及び3)。
原告が,本件事故の翌日及び翌々日に,所定労働時間である8時間半そのまま勤務したという事実は,原告が主張するように本件事故という外傷により第2腰椎圧迫骨折等の障害を負ったのだとしたらおよそ出勤などできるはずもないであろうという意味でも,また,平成23年3月17日及び同月18日は痛みで全く動けず欠勤したという原告の供述と全く相容れず矛盾するという意味でも,本件事故の発生及び本件事故による原告の負傷という事実の不存在を強くうかがわせるものである。
なお,本件勤怠記録は,指紋認証を要するという性質上,機械的に記録されるものであり,主に派遣社員が自ら記入していたという時間管理表及びこれを基にHらが作成していたという出勤表も,この指紋認証機による記録との照合を行って訂正等を行っていた(証人H・10頁)ことからして,誤った記録がなされるとは考え難いものである。指紋認証機に指紋が通らない場合には手入力を行う場合がある(証人E・28頁)ことからして,出勤したのに出勤扱いとなっていない場合はありえようが,出勤していない,すなわち指紋認証を行っていないのに出勤扱いとなっている可能性は考え難い。乙26の内容から見て,欠勤者については「開始時間」,「終了時間」及び「実労」の各欄に何の記載もなされないはずであるところ,本件勤怠記録中に欠勤者について何らかの記載がされたことをうかがわせるようなものは存在せず,指紋認証を行った出勤者のみが記録されていると認められる。
この点原告は,本件勤怠記録の信用性について縷々主張するが,原告の指摘する本件勤怠記録と矛盾する証拠は結局のところ,全て原告の供述のみであり,これを裏付けるに足りる客観的な証拠はない。なお,本件勤怠記録の提出時期が遅く不自然である旨の指摘については,確かに,被告Y2社,被告Y4社及び被告Y3社は平成23年3月17日については原告の欠勤の事実を認める旨の認否を一度している(平成28年1月12日付け準備書面(3)の9頁)。しかしながら,審理の経過を見るに,上記被告らは,当初,本件事故の発生については本件原処分等で争われていなかったこともあり,本件事故後の出勤状況について特に争う姿勢ではなかったゆえ,上記認否を行ったものと認められる。ところが,被告Y1社から時間管理表(丙3)及び出勤表(丙4)が提出されたあたりから,原告の出勤状況が徐々に争点となっていったものであることがうかがわれる。そして,かかる状況となったことから,被告Y4社において資料を確認し,本件勤怠記録を証拠として提出したのだとしても特に不自然とはいえない。結局のところ,本件勤怠記録の信用性を否定するためには,出勤しておらず,指紋認証を行っていないにもかかわらず,事後的に出勤したかのように記録を改ざんすることができたこと,及び,本件において,実際に改ざんがなされたことが認められるか,少なくとも改ざんの可能性をうかがわせるような事情が認められることが必要と解されるところ,本件の全証拠を見ても,そのような可能性はみじんもうかがわれない。
(3)原告の主張する事故態様の不自然性について
さらに,原告が主張する以下のような本件事故の態様自体が,不自然不合理である。
ア ブルーボックスの重量に係る主張について
原告が主張する本件事故の態様は,重量65キログラム超のブルーボックスを荷揚げし,そこからベルトコンベアに流す作業を行っていたところ,ブルーボックスをさらに勢いをつけて荷台に上げようとしたときに,ブルーボックスを持ったまま腰がのけぞってしまったというものである。
しかし,原告の主張するところのブルーボックスが65キログラム以上との数字は,そもそも屈強な成人男子でも箱の形状で持ち上げるのは困難な重量であり,かかる極端な数字自体がまず信用し難い。被告Y2社による撮影報告(乙10)によれば,メール便が200通入ったブルーボックスの重量が20キログラム超であり,重くとも30キログラムを超えることはないと認められること,被告Y3社社員が本件営業店で行った実験でも,目測で6割ないし8割程度のメール便が詰められたブルーボックスの重量が23ないし24キログラム程度であると認められ(乙37の1,2),Eがメール便業務にかかわった10年弱の間でも腰痛を訴えた者はいないとの証言(証人E・11,12頁)もこれに合致するところ,原告の主張はこれらとも全く合致しない。この点原告は,ブルーボックスの単純なサイズから割り出した容量に,紙の密度(甲29)を基礎に8割を収納した場合の重量を計算し,最小で約65キログラム,最大で約127キログラムであったなどという,机上の計算結果を主張の根拠とするようであるが(平成27年11月2日付け原告準備書面3・20頁),それは何らの実証を伴わない机上の計算結果に過ぎない。これをおいたとしても,実際にブルーボックスにメール便を収納している際の様子(乙10,37)からも明らかなとおり,ブルーボックスにメール便を収納するにあたっては,それぞれのメール便の形状とブルーボックスの形状(内径)との差異,さらには各メール便の包装と内容物との形状の差異等から,実際には多くの隙間が生ずるため,全体の8割もの容量を詰め込むことは非現実的であるというほかはない。また,個々のブルーボックスに目いっぱいメール便を詰め込む作業をすれば,上記報告における20ないし24キログラム程度に比して重いブルーボックスが生ずることはありえようが,隙間なく目いっぱい詰め込もうとすれば,その作業には当然通常よりも多くの時間を要するだけでなく,個々のメール便を損傷する可能性も高まるのであって,運送業であるという性質からしても,そのような非効率的な作業が行われていたとも考え難い。
イ 作業状況に係る主張について
前提事実(5)のとおりの作業内容に照らすと,原告がブルーボックスを荷台に上げようとしていたという作業は,床からホームに上げる作業であったと考えられるところ,前提事実(4)のとおり,床からホームまでの高さは89センチメートルであり,身長174センチメートル(甲65)の原告の腰に届こうかという程度の高さである。それゆえ,原告が主張し,供述する「腰からかなり高い位置にあったため,一人で勢いをつけて」ブルーボックスを上げようとしたという行為態様も不自然である。
また,原告は,本件事故当時は東日本大震災の直後であり普段の3倍から5倍の量の荷物があったと主張し,供述する。しかしながら,平成23年3月11日に発生した東日本大震災の直後の東北地方は流通が途絶した状態であったことは公知の事実であり,東北地方を対象としたメール便等の受入れは停止しており,荷物は大幅に減っていたとの説明(乙32,証人E)も首肯できるものであることと合致しない。
さらに,原告は,本件事故当日,Fが遅刻してきたことで作業人員が不足していたかのように主張し,供述する。しかしながら,上記のとおり信用性の高い本件勤怠記録によれば,Fは本件事故当日の午後6時58分に出勤したことが認められ,Fの他の日の出勤時間が概ね午後7時ないし午後8時であることに照らしても,Fは定時に出勤したものと考えられる。
結局,これら原告の事故態様に関する説明は,作業の過酷さを強調し,ひいては本件事故の発生とこれによる負傷の程度を強調せんがために,かえって客観的事実と合致しない不自然なものとなっているというほかはない。
(4)小括
上記(1)ないし(3)からすれば,原告が主張し,供述する,本件事故の態様やこれによる負傷等に関する説明は,多くの点で不自然不合理であるだけでなく,客観的事実と相容れない,矛盾する点も多く,到底採用することはできないものというほかはない。
そして,原告の供述が採用できないとして,そのほかに本件事故の発生及びこれと因果関係ある損害の発生を認めるに足りる証拠やその存在をうかがわせる証拠はなく,むしろ逆にこれらを否定する証拠が多数存在するところである。
したがって,本件においては,本件事故の発生及びこれと因果関係のある損害の発生を認めるに足りる証拠はないと言わざるを得ない。
2 労災支給決定等に関する検討
なお,上記1のとおり本件事故の発生及びこれと因果関係のある損害の発生が認められないとした場合,この判断は,本件事故が発生したことを前提として,労災支給決定を行った本件原処分並びにこれを維持した本件審査請求及び本件再審査請求に対する各決定とは,その前提を異にすることとなる。
前提事実のとおり,本件給付請求書(甲30)には原告による本件事故に関する記載がなされた上で,事業主による証明の欄に被告Y1社の記名押印がなされている。この点につきHは,証人尋問において,原告が,平成23年3月25日に被告Y1社の事務所を訪れ,「⑱ 災害発生の事実を確認した者の職名,氏名」欄以外が概ね記入された本件給付請求書を持参して,これへの記名押印による証明を求めるとともに,退職を願い出たこと,Hが,被告Y1社の代表者に対して,原告のいう事故の現認者は誰もいないが,どう対応すべきか報告の上問うたところ,被告Y1社の代表者は,原告が持参した以上押印はせざるを得ないであろう,あとは労働基準監督署の判断に委ねると述べて押印したこと,ただし,上記⑱の欄は現認した者がいなかったことから何ら記入されなかったこと,被告Y1社から労働基準監督署への傷病報告はしていないこと,後に労働基準監督署員から電話があり,現場の責任者は誰か聞かれたので自分と答えたこと等を証言する(丙6,証人H・11,23,31頁)。
被告Y1社が上記のような理由で本件給付請求書の証明を行ったことの当否はともかくとして,現実の対応としてこれはあり得るという意味で,Hの上記供述は信用性が認められる。そうだとすると,本件原処分はかかる経緯で作成・記入された本件給付請求書を基に,本件事故の発生の事実については関係者の間で争いがない(被告Y1社も認めている)との前提で調査検討が行われたものと認められる。そして,本件審査請求及び本件再審査請求に対する各決定を見ても,これは同様である。
とすれば,本件原処分及びその後に続く各決定はいずれも本件事故の発生は関係者の間で争いのないことを前提としてなされたものにすぎないから,上記の各証拠を検討した結果,本件事故の発生の事実自体が認められない本件と結論が異なるのもやむを得ないといえる。そのため,本件原処分等において本件事故の発生が否定されていないことは,上記1の認定判断に何らかの影響を与えるものではない。
3 まとめ
したがって,本件においては,被告らの安全配慮義務その他の責任原因を検討する前提である,本件事故の発生とこれによる損害の発生という事実自体を認めるに至らないものであるから,被告らの責任原因に関する主張は全て,その前提を欠くものとなる。
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも認められない。
第5 結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第33部
(裁判長裁判官 原克也 裁判官 中野達也 裁判官 小久保珠美)
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