「営業支援」に関する裁判例(103)平成21年 8月17日 東京地裁 平20(ワ)13713号 地位確認等請求事件
「営業支援」に関する裁判例(103)平成21年 8月17日 東京地裁 平20(ワ)13713号 地位確認等請求事件
裁判年月日 平成21年 8月17日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)13713号
事件名 地位確認等請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2009WLJPCA08178001
要旨
◆会社代表者からのセクハラに対し抗議をしたところ、報復的な業務外しや転籍等のパワハラを受け、さらには解雇されるに至ったとする原告が、会社及び代表者に対し不法行為や債務不履行に基づく損害賠償請求をした事案について、代表者が原告に体の線を強調するスーツを着用して受付業務を担当するよう命じたこと自体がセクハラや業務外の強要行為とはいえないとしても、原告がその着用を拒否したことには理由があり、そのことを理由に原告に不利益な扱いをすることは、報復的なパワハラにあたるし、原告に対する解雇に合理性や相当性は認められないとして、被告らの共同不法行為責任を認め、慰謝料を認容した事例
参照条文
民法709条
民法710条
民法719条
裁判年月日 平成21年 8月17日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(ワ)13713号
事件名 地位確認等請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2009WLJPCA08178001
東京都港区〈以下省略〉
原告 X
訴訟代理人弁護士 吉川愛
東京都文京区〈以下省略〉
被告 Y1株式会社
代表者代表取締役 Y2
埼玉県吉川市〈以下省略〉
被告 Y2
被告ら訴訟代理人弁護士 緒方孝則
同 海老原信彦
同 塩野正視
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して200万円及びこれに対する平成20年5月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告らに対するそのほかの請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,5分の1を被告らの負担とし,そのほかを原告の負担とする。
4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 原告の請求
被告らは,原告に対し,連帯して1000万円及びこれに対する訴状送達の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 原告は,被告Y1株式会社(以下「被告会社」という)に勤務していた間,被告会社代表者の被告Y2から,同被告の好みのままに女性の体の線を強調するようなスーツを試着させられるなどのセクシャルハラスメントを受けて抗議をしたところ,報復的な業務外しや転籍命令等のパワーハラスメントを受け,さらには被告会社を解雇させられるに至り,その結果,多大な精神的苦痛を被ったと主張して,被告らに対し,連帯して,共同不法行為(被告会社については,雇用契約上の職場環境維持義務等に違反した債務不履行との選択的併合)に基づく損害賠償1000万円と,これに対する訴状送達の日である平成20年5月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。
2 前提となる事実(当事者間に争いがない)
(1) 被告会社は,放射線治療機器及びその他の医療機器類の輸入,販売,保守並びに修理等を目的とする株式会社であり,被告Y2は,被告会社の代表取締役である。
(2) 原告は,平成19年4月1日,被告会社に入社し,同月20日以降,学術担当の正社員としてマーケティング部で勤務した。
原告は,入社直後に開催された医療機器等の展示会(以下「△△△△」という)において,受付業務を担当した。
(3) 被告Y2は,平成20年4月に開催が予定されていた展示会(以下「◇◇◇◇」という)に向けて,同年1月後半ころ,原告に対し,同被告が受付業務用に購入しておいた3色のコンパニオンスーツ(以下「本件スーツ」という)の試着を命じた。原告は,これに従い本件スーツを試着したが,被告Y2に対し,「このような服は着られません」と言って,これを着用して受付業務をすることに難色を示した。
(4) 被告Y2は,平成20年4月4日から6日にかけて開催された◇◇◇◇に,原告を参加させなかった。
被告会社は,4月7日,原告に対し,4月21日付けでa株式会社(代表者被告Y2,以下「a社」という)に転籍のうえ同社仙台営業所に配属する旨の命令(以下「本件転籍命令」という)を出したが,原告は,これに同意しなかった。
被告会社は,4月24日,原告に対し,著しい勤務不良があり,業務遂行に支障を来したという理由で,原告を4月20日付けで解雇をした(以下「本件解雇」という)との通知をした。
3 本件の争点
被告らについて共同不法行為(セクハラ,パワハラ,不当解雇)の有無,または,被告会社について雇用契約上の職場環境維持義務等に違反した債務不履行の有無
4 当事者の主張
【原告の主張】
(1) 被告Y2のセクハラ等の経過
ア 原告は,入社直後(平成19年4月)に開催された△△△△において,受付業務を担当するに当たり,本件スーツに似たコンパニオンスーツを着用させられて,強い不快感を覚えた。被告Y2は,原告に対し,翌年の展示会において受付要員のコンパニオンを雇うと約束した。
イ ところが,被告Y2は,平成20年1月後半ころ,◇◇◇◇の受付業務用に同被告が好みに合わせて購入しておいた本件スーツとハイヒールの試着を命じた。本件スーツは,女性の体の線を強調するような派手なものであり,ハイヒールは,かかとの高さが約12センチのピンヒールであった。原告は,命令に従い嫌々ながら試着したものの,「このような服は着られません」と述べて,これを着用することに難色を示した。しかし,被告Y2から,着用しなければ◇◇◇◇に参加させないと繰り返し言われたために,このままでは着用せざるを得なくなるのではないかと不安になって体調を崩し,1月31日に病院でストレス性胃潰瘍と診断された。
ウ 原告は,被告Y2の好みのままに女性の体の線を強調するような本件スーツを試着させられたことは,原告の業務外の強要行為であり,セクハラにも当たると考えて,3月28日,女性の上司を通じて被告Y2に対し,本件スーツの着用を拒否する旨の抗議をした。このときから同被告は,原告に対し,整理整頓が行き届いていないと非難したり,◇◇◇◇に参加させないと強く言うようになった。
被告Y2は,3月30日,被告会社の花見で,原告を無視したり,バカ呼ばわりをした。さらに,3月31日,原告に対し威圧的に◇◇◇◇に参加させないと断じて,これまで企画や準備を分担してきた原告がいなければ困るという上司の取りなしも聞き入れず,結局,4月4日から6日にかけて開催された◇◇◇◇に,原告を参加させなかった。
エ 被告会社は,4月7日,原告に対し,勤務地が東京に限定されていたにもかかわらず,仙台への転居を伴う本件転籍命令を出した。いっさい内示等を受けていなかった原告は,被告Y2に転籍の理由や転籍後の労働条件の説明を求めたが,同被告は,転籍に社員の同意は必要ないと言うだけで具体的な説明をせず,本件スーツの着用を拒否したから本件転籍命令を出したのかという質問にも,はぐらかすような態度をとった。
原告が,4月17日,被告会社に対し,本件転籍命令に同意しない旨の通知をしたところ,被告Y2は,原告を解雇すると言い出し,これに基づき被告会社は,4月22日までに,原告に対し,鍵や保険証等の返還を求めたり入室のための暗証番号を変更するなどして,原告を被告会社から排除する措置をとった。
被告会社は,4月24日,原告に対し,著しい勤務不良があり,業務遂行に支障を来したという理由で本件解雇をした(4月20日付け)との通知をした。
(2) 被告らの責任及び原告の損害
ア 被告Y2が,原告に対し,同被告の好みのままに女性の体の線を強調するような本件スーツの試着を命じたことは,業務外の強要行為やセクハラに当たる。
そして,原告が◇◇◇◇の準備段階で本件スーツを着用しない旨の抗議をした後に,被告Y2または被告会社が繰り返した業務外し,本件転籍命令等は,同抗議に対するあからさまな報復でありパワハラに当たる。
イ 被告らは,本件解雇の理由として,原告の能力不足,協調性の欠如等を挙げている。
しかし,原告は,上記の抗議のころまで,何の問題もなく担当業務をこなしてきたのであり,平成20年5月には被告Y2と米国出張に同行する予定であった。被告らの主張する解雇理由は,いずれも事実無根のものか後からこじつけたものにすぎず,本件解雇は不当であることが明らかである。
ウ したがって,被告らは,原告に対し,一連のセクハラ,パワハラ,不当解雇について,共同不法行為責任を負う。また,被告会社は,雇用契約上,労働者にとって働きやすい職場環境を維持すべき義務等に違反した債務不履行責任も負うというべきである。
原告は,以上のような被告らの共同不法行為等により多大な精神的苦痛を被った。これを慰謝するに足りる額は1000万円(セクハラ,パワハラについて300万円,不当解雇について700万円)を下回らない。
【被告らの主張】
(1) 被告らのセクハラ等の不存在
ア 本件スーツは,ある程度華やかさが求められる受付業務用であるから,スカートの丈が若干短い等の特徴があるが,女性の体の線を強調するような派手なものではない。また,これは,◇◇◇◇の受付用に被告会社が定めた業務上の制服であり,業務外のものではなく,実際に,同展示会で女性社員がこれを着用して,滞りなく受付業務をこなしている。したがって,被告Y2が原告に対し本件スーツの試着を命じたことは,業務外の強要行為やセクハラに当たらない。
イ 後記(2)アのとおり,被告Y2は,原告が◇◇◇◇で展示される医療機器の性能についての簡単な質問にも分からないとしか答えられなかったために,このままでは十分な顧客対応ができないと判断して,原告を同展示会に参加させなかったのである。すなわち,原告の不参加は,原告自身の能力不足の結果であり,原告の本件スーツの着用拒否に対する報復的な業務外しではない。
そのころ,被告Y2は,原告の能力不足等を問題視して,マーケティング部からの配置換えの必要性を感じていた。そこで,平成20年3月下旬ころ,被告会社の各部門に原告の受入れを打診したが,いずれからも拒否されたため,唯一事務職に空席があったa社の仙台営業所に原告を異動させることにした。しかし,原告がこれに同意せず,一方で退職勧奨にも応じなかったことから,やむを得ず本件解雇に至ったものである。
このように,本件において,被告らに報復的なパワハラと評価されるような行為はない。
(2) 本件解雇の相当性
ア 被告会社は,約5年間の海外留学経験から英語力等を期待して,原告を学術担当として採用し,原告に対し一般事務職よりも高額の給与を支給していた。ところが,原告の勤務実績は,①入社後1年間でこなした翻訳がわずか数点にとどまったこと,②入手した文献リストをファイルに綴るだけで活用方法の具体策を講じようとしなかったこと,③平成19年7月と10月の海外出張報告が見聞録に終始しており,学術的な水準に達していなかったこと,④平成20年2月ころ以降,営業支援をしたが,簡単な報告書を作成するのみでその後のフォローがなかったこと,⑤同年3月に開催された学会の報告書が,作成指示後1か月以上も経ってからようやく提出されたことなど,マーケティング部の学術担当として不十分なものであった。
原告の能力に不信感を持った被告Y2は,◇◇◇◇の開催に先立ち,そこで展示される医療機器の性能について簡単な質問をしたが,原告は分からないとしか答えられず,その能力不足を露呈した。
また,原告は,被告会社の勤務時間中に,同被告の設備備品等を無断使用して,他社から依頼された翻訳等をしていたこともある。
イ そのほかに,原告は,平成19年11月から12月にかけて,他の社員と口論を繰り返すなど,協調性に欠ける態度をとり,職場環境を著しく悪化させて,当該社員を退職に追い込んだ。また,原告は,同じころ,福岡で開催された学会後の会食において,被告Y2と個人的つきあいがあるような言動をして,被告会社内の信頼関係を毀損した。
さらに,原告は,自席の周辺に荷物や書類を放置して,再三の注意にもかかわらず整理整頓をしようとせず,帰宅時の机や書棚の施錠を怠り,重要書類やデータ等を盗難の危険にさらした。
ウ 本件解雇は,以上のような原告の,マーケティング部学術担当としての能力不足,協調性の欠如等に基づくものであるから,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当である。
第3 争点についての判断
1 前記前提となる事実,証拠(甲2~7,8の1,10,14,16,17の1・2,18,乙1,2,3の1・2,4~7,9,10,原告本人,被告Y2本人)と弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 本件スーツの試着までの経過
ア 原告(昭和○年生,女性)は,未経験ではあったがマーケティングの仕事を志望しており,人材派遣会社の紹介を受けて(乙3の1),平成19年4月1日,医療機器類の販売等を目的とする被告会社に入社し,同月20日以降,学術担当の正社員としてマーケティング部で勤務した(甲2)。雇用契約上,期間の定めはなく(乙3の2),勤務地を東京に限定する旨の合意もなかった。
イ 原告は,入社直後の平成19年4月初旬に横浜で開催された△△△△において,被告会社が用意したコンパニオンスーツ(本件スーツに似ているが異なるもの)を着用して,顧客等の誘導,案内等の受付業務を担当した(甲17の1・2)。その際,原告は,マーケティングの仕事を志望して被告会社に入社したのにコンパニオンのような格好をさせられ,不快感を覚えた。
また,原告は,被告会社が宿泊予約をした横浜のホテルのラウンジで,夜中まで二次会に医師等と同席して,飲酒等の接待をさせられたことにも疑問を感じていた。
ウ 平成19年の終わりころから,◇◇◇◇の準備が始められ,原告もこれに加わっていた。
被告Y2は,平成20年1月後半ころ,原告を社長室に呼び出して,同被告が受付業務用に購入しておいた本件スーツとハイヒールの試着を命じた。本件スーツ(上着,ミニスカート,キャミソールのセット)は,サイズや着用の仕方等によっては,女性の体の線を強調するような派手なものであり(甲14),ハイヒールは,かかとの高さが約12センチのピンヒールであった(ただし,乙1,2によれば,◇◇◇◇で受付業務を担当した女性社員は,キャミソールではなく,被告会社の制服である白いブラウスを着用しており,それほど派手な姿にはみえない)。原告は,命令に従い本件スーツの上着とスカートを試着して,ハイヒールも履いたが,前年の展示会での不快感を思い出し,被告Y2に対し,「このような服は着られません」と述べて,本件スーツを着用することに難色を示した。
原告は,再び不快感を味わいたくないと考えて,マーケティング部課長のAに,被告Y2に対しあらためて着用拒否の意向を伝えてほしいと依頼した。
(2) 本件スーツの試着後の経過
ア その後,原告と被告Y2の間に目立ったトラブルはなく推移しており,平成20年5月には米国出張に同行する予定も組まれていた。
しかし,3月28日,被告会社社長室において,約1週間後に迫った◇◇◇◇の準備等の最終報告が行われた際,A課長が,これまで企画や準備を分担してきた原告を自前のスーツで参加させたいと申し出たところ,被告Y2は,「参加しなくていい」と言って,同展示会に原告を参加させる意思がないことを明らかにした。そしてすぐにマーケティング部へ行き,「もう◇◇◇◇に来なくていいからな」と言って,原告に対しても直接,参加させないことを明言した。原告が,来なくていいとはどういうことかと質問したが,「なんでもこれはだめ,あれはだめ等と言うが,それはわがままだ。仕事なんだから自分の主張ばかりするな」などと言って,取り合わなかった。
イ 被告Y2は,3月30日,被告会社の花見で原告の挨拶を無視し,原告が他の社員にお酌をしたところ,「こいつにつがれるとバカがうつる」などと言った。
また,3月31日,A課長が,原告を◇◇◇◇に参加させるよう重ねて進言したが,被告Y2は,原告が分担した準備は仕事とはいえないと断じてこれを退けた。そして,同被告は,原告に対し,◇◇◇◇で展示される医療機器の性能について質問し(被告会社が取り扱うトモセラピーという医療機器のフェイズ3の治療法はどんなものがあるかという質問であった),原告が分からないと答えると,「マーケティング部としての仕事をしていない。能力不足だ」,「会社で決めたことなのに,それができないと自己主張をするのはいけないことだ」などと非難した。
ウ 原告は,その後,◇◇◇◇の事前の説明会やミーティングに参加することができず,4月4日から6日にかけての開催中も被告会社に残り,横浜の会場に行くこともなかった。
被告会社とa社は,4月7日,同月21日付けで原告をa社に転籍のうえ同社仙台営業所に配属する旨の本件転籍命令を,原告に対し内示をすることなく,人事異動の一環として会議室に掲示する形で発表した(甲4,5)。
原告は,4月11日,被告Y2に面会を申し入れ,本件転籍命令に同意しないと伝えたうえで,唐突に転籍を命じた理由の説明を求めたが,被告Y2は,威圧的に,「転籍に社員の同意は必要ない」,「自分の義務を果たさず権利を主張しないこと」などと言って,この要求をはねつけ,原告が,真の理由は本件スーツの着用拒否にあるのではないかと質問しても,「こんな細かいことおまえと話しても無駄なの」と言って,相手にしようとしなかった。さらに同被告が,新居や転居の手配等は自分で行えとか,転籍後の給与の額は分からないが減俸も考えられるだろうと言うのを聞いて,原告は,被告Y2は本気で原告を仙台に異動させるつもりがないのではないかと疑いを持った。
エ 被告Y2は,4月16日,営業部長等を介して,本件転籍命令に同意して仙台に行くか被告会社を退職するか選択するよう求めた。これに対し,原告は,仙台へ行かないなら退職せよと命令されたように感じた。
原告は,4月17日,被告会社宛ての内容証明郵便で,本件転籍命令に同意しない旨の通知をした(甲8の1)。これを知った被告Y2は,「自分の権利(甲7の4月17日の項には「義務」と記載されているが,これは「権利」の誤りと考えられる)だけ主張して,おまえ何様か」,「これはおれの会社だ,おれがすべて決めるんだ」,「会社にどれだけ貢献したのか言ってみろ」,「マーケとして不適格だからそうしたんだ」などと原告をののしったうえで,「解雇するからいい,予告解雇だ」,「法的に争うならいつでも受けてやる」,「義務を果たせ,仕事なんてやってんのか,みんなが認めていたらどこでも引き取り手があるはずだ」などと言った。
被告会社は,4月22日までに,原告に対し鍵や保険証等の返還を求めたり,入室のための暗証番号を変更するなどした。これにより,原告は,被告会社に立ち入ることができなくなった。
被告会社は,4月24日,原告に対し,著しい勤務不良があり,業務遂行に支障を来したという理由で,本件解雇をした(4月20日付け)との通知をした(甲10)。
オ 被告会社は,営業を他社に譲渡しており,現在,任意整理中である。また,被告Y2は,a社の経営からも離れている。
(3) 原告の被告会社における勤務状況等
ア 約5年間の海外留学経験を有する原告は,英語力等を期待されて医学論文の翻訳等も行う学術担当になり,ほかの一般事務職に比べて月額で数万円高額の給与の支給を受けていた(原告の給与明細書〔甲3〕とほかの一般事務職の給与明細書〔乙10〕を比較すると,原告の給与は月額で7万円以上高い。なお,原告は平成20年に,賞与等も含めて約469万円を受給する予定であった)。ただし,原告は,専門的な医学知識を身に付けていたわけではなく(そのことを被告Y2も了解していた),主に展示会の準備やポスター制作を担当しており,被告会社に在籍していた約1年間で翻訳をしたのは5件以下であった(一例が乙5)。被告Y2は,原告について,英会話は堪能であるが翻訳能力はマーケティング部の水準以下であり,いくら専門知識がなかったとしても能力向上が遅いという印象を持っていた。
イ 原告は,被告会社を退職した後しばらくして,知人の会社の開業準備を手伝い,平成20年9月ころから,その会社に勤務している(乙9)。
原告は,平成20年3月19日,被告会社の勤務時間中にパソコンを利用して,他社から依頼された翻訳をしたことがある(乙6,7)。
2 認定事実に基づく判断
(1) 被告らの責任について
ア 被告会社の就業規則(23条)は,セクハラについて,「社員は,勤務にあたり次の事項を守り,良好な職場環境及び人間関係の維持に努めなければならない。むやみに体に接触したりするなど職場での性的な言動によって他人に不快な思いをさせたり,また職場環境を悪化させたりしないこと」などと定めている(甲1)。
認定事実によれば,被告Y2が原告に本件スーツの試着を命じた行為の目的は,◇◇◇◇の受付担当者の姿等を確認するもの(文字通りの試着)であったと考えられるから,そこに同被告の女性(原告)に対する性的関心の発露を認めることはできない。実際に同展示会で受付業務を担当した女性社員は,それほど派手な姿にはみえない。したがって,上記行為が就業規則上の性的な言動(セクハラ)に当たるとはいえない。
また,被告Y2が,◇◇◇◇において受付要員のコンパニオンを雇うと約束したとは認められない(仮に,同被告がこのような約束をしたとすると,原告は,試着を命じられた際などにその旨強く抗議等をしたはずである)。展示会の受付業務は,被告会社の顧客等の誘導,案内等を行うものであるから,その担当者の服装を同じスーツで統一することを,ただちに不合理なものということはできない。したがって,上記行為が業務外の強要行為に当たるともいえない。
そうすると,原告が本件スーツの着用を拒否したことは,外形上,「執務及び作業の遂行にあたり,所属長の指揮命令に服する義務」(就業規則21条22号,甲1)に反することにもなる。
イ しかし,本件スーツは,サイズや着用の仕方によっては女性の体の線を強調するような派手なものであること,原告は,△△△△でコンパニオンのような格好をさせられたり夜中まで接待をさせられて,不快感や疑問を感じたこと,原告は,再びそのような不快感を味わいたくないと考えて,◇◇◇◇の準備段階で本件スーツの着用を拒否したこともまた認められる。雇用の分野においては,男女の均等な待遇の確保が図られるべきであること(「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」1条等)にかんがみ,本件スーツの着用を拒否したことについて,これを単なる原告のわがままと非難すること(甲7「3月28日(金)」の項)は相当でない。
そうだとすると,たとえ被告Y2の上記行為がセクハラや業務外の強要行為には当たらないものであったとしても,本件スーツの着用を拒否した原告をことさら不利益に取扱うことは,報復的なパワハラに当たり得るというべきである。
ウ 認定事実によれば,第1に,被告Y2が,◇◇◇◇の企画や準備を分担してきた原告を,受付担当以外の立場で参加させることも可能であったと考えられるのに,本件スーツの着用を拒否したことを理由にこれに参加させなかったことは,報復的な業務外しというべきであり,パワハラに当たると認めることができる。
被告らは,「被告Y2は,原告が◇◇◇◇で展示される医療機器の性能についての簡単な質問にも分からないとしか答えられなかったために,このままでは十分な顧客対応ができないと判断して,原告を同展示会に参加させなかったのである。すなわち,原告の不参加は,原告自身の能力不足の結果であり,原告の本件スーツの着用拒否に対する報復的な業務外しではない」と主張しており,Y2の陳述書(乙4)の記述や同被告本人の供述には,これと同趣旨の部分がある。
しかし,被告Y2は,上記質問をした3月31日より前の3月28日に,すでに原告を参加させないと明言し,しかも,「なんでもだめと言うのはわがまま」とまで言っているのであるから,被告Y2が◇◇◇◇に原告を参加させなかった理由は,原告の本件スーツの着用拒否にあることが明らかというべきであり,これを原告の能力不足の結果というのは不合理である。また,十分な顧客対応ができないと判断したというが,入社直後に△△△△の受付業務を担当した原告が,翌年の◇◇◇◇で同じような業務を行うことについて,特別の支障があったとは考えにくいし,被告Y2が,原告以外の同展示会の受付業務担当者に,上記のような質問をしてその能力を試した形跡もない。
上記供述等部分は,このような点に照らして不合理かつ不自然というべきであり,採用することができない。
ウ 第2に,被告会社が出した本件転籍命令は,◇◇◇◇の終了翌日の4月7日に,原告に対し内示することもなく性急に発表されており,しかも,転籍後の給与額等の労働条件も未定という不完全なものであった。原告は,被告Y2は本気で原告を仙台に異動させるつもりがないのではないかと疑いを持ったほどである。その後,被告Y2が,営業部長等を介して原告に対し,本件転籍命令に同意して仙台に行くか被告会社を退職するか選択するよう求めた経緯によれば,同被告は,実体の伴わない本件転籍命令を出したうえで,仙台へ行くのが嫌なら退職せよと迫り,原告を退職に追い込もうとしたとも考えられる。また,同命令に先立ち,被告Y2が被告会社の各部門に原告の受入れを打診したが拒否されたと認めるべき証拠はないし,原告の勤務地を東京に限定する旨の合意がなかったことにより,本件転籍命令が正当化されるものでもない。
したがって,本件転籍命令は,原告が本件スーツの着用を拒否する旨の抗議をしたことに対する報復的なパワハラに当たると認めることができる。
エ 第3に,被告Y2は,①原告が本件スーツの着用を拒否する旨の抗議をした3月28日以降,原告に対し,会社で決めたことを守らないとか,義務を果たさず権利ばかり主張するなどと繰り返し述べているが,このような制圧的な言葉は,原告の態度に対する嫌悪の現れであり,社員に対する社長の立場を逸脱するものと認められる。また,②本件転籍命令について,「社員の同意は必要ない」と言ったことは,労働法規の解釈に反する不当な攻撃というべきである。さらに,③被告Y2が,花見の席で,「こいつにつがれるとバカがうつる」と言ったことや,本件転籍命令に同意しない旨の通知を知って,「自分の権利だけ主張して,おまえ何様か」,「これはおれの会社だ,おれがすべて決めるんだ」,「会社にどれだけ貢献したのか言ってみろ」,「マーケとして不適格だからそうしたんだ」などと原告をののしったことは,原告に対する屈辱的な暴言というほかなく,被告会社の就業規則24条の「社員は,勤務にあたり次の事項を守り,良好な職場環境及び人間関係の維持に努めなければならない。職責や権限等を利用して,上司が部下に対し暴力をふるったり,侮辱するような言動をするなど精神的苦痛を与えてはならないこと」(甲1)にも反するものである。
したがって,原告の本件スーツの着用を拒否する旨の抗議に端を発した,被告Y2の原告に対する一連の暴言等もまた,パワハラに当たると認めることができる。
オ 認定事実によれば,本件解雇は,被告Y2が原告を◇◇◇◇に参加させない取扱いや本件転籍命令等,一連のパワハラの程度が高じて,いわば破局点までに達したものということができるのであり,不当というべきである。
被告らは,本件解雇に合理性,相当性があると主張するが,そのうち,原告が他の社員を退職に追い込んだこと,被告会社内の信頼関係を毀損したこと,重要書類等を盗難の危険にさらしたことを認めるべき証拠はない。
原告が被告会社在籍中にした翻訳の数は5件以下であり少ないこと,被告Y2は,原告について,翻訳能力は水準以下であり,いくら専門知識がなかったとしても能力向上が遅いという印象を持っていたことなど,被告らの主張に合致する事実も認められる。しかし,本件スーツの試着の前後,原告と被告Y2の間に目立ったトラブルはなく推移しており,平成20年5月には米国出張に同行する予定も組まれていたことなどに照らすと,被告Y2は,少なくとも平成20年3月末ころまで,原告に解雇するほどの能力不足や整理整頓の不備等の問題があるとは考えていなかったものということができる。また,原告は,平成20年3月19日,被告会社の勤務時間中にパソコンを利用して,他社から依頼された翻訳をしたことが認められるが,この程度の単発的な行為が,就業規則(甲1)上の職務専念義務違反(21条11号)を構成し,「勤務成績が悪く,または勤務態度が不良で業務遂行に支障をきたしているとき」(87条1号)に当たるとまではいえない。
したがって,本件解雇に合理性,相当性があるという被告らの主張は失当である。
カ 以上の一連のパワハラや不当解雇は,いずれも被告会社の代表取締役である被告Y2の業務上の意思に基づくものであるから,被告らは,原告に対し,これらのパワハラや不当解雇について,共同不法行為責任を負うということができる。
(2) 原告の損害について
ア 被告らの共同不法行為は,1か月弱の間に次々と重ねられたパワハラと不当解雇であり,態様が悪い。
ただし,本件に,セクハラや業務外の強要行為に当たるものは認められない。原告は,平成20年1月31日,嘔吐等により内科クリニックを受診して,十二指腸潰瘍と診断されたが(甲13),原告が本件スーツの着用を拒否する旨抗議した後,この症状が著しく悪化したり再発した形跡はうかがわれない(甲7には,その後も原告の体調が悪かった旨の記述があるが,これを裏付ける証拠は見当たらない)。被告会社は任意整理中であり,また,被告Y2はa社の経営から離れているから,被告会社と原告の雇用関係は,本件解雇がなくても早晩解消されることが確実であったと考えられる。原告は,本件解雇の約半年後には,知人の会社に就職しており,現在まで相応の給与の支給を受けていると推測される。
イ このような事情を考慮して,被告らの共同不法行為に基づき原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料を200万円と認める。
第4 本件の結論
以上のとおりであるから,原告の請求は,原告が被告らに対し,連帯して,共同不法行為に基づく損害賠償200万円と,これに対する不法行為日の後である平成20年5月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金(原告は,「訴状送達の日」からの遅延損害金の支払いを求めているが,これは,不法行為時を起算日として発生した遅延損害金〔不法行為による損害賠償債務の履行遅滞に基づく損害賠償請求権〕の一部請求と理解することができる)の支払いを求める限度で理由がある。したがって,主文のとおり判決する。
(裁判官 松田典浩)
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