
判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(393)平成13年 4月25日 東京高裁 平10(う)360号 斡旋贈収賄被告事件 〔ゼネコン汚職政界ルート事件・控訴審〕
判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(393)平成13年 4月25日 東京高裁 平10(う)360号 斡旋贈収賄被告事件 〔ゼネコン汚職政界ルート事件・控訴審〕
裁判年月日 平成13年 4月25日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平10(う)360号
事件名 斡旋贈収賄被告事件 〔ゼネコン汚職政界ルート事件・控訴審〕
裁判結果 控訴棄却 上訴等 上告 文献番号 2001WLJPCA04250009
要旨
◆斡旋贈収賄罪を構成する一事例
◆国会議員が、公取委委員長に対して、公取委が調査している個別の審査事件に関し、告発をしないように強く働きかけることは、独禁法違反事件の調査及び告発に関する職務を独立して適正に執行すべき職責を有する公取委委員長に対して、刑法一九七ノ四(平成七年法律第九一号による改正前のもの)にいう「職務上相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」斡旋したことに該当するとした事例
◆土木建築工事の請負等を業とする建設会社の副社長であった被告人甲が、公正取引委員会が、県内の公共工事を受注する同社等の建設会社の支店の営業責任者らにより組織されていた同業者団体の会員による入札談合の疑いがあるとして調査を続けていたことに関し、衆議院議員である被告人乙に対し、公正取引委員会が告発をしないよう、同委員会委員長に働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託をし、これを承諾した被告人乙に対し、その報酬として金員を供与し、被告人乙が同金員の供与を受けた場合には、被告人甲及び被告人乙の各行為は、それぞれ刑法(平成七年法律第九一号による改正前のもの)一九八条の斡旋贈賄罪、同法一九七条ノ四の斡旋収賄罪を構成する。
新判例体系
刑事法編 > 刑法 > 刑法〔明治四〇年法律… > 第二編 罪 > 第二五章 汚職の罪 > 第一九七条の四 > ○あっせん収賄罪 > (二)事例
◆土木建築工事の請負等を業とする建設会社の副社長であった被告人甲が、公正取引委員会が、県内の公共工事を受注する同社等の建設会社の支店の営業責任者らにより組織されていた同業者団体の会員による入札談合の疑いがあるとして調査を続けていたことに関し、衆議院議員である被告人乙に対し、公正取引委員会が告発をしないよう、同委員会委員長に働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託をし、これを承諾した被告人乙に対し、その報酬として金員を供与し、被告人乙が同金員の供与を受けた場合には、被告人甲及び被告人乙の各行為は、それぞれ刑法(平成七年法律第九一号による改正前のもの)第一九八条の斡旋贈賄罪、同法第一九七条ノ四の斡旋収賄罪を構成する。
刑事法編 > 刑法 > 刑法〔明治四〇年法律… > 第二編 罪 > 第二五章 汚職の罪 > 第一九八条 > ○贈賄罪 > (四)ノ二 事例
◆土木建築工事の請負等を業とする建設会社の副社長であった被告人甲が、公正取引委員会が、県内の公共工事を受注する同社等の建設会社の支店の営業責任者らにより組織されていた同業者団体の会員による入札談合の疑いがあるとして調査を続けていたことに関し、衆議院議員である被告人乙に対し、公正取引委員会が告発をしないよう、同委員会委員長に働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託をし、これを承諾した被告人乙に対し、その報酬として金員を供与し、被告人乙が同金員の供与を受けた場合には、被告人甲及び被告人乙の各行為は、それぞれ刑法(平成七年法律第九一号による改正前のもの)第一九八条の斡旋贈賄罪、同法第一九七条ノ四の斡旋収賄罪を構成する。
裁判経過
上告審 平成15年 1月14日 最高裁第二小法廷 決定 平13(あ)884号 斡旋贈賄、斡旋収賄被告事件 〔ゼネコン汚職政界ルート事件・上告審〕
第一審 平成 9年10月 1日 東京地裁 判決 平6(刑わ)509号・平6(刑わ)571号 斡旋贈収賄被告事件 〔ゼネコン汚職政界ルート事件・第一審〕
出典
高刑 54巻1号46頁
東高刑時報 52巻1~12号21頁
裁判所ウェブサイト
判タ 1068号248頁
高刑速 平成13年 58頁(3135号)
参照条文
刑法197条の4(平7法91改正前)
刑法198条(平7法91改正前)
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律28条
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律73条1項
裁判年月日 平成13年 4月25日 裁判所名 東京高裁 裁判区分 判決
事件番号 平10(う)360号
事件名 斡旋贈収賄被告事件 〔ゼネコン汚職政界ルート事件・控訴審〕
裁判結果 控訴棄却 上訴等 上告 文献番号 2001WLJPCA04250009
主 文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。
理 由
被告人A(以下「被告人A」という。)の控訴の趣意は、弁護人早川晴雄、佐々木史朗、山崎惠美子、宇津呂英雄、小林將啓、薄金孝太郎、石原修共同作成の控訴趣意書、控訴趣意補充書に、被告人B(以下「被告人B」という。)の控訴の趣意は、弁護人野崎研二、中川徹也、小島滋雄、木ノ元直樹共同作成の控訴趣意書、控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官山下永壽作成の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。
被告人Aの弁護人の所論は、〈1〉 法令の解釈の誤りとそれに基づく理由不備、〈2〉 訴訟手続の法令違反、〈3〉 事実誤認の主張であり、被告人Bの弁護人の所論は、〈1〉 事実誤認、〈2〉 法令解釈適用の誤り、〈3〉 訴訟手続の法令違反、〈4〉 量刑不当の主張である。
第1 被告人Aの弁護人の理由不備の主張について【A・控訴趣意第一点】
被告人Aの弁護人の所論は、要するに、原判決は、犯罪事実として、「被告人Aは、公正取引委員会(以下「公取委」という。)が……「C会」の会員による私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)違反の事実があるとして調査を続けていたことに関し、……被告人Bに対し、公取委が告発をしないよう、同法違反事件の調査及び告発に関する職務を独立して適正に執行すべき職責を有する公取委委員長D(以下「D」という。)に働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託をし、これを承諾した被告人Bに対し、その報酬として現金1000万円を供与し、もって、他の公務員に職務上相当の行為をさせないように斡旋をすることの報酬として賄賂を供与した。」旨判示したが、この判示は、平成7年法律第91号による改正前の刑法(以下改正前の刑法を単に「刑法」という。)197条ノ4の構成要件の重要な部分を欠落し、かつ趣旨も不明確である、すなわち、同条の「他ノ公務員ヲシテ其職務上……相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」斡旋をするとは、他の公務員に職務上の義務に違反する不作為をさせるように斡旋をすることを意味し、本件の独禁法73条1項の規定に基づく告発のように公務員の裁量行為に属するものである場合においては、「告発をしない」という裁量行為が、正当な裁量権の範囲を逸脱し、著しく不当であって、公取委委員長の職務上の義務に違反することをいうもの、換言すれば、「告発すべきものと認められる場合であっても告発しない」ように斡旋することを意味することが明らかであるところ、原判決は、検察官が「公取委が告発すべきものと思料される場合であっても告発しないように働きかけてもらいたい」旨の斡旋方の請託をしたと主張したのに対し、「告発すべきものと思料される場合であっても」の主張を明白に否定し、単に「告発をしないように」と判示しており、この判示は、職務上の義務に違反しても告発をしないようにとの不法な不作為の斡旋の趣旨は含まれていないというほかはなく、斡旋贈収賄罪を構成しないものであるから、原判決が犯罪事実として判示するところは、およそ斡旋贈収賄罪の構成要件を充足しないものであり、原判決には、刑法198条(197条ノ4)の解釈を誤った結果、理由の不備があり、到底破棄を免れない、というのである。
そこで、検討するに、原判決は、被告人BのD委員長に対する告発見送りの強い働きかけを認定したが、「告発すべきものと思料されるかどうかは、公取委の調査の結果最終的に決まることであるのに対し、被告人Bの働きかけの趣旨は、公取委の調査の終了を待ってその結果次第でといういわば条件付きで、D委員長に告発しないようにして欲しいと申し入れたものではなく、調査が完了しなくとも、むしろ、調査が完了しない前だからこそ、告発しない方向に調査自体を持っていって欲しいと申し入れたものと解する方が自然であり、そういう趣旨ではなかったことをうかがわせる証拠もないので、公取委が告発すべきものと思料される場合であってもとの条件なしに、被告人BがD委員長に対し、公取委が告発しないように働きかけたものと認定した。」旨判示している。公取委は告発するか否かの裁量権を有するものであるから、告発すべきものと思料される場合であるにもかかわらず告発しないことが相当の行為をしないことの典型的な場合であることは所論指摘のとおりであるが、これに限られるわけではない。告発すべきものと思料される場合であるか否かにかかわらず、公取委が個別の審査事件について調査している際に、国会議員が、公取委委員長に対して、その審査事件に関し、これを告発をしないように強く働きかけることは、独禁法違反事件の調査及び告発に関する職務を独立して適正に執行すべき職責を有する公取委委員長に対して、刑法197条ノ4にいう「職務上相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」斡旋したことに該当すると解されるところ、原判決はこれと同旨の見解の下に、被告人Aが被告人Bに依頼したのは、そのような職責を有する公取委委員長に対する告発見送りの働きかけをすることであると認定判示したものといえるから、「職務上相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」斡旋することを請託した旨の判示として、理由に欠けるところはない。
なお、被告人Aの弁護人は、原判決の判示する「告発をしないよう」という文言の意味について、独禁法違反行為の調査をやめるということであれば、「相当な行為をしない」すなわち職務上の義務に違反する不作為に当たるが、告発しない方向に調査自体を持って行く、すなわち調査を枉げるということは、不正の作為であって、不作為すなわち相当な行為をしないことには当たらない、と主張するが、「告発しない方向に調査自体を持っていく」ことが即「不正の作為」であるとする弁護人のその主張は、余りにも字面にとらわれた短絡的な解釈というほかはない。「告発しない方向に調査自体を持っていく」方法としては、通常は、告発のための調査を行う中で、意図的に、手を抜き、告発をするために必要な証拠の収集活動を行わないとか、それ以上の調査を進めない、あるいは、告発ができるだけの証拠があるのにこれを無視するなどといった方法が考えられるところ、これらは、いずれも、弁護人のいうところの「調査を枉げる」という性質の行為であると思料されるが、いずれも、実態的には、作為ではなく、不作為である。
ちなみに、調査が終了した段階においては、告発できるだけの証拠があり、告発すべきであるにもかかわらず、告発をしないと決する行為も、不作為に当たり、以上のような不作為を求める行為が、いずれも、「相当の行為をしない」ように求める働きかけ行為以外の何ものでもないことは明らかである。
理由不備をいう論旨は理由がない。
第2 事実誤認の主張について【A・控訴趣意第四点、B・控訴趣意(事実誤認について)(D証言の信用性について)】
本件において、平成4年1月13日、E株式会社(以下「E」という。)の土木部門を統括する副社長であった被告人Aから、衆議院議員である被告人Bに対して、金1000万円が交付された事実は、被告人両名もこれを認め、証拠上明白であるところ、原審において、被告人Aの弁護人は、被告人Aは、C会事件に関して、公取委委員長に対し公取委が告発しないよう働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託をしたことはないから、本件1000万円が斡旋に対する報酬ではあり得ず、それは、国会議員である被告人Bに対し政治活動の資金として建設業界からの政治献金をしたものであると主張し、被告人Bの弁護人は、被告人Aによる不正の請託も、その結果としての被告人Bによる公取委委員長に対するC会事件の告発回避の働きかけも全く存在しない上、公取委がC会事件の告発を見送ったのは、政府部内において、C会事件の告発見送りを交換条件として罰金額引上げの独禁法改正を実現させるという同時決着の合意ができていたからであり、被告人Bは、同時決着に向けた動きが始まっていることを確信していたのであるから、被告人Aから請託を受けて公取委委員長にC会事件の告発見送りを要請する必要もなかったのであって、本件1000万円は、建設業適正取引推進機構(以下「推進機構」という。)設立のための被告人Bの努力と行動を知った被告人Aが、建設業界の将来を展望した被告人Bの姿勢と推進機構の設立に向けた行動力とを評価し、将来にわたって建設業界に対する指導を依頼する趣旨で、同業界を代表して、被告人Bに提供した政治献金であると主張したが、原判決は、弁護人らの主張を排斥し、本件斡旋贈収賄罪の成立を認めた。
原判決は、本件において、不正の請託の存在及び1000万円の賄賂性に関する直接的な証拠はないとしながら、間接事実を総合して不正の請託及び賄賂性の存在を認定したが、その間接事実の主たるものは、〈1〉 本件1000万円がEの簿外資金から支出されたものであり、正規の政治献金とは別の機会に定期献金をはるかに上回る1000万円が提供され、領収証を求めたことはないため、領収証は出されておらず、政治資金規正法に従った処理がなされていないこと、〈2〉 本件1000万円の趣旨に関する、建設業界からの政治献金である旨の被告人A、被告人Bの各供述が措信できないこと、〈3〉 被告人Aは、公取委が調査していた埼玉県内に支店、営業所等を有する大手ゼネコンを含む建設業者66社の支店等の営業責任者らにより組織されていた「C会」(以下「C会」という。)による独禁法違反(入札談合)事件について、公取委に告発されるおそれをC会の一般会員会社関係者より強く抱き、できるだけ告発を回避したいとの意欲を持っていたこと、〈4〉 L2党の独禁法調査会会長代理をしていた被告人Bが、公取委委員長Dに対し、2回にわたり、C会事件の告発見送りを強く要請していること、〈5〉 被告人Bが被告人Aに対し、平成4年4月14日、告発見送りの見通しを伝えたこと、〈6〉 被告人Bに対する盆と暮れの定期の政治献金が、被告人Aの判断で、平成4年盆の分からそれまでの100万円が200万円に増額されていること、の6点である。
当審における弁護人らの主張は、原審における主張とほぼ同旨である。
まず、被告人Aの弁護人の所論は、原判決が指摘する間接事実による推論には極めて我田引水的独断・偏見に基づくものが多いのみならず、政治献金であるとの被告人らの主張事実が推認できる可能性も否定できない上、原判決の認定事実自体についても重大な事実の誤認及び証拠の評価の誤りがあるのであって、本件各証拠によれば、本件金員が政治献金であることは明白である、というのである。
被告人Bの弁護人の所論は、主として、政治決着の存在を主張するとともに、D証言の信用性を争い、原判決には、証拠の採否、判断を誤り斡旋贈収賄罪の成立を認めた事実誤認がある、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討し、その主張の主な点につき判断する。なお、原審と同じく、それぞれの被告人により証拠となる範囲の異なる供述調書については、事実を認定し、所論に対する判断をする際に使用したのは、いずれも両被告人に共通して証拠となっている部分のみである(もっとも、供述の信用性の検討においては、いずれかの被告人の関係でのみ証拠となっている部分についても考慮した。)。
1 1000万円の授受に関する客観的経緯について
(本件1000万円がEの簿外資金から支出されたものであり、正規の政治献金とは別の機会に定期献金をはるかに上回る1000万円が提供され、領収証を求めたことはないため、領収証は出されておらず、政治資金規正法に従った処理がなされていないことについて)
(1) 弁護人らの所論
被告人Aの弁護人の所論【A・控訴趣意第四点第四、一】は、〈1〉 被告人Aは、Eの財務担当のF専務に対して「業界から1000万円政治献金する。後から各社に分担してもらうから、一つ出してくれ。」と依頼したところ、同専務は、関東支店のG経理部長に用意させるので、同部長に連絡しておくということであった、そこで、被告人Aは、G経理部長に連絡したところ、同部長はF専務からの指示を受けていたため、直ちに了解して、平成4年1月10日に本社の被告人Aのもとに関東支店の簿外資金から用立てた現金1000万円を届けたが、この当時、被告人Aは、この現金が簿外資金から用立てられたものであることを全く知らなかった。〈2〉 定期の政治献金とは異なる機会に授受されたのは、定期的に同額の政治献金がなされるものと受け取られてはいけないからで、暮れの時期を外して持参したのである、〈3〉 領収証の受領をしなかったのは、単なる定期献金時と異なり、本件1000万円がE1社の政治献金でなく、業界数社の共同献金となるはずのところ、その時点で献金担当業者及び分担額が確定していないままEが代表する形で献金を先行したためであるにすぎず、本献金後速やかにこれらを決定次第、領収証を受領する予定であった、〈4〉 従前の定期の政治献金1回分100万円より多額であることは事実であるが、業界からの政治献金であって、リーディングカンパニー7、8社位で、1社当たり100万円ないし200万円ずつを分担することを考えていたので、従前の政治献金に比して必ずしも高額であるとはいえない、〈5〉 本件の金員授受が、政治資金規正法上違法ではあっても、直ちに賄賂性を帯びるということはできないし、正当なものではないと認定する間接事実とすることもできない、というのである。
被告人Bの弁護人の所論【B・控訴趣意(事実誤認について)第五】は、〈1〉 悪しき慣行ではあるが、政治献金の多くについて領収証が出されていないこと、さらに本件では、その原資が「簿外資金」であるために本来領収証の発行が予定されていないことなどからすれば、これらを直ちに不自然であるとか、不正な金であることが推認できるとすることはできない、〈2〉 政治資金規正法の届出がなされていないことは遺憾であるが、当時の政界ではしばしば見られることであるので、原判決の評価は失当である、〈3〉 従前の定期献金の金額と単純に比較すれば高額となっているが、比較の対象である定期献金そのものが低額であり、その低額を補うものと評価すれば、一概に異常とする程の高額とはいえない、〈4〉 献金の主体は業界である、というのである。
(2) 簿外資金であることの認識について
Gの検察官調書(甲130)によれば、E関東支店経理部長をしていたGは、簿外資金が必要な場合には被告人Aから直接電話で指示を受けていたところ、平成4年1月10日、被告人Aから電話で「現金で1000万円を持って来てくれ。」と言われて、現金1000万円をE本社の被告人Aの部屋で同被告人に渡したが、その際、被告人Aは、「使途は言えない。」と言っていたのであるから、被告人Aが、使途も明示せずに受け取った1000万円の金員が簿外資金から支出されたものであることを知っていたことは明らかである。なお、被告人Aは、原審及び当審で、「F専務に1000万円を用意するように依頼したので、裏金であることを知らなかった。」旨供述するが、被告人Aの検察官調書(平成6年1月17日付け・乙3)に「これまでにも、私が裏金を使う必要が生じた場合に裏金を準備させて持って来させていたE関東支店経理部長のGに電話をかけ、使途などは告げずに「1000万円持ってきて欲しい。」と指示しました。」と池田の検察官調書に符合する供述記載があることからしても、被告人Aの原審及び当審の供述は信用できない。
(3) 政治資金規正法による届出のないことについて
政治資金規正法による届出がなされていないことは、証拠上明らかなところ、本件において、その届出がなされなかった理由について合理的な事情はうかがえない。高額の金員について正規の手続がとられていないことは、金銭授受が正当なものではないと認定する方向に強く作用するものである。
(4) 領収証が出されていないことについて
領収証が発行されていないことは証拠上明白である上、被告人両名の原審及び当審における供述の中にも、本件1000万円の授受がなされた際、領収証をどのようにするかについての話合いをした旨の供述が見られない。すなわち、本件1000万円につき後に領収証を受け取る予定であれば、そのことを事前に告げるのが通常と考えられるところ、原審において、被告人Aは、領収証の話をしていなかった旨、被告人Bは、「領収証は発行していると思っていた。通常発行しているから。領収証を発行していないことは、事件後、知った。被告人Aから領収証を求められたかはっきりしない。」旨供述しているのである。
このように領収証が発行されていないことは、本件金員が正当なものでないと認定する方向に作用するというべきである。
(5) 正規の政治献金をはるかに上回る額であることについて
関係証拠によれば、Eから被告人Bに対する正規の政治献金として、平成3年までは、盆と暮れに各100万円が渡されていたところ、本件の1000万円は、正規の政治献金とは別の機会に交付されたものであり、しかも、これをはるかに上回る額である。確かに、他の国会議員が被告人Bより多額の政治献金をEから受け取っていることがうかがわれるが、そうであったとしても、これが被告人Bの受け取った本件1000万円とそれまでの定期の政治献金との対比に関する評価に影響を及ぼすものとは考えられない。
なお、本件1000万円が建設業界からの政治献金であって、リーディングカンパニー7、8社位で100万円ないし200万円ずつ分担することを予定していた旨の所論が採用できないことは後記のとおりである。
以上要するに、1000万円の授受に関する客観的経緯についての弁護人らの主張は採用できないから、原判決が、「以上のような事実は、それのみによって直ちに金員授受の違法性を推認させるとまではいえないものの、金員授受が正当なものではないと認定する方向に強く作用するものであることは明らかである。」と説示したことに誤りはない。
2 1000万円の趣旨に関する被告人両名の各供述について
(本件1000万円の趣旨に関する、建設業界からの政治献金である旨の被告人A、被告人Bの各供述が措信できないことについて)
(1) 所論
被告人Aの弁護人の所論【A・控訴趣意第四点、第四、二ないし七】は、被告人Aの建設業界からの政治献金である旨の供述を排斥し、被告人Bの供述を信用できないとした原判決には事実誤認がある、と主張し、その理由として、〈1〉 被告人Aが、平成3年12月、建設省にH建設経済局長を訪問した際、H局長から、財団(推進機構)構想が固まってきたことや被告人Bが努力しているとの話を聞かされ、同年夏に被告人Bから聞いた構想がここまで固まってきているのは、相当行動力があるなということで非常に感銘を受け、また、被告人Aは、被告人Bが公取委職員と食事をしたりして金を使っていることも聞いており、同被告人の図抜けた行動力から、今後、業界にとって指導者としてお願いしなくてはならないという気持ちになった、〈2〉 被告人Aは、本件1000万円の政治献金について、平成3年12月16日、Iホテルで開かれた業界の朝食会の後、被告人Aと共に業界のリーダーであるJ組のK副会長に残ってもらい、同副会長に対して、「B先生にいろいろ経費を使わせているらしい。業界のためにいろいろ考えておられるようだから、1000万円政治献金をしたい。鹿島で立て替えておくから、後で業界に負担してもらうよ。」と言って、その了解を得た、〈3〉 この相談を受けたとの点は、K証人もこれを認めるところであって、K証言の信用性に疑問があるとする原判決は誤っている、〈4〉 被告人Aの推進機構を契機とする政治献金であるとの供述が不自然ということはない、〈5〉 被告人Bの政治献金とする供述及び同時決着の供述を信用できないとする原判決は、事実を誤認している、というのである。
被告人Bの弁護人の所論【B・控訴趣意(事実誤認について)第五、二、4、5】は、〈1〉 1000万円は、業界からの政治献金であり、E1社の献金ではない、〈2〉 Eは、業界トップの大会社であるので、建設業界全体の献金を独断したり、その献金の負担を他社に求めず、全額Eで負担したとしても、これを一概に不自然とすることはできない、〈3〉 被告人Bの推進機構設立に関する政治献金であるとの弁解を信用できないとする原判決は、事実を誤認している、というのである。
(2) 被告人AのK副会長に相談したとの供述について
被告人Aは、平成3年12月の朝食会の後でJ組のK副会長に対して被告人Bに1000万円の献金をすると話したと供述しているが、その話をした状況に関する供述はあいまいである上、原判決が判示するとおり、その朝食会には他の大手ゼネコンの業務担当役員らも出席していたのであるから、業界からの献金であるというのにその席で話題とすることなく、会の後で1人だけに話したというのは、極めて不自然である。
また、K証人は、原審で、被告人Aからそのような話をされた具体的記憶はなかったが、同被告人の弁護人から話を聞いてかすかに思い出したと証言しているところ、その供述内容・供述態度や、Kの立場、被告人Aとの間柄等に照らすと、思い出したという証言部分の信用性には多大の疑問があり、その相談を受けたと述べる状況も不自然である上、K自身、他方では、その際にJ組が分担するという話はなかったし、分担することを承諾したこともなく、その後は分担の話は全くなかったとも証言しているのであるから、K証人の証言によっても、他社との分担を考えていたという被告人Aの供述が裏付けられたものとまで評価することは困難であり、その旨の原判決の認定に誤りはない。
なお、被告人Aの弁護人の所論は、K証言の中で、被告人Aの弁護人から事実関係を確認する問い合わせの電話を受けて、被告人Bに対する1000万円の献金について被告人Aから相談を受けたことがあったことを、すっかり忘れていたのに思い出したとするところは極めて自然であって、誠に信憑性に富み、また、K証人は、原審で証人喚問される以前の平成6年3月9日、東京地方検察庁特捜部係官から、本件の被告人Bに対する1000万円の政治献金に関して、被告人Aの共犯の疑いで自宅の家宅捜索を受けた事実があったため、被告人Bに対する共同献金の意図の下に分担金の相談を了承したことを認めれば、共犯者としての刑事責任を問われかねないと思い込んで、自らの刑事責任を回避するために自己防衛することを大前提にしながら、しかし真実に全く反する証言もできないので、被告人Aから相談があったことを最小限の事実にとどめて証言したため、いきおいあいまいで中途半端な証言になってしまった、と主張している。
しかしながら、K証人の供述内容・供述態度等に照らし、同人が被告人Aの立場に配慮し、同被告人に不利にならないように証言していることは明らかである上、被告人Aが刑事責任を否定する趣旨で、業界からの政治献金であると主張していることを認識していたと考えられるのであるから、被告人Aの主張に沿う証言をするとK証人自身が共犯者としての刑事責任を問われかねないと思い込むとは考え難く、そのためにあいまいで中途半端な証言になったとは認められない。
(3) 推進機構を契機とする業界からの献金との弁解について
被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「業界からの政治献金を1社が他社の明示の承諾なしに立て替えておくということ自体異例であるし、事前にも事後にも業界全体の話題としたこともなければ、個別的に他社に話したこともなく、分担についても一切実行しなかったというのは、全く不自然・不合理である。被告人Aも、その理由について質問されても返事に窮する旨自認している。」と判示していることを論難し、J組のK副会長は、業界のリーダー格とされる幹部であり、被告人Aと2人で話し合って内容を決定した場合には、これを他社の幹部に報告すれば事は運んでいたのである、というのである。
しかしながら、被告人AがJ組副会長のKに対し、建設業界で分担して1000万円の政治献金を行うことを事前に話したという点については、前記のとおりこれを認めるに足る証拠はない。被告人Aは、本件1000万円が建設業界からの政治献金であり、他の大手ゼネコン数社と分担することを考えていたというが、実際には、他社に対し、事前にも事後にも話していないし、分担も行っていない。このように、事前にも事後にも業界全体の話題としたこともなければ、個別的に他社に話したこともなく、分担についても一切実行しなかったというのは、全く不自然・不合理である。
さらに、被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「他の証拠との整合性について検討しても、H建設経済局長は、被告人Aが供述するような時期に被告人Aに対して推進機構に関する話をしたことはなかったと思うと証言しており、これと抵触するものといわざるを得ない。」と判示したのに対し、H建設経済局長は、建設事務次官に内定しており、就任直前であったものであるから、自らの発言が契機になって、被告人Bに対する1000万円の政治献金を渡したとされることを殊更に避けるため、業界関係者とは距離を置く証言をしたものと容易に推察される、と主張するが、H局長の話が1000万円の政治献金の契機になるということは一般人が通常考えることではないから、それを殊更に否定する必要はないのであって、H証言が信用できないとはいえない。
被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「被告人Aは、1000万円の趣旨が推進機構に関連するものであることにつき、平成3年7月8日に被告人Bから推進機構の構想について初めて話された時、そのことを他に口外しないように言われていたため、捜査段階のみでなく、公判の冒頭段階でも明らかにしなかったが、被告人Bが第1回公判期日に推進機構のことを陳述したため、その翌日ようやく弁護人にも説明したと供述しているが、平成6年7月の第1回公判期日まで、推進機構のことを話せないと考えていたというのは、余りにも不自然であるし、業界で分担金を決めようと思っていたということと、第1回公判期日の終了後まで弁護人に対してさえ推進機構のことを話せなかったということとは、相容れないように思われる。」と判示することを論難し、被告人Aは、検察官から推進機構がC会事件についての公取委懐柔策であるなどとして被告人Bのみならず被告人A自身も追及されるかもしれないことを慮ったものであり、検察官から情報収集料ということなら何も問題ないとお墨付きを得た解釈をわざわざ壊す必要はないと考えていたものである、と主張する。
しかしながら、弁護人の主張するように被告人Aが情報収集料なら問題ないと考えていたとしても、自己の弁護人に対し、推進機構のことを述べなかったというのは不自然であるし、原判決が指摘するように、被告人Aの弁解では、推進機構のことが被告人Bの行動力を期待して献金する大きな動機になったというのであるから、その当時は業界の他社に対しては推進機構のことを説明しようと考えていたものと解さざるを得ないところ、その後に他社に対して説明できなくなったという特段の事情が生じた形跡もないのであるから、業界で分担金を決めようと思っていたことと、第1回公判期日の終了後まで弁護人に対してさえ推進機構のことを話せなかったということは相容れないというべきである。
したがって、以上のような被告人Aの供述経過は、本件についての被告人Bの弁解を第1回公判期日に初めて聞いて(被告人Bは、捜査段階では本件に関する供述を拒否していたと述べている。)、それに歩調を合わせる意図で推進機構のことを供述するようになったとしか合理的に説明することは困難であり、その旨の原判決の判示は相当である。
付け加えるに、被告人Bは、当審において、「1000万円は、業界からの政治献金であるとAさんが言われた。そのことをはっきり言われなければ、幾らAさんからの政治献金であったとしても私は警戒します。」と述べているが、原審においては、「Aさんが、話の終わりに、些少ですがと言って、紫色の風呂敷包みを応接セットのテーブルの上へ置かれました。Aさんが政治献金を持参されたと思いました。通常の盆暮れの政治献金とは違うと思いました。直感的に昨年12月下旬のH局長から言われた言葉が浮かびました。……Eからの政治献金であるはずがなく、私は建設業界からの政治献金であると認識をいたしました。」と述べ、被告人Aが業界からの政治献金である旨明示的に言ったとは供述していないのである。また、被告人Aも原審において、「もちろん業界からの献金という言葉は、B議員には聞こえていますね。」の問いに対して「それは分かりません。私の声は出しているんですから、それは聞こえると思いますけどね。」と答え、業界からの政治献金であることが明瞭に伝わったか疑問の残る供述をし、その政治献金をする趣旨についても全く説明をしていない旨の供述をしているのである。
初めての建設業界からの政治献金であるならば、これを渡す側においても、その趣旨を明瞭に述べて渡すであろうし、これを受け取る側においても、その政治献金に対する謝礼を述べるため、政治献金をする主体と、その政治献金の趣旨を明瞭に聞くと思われるのに、そのような行為が全くない上、被告人Bが建設業界に対する謝礼を述べたとうかがえる証拠も全くないのであって、被告人両名の主張する趣旨での建設業界からの政治献金であったという弁解は、到底措信できない。
また、政治献金である旨の被告人Bの供述が信用し難いことも、原判決判示のとおりであるが、推進機構の設立に関する主張と併せて、後に判断を示す。
3 被告人Aの動機について
(被告人Aは、C会事件について、公取委に告発されるおそれをC会の一般会員会社関係者より強く抱き、できるだけ告発を回避したいとの意欲を持っていたこと)
被告人Aの弁護人の所論【A・控訴趣意第四点第三】は、原判決が、被告人Aの動機に関連してC会事件に対する建設業界の動き、Eの動き、被告人Aのこれに対する関与等の個々について認定しているところにも、事実誤認があると主張する。
(1) 平成3年7月28日のE社内会議について
被告人Aの弁護人の所論は、原判決は、E社内の対応に関して、社内文書の記載を強引に自己のストーリーに引き付けるなどして、一方的な事実認定をしているものであって、平成3年7月28日の会議の際作成されたL部長作成メモ(甲153)に「支店・本店への波及を抑える。」との記載があることについて、「この点に関連すると考えられる記載としては、手書きのメモの「支店・本社に及ぶ可能性大」と、整理したメモの「調査が支店・本店に及ぶ恐れも無しとしない」という部分であるが、後者の記載自体からも明らかであるように、支店・本店に波及するのは公取委の調査と認められるから、公取委の調査が埼玉営業所から支店・本店に波及するのを抑えることを基本姿勢として確認したものと認められる。」と判示しているが、この手書きメモの記載に照らせば、C会と同種の会が他にも残っていて、さらに事件が拡大する恐れもあるので、「団体規約の在り方の再チェック改善」をするとともに、C会と同種の会が他にも残っていないかをチェックして他の支店・本店への波及を抑えるとの解釈も十分可能である、というのである。
しかしながら、E社長のU2の検察官調書(甲77)には、「公取の調査は関東支店だけでなく本社にも及ぶ可能性が大きいと考えそのような発言をしていると思います。」との記載があることに照らせば、L部長作成メモの意味は明らかであり、原判決の認定に誤りはない。
(2) 平成3年7月31日のE社内会議について
被告人Aの弁護人の所論は、原判決は、平成3年7月31日の社内会議に関するL作成のメモ(甲154)の「対象会社絞り込み 罰金・・約12社程度→新旧12社 法改正後でもあり、大きな金額となる 刑事罰の対象-書類が揃いすぎている 警視庁が一連の資料をもっていった」との記載について、「「罰金」に関して「法改正後でもあり、大きな金額となる」との記載があるところ、右会議以前の独禁法の改正は課徴金の算定率の引上げを内容とするものであるから、「罰金」とは「課徴金」の誤りと考えられる。」と課徴金のことを記載してある旨判断しているが、そうであれば、その上に記載された「対象会社の絞り込み」もその右側に記載された「約12社程度」さらにその下の「刑事罰の対象」のいずれもが課徴金のことについて書かれたものであると判断するのが自然であるにもかかわらず、原判決は、「このメモを作成したLは、先に7月28日の会議においても「刑事罰の可能性大」とメモし、それを「刑事訴追に至る可能性も大」と言い換えて整理しているのであり、刑事罰の意味を正確に理解していたと考えられる上、結果的には誤った情報であったと解されるものの、「警視庁が一連の資料をもっていった」との発言の記載が続いているのであるから、「刑事罰の対象」との記載は、文字どおり、刑事罰の対象となり得ることを心配した発言をメモしたものと認められる。」と誤った判断を示している、Lは、この会議中にメモを取っており、この該当部分の発言者が罰金と課徴金を勘違いして、課徴金のことを罰金と表現しているのであるから、この発言者が課徴金の対象会社の意味で刑事罰の対象会社と表現してしまい、Lもそのままメモしてしまったと考える方が自然である、と主張する。
しかしながら、このメモに「約12社程度→新旧12社」とあるのは、「C会の現役員会社と旧役員会社の12社」との意味であることは、Lの検察官調書(甲167)添付の資料1に「新旧役員会社(12社)」との記載があることからも明らかであるが、C会事件に関する公取委の課徴金は、43社に対して課せられており(甲114)、当時新旧役員会社(12社)に限って課せられるとの見通しがあったとする証拠もない上、原判決指摘のとおり、このメモを作成したLは刑事罰の意味を正確に理解していたと考えられること、「警視庁が一連の資料をもっていった」との発言の記載が続いていることなどからすると、「刑事罰の対象」との記載は、文字どおり、刑事罰の対象となり得ることを心配した発言をメモしたものであると見るのが相当であって、その旨の原判決の認定に誤りはない。
(3) 平成3年8月19日のE社内会議について
被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、平成3年8月19日付け文書(甲155)に「公取委ヤル気強い・・・確度の高い情報今のところ無し」と記載されていることに関し、「確度の高い情報は今のところないが、公取委のやる気は強いという発言をメモしたものと認められる。」と判示したことを論難し、この記載をそのまま素直に読めば、「公取委のヤル気強い」ということに関し、「確度の高い情報は今のところ無い」ということである、と主張する。
しかしながら、上記文書の記載は、「刑事告発回避を一義的とする」との記載の下の行に、( )を付して、「公取委ヤル気強い」と記載し、行を変えて、「・・・確度の高い情報今のところ無し」と記載されているのである。所論のように「「ヤル気」が強いか否かについて確度の高い情報は今のところ無い。」との意味であれば、「ヤル気強い」の行に、「?」マークなり「強いか否か」などの文言が付くはずであり、これがないことからすれば、「やる気が強い」ことは判明しているが、「確度の高い情報は今のところ無い」の意味であることは明らかであって、原判決の認定に誤りはない。
また、被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「公取委の事情聴取に臨むため、想定問答集まで作成していたことや、同年8月19日の会議で「事実を最初から認めてしまうのはいかがなものか?」との発言があったことなどは、社内の一部に、公取委の処分を弱いものとするため、C会における実際の活動内容を隠そうとする意図があったものとうかがわせるところであり、これも、公取委が真実を把握すれば告発等の厳しい処分となる可能性があるという考えが背後に存在したことによるものと考えられる。」と判示したことを論難しているが、Lの検察官調書(甲167)によれば、Lは、「私としても、できることなら、その事件について当社が独禁法違反を犯したと公取委に認定されないようにしたいと思っていましたので、廣瀬が書いてきた原案の中で、そのままだと独禁法違反という認定を受けると思われる部分を、違反と認定されないような供述に改めようとして書き込んだ部分がいくつかあります。」と供述し、同調書添付の資料2のC会会長であったMが作成した想定問答を記載した文書にLが手を入れた趣旨を述べているが、その内容を見れば、真実をおおい隠そうとする意図が明瞭に見て取れるのであるから、原判決の判示が事実を誤認したものとは到底いえない。
(4) 業界の対応について
被告人Aの弁護人の所論は、原判決は、N弁護士の検察官調書に基づいて、「弁護士Nは、公取委による第2次立入検査後の顧問弁護士会議の席で、「再度立入調査をやるのは公取委が刑事告発を考えてのことでしょう。」と発言したところ、他の出席弁護士も同様の意見を述べていた。」「ラップ事件告発後の顧問弁護士会議の席では、主席弁護士から、「ラップがやられるなら、どこでもやられるよ。」というような発言があった。」と認定しているが、N弁護士が誇張して表現した可能性も十分存在する、と主張する。
しかしながら、N弁護士の供述は、供述者自身の行為や見聞した事実を具体的に述べるものである上、弁護士の立場での供述があることに照らし、虚偽のものである疑いはないのであって、そのような発言がされたり、意見が述べられた事実がなかったと見ることはできない。
(5) 証拠上現れている有利な事情の主張について
被告人Aの弁護人の所論は、〈1〉 E社長が刑事告発に関してとった行動は、消極的であり、被告人Aも海外への長期出張をするなど危機感を有していなかったことを表す行動をとっている、〈2〉 平成3年11月12日、土工協理事会において公取委事務局長Oが「独占禁止法をめぐる諸問題について」という講演をすることを承諾している、〈3〉 同年12月以降のC会事件関係会社顧問弁護士の認識を見ても、N弁護士の告発に対する消極的な判断が存在する、〈4〉 新聞報道も刑事告発しないであろうとの見方が支配的であった、〈5〉 建設業界が刷新活動をしていた、などの、被告人Aが告発されないと認識していたことをうかがわせる証拠上有利な事情がある、というのである。
しかしながら、弁護人の主張する各事実に対する評価が必ずしも相当とはいえないのであって、例えば、〈2〉のO事務局長は当時C会事件の調査に関与していたわけではないから、独禁法をめぐる一般的な諸問題についての講演を応諾したからといって所論のような評価ができないし、〈3〉のN弁護士の認識を見ても、同弁護士の告発に対する消極的な判断が単なる推測にとどまり、告発がないと断定的に考えていたわけではないことは、同弁護士が、平成4年2月23日ころP建設のQ弁護士からファックスで送られて来た公取委宛の上申書の案に対し、同月24日意見を記載したメモ2枚を送付するなど、告発回避に向けた動きに対応していること(Nの検察官調書・甲67)からも明らかであり、関係証拠によれば、〈4〉の新聞報道も刑事告発しないであろうとの見方が支配的であったとは到底いえない。
(6) 告発された場合の一般的影響について
ア 被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「告発されることになると、指名停止の期間が長くなる」と判示したことを論難し、C会は66社が加盟しており、その中に大手ゼネコンはすべて入っているのであるから、刑事告発をされたとしても、競業他社も同様に指名停止を受け、ほとんど営業活動に実質的な影響が無いのが実態であって、R建設のS常務も「66社全社が刑事告発を受けるならば、たとえ指名停止を受けても、他の会社も同時に受注できなくなるわけですから、工事の発注時期がずれる程度でそれほど痛手にはならないと思うようになりました。」と供述している、というのである。
しかしながら、R建設は、C会の理事会社ではないから、刑事告発をされる可能性が理事会社に比較すると低いのに対し、Eは、C会の会長会社であり、取引額も多く、過去に課徴金を納付した件も他社より多いのであるから、C会事件の告発が一部の会社に限定されてなされても、Eが告発を免れる可能性はないと考えられていたのである。本件全証拠を見ても、C会事件の告発がなされた場合に、Eが除外される可能性があるとする見解は見当たらない。
C会の会長を務めていたE関東支店埼玉営業所副所長の廣瀬は、検察官に対し(甲70)、「平成3年12月以降、刑事告発のことが新聞等に出だしてからC会仲間から「刑事告発は理事会社の9社がやられるらしい。」とか、「旧役員会社も入れて11社らしい。」とか、「会長会社と副会長会社の3社がやられる。」とか、「告発は会長だけみたいですよ。」などと言われた。」旨述べており、いずれにしても告発があるときは、Eがこれを免れることはできないと見ていたのであって、告発された場合には、公共工事の指名停止の期間が長くなるなどの影響が生じることは避けられず、特にEはその打撃が大きいと見られていたことは、関係証拠により明白な事実である。原判決の認定に誤りはない。
イ 告発による社会的信用の失墜と工事の受注、営業利益への影響
被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「担当者や会社自体が訴追され処罰を受けることによって社会的信用をより失墜させることになり得るから、工事の受注、営業利益への影響はより大きくなるものと考えられる。」と判示したことについて、原判決がT証言に基づいて事実認定をしたとして、原審のT証言の当否を論じているが、原判決は、T証言以外に他の証拠も挙示しており、例えば、U2の検察官調書(甲77)によれば、E社長のU2も、「C会事件で刑事処分を受けることになれば、指名停止の期間も課徴金だけの場合と比べて倍位の期間になり、会社の営業に与える直接的な影響が大きいと考えておりましたし、E自体が刑事処分を受けることによって会社の体面や信用にも大きな傷ができると考えました。」と供述しているのであって、原判決の認定に誤りはない。
ウ 社員個人が刑事処分を受ける場合につき、その社員を社内的に処分する必要が生じ、他の社員等の士気に影響すること
被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「社員個人が刑事処分を受ける場合につき、その社員を社内的に処分する必要が生じ、他の社員らの士気に影響すること」を被告人Aの意欲に結び付けていることを論難するが、U2社長は上記検察官調書において「担当社員が刑事処分を受ければ、会社としてもこの社員を社内的に処分しなければならず、社員に与える影響も大きいと考えておりました。」と述べているのであって、原判決の認定に誤りはない。
エ 発注者側の「天の声」の問題が明るみに出るおそれがあること
被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「発注者側の「天の声」の問題が明るみに出るおそれがあること」を被告人Aの意欲に結び付けていることを論難し、天の声の問題は、そもそもE1社だけの問題ではなく業界全体の問題であり、E1社だけが、発覚したら比較にならないほどリスクの大きい「違法行為をしてでも告発を止めたい」という意欲に結び付くものではない、というが、刑事告発による捜査において、発注者側の問題が出ることは、業界のリーダー的存在であるEに大きな影響を及ぼす可能性があることは否定できないから、被告人Aの意欲を裏付けるものと評価した原判決の認定に誤りはない。
(7) Eの受ける影響について
被告人Aの弁護人の所論は、原判決が、「(Eが告発された場合の影響について)被告人AがC会事件との関連で、V2会長が非難されることにならないか懸念していたという限度では優に認めることができる。」と判示することを論難するが、平成3年6月27日の参議院決算委員会において、U会(U会)事件に関して質問がなされ、同委員会において「談合という犯罪行為を行ったEのV2会長は日本商工会議所の会頭というトップの座に座っているが、これをどう思うか。」などと質問されたことを記載した同委員会会議録が入手され、Eの副社長応接室に保管されていたことなどに照らすと、原判決の判示は相当である。
(8) 被告人Aの弁護人の所論は、被告人Aが、原審において、〈1〉 検察庁の幹部がC会事件を告発するには検事が100人以上必要であると言ったという話を伝え聞いたこと、〈2〉 平成3年9月から始まった公取委によるC会事件の取調べにおいては、廣瀬とその下の課長らが呼ばれただけで、埼玉営業所長や、関東支店、本社の者が事情聴取されることが全くなかったこと、〈3〉 同月26日のE社内の独禁法研修会に公取委から講師が派遣されたこと、〈4〉 平成3年暮れ、V議員から告発はないようだという話を聞いたこと、〈5〉 同じころ、Eの顧問弁護士から、公取委の幹部がC会事件は価格カルテルではないし、業界は独禁法遵守の方策をもっとはっきり出しておいた方がよいと言っていたと伝え聞いたことなどを根拠として、平成4年1月ころまでの間、C会事件が告発されるという不安を抱いたことはなかったと供述したのに対して、原判決が被告人Aにおいて告発されないと認識していたと考える余地はないと判示したことを論難する。
しかしながら、C会事件の告発のために多数の検事が必要になるという話は、事件の内容が告発に相当しないというものではなく、検察側の人的捜査能力から困難だというものであるところ、当時、役員会社のみが告発されるという噂もあったのであるから、直ちに会長会社であるEが告発されないということにはならないものと考えられる。そして、関係証拠を総合すると、原判決の判示は相当であり、特に、Eの顧問弁護士らが、独禁法違反と刑事罰についての法律問題をまとめた上申書を公取委に提出するための準備を進めていたことや、被告人Aも上申書そのものあるいはその原稿を見ていたことなどの当時の事情に徴すると、被告人Aにおいて告発されないと認識していたと考える余地はない。
なお、本件事案の経緯を、関係証拠により大雑把に振り返ってみると、被告人Aは、公取委が平成3年5月にC会事件の立入検査を行った当初から、業界の中心となってC会事件の対応を協議するなどしており、同被告人は、同年7月8日に、被告人Bに政治献金100万円を渡した際、同被告人に対し、「C会事件に関する公取委の立入検査について5月末にVら国会議員から指導を受けたが、被告人Bの出席がなかったことから指導を願いたい。」として、次の会合の日程調整を行い、7月30日に、被告人BらからC会事件への対応等についてのアドバイスを求めているが、被告人Aの原審供述によれば、被告人Aは、その間の同月中旬ころ、W代議士のもとを訪れ、同人に、「B先生にはC会の件でお世話になっております。」というようなことを言ったところ、W代議士から、「あの件はB君に話してあるから、B君から聞いてくれ。」と言われ、その政治力を頼みとするようになっていたものと認められる。
他方、被告人Aは、同年8月6日、X会会長の吉野を訪ねて、同人に、公取委に対し業界を代表して恭順の意を示してきて欲しいと依頼しており、これを受けて、同人が、同月22日、OX会副会長(Y協会会長)らを伴って、Dのもとを訪れ、Dに対し、C会事件について陳謝の意思表明をするなどして、「寛大な措置をお願いしたい。」と陳情したのであるが、Dからは、非常に厳しい態度で、「今回の問題に対しては法に照らし厳正に処分する。」と言われる結果に終わった。
そうすると、C会事件への対応の中心となっていた被告人Aとしては、このような公取委に対する業界の陳情程度ではC会事件についての告発を回避することなど到底できないということを認識するに至ったものであることは明らかというべきであるが、その後、被告人Aは、同年10月18日、議員会館に被告人Bを訪問し、C会会員会社に関する資料等を用いて、同月15日の公取委の第2次立入検査の状況等を報告し、さらに、同年12月20日には、被告人Bに対し、暮れの定期の政治献金100万円を手渡している。
そして、この間、被告人Bは、公取委に対し、被告人Aの依頼等に基づく動きを行っているのであって、同年11月6日には、公取委の総務担当官房審議官Zに対し、「C会の方はどうなるのかね。行政処分だけで終わるのか、それとも告発まで行くのかね。」などと質問し、同人から、「事件が審査中なので分からない」という答えを得たりしているのである。
このような中で、平成4年1月3日、被告人Aが自宅で取っているA2新聞の朝刊で、「談合で会社幹部ら聴取」「埼玉の公共工事66社団体、入札調整の疑い 公取委」という見出しで、埼玉県内の公共工事をめぐり、大手から中小まで66社に上る建設・土木会社で結成された業界団体が20年近くにわたって常習的に談合をしていた疑いが極めて強いことが分かり、公取委は詰めの調査を急いでおり、今後、公取委が検察当局に刑事告発するかどうかが焦点になってきたなどという内容の記事が掲載された。その後、同月6日には、B2新聞朝刊が、「建設・セメント業界の監視強化。公取委、審査部に専門班を新設へ」「建設業界は公共事業の受注に伴う談合事件で何度となく摘発され、独禁法違反が多い業界の筆頭格」「公取委としては悪質な事件がある両業界への監視をこれまで以上に強化し、違反には刑事告発を含めた厳しい処置をとる意欲を示したもの」などという内容の記事を掲載しているところ、翌7日及び13日の2度にわたって、Eの顧問弁護士及びC2法務部長らが、公取委からの事情聴取を受けていたE埼玉営業所副所長の廣瀬から、公取委による他社の事情聴取の状況を聴取するなどの動きがあった。被告人Aは、正に、このような経緯及び状況下にあった同月10日、E関東支店経理部長Gに電話し、具体的な使途を明確にすることなく、現金1000万円を用意するよう指示し、Gが同支店の簿外資金の中から用意した現金1000万円を受け取り、その後の同月13日に、議員会館に被告人Bを訪ねて、本件1000万円を手渡すに至ったものである。
以上の本件事案の経緯から見ても、被告人Aにおいて告発されないと認識していたとは到底いえない。
(9) 「埼玉事件に関し、公取委あて弁護士意見提出の件」と題する文書について
被告人Aの弁護人の所論は、原判決は、「「埼玉事件に関し、公取委あて弁護士意見提出の件」と題する文書がE社内で作成されて役員らに報告されたという事実自体から判断しても、告発されないものと考えるような状況になかったことは明白である。」と判示して、同文書が役員らに報告されていたと断定しているが、同文書には、宛名や作成者の記載もなく、単に手書きで「C2用」と記載されているのみであり、また、同文書が役員らに報告されていたという証拠も一切存在しないのであって、C2が役員宛に報告書を作成する場合には、書面の左上に宛先を明記し、かつ自ら名前も記載した上で、「メモ報告」と記載していたのであるから、上記文書は、C2用と記載されたメモが単にC2の所属する法務部キャビネットから押収されたことを示すものにすぎない、というのである。
しかしながら、本件文書の外観・体裁、「C2用」と鉛筆で付記され、後に押収された事実などによると、平成4年1月7日から間もないころ、この報告用の文書が作成され、C2法務部長あたりから上司である役員に提出されたものと推認できる上、被告人Aは、Eにおいて、土木部門を統括する副社長であって、C会事件についてもその処理の最終的責任を負う立場にあったことがうかがえるから、被告人Aが他の役員らと異なり、その文書と異なる見解を有していたものとは認め難いところである。
なお、被告人Aの弁護人は、本件文書(甲201)は非供述証拠であるのに、原判決は、記載内容が真実でなければ何ら価値のない文書を、実質的に供述証拠として利用しているものであって、採証法則に著しく反するものである、と主張する。
非供述証拠として採用された文書については、その内容そのものの真実性、本件文書についていえば、その内容として記載されたような会合の存在、会合における発言の存在等を直接的に認定することは許されないが、その文書の外観・体裁、記載そのものから、合理的に事実を推認することが許されないものではない。原判決は、同文書の記載内容そのものが真実であるか否かを問題とすることなく、「公取委の動きが予想より早まっている由の情報があったので、(意見書の案を)年末に急遽取りまとめた旨案内があった。」、「提出先は本当は検察を念頭においているが、未だ告発されていない段階であるので、公取委に一旦出しておく以外にないことなどが話題となった。」というような記載のある文書がE社内で作成されて役員らに報告されたという事実自体から判断しても、告発されないものと考えるような状況になかったと推認しているのであって、何ら採証法則に反するところはない。
以上要するに、告発回避に関する被告人Aの意欲に関し、原判決が判示したところに誤りはない。
4 被告人Bの公取委委員長Dへの働きかけについて
(被告人Bが、公取委委員長Dに対し、2回にわたり、C会事件の告発見送りを執拗に要請していること)
被告人Aの弁護人の所論及び被告人Bの弁護人の所論は、いずれも原判決が被告人Aの請託及び被告人Bの斡旋の事実を認定したいわば決め手となるD供述の信用性を争うので、この点について判断する。【A・控訴趣意第四点第六、B・控訴趣意(D証言の信用性について)】
(1) D証言の信用性について
原判決は、D公取委委員長が、平成4年1月中旬から下旬にかけて2回にわたり、被告人BからC会事件の告発の見送りを強く要請された旨認定しているところ、当裁判所は、原審のD供述の信用性を争う所論にかんがみ、当審においてもDを証人として採用し、4期日にわたって、直接同証人の供述を聴き、その内容の信用性を慎重に検討した。
その結果、Dの原審及び当審供述の間には、矛盾、食い違いがなく、原審供述の信用性が改めて確認されることとなった。
原審におけるD証言の要旨は、次のとおりである。
〈1〉 被告人Bは、平成4年1月中旬か下旬ころ(同月13日より後)、公取委にDを訪ね、C会事件の告発の見送りを強く申し入れた。すなわち、同被告人は、予め用件を伝えることなくDを訪ね、委員長室において、Dに対し、「C会事件の告発をやめてくれませんか。」と申し入れた。Dがその申入れを拒絶するのに対し、同被告人は、「何とか告発をやめてくれませんか。」「なぜ公取の判断で告発をやめるということができないのか。」「どうしても駄目ですか。」などと繰り返した。これに対し、Dは、公取委が告発方針を公表して基準を作り、検察当局との間で告発問題協議会も設置しているように、検察当局とも協議して決める問題であるから、公取委だけの判断で告発をやめることはできないこと、脱税で国税の査察が入った事件について告発をやめるようにという申入れを受けても、国税庁長官がやめるというわけにいかないのと同じであることなどを説明して、その申入れを拒絶した。両者の話合いは、押し問答のような形で2、30分続いたが、Dの対応が変わらなかったため、同被告人はむっとしたような表情で、さっと席を立ち、委員長室から出ていった。
被告人Bは、その数日後の同月中旬か下旬ころ(Dが昼に賀詞交換会に出席する予定となっていた日)、再び公取委にDを訪ね、前回と同様に、C会事件の告発の見送りを強く申し入れた。すなわち、同被告人は、予め用件を伝えることなくDを訪ね、委員長室において、Dに対し、「埼玉の件について何とかなりませんか。」「検察、検察と言うけれど、どうして公取の判断でできないのですか。」「今後業界を刷新させるので、今度やったら告発されても仕方ないと思うけれども、今回だけはやめてくれませんか。」などと重ねて申し入れた。しかし、Dは、前回と同様、公取委が告発手順も公表し、公取委の告発権の行使が厳正で恣意的とならないようにしなければならない事件であること、検察当局との協議もあって公取委だけで判断できないことなどを理由に、その申入れを強く拒絶した。そのため、両者の話合いは2、30分続いたが、押し問答のような形で終始した。
Dは、同月31日ころ、審査部長O2から、C会事件に関する高検との協議の結果の報告を受けて、C会事件を告発するのが証拠面で容易でないことを知り、同年2月上旬にも、O2から、高検の正式回答として同趣旨の意見が伝えられたと知って、C会事件の告発ができなくなるかもしれないとの危惧を強く抱くようになった。Dは、他方、L2党の一部の動きとして、C会事件の告発を見送れば罰金額の引上げを内容とする独禁法の改正に協力するとの動きがあることを知り、C会事件の告発と独禁法の改正の双方ができなくなるという最悪の事態を避けようと考えた。そこで、Dは、そのころ、議員会館に被告人Bを訪ね、同被告人に対し、「独禁法の改正問題については、法務、検察も非常に関心を持っています。C会の問題については、私が検察の理解を求めて、告発を見送るようにします。」という趣旨の話をした。
1月中旬から下旬にかけて被告人Bが公取委を訪ねてきたのは多分3回だったと思う。被告人Bから告発見送りの働きかけを受けたことは複数回あり、2回ははっきり記憶しているが、もう1回あったか否か明確でない。その時期は1月中旬から下旬にかけて(13日より後で31日より前)であり、2回目は1回目の数日後であった。2回ともDの方から面会を申し入れたものではなく、被告人Bから面会を求められたものである。1回目の面会の時刻については記憶がない。2回目の時は、昼休みに外で行われる賀詞交換会に出席する予定だったが、被告人Bが直前になって面会を申し入れてきたため、同会に出席できなくなった記憶がある。
そして、当時の状況についてDが証言するところを今少し具体的に記載すると、以下のとおりである。
〈2〉 [被告人Bが1回目にC会事件の告発を見送るよう働きかけてきた時の状況については]
(被告人Bは、Dと、応接セットのソファーに向かい合って座った後)C会事件のことを持ち出しまして、いきなり、告発をやめてもらえませんか、と言われました。……これは非常に唐突な申出で、いきなり、告発をやめてもらえませんか、ということですから、大変驚きました。その話は駄目ですと、強くお断りをいたしました。告発をやめて欲しいという申出を何度も繰り返されました。例えば、どうしてやめることができないのかとか、あるいは、どうしても駄目ですかとか、そういうふうなことを繰り返されました。私の方はそれをいろいろお断り申し上げるものですから、押し問答を繰り返しました。ひたすら、懸命に、何とかしてC会事件の告発をやめさせたいという気迫のようなものを私は感じました。この話だけは絶対に駄目です、ということを言って強くお断りをしたのです。お互いに言葉の調子と言いますか、やり取りの調子が激しい場面もあったと私自身は記憶しています。私も激しくなったような気もします。(最後は)さっと席を立って私の部屋から出ていかれました。むっとしたような表情で出ていかれたと思います。
〈3〉 また、[2回目に働きかけてきた時の状況については]
(1回目と同様に応接セットのソファーに向かい合って座った後)埼玉の件について何とかなりませんか、検察、検察と言うけれど、どうして公取の判断でできないのですかということを言われました。検察との協議もありますし、この話だけは絶対に駄目ですと、強くお断りしました。B議員からは、今後業界を刷新させるということ、それから今度やったら告発されても自分は仕方がないと思うけれども、今回だけはやめてくれませんかということを言われました。これは2回目にこのことをおっしゃったことを私は不思議にはっきり覚えているんですが、やはり埼玉の事件が仮に告発に該当する事件、あるいは公取として告発するべき事件であるとして、今度同じようなことをしたらそれは告発をされたらしようがないけれども、今回だけは何とかして見送ってくれないかということを言っておられるというふうに受け止めました。本来告発されるような事件であったとしても、……今回だけはいわばそこは目をつむって何とか曲げてでも告発を見送ってくれませんかと、そういうことをおっしゃっているとしか私には受け取れなかったということです。繰り返し検察との協議というようなことにも触れ、この話だけはお受けできませんということを強く申し上げてお断りいたしました。(B議員は)告発をやめて欲しい、やめてくれませんか、あるいは、公取の判断でどうしてできないのですか、公取の判断でやってくれませんか、どうしても駄目ですかというふうなことをやはり繰り返し言われました。これはその都度お断りをしました。こういうやり取りを続けているわけですから、やはり声も少し高くなったり、お互いに調子が高まっていった、お互いといいますか私自身がそうだったような記憶があります。(B議員は)大変折り目正しい丁重な言葉遣いでありました。しかしやはり告発の問題についてはB議員のご主張といいますか、言っておられることは1歩も引けないという大変気迫のこもった口振りであったと記憶しております。とにかくひたすらこの問題について何とか告発に持っていかれないようにしたいというふうなご様子だったと思います。
(2) 原判決は、具体性、迫真性をもったDのこのような証言内容に加えて、D証言のうち、被告人Bから告発見送りの働きかけを受けたという点については、直接的にそれを裏付ける証拠はないものの、その前後の時期に関する証言を含むその余の証言の内容は、他の公取委の関係者、すなわち、当時の審査部長O2、審査担当官房審議官H2、事務局長O、総務担当官房審議官Zらの証言と基本的に符号するものであり、証言を全体的に見ても、信用性を疑わせるような事情は認められないことから、その信用性を全面的に肯定したものである。
(3) そして、このようなDの証言内容は、当審における新たな証拠調べの結果によっても、正に信用できるものであったということが裏付けられるに至っている。
すなわち、原審で取り調べられた公取委からの照会回答書(弁135)によって、平成4年1月中における被告人BがDを訪問する形での面会予定は、同月17日午前10時30分と同月22日午後3時の2回入っていたことが明らかになっているところ、当審において弁護人の請求により取り調べられた公取委からの回答書(弁32、45)によれば、さらに、Dが原審において「(被告人Bから働きかけを受けた)2回目の時は、昼休みに外で行われる賀詞交換会に出席する予定だったが、被告人Bが直前になって面会を申し入れてきたため、同会に出席できなくなった。」と証言していた日にちについては、同月の28日であったことが判明するに至ったものであり、Dの原審における「1月中旬から下旬にかけて被告人Bが公取委を訪ねてきたのは多分3回だったと思う。」旨の証言内容は正しいものであり、被告人Bは、まず、1月17日にDのもとを訪問しており、その後、同月22日に1回目の働きかけを行った後、同月28日に2回目の働きかけを行っていたことが裏付けられるに至ったのである。
そして、Dは、当審において実施された再度の証人尋問においても、弁護人によるあらゆる角度からの詳細な尋問に対して、感情的になることなく、常に冷静かつ誠実な応対をしながら、原審における証言内容と一致する内容の一貫した証言を行っているところ、その証言内容は、弁護人らからの質問内容に応じて、被告人Bからの働きかけを受けるに至った経緯及びその状況、並びに、その後の状況等についてさらに具体的な話を付け加えるに至っているものである。すなわち、
〈1〉 [被告人Bからの働きかけを受ける前に同被告人の最初の訪問を受けた平成4年1月17日の経緯及び状況については]
年が改まってなるべく早い機会にB議員にお会いして法案のお願いをするという用件は、私はこの時点には少なくともあった……で、それが、たまたまB議員から、自分もそちらの方に出向くから、そっちの方へ寄りますよとおっしゃっていただいたんじゃないかと。多分、推進機構の話はこの時にされたんじゃないかと思いますね。(それに対して)私は具体的なお答えは一切しておりません。お伺いをしておくだけの話でしたから。(私の方から、国会の方は大変ですね、国会はどうなりますか、予算委員会はどうなりますかというような)そういう話もしてるかも分かりませんね、時期が時期ですから。まあ、そのとおりかどうかは知りませんけれども、その種のことが話題になったとしても不思議ではないと思いますけれども、率直に言って私は、具体的にどういうやり取りをしたかということは記憶してないんですよ。私は、この17日というのは割合印象がないんですよ。
〈2〉 また、[被告人Bから1回目の働きかけを受けた1月22日の状況については]
(被告人Bは)もし公取委がこの話をけ飛ばした、この話というのは埼玉事件のことですが、で公取委とL2党の仲がおかしくなるということはあなたは覚悟しているんですかというようなことはおっしゃったですよ。しかし、……それはもちろん聞き流したわけですけれども、その捨てぜりふとか何とかいろいろなことをおっしゃるものですから、そんなぐらいの感情的な言葉のやり取りは皆無ではなかった。
〈3〉 [2回目の働きかけを受けた1月28日の状況については]
2回目、同じことのやり取りがあったわけですが、2回目の時に(被告人Bからは)あなたがそうおっしゃるのなら、私に言ったのと同じことをW先生のところに行ってあなたの口から言って欲しいというお話がございました。
〈4〉 さらには、[その後2月に入ってから被告人Bに対し「独禁法の改正問題については、法務、検察も非常に関心を持っています。C会の問題については、私が検察の理解を求めて、告発を見送るようにします。」という趣旨の話をするに至った経緯についても]
1月中に、一方では非常に法案が難航しておると。で、一方で非常に強い告発見送りのご要請があると。で、2月に入って、……5日に官邸にお伺いして、……この法案がどうも非常に難しい瀬戸際に来ているというような報告をした……その時に、本当に私もはっとその時思い当たって驚いたんですが、(D2)総理が、どうもWさんあたりがこの法案に協力すると、もし埼玉を見送ればというようなことを言っているようですね、これは正につぶやくようにおっしゃったわけですね。だから私はそこでもう、はっと思ったわけです、これはいかんと。つまり、そこで共倒れの状況を恐れたわけですね。かといって、総理といえども、総理に対しても埼玉の問題が非常に検察との関係で難航しているということは、これは言っちゃならんことです。それは言っておりません。ただ、私はその時に、もうこの時点で何か手を打って、自分の判断でやるしかないなということで、繰り返しになりますけれども、検察の方も刑事罰引上げについて非常に関心を持っておるようでありますので、検察の理解を求めて、告発を見送るようにしたいということを私はそこで総理に申し上げたと思います。
〈5〉 [W議員との接触状況については(要旨)]
1月23日にW議員と会った記録があるとすると、罰金額引上げの独禁法改正の法案は、1月中に目途をつけないと通常国会に法案を提出するのは無理だという状況に追い込まれていたので、有力な国会議員に理解を求めることをしておくべきだと考えたから、20日以降いつでもいいから時間を割いていただきたいという形でアポイントを取ったのが、このころに会えたのだろうと思う。帰りがけに、W議員が「C会事件は一体どうなるのかね。」と言われたので、これは恐らく告発の話だろうと思って、この問題については検察と協議して決める問題であって、公正取引委員会が独自でどうのこうのできる話ではないというふうに話をした。(1月28日にB議員が帰った後)すぐアポイントを取ったと思うが、記録にあるのであれば、1月29日ということになるが、W議員を訪ねて「B議員に申し上げたことと同じことを言ってくれとおっしゃったんで、B議員がこういうことを言われたんで、副総裁にも同じことを言いますよ。」と言って話をした。W議員は、「じゃあ承っておく。」と言われた。
〈6〉 [原審で被告人Bにサインを送ったという点については(要旨)]
原審で被告人Bにサインを送ったと述べている日は、特定した日は覚えていないが、総理大臣と会った日の後である。2月6日に被告人Bと会っているとすれば、その日に被告人Bに総理大臣に言ったことと同じことを話した。その後、W議員にも同様のサインを送った。それが2月6日の午後5時にW議員と会ったというのであれば、それで間違いはなかろうと思う。2人にそれぞれ、「もしこの話が公になったら、この話は御破算になりますよ。」というようなことは話してある。
以上のように証言している。
(4) そして、上記のようなDの証言内容は、当審で取り調べられた1月28日の状況に関する当時の公取委事務局長O及び同官房総務課秘書係長E2の各検察官調書(検1ないし3)並びに、E2の当審における証言内容とよく一致しているものであるところ、例えば、E2は、その時の状況について、「B先生からのアポイントにつきましては、当日(1月28日)の11時過ぎだったかと思いますけれども、先生から電話があった時に取ったものでございます。当日のお昼に、公正取引委員会のOBでございますTさんが主催いたします経済界の方々との懇親会でF2というものがございます(が)、そのF2のたしか賀詞交換会がその日の昼に開催される予定でD委員長が出席する予定でございました。(しかし、D委員長は)欠席いたしました。(B被告人が訪ねてきたのは)12時半ころだったと思います。(B被告人がD委員長と対談していた時間は)30分弱だったと思います。(B被告人がD委員長と面談した後、部屋から出ていく時の)表情は、むっとしたというかご不満なような感じを受けました……先生のお顔をですね、……何度か……拝見した時に、先生は余り表情を変えられない、……いわゆるポーカーフェースという感じのような私の印象でございました。それに比較して珍しくご表情が出ていたということで相当印象には残っております。」と証言しており、さらにまた、Dが証言している2月5日の同人とD2総理とのやり取りに関しては、当時の内閣官房副長官の証人G2が当審において、「この日のことは私は正確に記憶しておりますが、総理室の方からD委員長が来ているので同席するようにという秘書官からの連絡があって私は出席いたしました。私が総理室に入った時には、既にD委員長と総理は話をしておられまして、……何か、こう、正確に覚えておりませんけれども、公正取引委員会が抱えている案件と独禁法の改正問題というのが、何か関連づけて当時問題になっていたということが、何か話し合われたんではないかという、言葉の端々でそういう感じを受けました。初めから入っていませんでしたから正確に認識していないんですけれども、総理とD委員長の話からすると、そういうことかなと私は理解したわけです。……当時としては、まだまだこれからまた大変な努力がいるなという認識でした。ただ、繰り返しますけれども、官邸としてはこの独禁法の改正問題を何としてもまとめてもらわないといけないという立場にありましたけれども、ただ、告発問題はすぐれて公正取引委員会の権限の問題でありまして、官邸が言及すべき問題ではないということは、私は終始そういう認識で、このことについてD委員長に対して言及することはありませんでした。……罰金額の引上げについては関係者の強い反対があるということは想定しておりました。(平成4年の1月30日にD2総理が訪米されているわけですが)私の記憶では総理のご出発までに総理が完全な形で明確に答えられようなところまで煮詰まっていなかったように記憶しております。(前年の年末の状況から訪米直前の1月末に事態が何らかの形で推移した、好転したとか)特にそういう記憶はございません。この問題は大変難しい問題としてずっと継続して議論されているということは認識しておりましたけれども、一定の方向が出たというような認識は特に持っておりませんでした。……ともかく総理から私が言われたのは、この公正取引委員会の所管の問題についてはそれはD君の方で対応することだけれども、官房副長官として側面的にD君の罰金額の引上げの法案、取りまとめがしやすくなるように各省にも協力を求めて、とにかく実現に努力してもらいたいと、2人でよく相談してやってくれと、こういうふうな御指示をいただいたように記憶しております。……その際、私は告発問題についてはこれはすぐれて公正取引委員会の権限の問題であるというようなことを、総理のお言葉だったのか話題の中だったのか、とにかくそういうふうに私は理解いたしまして、その問題は官邸の方でうんぬんすべきことではないと、しかし罰金額の引上げの方は、日米交渉を成功させるために何としてもこれはやってもらわなきゃ困ると、そのために関係省の協力も求めるから一層の努力をして欲しいということをD委員長に私が総理の部屋を出た後、私の部屋に寄っていただいた時にそのように再度お願いしたということを記憶しております。……(C会事件と告発問題を絡めるという話)これは本来別次元の話でございまして、告発するかしないかは公正取引委員会が法に照らして判断すべきことでありますから、内閣がこの問題について公正取引委員会に対して指示をするとか、要請をするという筋のものではないと思います。その点はD2総理もはっきりそうした認識を持っておられたように思います。」と、D証言に沿う内容の証言をしている。
そして、さらに、当審において弁護人の請求により刑事訴訟法328条に基づく証拠として取り調べられるに至ったDの平成6年2月28日付け検察官調書2通(弁27、28)、同年3月3日付け検察官調書5通及び同月26日付け検察官調書5通(弁49ないし58)の内容も、Dの原審及び当審における証言内容とよく一致しているものであり、Dは、本件において、捜査段階から一貫した信用性ある供述をしていることが認められる。
そうすると、このような当審における証拠調べの結果によれば、D証言は正に信用できる揺るぎないものであったことが、改めて確認されるに至ったといえるのである。
(5) D証言が信用できないとする所論について
被告人Aの弁護人の所論は、D証言は作為的であって信用性に欠けることは明らかである、すなわち、原判決は、「本件の捜査は、被告人Aが平成5年3月下旬ころ被告人Bに対して盆と暮れの定期の政治献金以外に1000万円献金したと検察官に供述したことから開始されたものであるが、Dが被告人Bから告発見送りの働きかけを受けたということは、Dが話して初めて検察官が知ったことである。Dは、検察官にこの話をした時点では既に公取委委員長を退職し(平成4年9月退職)、公職からも退いていたのであり、捜査官に対してわざわざ虚偽の事実を述べることによって利益を得ようとしたとはおよそ考え難い。かえって、虚偽供述をすることによって捜査官のみでなく世間を撹乱させたということになれば、大蔵省主税局長、国税庁長官、公取委委員長といういわゆる名誉職まで勤め上げた者が社会的に失うべき利益は甚だ大きなものがあると容易に考えられる。」と判示するが、〈1〉 検察官によるDの事情聴取より相当以前に、被告人Aの本件1000万円の授受についての検察官調書が作成されており、被告人BとDとの公取委委員長室における数回の面談について、検察官の「告発見送りの要請があったとするストーリー」に乗る以外、Dが検察官を納得させる術はなかったとの推認も決して不自然とはいえない、〈2〉 Dは、罰金額引上げを内容とする独禁法改正法案の成立とC会事件の告発見送りが政治取引されたという事実が表面に出れば、一大スキャンダルになるおそれが十二分にあるし、そのような事態になれば、これまで築いた社会的地位や名誉が一気に地に落ち泥にまみれることになることを強く怖れたであろうことは優に推認できるところである、〈3〉 Dが、平成3年12月17日の独禁法調査会の審議状況を見て、政界工作へと関心を移らせたとする推認は、平成3年暮れの委員会懇談会の後で、H2審査担当審議官に対しC会事件についての排除勧告案の起案を指示した事実に照らして、一段と強くなるのであり、その他の状況から、Dと政府与党間に同時決着についての合意が成立あるいは醸成されつつあったと解することは不合理ではなく、少なくともDが取引を目論んでいたことは十二分にうかがえる、〈4〉 マスコミは、C会事件の不告発決定の前後ころから、不告発は、政府与党の圧力によるものではないかとの疑惑を記事にするとともに、Dの不告発発表の記者会見の場においても、「政治的圧力があったか。」との質問が出され、国会審議における議員質問においても同様な疑惑を呈するものがあったことが認められるところ、これまで否定を通して来た政治取引の事実が発覚することを怖れたDにおいて、先手を打ってこの政治取引を隠蔽する小道具として被告人Bの要請を持ち出してきたと解することに合理性がある、〈5〉 その他、D供述が不自然・不合理といえる点として、被告人Bからの告発見送りの働きかけを受けたことについて検察官に話すまでは公取委の関係者を含めて一切誰にも話していなかったことや、被告人Bからの告発見送り要請をその場で拒絶したことなどが指摘できる、というのである。
被告人Bの弁護人の所論は、原判決は、「D証言の内容は極めて明確なものであって、認識や記憶の誤りによると疑うべき余地はなく、仮にそこに誤りがあるとすれば故意に虚構したとしか考えられないから、主として意図的な虚偽供述の疑いはないかという見地から、その信用性を判断すべきことになる。」とし、D証人の本件との利害関係の有無・程度、証言内容を検討して、その信用性を肯定しているが、〈1〉 本件の背景には、C会事件についての告発問題の外に罰金額引上げに関する問題があり、当時から、政治的取引の存在が疑われていたところ、DがL2党の一部の動きの情報と高検との協議結果の報告とを同時期に得て、しかも、直ちに政治的取引を決断してサインを送るというのは、余りにもタイミングが合いすぎており、被告人Bに重要かつデリケートな政治的取引のサインを送ることも不自然である、独禁法改正問題と告発問題に関する政治的取引の有無・内容が、捜査やその後の公判の審理で取り上げられることは避けられないから、新たな疑惑ないし疑獄事件に発展する可能性を客観的にはらんでいたことになり、少なくとも、Dが、主観的にこれを危惧する立場にあった可能性をも優に認めることができるのであって、Dが、政府与党首脳が関与した政治的取引についての具体的な事実関係を隠蔽しようとしているという評価が可能である、〈2〉 捜査機関がゼネコン汚職事件捜査により、仙台市長、茨城県知事らを逮捕していたが、捜査の手が国会議員に及ばないことを不満とするマスコミ報道が加熱し、国会議員を起訴しなければならないような風潮が形成され、このような状況の下で捜査機関から事情聴取を受けていたDにとっては、捜査機関に迎合して、被告人Bから告発見送りの働きかけを受けたことを肯定する誘因が存在していたといわなければならない、〈3〉 原判決は、「Dが被告人Bから告発見送りの働きかけを受けたということは、Dが話して初めて検察官が知ったことである。」としているが、捜査機関は、国会議員たる被告人Bの起訴に躍起で、Dから告発見送りの働きかけの供述を得ることが捜査目標であったのであって、事実を誤認している、〈4〉 Dが懸念し利害関係を有すると考えられるのは、告発問題のみの個別的な処理についての批判ではなく、罰金額引上げのための独禁法改正問題と併せた政治的取引の有無・内容からの批判であり、Dは、政治的取引については、供述せざるを得なかったと見るのが合理的であるから、必要のない自己に不利益な事項を敢えて供述したというような評価は全く妥当しない、〈5〉 Dが政治的取引が明るみに出る可能性を感じていたのであれば、Dの供述は、「はるかに小さな批判の甘受」をもくろむものとして、虚構の可能性が残ることになり、また、Dが、L2党へサインを送るべき政治家の人選として被告人Bは不自然であり、Dは、登場人物の拡大を防ぐために、政治的取引のサインの送り先として被告人Bをはめ込んだと見る方がはるかに自然である、というのである。
(6) D証人の虚偽供述の可能性について
上記のとおり、被告人両名の弁護人の所論は、D証人の虚偽供述の可能性を強く主張する。
そこで、検討するに、原判決が判示するように、C会事件は、本件捜査の開始されるより前の平成4年6月に、刑事告発されることなく勧告審決によって終結していたものである。C会事件を告発できなかった理由として、Dら公取委関係者は、公取委としては、告発すべき重大かつ悪質な事件と考えて調査を進めていたものの、高検側から、告発すべき事実は告発方針の公表された平成2年6月以降の取引制限の合意であり、その点について個々人の行為を特定して立証するに足る証拠の収集を求められたが、公取委の調査に限界があり、証拠収集が十分でなかったため、告発を見送らざるを得なかったと証言している。C会事件が元々は告発可能な事件であったのに告発できなかったという場合には、告発すべきであったとする立場からの公取委に対する批判が予想され、逆に、元来告発は困難な事件であったのに調査を行い、結局は告発を見送ったという場合には、無駄に調査に着手し継続すべきではなかったとする立場からの公取委に対する批判が予想される。いずれの場合にも、公取委の関係者がそれらの批判を免れるために、前者では告発できなかったことについて、後者では調査を継続したことについて、それぞれ正当化するおそれがある。したがって、被告人Bからの働きかけを受けたということが、それらの正当化と何らかのつながりのあるものであれば、虚偽供述の疑いを容れる余地があるといえよう。ところが、Dら公取委関係者の証言は、前記のとおり、高検側の要求に公取委側で答えられなかったためであるというように、公取委側の調査不十分又は高検側の重い要求という被告人Bとはおよそ無関係な事情を理由とするものであり、告発できなかったことあるいは調査に着手し継続したことの原因を、その一端でさえ同被告人に負わせようとしているものではないから、このような見地からも虚偽供述のおそれはないと考えられる。
この点を更に敷衍すると、Dは、被告人Bから告発見送りの働きかけを受けたことをもって、告発できなかった理由としようとしているものではないから、既に告発を見送り、勧告審決によって終了し、社会的にも解決されていたC会事件について、その1年以上も後になって同被告人から働きかけを受けていたことを供述する必要があったとは考え難いのである。しかも、仮に供述しなかったとしてもDの社会的立場に何ら影響することではないのであるから、働きかけを受けたこともないのに受けたと虚構しなければならない理由を想定することは全く困難である。
また、D証人は、原審では、被告人Bから告発見送りの強い働きかけを受けたということに加えて、いわばそれと密接に関連する事項として、罰金額引上げを内容とする独禁法改正案を成立させるため、告発が危ぶまれ始めたC会事件の告発問題を取引材料にしたこと、そこで、平成4年2月初め、被告人Bに対し、独禁法の改正に協力してもらえれば告発を見送るという趣旨のサインを送ったこと、そのことによって被告人Bらを偽計に陥れたとの批判をも招きかねないことまで証言している。これは、証人自身の社会的評価を低下させるおそれの強い事項であり、そのようなおそれがあることを証人自身も十分認識している旨証言しているのであるから、殊更に事実を虚構してまで自己の国税庁長官、公取委委員長といういわば名誉職まで勤め上げた者としての社会的評価を低下させるおそれの強い事項を供述するとは到底考えられない。このように考えると、C会事件の告発問題を取引材料にしたということと密接に関連している被告人Bからの告発見送りの働きかけについても、事実を虚構しているとは考え難いのである。
さらに、D証人は、当審において、被告人B以外の政治家から働きかけを受けていたか否かの点については、平成4年1月23日、W代議士と会った際、W代議士から、C会事件の告発について非常に強い関心がある趣旨の話をされ、また、被告人Bから1月28日にW代議士にも告発を見送ることができない理由を伝えて欲しい旨言われたため、翌29日W代議士にも話をしに行ったが、他の政治家からは同様な働きかけを受けたことはない旨供述している。D証人は、原審及び当審において、政治的取引の状況について詳細に供述しているのであって、そこに、自己の保身のために殊更に真実を隠そうとする態度は見受けられない。何よりも、被告人BからC会事件の告発見送りの働きかけを受けた事実は、D証人が供述しなければ、白日の下にさらされることはないのであるから、D証人が、自己の保身を考えるのであれば、被告人Bの行動が犯罪となるようなものについて供述を拒否するのが一番容易なことである。そうすれば、被告人Bの斡旋収賄罪の公訴提起もなく、公判廷において政治的取引を述べる事態にもならないのである。仮に、検察官から、被告人Bとの会談の内容について執拗に問いただされたとしても、当時、客観的に独禁法の罰金額引上げ法案について被告人Bと話し合う必要があったと言い得るし、推進機構の人事問題等の要請も受けていたなどと、容易に捜査官を納得させる内容を述べることができるのであるから、あえて虚構の事実を作り出す必要はない。
D証人の経歴から見ても、同証人が他人の犯罪事実を虚構すれば、公開法廷において証人として厳しい尋問にさらされることは、容易に認識し得たといえるから、D証人が、虚偽の事実を殊更に作出し、あえて、被告人Bを犯罪者とするような供述をするとは到底考えられないのである。
なお、所論は、Dは、被告人Bから告発見送りの働きかけを受けたことについて、検察官に話すまでには公取委の関係者を含めて一切誰にも話していなかったと述べているのは不自然・不合理であると主張するが、Dは、その理由として、公取委の委員や事務局関係者にはC会事件に厳正に対処してもらうため、被告人Bとの対応はD一人の判断と責任で行ったことであり、誰にも知らせなかったと証言しているのであり、その理由はそれなりに合理性があるものと考えられるのであって、その旨の原判決の認定に誤りはない。
また、被告人Bからの告発見送りの働きかけは、その時点においては、罰金額引上げ法案との取引を考えていなかった公取委委員長としては、熟慮すべき事柄でもないから、被告人Bの国会議員としての立場を考慮しても、即座に拒絶するのが当然であって、そのように即座に拒絶したことは、罰金額引上げ法案との取引を考慮していなかったことと符号するのであって、所論指摘のようにこれが不自然・不合理とはいえない。
(7) 公取委の審査状況に関する被告人Aの弁護人の所論について
被告人Aの弁護人の所論【A・控訴趣意第四点第二】は、D証言の信用性に関連して、〈1〉 原判決は、「平成4年1月13日ころは、公取委が告発に向けて未だ審査を続行していた時であり、D委員長に告発回避を要請する必要はなかったとの被告人Bの供述は信用することができず、また、平成4年1月前半ころの被告人Aの認識として、告発されることはないと考えられるような状況にはなく、逆に告発されるおそれを抱いており、その程度はC会の一般会社関係者に比して強かったものと認められる。」と判示するが、D委員長の言動に幻惑され、C会事件に関する公取委の審査状況を見誤っている、〈2〉 原判決は、「公取委関係者らは、告発対象が(平成2年6月20日の)告発方針公表後の合意に限られる点については理解していたものの、それ以前に形成された合意を告発方針公表後も再確認したり、方法を一部変更させたりしている場合は告発が可能なものと考えていたと証言しているところ、そのように判断していたとしても不合理とはいえず、また、個人の行為の特定の点については、会員が66社と多数であるため、役員会における決定等が会員各社にどのように到達して合意として形成されたかなど、個人の行為を特定するまで調査することに時間を要し、公取委の委員のうちに、その点の証拠は十分と考えた者がいたとの証言も、不自然とはいえないから、公取委関係者らの供述の信用性を揺るがすものではない。」と判示し、「なお、両被告人の弁護人らは、公取委幹部の間において、平成3年12月ころには告発を困難視する意見が支配的なものとなり、排除勧告案の作成に取りかかったなどと主張している。確かに、そのころの委員会懇談会において、DがH2に対して排除勧告案の内容を詰めるように指示したことは認められるが、既に述べたように、その委員会懇談会で告発に消極的な意見の者はいなかったものと認められるから、右指示は、排除勧告と告発とが両立し、告発を先行させる運用となっていたところ、排除勧告を行うには違反行為の消滅後1年以内である必要があることから(独禁法7条2項参照)、告発後速やかに排除勧告できるよう準備することを指示したものと合理的に解することができる。したがって、弁護人らの主張は、理由がない。」と判示するが、平成3年12月末ころの時点においては、行政処分としての「勧告に記載する事項の骨格」程度の解明しかできておらず、未だ刑事告発できる程度には調査が進んでいなかったのであり、平成4年1月13日以前の段階でD委員長は既にC会事件を告発できないと認識していた、と主張する。
しかしながら、原判決が判示するように、審査官らが平成4年2月以降も関係者の事情聴取を続けたことについては、担当の審査長I2が審査官らに対して、平成2年11月の下水道幹線工事における談合状況を関係者から聴取するように指示したことを示す平成4年2月5日と記載されたメモが存在することや、I2が審査官らに対して、平成3年4月のC会総会での決定とその後の受注調整事例の聴取を指示したことを示す平成4年2月13日付け「供述聴取項目の追加」と題する書面が存在することなどにより、裏付けられている。また、関係者らの事情聴取を現実に行った審査官らは、それぞれが自己の担当した具体的な審査状況を供述しつつ、いずれも、平成4年2月から4月にかけて関係人の取調べを続けたと供述しているところ、C会会員側も、平成4年に入ってからも4月までの間に事情聴取を受けたとそれぞれの経験を供述しており、審査官らの供述を裏付けている。
そうすると、平成3年12月中にC会事件の告発を断念するような状況になく、平成4年1月末ころまで、C会事件については告発が可能であると考えて、審査を続行していたとするD証人の供述は、十分信用することができるのである。
なお、平成3年12月のD委員長のH2審査担当審議官に対する排除勧告案の起案の指示は、証人H2の原審供述によれば、D委員長から、勧告書の形で整理をすると内容が頭にも入りやすいという観点から排除勧告案の起案を指示されたものであって、告発を断念したような形跡は何らうかがわれないから、この点についての原判決の判示も事実を誤認したものではない。
5 その後の事情について
(1) 告発見送りの見通しを伝えたことについて
(被告人Bが被告人Aに対し、平成4年4月14日、告発見送りの見通しを伝えたこと)
被告人Aの弁護人の所論【A・控訴趣意第四点第五、一】は、〈1〉 被告人Bは、平成4年4月14日の被告人Aの訪問時に初めてC会事件の不告発の見通しを口にしているが、同日あるいはその翌日には多くのマスコミにおいても同様に不告発の見通しを報道していたことや、成功報酬と見られるような現金供与が一切行われていないこと、告発見送りに対する感謝の気持ちを表す言動すらなかったことから見ても、被告人Aが被告人Bに対して不正な請託をしたのではないことが明らかである、〈2〉 原判決は、「被告人Bからすれば、当初はDに告発見送りの要請を拒否され、請託の趣旨を達成できなかったのであるから、その状況で被告人Aに何も伝えなかったのはむしろ当然であり、その後、Dから独禁法の改正に協力してもらえれば告発を見送るというサインを送られたものの、自己の功績であるとして告発見送りの見通しを伝えるには、その見通しが確実なものとなる必要があるから(伝えた見通しが誤ったものであれば、信用を失うことになろう。)、独禁法改正の目途がつくまで伝えなかったとしても不自然とはいえないところ、L2党の政務調査会の独禁法調査会等で罰金を1億円に引き上げる改正の趣旨が了承されたのは平成4年3月12日、その旨の改正法案が了承されたのが同月24日であるから、4月14日に伝えるまで不自然なほど長期間であったとはいえないこと、また、被告人Bの立場から、告発見送りとなったことを自己の功績として示す効果について考えても、必ずしも早く伝えなければ効果が消失するというわけではなく、公表直前に伝えることによっても十分その効果を得ることができること、さらに、Dが被告人Bに対してサインを送った際、業界に伝わることがないように口止めしたと述べていることから判断すると、同被告人において、告発見送りの見通しを業界関係者らに話して公になれば、同被告人の話したことがDに伝わって、その信用を損なう可能性があると考え、公表直前まで話さなかったとしても、不自然とはいえない。」と判示しているが、(ア) D委員長がわざわざ被告人Bを訪ねて告発を見送るというサインを送ったというのであれば、これほど確実な情報はないのであるから、原判決が述べているような、その見通しが確実になることまで待つ必要などないはずであり、(イ) 平成4年4月14日の午前中に被告人Aが衆議院議員会館内の被告人Bの事務所に同被告人を訪問したのは偶然のことであって、報道されることを熟知して被告人Aを呼び出して伝えたのではない、(ウ) 口止めをして伝えればよいのであるから、公表直前まで話さなかったとしても不自然ではないとする原判決の判断は、合理性に欠けている、というのである。
被告人Bの弁護人の所論【B・控訴趣意(事実誤認について)第四、一、3】は、被告人Bが被告人Aに告発回避の見通しを知らせたのが平成4年4月14日であるとしても、その遅延についての原判決の説示は、D証言にのみ依拠したものであり、また常識的な証拠判断から逸脱したものであって、受託者からの結果報告や請託者から問い合わせが全くないこと、4月14日も別件の用事で訪問したことなどからすると、到底納得することができない、というのである。
そこで、検討するに、原審及び当審におけるD証言によれば、D委員長が被告人Bに述べた告発見送りは、独禁法の罰金額引上げ法案への協力との引換えという政治的取引であるというものであるところ、D委員長が被告人Bにサインを伝えた平成4年2月6日の時点では、独禁法調査会における議論は、罰金額引上げ反対の声が極めて強い状態であったのであるから、被告人Bとしても、罰金額引上げ法案のある程度の目処がつくまでは、軽々に外部に伝えることができないはずである。しかも、D委員長は、告発見送りについて、被告人Bに対しても、W議員に対しても、厳重に口止めをし、もし告発見送りが漏れた場合には、御破算になるとまで述べて注意していることが明らかなところ、被告人Bにおいて、告発見送りの見通しを業界関係者らに話して公になれば、同被告人の話したことがDに伝わって、その信用を損なう可能性があると考えたとしても、不自然ではなく、また、たとえ被告人Aに口止めをして伝えたとしても、その情報が外部に漏れないとも限らないのであるから、被告人Bとしては、請託者である被告人Aにも告発見送りの情報を容易に伝えることができない筋合いである。したがって、原判決の判示するように、一般に公表される直前においてこれを伝えたことが不自然ということはできないし、また、その日の被告人Aの被告人Bに対する訪問が偶々別件の用であっても、その機会を利用したことが不合理ということもできない。所論の指摘する成功報酬の点についても、供与金額の多さや、その後の定期献金の増額の事実に照らせば、特段不自然ではなく、その余の指摘の点も不合理ということはできない。
原判決の判示は相当である。
(2) その後の定期の政治献金の増額について
(被告人Bに対する盆と暮れの定期の政治献金が、被告人Aの判断で、平成4年盆の分からそれまでの100万円が200万円に増額されていること)
被告人Aの弁護人の所論【A・控訴趣意第四点第五、二】は、原判決は、「被告人Aの判断で、平成4年盆の分から、政治献金がそれまでの100万円から200万円に増額されている事実について、被告人Aから被告人Bに対する不正な請託が存在し、その後、C会事件の告発が見送られたことに照らすと、それは被告人Aの被告人Bに対する評価が上がったことによるものと考えられるから、極めて自然な流れである。」と判示するが、被告人Aは、被告人Bが建設業界のために推進機構設立に尽力するなどしたことから、被告人Bの発想力や行動力をそれまで以上に高く評価し、今後とも業界が指導者として期待することができる政治家としてその期待感を深め、定期献金を増額したにすぎないものである、と主張する。
しかしながら、被告人Bは平成4年12月に建設大臣に就任しているが、事前に予定されていたわけではなく、また、被告人Aが被告人Bに対する政治献金を増額した理由は、推進機構の設立を評価したからであると主張するものであるところ、関係証拠によれば、平成4年7月13日の盆の政治献金をした時期には、推進機構は、未だ会長人事も決着したものとは認められない上、被告人Aの供述によれば、設立が当初の被告人Aの見込みよりも遅くなっていたというのであるから、推進機構の設立が定期献金増額の理由となるとは言い難いところであって、原判決の判示は相当である。
6 その余の主張について
被告人Aの弁護人は、仮に、被告人BがD委員長に対してC会事件の告発見送りを働きかけた事実があるとしても、被告人Bは、推進機構の創設という自らの出世仕事の実現のためという動機や、建設業界に基盤を置く建設族議員として建設業界の支持と後援を強固なものにしたいとの考えなどから、被告人Bが自らの発想でそのような要請行動に出たと推測されるから、被告人Aの1000万円の供与と被告人Bの働きかけの間には因果関係はない旨主張する。
しかし、以上検討してきた諸事情(間接事実)、とりわけ、被告人BがDに対しC会事件の告発見送りを強く要請した時期は、同被告人が被告人Aから本件1000万円を受け取ってから間もないころのことであり、被告人BはDから1度拒絶されながら再度要請していることなどを総合的に考察し、加えて、後に述べる同時決着及び推進機構に関する被告人両名の供述が信用できないことを併せ考えると、平成4年1月13日の本件1000万円の授受の際、被告人Aは、被告人Bに対し、公取委におけるC会事件の審査に関する職務を適正に行うべき職責を有する公取委委員長に対して、公取委が告発しないように働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託をし、その報酬として本件1000万円を手渡し、被告人Bにおいてもその請託を承諾して、その働きかけの報酬として、1000万円を受け取ったものと認めることができるのであって、その旨の原判決の認定に誤りはない。
7 同時決着あるいは政治的取引ないし政治決着について
(1) 所論
被告人Aの弁護人の所論【A・控訴趣意第四点第八】は、〈1〉 C会事件の刑事告発見送りは、被告人BがD委員長に対し個人で要請できるような案件ではなく、同事件の決着については、D2総理大臣の関与の下に、D委員長とW副総裁との間で、C会事件の刑事告発見送りと罰金額の引上げを内容とする独禁法改正への協力とが高度の政治的取引として行なわれたものであって、被告人BにC会事件を不告発にさせるだけの力がなかったということは自他共に認められるところであり、かような被告人BがD委員長に告発見送りを働きかけるはずのないことを優に認定することが可能であるから、同時決着を否定した原判決の判断には合理性が欠けており、失当である、〈2〉 D委員長は、平成3年12月下旬ころには、他の委員をはじめとして公取委の幹部職員に対しても、高度に政治的な同時決着を図ることを秘密にして、C会事件の刑事告発を見送ることを交換条件に独禁法改正に関するL2党側の了解を取り付けるという政治的取引を行うこともやむなしと決意するに至ったものであり、その後平成4年1月になってから、C会事件を告発しない方向に向けるタイミングやL2党内の様子をうかがいながら、同年2月上旬ころ、W代議士らにC会事件の告発見送りのサインを送って同時決着のための公取委側に課せられた条件を成就させる一方、高検との協議を利用して刑事告発見送りを画策し、公取委部内においては、自らがあたかもC会事件の刑事告発を希望しているかのごとく振る舞って、部下職員を欺いて審査を続行させたというのが真相であって、その結果、C会事件の審査が4月まで継続していたからといって、何ら不自然とはいえない、というのである。
被告人Bの弁護人の所論【B・控訴趣意(事実誤認について)第二】は、原判決は、証人Dの供述に基づき、「Dは、平成4年1月31日ころ、高検との非公式協議の結果について報告を受け、C会事件を告発するのが証拠面で容易でないことを知り、同年2月上旬、正式回答として同趣旨の意見が伝えられたと知って、C会事件の告発ができなくなるかもしれないとの危惧を強く抱くようになり、他方、L2党の一部の動きとして、C会事件の告発を見送れば独禁法の改正に協力するとの動きがあると知り、C会事件の告発と独禁法の改正の双方ができなくなるという最悪の事態を避けようと考え、公取委の組織としてでなく、D一人の判断と責任で、そのころ、議員会館に被告人Bを訪ね、同被告人に対し、独禁法の改正に協力してもらえれば告発を見送るという趣旨のサインを送った、という政治的取引がなされた。」旨認定しているが、〈1〉 被告人Bが原審で供述するように、平成3年12月中には政府与党の企図したC会事件の告発回避と独禁法の罰金額引上げの同時決着の合意が形成されたものである、〈2〉 D2首相とW代議士が平成3年12月16日に会談しており、その際に同時決着が話し合われたと推認できること、同月26日被告人BがD2首相から首相官邸に呼び出されており、その席で独禁法改正への協力を依頼されていることなどの事実から、被告人Bは、平成3年12月中に「同時決着」に向けての動きが水面下で始まっていることを察知しており、告発が見送られることを確信していたものであるから、あえて、D委員長に告発見送りの働きかけをする必要はなかった、というのである。
(2) 被告人Bの供述の信用性について
まず、被告人Bが供述する同時決着がD証人のいう政治的取引とは別個のものであり、前者が後者の前提をなすものでないことはその供述自体からして明らかである。
被告人Bは、D委員長にC会事件の告発見送りを働きかけたことはないと主張し、その理由として、被告人Bが供述するように、平成3年12月中に同時決着の動きができていたのであり、W議員が、D2総理大臣に対し、平成3年12月にC会事件の善処方の申入れをし、その上でL2党副総裁に就任したことは同時決着の存在を示すものであるというのであるが、C会事件について公取委が検事総長に告発するか否かは公取委の専権事項であり、総理大臣にも公取委を指揮する権限がないのであって、総理大臣が告発回避を約束できないことは明らかであるから、その時点で、政治的取引ないし政治決着を完成させるということは到底できるものではなく、また、それが約束された事柄となったということもできない。そもそも被告人Bは、公取委の権限(職権行使の独立性)については、公取委の職員から説明を受けるなどして十分認識していたものである。
被告人Bの供述するこのような同時決着なるものが存在しなかったことについては、原判決も的確に指摘しているところであるが、当審における証拠調べの結果、その虚偽性は、さらに明白になったといわざるを得ない。
まず、前記G2の証言内容は、D証言の内容と一致するものであるところ、前記したところからも明らかなように、G2は、「(C会事件と告発問題を絡めるという話)これは本来別次元の話でございまして、告発するかしないかは公正取引委員会が法に照らして判断すべきことでありますから、内閣がこの問題について公正取引委員会に対して指示をするとか、要請をするという筋のものではないと思います。その点はD2総理もはっきりそうした認識を持っておられたように思います。」などと、被告人Bが主張するような同時決着などは存在しなかったことを示す内容の証言をしている。
他方、被告人Bは、当審においても、平成3年12月中にD2総理とW代議士との間でいわゆる同時決着がなされていたとの供述を繰り返しているのであるが、当審における被告人質問の結果、その供述は、自己矛盾に満ちた信用できないものであることが明らかとなった。
すなわち、被告人Bは、同時決着の存在を示す証拠として、当時内閣官房長官であったJ2作成名義の「確認書」とW代議士の秘書であったK2作成名義の「確認書」の存在を主張し、その各写しが、同被告人の供述内容を補充し、これと一体となるものとして被告人供述調書の末尾に添付されているのであるが、このうち、J2作成名義の確認書には、「平成3年12月17日にW氏が、D2総理に対して、「C会事件については、建設(族)としては、何とか善処してもらいたいと思っている。」との申入れをした。12月21日の「W2」での会食でもW氏がD2総理に同旨の話をしていた。」旨の記載があるが、同時決着がなされたということまでの記載があるものではなく、特段、同時決着の存在を示すような内容とはなっていない上、さらに、K2作成名義の確認書に至っては、同確認書中に「平成4年1月29日……DがL2党本部にWを訪ねて来たことはよく覚えています。……Dが帰ってからすぐに、WからD2総理に電話を入れるように指示されましたので電話をつなげました。……その電話で、WはD2総理に対して、「公取から要請のある罰金問題は私が何とかまとめる。罰金額もDの顔が立つようにまとめる。だからC会事件は告発を見送るようにDに指示されたい。」との趣旨の話をしていました。」と記載されており、平成4年1月29日の時点でも、未だ同時決着などなされてはいなかったことを示す内容の、すなわち、被告人Bの弁解主張とは全く矛盾する内容の記載が存するのであり、これを自己の公判供述と一体をなすものとして援用する被告人Bの公判供述は、正に、自己矛盾に陥っているものというほかはない。
そして、翻って、被告人Bの原審における供述内容を改めて検討してみると、同被告人自身、原審において、「(平成4年)1月27日に政府与党連絡会議が終了し、事務所に帰られたWL2党副総裁から、事務所にすぐ来てくれと言われて呼ばれたことがございました。……(W副総裁から)C会の件で総理に強く念を押してきたと、しかし、この件には罰金問題も絡んでいるらしいなと、総理から党で議論されている独禁法の話が出たが、俺にはそのことは分からんから、君が総理に直接報告してきて欲しいと、このような指示が出されました。」と、実は、同被告人の主張する同時決着などは存在しなかったことを自認する内容の供述をしており、当審における同被告人の被告人質問において、検察官がその点を指摘する内容の質問をし、「あなたの主張しておられる話を前提としても、結局W会長は、平成4年1月27日の時点ですら、C会事件に関しては罰金問題も絡んでいるらしいが、そのことは自分にはよく分からないということを言っているわけで、そうだとすれば、その前の平成3年12月の時点で、既にD2総理とW会長との間でC会事件の告発問題と独禁法の罰金額の引上げ問題とがバーター取引され、これを同時決着させることになっていたなどということはあり得ないのではないですか。」と尋ねたのに対し、同被告人は、「W副総裁は、党のトップの立場にいる方です。ですから罰金問題が、どういうふうに具体的に今、動いているか、時々刻々変わる状況なんかは分かるわけありません。ですからそのことについて、よく分からないと、こういう話をされたんで、私は、現場の責任者としてそのことを説明して来いということを言われたと理解しました。」とか、「W副総裁は、副総裁に就任したかったんじゃないです。したくなかったんです。したくなかったのを就任するのは、その告発問題を解決したかったんです。告発問題を解決するためには、罰金問題が絡むということも十分分かっていました。それが、政治決着の中身です。」などと、理屈にならない返答及び弁解供述に終始するばかりであり、結局、改めて、自己の弁解供述の矛盾及び破綻を露呈するに至っているのである。
このように、当審における証拠調べの結果によれば、同時決着を主張する被告人Bの弁解供述が虚偽のものであって信用できないものであることが、さらに明らかになったものといわなければならない。
そして、この点に関連してD証人は、原審及び当審において、平成3年12月26日にD2総理と面談した時の状況等につき、「独禁法改正に絡んで与党L2党と非常に険悪な関係になっていることを総理によく説明しておかないといけないと考えてアポイントを申し込んでいたところ、たまたま総理の時間が空いたから今すぐ来いという連絡があり、官邸に行って、その報告をした際、総理から、非常に大変だけれども頑張ってくださいと言われた。総理は公取委を所管されているが専任ではなく、普通の大臣庁と違って実質的に公取委に任されているから、総理から、具体的な指示はなかった。自分が一方的に報告する形であり、総理からは、大変ですね、頑張ってくださいと言われた。同席者はいないんじゃないかと思う。翌年1月までに罰金額引上げについて決着を付けるようにというような指示をされたことはなく、政治的取引の話やW議員の名前が出たり、被告人Bのことが話題に出たことはない。W議員と平成3年12月中に会ったことも電話で連絡を取ったこともない。」旨供述しており、所論の主張するような政治決着の存在をうかがわせる状況は認められない。
以上要するに、D証人の供述のとおり、C会事件の告発見送りと引換えに独禁法の罰金額引上げの実現を図るという政治的取引が現実的なものとなったのは、平成4年2月5日ころの時点であるといえるのである。
(3) なお、被告人Bは、W議員を差し置いて、被告人BがD委員長に告発見送りの働きかけをするようなことはあり得ない旨述べるが、被告人Aは、原審において、平成3年7月にW議員に盆の挨拶に行った際、C会事件で被告人Bに世話になっている旨述べたのに対して、W議員から、「あの件はB君に話してあるから、B君から聞いてくれ。」と言われた旨述べており、当審においても、「平成3年の夏にW先生のところに献金にお伺いした後、私はW先生はC会事件については一切口を出さないというふうに私自身理解しておりました。」と述べているのであって、被告人BがD委員長に働きかけをすることはW議員との関係であり得ないこととはいえない。
原判決が詳細に判示するとおり、被告人両名の弁護人の同時決着の主張は、到底採用できない。
8 推進機構に関する主張について
(1) 所論
被告人Aの弁護人の所論【A・控訴趣意第四点第九】は、原判決は、推進機構に関する被告人Bの供述の信用性について検討し、〈1〉 被告人Bが推進機構の設立を着想した時期と経緯については、公取委職員やH建設経済局長の証言に基づき、「公取委がC会事件の審査に着手した後と認められるから、その当時の被告人Bの業界関係者や公取委関係者との接触状況等を併せ考えると、同被告人は、C会事件についての公取委の穏便な処分を求めるための一つの方策として、推進機構設立の着想を得たものと推認される。」とし、〈2〉 政治家としての出世仕事と考えて取り組んだという供述については、「被告人Bは、本件当時、国務大臣の経験も有する有力議員であり、L2党内の要職をいくつも重ねて務めていた者であるところ、推進機構の目的・組織規模・活動内容や、建設業界における評価などに照らすと、その設立が同被告人の「出世仕事」というほど重要な地位を占めるものであったとは認め難い。」とし、〈3〉 推進機構の長の人事が重要であったという供述については、「推進機構の長の人事の重要性もそれほどのものとは考えにくい上、長の候補者の推薦依頼もさほど難航するとは考え難いから、そのような人物の推薦を求めるだけのために長期間にわたって何度もDに協力を依頼し続けたというのは、やはり不自然なように思われる。」とし、〈4〉 平成4年1月ころは推進機構の長の人事が大詰めを迎えていた時期であったという供述については、「平成4年1月ころ推進機構の長の人選問題が大詰めを迎えていたか極めて疑わしく、被告人Bの供述は信用し難い。」としているが、〈1〉 推進機構の着想を得た時期について、公取委職員らの証言及びH建設経済局長の証言は、被告人Bが平成3年夏よりも早くに着想していたという証拠にこそなれ、5月末の立入検査の前に着想したという事実を積極的に否定する証拠となるものではなく、当時の被告人Bの業界関係者や公取委関係者との接触状況を詳細に検討しても、C会事件についての穏便な処分を求めるための一つの方策として着想したものとの推認はできない、〈2〉 「出世」という概念は、相対的かつ主観的であり、推進機構は、これまでほとんどの政治家が関心を示さず、また、理解も十分でなかった独禁政策を取り込んだ組織であり、被告人Bは、日本経済のあらゆる分野において重要性を増すことが確実視されている独禁法の先駆者としての地歩を築くことを企図していたのであって、将来政治家として大成するための仕事、つまり出世仕事として位置づけるにふさわしいものである、〈3〉 推進機構の長の人事が重要であったとする供述についても、長の力量によって、その活動範囲に差異が生じることは十分に考えられることであるから、被告人Bが、その長に大物を迎えたいと考えたことは極めて当然のことである、〈4〉 平成4年1月ころ、推進機構の長の人事が大詰めを迎えていた時期であったという点は、H建設経済局長の証言及び被告人Bの原審供述によって、首肯し得る、と主張する。
被告人Bの弁護人の所論【B・控訴趣意(事実誤認について)第五、二、5】は、推進機構の着想の時期やその動機が原判決の認定するとおりであるとしても、そのことから直ちに、推進機構の重要性や存在意義が減殺されるものではない上、被告人Bは告発見送りが確定した後もその設立に尽力し続けて設立にこぎつけているのであって、本件1000万円の趣旨を択一的なものとする原判決の認定は不当であり、本件金員が純粋に推進機構に関する政治献金でないとしても、C会事件についての相談や情報収集活動の報酬ないし実費としての趣旨を含むものとして授受されたと認定することも可能である、と主張する。
(2) 当裁判所の判断
関係証拠によれば、推進機構の設立の経緯及び推進機構の概要については、原判決が判示するとおりである。当審における被告人Bの供述によれば、被告人Bにとって、推進機構は、C会事件について穏便な処分を求める方策、いわば懐柔策の面もあるというのであって、C会事件を契機として着想したものであることを否定するものではなく、推進機構に対するD委員長の対応を見ることによって、C会事件の告発があるかないかを知ることができると考えていたことが認められる。
そして、原判決がいうように、被告人Bの経歴、推進機構の目的・組織規模・活動内容等に照らすと、被告人Bが自己の出世仕事として取り組んだものとは言い難く、推進機構の長の人事についても、長の候補者の推薦依頼がさほど難航するとは考え難い上、原審のD証人、H証人の供述等を総合すると、推進機構の長の人事が具体化したのは平成4年夏以降であったことが明らかであるから、平成4年1月ころは推進機構の長の人事が大詰めを迎えていた時期であったということはできないとした原判決の認定は相当である。
そうすると、平成4年1月17日、22日、28日の3回、被告人Bが、公取委委員長室にD委員長を訪れた際に、Dに要請したのは、推進機構のトップ人事の関係であったとする被告人Bの供述は、D証言に比して信用できないものである。また、推進機構に関する被告人両名の供述は、本件1000万円が被告人Bの推進機構設立に向けられた努力などに対する建設業界からの政治献金であり、C会事件に関する公取委への働きかけの謝礼ではないという主張の前提ともなっているが、1000万円の趣旨については、既に検討したとおり、被告人両名の供述するような政治献金とは認められないところ、原判決の認定する推進機構の目的・組織規模・活動内容、建設業界における評価等は、前記のような1000万円の趣旨が政治献金とは認められないと認定することの相当性を補強するものであって、その旨の原判決の判断は相当である。
事実誤認をいう論旨は理由がない。
第3 法令解釈適用の誤りの主張について【A・控訴趣意第一点、B・控訴趣意(法令の解釈、適用の誤りについて)】
1 所論
被告人Aの弁護人の所論は、(1) 斡旋贈収賄罪にいう「請託ヲ受ケ」とは、特定の職務行為について依頼を受けてという意味であり、「請託」は、不正の職務行為の斡旋依頼であることを要しないが、請託者において、不正な作為・不作為をさせるように斡旋すること又は斡旋をしたことの報酬であることを認識して利益を供与しなければならないから、原判決の認定するように請託と同時に1000万円が供与されたとすれば、当然に、請託の内容は不法な不作為の斡旋の請託でなければならない、(2) そして、「相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」という文言については、通説・判例は、積極的若しくは消極的行為によりその職務に違反する一切の行為をいい、自由裁量に属する行為についても、その裁量が職務上の義務に反してなされるときはこれに当たるが、単に相当性を欠くにとどまるものであるときはこれに当たらないものとしているから、告発しないように斡旋するということが相当の行為をさせないように斡旋するということに該当するためには、単に告発しないように斡旋することでは足りず、職務上の義務に違反して告発をしないように斡旋すること、すなわち、告発すべきものであるにもかかわらず告発をしないように仲介の労をとることが必要である、(3) 原判決は、「告発すべき事案であると思料される場合であっても」とする検察官の主張を明白に否定し、「公取委が告発すべきものと思料される場合であってもという条件なしに、公取委が告発しないように働きかけてもらいたいと依頼したものと認定した。」旨判示しているが、「相当の行為をさせないように」に該当する具体的事実の認定をしていない、(4) また、その理由中において、「被告人Bは、公取委の委員長及び委員が職権を独立して適正に執行すべき職責が課せられていること、したがって、公取委が審査中の事件について、告発すべき事案か否かにかかわりなく告発しないように要請することが、公取委に対する不正な働きかけになることなどを十分に理解していたものと認められる。」「被告人Aは、被告人Bに対し、公取委におけるC会事件の審査に関する職務を適正に行うべき職責を有する公取委委員長に対して、公取委が告発しないように働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託をし、その報酬として本件1000万円を手渡した。」と判示しているが、「調査及び告発に関する職務を独立して適正に執行すべき職責を有する」旨を特に判示した趣旨は、告発をしないように働きかけることは公取委委員長の独立性を害する違法な行為であり、そのような違法な行為である仲介行為を依頼した趣旨と解することができるのであり、原判示のうち「職務を独立して適正に執行すべき職責を有する」旨の判示は、刑法197条ノ4の法律の解釈を誤った結果、斡旋贈収賄罪の成否とは全く関係のない事実を記載したものといわなければならない、(5) 被告人BのDに対する要請は、公取委の許される告発要否の判断の幅(いわゆる裁量権限)の中において告発を見送るよう陳情しているもので何ら違法ではないから、被告人Aの行為は、刑法198条(197条ノ4)には該当しない、というのである。
被告人Bの弁護人の所論は、(1) 刑法197条ノ4の「斡旋」とは、公務員が他の公務員に対して、その職務に関し、不正な行為をして贈賄者に有利な取扱いをするように働きかけることであり、正当な職務行為の斡旋については本条の「斡旋」に該当しないのはもちろん、国会議員のような公選公務員が特定業種等を代弁してその権利や利益を行政機関に主張・反映させ、あるいは公選の議員としての責任に基づいて行政庁の行き過ぎや不当行為を是正する活動は、いずれも正当なる政治活動なのであって、斡旋収賄罪に規定された「斡旋行為」には該当しない、(2) 斡旋の内容は、他の公務員をして職務上不正の行為をさせ又は相当の行為をさせないことであり、原則は、裁量行為といえども、職務上の義務に反する不当な裁量を行なわせれば不正行為に該当すると解されるが、公取委の独禁法73条の告発の要否の決定は、裁量行為であり、裁量権の範囲内で不当な裁量をしたとしても、その程度が著しい濫用で職務違反になるとまで評価されない限り、一般には、不正行為とはいえない、(3) 原判決が認定する被告人BのDに対する働きかけは、公取委に対し告発猶予を願い出る陳情行為であり、国会議員の正当な政治活動である、(4) 原判決は、「告発すべき事案か否かを問わず」公取委に対して単に「告発しないように要請する行為の依頼」も請託に該当するという、極めて幅広い、地引き網的な解釈を展開しているが、公選公務員である国会議員の正当な政治活動、すなわち行政機関に対する陳情活動を第三者が依頼する行為と、請託行為との峻別の基準を不明確なものとし、正当な政治活動の依頼行為がすべて「請託」に該当し、刑事処罰の対象となる危険性を内包しているのであって、このような極めて拡張した解釈は、斡旋収賄罪の立法趣旨に照らして誤りである、というのである。
2 当裁判所の判断
そこで、検討するに、刑法197条ノ4に規定する「請託」は、不正な職務行為の依頼であることを要しないが、原判決が判示するように、公務員が請託を受けると同時に賄賂の収受をした場合には、その賄賂は、請託者において、請託を受けた公務員が、他の公務員の職務行為について、不正な作為をさせ又は相当な行為をさせないように斡旋することの報酬であることを認識して供与するものでなければならないことから、その場合の請託の実質的内容は、請託を受けた公務員が、他の公務員の職務行為について、不正な作為をさせ又は相当な行為をさせないように働きかけることを求めることになる。
公取委の委員長及び委員は、独禁法28条により、独立してその職権を行うこととされているなど、公取委の機構やその委員会の構成と権限、委員長及び委員の任命と身分保障等の特殊性に照らせば、公取委の委員長及び委員は、公取委の所掌事務である独禁法違反事件の調査及び告発に関する職務を独立して適正に執行すべき職責を負っているのであり、したがって、国会議員等の外部の者が、公取委が審査中の同法違反事件について、告発すべき事案か否かにかかわりなく、告発しないように働きかけることは、公取委に対する不正な働きかけとしてそれ自体も違法視されるのであり、原判決は、このことを被告人Bが十分理解していたものと認められる旨判示している。そして、原判決は、このように公取委の所掌事務である独禁法違反事件の調査及び告発に関する職務を独立して適正に執行すべき職責を有する公取委委員長に対し公取委が告発をしないよう働きかけてもらいたい旨を、国会議員に依頼し、これを承諾してその報酬として金員が授受されれば、斡旋贈収賄罪が成立すると判示しているのである。
本件C会事件の告発問題に関しては、その事案の内容の解明のための調査を遂げて、これに対する告発をすべきか否かを判断することとなるが、本件の被告人BによるD委員長に対する働きかけは、その調査中において行われたものである。
原審において、検察官は、「公取委が告発すべきものと思料される場合であっても告発しないように働きかけてもらいたい旨」の斡旋方を請託したと主張したが、原判決は、「告発すべきものと思料されるかどうかは、公取委の調査の結果最終的に決まることであるが、被告人Bの働きかけの趣旨が、公取委の調査の終了を待ってその結果次第でといういわば条件付きで、D委員長に告発しないようにして欲しいというものではなく、調査が完了しなくとも、むしろ、調査が完了しない前だからこそ、告発しない方向に調査自体を持っていって欲しい趣旨と見る方が自然であり、そういう趣旨ではなかったことをうかがわせる証拠もないので、公取委が告発すべきものと思料される場合であってもという条件なしに、被告人BがD委員長に告発しないように依頼したものと認定したものである。」と判示しているのであって、その趣旨は、告発すべきものと思料される場合に告発見送りを働きかける行為が「相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」斡旋することになることは当然のこととして、調査中の事件につき告発しない方向に調査自体を持っていくように働きかけることもまた「相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」斡旋することに当たるとしているのである。
準司法機関として、独禁法違反事件の調査及び告発に関する職務を独立して適正に執行すべき職責を有する公取委委員長が、国会議員等の外部の者からの不当な働きかけを受け、その働きかけに影響されて一定の企業に有利な職権行使をすることは適正な職権行使とはいい難く、違法視されるのであって、国会議員が1企業から賄賂を受けて、公取委委員長に告発を見送ることを強く働きかけることは、公取委が独立して適正に職権を行使しないことを求めることにほかならないと解されるのである。それ故、個別の審査事件に関し、単に陳情行為といえる程度を超えて、これを告発をしないように働きかけることは、公取委委員長に対して、刑法197条ノ4にいう「職務上相当ノ行為ヲ為サザラシム可ク」斡旋したものといえるのである。
そこで、被告人BのD委員長に対する行為を関係証拠に照らして見ると、それは単なる陳情行為ではなく、公務員に職務上相当な行為をさせないようにする不正な働きかけ行為であることは明らかである。
まず、陳情行為と働きかける行為との区別について検討するに、両者は、明らかに次元の異なる別個の行為であって、その間に、弁護人らの主張するようなあいまい性などは認められない。
用語の意味からすると、「働きかける」行為とは、相手にこちらの望むような行動を起こさせるため、積極的に活動する行為を意味し、他方、「陳情」とは、実情を述べて、公的機関に善処を要請することを意味するのであって、そのうちの「善処」とは、物事をうまく処置することを、「要請」とは、強く請い求めることを意味するものであり、したがって、「陳情」行為とは、実情を述べて、公的機関に物事をうまく処置するよう強く請い求める行為にとどまるのであって、それは、「相手にこちらの望むような行動を起こさせるため、積極的に活動する行為」、すなわち、何らかの影響力を及ぼして相手に自己の思うとおりの行動をさせようとする行為とは全く次元の異なる行為であるといわなければならない。
D証言に現れているところの、被告人BがDに対し告発を見送るよう強く申し入れた行為を見ると、このような陳情行為とは異なっている。被告人Bの行為は、独禁法違反事件の調査及び告発に関する職務を独立して適正に執行すべき職責を有する公取委の委員長という立場から、国税当局による脱税事件の場合をも引き合いに出して、「公取委が告発方針を公表して基準を作り、検察当局との間で告発問題協議会も設置しているように、検察当局とも協議をして決める問題であり、公取委だけの判断で告発をやめることはできない。」ということを繰り返し説明しながらその申入れを拒むDに対し、自己の、国務大臣の経験を有する有力な国会議員であり、L2党の独禁法調査会の会長代理であるという地位及びその影響力を背景に、一歩も引けないという気迫のこもった口振りで、強くかつ執拗に、「もし公取委がこの話をけ飛ばした、で……公取委とL2党の仲がおかしくなるということはあなたは覚悟しているんですか。」などといった捨てぜりふのような言動も交えながら、「なぜ公取の判断で告発をやめるということができないのか。」、「今回だけはやめてくれませんか。」などと言って単刀直入に執拗に告発を見送るように迫った「働きかけ」行為そのものであり、しかも、それは、Dが、原審でも証言しているように、「埼玉の事件が仮に告発に該当する事件、あるいは公取として告発するべき事件であるとして、今度同じようなことをしたらそれは告発をされたらしようがないけれども、今回だけは何とかして見送ってくれないか……今回だけはいわばそこは目をつむって何とか曲げてでも告発を見送ってくれませんかと、そういうことをおっしゃっているとしか私には受け取れなかった」ようなものであったのであるから、正に、公務員に相当の行為をさせないようにするための典型的な不正な働きかけ行為であったということができるのである。
したがって、被告人両名の行為につき、刑法198条、197条ノ4の斡旋贈収賄罪の規定を適用した原判決に所論のような法令解釈適用の誤りはない。
論旨は理由がない。
第4 訴訟手続の法令違反の主張について【A・控訴趣意第二点、第三点、B・控訴趣意(訴訟手続の法令違背について)】
1 所論
被告人Aの弁護人の所論は、要するに、〈1〉 原審裁判所は、被告人両名に対し、有罪の予断と偏見を持ち、無罪推定の鉄則を無視し、偏頗な訴訟指揮を行い、予断と偏見に満ちた証拠に基づかない事実認定をしたものであって、刑事訴訟法317条、318条に違反し、〈2〉 原審裁判所は、証人Dに対する弁護人の反対尋問について、これを妨害する検察官の異議申立てに対して何ら適切な抑制措置を講じないで放置するとともに、反対尋問における関連性につき、法令を独断的に解釈・運用し、本来許されるべき弁護人の反対尋問を制限し、さらに、弁護人のしたD、D2らの証人調べ請求や、その他多数の証拠調べ請求を一括却下するなど、原審裁判所の訴訟指揮は、有罪の予断と偏見に基づく独断的・詐術的なものであり、刑事訴訟法295条、298条1項等に違反するにとどまらず、憲法31条、37条1項、2項に違反し、〈3〉 公取委宛の照会請求を必要性がないとして却下した原審裁判所の訴訟手続には、弁護人の刑事訴訟法279条に基づく公務所に対する照会申出を不当に却下した違法があり、〈4〉 L及びP2の各検察官調書を刑事訴訟法321条1項2号書面として採用したことは、同号の解釈適用を誤った違法な証拠採用であり、いずれの違反もそれぞれ判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。
被告人Bの弁護人の所論は、要するに、〈1〉 原審裁判所は、D証人に対する弁護人の反対尋問を不当に制限したもので、被告人の反対尋問権に対する重大な侵害であり、明らかに違法である、〈2〉 原審裁判所の訴訟手続には、被告人の反証に必要不可欠な証人D、同D2、同G2らの取調べ請求を却下した違法とともに、無罪推定の原則に違反する違法があり、これらの違法が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。
そこで、記録を調査し、順次検討する。
2 原審裁判所の訴訟指揮の適否について
原審裁判所は、77回の公判期日を重ねて判決宣告に至っているが、第1回公判期日以降、多数の書証、証拠物の取調べをした上、第3回から第64回の公判期日において、証人26人(うち検察官請求証人11人、弁護人請求証人15人)の取調べをしたほか、第62回から第74回の公判期日において、詳細な被告人両名の被告人質問を行っているのであって、本件事案の解明に必要不可欠な証拠については、すべてその取調べを行っているものといえる。
原審裁判所の訴訟指揮は、適切に行われたものと認められ、被告人両名に対し、有罪の予断と偏見を持ち、無罪推定の鉄則を無視したような形跡は何ら認められない。
3 被告人の反対尋問権に対する不当な制限であるとの主張について
被告人両名の弁護人は、原審裁判所は、D証人に対する弁護人による一連の反対尋問を不当に制限した旨主張するが、原審裁判長は、弁護人の反対尋問の方法について、これを指示制限する考えのないことを明言し、異議申立てに対しても適切な措置を講じているのであって、反対尋問権を制限した形跡はなく、反対尋問における関連性についても、法令を独断的に解釈・運用したと認められる点はない。D証人に対する反対尋問において検察官から再三にわたって異議申立てがなされているが、その内容を見ても、「誤導尋問」「重複尋問」「意見を求める不相当な尋問」等を理由とするものであり、それに応じて弁護人が質問を撤回したり、質問方法を変えるなどしたものも多く、原審における訴訟指揮が不当であると認めるべきところはない。
なお、所論は、原審裁判長は、独禁法改正についての所管庁である公取委の委員長として事に当たっていたD証人に、当時、被告人B以外に具体的にどのような与党L2党の国会議員と接触していたか、その接触状況について弁護人が証言を求めたのに対し、「B被告人以外の国会議員等との接触状況については、今の段階でどれだけ本件と関連があるのか明確でないところがありますので、……この点については弁護側の主張で何を立証されるのか、これによってどうなのかということが明確になった段階で必要性について検討したいと思います。現段階ではこの質問はおやめ下さい。」と述べ、また、本件解明に当たって極めて重要な事項である同時決着に関連して、D証人がサインを送った旨の証言につき弁護人が尋問しようとしたのに対し、「……その時期になったら、その必要性について考えるということです。ほかの勢力、先ほど言った一部勢力というのが、どういう動きをしていたのかというようなことは、……そこについては弁護側の反証段階で必要性については考えるということでいきたいと思います。」などと述べて、被告人の反対尋問権を不当に侵害した旨主張しているが、当時の審理状況を見ると、検察官が訴因事実を立証するためにD証人を取り調べる検察官立証の段階にあったのであるから、仮に弁護人が反対尋問の機会における自己の主張を支持する新たな事項について尋問する許可を受けていたとしても、原審裁判長の上記訴訟指揮が不当であるとはいえない。
4 D、D2、G2らの証人申請を採用しなかったことについて
原審裁判所は、D公取委委員長の「被告人Bから平成4年1月に告発見送りの働きかけを受けた。平成3年12月中に同時決着をしたことはない。」旨の証言が信用できると認め、被告人Bが供述する平成3年12月にC会事件の告発見送りと罰金額引上げを内容とする独禁法改正が同時決着したとの主張はこれを認めることはできないとして、当時のD2首相らの証人尋問請求を却下したものであることがうかがえるところ、原審裁判所が、弁護人申請の多数の国会議員を証人として調べ、その供述をも検討した上、当時法廷に顕出された証拠を総合して、政治的な同時決着が平成3年12月中に行われたことはないとの心証に達したことからすると、弁護人の上記証人調べ請求を却下したのは正当である。
当審においては、所論にかんがみ、D、G2らを証人として取り調べたが、その取調べによっても原審裁判所の証拠調べに関する裁量権の行使が相当であったことが明らかとなっている。これらの証人の取調べをしなかったことについて、原審裁判所がその裁量権を逸脱した違法な証拠採否を行ったものということはできない。
5 公取委宛の照会請求を必要性がないとして却下したことについて
所論は、本件においては、C会事件につき公取委が「告発すべきものと思料される場合」と判断できる状態であったか否かの解明をする必要があり、それは、単に公取委関係者の抽象的な証言では足らず、また、公取委の告発方針(基準)が明らかとなることが必要不可欠である、と主張する。
しかしながら、関係証拠によると、公取委は、C会事件に関し、平成3年5月の立入検査後、同事件が告発方針・告発基準に該当し得る事犯であると判断し、告発を視野に入れながら精力的に証拠物の精査・検討、関係人多数の取調べ等を行い、これらの調査結果に基づいて、同年12月20日、同月27日及び平成4年1月13日の3回にわたり、D委員長を始め、委員、事務局幹部、告発手続を所掌する監査室長らが出席した委員会懇談会を開催して証拠関係及び法律問題を協議・検討した結果、同事件はその規模等にかんがみ、告発方針・告発基準に該当する悪質事犯であり、更に鋭意調査を進めて証拠を収集した上で、告発に持ち込むべきであるとの方針を打ち出し、その後も告発に向けた調査を鋭意継続していったことが認められるところ、本件の背景事情としてのC会の実態、公取委のC会事件の審査状況及びC会事件の関係者の供述状況並びに本件後の背景事情としてのC会事件の不告発に至る経緯については、押田秀文らC会関係者及び建設業界関係者らの検察官調書(甲38ないし49)、MらE関係者らの検察官調書(甲69ないし71、73ないし76)、M2、N2ら公取委委員及び審査官らの検察官調書(甲3、4、17ないし25)、証人D、同H2、同O2、同Oら公取委関係者等の証言によって明らかであり、証拠としてはこれらをもって十分であるから、原審裁判所が、公取委事務局審査部審査官らが作成したMら関係者約80名の供述調書約500通の供述内容に関する照会請求を却下するとともに、「なお、当裁判所は、告発基準の内容を明らかにするように求める弁護人らの公取委への照会請求を却下した。本件においては、既に検討したとおり、C会事件が告発基準に照らし告発すべき事件と考えたという公取委関係者らの供述は、同事件に関する公取委の審決の内容、告発方針の内容等に照らし、信用性に疑いを抱かせる事情がないから、公表すると抑止力を低下させることになるので公表しないとされている告発基準についての照会請求を却下したものである。」として、弁護人の告発基準に関する照会請求を却下したことが違法ということはできない。
6 L及びP2の各検察官調書を刑事訴訟法321条1項2号書面として採用したことについて
被告人Aの弁護人の所論は、Lの検察官調書は、取調べ検事が一方的に決めつけたもので、記載内容が証拠物に反しており、P2の検察官調書にあっては、P2は取調べを受けた都度その取調べ状況を記載したメモを残しているところ、同メモに調書に記載されたと記録されている記載が消えているなどP2の供述調書の真偽に疑問があり、いずれも刑事訴訟法321条1項2号の要件を満たさず、証拠能力を有しないことは明らかであるのに、同号の解釈適用を誤って同号に該当する書面として採用したことには、訴訟手続の法令違反があり、判決に重大な影響を与えている、というのである。
(1) そこで、まず、Lの検察官調書について検討するに、Lは、Q2大学R2学部S2科を卒業してEに入社し、昭和63年10月、建設総事業本部営業第2本部企画部長になり、平成3年7月には、建設総事業本部次長兼営業部長となったもので、Eの土木全般を統括してきた被告人Aとは、出身大学における先輩後輩、E内部における上司部下の関係にあるのであって、原審証人Lの公判供述を見ると、LのE内部における立場や被告人Aとの関係からして、被告人Aの面前で同被告人に不利益となる供述を避けようとする姿勢で臨んでいたものとうかがわれる。特に、C会事件の立入検査の直後にE埼玉営業所副所長をしていたMから事情を聞いた内容について、極めてあいまいに供述したり、Mに公取委の質問を想定してそれに対する想定問答を書かせ、独禁法違反にならないような供述になるようにLが手を入れたことは、関係証拠から明白であるのに、その書面に手を入れた事実について、「誤字・脱字、あるいは適切な表現でないところをより適切にし、冗長な表現のところはより簡潔にした。それからMが書いてきたもの自体、私自身、分からない部分もありまして、「?」あるいは分からないところを大きな「×」で書いてあったように思います。」と述べるなどしており、公判供述に信用性のないことは明白である。そして、検察官の取調べ状況を見ても、検察官から署名指印又は押印を強制されたことはない旨供述しているのであるから、Lの学歴及び経歴等にも照らし、検察官調書に特信性を認めてこれを採用した原審裁判所の措置に違法な点はない。
(2) また、P2の検察官調書について検討するに、P2は、Q2大学R2学部を卒業してEに入社し、昭和63年10月に取締役関東支店長に就任し、平成2年6月専務取締役関東支店長に、平成4年6月退職し、同社の100パーセント子会社であるT2株式会社代表取締役社長に就任し、原審供述時においてもその職にあったものであるところ、原審証人P2の公判供述を見ると、「検察官の調書の枚数は、私のメモには6、7枚と書いてありますけど、私の記憶では、あるいはそれより少し多かったか、10枚位あったかといような感じであります。」と述べ、必ずしもメモの記載が正確でないことを供述している上、検察官の取調べにおいては、調書を読んだ上で署名したものであることが明らかであり、また、Q2大学R2学部S2科の学歴及び経歴等や被告人Aとの関係に照らし、検察官に対し、特に被告人Aに不利益になる虚偽の供述をしたと疑うべき点もないから、検察官調書に特信性を認めてこれを採用した原審裁判所の措置に違法な点はない。
訴訟手続の法令違反をいう論旨はいずれも理由がない。
第5 量刑不当の主張について【B・控訴趣意(量刑不当について)】
被告人Bの弁護人の所論は、要するに、被告人Bが有罪であるとしても、被告人Bを懲役1年6月の実刑に処した原判決の量刑は、重過ぎて不当である、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討すると、本件は、衆議院議員である被告人Bが、土木建築工事の請負等を営むEの代表取締役副社長であった被告人Aから、C会の会員らによる入札談合の疑いがあるとして公取委が調査を続けていたことに関し、公取委が告発をしないように公取委委員長に働きかけてもらいたい旨の斡旋方の請託を受けたのに対してこれを承諾し、その斡旋の報酬として供与された現金1000万円を収受したという斡旋収賄の事案である。
原判決が「量刑の理由」において適切に判示するとおり、本件においては、独禁法の運用強化のための施策が推進される中で、準司法機関である公取委が独禁法違反の疑いを持って審査していた個別事件に関し、公取委の処分を歪めようとして賄賂の収受が行われ、被告人Bは、その後、公取委委員長に対して執拗に告発見送りを迫っており、犯情は悪質である。また、本件は、閣僚経験がある現職の衆議院議員が、建設業界幹部の依頼で、建設会社等の利益のために敢行した犯罪であり、強い非難に値するばかりでなく、いわゆるゼネコン汚職事件が中央政界にまで波及したものとして、国民の国政に対する不信を深めることとなった事件でもあり、社会に与えた衝撃は大きいものがある。被告人Bは、長年衆議院議員を務め、L2党の独禁法調査会会長代理という公取委に対して影響を及ぼし得る地位にあり、しかも、当時、L2党の国会議員らの反対により難航していた罰金額引上げを内容とする独禁法の改正問題が公取委の重要な課題であったところ、そのような立場や状況を背景にして、被告人Aから不正の依頼を受けてこれを承諾し、1000万円もの賄賂を受け取った上、公取委委員長に対してC会事件の告発見送りを迫ったものである。国民全体の奉仕者として、廉潔性を保持すべき立場にある国会議員が、E等の利益を目的とする請託を受けて賄賂を収受し、公取委の職務執行の公正さを侵害しようとしたものであり、国政に対する国民の信頼を著しく損なったものといわざるを得ず、一層厳しく非難されなければならない。その上、被告人Bは、原審及び当審においては、1000万円の金員授受の趣旨につき証拠上採用し難い弁解を繰り返しており、自己の責任の重大性を自覚して真摯に反省する態度の見られないことは誠に遺憾といわなければならない。
しかし、他方、被告人Bが公取委委員長に告発見送りを迫ったものの、それを拒絶され、その後公取委がC会事件の告発を見送った理由は、証拠不十分という別の事情によるものであって、本件犯行によって公取委の職務執行の公正さが現実に侵害されるには至らなかったという事情が認められる。また、被告人Bは、長年にわたり衆議院議員として国政に関わり、その間、科学技術庁長官等の要職に就くなど、一定の業績を挙げてきたこと、本件発覚により既に社会的には厳しい非難を受けていることなど、同被告人のために酌むべき事情も認められる。
所論は、金1000万円が必ずしも高額とはいえないと主張するが、国民の一般的感覚からすれば、少なからざる金額であり、所論が指摘する懲役刑について執行猶予が付された受託収賄罪に関する裁判例と対比して検討しても、被告人Bが国会議員たる地位にあることなどからすれば、責任は重大であって、刑の執行猶予を相当とする事案ということはできず、被告人Bを懲役1年6月の実刑に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるということはできない。
論旨は理由がない。
第6 その他被告人両名の弁護人は、原判決に誤りがあるとして種々の主張をしているが、記録を検討しても、原判決に所論のような誤りは認められない。
よって、刑事訴訟法396条により本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用の負担について同法181条1項本文、182条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高橋省吾 裁判官 青木正良 裁判官 本間榮一)
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