判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(382)平成14年12月16日 東京地裁八王子支部 平13(ワ)467号 交通事故による損害賠償請求事件、債務不存在確認請求事件
判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(382)平成14年12月16日 東京地裁八王子支部 平13(ワ)467号 交通事故による損害賠償請求事件、債務不存在確認請求事件
裁判年月日 平成14年12月16日 裁判所名 東京地裁八王子支部 裁判区分 判決
事件番号 平13(ワ)467号・平14(ワ)1396号
事件名 交通事故による損害賠償請求事件、債務不存在確認請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却(467号)、一部認容、一部棄却(1396号) 文献番号 2002WLJPCA12166001
要旨
◆路外施設駐車場から車道に出るため進行してきた加害車(普通乗用自動車)が、歩道を進行中の被害車(自転車)に衝突した事故につき、加害車運転者は、自転車通行可能な歩道で自転車の通行にも十分注意して自動車を進行させる義務を尽くさなかった過失があり、他方、被害車搭乗者には加害車が被害車の通過を待つことを期待して自転車を運転することが許されるとして、過失相殺が認められなかった事例。
◆交通事故被害者の精神症状につき、本件事故との相当因果関係が認められる限度では、被害者の素因が影響していると認めることができないとして素因減額が否定された事例。
◆交通事故により受傷した被害者につき、後遺障害等級14級10号の認定等から労働能力喪失率を5パーセントとしながら、被害者の整形外科的障害が主として神経症状であり、特段の他覚的症状は認められない等の事情にかんがみ、被害者の労働能力は年月の経過に伴い徐々に回復するとして、労働能力喪失期間3年につき逸失利益が認められた事例。
◆交通事故により受傷した被害者の主張する精神症状が、世界保健機関が定めた診断基準(ICD-10)に照らしPTSDとは認められないし、被害者の主張する精神症状は本件事故と無関係とはいえないが、被害者の整形外科的障害の程度にかんがみ、本件事故との相当因果関係を認めることはできないとされた事例。
◆一 交通事故により受傷した被害者(事故当時37歳・女・パーティーコンパニオン)につき、整形外科的障害だけではなく精神的障害も負っていること、被害者が事故前に従事していた仕事の性格等を考慮すると、整形外科的障害の症状固定までは就労が極めて困難であったとして、その期間につき休業損害が認められた事例。
二 被害者の現実の収入額算定は困難だが、本件事故前に、被害者が賃金センサス35歳ないし39歳女性労働者平均賃金を超える収入を得ていた蓋然性があるとして、これを基礎として休業損害が算定された事例。〔*〕
出典
交民 35巻6号1646頁
評釈
交通事故損害賠償データファイル(過失相殺)
交通事故損害賠償データファイル(消極損害)
裁判年月日 平成14年12月16日 裁判所名 東京地裁八王子支部 裁判区分 判決
事件番号 平13(ワ)467号・平14(ワ)1396号
事件名 交通事故による損害賠償請求事件、債務不存在確認請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却(467号)、一部認容、一部棄却(1396号) 文献番号 2002WLJPCA12166001
本訴原告(反訴被告) 三輪初美
本訴被告(反訴原告) 渋谷俊彦
主文
一 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金五〇九万九四四〇円及びこれに対する平成一〇年三月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。
三 本訴被告(反訴原告)運転の普通乗用自動車と本訴原告(反訴被告)運転の自転車の間で、平成一〇年三月一〇日、東京都町田市森野三丁目一六番地先路上において発生した交通事故に基づく本訴被告(反訴原告)の本訴原告(反訴被告)に対する損害賠償債務は、金五〇九万九四四〇円及びこれに対する平成一〇年三月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を超えては存在しないことを確認する。
四 本訴被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、本訴、反訴を通じて、これを七分し、その六を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その一を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
六 この判決は、第一項に限り、仮に、執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
(本訴)
一 本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、本訴原告(反訴被告、以下、「原告」という。)に対し、金三五九一万一五七〇円及びこれに対する平成一〇年三月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
三 仮執行宣言。
(反訴)
一 平成一〇年三月一〇日、東京都町田市森野三丁目一六番地先路上において、被告運転の普通乗用自動車と原告運転の自転車が接触したとされる交通事故に基づく被告の原告に対する損害賠償債務は存在しないことを確認する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、原告が、原告と被告の間で発生した交通事故(以下、「本件事故」という。)及び本件事故後の被告の不誠実な対応によって、右頭頸部外傷症候群、腰部捻挫、右膝挫傷などの整形外科的障害のほか、心的外傷性ストレス障害(PTSD)などの精神的障害も負い、休業損害、逸失利益、慰謝料などの損害を被ったと主張して、被告に対し、一部請求(精神的障害に基づく休業損害は、現在も発生し続けているので、一部請求ということになる。)として、自動車損害賠償保障法三条ないし不法行為に基づく損害賠償金の支払いを求めて本訴を提起したのに対し、被告が、過失相殺の主張をするとともに、本件事故と原告の精神的障害との間の相当因果関係及び原告の基礎収入の金額など、原告の主張する損害額を争い、かつ、原告に対する既払金を考慮すると、本件事故に基づく被告の原告に対する損害賠償債務はもはや存在しないなどと主張して(なお、原告の本訴請求は一部請求であるから、本訴が棄却されても、理論上は原告が被告に対し残部請求はなし得る。)、債務不存在確認訴訟を反訴として提起した事案である。
一 争いがない事実
平成一〇年三月一〇日午後三時一五分頃、東京都町田市森野三丁目一六番地先路上において、被告運転の普通乗用自動車(以下、「被告運転車両」という。)と原告運転の自転車との間で、本件事故が発生した。
二 争点
(1) 本件事故態様及び本件事故に対する被告の責任の有無並びに過失相殺の主張の当否
(2) 本件事故により原告が被った損害額
三 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)について
(原告の主張)
ア 本件事故態様は、原告が、東京都町田市森野三丁目一六番地付近の道路(歩道)右側を自転車でゆっくり進行していたところ、右脇にあった駐車場から被告運転車両が道路に出てきたため、同車前部中央付近が、原告の右膝部分に衝突したというものである。
イ 被告運転車両は、原告が運転する自転車が進行してくるのに気づかずに歩道に出てきて、直進していた原告に衝突したのであるから、本件事故の責任はすべて被告にある。
(被告の主張)
ア 本件事故態様は、平成一〇年三月一〇日、被告運転車両がファミリーレストラン「デニーズ」の駐車場内から出口に向かい、本件事故現場付近に停止していたところ、被告運転車両の左方向から右方向(町田駅方面)に向かって進行してきた原告が運転する自転車が、被告車両に接触したというものであるから、本件事故について、被告に責任はない。
イ 仮に、被告が、原告に対し、自動車損害賠償保障法上の責任又は不法行為責任を負うとしても、本件事故は、停止している被告運転車両に原告が運転する自転車が接触(ないし衝突)したものであるから、原告には少なくとも八割の過失が認められる。
また、仮に、被告運転車両が動いていたという原告の主張を前提にしたとしても、本件事故前に、被告運転車両が駐車場から歩道に出ていたこと(既進入)等の事情からすれば、原告には少なくとも二割の過失が認められる。
(2) 争点(2)について
(原告の主張)
ア 整形外科的障害
原告は、本件事故により、右頭頸部外傷症候群、腰部捻挫、右膝挫傷の傷害(以下、「整形外科的障害」という。)を負った。
原告の整形外科的障害は、平成一〇年一二月一一日に症状固定とされ、自賠責後遺障害認定により、後遺障害一四級と認定された。
イ 精神的障害
(ア) 原告は、本件事故の負傷のため、相当の痛みを感じてはいたが、事故直後の興奮からか、耐えられる程度と感じられたことと目的地へ向かう必要から、病院へ行くことは避けた。そのため、原告は、被告の連絡先を確認した後、負傷の事実は告げたものの、その場で被告と別れ、町田駅に向かって自転車を運転して行った。但し、両足でこぐことはできず、片足だけで、何とか動かしたという状況であった。
しかし、駅付近に至ると、腰部、頸部、膝付近の痛みが激しくなり、激痛で動くこともできなくなった。このため、原告は、あまりの痛さにその場にうずくまっていた。この原告の姿を見て不安を感じた駅前の商店主が声をかけてくれたので、原告は事情を説明してこの商店で電話を借り、被告に対して通院の補助を求めるために電話連絡をした。ところが、このときは、被告は留守ということで電話には出ず、激痛と病院にも行く方法がないことから、困惑していたところ、しばらくしてから被告と連絡できたのであるが、被告は、原告に自損事故だと告知した上、一切の補助を拒否した。原告は、被告のこの回答に大きな精神的衝撃を受け、加えて、激しい痛みで動くこともできず、しかも頼れる者が誰もいないという状況に陥ったため、路上で途方に暮れることとなった。そうしているうちに、見かねた第三者が原告に事情を聞き、同人の助力により病院まで運ばれて、ようやく治療を受けることができた。
加えて、この治療のしばらく後、原告から被告に対し、事故の責任を果たすように申し入れをしたところ、平成一〇年六月二日、被告の意を受けた町田署の警察官である鈴木は、原告の留守番電話に、不当な請求であるとの伝言を入れ、さらに六月六日、不当な請求はやめよとの趣旨の恫喝を加えた。
(イ) 原告には、本件事故とその後の被告の不誠実な対応により、次のような精神症状が発症している。すなわち、めまい、吐き気、頭が重く、物忘れ、視力が落ちた感じで、音が気になり、においに敏感になった。また、右手にしびれがあり、手にはほとんど力が入らず、さらに腰の痛みや右足のしびれもあり、全体に体調が悪いというもので、さらには自動車に対して恐怖感を持つようになり、そのため外出にも恐怖感を抱き、また本件事故のことを話し出すと精神的動揺が激しく、涙が止まらないという精神状況にある。
以上の症状が単なる気のせいというものではなく、臨床的にも認められることは、国家公務員共済組合連合会立川病院(以下、「立川病院」という。)神経内科や横浜労災病院神経内科でのカルテや診断から明らかであり(甲一四、一五)、また、これらの症状が精神外科的他覚所見と整合性がなく、別の精神症状であることは明らかである。
原告の上記精神症状について、立川病院神経内科で外傷性ストレス障害(PTSD)と診断された。また、原告の症状は、横浜労災病院神経内科でも、「organic lesion(器質的障害)」によるものではなく、「psychosomatic reaction(恐怖、感情などの身体への影響、身体障害または疾患に関連する身体機能への影響)」と診断されている。
但し、原告の上記精神症状がPTSDと診断されるべきものか否かは大きな問題ではない。原告は、そのような診断名の確定を求めているのではなく、被告の行為により、臨床的にも障害と認められる上記症状が発生したが故にその賠償を求めているものであるからである。因果関係のある症状が認定される限り、被告に賠償責任が生じる。
(ウ) なお、被告は、素因減額をすべきだと主張し、被告提出の意見書では、本件事故の寄与度は一〇ないし二〇パーセントであると記載されている。しかし、この意見書の割合判断には、科学的、医学的な根拠は全くない。
ところで、原告は、本件事故当時三七歳、健康な女性で、単身で生活ができ、かつ相当程度の収入も得ていた。精神的に障害を持っていたならば、あるいは精神的に極めて弱い資質があったならば、そのような収入を得ることはできず、また、コンパニオンなどという仕事に就くこともできなかったはずである。このような生活と仕事をすることのできた原告に上記精神症状が発生したのは、まさに被告の行為の結果にほかならない。
ウ 損害 三五九一万一五七〇円
(ア) 通院慰謝料 二五〇万円
原告は、本件事故発生日である平成一〇年三月一〇日から現在まで約四年七か月間、通院治療を受けているので、通院慰謝料については、二五〇万円を相当とする。
(イ) 通院交通費 四七万九七五〇円
(ウ) 休業損害 二七〇九万五二〇〇円
a 原告は、高校卒業後、放送制作芸術の専門学校に入学して卒業し、ソニーの下請会社に勤務した後、出向でスタジオ映像技術の担当業務を行っていたが、約四年で過労から身体を壊して退職し、数ヶ月の療養後、フリーでビデオ編集等の仕事をしつつ、パーティーコンパニオンの仕事をしていた。パーティーコンパニオンの仕事は一年のうち一一月から二月が中心で、七、八月はほとんどなく、その他の月は半分以下であった。したがって、一一月から二月はコンパニオンの仕事が中心となるが、その他の月は編集の仕事が中心となった。編集関係の仕事の収入については、これを明確にする証明書がない。したがって、その間の収入は平均賃金で計算すべきである。
b 以上によれば、原告の一一月から二月までの収入は、本件事故前三か月間のパーティーコンパニオンの仕事による平均月収である八八万四九二〇円の四か月分として三五三万九六八〇円となり、これに三月から一〇月の収入として同年齢の女子の収入から計上した収入を加算したものを年収とするのが相当である。平成一〇年の三八歳女子平均賃金は月額二九万六五〇〇円であるから、八か月で二三七万二〇〇〇円となる。したがって、本件事故直前の原告の年収は五九一万一六八〇円となる。
c 本件事故発生日である平成一〇年三月一〇日であり、現在も精神症状について通院治療中であるから、休業損害は、発生し続けていることになる。休業期間は、平成一四年一〇月九日まで四年七か月となり、この間の休業損害は、二七〇九万五二〇〇円である(一部請求)。
(エ) 逸失利益 四一六万五九六〇円
a 原告の整形外科的障害は自賠責認定で一四級と認定されている。この障害は平成一〇年一二月一一日に固定されているので、本来ならば、この時点から当該後遺障害による逸失利益が生じることになる。しかし、他方、現在まで原告は、精神的障害のため通院治療中で、全く労働に従事することができなかった。その結果、原告は、この間、収入の全てを喪失しており、したがって、この間の損害は休業損害として処理すべきものとなる。
b これに対し、今後の損害については、現在通院中で確定ができないので、原告としては、この段階で症状固定と見て、将来の問題はとりあえず整形外科的障害のみの逸失利益として損害を計上する。その算出式は、以下のとおりとなる。
591万1680万(原告の年収)×0.05(労働能力喪失率)×14.094(ライプニッツ係数)=416万5960円
(オ) 後遺障害慰謝料 一〇〇万円
原告の整形外科的障害は、自賠責で一四級と認定されている。
(カ) 弁護士費用 二二〇万円
原告は、本件訴訟提起の弁護士手数料として、法律扶助協会を介して二〇万円を支払い、成功報酬として受ける利益の一〇パーセントの範囲内で二〇〇万円を支払うことを約した。
(キ) 損益相殺 一五二万九三四〇円
a 交通費、慰謝料等として、合計七七万九三四〇円
傷害分保険金一二〇万円のうち、その余は治療費として、直接、病院に支払われている。
b 後遺障害分として、金七五万円
(被告の主張)
ア 整形外科的障害について
原告の整形外科的障害に関する損害について、少なくとも症状固定と診断された平成一〇年一二月一一日以降は、本件事故との相当因果関係は認められないから、これについて被告は責任を負わない。
イ 精神的障害について
(ア) 仮に、原告について、原告が主張するような症状があるとしても、これをPTSDということはできない。
そもそも、本件事故は軽微なものであり、「ほとんど誰にでも大きな苦悩を引き起こすような、例外的に著しく脅威的なあるいは破局的な性質をもったストレスの多い出来事」でないばかりか、本件事故についてフラッシュバックもなく、原告は、本件事故後も何度もタクシーを使って通院していることにも鑑みれば、原告についてPTSDを認めることは到底できない。
これに対し、PTSDと診断した原告の主治医(横山医師)は、その理由について、原告が無力感を感じていること、本件事故後、原告の生活が変わったこと、原告が自動車を怖いと感じていること等を挙げるが、PTSDの「臨床記述と診断ガイドライン」や研究用診断基準(ICD―一〇)、又はDSM―IVの診断基準に照らしても、かかる理由のみでPTSDと診断することはできない。
(イ) 次に、原告の主張する精神症状について見るに、後遺障害診断書(甲三の三)によれば、原告の自覚症状として、「めまい、悪心、頭痛、項部痛、右手尺側のしびれ感。腰痛、右下肢全体のしびれ感」と記載されていることからも明らかなとおり、少なくとも症状固定日である平成一〇年一二月一一日の時点では、上記精神症状が出現しており、この点も踏まえた上で、原告の後遺障害等級が一四級一〇号と認定されていることに鑑みるならば、少なくとも症状固定日以降は、上記精神症状を新たな損害と認めることはできない。
(ウ) そして、上記精神症状を自律神経失調症状と見ることは可能であるが、他方、後遺障害診断書(甲三の三)及び平成一〇年六月一〇日付け診断書(乙一一)によれば、原告の傷病名として、頭頸部外傷性症候群と記載されているところ、外傷性頸部症候群においては、自律神経失調症状を訴える場合もあることからすれば、原告の精神症状は、症状固定日前に診断された、頭頸部外傷性症候群に起因すると考えるのが自然であり、この観点からも、原告の上記精神症状を新たな損害と認めることはできない。
(エ) さらに、原告は、原告の精神症状が本件事故及び被告の原告に対する不誠実な態度等に起因する旨主張する。しかし、被告は、原告の上記精神症状を誘発させるような「不誠実な態度」を取ったことはなく、原告の精神症状と本件事故後の被告の原告に対する態度との間に相当因果関係はない。但し、本件事故が、原告の精神症状の発症に何らかの影響を与えた可能性はあるものの、前記のとおり、原告の精神症状は症状固定日前にすでに出現しているもので、これを新たな損害と認めることはできない。
(オ) 仮に万が一、原告の主張する精神症状について新たな損害であり、かつ、その精神症状と本件事故との間に相当因果関係が認められるとしても、一般に、交通事故で原告のような体験をする人は原告だけでないが、それらの人全部が全部、上記精神症状が残るわけではないことからすると、本件の場合、原告本人の性格、心因反応を引き起こしやすい素因等が競合していると推測できるから、損害の公平な分担の見地から、民法七二二条二項を類推適用して、原告に生じた損害については、相当程度(八割程度)の素因減額をすべきである。
ウ 休業損害について
(ア) まず、休業損害を算定するための基礎収入額について、その一部を実収入額により、残部を賃金センサスによって算出すること自体失当であると言わざるを得ない。
(イ) 次に、休業損害算定のための基礎収入は、その実額、すなわち現実の収入となるのが原則である。但し、現実の収入額を正確に確定できないものの、それが平均賃金額を上回っていることが確実であると認められる場合には、その平均賃金額(当該年齢労働者の平均賃金又は全年齢平均賃金)をもって、基礎収入とすることも考えられる。
これを本件について見るに、平成一〇年賃金センサスによれば、女性労働者の三五歳ないし三九歳の平均年収は、三八九万九一〇〇円(月額三二万四九二五円)であるところ、原告がパーティーコンパニオンや編集関係の仕事していたとしても、これをもって、原告の基礎収入額について、「平均賃金額を上回っていることが確実である」と認めることはできないから、本件について、原告の休業損害を算定するにあたり、賃金センサスの平均賃金額をもって原告の基礎収入額とすることはできず、原告が自らの収入(所得)について無申告である以上、原告の休業損害はゼロと言わざるを得ない。
(ウ) なお、仮に、原告の基礎収入額について、何らかの金額が認められる場合、原告の休業損害を算定するにあたり、休業期間が問題となるが、休業期間すなわち就労不能期間としては、本件事故一か月間とするか又は症状固定日(平成一〇年一二月一一日)までの通院日数である八七日間とするのが妥当である。
エ 逸失利益について
(ア) 労働能力喪失期間は、症状固定時より就労可能期間終了(満六七歳)までと見るのが普通であるが、むち打ち症等の神経障害のように年月の経過とともに症状の消失ないし減退が予想される場合とか、比較的軽度の機能障害とか、職種・年齢等から教育・訓練によって将来後遺障害の順応ないし克服が予想される場合には、就労可能年数は一定期間に限るべきである。
これを本件について見るに、後遺障害診断書(甲三の三)によれば、原告の傷病名は、頭頸部外傷性症候群(いわゆるむち打ち症)、腰部捻挫、右膝挫傷で、自覚症状は、めまい、悪心、頭痛、項部痛、右手側のしびれ感、腰痛、右下肢全体の痺れ感であるから、神経症状が主要なものであることに鑑みるならば、労働能力喪失期間は二年間とするのが相当である。
(イ) 逸失利益の算定にあたって、賃金センサスという被害者とは直接関係のないデータを用いる例が少なくないのは、将来の稼働に関する発展性、可能性や継続性等の不確定な要素を認定、評価しなければならず、それゆえ、抽象的な数値である賃金センサスに依拠しやすいという事情を背景としているからで、原告に平均賃金額を基礎収入とすることが不合理であると考えられる場合(原告が平均的な稼働能力を有し、かつ、それを将来にわたって継続的に発揮するとまで認められない場合)には、申告にかかる収入(現実に確定申告をしている場合)を基礎収入とする、賃金センサスの何割かという形で基礎収入を認定する、非課税所得の限度で基礎収入を認定する、最低賃金の限度で基礎収入を認定する、逸失利益を算定せず、算定困難な損害費目である慰謝料の斟酌事情とする、というアプローチが考えられる。
これを本件について見るに、原告の逸失利益を算定するにあたり、原告の年収額を年額五九一万一六八〇円とすることは論外として、原告について、平均水準又はそれ以上の稼働能力を有し、かつ、それを継続的に発揮できることを裏付ける具体的な基礎事情はないから、賃金センサスの平均賃金額をもって原告の基礎収入額とすることにも疑問が残る。
オ 既払金 一九五万円
カ 結論
本件事故に関し、原告には相当程度の過失があること及び被告の原告に対する既払額が計一九五万円であること等を勘案すると、被告の原告に対する、本件事故に基づく損害賠償債務は存在しない。
第三 当裁判所の判断
一 争点(1)について
(1) 事故態様
ア 証拠(甲二、一六、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故態様は、原告が、東京都町田市森野三丁目一六番地付近の歩道を町田駅方面に向けて自転車でゆっくりと進行させていたところ、被告運転車両が、原告の進行方向右側にあるファミリーレストラン「デニーズ」の駐車場から、車道に出るために、歩道上を時速約五キロの速度で進行してきたために、被告運転車両前部が、原告の右膝に衝突したというものであると認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
イ なお、被告は、本人尋問で、「原告が運転する自転車を見つけたので、自転車が通れる位の間をあけて被告運転車両を停止させた。原告が運転していた自転車が被告運転車両にぶつかったような感触はなかった。原告は、二、三メートル手前で、いきなり視界から消えた。」などと供述し、被告運転車両の助手席に同乗していた為石景子作成の陳述書(乙一九)にも同趣旨の記載がなされている。しかし、甲二(実況見分調書)によれば、被告は、実況見分において、被告運転車両の前部が原告と衝突したとの指示説明をしていると認められるところ、この事実は、本件事故態様についての原告の供述とよく合致していることに鑑みるならば、被告の上記供述及び為石景子作成の陳述書の上記記載は、たやすくこれを採用することはできない。
(2) 被告の責任及び過失相殺
ア 甲二によれば、本件事故が発生した歩道は自転車の通行が許されている場所であると認められるところ、一般に、自動車が、駐車場から車道に出るために歩道を通過する際には、歩道上を歩行している人についてはもちろんのこと、自転車の通行が許されている歩道においては、自転車の通行にも十分に注意して自動車を進行させる義務があると認められる。
これを本件について見るに、原告が運転する自転車は、歩道上をゆっくり進行していたにもかかわらず、被告は、被告運転車両の前部を原告の右膝に衝突させてしまったのであるから、被告には上記義務を尽くさなかった過失が認められる。
イ 他方、本件全証拠によっても、原告に過失相殺の対象となるような落ち度を認めることはできない。
なお、被告は、「本件事故前に、被告運転車両が駐車場から歩道に出ていたこと(既進入)等の事情からすれば、原告には少なくとも二割の過失が認められる。」などと主張している。しかし、被告運転車両が駐車場から歩道に出ていたとしても、証拠(甲二、原告本人)によれば、歩道上に自転車の通過するスペースがあったのであるから、被告は、原告の運転する自転車の通過を待って、被告運転車両を進行させるべきであり、原告としては、被告がそのような行動を取ることを期待して、自転車を運転することが許されると言うべきである。よって、被告の上記主張は採用することができない。
ウ 以上のとおりであるから、本件事故の発生については、被告に全責任があり、被告の過失相殺の主張は、理由がない。
二 争点(2)について
(1) 前提事実
証拠(甲三、四、一三ないし一六、乙一〇、一一、一四、一五、原告本人、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
ア 本件事故後の状況
(ア) 原告は、本件事故後、右膝に痛みを感じたが、切傷はなく、出血もなかったので、病院に行かなくても大丈夫であると思い、被告に名前と電話番号を聞いたところ、被告は、名字と携帯電話の番号を紙に書いてくれた。その後、原告は、目的地である宗教の道場に自転車で向かったが、道場に着くと、膝の痛みが激しくなり、病院に行くことになった。
(イ) 原告は、被告に病院へ連れて行ってもらおうと思って、被告の携帯電話に連絡を入れたが、被告は、「忙しいので、今日は、病院に連れて行くことはできない」などと答えた。また、被告は、その際、原告に対し、事故は起こしていないとの主張をした。
(ウ) 原告は、病院に行く前に、本件事故のことを警察に届けることにし、近くの交番に行ったところ、交番では、病院に行って診断書をもらってから、加害者と二人で警察署の交通課に行くよう指示された。
(エ) その後、原告は、近くのあけぼの病院に行ったが、同病院には内科の医師しかいないということで、町田市民病院を紹介され、同病院の外科で診察を受けた。町田市民病院では、レントゲン撮影がなされたが、骨に異常はなく、同病院の向井医師は、原告の傷病名を右膝部打撲と診断し、同病院の整形外科に原告を紹介した。
イ 実況見分
平成一〇年三月一三日、本件事故現場において、実況見分が行われ、警察から、原告と被告は別々に事故の状況を聞かれた。被告は、その際、被告運転車両は原告にぶつかっていない旨の主張をしたが、最終的には、原告にぶつかったことを認めた。
ウ 原告の治療及び障害の状況
(ア) 原告は、平成一〇年三月一一日、町田市民病院の整形外科で診察を受け、同日から同月三一日まで、合計四日間(三月一一日、一六日、二四日、三一日)、同病院の整形外科に通院して治療を受けた。同病院の安原医師は、平成一〇年四月二三日付けの診断書(乙一〇の二)で、原告の傷病名を右膝挫傷、頸椎・腰椎捻挫と診断し、「症状やや軽快」と記載している。
(イ) 原告は、平成一〇年四月四日から同年一二月一一日まで、合計一六六日間、くわな整形外科に通院して治療を受けた。原告は、同病院の診察で、「めまい、悪心、頭痛、項部痛、右手尺側のしびれ感、腰痛、右下肢全体のしびれ感」などの症状を訴え、同病院の桑名医師は、原告の傷病名を頭頸部外傷症候群、腰部捻挫、右膝挫傷、外傷後腰筋筋膜症、外傷後右膝大腿回頭筋腱炎と診断し、自動車損害賠償責任保険後遺症診断書(甲三)では、頭頸部外傷症候群、腰部捻挫、右膝挫傷と診断した上で、MRI検査の結果として「C六―七左側への椎間板の軽度の膨隆+、L四―五椎間板変性+」と記載し、障害内容の増悪、緩解の見通し欄に、症状改善傾向が認められないと記載した上で、平成一〇年一二月一一日を症状固定日と診断している。
(ウ) 原告は、整形外科的障害(頭頸部外傷症候群、腰部捻挫、右膝挫傷)について、自賠責で、後遺障害一四級一〇号の認定を受けた。
(エ) 原告は、平成一一年六月二二日、立川病院整形外科に通院して診察を受けるとともに、同年七月二八日から、同病院神経内科に通院して、精神療法の治療を受けた。原告は、立川病院神経内科の主治医であった横山医師の勤務先が大和市立病院に変わったことから、平成一二年四月二八日からは、同病院精神科に現在まで通院して、精神療法の治療を受けるとともに、同病院整形外科でも診察を受けている。
(オ) 平成一一年七月二八日から現在まで原告の精神科における主治医である横山医師は、原告に対し、原告の病名をPTSDと診断している。なお、立川病院及び大和市立病院の整形外科では、特段の異常は認められていない。
(カ) 原告は、平成一二年七月二八日、経堂整形外科で診察を受け、さらに同年九月、同病院の紹介で、横浜労災病院の神経内科の中森医師の診察を受けたが、原告には大和市立病院での治療が適するという中森医師の判断などから、大和市立病院での治療を継続することになった。
なお、中森医師は、平成一二年九月一六日付けの横山医師宛の依頼書なる書面(甲一五)に、原告の症状について、「organiclesion(器質的障害)」によるものではなく、「psychosomatic reaction(恐怖、感情などの身体への影響、身体障害または疾患に関連する身体機能への影響)」であると考えられるとの記載をしている。
エ 原告の稼働状況
(ア) 原告は、高校を卒業した後、放送制作芸術の専門学校に入学して卒業し、昭和五六年、株式会社サンエイテレビに入社し、テレビ・ラジカセ等の修理・点検・検査業務に従事した後、生田スタジオで、ビデオ編集の仕事に従事した。原告は、昭和五九年、株式会社サンエイテレビを退社し、その後は、デモンストレイター、パーティーコンパニオン、第一生命の営業の仕事やビデオ編集の仕事に従事した。
(イ) 原告は、平成二年一一月、株式会社銀座マギーに入社して、婦人服の販売の仕事に従事したが、平成五年三月に同社を退社し、その後は、フリーでビデオ編集の仕事をしながら、パーティーコンパニオンの仕事をしていた。
(ウ) 原告は、本件事故後は、全く働いておらず、現在、生活保護を受けている。
(2) 原告の主張する精神的障害と本件事故との相当因果関係の有無
ア 原告の主張する精神的障害がPTSDに該当するかについて判断する。
(ア) 証拠(乙一、七)によれば、以下の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
a PTSDは、平成六年一〇月一二日総務庁告示第七五号により精神障害とみなされているが、この告示は、世界保健機関が定めたICD―一〇の内容に基づいており、また、ICD―一〇の診断基準は、現在のところ、いわゆるグローバルスタンダードとして認められている。
b ICD―一〇の診断基準によれば、PTSDと診断するためには、「ほとんど誰にでも大きな苦悩を引き起こすような例外的に著しく驚異的な、あるいは破局的な性質を持った出来事あるいは状況に対する反応として生じるもの(すなわち、自然災害または人工災害、激しい事故、他人の変死の目撃、あるいは拷問、テロリズム、強姦あるいは他の犯罪の犠牲となること)」であることが必要とされ、その症状としては、ある種の無感覚と情動鈍化、他人からの離脱、周囲への鈍感さ、外傷を想起させる活動や状況の回避、侵入的回想(フラッシュバック)や夢の中で反復して外傷を再体験する、外傷を想起させる刺激に誘発されて、恐怖・パニック・攻撃性が劇的かつ急激に生じる、過剰な覚醒を伴う自律神経の過覚醒状態、驚愕反応、不眠が挙げられるが、特に、外傷の証拠に加え、回想、白日夢、あるいは夢における出来事の反復的で侵入的な回想(フラッシュバック)がなければならないと規定されている。
(イ) そこで、原告の主張する精神症状が、上記ICD―一〇の診断基準を満たしているかについて検討する。
a まず、本件事故は、本件事故発生時における被告運転車両のスピード、原告の整形外科的障害の程度及び原告が、本件事故後、自ら自転車を運転して目的地に向かったことなどの事実に鑑みるならば、比較的軽微な事故であると言うことができ、上記ICD―一〇の診断基準でPTSDと診断する際に要求されている「ほとんど誰にでも大きな苦悩を引き起こすような例外的に著しく驚異的な、あるいは破局的な性質を持った出来事あるいは状況に対する反応として生じるもの(すなわち、自然災害または人工災害、激しい事故、他人の変死の目撃、あるいは拷問、テロリズム、強姦あるいは他の犯罪の犠牲なること)」という要件を満たしていないことは明らかである。
b 次に、原告が訴えている精神症状が、上記ICD―一〇の診断基準で要求されている症状と合致しているかについて検討する。
原告は、その精神症状について「めまい、吐き気、頭が重く、物忘れ、視力が落ちた感じで、音が気になり、においに敏感になった。また、右手にしびれがあり、手にはほとんど力が入らず、さらに腰の痛みや右足のしびれもあり、全体に体調が悪いというもので、さらには自動車に対して恐怖感を持つようになり、そのため外出にも恐怖感を抱き、また本件事故のことを話し出すと精神的動揺が激しく、涙が止まらないという精神状況にある。」と主張し、本人尋問で、この主張にそう供述をしているところ、原告が主張するこれらの症状は、必ずしも、上記ICD―一〇の診断基準によく合致するとは言うことはできない。
c さらに、原告は、本人尋問で、「事故のことを夢で見ることはない。事故のことを突然思い出したりするフラッシュバックみたいなものはない。」とも供述しており、この供述によれば、上記ICD―一〇の診断基準で、特に重要視されている「回想、白日夢、あるいは夢における出来事の反復的で侵入的な回想(フラッシュバック)」が原告には認められないことになる。
d 以上によれば、原告が訴えている精神症状が、上記ICD―一〇の診断基準で要求されている症状と合致していると認めることはできない。
(ウ) なお、原告の主治医である横山医師は、その意見書(甲一三)で、下記の事情を総合して、原告をPTSDと診断したとの意見を述べている。
記
〈1〉 まず、事故が身体的のみでなく、かなりの精神的衝撃を与えていること。特に、急に起こった事故に対して被告の対応が不誠実であり、さらに被告の家族も不誠実な態度を示し、警察も守ってくれず、検証のときさえ文句を言われた。原告の味方が誰もいない状況である。これは患者にとって無力感を呈するに十分である。
〈2〉 事故前後に原告の生活が大きく変わっている。それまでは適度に働けていたものが全く働けなくなり、なおかつ生活保護をもらうまでに生活レベルが下がっている。
〈3〉 車が怖くなり、外に出ることに怯えを感じている。また、事故のことを思い出すと、涙が止まらないほど感情的なゆれが存在する。そして、社会活動性は明らかに低下している。敏感さ、物忘れ、集中困難なども存在する。
〈4〉 原告自身の性格に歪みはなく、妄想的でも好訴的でもない。どうにか社会に復帰したい、という希望も存在している。しかし、横山医師の上記意見は、上記ICD―一〇の診断基準に反するものであり、たやすく採用することはできない。
(エ) よって、原告の主張する精神的障害をPTSDであると認めることはできない。
イ 原告の主張する精神的障害と本件事故との相当因果関係の有無
(ア) 原告の供述によれば、原告の訴えている精神症状は、本件事故前にはなかったものであり、かつ、証拠(甲一三、一五、乙七)及び弁論の全趣旨によれば、その精神症状は、原告が本件事故で負った整形外科的障害からは説明のつかない症状であると認められる。
以上によれば、原告の訴えている精神症状と本件事故とが無関係であると言うことはできず、また、その精神症状をもって、整形外科的障害とは別個の障害であると認めることも可能であると言うことができる。
(イ) しかし、本件事故の態様及び本件事故によって原告が被った整形外科的障害の程度に鑑みるならば、原告の受けた精神的衝撃は、それほど大きなものであったとは考えられず、その精神症状が回復するための期間としては、長くても数か月あれば十分であると言うべきである。
以上によれば、原告に上記精神症状が現在も残っているとしても、その症状は、本件事故以外の他の原因に基づいて発生したものではないかという合理的疑いが残ると言わざるを得ないので、その症状と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできないと言うべきである。
なお、原告は、本件事故後の被告の不誠実な対応が原告の訴えている精神症状が生じている原因になっている旨の主張をしている。しかし、被告が、原告に対して、本件事故後、どのような対応をしたのかについては、原告及び被告の供述が食い違っており、証拠上、必ずしも明らかではないが、仮に、被告の対応に不誠実な点があったとしても、被告が、数ヶ月以上もの間、原告に上記精神症状が残るような精神的衝撃を与えたとは、到底考えられない。よって、被告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 以上のとおりであるから、原告の訴えている精神症状について、本件事故と相当因果関係を有すると考えられるのは、事故後数ヶ月程度に限られるものと認められ、少なくとも、原告の整形外科的障害が症状固定となった平成一〇年一二月一一日以降に原告が訴えている精神症状と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。
なお、本件事故と相当因果関係の認められる限度では、本件全証拠によっても、特に、原告の素因が影響して原告の訴えている精神症状が発生したと認めることはできないので、この精神症状に基づいて発生した損害について、素因減額をするのは相当でないと言うべきである。
ウ 原告が本件事故によって被った損害額
以上を前提に、原告が本件事故によって被った損害額について判断する。
(ア) 傷害慰謝料 一五〇万円
整形外科的障害が症状固定となった平成一〇年一二月一一日までの期間、原告が症状固定日までに町田市民病院及びくわな整形外科に通院した日数及び原告が本件事故によって被った傷害の程度(整形外科的障害及び精神的障害を含む)など本件弁論に顕れた一切の事情を考慮すると、傷害慰謝料については、金一五〇万円をもって相当と認める。
(イ) 通院交通費 一六万九六一〇円
整形外科的障害が症状固定となった平成一〇年一二月一一日までの間に、町田市民病院及びくわな整形外科に通院するための交通費として必要とされる相当額が、本件事故によって原告が被った損害になるところ、証拠(乙一四、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、上記相当額は、一六万九六一〇円であると認められる。
(ウ) 休業損害 二九三万七六七八円
a 原告は、本件事故によって、整形外科的障害だけでなく、精神的障害も負っていること及び原告が本件事故前に従事していた仕事の性格などを考慮すると、整形外科的障害が症状固定となった平成一〇年一二月一一日までは、就労することが極めて困難であったと認められるので、原告には、本件事故によって、本件事故発生日から平成一〇年一二月一一日までの期間を休業期間とする休業損害が発生したものと認めるのが相当である。
b そこで、原告の休業損害を算定するための基礎収入の額について検討する。
証拠(甲五ないし一二)によれば、原告は、本件事故前の三ヶ月間(平成九年一二月、平成一〇年一月、同年二月)、パーティーコンパニオンとして稼働して、一か月平均で約八八万の収入を得ていたことが認められる。但し、原告の供述によれば、パーティーコンパニオンの仕事には、着物の購入費などで相当額の経費が必要であったようである。そして、原告作成の陳述書(甲一六)によれば、パーティーコンパニオンの仕事は一一月から二月が中心で、七、八月はあまりなく、その他の月は半分以下というのが普通で、ビデオ編集の仕事が中心であったというのであるが、ビデオ編集の仕事による収入額を認めるに足りる証拠は存在しない。そうすると、原告の本件事故前における収入の額を正確に算定することは困難であると言わざるを得ない。
ところで、休業損害については、被害者の現実の収入を基礎収入として算定するのが原則であるが、被害者の現実の収入額を算定するのは困難であるが、被害者が、事故前に、賃金センサスの平均賃金を超える収入を得ていた蓋然性が認められる場合には、賃金センサスの平均賃金を休業損害算定の基礎収入として用いることができると言うべきである。
これを本件について見るに、原告は、本件事故当時、三七歳であり、弁論の全趣旨によれば、平成一〇年度における三五歳ないし三九歳の女性労働者の賃金センサスにおける平均賃金(年収)は三八九万九一〇〇円であると認められるところ、原告の本件事故前三ヶ月のパーティーコンパニオンの仕事での収入額に鑑みるならば、原告が、本件事故前に、上記三八九万九一〇〇円を超える収入を得ていた蓋然性を認めることができる。よって、原告の休業損害を算定する際の基礎収入(年収)は、三八九万九一〇〇円とするのが相当であると認める。
c 以上によれば、原告が、本件事故によって被った休業損害は、以下の算式のとおり、二九三万七六七八円となる。
389万9100円(基礎収入)÷365×275(休業期間)=293万7678円
(エ) 逸失利益 五三万〇八六二円
a 原告の整形外科的障害は、自賠責で、後遺障害一四級一〇号に該当すると認定されていることなど本件弁論に顕れた一切の事情を考慮すると、原告の労働能力喪失率は五パーセントであると認められる。
b 後遺障害として認定された原告の整形外科的障害は、主として神経症状であり、かつ、特段の他覚症状は認められず、MRI検査の結果でも特段の異常は認められていないことなどの事情に鑑みると、原告の労働能力は、年月の経過に伴い、徐々に回復するものと考えられるので、後遺障害による逸失利益を算定する際の労働能力喪失期間は、三年とするのが相当であると認める。
c 逸失利益を算定する際の基礎収入については、休業損害を算定する際の基礎収入について賃金センサスによる平均賃金の額を用いるのを相当と認めたのと同様の理由により、賃金センサスによる平均賃金の額を用いるのが相当であると認める。
d 以上によれば、原告が、本件事故によって被った逸失利益は、以下の算式のとおり、五三万〇八六二円となる。
389万9100円(原告の年収)×0.05(労働能力喪失率)×2.723(3年に対応するライプニッツ係数)=53万0862円(但し、1円未満は切り捨て)
(オ) 後遺障害慰謝料 一〇〇万円
原告の整形外科的障害は、自賠責で、後遺障害一四級一〇号に該当すると認定されていることなど本件弁論に顕れた一切の事情を考慮すると、後遺障害慰謝料の金額は、金一〇〇万円をもって相当と認める。
(カ) 損益相殺(既払金) 一五三万八七一〇円
証拠(乙一四)によれば、自賠責保険から原告に支払われた一九六万〇一七〇円のうち、通院費及び慰謝料として支払われた金額は、一五三万八七一〇円であると認められる。
(キ) 弁護士費用 五〇万円
本件認容額及び本件弁論に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係を有する弁護士費用の額は、五〇万円をもって相当と認める。
(ク) 合計 五〇九万九四四〇円
上記(ア)ないし(キ)によると、原告が、本件事故によって被った損害額は、五〇九万九四四〇円となる。
第四 結論
よって、主文のとおり、判決する。
(裁判官 飯淵健司)
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