「営業支援」に関する裁判例(60)平成26年 1月15日 東京地裁 平24(ワ)7822号 損害賠償請求事件
「営業支援」に関する裁判例(60)平成26年 1月15日 東京地裁 平24(ワ)7822号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成26年 1月15日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)7822号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2014WLJPCA01158002
要旨
◆Y社を定年退職した後に同社の常勤再雇用者(嘱託)となったXが、訴外基金による企業年金制度の年金受給方式の選択につきY社は十分な説明等を行わなかった、同制度に関する別訴等をしたことに対する報復として仕事差別や嫌がらせを受けたとして債務不履行及び不法行為による損害賠償を求めた事案において、Y社は年金受給方式に関する説明義務、変更申出締切日(裁定日)の告知義務、訴外基金に指導等を行う義務を怠ったとXは主張するものの、Y社は受給方式に関する十分な説明を行っており、訴外基金の内部的な事務処理期限にすぎない裁定日をY社が説明する法的義務はなく、Xの提出した「老齢給付金裁定請求書」の取扱いにつきY社には訴外基金に対する指導等を行う義務はないとしてY社の債務不履行を否定した上、Xへの仕事差別や嫌がらせは認められないとして不法行為も否定し、請求を棄却した事例
裁判経過
控訴審 平成26年10月23日 東京高裁 判決 平26(ネ)1211号 損害賠償請求控訴事件
評釈
島村暁代・ジュリ 1482号104頁
参照条文
民法415条
民法709条
裁判年月日 平成26年 1月15日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)7822号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 上訴等 控訴 文献番号 2014WLJPCA01158002
横浜市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 大江京子
同 田村文佳
同 金井克仁
同 青龍美和子
東京都江東区〈以下省略〉
被告 株式会社Y
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 小代順治
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,933万8000円及び訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合の金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告を定年退職した原告が,被告に対し,企業年金制度の年金受給方式の選択について十分な説明及びアドバイス等を行わなかったとして債務不履行に基づく損害賠償を求める事案と,定年退職後に被告の常勤再雇用者(嘱託)となった原告が,被告に対し,企業年金制度に関する別件訴訟等を行ったことに対する報復として仕事差別等や嫌がらせを行ったとして不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
1 争いのない事実等(以下の事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨及び掲記の証拠により容易に認められる。)
(1) 当事者
ア 原告
(ア) 定年退職まで
原告は,昭和46年4月,被告の前身であるb株式会社に全国転勤要員として入社し,初任地である中国支店販売一課以降,平成20年3月末日に60歳で定年退職するまでの37年間,主に被告の市乳(飲用を目的として販売される牛乳類のこと)部門の業務に従事していた。定年退職前の約8年間は,主に市乳部門のうち自動販売機(以下「自販機」という。)に関わる業務に従事してきた。原告は,定年退職時において,東京支社市場開発部市場開発課の係長として主に新規の自販機設置場所を開拓する業務に従事していた。(乙1)
原告が定年退職した際の職能資格等級は,管理企画職2級であり(甲12),管理企画職2級は企画立案,問題解決の方法等を独力で処理しうる能力を有する者が格付けられる資格等級であって(乙32),被告では係長に相当する資格等級である。
(イ) 定年退職後再雇用
原告は,被告の定年退職者再雇用規則に基づき再雇用され,常勤再雇用者として平成20年4月1日から平成24年3月末日までの4年間被告の東京支社a課(再雇用開始時の組織名称。同組織はその後の組織改正で名称等の変更があるが,以下では名称を統一して「東京支社a課」又は「a課」という。)で勤務し,平成24年3月末日に期間満了で,被告を退職した(甲21)。
なお,原告は,定年退職以前は東京支社市場開発部市場開発課で係長を務めていたが(乙1),再雇用後は係長の職位についておらず,月額給与は27万円であった。
イ 被告
被告は,菓子,牛乳,乳製品,機能性食品,冷凍食品,食糧,農畜水産加工品,砂糖,油脂及びその加工品,調味料,酒類,清涼飲料水,その他食品並びにそれらの原材料の製造,販売等を目的とする株式会社である(甲1)。
被告は,東京都江東区に本社を置き,全国に7支社(北海道支社,東北支社,関東支社,中部支社,関西支社,中四国支社,九州支社)等を有し,資本金は約336億4600万円である。
被告の前身であるb株式会社は,平成21年4月にc株式会社と株式移転により,共同持株会社・d株式会社を設立して経営統合を行い,同社の完全子会社となった。そして,その後の平成23年4月に○○グループ内の事業再編により,食品事業会社「株式会社e」と薬品事業会社「f株式会社」が発足し,b株式会社は社名を改めて現在の被告(株式会社Y)となった。
○○グループ連結年間売上高は1兆1140億9500万円(平成23年3月期),○○グループ連結従業員数は1万4860人(平成23年3月31日現在)である。
ウ 訴外基金
○○グループ企業年金基金の前身は,厚生年金保険法に基づき昭和47年2月1日に厚生大臣に設立認可された「b社厚生年金基金」である。その後,確定給付企業年金法の施行により国の制度である老齢厚生年金の一部を厚生年金基金が代行していた部分を国に返還することが認められ(いわゆる代行返上),同基金も平成17年4月1日付けにて厚生労働大臣の認可を受け,代行返上し,確定給付企業年金法に基づく「b社企業年金基金」となり,平成23年4月,「○○グループ企業年金基金」に名称変更となった(以下,○○グループ企業年金基金をその前身も含めて「訴外基金」という。乙31)
訴外基金の組織や組織運営は,b社企業年金基金規約により定められており,同規約に定める事項や変更手続は確定給付企業年金法及び同法施行令,同法施行規則に定められている。
エ 訴外基金と被告との関係
(ア) 年金と退職金の関係
訴外基金の前身は厚生年金基金であり,訴外基金は厚生年金の付加給付としての加算年金制度からスタートし,本件でいうところの第1標準年金に相当する年金制度を順次導入充実させていった。第1標準年金は,厚生年金を端緒にしていることから終身年金として設計されている。
一方,被告の退職金は退職金規則に定められている。訴外基金の設立時には被告の退職金は全額一時金として被告が支払っていたが,徐々にその支払を訴外基金に移管し,本件時点では,退職時に支給される退職金の全額が訴外基金に移管されていた。訴外基金では,被告の退職金移管部分を第2標準年金として加入者に支給している。退職金を原資とする第2標準年金は退職金の分割受取りとも言えることから有期年金として設計されている。
(イ) 説明,教育の役割分担
訴外基金は,組織や組織運営において被告から独立した法人であり,日々の業務執行についても被告から独立した法人として自組織で意思決定を行っている。訴外基金はその加入者に対する制度説明や教育を訴外基金としての意思決定に基づいて実施している。
オ 原告が加入した労働組合
原告は,平成21年9月に結成されたg労働組合(以下「g労組」という。)のb社分会の分会長として選出され,平成22年6月,hユニオン(以下「hユニオン」という。)にも加入した(甲21ないし23)。
被告とg労組は,平成22年10月27日,同年11月30日,平成23年3月29日,同年8月3日,同年11月9日,同年12月13日の合計6回の団体交渉を行った(甲17ないし19,22,乙15,30)。
被告とhユニオンは,平成23年6月13日,同月28日,同年8月8日,同年9月21日,平成24年1月18日,同年2月8日,同年3月19日,同年5月9日,同年12月26日,平成25年2月12日のの合計10回の団体交渉を行った(甲23,乙30)
(2) 被告の企業年金制度
被告の企業年金制度(以下「本件企業年金」という。)は,従業員と被告が拠出を負担し合う「第1標準年金」と称される部分と,被告が全額拠出している「第2標準年金」と称される部分の2つで構成されている。そして,第1標準年金は15年間の保証期間がついた終身年金で,第2標準年金は5・10・15年の支給期間を選択して受給する年金ではあるが,それぞれ一時金に代えて受給することが可能であった(甲4)。原告が受給方法の変更を求めた企業年金部分は第1標準年金である。
(3) 別件訴訟の提起
原告は,平成20年4月25日,東京簡易裁判所に訴外基金を相手とし,一時金受給方式を年金受給方式に変更するよう調停を申し立てた(甲8)が,同年6月5日の第1回調停期日に調停は不調となった。
原告は,平成20年6月16日,東京地方裁判所に訴外基金を被告とし,「老齢給付金裁定請求書」の記載内容の変更を求める訴訟を提訴した(甲9以下「別件訴訟」という。)が,同年10月10日,原告の請求は棄却された(甲10)。
これを不服とする原告は,平成20年10月14日,東京高等裁判所に控訴したが,平成21年1月20日,控訴は棄却され(甲11),同月30日,最高裁判所に上告したが,同年5月26日に上告不受理決定が出された(乙3)。
(4) 訴状の送達
原告は,訴状をもって,本件訴訟を提起し,訴状は,平成24年3月27日,被告に送達された。
2 争点
(1) 本件企業年金について説明不足等を理由とする債務不履行責任が認められるか否か。
(2) 別件訴訟を嫌悪した被告が原告に対し仕事差別等を行う等した不法行為責任が認められるか否か。
(3) 損害
第3 争点に対する当事者の主張(以下,年については特に断りのない限り平成20年のことを指す。)
1 争点(1)について
【原告の主張】
(1) 事実経過
ア 被告は,原告をはじめとした定年退職者向けに,平成18年11月9,10日に「マイライフハッピーセミナー」(以下「本件セミナー」という。)を開いた(甲2)。原告は,3月末日で定年退職の予定であったが,その1年半前に定年退職についての説明会が開催されたもので,原告を含め約60人が参加した。その際,被告はテキスト(甲3)等を使用しながら本件企業年金の説明を行った。しかし,被告の説明は企業年金制度一般に関するものであったり,受給額の計算をさせるだけにすぎず,受給方式が一時金受給方式か年金受給方式かの違いによるメリット・デメリット等の説明は一切なかった。
原告が知り理解した事実は,「第1標準年金」額が約600万円,「第2標準年金」額が約1500万円という事実ぐらいであった。
イ その後の平成19年9月頃に,被告から本件企業年金の説明パンフレット(甲4)が原告の机上に配布された。原告は読んだものの十分な理解はできず,また受給方式が一時金受給方式か年金受給方式かの違いによるメリット・デメリット等の記載はパンフレットには一切記載されていなかった。
ウ 原告は,3月19日頃,被告の人事部からの社内郵便で「裁定請求書の作成について」(甲5)を受領した。そして原告は,同月25日に「老齢給付金裁定請求書」を提出し,「第1標準年金」については一時金受給方式で,「第2標準年金」については全額年金受給方式でそれぞれ受給する旨の選択をした(甲6)。
エ 3月27日,訴外基金から原告に電話があった。連絡の趣旨は「老齢給付金裁定請求書」の内容確認であったが,その際に担当者は第1標準年金は終身なのでお得である旨の話をしただけで,その理由等には何の説明もしなかった。原告は,同月28日に,前に提出したままでよい旨の回答をした。
オ ところが3月31日(原告の退職日),被告人事部が原告と行った「定年に関する手続きの件」の場(甲7)において,担当者のB(以下「B」という。)は本件企業年金の第1標準年金は年金で受給した方が良い旨の説明を初めて原告に行った。
すなわち,Bが退職金の説明の中で,原告に「企業年金はどうしたか」と尋ね,原告は,自宅マンションのローンの一括返済に充てるために第1標準年金を一時金で受給することにした旨を回答した。するとBはマンションのローン返済は第2標準年金で対処すればよく,第1標準年金は終身なので年金で受給した方が得である旨の説明をした。原告は,初めて聞く説明であったが,その説明は極めて具体的で分かり易く,かつ年金受給方式の違いによるメリット等もよく理解できた。
そのうえでBは,第1標準年金の受給方式を一時金から年金に変更する申出を訴外基金に行うよう,原告にアドバイスをした。
カ そこで原告は,4月1日,訴外基金に対し,第1標準年金の受給方式を一時金受給方式から年金受給方式へ変更したい旨の申出をした。しかし訴外基金からは「期が変わったのでできません。4月15日の支払で処理が終わっている」と言われ,変更を拒否された。
(2) 被告の債務不履行責任
ア 原告が経済的不利益を被ったこと
被告は,本件企業年金について,原告に対し,①受給方式に関する説明義務,②変更申出締切日(最終期限,裁定日)を告知する義務,③訴外基金への指導等を行う義務を負っていたにもかかわらず,これらの義務を怠った。そのため,上記(1)ウのとおり,原告は本件企業年金のうち第1標準年金について,年金受給方式より経済的利益の少ない一時金受給方式を選択してしまい,原告の変更申出を訴外基金が拒否したことから,経済的不利益を被った。
イ ①受給方式に関する説明義務違反
原告がこうした不利益な受給方式の選択を行ってしまった原因・理由は,被告が従業員である原告に対して,具体的かつ丁寧な説明をしなかったことにある。特に,受給が一時金受給方式か年金受給方式かの違いによるメリット・デメリット等については,全く説明等をしなかった。すなわち,被告による本件企業年金についての説明は,平成18年11月の本件セミナーでの1回だけであった。ほかは,本件セミナーで資料(甲3)を使用しただけで,さらには企業年金制度の説明パンフレット(甲4)を配布しただけであり,従業員が自分で調べろという態度であり,被告は丁寧ないし詳細な説明を全くしようとしなかった。しかも,受給が一時金受給方式か年金受給方式かの違いによるメリット・デメリット等については,本件セミナーでも説明はなく,また本件セミナーで使用した資料(甲3)及び平成19年に配布された企業年金制度の説明パンフレット(甲4)においても記載されていなかった。
企業年金はいわば退職金に相当するものであるから,その受給額とともに年金受給方式と一時金受給方式ではどちらが経済的に有利であるかは,退職者にとって重要な事項であり,選択の判断材料である。したがって,賃金の後払的な性質を有する退職金(企業年金)について正確な情報を伝え,また従業員が的確な判断ができる資料等を従業員に示し,さらには説明することは使用者の義務である。被告はこうした義務の履行を怠った。
ウ ②変更申出締切日(最終期限,裁定日)の告知義務違反
被告は,原告が定年退職する日の3月31日になり,初めて原告に対し,本件企業年金の第1標準年金は年金で受給した方が良い旨の説明を行った。しかし,被告のBは,受給を一時金から年金に変更する申出を訴外基金に行うようアドバイスしただけであり,変更申出の締切が3月31日であることを原告に伝えなかった。ちなみに,原告は別件訴訟の中で,3月31日に裁定処理したデータを確定し送信したため以後の変更はできない旨の訴外基金の主張を受け,変更申出に締切があったことを知った。したがって,3月31日にBから説明を受けた際に,同日が変更申出締切日であるから直ぐに基金に申出をするようにと言われれば,原告が説明を受けた部屋と訴外基金事務所が同じフロアにあったのであるから,直ちに訴外基金に出向いて受給方式を一時金から年金に変更する旨申し出ることが時間的にも十分できた。にもかかわらず,原告が同日に申出をしなかった理由は,Bがこうした重要な点をアドバイス等しなかったからである。被告は締切という重要な事項を説明する義務の履行を怠った。
さらに,本件企業年金についての被告の説明等には,1度選択した年金受給方式を変更申出するにあたり締切期限があること,また締切期限が存在すること自体の説明や説明文書等は一切なかった。被告が手続上の期限という重要な事項を説明する義務の履行を怠ったことは明らかである。
エ ③訴外基金への指導等を行う義務違反
本件企業年金の中でも被告とともに従業員も資金を拠出している第1標準年金については,従業員にとっては自己の拠出金を運用した成果を受取るものであり,単なる退職金の受給ではない。つまり,換言すれば,第1標準年金を受給するということは,被告ないし訴外基金に預けていた自己の資金の返還とも評価できるものである。
よって,従業員が拠出した資金を運用している被告(訴外基金)としては,その受給(返還)手続については,「企業が従業員の退職後の生活保障のために独自にあるいは従業員と共同で原資を拠出・運用し支給する」という企業年金制度の目的に照らして,弾力的に運用すべき義務がある。仮に変更申出に締切期限があったとしても,本件で原告が変更申出をしたのは締切期限の翌日の4月1日であり,実際の一時金の支給日だった4月15日までに十分な期間はあり,受給方式を変更しても支障はなかった。したがって,従業員である原告の利益を守るため,被告は訴外基金に対し指導等をする義務がある。にもかかわらず,被告は従業員である原告のためにこうした義務を尽くさず,3月31日に裁定処理したデータを確定したので変更できないとの訴外基金の主張を,ただ原告に伝えるのみでその義務を果たさなかった。
オ よって,本件企業年金のうちの第1標準年金について,原告が年金受給方式より経済的利益の少ない一時金受給方式を誤って選択してしまった原因は被告にあり,その後訴外基金に対し受給方式の変更申出に被告が協力等をしなかったことは,被告の債務不履行である。
(3) 被告の主張に対する反論等
ア 3月27,28日のやりとりについて
(ア) 被告は,訴外基金が,3月27日,原告に対し,老齢給付金裁定請求書の選択内容について,第1標準年金と第2標準年金の制度の違いを説明したうえで請求書の記載どおりでよいか確認したと主張する。
(イ) しかし,同日,訴外基金は,上記制度の違いを説明していない。
原告は,3月27日,被告のC氏から,訴外基金に電話するようにとのメールが入ったため,訴外基金に電話をかけたところ,担当者のD氏が電話に出て,「Xさんは第1標準を一時金受給方式で請求していますね。第1標準は終身なので年金受給方式がお得ですよ」と言った。原告は,駅のホーム上の会話であったため雑音が大きく,D氏の声がよく聞き取れなかったため,何度も聞き返したが,D氏は,第1標準は終身年金であるから得であるとしか言わず,なぜ得であるのかについての説明は一切なかった。原告は,仕事に向かう途中でもあり,駅のホームで長時間話すことができなかったために,数分で電話を切った。
(ウ) 原告は,上記(イ)の電話の趣旨が理解できなかったため,翌3月28日の朝,訴外基金の事務所に赴き,前日電話で話したD氏に,自分は,裁定請求書のままでよいと考えているのですがと伝えた。これに対し,D氏は,前日の電話の趣旨を再度説明することもなく,詳しい説明をすることもなかった。その場には訴外基金のE係長も同席しており,D氏は,E係長に原告の裁定請求書を渡し,E係長はこれを見ても,原告に対し何らの問題提起もなく,年金の受給方式に関する説明も一切なかった。
(エ) したがって,3月27日にも,翌28日にも,被告は第1標準年金と第2標準年金の制度の違いについて説明した事実はない。
イ 3月31日のBの説明について
(ア) 被告は,3月31日,原告に対し,第1標準年金の受給方式を一時金から年金に変更する申出を訴外基金に行うようアドバイスしていないと主張する。
(イ) しかし,3月31日,Bは,原告に対し,「第1標準年金は終身だから,マンションローン支払は第2標準年金の一部を一時金にして,残りを年金にすれば良いのです。基金に言って変更してもらいなさい」と受給方式の変更を勧めている(乙15)。
3月27日の訴外基金とのやりとりがあった時も,訴外基金の担当者(D氏)は第1標準が終身であることを説明しているところ,原告はこの説明の直後には受給方式の変更を求めていない。仮に同月31日にも27日と同様の説明をしていたならば,原告は受給方式について十分に理解しないまま,翌4月1日にも変更は求めなかったはずである。
Bが,3月31日に一時金受給方式から年金受給方式に受給方法を変更するよう勧めたからこそ,原告は第1標準年金を年金受給方式にすることのメリットを理解するに至り,翌4月1日に変更を申し出たのである。
ウ 訴外基金も説明不足であることを認めていたこと
(ア) 原告は,4月1日に老齢給付金の受給方式の変更を申し出たが拒否されたため,同月7日,同期入社であったF支社長に相談に行った。F支社長自身は年金については詳しくないと言い,訴外基金の代議員を務めているG部長を呼んで,対応するよう指示した。
原告は,G部長と訴外基金の事務所に行って,変更に対応するよう求めたところ,訴外基金のE係長と担当のD氏が出てきた。そして,原告らの求めに対し,E係長が,D氏に対し,第1標準と第2標準の違いについて説明したのではないかと質問したところ,D氏は「説明していません」と答えた。
(イ) 訴外基金のE係長は,G部長に対し,D氏がきちんと説明していなかったことを認め,「今後このようなことにならないように改善します」と反省の弁まで述べた。
(ウ) しかし,G部長は,原告に対し,「お前が悪いんだ」と,直前までの訴外基金とのやりとりを封じ込めるように責め立てた。
(エ) したがって,訴外基金が,原告に対し,直接に第1標準年金と第2標準年金の制度の違いを説明しなかったことは,訴外基金も自ら認めたことであり,説明しなかったと明言した場にG部長も立ち会い,その事実を確認していた。
エ 締切日の説明がなかったことについて
(ア) 被告は,訴外基金を通じ,原告に対し,一時金支払の締切日について説明を行っていると主張する。
(イ) しかし,被告の摘示する本件セミナーのテキスト6頁には,裁定請求書を受け付けた日に対応する支払日が表として記載されているだけで,受付後には一時金受給方式から年金受給方式への変更が一切認められないとの注意書等は記載されていない。
また,被告が第1標準年金と第2標準年金の制度の違いについて説明したとする3月27日の電話でも,締切日(裁定日)についての告知は一切されていない。
さらに,3月31日の面談においても,Bは,原告に対し,受給方式の変更をアドバイスしたにもかかわらず,締切日(裁定日)が3月31日当日であり,その日中に手続をしなければ受給方式を変更することができなくなることについては,一切言及していない。
したがって,被告が,説明をしたといういずれの段階においても,締切日(裁定日)について説明したとはいえない。
(ウ) よって,原告が締切日(裁定日)までに年金受給方式の変更を訴外基金に申請できなかったのは,被告の説明がなかったためであり,締切日という原告にとって非常に重要な事項について説明を怠ったことは,被告の重大な説明義務違反である。
オ 被告配布資料の記載が不十分であること
(ア) 被告は,従業員向けパンフレット,本件セミナーのテキスト,個人資料等の配布によって,必要な情報提供等を行っていると主張する。
(イ) しかし,平成19年9月に配布された従業員向けパンフレット(甲4)は,ある日突然,原告ら従業員の机上に何らの告知もなく配布されたものであり,記載内容に関する説明等はなされていない。
また,本件セミナーのテキストや個人資料は,本件セミナーにおいて,各従業員が定年退職時に受給できる退職年金の金額を算定するためのものであり,第1標準年金と第2標準年金の受給方式の違いによって,対象者に経済的にどちらが有利であるかについての説明はなされていない。
カ 本件セミナーの内容も不十分なこと
上記オの資料を用いた本件セミナーにおいても,将来受給できる年金額を算定しただけである。第1標準年金と第2標準年金のそれぞれにおける一時金受給方式と年金受給方式とのメリット・デメリットについては,何らの説明もされていない。
キ 個人相談について
(ア) 被告は,原告が個別相談ないし個人相談の機会を活用しなかったことをもって,年金受給方式についての理解ができなかったことを原告の自己責任としている。
(イ) 被告は,年金制度についての個人相談を広く受け付け,何度も告知したかのように主張している。
しかし,個人相談があることは,本件セミナーの場で1度しか告知されていない。しかも,本件セミナーの開催期間であるわずか2日間のうち,講義以外の時間にのみ相談を受け付けていただけであり,非常に重要な情報にもかかわらず,極めて時間が限られたものであった。
また,仮に被告の説明が本件セミナー期間後も個人相談が開かれているという趣旨であったとしても,本件セミナーが開かれたのは,退職の1年以上も前の1度きりのことであり,個人相談についての情報が周知徹底されていたとはいえない。
(ウ) 本件セミナーでは,そもそも個別の事情に基づく判断に必要な情報が提供されなかったのであるから,個人相談があったとしても,原告にとっては何をどのように相談すればよいのか見当もつかない状態であった。
(エ) したがって,原告が個人相談の機会を放棄したとはいえず,原告が個別に相談に行かなかったことで,原告が受給方式の理解について自己責任を負わされる筋合いはない。
ク 変更申出に協力しなかったこと
(ア) 被告と訴外基金との関係
被告は,訴外基金は別法人だから被告とは関係ないと主張する。
しかし,組織上は別法人となっているが,訴外基金の役員は被告のH社長が選定することになっており,訴外基金の理事長以下,理事・代議員は,すべて被告の社員と労働組合員で構成されている。
したがって,訴外基金は,被告を代表する数名の被告の役員や従業員によって運営されているのであり,被告が訴外基金に対して,原告に対する退職年金の受給方式を変更するよう指導することは可能であった。
(イ) 4月7日の訴外基金とのやりとり
a 4月7日,原告がF支社長に企業年金の受給方式の変更について相談した際,F支社長は,G部長に対し,訴外基金に変更を申し出て対応するよう指示を出している。
そして,訴外基金が第1標準年金と第2標準年金の受給方式の違いについて原告に説明しなかったことを認め,訴外基金のE係長がG部長に対し,その非を認めて謝罪までしたのである。
b このように,F支社長という上司の命令があり,訴外基金が自らの非を認めている状況にあったのであるから,G部長は,原告の年金の受給方式を訴外基金に変更させることは十分に可能であった。
c にもかかわらず,G部長は,訴外基金のミスを不問に付し,逆に原告に対し「お前が悪いんだ」などと責めたのは,被告の対応として本末転倒である。
【被告の主張】
(1) 説明義務違反はないこと
被告では,従業員に対する本件企業年金の制度の説明や事務手続は訴外基金を通じて行っているところ,訴外基金は,原告に対して制度の説明を十分に行い,選択の判断材料となる資料や個人の具体的な受取見込額を提供しており,原告に対する訴外基金の説明には瑕疵はなく,被告の説明にも瑕疵はない。
ア 日頃から十分な説明を行っている
訴外基金は,福祉事業として継続的に加入者に対する周知,広報活動を行っている。代表的な事例を挙げれば,訴外基金はホームページで訴外基金の規約をはじめ,訴外基金の年金の仕組み等について十分な周知を図っている。また,原告が定年退職を迎える直近の事例を挙げれば,訴外基金では,平成19年9月,従業員向けパンフレットを配布している(甲4)。
イ 定年者向けセミナー
原告が定年退職となる前年度の平成18年11月9日から10日にかけて本件セミナーを被告と訴外基金とで共同開催し(乙17),本件セミナーにおいて訴外基金は,原告に対し,テキスト及び具体的な本人の受給見込額を記載した個人資料を配布したうえで説明を行っている(甲3,乙18)。
(ア) 年金額の説明
被告は訴外基金を通じ年金の種類や違い(受給期間や利息)を原告に説明している。
訴外基金の年金は,企業年金部分の第1標準年金(会社拠出のa号と本人拠出のb号の2つ,いずれも15年保証終身年金)と被告の退職金を原資とした第2標準年金(選択15年保証有期年金)がある。いずれの年金も年金に代えて一時金で受け取ることができる(甲3)。
それぞれの年金を一時金として受け取る場合の金額,年金として受け取る場合の金額も説明している。本件セミナーの個人資料(乙18)には,第1標準を一時金で受給した場合は661万0300円,年金で受給した場合の年金額は52万1100円と記載されている。第1標準には15年保証がついているため,おおよそ年金額を15倍した金額(781万6500円)が保証総額となる(指標金利の変動がなかった場合)。さらに,第1標準年金は終身であるため,保証期間を超えても死亡するまでの間は毎年52万1100円を受け取ることができるのである。すなわち,試算ではあるものの一時金の場合と年金の場合の受取総額も示されている。
また,年金として受け取る際の金利についても説明している。本件セミナーのテキスト(甲3)の6,7頁では,利率は上限5.5%・下限1.5%の範囲で変動すること,利率のもととなる指標金利は10年国債の各年平均値の5年平均利回りを使用していることを説明している。そのうえで,第1標準年金については指標金利に1%のプレミアムをつけた利率で金利を決定することを説明している。すなわち,第1標準年金の給付利率は第2標準年金の給付利率と同じかそれ以上の利率であることを説明しているのである。
さらに,一時金を選択した際に課税される税金についても説明し(甲3),実質的な手取額から年金,一時金の組合せを判断できるように説明,教育を行っている。
(イ) 締切日についての説明
被告は,訴外基金を通じ原告に対して一時金支払の締切日と支払日について説明を行っている。
本件セミナーのテキスト(甲3)の6頁及び「裁定請求書の提出について」(甲5)において毎月5日までに受け付けた分は当月25日,20日までに受け付けた分は翌月5日,25日までに受け付けた分は翌月15日の支払になる旨の説明を行っている。
なお,原告は訴外基金に対し,「老齢給付金裁定請求書」を3月25日に提出し(甲6),裁定請求書の提出を受けた訴外基金は説明どおり4月15日に支払を行っている。
ウ 裁定請求時の説明内容
(ア) 記入例における説明
被告は,3月19日頃,原告に「裁定請求書の提出について」(甲5)という書面とともに,老齢給付金裁定請求書及び当該請求書の記載例を送付した。同記載例には,第1標準年金と第2標準年金の制度の違いが記載されており,原告は記載例を見るだけでも十分に第1標準年金と第2標準年金の制度の違いを理解することができた。(乙19)
(イ) 最終確認手続
訴外基金は老齢給付金裁定請求書を受け付けると,記載内容及び添付書類の確認を行っている。第1標準年金は終身年金,第2標準年金は有期年金という制度の違いから,一時金での受給を選択する際は,第2標準年金から必要とする一時金額を選択するのが一般的である。第2標準年金より第1標準年金を優先して一時金での受給を選択している受給権者に対しては,訴外基金の業務上の手順として再度,制度の違いを説明し,選択内容の確認を行っている。
訴外基金は,原告に対しても同様に確認を行っている。訴外基金は3月25日に受け付けた原告の老齢給付金裁定請求書の選択内容について,原告と連絡がとれた同月27日に,第1標準年金と第2標準年金の制度の違いを説明したうえで老齢給付金裁定請求書の記載どおりでよいか確認をした。原告は翌28日,記載内容の変更はしないとの回答を訴外基金に行った。
つまり,原告は老齢給付金裁定請求書の記載内容の確認を訴外基金からされ,訂正の機会を与えられているにもかかわらず,これをしない旨の回答を自らの判断で行っているのである。
エ 個別相談
仮に原告が上記アないしウの説明で理解できなかったとしても,原告は訴外基金が設けていた個別相談の機会を活用することにより理解することができたはずであるにもかかわらず,原告はこれを活用していない。
(ア) 本件セミナーでの個別相談について
本件セミナーでは,個別相談の時間を設け,説明での疑問点や年金制度のさらなる説明,個人の個別の事情に基づく相談を受けていた(乙17)。しかしながら,原告は個別相談を活用していない。
(イ) その他の個人相談について
本件セミナーでは,講師が本件セミナー終了後でも不明な点や質問があればいつでも相談に来ても構わない旨の周知を行っていた。しかしながら,原告は個人相談を活用していない。
(ウ) 最終確認時
上記ウ(イ)のとおり,訴外基金では3月27日に原告に対し第1標準年金と第2標準年金の制度の違いを説明している。
しかしながら,原告は不明点の質問,個人的な相談をすることなく,翌28日には記載内容の変更はしないとの回答を行っている。
オ 訴外基金の原告に対する説明に瑕疵はないこと
訴外基金の原告に対する説明に瑕疵がなかったことは,原告と訴外基金との別件訴訟において,東京地方裁判所,東京高等裁判所が事実認定し(甲10,11),最高裁判所の上告不受理決定で司法判断として確定している(乙3)。
(2) ①受給方式に関する説明義務違反はないこと
ア 原告は「受給が一時金受給方式か年金受給方式かの違いによるメリット・デメリット等については,全く説明等をしなかった。」と主張する。
しかしながら,受給方式について年金か一時金かを選択するうえでのメリット・デメリットは年金原資,金利,受給期間,年金見込額が分かれば誰もが判断できることであり,これらについては訴外基金が十分説明をしている。
イ また,原告が,原告の個人的事情に基づいて「受給が一時金受給方式か年金受給方式かの違いによるメリット・デメリット」を判断しようとしていたところ,訴外基金が原告の個別事情を踏まえた「メリット・デメリット等については,全く説明等をしなかった」ことが訴外基金の説明不足であると主張しているのだとしても,原告の主張は失当である。
なぜなら,定年退職予定者が複数参加するセミナーでの全体説明や多数の従業員が読むパンフレットにおいて原告の個別事情を踏まえたメリット・デメリットの説明や記載ができないことは当然のことであるからである。原告は訴外基金に不可能を強いているにすぎない。原告が個別事情を踏まえた原告にとってのメリット・デメリットについての説明を希望するのであれば,個別相談の機会が設けられていたのであるから,これらを活用すればよかったのである。
(3) ②変更申出締切日の告知義務はないこと
ア 原告は,3月31日の退職説明に際し,被告の担当者であるBが第1標準年金の受給方式を一時金から年金に変更する申出を訴外基金に行うようアドバイスしたことを前提として被告の債務不履行を主張しているが,そもそもBは原告が主張するようなアドバイスなど行っていない。
Bは,3月31日16時から定年退職の辞令交付にあわせて原告に対し定年に関する手続について説明を行った(甲7)。説明に際して資料(乙20)を手渡し,定年退職時に精算される過去勤務期間分調整一時金と期中退職賞与支給の説明,常勤再雇用後の社会保険料の変更点の説明,再雇用後も継続される会社諸制度の説明を行った。また,再雇用期間中の厚生年金加入と在職老齢年金の説明,訴外基金からの年金受給や再雇用後の給与の課税についての説明を行った。さらに,高齢者雇用継続給付金の受給手続について説明を行った。すなわち,被告の退職説明は定年退職し再雇用される従業員に対し,定年退職前後で変化することについての説明であり,本件セミナーにおける年金説明についての説明とは内容が違う。
イ 確かに,3月31日の退職説明及びその翌日に原告とBは訴外基金からの支給についての会話をしているが,その経緯は以下のとおりである。
(ア) Bは,訴外基金からの年金受給と再雇用後の給与の所得税課税についての説明を行う際に訴外基金からの受給が年金か一時金かを原告に確認した。原告は第1標準年金を一時金,第2標準年金を年金にしたことを説明した。Bは,第1標準年金のみを一時金として裁定請求することは一般的ではないこと,変則的な裁定請求には訴外基金として請求内容を確認していることを知っていたので,訴外基金からの確認があったかどうか原告に尋ねた。原告は訴外基金からの確認があったことを認めたうえで現金が必要なので一時金にした旨を回答した。その際,原告は,Bに年金だと何が違うのかを尋ねたので,Bは「第1標準は終身年金なので,ずっと受け取れるんですよ。」と回答した。原告は何か考えているようではあったが,一時金が必要なので大丈夫ですと発言し,この時の会話は終了した。
(イ) 翌日(4月1日),原告がBの職場にやってきて,第1標準年金を年金に変更したいという趣旨の発言をした。Bは,裁定請求は訴外基金が行っていることなので訴外基金に確認して下さいと回答した。すると,原告は訴外基金に依頼したけれどもできないと言われたと返答した。Bが裁定請求書をいつ提出したのか原告に確認したところ,原告は3月25日だと答えた。Bは,25日は訴外基金の締切日なので既に決定されているから変更できないのだと思われる,訴外基金ができないという以上,被告では何もできないと回答した。
ウ 訴外基金は,上記(1)イ(イ)のとおり,老齢給付金裁定請求書の提出期日(締切日)と支払日の関係について説明を行っており,被告が説明義務を怠ったといえるものではない。さらに,訴外基金は,上記(1)ウ(イ)のとおり,3月27日に裁定請求書の内容を確認する際に原告に内容を変更する機会を設けたが,原告は自らの判断で変更を行わなかった。にもかかわらず,原告は再々度の変更の機会を設けるべきであると身勝手な主張をしているにすぎない。
なお,裁定請求書の提出日が締切日であることはBも説明していることである。
(4) ③訴外基金に対する指導義務違反はないこと
ア 原告は,従業員が拠出した資金を運用している訴外基金としては,その受給(返還)手続については,「基金が従業員の退職後の生活保障のために独自にあるいは従業員と共同で原資を拠出・運用し支給する」という企業年金制度の目的に照らして,弾力的に運用すべき義務があり,仮に変更申出に締切期限があったとしても,本件で原告が変更申出をしたのは締切期限の翌日の4月1日であり,実際の一時金の支給日だった4月15日までに十分な期間はあり,受給方式を変更しても支障はなかったのであるから,従業員である原告の利益を守るために,被告は訴外基金に対し指導等をする義務がある旨主張する。
イ しかしながら,裁定請求決定は訴外基金が自らの組織運営の中で行うものである。訴外基金の担当者が行う業務執行を別法人である被告が「弾力的に運用」することなどできうるはずもないことは自明である。
また,上記第2の1(1)エ(イ)のとおり,訴外基金は,被告から独立した組織であり,その業務執行について,被告に「指導等をする義務」はない。訴外基金における業務執行についての決定は訴外基金の自治において行われるものである。
また,仮にしからずとしても,上記第2の1(3)のとおり,訴外基金の原告に対する対応については,違法性がなかった旨の判断が最高裁判所においてなされている(乙3)。違法性がない訴外基金の行為に対し被告が指導する義務も必要性もない。
2 争点(2)について
【原告の主張】
(1) はじめに
上記第2の1(3)のとおり,原告が訴外基金に対し調停を申し立てたり,別件訴訟を提起したことに関して,被告は「常勤再雇用者」(嘱託)になった原告を嫌悪し,いわば報復として以下のような仕事差別や嫌がらせを行った。また,原告がg労組に加入したことを嫌悪し,仕事差別や嫌がらせを行った。
具体的には,意味のない仕事をさせたり,短時間で処理できる仕事や新聞の切抜きの仕事しか与えずに原告にきちんとした仕事をさせなかった。また,原告の行動を監視し,部外者との接触を禁じ,同期の同僚以外の従業員に原告と口をきかせなかった。
(2) 原告は「常勤再雇用者」(嘱託)の仕事として希望した自販機調査に取りかかろうとした
ア そもそも被告では,「常勤再雇用者」(嘱託)は,退職当時に従事していた仕事に原則としてそのまま従事することになっていた。
被告では退職して嘱託になる従業員は,「再雇用願出書」(甲12)を提出することになっていた。そして,この書類において従業員は「1.現職継続」か「2.他の業務を希望する」かのどちらかを選択するようになっていた。しかし,通常,従業員は,特に選択をしないか,「1.現職継続」を選択することが多く,従前から担当していた仕事を退職後も行うことが常態であった。
イ これに対し,退職時に本社の市場開発課に所属して新規開拓の仕事をしていた原告は,再雇用願出書で自販機の設置状況等の調査の仕事を行いたい旨の希望を記入して提出した。
その結果,原告は,4月1日から,退職時まで所属していた市場開発課からa課に配転された。ちなみに,a課は市乳の販売企画等を行う部署で,原告が希望した新しい仕事である自販機の設置状況等の調査の仕事を行うに相応しい部署であった。
ウ a課に配転された直後,原告は上司のI課長から,「JRに置いてある自販機調査をして欲しい。そのためのデジカメも買ってある。」と指示されたが,I課長は異動してしまった。
(3) 自販機調査を中止させられ仕事を与えられなかった
しかし,I課長の後任のJ課長(以下「J課長」という。)は,「a課は営業から嫌われる課だ。営業が喜ぶような自販機実態調査などやる必要はない。あなたの考えは間違っている。」と仕事の中止を命じられた。そして,その後3ヶ月間,何らの仕事も原告は与えられなかった。
(4) 意味のない形だけの自販機調査の仕事
ア J課長は,7月頃になって,原告に対し「10年以上経った自販機の調査をしてくれ。その結果を営業に渡すから。」と命じた。
原告は,10年以上経った自販機は存在しないので,この調査が意味のないことをJ課長に進言したが,J課長は「やってみなければ分からないだろう。」と強行に命令してきた。そこで,原告は命令に従い,東京都や神奈川県を中心に約300台の自販機を約3ヶ月かけて調査した。
イ しかし,調査した結果は,原告が進言したとおり10年以上経った自販機は存在しなかった。その結果について原告は9月頃にJ課長に対し報告したところ,J課長は「やはりそうか。営業に報告するから調査結果の報告書を書いてくれ。」と調査報告書の作成を命じた。
J課長は,10年以上経った自販機が存在しないことを分かっていながら,原告に調査を命じたもので,意味のない無駄な仕事を原告に命じた。
ウ ちなみに,原告がその後に営業部門に調査報告書について確認したところ,同部門の2人の課長は「そんな報告書はもらっていない。」と回答した。
そこで,原告がこの事実をJ課長に質したところ,同課長は「営業部門に報告書を渡したかどうか,あなたは俺に聞かなかったじゃないか。」と開き直った回答をした。
これに対し,原告は「私が聞かないからというのはおかしいではないですか。営業に報告書を渡すから報告書を作成しろと指示したのはJ課長じゃないですか。」と問うたところ,J課長は沈黙してしまい,何も答えられなかった。
(5) 意味のない短時間の仕事をさせるだけでまともな仕事を与えない
ア 自販機調査の仕事は3ヶ月間で終わり,その後2ヶ月間,原告には何も仕事が与えられなかった。
イ その後,J課長から自販機調査はもうやらなくていいからと言われ,被告の主要商品10品についてテレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事を命じられたが,1週間に2時間もあれば完了する仕事であった。原告はこの仕事以外には何も与えられず,この仕事を約2年間にわたりさせられた。
平成22年になり,J課長の後任としてK課長(以下「K課長」という。)が配属されたが,同課長は「仕事は今までどおりで,変えるつもりはない。」と言って,原告にまともな仕事を与えなかった。
ウ テレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事のほかに与えられた仕事としては,3ヶ月の期限付きの仕事としてではあるが,新規開拓物件を情報誌から抜き出して一覧表にするという仕事をK課長から命じられたことがあった。この仕事について,原告は「本社市乳販売部も同じ作業をすることになっているから,必要ないのでは。」とK課長に進言したが,同課長は「本社がやろうとしているのは内容がダメだから,こっちで良いものを作って本社に示すから,指示どおりに作ってくれ。」と言った。そこで,原告は,同課長の指示どおり仕事をした。なお,この仕事も1日30分もあれば完了してしまう仕事であった。
ちなみに,その後,同作業をしている本社市乳販売部担当のL氏に確認したところ,「K課長からは何も言われていない。」という返事であった。
エ 上記ウの新規開拓物件を情報誌から抜き出して一覧表にする仕事は,期限付きの仕事であったので3ヶ月くらいで終了した。その後は,原告の仕事としては,従前から与えられていたテレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事しかなかった。原告は,1週間に2時間もあれば完了してしまう仕事だけを続けさせられた。
(6) g労組加入後は新聞の切抜きの仕事だけをさせられた
ア 以上述べてきたような仕事差別等を是正しようとして,原告はg労組に加入した。
イ g労組は,平成22年9月29日付け団体交渉申入れにおいて,「X君の業務について,過度の手待ち時間がないよう業務につけること」との要求を行った。これに対して被告は,同年11月30日の第2回団体交渉において「Xさんの業務について職制を通じ面談を行う」と回答し,是正の意思を示した。
ウ しかし,被告が平成22年12月1日に原告と面談した際に,見直して是正した仕事として与えたものは,「b社に関わる新聞の切抜きの業務」という仕事であった。この仕事は,日本経済新聞と日経MJ新聞から乳業関連の記事を切り抜き,スクラップブックに貼るという仕事であった。1日のうち1時間もかからないものであった。
エ この新聞切抜きの仕事に対し,原告は「本社広報室で同じ事をやっているから,作る必要はないのではないか。」とK課長に言ったところ,同課長は「自宅でやっているが,大変なのでやってもらいたい。」と回答した。これに対し,原告は「自販機調査は本社方針であり,実態は全くできていないから,原告が代わりにやろうと言っているのに,調査をさせてもらえない理由は何故ですか。」と質問した。K課長は「営業部門がやるのが原則だから」の一点張りで,理由は言わなかった。
オ g労組との団体交渉後に新たに原告が命じられた新聞切抜きの仕事は,そもそも本社広報室で同様のことを行っており,同室から手配すれば済むことである。原告に命じる必要性はない。
(7) まとめ
原告が「常勤再雇用者」(嘱託)としてa課に配転された後に,原告に与えられた仕事は,「テレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事」と「新聞切抜きをスクラップブックに貼る仕事」という意味のない短時間で済む仕事だけであった。しかも東日本大震災以降は,テレビ宣伝も新聞記事も少なくなり,仕事は全くといって良いほどなくなった。原告は毎日毎日,職場で新聞をただ読むだけの状態である。
その一方で,被告は原告の行動を日常的に監視し,原告と部外者との接触を禁じ,原告の同期の同僚以外の従業員に原告と口をきかせないという職場八分の状態にしている。
【被告の主張】
(1) 被告は原告を嫌悪などしていない
上記第2の1(1)エ(イ)のとおり,訴外基金は,被告から独立性の保たれた組織であり,全くの別法人である。原告が,訴外基金に対し,訴訟を起こしたとしても,それは原告と訴外基金との間の問題であり,被告には関係がない。
また,原告は,下記ア,イのとおり,本件訴訟に至るまでの間,被告に対し,訴外基金への仲介を依頼する等しており,被告も原告に対し適切な対応を行っており,原告と被告の間に対立関係はない。
よって,被告が原告を嫌悪する理由は一切存在せず,被告が原告を嫌悪した事実もない。
ア 上司への支援要請と上司の協力
原告は,4月7日,自身が所属する東京支社の事業所長であるF支社長に直接訴え,訴外基金との仲裁を求めた。F支社長は,原告の求めを受け,東京支社業務部長であるG部長に事実確認等を含め対応を指示し,G部長は,同日,原告とともに訴外基金を訪れ,訴外基金に対し一時金から年金に変更することができないのか確認を行った。
このように原告は当時の上司に対し支援の要請を行い,上司は労を厭わず原告に協力をしている。
なお,上司は,訴外基金から変更できない旨の説明を受け,別法人の決定行為を被告が変更させることができないことから,訴外基金への働きかけを断念せざるを得なかった。
イ 被告の役員に対する要請
(ア) 4月17日(原告が訴外基金からの一時金支払を拒否し訴外基金との面談を実施した日),原告は被告の役員フロアをアポイントメントなしで訪れ,秘書に対しその場で被告の代表取締役であるH社長及び専務取締役であるM専務に面会を求めたが,両者は不在であった。原告は自身の一時金選択を年金に変更する問題で訴外基金との仲介を両者に依頼するために,後日の面会をその場で秘書に申し入れたうえで,面会の日程が決まり次第原告に連絡するよう秘書に伝え,立ち去った。
後日,H社長及びM専務はともに,原告と訴外基金との間の問題であり被告が関与する問題ではないとして面会を断ったが,訴外基金に対し面会の要請があったことを伝えた。
(イ) 平成21年6月16日に原告が行った一連の行動の一つとして,原告と訴外基金との別件訴訟における最高裁判所の司法判断確定後,原告はH社長の個人宅に直筆の手紙を送付した(乙21)。原告は,手紙で事実に反する記載をし,訴外基金の対応を非難した。また,H社長に対し,訴外基金との仲裁を訴えた。H社長は,原告と訴外基金との間の問題であり,被告が関与する問題ではないことから原告への対応を行わなかったが,手紙を訴外基金に渡し,要請があったことを伝えた。
(2) 仕事差別など行っていない
被告は,原告の再雇用に際し,本人の希望を尊重し東京支社a課に配属し,原告の経験を生かした企画立案を行うという極めて裁量性の高い業務を付与しており,「仕事差別」などあり得ない。
ア 企画立案業務を行う環境を整備している
被告は,原告が東京支社管内の市乳部門における様々な問題解決のための企画立案を独力で行えるように職場環境を整備し,必要な権限を付与していた。原告は被告が付与していたツールや権限を活用して独力で企画業務を行うことができた。
仮に,原告が主張するような仕事差別を被告が行っていたのであれば,被告が原告にこのような環境や権限を与える必要がないはずであるが,現実には,被告は原告に良好な職場環境と権限を付与していた。
(ア) 業務分担
被告は,原告に対し企画立案業務に専念できるようにa課の通常業務(市乳部門の予算作成配賦,予算実績分析,市乳部門内の売上進捗管理,販売見込の作成,物流費の管理,商品の需給調整や各営業組織との調整,割振り等)を付与しなかった。
当時,仮に原告が本当に仕事差別を受けていたと考えていたのだとすれば,上司に対しa課の通常業務の分担を求めればよかったのである。しかしながら,原告がそのような要求をしたことはない。
ちなみに,原告はa課の業務以外,例えば過去に経験のある自販機営業の仕事等を希望した事実もない。これらの事実は原告が当時仕事差別を受けていると考えていなかったことの証左と言える。
(イ) 相談環境
東京支社a課における原告の仕事は,様々な問題解決のための企画立案を独力で行うことであるとはいえ,上司との日常的なコミュニケーションが行える環境は必要である。そこで,被告の東京支社では,原告の座席を課長や係長の近くに配置していた。また,元管理職の定年再雇用者である参与も近くに配置していた。原告が必要に応じて上職者などに相談することが可能であった。
(ウ) ビジネスツールとアクセス権限
企画立案業務を行うには様々な情報を収集し,情報の分析に基づく企画をし,報告書にまとめプレゼンテーションを行うことが必要である。そのためにはツールや情報へのアクセス権限が必要である。原告にはこのようなツールやアクセス権限が付与されていた。
a 原告には企画業務に必要な機器類が貸与されていた。パソコンには,表計算ソフトや文書作成ソフト,プレゼンテーションソフト等,企画立案業務に必要なOA機器が装備されていた。情報収集に必要なイントラネットやインターネットにも接続されていた。自組織内での情報収集という観点では,a課においては当時毎週金曜日に課のミーティングが実施されており,他の課員同様に原告も同ミーティングに参加していた。
また,通信に関してはパソコンのメール機能のほか,原告の座席には固定電話があり,さらには携帯電話が貸与されていた。
ちなみに,通常,被告において携帯電話は管理職の地位にある者や営業外勤者など外勤が多い従業員にのみ貸与されるものであり,管理職でない内勤者に貸与されることはないが,原告に対しては,裁量性の高い業務を付与していることから自律的に行動できるように営業外勤時に貸与していた携帯電話を引き続き貸与し続けていた。
b 原告には業務上必要な社内情報へのアクセス権限を付与していた。
東京支社管内の市乳事業に関する企画立案をするには,営業成績等の社内情報を閲覧したり,活用することが必要である。原告にはこれらの情報を閲覧できる資格を与えられていた。被告内においては売上データを集計,管理するシステムなど様々なシステムが存在しており,当該システムごとに「need to knowの原則」に従ってアクセス権限が制限されている。原告にはa課員として必要となる情報へのアクセスができるように権限が付与されていた。
例えば,自販機資産管理台帳は,「MVシステム」というシステム上で管理している。原告はこのシステムにもアクセス権限を有しており,そのデータを企画立案業務に活用することが認められていた。実際に原告はMVシステムを活用し,自販機調査の企画を取りまとめている。
イ 意味のない形だけの自販機調査をさせたとの主張に対する反論
(ア) 原告は,再雇用に際し「会社方針である当社貸与自販機の所在確認調査を経験上から行いたい」(甲12)と希望した。「当社貸与自販機の所在確認調査」とは,被告が客先に貸与している自販機が管理台帳上の設置場所に実際に所在しているかを確認する調査のことである。
被告の自販機ビジネスでは,得意先であるオペレーターや牛乳販売店に自販機を無償貸与している。自販機は客先に貸与しているとはいえ,被告の資産(リース資産)であることには変わりないことから貸与した自販機については管理台帳に管理番号,貸与先,設置先(所在地)等を記載し管理していた。管理台帳の管理は自販機営業担当者が行うことになっていた。
一方,貸与先であるオペレーター等は自身の売上増大を実現するため無償貸与の自販機設置場所を変更することがある。この時,オペレーターが被告の営業担当者への連絡を忘れたり,営業担当者が管理台帳への記載を失念した場合等には管理台帳と実際の所在場所が異なることが起こりうる。
(イ) 原告が希望していた資産管理上の所在調査は,本来資産管理を行う営業担当者の業務であることから,J課長は4月に原告が企画している調査の目的について原告と数度打合せを実施した。
その結果,まず資産管理台帳の精度がどの程度あるのかを大まかに確認する予備調査をa課が行い,その調査結果を踏まえて各営業担当に資産管理台帳の精度向上のための本格的な調査を指示するか否かを判断することになった。
そして,予備調査は社内にも取引先,関係先にも周知を行わないで調査できる範囲で行うこととした。自販機は被告の資産とはいえ,貸与先であるオペレーターが管理運用しており,他社であるオペレーターが管理運用している自販機の調査を行うということは,オペレーターとの信頼関係に影響を与えかねないことであって,オペレーターが納得しうる説明を事前に示す必要がある。ところが,今回の予備調査は本格的な調査を行うか否かを判断するための調査であり,そのような理由では客先に説明がつかないことから周知をしないで済む範囲内で調査を行うこととした。
具体的には,工場や事務所,学校内等取引先や関係先に連絡し調整しなければ立ち入ることができない場所に設置してある自販機は調査の対象から外し,公共施設や娯楽施設,店舗前やスーパー内というような誰でも立ち入れるロケーション(オープンスペース)に設置されている自販機を対象とすることとした。あわせて,調査地域も被告の東京支社や原告の居住地に近い東京都・神奈川県内に設置されている自販機を対象とすることとした。
打合せの中で,J課長が,資産管理台帳に記載があっても台帳上どれくらいの年数が経過していたら実際には他の場所に移設されていたり,撤去されていたりと設置状況が異なっている可能性が高いか,という点につき原告に意見を求めたところ,原告から「10年くらいではないか。」という回答があった。そこで,調査対象とする自販機は貸与から10年以上経過している自販機とした。
原告は,打合せの結果を踏まえ,5月から予備調査を行うための準備と具体的な行動計画の作成に取りかかった。原告は同計画作成作業を続けたが,行動計画表が提出されたのは7月であった(乙22)。
(ウ) 原告は,8月から予備調査を開始した。原告は1日2,3箇所ほどのロケーションを回り調査を行った。予備調査開始から1ヶ月経った頃に原告からJ課長に途中経過を報告する書類の提出があり,10年以上経過した自販機の存在を確認できないものがあることが判明した。J課長は営業前線を説得できる企画書とするにはさらなるデータ収集が必要であると判断し,原告に対し予備調査の続行を指示した。
(エ) 原告は予備調査開始から3ヶ月ほど経過した10月24日に以下のとおり不祥事を発生させ,被告としては予備調査を中止させざるを得ない状況となった。
a 原告は,8月から予備調査を開始していたが,予備調査はあくまでオープンスペースに限定した調査であった。
b ところが,原告は上司の指示に反し,東京都内の自動車メーカーの工場に立ち入り,工場内に設置されている自販機の調査を行った。当該ロケーションは被告の得意先である牛乳販売店が独自に開拓した設置先であり,オペレーション業務も当該牛乳販売店が行っていた。また,当該設置先については,自動車メーカーから設置の条件について当該牛乳販売店は度々要求を受けており,対応に苦慮しているロケーションであった。
c 自動車メーカーから連絡を受け調査の事実を知った当該牛乳販売店は激昂し,被告の営業担当部署に対し強いクレームの電話を入れた。牛乳販売店にしてみれば,原告の行為は,牛乳販売店と自動車メーカーの信頼関係や被告と牛乳販売店の信頼関係を損ないかねないものであった。
d 当該牛乳販売店を担当している営業部署である東京支社東京支店(牛乳販売店を担当する市乳支店の一つ)は状況を確認したうえで当該牛乳販売店に対し経緯の説明及び丁重な謝罪を行った。東京支店の対応により事なきを得たものの重要な取引先との信頼関係に破綻を来すおそれがあった。また,a課は営業部署である東京支店から客先との信頼関係を損ねかねない原告の行動を強く非難され,予備調査の中止を強く迫られる事態となってしまった。
e 東京支店からa課に対する当該抗議は東京支店及びa課を含む東京支社の市乳部門の全部署があるフロア内で激しく行われたため,同フロアに在籍する市乳部門の営業担当者の間で広く知れ渡る事態となってしまった。J課長は営業部署である東京支店から予備調査の中止を強く迫られたため,原告に対し調査の中止を指示せざるを得なかった。また,実際に本格調査を実施すべき営業部署との軋轢が生じてしまったため,問題提起して本格調査を行う状況にはなくなってしまった。
(オ)a 原告は,J課長から「a課は営業から嫌われる課だ。営業が喜ぶような自販機実態調査などやる必要はない。あなたの考えは間違っている。」と仕事の中止を命じられたと主張するが,原告の主張は明らかな虚偽である。自販機調査に関するJ課長と原告との間のやりとりは上記(イ)及び(エ)aからeのとおりである。
b 原告はその後3ヶ月間,何らの仕事も与えられなかったと主張するが,上記(イ)のとおり,この期間,原告は予備調査の準備と行動計画を作成していたのであり,原告の主張は失当である。
c 原告は「J課長は,10年以上経った自販機が存在しないことを分かっていながら,原告に調査を命じたもので,意味のない無駄な仕事を原告に命じたものであった。」と主張するが,上記(イ)のとおり,調査はそもそも原告が企画したものであるし,「10年」以上の自販機を調査することも原告の意見に基づき原告とJ課長の打合せの中で決まったことである。
d 原告は,営業部門は,調査報告書を受け取っていないと回答し,原告がこの事実をJ課長に質したところ,最終的にはJ課長は沈黙してしまい,何も答えられなかったと主張しているが,原告の主張は明らかに事実と異なる。上記(エ)のとおり,原告が引き起こした不祥事により予備調査が中止となったのであり,調査結果に基づく企画書の作成には至っていない。立案されていない企画書を営業部門に渡しようもない。
また,仮に原告が「予備調査結果のみであっても営業部門に渡すべきである」と主張しているのだとしても失当である。なぜなら,上記(イ)のとおり,予備調査は営業部門に本格調査を依頼するか否かを判断するために行っていたものであり,予備調査の結果だけを営業部門に渡すことなどあり得ない。
さらに,上記(エ)のとおり,原告の不祥事により本格調査を実施すべき営業部署との軋轢を生じさせてしまったため,営業部署に本格調査を依頼することもできなくなってしまった。
ウ 意味のない短時間の仕事だけをさせたとの主張に対する反論
原告は「テレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事」や「新規開拓物件を情報誌から抜き出して一覧表にする仕事」といった1週間に2時間もあれば完了してしまう意味のない短時間の仕事だけを続けさせられたと主張し,あたかも被告から仕事差別を受けていたかの如く主張する。
しかし,原告の主張は,事実に基づかない主張であり,失当である。
(ア) そもそも,被告は,原告に対し,経験を生かした独自の問題意識に基づき,独力で様々な問題解決のための企画立案をするという裁量性の高い業務を与えている。原告が主張するところの「テレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事」や「新規開拓物件を情報誌から抜き出して一覧表にする仕事」だけが原告の業務ではない。
(イ) また,原告は,「テレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事」が意味のない仕事であると主張しているが,以下のとおり,諸施策を一覧表にしておくことは必要かつ有意義な業務である。
a 被告は,商品の販売促進のために,消費者キャンペーンの実施,スーパー等での試食試飲の実施,テレビ等のマスコミ媒体への広告宣伝の実施,スーパー等に設置する宣伝用ボードの作成等様々な施策を実施している。被告は,当該施策を実施するにあたっては,本社が事業所に当該施策の主旨に則った営業活動を行うよう指示を出していた。その指示は各商品(ブランド)ごと,流通形態(販売チャネル)ごとに担当する本社各部が行っていた。また,本社の指示は被告内のイントラネット上のシステムで発信される文書(被告においては「公文」もしくは「業務連絡」という)で行われていた。
b a課は,東京支社内における市乳部門の予算作成や調整役を担う面があり,本社から指示される内容については業務遂行上,原告を含めた課員全員がその全てを把握しておく必要があった。一方,本社からの指示は複数の公文で指示されていた。東京支社a課として東京支社管内における市乳部門の本社施策を抜け洩れのないように一覧化しておくことは有意義なことであった。それゆえ,「テレビ宣伝とキャンペーン」を一覧にして把握できるようにする業務が必要であった。
c なお,原告が作成した成果物は被告の共有サーバーに保存され,a課員であれば誰でも閲覧することが可能であった。J課長は原告も参加するミーティングの場において他のa課員に対し原告が作成した成果物を閲覧し,本社の指示内容の把握に努めるよう指示した。原告が行っていた同作業は大いに意義があるものとして活用されていた。
d 原告は,自販機調査終了後「テレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事」をするまでの間「2ヶ月間は何も仕事が与えられなかった」と主張しているが,この主張も事実に基づいていない。自販機の所在確認の予備調査は原告が10月24日に発生させた不祥事により直ちに中止となったが,本社実施の販売促進施策を取りまとめる業務(テレビ宣伝とキャンペーンを一覧表にする仕事)は遅くとも11月6日には指示が行われている。
(ウ) 「新規開拓物件を情報誌から抜き出して一覧表にする仕事」は原告が起案して行った業務であり,被告が命じた業務ではない。同業務は平成21年2月頃,原告がJ課長に対し,新規の自販機設置等の営業開拓を行うためにはビルや商業施設の建設といった都市開発情報を収集することが重要であり,これらの都市開発情報を集める情報誌が存在するので購入し,営業部署への情報提供につなげていきたいという提案に基づいてJ課長が情報誌の購入を許可し,行ったものである。
エ g労組に加入後,新聞の切抜きの仕事だけをさせたとの主張に対する反論
原告は,仕事差別等を是正しようとしてg労組に加入し,団体交渉の場で仕事差別の是正を要求したところ,被告は是正の意思を示したが,是正して与えられた仕事は新聞の切抜きだけであり,その新聞の切抜きも必要のない仕事であったとして,あたかも被告から仕事差別を受けていたと主張する。
しかし,原告の主張は事実に基づかない主張であり,失当である。
(ア) そもそも被告は,原告に対し,経験を生かした独自の問題意識に基づいて,独力で様々な問題解決のための企画立案をするという裁量性の高い業務を与えている。
(イ) また,原告は,団体交渉の場において仕事差別だと主張したり,仕事差別の是正を求めたことはない。被告は,g労組及びhユニオンの2つの労働組合と団体交渉を行ってきたが,団体交渉の場において原告は,仕事差別を受けているとの主張をしていない。
確かに,両労働組合とも「過度の手待ち時間がないよう」にとの要求をしていたが,その要求は,原告が被告から指示された定型業務のみに従事していることを前提にしたもので失当であった。既に述べたとおり,原告は,裁量性の高い企画立案業務に従事している。そこで,被告は,両労働組合に対して適材適所で原告に最適な業務を付与していることを繰り返し回答している。
一方,団体交渉における原告の真意は,東京労働局に話した「希望業務(自販機調査)を再開させてもらいたい。」というものであった。仕事差別を受けているとか,仕事差別の是正を要求するものではなかった。
ちなみに,東京労働局においても原告は仕事差別を受けているとか,仕事差別の是正を要求するということはなかった。
(ウ) 確かに,被告は労働組合の要求を受けて平成22年12月と平成23年8月の2回,原告に対する業務について面談を行っているが,この面談の際,原告はa課の通常業務への従事など他の業務への従事を希望していない。また,自販機営業職への異動も希望していなかった。そこで,被告は原告の担当業務を変更することなく,従前どおり独自の問題意識に基づき,独力で様々な問題解決のための企画立案をするという業務を継続させることとしたのである。したがって,被告が労働組合に対し原告に対する業務付与の是正の意思を示したことはない。
(エ) 確かに,被告は,労働組合の要望を踏まえ,スクラップの仕事を原告に行わせたが,是正として行ったものではない。的外れの要求とはいえ,労働組合の主張を尊重したことと,スクラップの仕事は東京支社a課として必要性があったこと,原告にとっても有意義な仕事であると判断できたことがその理由である。
a 原告はスクラップが必要のない仕事である根拠として,「本社広報室で同様のことを行っており,同室から手配すれば済むことである。」と主張している。しかし,本社で行っているスクラップを東京支社で活用することはできない。同じ社内とはいえ著作権の複製権の観点から,本社広報室が切り抜いた記事をコピーして東京支社に渡すことはできないし,スクラップの目的や範囲も異なっている。本社広報室が行っていたスクラップの目的は,被告が新聞各社でどのように取り扱われているか,乳業業界の動向がどのようになっているのかを広報戦略上把握しておく必要があることと,同情報を本社内で周知することにあった。一方,東京支社で原告が行っていたスクラップは,東京支社市乳事業の営業活動に関連しそうなこと(営業の手法,従業員教育,他社動向,関連する業界や原料等の経済動向等)に関する記事を収集するものであった。
b 原告が行っていたスクラップは,将来的に,又は間接的に被告の営業活動につなげ得る情報を取捨選択する必要があることから,このような作業は,長く被告に在籍し,市乳部門や営業活動を熟知している者が行わなければならず,原告は適任であった。また,原告としてもスクラップ作業は新たな企画立案のヒントを見出すうえで有意義な業務であった。ちなみに,原告の再雇用期間満了後は元管理職の定年退職再雇用者が行っている。
(3) 職場八分の状態などにしていない
原告は,被告が原告の行動を日常的に監視し,部外者との接触を禁じ,原告の同期の同僚以外の従業員に原告と口をきかせないという職場八分の状態にさせていると主張する。しかし,そもそも,原告は抽象的に職場八分の状態であったというのみであり,具体的にどのような差別的な取扱いがあったのか何ら明らかにしておらず,原告の主張に理由がないことは明らかである。また,以下のとおり,被告は原告に対して職場八分の状態になどしていない。
ア 原告の作業環境は,企画立案業務を行ううえで快適なものであった。また,原告も業務環境について不平不満や改善の要求をしたことはない。
イ 原告は他の社員と日常的なコミュニケーションも行っていた。原告と他の社員は日常の挨拶のみならず,業務外の会話もしている。特に,原告は隣に座る原告と年の近い従業員と頻繁に会話し,他部署の女性と立ち話している姿が見受けられた。
ウ 職場では業務外の交流もあった。a課では歓送迎会,忘年会,決起集会,個人的なお祝いの会などを実施していた。幹事である同僚は全課員に対しイベントの案内をしており,当然のことながら,原告に対してもイベントの案内がなされている(乙23)。
エ 原告は,g労組及びhユニオンという全く異なる2つの労働組合に加入し,両労働組合と被告は団体交渉を行っているが,労働組合の団体交渉申入書(乙12,14)にも,団体交渉の場でも原告が職場八分の状態にあるとの主張も是正を求める要求もなかった。
オ 原告は,平成21年6月16日,東京労働局に対し個別労働関係紛争解決援助の申出を行っているが,その際,希望業務を再開させて欲しい旨の主張を行うのみで,職場八分の状態にあるというような主張も是正も求めていない。
3 争点(3)について
【原告の主張】
(1) 債務不履行による損害
原告が選択した一時金受給方式で取得した金額は667万7400円であるところ,年金受給方式を選択したならその受給額は年額53万3800円であった。この年金受給方式で支給される53万余円で一時金受給額を割ると,12.6となり,12~13年間の年金受給で一時金額に達する計算になる。つまり,60歳の原告にこの12年(一時金を年金額で割った年数)を加算すると72歳となり,一時金受給方式で第1標準年金を受給すると計算上は72歳までの年金受給に相当することになる。
これに対して,60歳で定年退職する原告のその時点の平均余命は82歳とされるから,上記72歳と平均余命82歳との差の10年間は,もし年金受給方式を選択していれば,さらに10年間は年金の受給を受けられたはずである。
したがって,一時金を年金で受給したと仮定して支払い終わった年齢である72歳と,平均余命の82歳との差の10年間について,この間に受給できる年金額533万8000円(53万3800円×10年)の損害を原告は被った。
(2) 不法行為による損害
原告が「常勤再雇用者」(嘱託)としてa課に配転された後の仕事差別及び嫌がらせによる原告の損害は,少なく見積もっても400万円は下らない。
【被告の主張】
争う。
第4 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 認定事実
ア 日常的な説明
(ア) 訴外基金は,福祉事業として継続的に加入者に対する周知,広報活動を行っており,例えば,ホームページで訴外基金の規約をはじめ,訴外基金の年金の仕組み等について十分な周知を図っている。また,訴外基金は,平成19年9月,本件企業年金について説明した従業員向けパンフレット(甲4)を配布している。(乙30)
(イ) 訴外基金では,加入者からの個別の質問に答えるための体制を整備しており,訴外基金の電話番号等は,訴外基金のホームページに記載されており,パンフレット(甲4)には訴外基金への問合せのための連絡先が記載されている。また,「ねんきん大百科」なるウェブサイトも設けられている。(乙30)
イ 本件セミナーにおける説明
(ア) 被告と訴外基金は,平成18年11月9日から同月10日にかけて本件セミナーを共同開催した。参加したのは,原告も含めて約60名で,同月9日は12時30分から17時30分までオリエンテーション,ビデオ上映,基調講演,定年退職金と年金制度の説明がなされ,21時00分から22時15分までは個別相談の機会が設けられていた。しかし,原告は,個別相談の機会を利用しなかった。また,同月10日は,8時50分から15時30分まで,途中1時間の昼食を挟んで,定年退職金と年金制度の説明や定年退職後の健康保険についての説明がなされた。(乙17,30,証人N)
(イ) 本件セミナーにおいて,訴外基金は,原告に対し,テキスト(甲3)及び具体的な本人の受給見込額を記載した個人資料(乙18)を配布したうえで説明を行っている(乙30,証人N)。テキストには,年金原資,金利,受給期間,年金見込額(試算額)が記入され,第1標準年金と第2標準年金の種類の違い及び一時金支払の締切日と支払日についての記載があり,締切日については,毎月5日までに受け付けた分は当月25日,20日までに受け付けた分は翌月5日,25日までに受け付けた分は翌月15日の支払になる旨記載されている(甲3)。個人資料には,第1標準年金を一時金で受給した場合は661万0300円,年金で受給した場合の年金額は52万1100円と記載されている(乙18)。
(ウ) 本件セミナーでは,講師が,本件セミナー終了後でも不明な点や質問があればいつでも相談に来て構わない旨の周知をしていたが,原告は個別相談の機会を活用しなかった(乙30)。
ウ 裁定請求時における説明
(ア) 裁定請求書提出時について
被告は,3月19日頃,原告に対し,「裁定請求書の提出について」という書面(甲5),老齢給付金裁定請求書(甲6に記入前のもの),記載例(乙19)を送付した(乙30)。記載例には,第1標準年金が15年保証終身年金であり,終身支払われるが15年以内に死亡した場合には,15年から年金支給済み期間を控除した期間分について一時金で清算して遺族に支給すること,第2標準年金が5・10・15年から選択できる有期年金であり,受給期間を経過すると支給が終了することなどが記載されている(乙19)。
(イ) 裁定請求書提出後の再確認
訴外基金では,業務上の手順として,老齢給付金裁定請求書を受け付けると,記載内容及び添付書類の確認を行う際,通常,第1標準年金は終身年金,第2標準年金は有期年金という制度の違いや金利の違いから一時金での受給を選択する場合,第2標準年金から必要とする一時金額を選択するのが一般的であるところ,第2標準年金より第1標準年金を優先して一時金での受給を選択している受給権者に対しては,再度,制度の違いを説明し,選択内容の確認を行っている。訴外基金は,原告に対しても同様に確認を行っており,3月25日に受け付けた原告の老齢給付金裁定請求書の選択内容について,原告と連絡がとれた同月27日に老齢給付金裁定請求書の記載どおりでよいか確認し,原告は,翌28日,記載内容の変更はしない旨回答した。(甲10,乙30)
エ 退職説明時の説明
(ア) 被告の人事担当者であるBは,3月31日,原告に対し,定年に関する手続についての説明を行った。Bが,原告に対し,訴外基金からの受給が年金か一時金かを確認したところ,原告は第1標準年金を一時金,第2標準年金を年金にしたと答えた。原告は,Bに年金だと何が違うのかを尋ねたので,Bは,第1標準年金は終身年金なので,ずっと受け取ることができる旨回答した。(甲7,乙29)
(イ) この点,原告は,Bから本件企業年金の第1標準年金は年金で受給した方が良い旨の説明を初めて聞き,その説明内容は具体的でわかり易いものであり,さらにBから,第1標準年金の受給方式を一時金から年金に変更する申出を訴外基金に行うよう,アドバイスを受けたと述べ,その旨主張している。しかし,Bは,かかる説明やアドバイスはしていないと否定している(乙29)。そもそも,Bは,被告の人事担当者であり,原告には退職時の説明をしていたところであって,わざわざ,原告に対し,被告とは別法人たる訴外基金に第1標準年金の受給方式を変更するようにアドバイスをするような立場にあるわけでもないことからすると,原告の供述は信用できない。その他本件において,原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
オ 訴外基金への申入れ
原告は,4月1日,訴外基金に対し,第1標準年金の受給方式を一時金受給方式から年金受給方式へ変更したい旨の申出をしたが,訴外基金から「期が変わったのでできません。4月15日の支払で処理が終わっています。」と言われて,変更を拒否された(甲21,原告本人)。
(2) 原告の主張
原告は,被告が,退職年金制度について,原告に対し,①受給方式に関する説明義務,②変更申出締切日(最終期限,裁定日)を告知する義務,③訴外基金への指導等を行う義務を負っていたにもかかわらず,これらの義務を怠ったとして,説明義務違反による債務不履行責任を負うと主張している(以下,それぞれ「原告の主張①」「原告の主張②」「原告の主張③」という。)ところであるから,上記(1)の事実に照らして,かかる主張に理由があるか否かを以下検討する。
(3) 原告の主張①について
ア 原告は,被告が従業員である原告に対して,受給方式について,具体的かつ丁寧な説明をしなかったとして,特に,受給が一時金受給方式か年金受給方式かの違いによるメリット・デメリット等については,全く説明等をしなかったと主張している。
イ しかしながら,本件セミナーにおいて配布され,使用されたテキスト(甲3)には,「第1標準年金及び第2標準年金ともに年金に代えて一時金で受け取ることができること」,「一時金での受取りは『第1標準年金のみ』,『第2標準年金のみ』および『第1標準年金と第2標準年金の両方』の中から選べること」等や,「第1標準年金が15年保証終身年金であり,終身受給できること」,「第2標準年金が,保証有期年金であり,受給期間を5・10・15年から選択できること」などが記載されているところであり,第1標準年金及び第2標準年金の制度の仕組みについての説明が記載されているといえる。
そして,テキストは,全体で29頁以上になるが,本件企業年金について記載されている部分は前半の14頁程度であり(甲3),一般常識を兼ね備えた社会人であれば,テキストを読めば,第1標準年金と第2標準年金の違いについて理解することは十分に可能といえる。
ウ また,被告は,原告に対し,本件セミナーにおいて,個人資料の提供を行っており,同資料には,第1標準年金と第2標準年金それぞれの受給方式ごとに原告が具体的にいくら受給できるかという試算額が記載されている(乙18)。
エ 以上のとおり,被告は,自ら又は訴外基金を通じて,本件セミナーにおいて配布し使用したテキストや個人資料によって,受給方式に関する十分な説明を行ったといえる。また,上記(1)アのとおり訴外基金が日常的に説明や相談のための連絡先を明示していること,また,上記(1)イのとおり被告と訴外基金が本件セミナーを共催し,個別相談の機会も設けていること,さらに上記(1)ウのとおり原告が裁定請求書を提出するにあたって,受給方式の違いについて簡潔に記載された記載例(乙19)を送っており,その後,最終確認もしていることからすれば,訴外基金又は被告は,原告に対して,本件企業年金の受給方式について十二分な説明の機会を設けたということができ,原告が主張する説明義務違反は認められない。
オ この点,原告は,本件セミナーにおいて,受給方式に関するメリット・デメリットについて具体的な説明がなかった旨主張する。
しかし,本件企業年金の受給方式に関するメリット・デメリットは,個々の受給権者の生活状況,資金需要,将来の生活設計等により様々であると考えられるところ,被告において,いちいち本件企業年金の受給権者一人一人の生活状況等を把握して,受給方式に関するメリット・デメリットを個別に説明しなければならないというのはおよそ現実的ではない。
また,一般常識を持った通常の社会人であれば,本件セミナーで使用されたテキスト,個人資料を読めば,第1標準年金と第2標準年金の受給方式の違い,さらには自分の生活状況等に照らして,メリット・デメリットを理解することは可能である。なお,原告は,テキスト(甲3)については読んでも分からないので読まなかった等と述べており,およそ,受給方式について理解しようとする努力を怠っていたものといわざるを得ない。
さらに,仮にテキストや個人資料を読んでも理解できなかったのであれば,本件セミナーにおいて設けられた個人相談の機会や,訴外基金に対する問合せ等を利用することによって理解を深めることもできたのであり,かかる機会を原告は利用していないことからすれば,原告が受給方式の選択を誤ったのは,原告が理解しようとする努力を怠ったことに原因があるといわざるを得ない。
したがって,本件セミナーにおいて,原告に対して,具体的なメリット・デメリットについて説明がなかったとしても,被告としては他の方法や機会を設けることにより,十分な説明義務を果たしていたということができ,原告の主張①には理由がない。
(4) 原告の主張②について
ア 本件セミナーのテキスト(甲3),「裁定請求書の提出について」と題する書面(甲5)には,毎月5日までに受け付けた分は当月25日,毎月20日までに受け付けた分は翌月5日,毎月25日までに受け付けた分は翌月15日の支払になる旨記載されている。
そして,原告は,訴外基金に対し,3月25日,「老齢給付金裁定請求書」を提出し(甲6),訴外基金は,説明どおり4月15日に支払をしている。
訴外基金では,裁定請求書を受付日までに受け付けてから,実際に裁定をする日(裁定日)まで,若干の日数がかかり,その後支払日とされた日に実際に支払がなされる(甲20)。
イ 原告は,被告が,本件企業年金について,変更申出締切日(最終期限,裁定日)を告知する義務を怠ったと主張し,具体的には,訴外基金において,裁定請求書の受付日から裁定日までの間に日数があることから,原告の「老齢給付金裁定請求書」を受付日までに一旦提出した後でも,裁定日までは変更が可能であり,裁定日が変更申出の締切期限であるとしたうえで,被告がかかる裁定日の存在を原告に伝えなかったことをもって,説明義務違反であると主張している。
ウ 確かに,「老齢給付金裁定請求書」の締切日(受付日)から,請求書の内容を訴外基金が精査し,裁定を行う日(裁定日)までに若干の期間は存在する(甲20)。
しかしながら,受付日から裁定日までの期間は,訴外基金において裁定を行うために業務上必要となる作業期間であり,請求内容の変更を受け付けることが義務付けられた期間であるとまではいえない。そして,訴外基金においても変更申出の締切期限というものは存在しない(乙30,証人N)。
また,そもそも,裁定日は,訴外基金の内部的処理のために設けられた日であることからすれば,訴外基金と別法人である被告が関与する問題ではなく,かかる裁定日を被告が原告に伝えるべき法的義務があるとも認めがたい。
さらに,確定給付企業年金法,同法施行令及び同法施行規則にも裁定日を受給者に事前に通知しなければならないという定めはなく,訴外基金において原告に裁定日を事前に通知する義務があるとは認められない。
エ 以上からすると,原告の主張②は,訴外基金において事務処理のために設けられた裁定日が,「老齢給付金裁定請求書」の変更申出の締切期限であるとしている点において失当である。また,裁定日までであれば,「老齢給付金裁定請求書」の変更が可能であったこと自体は認められるとしても,そもそも裁定日の性質が,訴外基金の内部的な事務処理の期限として設けられているにすぎない以上,かかる裁定日を被告が原告に説明する法的義務があるとも認められないから,原告の主張②については理由がない。
オ なお,以上の点を措くとしても,原告の主張②は,3月31日の退職説明時において,原告がBから訴外基金に変更を申し出るようアドバイスを受けたことを前提にして,変更申出期限についても説明すべきであったと主張するものである。しかしながら,上記(1)エ(イ)のとおり,Bは,原告に対し,訴外基金に変更を申し出るようアドバイスをしたという事実自体を否定しているところであり,原告の主張②は,その前提となる事実についてもこれを認めるに足りる証拠はないところであり,その意味でも原告の主張②には理由がない。
(5) 原告の主張③について
ア 原告は,被告が訴外基金への指導等を行う義務を負っていたにもかかわらず,これらの義務を怠ったと主張する。
イ しかしながら,上記第2の1(1)ウのとおり,訴外基金は,被告の一部門や子会社ではなく,法に基づいて設立認可された独立した団体であり,その組織や組織運営はb社企業年金基金規約により定められ,同規約に定める事項や変更手続は確定給付企業年金法及び同法施行令,同法施行規則に定められている。訴外基金は法の定めにより被告からの独立性を保つように組織され,運営されており,被告が訴外基金の運用に直接干渉することはできないものといえる。
そして,本件で問題となっている「老齢給付金裁定請求書」の受付や裁定請求決定などは訴外基金の業務であり,その業務執行は訴外基金が自らの意思決定で行っているところである。このように「老齢給付金裁定請求書」の受付や裁定請求決定などは訴外基金が自らの組織運営の中で行うものであり,別法人である被告は訴外基金が行う業務執行を指導する立場になく,その義務もないといわざるを得ない。
ウ 以上からすれば,原告の主張③は,原告の提出した「老齢給付金裁定請求書」の取扱いについて,被告が訴外基金への指導等を行う義務を負っていることを前提にしているが,そもそも,被告がかかる法的義務を負っていると認めることはできないから,原告の主張③については理由がない。
(6) まとめ
以上のとおり,原告の主張①ないし原告の主張③はいずれも理由がない。なお,原告は,その他にも,訴外基金が説明不足であったことを認めていた等とも主張し,その旨述べるが,かかる事実を認めるに足りる客観的な証拠はなく,いずれにしても,被告について,本件企業年金について説明不足などを理由とする債務不履行責任は認められない。
2 争点(2)について
(1) 認定事実
ア 上記第2の1(1)アのとおり,原告は,3月31日,被告を定年退職した後,被告に再雇用され,常勤再雇用者として4月1日から平成24年3月末日まで4年間,被告の東京支社a課で勤務した。
被告の再雇用制度では,1年単位の契約を更新していくこととなっているが,原告が再雇用された4年という期間は当時の制度上では最長の期間であった。(乙30)
イ 被告の常勤再雇用者の初任給与は,定年退職前の職能資格等級を踏まえた一定の給与レンジの範囲内で個別に決定されており,定年退職時に管理企画職2級であった原告の再雇用時の月額給与は27万円であり,定年退職時に管理企画職2級で再雇用となった者の給与として標準的な水準であった(乙30)。
ウ 原告は,再雇用前に被告に提出する再雇用願出書において,再雇用後の希望業務として,現職継続を希望せず,他の業務として貸与自販機の所在確認調査を希望した(甲12)。
被告は,原告の意向を踏まえ,自販機営業を行う部署ではなく営業支援を行う東京支社a課に配属した。このことは自販機調査を行いたいという原告の希望に沿うものであった。(甲21)
エ 原告が再雇用の際に希望していた自販機調査には,被告の資産である自販機について台帳上のデータと実際の設置位置が合致しているかを確認する調査(資産管理目的の調査)と,売れ筋の商品が置かれているか,飾り付けなどを確認して売上げ増大につなげる調査(営業管理目的の調査)とがある(証人J)。
東京支社a課は,東京支社管内の市乳部門全般の営業支援を行う部署であり,自販機ビジネス支援に特化した組織ではない(乙30)。
自販機調査は,通常営業部門がやるものであって,a課で行うものではなかったが,市乳部門全体に関わることであれば,a課が問題提起して取り上げるべき問題であり,問題提起であれば,a課の担当業務に該当する(証人J)。
被告の自販機ビジネスでは,得意先に自販機を無償貸与しており,自販機は被告の資産(リース資産)であるため,管理台帳に管理番号,貸与先,設置先(所在地)等を記載し管理しており,管理台帳の管理は自販機営業担当者が行っていた。もっとも,貸与先が,売上増大を実現するため無償貸与の自販機設置場所を変更することがあり,その際,被告の営業担当者への連絡がなされなかったり,営業担当者が管理台帳への記載を失念した場合等に管理台帳と実際の所在場所が異なることが起こりうる。(乙33)
原告は,被告の自販機資産管理台帳であるMVシステムのデータと現実とが大幅に異なっていることに問題意識を持ち,自販機調査を希望した(甲21)。
オ 原告は,7月30日,東京支社a課宛に「設置後10年以上経過自販機の事前調査について」と題する書面を提出し,MVシステムのデータ上,10年以上経過した自販機が,東京支店で107台,神奈川支店で45台あり,そのうち24台をピックアップして事前調査を行うことを希望した(乙22)。
カ 原告は,9月25日,東京支社a課宛に「設置後10年以上経過自販機の事前調査結果報告」と題する書面を提出し,MVシステム上,10年以上経過した自販機について,東京支店では107台のうち27台,神奈川支店で45台のうち19台について事前調査を行い,総括として,MVシステム上登録されている自販機が全てなく,年数から見て引き上げ廃棄したものと思われるが,客先に確認したうえで,MVシステムのデータを修正処理するようにされたいとする報告を行った(甲14)。
また,原告は,同日,東京支社a課宛に「設置後10年以上経過自販機の事前調査終了以外についての調査」と題する書面を提出し,東京支店と神奈川支店における残りの自販機106台についても,10月から平成21年2月までの間に調査したいとの要望を出した(甲15)。
キ 原告は,10月31日,東京支社a課宛に「設置後10年以上経過自販機の事前調査結果報告」と題する書面を提出し,MVシステム上,10年以上経過した自販機について,残り106台についても,MVシステム上登録されている自販機が全てなく,年数から見て引き上げ廃棄したものと思われるが,客先に確認したうえで,MVシステムのデータを修正処理するようにされたいとする報告を行った(甲16)。
(2) 原告の主張
原告は,被告が,訴外基金に対し調停を申し立てたり,別件訴訟を提起したり,g労組に加入した原告を嫌悪し,報復として,ⅰ無意味な自販機調査を行わせた,ⅱ自販機調査の不祥事の責任を原告に押しつけた,ⅲ原告に短時間で処理できる仕事や新聞の切抜きの仕事しか与えず,きちんとした仕事をさせなかった,ⅳ原告の行動を監視し,部外者との接触を禁じ,同期の同僚以外の従業員に原告と口をきかせなかったと主張する(以下それぞれ「原告の主張ⅰ」「原告の主張ⅱ」「原告の主張ⅲ」「原告の主張ⅳ」という。)。そこで,以下,上記(1)に認定した事実も踏まえて,原告の主張ⅰないし原告の主張ⅳについて理由があるか否かを検討する。
(3) 原告の主張ⅰについて
ア 原告は,自販機の耐用年数が5年であること,故障した自販機が放置されることはあり得ないこと,原告の調査の結果,10年以上経過した自販機は皆無であったことから,被告が命じた自販機調査は無意味なものであって,被告は嫌がらせ目的でかかる自販機調査を命じたと主張する。
イ しかしながら,上記(1)エのとおり,資産管理目的のための自販機調査は,意味のある調査であるといえるし,そもそも,原告が再雇用時において自らが希望していた業務であることからしても,無意味な業務とはいえないのは当然である。そして,原告は,MVシステム上10年以上経過した自販機の調査を命じられた点について無意味な調査であると主張しているので,この点について検討する。
まず,10年以上たった自販機の調査が命じられた点について,J課長は,原告の意見を取り入れて決まったと述べ(乙33),原告は,かかる意見は述べていないと主張しているところであるが,この点を措くとしても,原告の主張は以下のとおり失当である。
まず,原告は,自販機の耐用年数が5年と主張しているが,J課長によれば,被告においては,当初4年,再リース1年,再々リース1年の合計6年のリース契約を締結するのが通常であり,その後,自販機の洗浄,整備といったリフレッシュを行い,3年間のリース契約を締結し,合計9年のリース契約を締結するのが一般となっているとのことである。そうすると,原告は自販機の耐用年数が5年であることを前提に,10年以上経過した自販機は存在しないと主張するものであるが,原告の主張はリフレッシュによる耐用年数の延長を考慮していない主張であって失当であるといわざるを得ない。
また,原告が行った自販機調査の目的は,資産管理目的であり,具体的には被告の自販機資産管理台帳(MVシステム)のデータと実際の状態がかけ離れており,MVシステムの精度が低いことを営業部門に示すために行われたものである。かかる調査目的からは,MVシステムからデータを抽出し,そのデータに基づき,MVシステム上で自販機が設置されていることとなっている場所に赴き,実際に自販機が設置されているか否かの確認を行う作業が必要である。実際,原告がMVシステムから抽出したデータ(乙22添付書類)に基づいて自販機調査をした結果,設置先に実際には自販機が設置されていないにもかかわらず,MVシステム上データが残っていることが判明している。したがって,原告の調査により,MVシステムのデータの精度に課題があり,台帳上から削除すべき候補の洗い出しが一部できたのであって,原告の自販機調査は無意味な仕事であると評価できるものではない。
ウ その他,原告は,J課長がMVシステム上10年以上経過した自販機が実際の設置場所には既に存在しないことを知っていながら,原告に10年以上経過した自販機の調査を命じたとか,10年以上経過している自販機が存在すること自体考えられず,そのことは社内でも常識であったとか,MVシステム上10年以上経過している自販機については現地に赴かなくてもデータから削除しても全く差支えなかった等と主張しているが,かかる事実を認めるに足りる証拠はない。
エ 以上のとおりであるから,原告の主張ⅰはこれを認めるに足りる証拠がなく,理由がない。
(4) 原告の主張ⅱについて
ア 原告は,自販機調査が中止になったのは,原告が引き起こした不祥事が原因ではなく,そもそも不祥事など存在しないし,仮に不祥事があったとしてもその責任は被告にあると主張し,具体的には,自販機調査がオープンスペースに限定した調査ではなく,事前に調査の許可が必要なロケーションについて,原告は当然調査の許可が得られていると思って調査したにすぎず,許可を得ていなかったJ課長にこそ責任があると主張している。
イ まず,オープンスペースとは,被告の自販機が設置されている場所(ロケーション)が,公共施設,娯楽施設,店舗前及びスーパー内のように誰でも立ち入れる場所のことである。オープンスペースは,誰でも立ち入れる場所か否かという区分けであるため,アウトドア(屋外)に限られず,インドア(屋内)にもオープンスペースは存在する(乙33)。
ウ 原告は,不祥事など存在しなかったと主張するが,J課長によれば,不祥事によって,クレームを申し出てきた販売店を担当していた東京支店は,状況を確認のうえ,当該販売店に対し説明及び丁重な謝罪を行っていると述べており(乙33),また,そのために原告の自販機調査も中止になったという事実経過に照らせば,不祥事があったことは認められる。
エ 次に,原告は,オープンスペースに限定した調査では意味がないから,予め許可をとって自販機調査をすべきとして,J課長にもその旨進言したにもかかわらず,J課長が許可を取り忘れたのが,不祥事の原因であり,不祥事の責任は原告にないと主張している。
しかしながら,上記(1)エのとおり,自販機調査は,本来営業部門で行う業務であるところ,原告の自販機調査はあくまで今後東京支社a課として営業部門に本格調査を指示するために裏づけとなる資料を作成するための予備調査という位置付けである。
このように原告の自販機調査は,予備調査であり,本格調査を行うか否かを判断するための調査であるため,そのような調査理由では社内外に説明がつかないことから周知しないで済む範囲内,すなわちオープンスペースに限定したとのことであり(乙33,証人J),かかるJ課長の説明は,原告の自販機調査の目的に照らしても整合的であり信用できる。
これに対して,原告は,オープンスペースの調査では意味がないとして,牛乳販売店に調査の了解を得て行うべきだとしてJ課長に進言したと主張するが,かかる原告の主張は予備調査という目的にも整合しないし,そもそも,J課長はそのような会話の存在自体を否定しており,その他,原告の供述を裏付けるような証拠はない。
オ 以上からすると,原告が,許可を得ずにオープンスペース以外において自販機調査を行ったために販売店からクレームを付けられたという不祥事は存在するし,その責任は原告にあることが認められるから,原告の主張ⅱについては理由がない。
なお,原告の主張ⅱについては,原告の不祥事によって自販機調査が中止になってはいるものの,それ以上に,原告が被告から責任を追及されたような事実も認められず,そもそも,原告が被告に責任を押し付けられたといえるのか疑問であるし,原告が何らかの具体的な不利益を受けているような事実も認められない。こうした点からしても,原告の主張ⅱは失当といわざるを得ない。
(5) 原告の主張ⅲについて
ア 原告は,自販機調査の中止後,ほとんど意味のある仕事を与えられず,その大半を手持ち無沙汰の状態で過ごさねばならず,仕事差別を受けていたと主張し,具体的には,テレビ宣伝とキャンペーン一覧表作成の仕事,新規開拓物件の一覧表作成の仕事,新聞の切抜きの仕事しか与えられなかったと主張する。
イ(ア) 上記(1)エのとおり,原告が再雇用期間中に所属していた東京支社a課は,東京支社管内の市乳部門全般の営業支援を行う部署である。
そして,原告の再雇用期間中における主たる担当業務は,企画立案業務であり,具体的には,東京支社管内の市乳事業に関する企画立案業務であった。なお,東京支社a課には,予算作成や実績の分析をするなどの定型業務もあるが,原告には,これらの業務は担当させずに,長年市乳事業に携わっていたこれまでの経験を生かし,市乳部門全般における様々な問題解決のための企画立案を行う業務が付与されていた(乙30,33,37)。
(イ) 企画立案業務の遂行に際しては,原告の裁量に委ねられ,特にノルマは課されていなかった。これは,原告に限ったことではなく,市乳部門では,課長や係長で定年退職した再雇用者に対しては同様の取扱いがなされていた(乙37,証人N,証人J)。原告が再雇用期間中に企画立案し,実行した業務としては,自販機調査と都市開発情報誌からの情報収集があった(乙30,33,37)。
自販機調査については,上記(4)のとおり,原告の不祥事が原因で,中止を余儀なくされた。
都市開発情報誌からの情報収集とは,営業部門が新規の自販機設置等の営業開拓を行うために,新たに建設されるビルや商業施設に関する情報を都市開発情報誌から収集し,一覧化して営業部門に提供するというものである(乙37)。
(ウ) 原告は,企画立案業務のほかに,「本社市乳部門が実施する諸施策の取りまとめ業務」(以下「一覧化業務」という。)及び「新聞記事のスクラップ業務」(以下「スクラップ業務」という。)を行っていた(乙30,33,37)。
a 一覧化業務とは,被告の本社が,事業所に対して,販売促進のための諸施策の主旨に則った営業活動を行うよう様々な指示を出しており,かかる指示は,イントラネット上のシステムで発信される文書(「公文」もしくは「業務連絡」という。)で行われていたところ,東京支社a課は,本社から指示される内容について,業務遂行上,原告を含め課員全員がその全てを把握しておく必要があったが,本社からの指示は複数の公文で指示されていたため,抜け洩れのないように一覧化しておく業務である。
原告が作成した成果物は共有サーバーに保存され,東京支社a課員であれば誰でも閲覧することが可能であった。J課長は原告も参加する課内のミーティングの場において他のa課員に対し原告が作成した成果物を閲覧し,本社の指示内容の把握に努めるよう指示していた。原告が行っていた一覧化業務は大いに意義があるものとして活用されていた。
(乙30,33,証人J)
b スクラップ業務は,もともと,原告の上司であるK課長が行っていたが,平成22年12月8日,原告とK課長が業務面談をし,原告が行うことになった。スクラップ業務に関して,K課長が原告に指示した事項は,日本経済新聞及び日経MJ新聞の二誌に掲載されている乳業関連や被告の営業活動にかかわるような記事を切り抜き,スクラップブックに貼り付けるものである。原告が作成したスクラップブックは,a課の課員であれば誰でも閲覧できる場所に配置されており,情報把握のためにK課長を含む課員に大いに活用されていた。なお,スクラップ業務は,退職するまで原告が行っており,原告が退職後は,K課長(平成24年2月29日に定年退職し,同年3月1日より参与として再雇用となっている。)が引き継いでいる。
(乙30,37)
ウ 東京支社a課における原告の再雇用期間中の業務内容は,企画立案業務であり,具体的には,原告の経験を生かした独自の問題意識に基づいて,独力で様々な問題解決のための企画立案をする業務である。そして,原告はかかる問題意識に基づく業務として,自販機調査を開始したものの,不祥事により,中止せざるを得なくなったのは上記(4)のとおりであり,被告が自販機調査の中止を決定したこと自体は,やむを得ないものといえる。そうすると,原告は,本来であれば,新たな企画立案をするべきであって,上記第2の1(1)ア(ア)のとおり原告が定年退職した当時の職位が管理企画職2級で企画立案を独力で処理しうる能力を有するという職能資格等級を有していたことに照らせば,能力を超えたことを要求しているものとはいい難い。なお,実際,原告は,都市開発情報誌からの情報収集という方策を企画立案し,それを実行に移している。
以上からすると,原告は,自販機調査中止後,業務が与えられなかったと主張しているが,本来原告に期待されている業務が自ら企画立案するもので,他から与えられる性質の業務ではないことからすると,仮に,原告がなすべき業務がなく手持ち無沙汰の状態にあったとするならば,原告が中止された自販機調査の再開にこだわり積極的に他の企画立案を行わなかったことが原因である。実際,原告が企画立案した業務(都市開発情報誌からの情報収集)は実施されているように,被告において原告の企画立案を無視していたような事情も見当たらない。
エ また,上記イ(ウ)のとおり,原告には,本来の業務である企画立案業務以外にも無意味とは言えない一定の業務(一覧化業務,スクラップ業務)が与えられているところである。
さらにいえば,原告に仕事が与えられていなかったとすれば,具体的に東京支社a課の通常業務等の仕事を割り振るよう要求するのが通常と思われるが,原告は上司であるJ課長,K課長との業務面談の際,東京支社a課の通常業務の分担を求めたような事実も証拠上認められない(乙30,37)。
オ 以上からすると,原告の主張ⅲについては,かかる事実を認めるに足りる証拠はなく,理由がない。
(6) 原告の主張ⅳについて
ア 原告は,被告が原告の行動を監視し,部外者との接触を禁じ,同期の同僚以外の従業員に原告と口をきかせない職場八分の状態にしていたと主張する。
イ まず,4月1日当時,東京支社a課は,J課長以下,原告を含めて8名ほどいた。席の配置は,上席側に課長,参与(課長以上の管理職が定年退職した後に再雇用された者の名称),次に係長と原告の席があり,その次に課員の席が配置されていた。
また,原告には,企画立案業務に必要なソフトウェアが備えられたパソコンが貸与されており,情報収集のためイントラネットやインターネットにも接続でき,業務上必要な社内情報(MVシステムなど)にもアクセスする権限を付与されていたことに加え,固定電話以外にも携帯電話が付与されていた。
さらに,原告は,東京支社a課の定例ミーティングにも参加するとともに,同課で開催する,歓送迎会,忘年会,決起集会,個人的なお祝いの会などといった業務外での交流行事の際にも,幹事である同僚は,原告を含む全課員に対しイベントの案内をし,出欠の確認をとっていた。
(乙23,34)
ウ 上記イのとおり,再雇用期間中における原告の執務環境については,特に差別が行われていたとか,職場八分の状態に置かれていたと認めるに足りる証拠はない。なお,原告は,被告が原告の行動を監視し,部外者との接触を禁じ,同期の同僚以外の従業員に原告と口をきかせない職場八分の状態にしていたと主張し,その旨述べるが(甲21),原告の陳述書で名指しされているO,P,K課長は,いずれも原告が述べるような事実はないと否定しているところであり(乙34,36,37),原告の供述を認めるに足りる客観的な証拠はない。
以上からすると,原告の主張ⅳについても,これを認めるに足りる証拠はなく,理由がない。
(7) まとめ
以上のとおり,争点(2)については,被告が別件訴訟を起こしたり組合に加入していた原告を嫌悪していたかどうかを判断するまでもなく,そもそも,原告の主張ⅰないし原告の主張ⅳは,いずれもこれを認めるに足りる証拠はなく,理由がないことからすれば,被告に不法行為責任は認められない。
3 まとめ
以上からすると,被告については,上記1のとおり本件企業年金の説明について説明不足等を理由とする債務不履行責任は認められないし,上記2のとおり別件訴訟を嫌悪して,原告に対し仕事差別等を行う等したとの不法行為責任の成立も認められず,争点(3)の損害について判断するまでもなく,本件について原告の請求には理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判官 内藤寿彦)
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