「営業支援」に関する裁判例(77)平成24年 2月27日 東京地裁 平21(ワ)41449号 地位確認等請求事件

「営業支援」に関する裁判例(77)平成24年 2月27日 東京地裁 平21(ワ)41449号 地位確認等請求事件

裁判年月日  平成24年 2月27日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平21(ワ)41449号
事件名  地位確認等請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2012WLJPCA02278012

要旨
◆被告において主にITコンサルタント業務に従事していた原告が、総務部への配転命令の拒否等を理由に解雇されたことを不服として、雇用契約上の地位確認等を求めた事案において、使用者の配転命令権を定める就業規則が適法に周知されていること、解雇回避を目的とした本件配転命令について権利濫用に該当する事情が認められないことなどから、本件配転命令は適法であると判断した上で、解雇に至る過程を考慮しても、被告による本件解雇が、客観的合理性を欠き社会通念上相当でないとはいえず、権利濫用にあたるとは認められないなどとして、各請求をいずれも棄却した事件

参照条文
労働契約法7条
労働契約法16条

裁判年月日  平成24年 2月27日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平21(ワ)41449号
事件名  地位確認等請求事件
裁判結果  請求棄却  文献番号  2012WLJPCA02278012

東京都文京区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 中嶋乃扶子
横浜市〈以下省略〉
被告 Y株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 飯田雄大

 

 

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。
2  訴訟費用は原告の負担とする。

 

事実及び理由

第1  請求
1  原告が被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2  被告は,原告に対し,92万0860円並びに内金46万0430円に対する平成21年9月26日から及び内金46万0430円に対する同年10月26日から各支払ずみまで年6%の割合による金員を支払え。
3  被告は,原告に対し,平成21年11月から本判決確定の日まで,毎月25日限り月46万0430円ずつ及び各金員に対する各当月26日から支払ずみまで年6%の割合による金員を支払え。
4  被告は,原告に対し,39万4650円及びこれに対する平成21年8月26日から支払ずみまで年6%の割合による金員を支払え。
5  被告は,原告に対し,200万円及びこれに対する平成21年7月31日から支払ずみまで年5%の割合による金員を支払え。
第2  事案の概要
本件は,被告の従業員の原告が,被告から受けた平成21年7月31日に同年8月31日をもって解雇するとの意思表示(以下「本件解雇」という。)が無効であると主張して,雇用契約上の地位確認(請求1),雇用契約に基づく未払給与(請求2,3),未払賞与(請求4)を請求するとともに,被告によって受けた不当な退職勧奨及び違法な本件解雇を原因とする不法行為に基づく損害賠償(請求5)と各遅延損害金を請求している事案である。
1  争いのない事実
(1)被告は,IT及びコンピューターソフトウェアに関するコンサルティングサービスの提供,コンピューターシステムの分析,設計に関するコンサルティングサービスの提供等を目的とする株式会社である。
(2)原告は,平成19年6月25日,被告との間で,基本給526万2000円(年俸,これを12等分した額を毎月25日払い)との約定で,期間の定めのない雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し,同年7月1日から就労した。上記基本給は,平成20年7月から552万5100円になった。
(3)原告は,本件雇用契約に基づき,次の各場所で,勤務した。
ア 平成19年7月1日~同月5日 被告本社
イ 平成19年7月6日~同年8月31日 a株式会社(以下「a社」という。)
ウ 平成19年9月3日~平成20年2月29日 b社(以下「b社」という。)
エ 平成20年3月4日~同年7月25日 c社(以下「c社」という。)
オ 平成20年7月28日以降 被告本社(ベンチ)
この間,同年9月初めにd株式会社(以下「d社」という。)の,同年10月にe合同会社(以下「e社」という。)の,同月中にf社(以下「f社」という。)の,平成21年1月にg株式会社(以下「g社」という。)の各面接を受けたが,いずれも不採用になった。
(4)平成21年5月21日,被告人事部長Bは,原告に対し,管理部への配転が決定されたことを伝える文書を交付した。原告は,同月26日,被告の申し出を拒否することを通知した。同年6月8日,B人事部長は,原告に対し,電子メールにより,退職勧奨を行い,この電子メール受領から2日以内に被告に退職届を提出したら,基本給2か月分を支払うという提示を行ったが,原告は,これに回答しなかった。
同年7月15日と同月17日,被告人事部員のCと原告は,会合を行い,Cは,原告に対し,総務職補助業務への配置転換を受け入れるように説得を試みたが,原告は,これを拒否した。Cは,退職勧奨も配置転換も受け入れないことになると,普通解雇になる可能性があることを示唆した。
(5)被告は,原告に対し,平成21年7月21日付けで総務部への異動を命じる辞令を手渡し,配置転換をする旨命令した(以下「本件配転命令」という。)。原告は,同日,Cに対し,本件配転命令に応じることはないことを告げた。
被告は,原告に対し,同月24日,本件配転命令に服さなかったとして,文書による譴責処分(以下「本件譴責処分」という。)を行った。
その上で,被告は,原告に対し,同月31日,本件解雇をした。
2  争点及び当事者の主張
(1)本件配転命令の有効性(争点(1))
(被告の主張)
ア 被告の就業規則7条は,業務上の必要がある場合は,従業員に対し転勤,派遣,職場・職務の変更,出向,転籍等の異動を命じることができる旨規定している。この就業規則は,入社時にそのコピーを原告に交付していたし,イントラネットで原告を含めた従業員が周知する状態にあった。
イ 本件雇用契約は,職種を限定する契約ではなかった。原告が職種であると主張する「ITコンサルタント」という言葉は,被告社内では,IT分野で働く人一般を指すもので,職種と呼べるものではない。
ウ 原告は,被告に勤務し始めてから,約13か月はプロジェクトに参加していたものの,平成20年7月25日までc社のプロジェクトに従事したのを最後に,4社のプロジェクトの面接に受験したが,いずれも不合格であった。約10か月間,プロジェクトに参加しないで,ベンチにとどまるというのは,通常,あり得ないことである。この状況下で,退職勧奨にも同意しない原告に対して,被告は,年間約500万円以上の賃金を支払うのであるから,人材の活用のために,総務部への配置転換を行なう必要があった。
エ 被告では,過去にもシステム開発に従事していた従業員をシステム管理や人事部に配置転換した先例があり,本件配転命令は異例なものではない。勤務先にも大きな変動はないし,給与も変更はなく,不利益な点はない。本件配転命令は,約10か月間の間,ベンチにいた原告に対する人材の有効活用と解雇回避のためのもので,不当な動機,目的もない。被告は,原告に対して,平成21年2月~同年7月の間,数回にわたり配置転換を提案し,協議を続けたのであり,手続的にも問題はない。
(原告の主張)
ア 本件解雇の前提となる本件配転命令は無効である。被告は,原告入社時に人事課員の手落ちにより,就業規則のコピーを原告に交付していないし,社内イントラネットを利用するためのアクセスカードを交付しなかったから,原告は閲覧できない状況にあった。したがって,使用者の配置転換権の根拠となる被告の就業規則は,原告を拘束しない。
イ 本件雇用契約は,「ITコンサルタント」に職種を限定した労働契約であるから,総務部への本件配転命令は,契約の趣旨に違背するものである。
ウ 原告は,IT技術者として高い能力を有しており,a社,b社及びc社という顧客のコンサルティング業務では,何ら問題なく稼働していた。約10か月間ベンチにいた際に,4社の面接で採用されなかったことは確かであるが,これらは,いずれも原告の有するスキルには該当しないプロジェクトの面接であり,原告のスキルを考慮しないでこれらの面接を受けさせたのは,被告の営業サイドの問題である。
(2)本件解雇の権利濫用該当性,解雇及び退職勧奨の不法行為該当性(争点(2))
(原告の主張)
ア 本件配転命令は無効であり,それに反するとして本件譴責処分を行い,それに引き続く本件解雇は,解雇権濫用に該当し,無効である。
イ 原告は,被告の顧客3社とのプロジェクトのコンサルティング業務で,何ら問題なく業務をこなしていたし,約10か月間ベンチにいたのも,原告に問題があるわけではなく,原告の能力不足の根拠にはならない。
したがって,能力不足を理由とする解雇は,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当と認めることのできないものであって,無効である。
ウ 上記のとおり,原告のIT技術者としての能力には,何ら欠けるところはないのに,被告が原告に対して,退職勧奨を行い,さらに,無効な本件解雇をしたのは不法行為に該当する。原告は,これらの不法行為によって,多大な精神的苦痛を受け,それに対する慰謝料額は,200万円を下らない。
(被告の主張)
ア 本件配転命令は適法であり,原告は,それを正当な理由なく拒否したばかりか,本件譴責処分を受けて翻意の機会を与えられながら,なお業務命令に従わなかったのだから,本件解雇が,権利濫用に該当することはない。
イ 原告は,a社でのプロジェクトで,IT技術者としてのコミュニケーション能力に問題があると指摘され,勤怠管理に関して問題を起こした。さらに,同僚との間での不和もあって,原告自身が被告に対して,a社のプロジェクトから外すことを求めることまであった。
原告は,平成20年7月28日~平成21年7月21日(本件配転命令時)の間,ベンチで次の就業先の待機期間中,合計4社の顧客の面接を受けたが,面接の態度に熱意が感じられない,コミュニケーション能力が低い,日本語能力が低いという理由で,採用されなかった。
以上のように,原告は,IT技術者としての能力が低いことから,原告に対する本件解雇が,権利濫用に該当することはない。
ウ 原告が10か月間もの間,ベンチで待機していたことから,被告には善後策を講じる必要があり,退職勧奨と配置転換を検討していた。そのため,被告は,原告に対して退職勧奨を行なったのであり,退職勧奨自体が違法にはならないし,原告は,これを拒否できていることからしても,その方法等も含めて何ら違法性は存しない。また,上記のとおり,本件解雇は適法だから,本件解雇が不法行為に該当することはない。
(3)賞与の権利性(争点(3))
(原告の主張)
本件雇用契約の契約書,被告作成の文書には,年額39万4650円の賞与が最低保障として支給されることが記載されており,本件解雇が無効である場合に被告が原告に対して支払うべき賃金に,上記の賞与も含まれる。
(被告の主張)
本件雇用契約の契約書の賞与の最低保障がされるのは,入社1年目に限られ,2年目以降は,勤務成績に応じて支給の有無が決せられるから,被告には,賞与を支払う法的義務は認められない。
第3  当裁判所の判断
1  認定事実
前記争いのない事実に加えて,証拠(甲1,5,17,18,40,乙1,8~11,13,26,27,30,36,証人D,同E,同C,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認定することができ,この認定事実の限度では,反対証拠は存しない。
(1)被告の就業規則7条は,「会社は業務上必要がある場合は,従業員に対し転勤,派遣,職場・職務の変更,出向,転籍等の異動を命ずることがある。」と規定している。就業規則は,原則として入社時に従業員に交付され,日本版及び英語版が,被告社内のイントラネットで閲覧可能な状態になっている。本件雇用契約の契約書には,上記の被告の権限を制限する趣旨の規定は存しない。また,本件雇用契約の契約書及び採用通知書には,原告がITコンサルタント(ASE)としての職能で採用された趣旨の記載がある。原告は,被告に採用された当時,職種限定契約という概念に関する知識がなかった。
(2)原告は,台湾出身であり,国立交通大学電子工学大学院修了,財団法人jで稼働した後,シドニー大学でソフトウェア・エンジニアリングを専攻して修了後,平成18年11月に日本人の配偶者等在留資格を取得して来日し,平成19年2月~6月の間,日本の会社2社で,プログラマ,システム・エンジニアとして就職した後,同年7月,被告に就職した。
原告作成の職務経歴書によれば,母国語の中国語の他,日本語は日本語能力試験2級合格,英語は堪能であるとしている。また,自信のあるプログラミング言語として,Java,C,C++,Tc/Tkを挙げている。
(3)被告の業務は,クライアントとなる企業のIT及びコンピューターソフトウェアに対するコンサルティングサービスの提供,コンピューターシステムの分析・設計に関するコンサルティングサービスの提供を目的としており,原告のようなIT技術者は,被告が業務委託契約を締結した顧客のもとで,IT関係のコンサルティング業務を行なうことが,被告の業務の中心である。このような被告の業務に従事するIT技術者は,顧客との間で信頼関係を構築し,当該顧客との間で,年単位のプロジェクトに配置される場合も多い。
被告社内では,IT業界又はIT業務の経験者は,「ITコンサルタント」という呼称で入社しており,自らもITコンサルタントである原告入社当時の被告人事総務部長のEは,人事,経理担当者を「専門職」と呼んでいる。
(4)原告が被告に入社後,ベンチに待機するまでの約13か月の間に担当したプロジェクトは,a社が2か月足らず,b社が6か月足らず,c社が5か月足らずであった。
原告が,a社のプロジェクトに参加していた際の平成19年7月23日付けで,被告の営業職であるFに対し,このプロジェクトでの勤怠管理の問題と,同僚であるGとの折り合いが悪いことから,a社の関係者,原告及び被告のために,このプロジェクトから外して欲しい旨のメールを出しており,同年8月7日付けの休暇を取ることを求めた電子メールでは,a社のプロジェクトで1日でも働きたくないから,休暇が取れるかを相談しており,Eからは,プロジェクトが終わる同月31日まで我慢するように言われたので,我慢していると記載されている。
b社で原告が担当していたMYCAプロジェクトは,平成20年2月29日までに終了し,同年3月以降に,b社で始まった別のプロジェクトについては,被告の別の従業員が担当した。
c社のプロジェクトは,同年2月1日に始まったプロジェクトで,原告は,同年3月4日(上記プロジェクトの作業期間途中)~同年7月25日の間上記プロジェクトに参加した。原告が関与していた複数のプロジェクトのうち,その1つが終了し,その他のc社と被告との業務委託契約は,原告の能力不足が原因ではなく,その時のビジネスの状況によってキャンセル又は一時停止ということになった。
(5)原告は,平成20年7月28日から,被告の横浜本社で,次の顧客に採用されるまで待機した。その後,原告は,顧客であるd社(同年9月面接),e社(同年10月面接),f社(同年10月面接),g社(平成21年1月面接)との間で,面接を受ける等したが,いずれにも採用されなかった。
d社のプロジェクトは,原告が有する知識・スキルでは対応できないものであったが,d社は,原告にやる気があればトレーニングを施すことを予定していた。被告のシニアビジネス開発マネージャーのHは,原告と2回面談してやる気があるかを確認した上で原告に面接を受けさせたが,原告は,やる気を全く見せなかったことから,d社の担当者は,原告について,日本語の能力が低く暗いという評価をし,不採用となった。原告は,d社の仕事について,正直に言ってやる気がなかったと供述している。
e社のプロジェクトは,原告が得意とするJavaの知識の他,EDI(原告はEAIであると供述している。)の知識も必要とした。被告は,1か月のトレーニングを経ることで,原告が,顧客の要求に対応することを期待していたが,原告は,EDIのスキルの勉強をしておらず,EDIのスキルがないことと,顧客の要求を理解するための高いコミュニケーション能力が必要であるのに,言語能力が低いことを理由として不採用となった。
f社の案件は,原告が有するスキルで十分に対応可能であり,原告自身も採用されると考えていたが,コミュニケーション能力と日本語能力が不十分であるという理由で不採用となった。このときに応募した被告の従業員のうち,ミャンマー人,韓国人,中国人,日本人の4名は採用され,原告が不採用となった欠員についても,被告の別の従業員が採用された。
g社のプロジェクトは,EAIのスキルが必要な仕事であり,原告は,これを習得した。結局,g社は原告を採用しなかったが,その理由は,日本語能力が低いことが理由であった。原告は,自分が残業しそうにないことが不採用の理由なのではないかと理解していたが,抗議をすると自分が不利になると考えて抗議をしなかった。
(6)原告は,平成20年7月28日から,本件配転命令を受ける平成21年7月21日までの間,被告の横浜本社で,次の仕事のアサインが得られるまでベンチで待機していた。その間,h株式会社ないしi株式会社との会議に被告のIとともに5回ほど参加して,英語しか理解できないIの補助的な仕事をしたり,被告の従業員からの依頼を受けて,被告の人事規定の翻訳,営業支援,翻訳支援,ホームページ作成支援等の業務を行なっていたが,それ以外は,本を読んだりパソコンを見る等して過ごしていた。
被告は,営業が準備するプロジェクトへの不採用が続いたことから,同年2月,原告に対して,被告のインドでの勤務を打診したが,原告はこれを断った。
(7)平成21年5月21日以降の被告による退職勧奨から本件解雇の経緯については,上記争いのない事実のとおりである。
2  本件配転命令の有効性(争点(1))について
(1)就業規則の周知性
上記認定事実によれば,被告の就業規則7条には,使用者である被告に,その従業員の職務内容を決定して配転命令をする権限を認める規定が存し,この就業規則は,従業員が入社した際に写しが交付されるほか,社内のイントラネットで閲覧可能な状況にある。この点について,原告は,少なくとも就職した時点には就業規則の内容を認識していなかったと主張する。使用者が就業規則を労働者に周知させていた場合には,当該就業規則による労働条件は,当該事業場における労働者を拘束する(労働契約法7条)が,ここでいう「周知」とは,実質的に見て事業場の労働者集団に対して知り得る状況に置けば十分なのであり,個々の労働者が,採用の際に,実際に就業規則の内容を認識している必要はない。そうすると,上述の事実関係によれば,就業規則の周知性の要件は満たしていることになる。原告は,被告の人事部員の手落ちにより,就業規則の配布を受けそびれたし,イントラネットの閲覧に必要なカードがないために閲覧できなかったと主張するが,この主張の不自然さを措くとしても,いずれにしても上記判断を覆すことはない。
(2)職種限定契約の主張について
上記認定事実によれば,原告は,被告において,IT技術者として,被告の顧客のもとで,コンサルティング業務を行なうことを予定して採用されたことは明らかである。しかし,「職種限定契約」というのは,使用者の人事権なり配転命令権に基づいて,当該職種以外の職種の業務に従事させたら,契約違反になるという法律効果を生じさせるという概念なのであり,上記認定事実によれば,原告は,被告に採用された当時,この概念を知らなかったのであるから,その一事をもってしても,本件雇用契約上,上記の意味における職種限定契約が締結されたとは解し難いと言わざるを得ない。原告は,本件雇用契約の契約書及び採用通知書に「ITコンサルタント」として雇用されることが記載されていることを職種限定契約の趣旨である旨の主張をするが,上記の各書面には,上述の意味の職種限定契約の合意を窺わせる記載がないし,そもそも「ITコンサルタント」という用語に,例えば国家資格のような,明確な意味を有する概念があるわけではない。むしろ,上記認定事実のとおり,被告社内では,従業員がITコンサルタントと呼称されるのは,ごく一般的なことであって,人事総務部長のEが,人事,経理担当者を「専門職」と呼称していることは,それだけ被告社内では,ITコンサルタントは専門職ではなく,そのように呼称されることがごく一般的なことであることを端的に表しているといわなければならないのであり,職種限定契約に関する上記原告の主張を採用する余地はないと言わざるを得ない。
(3)本件配転命令の権利濫用該当性について
本件配転命令の権利濫用該当性の有無を検討するには,原告が,本件配転命令を受けるまでの在職約2年1か月のうち,IT技術者として被告の顧客に採用されてコンサルティング業務に従事していたのは稼働当初の1年1か月間で,平成20年7月28日~平成21年7月21日(本件配転命令時)の約1年間,少なくとも最初に配転を強く打診されるまでの約10か月間,ベンチと称される待機のポストにいたことをどのように評価するかという点につきる。
上記認定事実のとおり,被告は,自社のIT技術者が顧客に採用され,顧客のもとでITに関するコンサルティング業務を行なうことが,その事業の中心であり,その要員であるIT技術者が,待機のために長期間ベンチにいるのは,本来の姿ではないことは,自明の理であるといわなければならない。前記証人Eが,ベンチにいる間のIT技術者は,顧客に採用されるように,自らのスキルを磨くのが通常であって,10か月もの間,ベンチにいることは異例なことであると証言するのは,上記の事情に照らして,自然な証言であるといわなければならない。前記争いのない事実及び上記認定事実によれば,原告は,年俸552万5100円の給与の支払を受ける立場で,被告の主要な事業に貢献することなく10か月間を待機のポストにいて,時折被告の従業員から依頼される営業支援,翻訳支援,ホームページ作成支援等の業務を行なうのみであったこと,その間,4社の顧客からの面接を受けたものの,意欲が感じられないとか,日本語能力が低い等の理由によって,いずれも不採用となったこと,原告が,自ら得意とするプログラミング言語の領域では有能なIT技術者であるにしても,顧客の需要に沿ったコンサルティングのサービスを提供しなければ,被告の業態に対応できないにもかかわらず,上記の面接を受けていた間の原告の態度には,顧客に採用されるための積極的姿勢が感じられない(原告は,長期間,ベンチに待機していたのは,被告の営業の問題であると主張していること自体が,むしろ,上記のような原告の姿勢を窺わせるものである。)ことが認められるところである。
以上の事情に照らせば,被告としては,長期間,ベンチで待機して高給を得る原告に対して,善後策を検討するのは,ごく自然なことであり,原告の解雇を回避して雇用を確保するという観点から,総務部への異動を検討することもまた,十分に考えられることであるといわなければならない。そうすると,本件配転命令には,業務上の必要性が認められるところであるし,不当な動機・目的に出たものと評価する余地はない。また,本件配転命令には,原告の給与や勤務先について,特に不利益な点は認められないし,従事することが予定される業務の内容も,原告がベンチに待機していた際に時折依頼されていた業務と比較して,特に不利益なものであることを窺わせる事情は存しない。
以上の検討によれば,本件配転命令には,権利濫用に該当する事情を認めるだけの根拠は存しないという結論になる。
(4)結論
以上のとおり,被告は,原告に対して,本件雇用契約に基づいて,適法に本件配転命令をしたものということができる。
3  本件解雇の適法性,解雇及び退職勧奨の不法行為該当性(争点(2))について
上記判断のとおり,本件配転命令は適法なものであることを前提とすれば,上記争いのない事実のとおり,被告が,長期間ベンチで待機したままである原告に対し,退職勧奨ないし総務部への異動の可能性を打診し,その間,配置転換を拒否したら解雇される可能性があることを警告しているという状況下で,原告は,適法な本件配転命令を拒否し,業務命令違反に対する本件譴責処分を受けて翻意の機会を与えられながら,本件配転命令を拒否していたのであるから,解雇に至る過程を考慮しても,被告による本件解雇が,客観的に合理的な理由を欠くとも,社会通念上相当であると認められないとも評価できないのであり,権利濫用に該当すると認めることはできない。そうすると,その余の点を判断するまでもなく,本件解雇の無効を前提とする原告の各請求には,いずれも理由がないことになる。
また,原告に対して退職勧奨をしたことは,上述のとおり,長期間にわたりベンチに待機していた原告に対する善後策の一環として,相当なものであるということができるし,退職勧奨の方法等に,特に違法性を認めるだけの事情があったとする根拠は存しないから,被告による退職勧奨が不法行為を構成するとは認められない。また,本件解雇は,上記判断のとおり適法であるから,これについても,不法行為該当性は認められないことになる。
第4  結論
以上によれば,原告の請求には,いずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判官 渡邉弘)

 

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