「営業ノルマ」に関する裁判例(10)平成26年 8月29日 千葉地裁松戸支部 平23(ワ)2号 損害賠償請求事件
「営業ノルマ」に関する裁判例(10)平成26年 8月29日 千葉地裁松戸支部 平23(ワ)2号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成26年 8月29日 裁判所名 千葉地裁松戸支部 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)2号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却 上訴等 控訴(控訴後和解) 文献番号 2014WLJPCA08296012
要旨
◆被告の営業所長Cの長男である原告が、Cは長時間かつ過重な業務を原因とする急性心筋梗塞により死亡したから被告には安全配慮義務違反があるとして、損害賠償を求めた事案において、本件ではCの本件業務と死亡との間に因果関係が認められ、Cの業務内容を把握するなどしていた被告はCの業務負担軽減措置を講じるべき安全配慮義務を怠ったといえるものの、Cの死亡にはCのブルガタ型症候群による不整脈が素因として寄与しており、また、Cは業務軽減措置を求めることができた立場にいたとして、素因減額及び過失相殺として2割の減責をした上、遺族補償年金給付はCの逸失利益全般の元本との間で損益相殺的調整を行うべきで、性質を異にする同元本に対する遅延損害金との間で調整するのは相当でないなどとして損害額を算定し、請求を一部認容した事例
出典
労判 1113号32頁
参照条文
民法415条
民法418条
労働基準法41条2号
労働者災害補償保険法12条の8第1項4号
労働者災害補償保険法16条
裁判年月日 平成26年 8月29日 裁判所名 千葉地裁松戸支部 裁判区分 判決
事件番号 平23(ワ)2号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却 上訴等 控訴(控訴後和解) 文献番号 2014WLJPCA08296012
原告 X
同法定代理人未成年後見人 A
同訴訟代理人弁護士 小川英郎
同 佐久間大輔
被告 Y株式会社
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 高坂敬三
同 夏住要一郎
同 間石成人
同 森恵一
同 鳥山半六
同 田辺陽一
同 高坂佳郁子
同 鈴木蔵人
同 西本良輔
同 中尾佳永
同 深坂俊司
同 長谷川葵
主文
1 被告は、原告に対し、3605万8913円及びこれに対する平成20年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その4を原告の、その余を被告の各負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、6123万7179円及びこれに対する平成20年11月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は、被告のa部b営業所長であったC(以下「C」という。)の相続人(長男)である原告が、Cが死亡したのは、被告における長時間かつ過重な業務が原因であり、被告には安全配慮義務違反があったと主張して、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、損害金合計8318万6222円の一部6123万7179円及びこれに対する原告がその支払を請求した日の翌日である平成20年11月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(証拠〈省略〉を掲記しない事実は争いがない。)
(1) 当事者等
ア 原告は、C(昭和36年○月○日生、平成17年6月26日死亡、死亡当時44歳)の長男である。
イ 被告は、大阪と東京に本社を置き、c株式会社の完全子会社であり、同じくc株式会社の完全子会社であるd株式会社が製造する超硬工具製品、工具周辺機器などを販売する総合工具専門商社である。同社の平成21年3月時点の従業員数は164名である。
(2) Cの所属部署及びその業務内容等の概要
ア Cは、昭和59年4月2日に被告に入社し、以後次のとおり業務に従事し、主として、営業部門を担当していた。
昭和59年4月~平成2年7月 e事務所f課
平成2年7月~平成6年12月 e事務所第一販売部(主任)
平成7年1月~平成8年6月 g営業部第二販売課(主事)
平成8年7月~平成13年3月 g営業部北関東営業所(主事)
平成13年4月~平成13年9月 a部第二販売課郡山営業所(営業所長代理)
平成13年10月~平成13年11月 a部第二販売課郡山営業所(営業所長)
平成13年12月 a部第二販売課(参事)
平成14年1月~平成15年8月 株式会社h(出向)
平成15年9月~平成17年6月 a部b営業所(営業所長)
イ 被告は、大阪本社、東京本社以外に全国12か所に営業所を設けており、そのうちの1か所であるa部b営業所(以下「b営業所」という。)は、平成16年9月以降従業員数が正社員4名、派遣社員2名の計6名(Cを含む。)であり、担当エリアが群馬、長野、新潟、埼玉(北部)、茨城(一部)及び栃木(一部)であった。b営業所は、問屋、販売店、最終消費者(町工場から大手企業までいる。)を相手として、超硬工具やダイヤ工具を販売する営業活動及び販売後のサポートをしていた。(証拠〈省略〉)
ウ Cは、死亡当時、b営業所の所長をしていたところ、その業務内容は、概要、部下社員の営業支援、社内会議の出席、社内会議の資料作成、帳簿類等の決裁などであった。(証拠・人証〈省略〉)
Cは、千葉県i市内に所在する自宅から群馬県j市内に所在するb営業所まで在来線(k駅~大宮)及び新幹線(大宮~l駅)を利用して通勤しており、その通勤時間は、計算上約1時間45分であった。(証拠〈省略〉)
エ 被告における所定就業時間は午前8時50分から午後5時35分まで、そのうち休憩時間は午後0時から午後0時50分までの50分間であり、所定労働時間は、7時間55分である。
休日は、日曜日、土曜日、国民の祝日、年末年始(12月30日~1月3日)、夏季休暇(8月14日~8月16日)であるが、業務の都合により、休日を振り替えることがある。(証拠〈省略〉)
b営業所では、従業員の労働時間管理は、従業員が勤務状況表(証拠〈省略〉)に記載することにより行われていたが、この勤務状況表には出社及び退社の時刻は記入されていない。(人証〈省略〉)
b営業所における施錠管理については、同営業所の所在する建物の1階にある守衛室の集中キーボックスにセキュリティーカードを通して同ボックス内から同営業所の鍵を取り出し、その鍵で同営業所を開錠し、また、施錠する際は、その鍵で施錠後に、上記集中キーボックスに同カードを通して鍵を収める方法によっており、同カードを通すことによって、警備システムが開始ないし終了することになっていた。そして、その開錠、施錠については、基本的には、同営業所にその日最初に出社した者が開錠し、最後に退社する者が施錠を行っていた。(証拠〈省略〉)
(3) Cの死亡
Cは、日曜日である平成17年6月26日、趣味の和太鼓の練習中に倒れ、急性心筋梗塞により死亡した。
(4) Cの労災認定及び労災給付等の支払状況
ア Cの労災認定
高崎労働基準監督署長は、平成20年4月4日付けで、Cの死亡原因である急性心筋梗塞が業務に起因する疾病である旨の認定を行った。
イ 労災給付等の支払状況
(ア) 労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金(以下「労災遺族補償年金」という。)
平成20年6月13日 763万2975円
平成20年8月~平成22年8月の偶数月の各15日(ただし、平成21年2月及び平成22年8月は13日、平成21年8月は14日) 各43万6170円
平成22年10月~平成23年8月の偶数月の各15日 各42万7460円
平成23年10月~平成24年8月の偶数月の各15日(ただし、平成23年10月は14日、平成24年4月は13日) 各43万1828円
平成24年10月~平成25年4月の偶数月の各15日(ただし、平成24年12月は14日) 各42万7460円
合計2016万8753円(証拠〈省略〉)
(イ) 同法に基づく葬祭料
平成20年4月15日頃 97万6500円(証拠〈省略〉)
(ウ) 被告による労災上積み補償 2400万円
(エ) 合計 4514万5253円
(5) 原告の被告に対する催告
原告は、被告に対し、平成20年11月13日に被告に到達の内容証明郵便により、本件損害賠償金の支払をするよう催告した。(弁論の全趣旨)
3 本件における争点
(1) Cの業務と死亡との間の因果関係の有無
(2) 被告の労務管理上の安全配慮義務違反の有無
(3) 過失相殺等による賠償額の減額の有無及びその程度
(4) 損害の有無及びその程度
4 争点に対する当事者の主張
(1) 争点(1)(Cの業務と死亡との間の因果関係)について
【原告の主張】
ア Cの労働時間
Cは、長時間労働に就労しており、次の(ア)~(カ)を前提にすると、時間外労働時間数(1日8時間の法定労働時間を超える残業の時間数)は、平成17年6月26日に死亡する以前の1年間でみると以下のとおりである。
発症1月前(平成17年5月27日~6月25日) 104時間48分
発症2月前(同年4月27日~5月26日) 104時間59分
発症3月前(同年3月28日~4月26日) 160時間53分
発症4月前(同年2月26日~3月27日) 124時間38分
発症5月前(同年1月27日~2月25日) 131時間8分
発症6月前(平成16年12月27日~平成17年1月26日) 98時間55分
発症7月前(平成16年11月28日~12月26日) 117時間9分
発症8月前(同年10月29日~11月27日) 124時間43分
発症9月前(同年9月29日~10月28日) 107時間34分
発症10月前(同年8月30日~9月28日) 82時間43分
発症11月前(同年7月31日~8月29日) 57時間52分
発症12月前(同年7月1日~同月30日) 136時間53分
すなわち、Cは、平日にb営業所において内勤する際は終電の時刻まで残業し、深夜に帰宅した後もノートパソコンで作業をしていたのであり、また、土日、祝日も出勤したこともあり、月当たりの時間外労働時間は100時間を超えることが多かった。Cの長時間労働は、脳・心臓疾患の発症との関連性が高まるとされる1日の労働時間が11時間超、1日の法定外労働時間が3時間超という医学知見を優に上回るものであり、脳・心臓疾患労災認定基準をも上回るものであった。
(ア) 出勤時刻
a 平日の出勤時刻
Cは、午前6時前に自宅を出て、徒歩で自宅の最寄り駅であるJR・k駅に向かい、同駅から在来線及び新幹線を利用してb営業所の最寄り駅であるJR・l駅まで行き、同駅から徒歩でb営業所に通勤していたところ、JR・k駅からJR・l駅までの所要時間は1時間30分から40分であるから、Cは、午前8時15分までには同営業所に到着していた。
b 自宅から東京本社に直行した日の出勤時刻
Cは、東京本社に直行するときは、l駅へ行くときよりも1時間から1時間半程度遅く自宅を出て、所定始業時刻の午前8時50分までに東京本社に到着していた。
c 出張の日の出勤時刻
Cが、用務先に直行した日及び出張先で宿泊した日の翌日は、所定始業時刻の午前8時50分を始業時刻とする。
出張準備のためj市内に宿泊した日の翌日は、b営業所に立ち寄ってから出張先に向かっていることから、同営業所の開錠時刻を始業時刻とする。
出張先からの帰社が遅くなりj市内に宿泊した日の翌日は、Cがb営業所を開錠していることから、同営業所の開錠時刻を始業時刻とする。
d 業務多忙のためj市内に宿泊した日の翌日の出勤時刻
業務多忙のため帰宅できずにj市内に宿泊した日の翌日は、Cがb営業所を開錠していることから、同営業所の開錠時刻を始業時刻とする。
(イ) 終業時刻
a 平日の終業時刻
Cは、業務を終えてb営業所を出るのは最終の新幹線(午後10時47分発)が発車する4、5分前であることがほとんどであったことから、午後10時40分を終業時刻とする。ただし、b営業所の施錠時刻が午後10時43分以前である日は、その施錠時刻をCの終業時刻とする。
b 東京本社から直帰した日の終業時刻
東京本社での会議が終了するのは午後5時から午後6時頃で、会議終了後に本社の社員と打合せをすることもあったことから、Cの終業時刻は午後6時とする。
c 出張の日の終業時刻
用務先から直帰した日及び出張先で宿泊した日は、所定終業時刻午後5時35分を終業時刻とする。ただし、Cは、平成17年2月25日、同年5月27日、同年6月3日、同月10日、同月23日、取引先を接待しているところ、接待は、営業活動に必要不可欠のもので、営業成績の維持を使命とするb営業所長たるCには参加が事実上強制されていたから、業務と認められ、また、接待は通常2時間程度行われるので、これらの日の終業時刻は午後8時と推認する。
d 出張準備のためj市内に宿泊した日の終業時刻
Cがj市内に宿泊した日は、b営業所の施錠時刻を終業時刻とする。
e 出張先から帰社しj市内に宿泊した日の終業時刻
Cが出張先から帰社するのが遅くなりj市内に宿泊した日は、b営業所の施錠時刻をCの終業時刻とする。
f 平成16年12月22日の終業時刻
Cは、同日、東京本社に出勤後、b営業所に行き、j市内に宿泊していることから、最終の新幹線に乗れなかったと推認され、午後11時を終業時刻とする。
g 業務多忙のためj市内に宿泊した日の終業時刻
Cは、業務多忙により最終の新幹線に間に合わず、j市内に宿泊したことがあり、そのような日の終業時刻は、b営業所の施錠時刻を終業時刻とする。
(ウ) 持ち帰り残業
Cは、平日に帰宅した際は、少なくとも1時間自宅での残業をしていた。
(エ) 土曜出勤
Cは土曜出勤することがあり、平日の出勤時刻である午前8時15分より前に開錠されているときは他の社員が出勤したものとし、Cの始業時刻は午前8時15分とし、これより遅い時刻に開錠されているときはその時刻を始業時刻とする。
そして、Cが土曜出勤した場合、帰宅は普段と同じくらいであったことから、終業時刻を午後10時40分とし、それより前に施錠されているときはその時刻を終業時刻とする。
なお、平成16年9月18日、同月25日、同年10月2日、同年11月20日、同年12月4日、同月18日、平成17年1月19日は、開錠時刻及び施錠時刻に照らすと、Cが出勤したとは推認できないので、これを除外する。
(オ) 日曜出勤
Cは、日曜日の午前中に和太鼓の練習をした後、b営業所に出勤することがあり、少なくとも平成17年4月3日、同月17日、同年5月1日、同月15日は出勤していた。
そこで、それらの日は、b営業所の開錠時間をCの始業時刻とし、施錠時刻を終業時刻とする。
(カ) m会の旅行
Cは、従業員組合のような組織であるm会の会長をしていたところ、m会は、社員全員を正会員とし、会費月額1000円で、会費と同額を被告が負担し、労使懇親会、営業所単位の歓送迎会等の行事、慶弔等を活動内容とし、社員の福利厚生を目的とする被告承認の社内組織であり、そのための出張費用も被告が負担していたから、Cがm会の業務に従事することは、被告の業務に従事したものと認めるのが相当である。そして、Cは、m会の旅行ないしその下見として、平成17年1月28日、同月29日、同年2月11日~同月13日、同年3月19日~同月21日に、北海道ないし九州に出掛けており、それらの日は所定労働時間、勤務したものと認めることができる。
イ Cの業務内容
(ア) Cは、b営業所長として、①同営業所を統括し、②同営業所の庶務全般、勤怠管理、TPM及びISO9001を担当し、③講習会・拡販企画を代行し、④展示品・サンプル品管理、カタログ・VTR管理、ISO98、環境整備、パソコン管理、車両管理の責任者をしていた。
(イ) 内勤業務
Cは、内勤業務として、営業日報の取りまとめ、伝票決裁、社内会議の資料作成、注文がきたものに対しての利益、価格などの承認業務を行っていた。
(ウ) 営業業務
Cは、自己の担当エリアの営業担当をしつつ、部下の業務支援として、部下の都合がつかないときに営業に出向いたり、会議に出席することをしていた。また、自然災害が発生するとその発生場所の取引先への対応を臨機に実行する必要があり、新潟については、平成16年10月23日に中越地震が起きたため、ユーザーの安否確認、被災見舞い等の業務をしていた。
(エ) クレーム対応
Cは、担当している部下では対応しきれない顧客からのクレームを処理することがあり、特に長野についてはクレーム処理することが多かった。品質や納期に関するクレームの場合、ユーザーの機械、製造ラインを止めるわけにはいかず、補償問題にも発展する可能性もあるので、最優先で対応し、ユーザーや自社工場に出向いて打ち合わせる必要もあり、最終の新幹線に乗って工場のある大阪に赴き、明け方まで待って対応することもあった。
(オ) 社内会議への出席
Cは、その死亡前1年間に、以下のとおり、部会、リーダー会議、業績検討会、工具部会等の社内会議に出席していた。
東京本社での会議出席日数延べ45日間
大阪本社・伊丹工場での会議出席日数延べ6日間
神奈川県鎌倉市大船での会議出席日数延べ4日間
名古屋での会議出席日数延べ2日間
(カ) m会
前記ア(カ)のとおり、Cは、m会の会長として、旅行の企画、実行をしており、本来休養に充てるべき土日、祝日を利用していることも含め、精神的・身体的負担が大きかった。
(キ) 出張
Cは、日帰り、宿泊を伴う出張が多く、その死亡前1年間に、新潟県の燕三条、長岡、新潟、直江津、柿崎、長野県の松本、諏訪、上田、上諏訪、伊北、伊那、佐久、坂城、群馬県の伊勢崎、前橋、太田、桐生、館林、富岡、埼玉県の熊谷、児玉、本庄、栃木県の宇都宮、足利、東京都の品川等に、以下のとおり出張していたのであり、そのため、内勤での事務作業の時間がとれず、深夜にわたる長時間労働、持ち帰り残業、土日出勤を余儀なくされた。なお、営業車を使用して出張する場合、C自らも運転していることが相当回数あった。
発症1月前(期間のとらえ方は、以下も含め、前記アと同じ。)
出張日数延べ13日間、営業車使用回数延べ8日間、宿泊を伴う出張5回
発症2月前
出張日数延べ9日間、営業車使用回数延べ6日間、宿泊を伴う出張3回
発症3月前
出張日数延べ17日間、営業車使用回数延べ6日間、宿泊を伴う出張2回
発症4月前
出張日数延べ11日、営業車使用回数延べ5日間、宿泊を伴う出張3回
発症5月前
出張日数延べ12日間、営業車使用回数延べ4日間、宿泊を伴う出張3回
発症6月前
出張日数延べ10日間、営業車使用回数延べ6日間、宿泊を伴う出張4回
発症7月前
出張日数延べ11日間、営業車使用回数延べ5日間、宿泊を伴う出張2回
発症8月前
出張日数延べ17日間、営業車使用回数延べ11日間、宿泊を伴う出張6回
発症9月前
出張日数延べ16日間、営業車使用回数延べ8日間、宿泊を伴う出張7回
発症10月前
出張日数延べ12日間、営業車使用回数延べ2日間、宿泊を伴う出張3回
発症11月前
出張日数延べ7日間、営業車使用回数延べ3日間、宿泊を伴う出張1回
発症12月前
出張日数延べ9日間、営業車使用回数延べ5日間、宿泊を伴う出張2回
(ク) 展示会
Cは、取引先の商社等が主催する以下のような展示会にブースを出展して、自ら展示会に赴いて営業活動をすることがあったところ、大手他社と競合することが多いため、展示会出展の2~3か月前から営業を開始する必要があり、出展している期間中以外にも出張することなどがあった。営業活動をするためには、広く浅く技術面を熟知し、勉強をする必要があり、売込みは大変な仕事であった。
第22回東北信どてらい市 平成16年9月4日~同月6日
第13回北関東どてらい市 平成16年10月16日~同月18日
第27回新潟どてらい市 平成17年6月11日~同月13日
ISマシンツールテクノフェア 平成16年11月18日~同月20日
国際工作機械見本市 平成16年11月2日、3日、5日~7日
○○展 平成17年5月21日、22日
△△展 平成17年6月3日、4日
(ケ) 技術講演会
各営業所単位で2か月に1回程度開催する講演会であり、営業所長を中心に講師を誰に依頼するかなどを企画し、案内状を作成・送付し、資料の作成をしていた。
(コ) 接待
Cは、展示会や各種業界関係者との会合等の後に、取引先の接待をすることがあり、平成17年中にも以下のとおり接待を行っていた。接待には、取引先の重役、自社の重役が出席することから、失礼のないように神経を使う必要があった。
2月25日 取引先の接待
5月27日 n株式会社の役員等の接待
6月3日 株式会社o等の従業員の接待
6月10日 株式会社p等の従業員の接待
6月23日 株式会社oの社長等の幹部の接待
(サ) 東日本q会
同会は、東日本における被告製品の販売会社の会の総会であり、販売店、問屋等を併せると100名くらい参加する。Cは、担当している地域の取引先や商社に出席を依頼するなどし、また、二次会の司会も担当し、そのための各種準備をしていた。
(シ) Cは、b営業所の人員不足で一人当たりの業務量が増大する中、部下との関係性、部下の営業活動に起因する顧客からのクレーム対応、同営業所の営業成績を維持することによるプレッシャーを受けつつ、以上の内容の業務に従事していた。特に、Cは、営業活動に従事するため、多数回にわたり、多数の地域、取引先に出張し、月の出張延べ日数は10日前後が多く、出張頻度が健康へ影響を与えて動脈硬化性疾患との関係が認められるとされる1か月8日以上という医学知見を上回るものであった。また、Cは、出張の際、営業車を長距離かつ長時間にわたって運転していたことが推認され、この業務上の運転による負荷も、Cの血圧上昇、虚血性変化に影響を与えた。
ウ 以上のア、イの事実から明らかなように、Cは、多数回の出張、恒常的な残業、休日出勤を繰り返すのみならず、人員不足で一人当たりの業務量が増大する中で、営業所長として営業所の取りまとめ、営業成績の維持といった重責を担っていたのであり、b営業所長の業務は身体的・精神的に負担が大きかった。
Cは、この多大な負担により慢性の疲労と過度のストレスを持続させ、これを原因として血圧が上昇したか、あるいは自律神経機能を低下させ、血管病変を悪化させていき、ついには急性心筋梗塞の発症を有意に促進した。
現に、Cは、平日の早朝、いつも帰宅が遅く疲れた様子で、すぐに起きられず、這う様に起きてきていた。Cは、死亡する半年前から顔色が悪く、日増しに疲れた様子が増していた。平成17年4月頃には、蕁麻疹、血便といった症状が出ていた。
エ 他方、Cは、動悸、急性心筋梗塞の疑い、閉塞性動脈硬化の疑い、三尖弁閉鎖不全症の疑い、胸部大動脈瘤の疑い、心室性期外収縮の疑いと診断されたことはあるが、いずれも日常生活に影響を与えるほどでなく、経過観察となったもので、急性心筋梗塞の重要なリスクファクターになるものでなかった。そのため、Cは、動脈硬化等の基礎疾患又は素因を有していたとしても、基礎疾患等が確たる発症因子がなくてもその自然経過により急性心筋梗塞を発症する寸前にまで進行していたとは認められず、Cの従事した業務以外に同人の基礎疾患等をその自然経過を超えて増悪させる要因となる確たる因子は認められない。
Cには飲酒、喫煙といった急性心筋梗塞のリスクファクターとなる嗜好は認められない。また、Cの私的領域に属する和太鼓の練習は、激しい運動ではなく、汗をかくものの、身体に著しい負荷をかけるようなものではなかったので、急性心筋梗塞の発症原因になったとはいえない。
オ したがって、Cのb営業所長としての業務と急性心筋梗塞の発症との間に因果関係を是認し得る高度の蓋然性を認めるに足りる事情がある。
【被告の主張】
ア Cの労働時間
(ア) Cは、日常、朝は部下より遅れておおむね午前8時30分頃に出勤し、夜も最終の新幹線に間に合うように部下よりも早く退社していた。東京での会議のときは直行、直帰であったし、営業所から出発する必要のある出張があるときはj市内のホテルに宿泊していた。土日はほぼ確実に休みをとっており、その半分近くは和太鼓の練習に充てていた。これらの事情からすると、Cは、およそ時間に追われて多忙を極める状況にはなかった。死亡する前の1か月間は7日間の休日と9日間の東京本社への直行直帰があり、肉体的にもかなり楽な日程であった。
(イ) Cの時間外労働時間数は、次のa~dを前提にすると、その死亡する以前の3か月は以下のとおりであり、1か月平均36.59時間であって、過労というべき時間数ではない。
平成17年3月28日~同年4月26日 46時間5分
平成17年4月27日~同年5月26日 22時間41分
平成17年5月27日~同年6月26日 42時間12分
a 平日の始業時刻
被告における所定労働時間は、始業時刻午前8時50分、終業時刻午後5時35分、休憩50分であり、たとえ所定始業時刻以前に出社していたとしても、特段の事情のない限り、始業時刻は午前8時50分である。
b 平日の終業時刻
b営業所の施錠時刻については、最後に退出した施錠者を特定できないため、全ての場合に最後の退出者をCと認めることはできず、地元に居住する他の社員の可能性も十分ある。そして、最終の新幹線の時間から、午後10時42分以後の施錠は、Cがj市内に宿泊しない限り、C以外の者が施錠したものであり、このような日は少なくない。そこで、Cがj市内に宿泊した日ないし東京本社に直行直帰した日でない日のうち、22時32分から22時42分までの間に施錠された日は、Cを最後の退出者とし、その施錠時刻をCの終業時刻とする。
c 出張の日の労働時間
出張の日は事業所外労働であるから、特段の事情のない限り実働時間は7時間55分とみなす。
d 日曜日
Cが、和太鼓の練習に参加した日は勤務していないはずであるので、出勤日とはしない。
イ Cの業務内容
Cは、自らの担当エリアを持たず、自己の営業成績を上げることに追われることはなく、営業所としての営業成績も順調で、本社から発破をかけられるような状況にはなかった。また、被告が販売するのは特殊な工具であり、ユーザーが限られているので、販売競争を行う業界でなく、得意先も大手代理店を含め古くからの馴染みであった。そのため、Cの業務に起因する精神的負荷はさほどのものではなかった。
ウ Cの死亡直前の疲労状況
Cは、死亡する前日(土曜日)は完全な休日をとっており、歯の治療を受け、原告を連れてワールドホビーフェアに出掛け、死亡した当日も、早朝から公園の清掃作業に従事し、その後、和太鼓の練習に参加している。また、不整脈を主訴として受診したr病院でも過労をうかがわせる言動はなかった。このように、Cは精神的、肉体的に疲労困ぱいの状況にあったわけではなく、倒れる瞬間まで健全であった。
エ Cの死因
Cは、その死亡する約2か月前に、r病院において、動悸、急性心筋梗塞の疑い、閉塞性動脈硬化の疑い、三尖弁閉鎖不全症の疑いとの病名で各種検査を受けている。その際、Cは、問診票で「7年位前より不整脈があり、最近夜間長く発作あり、又多くなった」と記載していることから、Cには不整脈という疾患があり、それがこの頃多くなっていたと考えられる。検査の結果、ブルガダ型様の心電図波形、バルサルバ洞の拡大不整脈(期外収縮)が認められ、治療方針については検査結果が出た時点では何らかの処置をする必要性は認められないとして経過観察とされた。しかし、その診断には、Cの父親が急性心筋梗塞で死亡したという家族歴が反映されていなかった。
このように、Cは、心臓の不調を訴えて約2か月後に突然死したのであるから、Cの死亡は過労によるものではなく、不整脈という遺伝性疾患に由来する突然死であった。
(2) 争点(2)(被告の労務管理上の安全配慮義務違反の有無)について
【原告の主張】
ア 過労死事案における安全配慮義務
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであり、使用者は、その雇用する労働者を過労死させないようにするため、労働者が過重な労働が原因となって健康を破壊し、過労死することのないよう、労働時間、休憩時間、休日、労働過密、休憩場所、人員配置、労働環境等適切な労働条件を措置すべき義務を負う。
使用者が労働者に対して負うこのような義務は、労働者の健康が現に害されているか否か、また使用者が労働者の健康が害されていることを現に認識していたか否かにより消長するものではない。
イ 予見可能性
過労死事案における使用者の予見の内容は、特定の具体的な疾病の発症や死の結果まで必要とされるものではなく、労働者の心身の健康を損なう危険、具体的には、被災労働者が長時間労働などの過重な業務に従事しており、被災労働者の健康状態が悪化するおそれがあることで足りるというべきである。
ウ 被告の安全配慮義務違反
被告及びその履行補助者であるCの上司は、Cの長時間労働が常態化していることを認識し、又は容易に把握することができる状況にあり、人員配置を見直すなど特段の対応を取らずにその状態を放置すれば、Cが疲労を蓄積し、その健康を害することを十分に予見できた。
被告及びその履行補助者であるCの上司は、安全配慮義務に基づいて、b営業所に対し、人員補充するなどして、長時間の残業を減らし、1週間に少なくとも1日ないし4週間を通じて4日以上の休日を与えて、労働時間を減らし、勤務内容を軽減すべきであったにもかかわらず、労働時間及び勤務内容を軽減する等適切な処置を全く講じなかったから、被告には安全配慮義務違反がある。
エ なお、被告は、Cが労働基準法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という。)に該当する旨主張するが、争う。Cは、b営業所を統括する管理職として、自らを含む同営業所職員の労働時間等を管理する権限及び職責を有していたものではあるが、管理監督者には該当しない。すなわち、Cは、①部下の数はわずか3名にすぎないし、重要部門を統括していたともいえず、職位も課長職にすぎず、営業部長の配下にあった、②部下の人事考課は担当せず、人事異動の権限もなく、部下の営業支援に従事していたため管理的業務に割く時間は非常に少なかった、③庶務全般を担当し、展示品・サンプル品管理、カタログ・VTR管理、ISO98、環境整備、パソコン管理、車両管理といった雑務も担当していた、④参加していた社内会議は、営業報告、他の営業所との意見交換の場で、経営に関する重要事項を協議、決定するものでなかった、⑤m会という労働者の親睦組織の運営を任され、労働者側の意向を代弁する立場にあった、⑥極端な長時間労働を余儀なくされ、出退勤の自由裁量は全くなかった、⑦役付手当は月5万5000円にすぎず、長時間労働をカバーするような待遇でなく、下位の職位の者と比較しても十分な優遇を受けていなかった、以上の諸点に照らすと、管理監督者には該当しない。
また、Cがb営業所長として労働時間の管理権限を有していたことについても、Cの長時間労働は、適切な人員配置を欠いた被告の労務管理の不適切さに起因するものであり、被告の安全配慮義務を否定する根拠とはならない。
【被告の主張】
ア 被告は、毎年定期的に社員の健康診断を実施しており、Cの健康診断の検査結果で異常は見つかっていない。Cは、日々の業務遂行においても体調不良による遅刻、早退、欠席はなく、部下や同僚に体調不良、仕事への不満を漏らしていたこともなく、普段通りの生活を送っていた。そうすると、被告として認知し得たCの健康状態から同人に対し何らかの配慮をすべき義務が被告に生じていたとはいえない。
イ また、Cは、b営業所長(参事)として、①正社員3名、派遣社員2名の業務一切を指揮監督していた、②月に3~5回、東京本社において開かれる営業所長会議に出席し、営業報告、他の営業所長との意見交換をし、本社の営業戦略等の説明、指示を受けるとともに、新製品や主力製品の販売企画や技術開発のための会議にも出席していた、③得意先との会合への出席、大手工具専門商社の主催する展示会にブースを設けての営業活動、技術講習会の開催という会社を代表する者として活動していた、④日々の営業所報告を作成して本社に送信、部下の出退勤管理のチェック、部下からの休暇申請についての承認、派遣社員についての面接、採用決定をしていた、⑤部下に同行しての営業活動のサポート、部下が処理できなかったクレーム処理のための本社や得意先との折衝、営業活動に伴う値引き交渉の可否などの決裁をしていた、⑥一定の予算執行権限を付与され、部下の出張旅費の精算の承認等をしていた、⑦参事としての職分給月4万4350円、役付手当月5万5000円を支給されていた、以上の諸点に照らすと、管理監督者に該当する。
Cは、自らの勤務時間について自己決定権が与えられており、自分の判断で遅刻、早退が可能であったが、死亡前の勤務状況に変わった様子はなく、無理して働く必要のある重大案件というものもなかったのであるから、労働時間に関しても被告には配慮すべき義務はなかった。
(3) 争点(3)(過失相殺等による賠償額の減額の有無及びその程度)について
【被告の主張】
ア 素因減額
仮にCの死亡の原因の一端として過労があったとしても、Cの死亡にはブルガダ型の不整脈が素因として寄与していたのであり、民法722条を類推して、寄与率50%を超えるものとして素因減額すべきである。
イ 過失相殺
Cは、前記のとおり、管理監督者であるため、出退勤について自己決定権を有していたのであるから、仮に過労であったとすれば、営業所での最終決裁者であったC自らその責任を負うべきである。
【原告の主張】
ア 素因減額
Cは、期外収縮の疑い、ブルガダ型様波形と診断されたものの、ブルガダ症候群との確定診断を受けたわけではなく、治療の必要はなく、病的意義を有しないと診断されたのであって、それらが自然経過により急性心筋梗塞を発症する寸前まで進行していたとは認められないし、その発症にどの程度寄与したかは不明確である。そうすると、疾患に当たらない平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴にすぎず、その身体的特徴は損害賠償額を定めるに当たり斟酌することはできない。
イ 過失相殺
(ア) 前記のとおり、Cは、管理監督者には該当しない。
(イ) b営業所は、営業エリアが広域で、C、部下ともに、長時間、業務に従事せざるを得ない状態になっており、Cは、その絶対的な業務量の多さの下で部下の労働時間等に配慮しようとすれば、かえって自ら過重な業務を引き受けなければならないという困難な立場に置かれていたものであり、自ら長時間の時間外労働をする以外に、所長としてb営業所の業務を適切に遂行する方策はなかった。
また、業務軽減措置は使用者側が主体的に講じるべきもので、使用者において時間外労働、深夜労働、休日労働を制限する措置を講じていなかったのであれば、労働者が自ら時間外労働等に従事して業務軽減措置を求めなかったことを過失相殺の理由とすべきでない。
(4) 争点(4)(損害の有無及びその程度)について
【原告の主張】
ア 逸失利益 6957万6046円
Cの月収額は41万7995円である。しかし、Cは、被告から違法に管理監督者として扱われ、時間外労働手当の支給対象外とされていたことから、本来であればCに適法に支払われるべき時間外労働手当を加算した金額、すなわち、厚生労働省が時間外労働限度基準としている月45時間の時間外労働手当分は損害の算定に当たって加算されるべきである。具体的には、月の所定労働時間は、247日(平成17年の土日、祝日のみを控除した所定労働日)×7時間55分(所定労働時間)÷12≒163時間(小数点以下切捨て)であり、時間単価にすると41万7995円÷163時間≒2564円(小数点以下切捨て)となり、一月あたりの時間外労働手当である2564円×1.25×45時間=14万4225円を加算すべきである。そうすると、Cの年収額は、(41万7995円+14万4225円)×12+185万円(賞与分)=859万6640円と推計される。Cは、死亡しなければ67歳までの23年間(ライプニッツ係数13.489)にわたって稼働可能であり、一家の支柱として被扶養家族1名(原告)を抱えていたのであるから、生活費控除率は40%が相当である。
(計算式)
859万6640円×13.489×(1-0.4)
=6957万6046円
イ 死亡慰謝料 3500万円
ウ 退職金差額 320万9529円
Cは、被告の債務不履行により死亡しなければ、定年(満60歳)まで勤務して1326万4000円の退職金を得られたはずであるのに、44歳で死亡したため、625万8000円の退職金しか得られず、その差額の700万6000円の損害を被った。同損害に16年のライプニッツ係数0.45811152を乗じて現在価格を換算すると、320万9529円となる。
(計算式)
(1326万4000円-625万8000円)×0.45811152=320万9529円
エ 葬儀費用 150万円
オ 損益相殺 4514万5253円
(ア) 労災遺族補償年金 2016万8753円
(イ) 葬祭料 97万6500円
(ウ) 被告から支給された上積み補償金 2400万円
労災遺族補償年金については、逸失利益についての損害賠償請求権の元本ではなく、同請求権の履行遅滞による遅延損害金請求権にまず充当されるべきである。そうすると、平成20年11月14日に履行遅滞に陥ったことを前提として計算すると、平成25年4月15日現在で、逸失利益についての損害賠償請求権の元本は6089万3193円となる。
葬祭料については、葬儀費用150万円から控除する。
被告から支給された上積み補償金については、労災遺族補償年金を充当後の逸失利益6089万3193円、死亡慰謝料、退職金差額、葬祭料を控除後の葬儀費用52万3500円の合計9962万6222円から控除する。
以上の損益相殺によれば、損害額残額は、7562万6222円となる。
カ 弁護士費用 756万円
キ 合計 8318万6222円
【被告の主張】
争う。個々の損害についての主張は、次のとおりである。
ア 逸失利益の算定について
逸失利益の算定に当たっては、Cの死亡した前年度である平成16年の年収675万5540円を基礎にするべきである。
被告においては、就業規則において60歳の定年制を規定していることから、Cが高額の賃金を得られる蓋然性があったのは60歳までである。したがって、逸失利益の算定に当たっては、平成16年度の年収はCが60歳に達する平成33年までの期間とし、その後67歳までの期間は一般の賃金センサスによるべきである。
イ 死亡慰謝料について
一家の大黒柱の場合の死亡慰謝料の一般的基準は2800万円である。
ウ 退職金差額について
被告の社員退職手当金規定に基づいてCが定年まで勤務した場合の退職金を試算すると1326万4000円になること、Cの死亡により支払われた退職金額が625万8000円であることは認める
エ 損益相殺について
Cの素因減額、過失相殺を行った後、労災遺族補償年金1845万8913円、葬祭料97万6500円、被告の労災上積み補償金2400万円の合計4343万5413円を損益相殺すべきである。
第3 当裁判所の判断
1 判断の基礎とすべき事実関係
(1) 前記前提事実、後掲証拠(書証のうち枝番号のあるものについては、特定しない限りその全部を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア Cの被告における地位
(ア) Cは、平成15年9月以来、b営業所の所長の地位にあり、その直属の上司は、a部長(g営業部長が兼務)であった。
営業所長は、本社の役職でいうと課長職に相当し、一定の利益基準が認められる場合に、被告の製品「●●」の200万円未満の仕切価格の決定など、一定の範囲で決済権限が認められている。
(証拠・人証〈省略〉)
(イ) Cは、平成16年1月から、被告の全従業員で構成されるm会の幹事に就任していた。
m会とは、従業員同士の親睦を深める会であり、その活動内容は、労使懇談会(被告役員とm1会幹事が参加し、会社概況の説明、従業員の労働環境等についての質疑などがされる。)、営業所単位の歓送迎会等、旅行会、慶弔等であり、その運営のため、従業員の会費と同額を被告が負担していた。Cは、毎月のように、m会の会議のため平日に大阪本社や名古屋に行っていたが、その日も出勤扱いがされ、その旅費は出張費用として被告から支給されていた。また、平成17年は、m会の25周年記念行事として北海道旅行(2月11日~13日)及び九州旅行(3月19日~21日)が休業日に実施され、Cは、その下見のために九州に行った(1月28日《金》、29日《土》)が、その下見に行った金曜日も欠勤扱いされず、また、上記旅行会及びその下見のために要した費用のうち自宅と羽田空港との間のJR費用は出張費用として被告から支給された。
(証拠・人証〈省略〉)
イ Cの業務内容
(ア) Cの内勤業務
Cは、b営業所長の内勤業務として、日々の営業報告の作成、自己を含む同営業所の従業員の出退勤管理、出張旅費精算の承認、各種報告の会議資料作成、日ごとの注文に対する利益・価格の承認、伝票決裁、入出金管理、営業見積・企画費用要請をしていた。
(証人D、ほか証拠・人証〈省略〉)
(イ) 営業活動
a Cは、自らの営業担当エリアは持っていなかったが、部下の営業支援として、部下と同行して営業先を回ることや部下がクレームを処理しきれない場合にそのクレーム処理をすることがあり、クレーム処理はその対応次第では得意先を失う、補償問題となる可能性のあるもので、大阪本社、伊丹の製作所まで行って対応することもあった。
b Cは、東日本q会といった取引先会社約110社が参加し、被告の役員も出席する年1回の会合に参加した。また、被告は、株式会社o・株式会社s・n株式会社などの工具販売を業とする会社が主催する展示会にブースを設けて製品を展示していたが、Cもその際の営業活動に参加していた。さらに、これらの展示会や取引先の会合等に参加した際、取引先の接待が設定されることもあり、その場合、Cはb営業所長としてその場を設定し、あるいは参加することが当然のように求められ、その接待費は被告から経費として精算された。
c Cは、2か月に1回程度、地区ごとに技術等講習会を開催した。
d b営業所には営業ノルマはなかったが、営業の目標金額は設定されていた。
(証拠・人証〈省略〉)
(ウ) 社内会議への出席
Cは、毎月3~4回、東京本社で開催される営業所長会議に参加した。この会議は、営業所長としての業務の報告(そのために、前記(ア)のとおり、事前の資料作成が要求された。)と営業所長間の意見交換が主な内容であり、通常、朝から夕方の定刻まで行われた。
また、東京本社で行われる、新製品や主力製品の販売展開や技術革新のために開かれるプロジェクトチームの会議にも出席した。
さらに、大阪本社等で会議が行われることもあり(その中には、v会の会議も含まれる。)、これにも参加した。
(証拠・人証〈省略〉)
ウ 出退勤時刻等
(ア) 被告では、以前はタイムカードで出退勤時刻を管理していたが、その後、タイムカードを廃止し、「勤務状況表」で管理するようになっていた。そして、被告従業員は、出社した際、各自が同表の自分の欄に出勤したことを示す判を押し、また、時間外労働の時間も自ら同表に記載することになっていたが、b営業所における時間外労働の時間の記載は正確ではなかった。Cは、管理職として扱われていたため、出勤したことを示す判は押していたものの、時間外労働の時間を記載することはなく、被告本社においても、Cの勤務時間を具体的に把握する措置は講じていなかった。
(証拠・人証〈省略〉)
(イ) Cは、県外への出張等のない通常の日は、午前6時過ぎ頃自宅を出て、徒歩、在来線及び新幹線で通勤し(通勤に要する時間は、乗車時間等から単純に計算すると、約1時間45分であった。)、午前8時から8時30分までの間にb営業所に出勤していた(なお、同営業所の開錠は、他の従業員により午前7時40分頃から8時頃までの間に行われていた。)。
しかし、Cは、その日の業務都合等で前日からj市内に宿泊することがあり、その場合は、通常よりも早い時間に出社し、業務を開始していた。
(証拠・人証〈省略〉)
(ウ) Cは、上記の通常の日は、出勤すると、既に出勤して勤務を開始している部下に連絡事項の伝達をしたり、部下との会議を持ったりし、引き続き前記内勤業務を行った。その後、営業活動に出掛け、夕方から夜8時頃にかけて帰社し、その後また内勤業務を行っていた。
(証拠・人証〈省略〉)
(エ) Cは、通常の日は、JR・l駅を午後10時47分に発車する最終の新幹線に間に合うようにb営業所を出ており(同営業所からl駅まで、徒歩で6分、走って3~4分であった。)、帰宅は午前1時頃であった。なお、Cは、営業活動等に時間を取られるため、会議資料の作成についてはb営業所における内勤だけで完成することが困難であり、帰宅後もパソコンを使用して資料作成業務を行うことが多かった。
Cは、上記の最終の新幹線に乗り遅れることもあり、その場合は、同営業所に戻って仕事を続けた上、j市内に宿泊することがあった。また、翌日の業務都合でj市内に宿泊する場合も、同営業所を出る時間が午後11時を過ぎることがあった(他の従業員は、遅くとも午後1時頃には退社していた。)。
(証拠・人証〈省略〉)
(オ) Cは、県外に出張する際は、自宅から直接出張先に行き、出張先から直接自宅に帰ること(いわゆる直行直帰)もあるが、前日からj市内に宿泊してb営業所に寄ってから出張先に向かったり、出張先からb営業所に戻って仕事をした上で帰宅することもあった。なお、営業車を運転して出張した場合には、営業車をb営業所に戻すために同営業所に戻ってから帰宅していた。これらの出張に係る旅費及び出張先やその前後の宿泊費(出張がなくても、業務が遅くなり最終の新幹線に乗れなかった場合の宿泊費についても同様。)については被告から支給され、出張旅費精算書や宿泊費の領収書が作成された。(証拠・人証〈省略〉)
(カ) Cは、所定労働日だけでは内勤業務を処理しきれないため、土曜日にも出勤することが多く、また、日曜日や国民の祝日にも出勤することがあった。しかし、これらの日に出勤した場合であっても、勤務状況表に出勤したとの判を押さなかった(土曜日のうち所定休日扱いされない土曜日に出勤した場合は判を押していた。)。なお、Cの部下の正社員3人のうちEは、土曜日は月に1回程度出勤することがあったが、日曜日はほぼ出勤することがなく(ただし、展示会などで出張することはあった。)、また、Fは、平成16年9月から11月にかけて土曜日に1、2時間程度出勤したことがある(同年7月頃から平成17年7月にかけての1年間を通じても出勤日数は10回くらい)が、日曜日に出勤したことはほとんどなく、Gは松本に駐在しているため土日にb営業所に出勤することはなかった。そして、上記のEやFは、土日に出勤したときは、勤務状況表に出勤したとの判を押すこともあったが、短時間しか出勤しなかったときなどには出勤したとの判は押していなかった。
(証人E、ほか証拠・人証〈省略〉、原告本人)
エ Cの死亡前6か月の出張等の状況(本項では、月日だけを記載しているときは全て平成17年である。)
(ア) 社内会議出席のための出張
Cは、社内会議出席のため、以下のとおり出張した。
1月 12日(名古屋)、20日(東京本社)
2月 2日(大阪本社)、7日(東京本社)、8日(大船)、15日(東京本社)、18日(東京本社)
3月 2日(大阪本社)、7日及び8日(東京本社)、17日(東京本社)、25日(東京本社)
4月 7日及び8日(東京本社)、14日(大阪本社)、20日(東京本社)、27日(大船)
5月 9日(東京本社)、11日(東京本社)、16日(名古屋)、17日(東京本社)、19日(東京本社)
6月 7日~9日(東京本社)、13日(大阪本社)、15日及び16日(東京本社)、22日(東京本社)
(証拠〈省略〉)
(イ) 営業業務としての出張等
Cは、以下の日程で営業先に出張をしていた。
なお、Cは、出張準備のために出張の前日にj市内のホテル宿泊したことがあり、出張先でホテルに宿泊したことがあった。
平成16年12月 28日(諏訪)
1月 5日(太田)、6日(諏訪)、7日(新潟)、11日(太田)、13日(太田)、14日(伊勢崎)、18日(諏訪、出張準備のために前日j市内に宿泊)、25日(熊谷)、26日(宇都宮、出張準備のために前日j市内に宿泊)
2月 1日(足利)、3日及び4日(長岡、出張先で宿泊)、4日(燕三条、上田)、9日(伊勢崎)、10日(館林)、14日(直江津)、17日及び18日(長岡、出張先で宿泊)、21日(長岡)、22日(太田)、24日(児玉)、25日(燕三条)、28日(長岡)
3月 1日(熊谷)、3日(桐生、伊勢崎)、4日(太田)、9日(佐久)、14日(燕三条)、15日(熊谷、出張準備のために前日j市内に宿泊)、16日(燕三条)、23日(太田)、24日(佐久)、26日(佐久)、28日(太田)、30日(上田)
4月 1日(燕三条)、4日(上田)、5日及び6日(燕三条、出張先で宿泊)、6日(本庄)、9日(佐久)、11日(館林、伊勢崎)、12日(松本)、13日(諏訪)、16日(諏訪)、18日(宇都宮)、19日(伊勢崎)、21日(諏訪)、22日(館林、前橋)、25日(諏訪)、26日(坂城)、28日(柿崎)
5月 10日(熊谷、上田)、12日(松本、諏訪)、13日(太田、宇都宮)、18日及び19日(諏訪、出張先で宿泊)、20日及び21日(伊勢崎、出張先で宿泊)、21日(富岡)、25日(松本)、26日(太田、桐生)、27日及び28日(太田、出張先で宿泊)、30日(館林)、31日(東京)
6月 1日(品川)、2日~4日(松本、出張先で宿泊)、10日及び11日(上田、出張先で宿泊)、11日(長岡)、14日(品川)、17日(諏訪、出張準備のために前日j市内に宿泊)、21日(宇都宮)、23日及び24日(諏訪、出張先で宿泊)、24日(上田)
(証拠〈省略〉)
(ウ) その他宿泊を伴う業務
Cは、上記(イ)の業務都合による宿泊以外に、以下のように業務都合によるj市内のホテルでの宿泊をしていた。
1月 18日(出張先からの帰社が遅くなったため)
2月 4日(翌日の業務のため)、9日(出張先からの帰社が遅くなったため)、16日(打合せが遅くなったため)
3月 22日(打合せが遅くなったため)、24日(出張先からの帰社が遅くなったため)、31日(打合せが遅くなったため)
4月 6日(打合せが遅くなったため)
5月 25日(出張先からの帰社が遅くなったため)
(証拠〈省略〉)
(エ) Cの死亡前1か月の状況について、さらに詳しくみると、次のとおりである。
5月28日(土) 前日からの太田出張の2日目であり(なお、前日は、太田で、◇◇会総会に出席し、その後に取引先の役員等3名をC1人で接待した。)、b営業所に戻って仕事をした上で帰宅した。
29日(日) 休み
30日(月) 館林出張
31日(火) 東京本社で会議
6月1日(水) 品川に出張
2日(木)~4日(土) 松本に出張(出張先で宿泊)し、3日、4日に実施された「△△展2005」に参加して営業活動をし、4日はb営業所に戻ってから帰宅した。
△△展は、被告の主要取引先(商社)である株式会社oが主催し、被告のみならず約200社の工具販売会社が工具を展示する展示会である。Cは、その前日から準備に参加し、また、初日(3日)は、午後5時頃に展示会が終了した後、株式会社oの従業員3名を被告側3名で接待(1次会、2次会)した。
5日(日) 休み
6日(月) 通常業務
7日(火)~9日(木) 東京本社で会議
10日(金) 上田に出張し、◎◎会東信支部総会に参加し、その後、同総会に参加した取引先社長ら2名をC1人で接待した。その日は、上田に宿泊した。
11日(土) 上田から長岡に移動して、「新潟どてらい市」(株式会社sが事務局を担当する展示会)の初日に参加して営業活動をし、夜帰宅した。
12日(日) 休み
13日(月) 大阪出張
14日(火) 品川に出張し、東日本q会の総会に参加し、総会に引き続き行われた懇親会では司会を担当した。
15日(水)、16日(木) 東京本社で会議。16日はb営業所に戻り、j市内に宿泊した。
17日(金) 諏訪出張
18日(土)、19日(日) 休み
20日(月) 通常勤務
21日(火) 宇都宮出張
22日(水) 東京本社で会議
23日(木)、24日(金) 諏訪に出張
23日は、被告の社長ら役員も参加して、毎年1回開催される株式会社oの役員らとの打合せ会が行われ、Cもこれに参加した。同会に引き続き、株式会社oの社長ら役員4名を被告側4名(社長、Cを含む。)で接待し、諏訪で宿泊した。
24日は、上田を経てb営業所に戻り、夜帰宅した。
25日(土) 休み
(証拠・人証〈省略〉)
オ Cの健康状態等
(ア) Cは、喫煙はしておらず、飲酒は、酒に弱いため、量を飲むことはなかった。
(イ) Cは、平成10年頃から、不整脈を自覚することがあり、また、平成14年10月15日の健康診断の際実施された心電図検査で心室性期外収縮が認められ、1年後経過観察とされたが、平成15年10月6日及び平成16年9月27日に実施された心電図検査では異常が認められなかった。
(ウ) しかし、Cは、死亡する半年前から、朝起きた時に布団から這い出てくるような状態で、顔色は悪く、日増しに疲れた様子が見て取れる状態であり、平成17年4月30日にr病院を受診した際にも、医師に対し、疲れが取れない旨症状を伝えている。
(エ) Cは、同日、r病院を動悸を主訴として受診し、同日及び同年5月14日、急性心筋梗塞(症)の疑い、閉塞性動脈硬化(症)の疑い、三尖弁閉鎖不全症の疑い、胸部大動脈瘤の疑い、心室性期外収縮の疑いと診断され各種検査を受けている。
しかし、検査結果として、上室性及び心室性の期外収縮が認められたものの、全て単発で、自覚症状としても日常生活に影響を与えるほどではなく、経過観察となった。また、ブルガダ型様の心電図の波形が認められたが、失神、突然死の家族歴なく、夜間に苦もんする状態もないことから、定期的な心電図検査の指示はあったが、それ以上の詳しい検査は行われなかった。さらに、バルサルバ洞の拡大も認められたが、治療を要する基準に達していないため、経過観察となった。
(証拠・人証〈省略〉、原告本人)
カ Cの死亡当日及び前日の行動
Cは、平成17年6月25日、t歯科診療所において歯科治療を受け、その後、原告とともに幕張で開催されたワールドホビーフェアに出掛けた。翌26日は、午前6時30分頃から午前7時頃まで公園の清掃をし、自宅で朝食をとった後、午前8時30分頃に和太鼓の練習に向かい、午前9時頃から打ち通しではないが、90分間休憩なく太鼓の練習をし、10分間の休憩を取り、さらに次のクラスの練習にも参加し始めたところで、突然倒れた。救急隊が到着した時点で心肺機能が停止しており、救急車でu病院に搬送されたが、心拍は再開せず、午前11時48分に死亡が確認された。
なお、Cは、以前から和太鼓を趣味とし、日曜に中級クラスの練習に参加していたが、その練習は、全身を使って叩くようなものでなく、上半身を使って軽く音が出るくらいの力で叩くもので、練習後に激しく息が切れるような運動ではない。
(証拠〈省略〉、原告本人)
キ 医学的知見
(ア) 心臓疾患について
a 心臓疾患は、その発症の基礎となる血管病変等が、主に加齢、食生活、生活環境等の日常生活による諸要因や遺伝等の個人に内在する要因により、長い年月の生活の営みの中で、徐々に血管病変等が形成、進行及び増悪するといった自然経過をたどり発症する疾患であり、労働者に限らず、一般の人々の間にも普遍的に数多く発症する疾患である。しかしながら、業務による過重な負荷が加わることにより、血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、心臓疾患を発症させる場合があることは医学的に広く認知されている。
b 発症から1~2時間以内の突然死の84%~88%は心臓性突然死であり、心臓性突然死の原因疾患の61%が急性心筋梗塞を中心とする虚血性心疾患との報告がある。
c 急性心筋梗塞とは、冠状血流の突然の途絶により生じた心筋壊死をいう。
(証拠〈省略〉)
(イ) 不整脈について
a 生理的に正常な心臓の調律からはずれた状態が不整脈と定義される。
b 不整脈を起こす基礎疾患としては、虚血性心疾患等の心臓における器質的、解剖学的異常等様々な疾患があるが、近時、不整脈が関係する原因遺伝子が数多く報告されてきた。
c 期外収縮について
(a) 不整脈のうち、基本調律の周期よりも短い間隔で起こる異常性興奮が期外収縮である。
(b) 期外収縮は、異常興奮の起原毎に、上室性(心房、房室接合部)、心室性に分けられる。
(c) 上室性期外収縮は、健常人にも比較的高率に認められる不整脈で、多くは原因不明であり、嗜好(喫煙、アルコール、コーヒーなど)、薬剤、精神的ストレスや興奮によっても起きる。一般に上室性期外収縮の頻発は動悸として訴えられる。
上室性期外収縮自体が生命に影響を与えることはなく、良性の不整脈と認識される。ただし、上室性期外収縮の頻脈が心房細動を引き起こすことがあり、これが二次的脳梗塞を合併すると著しいQOLの低下につながる。
(d) 心室性期外収縮は、健常人にも最も普通に見られる不整脈であり、器質的心疾患や全身性疾患に伴うこともあれば、明らかな原因なく起きることもある。たった一発でも動悸を訴える例もある。
心室性期外収縮が認められただけでは危険というわけではない。したがって、基礎心疾患のない症例で散発的に出るものは放置してよいが、器質的心病変のある例では発作性心室頻脈や心室細動の引き金となって致命的になり得るので、その臨床的意義は種々の条件を考慮して総合的に判断すべきである。
d ブルガダ症候群及びブルガダ型様の心電図波形について
(a) 基礎心疾患のない心機能正常例に突然、心室細動が発生することがあり、特発性心室細動と呼ばれるが、その中でも、胸部第1~3誘導の右脚ブロック様波形とST上昇という特異な心電図所見を特徴とするのがブルガダ症候群と呼ばれるようになった。その後、右脚ブロックは必須の所見とされなくなっている。
上記の特徴的なST上昇には、上向きに凸のcove型(弓形)と下向きに凸のsaddle back型(馬の鞍型)があり、V1~V3誘導のJ点(QRS終末部とST部分の接合部)において、①2mm以上のcove型ST上昇を示すタイプ1、②1mm以上のsaddle back型ST上昇を示すタイプ2、③1mm未満のcove型又はsaddle back型上昇を示すタイプ3に分けられる。また、cove型のST上昇を示す心電図は「ブルガダ(型)心電図」と呼ばれる。
(b) ブルガダ症候群には、失神・めまい・動悸や心室細動等の症状を伴う有症候性と心電図異常を有するが症状のない無症候性があり、有症候性の予後はおおむね不良であるが、無症候性の予後は一部を除いて比較的良好とされ、平成13年から平成17年までに集積された日本における無症候性の患者305例について、平均36か月間観察したところ、年間心事故発生率は0.5%であったとの報告がされている。
また、大阪府守口市における市民検診1万3932人の成人のうちブルガダ型心電図を示したのが458人(3.1%)であり、約1年間の観察において、上記458人のうち突然死は0.68%(非ブルガダ型心電図例では0.20%)であったとの報告がある。
(c) 近年、ブルガダ症候群の家系の遺伝子解析から、遺伝子異常保有者が相当数存在するとの報告がある。
(d) ブルガダ症候群の診断基準は、次のとおりとされている。
① タイプ1の心電図が右胸部誘導の一つ以上に認められることに加え、
② 次の一つ以上を満たすものであること
・ 失神や夜間の瀕死期呼吸を認めること
・ 45歳以下の突然死の家族歴を認めること
・ 亜属で典型的タイプ1心電図を認めること
・ 心臓電気生理検査により多形成心室頻拍・心室細動が誘発されること
③ タイプ2、3の場合は、薬物負荷や一肋間上で記録した心電図で典型的なタイプ1になった症例のみ、上記診断基準に当てはめる。
(証拠〈省略〉)
(2) Cの時間外労働時間数(以下では、1週間当たり40時間を超える労働時間のことをいう。ただし、一月毎に集計する上で、1週間に満たない日数が出る場合には、所定労働日の日数に8を乗じた時間数を超える労働時間をいう。)について
ア 県外の出張のない通常の勤務日の始業時刻
前記認定のとおり、Cは、平日の朝、遅くとも午前8時30分までには出社し、出勤すると、部下に連絡事項を伝達するなどの業務を開始していたのであるから、特別な場合を除き、午前8時30分には業務を開始していたと認めるのが相当である。
他方で、Cは、翌日の業務都合等でb営業所の所在するj市内に宿泊することがあり、宿泊した翌日は、平日よりも早く出社し、出張の準備をするなどの業務を開始していたから、b営業所の開錠時刻をCの始業時刻と認める。
また、Cが、午前中に有給休暇を取得している場合には、所定休憩時間の終了時刻である午後0時50分に業務を開始したと認める。
イ 県外出張のない通常の勤務日の終業時刻
前記認定のとおり、Cは、通常の日は、JR・l駅を午後10時47分に発車する最終の新幹線に間に合うようにb営業所を出ていたのであり、b営業所からJR・l駅までは徒歩で約6分であることからすると、特別な場合を除き、午後10時40分頃に業務を終了して退社していたと認めるのが相当である。
ただし、b営業所の施錠時刻が午後10時40分よりも前である場合には、その施錠時刻をCの業務終了時刻と認める。
他方で、Cが業務都合で遅くなった等のためにj市内に宿泊したときには、b営業所を出るのが午後11時を過ぎることがあり、同営業所のC以外の社員については、平日の夜、午後11時頃までに退社していたことからすると、Cがj市内に宿泊した日のb営業所の施錠時刻が午後11時を過ぎているときは、その施錠時刻をCの業務終了時刻と認めるのが相当である。
ウ 出張の日の始業時刻及び終業時刻
(ア) 前記認定のとおり、Cが出張する日については、出張先にCの自宅から直行し、直帰する場合があり、また、出張先で宿泊することがあったのであって、その労働時間の把握は困難であることから、次の(イ)~(エ)の例外を除き、所定始業時刻及び終業時刻を始業時刻及び終業時刻と推定する。
これに対し、原告は、東京本社での会議が終了するのは午後5時から午後6時頃で、会議終了後に本社の社員と打合せをすることもあったことから、東京本社で会議があるときのCの終業時刻は午後6時とする旨主張する。
しかし、本件全証拠を検討しても、会議が毎回午後6時頃に終了する、あるいは本社社員との打合せが毎回あるとは認められず、また、会議等が午後6時まで続いた日を特定することもできないから、原告の主張は採用できない。
(イ) 前記アのとおり、前日にj市内に宿泊している場合には、b営業所の開錠時刻を始業時刻と認める。
(ウ) Cが、出張先から営業所に戻って仕事をすることがあったことは前記認定のとおりである。そこで、Cが、出張先からj市内に戻り(なお、Cが、出張先に営業車で向かった場合、同車をb営業所に戻すために戻ってきていたと認められる。)、所定終業時刻以降にb営業所が開錠されたまま、あるいは新たに開錠されたことが認められる場合には、前記イと同様の終業時刻になると認める。
(エ) 取引先を接待した場合
原告は、Cが、平成17年2月25日、同年5月27日、同年6月3日、同月10日、同月23日、取引先を接待しており、接待は営業活動に必要不可欠のもので、営業成績の維持を使命とするb営業所長たるCは接待に参加することを事実上強制されていたことから、業務と認められ、接待は通常2時間程度行われるので、終業時刻を午後8時とする旨主張する。
そこで検討するに、前記認定した事実によれば、Cは、平成17年5月27日、同年6月3日、同月10日及び同月23日の4回にわたり、出張先において、展示会や会合が終わった後に取引先を接待したこと、これらの接待について、Cは、b営業所長としてその場を設定し、あるいは参加することが当然のように求められ、その接待費は経費として被告から精算されたことが認められ、以上の事実によれば、上記4回の接待は、Cの業務の延長であったと認めるのが相当である。ただし、上記接待をした時間を認めるに足りる的確な証拠がないので、接待に係る業務への従事時間は、1時間に限ってこれを認める。
これに対し、Cが平成17年2月25日に接待をしたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、この日の接待について原告の主張は、採用できない。
エ 持ち帰り残業
前記認定のとおり、Cは、平日の夜、自宅に帰ってきてからパソコンで資料作成をする業務を行うことが多かったのであるが、自宅において業務に従事した日を特定できない上、業務に従事した日の業務時間も証拠上明確でないため、労働時間の算定には含めない。
オ 土日及び国民の祝日の出勤
まず、勤務状況表(証拠〈省略〉)により出勤していることが認められる場合及び出張旅費精算書(証拠〈省略〉)により土日及び国民の祝日に出張など業務に従事していることが認められる場合には、前記ア~ウと同様の始業時刻及び終業時刻と認める。
また、前記認定のとおり、Cは、土曜日にも出勤することが多く、日曜日や国民の祝日にも出勤することがあったが、これらの日に出勤した場合であっても、原則として、勤務状況表に出勤したとの判を押さなかった。他方、Cの部下は、日曜日はほとんど出勤することがなく、部下のうち2人は土曜日には出勤したときがある(ただし、Fは、1、2時間程度しか勤務していない。)が、その場合は、勤務状況表に出勤したとの判を押したときと押さなかったときがある。そこで、次のとおり推定する。
(ア) 日曜日及び国民の祝日について
①b営業所がある程度長時間開錠されていた日で、②勤務状況表によりC以外の従業員の出勤が認められず、③上記開錠時間にCが和太鼓の練習等の私事をしておらず、かつ、通常の日の出退勤時刻に照らし、Cが開錠及び施錠をしたと考えてもおかしくない場合は、Cが業務に従事していたものと推定し、b営業所の開錠時刻及び施錠時刻をCの始業時刻及び終業時刻と認める。
(イ) 土曜日について
①b営業所がある程度長時間開錠されていた日で、②勤務状況表の記載とC以外の従業員の高崎労働基準監督署における陳述(証拠〈省略〉)とから同従業員らが上記開錠時間に出勤していたとは考えにくく、③上記開錠時間にCが私事をしておらず、かつ、通常の日の出退勤時刻に照らしCが開錠及び施錠をしたと考えてもおかしくない場合は、Cが業務に従事していたものと推定し、b営業所の開錠時刻及び施錠時刻をCの始業時刻及び終業時刻と認める。
カ 原告は、Cのm会の旅行の下見、旅行に出掛けた日を労働時間の中に含めるべきである旨主張する。
確かに、前記認定のとおり、m会の活動内容の中には、被告役員も参加して会社概況の説明や被告従業員の労働環境等についての質疑が行われる労使懇談会が含まれていること、Cが毎月のようにm会の会議のために大阪等に行くことについて、出勤扱いされ、その旅費は出張費用として被告から支給されていることからすると、m会の会議への参加自体は、業務に属するということができる。
しかし、m会の25周年記念行事としての北海道旅行及び九州旅行は、従業員の親睦や観光を目的にするにすぎないと考えられ、被告の事業運営上必要なものと客観的に認められず、また、これへの参加が強制されていると認めるべき証拠もなく、その参加費用のうち被告からCに支給されたのは自宅と羽田空港との間のJR費用だけであることも併せ考慮すると、同旅行への参加は、被告の業務に属するとはいえない。
同様に、同旅行の下見についても、被告の業務に属するとはいえないというべきであり、このことは、その下見に行った金曜日が欠勤扱いされなかったことによっては覆らない。
したがって、原告の上記主張は、採用できない。
キ 以上を前提にして、Cが急性心筋梗塞により死亡した平成17年6月26日の前6か月間のCの各日の労働時間等を検討すると、別紙「労働時間集計表」〈省略〉記載の「証拠」欄記載の証拠により同表記載の労働時間数等を認めることができ、これによれば、Cの時間外労働時間数は、少なくとも以下のとおりであると認められる。
平成17年5月27日~同年6月26日 70時間59分
同年4月27日~同年5月26日 79時間43分
同年3月27日~同年4月26日 113時間18分
同年2月27日~同年3月26日 80時間17分
同年1月27日~同年2月26日 75時間31分
平成16年12月27日~平成17年1月26日 88時間54分
死亡前3か月間の一月当たりの平均時間外労働時間 88時間
死亡前6か月間の一月当たりの平均時間外労働時間 84時間47分
2 争点(1)(Cの業務と死亡との間の因果関係の有無)について
(1) 前記認定のとおり、心臓疾患は、長い年月の生活の営みの中で、徐々に血管病変等が形成、進行及び増悪するといった自然経過をたどり発症する疾患であるところ、業務による過重な負荷が加わることにより、血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、心臓疾患を発症させる場合があることは医学的に広く認められている。
そこで、労働者が血管病変等の基礎疾患等を有している場合に、業務に起因する過重な負荷によって労働者の当該基礎疾患がその自然経過を超えて著しく増悪し、心臓疾患の発症をするに至った場合には、上記業務による過重な負荷が心臓疾患発症の原因となったものとして、労働者が従事していた業務と心臓疾患の発症との間に因果関係を認めるのが相当である。
ところで、脳・心臓疾患の業務上外の認定については、厚生労働省労働基準局長通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成13年12月12日付け基発第1063号。以下「平成13年基準」という。)が定められている。
これは、脳・心臓疾患(負傷に起因するものを除く。)が、どのような場合に業務上の疾病として取り扱われるかについての判断基準を定めたものであるところ、その対象疾病には心筋梗塞を含み上記医学的知見を踏まえるなどして作成されたものであることから、本件において、因果関係の有無を判断するに当たっても、この行政通達が参考となる。
平成13年基準は、①発症直前から前日までの間において、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(以下「異常な出来事」という。)に遭遇したこと、②発症に近接した時期(発症前おおむね1週間)において、特に過重な業務(以下「短期間の過重業務」という。)就労したこと、③発症前に長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務(以下「長期間の過重業務」という。)に就労したことのいずれかによる明らかな過重負荷を受けたことにより発生した脳・心臓疾患を業務上の疾病として扱うものとする。
このうち②の短期間の過重業務とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいい、それは、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚労働者又は同種労働者にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断することとされている。
このうち③の長期間の過重業務についても、②と同様、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同僚等にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断するものとするが、具体的な負荷要因のうち、疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間の観点から、発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働時間(1週間当たり40時間を超えて労働した時間数)が認められる場合には、時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価でき、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされている。その他の負荷要因として、出張の多い業務につき、出張中の業務内容、出張の頻度、交通手段、移動時間及び移動時間中の状況、宿泊の有無、宿泊施設の状況、出張中における睡眠を含む休憩・休息の状況、出張による疲労の回復状況等の観点から検討し、評価する必要があるとされている。
(2) Cの死亡前日の状況は、既に認定したとおりであり、Cは、休日に歯の治療や子である原告とイベントに出掛けているのであって、平成13年基準のいうところの「異常な出来事」があったとは認められない。
そこで、短期間又は長期間の過重業務があったか否かを検討する。
まず、死亡前1週間について検討すると、別紙「労働時間集計表」によれば、平成17年6月20日から同月26日までの時間外労働時間は少なくとも15時間54分である。そして、所定労働日5日間のうち4日間は取引先等への出張に出掛けており、そのうち同月23日及び24日の出張は出張先での宿泊を伴う2日間にわたるもので、しかも、同月23日には、被告の社長らと取引先の役員らの打合せ会や飲食会という緊張を伴う場に参加したこと、同月22日には、事前の各種報告の会議資料作成が必要となる社内会議に出席していたこと、出張等をしつつ、内勤業務も処理していたことが認められる。
さらに、死亡前6か月間についてみると、前記認定のとおり、時間外労働時間は、死亡前1か月間こそ70時間59分が認められるだけであるが、死亡前3か月間の平均の時間外労働時間は少なくとも88時間、死亡前6か月間の平均の時間外労働時間は少なくとも84時間47分と認められ、また、既に認定したとおり、持ち帰り残業をしていたことも認められることに鑑みれば、発症前2か月ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働があったと認めるのが相当である。さらに、その業務内容についてみると、既に認定したとおり、事前の各種報告の会議資料の作成が求められる東京本社での社内会議には死亡前6か月間で延べ17日間出席しており、営業目標金額が設定されている営業活動として、営業先への出張が死亡6か月間で延べ75日間(1か月当たりの平均出張日数は約12日間)、うち出張先での宿泊を伴うものは9回あり、そのほかにも業務都合による宿泊が多数回あった。また、上記出張の中には、部下が処理しきれないクレーム対応という精神的緊張を伴う業務も含まれ、また、酒に弱いのに、取引先との関係を維持するための接待を行うこともあったものである。
これらの事実からすれば、短期間の過重業務があったとまでいえるかはともかく、少なくとも死亡前6か月間に、Cは、多大で、緊張を伴う業務に従事して、身体的、精神的負荷を受けたと認められ、その発症前に長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したものと認めるのが相当である。Cが、死亡前に、日増しに疲れた様子が見て取れる状態であり、死亡する約2か月前に疲れが取れない旨医師に伝えていることはこの証左である。
(3) また、Cの急性心筋梗塞を引き起こしうる他の要因の有無について検討する。
この点につき、被告は、Cが心臓の不調を訴えて約2か月後に突然死していることから、その死亡は過労によるものでなく、不整脈という遺伝疾患に由来するものであった旨主張する。
確かに、既に認定したとおり、Cは、平成17年4月30日及び同年5月14日、r病院において、急性心筋梗塞(症)の疑い、閉塞性動脈硬化(症)の疑い、三尖弁閉鎖不全症の疑い、胸部大動脈瘤の疑い、心室性期外収縮の疑いと診断され、各種検査を受けた結果、上室性及び心室性の期外収縮、ブルガダ型様の心電図波形等が認められている。
しかしながら、前記認定のとおり、上室性及び心室性期外収縮は、健常人にも普通に認められる不整脈であり、これが認められたというだけでは生命の危険があるわけではないこと、Cの期外収縮は、単発で、自覚症状としても日常生活に影響を与えるほどではないとして、経過観察になったのであり、これに関連する心疾患について突然死と結びつくような異常は認められていないことに照らすと、上記期外収縮に関連する心疾患が自然的経過により急性心筋梗塞を発症したとは認められない。
また、ブルガダ型様の心電図波形についても、大阪府守口市における市民検診の症例では、ブルガダ型心電図を示した者のうち約1年間で突然死したのは0.68%にすぎない。そして、Cについては、失神、突然死の家族歴もなく、夜間に苦もんする状態もないとして、定期的な心電図検査の指示があっただけで、ブルガダ症候群と診断されることがなかったのであり、これについても、突然死と結びつくような異常は認められていない。加えて、証拠〈省略〉によれば、ブルガダ症候群による突然死の場合は不整脈(心室性細動)により死亡するのであって、急性心筋梗塞による死亡とは病態が異なることを認めることができる。そうすると、ブルガダ型様の心電図波形に係る疾患の自然的経過により急性心筋梗塞を発症したとも認められない。これに対し、被告は、r病院の上記診断は、Cの父親が急性心筋梗塞で死亡したという家族歴が反映されていない旨主張するが、ブルガダ症候群の診断基準として挙げられる突然死の家族歴は45歳以下家族の突然死であるところ、Cの父親は58歳で死亡した(人証〈省略〉)のであるから、このことが上記診断に影響を及ぼすとは考えられず、被告の上記主張は採用できない。
そして、他に、その自然的経過により急性心筋梗塞に至ったとすべき基礎疾患があったとはうかがわれない。
(3) 以上によれば、Cの急性心筋梗塞による死亡は、Cが従事した業務の過重性及び業務以外にCの死亡を引き起こし得るような他の決定的な要因が認められないことから、本件において、Cの本件業務とCの死亡との間には因果関係があるものと認められる。
3 争点(2)(被告の労務管理上の安全配慮義務違反の有無)について
(1) 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは、周知のところであり、労働基準法の労働時間に関する制限の定めや労働安全衛生法の健康配慮義務の定めは、上記のような危険が発生するのを防止することをも目的とするものと解されるから、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第2小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
(2) 証拠(証人D)によれば、被告は、Cのb営業所長としての業務内容として営業支援、各種報告の会議書類作成、帳簿類等の決裁などがあることを把握していたことが認められ、それに加えて、Cから勤務状況表(証拠〈省略〉)のみならず、出張旅費精算書及び領収書(証拠〈省略〉)の提出を受けることにより、相当程度の時間外労働や休日労働を行い、疲労を過度に蓄積して心身の健康を損なう危険があることを認識することができたはずであるから、Cの心身の健康を損なうことがないよう、人員体制を見直す等のCの業務負担を軽減する措置を講じる義務(安全配慮義務)を負っていたというべきである。それにもかかわらず、被告は、これを怠り、漫然とCに過重な労働に従事させたものであり、Cに対して負う上記の安全配慮義務を怠ったものといわざるを得ない。
これに対し、被告は、Cに対する定期的な健康診断の結果として異常は見つかっていないことや日々の業務遂行においてCが体調不良にあることはうかがわれなかったことから、認知し得たCの健康状態から何らかの配慮をすべき義務が生じていたとは言えない旨主張する。しかしながら、前記のとおり、被告は、Cにおいて相当程度の時間外労働や休日労働を行い、疲労を過度に蓄積して心身の健康を損なう危険があることを認識することができたのであって、被告の主張は採用できない。
(3) 被告はCが管理監督者であり、自らの勤務時間について自己決定権が与えられており、自分の判断で遅刻、早退が可能であり、死亡前の状況にも変わった点はないことから、労働時間について配慮すべき義務はなかった旨主張するので、以下検討する。
ア 管理監督者は、労働基準法が定める労働条件の最低基準である労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用が除外されるものであるところ、適用除外とされたのは、管理監督者が労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場にあり、その職務内容、責任及び権限の重要性に照らして、同法所定の労働時間の枠を超えて事業活動をすることが要請される一方、一般の労働者と比し、相応の賃金を受け取り、また、自らの労働時間について厳格な規制を受けず、比較的自由な裁量が認められているなどの待遇面及び勤務実態を考慮すれば、例外的に、労働時間等に関する規定を適用しなくても、過重な長時間労働を防止しようとした法の趣旨が没却されるおそれが乏しいことによるものと解される。
そこで、Cが管理監督者に該当するか否かの判断に当たっては、上記趣旨にかんがみ、当該労働者が職務内容、責任及び権限に照らし、労働条件の決定、その他の労務管理等の企業経営上の重要事項にどのように関与しているか、また、自己の出退勤につき一般の労働者と比較して自由な裁量が認められているか、賃金等の待遇が管理監督者というにふさわしいか否かなどの点について、諸般の事情を考慮して検討すべきものと解する。
イ これを本件についてみると、既に認定したとおり、たしかにCはb営業所長として同営業所における全社員6名の勤怠管理を行う権限を有し、また、一定の範囲で決済権限を有していたことが認められ、b営業所という部門の統括的な立場にあったことは認められる。
しかしながら、Cは、b営業所長として、月に3~4回、東京本社で行われる営業所長会議に出席していたが、その会議の主な内容は、各営業所長の報告と、意見交換であり、被告の経営についての重要事項に関して何らかの積極的な意思決定がされ、それにCが積極的な役割を果たしていたとは認められず、また、Cが、b営業所の部下の人事考課、昇給の決定、処分、解雇を含めた待遇の決定に積極的に関与したとも認められない。さらに、既に認定したとおり、Cは、長時間労働を余儀なくされていて実質的には出退勤に関する裁量はなかった。これらの事情からすれば、Cが、被告において管理職として扱われ、職分給月4万4350円、役付手当月5万5000円を支給されていたことをもってしても(証拠〈省略〉)、Cは、労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場であったとは認められず、管理監督者であったとはいえない。
そのため、Cが管理監督者に該当した旨の被告の主張は採用できない。
ウ また、既に認定したとおり、Cは、b営業所長として、自己を含む同営業所の従業員全員の勤怠管理をしていたのであるが、Cの営業所長としての業務は、極めて頻繁に社内会議や営業先への出張に出向き、その中で内勤業務を処理するというものであり、絶対的に業務量が多く、持ち帰り残業や土日出勤もしなければ処理しきれない状況にあったから、Cが自分の判断で自らの勤務時間を適正なものに減ずることは困難であったというべきである。そうすると、Cに勤怠管理の権限が与えられていたことは、被告の前記義務を否定する根拠となるものではない。
(4) 以上より、被告には、Cの死亡につき、安全配慮義務違反による債務不履行が成立するということができる。したがって、被告は、Cの相続人である原告に対し、損害賠償責任がある。
4 争点(3)(過失相殺等による賠償額の減額の有無及びその程度)について
(1) 素因減額について
被告は、Cの死亡にはブルガダ症候群の不整脈が素因として寄与していたのであり、素因減額すべきである旨主張する。
そこで検討するに、Cが、r病院における平成17年4月30日及び同年5月14日の各種検査によってブルガダ型様の心電図波形が認められたことは、前記認定のとおりである。そうすると、Cが、その頃、上記波形をもたらす心疾患を抱えていたことは明らかであること、その後2か月もたたないうちに、Cが死亡するに至ったこと、同病院の医師は、高崎労働基準監督署に対し、Cが突然死をしたのであれば、ブルガダ型心電図波形の関与は否定できない旨の意見書を提出していること(証拠〈省略〉)を総合すると、ブルガダ型様の心電図波形に係る疾患は、Cの死亡の決定的要因とまでは認められないものの、その死亡に一定程度関与したことは優に認めることができる。そして、同疾患が過重な業務により生じたことをうかがわせる証拠はない。
したがって、損害の公平な分担という理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用し、素因減額するのが相当である。
(2) 過失相殺について
被告は、Cは、管理監督者の地位にあり、出退勤について自己決定権を有していたのであるから、仮に過労があったとすれば、営業所での最終決裁者であったC自らその責任を負うべきである旨主張するが、Cが管理監督者でないことは前示のとおりである。
しかし、前記のとおり、Cがb営業所長として同営業所を統括する立場にあったことは認められるのであり、同営業所における自らを含めた勤務状況、従業員の不足等を直属の上司に申告するなどして、Cが被告に対し、業務軽減のための措置をとるように求めることは、同営業所を統括する立場にあったCの職責であり、これが不可能であったともいえない。
このような事情からすれば、Cには、同人の死亡について一定の過失があったというべきである。
(3) 素因減額及び過失相殺により減責すべき割合について
Cのブルガダ型様の心電図波形に係る疾患の状況、Cのb営業所長としての地位及び責任、前記3の被告の安全配慮義務違反の内容、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、損害の公平な分担という理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を適用ないし類推適用し、被告について2割の減責をするのが相当である。
5 争点(4)(損害の有無及びその程度)について
(1) 逸失利益 6791万7708円
前記前提事実及び証拠〈省略〉によれば、Cは死亡時44歳の働き盛りで、一家の支柱であり、死亡の前年である平成16年の年収額は675万5540円であることが認められる。
また、原告は、Cは違法に管理監督者として扱われ、時間外労働手当の支給対象外とされていたことから、厚生労働省が時間外労働限度基準としている月45時間の時間外労働手当分は損害の算定に当たって加算されるべきである旨主張するところ、既に認定したCの死亡前6か月間における労働時間数や平成13年基準の内容に照らすと、Cが、平成17年6月26日に過重な業務で死亡することがなければ一月当たり45時間の時間外労働を将来にわたって継続する蓋然性が高く、一月当たり45時間の時間外労働をするとしても、過重労働による脳血管疾患及び虚血性心疾患等を発症する危険はないものと認められるから、前記のとおり管理監督者ではないCは、上記の年収額に一月当たり45時間の時間外労働手当を加算した収入を将来にわたって上げることができたものと認めるのが相当である。そして、証拠〈省略〉によれば、Cは、平成16年及び平成17年における一月の給与として基本給23万9000円、販売奨励金3万7045円、食事手当1万2600円、職分給4万4350円、役付手当5万5000円、家族手当2万円及び住宅手当1万円の合計41万7995円を得ていたことが認められ、労働基準法37条5項、同施行規則21条により同法37条1項の割増賃金の計算の基礎となる賃金に算入されない家族手当及び住宅手当の合計3万円を除いた38万7995円を基礎に時間外労働手当分を加算すべきであると解される。38万7995円を基礎に平成16年における所定労働時間の1時間当たりの賃金額を算定すると、2424円〔38万7995円÷月の所定労働時間160時間(平成16年の所定労働日244日(366日から、日曜日52日、土曜日52日、国民の祝日・年末年始休日17日、夏期休暇1日を減じた日数)×1日の所定労働時間7時間55分÷12か月=160時間(1時間未満切捨て))=2424円(1円未満切捨て)〕となり、一月当たり45時間の時間外労働手当は13万6350円〔2424円×1.25(労働基準法37条1項参照)×45時間=13万6350円〕となる。
以上の事実からすれば、平成16年の年収額675万5540円に一月当たり45時間の時間外労働手当の年額分163万6200円(13万6350円×12か月=163万6200円)を加えた839万1740円から生活費として4割を控除した金額に、労働能力喪失期間23年に対応するライプニッツ係数(13.489)を掛けた金額である6791万7708円〔839万1740円×13.489×(1-0.4)=6791万7708円(1円未満切捨て。以下同じ。)〕を、Cの死亡による逸失利益と認めるのが相当である。
これに対し、被告は、就業規則で60歳の定年制を規定していることから、Cが高額の賃金を得られる蓋然性があったのは60歳までであり、Cが60歳に達する平成33年以降は一般の賃金センサスによるべきである旨主張する。しかしながら、Cについては、将来の更なる昇進や転職の可能性等もあるのであり、これらの可能性を考慮すれば、少なくともCが死亡した当時の年収程度の収入を、稼働可能であったと認められる67歳まで得られる蓋然性はあったと認められる。そのため、被告の主張は採用できない。
(2) 死亡慰謝料 2800万円
Cは、死亡時に44歳と働き盛りのときに突然死亡したものであり、扶養する息子(原告)を残して死亡するに至り、原告らの供述などからうかがわれるその人柄からしても、深い無念の想いを抱いて死んでいったものと考えられる。また、被告は、前記の安全配慮義務の履行を怠って、Cを過重な労働に従事させたものであり、強い非難に値する。加えて、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、Cの被った損害を慰謝するには、2800万円が相当であると認められる。
(3) 退職金差額 0円
Cが定年(満60歳)まで勤務した場合の退職金を算定すると1326万4060円になることは当事者間に争いがなく、16年のライプニッツ係数(0.45811152)を用いて同退職金の死亡時の現価を算定すると、607万6391円(1326万4000円×0.45811152)となる。他方で、現実に支払われたCの退職金が625万8000円であることも当事者間に争いがなく、この金額は定年退職金の現価よりも多額である。そうすると、退職金差額による損害は生じていないというべきである。
(4) 葬儀費用 150万円
葬儀費用については、150万円が相当因果関係の範囲内にある損害と認める。
(5) 小計 9741万7708円
(6) 素因減額・過失相殺後の金額 7793万4166円
前記のとおり、損害額から2割を減ずるのが相当である。
(7) 損益相殺後の金額 3278万8913円
前記前堤事実のとおり、労災遺族補償年金2016万8753円、葬祭料97万6500円、被告から支給された労災上積み補償2400万円、合計4514万5253円が支払われている。そして、労災遺族補償年金はCの逸失利益(素因減額・過失相殺後の金額)に充当され、葬祭料は葬儀費用(同)に充当され、かつ、いずれもCの死亡時に填補されたものと評価するのが相当である。また、弁論の全趣旨によれば、被告から支給された労災上積み補償は、従業員の業務上の死亡による損害を填補する趣旨のものであり、後記の遅延損害金の起算日前に支払があったものと認められることから、全損害(ただし、逸失利益については、労災遺族補償年金を控除後の損害額、葬儀費用については、葬祭料を控除後の損害額である。)に充当されたと認めるのが相当である。
したがって、これらを控除した後の損害額は、3278万8913円〔(逸失利益6791万7708円×0.8-2016万8753円)+死亡慰謝料2800万円×0.8+(葬儀費用150万円×0.8-97万6500円)-2400万円=3278万8913円)〕となる。
これに対し、原告は、労災遺族補償年金については、逸失利益の損害賠償請求権の元本ではなく、同請求権の履行遅滞による遅延損害金請求権にまず充当されるべきである旨主張する。しかしながら、債務不履行に基づく損害賠償請求権者が債務不履行によって損害を被ると同時に、同一の原因によって利益を受ける場合には、損害と利益との間に同質性がある限り、公平の見地から、その利益の額を同請求権者が債務者に対して賠償を求める損害額から控除することによって損益相殺的な調整を図る必要があり、また、同請求権者が債務不履行によって死亡し、その損害賠償請求権を取得した相続人が債務不履行と同一の原因によって利益を受ける場合にも、上記の損益相殺的な調整を図る必要があり得る。そして、同請求権者が、債務不履行によって死亡した場合において、労働者災害補償保険法に基づく各種社会保険給付を受けたときは、この社会保険給付は、それぞれの制度の趣旨目的に従い、特定の損害について必要額を填補するために支給されるものであるから、同給付については、填補の対象となる特定の損害と同性質であり、かつ、相互補完性を有する損害の元本との間で、損益相殺的な調整を行うべきものと解するのが相当である。これを同法に基づく遺族補償年金給付についてみると、労働者の収入によって生計を維持していた者に給付されるものであって、給与収入等を含めた労働者の逸失利益全般と同性質であり、かつ、相互補完性を有するものであることから、逸失利益全般の元本との間で損益相殺的な調整を行うべきものと解すべきであり、性質を異にする同元本に対する遅延損害金との間で調整することは相当でない。そのため、原告の主張は採用できない。
(8) 弁護士費用 327万円
本件訴訟の内容、難易の程度、認容額、請求額、審理経過等本件に現れた一切の事情を考慮すると、原告の弁護士費用として327万円の範囲内で相当因果関係の範囲内にある損害と認める。
(9) 合計 3605万8913円
(10) 遅延損害金の起算日
前記前提事実によれば、原告は、被告に対し、平成20年11月13日に到達した内容証明郵便により、本件損害賠償請求の催告を行ったことが認められるので、本件損害賠償請求権は翌14日に遅滞に陥ったものと認める。
6 結論
以上によれば、原告の請求は、被告に対し、3605万8913円及びこれに対する平成20年11月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森一岳 裁判官 八木貴美子 裁判官 飯塚謙)
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