【営業代行から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(319)平成19年 7月19日 東京地裁 平18(特わ)2832号 各証券取引法違反被告事件 〔村上ファンド事件・第一審〕

判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(319)平成19年 7月19日 東京地裁 平18(特わ)2832号 各証券取引法違反被告事件 〔村上ファンド事件・第一審〕

裁判年月日  平成19年 7月19日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平18(特わ)2832号
事件名  各証券取引法違反被告事件 〔村上ファンド事件・第一審〕
裁判結果  有罪  上訴等  控訴  文献番号  2007WLJPCA07198025

要旨
◆被告会社の実質的経営者であった被告人が、株式会社ライブドアの代表者らから、インサイダー情報である株式会社ライブドアが株式会社ニッポン放送の上場株券等を買い集めることについての決定をした旨の事実の伝達を受け、その事実の公表前に、株式会社ニッポン放送の株券を大量に買い付けたという事案について、①ライブドアの業務執行を決定する機関が、同社においてニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定をしたとして、被告人及び被告会社にインサイダー取引の成立が認められた事例、②被告人に懲役2年の実刑及び罰金刑が併科された事例、③複数回に分けて購入された株式が複数回に分けて売却された場合の株式の追徴額に関して、インサイダー取引において没収の対象となる株式は、規制期間の前後を問わず先入れ先出し法に従って特定すべきであるとされた事例

裁判経過
上告審 平成23年 6月 6日 最高裁第一小法廷 判決 平21(あ)375号 証券取引法違反被告事件 〔村上ファンド事件・上告審〕
控訴審 平成21年 2月 3日 東京高裁 判決 平19(う)2251号 証券取引法違反被告事件 〔村上ファンド事件・控訴審〕

評釈
太田洋・旬刊商事法務 1830号20頁
丹羽繁夫・NBL 894号27頁
松本真輔・ファイナンシャルコンプライアンス 37巻12号59頁
太田洋・金融商品取引法研究会研究記録 21号1頁(報告)
松本真輔・月刊監査役 532号48頁

参照条文
証券取引法167条1項(平16法97改正前)
証券取引法167条3項
証券取引法198条19号(平17法87改正前)
証券取引法198条の2
証券取引法207条1項2号(平17法87改正前)
証券取引法施行令31条(平17政19改正前)

裁判年月日  平成19年 7月19日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平18(特わ)2832号
事件名  各証券取引法違反被告事件 〔村上ファンド事件・第一審〕
裁判結果  有罪  上訴等  控訴  文献番号  2007WLJPCA07198025

上記両名に対する各証券取引法違反被告事件について,当裁判所は,検察官山下貴司,同入谷淳,被告人両名の私選弁護人奥田洋一(被告人株式会社MACアセットマネジメントの主任弁護人),同川原史郎(被告人甲山A夫の主任弁護人),同則定衛,同溝口哲史,同森田亜希子各出席の上審理し,次のとおり判決する。

 

 

主文

被告人株式会社MACアセットマネジメントを罰金3億円に,被告人甲山A夫を懲役2年及び罰金300万円に,それぞれ処する。
被告人甲山A夫においてその罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間,同被告人を労役場に留置する。
被告人甲山A夫から金11億4900万6326円を追徴する。
訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

 

 

理由

(罪となるべき事実)
被告人株式会社MACアセットマネジメント(以下「被告会社」という。)は,投資顧問業者として関東財務局長の登録を受けるとともに,内閣総理大臣から投資一任契約に係る業務を行うことの認可を受けて投資事業組合等と投資一任契約を締結して同契約に係る業務を行っていたもの,被告人甲山A夫は,被告会社の取締役であり実質的経営者であったものであるが,被告人甲山は,被告会社の業務及び財産に関し,平成16年11月8日ころ,株式会社ライブドア代表取締役兼最高経営責任者であった乙川B雄らから,同人らがその者の職務に関し知った,同社の業務執行を決定する機関が,同社において東京証券取引所市場第2部に上場されていた株式会社ニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定をした旨の公開買付けに準ずる行為の実施に関する事実の伝達を受け,同事実の公表前に同株券を買い付けて利益を得ようと企て,法定の除外事由がないのに,同事実の公表前である同年11月9日から平成17年1月26日までの間,クレディスイスファーストボストン証券会社等を介するなどして,東京都中央区〈以下省略〉所在の東京証券取引所市場第2部等において,ニッポン放送の株券合計193万3100株を価格合計99億5216万2084円で買い付けた。
(証拠の標目)
かっこ内の甲乙の番号は,証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。
1  第1回公判調書中の被告人甲山A夫の供述部分,被告人甲山A夫の検察官調書(乙3,8ないし14)及び勾留質問調書(乙2)
2  第1回公判調書中の被告会社代表者丙谷C郎の供述部分,被告会社代表者丙谷C郎の検察官調書(乙22ないし24)
3  下記証人の公判調書(かっこ内は公判期日の回数)中の各供述部分
丁沢D介(第1回ないし第4回),戊野E作(第4回,第5回),己原F平(第5回,第6回),庚崎G吉(第12回)
4  下記の者の各検察官調書(※のあるものについては,不同意部分を除く。)
己原F平(甲56※),辛田H夫(甲58,59),壬岡I雄(甲60※),癸井J郎(甲61※),丑木K介(甲62),寅葉L作(甲74ないし77),卯波M平(甲82,84,87ないし89),辰口N子(甲91ないし93),巳上O吉(甲94,95),午下P夫(甲96ないし98,101),未山Q雄(甲103),申川R郎(甲104,105),丙谷S美(甲107※),戌沢T介(甲109),亥野U作(甲118)
5  下記の者に対する証券取引等監視委員会証券取引特別調査官作成の各質問調書(※のあるものについては,不同意部分を除く。)
甲川V平(甲18),乙谷W吉(甲19,20),亥野U作(甲21),丙沢A雄(甲22),丁野B郎(甲23),戊原C代(甲24,25),己崎D作(甲26),庚田E平(甲27※),辛岡F江(甲28),壬井G夫(甲29),癸木H雄(甲30※),丑葉I郎(甲65)
6  検察官作成の捜査報告書(甲1,5ないし8,119)
7  検察事務官作成の捜査報告書(甲48,124)
8  証券取引等監視委員会証券取引特別調査官作成の調査官報告書(甲115),資料入手報告書(甲2,34),照会書謄本(甲3)
9  関東財務局理財部証券監督課長作成の回答書(甲4)
10  履歴事項全部証明書(乙20)
(事実認定の補足説明)
以下,人名については姓のみで呼称し,法人名については株式会社,有限会社の呼称を省略することがあるほか,下記のとおりの略称等を用いることがある(五十音順)。
・ エクイティ(による資金調達)・・・エクイティ・ファイナンス。銀行などからの融資ではなく,自ら株式などを発行して資金を調達すること。
・ エグジット・・・保有する株式等を売却するなどして現金化すること。
・ M&A・・・企業の買収,再編。mergers&acquisitionsの略。
・ MSCB・・・転換価額修正条項付き転換社債の略称
・ サウスイースタン・・・サウスイースタン・アセット・マネジメント(Southeastern Assset Management,米国の投資ファンド)
・ 大量買集め・・・当該会社の総株主の議決権の数の5%以上を買い付けることを指す。
・ 大量保有報告書・・・証券取引法27条の23以下に定める報告書。「変更報告書」も含んで指す場合もある。
・ TOB・・・株式公開買付け
・ トストネット・・・ToSTNeT(Tokyo Stock exchange Trading Network system)。東京証券取引所の立会外取引に用いられる電子取引ネットワークシステム。単一銘柄取引及びバスケット対当取引を対象とし,前場と後場の間に稼働するToSTNeT-1と,終値取引を対象とするToSTNeT-2がある。
・ 被告人・・・特に断らない限り,被告人甲山A夫
・ ピーター・カンディル・・・ピーター・カンディル・アンド・アソシエイツ(Peter Cundill&Associates,カナダ系の投資ファンド)
・ プロキシーファイト・・・委任状争奪戦。株主総会の議案について,株主が会社提案と異なる議案を提案し(株主提案),株主総会において議決権獲得を会社の経営陣と争うこと。
・ ブロック(トレード)・・・一者が大量に保有している株式を,一時期に売却する際に生じる取引。
・ マック・ジャパン・・・マック・ジャパン・アクティブ・シェアホルダー・ファンド(MAC Japan Active Shareholder Fund)
・ マック・スモール・キャップ・・・MAC Small Cap投資事業組合
・ 村上ファンド・・・被告人が主宰し,被告会社の取り扱っていたファンドの総称。又は,被告会社とM&Aコンサルティングを含む被告人が一体として統括する会社組織の総称。
・ メール・・・電子メール
第1  本件の争点
本件公訴事実は,判示事実のとおりであるが,被告人らは,公訴事実中,被告会社の業務内容,被告人が被告会社の取締役であり実質的経営者であったこと及び平成16年11月9日から平成17年1月26日までの間,クレディスイスファーストボストン証券会社等を介するなどして,ニッポン放送の株券合計193万3100株を購入したこと,平成16年11月8日に乙川B雄らから,ニッポン放送の経営権を取りたいとの趣旨の話を聞いたことについては,間違いないが,乙川の話が本気とは到底思えず,思いつきの面白おかしい大言壮語を聞いたと思っていた,ニッポン放送株はそれ以前からプロキシーファイトに向けて買い増していたのであり,ライブドアの大量買集め情報を入手し,それを念頭に置いて買い進めたのではないから,無罪である,被告人両名の弁護人は,①(平成16年11月8日までに)ライブドアの業務執行を決定する機関が,ニッポン放送株の大量買集めをすることについての決定はしていない,②被告人が上記買集めに関する事実の伝達を受けたこともない,③被告人にインサイダー取引の故意はない,④購入したニッポン放送の株券合計193万3100株すべてについて,被告人が関与したわけではない,⑤本件買付けは,証券取引法の規制の対象外となる「共同買付け」に当たる,よって,被告人両名は無罪である,とそれぞれ主張している。
そこで,以下,判示のとおり認定した理由を補足して説明する。
第2  前提事実
以下の事実については,証拠上明らかに認められ,当事者間にも特に争いはない。
1  被告会社ないし村上ファンドの成立,概要等
(1) 被告人の経歴,被告会社の設立
被告人は,平成11年7月末,当時の通商産業省を退職し,被告会社(当時の商号は株式会社エムアンドエイコンサルティング)を設立してその代表取締役となり,いわゆる村上ファンドを立ち上げた。同社は,平成11年6月28日,企業経営及び財務のコンサルティング,企業の合併,提携等に関する指導,仲介及び斡旋,有価証券の保有,運用,売買及び投資,投資事業組合財産の運用及び管理等を目的として設立され,平成12年9月29日関東財務局に投資顧問業者として登録され,平成13年3月5日内閣総理大臣から投資一任契約の認可を受けた。
設立当初の被告会社においては,被告人が代表取締役社長となり,取締役副社長として,被告人の中学,高校時代の同級生で,野村證券に勤務し,通産省への出向経験もあった丙谷C郎(現被告会社代表者),被告人の大学の同級生で,警察庁,コンサルティング会社等を経て被告会社設立に参加した寅葉L作の2名が就任した。その他被告人と並んで大株主となったオリックス株式会社から社外取締役の派遣を受けたほか,被告人の大学の同級生であった弁護士の寅波J介が監査役となった。
被告会社の株主は,被告人(当初は本人名義,後に同人の資産管理会社である有限会社オフィスサポート名義)とオリックス株式会社がそれぞれ半数近くの株式を保有する大株主であったほか,寅葉,丙谷ら(同人らの資産管理会社名義を含む。)も少数の株式を保有していた。
(2) 村上ファンドの活動方針
被告会社では,その設立後間もなく,被告人その他が出資して,約37億円の規模で投資ファンドの事業,すなわち村上ファンドの活動を開始した。村上ファンドは,いわゆる投資ファンドであり,その運営に当たっては,投資家から出資を受けた財産を運用によりできるだけ増加させること,すなわちファンドとしての利益の最大化が大きな目標とされていた。
投資対象とした企業に対しては,被告人自らが,「日本の上場企業の在り方,資本市場の在り方を問う」とか,「株主価値の向上」などの理念を唱えて,その経営者に面会するなどした上で,株価上昇や,利益の株主への還元などのため,中核となる事業に資産を傾注したり,余剰の資産を処分したり,増配や自己株式取得をすべきであるなどという具体的な提案を行った(アクティビスト活動)。そして,投資先の企業経営者の反応によっては,被告人の主導の下に,株主総会に向けて増配や取締役選任等の株主提案を行い,そのための議決権を確保するための活動,すなわちプロキシーファイトを行うことや,TOBを行うことなどの積極策をとることもあった。ただし,投資先企業の経営権取得を目的とした活動を行うとしても,それは,あくまでも,前記のような「株主価値の向上」を図り,最終的には保有する株式を売却して利益を実現することを目的としたものであり,その企業を経営することを目的とするものではなかった。
村上ファンドでは,本件以前に,昭栄に対する敵対的TOB,東京スタイルに対するプロキシーファイトを挑んだが,いずれも失敗に終わった。
(3) 運営の実態
ア 一社時代の運営
村上ファンドの運営においては,被告人がファンド事業全体の戦略を組み立て,具体的な投資対象を選定し,自らアクティビスト活動を行っており,かつ,社内の人事権も握っていたのであって,その経営の全般を独りで統括していた。その他M&Aのアドバイスや書類の作成等の実務を丙谷が担当し,コンプライアンスと外国人投資家との交渉等を寅葉が担当していた。
また,被告人は,各ファンドにおける具体的な株式の売買(トレーディング)についても,その銘柄,売買する株式の数,売買する期間等を,トレーディング部門に具体的な指示をしていた。なお,トレーディング部門を統括していたのは当初は巳上O吉であり,平成14年3月に午下P夫が入社してからは同人であった。
このように,村上ファンドは,実質的に被告人一人の主導の下に運営されていた。
イ 分社化の経緯
被告会社(エムアンドエイコンサルティング)は,設立以来,ファンドの運営等の投資顧問業とアクティビスト活動等のコンサルタント業務とを同一の会社で行っていたが,平成16年6月14日,現在の商号である「株式会社MACアセットマネジメント」に商号変更した。それとともに,同月1日,前記昭栄のM&Aの準備のために休眠会社を買い取ったものの,そのまま休眠させていた株式会社エム・エイ・シーを「株式会社M&Aコンサルティング」に商号変更し,同社に被告会社のアクティビスト部門及びアナリスト部門を移し,MACアセット(被告会社)は,ファンドの運用,管理等の投資顧問業に特化することとなった。そして,被告人は,M&Aコンサルティングの代表取締役社長となる一方,被告会社の代表取締役を辞任し,非常勤取締役となった。同時に丙谷と寅葉もM&Aコンサルティングの取締役副社長となるとともに,被告会社については非常勤取締役となった。被告会社の代表取締役には,被告人の指名により,巳上が就任した。
これらの措置は,要するに被告会社の分社化を図ったものであるが,村上ファンドの法律顧問的立場にあった監査役の寅波が,アクティビスト活動と投資顧問業については,別会社で行わせるのが相当であると助言したことによりなされたものであった。なお,証券会社等では,株の営業,自己売買を行っている部門と,投資銀行部門において情報の壁を作って遮断し,お互いに何をやってるのか全く分からないようにするのが通常であり(チャイニーズ・ウォール),寅波は被告人らに具体的な取引について指示をするのはよくないとの認識を示していた。
分社化以後の被告会社とM&Aコンサルティングの役員については,前者については,代表取締役が巳上,非常勤取締役が被告人,丙谷,寅葉,社外取締役として卯口K作(平成17年5月31日以後は戌沢T介。),監査役が寅波であり,後者については,代表取締役が被告人,取締役が丙谷,寅葉,卯波M平,社外取締役が辰上L平,監査役は同じく寅波であった。
ウ 分社後の経営実態
にもかかわらず,被告会社とM&Aコンサルティングは,以下の事情が示すとおり,分社後も実質的にM&Aコンサルティングの代表者である被告人の主導の下で一体的な経営がなされていた。
すなわち,両社の事務所は,平成16年6月以降は六本木ヒルズの同一の階に隣り合って設けられ,出入口自体は別々であったが,両事務所の間にある第1会議室を通じて行き来が可能であった。
両社の組織は「甲山対個人を基本とする。」とされ,人事,給与等の決定は,いずれも被告人の主導によりなされ,様々な部門やプロジェクトチームがあったとしても,基本的には,個々の従業員が被告人から直接指揮命令を受ける構造となっていた。また,両社の財務,経理,人事等の事務は,すべてM&Aコンサルティングに所属する申川R郎と巳下M子らにより取り仕切られていた。
被告人,丙谷,寅葉の3名は分社後も両社の取締役にとどまり,取締役会も毎回両社について連続して行われ,3名とも両方に出席していた。被告人が代表取締役であったM&Aコンサルティングにおいてはもちろんのこと,非常勤取締役にとどまっていた被告会社においても,取締役会の議事は被告人が主導して進められていた。
また,被告会社においては,従前分社前のエムアンドエイコンサルティングでなされていたと同様,M&Aコンサルティングと合同で,投資戦略会議等の名称を有する会議が,前記のとおりの両社事務所の間にある会議室で行われており,ファンドの投資先企業に関する分析,アクティビスト活動の進捗状況の報告,それに基づく具体的な投資戦略,すなわち新規投資銘柄の選定や保有銘柄の目標株価等について協議されていたが,そこには,被告人,丙谷,寅葉も出席しており,基本的には被告人の主導,指示により方針が決められていた。換言すれば,村上ファンドは,形の上ではチャイニーズ・ウォールを設けていたものの,実態として障壁は存在していなかった。
(4) 村上ファンドを構成する個別のファンドの概要
平成16年11月8日から平成17年1月26日までの期間において,村上ファンドを構成していたファンドは以下の3つであった。
ア マック・ジャパン
マック・ジャパンは,村上ファンド設立後組成されたファンドを集約するために,平成13年1月に組成されたもので,被告人その他の村上ファンド関係者や国内外の機関投資家から資金を集めた上で組成された。
マック・ジャパンは,タックス・ヘイブン(租税回避地)であるケイマン諸島に籍を置く非課税リミテッドパートナーシップとされ,無限責任を負うゼネラルパートナーと有限責任を負うリミテッドパートナーで構成された。ゼネラルパートナーはケイマン諸島に設立されたMAC International Ltd.(マック・インターナショナル)であり,被告会社が投資アドバイザー(パートナーシップに対する投資アドバイザー及びゼネラルパートナーへの投資調査)を務めていた。
マック・ジャパンの最低出資額は原則として10億円であり,出資総額は,発足直後の平成13年2月末で約102億円,同年末で約482億円,平成14年末で約534億円,平成15年末で約517億円,平成16年末で約567億円,平成17年末には約1188億円であった。
イ マック・スモール・キャップ
マック・スモール・キャップは,原則として時価総額が100億円以下の小規模な企業を投資対象とするファンドとして,平成16年4月30日に組成されたファンドで,当初の出資金総額は129億円であった。マック・スモール・キャップの法的な契約形態は,民法上の組合とされ,組合員は,1口1億円を出資するものとした。
マック・スモール・キャップにおいて,投資対象の決定等事業の遂行を行う業務執行組合員は,M&Aコンサルティング(ファンド発足当初は商号変更前の商号であるエム・エイ・シー)であり,組合管理手数料や成功報酬を受け取っていた。
なお,同年12月30日,被告人は,マック・スモール・キャップに対する第三者の出資持分22億円相当分を譲り受け,そのうち20億円相当の出資持分が実質的に被告人と同視できる有限会社オフィスサポート(以下「オフィスサポート」という。)名義となっており,その結果,被告人は,マック・スモール・キャップに対する自らの実質的な出資割合をそれまでの129分の3から129分の23に急増させた。
ウ メロン・マック・ファンド
被告会社は,アメリカのスタンフォード大学資金管理団体(Stanford Management Company on behalf of The Board of Trustees of the Leland Stanford Junior University,以下「スタンフォード」という。)との間で,米国の銀行であるメロンバンク(Mellon Bank)に開設された管理口座に保管された同大学の資金について,被告会社を「投資管理者(Investment Manager)」とした投資一任契約を締結した上,同資金を運用しており,被告会社は,この資金を「スタンフォード(Stanford)」又は「メロン・マック・ファンド(Mellon-MAC Fund)」という名称で管理していた。なお,この投資一任契約は,平成15年12月11日付けでエムアンドエイコンサルティング(被告会社)との間で締結され,平成16年6月以降は,被告会社を投資管理者とし,M&Aコンサルティングを「対外交渉管理者(Activist Manager)」とされたものであった。
メロン・マック・ファンドの出資者は,スタンフォードのみであるが,投資管理者たる被告会社は,投資口座で保有する株式又は証券について,株主等として投票する権限を有することとされていた。
メロン・マック・ファンドの出資金は,当初約107億4800万円(1億ドル相当)であり,その後,平成16年7月,同年12月の2回引き上げられており,平成16年12月現在では約214億4200万円(2億ドル相当)であった(なお,平成17年7月にも出資額の引上げがされている。)。平成17年3月末現在の純資産総額は,約313億9676万円となっていた。
2  ライブドアの概要及び被告人と乙川との親密な関係
(1) ライブドアの概要
ライブドアは,平成8年4月,インターネット関連事業等を目的として,乙川らにより有限会社オン・ザ・エッヂとして設立され,平成9年7月に株式会社に組織変更され,平成12年4月には東証マザーズ市場に上場した。その後,平成15年4月にエッジ株式会社,平成16年2月に株式会社ライブドアと順次商号変更された。乙川は,ライブドアの創業者であり,上場後も圧倒的な持株割合を有する筆頭株主であり続けるとともに,代表取締役兼最高経営責任者(CEO)として,会社を代表していた。丁沢D介は,取締役兼最高財務責任者(CFO)の肩書を有し,ライブドアの財務面の責任者を務めるとともに,M&A等企業買収についての戦略立案,実施等を担当する系列会社のライブドアファイナンス株式会社の取締役等も乙川とともに兼ねていた。平成16年10月25日には,イーバンクの買収失敗の件で,ライブドアの取締役等の役員の職を辞任したものの,引き続きライブドアの従業員としてその財務面を取り仕切り,同年12月26日には取締役に復帰した。辛田H夫は,平成16年12月まではライブドアの経営企画管理本部担当執行役員副社長の肩書を有し,同月からはライブドアの取締役となった。同人は,ライブドアの資本政策,投資家向け広報活動(IR)業務のほか,ライブドアによる株式投資,運用等も担当していた。
(2) 被告人と乙川との出会い,親交等
被告人と乙川が最初に直接出会ったのは,平成15年5月23日,ライブドア(当時エッジ)主催のセミナーに被告人が講師として呼ばれた際であり,その後,両者は個人的にも親交を深め,頻繁に会ったり電話をしたりして,情報交換等をするようになった。また,ライブドアの手掛けていた電子商取引事業やイーバンクの買収関係等でも被告人と乙川,丁沢らは頻繁に接触をしていた。
ライブドアが平成16年七,八月ころに株式の10分割を行った際,被告人は,乙川から同社株の貸し株を受け,これを空売りして巨額の利益を得るなどしていた。
平成16年12月ころ,被告人は,スポーツジムで偶然会った乙川を自宅に招いて,手料理(おでん)を振る舞うなどしており,本件前後も被告人と乙川の個人的な交際は続いていた。
3  ニッポン放送,フジテレビ等の概要及びその資本構造等
ニッポン放送は,昭和29年4月,一般放送事業等を目的として設立されたラジオ放送会社であり,フジテレビは昭和32年11月に設立されたテレビ局であったが,フジテレビはその設立の経緯から,ニッポン放送が一貫して筆頭株主としての地位にあった。そして,設立後,ニッポン放送は,設立時の発起人の一人で,その筆頭株主であった午山N吉が支配権を握り,ニッポン放送が持株会社のような役割を有した上で他の各社を統括する「フジサンケイグループ」が形成された。その後,午山N吉からその長男の午山O夫,娘婿の午山P雄が順次フジサンケイグループのトップとなり,午山P雄がニッポン放送,フジテレビ,産経新聞の代表取締役会長になったが,同人は平成4年7月に解任された。
平成8年12月に,ニッポン放送が東京証券取引所市場第2部に上場し,その後平成9年8月に,フジテレビが同市場第1部に上場した。
平成16年当時,ニッポン放送株の時価総額はフジテレビのそれを大幅に下回っていたことから,ニッポン放送株の多数を握れば,規模がずっと大きいフジテレビをも支配することができるという構造にあった。
4  平成16年6月のニッポン放送株主総会までの村上ファンドの活動
(1) 村上ファンドによるニッポン放送への着目,株式取得等
被告人は,村上ファンドの設立直後の平成11年10月ころから,前記のとおりのニッポン放送とフジテレビの関係を「資本関係のねじれ」であるとして着目し,ニッポン放送を投資対象とした。
被告人は,平成12年には,既に個人名義でニッポン放送株1000株を取得していたが,マック・ジャパンの組成直後である平成13年1月30日に,同ファンド名義で8000株を買い付け,これが村上ファンドによるニッポン放送株の最初の買付けとなった。
(2) フジテレビのニッポン放送子会社化への模索等
被告人は,村上ファンドによるニッポン放送株買付け開始後である平成13年8月13日ころから,ニッポン放送の経営陣と面会し,「資本関係のねじれ」を指摘し,ニッポン放送がフジテレビとの間で共同持株会社を設立して,ラジオ事業を分社化すること,又はフジテレビによる自社株TOBに応募することを提案することを繰り返し,平成15年3月以後,フジテレビの未川Q郎会長に対しても,繰り返しニッポン放送との間の資本関係の是正を迫るようになった。
フジテレビ側も,ニッポン放送との資本関係のねじれについては,問題意識を有しており,平成15年10月中下旬ころ,未川会長がフジテレビによるニッポン放送の子会社化を持ちかけた。ニッポン放送経営陣はフジテレビ側の提案を強く拒絶したが,その後株式持ち合いに向けて動き出し,将来,フジテレビによるニッポン放送株の議決権行使を法的に可能とすべく,平成16年1月には,ニッポン放送のフジテレビに対する持株比率を32.3%から22.5%に低下させた。
(3) 平成16年6月株主総会に向けた村上ファンドの準備
ア ライブドアによるニッポン放送株の取得
乙川は,もともとライブドアの展開していたインターネット関連事業とテレビ等の放送事業との連携,融合に興味があり,放送局との連携やその買収等にも興味を有している旨を機会のあるごとに被告人に話していた。また,平成15年秋ころには,衛星放送会社の買収について被告人に相談したこともあった。そこで,被告人は,乙川と親交を深めていく中で,ニッポン放送がフジテレビ株を多数保有していることやニッポン放送株が割安でありお買い得であること等を挙げて,その取得を勧めるようになった。これを受けて,乙川は平成16年2月ころまでに,丁沢や辛田らに対し,被告人の勧めもあるのでニッポン放送株を取得するよう指示し,同月3日,ライブドアにおいて初めてニッポン放送株1800株を買い付けた。
イ 株券交換
被告人は,同じ平成16年3月ころ,ニッポン放送の同年6月の株主総会において村上ファンド側の議決権を確保するために,サウスイースタン等の外国人投資ファンドとの間で,村上ファンド側の株券と外国人投資ファンドの保有する株券を交換することとした。これは,放送法の規定により,放送事業会社では外国人株主の議決権が20%を超える場合には,外国人株主の名義書換を拒否できることを逆手に取った策であって,これにより,村上ファンドが保有していたニッポン放送の株券(マック・ジャパンが保有していたが,これもケイマン諸島籍で外国人株主扱いであったため,国内会社で当時休眠会社であったエム・エイ・シーに貸し株することにより議決権を確保していた。)と前記外国人投資ファンドの保有する株券を交換し,外国人投資ファンドから取得した株券はエム・エイ・シー名義に書き換えるが,村上ファンド側が外国人株主側に渡した株券は名義書換がなされないため,結局,村上ファンドが議決権を有する株式が,本来305万2490万株であるところが,外国人株主側に渡した分を加えた545万6630株(株式総数に対する割合16.64%)に増大した。
(4) 平成16年6月株主総会での苦杯
被告人は,平成16年4月以降,何度もニッポン放送を訪れて,同社経営陣に対し,自らを含めた村上ファンド側の者を社外取締役に選任するよう要求し,6月の株主総会でその旨の株主提案をする旨通告した。これに対し,5月,ニッポン放送側が,申谷R介弁護士らを社外取締役候補とし,「資本政策審議委員会」を設置するとの提案をしたことから,6月7日,被告人は株主提案権行使を撤回した。
6月28日に開かれたニッポン放送株主総会においては,ライブドアも,村上ファンド側について,これに参加した。同総会では,申谷R介弁護士らを社外取締役として選任するなどの議決がなされ,被告人が質問に立って経営陣に資本政策について問いただしたところ,議長の酉沢S作社長がこれを遮るようにして議事を終了させた。
この出来事により,村上ファンドでは,フジサンケイグループが自ら率先して資本再編に動くとは到底考えられない状況にあると判断した。
5  楽天への働きかけ(一部争いあり)
(1) サブシナリオの模索
これを受けて,被告人は,フジテレビによるニッポン放送の完全子会社化というメインシナリオの実現を目指しつつ,それが実現しない場合が十分にあり得ると考え,それ以外の道,すなわちサブシナリオの実現に向けた取組を真剣に行うこととした。
(2) 楽天への働きかけ
平成16年7月2日ころ,被告人は,楽天株式会社の戌野T平社長を訪れ,資料(甲67添付)を示しながら,ニッポン放送とフジテレビ等との資本関係のねじれや,インターネット事業会社とテレビ局との業務提携のメリット等について説明し,そのためには村上ファンドの保有するニッポン放送株式を楽天に売却してもよいなどと持ちかけた。その際の手段としては,フジテレビの了承の下に行う方法(友好的買収)とともに,第2の手段として,楽天が村上ファンド及びこれと協力的な外国人株主と組んでニッポン放送株を買い集め,過半数を制するという敵対的買収策も考えられると説明した。
このとき,戌野は,被告人は売ってもよいなどと言っているが,足下を見られるのが嫌なだけで,実際は,ニッポン放送株の処分に困っており,売りたいんだなという印象を持ち,友好的買収,すなわちフジテレビの了承なしには,ニッポン放送株の取得に動くつもりはない旨回答した(なお,弁護人は,村上ファンドに敵対的買収の構想があったこと自体を争うが,説明の際に使用した資料の記載内容からこれを戌野に説明しようとしていたことは明らかである。敵対的買収を考えなかったのは,被告人ではなく,戌野であった。弁護人の主張は採用できない。)。
その後,被告人及び戌野が相次いで未川会長を訪れ,楽天が村上ファンドの保有するニッポン放送株を引き取り,フジテレビと提携関係を結ぶこと等について働きかけたが,未川はこれを拒絶した。これを受け,9月初めころまでには,戌野は被告人に対して,ニッポン放送株は引き取れない旨,断りの意思を伝えた。
こうして,ニッポン放送株の楽天への売却は失敗に終わった。
6  平成16年9月15日会議の状況
すると,被告人は,平成16年9月9日,乙川の秘書に対し,「ニッポン放送の件で,至急,ディスカッションの時間を頂きたい」とメールを送付して面談を求め,会議がセットされた。被告人及び卯波は,9月15日午前9時ころ,ライブドアを訪問し,その会議室で,乙川及び丁沢に対し,持参した「N社について」と題する資料を用いて,説明を行った(以下「9月15日会議」という。)。同資料には,フジサンケイグループが複雑な資本構成になっていること,ニッポン放送の「保有資産の状況」として「フジテレビの株式1373億円」があること,ニッポン放送の株主構成は「当方(エム・エイ・シー及びファンド)にて約18%保有」,などと記載されていたが,実際には,村上ファンドは同年8月末時点で11.9%しか保有していなかった(甲8)。被告人は,上記資料を用いて乙川及び丁沢に対し,村上ファンドで18%保有しているので,残り3分の1を取れば,ニッポン放送の経営権も取得できる状況にあるという話をした(この3分の1を取る主体が,ライブドアであるのか,飽くまで一般論としてライブドア以外のだれかという話であるかについては,争いがある。)。被告人は,乙川らの興味を引き,少しでもニッポン放送株を買わせるべく,前のめりになりながら説明を行った。被告人は,真剣に相手を説得したり,セールストークを展開する場合,前のめりになりながら話をする傾向があった。このような被告人の一連の説明に対し,乙川は,「フジテレビいいですね。」などと強い興味を示した。そして,この会議の終了前ころには,本案件に関する担当者について,ライブドア側は己原F平を,村上ファンド側では,己原の大学の同級生である亥原こと辰口N子(以下,旧姓の「亥原」を使う。)をそれぞれ指名することになり,以後,担当者間で打合せをすることになった。
7  平成16年9月15日から11月8日までの状況
9月15日の会議における被告人の説明を受けて,乙川は,平成17年6月のニッポン放送定時株主総会において,村上ファンド保有分と合わせてニッポン放送の議決権株の過半数を支配して同社の経営権を取得するため,同年3月までにニッポン放送株の3分の1の買集めを実施することに強い興味を持ち,それに向けて検討することを提案し,丁沢もそれを了解した。そして,それを受けて,戊野E作に対し,必要となる500億円をクレディスイスから借り入れるように,己原に対し,亥原と連絡を取りニッポン放送の経営権取得のための具体的方策について検討するようにとの指示がなされた。
丁沢は,早速,平成16年9月15日夜,クレディスイスの日本における顧客管理,営業を委託されていた丑木K介に借入れの打診を行うと,丑木は,頑張りましょう,考えてみますとの態度をとった。
己原は,亥原との間で,メールのやりとりやランチミーティングを共にするなどして,ニッポン放送案件について打合せを重ねた。9月15日から数日後,ランチミーティングをした際,己原は,「ニッポン放送を取って,フジテレビも取りたいね。」と願望を述べた。
丁沢は,9月18日,亥原と打合せを持った己原から,「先方は買収した際にどこまでライブドアにやらせるかに関して議論中のようです。」とのメールを受領したが,経営権を取ってもらう話をしておいて,どこまで経営をやらせるかということを言ってくる村上ファンドの態度に立腹した。そして,9月15日の前記資料には「当方に賛同する可能性の高い株主」として「当方+Southeastern+Cundill 約30%」と記載されていた(「当方」とは村上ファンド)ことから,「村上ファンドが30%は堅いと言うのであれば,うちは20%取るだけで経営権をくれないかという都合のいい主張をしてみよう」と思ったが,丁沢のこうした考えは,ほかのライブドア側関係者に伝わることはなかった。
9月22日,己原から亥原に対し,「L社のテレビ放送業界における展望」と題する資料が添付されたメールが送信された。10月5日,亥原と己原はライブドア内において,ライブドアがニッポン放送の経営権を取得する方法についてミーティングを行った。10月7日,亥原は,被告人に対し,進捗状況を「ライブドア,ニッポン放送欲しいみたいなんですけど,なかなかお金なくて難しいみたいです。」と報告した。
己原は,10月20日,亥原に対し,「買収資金の借入れが可能になりました。弊社では最優先事項ですので,早急なミーティングのセットと実行をしたいと思っております。弊社社長より急かされています。」などと記載したメールを送信し,被告人との会議の設定を依頼した。これを受けて,11月8日会議が設定された。
このころ,被告人は,トレーダーの午下に対し,ニッポン放送株をこれまで以上に積極的に買い付けるよう指示をし,村上ファンドにおいては,10月20日から,11月8日会議を挟んで同月12日までの間,ブロックトレードなどで大量のニッポン放送株を買い付けた。
8  平成16年11月8日会議の状況
(1) 場所及び出席者
平成16年11月8日午後,M&Aコンサルティングと被告会社の各事務室との間にある第一会議室にて,村上ファンド側として被告人,寅葉,卯波及び亥原,ライブドア側として乙川,丁沢,ライブドアファイナンスに所属する戊野及び己原が出席して会議が行われた(以下「11月8日会議」という。)。
(2) 説明資料
この日も,前記「N社について」と題する資料を用いた説明があったが,外国人株主の状況に関する説明の際,「N社について」の記載内容が最新のものではないとの理由で寅葉が一旦離席し,最新の株主状況を示す表を取ってきてその説明を行った。このとき,被告人から,「外国人は高ければ売る」という趣旨の説明がなされた。
(3) TOBの打診
会議の席上,乙川が,「12月にTOBってどうですか。」と発言したり,TOBについて質問し,被告人は,昭栄に対する敵対的TOBの失敗事例を紹介するなどしてこれに答えた。
(4) 経営権取得後の展望
さらに,ニッポン放送の経営権が取得できたとき,その子会社をだれが経営するかというような山分け的な話が出た。具体的には,乙川がフジテレビとポニーキャニオンに興味を持っている旨話したのに対し,被告人からは,ポニーキャニオンはフェイスの庚崎G吉が興味を持っている,サンケイビルはおれが取る,というような話が出た。
(5) 18%保持の依頼
ライブドア側からは,ニッポン放送株を購入した場合に,村上ファンドが18%保有し続けることを約する契約を締結し,それを書面にしてほしいとの話があった。これに対し,被告人は,「それはできない。おれを信じろ。」などと言って断った。
(6) 村上ファンドの理解
この会議における被告人の態度は,9月15日会議での「営業トーク炸裂」に比して「弱まって」おり,姿勢も前のめりではなく「背もたれに背をかける感じで」あった。11月8日会議では,村上ファンド側出席者は,ライブドアがニッポン放送の経営権を取りたいという願望を持っていることを理解した。
9  平成16年11月8日から平成17年1月6日までの状況
(1) 被告人が丁沢を責めたこと
11月8日会議終了後,村上ファンドにおいては,ニッポン放送株の買い増しを進めたが,ライブドアによる買い増しは,進捗していなかった。そこで,被告人は,平成16年11月末ころ,丁沢に対し,電話で「ニッポン放送買ってないだろう。」と言ったところ,丁沢は,村上ファンドのオフィスにやってきて「申し訳ありません。買いますから。」と答えた。その後,六本木ヒルズ内のバカラバーで丁沢と会ったり,日本振興銀行への出資の件で会った際にも,同趣旨のやりとりがなされた。
(2) ライブドアの資金調達方法の変更
12月上旬ころ,クレディスイスからの借入れが難航したライブドアでは,辛田に対し,本案件に関するエクイティ調達の検討が指示された。
(3) TOB価格が低ければ競合者へ売ることを検討
12月6日,M&Aコンサルティングの取締役会が開催されたが,そこでは,プロキシーファイトに向けた票読みが行われるとともに,平成17年6月定時株主総会に向けた対処方針として,①来年2月末までにいびつな資本関係の是正に向けてフジテレビが動かない場合は,来年開催の株主総会において経営権を掌握すべく,取締役選任に関する議案を提案すること,②来年2月末までにフジテレビがニッポン放送株式の公開買付けを実施した場合は,納得できる買付価格(6000円以上)が提示された場合には公開買付けに応募してエグジットするが,買付価格が6000円以下の場合にはマーケットにて買い増し(他の大株主(Southeastern,午山氏)とも連携の上,Overbidも含めて臨機応変に対応)することとされた(弁1資料132)。
10  平成17年1月6日会議
(1) 場所及び出席者
平成17年1月6日午後1時ころから,前記第1会議室で行われ,村上ファンド側から被告人,丙谷,寅葉,亥原,ライブドア側から乙川,丁沢,辛田,己原が出席して会議が行われた(以下「1月6日会議」という。)。
(2) TOBの打診
会議の席上,乙川は,ニッポン放送株について,「TOBどうですか。」との話を切り出したところ,被告人は「ちょっと待て,TOBなんて言うな。」と言って乙川の発言を止め,村上ファンドの変更報告書を見せて,「こんなに市場で買えたんだ,だからまずは市場で買え。」と言った。
(3) 経営権取得後の話
その後,11月8日会議と同じく,ニッポン放送の経営権取得後の子会社の経営に関する話などが出た。
11  平成17年1月6日から17日までの状況
(1) ライブドアの取締役会決議
ライブドアは,平成17年1月11日,取締役会で,ニッポン放送株を4.9%まで買い進めることを決議した。
(2) フジテレビによるニッポン放送TOBの実施
平成16年11月10日ころ,寅葉は,フジテレビ側に対し,フジテレビがニッポン放送株のTOBを行うことを期待していること,そうでなければプロキシーファイトによりニッポン放送経営陣の退陣を求めること,フジテレビがTOBをかけた場合の適当な金額は1株6000円くらいと伝えていた。
フジテレビは,その主幹事証券会社である大和証券SMBCを中心としてTOBの準備を進め,平成17年1月17日午後4時,ニッポン放送株について1株5950円でTOBを行う旨公表した。
12  平成17年1月17日以後の状況
(1) フジテレビのTOBに対する反応
平成17年1月17日,フジテレビがニッポン放送株のTOBを行う旨公表した直後,乙川らが村上ファンドのオフィスを訪問し,被告人に対し,「これで終わりですかね。」と言った。これに対し,被告人は,「これ僕が主張してきたことじゃないか。これはもうおしまいだ。それは裏切るわけにはいかん。」などと言って,フジテレビのTOBに応じる意向を示した。しかし,乙川が,「でも高い値段つけたら,甲山さん売っていただけますか。」と発言すると,被告人は,「うちはファンドだから高い方へ売る。」と答えた。村上ファンドでは,乙川らの訪問後,フジテレビのTOBを歓迎する旨の声明を,一旦はホームページに載せたが,すぐに取り止め,村上ファンドがフジテレビのTOBに応じることはなかった。
(2) ライブドアへの大量買付けのあっせん
1月20日,大和住銀投信投資顧問が保有する約95万株を売りに出すという話があった。ただ,その全てを1回の取引で購入してほしいとのことであったので,村上ファンド自らがそれを購入することは断念し,甲谷U吉に依頼してそれを購入させることとして,一旦,その段取りは整ったものの,突然,甲谷が資金不足のため全部を買うことはできない旨伝えてきた。被告人は,証券会社との関係上,白紙に戻すのを避けるため,ライブドアの辛田に連絡を取り,残りの約36万株(約21億円相当)を買い取るつもりはないかと伝えたところ,辛田は,それを買い取る旨即答した。
1月28日,M&Aコンサルティングの取締役会が開催され,ライブドアにニッポン放送株を買い集める動きがあることについて,被告人が取締役及び監査役に説明した。また,同日,ライブドアの辛田から,外国人株主の紹介を要請する電話を受けたことから,寅波の指導により,村上ファンドにおけるニッポン放送株の買付けは停止された。
(3) ライブドアによる大量買集めの実現
乙川は,エクイティ調達,とりわけMSCBには当初反対の意思を持っていたが,1月28日,MSCBの発行に承諾を与えた。
2月8日,ライブドアは,ニッポン放送の発行済株式総数の5%を取得したことを公表した後,村上ファンドやその紹介を受けた売手からトストネット経由でニッポン放送株を買い,その発行済株式総数の約35%を取得する大量買集めを実現し,さらに3月25日には,議決権の過半数の取得を実現した(甲46,52)。
第3  証拠の信用性の評価について
争点に対する判断に先立ち,その前提となる証拠の信用性について検討しておくこととする。
1  客観的証拠について
本件においては,村上ファンド及びライブドアの各社内,両者間,又は両者と外部との間で交わされた膨大なメールのほか,株式の取引記録,村上ファンドの業務記録など様々な客観証拠が存在している。これらの証拠は,一般に,個々の証拠の性質に沿ったとおりの事実の存在について信用性の高い証拠であるといえる。例えば,取引記録であれば,特段の事情がない限り,そのとおりの売買があったことが認められ,これらは事実認定の基礎となるべきものである。
なお,弁護人は,己原作成の特定のメール等について,「ほらメール」であるなどと論難して,その信用性を強く争っている。しかしながら,言うまでもないことであるが,メールによる立証命題は,あくまでも,送信当時,メールの作成者がそのような認識を持っていたという事実である。メールに「A=Bである。」と記載されていれば,「メールの作成者がA=Bであると考えていた。」という事実については,信用性ある証拠といえるのであり,仮に後日「A=B」でなかったことが判明しても,上記メールが信用できない証拠ということにはならない。弁護人の主張はこれら要証事実の範囲について混同しており,失当である。
2  村上ファンド関係者以外の供述証拠について
(1) 丁沢,戊野,己原らの各証言について
これらの者の証言は,いずれも,前記前提事実やライブドア内部等で交わされたメールの内容に非常によく符合し,その検討経緯等自体に関する供述内容は,自ら体験した者でなければできない具体性,迫真性のあるものであり,弁護人の詳細な反対尋問に対してもその核心的な内容が維持されているのであるから,全体としてその信用性は高いというべきである。
(2) 辛田の供述について
辛田の検察官調書は,最終的に実現したエクイティによる資金調達への交渉経過や,ニッポン放送株の大量買付けの実行に向けた,準備交渉経過について,自ら作成,受領したメールや関係資料の内容も適切に踏まえた具体性,迫真性の認められる内容であり,その信用性は高く,事実経過の認定の基礎とし得るものといえる。
これに対し,公判供述は,その証言態度をみても誠実さに欠ける面が見受けられ,証言内容自体も一貫性を欠き,場当たり的とさえいえるものであり,検察官に殊更反抗的な態度をとることも見られたものである。これに加え,辛田の公判供述は,自らが作成したメール等の内容や他のライブドア側関係者の供述にも明らかに反する部分も多く,信用できない。
(3) 丑木の供述について
丑木の検察官調書は,自らがライブドアとの交渉に関与して,クレディスイス関係者等と行ったやりとりについて,自ら作成したメールの内容等も踏まえて,具体的かつ詳細に供述している。取調べを受けた当時,既に弁護士を依頼した上で,捜査への対応について相談しており,その信用性は相当程度高いものと認められる。
一方,丑木の公判供述は,株式の担保掛け目に関する供述が証言の前後で変遷している上,「随分おめでたい会社があると思ったらウチだった」などと,面白おかしく誇張した,誠実さに欠ける証言態度である。さらに,関係するメール等を破棄し,クレディスイスの関係者に対して捜査に協力しないよう示唆するメール等を送付するなど捜査機関に対する非協力的態度をあらわにする一方,捜査段階で提出していなかった資料を弁護側に積極的に提供し,出廷時も弁護人と行動を共にするなど弁護側に加担する態度が明らかである。ライブドアのニッポン放送株の大量買集め自体が批判にさらされたこと及びライブドアの者が証券取引法違反により刑事訴追されたことから,ライブドアに協力したこと自体について,その関与が小さかったと強調したいという思わくがうかがわれる。このような供述のなされた情況,自らが作成したメールや戊野ら信用性の認められるライブドア関係者の供述に反する部分も多いことに照らせば,丑木の公判供述は到底信用できない。
3  被告人を含む村上ファンド関係者の自白経緯について
平成18年5月後半から村上ファンドの幹部ら,すなわち,被告人,寅葉,丙谷,卯波,巳上らの取調べが行われ,その後の6月4日,被告人に対し,任意の検察官取調べが行われ,翌5日の午後に同人は逮捕されたのであるが,弁護人は,被告人を含む村上ファンド関係者の各検察官調書について,下記の経緯で虚偽の自白がなされた旨主張し,同人ら及び寅波弁護士が本件公判廷で証人(丙谷は被告会社代表者)として当公判廷においてした供述内容も,一様にこれに沿うものとなっている。この点の判断は被告人を含む村上ファンド関係者の供述証拠を評価するに当たって共通の問題であるから,個々の証拠の評価に先立ち,判断を示すことにする。
(1) 弁護人の主張する経緯
ア 当初の方針
6月3日の夜までは,村上ファンド内では,本件のニッポン放送株の買付けがインサイダー取引規制に違反しないとして,徹底的に争う方針で,幹部の認識は一致していた。
イ 6月3日夜の話合い
同日夜,M&Aコンサルティングの事務所において,寅葉,丙谷,卯波,寅波らが本件の弁護人(村上ファンドが本件の捜査対象となったころから,本件の弁護人は被告人らの依頼により,その対応を検討していた。)と打ち合わせた際,弁護人から,被告人,寅葉,丙谷,巳上の4名が逮捕される見込みである旨告げられたが,その場では,幹部らの逮捕はやむを得ない,やはり徹底的に争うべきであるとして,その方針を確認した。ところが,深夜,巳上が取調べから戻ってきて,「みんな逮捕されてしまっていいんですか。これではファンドがめちゃくちゃになってしまわないでしょうか。」などと言い出したので,対応を協議するため,村上ファンド幹部(都内のホテルに宿泊していた被告人を除く。)のみで話合いを行うこととした。前記の幹部らは,ここで幹部全員が逮捕された場合,村上ファンドの運営自体がめちゃくちゃになり,投資家に迷惑がかかるとか,被告人のみの逮捕で済むのであれば,寅葉,丙谷らにおいてファンドの運営を継続できるとか,被告人が逮捕されても,事実を認めれば執行猶予付きの判決になるだろうし,保釈も早く認められるであろうとか,様々な内容を話し合った結果,丙谷が反対の意見を述べたものの,最終的には,被告人1名の逮捕にとどめ,村上ファンドを守るためにも,本件ニッポン放送株の買付けがインサイダー取引に当たる旨,虚偽の自白をすることはやむを得ないという結論に至った。
ウ 涙の決意
これを受けて,6月4日未明,幹部らが,被告人の宿泊先のホテルに電話をかけ,寅葉において,前日からの話合いの結果を述べた。これに対し,被告人は,幹部一人一人の意思を確認した上,「分かった」と言って電話を切った。このときの各人のやりとりでは,ほぼ全員が涙を流していた。その後,朝になって,幹部らと弁護人らが被告人の滞在するホテルを訪れた。ここでは,丙谷や寅波が反対の意見を述べたものの,被告人は既に自白の方針を受け入れた旨言い,その場で虚偽であっても本件につき自白をする旨の方針が,一同涙を流す中で確認された。被告人はこれを前提として同日午前の検察官の取調べに臨み,本件につき自白する意向を示し,自白の概要をまとめた6月4日付け検察官調書が作成された。
エ 記者会見
また,被告人は,自らが逮捕される前に,本件について認め,謝罪する旨の記者会見を行うこととし,その旨のプレスリリース原稿を準備した。そして,逮捕直前である翌6月5日の昼,東京証券取引所兜クラブで,被告人が,本件に関して記者会見を開き,本件ニッポン放送株の買付けがインサイダー取引に当たることを認めて謝罪する内容を述べた(この事実は争いがない。)。
(2) 弁護人の主張の検討
しかしながら,上記主張は,全体として不自然極まりないものというほかない。
ア 被告人抜きで決まったこと
村上ファンドの最高幹部である被告人一人に無実の罪を着せるという重大な方針が,被告人に無断で,被告人のいないところで決まった(その後被告人に迫って同意を得ているが,被告人のいないところで方向性を決めたことに変わりはない。)ことは,既に認定した村上ファンドの経営実態と余りにかけ離れたものである。
イ 弁護人の対応なし
被告人らは,既に5月後半の段階から,本件の弁護人らと捜査への対応について相談しており,それは6月3日においても同様であったところ,そのような状況下で「虚偽の」自白をするという方針を立てようとするのであれば,弁護人らが何らかの対応をとったはずであるのに,そのような経緯は認められない。また,村上ファンドには監査役として,弁護士である寅波もおり,自白調書を作成することの法的な意味を知悉していたのであるから,なおさら不可解である。
ウ 安易な見込み
本件は,買付額だけでも約99億円という巨額の事案であるから,その規模に照らし,自白の有無にかかわらず,幹部全員が逮捕されたり,実刑判決の危険を感じても当然であるのに,被告人一人が虚偽の自白をすれば,同人のみの逮捕だけで済み,寅葉,丙谷ら他の幹部は逮捕されない,被告人も執行猶予付きの判決が得られると安易に決めつけている。これまで様々なシナリオを想定し,リスクを慎重に評価して避けてきた村上ファンド幹部の行動とは,余りにそぐわない。
エ 虚偽の口裏合わせなし
虚偽の自白をするとすれば,体験していない事実を語らなければならないから,いかなる事実を認めるのか虚偽のストーリーについて事前に口裏合わせをする必要があるのに,これらを行った形跡が全くない。
オ 検察官の言いなりではない
もし,事前にストーリーを決めずに検察官のいうがままに認めるという方針であったとすれば,全員が一様に検察官の描いた構図どおりに自白しているはずであるのに,その後になされた被告人らの自白内容は,決して本件事実を全部認めて謝罪しているわけではなく,各人ごとにそれぞれ微妙にニュアンスを変えて,一部を否認している(ライブドアがニッポン放送の経営権を取得できるだけの株式を買い集めるための資金調達をできるかどうか疑問だったなど)。
カ 記者会見の不自然さ
村上ファンド幹部の逮捕を免れるために虚偽の自白をするのであれば,被告人が,わざわざ6月5日昼に記者会見を開き,国民全体に本件インサイダー取引の事実を認めて謝罪した理由がない。
などの事実が指摘できる。
したがって,弁護人の主張する虚偽自白の経緯は,到底認めることができない。
(3) 推測される自白の経緯
むしろ,5月後半に,村上ファンド内部では,本件弁護人に相談をしながら捜査への対応方針が話し合われており,取調べを受けた従業員からもその内容について聴取していたこと,監査役の寅波において,事実上,法律上の論点に関する対応方針が策定され,それについてメモが作成されていること,午下ら村上ファンド従業員に対する取調べがなされる過程において,寅葉ら幹部において,本件買付けに関して被告人が直接関与していないとする供述をする方針が示されるなどの工作もあったこと等に照らすと,村上ファンド内部では,捜査に対する対応方針につき,日々の進捗状況を把握しながら,どこまで争う余地があるかを慎重に検討していたものと推認される。そうだとすれば,6月3日夜から4日朝にかけて,被告人を初めとする村上ファンド内部で,本件につきインサイダー取引の事実を認める方針が決められたが(なお,その際,居合わせた者らが激しい言葉のやりとりをしたこと等は容易に推察される。),その方針とは,虚偽の自白をするというものではなく,要するに,それまでに判明している証拠関係に基づく事実については争わず,そのことによりインサイダー取引の罪を認めることになることもやむを得ないが,主張すべきことは主張するという方針であったのではないかと合理的に推測できる。
4  被告人の供述
(1) 自白調書の信用性(全般)
被告人の自白を内容とする各検察官調書は,村上ファンドの設立の経緯,ニッポン放送及びフジテレビ等との交渉経過,ライブドアとの接触経緯,本件犯罪事実の経過等,自らが主体的に関わった経緯について,村上ファンド内部での検討資料や説明資料等の内容も踏まえて,具体的かつ詳細に述べられており,その内容は迫真的であり,また,自己の記憶,認識に基本的に忠実に従った内容と認められ,しかも供述態度も基本的に真摯と認められる。他のより信用性の認められる証拠により,別個の事実が認められるべき部分もあり,また,被告人の立場にあることや,村上ファンドの唯一の経営者としての立場から,自己正当化しているというべき内容の部分もあるものの,その全体的な信用性はこれを肯定することができる。
(2) 乙12(6月16日付け検察官調書)について
弁護人は,被告人の各検察官調書のうち,乙12は,取調べ検察官から,「応じてくれれば,保釈について前向きな意見を提出する」などと利益誘導されたものであるとして,任意性に欠けると主張する。
しかしながら,乙12は,①その内容において,事実面では被告人の他の検察官調書と格段の相違があるわけではなく,違いは,穏当な表現で,反省の弁を述べている点くらいであり,保釈等を示唆されなければ録取できないようなものであったとは認められないこと,②被告人が6月5日に逮捕されてから10日以上経過した後に作成されたものであり,他の検察官調書については任意性も争われていないのに,上記のような内容のこの調書のみ任意性が認められないという主張はそれ自体不自然であること等に照らせば,その任意性を優に認めることができると考え,採用したものであり,その信用性も認めることができる。
(3) 被告人の公判供述について
被告人の公判供述は,村上ファンド内部の検討資料,説明資料,また関係者間で交わされたメール等の客観的証拠や,信用性の認められる供述に明らかに反するものであって,それ自体不自然であり,全体として信用性を認めることはできない。
5  被告人以外の村上ファンド側の者の供述の信用性
(1) 寅葉・卯波・丙谷の供述について
ア 捜査段階の供述について
寅葉ら村上ファンド幹部の各検察官調書は,内部検討資料やメール等の内容を踏まえた合理的な内容であり,具体的かつ迫真的である。加えて,捜査段階から弁護人の助言を得ながら取調べに臨んでいたことに照らせば,それらの特信性は優に認めることができるし,信用性も相当程度に高いものと認められる。
イ 公判供述について
寅葉は,被告人の大学時代の同級生で親友であり,卯波は,当時の通産省に技官として勤務していた際に被告人の部下となり,村上ファンド設立翌年の平成12年3月同省を退職し,被告人を慕ってエムアンドエイコンサルティングに入社した者であり,丙谷は,被告人とは中学・高校時代の同級生で,野村證券入社後,通産省に出向していた際に,被告人と親しく付き合うようになって,村上ファンド設立時から,M&Aコンサルティングの副社長として,村上ファンドの戦略策定に一貫して重要な役割を果たしてきたものであり,被告人とはまさに盟友ともいうべき者であった。このように村上ファンド幹部は,被告人と一心同体ともいうべき強い絆で結ばれた者たちであり,被告人の訴追に対しては,あたかも自分自身が訴追されたのと同様の受け止め方と対応をしてきている。
そして,これらの者は村上ファンドに多額の出資をし,自らも本件インサイダー取引を含めたファンドの運営による多額の利益を得てきたものである。
そのような中,公判で否認に転じた被告人の面前でした公判供述は,その供述のなされた情況に照らしても,それ自体信用性を大きく疑わせるもので,客観的な証拠たる内部検討資料やメール等の内容及びこれを踏まえた関係者の供述にも明らかに反する部分も多いことなどからして,信用性は認められない。
(2) 亥原の供述について
ア 捜査段階の供述について
亥原の検察官調書は,9月15日会議以降自己がライブドア側との交渉等に関与した経緯を,自らが作成したメールやメモの内容に基づき,具体的に述べているのであって,その内容もおおむね合理的である。そして,捜査段階から同人が弁護人の助言を得ながら,取調べに臨んでいたことは明らかであることから,その検察官調書の特信性は優に認めることができるし,信用性も相当程度認められる。
イ 公判供述について
亥原は,M&Aコンサルティングにおいて,被告人の下でアナリストの補助として稼働し,9月15日会議以降は,ライブドアの己原との間で直接の連絡担当役を務めたのであり,まさに,その残したメールの内容は,本件犯罪事実を認定するに当たり決定的な証拠となるべきものもある。現在では,既にM&Aコンサルティングを退社しているものの,自己のメールが原因で,本件が摘発され,被告人及び村上ファンド全体に迷惑がかかったと感じている様子が見て取れる。
現に,亥原は,検察官請求の証人として出廷したものの,事前の検察官による証人テストを拒んでおり,証言態度をみても,メールの内容や自己の残したメモ等の内容を含めて,不自然なほどにあいまいな供述を繰り返しており,被告人らへの責任から,相当気兼ねをしているものと認められる。
このように,亥原の公判供述は,その供述のなされた情況に照らしてみても,それ自体信用性を大きく疑わせるものというほかないし,前記のとおりの自らが作成したメールやメモ等の内容及びこれを踏まえた関係者の供述にも明らかに反する部分も多いことからして,信用性は認められない。
(3) 午下の供述について
ア 捜査段階の供述について
午下の検察官調書は,村上ファンドにおける株式の売買への被告人の関わり,本件ニッポン放送株の買付けへの被告人の関わりや買付けの経緯等について,具体的かつ迫真的な供述がなされている上,巳上ら他の関係者の供述内容とも符合する。そして,被告人にあこがれてエムアンドエイコンサルティングに入社した経緯,被告人の言動に対する思い,被告人と村上ファンドに対する現在の心境等について,極めて具体的にその素直な心情が録取されている。これらの事情に加え,同人が,捜査段階から弁護人の助言を得ながら取調べに臨んでいたことや,同人の公判供述のなされた情況とを合わせ考慮すれば,その検察官調書の特信性は優に認めることができるし,信用性も高いと認められる。
イ 公判供述について
午下は,被告会社に所属するトレーダーであり,被告人の部下として,その指示により本件ニッポン放送株の買付けを直接担当したものであって,被告人の指示内容についての供述は,本件犯罪事実の認定に重要な証拠となり得るものである。そして,その検察官調書の内容でも見て取れるとおり,捜査段階でもなお被告人に対しては素直なあこがれや親しみを感じ,また,同人から融資を受けることにより,村上ファンドに自ら投資して,相当額の利益を得ていることがうかがわれる。
そして,午下は,検察官請求の証人として尋問を受けているが,事前の検察官による証人テストを拒んでおり,証言内容をみても,本件犯罪事実に関する供述は,捜査段階のそれに比べ極めてあいまいであるところ,それが記憶の減退によるものとは到底考えられない。また,検察官の尋問に対しては反感をあらわにする場面もあった。
このように,午下の公判供述は,その供述がなされた情況に照らしてみても,それ自体信用性を大きく疑わせるものというほかないし,巳上ら他の村上ファンド関係者の供述(同意された検察官調書等)に反する部分も多いことなどからして,信用性は認められない。
第4  決定について
1  争点の所在
弁護人は,「ライブドアの業務執行を決定する機関が,同社においてニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定をした」との点を争っている。
2  法解釈
まず,どのような事実があれば,「ライブドアの業務執行を決定する機関が,同社においてニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定をした」といえるのか,当裁判所の採る法的立場を明らかにしておくこととする。証券取引法及び関係法令の趣旨並びに最高裁平成11年6月10日第一小法廷判決(刑集53巻5号415頁)の趣旨を慎重に斟酌すれば,各要件については,以下のように解するのが相当である。
(1) 「業務執行を決定する機関」
検察官は,本件のニッポン放送株の大量買集めに関して「業務執行を決定する機関」は乙川及び丁沢であると主張しているのに対し,弁護人は,「業務執行を決定する機関」とは取締役会を指すと主張している。
証券取引法167条2項にいう「業務執行を決定する機関」とは,同法166条2項1号にいう「業務執行を決定する機関」と同様,商法所定の決定権限のある機関には限られず,実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りると解するのが相当である。
本件においては,第2の2記載のとおり,乙川は,ライブドアの創業者であり,代表取締役兼最高経営責任者(CEO)として,会社の業務全般を統括していたものであり,本件ニッポン放送株の大量買集めのような,M&Aの案件に関しても,最終的には同人の了承なしには行えなかったものと認められる。
また,丁沢は,ライブドアの取締役兼最高財務責任者(CFO)であり,同社の財務面の責任者で,M&A等企業買収についての戦略立案,実施等を行う部門(系列会社のライブドアファイナンスを含む。)を統括していたものである。現に,丁沢は,本件のニッポン放送・フジテレビの買収に向けた活動と並行して,その主導のもとに弥生の買収を実行したり,被告人に日本振興銀行の買収の仲介を依頼したりしているのである。なお,同人は本件ニッポン放送・フジテレビに関する活動の途中である平成16年10月下旬に,イーバンクの買収失敗の責任を取って,ライブドアの取締役等の役職を辞任しているものの,その後もライブドアの従業員としてその財務面を取り仕切っており,M&Aに関する部門における統括的立場も同様であったと認められ,しかも,わずか2か月後には取締役に復帰しているのであるから,同人がこの期間も含めて企業買収に関する部門の統括者であったことに変わりはない。
一方,平成16年9月15日当時は,ライブドア本体の取締役は,乙川,丁沢のほかに壬岡I雄,乙沢V夫がいたものの,常勤は乙川,丁沢のみであった(丁沢第1回証言)。また,同年12月に辛田が取締役に昇格したものの,同人は丁沢とは異なり,ライブドアの資本政策,株式投資,運用等の担当であり,M&Aの戦略立案等については,乙川とはもちろんのこと,丁沢とも同格とは到底いえない。
以上によれば,本件の株式大量買集めにつき実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関とは,前記のような立場を有する乙川及び丁沢であり,会社としての意思を両者が一致して決めることが必要であるが,それで十分であると認められる。弁護人の主張は採用できない。
(2) 「ニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定」とは
同法167条2項にいう「公開買付け等を行うことについての決定をしたこと」とは,前記のような機関において,公開買付け等それ自体や公開買付け等に向けた作業等を会社の業務として行う旨を決定したことをいうと解するのが相当である。
この点については,弁護人も特段異論はないところである。
(3) 「決定」が真摯なものであることを要するか
弁護人は,不真面目な当てにできない,真摯さに欠ける決定は,同法167条2項にいう「決定」に当たらず,投資者の投資判断に実質的な影響を及ぼす程度の真摯さが必要である,と主張している。
前記判例の趣旨からすれば,同法167条2項にいう「決定」をしたというためには前記機関において公開買付け等の実現を意図して行ったことを要するが,それで足りると解するのが相当である。弁護人のように「真面目」,「当てにできる」,「真摯」などという主観的であいまいな概念に置き換えることは,相当でない。
(4) 「決定」に高い実現可能性を要するか
弁護人は,実現可能性の低い場合は,同法167条2項にいう「決定」に当たらず,投資者の投資判断に実質的な影響を及ぼす程度の実現可能性が必要であると主張している。
前記判例の趣旨からすれば,同法167条2項にいう「公開買付け等を行うことについての決定」をするに当たり,当該公開買付け等が確実に実行されるとの予測が成り立つことは要しないと解するのが相当である。すなわち,実現可能性が全くない場合は除かれるが,あれば足り,その高低は問題とならないと解される。弁護人の見解は,法が特段の限定もなく「決定」という意思決定自体をもって足りるとした趣旨を損ない,実現可能性の高い,低い,投資者の投資判断に実質的な影響を及ぼす程度か否かという主観的かつあいまいな評価要素を持ち込み,処罰範囲を不明確にするものであり,到底採用できない。
このように解したとしても,処罰範囲が広がり過ぎることにはならない。なぜなら,前記のとおり,実現を意図してそれに向けた作業等を会社の業務として行うなど,ある程度具体的内容を持っていなければ「決定」といえないのであるから,実現可能性が限りなく低いものは「決定」の段階にまで到達し難いのである。また,いわゆるチャイニーズウォール(情報遮断壁)を構築するなど適切な情報管理措置を講じたり,信託を利用すれば不都合は除去できると考えられる反面,処罰基準を不明確にすれば,正当な取引までも広汎に萎縮させることになり,弊害が大きくなると考えられる。
(5) まとめ
以上をまとめれば,「ライブドアの業務執行を決定する機関が,同社においてニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定をした」と認めるためには,「乙川及び丁沢において,ライブドアが平成17年3月までに行うニッポン放送株の5%以上の大量買集めにつき,その実現を意図して,ライブドアの業務として調査,準備,交渉等の諸作業を行う旨を決定し,その実現可能性がなかったとはいえなかった」という事実が認められれば十分である。
3  9月15日会議での具体的なやりとり
(1) 認定できる事実
既に信用性の高いことが検討済みの丁沢の証言,被告人,卯波の各検察官調書によれば,以下の事実が認定できる。
双方で簡単なあいさつ等が交わされた後,まず,被告人が,「N社について」に基づいて,「(1頁目「フジサンケイグループにおける複雑な持合構造」を示して)ニッポン放送がフジテレビの親会社になっているのはおかしい。フジテレビを中心に資本構造を変えるべきだ。資本のねじれを直せば,もっと時価総額は上がるはずだ。ライブドアがニッポン放送の株式の3分の1を取って,村上ファンドの持っている株と合わせて過半数を取って経営権を取ることが可能だ。ニッポン放送はフジテレビの22.5%を持ってるから,ニッポン放送を取った後,フジテレビを取りに行けばいいのではないか。(2頁目「現在の株主状況」及び3頁目「(参考)株主名簿上の株主構成」を示して)株主名簿上,村上ファンド(エム・エイ・シー等)では約18%持っている。「当方に賛同する可能性の高い株主」のうち,サウスイースタンとピーター・カンディルは,村上ファンドの言うことに関して必ず賛同してくれる。「当方が親しくしている外人約6%」は,被告人から話をすれば賛同してくれる。「その他外国人約7%」「信託・年金約8%」は,自分たちに有利である方に賛同してくる。「午山家約8%」は,フジテレビとの歴史的な背景から,フジテレビには賛同はしない。外国人株主のうち20%近くは,年内にでも,ブロックで紹介することができるから,そこから買えばいい。(4頁目「保有資産の状況」を示して)ニッポン放送の時価総額は1800億円以下であるが,その保有資産を時価ベースで引き直すと2100億円もある。ニッポン放送株の多数を取ってしまえば,たとえフジテレビまで支配できなくても,ニッポン放送の資産を処分すれば,十分に回収できるし,損はしないから,やる価値は大いにある。」などと説明した。被告人の説明に対して,乙川は,「面白そうですね。やってみたいですね。」,「是非やらしてください。」などと言い,丁沢も同様に述べた。
(2) 検討
このように,丁沢証言,卯波(甲87),被告人(乙9)の各検察官調書は,一致して,ライブドアが村上ファンドに紹介を受けた先からニッポン放送株を買って3分の1を取れば,村上ファンドの保有分と合わせて,議決権の過半数を制することができると説明し,即時に乙川らがやりたいと答えたことを述べている。
この事実は,村上ファンドでは以前からニッポン放送に目をつけて株を買い進め,乙川にも株の購入を勧めて少量の株を買わせ,株主総会で協力させていたこと,フジテレビなどに資本再編を促していたが,成果が上がらず,株主総会でもまともに相手にしてもらえず,エグジット先を見つけられずに苦慮していたこと,被告人は楽天にニッポン放送株の購入を持ちかけたものの断られ,その直後に被告人の申出でこの会合が開かれたこと,被告人が前のめりになって説明していたこと等の争いのない事実とも非常によく整合する。弁護人の主張するように,ごく少量の株を買わせて,村上ファンドが行う次期株主総会でのプロキシーファイトに協力させる,3分の1を買うのはライブドアではないという話であれば,これまでの村上ファンドの取組と同じであり,ライブドアも6月の株主総会で村上ファンドに協力していたのであるから,改めて,被告人が会合をセットし,資料を作って,前のめりになりながら熱心に説き伏せる必要などないはずである。そもそも企業買収を担当していた丁沢が会議に出席する必要すら疑問となる。丁沢も,9月15日の話がそれまでの話と全く性格を異にするものであったことを明確に証言している(丁沢第1回7頁)。さらに,前記「N社について」の2頁には,「当方に賛同する可能性の高い株主」の欄に,既に「約59%(うち,議決権有り51%)」という数字が出ており,ライブドアの購入にかかわらず,プロキシーファイトでの勝算は十分と解される記載があることからしても,被告人の依頼がプロキシーファイトへの協力にとどまるものであるはずがないのである。
また,この会合で,それぞれの担当者が決められたことに争いはないが,ライブドアが市場から少量の株を購入するのであれば,担当者間で緊密に連絡を取り合う態勢を構築する必要は全くないはずである。
さらに,後に,丁沢は,村上ファンドでは経営をどこまでライブドアにやらせるか検討中と聞き,ウチに3分の1を取らせておいてそれはないだろうと憤慨したことに争いはない(弁論19頁)ところ,被告人がライブドアに3分の1を買って経営権を取れと勧めていないのであれば,丁沢が憤慨する理由がない。
よって,前記(1)のとおり認定でき,これに反する被告人の公判供述等は信用できない。要するに,9月15日に被告人からあった話とは,「ライブドアはお金さえ用意すれば,購入先は村上ファンドがあっせんしてくれ,議決権の3分の1を取得できる。そして,村上ファンドは,議決権の18%を取得済みであるから,両者の議決権を合わせて過半数を制し,ニッポン放送の経営権を取れる」というものであった(以下「本件スキーム」ということがある。)。以後のライブドアは,本件スキームを前提に行動することになる。
4  9月15日会議以後のライブドアの取組状況
既に信用性の高いことが検討済みの丁沢,戊野,己原の各証言,亥原,丑木の各検察官調書によれば,以下の事実が認定できる。
9月15日会議の後には,乙川と丁沢との間で,ニッポン放送の経営権を取った上でフジテレビの買収を目指すことについてコンセンサスができていたところ,資金調達手段については,丁沢がデット(借入れ)により行う旨提案し,乙川はこれを了承した。
そして,乙川と丁沢は,ライブドアグループの借入れによる資金調達を担当していたライブドアファイナンスの戊野を呼び出した。乙川は,戊野に対し,「N社について」を示しながら,9月15日会議で被告人から説明された内容を説明し,ニッポン放送株の3分の1を取得する,とりあえず年内(平成16年)に20%を取りに行く,そのために500億円の資金調達の交渉をしてほしいなどと指示した。
また,その後,丁沢は,己原を呼び出し,「フジテレビやるから。ニッポン放送をてこにしてフジまで行くから。」というようなことを言い,具体的な内容として,ライブドアにおいてニッポン放送の株式の過半数を取得して経営権を握り,ひいてはニッポン放送が所有しているフジテレビ株をてことして,フジテレビの買収まで行う旨説明した。そして,この件についてはニッポン放送株を保有する村上ファンドと話をして進めること,村上ファンドの保有株と合わせて過半数を押さえるのを目指すこと等を告げた上で,己原が村上ファンドに勤めている亥原と連絡を取り合って,買収のための戦略を立案するよう指示した。なお,この場には戊野も同席しており,丁沢は改めて同人に買収資金の調達交渉を行うよう指示した。
これ以後,ライブドアによるニッポン放送株の取得の案件は,しばらくの間,乙川,丁沢,戊野,己原のみで進められ,この状態は,同年12月初めころ,辛田がエクイティによる資金調達の交渉をするためにこの案件に関与するようになるまで続いた。
己原は,指示を受けた後,すぐに亥原にメールを送ったところ(9月15日午後1時15分),亥原も同じころ被告人からニッポン放送の件で己原と連絡を取り合うよう指示を受けていたので,同日午後5時29分に己原に返信した。以後,9月18日までの間に,簡単なあいさつ等を内容とするメールが交わされているところ,両者において,村上ファンドとライブドアにおける互いの検討の状況について直接情報交換をしたものと推認される。
己原は,9月18日午後11時36分に丁沢及び戊野に対し,「フジテレビの件ですが,MAC(村上ファンドのこと)の担当者(イハラさん)と話をしたところ,先方はキャッシュインのタイミングと買収した際にどこまでLD(ライブドアのこと)にやらせるかに関して議論中のようです。…LD側の資金調達と平行してスキームをつめていきます。」旨の報告メールを送信した(甲48資料12)。
丁沢は,9月22日午前11時39分,己原に対し,「資金調達は,戊野さん中心でやっていますので,スキーム中心で進めてください。本ディールのポイントは,どっちに転んでも損をしないところです。1,ニッポン放送をブロックトレードで20%取得 2,フジにTOBされればそれに応じる 3,ニッポン放送のアセット(資産のこと)を使ってフジをTOBできればその後LDと合併し,フジのアセットとニッポン放送のアセットで借金返済でき,巨大メディア+金融帝国ができあがる…社長と我々3名しか知りませんので,極秘に進めてください。」との指示のメールを送信し,午前11時48分に己原はこれを了解する旨のメールを返信している(甲48資料14,己原の返信のメールがCc(カーボンコピー)として戊野,乙川にも送信されているので,丁沢のメールについても両名に送信されていると推認される。)。己原は,亥原の求めに応じて,ライブドアの事業の基本戦略や,同社がフジテレビの買収を目指す理由等についてまとめた資料(甲48資料15添付資料「L社のテレビ放送業界における展望」)を作成し,丁沢及び戊野にメールで送った後,9月22日午前11時58分に亥原にメールで送信した。これに対して,亥原が同日午後1時31分に,「資料拝見させていただきました。経営権を取るという前提だから,業界の構造とか,今後の展望をもりこんでるのね。で,つぎに,弊社が聞きたいのは,どこでL社がどのようにお金を出して,どこで設(ママ)けるかというスキームだと思います。L社としては,この事業ドメインがほしくて,そのために,どう(ママ)ような方法をとっていくかみたいなシナリオを提示してくれるといいです。多分,うちは,経営権をとるというわけではないので,株を取得したらどこで設(ママ)けられるかってところのみに注目していると思います。もちろん,それには株価をあげないといけないので,株価を上げるにはどうしたらいいかということを考えてると思う。お互いのシナリオやほしいところを最終的にすりあわせて,お金出し合って,もうけましょうっていうかんじでしょ。」との返信のメールを送った(甲48資料16)。
その後,己原がニューヨークへ行くなどして,亥原との連絡は密接にはなされなかったようであるが,10月5日夕刻には,亥原が己原を訪ね,ニッポン放送の件でディスカッションを行っている。このときには,亥原が作成したニッポン放送について分析したメモを基に己原に説明をした(また,前記メールの内容に照らせば,その時点での株主構成等についても説明があったものと推認される。)。
その後,亥原は,10月6日に日興シティにおけるフジテレビ担当のアナリストと会った際の聴取メモを,参考資料として己原に送信した。
このような亥原との情報交換等を経て,己原は,10月8日午後6時59分,乙川に対し,「フジテレビの件ですが,MACの担当者と話をしました。経営権を取りにいきたいと思います。ニッポン放送株式をブロックで買取可能なので,買収に入りたいです。MACと共同戦線を張る契約を締結に入ってよろしいでしょうか?また大株主との交渉に入ってよろしいでしょうか?また資金調達として約320億円必要となります。ニッポン放送の株式 MAC 16.63% 1)浮動株が0.2%と少ないためブロックで買取開始 買取先は午山家と銀行 合計18.74% 最大で35.37%コントロール可能 2)ニッポン放送の経営権を手に入れるとフジテレビの株式22,4%が手に入る。フジテレビの筆頭株主であり,第二位は東宝5.7%であり,後は5%以下。 3)フジテレビの経営権も奪取。途中でTOB等されたらプレミアムで売り抜けてエグジット。」との報告のメールを送信した(甲48資料19)。これに対して,乙川は,同日午後7時11分,「Re:フジの件 気持ちよくいってください。最優先です。日本のAOLタイムワーナー+銀行を作りましょう。」と己原,丁沢,戊野宛てに同一内容のメールを送信した(甲48資料19,前記己原のメールに加え,丁沢のメールと己原メールも引用。)。これに対して,己原は,同日午後7時35分,乙川に対し(Ccとして丁沢,戊野にも),了解した旨返信した(甲48資料20)。
また,己原は,10月12日午後3時52分,「FTVの件,己原です。フジテレビの件ですが,MACの担当者がフジテレビのアナリストと会ってきた議事録です。金はあるし,油断しきっているとのことです。…フジテレビについてのミーティング2004.10.6」とのメールとともに前記亥原作成の10月6日付け聴取メモを乙川,丁沢,戊野にメールで送信した(甲48資料21)。これに対して,乙川は,10月13日午前10時38分,「Re.FTVの件 いいですね。これが来年最大のディールになりますね。」と返信している(甲48資料22)。
一方,資金調達の指示を受けた戊野は,早速コンフィアンスサービセスS.A.東京支店代表の丑木に連絡をとり,9月15日午後7時30分ころ,ライブドアの会議室で丁沢とともに丑木と面会した。丑木は,以前はクレディスイスに勤務していたが,同社が日本のプライベートバンキング(富裕層に提供する特別な資産運用・管理サービス)の業務から撤退したため,同社から業務委託を受けて,同社の日本におけるプライベートバンキング部門の顧客管理,営業を担当していた。
この面会では,まず,丁沢が,丑木に「N社について」を渡して示しながら,9月15日会議で被告人から受けた説明内容にほぼ沿って説明し,ニッポン放送株の時価総額1800億円の3分の1に当たる600億円のうち500億円をクレディスイスからローンで借り入れたい旨依頼した。そして,金利は三,四%で,担保としては,取得したニッポン放送株と,不足分は乙川の保有するライブドア株でまかなうという条件を提示した。
以上のとおり,乙川と丁沢がニッポン放送の買収に向けて準備を進めることを決め,戊野や己原に検討を指示したこと,戊野が融資を受けるべく担当者と面会して具体的な条件を提示したこと,その後,己原と亥原が頻繁に連絡を取り合っていたこと等の作業を進めていた外形的な事実については,弁護人も特に争っていない。むしろ,弁護人は,上記のような外形的な事実を認めつつ,ライブドアの決定及びこれに基づく準備は,①その後取り消されて存在しない,②真摯なものとはいえない,③実現可能性がないというのである。以下,検討する。
5  決定の不存在又は変更について
弁護人は,乙川及び丁沢が,9月15日,ニッポン放送株の3分の1の大量買集めを「決定」したとしても,丁沢は,9月22日のメールにおいて,ニッポン放送株を20%取得するというふうに,検察官が伝達されたと主張する11月8日までに,その決定の内容を変更しているから,これによって変更前の3分の1の大量買集めの「決定」は被告人に伝達しようのないものになったと主張する。
しかし,本件争点の所在は「ライブドアがニッポン放送の総株主の議決権数の5%以上の株券等を買い集めることについての決定」をしたかどうかであり,「3分の1」以上の買集めを決定したかどうかではない。3分の1であれ20%であれ,経営権取得を目指す以上,そのために買い集めるべき株式の数が少なくとも5%以上であったことは明らかであり,5%以上買い集めることを目指していたこと自体は,全く変わっていないのである。
また,丁沢証言を通読すれば,目標を20%へ変更したというのは,交渉術として,とりあえず20%の取得まで進めてそれで済むならその方がいいし,交渉して駄目なら3分の1まで進むしかないとの趣旨であることが明らかである。
この丁沢の思いつきが,もう一人の決定機関である乙川と話し合われた事実は全く認められないし,己原,戊野,乙川に伝わってすらいない。確かに,丁沢は「ニッポン放送をブロックトレードで20%取得」とのメールを送信しているが,このメールを読んだ者にも丁沢の意図は伝わらなかったものと思われる。これは,前記のとおり,被告人から外国人株主のうち20%近くは年内にでもブロックで紹介することができる旨説明されていたことから,メールはそのことをいっているものと理解したと推認される。いずれにせよ,決定機関たる乙川と丁沢が,ニッポン放送株の大量買集めの目標を「3分の1」から「20%」に変更しようと話し合ったことは全くないのであり,二人で決めたことを丁沢の内心だけで変更できる道理はない。
以上からすれば,上記のような丁沢の内心の変化やメール送信を「決定」の「変更」と評価することはできない。弁護人の主張は理由がない。
6  決定の真摯さについて
弁護人は,①丁沢は,本件の当時,他の案件で忙しい一方,ニッポン放送・フジテレビに関する本案件は,実現が全く困難であると思っており,いわゆる乙川の思いつきの案件(「乙川フラッシュ」)にすぎないと評価していたから,丁沢は本気でこれに取り組むつもりはなく,一応検討しているという姿勢を見せればいいと思っていたのであり,部下の己原にこれを丸投げしたのはその表れである。②丁沢は,9月15日の段階では,一応借入れによる資金調達の可能性を探るべく戊野に指示したものの,これが困難と分かれば直ちに本案件の検討を終わらせるつもりであり,そのため,エクイティ担当の辛田にはこれに関与させないようにしてきた。③己原は,9月15日以後,少なくとも11月8日会議までの間には,ニッポン放送等の財務状況等につき,真剣に調査活動をした形跡はなく,亥原に対して,極めて初歩的な点について尋ねていたにすぎない。己原は10月8日,乙川,丁沢,戊野に「浮動株が0.2%と少ないためブロックで買取開始」,「買取先は午山家と銀行合計18.74%」という記載のメールを送付しているが,浮動株の理解が全く間違っている上,午山家保有のニッポン放送株の取得の可能性について具体的に検討されたこともなく,さらには,そもそも銀行保有株は既に9月にフジテレビに売却されていることも看過されているなどとして,ニッポン放送株の大量買集めの「決定」は真摯であるとはいえない,と主張している。
しかしながら,「決定」に必要なのは,実現を意図していたことであって,「真摯さ」などという不明確な評価ではないことは既に述べた。上記認定のような着々とした準備行為及びその後約5か月弱で大量買集めが実現している事実自体から,ライブドアがニッポン放送株の大量買集めの実現を意図し,これに組織的に取り組んでいたことは明白である。弁護人がるる主張する根拠は,「話が進むと大変になるな」などの丁沢の内心での「ぼやき」を針小棒大に強調するなど,いずれも牽強付会なもので,実現の意図を疑わせる事情とはいえない。
ただし,己原の10月8日メールについては,その時点での実状に沿わない部分もあるので付言しておく。本件のニッポン放送株の買集めは,被告人に持ちかけられたときから,株の購入先は,村上ファンドから紹介を受けられる,ライブドアは村上ファンドの紹介を待てばよいという話であり,ライブドアとしては購入資金の調達こそが最大の課題であったと考えることができるのである(「私が認識していた役割分担というのは,うちはお金を用意する。株主とかスキームは甲山さん側が提案してくれる。で,合わせて50パーセントにしてニッポン放送を取る。」丁沢第4回58頁)。そのため,己原において,株の取得先について,資金の手当が付く前の時点で具体的に知らなかったとしても,ニッポン放送株の大量買集めについて実現する意図を疑う理由にはならない。「ほらメール」などというのは,全く当たらない。
結局,弁護人の主張は,理由がない。
7  「決定」の実現可能性について
当裁判所が「決定」に客観的実現可能性が全くない場合は除かれるが,あれば足り,その高低は問題とならないという見解を採用していることは前述した。
(1) 実現可能性の有無
弁護人は,実現可能性の考察対象として,ライブドアによるニッポン放送株の「5%以上の買集め」が実現するかではなく,「3分の1の買集め」が実現するかにすべきであるとした上で,この決定は,全く実現可能性がなかった旨主張している。
しかしながら,弁護人の主張は,公訴事実や構成要件を無視した見解であり,採用できるものではない。
弁護人は,大量買集めが実現したのは,予想外の事情が重なった結果であるとるる主張する(弁論348頁)が,フジテレビのTOB実施など当初から既に織り込み済みであるか(前記認定中のメール参照),ライブドアのファイナンス担当者が戊野から辛田に変更されたこと,乙川がエクイティファイナンスに反対しなくなったことなど,いずれも容易に想定し得る事情ばかりであり,予想外の事情と評価できるものはない。
そして,ライブドアが,平成16年9月15日からわずか146日後の平成17年2月8日,ニッポン放送の発行済株式総数の約35%を取得する大量買集めを実現し,さらに同年3月25日には,議決権の過半数の取得を実現したことは,紛れもない事実である。これを客観的に実現可能性が全くなかったというのは,的外れというほかない。
よって,「ライブドアの業務執行を決定する機関が,同社においてニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定」には実現可能性があったものと認められる。
(2) 実現可能性の高低
なお,前述したように,犯罪の成立には,実現可能性の高かったことは不要と解されるが,量刑事情としての重要性にかんがみ,検討すると,ライブドアがニッポン放送株を大量に買い集める決定が実現する可能性はかなり高かったと認められる。
ア 5%買集めに必要な資力
ニッポン放送株の平成16年9月15日時点での終値は5440円,同年11月8日の終値は4980円であった(甲15。平成17年1月18日には,前日のフジテレビによるTOBの発表で株価が跳ね上がるが,それまでは9月15日の価格を下回ることが多く,4000円台の日もかなりあり,高い日でも5500円台であった。)。ニッポン放送の発行済株式総数は3280万株であるが,議決権のある株式は3272万4100株である(平成17年3月31日現在,甲7資料2-7)から,5%である163万6205株を買い集めるために必要な資力は,単純に計算して約81億円ないし89億円ということになる。
イ プレミアムの必要性
弁護人は,大量買集めには高額のプレミアムをつける必要があったなどと主張するが,村上ファンドは,本件規制期間中に193万3100株もの大量の株を価格合計99億5216万2084円で買い付けているところ(甲6),この平均単価は,約5148円にすぎない。そして,本件スキームでは,ライブドアは村上ファンドからブロックで売ってくれる買付先を紹介してもらえるという話であったのである。プレミアムは不要であるか,あっても少額で済んだ可能性が高いと思われる。
ウ ライブドアの現預金
これに対し,M&Aを担当していた丁沢が,企業買収に使える手元資金として考えていた資金は300億円から350億円もあった。これは,平成16年9月末時点で,ライブドアの現預金資産は,連結で約454億円,ライブドア単体で約309億円もあった(甲47)ことに照らせば,十分首肯できる判断といえる。
エ ライブドアの資金調達能力
また,ライブドアは,それ以外に,平成16年9月16日,500億円のユーロ転換社債の発行を日興シティグループ証券から提案されていたほか,複数の証券会社からも数百億円規模の資金調達の提案を受けていた(甲66)。そして,ライブドアは最終的にリーマン・ブラザーズ証券から800億円をMSCB発行で調達した。
オ 想定外の事態への対応力
ライブドアの資金調達額が800億円に膨らんだのは,被告人が自ら提案した本件スキームに背き,村上ファンドが保有するニッポン放送株のうち半分(甲7の平成17年2月7日と翌8日の保有株の割合参照)をライブドアで買い取るよう求めたことにより,その分の新たな資金が必要になったためであった。このような「想定外」の事態が生じながらも実現したのである。
カ その他
弁護人は他にるる主張するが,実現可能性を疑わせるに足る事情は見当たらない。
したがって,本件決定の実現可能性は,相当高いものであったといえる。
8  まとめ
以上の検討結果をまとめれば,乙川及び丁沢は,平成16年9月15日,被告人から,「村上ファンドは,議決権の18%を取得済みであるから,ライブドアが議決権の3分の1を取得できれば,両者の議決権を合わせて過半数を制し,ニッポン放送の経営権を取れる。ライブドアはお金さえ用意すれば,購入先は村上ファンドがあっせんする。」などと言葉巧みに誘われて,その気になり,ライブドアが平成17年3月までに行うニッポン放送株の5%以上の大量買集めにつき,その実現を意図して,ライブドアの業務として調査,準備,交渉等の諸作業を行う旨を決定し,その実現可能性は相当高かった,と認めることができ,これが「ライブドアの業務執行を決定する機関が,同社においてニッポン放送の総株主の議決権数の100分の5以上の株券等を買い集めることについての決定をした」ことに当たるのは疑いがない。
第5  伝達について
1  争点の所在
弁護人は,「決定をした旨の公開買付けに準ずる行為の実施に関する事実の伝達を受け」たことを否定し,その間接事実として,11月8日会議の趣旨,そこで資金調達の話が出たこと,それ以前に資金調達の目処がついていたこと,村上ファンドのその後のニッポン放送株の買付状況の解釈等を争っている。
2  ライブドアの資金調達の目処がついた状況
(1) 認定可能な事実
既に信用性の高いことが検討済みの丁沢,戊野,己原の各証言,丑木の検察官調書によれば,以下の事実が認定できる。
丑木は,平成16年9月15日,丁沢らから融資の打診を受けた際,当初はその金額に驚いた態度を見せたが,最終的には「是非うちでやらせてください。」と言って,融資の検討に前向きな姿勢を見せた。そして,その日のうちにクレディスイス香港支店の日本向け営業担当の丙野W雄にライブドアの融資申し込みについて連絡し,その際,「N社について」もファックス送信した。この融資案件については,丙野の上司でクレディスイスの日本向け営業担当の責任者であるJohnDoeにも伝えられ,同人はこれに積極姿勢を示した。
9月15日から1週間ないし10日後,丑木が戊野を訪れ,ライブドアからの依頼に対する最初の検討結果が示された。そこでは,融資金額500億円,金利は4%くらい,担保としては,取得したニッポン放送株(担保掛け目50%くらい)と乙川の保有するライブドア株(担保掛け目は50%を下回る)という条件が示された。丑木は,クレディスイスのDoeも融資について非常に乗り気である旨も伝えた。
その後,クレディスイス本体での審査の結果,500億円の融資は無理であるが,200億円の融資は可能であり,ライブドアがこの融資にかかる資金と自己資金等により取得したニッポン放送株を担保とするのが適当と判断されたので,10月19日,丑木から丁沢と戊野に対し,200億円のコミットメントライン(融資枠)を設定することの提案がなされた。こうして,この時点で,丁沢と戊野は,ニッポン放送株の大量買集めのための資金として,借入資金の200億円とライブドアの自己資金100億円余りを確保する見通しを持つに至った。
(2) 弁護人の主張に対する判断
これに対し,弁護人は,ライブドアに資金調達の目処が立ちつつあったことを強く争い,丑木が一見前向きな姿勢を見せたのは,営業的な配慮であり,本心では可能性は限りなく低いと思っていた,200億円の融資ですら,エクイティファイナンスを行わなければ不可能と伝えていたのに,丁沢はやる気がなく,放っていたので,丑木から戊野に「あれどうなりましたか。」と聞いたくらいである,よって融資は不可能であったと主張し,丑木も同様に証言している。
しかし,丑木の検察官調書が信用でき,丑木証言が採用できないことは既に述べたとおりである。丑木が本件融資にかなり積極的であったことは,その後も,丑木がライブドアの資金調達計画から離脱することがなく,協議を進め,他の銀行にもシンジケートローンを持ちかけるなどして能動的に動き回り,この融資については最終的に条件面で折り合いがつかなかったものの,MSCBのブリッジローンとしてクレディスイスがライブドアに100億円の融資を行っていること(甲62,同意部分)に照らせば明らかである。箸にも棒にもかからない話を持ちかけられ,嫌々営業的お愛想を振りまいていた者であれば,放置されたのを好機に離脱するはずであり,「あれどうなりましたか。」などと自分から関与を求めていくとは考えられない。丁沢及び戊野は,丑木から具体的な条件を提示した融資の提案を受けた旨一致して明確に証言している(丁沢第1回44頁,戊野第4回17頁)。
したがって,このころライブドアに資金調達の一応の目処がついていたと認められる(もっとも,この目処は見込みという程度の柔らかなもので,実現の確度は高くないものであり,現にこのときのクレディスイスからの買収資金の融資は実現していない。)。
3  ライブドアが11月8日会議の開催を求めた状況
(1) 認定可能な事実
既に信用性の高いことが検討済みの丁沢,己原の各証言,亥原,寅葉,丙谷の各検察官調書によれば,以下の事実が認定できる。
丑木の回答を得て丁沢は,己原に対し,「まあ,200(億円)ぐらいだったら行けるよ。」と伝えたので,己原は,「お金の準備ができたから先方とアポを入れます。」と言い,村上ファンドと連絡を取ることになった。
己原は,亥原に対し,10月20日午前9時42分,「(重要)FTVの件 こんにちはー 買収資金の借入れが可能になりました。弊社では最優先事項ですので,早急なミーティングのセットと実行をしたいと思っております。弊社社長より急かされています。」とのメールを送信した(甲48資料23)。これを読んだ亥原は,被告人に対し「ライブドアが,ニッポン放送の買収資金の借入れが可能になったので,ミーティングを持ちたいと言ってきました。乙川社長も出席します。」などと伝えて,被告人から,村上ファンドとライブドアのトップ同士が出席する会議を開くことの了承をもらい,11月8日会議を開催することになった。平成16年10月末ないし11月初めころ,丙谷は,被告人から「ライブドアが本気でニッポン放送を買う気がありそうだ。ライブドアが200億から300億ぐらいはできると言ってきている。」と伝えられた。
寅葉は,11月8日の会議の何日か前に,被告人から,「ライブドアも頑張っているみたいだ。乙川が若い人たちを連れてくると言うし,外人株主の状況について,寅葉の方から説明してやってくれないか。ライブドアには,ニッポン放送の3分の1を取れば,うちの分と合わせて過半数を超えるから,ニッポン放送が取れるし,そうなれば,フジテレビも取れる,という話をしている。ライブドアがニッポン放送の3分の1を取るには,外人株主から買うしかないから,説明してやってよ。」などと言われ,会議に参加することになった。
己原と亥原は,11月8日会議に先立って,担当者レベルの情報交換をするため,同月4日に二人で打合せを行った。その際,己原は,亥原に対し,資金調達については,戊野から聞いていた内容,すなわち現在銀行と資金調達の交渉をしており,全体で300億円ぐらいの調達はできるんじゃないかということを伝えるとともに,ライブドアと村上ファンドが共同戦線を張るために契約書等を交わせないかなどということを話した。亥原は,戦略面の村上ファンド側の考え方等について話すとともに,11月8日会議当日に,「一気にまとまった株を取る」というようなライブドア側の考え方をぶつければよいなどと話したが,このとき,ライブドアがTOBを仕掛けたら,村上ファンドはこれに応じて売却するのではないかとの考えをもらしている(甲92資料6・亥原のメモ)。
打合せの際,亥原は,己原から,ライブドアがニッポン放送株を取得できる相手方や株数について聞かれたので,帰社してその点を寅葉に尋ねたところ,寅葉から「11月8日のミーティングで詳しく説明するから。」と言われ,被告人からも,11月8日の会議について,「僕の方からライブドアに戦略面の話はするから,後は寅葉から取れる株の説明をさせる。」というようなことを言われた。そこで,亥原は,11月5日(金曜日)午後零時9分,「月曜のmtg(会合の意)だけど,こちらは,甲山,寅葉,わたしのほかに卯波も入ることになりました。…明日甲山から戦略面の話,寅葉から取れる株%などを詳しく説明するようです。(資料のとおり,うち,うちと仲良くしている外人などからは3割はとれるイメージです。その他,取れるところなどの詳細は明日寅葉が説明します。)とりあえず,一度にいったほうがいいという提案は昨日いったとおりあると思うので,そちらの要望や戦略をぶつければいいと思います。」とのメールを己原に送信した(甲48資料39)。
(2) 弁護人の主張
弁護人は,ライブドアの資金調達の目処が付いていなかったことを前提に,己原メールについて,ライブドアは,ニッポン放送株の大量買集めのための買収資金の借入れの見通しが付いたという事実は全くないのに己原がそのような事実があるかのようにメールを書いており,全くの大ほら吹きであるなどと論難し,11月4日の己原・亥原間の打合せで具体的な資金調達の話は出ていない,村上ファンド関係者は,11月8日会議の設定時点では,設定された理由も趣旨も分からなかったため,被告人が乙川に電話で尋ねたところ,「ライブドアの若い人に向けて再度説明してもらうため。」と言うので,そのような趣旨と認識していたなどと主張し,被告人やその他の村上ファンド側の者も,当公判廷において,同趣旨の供述をしている。
確かに,己原が「買収資金の借入れが可能になりました」とのメールを送信したというだけでは,真実,買収資金の借入れが可能になったかどうかは明らかでなく,当時,己原が買収資金を借りられると信じていたことが分かるにすぎないし,己原は融資担当者でないから,なおさらである。しかし,ライブドアが,ありもしない資金調達の見込みについて言及した上で,再度の会議を求めるということは,今後ニッポン放送の経営権取得に向けて不可欠の協力者となるべき村上ファンドの信用を損なうだけで,何の益もなく,考え難い。実際には,資金調達の感触が得られていたことは前記のとおりであり,丁沢及び己原は,これが己原に伝えられたことをやはり明確に証言している(丁沢第1回76頁,己原第5回29頁)。上記メールはその裏付けとして高い証拠価値がある。
また,11月4日の打合せで資金調達の話を伝えたかについても,己原は亥原に資金調達の見通しとして300億円の目途がついたと伝えた旨明確に証言しているところ,己原証言が信用でき,亥原証言が信用できないことについては既に検討したとおりである。上記のとおり,当時,ライブドアでは資金調達の目途が立っており,そうであるからこそ己原は,会議をセットするように指示され,それを亥原に伝えて,会議の開催を求め,そのための打合せをしているのであるから,資金調達の話が出ない方がかえって不自然である。
このように,11月8日会議の趣旨は,最初から明確であったのであり,その趣旨が非常に大事なものだったからこそ,多忙な被告人や寅葉が揃って出席したと考えるのが合理的である。これら村上ファンドの幹部が趣旨も分からないまま会議をセットし,誰かも分からない「若い人」相手に貴重な時間を割いて出席するなどということは到底考え難い。したがって,11月8日会議の趣旨を理解していたとする,村上ファンド幹部の各検察官調書は信用できるのである。
(3) まとめ
以上によれば,ライブドアでは,平成16年11月8日までに,未だ不確定ではあるものの,一応の資金調達の目処を得たことから,これを報告しつつ,さらに,ライブドアによるニッポン放送株の取得について,9月15日会議よりも踏み込んだ内容についての話をする目的で,11月8日会議の開催を求めたもので,会議で予定している話題は,亥原を通じて事前に村上ファンド側でも把握していた事実が優に認められる。
4  11月8日会議の内容
(1) 証拠により認定できる事実
前記第2の8記載のとおり,11月8日会議の席上,①説明資料の外国人株主の状況が最新のものではないとして,寅葉が一旦離席し,最新の状況を示す表を取ってきたこと,②乙川が,「12月にTOBってどうですか。」と発言したり,公開買付けについて質問し,被告人は,昭栄に対する敵対的公開買付けの失敗事例を紹介するなどしてこれに答えたこと,③ニッポン放送の経営権を取得後,その子会社を誰が経営するかというような山分け的な話が出たこと,④ライブドア側は,村上ファンドが18%保有し続けることを約する契約を締結し書面にしたいと希望したが,被告人は,「おれを信じろ。」などと言って断ったこと,⑤11月8日会議で,ライブドアがニッポン放送の経営権を取りたいという願望を持っていることを村上ファンド側出席者も理解したことについては,証拠上明白で争いがない。
さらに,信用性の高い丁沢,戊野及び己原の各公判供述,被告人,寅葉,卯波及び亥原の各検察官調書によれば,以下の事実が認められる。
ニッポン放送の話に入る際,最初に丁沢が,「資金のめどが立ちましたので,具体的に進めさしていただきたいんですけど。よろしくお願いします。」というような発言をし,乙川も,「よろしくお願いします。」というような発言をした。
これに対し,被告人が,「N社について」を用いて説明を行い,寅葉が,外国人機関投資家の保有比率や,村上ファンドとの親密度等について説明し,外国人機関投資家からの買取りについてアレンジすることもできるなどと説明した。そして,乙川のTOB発言に対しては,被告人が,まず市場で買ってはどうかとの意見を述べた。会議の終盤,被告人が「金はあるのか,金融機関を紹介してやろうか。」などと言ったのに対し,丁沢が,「大丈夫です。クレディスイスで300億円借り入れるめどがついてます。足りない200億円も何とかなると思います。」などと答えた。
最後に,被告人に対し,丁沢が,「じゃあ,もう3分の1いきますんで,よろしくお願いします。」などと言い,乙川も,頭を下げて,「よろしくお願いします。」などと言った。
(2) 弁護人の主張に対する判断
弁護人は,これらの事実を強く争うが,上記の内容は,前記争いのない会議の経過,3で認定した11月8日会議が設定された経緯及び趣旨と非常によく符合し,これらを有機的に結びつけ,合理的に説明する関係にあるといえる。すなわち,資金の手当ができたとして設定を依頼した会議である以上,資金手当の話が出るのは当然であり,出なければ質問されるはずである。資金手当ができたと報告したからこそ,次のステップである具体的な株の購入先である外国人株主の話を,その担当者である寅葉から説明してもらう必要があり,しかも,その資料は最新のものでなければならなかった。このため,寅葉は,離席して最新のものを取りに行ったのである。しかし,紹介先だけでは3分の1は無理であることから,乙川がTOBについて被告人に質問し,これに対し被告人から丁寧な説明があり,「まず,市場で買え。」と買い方を伝授した。このような話の流れの中で,既に3分の1を取得したかのような気分になったことから,子会社の山分け的な話題に発展したが,ライブドア側は「TOBしたら村上ファンドもこれに応じて売る」という亥原の話(前記3)を想起し,これを警戒して,村上ファンドが株を保有し続けることを約する書面を欲しがった。被告人は断りながらも,自分を信じるように言ったので,丁沢と乙川は改めて礼を述べた。このように考えれば,一見唐突に見える11月8日会議の内容は自然な流れで理解できるのである。
被告人や同会議に出席した村上ファンド関係者(寅葉,卯波,亥原),そして乙川は,いずれも当公判廷で,殊更記憶がないとか,資金調達の見通しや3分の1の株式取得の意思表明に関する部分のみを否定しているところ,前記3で検討した内容に照らしても,不自然,不合理というほかないのであって,到底信用することができない。
なお,弁護人及び被告人は,仮に11月8日会議でライブドア側から資金調達の見通しについて話が出ているのならば,被告人の性格からして,具体的な金額はもちろん,資金調達先についても質問しているはずであるし,さらには,その資金調達先とされる金融機関の担当者に,ライブドアと融資交渉しているかどうかについて確認しているはずであるところ,被告人は,クレディスイスの者にも知己があるにもかかわらず,そのような確認を一切していないのは不自然であると主張する。
しかしながら,金融機関に確認しなかっただけで,金融機関の名前はもちろん,資金調達の見通しについての話がなかったことになるという主張自体,論理の飛躍である。そもそも金融機関には守秘義務があり,確認などできるはずもないし,株の買集めは平成17年3月末を目標にしているのであり,この段階で直ちに確認する必要性も乏しい。通常の人はやらなくても,被告人はやる人間だとか,金融機関の担当者が言わなくても被告人は表情が読めるなどという主張については,証拠調べの全経過を総合しても,被告人がそのような人物であるのか判然としない。
また,弁護人は,11月8日会議の後,被告会社で対策会議が全く開かれていないところ,これは,11月8日会議において,ライブドアの姿勢や資金調達の見通しについて何ら新しい話が出ず,村上ファンドからライブドアへの再説明あるいは再セールスの場としかならなかったことの表れであると主張している。
ライブドアがニッポン放送株の大量買集めに積極的であることは,既に9月15日会議でも見て取れたことであり,それ以後も村上ファンドでは,亥原を通じて,ライブドアの意向や準備状況は把握可能であった。11月8日会議は,これまで己原・亥原を通じて把握していた情報を前提とし,「N社について」を用いるなどしてスキームをさらいつつ,ライブドア側の検討,準備経過についての情報を会社のトップレベルで正式に確認したことに意味があるのであるから,そういう意味で新奇な情報と解されず,改めて対策会議を開かなかったとしても,何ら不思議はない。つまり,「新しさ」の比較の対象は,9月15日会議ではなく,前日までの己原・亥原間の打合せである。予定どおり,順調な進展を見せていたからこそ,被告人は前のめりになることもなく,余裕のある態度で聞いていたのである。むしろ,これまでの経過に照らすと,弁護人が主張するような,ライブドアが3分の1取得への決意も表さず,資金調達の話も出なかったとすれば,被告人は,9月15日会議よりも一層熱心に前のめりになって再セールスをしたはずであり,村上ファンドとしては,エグジット戦略について抜本的再考を余儀なくされ,対策会議が必要だったとすらいえる。
(3) まとめ
以上検討したところによれば,11月8日会議では,ライブドア側の丁沢らから,被告人ら村上ファンド側に対し,ニッポン放送株の3分の1以上を買い集める旨,明確に意思表明があり,かつ,そのための資金調達の見通しとして,300億円をクレディスイスからの融資等により調達できる見込みであるという内容が説明されたことに疑いはない。
5  ニッポン放送株の買付状況について
弁護人は,村上ファンドにおけるニッポン放送株の客観的な買付状況をみれば,被告人が,ライブドアとは無関係にニッポン放送株の買付けを行っていることが明らかであるから,11月8日会議で伝達を受けていないこと(当然,故意がないことも含む。)は明らかであると主張している。
すなわち,平成16年10月20日ころ,被告人は,トレーダーの午下に対し,ニッポン放送株をこれまで以上に積極的に買い付けるよう指示をし,村上ファンドにおいては,10月20日から,11月8日会議を挟んで同年11月12日までの間,ブロックトレードなどで大量のニッポン放送株を買い付けたことは,争いのない事実であるが,弁護人は,これらの大量買付けは一見,「決定」の伝達を受けたからであるようにみえるかもしれないが,実際は別の要因に基づく売買の結果にすぎないと主張しているので,甲7号証等により検討する(別表1参照)。
(1) 平成16年9月14日の取締役会による方針
弁護人は,9月15日会議に先立つ平成16年9月14日の取締役会段階で,既にプロキシーファイトに向けたニッポン放送株の買い増しの方針が確認されているのであり,前記大量買付けは,これによるものであると主張している。
そこで,平成16年9月14日から同年10月19日まで,同月20日(己原が資金調達の目処が立った旨のメールを送信した日)から同年11月8日(正式な伝達があった日),同月9日から平成17年2月7日(ライブドアが大量買集めを発表した前日)の3期に分けて,この間の村上ファンドの買付状況を比較すると

買付始期 買付終期 買付株数
H16.9.14 H16.10.19 86,420
H16.10.20 H16.11.8 494,840
H16.11.9 H17.2.7 1,933,100

となり,己原が資金調達の目処が付いた旨のメールを送信した10月20日から買付けが急増していることが明らかである。もし,村上ファンドの大量買付けが前記取締役会の方針決定に基づくものであれば,直後から一貫して大量の買付けが行われなかった理由が明らかでない。
(2) 変更報告書との関係
弁護人は,村上ファンドでは,同ファンドの変更報告書の提出により,ニッポン放送株の株価が高騰することを考慮し,変更報告書の提出義務が発生後,その提出期限である5営業日以内(以下「潜伏期間」という。)にできる限り大量のニッポン放送株を購入する方針を立てており,前記大量買付けはこれによるものだとしている。
そこで検討すると,平成16年9月14日から平成17年2月7日までの期間に,No.5からNo.9まで5通の変更報告書が提出されている(甲16)。
ア 変更報告書No.5
報告義務発生日:平成16年10月1日,提出日:同月8日であり,この期間の買付株数は2万3030株であるが,その直前の同年9月14日から同月30日までの期間の買付株数は,3万0800株であり,かえって,潜伏期間の方が買付けが少ない。
イ 変更報告書No.6
報告義務発生日:平成16年11月4日,提出日:同月11日であり,この期間の買付株数は34万3010株であるが,その直前の同年10月9日から同年11月3日までの期間の買付株数は,30万3300株であり,潜伏期間の方が買付けが多いものの,大差はない。
ウ 変更報告書No.7~9
No.7の報告義務発生日:平成16年12月16日,提出日:同月24日,No.8の報告義務発生日:前同日,提出日:平成17年1月5日,No.9の報告義務発生日:前同日,提出日:同月13日であり,結局3つの潜伏期間がつながって28日間もの長さに及んでいる。
この3つの潜伏期間合計の買付株数は,確かに133万0380株と突出している。しかし,3つの期間が連続しているため,非潜伏期間と適切な比較ができない。
エ まとめ
以上によれば,変更報告書No.7~9の潜伏期間については確かに多いものの,非潜伏期間と比較ができない。むしろ,変更報告書の提出日には既に次の提出義務が生じているという買い方は,報告書の提出後は株価が高騰して買いにくくなるという弁護人の主張と矛盾している。そして,その他の期間については,直前の期間と比べて大差はないから,弁護人の説明は首肯できない。
(3) 価格との関係
弁護人は,10月8日の大量取得報告書の提出に伴って,ニッポン放送の株価が大きく下落しているのであって,これに基づき10月20日から大量買付けが開始されたと主張している。つまり安いから買ったにすぎないというのである。
そこで,村上ファンドが取締役会で大量買付けを決定したと主張している,平成16年9月14日から平成17年1月26日までの購入期間のうち,平成16年10月19日までの期間の購入単価をみると,4974円から5288円まで分布しており,その平均は,5117円であるが,安くなったという同月20日以後の期間では,4500円から5950円まで分布しており,その平均は,5129円となり,必ずしも安くない。
そして,平成16年10月27日から同年11月1日の終値は,4550円から4800円であり,最も安かったのに全く買付けがなく,同年12月6日から15日までも4830円から4960円であり,かなり安い方であるが,買付けはなかったものである。
以上によれば,必ずしも価格が安いから買ったとは言い難いものがある。
(4) NAV規制との関係
弁護人は,村上ファンドには,NAV規制(同一銘柄への投資はファンド総資産の20%までという村上ファンド出資契約上の制限)という制限があったため,これが解除されるまではニッポン放送株の大量取得を思いどおりにできなかったため,これが解除された際に,大量の買付けを行ったにすぎないとも主張している。
確かに,平成16年9月14日から平成17年2月7日までの期間には,平成16年10月20日と同年12月21日の2回NAV規制が解除されており,そのころ,大量買付けが行われていることは指摘のとおりである。
しかしながら,NAV規制は,村上ファンドにとって絶対的な制限だったわけではなく,その意思で動かせるものであり,上記2回の解除はいずれもその前日に解除申請をした結果なのである。しかも,最初の解除申請の際は,その理由として「We are planning to sell a part of your NBS holdings to a Japanese strategic buyer, naturally with a premium, within a month or so.(我々は,約1か月以内に,ニッポン放送株式を値段の上乗せ分を付けて,日本のストラテジックバイヤーに売ることを計画中である。)」と記載し(甲95資料3),転売目的であることを明らかにしていることが注目されるが,そのストラテジックバイヤーとは,寅葉によればライブドアを含む(甲74)というのである。
以上によれば,NAV規制が解除されたから買ったのか,買うために解除したのかは不明であるといわざるを得ない。
(5) 現金預け入れとの関係
弁護人は,ファンドでは資金の手当がなければ,株の購入はできないのであり,現金が入ったタイミングで買い増していた結果にすぎないと主張している。
確かに,マック・ジャパンとメロン・マック・ファンドについての現金残高の推移をみれば(弁3),平成16年11月2日に52億9200万円が入金された後,同月4日に17万1750株が購入され,同年12月16日に52億7400万円が入金された翌日,22万6360株が購入されていることが認められる。
しかしながら,前記二つのファンドで平成16年9月14日から平成17年2月7日までの期間で最も大口の取引である25万3430株の買付けは平成16年10月20日であり,前記を除いて2番目に大きい取引の16万1200株の買付けは平成17年1月5日であり,3番目に大きい取引の15万3610株の買付けは平成16年11月12日であるが,いずれもその前に入金はない。逆に30億円が入金された平成16年10月8日は,7000株しか買付けがなく,12億900万円が入金された同月1日は,わずか630株しか買付けていない。
以上によれば,キャッシュインのタイミングと大量買付けのタイミングは必ずしも合致していないといえる。
なお,マック・スモール・キャップは上記よりもはるかに大口の取引を行っているが,買付期間中の入金はない。
(6) さや取り売買について
弁護人は,フジテレビが平成17年1月17日にTOBを発表した後の村上ファンドの売買状況を検討すると,多くの売り注文を出しており,売り注文数が買い注文を上回っているなど,さや取り取引を繰り返していることが明らかであり,インサイダー取引を行う者の行動とは考えられないと主張している。
しかし,取引の成立しなかった注文は,成立しなかったが故に,重ねられているのであるから,それらの数を足してみても意味はない。
実際に成立した取引は,5回に分けて7万8150株を6000円から6015円で売り抜けているにすぎない。しかも,そのうちの4回は平成17年2月2日以降であり,既に被告人の認識でもインサイダー情報の伝達を受けた時期であるから,買付けなどできるはずがないのである。残るのは,1月18日に1万3150株を6000円で売り抜けた1回だけであるが,この時期は,フジのTOBの翌日で,これに応じるかどうかファンドとしての方針が固まっていなかった時期でもあり,さや取りをしてみたいとの午下の思いつきを被告人が了承したものである(甲98,乙10)。そもそも村上ファンドでは,エグジットの目標価格を6000円に置いていたのである(第2の11参照)から,細かいさや取りというより目標達成による一部のエグジットともいえるのである。
これに対し,この期間の買付けは32万5600株にも及んでおり,明らかに買付けが多いが,午下は平成17年1月に入ってから,保有株式割合が19.57%を超えないよう被告人から指示されていたため(甲98),その範囲で売買していたものと解される。
以上によれば,フジテレビが平成17年1月17日にTOBを発表した後に限っても,村上ファンドが細かいさや取り取引を繰り返していたなどとは到底いえない。
(7) 担当者の受け止め方
上記のような買付状況を担当者たちがどのように受け止めていたかは,大いに参考となる。
ア 巳上
平成16年10月か11月ころであったと思うが,被告人が,投資会議の席上などで,「ニッポン放送株を乙川に全部売り払うのも手だと思うよ。ライブドアにはニッポン放送についていろいろとレクチャーをしている。乙川も興味を持っている。」などということを話していたので,ニッポン放送のことでライブドアの社長である乙川と相談しているのだろうと思っていた。同年10月中旬ないし下旬ころ,被告人が,私や午下に対し「ニッポン放送株をどんどん買おうよ。もっと気合を入れてくれよ。」などと言って積極的にニッポン放送株を買うようにと指示するようになった(甲95)。
イ 午下
平成16年10月までは,「買いもするし売りもする」というごく普通の取引だった。平成16年10月ころからの被告人のニッポン放送株に関する指示の出し方には,それ以前の被告人とは変わっていて,どこか確信めいた,きっぱりしたものを感じた。自分がイタリア旅行から帰国して被告会社に出社した平成16年10月12日を過ぎたころに,甲山から「ニッポン放送株を買えるだけ買え」という指示を受けた。この指示は,それ以前の甲山のニッポン放送株の取引のやり方とは大きく異なるもので,きっぱりとしており,「買えるだけ買え」の言葉の裏側にある「売るな」という甲山の指示が伝わってきた。午下は被告人が恐らく何かよいエグジット方法を見つけたのだと思った。被告人は「何で,これだけしか買っていないのか。どんどん買えっていっただろうが。」と怒り,ちょっと視線を外すと「人の話を聞いているのか。」と怒った。「お前がしっかりしてないから,こんな買い方になるんだ,お前がっ。」と隣に座っている巳上に当たることもあった。別のときは「このとおりだから,言うとおり買うてくれよ,な,頼むから。」と拝み倒すように説得された。あるとき,甲山から,ニッポン放送株の売買に関し「何でこれしか買っていないんだよ。もう,全部の外資系に電話してトストネットで買っちゃえよ。」と指示されたことがあり,その指示に従って数社の外資系証券会社に電話して,トストネットでニッポン放送株を買ったことがあった。このような出来事は,甲山から,ニッポン放送株について「買えるだけ買え」との指示が出てから1か月くらい経過した平成16年11月ころだったと思う。同月11日に,クレディスイスで1万6200株を取引所外取引により,日興シティで1万8650株をトストネットにより買付け,同月12日に,ゴールドマンサックスで1万3300株,クレディスイスで5万9500株,日興シティで7万4400株を,いずれもトストネットで買い付けた。私は,このころ,甲山から「もう,全部の外資系に電話してトストネットで買っちゃえ。」とハッパをかけられていた(甲96ないし98)。
ウ 丙沢
丙沢A雄(ゴールドマンサックス証券において,午下からニッポン放送株の売買の注文を受けていた者)も,同年11月12日,午下から「ニッポン放送株を買いたいんだけど,ないですか。」との電話を受け,同日,ニッポン放送株1万3300株をトストネットを使って売買を成立させた(甲22)と午下の供述を裏付ける供述をしている。
このように,担当者らは,主観的には,平成16年10月中旬以降の買い方は,これまでと異質なものであったと供述しているが,これらが信用できることは既に検討したとおりである。
(8) 考察
偶然,会社の重要情報を知った者が,直ちにできるだけ多くの株式を購入し,発表後に直ちにこれを売り抜けて莫大な利益を得る,というごく単純なインサイダー取引であれば,当然,情報の伝達を受ける前後で買付状況にはっきりとした違いが出るはずである。が,本件において,そのようなインサイダー取引を明らかに示す買付状況が認められないことは事実である。
しかし,だからといって,本件がインサイダー取引でないということにはならない。なぜなら,本件は上記のような単純な事案ではなく,当然それを前提にした経験則もあてはまらないからである。すなわち,①村上ファンドは,ライブドアの「決定」を聞く前から,ニッポン放送株を所有していたこと,②被告人は,「決定」を偶然聞いたのではなく,「決定」するようライブドアを勧誘し,その回答として聞いていること,③被告人は,11月8日,突然,ライブドアの「決定」を聞かされたわけではなく,9月15日時点から,乙川が被告人の提案に積極的であると分かっており,その後も亥原を通じて順次,ライブドア側の動きを把握し,10月20日にはほぼ確実に決定されたことを知り,11月8日会議で正式に聞いたという段階的な経過になるため,決定を伝達されたのは遅くとも11月8日であると特定できるが,最初に被告人が情報を入手した時期を特定することは難しいこと,④ライブドアが「決定」を実行する際には,村上ファンドの協力が不可欠であるが故に,「決定」の実行がいつあるかを村上ファンドでは正確に把握できたこと,⑤村上ファンドは,出資者のあるファンドであり,NAV規制や現金預け入れなどの規制があること,⑥村上ファンドにとって,ライブドアは最初からエグジット先の一つにすぎず,フジテレビなどほかにも当てにできるエグジット先は存在したことなど,本件特有の事情が,買付状況の解釈を複雑で困難なものにしている。
(9) 結論
以上に照らせば,10月20日以降本件公訴事実に係る期間にこれまでとは異質なニッポン放送株の大量買付けが行われたことは明らかであるが,これを完全に説明できる要因も他にないことが認められる。そうすると,買付状況は,本件インサイダー情報たる,ライブドアがニッポン放送株の3分の1以上の大量買集めをすることの決定をしたことの伝達(11月8日会議)を受けたが故に,被告人がニッポン放送株を買い付けた結果としても矛盾はないというべきである。買付状況自体から伝達がなかったことが明らかという弁護人の主張は理由がない。
ただし,買付状況自体が典型的なインサイダー取引を示しているとは言い難い上,その経緯に照らしても,村上ファンドにおけるライブドアは,最初からエグジット先の一つにすぎないから,買付けの結果すべてがライブドアとの関係によるものと断ずることは躊躇せざるを得ず,別の要因が買付状況に影響を与えた可能性を完全には排除できない。よって,買付状況が,被告人がライブドアによる大量買集めに向けた動きを直接利用して,殊更利益を得るために買い付けたことを積極的に示しているとまでは認められない。
6  大量買集めについての決定の「伝達」の該当性
以上を総合すれば,乙川,丁沢において,ライブドアがニッポン放送株の3分の1以上を買い集める旨明確に意思表明しており,しかも,そのための資金調達の見通しについても述べられており,さらには,ライブドアがニッポン放送株を大量に買い集める際の具体的な買付先の見込みや,TOBの可能性等についても話題に上っていること,その後の村上ファンドのニッポン放送株の買付状況も伝達があったことを前提にしているとしても矛盾はないことに照らせば,同会議において,ライブドアがニッポン放送株の3分の1(当然に5%を超えることになる。)の大量買集めを行うことについて決定した旨,ライブドアの代表取締役兼最高経営責任者である乙川や,企業買収についての統括責任者であった丁沢という,「公開買付者等関係者」から,被告人に対し,その旨の決定が伝達されたものと認められる。
第6  故意について(具体的な株式の売買についての被告人の関与の点も含む。)
1  被告人に「決定」を伝達されたことの認識があること
前記のとおり,11月8日会議において,被告人は,乙川及び丁沢から,ライブドアがニッポン放送株の3分の1(当然に5%を超える)の大量買集めを行う決定をし,そのための検討や資金調達交渉等の準備作業を開始した旨聞かされているのであるから,特段の事情がない限り,被告人は,これを伝達されたとの認識を有するに至ったと認めるのが相当であるが,これを積極的に示す証拠が以下のとおり存在する。
(1) 被告人の自白
被告人は,捜査段階において
(11月8日会議では)ライブドアの代表取締役であって,実質上オーナーともいえる乙川がニッポン放送の経営権を取得する意思を示し,そのためにTOBを検討していることや,51%以上の取得に関する話もし,財務を取り仕切っていた丁沢も乙川に同調し,具体的に資金調達の準備も進めているなどと話していたことから,私も,ライブドアが,TOBの方法によることを含め,ニッポン放送株の5%以上の買付けを行う意思であること,すなわち,ライブドアから,そのような決定の伝達を受けたことは分かっていた。私としては,インサイダー情報を得た以上,その時点以降,ニッポン放送株を買い付けてはならないことは分かっていた(乙9)。
ライブドアの大量買集めの情報が,平成16年11月8日以降の買付けの判断の要素となったことも事実である(乙11)。
などと認めている。
被告人の自白が全般的に信用できることは既に検討済みであるが,現に決定の伝達を受けている以上,それを認識したという内容は極めて自然で合理的といえる。また,後述のとおり,被告人の認識があったことを示す多数の間接事実とよく符合しており,その信用性は高い。
(2) 「決定」の伝達を受けたと認識したことをうかがわせる事情
以下の事実は,被告人が「決定」の伝達を受けたと認識し,ライブドアによるニッポン放送株の大量買集めを知っていたことをうかがわせる。
ア 「伝達」は回答であったこと
9月15日会議において,被告人は,乙川らに対し,ニッポン放送株の3分の1を取れば,村上ファンド保有分と合わせてその過半数を制することができ,経営権を取得できると説明したのであり,11月8日の乙川らによる「決定」の伝達は,これに対する回答という趣旨でなされていること
イ ライブドアの意欲を知っていたこと
寅葉は,丁原A美をして,同年10月19日,村上ファンドの出資者に対し,「We are planning to sell a part of your NBS holdings to a Japanese strategic buyer, naturally with a premium, within a month or so.(我々は,約1か月以内に,ニッポン放送株式の一部を値段の上乗せ分を付けて,日本のストラテジックバイヤーに売ることを計画中である)」とのメールを送信しているところ,そのストラテジックバイヤーとは,ライブドアを含むことを認めている(甲74)が,これは11月8日会議の前から,ライブドアがニッポン放送株式を取得する意欲を示しているとの認識が村上ファンド幹部間で共有されていたと解されること
ウ 被告人による説明
ライブドア側から,資金調達の見込みが付いた旨の連絡がなされたことにより,11月8日会議が設定されたことを被告人は認識し,村上ファンド幹部に説明していたこと(前記第5の3)
エ 9月15日を超える内容が前提
9月15日当時から,乙川らの反応が「是非やらしてください。」などと積極的であったことを被告人は認識しており,同じように単なる希望を述べるだけなら,会議を開く意味がないこと
オ ほらを吹く場面ではない
11月8日の伝達は,勤務時間中,ライブドア側が来訪し,M&Aコンサルティングと被告会社の各事務室との間にある第一会議室で,会社間の会議の議題として行われたものであり,冗談やほら話を言うような場面(例えば,夜,居酒屋等で開かれた懇親会の席など)ではないこと
カ 話合いの内容
伝達された内容が,ニッポン放送の経営権取得のため,その株式の3分の1の大量買集めをするという決意にとどまらず,資金調達先の銀行名,融資額などを具体的に摘示したものであり,さらに,株式の購入先の紹介,その後のTOBの実施などの具体的買集め方法や買い集めて経営権を取った後の子会社の処分,経営権を取るまで村上ファンドが株を処分しないことの約束など,単なる夢物語にしては詳細すぎ,踏み込んだ内容が話し合われたこと
キ 「カードの1枚」
11月8日会議に出席した寅葉が,ライブドアがニッポン放送の発行済株式総数の3分の1程度を取得するため,検討,準備を進めており,まだ不完全ではあったが,途中まで資金調達の目処もつけていると認識し,会議終了後,被告人に対し,「ライブドアがストラテジックバイヤーになってくれれば,カードの1枚にはなるね。」という話をしたところ,被告人もそれを否定せず,笑っていたというのであって(甲75),被告人も同様の認識であったとうかがわれること
ク 「ああ言ってつぶしておいたから,いいよな。」
被告人は,①11月8日会議において,乙川が「年内TOBってありですかね。」という内容の発言をすると,「TOBは難しい。」などと言って,その時点では,ライブドアにTOBをすることを断念させ,②1月6日会議において,「TOBをしようと考えています。」と明確に言われると,「おれの前でTOBをするとか言うな。」,「TOBなんかしなくても場で買えるぞ。場で買え。」などと言って,これを制止するなどしたが,その後,丙谷,寅葉と3人だけで話していた際に,「ああ言ってつぶしておいたから,いいよな。」などと話しているところ,寅葉は,被告人の真意が,インサイダー情報を聞いたのに,これを聞かなかったことにして回避しようとすることにあると理解したこと(甲77)
ケ 「インターネット系の会社が欲しがっている」
平成16年12月上旬ころ,被告人は,元部下の甲谷に対し,「ニッポン放送を取るとフジも取れるので,インターネット系の会社がみんなニッポン放送の株を欲しがっとる。フジがこれからTOBをする可能性もあるし,何がこれから起こるか分からんが,何かが起こる可能性が極めて高い。儲かるから,損せんとしたら最大なんぼ買える。」などと,ニッポン放送株の取得を働き掛けているところ(甲110),これは,ライブドアがニッポン放送株を大量に買い集めて経営権を掌握する意思のあることを被告人が知った上での言動と理解されること
コ 「ライブドアは必ず取ってくれる」
平成17年1月20日,被告人は,約36万株,売買価額にして約21億円余りものニッポン放送株について,数十分以内に引き取り手を探さなければならない状況の中で,ライブドアの辛田に電話を掛け,直ちに引き取らせているが(乙10),断られれば窮地に立つ場面であったから,ライブドアが大量に買い付けるという確信がなければとれない行動であること
2  弁護人の主張
これに対し,弁護人は,仮に「決定」やその伝達であると外形的に評価し得るものがあったとしても,被告人の故意が認められるためには,当該伝達の対象となった情報が「決定」(証券取引法167条の「決定」と評価するに足りる程度に,つまり,投資者の投資判断に実質的な影響を及ぼす程度に,真摯なものであり,かつ,実現可能性が認められるものであることを要する。)であるとの評価を基礎付ける事実を被告人が認識していたことが必要であるが,そのような認識はないと主張し,被告人も平成16年11月8日に乙川らから,ニッポン放送の経営権を取りたいとの趣旨の話を聞いたが,本気とは到底思えず,思いつきの面白おかしい大言壮語を聞いたと思っており,インサイダー情報を聞いたとの認識はなかったと供述している。
しかし,弁護人の主張は,証券取引法167条の「決定」についての独自の見解を前提にしているところ,かかる法解釈は,当裁判所の採用するところでないことは第4で前述した。したがって,弁護人が主張するような事実を被告人が認識していたかを検討する必要はないが,当裁判所の見解によっても,「決定」が実現を意図しており,かつ,その実現可能性がないとはいえないものであるとの認識は必要であるからこの点につき検討する。
(1) ライブドアが実現を意図していたことの認識
弁護人は,丁沢は,公判廷において,被告人からの,「そういう状況の中で,この会議の場をライブドアが本気で大量買集めをすることを決めたということを,私自身が受け止めれた,受け止めたと思われますでしょうか。」との質問に対し,「思いません。」と回答しており,丁沢から見ても,そのような受け止め方ができたといえるような状況ではなかったのであるから,被告人が実現を意図して行ったものであると評価すべき基礎事実を認識できるような会議ではなかったと主張している。
確かに,丁沢は,弁護人の反対尋問において,11月8日会議でニッポン放送株の3分の1を取りにいくことと,資金調達の見通しについて話したのは間違いないが,被告人の側でそれを「大量買集めをすることの決定の伝達」というふうには受け取られなかったかもしれないなどと,被告人側に気兼ねをしたような証言もしている。しかし,その後の検察官による再主尋問で,その趣旨について,「甲山さん本人じゃないから,甲山さんがどう思っていたかは分からないということで,私は伝わったと思っていた。」と供述し直しており,弁護人の主張は理由がない。
また,弁護人は,ライブドアは,9月15日会議以降,平成16年中は,ニッポン放送株を全く取得していないのであって,11月8日会議や,同年12月には,被告人が,乙川や丁沢に対して,そのことを怒っていたこともあったほどであり,このことからもライブドアにおいて本気でニッポン放送株の大量買集めをするなどとは全く予想していなかった,と被告人の実現意図の認識を否定している。
確かに,上記事実自体は争いのないところであり,丁沢は,そのときの状況を,平成16年11月末か12月上旬ころ,被告人から呼び出されて,「あんたら,どういうつもりなんだ。ニッポン放送,やるんじゃないのか。こないだ会ったときも,すぐに買うって言ってたじゃないか。それなのに,全然買ってないじゃないか。やる気あるんか。」と怒られた,そのとき,私は,「うちは,甲山さんのところと違って,事業会社なんで,純投資だっていうことにして幾らでもよその会社の株買うなんてわけにはいかないんですよ。けど,ほんとに,うちはメチャメチャやる気満々ですし,資金調達もやってますし,ニッポン放送株買うってことで,取締役会の承認も取ります。」などと,とにかくライブドアとしては,やる気満々で,既に伝えたとおりにニッポン放送株を買っていくこと自体は間違いないのだとアピールし,被告人が納得したところで,逃げるように帰ったと供述している(甲51等)。このように,ライブドアは,市場に動きを察知されて株価がつり上がり,大量買集めに失敗することを懸念し,平成17年3月末が近づいた時期に,資金調達ができ次第一気に大量取得するという戦略を取っていたものであり,これ自体は合理性のあるものであって,弁護人が主張するような実現意図を疑わせる事情とはいえない。被告人がライブドアの真意を必ずしも認識,理解せず,平成16年12月まで,自らの期待していたようにはライブドアがニッポン放送株を取得していないことに苛立っていたにすぎないのである。
問題なのは,被告人が,①ニッポン放送株の出来高から,ライブドアが購入しているか監視し,②買ってないと判断すると,電話で丁沢を呼び出し,厳しい口調で叱責するなどし(丁沢第2回29頁),③被告人質問でも,このときの状況について,3月末までに買えばいいのではないかと聞かれるや,「でも,偉そうに買うって言いに来たんです。11月8日に,買え,買います,買いますと。そうしたら言うなよと,言ったんだったらやれよと。やっぱり自分もいろんな言い方してますけど,うそつくなよ。」などと興奮気味に返答していることである(被告人第24回111頁)。このように強い怒りをあらわにした被告人の対応は,弁護人がいう「3月末までにせいぜい株を一,二%買っていただき,6月のプロキシーファイトのときはよろしく御協力ください」という穏やかな思わくには全くそぐわない。
むしろ,被告人のこのような対応は,ライブドアによる株の大量購入を強く期待していたのに,思うように進まなかったため,強い不安に駆られた結果の行動と見ることができるのであって,そのような強い期待を抱いていたこと自体が,被告人がライブドアから株を大量に購入すると聞いていたことをうかがわせるのである。
(2) 実現可能性があることの認識
弁護人は,当時のライブドアの規模,財務状況や,公募増資をして間もなくであったこと等,被告人らが有していた認識に照らせば,ライブドアは,どんなに頑張ってニッポン放送株を買っても一,二%程度の実力しかなかったものであり,たとえ乙川らが「3分の1以上取得する。」とか,「TOBをする。」とか言ってみたところで,そんなことができるはずがないと思っていたのであって,仮に,300億円の資金調達の話が出たとしても,うそだと思ったであろうし,被告人が9月15日会議以降,ニッポン放送株の「3分の1」を取得すれば,村上ファンドの保有株と合わせて同社の経営権を掌握できるという言い方をして,ライブドアに対してニッポン放送株の取得を勧めたのは,それが実現可能だと思ったからではなく,村上ファンドの平成17年6月のニッポン放送定時株主総会でのプロキシーファイトに備えて,その「援軍」として,複数の事業会社等にニッポン放送株を取得してもらうという戦略の中での,持ち駒の一つにするため,自分が主役にならないと満足しないという性格の乙川を「その気にさせる」ためにしたセールストークにすぎなかったのであり,実際に意図していたのは,ライブドアにニッポン放送株の一,二%を買わせることであったとして,「決定」の実現可能性に対する認識を否定する。
しかしながら,当時のニッポン放送株の5%取得に必要な最低資金が約81億円ないし89億円であるところ,ライブドアの規模,財務状況,とりわけ手元資金が約300億円あることは,公表資料を分析すれば,分かることであった(丁沢第1回63頁)。そして,ライブドアは,平成16年11月には弥生の買収を実現しており,被告人は,これを認識していた(被告人第23回167頁)。さらに12月には,被告人が,丁沢から日本振興銀行買収の仲介の依頼を受けており,平成17年1月には,西京銀行との提携と新銀行設立について,被告人が仲介をしている(丁沢第3回58頁)のである。被告人において,ライブドアを,相当規模の企業買収案件を手掛けるのが可能な会社であると評価していたことは明らかである。ましてや,ライブドアが虚偽の資金計画を示して,被告人をだます理由など存しない。
また,セールストークと本音にはある程度乖離があるのは通常だとしても,乖離が一定の範囲に収まっていて本人がその気になれるからこそ,セールストークにもなるのである。すなわち,25%買える企業に,33%を勧めるのはあり得るが,一,二%しか買えない企業に,33%を勧めれば,かけ離れすぎていて,からかっているのかと思われるであろう。現に,被告人は他にもフェイスやUSEN等に対して,ニッポン放送株の取得を勧めているものの,ライブドアのように「3分の1」という数字は提示していない。もし,ライブドアが自分が主役になる話でなければ動かない会社であるのに,その力はないならば,どのような持ちかけ方をしても,一,二%買うという中途半端なことをするはずがない。結局,自ら明確に「3分の1」という数字を出しておきながら,実際は一,二%を取得させるつもりだったという主張それ自体が破綻しているといわざるを得ない。
3  具体的な株式の売買についての被告人の関与
既に認定した事実から明らかなように,被告会社の行うファンドの運用,管理については,具体的な株式等の売買に至るまで,分社後も変わらず,被告人の具体的な指示に基づいて,午下らトレーディング部門が行っていた。もちろん,個々の売買において,ある程度はトレーダーの判断により売買がなされていたが,アクティビスト活動の対象とされた銘柄については,被告人の直接的指示がなされ,ときには被告人の指示により,トレーダーとしての最善の判断に反する場合でも,売買がなされたこともあった。
特に,ニッポン放送は,当時としては,その投資規模も,アクティビスト活動の期間,内容も,それまでに手掛けられた他の銘柄に比べても最大であったため,被告人が個々の株式の売買について指示をする度合いも極めて大きかった。被告人は,ニッポン放送に関するそのときどきの戦略に応じて,関係の深い株主や事業会社,株式の取得先の状況,そして大量保有報告書の提出義務の発生のタイミング等も見ながら,自らの判断で,細かくニッポン放送株の売買の数量やタイミングを指示し,具体的な売買の場面において,トレーダーとしての判断を重視する午下と意見が対立することも度々であった。
したがって,本件公訴事実に係るものに限らず,村上ファンドが行っている株式の売買は,いずれも,各ファンドの投資一任契約等に基づき,被告会社が,各ファンド名義で売買を行うものではあったが,ニッポン放送株の売買,とりわけ平成16年10月に,被告人において,積極的に買付けを行うよう指示した以後の売買は,本件公訴事実に係る売買を含めて,そのすべてが,被告人が被告会社の業務執行に関して行ったものと認められる。この中には,トレーダーの午下が,その判断において,トストネット等によるブロック取引以外にも,市場での買付けを進めていたものもあったが,被告人の指示を前提にしている以上,同様に被告人の関与の下になされたと認められる。
以上に反する弁護人の主張は採用できない。
4  まとめ
したがって,決定の伝達を受けた平成16年11月8日以後,同決定の事実が平成17年2月8日に公表されるまでの被告会社による各ファンド名義でのニッポン放送株の買付けにつき,被告人には,証券取引法167条3項のインサイダー取引の故意が認められる。
第7  共同買付けについて
弁護人は,仮に11月8日会議で,ライブドア側が村上ファンド側にニッポン放送株の大量買集めの意思を表明したとすれば,それは,村上ファンド側が共同でニッポン放送株の買付けをする旨の合意をしたことに他ならず,それは,まさしく村上ファンドないし被告人自身が「大量買付者」となることに他ならないから,証券取引法167条1項,3項の対象からは外れることになる旨主張する。
弁護人の主張する「共同買付け」とは,証券取引法施行令31条に定める公開買付者等と「共同して買い集める」行為(以下「共同買集め」という。)をいうものと解されるが,インサイダー取引規制の適用除外となる「共同買集め」と認められるためには,少なくとも応援買いと同程度の一体性が認められることが必要であると解すべきである。
しかし,被告人は,11月8日会議でも,その後の1月6日会議でも,終始,ライブドア側から求められた,その保有するニッポン放送株の保持を内容とする契約の締結を拒絶し「ファンドは高いときに売る」との姿勢を示してきたのであり,最終的に,村上ファンドは,ライブドアに多数の株式を売却しているのである。それだけをみても,村上ファンドに共同で買集めをする意思があったとは認められない。それどころか,そもそも,1月6日会議に至るまで,ライブドア側には,村上ファンドにおいてニッポン放送株を大量に買い増していたことは知らされてもいなかった。丁沢は,もし,村上ファンドが買い増せば,ライブドアが多数を取ることができる保証がなかったから,村上ファンドから買い増しを告げられていれば,ライブドアが大量買集めに乗り出すことはなかった旨述べているのである(丁沢第4回40頁)。すなわち,ライブドアにも村上ファンドと共同で買い付ける意思はなかったのである。
以上によれば,共同買付けの申出や合意の主体として,例えば,ライブドア側の乙川や丁沢に適格があるか(取締役会の決議が必要かなど)とか,その合意の内容等について立ち入って検討するまでもなく,弁護人の主張する「共同買付け」が認められる余地はない。
第8  結論
以上のとおりであるから,判示事実を認めることができる。
(法令の適用)
1  罰条
被告会社につき
包括して
平成17年法律第87号による改正前の証券取引法207条1項2号
同改正前の証券取引法198条19号
証券取引法167条3項,
平成16年法律第97号による改正前の同条1項
平成17年政令第19号による改正前の証券取引法施行令31条
被告人につき
包括して
前記改正前の証券取引法198条19号
証券取引法167条3項,
平成16年法律第97号による改正前の同条1項
平成17年政令第19号による改正前の証券取引法施行令31条
2  刑種の選択
被告人につき
懲役刑及び罰金刑
3  労役場留置
被告人につき
刑法18条
4  追徴
被告人につき
平成17年法律第87号による改正前の証券取引法198条の2第2項,1項2号,1号
(主文のとおり追徴することとした具体的な理由は,後記「追徴についての補足説明」のとおり。)
5  訴訟費用の負担
被告人及び被告会社につき
刑事訴訟法181条1項本文,182条
(追徴についての補足説明)
証券取引法198条の2第1項1号は,「第百九十七条第一項第七号若しくは第二項又は前条第十九号の罪の犯罪行為により得た財産」を没収するものとし,同法198条の2第2項は「これを没収することができないときは、その価額を犯人から追徴する」としている。
1  被告人(オフィスサポートを含む)及び被告会社帰属分に限られること
上記規定には,刑法19条2項のように,没収の要件につき,当該財産の帰属を問題とする明文の規定はないが,追徴は「犯人から」と限定している上,没収の一般規定である刑法19条2項,組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律13条等の趣旨に照らせば,証券取引法においても,没収ができるのは,没収対象物が犯人以外の者に属しないときに限られると解すべきである。
本件における「犯人」とは,行為者である被告人はもちろん,両罰規定により処罰される被告会社も含まれる。有限会社オフィスサポートは,被告人の個人資産の管理会社として,平成11年10月28日に設立され,株主は当初からずっと被告人1名であり,取締役も当初は被告人であった(平成13年9月以降は,M&Aコンサルティングの総務部長を務め,被告人の身の回りの世話もしていた戊崎B介(後に戊崎C作と改名)が取締役となった。)ことに照らすと,被告人の資産管理会社であるオフィスサポート所有名義の財産も実質的には被告人と同視でき,没収・追徴の対象となる(以下,オフィスサポート分も被告人個人分と区別せず,単に被告人分として扱う。)。
2  村上ファンドに属する資産の所有関係
以上を前提に,本件犯罪事実たるインサイダー取引により買付けたニッポン放送の株券193万3100株は,いずれも被告人が,被告会社の業務及び財産に関し,被告会社が村上ファンドを構成する各ファンド(当時はマック・ジャパン,マック・スモール・キャップ,メロン・マック・ファンドの3つであり,日本籍又はケイマン籍の投資事業組合である。)との投資一任契約により各ファンド名義により取得したものであるが,このような財産が没収の対象となるか検討する。
(1)  メロン・マック・ファンド
メロン・マック・ファンドの出資者は,スタンフォードのみであり,被告人,オフィスサポート,被告会社のいずれも出資はないから,メロン・マック・ファンド名義で取得したニッポン放送株は,その全部が犯人以外の者に帰属し,没収の対象となるものはない。
(2)  マック・スモール・キャップ
マック・スモール・キャップの法的な契約形態は,民法上の組合とされており,組合財産は組合員全員の共有であるが,持分割合は,各組合員の出資割合に応ずるものとされていた。本件取得財産たるニッポン放送株についても,それぞれに対して出資者たる組合員がその出資割合に応じて共有持分を有するものと解される。
マック・スモール・キャップには,本件犯罪事実に係る期間中,被告人とオフィスサポートによる出資があったから,被告会社がマック・スモール・キャップ名義で取得したニッポン放送株には,被告人がその出資割合による共有持分を有しており,共有持分も「財産」であるから,犯人に帰属するものとして,その持分を被告人から没収すべきことになる。それ以外の出資者の共有持分については,「犯人以外の者に属しない」とはいえないから,没収の対象とはならない。
(3)  マック・ジャパン
マック・ジャパンは,ケイマン諸島に籍を置く非課税リミテッドパートナーシップとされ,準拠法たるケイマン諸島法によれば,パートナーシップに属する財産は,パートナーの共有であると解されており,パートナーシップの各期末の純損益は,その期初の出資割合に基づいて各リミテッドパートナーに分配されるとされているなど,各パートナー(出資者)はその出資割合に応じて持分を有するものとされていたから,本件取得財産たるニッポン放送株についても,それぞれに対して出資者がその出資割合に応じて共有持分を有するものと解される。
マック・ジャパンには,本件犯罪事実に係る期間中,被告人とオフィスサポートによる出資があったから,その共有持分が没収対象となり,それ以外の分はならないことはマック・スモール・キャップと同様と解される。
以上によれば,被告会社から没収・追徴すべきものはない。
3  対価財産(売却代金)の価額の計算方法
(1)  マック・スモール・キャップ分
没収対象となるのは,平成17年1月5日から同月26日までの間に取得したニッポン放送株90万9410株であり,その全部が55億197万1000円で売却され,ファンドの他の財産と混同して特定不能となったことから,上記売付代金に対する被告人の共有持分相当額を追徴する。
被告人は,上記買付け及び売付けがなされた期間を通じて,オフィスサポート名義で当初出資金総額129億円中の23億円相当の出資持分を有していたから,上記期間における被告人の共有持分割合は129分の23となり,
5,501,971,000×23/129≒980,971,573(1円以下切捨て)
であるから,追徴額は9億8097万1573円となる。
(2) マック・ジャパン分
没収対象となるのは,平成16年11月9日から平成17年1月19日までの間に取得した49万9950株であり,被告人は,このニッポン放送株について,出資割合に応じた共有持分を取得したが,その後すべて売却処分され,ファンドの他の財産と混同して特定不能となったから,その売付代金に対する被告人の共有持分相当額について追徴する。
ア  以前から持っていた株式との対応関係
ところで,マック・ジャパン・ファンドでは平成16年11月9日以前からニッポン放送株360万160株を保有していたことから,売却額を計算するには売却された株式との対応関係が問題となる。
この点について検討するに,先に買ったものを先に売るというのは物の流れとして自然な考え方である上,証券取引法164条は,役員及び主要株主に対する短期売買規制を定めているところ,上場会社等の役員及び主要株主の当該上場会社等の特定有価証券等の売買に関する内閣府令6条1項2号は,その利益の計算方法についていわゆる先入れ先出し法(買付け等のうち最も早い時期に行われたものと売付け等のうち最も早い時期に行われたものとを組み合わせ,以下順に組み合せていく方法)によるべきことを定めている。証券取引法164条の趣旨は,間接的にインサイダー取引を防止するものだと解されており,同じくインサイダー取引である本件についても,同様に考えるべきである。よって,本件の没収又は追徴額の算定も,いわゆる先入れ先出し法に従って特定することとする。この点,弁護人も,先入れ先出し法の採用自体には異論を唱えていない。
問題は,先入れ先出し法を適用する範囲である。弁護人は,規制期間以前から保有していた株との関係を考慮することは,①最高裁平成14年2月13日大法廷判決(民集56巻2号331頁)の判示する証券取引法164条の立法趣旨を無視し,規制期間の終期に関する定めをもって規制期間前の取引を規制対象にする根拠としようとする全く不合理な解釈である,②課徴金の計算においても,規制期間前の取引は計算から除外されるのであり,この点からも,規制期間前の取引を対応関係の対象とすべきではない,③規制期間以前の保有を考慮すると不合理な結果となるなどとして,先入れ先出し法の適用期間を本件規制期間中(平成16年11月9日以後)に限って適用し,規制期間以前に保有していた株との対応を考慮する必要がない旨主張している。
しかしながら,本件で問題となっているのは,複数回に分けて購入された株式が,やはり複数回に分けて売却された場合,売った株式をいつ買った株式とみなすかという問題であり,買った順番に売られたとみるのが自然な見方であるという見解の当否である。本来,買い付けた株式には,規制期間の前後を問わず,それ自体個性はないのであるから,「みなし」の要素があるにしても,当該株式の売付けの時期に着目し,これによって特定するのが最も合理的な方法であると考えられる。弁護人が摘示する判決は,なぜ6か月という短期間の売買に限って,個々の具体的な取引における秘密の不当利用や一般投資家の損害発生という事実の有無を問うことなく,売買利益の提供請求ができるのかを説明するもので,上記問題とは直接の関連性はない。課徴金制度も,規制違反によって得た利益を計算するに当たり,規制期間以外の売買を問題にしないというだけのことであり,本件でも,没収の対象となるのは,規制期間内に買い付けた株式(その共有持分)に限られるのであるから,課徴金制度の考え方と何ら矛盾はない。弁護人は,没収対象となる株式の取得時期の問題と,没収対象物がいつ金銭に転化したかという問題を混同していると思われる。本件犯罪行為による取得財産である株式がどの時点で売り付けられて対価財産たる売却代金に転換したのかを特定するため,当該株式自体の価額を算定することは,証券取引法164条1項(内閣府令6条)における短期売買取引による利益額の算定や利益を算出する課徴金の計算とは決定的に考え方が異なるのである。
また,弁護人は,2万株を保有していた者がインサイダー情報を知ってから1万株買い増し,その後1万株だけ売った場合,保有株を考慮して先入れ先出し法を採用すると,買い付けた株式は売っていないことになり,不合理であるというが,この場合,金銭に転化していない以上,株式自体を没収すればよいから,何ら不合理ではない。この点,弁護人は,何を没収の対象とするかという問題と,没収対象物がいつ金銭に転化したかという問題を混同しているように思われる。弁護人の主張する方法では,①4月に1万株を購入し,②5月にインサイダー情報を知って,さらに1万株を購入し,③6月にさらに1万株を購入し,④7月から9月に毎月1万株を売却したという場合,売られた株式は,②→③→①と乱れた順番になり,ずっと不合理な結果となる。このように,インサイダー取引規制に係る期間前に買い付けた株式に先立って,当該規制に係る期間中に取得した株式を優先的に売り付けると考えるのが当然に合理的であるとはいえないのであり,規制期間にとらわれず,純粋に先入れ先出し法に従って考えるべきである。
そこで,純粋な先入れ先出し法に従い,規制期間以前に取得した株が売却された後に本件インサイダー取引規制期間中に買い付けた株が売却されたものとした場合,本件犯行によりマック・ジャパン名義で取得したニッポン放送株は,累計買付株数でいえば,442万6231株目から492万6180株目に相当するから,これに相応する売付株を特定すると,結局,平成17年3月15日,同月24日及び同月25日に行われた売付けのうち,上記累計売付株数に合致する株の売付代金が,本件インサイダー取引規制期間中に買い付けたニッポン放送株の売付代金額となる。
したがって,本件インサイダー取引規制期間中にマック・ジャパン名義で買い付けた株式に対応する売付代金額は,上記売付株の売付代金を合計した37億33万1700円となる。
イ  持分の変動についての考え方
ところで,被告人のマック・ジャパンに対する共有持分割合は,本件買付期間及び売付期間である平成16年11月9日から平成17年3月25日までの間,変動しており,一定でないため,どのようにして,その共有持分割合を計算するかが問題となるところ,以下の方法が相当である。
具体的には,①まず,上記期間を通じて最も低くなったときの共有持分割合は,全期間に共通する持分割合であるから,これを基に基本となる追徴対象を計算する。
しかし,それだけでは,共有持分割合が高かったときの分が考慮されないことになるところ,没収の対象となる「犯罪行為により得た財産」とは,本件の実行行為である買付けにより取得されたニッポン放送株に対する共有持分割合であるから,買付け時の共有持分割合が後に減少した場合であっても,被告人が,共有持分割合の減少の対価として財産上の利益を得た場合は,それを追徴しなければ,「犯罪行為により得た積極財産を犯人から残らず剥奪」したことにはならない。このような部分について何ら没収・追徴をしなければ,犯罪行為により取得された株式等の売却前に,ファンドの出資金の方を全額払戻しを受けてしまえば,最低持分割合が零となり,没収・追徴を免れることになってしまうからである。よって,さらに調整の追徴が必要である。
そこで,②次に,被告人が出資の一部払戻しを受けて持分が下がった場合,被告人は,共有持分割合減少の対価として,その減少分を反映させた償還金を受領しているから,その転換財産相当額を対価財産として没収する(なお,実際の償還金の額は,これから手数料等が差し引かれたものになるはずであるが,手数料負担等はファンドに関する契約により出資者が負担すべきものにすぎないから,追徴すべき額を算定する際にはこれを考慮すべきでない。)。
さらに,③他の出資者が追加出資したため,被告人に帰属する共有持分割合が相対的に減少した場合,被告人の共有持分割合は相対的には減少するものの,同時に追加出資金により,ファンドの全体財産が増加し,その分に対する共有持分を被告人が取得することから,結局,被告人がファンドに対して保有する共有持分の絶対的価額には変動がないことになり,被告人はニッポン放送株に対する共有持分割合の減少の対価として財産上の利益を得ているので,その転換財産相当額を対価財産として没収する。
そして,いずれの場合も,対価財産の特定はできないから,転換財産相当額,すなわち,共有持分割合減少額を追徴することになる。したがって,追徴対象となる共有持分割合減少額の算定に当たっては,被告人の共有持分割合の減少が生ずるごとに,ニッポン放送株に対する共有持分として把握していた価額が転換したものとして追徴の対象となるのである。
ウ  具体的な計算方法
まず,前記①の最低持分割合による基本追徴額を計算する。
平成16年11月9日から平成17年3月25日までの間の最低共有持分割合は,620億0331万2225分の15億6507万7454であるから,売却代金合計37億33万1700円に上記割合を乗じた9340万3166円(1円未満切捨て)が,マック・ジャパンについての基本追徴額となる。
次に,前記②,③の調整追徴額を計算する。
共有持分割合減少額の算定は,各共有持分割合減少時における本件犯行により得た株式価額に共有持分減少割合を乗じた価額を計算すればよい。
そして,各共有持分割合減少時における本件犯行により得た株式価額は,本件犯行により出資割合減少時までに取得された累計株数に減少日の終値を乗ずれば求められ,共有持分減少割合は,直前の共有持分割合から減少後の共有持分割合を差し引けば求められると考えられる。さらに,全体出資額に占める被告人の共有持分割合の減少分は,減少前の全体出資額に対する減少前の被告人帰属の出資額の比から減少後のそれぞれの比を引けばよい(出資によって割合が減少する場合は,「減少後」の全体出資額は増えることに注意)。したがって,まとめると,
共有持分割合減少額=(本件犯行により出資割合減少時までに取得された累計株数)×(減少日の終値)×(減少前の被告人帰属の出資額/減少前の全体出資額-減少後の被告人帰属の出資額/減少後の全体出資額)
との式ができる。
試みに,平成16年11月25日に生じた共有持分割合の減少により追徴すべき金額を計算する。
出資割合減少時までに取得された累計株数:27万4040株
減少日の終値:4880円
減少前の被告人帰属の出資額:30億円
減少後の被告人帰属の出資額:30億円
減少前の全体出資額:563億1801万4423円
減少後の全体出資額:564億8689万4423円
であるから,上記公式にしたがって計算すると,21万2979円70銭(銭未満切り捨て)が得られる。
次に,同年12月20日には,全体出資額が567億1894万5189円に増えた結果,被告人の共有持分割合が減少しているが,同日終値は,4920円であり,その共有持分割合の減少により追徴すべき転換財産相当額は,この間に5万7220株が買い増しされたため,やはり上記計算式により,35万4129円83銭(前同様)となる。
そして,本件犯行によりマック・ジャパン名義のニッポン放送株を取得し終わった平成17年1月20日以降は,共有持分割合が減少する都度,本件犯行によりマック・ジャパン名義で取得したニッポン放送株合計49万9950株について,共有持分割合の減少により転換した価額を計算することになる。
このように,被告人の出資割合の減少時期,減少額,減少日の終値,その時点までに本件犯行により取得したニッポン放送株数を各証拠により認定し,一定時期における被告人の出資割合,出資割合の減少分,減少日の終値,当該出資割合減少時までに本件犯行により取得したニッポン放送株数等を一覧表にし,被告人の出資割合が減少するごとに減少額を算定すると別表2のとおりとなる。
以上より,他の財産に転換されたものとして追徴すべき共有持分割合減少額は,最後に1円未満を切り捨てて,合計7463万1587円となる。
以上から,マック・ジャパンに関する追徴額は,基本追徴額9340万3166円,共有持分割合減少額に対する調整追徴額7463万1587円のすべてを合計すると,1億6803万4753円になる。
(3) まとめ
したがって,マック・スモール・キャップ分とマック・ジャパン分の各追徴額を合計すると,11億4900万6326円となる。
4  裁量的減免について
証券取引法198条の2は,違法な証券取引により得られた財産そのものを,その取得費用を含めてことごとく剥奪することにより,違法行為へ再投資されるのを防止し,もって違法な証券取引を抑止するという趣旨の規定であると解されるから,本件犯罪行為により取得した財産が当該ニッポン放送株そのものであり,これを基礎として追徴額が算定された以上,その全額が追徴されるべきであり,例えば,その買付額を控除した実現益相当額にその額を限定するのも相当ではない。
そして,被告人は,本件犯行により多大な経済的利益を得たが,その後その利益を保持し続けている上,多額の個人資産も保有していることから,上記追徴額が同人にとって酷に過ぎるとは認められない。よって,追徴の裁量的減免は行わないことにする。
(量刑の理由)
第1  本件の背景事情及び動機
本件犯行の背景事情及び動機は,次のとおりと認められる。
1  ライブドアに接触を図った経緯
被告人は,村上ファンド設立当初から,そのアクティビスト活動の対象として,ニッポン放送に注目していたものであり,平成13年1月に買付けを始めて以降,ファンドの規模の拡大とともに,大規模に株式の買い増しを行っていった。そして,その間にも,ニッポン放送及びフジテレビの経営陣に対し,資本構造の再編を迫っていたところ,これを拒み続けられたため,平成16年の定時株主総会には,被告人ら自らを社外取締役とする株主提案を行ったが,それでも満足のいく対応がなされず,らちがあかなかったことから,引き続きフジテレビ等に働きかけを行うとともに,翌年の定時株主総会に向けて,プロキシーファイトにより自ら経営権を取得して資本再編等を行うべく,その実行のための準備を進めるようになった。
ただ,村上ファンドは事業会社ではなく,投資ファンドであるから,保有する株式の価値を高めた後にこれを売却して現金化し(エグジット),利益を上げることを目指していたのであって,仮に,プロキシーファイトによりニッポン放送の経営権を取得しても,その事業を経営するつもりはなく,ニッポン放送が保有するフジテレビ株を利用して,同社との資本再編を図り,事業や保有資産は売却するなどして,「株主価値」を高めた後,その保有株を売却するつもりであった。
一方,プロキシーファイトを行うことは,それまで村上ファンドでも昭栄や東京スタイルで経験していたところであるが,いずれにしても,味方となる株主を確保するために交渉を重ねるなどする必要があり,特に村上ファンドの味方となる株主は外国の投資ファンドであることが多く,首尾良く次期の株主総会まで株式を保有してもらえるか,議決権を予定どおり行使してもらえるかなどについて,リスクがあったのであり,そのことは被告人らにおいて十分に認識していた。
いずれにしても,村上ファンドにとって,ニッポン放送に関する戦略としては,平成16年から平成17年にかけての時期においても,最善のシナリオは,フジテレビによる,ニッポン放送株のTOB実施,共同持株会社の設立,自己株式TOBの実施などの資本再編を行い,これに伴ってニッポン放送の株価が上昇するのを見計らって,ファンドの保有株を処分しエグジットすることであり,フジテレビが資本再編に早期に踏み切らなかった場合には,最終手段としてプロキシーファイトを行うという戦略であった。なお,プロキシーファイトに踏み切る決断のタイムリミットは,ニッポン放送の株主総会の議決権の確定時期である平成17年3月末であった。
平成16年10月29日時点での村上ファンド全体に占めるニッポン放送株の保有高は,19.62%にも達していた(甲8)のであり,まさに,ニッポン放送株についてのエグジットの戦略を誤ることは,ファンド自体の存亡に関わる問題であった。
こうして,村上ファンドでは,平成16年7月以降,引き続きフジテレビ及びニッポン放送に対し資本再編に向けて圧力をかける一方,プロキシーファイトの準備を進めたのであるが,プロキシーファイトのためには,自らの株式保有割合をできるだけ高めておくだけでなく,自らに味方する株主ないし十分な議決権を確保することも重要であり,そのため,外国人投資ファンドを味方に付け,株式交換により議決権を高める(ニッポン放送については,放送法上の外国人株主比率の制限から,そのような戦略をとった。)ほか,親しい事業会社等にもニッポン放送株を取得してもらう(援軍)という戦略もとることとなった。
その中で,村上ファンドとしては,プロキシーファイト一本でいくよりも,さらに安全な方策として,援軍となるべき事業会社の中で,ニッポン放送株を大量に取得することについてその事業上メリットがあり,しかも大量取得への意欲や財務力のある会社があれば,むしろ,これにニッポン放送株を大量に取得してもらうとともに,村上ファンドの保有株も譲渡して,エグジットを図るという方策も検討されることとなった。このような事業会社が,各種内部検討資料に記載されている「ストラテジックバイヤー」であることは明らかであるところ,そのような方策は,平成16年に入ってから俎上に上ったものとみられる。
被告人がそのような会社として最初に注目したのは,楽天であった。楽天であれば,ニッポン放送・フジテレビの経営権を取得し,又は最悪でもこれらとの提携関係を結ぶことにより,そのインターネット事業とマスコミとの融合又は連携による発展というメリットがあり,このことは戌野社長も賛同していたものとみられるのであり,しかも,同社長は未川会長とも親しく,友好的買収,提携が成ることが期待できた上(楽天向けの説明資料に「Option1」として友好的買収のシナリオが記載されていたのはそのためであったと認められる。),楽天自体の企業規模や財務力に照らしても,ニッポン放送株の大量取得は十分に可能であったと考えられた。
しかしながら,楽天については,戌野社長が友好的買収のシナリオでないと受け入れられないとした上,未川会長もこれを拒否したため,結局,平成16年9月初めころまでに,この戦略は失敗に終わった。
その一方で,同じころである同月10日,フジテレビがニッポン放送株を大量取得したことが公表されたため,村上ファンドでは,フジテレビがいよいよニッポン放送との資本関係のねじれの是正に動き出すという期待が高まったが,これが単なる株式の持ち合い策であることも考えられたため,村上ファンドでは,フジテレビが早期に資本再編に動かない場合の戦略としては,引き続きプロキシーファイトを検討することとなった(プロキシーファイトは,フジなどの他人任せでなく,村上ファンド自ら主体的に動く戦略なので,深く検討することが可能であったし,最終的な手段として,万全の対策を打っておく必要もあったので,一貫して中心的に検討されていたものと考えられる。)。そのため,外国人株主との連携に意を注ぎ,かつ,親しい関係にあった会社経営者には,ニッポン放送株の取得を勧誘し続けた(援軍)。
ただ,一方で,楽天について試みたように,援軍となるべき事業会社の中で,ニッポン放送株を大量に取得することについてその事業上メリットがあり,しかも意欲,財務力のある会社があれば,これに村上ファンドの保有株を売却してエグジットを図る,すなわち「ストラテジックバイヤー」(戦略的買収者)を確保しておくことはやはり必要と考えられていた。そこで,楽天と同じくインターネット事業を営み,しかも乙川社長自らがテレビ局の経営に興味を抱いていたライブドアをそのような会社として確保することが検討された。被告人と乙川のそれまでの交友関係やライブドアの事業内容,乙川の興味等に鑑みれば,楽天の次にライブドアに白羽の矢が立ったのは,ごく自然な流れであったといえる。
2  ライブドアの大量買集め方針に対する被告人の評価
被告人は,ライブドアに対し,楽天と同じく,ニッポン放送株の大量取得をしてもらい,単なる「援軍」としての位置付けにとどまらず,「ストラテジックバイヤー」として村上ファンド保有株の売却先となることを期待していた。
ただ,ライブドアがニッポン放送・フジテレビの経営権を取得する場合には,必然的に敵対的買収のシナリオとならざるを得なかった(「N社について」では,友好的買収のシナリオが記載されておらず,そもそも「ニッポン放送」という会社名が伏せられていたことはこのことを裏付けるものといえる。)のであり,その分,ライブドアにとってもリスクが大きい案件であった。しかも,敵対的買収であることから,その分取得すべき株式数も資金調達が必要な額も大きくなるし,さらに,その準備は秘密裏に行う必要もあって,その実現には困難が伴った。
9月15日会議は,被告人が乙川に対してニッポン放送株の取得を勧誘するために行われたが,敵対的買収としてライブドア側にとってもリスクがあったため,その勧誘方法として,ニッポン放送の経営権が取れればフジテレビの経営権も取れるかもしれない,そのために村上ファンドも全面的に協力するという,メリットを強調した,「セールストーク」的説明をし,直前に「N社について」の村上ファンド主導でこの案件を行うことを前提とした記載のある最後の頁を取り除いた。
ライブドア側は,被告人の勧誘に対し,極めて前向きの姿勢を見せたが,被告人としては,その時点で,直ちにニッポン放送の経営権を取得するために,その株式の大量買集めを実行するとか,それが確実に実行されるとの予測を持つことはできなかったものの,ライブドア側が「ストラテジックバイヤー」として,ニッポン放送の経営権を取得するために,その株式を大量に買い集めることに前向きで,そのための検討を始めるであろうという流動的な見通しないし期待は得た。仮にライブドア側において,最終的にニッポン放送の経営権を取得するに足りるだけの株式の買集めには至らなかったとしても,できる限りニッポン放送株を買い集めてもらうことにより(その結果,ライブドアの持株比率が5%を超えることも当然に想定される。),メインシナリオであるフジテレビによる資本再編の実現に向けて,同社にプレッシャーをかけ,また,最悪でも村上ファンドが行うプロキシーファイトの「援軍」にはなってもらえるという見通しは立った。
被告人らは,11月8日会議において,ライブドア側から,ニッポン放送買収に向けてその株式を大量に買い集める意欲があること,そのための資金調達交渉など,具体的な準備,検討を行っていることを伝えられてこれを認識し,ライブドアの動きに関する見通しや期待がより具体化したが,やはり確実に実行されるとの予測を持つまでには至らず,このようなインサイダー情報を前提として,フジテレビによる資本再編をメインシナリオとする村上ファンドとしての戦略を見直すことはなく,メインのためのサブという位置付けのままであった。このことは,9月15日会議以降,11月8日会議を経て,平成17年1月4日のM&Aコンサルティングの取締役会に至るまで,いずれの内部検討資料等をみても,ライブドアの動向,ないしストラテジックバイヤーに関する重点的な検討がされておらず,「ストラテジックバイヤーに株式の取得を働きかける」という記載のまま推移し,プロキシーファイトの票読みの検討が最重要課題として検討されていたことや,被告人が,親しい関係にある会社経営者にニッポン放送株の取得を勧めたり,翌年におけるニッポン放送の社外取締役候補となってもらうことを依頼していることからもうかがわれる。
また,平成16年12月になっても,ライブドアがニッポン放送株を買っていなかったので,被告人は,丁沢らを怒っているところ,これは,その時期においても,被告人らにおいて,ライブドアがニッポン放送株の大量買集めを行うことを知って強く期待してはいたものの,未だ確信していなかったことを裏付ける事情である。このように,被告人が確信を抱くのが遅れたのは,被告人が,資金調達ができてから一気に買い進むというライブドアの戦略をよく理解していなかったためと思われる。
そして,平成17年1月4日の時点でも,被告人らは,ライブドアによるニッポン放送株の大量買付けが確実に実行されるとの予測は持てていなかった。これは,村上ファンドの内部検討資料においても,ライブドアの動向については,「L社はどの程度買うか?」という程度の取り上げられ方にとどまっていることに表われている。
1月6日会議においては,ライブドア側から,500億円という,ニッポン放送の経営権掌握に向けた株式の大量取得に十分といえる資金調達の見込みが示され,しかもこれを踏まえてTOBを行いたいとの意向が明確にされ,被告人らにおいても,ライブドアが「ストラテジックバイヤー」として,いよいよニッポン放送株の大量買集めに本格的に動き出し,村上ファンド保有株のエグジット先となるとの期待が格段に高まった。しかし,この段階でも,フジテレビがTOBを行うことが村上ファンドにとってのメインシナリオであったことに変わりはなく,そのため,被告人らは,ライブドア側の動きをさらに積極的に支援したりするまでには至らず,むしろライブドアにおいてTOBを急いで行うことを制止し,まずは市場で5%近くまで買っておくことを再び勧めている。
また,このころ,午山P雄の保有するニッポン放送株が大和証券SMBCに移転したことが明らかになった際,村上ファンド側において,ライブドアに急いでニッポン放送株の相当量の買付けに動いてもらおうと画策していたことに照らすと,この時点においても,被告人は,ライブドアが大量買集めに動くことを知ってはいたものの,確実に実行されるとの確信は持っていなかったものと認められる。
このように,村上ファンドにおけるニッポン放送に関する戦略は,ライブドアに対する関係が生じた後も,一貫してメインシナリオはフジテレビによる資本再編,すなわちTOBの実施等であったが,フジテレビによる資本再編が早期に実現しなかった場合の対策として,その他のシナリオが検討され,なかでもライブドアはその戦略上重要な位置付けをされており,それを整理すれば,以下のようなものであったと考えられる。
まず,ライブドアは,「ストラテジックバイヤー」,つまり,ニッポン放送の経営権取得を目指し,その株式を大量に買い集める事業会社として,その大量買集め実施の際には,村上ファンド保有の株式を売却するエグジット先として期待されていた。ライブドアはその実現に向けて具体的な準備,検討を進めていたことから,この見通しないし期待は相当程度大きく,かつ,次第に現実味を帯びていった。
次に,明示的にはなっていないものの,ライブドアがこのような大量買集めに向けた動きをすること自体が,フジテレビに対し資本再編を行うよう圧力をかけるということ,つまり村上ファンドにとってのメインシナリオの実現にも資するという意味もあり,また,これによって,フジテレビによる公開買付価格の上昇も期待されたといえる。被告人が,ライブドアによる株の買付けがなかなか行われないことに苛立ったのは,ライブドアの買付けをメインシナリオの実現にも利用しようとしていたためと理解することも可能である。
さらに,ライブドアが,最終的にどれくらいの数のニッポン放送株を取得できるのかは流動的であり,意図どおりの3分の1以上の買集めの実現については確信できなかったものの,できるだけ多く買付けてもらえれば(結果として5%以上になることもあり得る。),それだけで,村上ファンドの最後の手段であったプロキシーファイトのための「援軍」,しかも強力な援軍になり得るものであった。
村上ファンドによるニッポン放送株のエグジットに関する戦略は,一つの情報に飛びついて一つの可能性に賭けるというような単純なものではなく,このように,重層的で複雑なものであり,はるかに巧妙かつ慎重なものであった。被告人,寅葉,丙谷らが,その検察官調書において,ライブドアの位置付けについて,「選択肢の一つ」とか「カードの1枚」などという表現を用いて供述しているのは,このような真情を吐露したものと評価することができる。
しかし,いずれのシナリオにせよ,村上ファンドは,投資ファンドとして,保有する株式の価値を高めた後にこれを売却して現金化し,利益を上げることを目指していたのであって,この目標に向けて周到かつ巧妙に練られていたものである。そして,被告人は,ライブドアによるニッポン放送株の大量買集めをすることについての決定の伝達を受けた後においても,なおニッポン放送株を大量に買い増し,できるだけ有利な株価でこれを売却してエグジットを図り,もってファンドの利益を最大限に確保しようともくろんでいたのである。特に,マック・スモール・キャップは本来100億円以下の企業を対象とするファンドであるのに,平成17年1月5日以降,集中的な買付けを行っており,際立っている。
3  平成17年1月17日以後の方針転換
こうして,1月17日にフジテレビによるTOBが発表されたのであるが,被告人らは,メインシナリオが実現したとしてこれを歓迎し,歓迎のコメントをホームページに掲載し,社内で祝杯を上げたが,その買付価格が5950円で期待していた6000円に及ばないという不満を持った。
そこへ,ライブドアの乙川らが急遽訪れ,ライブドアによるニッポン放送株の大量買集めを続行する可能性を打診した。このような態度を見て,被告人も,ライブドアの大量買集めは確実であると確信するに至ったものと認められる。そこで,被告人は,ライブドアがフジテレビに対抗する勢力として,フジのTOB価格を超える額でのニッポン放送株の大量買集めを行うことにより,フジテレビとライブドアのうち,より有利な値でその保有株を売却する(エグジット)か,これによって市場の株価が高騰すれば,市場でこれを売却することをメインの戦略とした。つまり,当初のメインシナリオが実現したのにこれに満足せず,より多くの利益が得られる可能性のあるシナリオとして,これまでサブであったライブドアの大量買集めをメインシナリオに格上げし,積極的にこれを利用しようとしたと認められるのである。
この結果,村上ファンドにとっては,プロキシーファイトの戦略を検討する必要はなくなり,放棄されたものとみられ,このことは,1月28日の取締役会資料でにおいて,ライブドアの名前は明記されていないものの,ストラテジックバイヤーの動きが明記され,プロキシーファイトを念頭に置いた記述がなくなっていることからも裏付けられる。
4  まとめ
以上からすれば,被告人ないし村上ファンドにおいては,本件以前からニッポン放送株を買付け,これを高値で売り抜けるエグジット策を他にも有していたものであり,ライブドアから伝達された株式大量買集めについてのインサイダー情報を唯一の動機として,本件のニッポン放送株の買付けを行ったとは認め難いが,そのニッポン放送に関する複雑かつ重層的な戦略の中で,ライブドアによる株式大量買集めに対する動きも,一つの,しかも重要な判断要素として位置付けられていた以上,その後の買付けは,ファンドの「利益を企て」てなされたものと認められる。
このような動機・経緯は,ライブドアの大量買集めのみを当てにして,株を買い集めたという単純なインサイダー取引に比べれば,悪質性は低いようにも思われるが,被告人がライブドア以外の選択肢(フジテレビによる資本再編やプロキシーファイト)を持ち得たのは,巨額な資金を集めるファンドを支配しており,大株主としてプロキシーファイトをちらつかせて直接未川会長に資本再編を申し入れるなど一般人がなり得ない立場に立っていたからであって,このような立場を利用して高値で売り抜けるエグジットを企て,あるいは,それを強化し,確実にするためにライブドアのインサイダー情報を利用しようとした動機には,強い利欲性が認められるのであり,やはり厳しい非難に値するといわざるを得ない。
第2  態様について
本件で最も特徴的なのは,被告人は,できる限りファンドの利益を上げるというニッポン放送に対する戦略の一環として,自らライブドアを勧誘してその気にさせた結果,回答としてインサイダー情報の伝達を受けたものであり,偶然聞いたというものではないということである。すなわち,買い集めると「聞いちゃった」のではなく,買い集めると「言わせた」ともいえるのである。
その結果として,当然であるが,「決定」についても,突然11月8日に聞いたわけではなく,これをライブドアに持ちかけた9月15日会議から乙川の積極的な気持ちを把握し,その後,担当者同士の連絡状況などからライブドアの動向を認識し,10月20日にはほぼ確実に決定されたことを知り,11月8日会議で正式に聞いたという段階的な経過を経ているのであって,被告人は,このようにして得た情報を適宜買付けに利用できる立場にあった。この点も通常の事件と大きく異なる点であり,単なる情報の被伝達者というよりも当事者性が強く,悪質である。
次に,挙げられるのは,ライブドアが「決定」を実行する際には,村上ファンドが購入先を紹介するというスキームで決定がされたため,被告人としては,「決定」の実行がいつあるのかを正確に把握できたことであり,これも単なる情報の被伝達者ではなく,当事者性の強さを示す事情といえる。
また,被告人は,ファンドマネージャーとして,巨額の資金により大株主となり,その地位を利用してアクティビスト活動を行い,自らインサイダー状況を作出した後,豊富な資金を使って,さらに買い増しを続けるなど,一般投資家では絶対になり得ない立場を利用しているのであって,本件は,一般投資家が模倣しようとしても決してできない,特別な地位を利用した犯罪ということができる。
最後に,被告人は,監査役の寅波弁護士から,アクティビスト活動と投資顧問業は別会社で行うのが相当であると助言されて分社化しながら,その実態としては一体的にこれを支配し,ファンドマネージャーとしての活動とアクティビストとしての活動を一人で行っていたのであって,このような運営体制それ自体が本件を招来したという点が指摘できる。本件インサイダー取引は,村上ファンドの組織上の構造的欠陥に由来する犯罪といってよく,その意味で本件は,偶発的犯行ではなく,必然的なものであった。
第3  その他の悪質な情状について
被告人は,前記のとおり,早くは,9月15日会議の段階から,ニッポン放送株の公開買付けを表明したフジテレビを「メイン」,ライブドアを「サブ」として両天秤に掛けつつあったが,遅くともフジテレビのTOB表明後は,より大きな利益を得られるライブドアによる大量買集めの実施を「メイン」としてこれに加担することとし,本件で取得したものも含めて保有するニッポン放送株の約半分を,フジテレビが実施した公開買付けの買付価格よりも高値でライブドアに引き取らせて,まず巨額の利益を確定させ,さらにライブドアが大量買集めを公表して市場価格が急騰するや,保有するニッポン放送株の残りの大部分を市場で売却し,再び巨額の利益を得ている。しかし,フジテレビの側からみれば,もともとフジテレビのTOBは被告人が実施を働き掛けたものであって,これに応じないこと自体が裏切りであるのに,こともあろうに敵対的買集めをするライブドアに株式を売却されてしまったのである。他方,ライブドアの側からみても,経営権を奪取するまでファンド保有分は持ち続けるから「おれを信じろ」などと言われて安心させられた上,たき付けられて大量買集めに走るや,土壇場でファンド保有分の半分を高値で引き取らされ,挙げ句にもう半分は市場で売り抜けられてしまったのである。それなのに,被告人は,本件に係る株取得がインサイダー取引に当たることなど一顧だにせず,「ファンドなのだから,安ければ買うし,高ければ売るのは当たり前」と言うが,このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない。
本件の結果,村上ファンドは,買い付けた株式を129億9725万4000円で売り抜けたが,買付金額は,判示のとおり99億5216万2084円にすぎなかったから,その利益は30億4509万1916円となる。このような類例をみないほどの巨額の利益は,不公正な方法で一般投資家を欺き,不特定多数の損失の上に得られたものであり,証券市場の信頼を著しく損なうものである。そして,ファンドは解散して,その巨額の利益は,匿名の出資者に払い戻されてしまい,原状回復の手段は取るべくもない。
第4  個別情状について
1  被告人の情状
被告人は,「潜在的な企業価値を実現できていない企業の株式を中長期で買い付け,その後,企業価値を実現するように働き掛けて,これにより企業価値が顕在化することにより,それを株価に反映」させる「アクティビスト」を名乗り,「もの言う株主」として社会の耳目を集める一方,裏では,このような犯罪を犯していたものである。本件の利益は被告人が言うような正当な過程で上げられたものではなく,フジテレビとライブドアとのニッポン放送の支配権を巡る争いから「漁夫の利を得た」もので,市場を信頼していた一般投資家や被告人が語る理想を信じて村上ファンドに出資した者,さらには広く資本市場など社会に与えた影響も大きい。被告人は,本件により,ファンドからの払戻し等を通じて個人的な利得を得たほか,会社への出資を通じて投資顧問料等の報酬にも反映されて巨額の利得を得ているものである。被告人が記者会見を開き,謝罪の意思を表明したのは当然であったといえる。しかるに,法廷では,「記者会見ではうそを言った。」などと述べて態度を一変させ,巧みに問題をすり替え,不合理な内容の弁解に終始し,利得もそのまま保持し続けており,反省は皆無である。以上によれば,村上ファンドの主宰者であり,被告会社の実質的経営者としての被告人の責任は重大である。
2  被告会社の情状
被告会社は,業務として村上ファンドの運営に当たっていたものであり,本件は,投資顧問会社としてあってはならない犯罪である。被告会社は,ファンド自体には出資しておらず,本件による直接的な利得はないが,投資顧問料等の利得を得ているのであり,間接的な利得を得たものである。
そもそも被告会社は,被告人個人の影響力が著しく突出し,他の幹部は被告人との個人的な関係が強く,従業員は被告人に信服しており,被告人の独善的な業務執行を監視し得る態勢が整っていなかったのである。さらに,投資顧問業務とコンサルタント業務とが分離していないところに問題があったほか,コンプライアンス体制も機能していなかったものであり,その意味で,被告会社の責任も重大である。
第5  酌むべき事情
他方,本件は,入手したインサイダー情報を専ら利用して儲けようとする単純な意図で買付けをしたわけではなく,村上ファンドが幾重にも張り巡らしたニッポン放送株を巡る大きな戦略の環の一つであったのであり,そのような意味で悪質さが減殺されるとみる余地も残されていること,被告人は利益を図っているものの,自己の利益目的だけでなく,ファンドの出資者のためでもあったこと,既にファンドは解散し,被告会社の実態を失ったこと,被告人には前科前歴がないことなどは酌むべき事情として考慮する必要がある。
第6  結論
以上のとおり,様々な情状事実を検討してきたが,本件の買付額は類を見ないほど巨額であり,ファンドマネージャーといういわばプロによる犯罪という重大性,犯情自体も悪質であること,原状回復の手段がなく,犯罪による利得が保持されており,被告人に対する追徴によってもその一部を剥奪し得るにとどまること,市場の適正化とその重要性の高まりからして,本罪の処罰も厳重に行う必要性が高まっていること等に鑑みれば,酌むべき事情を最大限に考慮しても,被告人には懲役刑の実刑を科するのが相当であり,被告人及び被告会社に法定刑の最高額の罰金刑を科し(被告人には併科),さらに得られた財産の理にかなった剥奪のために,被告人から判示金額の追徴をするのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 被告会社に対し罰金3億円
被告人に対し懲役3年及び罰金300万円並びに追徴)
平成19年8月31日
(裁判長裁判官 髙麗邦彦 裁判官 岡部豪 裁判官 柴田雅司)

 

〈以下省略〉

 

*******

関連記事一覧

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。


Notice: Undefined index: show_google_top in /home/users/1/lolipop.jp-2394bc826a12fc5a/web/www.bokuore.com/wp-content/themes/rumble_tcd058/footer.php on line 296

Notice: Undefined index: show_google_btm in /home/users/1/lolipop.jp-2394bc826a12fc5a/web/www.bokuore.com/wp-content/themes/rumble_tcd058/footer.php on line 296