
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(70)平成28年10月28日 東京地裁 平27(ワ)26144号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(70)平成28年10月28日 東京地裁 平27(ワ)26144号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成28年10月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)26144号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA10288009
要旨
◆被告会社が営業する飲食店である本件店舗を客として訪れた原告が、被告会社の代表者である被告Y1から、顔面を殴られる暴行を加えられ、傷害を負うなどしたとして、被告Y1に対しては、不法行為に基づき、被告会社に対しては、会社法350条に基づき、損害金合計411万3634円の連帯支払を求めた事案において、被告Y1は、原告に対して、複数回、それなりの強度で原告の顔面を殴るとの暴行に及んだことが認められるとして、同被告の不法行為責任を認め、原告が被った損害額を合計100万9147円と算定し、また、本件店舗における接客業務の一環として原告に応対していた際に、本件暴行が行われ、原告に傷害を負わせたとして、被告会社の会社法350条に基づく責任も認めて、請求を一部認容した事例
参照条文
民法709条
民法722条2項
会社法350条
裁判年月日 平成28年10月28日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)26144号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA10288009
東京都世田谷区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 土肥將人
東京都世田谷区〈以下省略〉
被告 Y1(以下「被告Y1」という。)
東京都渋谷区〈以下省略〉
被告 有限会社Y2(以下「被告会社」という。)
同代表者取締役 Y1
被告両名訴訟代理人弁護士 伊倉吉宣
同 薗田佳弘
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,100万9147円及びこれに対する平成27年3月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを4分し,その3を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。
4 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して411万3634円及びこれに対する平成27年3月1日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告会社が営業する飲食店を客として訪れた原告が,被告会社の代表者である被告Y1から,顔面を殴られる暴行を加えられ,傷害を負うなどしたとして,被告Y1に対し,不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,被告会社に対し,会社法350条に基づき,連帯して,損害金合計411万3634円及びこれに対する不法行為日である平成27年3月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,末尾記載の証拠により容易に認められる。
(1)被告会社は,飲食店の経営等を目的とする会社であり,東京都渋谷区〈以下省略〉において酒類を提供する飲食店である「a店」(以下「本件店舗」という。)を経営している。被告Y1は,被告会社の取締役であり,代表者である。(争いのない事実)
(2)原告は,平成27年3月1日午前,A(以下「A」という。)とともに,本件店舗を客として訪れた。同日,原告は,本件店舗内で飲酒をして,Aと話をしていたところ,被告Y1が同じ席につき,雑談するなどした。(争いのない事実,甲11,乙5)
3 争点
(1)被告Y1が原告に対し加えた暴行の態様及び程度(争点1)
(2)損害及び因果関係(争点2)
(3)過失相殺(争点3)
(4)被告会社につき,会社法350条に基づく責任の有無(争点4)
4 争点についての当事者の主張
(1)被告Y1が原告に対し加えた暴行の態様及び程度(争点1)
(原告の主張)
ア 平成27年3月1日,本件店舗を訪れた原告が,被告Y1としばらく雑談していたところ,同日午前2時過ぎ,突然,被告Y1が怒り出し,いきなり,一方的に複数回にわたり,原告の左眼,鼻等の顔面を素手で殴打した。突然であったため,原告は,殴られた理由が分からず,防御することもできなかった。
イ 被告らの主張に対し
原告は,被告Y1とたわいもない話をしていたものであり,被告Y1の暴行を誘うような言動はしていない。また,原告と被告Y1らが,暴行の後,飲み直したこともない。
(被告らの主張)
ア 被告Y1の原告に対する暴行は,軽く小突いた程度であり,原告が主張するような強度のものではない。
イ 原告とAは,本件店舗の2階で飲酒して話をしていた。被告Y1は,Aと以前から知り合いであったことから,原告らの元に行って,隣の席についた。しばらく雑談している中で,酔っ払っていた原告は,「貧乏人には行けませんよね。」等と言って,被告Y1をからかい,何度も手を被告Y1の肩にかけてきた。これに対し,被告Y1は,原告の手を振り払い,何度も止めるように言ったが,原告は止めなかった。原告があまりにも執拗に手を被告Y1の肩にかけるなどしてからかってきたため,これを止めさせるために,被告Y1は,原告の手を振り払い,1,2回,原告の顔面を軽く小突いた。これに対し,原告も応戦態勢を示し,互いにヒートアップし喧嘩に発展しそうになっていたところ,Aが,「落ち着こうよ。」といって,2人の間に入り,被告Y1を連れて2人で店舗の外に出た。その後,原告も被告Y1も落ち着いたところで,飲み直そうという話になり,3人で,本件店舗で1,2杯ずつ飲み直した。
(2)損害及び因果関係(争点2)
(原告の主張)
ア 原告は,被告Y1の暴行により,鼻血が出て,着ていたスーツとシャツに付着し,かけていた眼鏡が飛ばされ,かつ,鼻部腫脹(軽快まで約2週間を要した。),頸椎捻挫(完治まで約3週間を要した。),左眼球の左裂孔原性網膜剥離(裸眼視力が受傷前1.0から0.4に低下した。)等の傷害を被った。なお,原告は,被告Y1による暴行の前に,網膜剥離に関する手術・治療を受けていたが,手術箇所の経過はよいと考えられていた。被告Y1の暴行により,平成27年2月23日時点で高眼圧となっていた原告の左眼は,低眼圧となり,かつ,網膜下液が発生した。
これらにより,原告には,以下のとおりの損害が発生した。
イ 治療費等と交通費 4万0550円
(ア)診療費及び文書料 3万2550円
(イ)通院費 8000円
原告は,合計8日間,慶應義塾大学病院に通院したところ,1回あたり1000円の交通費を要した。
ウ 物損 8万4160円
被告Y1の殴打による原告の鼻血が原告が着ていたスーツとシャツに付着し,かけていた眼鏡が飛ばされたため,いずれも使用できなくなった。オーダースーツは5万円,オーダーシャツは5000円,レイバン眼鏡は2万9160円である。
エ 収入の減少分 261万4958円
原告は,不動産売買の出来高に応じる成功報酬の形で株式会社b(以下「b社」という。)と契約しており,契約開始から約5年間において,収入は年間平均614万1037円(平均月額51万1753円)であった。
原告は,自ら顧客を開拓して契約の成立に至ることで,成果を上げており,現地あるいは顧客への訪問等の営業活動を行っており,自ら車両を運転して活動することも多かった。ところが,被告Y1からの暴行の後,殴られたところが痛く,気分が悪い状態が続いたため,安静にしていなければならず,座っているだけでもつらい状態が20日あまり続いた。それだけでなく,傷害,特に,顔面に浮腫がみられることと,左眼球の網膜剥離により正面からみると眼球の異常が分かるため,特に顧客に見せられない状態であった。その上,左眼の視力低下により車両の運転ができないだけでなく,通常の動作・行動への障害も大きく,継続案件の顧客へのフォロー,新たな顧客開拓などの営業業務が全く行えない状態が続いた。そのため,成約などの成果がなく,平成27年2月から同年5月までの収入はない。原告は,b社との間で一時的に雇用契約を結んだが,原告にできる作業がデスクワーク,しかもゆっくりでないとできないため,b社から支払われた給与は,同年6月から同年8月までで合計45万5560円であった。
よって,平成27年8月までの収入の減少額は,前記51万1753円の6か月分から,b社から支払われた給与(45万5560円)を差し引いた,261万4958円となる。
オ 慰謝料 100万円
原告に対する慰謝料としては100万円が相当である。
カ 弁護士費用 37万3966円
(被告らの主張)
ア 傷害について
原告が主張する傷害は発生していないし,治療の必要もない。仮に,当該治療の対象となる傷害が発生していても,被告Y1の軽微な暴行によるはずがない。
なお,原告の担当医師は「先行手術時に剥離していた部位に網膜下液を認めた。その箇所以外の剥離は認めなかった。」などと回答しており(甲2の4),原告の網膜剥離が被告Y1の暴行によるものであるとの原告の主張とは矛盾する。原告の網膜剥離と同暴行との因果関係はなく,仮に,因果関係があったとしても,既往症による割合が圧倒的に大きい。
イ 物損について
被告Y1は,同被告の暴行時やその前後に,原告の着ていたスーツやシャツに原告の血が付いていた状況を見ていない。仮に原告の鼻血が原告のスーツ及びシャツに付着していたとしても,通常は,クリーニングに依頼するなどすれば,再度使用することは十分に可能である。スーツ及びシャツの値段については,訴訟前の原告の主張と異なり,一貫性がない。
眼鏡については,被告Y1は,かけていた眼鏡が飛ばされた状況は見ていない。仮に飛ばされたとしても紛失した事実又は壊れた事実の立証がなされておらず,また,修理ができないこと(全損)の立証もなされていない。
ウ 収入の減少分について
原告は,「収入」を基礎として主張しているが,仕事ができないということは,収入が減る一方で経費もかからないことから,損害の基礎となる金額は「収入」ではなく,そこから経費等を差し引いた「所得」とすべきである。
原告は,本件の翌日である平成27年3月2日には実際に出勤しており,ずっと安静にしていなければいけない状態ではなく,収入がないということはあり得ない。
事件翌日に原告の顔面を撮影したものと原告が主張している写真(甲7の4ないし6)を見ても,事件翌日ですら,特に,「顧客に見せられない状態」であったとは到底いえない。なお,仮に視力が落ちたとしても,眼鏡をかけるなどの方法で車両の運転が可能であり,また,実際に傷害も軽微であったため,原告は,本件の翌日にそれまでどおり出勤していたものである。
エ 慰謝料について
通院日数は8日間であり,慰謝料は15万円ないし20万円程度であると考えられる。
(3)過失相殺(争点3)
(被告らの主張)
被告Y1が原告の顔面を1,2回小突いたのは,原告が被告Y1を過剰にからかい,被告Y1の肩に手をかけるなどして,執拗に挑発してきたことに端を発したものである。このことからすると,原告が損害を受けたことについては,原告自身にも落ち度があったことは明らかであり,その損害の全てを被告Y1に負わせることは不公平であることから,仮に被告Y1の暴行による原告の損害が認められるとしても,その損害額について相当の割合の減額がされてしかるべきである。
(原告の主張)
否認し,又は,争う。
原告が,被告Y1と通常の会話をしているときに,被告Y1が突然に原告の顔面を殴打した。その時点で,原告はあまり飲酒していない状態であり,被告Y1とたわいもない話をしており,被告Y1の暴行を誘うような言動はしていない。
被告らは,深夜に酒を提供しながら酔客に応対することを十分想定して店舗営業をしていると思われる。被告らの主張を前提としても,被告Y1は被告らが主張する程度のからかいや肩に手をかける程度の客の言動に対していちいち過剰に反応して,業務に対しての対価を得ているにもかかわらず,客に暴力を振るうような行動に出たものである。
(4)被告会社の責任(争点4)
(原告の主張)
被告Y1は,被告会社の代表者であり,飲食店の経営等を目的とする被告会社の業務において,原告に対し,暴行に及び,傷害等を負わせた。よって,被告会社は,会社法350条に基づき,原告に対し,損害賠償責任を負う。
(被告会社の主張)
争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
末尾記載の証拠(ただし,以下の認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨等によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告は,平成26年11月2日,左眼の裂孔原性網膜剥離につき,手術(強膜バックリング術)を受けた。
原告は,同月4日,退院し,その後,複数回,診察を受けたが,網膜下液は認められず,経過は良好であった。ただし,平成27年2月23日の受診時,眼圧が高値であったため,点眼薬が処方され,1週間後に再診予定とされた。
(以上,甲2の4,乙2,弁論の全趣旨)
(2)ア 原告は,平成27年2月28日,Aとともに,鮨屋で食事をし,次に訪れた店で飲酒した。その後,原告とAは,別の飲食店に行ったが,店員の態度が悪かったため,ほぼ飲酒せずに店を出て,同年3月1日(日曜日)午前1時ないし午前1時30分頃,本件店舗を訪れた。
イ 原告とAは,テーブルで飲酒をしていたが,被告Y1が,原告の横に座り,一緒に飲酒を始めた。
同日午前2時ないし午前2時半頃,被告Y1は,その手を原告の顔面に当て(以下「本件暴行」という。),原告は鼻血を出して,原告のシャツ及びスーツの一部に血液が付着した。その際に,本件店舗にいた者が,警察に通報したり,救急車を呼んだりしたことはなかった。
原告は,同日午前4時頃,本件店舗を出た。
(以上,甲7の1ないし3,11,乙5,6,証人B(以下「B」という。),原告本人,被告Y1本人)
(3)ア 原告は,平成27年3月2日,慶応義塾大学病院の眼科(以下「本件眼科」という。)を受診した。同日,原告は,精密眼底検査(片側)等の検査を受けたところ,眼圧が4mmHgと低下していた。原告は,同日の診察において,第三者による暴行があった旨を述べていた。
イ 原告は,同月6日,本件眼科を受診したが,先行手術時に剥離していた部位に,網膜下液が認められ,その箇所以外の剥離は認められなかった。同日の眼底検査では,先行手術で着けられたバックルの位置が良好であることが確認された。同日の原告の視力は0.4で,同年2月23日の視力(1.0)と比べ,裸眼視力は低下していたが,矯正視力は低下していなかった。眼圧は4mmHgと依然として低い値にあった。同日,原告は,医師から,安静を指示された。
ウ 原告は,同年3月10日,鼻骨の腫脹を主訴として,形成外科を受診した。その際,原告は,腫脹が軽快した状態,すなわち,大分腫れが引いてきた状態にあり,少し鼻骨の変形がうかがわれた。また,原告は,左腕のしびれを訴えていた。原告に対しては,CT検査が行われたが,鼻部腫脹に関し,画像検査にて明らかな損傷は認められなかった。
エ 原告は,同年3月16日,本件眼科を受診したところ,眼圧が5mmHgと低値のままで,網膜下液の持続が認められ,点眼薬が処方された。
オ 原告は,同年4月13日,本件眼科を受診したところ,眼圧は6mmHgと低値であったが,網膜下液は消褪傾向にあった。同年5月18日には,眼圧が17mmHgまで回復し,網膜下液は消褪傾向にあった。同年6月22日の診察時には,眼圧は9mmHgと正常範囲内にあり,網膜下液はほとんど認められなかったため,3か月後の診察で問題なければ,本件眼科での診察を終了とすることとされた。
同年8月31日の診察時,眼圧が8mmHgであり,網膜下液が認められず,経過が良好であったため,本件眼科での診察は終了となった。(以上,甲2の4,甲9の1,3)
(4)原告は,平成22年から,b社との間で,業務委託契約を締結して,不動産の販売を行っており,成約した場合に,成功報酬の支払を受けていた。
原告は,本件暴行のあった日の直後から,公共交通機関を利用して,b社に出勤し,電話への対応等の業務を行っていた。
(甲2の4,原告本人,弁論の全趣旨)
2 争点1(被告Y1が原告に対し加えた暴行の態様及び程度)について
(1)本件暴行の態様及び程度につき,原告は,被告Y1から複数回,顔面を殴られたと主張し,被告Y1から,両手で数十回,拳で殴られた旨陳述し(甲11),10回以上,あるいは,何十発と殴られた旨供述する(原告本人)。
これに対し,被告らは,1,2回小突いた程度である旨主張し,被告Y1はこれに沿った陳述をする(乙5)。なお,被告Y1は,本人尋問においては,右手の裏側で二,三回,小突いた旨を供述した(被告Y1本人)。
(2)①原告は,被告Y1の手が顔面に当たったことにより鼻血を出していたこと(前記認定事実(2)),②本件暴行の後,原告には,鼻骨の腫脹だけでなく,鼻骨の変形がみられたこと(前記認定事実(3))などによれば,被告Y1の原告に対する暴行の態様は,小突く程度であったとは認め難く,それなりの強度をもって行われたことが認められる。
他方で,本件の当日,本件店舗にいた者が,警察に通報したり,救急車を呼んだりしたことはなく(前記認定事実(2)イ),また,隣に座っていた客が止めに入ったこともなかったところ(原告本人),数十回も殴打がなされたとまでは認め難い。
(3)以上によれば,被告Y1は,原告に対し,複数回,それなりの強度で原告の顔面を殴るとの暴行に及んだことが認められる。
3 争点2(損害及び因果関係)について
(1)原告が,本件暴行によって被った損害について,以下,検討する。
(2)治療費等と交通費 (結論)合計4万0550円
ア 前記認定事実(3)のとおり,原告は,本件暴行を受けて医療機関を受診したところ,証拠(甲3・枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,診療費及び文書料として,合計3万2550円を支出したことが認められる。
イ また,証拠(甲15ないし18)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件暴行による傷害の治療等のため,合計8回,医療機関に通院し,これに係る交通費として合計8000円程度を支出したことが認められる。
ウ なお,被告らは,本件暴行と原告の網膜剥離との間に因果関係はなく,仮に,因果関係があったとしても,既往症による割合が圧倒的に大きい旨主張する。
しかしながら,原告は,平成26年11月2日,左眼球の網膜剥離の手術を受けるも,その後の経過は良好であったが(ただし,平成27年2月23日の受診時は眼圧が高値であった。),本件暴行の直後である同年3月2日の受診時,眼圧が低下していることが確認され,同月6日の受診時には,先行手術時に剥離していた部位に網膜下液が認められ,裸眼視力が低下するなどしており(以上,前記認定事実(1),(3)),一部剥離が再発したと診断された(甲1の1)ところ,これらによれば,本件暴行と,従前の網膜剥離の一部が再発したこととの間には因果関係が認められる。また,一度,裂孔したり,剥離したりした網膜は,治療後も壊れやすい状態にあること(乙4)を考慮しても,前記2判示のとおり,本件暴行がそれなりの強度をもって複数回行われたことを考慮すると,既往症による割合が大きいとの被告の主張を採用することはできない。
(3)物損 (結論)合計7875円
ア 眼鏡について
原告は,本件暴行により眼鏡をなくした旨主張し,その旨供述する(原告本人)のに対し,被告らは同主張を否認する。
本件当時,本件店舗に勤務していたBは,原告は眼鏡をかけていなかったと思う旨証言する(証人B)。なお,Bは,平成27年12月31日まで,被告会社に勤務していたが,その後も被告Y1と月1回程度連絡を取り合っており(証人B),その証言の信用性を検討する上では,慎重な考慮が必要であるが,その証言内容や証言態度に照らし,Bの証言につき,特に信用性が低いような点は認められない。
また,原告は,視力矯正のために眼鏡をかけていたものではなく(原告本人),かつ,本件店舗を訪れる前に,複数の飲食店で飲酒していたところ(前記認定事実(2)),本件店舗を訪れる時点において,眼鏡をかけていなかった可能性も否定できない。
その他の各証拠を総合しても,原告が,本件暴行により,眼鏡を紛失したものと認めるには足りない。
イ シャツ及びスーツについて
証拠(甲7の1ないし3,原告本人)によれば,本件暴行によって,原告が着ていたシャツが汚損されたこと,及び,その箇所や程度に照らし,再度,同シャツを着用することが困難な状態となったことが認められる。そして,証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,本件シャツの値段は,平成23年9月の購入時に5250円程度(消費税込み)であったことが認められるが,同購入後,平成27年3月の本件暴行時まで,相当期間が経過していることを考慮すると,本件暴行時における価値は,購入金額の50パーセント程度(2625円程度)と見ることが相当である。
次に,証拠(甲7の2,3,原告本人)によれば,本件暴行によって,原告が着ていたスーツのジャケット部分の一部が汚損されたことが認められるが,汚損の箇所や程度(甲7の2,3)に照らし,およそ着用できないような状態になったものとは認められない。また,平成23年9月の購入(甲6)から相当期間が経過していることも考慮し,本件暴行による損害額としては,購入金額(5万2500円・消費税込み)の10パーセント程度(5250円)と見ることが相当である。
(4)収入の減少分 (結論)13万8982円
ア 原告は,本件暴行の後,顔面が顧客に見せられない状態であったことや,通常の動作・行動への障害も大きかったことなどから,営業業務を行えず,成約等の成果がなく,平成27年2月から同年5月まで収入がなく,同年6月から同年8月まで,収入としては,b社から支払われた給与のみであった旨を主張する。
イ まず,顔面の状態(外見)については,本件暴行の10日後である平成27年3月10日には,原告の鼻骨の腫脹は軽快状態,すなわち,大分腫れが引いた状態にあり(前記認定事実(3)ウ),同日に撮影された写真によっても,原告の顔面の浮腫や眼球の状況(外見)は,営業活動に支障が生ずるような程度にはなかったことが認められる(甲9の1)。
ウ 次に,原告は,平成27年3月6日に本件眼科で安静を指示されていたものではあるが,交通公共機関は利用することができ,また,矯正視力は低下しておらず,本件暴行があった日の直後から,b社に出勤していたものである。また,原告は,その営業活動について,公共交通機関,タクシー等を利用することも可能であり(原告本人),かつ,本件各証拠を総合検討しても,同営業活動が過度な肉体的負担を伴うものであったことや,医師から営業活動を控えるように指示を受けていたことを認めるに足りる証拠はなく,原告自身,顧客への働きかけをしなかった一番の理由は,顔が見せられる状態でなかったことである旨供述している(原告本人)。
そうすると,原告の頸椎捻挫が全治まで3週間程度を要したこと(甲1の3)や,20日間は座っているだけでもつらい状態にあったと原告の主張,及び,少なくとも1か月間は動き出したりするとふらふらするような状況があったとの原告の供述(原告本人)を考慮しても,本件暴行後1か月間程度を超えて,原告が,本件暴行による傷害等のために営業活動を行えなかったものと認めることはできない。なお,仮に,原告が,自身の判断で,同期間を超えて,その顔面につき顧客に見せられない状態であると判断し,営業活動を行っていなかったような経緯や,左眼の状態等を慮って営業活動を差し控えていたような経緯があったとしても,これによる収入減少分につき,本件暴行との間で相当因果関係のある損害であるということはできない。
以上によれば,本件暴行後の1か月間,原告が営業活動を行うことができなかったために得ることができなかった収入分は,本件暴行との間で相当因果関係のある損害であるというべきである。
エ 次に,原告は,平成22年以降,b社との間で業務委託契約を締結し,不動産売買が成約した場合に報酬を得ていたものである(前記認定事実(4))。
原告は,本件暴行前の原告の収入について,月額平均51万1753円である旨主張するところ,原告に係る所得税の確定申告書(甲4・枝番号を含む。以下同)の「収入金額等」を前提として算定したものと解される。しかしながら,同金額は,収入を得るために要する経費等を考慮していないものであり,経費等を考慮した後の金額である所得金額を基準として算定することが相当である。
次に,証拠(甲4)によれば,原告の所得金額は,平成23年度は662万1754円であったが,それ以外の時期は,平成23年度と同程度の所得があったものではなく,平成22年度につき174万7452円,平成24年度につき-222万1886円,平成25年度につき241万5752円,平成26年度につき-22万4117円であったことが認められる。そして,原告の収入の算定においては,本件暴行の前年度(平成26年度)の収入を基準とすることも考えられるが,実際に営業活動を行うか否かにかかわらず支出を要する固定経費がありうることや,成約すれば収入が得られるが,タイミング等もあるという原告の業務形態(原告本人)等に照らし,平成22年度から平成26年度までの所得金額の平均額(年額166万7791円)を前提として算定することが相当である。
オ 以上によれば,本件暴行との間で相当因果関係の認められる原告の収入減少分は,13万8982円程度となる。
(計算式)
166万7791円×1(か月)÷12(か月)=13万8982円
(5)慰謝料 (結論)73万円
①原告が,本件暴行による受傷の治療等のため,平成27年3月2日,同月6日,同月10日,同月16日,同年4月13日,同年5月18日,同年6月22日,同年8月31日に医療機関を受診したこと(甲1,3,9,乙3),②同年6月22日の診察時には,眼圧は9mmHgと正常範囲内にあり,網膜下液はほとんど認められなかったため,3か月後の診察で問題なければ,本件眼科での診察を終了とすることとされ,原告は,同年8月31日に受診したこと(前記認定事実(3)),③本件は,故意の不法行為によるものであることやその態様,その他一切の事情を総合考慮し,原告が被告Y1の不法行為により被った精神的苦痛は,73万円をもって慰謝することが相当である。
(6)弁護士費用 (結論)9万1740円
本件暴行と相当因果関係のある弁護士費用としては,前記(2)ないし(5)の合計(91万7407円)の10パーセント程度と見ることが相当である。
(7)まとめ
以上によれば,被告Y1が原告に賠償すべき損害額は,合計100万9147円となる。
4 争点3(過失相殺)について
(1)被告らは,本件暴行は,原告が,被告Y1を過剰にからかい,被告Y1の肩に手をかけるなどして,執拗に挑発してきたことに端を発したものであり,過失相殺がなされるべきである旨主張する。
また,被告Y1は,原告が,被告Y1に対して,「兄貴,飲みましょうよ。」などと言い,被告Y1から「やめろよ。」と言われたにもかかわらず,何度も被告Y1の肩に手をかけたり,被告Y1に対し「貧乏人はいい店はいけませんよね。」などと言ったりした旨を陳述(乙5)又は供述(被告本人)する。
(2)本件店舗は深夜に酒類を提供する店であるところ,飲酒していない状態と比べて,ある程度,大きな態度をとる客がいることも想定されるものである。そして,原告は,客として本件店舗を訪れて飲酒しており,被告Y1は,本件店舗の経営者として応対していたところ,仮に,原告において被告Y1の陳述等に係るような言動があったとしても,被告Y1は,席を外すなどの穏便な対処法を容易にとり得たものであり,原告の顔面をそれなりの強度で殴打することを正当化するような事情があったとはいえず,原告に過失相殺をすべき程度の落ち度があったと評価することはできない。
(3)以上のとおり,本件においては,過失相殺をすべき事情は認められない。
5 争点4(被告会社の責任)について
(1)会社法350条所定の「その職務を行うについて」とは,代表者の行為が外形から見てその職務に属すると認められる場合を指すと解すべきである。
そして,被告Y1は,被告会社の代表者であり,本件店舗を経営していたところ,本件店舗における接客業務の一環として原告に応対していた際に,原告に対して,本件暴行に及び,傷害を負わせ,前記3のとおりの損害を発生させたものである。そうすると,被告会社の代表者が,その職務を行うについて,第三者(原告)に損害を発生させたというべきである。
(2)以上によれば,被告会社は,会社法350条に基づき,原告に対し,被告Y1と連帯して,同被告の不法行為による損害を賠償すべき責任を負う。
第4 結論
以上によれば,本件各請求は主文1項記載の限度で理由があるから,同限度で認容し,その余の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判官 園部直子)
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