
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(34)平成29年11月 9日 東京地裁 平27(ワ)36153号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(34)平成29年11月 9日 東京地裁 平27(ワ)36153号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成29年11月 9日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)36153号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2017WLJPCA11098012
要旨
◆ベルトの販売等を目的とする株式会社である原告が、その元従業員である被告に対し、原告の子会社の子会社で外国法人である訴外a社の総経理であった被告は、同社を代表して訴外c社との間でベルトのサンプルを借り受けて使用する旨の本件使用契約を締結したが、サンプルの返還に係る本件違約条項により訴外a社が訴外c社から損害賠償請求訴訟を提起されて原告が損害を被ったのは被告の不法行為によると主張して、損害賠償を求めた事案において、被告が本件使用契約の存在を原告に秘した上、故意に本件違約条項の条件を成就させたとは認められず、故意の不法行為は成立しないとし、また、本件違約条項の存在を原告の従業員に説明せず、サンプルの返還に係る引き継ぎを行わずに原告を退職した被告には一定の落ち度があるものの、重大な過失があったとはいえない一方で、原告社内における意思疎通やサンプルの管理体制にも問題があったといわざるを得ないから、被用者であった被告に対する損害賠償請求は信義則上許されないと判断して、請求を棄却した事例
参照条文
民法1条2項
民法709条
労働契約法3条4項
裁判年月日 平成29年11月 9日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)36153号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2017WLJPCA11098012
東京都足立区〈以下省略〉
原告 株式会社X
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 進士肇
同 鶴岡拓真
川崎市〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 君山利男
同 君山侑也
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,2574万6300円及びこれに対する平成26年8月4日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,元従業員である被告に対し,被告の不法行為によって,中国にある原告の子会社の子会社が,同国において取引先から損害賠償請求訴訟を提起され,原告が損害を被ったとして,損害賠償請求をした事案である。
1 前提事実(争いがないか,掲記の証拠により容易に認められる事実)
(1)原告は,ベルト・小物・皮革製品の製造及び販売を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
原告の代表者は,A(以下「原告代表者」という。)である。
(2)a有限公司(以下「a社」という。)は,原告の子会社であるb有限公司(原告が99%,原告代表者が1%を出資。以下「b社」という。)の100%子会社であり,中国でベルト・小物・皮革製品の製造及び仕入れを行っている外国法人である(甲20各枝番)。
原告代表者は,a社の代表者でもある。
(3)被告は,昭和63年12月7日から平成27年2月25日まで,原告の従業員であった者であり,平成26年7月1日当時,a社の総経理という地位にあった。総経理とは,会社の日常の経営管理機関の責任者で,董事会(日本でいう取締役会)により任命,解任され,董事会の決議事項等を実施する役職である。
(4)B(以下「B」という。)は,原告代表者の長男であり,平成26年8月8日まで,原告の取締役であった者である。
(5)被告は,平成26年7月1日,a社を代表して,a社の取引先の一つであるc有限公司(以下「c社」という。)との間で,c社からベルトのサンプル226本を借り受けて使用する旨の契約(以下「本件使用契約」という。)を締結した(甲1各枝番)。
本件使用契約の契約書(以下「本件契約書」という。)には,a社の代表として,被告のほか,通訳のC(以下「C」という。)が署名している。
本件契約書の内容の要旨は,以下のとおりである(甲1各枝番)。
ア c社が提供したベルトは日本の展示会で使用し,日本以外の国,地域で展示してはならない。
イ c社は,a社の要求するサンプル使用に同意し,a社は報酬を支払わなくて良い。
ウ a社が,展示会終了後,明確にサンプルの購入を表示した場合,毎本5000元を支払う。
エ a社が,展示会終了後,明確にサンプルの購入を表示しない場合,展示会終了後25日以内にc社にサンプルを返還しない場合,a社は,サンプルを毎本5000元で購入することに同意し,支払をする(以下「本件違約条項」という。)。
(6)原告は,平成26年7月9日から11日まで,原告本社において,展示会を開催し(甲3。以下「本件展示会」という。),c社から借り受けたサンプルを展示した。
(7)被告は,平成27年2月25日,原告を自己都合により退職した(乙4)。
(8)c社は,平成27年7月7日,中国において,a社に対し,サンプルの代金113万元の支払を求める訴訟(以下「別件中国訴訟」という。)を提起した(甲5各枝番)。
(9)別件中国訴訟は,第1審,第2審ともa社が勝訴した(甲15,16各枝番)。
2 争点及び当事者の主張
(1)故意による不法行為の成否(争点1)
ア 原告の主張
被告は,自身に契約権限がないことを認識しながら,原告代表者はおろか,Bにも報告せずに,法外な金額の本件違約条項を設定された本件使用契約を締結したことにより,原告に対する権利侵害を行った。
原告は,平成26年7月7日から同月9日まで本件展示会を開催した。原告は,被告の依頼を受けて本件展示会の様子を写真で撮影して被告に送付したので,被告は,原告が本件展示会を開催したことを知っていた。しかし,被告は,原告に対し,本件展示会終了後,サンプルの返還について言及することなく,本件展示会終了から25日以内という返還期限を徒過させた。
原告は,c社にサンプルを返還すべく,平成26年10月3日,同月10日及び同月21日の3日に分けて,a社に宛ててc社から借り受けたサンプルを送付した。しかし,被告は,これをa社の工場内に放置し,c社に返還しなかった。
被告は,何の根拠もなく,返還期限を徒過しても問題ないと考え,安易に返還期限を設定し,c社に返還を拒否されたことも原告に報告せず,退職時,後任者に引き継ぎもしていない。
このように,被告は,本件使用契約の存在を原告に秘するとともに,意図的にサンプルの返還を妨げて本件違約条項の条件を成就させた。
被告は,本件使用契約につき,Bの承諾を得ていると主張するが,そのような事実はないし,仮にBの承諾があったとしても,Bには契約締結権限がなく,被告はそのことを認識しており,本件契約書等の客観的証拠を送付するなどのBが原告代表者の決裁を得るための協力さえしていないことから,被告が違約金の発生を容認していたことを否定する根拠とはならない。
イ 被告の主張
本件展示会の開催前から,原告において営業及び販売を統括していたのは,Bである。被告は,サンプルの借り出しに関する経緯及び条件については,Bに報告し,同人の承諾を受けており,借り出しの条件を意図的に秘匿することはしていないし,原告に無断で本件使用契約を締結したわけではない。
被告は,本件展示会の終了後,再三にわたり,原告の担当者に対し,サンプルの返還を依頼している。被告が返還期限や本件違約条項を意図的に秘匿していたのであれば,原告の従業員にサンプルの返還を求める連絡はしないはずである。
被告は,c社にサンプルの返還を申し出たが,原告から返還されたサンプルの本数は199本であり,a社がc社から借り受けたサンプルの本数に満たず,写真及びDVDも返還されなかったため,c社から受領を拒絶された。
したがって,被告には,原告主張の不法行為はない。
(2)過失による不法行為の成否(争点2)
ア 原告の主張
仮に,故意による不法行為の成立が認められないとしても,上記(1)アの事実に照らせば,少なくとも被告に過失による不法行為が成立することは明らかである。
イ 被告の主張
(ア)原告の上記主張は,証人尋問終了後になされており,時機に後れた攻撃防御方法の提出に当たり,却下されるべきである。
(イ)Bは,原告の営業統括として,本件展示会の責任者であり,原告の従業員や原告代表者に対して,契約条件を伝えることが可能な立場にあり,展示会の開催を管理監督している以上,サンプルの返還を指示すべき立場にある。
そうであるとすれば,被告には,他の従業員に対して,契約条件を連絡すべき義務が生じるものではない。被告は,Bに対して契約条件を伝えており,本件契約書を送付していないことが注意義務違反となるものではない。
原告の主張する過失は,使用者が労働者に対して業務遂行上の行為責任を問うものであり,報償責任,危険責任の観点から許されるものではなく,また,別件中国訴訟が原告の対応に原因がある以上,原告の主張は許されるものではない。
(3)原告の損害及び因果関係
ア 原告の主張
(ア)損害
本件違約条項に基づく違約金の額は113万元(訴訟提起日である平成27年12月18日の為替相場(以下同じ)によると,日本円で2147万円)である。また,原告は,中国でのd弁護士事務所との委任契約(甲8)に基づき,第1審着手金及び第2審追加着手金として5万8500元(日本円で111万1500円)を支払った。これに加え,原告は,成功報酬として9万0400元(日本円で171万7600円)を支払う予定である。
さらに,原告は,本件訴訟に際し,弁護士費用144万7200円を支払っている。
よって,原告の損害額は,合計2574万6300円である。
a社は,原告の子会社であるb社の子会社であり,経済的に一体であって,本件にかかる支出は,すべて原告が行っているから,原告の損害である。
(イ)因果関係
別件中国訴訟は,第1審でc社の請求が棄却され,第2審でも第1審の判断が維持されたが,これは,訴訟代理人による訴訟追行の結果であり,訴訟追行次第ではc社の請求が認められた可能性もあり,原告が多額の違約金を支払わなければならなくなるおそれがあった。
別件中国訴訟は,被告が作成した本件契約書を前提とし,c社が中国で提訴したものであるから,原告は,現地の弁護士に委ねずして訴訟追行をなし得なかった。
したがって,原告の損害と被告の不法行為との間には相当因果関係が認められる。
イ 被告の主張
(ア)損害
別件中国訴訟は,第1審,第2審ともc社の請求が棄却されているから,本件違約金について原告に損害が発生していることにはならない。
また,原告とa社とは別の法人格であるから,a社の損害が原告の損害となるものでもない。
(イ)因果関係
原告は,平成26年9月末に被告がサンプルベルトの返還に言及したことを認めており,同年10月3日から同月21日頃にかけてa社にサンプルの一部(全部ではない。)を返送している。
また,被告は,平成26年10月頃に,c社にサンプルの返還を申し出たが,サンプルが全数揃っておらず,DVDや写真が不足していたことを理由に受領を拒絶された。そのため,被告は,原告従業員のD(以下「D」という。)に対し,残りのサンプルを早急に返送するよう電話で依頼したが,原告から残りのサンプルの返送はなかった。被告は,自らなし得ることは行っている。
c社による別件中国訴訟が提起された原因は,サンプルやDVD等を全て返送せず,管理を怠った原告にあり,被告の行為と相当因果関係はない。
なお,弁護士費用については,実際に生じた弁護士費用全てが損害として認容されるわけではなく,損害額の1割程度が認容されるにすぎない。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実の他,証拠(甲1ないし5,8ないし13,15ないし20,乙2ないし4(なお,書証について枝番のあるものは枝番を含む。),証人D,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)被告は,原告の従業員であり,原告から給与の支払を受けていたが,中国にあるa社の総経理の地位にあった。原告は,被告に辞令等を交付しておらず,法律関係は不明であるが,被告は,原告からa社に出向しているという認識であった。
(2)a社は,原告から生産依頼を受けた商品(主にベルト)を自社工場で生産し,または外部に発注して生産し,原告に輸出していた。
(3)被告は,中国での業務について,原告に対し,電子メールで日報を提出していた。また,スカイプを利用して,原告の従業員らと会議を行っていた。
しかし,原告代表者は,電子メールを使用しておらず,また,スカイプでの会議にも参加していなかったため,原告の従業員らは,日報をプリントアウトして原告代表者に渡したり,スカイプでのやり取りを録音して原告代表者に聞かせたりして,内容を報告していた。
(4)平成26年3月頃,原告の従業員であるD及びEが,a社の在庫点検等のために中国に行った際,被告とともにc社の工場を訪れ,c社からベルトのサンプル10本を原告に持ち帰った。このサンプルは,c社に返還されていない。
(5)原告は,平成26年6月頃,中国における外注の担当者を,被告からF(以下「F」という。)に変更した。原告は,その頃,外注を減らして社内工場での生産を増加する方針としたため,Fは,この方針に従って,c社に対する注文を減らすことを伝えた。
これに対し,c社の代表者は,Fに対し,F個人にマージンを支払うので注文を増やしてほしいと提案し,Fがこれを拒否すると,複数名でa社に押しかけて注文を増やすようFを脅すなどした。
被告は,前担当者として,原告からc社との関係を修復するよう求められていた。
(6)被告は,c社に対し,本件展示会で使用するサンプルの提供を申し入れたところ,本件契約書記載の条件を提示された。被告は,原告を代表して,平成26年7月1日,c社との間で本件使用契約を締結した。
被告は,過去に,原告代表者の決裁を経て,取引先と契約を締結したことがあったが,その際には,見積書や購入申請書を原告に提出していた。しかし,被告は,本件使用契約の締結について,書面による決裁は得ておらず,契約締結後に本件契約書の写しを原告に送付することもしなかった。
(7)被告は,c社からベルトのサンプル216本を借り,サンプルデータの入ったDVDや写真とともに,原告に送付した。
(8)原告は,平成26年7月9日から同月11日まで,本件展示会を行った。
Bは,当時,原告の社内で「社長」,「統括」等の肩書きで呼ばれており,営業及び企画の責任者であって,本件展示会の責任者はBであった。
この頃,上記のとおり,c社とFの関係は悪化していたが,従前の担当者である被告が関係修復を行い,本件展示会では,c社のサンプルが展示された。本件展示会に展示されたカジュアルベルトのサンプルは,ほとんどがc社のものであった。
なお,c社からサンプルを借りて本件展示会において展示することは,Bから原告代表者及び原告の従業員らに報告され,原告代表者も了承していた。
被告は,同月10日,Dに,サンプルの展示状況の写真を送るよう依頼し,原告の従業員であるGは,被告に本件展示会の様子を撮影した写真データを電子メールで送信した。
(9)Bは,平成26年8月8日,原告の取締役を辞任し,退職した。
(10)被告は,平成26年9月から,Fをa社の総経理に就任させ,原告は,総経理の地位を失った。
(11)被告は,Bの退職後である平成26年9月末頃,原告の従業員であるDに対し,サンプルの返還を求めたが,その際,返還期限の存在や本件違約条項の存在については説明しなかった。
(12)原告は,a社に対し,c社から借り受けたベルトのサンプルのうち,平成26年10月3日に74本,同月10日に46本及び同月21日に79本,合計199本を返送した。
(13)被告は,c社に対し,上記199本のサンプルの返還を申し出たが,c社は,サンプルが全数揃っていないこと及びサンプルデータの入ったDVDがないことなどを理由に受領を拒否した。
(14)被告は,平成26年12月19日付けで退職願を提出し,同月末まで勤務し,有給休暇消化後の平成27年2月25日付けで原告を自己都合により退職した。
被告は,退職に際し,c社へのサンプル返還が完了していないことの引き継ぎを行わなかった。
(15)c社は,平成27年7月7日,別件中国訴訟を提起した。別件中国訴訟の第1審は,サンプル返還の条件とされている展示会の終了について特定されておらず,原告(別件中国訴訟被告)が何回展示会に使用して良いのか不明であり,契約に違反しているのかが判断できないなどとして,c社の請求を却下した。
c社は上訴したが,第2審は,展示会が行われた十分な証拠がないなどとして,第1審の結論を支持した。
(16)原告は,別件中国訴訟の追行を,中国のd弁護士事務所に委任し,第1審着手金及び第2審追加着手金として5万8500元(日本円で111万1500円)を支払った。また,原告は,成功報酬として9万0400元(日本円で171万7600円)を支払うものとされている。
(17)原告は,本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任し,弁護士費用として144万7200円を支払った。
2 争点1について
(1)被告は,平成26年6月中旬頃,Bから,同年7月に本件展示会を行うことが決定し,カジュアルベルトについてはすべてc社のベルトを使うので,なるべくたくさん早急に借りて送ってくれと指示され,c社と交渉したところ,25日以内に返還すること及び本件違約条項を定めることを求められたことから,その旨をBに報告し,口頭で了承を得たと供述する。
上記認定事実のとおり,Bは,原告代表者の長男であり,原告の社内で「社長」又は「統括」と呼ばれ,取締役として営業及び企画の責任者の地位にあって,本件展示会の責任者であったのに対し,被告は,a社の総経理の地位にあったとはいえ,一従業員にすぎなかったことが認められるから,本件展示会の責任者であったBから,本件展示会で使用するため,c社からサンプルを借りるよう指示された旨の被告の上記供述に特段不自然な点は見当たらない。
そして,本件展示会の後,Bが原告の取締役を辞任したことに照らすと,この頃,原告代表者とBの関係が悪化していたことが窺われるが,Bの辞任後,Fがa社の総経理に任じられ,被告はその地位を解かれ,原告を退職していることに照らすと,被告は,原告の社内において,Bに近い立場にあったものと推認することができる。
上記のようなBと被告の関係に照らすと,被告が,Bに無断で,本件使用契約を締結したとは考えにくいから,Bの承諾を得て本件使用契約を締結した旨の被告の供述は,特段の反証のない限り信用することができる。
(2)これに対し,原告は,被告の上記供述を裏付ける客観的な証拠が存在しないと主張する。しかし,特段の反証のない限り,被告の供述が信用できることは上記のとおりであり,原告において,被告の供述の信用性を弾劾し,原告の主張を裏付ける証拠を提出すべきところ,原告は,本件展示会の開催に係る打ち合わせの資料等の書証を何ら提出せず,原告代表者の尋問も申請しなかった上,被告がしたBの証人尋問の申請についても,必要性がないとして採用に反対しており,被告の供述の信用性を否定できるだけの証拠は存在しない。
また,原告は,当時,原告とc社の関係は悪化していたから,c社のみの利益になる本件使用契約の締結を原告が承諾することはあり得ないとも主張する。
しかし,本件使用契約は,本件展示会において,c社の所有する多数のサンプルを無料で使用できるという契約であるから,本件違約条項に抵触しない限り,原告にも利益のある契約であって,c社のみの利益になるとの原告の主張は前提を欠いている。そして,被告は,原告からc社との関係改善を指示されていたこと,少なくとも本件展示会でc社のサンプルを展示することについては,原告代表者も了解していたことからすれば,当時の原告とc社の関係に照らして,本件使用契約の締結を原告が了承することがあり得ないとの原告の主張は採用できない。
(3)次に,原告は,Bの承諾があったとしても,Bには契約締結権限がなく,被告はそのことを認識していたから,被告が違約金の発生を容認していたことを否定する根拠とはならないと主張する。
しかし,被告としては,本件展示会の責任者であり,原告の取締役でもあるBに報告してその承諾を得た以上,義務を尽くしたというべきであり,その後は,Bが原告代表者の承諾を得るのが通常であるから,被告が直接原告代表者の承諾を得る義務を負っているとはいえない。本件展示会の終了後,Bが原告の取締役を辞任し,原告を退職していることに照らすと,当時,Bと原告代表者の関係が悪化しており,Bが被告から報告を受けた本件使用契約の内容を原告代表者に伝えていなかった可能性は否定できないが,仮に,Bが原告代表者に本件違約条項について報告せず,その承認を得ていなかったとしても,そのことについて被告が責任を負うものではない。
確かに,被告本人尋問の結果によれば,被告が,a社の総経理として直接原告代表者の決裁を得て契約をしたことがあったことは認められるが,それは,専ら中国工場に関する業務であったと認められるのに対し,本件は,原告本社で開催される本件展示会に関する業務であり,その責任者はBだったのであるから,事情が異なるというべきである。
(4)さらに,原告は,被告が意図的に本件違約条項の条件を成就させたと主張するところ,確かに,被告は,本件使用契約書を原告に提出せず,B以外の従業員に対してサンプルの返還を求める際,本件違約条項について説明しておらず,原告がa社に送付した199本のサンプルもc社に返還しないまま退職してしまうなど,サンプルの回収及び返還について必要十分な行動をしたとはいいがたい。しかし,被告は,少なくとも,本件展示会が行われた時点では,原告に25年以上勤務し,a社の総経理の地位にあった従業員であり,故意に本件違約条項の条件を成就させて原告に損害を与える動機があったと認めるに足りる証拠はない。よって,被告がサンプルの返還に熱心でなかったからといって,そのことから直ちに被告が意図的に本件違約条項の条件を成就させたということはできない。被告は,本件違約条項について,c社に待ってくれと言えば待ってもらえると思っており,実際に違約金を請求されるとは思わなかったと供述しているところ,c社とa社との間に以前から取引があり,被告自身は,Fとは異なり,c社と良好な関係を築いていたことからすれば,被告のかかる認識も殊更不自然とはいえず,c社が別件中国訴訟に踏み切った背景には,原告がc社への外注を減らす方針を取ったことが影響している可能性も否定できない。
この点,原告は,本件契約書に通訳のCが署名しているのは不自然であること,Cが退職したのと時期を前後して被告も原告を退職したこと,Cが別件中国訴訟でc社側の証人としてc社に有利な証言したことなどから,被告及びCが,本件使用契約の締結に関し,c社から何らかの利益を得ていると主張する。しかし,被告が,本件使用契約の締結に関し,c社から何らかの利益を得たことを裏付ける証拠は存在せず,原告の主張は採用できない。
(5)以上によれば,被告が,本件使用契約の存在を原告に秘した上,故意に本件違約条項の条件を成就させたとは認められず,故意の不法行為は成立しない。
3 争点2について
(1)まず,被告は,原告が証人尋問等の終了後に過失による不法行為の主張を追加したことは,時機に後れた攻撃防御方法の提出に当たるから却下すべきであると主張するので,この点について検討する。
確かに,原告が,弁論準備手続中に被告の過失による不法行為の主張をすることが不可能ないし困難であったことを窺わせる事情はない。しかし,本件では,証人尋問等において現れた事実関係をもとに,過失による不法行為の主張を追加したにすぎず,かかる主張が追加されたことによって新たな証拠調べの必要が生じ,訴訟遅延を招くとはいえないから,過失による不法行為の主張を却下すべきとまではいえない。
(2)そこで,被告が,過失による不法行為責任を負うかについて検討する。
上記認定事実のとおり,被告は,本件使用契約締結後に本件契約書の写しを原告側(Bを含む。)に送付しなかったこと,Bの退職後である平成26年9月末頃,Dに対し,サンプルの返還を求めたが,その際,返還期限及び本件違約条項の存在を説明しなかったこと,原告からa社に送付された199本のサンプルをc社に返還しないまま退職したこと,退職に際し,c社へのサンプルの返還が完了していないことの引き継ぎを行わなかったことなどが認められる。被告は,本件違約条項の存在を認識していたのであるから,たとえBに本件違約条項の内容を報告していたとしても,Dら他の原告従業員に対し,本件違約条項の存在を説明し,強くサンプルの返還を求めていれば,より早期にサンプルの返還が可能となり,c社が別件中国訴訟を提起する事態を避けられた可能性がある。特に,被告は,B以外の原告従業員には,本件違約条項の存在を説明しておらず,原告の他の従業員が本件違約条項の存在を認識しているかは定かでなかったのであるから,Bの退職後は,尚更,他の従業員に,本件違約条項の内容を説明した上,強くサンプルの返還を要求すべきであったというべきである。被告は,返還期限を徒過しても,c社が実際に違約金を請求してくるとは思わなかったという趣旨の供述をしており,本件違約条項の存在を軽視していたといわざるを得ないから,サンプルの返還に係る被告の言動に一定の落ち度があったことは否定できない。
しかしながら,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきであるところ(最高裁昭和51年7月8日第1小法廷判決・民集30巻7号689頁参照),いわゆる危険責任や報償責任の法理に則り,当該被用者に故意又は重大な過失がない場合には,被用者の過失の程度や損害発生に対する使用者の寄与度等の事情を勘案し,信義則(民法1条2項,労働契約法3条4項)上,使用者の被用者に対する損害賠償請求権等の行使を否定する余地もあるとみるのが相当である。
これを本件についてみると,被告は,原告の従業員であるとはいえ,普段は,a社の総経理として中国に滞在しており,原告の社内にあるサンプルの管理や返送業務を実際に行うことはできず,被告のできることには限界があったといえるから,上記のような被告の落ち度について,重過失とは評価できない。
他方,上記認定事実のとおり,c社は,サンプルが全数揃っていないこと及びサンプルデータの入ったDVDがないことなどを理由に,サンプルの返還を拒否しているところ,原告がc社から受け取ったサンプルは,Dらが先に持ち帰った10本を含めて226本であったのに対し,原告が,a社に返送したサンプルは199本であり,残りは所在不明である(Dらが持ち帰ったサンプルについては,D自身が,c社に返還していないことを認める証言をしている。)。原告は,被告から送付されたサンプルが199本しかなかったと主張するが,a社に送り返したサンプルの本数が199本であったことの証拠(甲4各枝番)を提出したのみで,a社(の総経理である被告)から送られてきたサンプルが199本しかなかったことの裏付けとなる証拠は提出していない。よって,サンプルの一部が所在不明となった責任が被告のみにあると断ずることはできず,原告の管理体制にも問題があったといわざるを得ない。
また,本件展示会においてc社からサンプルの提供を受けて展示すること自体は,原告代表者も了承していたのであるから,仮に使用条件が不明確だったのであれば,サンプルを調達した被告に条件を確認すれば足りるところ,原告は,この点について,何ら被告に確認していない。Dは,サンプルは基本的に返還しないものであると証言するが,被告はこれを否定しており,そのような商慣習があることの立証はされていないし,Dの証言を前提としても,サンプルを返還する場合もあるというのであるから,返還の要否を含めて契約条件を確認すべきであって,それをしなかったことは,原告側の落ち度といわざるを得ない。さらに,Bの辞任による混乱が,サンプルの管理の不備や返還の遅れにつながったことも否定できない。
以上のとおり,a社が,c社から別件中国訴訟を提起され,原告において対応を余儀なくされたことについて,被告に重大な過失があったとはいえず,他方で,原告社内における意思疎通やサンプルの管理体制にも問題があったといわざるを得ないから,使用者であった原告が,被用者であった被告に対し,別件中国訴訟への対応を余儀なくされたことよる損害について賠償を求めることは,信義則上許されないというべきである。
4 結論
以上によれば,損害及び因果関係について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第34部
(裁判官 田中邦治)
*******
関連記事一覧
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。