【営業代行から学ぶ判例】crps 裁判例 lgbt 裁判例 nda 裁判例 nhk 裁判例 nhk 受信料 裁判例 pl法 裁判例 pta 裁判例 ptsd 裁判例 アメリカ 裁判例 検索 オーバーローン 財産分与 裁判例 クレーマー 裁判例 クレプトマニア 裁判例 サブリース 裁判例 ストーカー 裁判例 セクシャルハラスメント 裁判例 せクハラ 裁判例 タイムカード 裁判例 タイムスタンプ 裁判例 ドライブレコーダー 裁判例 ノンオペレーションチャージ 裁判例 ハーグ条約 裁判例 バイトテロ 裁判例 パタハラ 裁判例 パブリシティ権 裁判例 ハラスメント 裁判例 パワーハラスメント 裁判例 パワハラ 裁判例 ファクタリング 裁判例 プライバシー 裁判例 プライバシーの侵害 裁判例 プライバシー権 裁判例 ブラックバイト 裁判例 ベネッセ 裁判例 ベルシステム24 裁判例 マタニティハラスメント 裁判例 マタハラ 裁判例 マンション 騒音 裁判例 メンタルヘルス 裁判例 モラハラ 裁判例 モラルハラスメント 裁判例 リストラ 裁判例 リツイート 名誉毀損 裁判例 リフォーム 裁判例 遺言 解釈 裁判例 遺言 裁判例 遺言書 裁判例 遺言能力 裁判例 引き抜き 裁判例 営業秘密 裁判例 応召義務 裁判例 応用美術 裁判例 横浜地裁 裁判例 過失割合 裁判例 過労死 裁判例 介護事故 裁判例 会社法 裁判例 解雇 裁判例 外国人労働者 裁判例 学校 裁判例 学校教育法施行規則第48条 裁判例 学校事故 裁判例 環境権 裁判例 管理監督者 裁判例 器物損壊 裁判例 基本的人権 裁判例 寄与分 裁判例 偽装請負 裁判例 逆パワハラ 裁判例 休業損害 裁判例 休憩時間 裁判例 競業避止義務 裁判例 教育を受ける権利 裁判例 脅迫 裁判例 業務上横領 裁判例 近隣トラブル 裁判例 契約締結上の過失 裁判例 原状回復 裁判例 固定残業代 裁判例 雇い止め 裁判例 雇止め 裁判例 交通事故 過失割合 裁判例 交通事故 裁判例 交通事故 裁判例 検索 公共の福祉 裁判例 公序良俗違反 裁判例 公図 裁判例 厚生労働省 パワハラ 裁判例 行政訴訟 裁判例 行政法 裁判例 降格 裁判例 合併 裁判例 婚約破棄 裁判例 裁判員制度 裁判例 裁判所 知的財産 裁判例 裁判例 データ 裁判例 データベース 裁判例 データベース 無料 裁判例 とは 裁判例 とは 判例 裁判例 ニュース 裁判例 レポート 裁判例 安全配慮義務 裁判例 意味 裁判例 引用 裁判例 引用の仕方 裁判例 引用方法 裁判例 英語 裁判例 英語で 裁判例 英訳 裁判例 閲覧 裁判例 学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例 共有物分割 裁判例 刑事事件 裁判例 刑法 裁判例 憲法 裁判例 検査 裁判例 検索 裁判例 検索方法 裁判例 公開 裁判例 公知の事実 裁判例 広島 裁判例 国際私法 裁判例 最高裁 裁判例 最高裁判所 裁判例 最新 裁判例 裁判所 裁判例 雑誌 裁判例 事件番号 裁判例 射程 裁判例 書き方 裁判例 書籍 裁判例 商標 裁判例 消費税 裁判例 証拠説明書 裁判例 証拠提出 裁判例 情報 裁判例 全文 裁判例 速報 裁判例 探し方 裁判例 知財 裁判例 調べ方 裁判例 調査 裁判例 定義 裁判例 東京地裁 裁判例 同一労働同一賃金 裁判例 特許 裁判例 読み方 裁判例 入手方法 裁判例 判決 違い 裁判例 判決文 裁判例 判例 裁判例 判例 違い 裁判例 百選 裁判例 表記 裁判例 別紙 裁判例 本 裁判例 面白い 裁判例 労働 裁判例・学説にみる交通事故物的損害 2-1 全損編 裁判例・審判例からみた 特別受益・寄与分 裁判例からみる消費税法 裁判例とは 裁量労働制 裁判例 財産分与 裁判例 産業医 裁判例 残業代未払い 裁判例 試用期間 解雇 裁判例 持ち帰り残業 裁判例 自己決定権 裁判例 自転車事故 裁判例 自由権 裁判例 手待ち時間 裁判例 受動喫煙 裁判例 重過失 裁判例 商法512条 裁判例 証拠説明書 記載例 裁判例 証拠説明書 裁判例 引用 情報公開 裁判例 職員会議 裁判例 振り込め詐欺 裁判例 身元保証 裁判例 人権侵害 裁判例 人種差別撤廃条約 裁判例 整理解雇 裁判例 生活保護 裁判例 生存権 裁判例 生命保険 裁判例 盛岡地裁 裁判例 製造物責任 裁判例 製造物責任法 裁判例 請負 裁判例 税務大学校 裁判例 接見交通権 裁判例 先使用権 裁判例 租税 裁判例 租税法 裁判例 相続 裁判例 相続税 裁判例 相続放棄 裁判例 騒音 裁判例 尊厳死 裁判例 損害賠償請求 裁判例 体罰 裁判例 退職勧奨 違法 裁判例 退職勧奨 裁判例 退職強要 裁判例 退職金 裁判例 大阪高裁 裁判例 大阪地裁 裁判例 大阪地方裁判所 裁判例 大麻 裁判例 第一法規 裁判例 男女差別 裁判例 男女差别 裁判例 知財高裁 裁判例 知的財産 裁判例 知的財産権 裁判例 中絶 慰謝料 裁判例 著作権 裁判例 長時間労働 裁判例 追突 裁判例 通勤災害 裁判例 通信の秘密 裁判例 貞操権 慰謝料 裁判例 転勤 裁判例 転籍 裁判例 電子契約 裁判例 電子署名 裁判例 同性婚 裁判例 独占禁止法 裁判例 内縁 裁判例 内定取り消し 裁判例 内定取消 裁判例 内部統制システム 裁判例 二次創作 裁判例 日本郵便 裁判例 熱中症 裁判例 能力不足 解雇 裁判例 脳死 裁判例 脳脊髄液減少症 裁判例 派遣 裁判例 判決 裁判例 違い 判決 判例 裁判例 判例 と 裁判例 判例 裁判例 とは 判例 裁判例 違い 秘密保持契約 裁判例 秘密録音 裁判例 非接触事故 裁判例 美容整形 裁判例 表現の自由 裁判例 表明保証 裁判例 評価損 裁判例 不正競争防止法 営業秘密 裁判例 不正競争防止法 裁判例 不貞 慰謝料 裁判例 不貞行為 慰謝料 裁判例 不貞行為 裁判例 不当解雇 裁判例 不動産 裁判例 浮気 慰謝料 裁判例 副業 裁判例 副業禁止 裁判例 分掌変更 裁判例 文書提出命令 裁判例 平和的生存権 裁判例 別居期間 裁判例 変形労働時間制 裁判例 弁護士会照会 裁判例 法の下の平等 裁判例 法人格否認の法理 裁判例 法務省 裁判例 忘れられる権利 裁判例 枕営業 裁判例 未払い残業代 裁判例 民事事件 裁判例 民事信託 裁判例 民事訴訟 裁判例 民泊 裁判例 民法 裁判例 無期転換 裁判例 無断欠勤 解雇 裁判例 名ばかり管理職 裁判例 名義株 裁判例 名古屋高裁 裁判例 名誉棄損 裁判例 名誉毀損 裁判例 免責不許可 裁判例 面会交流 裁判例 約款 裁判例 有給休暇 裁判例 有責配偶者 裁判例 予防接種 裁判例 離婚 裁判例 立ち退き料 裁判例 立退料 裁判例 類推解釈 裁判例 類推解釈の禁止 裁判例 礼金 裁判例 労災 裁判例 労災事故 裁判例 労働基準法 裁判例 労働基準法違反 裁判例 労働契約法20条 裁判例 労働裁判 裁判例 労働時間 裁判例 労働者性 裁判例 労働法 裁判例 和解 裁判例

判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(324)平成19年 5月23日 東京地裁 平17(行ウ)396号 贈与税決定処分取消等請求事件 〔武富士事件・第一審〕

判例リスト「営業代行会社 完全成果報酬|完全成功報酬」(324)平成19年 5月23日 東京地裁 平17(行ウ)396号 贈与税決定処分取消等請求事件 〔武富士事件・第一審〕

裁判年月日  平成19年 5月23日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平17(行ウ)396号
事件名  贈与税決定処分取消等請求事件 〔武富士事件・第一審〕
裁判結果  認容  上訴等  控訴  文献番号  2007WLJPCA05239002

要旨
◆原告に譲渡された株式につき贈与税の決定処分等がなされた事案において、住所とは各人の生活の本拠を指し、生活の本拠とはその者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものであり、客観的な事実に基づき総合的に判定するのが相当であるとした上で、原告の住居、職業、親族、資産の所在等によれば、原告は本件贈与日に日本に住所を有していたと認めることはできず、これを前提とする本件処分は違法であるとして原告の請求を認容した事例

裁判経過
上告審 平成23年 2月18日 最高裁第二小法廷 判決 平20(行ヒ)139号 贈与税決定処分取消等請求事件 〔武富士事件・上告審〕
控訴審 平成20年 1月23日 東京高裁 判決 平19(行コ)215号 贈与税決定処分取消等請求控訴事件 〔武富士事件・控訴審〕

評釈
齋藤滋・月刊税務事例 50巻3号25頁
品川芳宣・T&A Master 411号24頁
品川芳宣・TKC税研情報 20巻4号188頁
望月文夫・国税速報 6082号28頁
占部裕典・税理 51巻2号44頁
竹内進・税法学 560号143頁
品川芳宣・税研 135号80頁
品川芳宣・T&A Master 229号23頁
品川芳宣・TKC税研情報 16巻5号33頁
奥谷健・Lexis判例速報 21号118頁
古矢文子・税理 50巻12号74頁
増田英敏・TKC税研情報 17巻2号20頁
川田剛・月刊税務事例 39巻12号1頁
三木義一・税経通信 62巻13号39頁
増田英敏=橋本晃義・TKC税研情報 17巻2号20頁
大淵博義・月刊税務事例 40巻4号1頁
川田剛・国際税務 28巻6号31頁
大淵博義・月刊税務事例 40巻6号1頁
占部裕典・同志社法学 60巻1号21頁
大淵博義・月刊税務事例 40巻5号1頁
戸松秀典・学習院法務研究 3号145頁(意見書)

裁判年月日  平成19年 5月23日  裁判所名  東京地裁  裁判区分  判決
事件番号  平17(行ウ)396号
事件名  贈与税決定処分取消等請求事件 〔武富士事件・第一審〕
裁判結果  認容  上訴等  控訴  文献番号  2007WLJPCA05239002

東京都杉並区
原告 A
同訴訟代理人弁護士
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被告 国
同代表者法務大臣
処分行政庁 杉並税務署長
被告指定代理人

 

主文
1  杉並税務署長が原告に対し平成17年3月2日付けでした、原告の平成11年分贈与税の決定処分、及び無申告加算税賦課決定処分を、それぞれ取り消す。
2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由
第1  請求
主文同旨
第2  事案の概要
本件は、原告が、亡B及びCから、平成11年12月27日付けの株式譲渡証書(以下「本件贈与契約書」という。)により、A社(オランダ王国における有限責任非公開会社。)の出資口数各560口、160口(合計720口、以下「本件出資」という。)を取得したことについて、平成11年分贈与税の決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と併せて「本件決定処分等」という。)を受けたのに対し、原告は本件贈与日に日本に住所を有していなかったから、相続税法(平成11年法律第87号による改正前のもの、以下「法」という。)1条の2第1号により納税義務を負わないと主張して、それらの取消しを求めた事案である。
1  法令の規定等
(1)  相続税法は、贈与税の納税義務者について、贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時において、この法律の施行地に住所を有する者(以下「無制限納税義務者」という。)である場合には、その者が贈与により取得した財産の全部に対し贈与税を課すると規定している(法1条の2第1号、2条の2第1項)。
(2)  相続税法基本通達(昭和34年1月28日付け直資10による国税庁長官通達。ただし、平成12年6月23日付け課資2-258による改正前のもの。以下「基本通達」という。)1・1の2共-5は、法に規定する「住所」とは、各人の生活の本拠であり、生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する旨規定している。
基本通達1・1の2共-6は、「日本の国籍を有している者…については、その者が相続若しくは遺贈又は贈与により財産を取得した時において法施行地を離れている場合であっても、その者が次に掲げる者に該当する場合(1・1の2共-5によりその者の住所が明らかに法施行地にあると認められる場合を除く。)は、その者の住所は、法施行地にあるものとして取り扱うものとする。」とし、「次に掲げる者」の1つとして「(2)国外において勤務その他の人的役務を提供する者で国外における当該人的役務の提供が短期間(おおむね1年以内である場合をいうものとする。)であると見込まれる者(その者の配偶者その他生計を一にする親族でその者と同居している者を含む。)」を定めた上、(注)として、「その者が相続若しくは遺贈又は贈与により財産を取得したときにおいて法施行地を離れている場合であっても、国外出張、国外興行等により一時的に法施行地を離れているにすぎない者については、その者の住所は法施行地にあることとなるのであるから留意する。」と規定している。
2  争いのない事実等
(1)  A社は、オランダ王国における有限責任非公開会社であり、総出資口数は800口である。
(2)  亡B及びCは、A社の出資をそれぞれ560口、240口所有していたが、平成11年12月27日付けの本件贈与契約書により、原告に対して、亡Bの出資560口、Cの出資160口(合計720口、本件出資)をそれぞれ贈与した(以下「本件贈与」という。)。
(3)  杉並税務署長は、本件贈与について、平成17年3月2日付けで、原告に対し、贈与税の課税価格を1653億0603万1200円、納付すべき贈与税額を1157億0290万1700円とする平成11年分贈与税の決定処分(本件決定処分)及び納付すべき加算税の額を173億5543万5000円とする無申告加算税賦課決定処分(本件賦課決定処分)をした。
本件決定処分等に係る異議申立て及び審査請求の経緯は、別表1(省略)記載のとおりである。
(4)  杉並税務署長は、本件出資の価額につき、①A社が日本法人でなく、「財産評価基本通達」(昭和39年4月25日付け直資56ほかによる国税庁長官通達、ただし平成12年4月24日付け課評2-3による改正前のもの。以下「評価通達」という。)に評価方法の定めがないため、評価通達に定める評価方法に準じて評価することとし(評価通達5)、②A社が非公開会社で出資持分の譲渡に制限があることなどから、評価通達194により、取引相場のない株式の評価方法(評価通達178~193)に準じて評価すべきこととなり、③本件贈与日直後の平成11年12月31日時点の同社の貸借照表の数値、及び同社の主要な資産であるB社株式の評価通達169(1)に従った相続税評価額に基づく、A社の資産総額に占める株式及び出資の価額の合計額の割合が84.2パーセントであることから、評価通達189に定める株式保有特定会社と同様に、評価通達185に定める純資産価額方式により評価することとして、④本件出資の課税時期現在の評価額を1653億0603万1200円としている(別表2(省略))。
(5)  原告は、平成17年9月10日、本件訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
3  争点
本件贈与日において、原告が日本国内に住所を有していたか。
4  争点に関する当事者の主張
(被告の主張)
(1) 贈与税の納税義務に関する住所の認定基準
受贈者の住所がどこにあるのかは、単に住民票の記載事項により判断するのではなく、いずれが受贈者の「生活の本拠」に該当するかを、住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等の客観的事実に加え、本人の居住意思・目的も考慮して、総合的に判断することとなるが、定住の意思は必ずしも常に存在するものではなく、外部から認識し難い場合が多いため、本人の主観的な意思はあくまでもその判断のための一資料として考慮するにとどまるべきである。基本通達において、相続税法に規定する「住所」とは、各人の生活の本拠であり、生活の本拠であるか否かは客観的事実によって判定する旨規定されているが、これは、民法上の生活の本拠についての客観説を採ることを明らかにしたにすぎず、居住者の主観面を考慮することを排除するものではない。
そして、各法域においてその目的に応じた固有の住所が存在すると解されるのであるから、贈与税に関する住所の認定に当たっても、贈与税が、贈与によって財産が移転する機会に、その財産に対して課税される租税であって、相続税の補完税としての性質を持ち、相続税のみが課税されるとした場合には、生前に財産を贈与することによって、相続税の負担を容易に回避することができることになるため、このような税負担の回避を封ずることを目的としていることが考慮されてしかるべきである。
この点について、相続税が、相続による財産の取得というかなり長期の間の偶然の一時的における事象をとらえて課税されるものであることを考えると、たまたま一時的な居住地によって課税対象財産の範囲を異にすることには問題があり、一定期間外国における勤務や外国における事業活動のため永住許可を得て外国に居住するなどの事実があっても、外国における勤務等が終わった後は日本に帰る予定である者、又は外国における勤務中も日本において家庭を持ち、社会的に定住していると認められるような者の住所は、日本にあるものとして扱われるべきであろうとされていることが参考になる。
被告が、本件で問題とされている平成9年6月29日(以下「日本出国日」という。)から平成12年12月17日(以下「香港出国日」という。)までの期間(以下「本件滞在期間」という。)について、原告に対し、所得税の課税処分を行わなかったことは、被告が原告の所得税法上の住所が国外にあったと認定したことを意味するものではない。のみならず、所得税は、年・月などをもって定期に課される期間税であるのに対し、贈与税は、課税物件が随時に生じる随時税であること、所得税は一般に暦年の終了の時に納税義務が成立するのに対し、贈与税は贈与による財産の取得の時に納税義務が成立することなど、租税としての性質や課税体系を異にするから、所得税における住所と贈与税における住所は必ずしも同一ではない。
(2) 原告が贈与税を回避する目的で香港に渡航したこと
原告は、亡BとC(以下「贈与者ら」という。)の長男であり、亡Bは、平成11年ころ、B社の将来を原告に委ねたいと考え、贈与者らのA社に対する出資持分を原告に贈与することとした。本件贈与の実行に至るまでには、亡B及びその関係者らの間で、事前に贈与税の課税を回避するための綿密な協議が行われ、原告は、贈与税回避のためのスキームに従って、香港に渡航したのである。
もともと贈与者らが所有していた国内財産であるB社株式は、フランス及びオランダにおいて、極めて短期間に法人の設立や買収・増資、さらには金融機関から1000億円もの多額の借入を行うなどの様々な手法を駆使することにより、外形上、A社の出資持分という国外財産に転換された。受贈者の国外住所化については、受贈者の滞在先として贈与税の負担のない香港を選択し、B社が2つの香港の会社を実質的に買収し原告を代表者に就任させ、同人に香港居住の必要があるかのような外観を作出したほか、贈与後は原告が日本に帰国することを控えるなど、贈与者ら及び原告は、諸外国の税制を十分に研究して贈与者ら及び原告の税負担が最少になるようにした上で、課税庁による調査が行われる可能性も念頭に置きつつ、周到な準備を行い計画的に本件贈与を実行したものである。
原告が、このように贈与税を回避する目的で、香港に住所を移転したとの外形を作出するために香港に渡航したことは、もともと相続税回避を目的とする贈与税における「住所」の認定において、十分考慮されなければならない。
(3) 原告の住居等と親族等について
ア 住民登録等の状況
原告は、昭和57年12月18日に、贈与者ら及び実弟Dなど家族とともに、肩書地所在の自宅(以下「本件杉並自宅」という。)に異動しており、このころから、原告の生活の本拠は、本件杉並自宅であった。なお、原告の住民登録は、平成9年7月10日に香港に移転しているものの、平成15年1月1日には、再び本件杉並自宅に戻っている。
イ 入出国の状況
原告が平成9年6月29日(日本出国日)に日本を出国してから、平成12年12月17日(香港出国日)に香港を出国するまでの滞在国等の明細は、別表3-1ないし4(省略)のとおりであり、日本出国日から香港出国日まで(本件滞在期間)の日本滞在日数と香港滞在日数の一覧は、別表4(省略)のとおりである。原告の本件滞在期間中に占める香港滞在日数の割合は65.8パーセントではあるものの、日本滞在日数の割合は26.2パーセントであり、本件滞在期間の間、4日に1日以上も本件杉並自宅に起居していることからも、生活の本拠が本件杉並自宅から移転していないことは明らかである。
また、本件滞在期間中、原告は、ヨーロッパ又は北米に9回渡航している。香港からヨーロッパ又は北米の主要都市に直行便があるにもかかわらず、原告は、そのうち7回はいったん東京に行ってから、ヨーロッパ又は北米に渡航しており、このことからも原告の生活の本拠が本件杉並自宅であることが分かる。
原告が頻繁に帰国している事実からだけでも、原告の生活の本拠が香港に移転したとまで認定することができないというべきであり、換言すれば、原告は、日本と香港の間を何度も行き来していたにすぎない。
ウ 日本における原告の住居の状況
本件杉並自宅は、4人の家族が生活の本拠として起居するには十分な広さと間取りを備えており、原告個人の居室もある。また、本件杉並自宅には、昭和57年12月18日以後、亡B(平成18年8月10日死亡時まで)、C及び実弟D(現在まで)が、引き続き居住しており、原告も本件滞在期間中、少なくとも月に一度は日本に帰国して、日本に滞在している間は本件杉並自宅に起居していた。銀行から原告あてに郵送される郵便物は本件杉並自宅に送られていた。原告個人の居室は、本件滞在期間中もそれまでと同様に保たれていた。原告は、本件滞在期間前には、1か月に5万円ないし10万円を生活費としてCに渡していたが、本件滞在期間中も5万円ないし10万円程度の現金又はお土産をCに渡していた。
以上のような原告の生活状況を総合すると、原告は、本件滞在期間中も、それまでと同様に、本件杉並自宅を生活の本拠としていたことが認められる。
エ 香港における原告の住居の状況
原告は、香港において、ホテルと同様のサービスが受けられるサービスアパートメント(以下「本件香港自宅」という。)に滞在しており、本件杉並自宅から生活諸道具を運搬しておらず、一時的に長期間滞在していたにすぎない。
上記サービスアパートメントの家賃は、当初7万6000香港ドル(1香港ドル14.87円で邦貨換算すると113万0120円)、後に5万3000香港ドル(1香港ドル14.5円で邦貨換算すると76万8500円)であり、これらの費用のほとんどをC社又はD社(両社を併せて「香港各会社」ということがある。)が負担していた。C社は、活動開始後間もない時期でこれほど高額な家賃の負担をなし得るほど順調な業績を挙げていなかったにもかかわらず、C社が上記家賃の負担を行うということは、取りも直さず、原告の香港滞在が本件贈与を含む一連の行為が完了するまでの一時的なものだからである。
(4) 原告の職業等について
ア 原告が香港で具体的な業務を行っていなかったこと
(ア) 原告にベンチャーキャピタリストとしての能力がなかったこと
ベンチャーキャピタリストとしてのキャリアの基礎を築くためには、少なくとも、法務・税務(投資契約書の作成・締結、知的所有権に係る法務、取締役・監査役の権限・責任、IPO(株式公開)に係る法務・税務、倒産・廃業等に伴う清算に係る手続など)や、ベンチャーファイナンス(企業価値評価、キャピタルゲインの予測、資本政策の策定、第三者割当増資・バイアウト投資等の選択・実行、収益計画・増資計画等の立案、株主構成の調整など)などの能力が、基本的なスキルとして要求されるといわれている。しかしながら、原告は、本件滞在期間前にベンチャーキャピタル業務に携わった経験やベンチャーキャピタルに関する研修を受講した経験は全くない。それにもかかわらず、B社は、ベンチャーキャピタリストとしての能力のない原告をただ1人香港に派遣したものであり、原告が香港において具体的な業務を行うことはおよそ不可能であった。
(イ) 原告が行っていたと主張するベンチャーキャピタル業務に実体がないこと
a 投資の可否判断の実例について
ベンチャーキャピタルを業とする企業の投資のプロセスは、大きく、①投資案件発掘・スクリーニング、②デューディリジェンス(投資先候補企業の調査・分析・審査)、③条件交渉、④投資決定・資金投入、⑤モニタリング・経営支援及び⑥資金回収の6段階に分かれている。
原告は、原告が自らの投資の可否判断を行ったとして陳述書で21件の事例を挙げているが、これらについては、いずれも、それ自体が非常に抽象的かつ概括的な供述であって、迫真性や具体性がない上、原告自身が、香港において投資先候補企業のデューディリジェンスを行った形跡はなく、また、原告が主張するところの投資7原則に基づく投資の可否の検討・評価ですら、これを行った形跡はない。さらに、原告が、モニタリング・経営支援及び資金回収などの業務を行っていた具体的な供述も証拠もない。加えて、デューディリジェンスにおいては、投資先候補企業の財務状況、経営状況等の多岐にわたる専門的かつ緻密な分析が必要であるところ、そのような専門的な分析や、公認会計士や弁護士等の専門家による関与をうかがわせる証拠も全くない。したがって、原告は、実際には、香港において、ベンチャーキャピタル業務を行っていなかったものと認められる。
また、一般のベンチャーキャピタル事業を行う会社においては、通常投資の意思決定を行う場として、社内に投資委員会を設置して、投資先を発掘したベンチャーキャピタリストとは別の視点から、多数の客観的意見を総合して投資の可否判断を行っているのに、香港各会社及びB社社内にはそのような委員会は組織されていなかった。このことからも、原告が、投資判断業務など行っていなかったことが裏付けられる。
b 原告が投資先を発掘した実績が実質上ないこと
原告は、E社のEの供述を根拠に、C社として5、6件のベンチャー投資先を発掘したと主張するが、Eが香港に赴任した平成11年4月以降、原告とEの協議は、すべてQ社側が発掘した案件について行われており、C社が発掘した案件について行われた形跡はない。そして、Eも、原告が持参する資料は、アレンジャーから受領した資料そのもので、内容が検討されたものでなく、最終的な投資の可否を検討するには十分でなかったと述べており、原告は実質的に投資先の発掘など行っていない。また、Eは、投資の可否判断をするためのミーティング資料の作成に1社当たり3週間から6週間もの時間を要していたというが、原告が、投資の可否検討のためにそのような多大な時間を割いた形跡はない。
したがって、原告は、実質的に投資先発掘の業務を行っていたとは認められない。
c 香港滞在期間中の各月における原告の業務状況について
原告は、本件滞在期間中における各月の原告の勤務状況について縷々主張するが、そのほとんどが具体的な根拠のないものである。仮に、原告の主張する業務実績を前提としても、原告が香港に拠点を構え、長期に滞在して行う必要性のある業務はほとんどなかったのが実情であって、原告が香港に滞在して行う必要のあったと認められる業務は、せいぜい1月当たり6日以内(ほとんどの場合4日以内)であったと認められる。
イ 原告及びB社は、香港でベンチャーキャピタル業務を行うための準備をしていなかったこと
日本の企業が、海外に拠点を設けて現地での事業展開を図ろうとする場合、日本と現地とのビジネス環境や労働慣行又は法制度の相違などから困難な問題が生ずることがあるから、あらかじめ現地の法制度や慣行の状況について十分な調査や準備を行うのが一般的と考えられる。
ところが、B社は、海外に拠点を設置することは同社にとって初めてのことであり、極めて重要な事項であったにもかかわらず、これに係るプロジェクトチームを設置せず、平成9年5月20日の海外での事業展開の方針決定から、わずか2か月余りで海外統轄子会社の設立を決めている。この間、B社社内で、香港進出に関する事前の入念な調査や準備が行われた形跡は全く認められない。
しかも、B社の重役である原告自身でさえ、平成9年5月20日以前は、B社の海外進出に関してどのような調査や準備が行われていたかは知らない旨供述し、同日から香港出国日までの間についても、あいまいかつ抽象的な供述しかできていない。
このような状況からすると、原告やB社が、原告の香港滞在前に香港の法制度や労働慣行を調査し、その予想される困難な事態に備えるなど、海外進出をする企業ないしその役員として、本来周到に行うべき調査や準備を全く行っていないことは明らかであり、このことからすれば、香港各会社が現実に業務を行っていたとは到底認められないことが裏付けられる。
ウ C社の企業活動について
(ア) ベンチャーキャピタル以外の事業について
原告は、平成10年10月ころには、香港及びフィリピンでの消費者金融業の展開は時期尚早と考え、その旨B社の取締役会で発表している。
海外での金融業及びベンチャーキャピタルに係る情報収集・調査・検討・交渉、B社の将来の海外でのファイナンス事業に係る情報収集・調査・評価及び進出に係る契約等の助言について、原告は、平成9年10月から平成10年4月までの6か月間にわずか5回、現地同一業者との面談を行ったというにすぎず、情報収集はほとんど行われていなかったのが実態である。
C社が行ったとされる海外IR業務は、その実態としては、B社の常務取締役としての原告が、B社のIR活動を行ったものにすぎない。
(イ) C社の事務所など
C社が創設されてから約1年後の平成10年10月当時の状況をみると、①現地事務所はE社の事務所の一部を無償で借りており、②電話番号簿への登録はなく、③ファクシミリはE社のものを使用しており、④現地の商工会議所へも加入せず、⑤現地で執務する職員は原告一人で、役員3人のうち原告を除く2名は日本で勤務しており、⑥会計帳簿、禀議書等はB社が作成しており、⑦株主総会、取締役会は役員間の回付により実施されている状況にあった。
本件滞在期間中、C社の株主総会は平成12年4月17日に一度だけしか開催されておらず、香港法に則した会社運営がなされていなかった。
香港で執務をしていたという唯一の職員である原告さえも、事務所には月2、3回しか顔を見せず、特に平成10年8月30日から10月28日までの約2か月間は、一度も香港に滞在していなかった。
これらのことからみても、C社が実質的に業務を行っていなかったことは明らかである。
(ウ) C社の収益の分析について
同社の収益は、ベンチャー投資事業に係る収益、B社からの業務受託報酬及び預金利息で構成されているところ、その内容はいずれもC社において具体的な業務遂行の結果生じた収益ではない。
したがって、C社は、香港において現実に具体的な業務を遂行しておらず、その代表取締役である原告も、香港において具体的な業務を行っていなかったというべきである。
エ D社の企業活動について
(ア) D社は実質的にベンチャーキャピタル事業を行っていないこと
D社が投資を行ったとするF社(なお、投資対象となった各社の詳細については、第3の1(7)オに認定するとおりである。以下同じ。)、G社は、それぞれ香港、韓国で上場している会社であって、ベンチャーキャピタルに係る投資案件ではない。I社は、E社が発掘した投資先と同一であって、D社独自にベンチャーキャピタルに係る投資案件を発掘し、実行した事実はない。
(イ) D社もE社に依存していたこと
原告がD社の投資案件と主張するH社、F社、I社は、いずれもE社が発掘したものであり、D社自体は特に業務を行っていなかった。
(ウ) 原告が香港での人脈によって投資先を発掘した案件はないこと
D社による投資案件は、G社、I社及びF社の3件であり、いずれも原告が香港で築いた人脈を活用して発掘した案件ではない。したがって、原告が香港滞在を開始してからD社が設立されるまでの約1年半の間で、原告がいうところの「人脈づくり」は、客観的に同社の業務上何ら反映されていない。
(エ) Fについて
B社は、ベンチャーキャピタルに関して全く知識と経験のない原告1人を香港に派遣し、平成11年8月になってようやくFを香港に派遣した。その上、Fは、翌年5月にはD社を退社しており、その後任であるGが同社に入社したのは、原告が香港から失踪した平成12年12月のわずか3か月前であった。しかも、原告が長期間不在にしていても、D社の運営上特に支障があったとは認められないことなどからすれば、D社は、専ら原告の香港での就労実績を装う意図の下に創設された会社であり、香港において実体の伴った事業を行っていたとは到底認められない。
(オ) J社への訪問について
D社が創設されたばかりの会社であったにもかかわらず、原告は、同社の業務に専念することなく、頻繁にファンド運用会社であるJ社を訪問していた。この事実は、原告がベンチャーキャピタル業務についての知識を十分有していなかったことを裏付けるとともに、その当時、原告には事実上なすべき業務が存在しなかったことを示すものである。
(カ) 小括
以上のほか、原告は、失踪から約3年後の平成15年12月21日にB社に復帰しているが、原告のB社復帰に伴い、同社内において、D社による香港でのベンチャーキャピタル業務の再開が検討された形跡もない。このような事実を総合すると、D社の存在意義はほとんど認められない。
原告の主張によっても、原告が失踪するまでの間にD社の取締役会議事録が全部でわずか4回分作成されただけであり、議事録をみても、D社の経営に関わる事項について、何らかの意思決定がなされたとの記載は全くなく、取締役会を開催した事実の存在自体が疑わしい。
さらに、本件滞在期間中、同社の株主総会も、平成12年5月15日に一度だけ開催されたことが書面上うかがわれるのみである。
そうすると、B社は、単に原告の香港における稼働事実を仮装するための受皿会社としてD社を存続させていたことは明らかである。
オ 原告の香港各会社からの報酬について
本件滞在期間中の香港子会社から原告に対する報酬は、平成11年3月期が108万1200香港ドル、12年3月期が116万5420香港ドル(各期間の最終日の邦貨換算レートで円換算した場合、それぞれ1635万8556円、1538万3544円)となる。
C社は平成10年12月期から平成12年12月期まで、D社は平成11年12月期から平成14年12月期までの各事業年度について累積欠損を計上しているにもかかわらず、原告は高額の役員報酬を受領していたばかりか、平成11年3月期から平成12年3月期にかけて、香港ドルベースの報酬額は上昇しており、しかも利便性の高い場所にある豪華な本件香港自宅を賃借し、その家賃も香港各会社に負担させていたのであって、香港各会社は経済的な合理性を全く無視して、原告に破格の処遇を行っていた。
本件滞在期間中、原告が香港各会社とB社から受領した役員報酬の各合計額は、同時期のB社の常務取締役4名ないし5名のうち最も報酬の高い者とほぼ同水準である。また、C社の報酬額の改定は、毎年4月ころに行うものと定められているところ、同社から原告に対する報酬に関して、現実には、この条項は無視されていた。
以上の事実からすると、原告とC社との間の委任契約はそもそも形式的なものである上、香港各会社とB社から原告に支払われる報酬額は、B社の役員に支給される報酬を基準に定められており、あくまでB社の業務遂行に対する報酬を補填する性格を持つものというべきである。
カ 原告失踪後の状況
原告の失踪後は、香港各会社はいずれも代表者が不在の状況となったにもかかわらず、B社は新たな代表者を選任することもなかった。香港各会社は、実質的に休業状態に陥っており、平成13年8月に両社の事務所は閉鎖された。
B社が、現実に、香港各会社によってベンチャー投資事業を行っていたとすれば、B社は、国内外でベンチャー投資事業を拡大するために、香港各会社の事業を拡大すれば足りるはずであるのに、平成12年以降もK社という名称の会社を設立して、国内外でベンチャー投資事業を拡大しようとしていた。
B社は、香港各会社の実質的な設立に際して約32億円もの巨費を投じておきながら、投資先候補企業の選定に当たっても、絶対に儲かるものだけを挙げてきてくださいなどという極めて大雑把な指示を行っていたにすぎないし、原告の失踪後、同社内の正規の手続を経ることなく、亡Bのいわば一存で、C社についてはその所有株式を売却し、D社については最終的に休眠会社化させた。かかる状況からして、香港各会社の設立は、贈与税回避スキームに基づく一連の外形作出行為の一環として、原告の香港での勤務という外形を作出するための受皿となる会社を創設することが本来の目的であり、香港各会社はほとんど業務を行っていなかったと認められる。
原告が失踪時に残した退職届には、B社の役職のみが記載され、香港各会社及びF社のいずれの役職についても触れられていない。このことは、原告の香港各会社及びF社における業務には、そもそも見るべきものがなく、各社に対する責任も極めて希薄なものであったことを裏付けている。
キ 原告が日本でのB社の重要な業務に従事していた事実
(ア) 日本国内業務
日本滞在中の原告は、亡Bの後継候補者で、B社の重要な役員として、同社の重要な行事や同社を代表するような対外的な業務に出席している上、同社のその他の多様な業務にも従事しており、専らB社の重役としての行動を取ってきた。
a 取締役会出席
原告は、本件滞在期間中に開催されたB社取締役会55回のうち、39回に出席し、自己の担当である海外業務等以外の事項について、同社の経営状況を把握した上で、同社の首脳としての立場から、他の役員に対して、場合によっては上司である社長に対してさえも、同社の経営全般に関わる事項について注意を促す趣旨の発言を繰り返していた。
b 営業幹部会出席
原告は、本件滞在期間中に開催されたB社の営業幹部会に少なくとも19回出席している。平成12年8月7日や同年12月12日の営業幹部会の場においても、B社の業務の運営について厳しい発言を行っている。
c 全国支店長会議出席
本件滞在期間中、B社の全国支店長会議は合計3回行われているが、原告はそのいずれにも出席して、それぞれ同社支店長らに対して講演を行っているほか、会議終了時にも総括的な発言の機会を与えられている。
d 新入社員研修会出席
本件滞在期間中、B社の新入社員研修は3回行われているが、原告はそのいずれにも出席し、平成11年4月9日から10日にかけて行われた研修においては「B社に対する世界の評価」と題するあいさつを行っている。
e その他
原告は、B社と格付会社L社(平成10年10月)、M社(平成11年6月)、N社(平成11年9月))などとの面談に出席しており、また、多数のアナリストやファンドマネージャーを相手に行うIR活動のキャピタルリサーチ説明会(平成10年10月)にも出席したほか、B社のアナリスト説明会では講演も行っている。
(イ) 海外業務
a IR業務
原告が担当者として行ったB社の香港及びアジア地区におけるIR活動は、その企画及びアレンジャーをE社、O証券及びP社が行っており、加えて相手方とのアポイント取りもB社の社員が直接行っていた。
また、欧州及び米国におけるIR活動等は、本件滞在期間中、8回実施されているが、その各実施内容や日程等の企画及び航空券や宿泊地の手配等をB社自体が行っており、原告は、短期間の出張であった2回を除いて、香港から日本を経由して当該目的地に行っており、その渡航費用及び滞在費用はB社が負担している。
各投資家説明会に係るB社の常務会議案書には、参加者である原告について、H取締役又はH常務と記載されていて香港各会社の代表者たる役職は付されていない上、諸経費はB社が負担することとなっている。また、原告は、平成10年6月からB社の海外事業管掌の常務取締役となり、翌平成11年7月からは同社の国際担当の常務取締役であったことからも、原告が、香港各会社の役員としてIR業務に従事したとみるよりも、むしろ、B社の役員として同業務に従事したものとみるのが自然である。
さらに、原告が香港滞在前も3回、米国及び欧州に出張し、B社の取締役として同社のIR業務等に従事していたことからすれば、本件滞在期間中に原告が従事していたIR業務も、専ら同社の取締役として、本件滞在期間前に行っていたこれらの業務を継続していたものである。
b IR業務以外の業務
原告は、B社のメセナ活動の一環としてのローマでのミサ(平成10年9月)、B社のロンドン株式市場への上場セレモニー(平成12年3月)、ロンドンでの協調融資の調印式(同年7月)にそれぞれ出席しており、原告が専ら同社の職責を果たす行動をとってきたことは明白である。
ク 結論
原告は、香港ではほとんど遂行すべき業務がなかったものの、外形的な滞在日数を積み上げるために、香港にとどまっていたというのが実情であり、他方で、原告の職務の中心的な従事場所は日本のB社にあるというべきであるから、このような職務面からみても、本件滞在期間中の原告の住所が日本国内にあったことは明らかである。
(5) 親族について
ア 本件杉並自宅に居住する原告と親族との結び付き
本件滞在期間中、B社会長であった亡Bとその子らである原告及びD(以下これら3名と、原告の母であるCを併せてHファミリー」という。)は、B社の主要なポストに就いており、Hファミリーは、同社内での絶対的な地位と権力を保持していた。本件滞在期間の前後を通じて、これらHファミリーの構成員はすべて本件杉並自宅に居住していたのであるから、本件滞在期間中の原告にとっても、これら公私の生活全般にわたり関係の深い家族が居住する本件杉並自宅こそ、生活の本拠であった。
イ 本件杉並自宅における原告の居住状況
親子関係がギクシャクしていたといわれる本件滞在期間中であっても、原告は、日本国内に自己の住居を構えることをしていない。原告は、昭和57年から現在に至るまで、失踪中と米国に留学していた期間を除いては、本件杉並自宅以外の住居に居住したことがなく、原告にとって本件杉並自宅は自己の住居として唯一無二の存在であった。
ウ 本件杉並自宅はHファミリーの中心的な家屋であること
本件杉並自宅においては、B社の社員に対する研修や、B社の取引先や会社関係者などを招待した各種パーティーなどB社の重要な行事も開催されていた。そうすると、本件杉並自宅は、亡Bを中心としたHファミリーにとって、単に物理的・機能的な面の住居であったというにとどまらず、B社結束の象徴として、精神的なよりどころの場所としての意味をも有していたというべきである。したがって、B社にその生活を大きく依存していた原告にとっても、本件杉並自宅は、物理的・機能的・精神的な意味での生活の本拠であったのであり、本件滞在期間もその状況に変わりはなかった。
(6) 資産の所在等
原告は、平成9年決算期に1001万2000株、平成10年決算期から平成14年決算期までは1301万5000株のB社の株式(平成10年12月31日当時のB社株式1株当たりの価格8250円で評価すると、その価額は約1073億7375円である。)を日本国内において保有していた。
また、原告は、本件滞在期間中である平成10年12月31日現在、国内において、預貯金(約23億6000万円)、借入金(約182億4000万円)を有していた(別表5(省略))。
これに対し、原告の香港における資産は、約5000万円の預金のみであり、原告の資産のほとんどが日本国内にあった。
しかも、原告が自らの生活上の各種支出に充てるために利用した銀行の口座は、本件杉並自宅近くにあった旧さくら銀行●●支店の原告名義の普通預金口座であり、同口座からは、原告が香港滞在中の各種支出に充てるために利用したクレジットカードの利用代金も引き落とされている。また、原告は、日本の金融機関からの借入金に係る元金及び利息も、国内において定期的に返済していた。
(7) 原告の居住意思
ア 金融機関への住所変更の届出状況
原告は借入金のあった銀行3行については、自己の住所が香港に異動した旨の届出を行っているが、残りの銀行7行及びノンバンク1社については、1社当たりの借入金額が2億円ないし30億円と相当高額であったにもかかわらず、自己の住所が香港に異動した旨の届出を行っていない。
原告が借入先の1つであるmとの間で平成10年3月31日付けで弁済期限を延長しているところ、本件滞在期間中であったにもかかわらず変更契約書に自己の住所地を本件杉並自宅と記載している。
原告口座の預金払戻金請求書を代筆した株式会社n取締役Tも、本件滞在期間中の原告の住所は本件杉並自宅であると認識していた。
イ B社の取締役就任承諾書等について
原告は、平成10年6月24日、B社の常務取締役に就任した際に署名した「取締役就任承諾書」及び「役員宣誓書」にさえも、本件杉並自宅を自らの住所として記載している。
ウ その他の書面について
原告は、香港で●●と呼ばれる医療保険に加入していたが、同時に、日本における健康保健組合にも本件滞在以前の時期から継続して加入して保険料を負担しており、日本における厚生年金の掛金についても本件滞在以前の時期から継続して負担していたのであるから、むしろ原告は香港滞在を一時的なものと認識していた。
(原告の主張)
(1) 最高裁判所大法廷昭和29年10月20日判決・民集8巻10号1907頁(以下「最高裁昭和29年10月20日判決」という。)は、公職選挙法上の「住所」が争われた事例において、「およそ法令において、人の住所につき、法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をなすべき特段の事由のない限り、その住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのを相当とする」と明言し、各人の生活に関する8つの客観的事実を認定した上で、各人の生活の本拠は、学生寮であったとし、同寮の所在地を各人の「住所」であると認定した。同判決により、以下が導かれる。
ア 相続税法1条の2第1項の住所は、民法21条の定める住所の意義と同様、各人の生活の本拠を指すと解される。
イ 納税者個人の「生活の本拠」とは、あくまで、納税者個人の「職業の」本拠ではなく、納税者個人の「生活の」本拠であり、個人が日々生きている生活圏内の中心を意味する。就業しているか否かを問わず、すべての納税者につき住所の認定のために一律に用いられる「生活の本拠」の意義は、納税者の仕事の内容、勤務の実態に関する諸要素により左右されるべきものではあり得ない。すなわち、納税者の生活の本拠とは、通常は、納税者が、人間として、毎日、生活を営んでいる中心たる場所(通常は自宅)である。民法起草者(梅謙次郎教授)も同旨の答弁をしている。
ウ 個人の生活の本拠は、主観的要素を排して、客観的事実によって認定される。最高裁判所第二小法廷昭和63年7月15日判決も、原審である大阪高等裁判所昭和61年9月25日判決が5つの客観的事実を挙示して生活の本拠を認定したことを、正当として是認することができると判示した。
(2) 基本通達1・1の2共-5は、「『住所』とは、各人の生活の本拠をいうのであるが、その生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判定するものとする。」と明定している。
さらに、基本通達1・1の2共-6は、国外において勤務その他の人的役務の提供をする者で国外における当該人的役務の提供が短期間(おおむね1年以内である場合をいうものとする。)であると見込まれる者の住所は、法施行地にあるものとして取り扱うと定めるのであるから、1年を超える期間、日本国外で、勤務その他の人的役務を提供した日本国籍を有する者の住所地は、日本にないものとして取り扱われると、合理的に解釈される。上記定めは、所得税法基本通達3-3と整合性を有する。
(3) 本件滞在期間中の原告の香港での生活ぶりを概述すると、次のとおりである。
ア 原告は、本件滞在期間中、本件香港自宅を自宅とし、同自宅で就寝、起床して朝食をとり、日中は、平日(通常午前9時から午後9時まで)及び土曜日(通常午前9時から午後6時まで)は、香港各会社のオフィス(ただし、平成11年1月以降。平成9年6月から平成10年12月までは、本件香港自宅の一部をオフィスとして使用していた。)に出社して、両社の代表取締役として執務し、日曜日は、自宅ですごしたり、レストラン、劇場等で友人・知人らと交際していた。
イ 原告は、現在まで独身である。原告は、例えば平成11年度には、D社から毎月8万1090~8万4600香港ドル(113万5260円ないし118万4400円相当)の給与、C社から毎月9010ないし9400香港ドル(12万6140円ないし13万1600円)の給与を受領しており、本件贈与時において、亡B及びCと生計を一にしているわけではない。
ウ 本件滞在期間中の原告の香港滞在日数は、被告の主張によれば、平成9年6月29日から同年末日まで133日(71.5パーセント)、平成10年中は209日(57.3パーセント)、平成11年中は256日(70.1パーセント)、平成12年1月1日から同年12月17日まで236日(67.0パーセント)であり、本件滞在期間1286日中では834日(65.8パーセント)である。
エ 原告は、本件贈与日を含む課税年度につき、本件香港自宅を自宅と考えて、香港政庁に所得税を納税し、日本で所得税、地方税等を納税していない。被告は、この事実について、何らとがめ立てしていない。
オ 香港各会社は、日常的に、秘書、社員(平成11年8月から平成12年5月までF、平成12年8月以降はG)を雇用していた。このほか、両社の決算報告書の数字は、香港各会社が休眠会社ではなく、その常勤の代表取締役である原告も、香港で活動していたことを証明する。
カ 原告は、本件贈与日に、香港に約5000万円の預金を有し、他方で、国内に約23億6000万円の預金と約182億4000万円の借入金を有していた。よって、原告は、日本に香港以上の大きな資産を有しているとはいい切れない。なお、駐在期間が1年以上であっても、海外に駐在する日本人社員は、いずれ日本に帰国する予定であれば、日本国内の金融機関に口座を維持して住宅ローンを継続し、かつ日本国内に持家を所有し続けることが少なくないから、資産の所在は生活の本拠の認定に当たって必ずしも重視されるべきでない。
キ 原告は、毎月、本件香港自宅の賃料に光熱費を含むサービス料を加えた金員を香港の銀行に設けた自己の銀行口座から振替送金の方法で家主に支払っていた。
(4) 被告の主張に対する反論
ア 原告が贈与税回避の目的で香港に渡航したとの主張について
住所、すなわち生活の本拠は、客観的事実により判定されるべきであって、原告が租税回避の目的を有していたか否かという主観的事実は、そもそも論点ですらない。仮に、原告に贈与税の課税負担を減少させたい意思があったとしても、本件贈与のスキームによる当該意思は、単に一般に紹介され多くの資産家によって利用されていた節税行為、すなわち適法行為の意思にすぎないのであるから、租税法上非難されるべきいわれは皆無であるし、当該動機は、本件贈与日当時、原告が本件香港自宅を生活の本拠たる住所にするという居住意思があったことを裏付けるにすぎない。
イ 入出国状況について
原告が欧米への渡航時にいったん東京に立ち寄っているのは、原告による欧米出張の大半が、C社ないしD社がB社から業務受託していた同社の海外IR活動に従事する目的の出張であったことから、事前に、同社の海外IR活動の準備手続等の実務を行っていた同社の部署と入念に打合せを行う必要があったからである。
ウ 住居について
原告は、本件香港自宅について、平成9年7月1日から平成11年6月30日までの24か月間の賃貸借契約を締結し、かつ同契約を更新していたことからすれば、平成11年において原告が本件香港自宅を生活の本拠と考えていたことは客観的にも明らかである。
1年以上の期間滞在するのであれば、サービスアパートメントに居住する者の生活の本拠ないし住所が、当該サービスアパートメントに所在すると解することに何らの障害にもならない。
原告の香港での滞在費が多額になることは、B社のトップクラスの役員の海外での滞在という面からすると何ら奇異ではない。
C社は、E社と共同業務執行組合員となり、A投資事業組合の管理報酬年間1200万円、B社からの業務委託料収入(平成10年12月期で約2350万円)、余剰資金2億円の預金利息(同期で約430万円)が収入として見込まれたこと、B社としても長期投資を前提とするベンチャー投資事業を行う香港各会社に対して初年度からの黒字決算を要求していなかったこと、長期的視野でみれば、A投資事業組合の投資収益のうち10パーセントを成功報酬として取得でき、またD社は投資収益のすべてを自社の収益とすることができたことから、月額113万円、年間約1356万円の家賃負担は十分に賄いうる範囲の支出であった。
エ 生活諸道具の運搬や資産の整理をしていないことについて
そもそも、独身男性が単身で引っ越しをする際には、引っ越し費用等も考慮して生活諸道具の運送をわざわざ行わない場合が多々あり、本件ではとりわけ引っ越し先が海外であるから、ますます生活諸道具の運送を通常行うとはいえない。また、数年間以上、海外駐在予定で出国する商社等の日本人社員は、日本国内に所有する持家等の資産をいちいち整理して出国するわけではない。
原告が香港滞在を「一時的なもの」と考えていたと仮定しても、当該「一時的」の期間が1年を超えるのであれば、基本通達1-1の2共-6、所得税基本通達3-3に照らして、本件贈与日の原告の生活の本拠が本件香港自宅であったことを認定する上で何らの障害にもならないところ、本件香港自宅の賃貸借契約の期間は各2年間であったというのであり、当該「一時的」の期間が少なくとも1年を超えることは明白である。
生活の本拠たる住所を認定する上で、資産の所在を考慮する際には、日本国内に資産があるか否かを問題とするのではなく、納税者が「生活の本拠」として主張する場所に、通常の生活を送ることが可能な程度の資産を有しているか否かを問題とすべきである。
オ 親族の状況について
原告はH家の外の家族構成員と生計を一にしていないから、家族構成員とB社との関係は、原告の生活の本拠が日本国内にあることを基礎付ける事実とはなりえない。原告の失踪の原因は、亡Bと原告との関係がギクシャクしたことにあるから、本件杉並自宅が精神的にも唯一安定した住居であったとは到底いえない。
カ 原告の職業等について
香港各会社がほとんど事業を営んでおらず、原告が香港各会社の業務をほとんど行っていなかったとの主張は、全く根拠のない空論ないし強弁にすぎない。原告は、香港各会社の役員として、ベンチャーキャピタル事業等に従事し、実際に投資も行っているのである。
原告がJ社を訪問していたことについて、原告はJ社から仲間として加わっていただきたい、役員として入っていただいてもかまわない、等の誘いを受けていたのであるから、研修生としてJ社の業務に参加していたわけではない。
原告は、本件滞在期間中も、B社から非常勤常務取締役として月額10万円ないし非常勤専務取締役として月額15万円の役員報酬を受領していたから、同報酬額に見合う範囲で、B社の役員としての職責を果たしていたのは当然である。他方で、原告は、香港各会社の代表取締役として月額約130万円ないし200万円の役員報酬等を得ていたのであるから、香港における業務の比重がはるかに高いことは明白である。
キ 原告の失踪後について
平成12年9月8日時点に至っても、B社は、国内外でベンチャー投資事業を拡大展開していく強い意思を有し、原告の担当職務が引き続き海外におけるベンチャー投資事業であることが予定されていた。原告は、B社のベンチャー投資事業の中核的存在であり、かつ原告が創業者の長男であるということから、世界的に著名な金融機関や投資家等と面談するのが容易となり、投資案件の発掘等に大いに役立っていた。よって、原告に代わり得るような人材は容易に見いだし難いのであるから、原告の失踪後、B社の香港における投資事業が事実上停止状態に陥ってしまい、その後代替要員が派遣されなかったとしても、何ら不自然不合理ではない。
K社を設立した点については、①C社は、そもそもQ社」という。)との合弁会社であって、A投資事業組合の運営のために設立された会社なのであるから、同社をK社構想に組み入れることは不自然不合理であり、②K社のアジア地域における投資事業会社はD社とされていることから、被告の主張は前提において失当である。
ク 原告の意思について
本件滞在期間中に、原告が住所を本件香港自宅として記載した例は極めて多数にのぼる。すなわち、B社の有価証券報告書における大株主欄、貸金業規制法に基づく登録更新手続の際の登録申請等の履歴書、八千代銀行あて届出事項変更届、同行あて海外勤務先住所連絡届、在香港日本総領事あて在留証明願、香港移民局申請書類一式、香港の医療保険会社である●●の加入手続書、F社の取締役に就任した際の宣誓書及び同社登記簿等が挙げられる。したがって、被告の挙げる僅かな例を根拠として、原告は本件杉並自宅が住居であると認識していたと認定するのは無理である。
第3  争点に対する判断
1  認定事実
前記第2の1の事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1)  ベンチャーキャピタルについて
ベンチャーキャピタルとは、一般的には、株式を公開していない段階にある有望なベンチャー・ビジネス(VB)、又は起業家を発掘し、事業成長のため資金を供給し、投資先VBの経営支援を行って株式公開を促進し、公開後に市場で株式を売却して資金回収を図る投資会社をいい、ベンチャーキャピタル業務を遂行する専門家がベンチャーキャピタリストと呼ばれている(乙182)。
ベンチャーキャピタルを業とする企業の投資のプロセスは、おおむね、①投資案件発掘・スクリーニング、②デューディリジェンス(投資先候補企業の調査・分析・審査)、③条件交渉、④投資決定・資金投入、⑤モニタリング・経営支援、⑥資金回収、の6段階に分かれている(乙182)。
ベンチャーキャピタル事業を行う会社においては、投資決定に先立ち、社内に投資委員会を設けて最終的な意思決定をすることとしている例が多い(乙184~186)。
ベンチャーキャピタリストとしてのキャリアの基礎を築くためには、法務・税務(投資契約書の作成・締結、取締役・監査役の権限・責任、IPOに係る法務・税務)や、ベンチャーファイナンス(企業価値評価、キャピタルゲインの予測、資本政策の策定、第三者割当増資、バイアウト投資等の選択・実行、収益計画・増資計画等の立案、株主構成の調整など)などの能力が要求されるといわれている(乙183)。
(2)  B社のベンチャーキャピタル投資について
B社は、平成8年5月、Q社と共同でA投資事業組合を結成し、B社が10億円、Q社が1億円をそれぞれ出資し、Q社が業務執行組合員となり、国内でのベンチャー投資を始めた。同事業組合は、平成8年12月末時点で、25社に対し、4億5900万円の投資をした(甲18、弁論の全趣旨)。
B社は平成8年12月、Q社と共同で投資事業組合を結成し、B社が28億円、Q社が12億円をそれぞれ出資した(甲19、20)。
(3)  原告の経歴等
原告は、昭和40年7月9日に出生し、昭和57年12月、亡B、C、実弟Dとともに、本件杉並自宅に転居した(甲1、乙67、68)。
本件杉並自宅は、株式会社nが所有し亡Bが賃借していた、鉄筋コンクリート地下1階付2階建ての延べ床面積1999.37平方メートルの建物で、そのうち約42平方メートルが原告個人の専用居室となっている。本件杉並自宅には、昭和57年12月以降、亡B(死亡時まで)、C及びD(現在まで)が引き続き居住している(乙39、弁論の全趣旨)。
原告は、昭和59年3月に都内の高校を卒業後、平成元年2月、留学のため渡米し、複数の大学で学んだ後平成6年12月に帰国した(乙12、弁論の全趣旨)。
原告は、平成5年11月30日、亡BからB社の株式1001万200株の贈与を受けているところ、この贈与に係る原告の贈与税の課税価格は209億6512万8000円、贈与税額は146億6426万9600円であった(乙6)。
原告は、平成7年1月にB社に入社し、同社の都内支店の勤務を経た後、同年5月に●●支店長を経て、平成8年6月にはB社の取締役営業統轄本部長に就任し、各営業店の巡回指導やIR活動を担当した(乙12、弁論の全趣旨)。
原告は、平成9年3、4月ころ、亡Bが、Q社のU」という。)会長とともに、投資の受入れを希望しているベンチャー起業家と面談する会議に立ち会ったことがあった(甲821、原告本人)。
(4)  原告の出国に至る経緯
平成11年当時の相続税法のもとにおいては、贈与者が所有する財産を国外へ移転し、さらに受贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することによって、我が国の贈与税の負担を回避し、又は、いずれの国の贈与税の負担も免れるという方法が、節税方法として一般に紹介されていた(乙9、弁論の全趣旨)。
香港では、贈与税は課されていない(乙70)。
亡Bは、平成9年2月ころ、亡Bと親密な関係にあったIの紹介で、J弁護士から、上記の贈与税回避手法の一般的な説明を受けた(乙10、124、126、128)。
原告は、平成9年5月8日、亡B、J弁護士、I、K(B社常務取締役、当時)を交えた会合に出席した(乙180、181、弁論の全趣旨)。
R株式会社は、平成4年2月に香港に進出し、平成9年当時には貸付残高が50億円程度に達していた(甲16、17)。
B社は、平成9年5月20日に開催された取締役会において、海外での事業展開を図るため、香港に海外事業統括子会社を設立することなどを決議した。その後、B社は、同年7月8日に開催された取締役会において、アジアを中心とした海外でのファイナンス業務及びベンチャーキャピタル業務の展開のための情報収集、調査、提携案件の検討並びに現地法人設立に向けた具体的な検討及び準備のため、香港駐在役員として原告を選任し、6月29日付けで原告が香港に着任したことを承認した(乙14、15、弁論の全趣旨)。
香港子会社の設立及び原告の代表者就任は、亡Bの提案によるものであった(乙16)。
原告は、S法律事務所東京支店の弁護士や、B社海外事業部のLに、香港での会社設立について相談したことがあった(甲53、原告本人)。
(5)  入出国の状況について
平成9年6月27日から平成12年12月17日までの本件滞在期間中の滞在国等の明細は、別表3-1~4(省略)のとおりであり、同期間中に占める香港滞在日数の割合は65.8パーセント、日本滞在日数の割合は26.2パーセントである(乙41、弁論の全趣旨)。
本件滞在期間中、原告は、欧州又は北米に9回渡航しているが、このうち7回はいったん東京(成田)を経由してから、欧州又は北米に渡航している(弁論の全趣旨)。
(6)  原告の住居について
原告は、香港において、テレビ、冷蔵庫、洗濯機、食器などの家財が備え付けられ、部屋の清掃やタオル、シーツの交換などホテルと同様のサービスが受けられるサービスアパートメント(本件香港居宅)に滞在することになっていたため、原告が日本出国日に香港へ携帯したのは衣類程度であった(乙12、弁論の全趣旨)。
本件香港居宅の賃貸借契約の内容は、当初、賃貸期間が平成9年7月1日から平成11年6月30日までの24か月間、賃貸料が月額7万6000香港ドル(平成9年7月末のTTBレートの終値1香港ドル当たり14.87円で換算すると113万0120円)、保証金が22万8000香港ドルであった。平成11年7月29日に更改された契約では、賃貸期間が平成11年7月1日から平成13年6月30日までの24か月間、賃借料が月額5万3500香港ドル(平成11年7月末のTTBレートの終値1香港ドル当たり14.5円で換算すると77万5750円)、保証金が16万0500香港ドルとされた。同契約は平成11年11月30日に、借主が原告からC社に変更された(乙43~46)。
原告は、本件滞在期間中、月に一度は日本に帰国していたが、その際は、家族とともに、本件杉並自宅で起居していた。原告は、本件滞在期間前には、1か月に5万円ないし10万円をCに生活費として渡していたが、本件滞在期間中は、5万円ないし10万円程度の土産や現金を渡していた(乙12、弁論の全趣旨)。
(7)  原告の職業について
ア C社の設立等について
B社は、平成9年8月5日、消費者金融業及びベンチャーキャピタル業を営むことを目的として香港でC社を設立することを決議し、同年9月、C社の株式を買い取り、原告、M・Q社会長、L・B社海外事業部長がその取締役に就任した。C社は、3億円の増資を行い、うち2億円をB社が引き受け、1億円はE社が引き受けた(甲37、乙18、19、弁論の全趣旨)。
平成9年11月1日、Cは、B社、E社とともに、A投資事業組合を結成した。同ファンドは、B社が10億円、C社が1億円、E社が1億円をそれぞれ出資し、主として香港、台湾その他アジア地域へのベンチャー投資を行うことを目的としていた。同ファンドは、C社及びE社が共同業務執行組合員となり、管理報酬として、出資金総額に対してE社が年率2パーセント、C社が同1パーセントを、成功報酬として、投資純益のそれぞれ10パーセントを取得できることとされていた(甲60、61)。
平成9年9月から平成10年12月までのC社の事業は、①消費者金融を含む金融業、②ベンチャーキャピタル、③上記に係る情報収集、調査、検討及び交渉、④B社の将来の海外でのファイナンス事業に係る情報収集、調査、評価並びに進出形態、進出に係る契約等の助言、⑤海外金融機関に対するB社の会社説明の代行、とされていた(乙18、71、弁論の全趣旨)。
平成11年1月以降、C社は、A投資事業組合の運営を含めたQ社グループとの共同投資案件に特化するものとされた(乙20)。
イ 平成10年12月までのC社の状況等について
原告は、平成9年7月から平成10年2月までの間、T社のN社長と5回にわたり面談するなどして、平成10年10月12日に開催されたB社の取締役会で、調査結果を報告し、同取締役会において、B社の消費者金融ビジネスをアジア地域に進出させるのは時期尚早であるとの一応の結論が出た(甲207、208、821)。
C社は、海外金融機関に対するB社の会社説明の代行業務を、平成9年9月から10月までの間に、香港で9社、シンガポールで6社に対し行い、平成10年6月に台湾で1社に対し行った。面談の大部分は、B社本社の従業員が相手方とのアポイントメントをとり、Q社関係者等がアレンジャーを務めている(乙51~53)。
C社が海外金融機関に対しB社の会社説明を代行する際の航空券その他の費用は、B社が負担していた(乙56~59)。
平成10年10月当時、C社の事務所は、E社の事務所の一部を借りており、電話は設置されたものの、電話番号簿への登録はなく、ファクシミリはE社のものを使用していた。C社は、現地の商工会議所には加盟しておらず、常勤の役員は原告1名であり、原告が現地での業務を執行しているほか従業員はおらず、会計帳簿・稟議書等はB社本社において作成されており、株主総会、取締役会は決議書を役員間で回付する方法により実施されている状況であった(乙132)。
他方、原告は、C社の費用で、本件香港自宅にコピー機及びファックスを設置した(甲30、31、804)。
原告が、C社の事務所が置かれたE社の事務所を訪れたのは、月2、3回程度であった(乙48、弁論の全趣旨)。
原告は、パソコンの操作方法を習熟しておらず、手書きの書面をB社本社海外事業部にファックスして従業員のOに書面化してもらっていた(乙12)。
C社の収益は、A投資組合管理報酬・成功報酬・分配金、B社からの業務受託報酬、預金利息からなっていた(乙129、134、135)。
ウ D社について
B社は、平成10年12月8日、CをQ社との共同事業の運営拠点として存続させつつ、新たに全額出資子会社を設立し、ベンチャービジネスへの投資、M&A等今後の投資は新会社を中心に行っていく旨の取締役会決議をした上、香港に本店を置く休眠会社を1000香港ドルで買い取り、社名をDインベストメント(D社)に変更した上、30億円の増資を行い、B社が30億円と999香港ドル、原告が1香港ドル相当の株式を所有することとした。原告は、平成11年1月5日、同社の取締役に就任した(甲229、乙20~22)。
これに伴い、香港各会社は、新たに借りた事務所と現地採用秘書を共同使用するとともに、個別に電話回線を設置することになった(甲247、249)。
現地採用秘書は、香港各会社の経費支出を逐一B社本社に報告しており、香港各会社の帳簿類は、B社で作成していた(甲271、乙157、弁論の全趣旨)。
B社とD社は、平成11年6月30日、B社の要請に基づく業務の代行、及び海外金融機関に対するB社に関する会社説明の代行につき、業務委託契約を締結した(乙72)。
D社は、平成11年8月から平成12年5月まで、従業員として、証券会社でベンチャーキャピタル業務に従事した経験のあるFを雇用した(乙50)。
原告は、平成11年9月以降、頻繁にJ社を訪問している(弁論の全趣旨)。
エ 香港各会社の経営状況について
香港各会社の経営状況は以下のとおりである(乙140~146の各1、2)。
C社
設立日から平成10年12月末まで
当期純損失 286万5850香港ドル
平成11年12月期
税引後純利益 110万6992香港ドル
次期繰越累積欠損金 175万8858香港ドル
平成12年12月期
税引後純利益 54万0075香港ドル
次期繰越累積欠損金 121万8783香港ドル
D社
設立日から平成11年12月末まで
当期純損失 845万2090香港ドル
平成12年12月期
当期純損失 5094万6121香港ドル
次期繰越累積欠損金 5939万8221香港ドル
なお、D社は、平成12年中、韓国の上場企業の株式に直接及び間接に投資したが、投資運用部の変更により、年度末までに上場企業の株式保有のすべてを処分し、それぞれ約4400万香港ドル及び1000万香港ドルの損失を被ったとされている。
オ 香港各会社の投資案件について
(ア) Uホテル
原告は、V証券香港駐在員事務所所長であり、D社顧問でもあったP」という。)から紹介され、D社の投資案件として、平成11年3月22日、Uホテルを訪問し、同ホテルの経営者と面談したが、同ホテルへの投資は実現しなかった(甲38、778、821)。
(イ) l社
原告は、o銀行のVから紹介され、D社の投資案件として、香港の財閥pグループの携帯電話会社l社を検討し、平成11年5月28日にo銀行のwと面談したが、l社への投資は実現しなかった(甲10、38、260、320、321、322、乙12、弁論の全趣旨)。
(ウ) F社
原告は、平成11年4月ころ、Pから紹介され、D社の投資案件として、香港の上場企業である玩具メーカー、F社を検討し、同社のX社長と面談した。亡Bの同意のもと、D社は、同年6月、F社の株式を、1年後に株価が購入時より下落していた場合にはX社長が買い戻す等の条件で、2356万8625.58香港ドル(手数料含む)で購入し、原告がF社の取締役に就任した(甲308、325、345、352、779、821、弁論の全趣旨)。
(エ) W社
原告は、平成11年12月17日、香港において、E社のEから、ケーブルテレビ会社であるW社への投資に係る検討資料の送付を受けたが、C社が同社への投資をすることはなかった(甲528、821)。
(オ) X社
原告は、J社のQから紹介を受け、平成12年4月25日、同月27日、同年8月17日、同月18日及び同月28日に、香港において、インターネット関連企業であるX社関係者と面談し、同社への投資を検討したが、D社が同社への投資をすることはなかった(甲643、656、780の1、821、乙12、原告本人)。
(カ) 台湾視察出張
原告は、平成12年7月7日、D社の社長として、J社関係者とともに台湾に出張し、台湾のIT系企業の経営者やIT系のファンド運営者らと面談した(甲631の1・2、821)。
(キ) Y社
原告は、平成12年7月13日、香港において、D社の社長として、日本アジア証券株式会社の城野太郎から、台湾のコンビニエンスストア・チェーンを展開しているY社に関する資料の送付を受けたが、D社が同社への投資をすることはなかった(甲635、821)。
(ク) Z社
平成12年7月6日のD社の取締役会では、今後、メディアや情報技術産業分野のベンチャー・キャピタルに投資していくことが協議検討された(甲630)。
原告は、J社から、B社がZ社に1億ドルを出資することを提案されたが、その時点では他の出資予定者の出資額が未定であったことなどから、B社がこれに応じることはなかった(甲677、原告本人、弁論の全趣旨)。
(ケ) a社
Fは、平成11年11月ころ、D社の案件として、q証券から紹介された、香港の金融業界専門のサービス会社であるa社について、オフィスの立地、従業員1人当たりのオフィス坪数などを調査した上、同社への投資を検討し、香港の多数の金融機関等からの受注が見込め、国際的な外資系企業と比較して地元密着、現地対応型として強みを発揮しているなど、投資を勧める内容の同月16日付けの報告書を作成した。原告は上記案件を亡Bに報告したが、亡Bの同意を得られず、投資を実行しなかった(甲508、510、511、821、原告本人)。
(コ) b社
Fは、平成11年11月ころ、D社の案件として、中国の医療検査機器会社で、新しい胃潰瘍の検査方法(特許取得済み)を開発したb社への出資を検討した上、中国の近代化と高度成長によりストレスから胃潰瘍が激増しており、売上げが急増する見込みであるなどと投資を勧める内容の、B社本社への同月16日付け報告書を作成した。原告もこれを了承し、さらにB社本社海外事業部のOがこれを要約した報告書を作成したが、実際に投資が実行されるには至らなかった(甲508、509、821、原告本人)。
(サ) c食品
原告は、平成11年8月、EのEから紹介され、A投資事業組合出資案件として、台湾の高級菓子メーカーであるc食品への出資を検討し、Eに対し、広告費、正社員・パートの比率等の調査を依頼した。原告は、同月9日、東京でその回答を受け、台湾国内では既に成熟しているマーケットであるが、Q社では海外市場において華僑を中心に発展性を見込めるものとしている旨の意見等を付した亡Bへの報告をまとめたが、実際に投資を実行することはなかった(甲410、418、421、423、821、原告本人)。
(シ) Hファイナンス社
原告は、平成11年1月ころ、香港の消費者金融会社であるHファイナンス社について、事務所の面積、賃料等を調査した上、Oに結果をまとめた文書を作成させたが、平成10年の同社の当期利益が1億0300万円の赤字であったことから、同社への投資をしなかった(甲252、821、原告本人、弁論の全趣旨)。
(ス) d社
原告は、平成11年8月9日、東京から、EのEに対し、医療機器設計・販売会社であるd社の特徴、魅力について問い合わせ、EがOあてにその回答をファックスした。C社は、亡Bの同意のもと、同社への投資を実行した(甲422、784、821、原告本人)。
(セ) I社
原告は、平成11年5月ころ、台湾の携帯電話会社であるI社を紹介された。同月31日、B社本社において、台湾の携帯電話市場は人口普及率19パーセントと低く、今後高成長が続く可能性が高いなどの報告書が作成され、亡Bの同意のもと、C社及びD社それぞれについて投資が実行された(甲326、333、448、821)。
原告は、平成12年9月4日、香港で、E社のEからI社のIPO(株式公開)に際しての株式売却方法に問い合わせを受け、Eと協議した上、売却方法を決定し、同月14日、香港から、Oにその旨の指示をした(甲663、679、821)。
(ソ) e社
同社は、平成9年11月ころ、E社から紹介を受けた、台湾の環境関連エンジニアリング等を行っている会社である。亡Bの同意のもと、A投資事業組合は、平成10年1月27日に同社の株式24万株を1株22台湾ドル、総額528万台湾ドル(約1994万円)で購入した。原告は、同年7月24日ころ、香港で、E社のRから、株主割当有償増資の見送りに関する資料の送付を受けた。A投資事業組合は、同年9月にe社の株式合計5万株を、1株36ないし37台湾ドルで売却した(甲82の1・2、151、152、174、179、180、821)。
(タ) f社
同社は、E社から紹介された、台湾の合成皮革メーカーである。亡Bの同意のもと、平成10年9月24日、同社への投資が実行された。E社は、平成10年11月13日、B社財務部あてに、f社の株価状況等を報告し、原告にもこれを同報した。C社ないしA投資事業組合は、投資損を受けた(甲88、148、149、223、821)。
(チ) g社
同社は、平成9年9、10月ころ、E社から紹介を受けた、台湾の福祉向け電動スクーターの製造販売等を行っている会社である。亡B同意のもと、平成10年2月24日、A投資事業組合は投資を実行したが、投資損が発生した(甲64、65、88、821)。
(ツ) hホールディング
同社は、Q社相談役Uから紹介された電気部品メーカーである。平成10年10月26日付けの報告書には、本社事務所の1人当たり坪数及び賃料について、身分不相応ではないか、との指摘が記載されている。原告は、平成10年10月30日、同社の経営者らと面談した(甲196、197、200、201、821)。
(テ) iコンピューター社
同社はEから紹介を受けたパソコン周辺機器メーカーであり、原告の東京滞在期間中に、原告の指示によりOが平成10年10月20日付けの報告書を作成したが、実際の投資は行われていない(甲196、198、199、821、原告本人)。
(ト) jフィナンシャル・サービス社
同社は、Eから紹介されたフィリピンの消費者金融会社であり、原告は、平成9年11月13日にフィリピンに出張し、同社関係者と面談したが、同社に対する投資はなされなかった(甲62、63、73、74、821、乙12)。
カ 原告の香港での執務状況について
Oが原告から送られたファックスや電話での聴取内容に基づき作成した「Cファイナンス月次業務実績表」及び現地秘書が作成した「Cファイナンス及びDインベストメント月次業務実績表」によれば、原告が香港において、香港各会社ないしB社の業務もしくは原告の香港における滞在に関連して、面談、接待、契約ないしIR活動を行った日は、次のとおりである(乙12、53)。

平成9年10月 9、13、14、16、29、30、31日(7日)
同年11月 12、14、18、19日(4日)
同年12月 12、16、19、29日(4日)
平成10年1月 16、19、20、23、25、27、29日(7日)
同年2月 18、20、26、27日(4日)
同年3月 2、20、23、25日(4日)
同年4月 17、20、21、28日(4日)
同年5月 6、7、14、15、26、27、29日(7日)
同年6月 3、10、16、17、18日(5日)
同年7月 2、12、20、30日(4日)
同年8月 4日(1日)
同年9月 (0日)
同年10月 30日(1日)
同年11月 12、16日(2日)
同年12月 14、15、24日(3日)
平成11年5月 26、27、28日(3日)
同年6月 1、7、8、9、10、11、15、16、17、21、22、24日(12日)
同年7月 2、12、13、14、15、16、19、20、22、29日(10日)
同年9月 10、13、15、20、21、22、24、27、28、29、30日(11日)
同年10月 5、6、8、19、20、21、22、25、27、28、29日(11日)
同年11月 1、2、3、4、5、11、12、15、16、17、24、25、26、29、30日(15日)
平成12年1月 5、6、7、17、19、20、25、28、31日(9日)
同年2月 22、23、25、28日(4日)
同年3月 1、2、3、9、10、15、16、28、29、30、31日(11日)
同年4月 5、12、17、18、19、20、21、25、26、27、28日(11日)
同年5月 2、3、4、5、15、16、22、23、24、25、26、29、30、31日(14日)
(以上合計168日)

キ 日本国内での業務について
平成10年2月10日、B社取締役会が開催され、原告が平成9年9月17日付けで営業統轄本部担当(営業本部部長)の職務を解かれたことが了承された(甲96)。
原告は、本件滞在期間中も、月1回の割合で開催されるB社の取締役会の多くに出席しているが、報告内容の多くは、海外投資活動やB社の海外IR等の海外事業についてのものであり、それ以外の事項については、抽象的、精神論的な意見の表明がほとんどであった(乙190~197)。
原告は、本件滞在期間中に開催されたB社の営業幹部会に少なくとも19回出席し、海外でのIR活動を通じて知った海外でのB社に対する評価などについて発言したほか、B社の業務の運営について訓示的な発言をしている(甲821、乙198、弁論の全趣旨)。
原告は、本件滞在期間中に開催されたB社の全国支店長会議に3回出席し、それぞれ「海外におけるB社の評価」「海外でのアナリストからの評価」及び「世界から見たB社の評価」と題して講演をしている(甲129、335、599)。
原告は、本件滞在期間中開催されたB社の新入社員研修会にも出席し、平成11年4月に行われた研修においては「B社に対する世界の評価」と題するあいさつをしている(甲301)。
原告は、このほか、格付会社との面談、アナリストやファンドマネージャー向けの説明会等に出席している(甲205、334、456、457、弁論の全趣旨)。
ク 原告の香港各会社及びB社からの報酬について
原告は、香港各会社から役員報酬として、平成10年には108万0042香港ドル、平成11年には110万4600香港ドルを受け取った。他方、原告は、本件滞在期間中、B社から、149万0476円(平成11年3月期)、180万円(平成12年3月期)の役員報酬を受け取った。原告が香港各会社及びB社から受領した役員報酬の合計額は、同時期のB社の常務取締役のうち最も報酬の高い者と近い額となっている(乙139、147、148)。
(8)  資産の所在等
原告は、国内においては、B社の株式1001万2000株(平成9年決算期)、1301万5600株(平成9年5月20日の無償増資後、平成10年決算期から平成14年決算期まで。平成10年12月31日当時の価格8250円を基準とすると総額1073億7370万円相当。)を、株式会社kリースを常任代理人として、所有していた(ただし、その多くは銀行借入金の担保に差し入れられていた。)(乙77、78)。
原告の国内における平成10年12月31日現在の預金残高は合計約23億6000万円であり、借入金残高は約182億4000万円であった。これらは、いずれも日本出国日当時から取引のあった金融機関等にかかるものである(乙79~115、118、119、弁論の全趣旨)。
原告の香港における資産として、約5000万円の預金があった(乙12)。
原告が香港滞在中に利用したクレジットカードの利用代金は、旧さくら銀行●●支店の原告名義の普通預金口座から引き落とされていた(乙149)。
(9)  原告の作成した書面等
原告は、香港出国日に借入のあった銀行10行、いわゆるノンバンク3社のうち、銀行3行については、住所が香港に異動した旨の届出を行っているが、銀行7行、ノンバンク1社については届出を行っていない(乙60~62、117、150~157)。
原告は、平成10年6月24日にB社の常務取締役に就任した際に署名した取締役就任承諾書及び役員宣誓書に、本件杉並自宅所在地を住所として記載している(乙12資料5)。
他方、B社の有価証券報告書の大株主欄には、原告の住所として本件香港自宅所在地が記載されている(甲785の1~3)。
原告は、貸金業の規制等に関する法律に基づくB社の登録更新手続の際の登録申請者等の履歴書(甲156)にも、原告の住所として本件香港自宅所在地を記載したほか、在香港日本総領事あて在留証明願(甲158)、香港移民局あて申請書類一式(甲53)、香港での納税申告書(甲241、529、772)、香港の医療保険会社の加入手続書(甲117)、F社取締役就任時の宣誓書及び登記所備付変更通知書(甲372、373)においても、本件香港自宅所在地を住所としている。
(10)  本件贈与に至る経緯
原告出国後の平成9年11月20日、亡B及びCは、他の共同出資者とともに合計25万フランスフランを出資し、フランスにフランスA社を設立し、発行株式数25万株中、合計24万9994株を取得した(乙23、69、弁論の全趣旨)。
亡B及びCは、平成9年12月8日、オランダの非公開有限責任会社(平成10年3月18日にA社に社名変更)の出資持分400口全部を合計5万オランダギルダーで買い取った(乙27、28、弁論の全趣旨)。
亡B及びCは、平成10年3月25日、●●銀行東京支店より共同で1000億円を借り入れ、翌26日、フランスA社へ総額約1000億3700万円の増資の払込みを行い、同社の株式を合計175万株取得し、同社の発行済株式総数200万株中、合計199万9994株を所有するに至った。フランスA社は、上記増資のうち約14億ドイツマルク(約1000億円)については資本剰余金とした(甲5、乙23~26(枝番号含む)、弁論の全趣旨)。
同日、亡B及びCは、保有するフランスA社株式全部をA社に現物出資して、A社から新たに400口の出資持分を取得し、同社出資持分合計800口を所有するに至った。同日、フランスA社は、株主となったA社に対して、14億0645万5492ドイツマルク(約1000億円)の資本剰余金の払戻しを行った(乙29~31、弁論の全趣旨)。
亡B及びCは、平成10年3月23日付けで、B社株式合計1569万8800株を14億0645万5492マルクでA社に譲渡する契約を締結していたところ、A社は、フランスA社から払戻しを受けた資本剰余金を原資として、日本円で999億9898万5480円を送金した。亡B及びCは、同月27日、上記譲渡代金から、スイス銀行東京支店からの借入金1000億円を返済した(乙31~33、弁論の全趣旨)。
平成10年の後半又は平成11年の年頭のころ、S公認会計士は、亡Bに面会し、以後数回にわたり、相続税・贈与税、事業承継等をテーマに税務に関するレクチャーをし、平成11年10月ころには、本件贈与の実行に関する具体的な提案をし、そのころ、原告に対しても同様の説明をした。同年12月、S公認会計士は、政府税制調査会が相続税法の納税義務者に関する規定について改正を検討しているとの情報を得て、亡Bに対して、同年内の本件贈与の実行を進言し、贈与を実行した場合には、原告が1年以上海外にいるようにすることなどを説明し、原告に対しても、同年内に贈与を実行する必要があることを説明した(乙38、原告本人)。
亡Bは、本件贈与に当たり、原告に対し、B社を継ぐ者としてB社で頑張るよう激励した(乙12)。
(11)  平成12年当時のB社の海外戦略
B社は、平成12年2月の米国及びカナダでのIRにおいて、以前の業績として、香港各会社の投資活動を紹介するとともに、将来の計画として、K社を設立して700億円を投資する予定であることを明らかにし、同年3月7日の取締役会において、K社を資本金30億円で設立することを決議した(甲539~544、549)。
平成12年9月8日のB社の取締役会において、K社の資本金を90億円に増額することが承認されるとともに、欧州におけるベンチャー企業に対する投資を主たる目的とする子会社K社ユーロの設立につき詳細説明がなされた。B社は、同月28日、K社ユーロをロンドンに設立し、原告が代表取締役社長に就任することを公表した。B社は、平成12年9月期中間決算会社説明資料においても、ベンチャーキャピタル戦略として、「日米欧亜の世界四極体制」と称して、K社(日本)、D社(アジア)、K社ユーロ(欧州)及びK社VC(米国)を挙げ、投資額1000億円程度を予定していると記載している(甲674~676)。
(12)  原告の香港出国と日本への帰国
原告は、本件贈与後、3か月に1回程度、国別滞在日数を集計した一覧表をOに作ってもらっていた。原告は、平成12年11月ころ日本に長く滞在していたところ、S公認会計士から、早く香港に帰るよう注意を受け、同年12月には、上記一覧表をS公認会計士に渡している(乙12、乙34)。
原告は、平成12年12月17日、「代表取締役会長HB」あてに、「専務取締役」の肩書で、一身上の都合により退職する旨の退職届と、B社と亡Bが大きすぎ、亡Bの期待に応えられないことを謝罪する内容の手紙を残して香港を出国した(乙12、189)。
原告の出国後、B社は、香港各会社の新たな代表者を選任しなかった。香港各会社は、事務所の維持管理のほか実質的な業務を行っておらず、事実上の休業状態となり、平成13年8月には事務所も閉鎖した。B社は、同年12月に保有するC社の株式全部をQ社に2億2500万円で譲渡した(乙35~37、弁論の全趣旨)。
原告は、香港出国後、タイ、マレーシア、シンガポール等を転々とする一方、平成13年9月6日から同年10月5日まで、同月31日から平成14年3月1日まで、同年6月2日から同年10月1日まで、及び平成15年1月1日以降は、国内に滞在していたものの、名古屋空港、関西国際空港及び福岡空港から出入国して、知人宅に身を寄せるなどしており、原告が本件杉並自宅に戻ったのは平成15年12月4日であった(乙12、40、41)。
2  検討
(1)  住所について
法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合、反対の解釈をすべき特段の事由のない限り、住所とは、各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり(最高裁昭和29年10月20日判決参照)、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものである(最高裁判所第三小法廷昭和35年3月22日・民集14巻4号551頁参照)。そして、一定の場所がある者の住所であるか否かは、租税法が多数人を相手方として課税を行う関係上、客観的な表象に着目して画一的に規律せざるを得ないところからして、一般的には、住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等の客観的事実に基づき、総合的に判定するのが相当である。これに対し、主観的な居住意思は、通常、客観的な居住の事実に具体化されているであろうから、住所の判定に無関係であるとはいえないが、かかる居住意思は必ずしも常に存在するものではなく、外部から認識し難い場合が多いため、補充的な考慮要素にとどまるものと解される。
被告は、相続税の性質や課税体系の点から、外国における勤務等が終わった後に日本に帰る予定である者の住所は日本にあるものとすべきであると解しうる見解を紹介している。しかしながら、かかる見解によれば、例えば、我が国における居宅を引き払って、数年間外国に勤務し、その間に我が国に帰国せず、日本国内に生活拠点を保持しなかった場合であっても、将来日本に帰る予定があれば、国内に住所を有することになるが、このような場合にまで「住所」が国内にあるというのは、「住所」の日本語としての通常の意味内容からかけ離れるものといわざるを得ないし、被告が自ら定めた基本通達1・1の2共-6にも反するものであって、上記見解は採用し難い。
(2)  原告の住居について
原告は、本件滞在期間中の全日数のうち、26.2パーセントに相当する日数は日本に滞在し、その間は本件滞在期間前の住所である本件杉並居宅に起居していたところ、原告が日本出国日に香港へ携帯したのは衣類程度であったのであるから、本件杉並自宅は従前と同様、原告の住居として使用することができる状態にあったと考えられる。
他方、原告は、本件滞在期間中、その65パーセント余りの日数を香港で過ごし、その間は専ら本件香港自宅で起臥寝食していたものである。そして、本件香港自宅は、ホテルと同様のサービスが受けられるサービスアパートメントであるが、当初の契約では、賃貸期間を24か月とし、賃料3ヶ月分の保証金を賃貸人に差し入れることとされており、さらに当初の賃貸期間満了時には、賃貸期間をさらに24か月延長して契約が更新されていることからみて、本件香港自宅は相当期間使用されることが予定されていたというべきであって、原告の香港滞在が一時的なものであったことを裏付けるものとはいえない。
被告は、本件香港自宅がサービスアパートメントであること、原告が本件杉並自宅から生活諸道具を運搬していないことを指摘しているが、海外に転居する場合、引っ越し費用や通関手続等を考慮すれば生活諸道具を運搬しないことも格別不自然なことであるとは考え難い。また、家具や生活諸道具が備え付けられたサービスアパートメントである点は、香港で自ら家具等を買いそろえる場合と比較すると、転出時の処分等の手間が省ける面はあると考えられるものの、他方で原告が本件香港自宅に別にコピー機等を設置していることもあわせ考えれば、ただちに本件香港自宅の使用が一時的なものであったことを裏付けるものとはいえない。
被告はまた、本件香港自宅の家賃が高額である点を指摘している。しかし、原告の香港各会社における地位に照らしてみれば、高額な家賃の居宅に住むことは不自然であるとはいえない。そして、C社は、設立後平成10年12月末までの期間こそ当期純損失を計上しているものの、平成11年12月期及び平成12年12月期にはいずれも税引後当期純利益を計上している。また、D社は、設立日から平成11年12月までの期間、平成12年12月期のいずれも当期純損失を計上しているが、平成12年12月期の損失は、投資した韓国企業の株式すべてを処分したことによる一時的なものであると考えられるから、本件香港自宅の家賃が香港各会社の負担能力を超えた高額なものであって、原告の香港滞在が一時的なものであると推認することは困難である。
以上によれば、本件杉並自宅と本件香港自宅は、いずれも生活の本拠としての住居たりえるものであるといえ、住居の点から原告の住所が国内にあったとすることはできない。
(3)  原告の職業等について
ア 原告は、B社の取締役として、B社の取締役会その他の会議、新入社員研修会、格付会社との面談やアナリストないしファンドマネージャー向けの説明会に出席するなどしているものの、これらの業務はいずれも原告が国内に常駐することを予定したものであるとはいえず、現実に原告が本件滞在期間中に国内にいた日数は全日数のうちの4分の1程度にすぎない。
これに対し、原告は、B社の香港駐在役員、B社の子会社である香港各会社の代表者の地位にあり、本件滞在期間中の6割以上の日数、香港に滞在し、B社ないし香港各会社の業務として、香港ないしその周辺諸国に在住する関係者との面談その他の業務に従事していたほか、欧米でのB社のIR活動等にも従事していたものであって、原告の職業活動の点から、原告の生活の本拠が国内にあったとすることも困難である。
以下、被告の主張内容に対応して、具体的に検討する。
イ 原告の香港での具体的業務について
被告は、原告が香港で具体的な業務を行っていなかったと主張し、原告にベンチャーキャピタリストとしての能力がなかったこと、原告が行っていたと主張するベンチャーキャピタル業務に実体がないことなどを指摘している。
(ア) 原告のベンチャーキャピタリストとしての能力について
まず、原告のベンチャーキャピタリストとしての能力についていえば、原告が日本出国日以前にかかわったベンチャーキャピタル業務は、亡Bのベンチャー起業家との面談への同席程度であり、原告がB社のIR活動に従事していたことを考慮しても、日本出国日時点で原告がベンチャーキャピタリストとしての基本的な能力(前記1(1))を有していたかは疑問である。しかしながら、他方で、原告が従事したのは、当初は専らE社との共同投資事業であるC社ないしA投資事業組合に係るベンチャーキャピタル業務であり、原告としては、Q社側の支援を得て実際のベンチャーキャピタル業務に従事しながらベンチャーキャピタリストとしての能力を向上させることも考えられることからすると、日本出国日時点における原告のベンチャーキャピタリストとしての能力の不存在ないし不足が、原告が香港で具体的な業務を行っていなかったことを裏付けるものとは認め難い。
(イ) ベンチャーキャピタル業務の実体について
a 投資の可否判断の実例について
原告が陳述書ないし本人尋問において供述する個々の投資案件についての内容は、その多くが抽象的な内容であり、また客観的事実に符合しない点もある。しかしながら、原告が関わった投資案件が多数であり、かつ本件滞在期間から陳述書作成までの時間の経過を考慮すれば、原告の現時点での記憶に不正確な点があったとしてもやむを得ないものであって、原告の供述内容が基本的な点で虚偽のものであると断定することはできない。
また、原告は、亡Bから伝授された「投資7原則」として、本社の事務所はどういった所を借りているか(必定以上のスペースがないか、1人当たりのオフィス坪数、オフィスが不必要に賃料の高い場所に借りられていないか)、正社員及びパートの比率はどうか(パートを上手く活用しているか)、などの独自の指標を挙げているところ(甲821)、a社、c食品、hホールディングについては、実際に事務所の賃料や人件費の比率についての調査がなされている。さらに、一般的なデューディリジェンス業務についても、前記1(7)オの各事実によれば、原告においても少なくとも、E社や紹介者である金融機関等から提供された報告内容の検討程度はしたものと考えられるから、原告がデューディリジェンス業務をしていなかったとはいえない。このほか、原告は、I社のIPOに際しての株式売却の協議、決定を行っており、原告が資金回収業務をしていなかったとはいえない。
また、B社本社や香港各会社にいわゆる投資委員会が組織されていない点についていえば、亡Bが当時B社において絶対的な権力を有しており(乙17、弁論の全趣旨)、香港各会社が投資を実行する際も、亡Bの同意が必要であり、同人が最終的な意思決定をしていたことに由来するものと考えられるのであって、投資委員会が組織されていないことをもって、原告が投資判断業務を行っていなかったことを裏付ける事情であるとはいえない。
b 投資先の発掘について
被告は、原告が投資先を発掘した実績が実質上ないと主張するが、D社の各投資案件については基本的にはQ社関係者以外から紹介されたものである。また、I社についていえば、亡Bの知人である台湾の会社の代表者を通じて発掘した案件でもあることをうかがわせる証拠があり(甲333)、このことはC社のみならずD社も投資を実行していることからも裏付けられる。したがって、原告が投資先を発掘した実績がないとはいえない。
c 香港滞在期間中の各月における原告の業務状況について
原告が香港において、香港各会社ないしB社の業務に関連して面談、接待ないしIR活動を行ったものとして、香港各会社の月次報告書の記載のみから認定できる日数は、前記1(7)カのとおりであって、月により変動はあるものの、ほとんどの月の何日かは香港に滞在する必要があったものといえる。そして、面談等の相手方との日程調整の必要性や、面談等のための事前準備や事後の整理作業を考慮すれば、原告が香港に拠点を構えて長期に滞在して行う必要性のある業務がなかったとはいえない。
なお、上記日数は、その合計が168日である(平成9年6月から同年9月まで、平成11年1月から同年4月まで、同年8月、同年12月、平成12年6月から12月までの合計17か月を含まない。)のに対し、被告が本訴において本件滞在期間中の日本での必要業務日数として主張する日数の合計が167日であること(上記17か月を含む。)(被告準備書面(4)別表2)からみても、香港及び日本における必要業務日数の比較が、原告の生活の本拠が国内にあったことを基礎付ける事実であるとは認め難い。
ウ 香港でベンチャーキャピタル業務を行うための準備について
被告は、原告及びB社は香港でベンチャーキャピタル業務を行うための準備をしていなかったと主張しているが、原告が弁護士に香港での会社設立について相談していたことは前記1(4)のとおりであるほか、原告の赴任当初は、C社の業務に従事していたのは原告のみであり、事務所もE社の事務所を間借りする形態であり、必要な準備事項も多くはなかったと考えられることも考慮すると、原告及びB社が香港でベンチャーキャピタル業務を行うための準備をしていなかったとは認め難い。
エ C社の企業活動について
C社のベンチャーキャピタル以外の事業のうち、消費者金融を含む金融業については、平成10年10月に、B社の消費者金融ビジネスをアジア地域に進出させるのは時期尚早であるとの一応の結論が出されているが、このことから、B社の消費者金融ビジネスをアジア地域に進出させる可能性が将来にわたりなくなったと解することはできないし、現に原告は、平成11年1月ころにも香港の消費者金融会社であるHファイナンス社への投資を検討している。
また、C社ないしB社の事業に係る情報収集等についても、少なくとも前示の具体的案件についての情報収集等は行っているものである。
さらに、海外金融機関に対するB社の会社説明の代行については、C社の代表者である原告がもともとB社の取締役であることからすると、C社がB社の業務を代行する必然性は認められない。しかし、他方において、長い海外留学経験を持ち創業者の息子である原告が、海外金融機関に対するB社の会社説明を行うこと自体は合理的な根拠に基づくものといえるのであるから、このような属人的要素に着目して、原告が帰属する組織が会社説明業務を担当するということは決して不自然な事柄ではない。したがって、要は、C社が、実際に具体的な業務を行う実体を持った会社であったかどうかが問題であるところ、C社の事業のうち、ベンチャーキャピタル、消費者金融を含む金融業、及びそれらに係る情報収集等については実行されているのであるから、いずれにせよ、C社が具体的な業務をしていなかったとはいえない(なお、原告はB社の香港駐在役員であるから、原告がB社の海外金融機関に対する会社説明業務に従事していることをもって、原告の生活の本拠が日本国内であることを裏付ける事実と解するのは相当ではないことは当然である。)。
また、C社の事務所がE社の事務所の一部を無償で借りたものであることなどは、平成10年10月時点のものであり、その後はD社と共同して独立の事務所を開設し、現地秘書を雇用するなどしている。さらに、株主総会や取締役会が議事録の回付により行われていたなど、会社運営に係る手続上の問題点も、ただちにC社が実質的に業務を行っていなかったことを裏付けるものとはいえない。
このほか、被告は、C社の収益はいずれも同社の具体的な業務遂行の結果生じたものでないと主張するが、同社においてベンチャーキャピタル業務その他の具体的な業務遂行をしていなかったといえないことは前示のとおりであるから、被告の上記主張は前提を欠き、採用できない。
オ D社の企業活動について
D社のベンチャーキャピタル事業のうち、前示のとおり、I社については、亡Bの知人である台湾の会社の代表者を通じて発掘した案件でもあることをうかがわせる証拠があるから、D社が自ら発掘した投資案件であるとの評価も可能であり、これが、D社の投資案件でないとはいえない。また、D社が投資した会社には上場企業があり、特にF社への投資は、買戻しの条件が付されているなど、経済的にみれば実態としてはむしろ融資に近いものとみることもできるが、このような事業であっても、実際にD社が行っている以上、同社に実体がなかったとはいえない。
D社の投資案件のうち、F社はV証券香港駐在員事務所所長であるPから紹介を受けたものであるし、I社の発掘経緯についても前示のとおりであって、D社がE社に完全に依存していたとはいえない。
D社に、原告、現地採用秘書以外の従業員が在籍していた期間は限られているが、かかる事実は、原告がD社の業務に従事していたこと自体と矛盾するものとはいえないし、D社が実体を伴った事業を行っていたことを否定するに足りるものではない。
原告がJ社を頻繁に訪れていた点についても、原告がJ社関係者からも投資案件の紹介を受けていること、同社への訪問の目的がベンチャーキャピタル業務の習熟にあったとしても、それによってD社の投資実績の向上につながる可能性はあるから、D社の業務と全く無関係であるとまではいえないことを考慮すると、D社が実体を伴った事業を行っていたことを否定するに足りるものとはいい難い。
このほか、原告が失踪から約3年後の平成15年12月にB社に復帰した後も、同社においてD社の業務再開が検討されなかったとしても、D社が事務所を閉鎖した平成13年8月から2年以上も経過していること、B社のベンチャーキャピタル事業の中心であった亡B(甲821)が、平成15年12月2日に電気通信事業法違反の容疑で逮捕されたこと(乙161)などの事情の変化があることも考慮すると、平成15年12月以降、D社の業務再開が検討されなかったことから直ちに、本件滞在期間において、D社の存在意義がなかったとまでは断定し難い。
また、D社の株主総会や取締役会の開催の事実の不存在ないし開催手続の不備についても、ただちにD社が実体のないものであったことを結論付けるものとはいえない。
カ 報酬について
被告は、原告が香港各会社及びB社から受け取る報酬の総額が、B社の役員に支給される報酬を基準に定められており、香港各会社からの報酬はB社からの報酬を補填するものであると主張している。しかし、原告は相対的に少額であってもB社から報酬を受け取っており、被告主張にかかる原告の日本での必要業務日数合計が167日(本件滞在期間である1268日の約13パーセント)であること(前記イ(イ)c)からすると、香港各会社からの報酬が実質的にはB社の国内での業務に従事したことの対価であるとはいい難い。また、そもそも原告はB社の香港駐在役員であったのであるから、原告の香港各会社から受け取る報酬がB社の海外での業務に対する報酬を補填する性格のものであったとしても、原告の生活の本拠が国内にあったことを裏付けるものとはいい難い。
キ 原告の失踪後の状況について
原告の失踪後、香港各会社は実質的に休業状態に陥っており、平成13年8月には両社の事務所も閉鎖されているが、平成12年12月期において、C社は当期利益を計上するようになったとはいえ累積欠損金の解消にはいたらず、またD社が結果的に多額の累積欠損金を計上していたことからすると、原告失踪後の経営判断として香港各会社の運営を続けなかったことが不合理であって、香港各会社がもともと実体を伴わないものであったと考えざるを得ないということはできない。
また、B社の完全子会社であるD社は、平成12年9月にB社が公表していたベンチャーキャピタル戦略において、K社、K社ユーロなどと並んで、アジア地域を担当する会社として位置付けられており(前記1(11))、B社が実際にはD社を通じてベンチャー投資事業を行っておらず、D社は相続税回避のために作出された外形にすぎないと評することは困難である。
さらに、原告の失踪後、B社社内の正規の手続を経ることなく、C社の売却、D社の休眠会社化が決定したとの点も、当時B社において絶対的な権力を有していた亡Bの身内の不始末の処理という面から考えると、およそ考えられない事態ではなく、B社社内の正規の手続を踏んでいないことが、直ちに、香港各会社がほとんど業務を行っていなかったことを裏付けるものであるとはいい難い。
また、原告が失踪時に残した退職届にB社の役職のみが記載され、香港各会社及びF社のいずれの役職についても触れられていなかったとの点も、B社が香港各会社等の親会社であることを考慮すると、原告の香港各会社等に対する責任が希薄なものであったことを示すものであると断定することは相当とはいえない。
ク 原告の日本でのB社の業務について
(ア) 原告は国内において、B社の取締役会、営業幹部会に出席しているが、自己の担当する海外業務等以外の事項については、一般的、抽象的な発言をするにとどまっていたものである。これらの発言のうち、平成12年8月7日の営業幹部会での発言内容(乙198)は比較的具体性のある内容となっているが、それとて営業成績についての一般的評価や亡Bの発言を引用したものであって、原告がB社の国内業務に精通していたことをうかがわせる内容ではない。
また、原告は、全国支店長会議や新入社員研修会にも出席しているが、講演内容はいずれも原告が担当していた海外業務に由来するものである。
このほか、原告は、格付会社との面談、アナリストやファンドマネージャー向けの説明会等に出席しているが、これらの業務も結局は、原告の日本での必要業務日数(被告主張によれば合計167日(本件滞在期間である1268日の約13パーセント))の一部にすぎない。
(イ) 他方、IR活動その他のB社の海外業務のうち、北米、欧州等で行われたものは、原告の生活の本拠が国内にあることを基礎付けるものとはいい難いし、香港で行われたものは、むしろ原告の生活の本拠が香港にあったことを基礎付けるものというべきである。
ケ 小括
以上によれば、原告の職業に着眼しても、本件滞在期間中の原告の職業活動は、海外、とりわけ香港を中心としたものというべきであって、生活の本拠が国内にあったことを裏付ける要素は乏しいといわざるを得ない。被告は、原告の香港における活動は、実体の伴わないものであって、香港における居住事実を作出するための作為的なものにすぎないと主張するのであるが、原告の本件滞在期間中の活動が香港を中心としたものであったことは既に詳細に認定したとおりである。そして、原告の活動が、一人前のベンチャーキャピタリストとしてのそれであるとの評価に値するものであったかどうかには疑問の余地があり、むしろ、研修ないし武者修行としての色彩があることは否定し難いとしても、研修ないし武者修行の場が香港であると認められる以上、職業生活の場が香港であることには変わりがないのであるから、いずれにせよ被告の主張を採用することはできない。
(4)  親族について
原告は独身であり、亡B、CないしDと生計を一にしていたことを認めるに足りる証拠はないから、原告が国内に生計を一にする親族を有していたとはいえない。
被告は、原告が当時B社で絶対的な地位と権力を保持していた「Hファミリー」の構成員であり、本件滞在期間の前後を通じてHファミリーの他の構成員が本件杉並自宅に居住していたことを指摘している。しかし、被告の指摘する事実は、争点との関係でいえば、要するに原告の両親と弟が本件杉並自宅に居住していることを意味するにとどまるところ、原告は成年の男性であり、職業に就いて自ら収入を得ているのであるから、香港に滞在している間は、両親らから独立した生活を営んでいたといわざるを得ず、両親らが本件杉並自宅に居住していたことは、本件杉並自宅が、原告の日本滞在中の生活拠点であったことを裏付けるにとどまるものというべきである。
被告はまた、原告が長年本件杉並自宅に居住し、本件滞在期間中も日本国内に自己の住居を構えていないことを挙げているが、かかる事実も、本件杉並自宅が、原告の日本滞在中の生活拠点であったことを裏付けるにとどまるものというべきである。
被告はさらに、本件杉並自宅ではB社の重要な行事も行われており、Hファミリーにとって、B社結束の象徴として、精神的なよりどころの場所であった旨の主張をしている。しかし、被告の主張する内容は、結局、B社に関する事実であって、原告の親族がB社を支配し、原告がB社から職業及び収入を得ていたからといって、ただちに原告とB社とを同一視して、B社の中心が原告の生活の本拠であるかのような議論は採用し難い。
したがって、被告の指摘する内容は、いずれも、本件滞在期間全体における原告の生活の本拠が本件杉並自宅にあったことを裏付ける重要な事実であるとは認め難い。
(5)  資産の所在について
原告は、前記1(8)のとおり、国内において、当時の評価額では1000億円を超えるB社の株式を所有し、このほか多額の預金、借入金を有していたものであるが、B社の株式は日本出国日時点で所有していた株式に無償増資がされたものであり、預金・借入金も日本出国日時点で取引のあった金融機関等に係るものであり、株式については常任代理人を置き、預金についても代理人が払戻手続をするなどしている(乙178)。
原告は、他方、香港においても、日本円で5000万円程度の預金を有しており、当面の生活を送ることが可能な資産を有していたというべきである。
また、原告が本件滞在期間中に使用したクレジットカードの利用代金は、日本国内の銀行口座から支払われているが、他方、本件香港自宅の賃料等は香港の銀行口座から支払われている(弁論の全趣旨)。
したがって、金額面で比較すれば、原告の資産は国内にあるものが主であるが、香港でも生活をする上で必要な資産を有しており、本件滞在期間中の生活費等の支払も、日本国内、香港の双方の銀行口座からされているから、資産の所在から、原告の生活の本拠が本件杉並自宅にあったか否かを判断するのは困難である。
(6)  居住意思その他原告の主観的事情について
ア 金融機関等への住所変更届出の状況は前記1(9)のとおりであって、数の上では届出をしなかった金融機関等が多いが、住所変更手続の手間を厭ったものと考えられないわけではないし、現実に住所変更届出をした金融機関もあるのであるから、直ちに原告の居住意思が本件杉並自宅所在地にあったものとは認められない。
イ このほか、原告は、B社の常務取締役就任時の取締役就任承諾書及び役員宣誓書に本件杉並自宅所在地を住所として記載しているが、他方で、本件香港自宅所在地を住所として記載した書類も多数残されており、その中には、B社の有価証券報告書における大株主欄、香港の医療保険会社の加入手続書のように、書面の提出先及び性質から本件香港自宅所在地を住所として記載せざるを得ないもの、あるいは被告主張の外形作出の目的で作成されたものとは考え難い書面もあるのであるから、B社の常務取締役就任時の取締役就任承諾書等の記載から、ただちに原告の居住意思が本件杉並自宅所在地にあったと認定することもできない。
ウ 原告は、平成11年10月ころ、S公認会計士から本件贈与の実行に関する具体的な説明を受け(前記1(10))、本件贈与後、定期的に国別滞在日数を集計した一覧表を作成したり、S公認会計士から香港に戻るよう指導されるなどしていたのであるから、本件贈与以前から、香港に居住していれば多額の贈与税を課されないことを認識し、本件贈与日以後の国内滞在日数が多すぎないよう意識していたものと認められる。さらに、亡Bは平成9年2月ころJ弁護士から受贈者の住所を国外に移転した後、国外財産を贈与することにより、贈与税の負担を回避する手法の説明を受けているところ(同(4))、原告は亡Bの実子であり、平成5年11月の贈与につき多額の贈与税を負担し(同(3))、また原告自身、平成9年5月8日にJ弁護士も交えた会合に出席していること(同(4))からすると、日本出国日時点においても、香港に居住すれば将来贈与を受けた際に贈与税の負担を回避できることを認識していた可能性もあり得るものと考えられる。
しかしながら、前示のとおり、原告はB社の海外駐在役員ないし香港各会社の代表者の地位にあって、現実にそれらの業務に従事していたものであり、かかる業務が贈与税を回避するために作出された外形にすぎないとは認められないのであるから、原告が本件滞在期間中に単に贈与税の負担を回避することのみを目的として香港に滞在していたとは認定し難い。また、原告の香港滞在の目的の1つに贈与税の負担回避があったとしても、現実に原告が本件香港自宅を拠点として生活をした事実が消滅するわけではないから、原告が贈与税回避を目的としていたか否かが、本件杉並自宅所在地が生活の本拠であったか否かの点に決定的な影響を与えるとは解し難い。
エ このように、原告の主観的事情を考慮したとしても、原告の生活の本拠が本件杉並自宅所在地であったとすることは困難である。
3  まとめ
以上のとおり、原告は3年半ほどの本件滞在期間中、香港に住居を設け、同期間中の約65パーセントに相当する日数、香港に滞在し、上記住居にて起臥寝食する一方、国内には約26パーセントに相当する日数しか滞在していなかったのであって、原告と亡BないしB社との関係、贈与税回避の目的その他被告の指摘する諸事情を考慮してもなお、本件贈与日において、原告が日本国内に住所すなわち生活の本拠を有していたと認定することは困難である。被告の主張は、原告の租税回避意思を過度に強調したものであって、客観的な事実に合致するものであるとはいい難い。
第4  結論
以上によれば、本件決定処分は、贈与により財産を取得した時において国内に住所を有する者に対してなされたものとはいえず、これを前提とする本件賦課決定処分とともに違法であるからいずれも取り消すこととし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中山雅之 裁判官 進藤壮一郎)
裁判長裁判官鶴岡稔彦は異動により署名押印することができない。裁判官 中山雅之
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