「営業アウトソーシング」に関する裁判例(47)平成26年 1月30日 東京地裁 平24(ワ)20126号 賃金請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(47)平成26年 1月30日 東京地裁 平24(ワ)20126号 賃金請求事件
裁判年月日 平成26年 1月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)20126号
事件名 賃金請求事件
裁判結果 一部認容 上訴等 控訴 文献番号 2014WLJPCA01308004
要旨
◆平成24年3月31日をもって被告会社を解雇された原告が、同解雇は無効であるなどとして、雇用契約上の地位の確認及び未払賃金の支払を求めるとともに、同解雇は不法行為に該当するなどとして、慰謝料の支払を求めた事案において、原告の職務遂行の状況や被告会社の注意・指導の状況等を併せみれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められるなどとして、有効であるとした上で、本件雇用契約は、平成24年4月30日をもって終了したとして未払賃金額を認定するなどし、請求を一部認容した事例
参照条文
労働基準法20条
労働契約法16条
裁判年月日 平成26年 1月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)20126号
事件名 賃金請求事件
裁判結果 一部認容 上訴等 控訴 文献番号 2014WLJPCA01308004
川崎市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 玄君先
最所義一
同訴訟復代理人弁護士 宮﨑英征
東京都港区〈以下省略〉
被告 Y株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 浅井隆
冨田啓輔
主文
1 被告は,原告に対し,46万7546円及びこれに対する平成24年4月21日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決1項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 原告が,被告に対し,雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は,原告に対し,平成24年4月20日からこの判決確定の日まで毎月20日限り46万7546円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告に対し,120万円を支払え。
第2 事案の概要
本件は,被告との間で雇用契約を締結していたところ,平成24年3月31日をもって解雇された原告が,被告に対し,(1) 上記解雇が無効であるなどとして,原告が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認並びに同年4月1日以降の賃金(判決確定の日まで月額46万7546円,支払日毎月20日)及びこれに対する各支払日の翌日(平成25年4月から毎月21日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,(2) 上記解雇が原告に対する不法行為に該当する,あるいは,被告が労働環境を整備する注意義務に違反したとして,慰謝料120万円の支払を求める事案である。
1 争いのない事実等
次の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲1,1の2,甲6の1及び2,甲7,8,乙2,5~10)及び弁論の全趣旨によって容易に認められる。
(1) 被告は,外国企業に対し,そのニーズに従い,日本の事業所における記帳・経理業務,従業員の給与計算業務,資産管理業務,資金移動・支払管理業務の代行等のアウトソーシングサービスを提供することなどを主たる業務とする株式会社である。従前は,「a株式会社」という商号であったが,平成23年5月,香港大手金融機関である東亜銀行の企業グループに属する中国企業b社の傘下となり,商号を現在のものに変更した。
被告においては,社内の人事,経理,総務等を担当する部署を除き,顧客に提供するサービス内容ごとに担当部署が分かれており,それぞれの部署には,当該サービス業務を専門に行う従業員が配置されている。
被告は,平成19年6月頃,ボストンに本拠を置くプライベート・イクイティ・ファンドであるc社及びその関連会社であるd社から,その日本の事業所に係る記帳・経理業務等の代行を委託された。また,平成22年4月頃,ニューヨークに本拠を置く投資顧問会社であるe社から,その日本の事業所に係る在籍社員の給与計算・支払業務,記帳・経理業務等の代行を委託された。さらに,平成23年5月頃,パリに本拠を置くラグジュアリー・ブランド企業であるf社から,その日本の事業所に係る記帳・経理業務の代行を委託された。
(2) 原告は,平成20年9月,被告との間で雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結した。そして,記帳・経理業務の代行サービスを行う部署に配置され,平成21年頃から,c社及びd社に係る記帳・経理代行業務に従事し,平成22年4月頃から,併せて,e社に係る記帳・経理代行業務に従事し,平成23年5月頃からは,更に,f社に係る記帳・経理代行業務にも従事し,各社から月末を締め日として提供された原資料(ソースドキュメント)を基に仕訳を行い,当月の月次決算結果等の会計書類を作成して,各社に提出するなどの作業をしていた。
また,原告は,同年9月1日,被告との間で,以後の年俸を561万0554円とし,その月割等分額である賃金46万7546円の支払を毎月20日に受けることなどを合意した。
(3) 被告の就業規則(平成19年12月1日施行。乙7。以下「被告就業規則」という。)には,従業員の解雇に関し,次の定めがある。
「第55条 解雇
社員が次の各号のいずれかに該当する場合は,解雇とする。
(1) (略)
(2) 協調性がなく,注意・指導しても改善の見込みがないと認められるとき
(3) 職務の遂行に必要な能力を欠き,かつ他の職務に転換することができないとき
(4) (略)
(5) 勤労意欲が低く,または勤務成績,勤務態度,業務能率などが不良で業務に適さないと認められるとき
(6) (略)
(7) 特定の地位,職種または一定の能力を条件として雇い入れられた者で,その能力,適格性が欠けると認められるとき
(中略)
(13) 当社の社員としての適格性がないと判断されるとき
(14) その他前各号に準ずるやむを得ない事情があるとき」
(4) 被告においては,b社の傘下となって以降,顧客から代行を委託された業務のうち,記帳,仕訳,データ入力及びそれらに関する準備作業を香港の関連会社に移管するようになり,これに伴い,被告の従業員に対する退職勧奨が行われるようになった。
被告の人事責任者であるB(以下「B」という。)らは,平成24年2月13日,原告と面談し,原告に対し,退職を勧奨した。その際,Bは,原告からの要望を受け,原告について,同月14日以降の勤務を免除した上,一定期間,引き続き在籍させる取扱いとし,原告に対し,その旨を説明したが,原告の職務遂行について問題があることについて言及することはなかった。そして,被告は,同月13日,原告が使用していたパソコンのイントラネットへのアクセスを切断し,原告は,自席の私物等を片づけ,アクセスカード,机の鍵を被告に返還して退社し,同月14日以降,出社しなかった。
(5) その後,原告が退職勧奨に応じて,退職届を作成して被告に提出することはなかった。そこで,被告は,平成24年3月31日,原告に対し,被告就業規則55条(2),(3),(5),(7),(13)及び(14)所定の解雇事由に該当することを理由に,同日をもって解雇する旨の意思表示をした(この解雇を「本件解雇」という。なお,原告は,被告から解雇の意思表示がされたことを前提として本件訴えを提起していると解されるのであり,弁論の全趣旨によれば,平成24年3月31日に解雇の意思表示がされたものと認めるのが相当である。)。
(6) 被告は,原告に対し,平成24年3月31日までの賃金を支払った。しかし,同年4月1日以降の賃金については,原告が同日以降,被告の従業員ではないとして,これを支払わない。
また,被告は,本件解雇に当たり,原告に対し,解雇予告手当の支払をしていない。
2 原告の主張
(1) 地位確認及び賃金支払請求について
ア 被告は,原告について,被告就業規則55条(2),(3),(5),(7),(13)及び(14)所定の解雇事由に該当するとして,本件解雇が有効であると主張するが,以下のとおり,被告主張の解雇事由は,いずれも存在せず,本件解雇は,客観的に合理的な理由を欠くものであり,社会通念上相当なものであるとは認められない。
(ア) 月次決算結果については,厳格な提出期限が設定されていなかったのであり,原告が月次決算結果の提出期限を徒過したという事実はない。
(イ) f社の平成23年6月分の月次決算結果の会計処理の誤りについては,被告の税務関係の部署に所属するシニアコンサルタントであるC(以下「C」という。)が仕訳を誤ったこと及びシステム上の不具合(通信エラー)が原因であり,原告が会計処理を誤ったものではない。
(ウ) e社の月次決算結果の提出が遅れたことや,その会計処理に誤りがあったことについては,その記帳,仕訳等の業務を行っていた香港の関連会社の作業の遅延,ミスが原因であり,原告が責任を負うべきものではない。
(エ) c社及びd社に係る業務において社会保険料の事業主負担分が経費として計上されていなかったことについては,原告は正しく会計処理をしたものの,システムの通信エラーにより,入力データが被告の本社のデータベースに反映されなかったことが原因であり,原告が責任を負うべきものではない。
(オ) 本件解雇当時,被告には人員削減計画が存在し,本件解雇は,被告の経営上の都合による実質的な整理解雇であって,解雇権を濫用する意図の下に行われたものである。
(カ) 原告の業務量は,被告のソフトウェア・システム上の不具合等により過重なものとなっていたが,被告は,これを解消するための措置を何ら執らなかった。
イ 被告は,本件解雇に先立ち,30日前にその予告をし,あるいは,解雇予告手当を支払うなど,解雇に必要な手続を履践していない。
ウ 以上の事情によれば,本件解雇は,無効であるといわざるを得ず,原告は,なおも被告の従業員としての地位を有する。
しかるに,被告は,原告の上記地位を争い,原告に対し,平成24年4月分以降の賃金(月額46万7546円)を支払わない。
よって,原告は,本件雇用契約に基づき,被告に対し,原告が雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と,同月分以降の賃金(同月から判決確定の日まで毎月20日に月額46万7546円)及びこれに対する各支払日(平成25年4月から毎月20日)の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 慰謝料請求について
ア 原告は,被告から退職勧奨を受けたが,被告に対し,退職勧奨に応じられない旨を伝えるとともに,職場への復帰を切望し,アクセスカードの再交付等を要求した。しかるに,被告は,原告の要求に応じることなく,本件解雇をするに至ったものであり,原告は,これにより精神的苦痛を受けた。
本件解雇は,これを正当化する事由がないにもかかわらず,人員削減の意図に基づき,解雇理由の説明や協議も行わないまま,突如として一方的に行われたものであり,その目的,手段,態様等に照らせば,著しく社会的相当性を欠き,故意に原告の雇用契約上の権利を侵害する不法行為を構成するものである。
したがって,原告は,被告に対し,これによって被った損害の賠償を求めることができる。
イ 原告の業務量は,被告のソフトウェア・システム上の不具合等により,過重なものとなっており,本件解雇直近1年間における労働時間は,1か月当たり240時間以上にも及んでいた。原告は,被告に対し,自らの業務の過重性を訴えたが,被告は,これを解消するための措置を何ら執らなかった。それどころか,ソフトウェアの操作を全く理解しないCを原告の業務に関わらせ,原告の業務を更に混乱させた。その結果,原告は,平成23年9月,健康を害し,精神的苦痛を受けた。
被告は,原告の雇用主として,本件雇用契約上,原告に対し,原告が業務の過負担等により健康を害しないよう労務環境を整備する注意義務を有するところ,被告の上記対応は,この義務に違反するものである。
したがって,原告は,被告に対し,これによって被った損害の賠償を求めることができる。
ウ 原告の精神的苦痛に対する慰謝料は,120万円を下らない。
よって,原告は,被告に対し,不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求として,120万円の支払を求める。
3 被告の主張
(1) 原告は,経理業務に特化した専門職員として被告に雇用され,被告の顧客であるf社,e社,c社及びd社に係る記帳・経理代行業務について,①正確な月次決算結果等の会計書類を作成して,所定の期限までに顧客に提出すること,②顧客の経理に関する疑問点に迅速に回答するとともに,顧客の経理上の問題点等を能動的に指摘すること,③顧客から提出された原資料を所定のルールに従ってファイリングをして管理することなどの職責を期待されていた。
しかし,原告は,以下のとおり,上記の職責を全うできないばかりか,被告に多大な損害を与えかねないようなミスを繰り返したものであり,被告就業規則55条(2),(3),(5),(7),(13)及び(14)所定の解雇事由に該当する。
ア 原告は,f社の平成23年6月分~同年8月分の各月次決算結果について,その提出期限をf社に連絡することなく徒過した。また,原告は,f社の同年6月分の月次決算結果の会計処理を誤った。これにより,被告は,業務のクオリティに対するf社の信頼を毀損されるとともに,対応に当たったディレクターが他のビジネスに従事することにより得られた利益を獲得する機会を失うなどした。
イ 原告は,e社の平成23年7月分,同年8月分,同年12月分の各月次決算結果について,その提出期限をe社に連絡することなく徒過した。また,原告は,e社の同年7月分,同年8月分,同年11月分の各月次決算結果の会計処理を誤った。その結果,e社は,被告に対する記帳,経理業務の代行の委託を平成24年3月分限りで打ち切った。これにより,被告は,同年4月以降,月額13万円の委託料を得る機会を失ったのみならず,e社の事業成長に伴う業務量の増大及びそれに伴う委託料の増加の利益を享受する機会を将来にわたって失うなどした。
ウ 原告は,c社及びd社に係る記帳,経理の代行業務に従事する際,社会保険料の事業主負担分に関する会計処理を誤り,その約2年分を経費として計上しなかった。これにより,c社及びd社に追徴課税等の重大なリスクを惹起させることになり,被告は,業務のクオリティに対するc社及びd社の信用を毀損されるとともに,過去の会計処理の点検・修正について,多大な労力を要する作業を強いられるなどした。
(2) 被告は,原告を解雇することを検討したものの,紛争リスク等を勘案して解雇を控えることとし,平成24年2月13日,原告に対し,退職を勧奨した。しかし,原告が退職勧奨に応じなかったことから,同年3月31日,やむなく本件解雇に及んだものである。
本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当と認められるものであるから,有効である。
したがって,原告は,同年4月1日以降,被告の従業員ではなく,被告に対し,同日以降の賃金を請求し得るものではない。
(3) 本件解雇は,原告に対する不法行為を構成するものではなく,また,被告には,原告が業務の過負担等により健康を害しないよう労務環境を整備する注意義務の違反はない。
したがって,原告は,被告に対し,120万円の慰謝料を請求し得るものではない。
4 争点
本件の主たる争点は,(1) 本件解雇が有効であるかどうか(争点1),すなわち,本件解雇が客観的に合理的な理由を有し,社会通念上相当であると認められるかどうか,(2) 本件解雇が原告に対する不法行為を構成するかどうか(争点2),(3) 被告が労働環境を整備する注意義務に違反し,これにより原告が過負担業務の継続を強いられたかどうか(争点3),(4) 慰謝料額(争点4)である。
第3 当裁判所の判断
1 原告の職務等
(1) 証拠(甲1,1の2,乙6,8,9,28,29の2,乙34の1,証人D,証人E,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,当事者間に争いのない事実を含め,次の事実が認められる。
ア 原告は,平成11年6月に日商簿記1級に合格し,以来8年半にわたり事業会社,税理士事務所等において記帳・経理業務に携わっていたところ,平成20年8月頃,被告にこのことをアピールして従業員の採用に応募し,同年9月,記帳・会計処理に関する相応の知識・経験を有するものと評価されて,記帳・経理業務を専門に担当するコンサルタントとして被告に雇用されたものである(なお,原告は,その後,平成23年9月1日にも,被告との間で,コンサルタントとして雇用されることを合意した。)。
イ 原告は,記帳・経理業務の代行サービスを行う部署に配置され,平成21年頃から順次,c社及びd社に係る記帳・経理代行業務,e社に係る記帳・経理代行業務,f社に係る記帳・経理代行業務に従事し,各社から月末を締め日として提供された原資料を基に仕訳を行い,当月の月次決算結果等の会計書類を作成して,各社に提出すること等の作業をしていたが,平成23年7月頃,e社に係る業務のうち記帳,仕訳,データ入力及びそれらに関する準備作業について,香港の関連会社がこれを行うようになり,これに伴い,原告は,「Book Review」として,上記関連会社が行った記帳,仕訳等の作業の結果を最終的に確認した上で,月次決算結果等の会計書類をe社に提出するという作業をするようになった。
(2) 以上認定の事実に,被告が外国企業に対し,そのニーズに従って日本の事業所における記帳・経理業務を代行することを業とするものであること,企業会計が,企業の財政状態及び経営成績に関して,真実な報告を提供することを旨とし,正確な会計帳簿の作成を求めていることを併せみれば,原告は,本件雇用契約上,被告が顧客から委託された記帳・経理の代行業務に従事する際において,顧客から提供された原資料を基に適切な仕訳を行い,正確な会計書類を作成して,これを各顧客との間で取り決めた期限までに提出するとともに,上記会計書類の内容の正確性を後に検証できるように,原資料を所定のルールに従って分類整理してファイリングをして管理し,上記会計書類の内容について顧客から問い合わせがあったときは,これに適切に回答すべき職務を有していたものである。また,記帳,仕訳等の作業を関連会社が行った場合には,上記関連会社が行った上記作業の結果について,それが適切なものであるかどうかを確認した上,従前と同様,正確な会計書類を所定の期限までに提出するとともに,これらの会計書類の内容について顧客から問い合わせがあったときは,これに適切に回答すべき職務を有していたものというべきである(なお,原告は,その本人尋問において,香港の関連会社が記帳,仕訳等の作業を行うようになって以降の自らの業務について,誰が見ても明らかにおかしいミスがあるかどうかを確認するというものに変わり,詳細をチェックすることまで求められていなかった旨を供述するが,採用することはできない。)。
そして,原告は,そのような職務を遂行し得るに足る能力を有することを条件として雇い入れられた者であると認められる。
2 原告の業務の遂行状況等
(1) 証拠(乙11の1及び2,乙12,13の1~4,乙14の1~4,15~20,乙21の2~4,乙22,23の1~4,乙24の2,4~6,乙25の4,5,乙26の2~4,乙27,28,29の2,乙30,33,34の1,証人D,証人E,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,当事者間に争いのない事実を含め,次の事実が認められる。
ア 原告のf社に係る業務の遂行状況等
(ア) 原告は,平成23年5月頃から,f社に係る記帳・経理代行業務に従事し,月次決算結果を作成して,f社に提出する作業等を行っていたが,月次決算結果のf社への提出については,締め日の翌月第6営業日が期限とされ,また,月次決算結果作成の前作業として行うべき「ハイペリオン・ファイナンシャル・マネジメント(HFM)」と称する各国市場の実績を統合する連結財務諸表・報告書作成ソフトに売上を入力する作業については,締め日の翌月第3営業日が期限とされた。
Cは,同年6月頃から,原告が担当するf社に係る業務に応援として携わった。
(イ) 平成23年6月の月次決算結果について
原告は,f社の平成23年6月分の月次決算結果について,同年7月8日までに提出すべきであったところ,その提出期限をf社に連絡をすることなく徒過し,同月11日午後7時7分送信のメール(乙21の4)により,これをf社に提出した。
しかし,上記月次決算結果には,引当金や雑収入に関する会計処理において,損益に3400万円もの多額の影響を与える誤りがあった。元f社の財務最高責任者及び代表取締役であり,被告のアウトソーシングサービスのオペレーション全体を統括するディレクターであるD(以下「D」という。)は,原告及びCに対し,同月12日午前7時13分送信のメール(乙21の3)により,その会計処理の誤りを指摘した上,その修正を指示し,併せて,分からないことがあれば質問を受ける旨を述べた。
(ウ) 平成23年7月分の月次決算結果について
原告は,f社の平成23年7月分の月次決算結果について,同年8月8日までに提出すべきであったところ,その提出期限をf社に連絡をすることなく徒過し,同月10日午後5時58分送信のメール(乙22)により,これをf社に提出した。
また,原告は,f社から提供された原資料のファイリングを適切に行っていなかった。
(エ) 平成23年8月分の月次決算結果について
原告は,f社の平成23年8月分の月次決算結果について,同年9月8日までに提出すべきであり,売上をHFMに入力する作業については,同月5日までに行うべきであったところ,Dは,原告に対し,同日午後8時23分送信のメール(乙23の4)により,「HFMに売上を入れる期日が第三営業日(今日)ですが,終わってますか?」と,上記作業の進捗状況を尋ねた。しかし,原告は,上記作業について,その期限を徒過した上,Dに対し,同月6日午前8時15分送信のメール(乙23の3)により,「実は昨日より熱が引かないのでお休みをもらってました。すみませんが,売上に関してはご対応いただいてよろしいでしょうか。」と,上記作業を自らに代わって行うよう依頼した。
Dは,原告に作業期限を遵守する姿勢がみられないと感じ,原告に対し,同日午前10時33分送信のメール(乙23の2)により,「今後due datesをどう守るのか,それを誰が確認するのかそちらで話し合った上でご報告ください。」と述べ,原告の所属する記帳・経理チーム内における協議を指示した。これに対し,原告は,同日午後0時29分送信のメール(乙23の1)により,「すみません。返す言葉もありません。」と返答した。
Dは,同月7日,同年8月分の月次決算結果について,改めて提出期限を厳守するよう指示したが,原告は,その提出期限をf社に連絡をすることなく徒過し,同年9月16日午後1時35分送信のメール(乙24の7)により,上記月次決算結果をf社に提出した。その際,メールの本文に,8月度の期間損益は▲¥7,944,527となったが,これは7月度の過剰推計の調整である旨を記載したところ,f社の日本の事業所の担当責任者から,上記のメールの記載の意味内容や,渋谷の店舗における損失発生等について説明を求められ,同人に対し,同年9月16日午後7時41分送信のメール(乙24の5)により,その回答をするとともに,混乱を招いたことについて謝罪した。
Dは,原告に対し,同月20日午後2時27分送信のメール(乙24の2)により,原告において改善すべき点を明示した上で,面談を提案した。そして,同月23日頃,原告と面談を行い,原告に対し,その職務遂行について改善すべき事項として,月次決算結果等の提出が遅れていること及びその報告がないこと,分からない点があっても質問,相談をしないこと,確認を行わないこと等を指摘した上,仕訳の手順,確認作業の手順,原資料のファイリングの手順等について指導した。
Dは,同日,f社のパリ本社財務部門担当者から,同年8月分の月次決算結果の修正について催促を受けた。そして,f社のパリ本社財務部門担当者に対し,次の月曜日のパリ事務所の就業時間まで待ってくれるように依頼するとともに,原告に対し,次の月曜日の正午までに問題点を処理するよう指示した。
(オ) Dによるf社に係る作業の管理等
Dは,平成23年9月27日,f社の月次決算結果の作成業務に関し,このままではf社の信頼を損ない,業務委託契約が打ち切られることも危惧されたことから,被告代表取締役の許可を得た上で,向後3か月間,自らがf社に係る作業の全体を管理することとし,その旨を原告を始めとする被告の担当者に伝えた。そして,同日,f社パリ本社の担当者と電話会議を行ったところ,f社側から,原告の職務遂行について,作業の遅れや仕訳の誤りがあること,作業の遅れの発生について連絡がなかったこと,経理処理に際してf社に質問が一切ないこと,確認が欠如していることなどの問題点が指摘された。
Dは,原告に対し,同日午後11時35分送信のメール(乙26の2)により,上記電話会議で指摘された問題点等を伝えた。しかし,原告は,Dに対し,同月28日午前1時27分送信のメール(乙26の1)により,書かれたコメントを読み,大変遺憾に思う旨,原告の仕事の成績を遺憾だと考えるのであれば,f社担当チームの編成を変えることを提案する旨を回答するにとどまり,自らの職務遂行態度について改善する意向を示すことはなかった。
原資料のファイリングに関しても,改善の傾向がうかがわれず,同年10月10日には,Cが原告に対し,「証票類が散乱しているので,全てアカウンティングファイルマニュアルに沿う形でファイリングしましょう。」などと注意・指導をした。
(カ) f社からの担当者変更の申入れ等
Dは,平成23年10月下旬,f社パリ本社を訪問し,f社のグループ財務最高責任者,グループコントローラー,リージョナルディレクター等の幹部同席の下,ミーティングを実施したところ,f社側から,原告の職務遂行について強い不満が述べられるとともに,担当者を変更するよう申し入れられた。Dは,その場で謝罪するとともに,f社からの異例の申入れに対し,これを了承した。そして,被告は,原告をf社の担当から外し,別の記帳・経理業務担当従業員である大田に原告の業務を引き継がせた。
イ 原告のe社に係る業務の遂行状況等
(ア) 原告は,平成22年4月頃から,e社に係る記帳・経理代行業務に従事し,月次決算結果等の会計書類を作成して,e社に提出する作業を行っていたが,平成23年7月頃からは,e社に係る業務のうち,記帳,仕訳,データ入力及びそれらに関する準備作業が,香港の関連会社において行われるようになり,これに伴い,原告は,上記関連会社において行われた記帳,仕訳等の作業の結果を最終的に確認した上で,月次決算結果等の会計書類をe社に提出するという作業をするようになった。
(イ) 平成23年7月分の月次決算結果について
原告は,平成23年5月分及び同年6月分の各月次決算結果について,それぞれ翌月10日までにe社に提出していたところ,同年7月分の月次決算結果については,同年8月10日になってもe社に提出しなかった。e社の日本の事業所の担当者(ポートフォリオ・マネージャー)であるF(以下「F」という。)が,原告に対し,同日午後5時13分送信のメール(乙33)により,月次決算結果を締め日の翌月10日までに送付するよう求めたところ,原告は,担当者としてこれに応じ,e社との間で,月次決算結果の提出期限を締め日の翌月10日とすることが取り決められた。その後,原告は,同月11日午前2時37分送信のメール(乙11の2)により,同年7月分の月次決算結果をe社米国本社の財務最高責任者であるG(以下「G」という。)及びFに提出した。
Gは,原告に対し,同日午後8時56分送信のメール(乙11の1)により,同年7月分の月次決算結果について,未払立替経費の合計額に小口現金勘定で払い戻した経費が漏れており,こうした費用が誤って郵送費として仕訳けられている旨の指摘をするとともに,仕訳の修正及び修正した損益計算書の送付を指示した。このメールは,被告のe社担当のエンゲージメントマネジャーであるE(以下「E」という。)に対しても送信されたところ,Eは,これを受けて直ちに,原告に対し,月次決算結果について確認作業を行うこと,不明の点があれば他者に相談することなどの注意・指導を行った。
(ウ) 平成23年8月の月次決算結果について
原告は,e社の平成23年8月分の月次決算結果について,同年9月10日までにe社に提出すべきであったところ,その提出期限をe社に連絡をすることなく徒過した。また,月次決算結果の提出が期限に遅れることについて,事前にEらに報告しなかった。Gは,Eに対し,同月13日午後10時1分送信のメール(乙12)により,同年8月分の月次決算結果が同年9月第9営業日になっても届いていないなどと苦情を述べた。これを受けて,Eは,原告に対し,上記苦情の内容を伝えた上,正確な内容の月次決算結果を所定の期限までに提出するよう注意・指導をした。原告は,同月14日午後2時22分発信のメール(乙13の4)により,同年8月分の月次決算結果をe社(G及びF)に提出した。
Fは,原告に対し,同年9月14日午後3時35分発信のメール(乙13の2,3)により,同年8月分の月次決算結果の内容について,同年1月から同年7月までの損益計算書の累積経費合計に同年8月の損益計算書の数額を加えた額が同月の期間合計と合致しない旨,同年7月に発生した郵送・配送費を清算すべき経費に振替修正したものが同年8月の経費合計に反映されていない旨を指摘した。また,Gは,原告に対し,同年9月14日午後9時48分発信のメール(乙13の1)により,同年8月分の月次決算結果の内容について,コミッション収入,インターカンパニー勘定の残高,受け取り消費税残高,経費未清算残高等に誤りがあるとして,その修正を指示するとともに,併せて,月次決算結果をe社に提出する前に,必ず他者が原告が行った計算結果をチェックすること,月次決算結果は遅くとも毎月10日には提出することを重ねて求めた。上記各メールは,Eに対しても送信されたところ,Eは,これらのメールの内容からe社との契約関係の維持について危機意識を持ち,原告に対し,正確な内容の月次決算結果を所定の期限までに提出すること,仕訳等の過誤がないように原資料との整合性,一貫性を確認することなどを重ねて注意・指導した。
(エ) 平成23年11月の月次決算結果について
原告は,e社の平成23年11月分の月次決算結果について,同年12月7日午前4時17分送信のメール(乙14の4)により,これをe社に提出した。
Gは,原告に対し,同月8日午前2時22分発信のメール(乙14の3)により,社会保険料の会計処理,清算処理すべき経費の費目明細の消し込み,未払金の処理について,食い違いや誤りを指摘し,その食い違いの原因を明らかにするとともに,誤りを修正するよう指示した。しかし,原告は,清算処理すべき経費の費目明細の消し込みの点,未払金の処理の点について,適時にその食い違いの原因の解明や誤りの修正をせず,また,社会保険料の会計処理の点についても,Gに対し,同日午前3時55分発信のメール(乙14の2)により,日本の社会保険料の説明をするにとどまり,日米の社会保険制度の違いまで説明しなかった。
日米の社会保険制度の違いを認識していないGは,原告の説明に納得せず,原告ではなくEに対応してもらおうと考え,同月8日午後10時34分発信のメール(乙14の1)により,Eに対し,上記の点の修正をするよう求めるとともに,原告がした記帳・経理業務に過誤が多く,その修正作業に時間を要していることに苦情を述べた。そこで,Eは,Gからの要求に従い,Dや他の従業員らの協力を得ながら,原告に代わって上記の点について必要な修正及び説明を行った。
(オ) 平成23年12月の月次決算結果について
原告は,平成23年12月分の月次決算結果については,平成24年1月10日までに提出すべきであったところ,その提出期限をe社に連絡をすることなく徒過した。Gは,同日午前9時43分発信のメール(乙15)により,E及び原告に対し,上記月次決算結果の提出を催促した。Eは,原告に対し,直ちに上記月次決算結果を提出するように指示をした。
(カ) 業務委託の打切りについて
Gは,平成24年1月12日,被告に対し,e社が被告に委託していた業務のうち原告が担当していた記帳・経理業務について,同年3月末日締め分をもって委託を打ち切ることを通告した。これを受けて,Eは,Gに対し,最近発生した様々な問題点に関して,被告が提供したサービスの質が至らなかった点を謝罪する旨のメール(乙30)を送信した。
被告は,その当時,e社から記帳・経理業務の委託料として月額13万円の支払を受けていたところ(なお,これは,他の委託業務に比べ多額であり,また,e社から委託を受けた業務全体の委託料の約半分を占めるものである。),上記業務委託の打切りにより,同年4月以降,同額の売上を得る機会を失うに至った。
ウ 原告のc社及びd社に係る業務の遂行状況等
原告は,平成21年頃から,c社及びd社に係る記帳・経理代行業務に従事し,月末を締め日としてc社及びd社から送られてきた原資料を基に仕訳を行い,当月の月次決算結果等の会計書類を作成して,c社及びd社に提出する作業をしていたが,上記業務において,社会保険料に関する会計処理を誤り,社会保険料預り金勘定の作成や社会保険料事業主負担分の仕訳等をせず,そのため,社会保険料事業主負担分が,約2年間にわたり損益計算書の勘定に費用として計上されていなかった。また,c社及びd社から提供された原資料のファイリング及び管理について,一部資料が欠落するなど,不備があった。
被告は,平成23年12月頃,原告が担当していたc社及びd社に係る業務のうち,記帳,仕訳,データ入力及びそれらに関する準備作業について,これを香港の関連会社に移管することを決定し,平成24年2月から,これらの業務が上記関連会社において行われるようになった。これを契機として,同年3月頃,それまでに原告が行った上記の社会保険料に関する会計処理の誤りが発覚し,本件解雇後の同年10月頃まで,被告及び上記関連会社において,原告が作成を担当したc社及びd社の過去約2年分の月次決算結果等について,点検・修正作業を行うこととなった。そして,この点検・修正作業においても,原告による原資料のファイリング及び管理に不備があったため,過去の帳簿,社会保険関連申請書類等を倉庫から取り寄せたり,役所に問い合わせをしたりしながら,データとの突合を行うなど,多大な労力を要する作業を強いられることとなった。最終的な修正額は,c社の経理処理において合計8764万円余,d社の経理処理において合計1633万円余に及んだ。
(2)ア 原告は,月次決算結果については,明確な提出期限が設定されていなかった旨を主張し,これに沿う証拠(甲5,原告本人)もある。
しかし,これらの証拠は,反対趣旨の証拠(乙28,29の2,証人D,証人E)のほか,原告自身,f社の月次決算結果を提出した際に,その提出が遅れたことをf社の担当者に詫びていること(乙21の4によって認められる。)等に照らせば,直ちに信用することはできず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
イ 原告は,e社の月次決算結果の提出が遅れたことや,会計処理に誤りがあったことについて,その記帳,仕訳等の業務を行っていた香港の関連会社の作業の遅延,ミスが原因であり,自らの責任ではない旨を主張し,これに沿う証拠(甲5,原告本人)もある。
しかし,前判示のとおり,記帳,仕訳等の作業が関連会社において行われた場合,原告は,上記関連会社において行われた上記作業の結果が適切なものであるかどうかを確認した上,正確な会計書類を所定の期限までに提出すべき職務を有していたものであり,e社に係る業務の被告の担当者として,上記関連会社に作業の遅延が生じないよう催促をしたり,関連会社の作業の結果について,自らが直接当該作業を行うのに準じて精査するなどして,正確な会計書類を所定の期限までに提出できるように対応すべきであったというべきである。しかるに,原告において,このような対応をしたことをうかがわせる証拠はなく,たとえ上記関連会社の作業に遅延やミスがあったものであるとしても,自らの任務を怠ったものといわざるを得ない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
ウ 原告は,c社及びd社に係る業務における社会保険料の事業主負担分の経費が計上されていなかったことについて,自らは正しく会計処理をしたものの,システムの通信エラーにより,入力データが被告の本社のデータベースに反映されなかったことが原因であり,自らが責任を負うものではない旨を主張する。
しかし,証拠(乙18~20,28,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,平成21年以降2年間にわたり,社会保険料の事業主負担の費用計上がされていないことが認められる一方,原告の主張するシステムの通信エラーの事実については,これを認めるに足りる的確な証拠はなく,推測の域を出るものではない。これらのことからすれば,上記の事態は,原告が誤った会計処理をしたことによって生じたものと認めるのが合理的であり,この認定を覆すに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
3 争点1(解雇が有効であるかどうか)について
(1) 前記認定の事実によれば,原告は,記帳・会計処理に関する相応の知識・経験を有するものと評価されて,記帳・経理業務を専門に担当するコンサルタントとして雇用されたものであり,本件雇用契約上,顧客から提供された原資料を基に適切な仕訳を行い,正確な会計書類を各顧客と取り決めた期限までに提出するとともに,原資料を所定のルールに従って分類整理してファイリングをして管理し,顧客からの会計書類の内容に関する問い合わせに対し,適切に回答すべき職務を有していたにもかかわらず,その職務を怠り,月次決算結果を所定の期限までに提出せず(f社の平成23年6月分~同年8月分の各月次決算結果,e社の平成23年8月分,同年12月分の各月次決算結果),会計処理を誤り(e社の平成23年7月分,同年8月分,同年11月分の各月次決算結果,c社及びd社に係る記帳,経理),原資料を適切に管理せず,顧客からの問い合わせに対して適切に回答をしなかったものと認められる。そして,原告は,被告から,職務懈怠が明らかになる都度,注意・指導をされながら,その職務遂行状況に改善がみられなかったものと認められ,結局のところ,原告は,前記の職務を遂行し得るに足る能力を十分に有していなかったものといわざるを得ない。
そうすると,原告については,少なくとも,被告就業規則55条(7)所定の解雇事由があるものというべきである。
(2) 前記認定の事実によれば,被告は,原告の上記職務懈怠によって,e社から業務委託を打ち切られ,また,c社及びd社に係る会計処理の修正に多大な労力を要するとともに,その修正が大きな規模に及んだものであると認められる(なお,原告は,e社からの委託業務の終了は,当初から予定されていたものであると主張するが,採用することはできない。)。
また,証拠(甲6の1,乙5)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成24年2月,原告の解雇を検討したものの,これを控えて,原告に対し,退職を勧奨し,その際,原告からの要望を受けて,一定期間引き続き在籍させる一方,その期間の勤務を免除する取扱いをするなどして,当事者双方の合意による円満な退職を実現しようとしたものと認められる。
これらの事実に,前記認定の原告の職務遂行の状況や被告の注意・指導の状況等を併せみれば,本件解雇は,客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当と認められるというべきである。
(3) 原告は,自らの業務量が被告のソフトウェア・システム上の不具合等により過重なものとなっていたとし,このことをもって,本件解雇が権利の濫用に当たると主張する。
しかし,この主張に沿う証拠は,原告の本人尋問における供述及び陳述書(甲5)のみであり,これらの証拠は,反対趣旨の証拠(乙28,証人D)及び弁論の全趣旨に照らし,直ちに信用することはできず,原告の業務に応援に入ったCが操作方法を理解していないために原告の業務量が増えたことを認めるに足りる的確な証拠もない。また,原告が深夜にメールを送信していたことから,直ちに原告の業務量が過重なものであったと認めることもできず,他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(4) 原告は,本件解雇当時,被告には人員削減計画が存在し,本件解雇は,被告の経営上の都合による実質的な整理解雇であって,解雇権を濫用する意図の下に行われたものであると主張する。
しかし,被告は,本件解雇について,被告の経営上の都合による解雇であると主張するものではない。そして,人員削減計画の存在をもって直ちに解雇権を濫用する意図が認められるというものでもなく,前判示のとおり,原告には,被告就業規則所定の解雇事由があると認められる以上,他に解雇権の濫用を根拠づける事情が認められない限り,本件解雇が解雇権の濫用に当たるということはできない。
(5) ところで,本件解雇は,労働基準法20条所定の解雇予告期間をおかない即日解雇であるところ,被告は,本件解雇に当たり,原告に対し,同条所定の解雇予告手当の支払をしていない。また,被告は,本件解雇をした際,解雇理由を速やかに通知したことを認めるに足りる証拠はない。
しかし,解雇予告期間をおかず,解雇予告手当の支払をしなかったこと,解雇理由を速やかに通知しなかったことから,直ちに解雇の効力が否定されるものではなく,使用者が労働基準法20条所定の予告期間をおかず,また,予告手当の支払をしないで労働者に解雇の通知をした場合には,通知後同条所定の30日の期間を経過するか,又は予告手当の支払をしたときに解雇の効力を生ずるものと解すべきである(最高裁昭和30年(オ)第93号同35年3月11日第2小法廷判決・民集14巻3号403頁参照)。
(6) 以上によれば,本件解雇は,有効なものであるが,その効力自体は,平成24年4月30日に生じたものであると認められる(なお,前記争いのない事実等のとおり,原告が退職を勧奨された際,原告の職務遂行について問題があることについて言及されていないが,円満な退職の実現ためにそのようなことに言及しないということも十分に考えられるところであり,そのような言及がなかったことは,解雇の効力を左右しない。)。
そうすると,本件雇用契約は,同年3月31日ではなく,同年4月30日をもって終了したものであり,原告は,同日までは被告の従業員の地位にあり,被告に対し,同日までの賃金の支払を求め得るものの,同年5月1日以降は,その地位になく,被告に対し,同日以降の賃金の支払を求めることはできないというべきである。
4 争点2(本件解雇が原告に対する不法行為を構成するかどうか)について
本件解雇が有効なものであることは,既に判示したとおりである。したがって,本件解雇が原告に対する不法行為を構成するものではないというべきであり,原告の不法行為を理由とする慰謝料請求は,その余の点(争点4)について判断するまでもなく理由がない。
5 争点3(被告が労働環境を整備する注意義務に違反し,これにより原告が過負担業務の継続を強いられたかどうか)について
原告の業務量が過重なものであったと認められないことは,既に判示したとおりである。したがって,被告が労働環境を整備する注意義務に違反し,これにより原告が過負担業務の継続を強いられたものと認めることはできず,原告の上記義務違反を理由とする慰謝料請求は,その余の点(争点4)について判断するまでもなく理由がない。
6 結論
以上によれば,原告の請求は,被告に対し,平成24年4月1日から同月30日までの間の賃金46万7546円及びこれに対する同月21日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余は,いずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 中吉徹郎)
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