
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(55)平成25年 3月25日 東京地裁 平21(ワ)36796号 損害賠償請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(55)平成25年 3月25日 東京地裁 平21(ワ)36796号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成25年 3月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)36796号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2013WLJPCA03258027
要旨
◆a社及び同社の連結子会社であるb社それぞれの株主であった原告が、いずれもa社又はb社の役員であった被告らが善管注意義務に違反してb社につき不当な民事再生手続開始申立てをし、裁判所から減資許可決定を得てこれを実行したことにより、b社の株式取得価格相当額の損害を受けたとして、役員等の第三者に対する損害賠償責任又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告らに対し、株式取得価格相当額の損害賠償等を求めた事案において、b社の本件再生事件申立てに先立って、被告らが不当に資産を処分し、若しくは債務を負担し、又はその申立てに当たり資産を隠匿するなどしてb社を殊更に債務超過状態とさせたと認めることはできず、また、その他被告らの会社に対する善管注意義務違反行為として原告が主張する行為はいずれも認められないか、又は違法ないし不当なものということができないとし、原告の請求を棄却した事例
参照条文
民事再生法154条3項
民事再生法166条
会社法429条1項
民法709条
裁判年月日 平成25年 3月25日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平21(ワ)36796号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2013WLJPCA03258027
埼玉県戸田市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 福田恵太
同 島津守
同 梅津有紀
同 栗田祐太郎
東京都港区〈以下省略〉
被告 Y1
東京都品川区〈以下省略〉
被告 Y2
千葉県松戸市〈以下省略〉
被告 Y3
東京都港区〈以下省略〉
被告 Y4
上記4名訴訟代理人弁護士 長堀靖
同 白井裕子
同 大野友竹
同 日向隆
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して2128万7475円及びこれに対する平成21年4月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,株式会社a(以下「a社」という。)及び株式会社b(以下「b社」という。)それぞれの株主であった原告が,いずれもb社又はa社の役員であった被告らが善管注意義務に違反してb社につき不当な民事再生手続開始申立てをし,裁判所から後記本件減資許可決定を得てこれを実行したことにより,b社の株式取得価格相当額の損害を受けたとして,役員等の第三者に対する損害賠償責任又は不法行為による損害賠償請求権に基づき,株式取得価格相当額の損害賠償及び上記減資許可決定確定の日より後の日である平成21年4月29日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 前提事実(特に証拠等を掲げたものを除き,いずれも当事者間に争いがない。)
(1) 原告は,後記本件減資許可決定確定当時,b社の株主であった。
(2) a社は,平成18年12月25日,株式会社c1(以下「c1社」という。)のグループ会社であるc2証券株式会社等(以下,これらを含むc1社のグループ会社を一括して「cグループ」ということがある。)から購入したb社第4回新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)を行使したことにより,b社を連結子会社とした。なお,この新株予約権行使による変更登記は平成19年1月17日にされた。
(顕著な事実,甲1,137,乙5)
(3)ア 被告Y1(以下「被告Y1」という。)は,平成17年6月25日以前にa社の取締役に就任し,平成20年6月25日からは同社代表取締役に就任して現在に至るところ,平成19年3月9日から平成20年4月14日までの間,b社の取締役でもあった。
イ 被告Y2(以下「被告Y2」という。)は,平成17年6月25日以前にa社の取締役に就任して現在に至るところ,平成19年3月9日にb社の取締役に,同年6月19日には同社の代表取締役に就任し,平成20年9月5日にこれらを辞任した。
ウ 被告Y3(以下「被告Y3」という。)は,平成19年3月9日にb社の取締役に,平成20年9月5日に同社の代表取締役に就任して現在に至る。
エ 被告Y4(以下「被告Y4」という。)は,平成16年6月26日から平成21年6月24日までの間はa社の監査役,同日から現在に至るまでは同社取締役であるところ,平成19年3月9日から平成21年6月29日までの間,b社の監査役でもあった。
(4) b社は,マンション販売等を行う不動産業者であったところ,平成19年秋頃に発覚したアメリカのサブプライムローン問題による不動産不況により急激に業績を悪化させ,平成20年10月31日開催の取締役会において決議の上,同日,東京地方裁判所に対し民事再生手続開始の申立てをした(平成20年(再)第259号民事再生手続開始申立事件。以下「本件再生事件」という。)。
これに対し,本件再生事件の担当裁判所(以下,単に「裁判所」という。)は,同日,監督命令を発令し,監督委員としてA弁護士(以下「A監督委員」という。)を選任するとともに,再生債務者が所有又は占有する財産に係る権利の譲渡,担保権の設定,賃貸その他一切の処分(常務に属する取引に関する場合を除く。)を行うに当たっては監督委員の同意を要する旨等を定め,同年11月5日,その旨の登記がされた。
また,裁判所は,同月6日,本件再生事件につき民事再生手続開始決定をした。
(顕著な事実,甲1)
(5) b社は,平成21年1月6日,裁判所に対し,「民事再生法第124条に基づく財産価額評定書(平成20年11月6日現在)」(以下「本件評定書」という。)を提出した。(甲1)
(6) b社は,同年2月26日,株式会社d(以下「d社」という。)との間で譲渡価額を35億1500万円(ただし,一定の場合に価格調整があり得る。)とする事業譲渡契約(以下「本件事業譲渡」という。)を締結し,同日,A監督委員の同意を得た上で,同月27日,裁判所に対しその許可及び株主総会の決議に代わる許可を求めた。これに対し,裁判所は,同年3月25日,これらをいずれも許可した。
(7) b社は,同月30日,裁判所に対し,再生計画認可決定確定前の発行済み株式全てを自ら取得し,資本金全額を減少させることの許可を求め(以下「本件減資許可申請」という。),同日,裁判所はこれを許可した(以下「本件減資許可決定」という。)。同決定は,同年4月27日の経過により確定した。
また,b社は,同年3月30日,裁判所に対し,再生計画案(以下「本件再生計画案」という。)を提出した。
(8) 双葉監査法人は,A監督委員に対し,同日付け「調査報告書」(以下「双葉報告書」という。)を提出し,A監督委員は,同年4月7日,裁判所に対し,本件再生事件の手続及び本件再生計画案にはいずれも法律の規定に違反する重大な事実は認められない,本件再生計画案は遂行の見込みがないとはいえない,本件再生計画案は破産手続による場合に比べて再生債権者にとって不利とはいえず,再生債権者の一般の利益に反しないという結論の意見書(以下「監督委員意見書」という。)及び双葉報告書を提出した。
(9) 本件再生計画案は,同年5月27日,債権者集会において可決され,同日,裁判所はその認可決定をし,同決定は,同年6月20日に確定した(以下,確定したb社の再生計画を「本件再生計画」という。)。(甲2)
(10) b社は,同月29日,資本金の額を0円に変更した。
2 主な争点
(1) 本件再生事件申立てに先立つb社の資産処分等の不当性
(2) 本件再生事件における資産評価の不当性
(3) 本件事業譲渡の不当性
(4) 被告らの本件再生事件申立て等に対する関与及び不当な目的の存在
(5) 原告の主張する侵害行為と損害との因果関係
3 当事者の主張
(原告の主張)
(1)ア 本件再生事件申立てに先立つb社の資産の不当な処分等
(ア) 被告らは,b社の資産を可能な限り社外に流出させ,同社を殊更に債務超過状態とさせて民事再生手続により整理する方針の下に,大阪市中央区谷町に所在する約1000坪の不動産(以下「大阪谷町案件」という。)その他同社の資産を事前に不当に隠匿した。
例えば,b社の平成20年3月31日付け貸借対照表によれば,流動資産633億9397万8000円,流動負債359億5811万7000円と,財務比率には問題がなかったにもかかわらず,本件評定書の貸借対照表では流動資産90億1823万0001円と極端に減額されている。短期間にこれほどの減額が生じるのは,資産隠しが行われた結果によるものである。また,本件評定書の「投資用不動産」記載の「新蒲田」物件について,評価額は記載されているものの,その正確な所在地,土地建物の個数,面積等は記載されていない。これは,被告らが故意にb社の財産を表示しなかったものであり,その目的は資産隠しにあると考えられる。
(イ) 本件評定書においては,a社からの借入金が203億4912万9735円とされているところ,これは借入金総額の半分近い額である。しかし,この借入金に関する金銭の動きは極めて不自然であることなどから,貸付けの実体があったか否かは極めて疑問である。また,この借入れはb社がa社から必要もなくさせられたものであり,b社は,被告らによりあえて債務超過の状態を作出されたといえる。
さらに,a社は,平成18年6月14日にcグループが保有するb社の普通株式,第2回無担保転換社債型新株予約権付社債(以下「本件新株予約権付社債」という。)及び本件新株予約権を購入することとし,同年12月25日,このうち本件新株予約権を行使してb社を子会社としたが(上記1(2)),同月26日,本件新株予約権付社債は額面の金額でb社により買入消却されることとなり,その資金191億円は,a社による本件新株予約権の行使代金110億円とa社からの借入金68億円などにより賄われた。b社にとって事業運営のための資金調達の必要があったために償還期限を平成20年12月26日とする本件新株予約権付社債が発行され,しかもcグループからはa社がこれを購入するはずであったにもかかわらず,a社から巨額の借入れをしてまでb社の負担によりその全てを買入消却したのは,不当にb社の財産を流出させたものというほかない。加えて,a社からの68億円の借入れに関しては,その1か月後には18億3000万円が返済されるという異様な事実経過をたどっている。
(ウ) 大阪谷町案件については,上記(ア)に加え,指定暴力団と関係のある反社会的勢力に地上げをアウトソーシングさせており,その件が明るみになるとb社のみならず親会社であるa社までもが上場廃止となるリスクがあったことから,これを隠蔽するためにも,被告らは,b社関係者のダミー会社に対し,抵当権付きで売却した。
(エ) b社は,その子会社である株式会社b1(以下「b1社」という。)に対し51億6900万円の短期貸付金があるが,同社は,平成20年11月6日現在,所有株式1000株,出資金1107万8902円の会社であり,また,大阪谷町案件での資産隠しにも関与した会社であることを考えると,この貸付けは異常である。合理的な理由もなく,また,返済資力についての慎重な検討もされないまま,この貸付けが行われ,その債権の評価額が5億円程度にしかならないとすれば,b社の役員であった被告らが同社の財産をその職務懈怠によって流出させたものというほかない。
イ 本件再生事件における不当な資産評価等
被告らは,本件再生事件におけるb社の資産評価に当たり,民事再生手続における財産価額評定額が特定価格によることを前提としても,その評価を不当に下げた。例えば,b社の有していた棚卸資産(販売用不動産,仕掛不動産,投資用不動産を含む。)である不動産につき,簿価合計は448億0572万4000円であるのに対し,本件評定書の評定額は合計142億4870万4000円と,68パーセントもの減額評価をした。また,本件評定書の評定額は,実勢価格とも大きくかけ離れた価額である。これらの点を含めて本件評定書の資産評価方法には問題があることに加え,b社の有していた一部物件は本件評定書に記載されていないなど,本件評定書記載の資産は,正しい資産を反映していない。
他方,本件評定書では15億円もの清算費用が計上されているが,これは清算配当金30億3660万5000円の50パーセントに上り,故意に配当率を低下させたものである。
ウ 本件事業譲渡の不当性
b社は,d社に対し本件事業譲渡を行ったが(上記1(6)),その前提となる資産評価は不当に廉価に行われたものである上(上記イ),譲渡代金自体も不当に廉価であった。しかも,本件事業譲渡は,クロージングの時期を物件ごとに分けており,譲渡対象物件を順次処分していくことによりその売買代金をもって事業譲渡代金が支払可能となるように工夫されている点等で,d社に一方的に有利な契約となっている。
また,d社は,eファンドグループのダミー会社であり,コンプライアンス上不適格な譲渡先であったところ,本件再生事件の申立ては,b社創業者であるB(以下「B」という。)の人間関係に基づいて,当初からd社を事業譲渡先とする予定で行われたものである。
(2) 被告らの本件再生事件申立て等に対する関与及び不当な目的の存在
被告らは,b社の取締役及び監査役並びにその親会社であるa社の取締役及び監査役として,B,d社の役員であるC及びeファンド企画課長であったDと共謀の上,親会社であるa社の連鎖倒産を防ぐとともに,違法な手段で資産を残すという不当な目的のために本件再生事件を申し立て,本来であれば付議の対象とならない違法な本件再生計画案を裁判所に提出し,その際,上記(1)のとおり裁判所を欺いて本件減資許可申請を行い,本件減資許可決定を得てこれを平成21年4月27日の経過をもって確定させた。
被告らが本件再生事件の申立てに当たりこのような目的を有していたことは,この間の同年3月27日,被告らが,本件再生計画認可決定の確定を見越して,a社第9回新株予約権を同社取締役4名及び監査役3名に対し,12万7000個割り当てた結果,当該経営陣が株価の暴騰により莫大な利益を得たことからもうかがわれる。
このように不当な本件再生事件の手続につき,a社又はb社の取締役等として本件再生事件の申立て及び本件再生計画案の内容を取締役会にて承認した被告らの行為は,取締役等としての会社に対する善管注意義務に違反する。
(3) 被告らは,上記(2)の善管注意義務違反行為により,本件再生事件の申立てやその後の本件減資許可決定に基づく資本金全額の減少の実行という民事再生手続を通じて,原告のb社に関する株主権を失わせ,その株式取得価格相当額の損害を発生させた。
原告の株式取得価格は,2128万7475円である。
(4) よって,原告は,被告らに対し,役員等の第三者に対する損害賠償責任又は不法行為による損害賠償請求権に基づき,連帯して株式取得価格相当額2128万7475円の損害賠償及びこれに対する不法行為日(本件減資許可決定確定の日)より後の日である平成21年4月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの主張)
(1) 原告の主張に対する認否
ア(ア) 上記(原告の主張)(1)ア(ア)のうち,b社の平成20年3月31日付け貸借対照表における流動資産及び流動負債それぞれの額並びに本件評定書の貸借対照表における流動資産の額の各記載があること,本件評定書の「投資用不動産」記載の「新蒲田」物件について評価額が記載されていることは認め,その余は不知,否認又は争う。
(イ) 同(イ)のうち,本件評定書にb社のa社からの借入金として203億4912万9735円が計上されていること,同月26日に本件新株予約権付社債がb社により買入消却されることになったこと,b社からa社に対し18億3000万円の返済があったことは認め,その余は不知,否認又は争う。
(ウ) 同(ウ)は不知又は否認する。
(エ) 同(エ)のうち,b社がb1社に対し51億6900万円の短期貸付金を有すること,平成20年11月6日時点でb社の所有株式数が1000株であることは認め,その余は争う。
イ 同イのうち,棚卸資産の合計が簿価448億0572万4000円,評定額142億4870万4000円とされていること,本件評定書に清算費用として15億円,清算配当金として30億3660万5000円が計上されていることは認め,その余は不知又は否認する。
ウ 同ウのうち,本件事業譲渡契約書上クロージングの時期が分かれていることは認め,その余は不知,否認又は争う。
エ 上記(原告の主張)(2)のうち,平成21年3月27日,a社第9回新株予約権を取締役4名及び監査役3名に対し12万7000個割り当てたことは認め,その余は不知又は争う。
オ 同(3)のうち,原告のb社株式取得価格は不知であり,その余は争う。
カ 同(4)は争う。
(2) 本件評定書の財産評定等について(争点(1),(2))
ア 本件再生事件においては,A監督委員がb社の財産の状況を調査するとともに,同監督委員の補助者である双葉監査法人が,本件評定書,事業報告書3期分(平成18年3月以降の年度),総勘定元帳2期分(平成19年3月期以降の年度)及び平成21年3月期の記帳(ただし,平成20年12月24日まで),役員等の不正行為については1年間(平成19年11月以降)について,現金及び預金については現金出納帳の閲覧及び預金通帳と帳簿残高の照合,その他資産・負債についてはb社より提出を受けた証拠書類の閲覧,補助簿及び関係書類との照合並びに質問等の手続,保証債務については取締役会議事録の閲覧及び質問等の手続を行った上で,全て検証し,本件評定書添付の財産目録及び貸借対照表について修正すべき点は修正するとともに,本件再生計画案は破産に比較して不利であるとはいえないと結論し,A監督委員に対して双葉報告書を提出した。
A監督委員も,清算価値保障原則から双葉監査法人の配当原資を採用するものの,申立て前後の違法行為及び不正行為は認められず,役員の損害賠償責任の有無についても手続をとるだけの根拠は認められないとし,また,本件再生計画案は破産手続による場合に比べて再生債権者にとって不利とはいえず,再生債権者の一般の利益に反しないと結論した監督委員意見書を裁判所に提出した。
裁判所は,双葉報告書及び監督委員意見書を検討した上,同月8日付けで本件再生計画案を決議に付する旨決定した。また,債権者集会の招集に当たっては,監督委員意見書を付した本件再生計画案を各債権者に送付し,本件再生計画案は,債権者集会において可決され,裁判所の認可決定を得た。
このように,本件評定書には,双葉報告書及び監督委員意見書で指摘された事項以外の問題点は存在せず,本件再生計画案及び本件再生事件自体には何らの瑕疵もない。
イ 民事再生手続における再生債務者の財産価額の評定に当たり求めるべき価格は再生債務者の事業を清算して早期に処分換価を行うことなどを前提とする価格である特定価格である以上,仮に原告の指摘する販売価格等が正確であったとしても,その数値と特定価格にかい離が生じるのは当然である。
また,b社が本件再生事件を申し立てた以降は,販売物件にアフターサービスも付けられない状態での売却となることなどから,そのような物件を全て正常な営業時と同程度の価格で販売することはできない。
さらに,双葉監査法人も,双葉報告書において,「財産評定後の財産目録及び貸借対照表の修正の可能性のある事項は下記を除き,調査の過程で発見できなかった。」とし,本件評定書における特定価格自体の妥当性については正当と評価している。
ウ 本件再生事件では,平成20年10月31日に監督命令が発令されたところ,その第4項において「再生債務者が所有又は占有する財産に係る権利の譲渡,担保権の設定,賃借その他一切の処分(常務に属する取引に関する場合を除く。)」には監督委員の同意を得なければならない旨明記されており,この内容はb社の登記簿に登記された(上記1(4))。したがって,b社がその所有不動産を処分するには監督委員の同意が必要であり,かつ不動産の所有権移転登記の申請に当たっては監督委員の同意書及び監督委員選任証明書の添付を要することから,財産隠しなどは行い得ない。
(3) 本件事業譲渡について(争点(3))
ア 本件事業譲渡について,b社は,平成21年2月26日にA監督委員の同意を得,同月27日には裁判所に対してその契約書を添付した上で本件事業譲渡についての許可申請を行い,かつ,同年3月13日及び同月16日に債権者説明会を開催し,同月25日に債権者意見聴取期日を経た上で,同日,裁判所から本件事業譲渡の許可及び株主総会決議に代わる許可を取得した。
また,A監督委員の補助者である双葉監査法人も,本件事業譲渡について詳細に検討し,譲渡価格と特定価格を比較し,おおむね特定価格を上回る金額で譲渡されていることを認定して配当原資として正当に評価した上で,本件再生計画案は破産に比較して不利であるとはいえないと結論し,その結果をA監督委員に報告した。
A監督委員も,清算価値保障原則から双葉監査法人の配当原資を採用するものの,申立て前後の違法行為及び不正行為は認められず,役員の損害賠償責任の有無についても手続をとるだけの根拠は認められないとした上で,本件事業譲渡を前提とした本件再生計画案は再生債権者の一般の利益に反しないと結論した監督委員意見書を裁判所に提出した。また,A監督委員は,本件事業譲渡の対象である個々の不動産について,b社からd社に対する本件事業譲渡に基づく売買契約を締結するに当たっての同意及び本件事業譲渡の対象不動産をb社が本件事業譲渡に基づくクロージング日前にd社以外の第三者に売却する場合の個別の同意もした。
裁判所も,平成21年1月6日に本件評定書を受領し,また,本件事業譲渡契約書に譲渡対象不動産の価格表が添付されている状態で,本件事業譲渡の許可及び株主総会決議に代わる許可をした。
以上のとおり,本件事業譲渡には何らの問題点も存在せず,本件再生計画案及び本件再生事件自体には何らの瑕疵もない。
イ 上記(2)イのとおりb社が本件再生事件を申し立てた時点で販売物件はアフターサービスを履行できない状況に置かれることなどから,無担保不動産といえども全ての不動産をエンドユーザーに対して販売する余裕はなく,事業の再生のためには,早期に一括譲渡するほかなかった。また,事業譲受人において事業を継続するとすれば,エンドユーザーの取得価格をもって事業譲渡を受けるのでは転売時の利益を想定できないことになるため,事業譲渡を受ける者はいない。したがって,b社が事業譲渡を行う場合,その譲渡価格は,b社としては事業を清算して早期に処分換価を行うことを前提とする価格とならざるを得ないから,本件事業譲渡の譲渡価格をもって事業譲渡を行ったことに問題はない。
ウ 本件事業譲渡の対象不動産を全て同時期にクロージングするとすれば,自ずとその時期は第3クロージング日である平成21年7月末日まで待つほかなくなり,b社は,その時期まで全く譲渡代金を得られなくなる。のみならず,クロージングまではb社が不動産の管理責任及び販売経費も負担しなければならなくなる。仮に,このような一律の決済方法をとるとすれば,そのような決済方法こそb社にとって不利である。
(4) 被告Y1,同Y2及び同Y4の関与について(争点(4))
ア 本件再生事件の申立ては,b社の平成20年10月31日付け取締役会にて意思決定されたものであるが(上記1(4)),被告らのうちこの取締役会開催時点でb社の取締役であったのは,被告Y3のみであった。また,本件評定書は平成21年1月6日に裁判所に提出されたところ(上記1(5)),その時点でb社の取締役であったのも,被告Y3のみであった。
イ 他方,b社の株主にすぎないa社は,本件再生事件の申立て及び本件評定書の提出のいずれについても,何らの意思決定も行っておらず,その内容も関知していなかった。
ウ 被告Y4は,本件再生事件申立てを決定した取締役会当時及び本件評定書提出時のいずれの時点においても,b社及びa社の監査役であったが,a社は本件再生事件申立て及び本件評定書提出のいずれにおいても何らの意思決定も行っておらず(上記イ),また,b社においても,監査役であったにすぎず,何らの意思決定も行わなかった。
エ 以上のとおり,被告Y1,同Y2及び同Y4は,いずれも原告主張に係る侵害行為に全く関与していない。
(5) 原告の主張する侵害行為と損害との因果関係の不存在(争点(5))
原告は,b社の債権者ではなく株主にすぎないから,仮に本件再生計画案に原告主張に係る違法があったとしても,本件再生事件は破産手続に移行し,結局原告の株式は失われたはずである。そうである以上,原告主張の侵害行為と損害には因果関係がない。
第3 当裁判所の判断
1 本件再生事件申立てに先立つb社の資産処分等の不当性(争点(1))について
(1) この点につき,原告は,被告らがb社の資産を可能な限り社外に流出させ,同社を殊更に債務超過状態とさせたなどと主張する。
(2)ア しかし,これを直接裏付けるに足りる具体的な証拠はない。
イ また,前提事実(上記第2の1),証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 双葉監査法人は,A監督委員の補助者として,b社の業務の経過,本件評定書及び本件再生計画案につき必要と認められる調査を行った。
当該調査に当たり,双葉監査法人は,b社の事業報告書3期分(平成18年3月期以降の年度),総勘定元帳2期分(平成19年3月期以降の年度)及び平成21年3月期の記帳(ただし,平成20年12月24日まで),役員等の不正行為については1年間(平成19年11月以降)を原則として対象とし,① 現金及び預金については,現金出納帳の閲覧及び預金通帳と帳簿残高の照合,② その他の資産・負債残高については,b社より提出を受けた証拠書類の閲覧,補助簿及び関係書類との照合並びに質問等,③ 保証債務については,取締役会議事録の閲覧及び質問等の手続を行った。
また,本件再生事件の民事再生手続開始決定時における財産状況の調査に当たっては,双葉監査法人は,b社につき,① 平成20年3月期までは太陽ASG監査法人により金融商品取引法に基づく監査において財務諸表は適正に表示されているとの監査意見を得たこと,② 平成21年3月期第1四半期から同年第2四半期は監査法人アヴァンティアによる四半期レビューを受け,第1四半期は財務諸表が適正に表示されていないと信じさせる重要な事項がないとの結論を得ていること,③ 第2四半期は民事再生手続開始申立てにより継続企業を前提として作成されている四半期財務諸表について結論を表明するための手続が実施できなかったとして結論の不表明とされていることをそれぞれ参考とした。
(イ) 上記(ア)の調査の結果,双葉監査法人は,本件評定書添付の財産目録及び貸借対照表の修正の可能性のある事項は,本件評定書におけるb1社に対する債権の評価等,保証債務,「fマンション物件」,本社移転による敷金返還金,本件評定書における特定価格の5点を除き,調査の過程で発見されなかったとした。
修正の可能性のある事項として挙げられた上記5点のうち,b1社に対する債権の評価等については,当初のb1社に対する貸付金の評価額5億0138万3000円は4億7772万9000円に修正されるが,その差額は全体に及ぼす影響が少なく,また,債権者にとっては有利な評価額となっているため,双葉監査法人としては貸借対照表の修正は行わないとされた。もっとも,双葉報告書「3 否認行為,相殺禁止行為または役員等の不正行為」の項では,b社のb1社に対する貸付けに関連して,大阪谷町案件を含む複数の不動産開発プロジェクトへの直接又は間接の支出につき,その保全が十分に図られず,結果として資産を取得できなかった,又は債権の貸倒れを招いた経営上の不作為責任を検討すべき余地があると考えるとの指摘がされた。
「fマンション物件」については,第三者から建物の所有権保存登記等請求事件が提訴されて係属中であることを踏まえて修正の可能性に言及しつつも,訴訟の行方が明らかでないため貸借対照表の修正は行わないと結論付けられた。
本件評定書における特定価格については,b社が,販売用不動産,仕掛不動産及び投資不動産について,不動産鑑定士が作成した鑑定評価書における「民事再生特定価額」を基礎としながら,更にその金額から一律20パーセントを減額して本件評定書を作成したことに対し,特定価格を修正しなければならない明確な理由が示されていない以上,再生債権者保護の立場から見れば安易な修正は容認されるべきではなく,貸借対照表を修正すべきであるとして,修正貸借対照表を作成した。
(ウ) 上記(ア)の調査の結果,上記(イ)の点等を踏まえ,双葉監査法人は,予想破産配当率と再生計画弁済率とを比較し,民事再生によった方が再生債権者にとって不利とはいえないと結論付けた。
(エ) 双葉監査法人は,上記(イ)及び(ウ)等を内容とする双葉報告書をA監督委員に提出し,これを受領したA監督委員は,清算価値保障の原則の趣旨から,配当原資は双葉監査法人の見解に従うべきとしつつ,本件再生事件の手続及び本件再生計画案にはいずれも法律の規定に違反する重大な事実は認められない,本件再生計画案は遂行の見込みがないとはいえない,本件再生計画案は破産手続による場合に比べて再生債権者にとって不利とはいえず,再生債権者の一般の利益に反しないとの結論の監督委員報告書を裁判所に提出した。
なお,監督委員意見書「5 申立前後の違法行為及び不正行為」において,A監督委員は,「fマンション物件」に関する係争につき金融機関の別除権の存在は否定し難いとするとともに,この点以外に否認行為,相殺禁止行為等指摘すべき違法,不正行為は認められないとした。
また,監督委員意見書「6 役員の損害賠償責任の有無」において,A監督委員は,b社のb1社に対する貸付けに関連する不動産開発プロジェクトへの支出に関する役員等の損害賠償責任について,経営判断の原則によれば役員の忠実義務又は善管注意義務違反とにわかに断定することは困難であり,また,地上げというある意味密行性が要求される開発プロジェクトにおいて表立った保全措置を取り得なかったことは無理からぬ面も認められるため,この点でも役員の責任を問うことは困難であり,役員の財産に対する保全処分(民事再生法142条)等の手続をとるだけの根拠は認められないとした。
ウ 他方,原告は,b社の平成20年3月31日付け貸借対照表と本件評定書の貸借対照表の各流動資産の額を比較し,後者の減額は資産隠しが行われた結果である旨指摘するところ,これらの貸借対照表に記載された各流動資産の額については当事者間に争いがない。もっとも,これらの貸借対照表は,作成基準となる時期を異にするとともに,前者は企業の継続を前提とした財産価額の評価に基づくものと見られるのに対し,後者は,民事再生手続において行われる財産価額の評定であるため,清算処分価額による点でも異なる(民事再生規則56条1項参照。なお,証拠(甲1)によれば,本件評定書における財産の評価は,原則として平成20年11月6日現在の処分価値によることとし,不動産に関しては,その処分価格として不動産鑑定士による特定価格を基準とした上で当時の不動産市況にかんがみた短期処分可能価額としたことが認められる。)。そうである以上,前者との対比において後者の流動資産の額が大幅に減額されたことをもって直ちに資産隠しがあったことをうかがわせるものということはできない。
エ 次に,本件評定書の「投資用不動産」における「新蒲田物件」の記載のあり方等に関しても,原告は資産隠しを示すものである旨指摘する。
しかし,そもそも,本件再生事件においては,平成20年10月31日に監督命令が発令され,再生債務者が所有し,又は占有する財産に係る権利の譲渡等一切の処分を行うには,監督委員の同意を得なければならないとされるとともに,その旨b社の登記簿に登記されており(上記第2の1(4)),b社がその所有する不動産を処分するには監督委員の同意を要するとともに,その所有権移転登記申請に当たっては監督委員の同意を証する情報の添付を要する(不動産登記令7条1項5号ハ参照)。そうすると,本件評定書の財産目録作成に当たり「新蒲田物件」を殊更に隠蔽する理由は乏しく,原告指摘に係る記載のあり方等をもって「新蒲田物件」につき資産隠しが行われたと見ることは合理性を欠くというべきである。
オ 次に,原告は,a社のb社に対する貸付けにつき,貸付けの実体の有無や必要性に疑義を呈する。
しかし,証拠(乙4)及び上記イの各認定事実によれば,a社は,別紙b社貸付金推移表記載のとおり,b社に対する貸付けを行い,その返済を受けたこと,これら貸付けに係る貸金残金は本件再生事件の民事再生手続開始申立て時点で合計203億4400万円であったことが認められる。
他方,原告の指摘は必ずしも具体的な根拠に基づくものとはいい難いし,これらの貸付けはいずれもa社によるb社の子会社化(第2の1(2))以降に行われたものであるところ,両社の資本・業務提携の一環として実行されたものと推察することに何ら不自然又は不合理な点はない。そうすると,その必要性を殊更に疑うべき理由もないというべきである。
カ さらに,原告は,a社による本件新株予約権の行使代金の払込みの実行や本件新株予約権付社債のb社による買入消却の必要性等についても疑義を呈する。
しかし,a社が本件新株予約権を行使してb社を子会社としたことを受け,b社は新株予約権の行使による変更登記をした(上記第2の1(2))。そうである以上,本件新株予約権の行使代金の払込みがされたことが窺われる(商業登記法57条2号参照)。
また,① a社は,平成18年6月14日,本件新株予約権付社債及び本件新株予約権等をcグループから取得する予定である旨や取得価額については今後cグループとの交渉を通じて決定する旨等を公表したこと(甲137),② b社は,同年8月25日,cグループとの資本・事業提携の解約合意に伴い,本件新株予約権付社債につき買入消却する旨,その資金調達はa社との資本・業務提携に基づくa社100パーセント出資会社からの資金借入れによる旨及び本件新株予約権付社債の発行により取得した資金はマンション販売事業の用地取得費用及びソリューション事業の物件取得費用として使用した旨等を公表したこと(乙7),③ a社は,同年12月20日,本件新株予約権付社債の取扱いにつき,a社,b社及びc1社の3社間で,c1社の有する本件新株予約権付社債につきb社が全て買入消却することで合意し,同日付けでの覚書締結を予定している旨及びその買入消却原資にはa社の本件新株予約権行使による払込資金及び同社からの貸付資金が充てられる旨等を公表したこと(乙5),④ b社も,同日,本件新株予約権付社債につき買入消却する旨,買入消却期日は同月26日予定である旨並びに買入消却資金の調達方法はa社100パーセント出資会社が有する本件新株予約権の行使代金110億円,a社からの資金借入れ及び自己資金での充当を予定している旨等を同日開催の取締役会において決議したと公表し,実際,b社は,同月26日,本件新株予約権付社債に付された新株予約権全部を消却したこと(争いのない事実,甲138,乙3,4,8)がそれぞれ認められる。
こうした一連の経緯に鑑みると,本件新株予約権の行使代金の払込みが実際に行われたことが窺われるとともに,本件新株予約権付社債の買入消却の必要性等も否定されないと思われる。すなわち,b社のcグループとの資本・業務提携関係解消及びa社との資本・業務提携関係構築の一環として,cグループの有する本件新株予約権付社債の処理が進められていたことを踏まえると,その方法として,当初a社が本件新株予約権付社債を購入することが予定されていたとはいえ,その後の方針転換が否定されるいわれはもとよりなく,また,償還期限が平成20年12月26日でありながら本件新株予約権付社債を買入償却するとの経営判断を行うことも,必ずしも不自然又は不合理というべきものではない。さらに,a社からの68億円の借入れ(利息は年3.5パーセントであり,期限前償還に関する約定はない。乙4参照)の後1か月程度の間にb社が18億円余を返済したこと(争いのない事実)も,例えば事業用物件の売却代金を得た際に期限前償還を行い,有利子負債を削減して財務分析指標の改善等を図るといったことはあり得るのであり,やはり必ずしも不自然又は不合理とはいえない。その他の事情を考慮しても本件新株予約権付社債のb社による買入消却の必要性等を疑うべき具体的なものはないから,これをもって不当な資金流出と評価することはできない。
キ 大阪谷町案件については,指定暴力団と関係のある反社会的勢力に地上げをアウトソーシングしたといった原告指摘に係る事実を認めるに足りる証拠は,およそ見当たらない。
ク b1社に対する貸付けについては,双葉報告書及び監督委員意見書でも役員の損害賠償責任との関連で検討され,A監督委員はその責任を問うことは難しいと結論付けたこと(上記イ(イ)及び(エ)),本件においても,当該貸付けをもってb社の財産を不当に流出させたものと評価すべき具体的な事情は見られないことを踏まえると,そのように評価することはできない。
キ 以上のほか,原告の指摘に係る種々の事情を考慮に入れたとしても,b社による本件再生事件の民事再生手続開始申立てに先立ち,被告らが不当に資産を処分し,若しくは債務を負担し,又はその申立てに当たり資産を隠匿するなどして,b社を殊更に債務超過状態とさせたと認めることはできない。
(3) したがって,この点に関する原告の主張は,採用することができない。
2 本件再生事件における資産評価の不当性(争点(2))について
(1) この点について,原告は,本件再生事件においてb社の資産の評価が不当に下げられたこと等を主張する。
(2)ア しかし,これを直接裏付けるに足りる具体的な証拠はない。
イ また,原告は,b社の有していた棚卸資産である不動産が簿価合計と比較して本件評定書では68パーセント減額評価されたなどと指摘するところ,当該減額率自体については当事者間に争いがないものの,上記1(2)ウで述べたとおり,民事再生手続での財産価額の評定は財産を処分するものとして行われるものであり,本件評定書もこれに従っていることに照らせば,本件評定書が不動産鑑定士の評価に係る特定価格を基準とした上で短期処分可能価額を求める趣旨で更に20パーセントのディスカウントを行ったことの当否はさておき,財産価額の評定に当たって簿価との対比で大幅な減額評価が行われたこと自体は,直ちに不当とされるべきものではない。このことは,実勢価格(甲22及び甲66から110まで等により推測されるもの)と財産価額の評定額との比較においても同様である。
加えて,上記ディスカウントの点については,双葉監査法人が,双葉報告書において,そのような修正は明確な理由が示されていない以上容認されるべきではないとして修正貸借対照表を作成し(上記1(2)イ(イ)),監督委員意見書も配当原資については双葉監査法人の見解に従うべきものとし(上記1(2)イ(エ)),これを踏まえて最終的には本件再生計画の認可決定がされたことに鑑みると,上記ディスカウントとb社による減資実行との間には因果関係がないというべきである。
ウ さらに,原告は,清算費用として15億円が計上されていることは故意に配当率を低下させるものである旨を主張するところ,そのような費用の計上がされたこと自体は当事者間に争いがないものの,当該主張の根拠として原告が指摘する点は,上記清算費用額が破産配当金の50パーセントに相当することにとどまり,不当性を基礎付ける事情としては,およそ具体性を欠くものである。加えて,双葉報告書においても,この点は修正を要する事項として挙げられておらず(1(2)イ(イ)),監督委員報告書もこれに従うべきものとしている(1(2)イ(エ))。
エ 以上のほか,原告の指摘に係る種々の事情を考慮に入れたとしても,本件再生事件におけるb社の資産評価をもって不当に廉価なものということはできない。
(3) したがって,この点に関する原告の主張は,採用することがでない。
3 本件事業譲渡の不当性(争点(3))について
(1) この点について,原告は,譲渡代金その他本件事業譲渡の契約内容等を根拠に,その不当性を主張する。
(2)ア しかし,本件評定書におけるb社の有する資産の評価が必ずしも不当に廉価であるといえないことは,上記2(2)イのとおりである。
イ また,原告は,本件事業譲渡の譲渡代金が不当に廉価である,代金支払方法等の点でd社に一方的に有利な契約となっているなどとして,契約内容の不当性等につき種々の指摘をする。
しかし,本件事業譲渡における各資産の譲渡金額については,本件事業譲渡が再生債務者による資産の早期処分として実施されたものである以上,各資産につき簿価又は実勢価格に比して著しく減額評価すること自体は,必ずしも不当とはいえない。むしろ,事業譲受人が不動産販売事業を承継するに当たり,各不動産の評価額がエンドユーザーに対する販売価格に比して相当程度低額に評価されることは,当然といってよい。また,これを本件評定書の財産評定額と対比すると,その減額の程度も不当とまではいえない。その他本件事業譲渡における各資産の譲渡金額を不当とすべき具体的な事情もうかがわれない。
他方,代金支払につき物件ごとに分けて第1から第3クロージング日を定めた点については,買主であるd社にとって代金支払の負担軽減となる一方で,売主であるb社にとっても支払を得る確実性を高めるとともに早期に資金を手にし得るという利益があることなどから,必ずしもd社に一方的に有利なものとはいえない。その他の契約内容についても,d社にとって一方的に有利なものと見るべきものはない。
加えて,証拠(甲2)によれば,① 双葉監査法人は,双葉報告書において,本件再生計画案に関する検討の一環として本件事業譲渡について言及しているところ,譲渡対象資産の譲渡金額はおおむね破産を前提とした特定価格を上回るように設定されているとし,資産ごとの譲渡の実現可能性については詳細に論じるものの,譲渡代金額や各資産の譲渡金額につき不当である旨の指摘はしていないこと,② A監督委員も,監督委員意見書において本件事業譲渡につき言及しているところ,b社は早い段階からフィナンシャルアドバイザーに依頼して事業承継先の選定を行い,主要事業につき最も有利な条件を提示したd社との間で本件事業譲渡を締結したなどとし,譲渡代金額その他の点で本件事業譲渡につき不当な部分がある旨の指摘はしていないことがそれぞれ認められる。そして,A監督委員及び双葉監査法人は,こうした点をも踏まえて,上記1(2)イ(ウ)及び(エ)のとおりの結論に至ったものであると推認されるところである。
これらの事情を総合的に考慮すると,本件事業譲渡の契約内容をもって不当なものであったということはできない。
ウ さらに,原告は,d社を譲渡先とすることのコンプライアンス上の問題等を指摘するけれども,これを裏付けるに足りる証拠はない。
(3) したがって,本件事業譲渡をもって不当ということはできない。この点に関する原告の主張は,採用することができない。
4 以上によれば,被告らの会社に対する善管注意義務違反行為として原告が主張する行為は,いずれも認められないか,又は違法ないし不当なものということができない。そうすると,その余の点について判断するまでもなく,原告は,被告らに対し,役員の第三者に対する損害賠償責任又は不法行為責任による損害賠償請求権を有しない。
なお,原告は,被告らの会社に対する善管注意義務違反行為を推認させる事後の事情として(第1回弁論準備手続期日における原告の陳述),被告らが本件再生計画の認可決定を見越してa社の新株予約権の割当を受け,莫大な利益を得た旨をも主張するところ,当該新株予約権の割当については当事者間に争いがないけれども,平成21年3月27日の段階ではいまだ本件減資許可申請も本件再生計画案の提出もされていなかったことなどを考えると,当該新株予約権の割当が本件再生計画認可決定を見越したものとは必ずしもいい難いし,仮にこの割当を受けたことで被告らが利益を得たとしても,それをもって上記1から3までの各認定又は評価を左右するものとはいえない。したがって,この点に関する原告の主張は,採用することができない。
第4 結論
よって,原告の請求は,いずれも理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 花村良一 裁判官 杉浦正樹 裁判官佐藤康行は,差し支えのため,署名押印することができない。裁判長裁判官 花村良一)
〈以下省略〉
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