判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(118)平成27年 2月 6日 東京地裁 平24(ワ)32994号 損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(118)平成27年 2月 6日 東京地裁 平24(ワ)32994号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成27年 2月 6日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)32994号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2015WLJPCA02068003
要旨
◆商品先物取引業者である原告が、同社の元従業員である被告に対し、主位的に、被告は、在職中に知り得た顧客情報の使用及び顧客への勧誘・接触を一切してはならない義務を負っていたにもかかわらず、退職後、違法に手数料を獲得する目的で、担当した元顧客である訴外Bと接触して、同人が原告との間で行った商品先物取引について損害賠償請求訴訟を提起するよう勧誘し、訴外Bによって提起された別件訴訟において、原告は被告の協力を得られなかったためにやむを得ず和解金等を支払ったと主張して、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求め、予備的に、訴外Bの損失の大半は、同人の取引を被告が担当した期間中の被告の違法行為によって生じたものであるなどと主張して、民法715条3項に基づく求償を求めた事案において、被告の訴外Bとの接触は、顧客情報使用禁止義務に違反し、かつ、弁護士法72条に違反する疑いのある、違法な行為というべきであるとしたが、同接触と別件訴訟における原告の負担との間に相当因果関係は認められないとし、また、本件取引当時の原告社内体制等から、求償権行使に係る原告の主張を排斥して、各請求をいずれも棄却した事例
参照条文
弁護士法72条
民法415条
民法709条
民法715条
裁判年月日 平成27年 2月 6日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平24(ワ)32994号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2015WLJPCA02068003
東京都新宿区〈以下省略〉
原告 X株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 湊信明
同 廣木康隆
札幌市〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 児玉明謙
同復代理人弁護士 岡田真由子
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,1710万2520円及びこれに対する平成24年12月2日(本件訴状送達日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,商品先物取引業者である原告が,同社の元従業員である被告に対し,①被告は,在職中に知り得た顧客情報の使用及び顧客への勧誘・接触を一切してはならない義務を負っていたにもかかわらず,退職後,違法に手数料を獲得する目的で,担当した元顧客と接触して,同人が原告との間で行った商品先物取引について損害賠償請求訴訟を提起するよう勧誘し,同顧客によって提起された訴訟において,原告は,何ら違法行為がなかったにもかかかわらず,被告の協力を得られなかったため,やむを得ず解決金を支払う和解に応じざるを得なくなり,和解金,弁護士費用及び振込手数料合計1710万2520円の損害を被った旨,及び,②原告は,使用者責任に基づく損害賠償債務として上記和解金等を支払ったところ,上記元顧客の損失の大半は,被告が同顧客の取引を担当した期間中の被告の違法行為によって生じたものであるなどとして,損害の公平な分担の法理に基づき,原告が支払った上記和解金の半分を求償できる旨主張して,主位的に,上記①の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき,上記1710万2520円及びこれに対する不法行為日後である本件訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,予備的に,上記②の民法715条3項に基づく被用者に対する求償権に基づき,685万円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いのない事実又は括弧内挙示の証拠若しくは弁論の全趣旨により明らかに認められる事実)
(1) 原告は,国内の商品取引所上場商品等の売買と受託業務等を主たる業務とする会社であり,被告は,原告の元従業員である。
(2) 被告は,平成5年6月21日に原告に入社し,3か月間原告の東京支社で研修を受けた後,平成19年8月27日に退社するまで,当時札幌市内にあった原告本社の営業部で勤務した。
(3) 被告は,原告に在職中,原告に対し,会社が秘密として管理しなければならない業務上等の情報(以下「企業秘密」という。)について,その秘密を厳守するとともに,会社の了解を得ることなく,これらを他にもらしたり,乱用に供したりしないこと,会社を退職後も,企業秘密を使用,開示,遺漏しないこと等を誓約する旨の平成9年12月1日付け誓約書(甲16。以下「本件誓約書1」という。),及び,業務上の遂行上又は業務外を問わず,知り得た会社の企業秘密及び個人情報は,在職中のみならず退職後も一切第三者に開示し,又は漏洩しないことを誓約する旨の平成17年6月13日付け誓約書(甲17。以下「本件誓約書2」という。)を提出した。また,被告は,原告を退社するに際し,原告在職中に担当した顧客及び知り得た顧客に対しては,勧誘や接触を一切行わないこと等を誓約する旨の平成19年6月29日付け念書(甲18。以下,「本件念書」といい,本件誓約書1及び同2と一括して「本件誓約書等」という。)を提出した。
(4) B(以下「B」という。)は,平成11年3月下旬頃,原告従業員から電話で勧誘を受け,同月30日から同社に委託してトウモロコシの先物取引を開始し,平成19年5月14日までの間,別紙「建玉分析表」記載の取引(以下「本件取引」という。)を行い,同取引によって,最終的に3668万6591円の損失を被った(以下「本件損失」という。)(乙1)。被告は,原告の外務員として,本件取引のうち平成16年12月16日から平成19年5月14日までの間に行われた取引(以下「被告担当部分」という。)を担当した。
(5) 被告は,平成19年8月27日,原告を退社した。
(6) 被告は,平成20年9月頃,Bに対し,数回電話を掛け,同年11月頃,同人と面談した。被告は,Bとの電話での会話や面談において,同人に対し,「裁判をしたらお金が戻ってくる」などと述べた(以下,上記の被告からBに対して電話をかけた事実を「Bへの電話連絡」といい,被告がBと面談した事実を「Bとの面談」といい,これらの事実をまとめて「本件接触」又は「本件接触行為」などという。)。なお,本件接触の際,上記発言以外の被告のBに対する発言内容については,後記のとおり,当事者間に争いがある。
(7) Bは,札幌弁護士会の法律相談に赴き,そこで法律相談を担当したC弁護士(以下「C弁護士」という。)を通じて,平成21年8月31日,原告に対し,証拠金名目で支払われたBの損失に係る損害金の支払を求める旨の書面(甲9)を送付し,同年12月14日頃,C弁護士を訴訟代理人として,札幌地方裁判所に対し,本件原告を被告として本件損失及び弁護士費用360万円の合計4028万6591円等の支払を求める損害賠償請求訴訟(同裁判所平成21年(ワ)第4206号。以下「別件訴訟」という。)を提起した(甲6,乙1)。
(8) 原告は,別件訴訟の訴訟代理人としてD弁護士及びE弁護士(以下,上記各弁護士をまとめて「D弁護士」という。)を選任し,別件訴訟におけるBの請求及び主張を争った(乙2)が,平成22年8月27日の第5回弁論準備期日において,原告がBに対して解決金1370万円を支払うという内容で和解し,同訴訟を終了させた(甲10。以下「別件訴訟の和解」といい,別件訴訟の和解において,原告がBに支払うことになった解決金を「別件訴訟の和解金」という。)。
(9) 原告は,平成22年1月14日,D弁護士から別件訴訟の着手金135万円の請求を受け(甲12),同月20日,同弁護士の口座に源泉徴収税額17万円を控除した118万円を送金し,かつ,銀行に振込手数料840円を支払い(甲13),同年9月1日,同弁護士から別件訴訟の報酬205万円の請求を受け(甲14),同月6日,同弁護士の口座に源泉徴収税額31万円を控除した174万円を送金し,かつ,銀行に振込手数料840円を支払い(甲15),同月30日,別件訴訟の和解金の支払としてC弁護士所属の弁護士法人の口座に1370万円を送金し,かつ,銀行に振込手数料840円を支払った(甲11)(以下,別件訴訟に関して被告が支出した上記弁護士への着手金(源泉徴収税分を含む),同報酬(同)及び別件訴訟の和解金並びにこれらの振込手数料合計1710万2520円を一括して「別件訴訟における原告の負担」という。)。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件接触が,被告が原告に対して負っている顧客情報使用禁止義務及び顧客への勧誘・接触禁止義務に違反する行為に当たるか(被告の債務不履行又は不法行為の有無)(争点1)
〔原告の主張〕
ア 被告は,原告に対し,本件誓約書等を提出して,退職後も被告が原告に在職中に担当した顧客に関する顧客情報使用禁止義務及び顧客への勧誘・接触禁止義務を負っていたにもかかわらず,在職中に担当した顧客の情報を使用して本件接触行為に及び,違法に報酬を得る目的で,Bに対し,「原告に対する訴訟を提起して,損金を取り返してやるから,成功報酬をくれ。手付金30万円,成功報酬は15%。弁護士費用と合わせて30%」「先物取引に詳しい弁護士を紹介する」などと述べて,原告に対する損害賠償請求訴訟の提起を勧誘した。当初,Bは,原告との間の契約書類等を破棄していたことなどから原告に対する損害賠償請求を無理だと考えたが,被告から執拗に勧誘を受けたため,直接会って詳しく話を聞くこととし,被告と面談した。その際,被告は,Bに対し,先物取引に詳しい弁護士の名前を挙げて,「訴訟をやらないのか。やらないなら,こちらで弁護士を頼んですべてやるので,全てこちらにまかせてくれないか」などと述べて手付金30万円,成功報酬15%の支払を求めるなどして,原告に対する損害賠償請求訴訟の提起を勧誘した。
イ 上記アの被告の言動は,同人が原告に対して負っている顧客情報使用禁止義務及び顧客への勧誘・接触禁止義務に明らかに違反する行為であり,被告は,本件接触行為により原告が被った損害について債務不履行責任を負う。
ウ また,近時,金融商品等の取引によって損失を被った委託者に対して「損を取り戻します」などと勧誘し,手数料等の対価を得る目的で非弁行為又はそれに類似する行為をして,詐欺罪又は弁護士法違反の犯罪行為が社会的に問題になっているところ,被告の行為は,かかる犯罪行為に該当又は類似する行為であり,何ら落ち度のない原告に対し,被告の勧誘によって提起された別件訴訟への対応を余儀なくさせ,別件訴訟における原告の負担の損害を与えたものであるから,原告に対する不法行為を構成する。
エ 被告は,B以外にも,違法に手数料を獲得する目的で,原告に在職中に知り得た顧客情報を持ち出して過去に原告と取引した多数の元顧客(少なくとも11名以上)に接触して,虚偽の事実を示して原告に対する提訴を勧誘し,一部顧客からは1300万円以上の手数料を交付されていたものである。このような被告の行為は,企業秘密規定,個人情報保護規定及び競業避止規定違反の債務不履行行為であり,原告の業務に対する明白な妨害行為であるとともに,弁護士を紹介して手数料を得る行為は,弁護士法に違反する違法行為であり,不法行為に該当することは明らかである。
〔被告の認否及び主張〕
ア 原告の主張アのうち,被告が,原告に対し,本件誓約書等を提出し,一般的な義務として,顧客情報使用禁止義務及び顧客への勧誘・接触禁止義務を負っていたこと,Bに電話を掛けたり,同人と面談した際に,原告に対する訴訟提起を助言したことは認め,その余は否認及び争う。本件誓約書1及び同2については,そこで規定されている企業秘密及び個人情報の内容が不明であり,Bの連絡先は,同人の正当な権利行使のために利用される限り,保護される企業秘密や個人情報に当たらないから,顧客情報使用禁止義務に違反しない。また,本件念書の規定は,競業避止義務との関係で,退職後の顧客との連絡・接触を禁止した規定であり,本件接触は,競業の目的で行われたものではないから,同念書で規定されている顧客への勧誘・接触禁止義務にも違反しない。
イ 原告は,本件取引において,「客殺し」と呼ばれる方法により,無駄な取引をBに強いて多額の手数料を得るとともに,同人に巨額の損失を被らせた。被告は,原告を退職後,同社の顧客が何ら救済されずに泣き寝入りを強いられ,同社が多数の顧客に損害を与え続けていることに義憤を感じ,自分もかつてそのような原告の社員でいたことに恥ずかしさと後悔の念を抱いたため,被告に対し,訴訟提起を助言したものであり,手数料を得る目的ではなかったし,その際,原告が主張するような,弁護士を紹介するとか,手数料を要求する発言もしていなかった。
(2) 別件訴訟における原告の負担が,被告による本件接触により生じた原告の損害に当たるか(債務不履行又は不法行為と損害との間の相当因果関係の有無)(争点2)
〔原告の主張〕
ア Bは,被告からの電話を受けた当初は,原告との間の契約書類等を既に破棄していたことなどから,原告に対する損害賠償請求を無理だと考えた。しかし,被告から執拗に勧誘を受け,直接会って詳しく話を聞いた結果,報酬目的で近づいた被告を信用できないと考えたことから,同人に対する依頼はしなかったものの,被告の説明を受けて,もしかしたら損失を取り戻すことができるかもしれないと考るようになり,札幌弁護士会の法律相談に赴き,そこで法律相談を担当したC弁護士に依頼し,別件訴訟を提起した。原告は,本件取引において,何ら違法な行為を行っておらず,Bから損害賠償請求を受ける理由はなかったが,同取引の担当者であった被告の協力を得られず,かつ,同訴訟の中で被告のBに対する言動を知って被告が非協力的である理由が分かり,訴訟上不利な展開になったことから,企業の経営判断として,やむを得ず,別件訴訟の和解をせざるを得なくなった。
イ 上記アの経緯に照らせば,別件訴訟の和解金の支払は,被告の債務不履行又は不法行為である本件接触行為によって生じた原告の損害と評価できる。
ウ また,原告がD弁護士に支払った着手金及び報酬は,旧日弁連の弁護士報酬基準に照らしても,適正な金額であり,被告の債務不履行又は不法行為がなければ,原告が支出する必要のなかったものであるから,これらも,被告の債務不履行又は不法行為と相当因果関係のある損害である。
〔被告の主張〕
ア 原告の主張のうち,Bが,札幌弁護士会の法律相談に赴き,そこで法律相談を担当したC弁護士に依頼し,別件訴訟を提起したこと,同訴訟において,原告が,別件訴訟の和解をしたことは認めるが,その余は否認又は争う。
イ 原告は,土木作業員兼農家として稼働し,原告と取引を開始するまで何ら商品先物取引の経験がなく,年収も500万円程度であったBとの間で本件取引を行い,同取引開始後,同人に次々と証拠金を拠出させ,その額は,2か月も経たないうちに同人の年収を越える600万円に達し,5か月後にはBが拠出した証拠金の累計額は約2452万円となった。Bは,原告から言われるがままに,商品先物取引を継続し,次々と不要な取引を勧められ,最終的に約3668万円もの巨額な損失を被る一方,原告は,本件取引において,1368万8100円の巨額の手数料を得た。
ウ 本件取引については,適合性原則違反,説明義務違反,断定的判断の提供及び新規委託者保護義務違反があり,かつ,特定売買比率(商品先物取引において,顧客が損失を被りやすい取引類型である「両建(既存の建玉の値が予想に反して反対に動いた場合等に反対の建玉を建てること)」,「直し(既存の建玉を仕切った(損切りをした)同じ日に,同一のポジションの建玉を建てること)」,「途転(既存の建玉を仕切るのと同じ日に,反対ポジションの建玉を建てること)」,「日計り(新規に建玉を建てて,同じ日にこれを仕切ること)」,「不抜け(委託手数料の方が利益よりも多額となるため,顧客が差し引きで損となるもの)」による取引が取引全体の中で占める割合であり,その割合が20%を越えると手数料目的の取引であることが推認され,業者の不法行為性を基礎付ける1つの指標となる。)及び手数料化率(損金に占める手数料の割合であり,10%を越えると,その取引が違法な反復売買であると推認される。)がそれぞれ74.7%及び37.3%に上り,手数料収入を得る目的で行われた違法かつ悪質な取引であることが強く推認されるものであった。そして,別件訴訟の和解は,上記のような心証を持った裁判官から手数料相当額の和解金を支払う和解を勧められた結果,自らの違法行為を自認していた原告が,裁判官の勧めた上記和解に応じざるを得ないと判断し,本件取引で取得した手数料とほぼ同額の1370万円をBに支払ったものであるから,原告による別件訴訟の和解金の支払は,被告の行為によって生じた損害ではない。また,Bは,被告の勧誘によって別件訴訟の提起を決意したものではなく,原告が別件訴訟の和解に応じた理由は,本件取引が違法かつ悪質な取引であると裁判所によって判断されたためであり,被告の勧誘行為によって生じた損害ではないから,被告による本件接触行為と原告の主張する損害(別件訴訟における原告の負担)との間の相当因果関係もない。
エ 原告がD弁護士に支払った着手金及び報酬は,一般的な弁護士に対する報酬として過大である。
(3) 原告が,民法715条3項に基づき,被告に対する求償権を行使できるか(争点3)
〔原告の主張〕
ア 本件取引の担当は,平成11年3月30日から平成16年12月15日までF(以下「F」という。)であったが,同月16日から平成19年5月14日までの取引(被告担当取引)については,被告が担当した。被告担当取引が行われた当時,被告の上司は,G部長及びH部長であり,両名とも,被告に対し,コンプライアンスを遵守した営業活動を行うよう指導したが,本件取引の内容について具体的な助言や取引指示をしたことはなく,被告は,自らの判断によって被告担当取引を行っていた。そして,本件取引における損失のうち,被告担当取引によって生じた損失が1536万9591円に上ること,被告が,Bに対し,手数料獲得目的で,原告に対する訴訟提起を勧誘したため,別件訴訟が提起されたこと,被告が,別件訴訟において,本件念書で定められた義務に違反して,原告に協力しなかったこと,被告は,原告を退職後,手数料獲得目的で多数の顧客に対する提訴勧誘を行っており,在職中から顧客に原告に対する訴訟を提起させる目的で違法行為を行っていたと思われることからすれば,被告は,損害の公平な分担の法理に基づき,少なくとも原告が支払った別件訴訟の和解金の半分に当たる685万円を負担する義務があるというべきであり,原告は,被告に対し,上記金額について,民法715条3項に基づく求償権を行使することができる。
イ 民法715条3項に基づく求償権の主張は,本件訴訟が進行する中で,被告から,本件取引の違法性を主張され,同人が担当した取引において違法な取引があった可能性が生じたことから,予備的な主張として主張することになったものであり,訴訟の当初から当然に検討されるべきであったとはいえないし,それを主張しなかったことについて原告に重大な過失があったとも認められない。また,予備的主張である以上,主位的主張の審理が一段落した時点で主張されても何ら問題はなく,主張した時期も尋問が行われる前であり,訴訟遅延も生じていない。したがって,原告の主張は,時機に後れた攻撃防御方法に当たらない。
〔被告の主張〕
ア 原告の主張は,否認及び争う。被告は,本件取引において,何ら利益を得ていないから,報償責任の原則に照らし,当該取引によって利益を得た原告が損害賠償責任を負うべきであり,同社が,自らの違法な事業遂行による責任を従業員である被告に転嫁することは許されない。また,被告は,被告の上司であるG取締役及びH部長の指示に基づき,同人らの「手数料を稼げ」「純増(顧客からの預かり金)を増やせ」との号令の下,本件取引を担当させられ,過大な取引を行わざるを得なかったものであり,このことは,原告が,B以外の多数の顧客から損害賠償請求訴訟を提起され,敗訴又は敗訴的和解をしていることからも明らかである。そして,被告を含む原告の従業員は,少しでも原告の方針に反すると,罵声を浴びせられたり,「他に代わりはいくらでもいる。」などと言われて退職に追い込まれるため,やむを得ず,原告の指示に従わざるを得ない状況であったものであり,原告の指示の下,その手足となって各顧客との取引の窓口として取引を担当していたものにすぎないから,原告が顧客に対して支払った和解金について損害賠償責任を負う理由はない。
イ 原告は,平成24年11月20日に本件訴訟を提起し,被告に対する債務不履行及び不法行為に基づく損害賠償請求に係る主張及び証拠を提出して互いの攻撃防御方法が尽くされた後の訴訟提起から約1年後の平成25年11月15日付けの準備書面において,初めて,被告に対する民法715条3項に基づく求償権の主張を追加した。これは,明らかに,故意または重過失による時機に後れた攻撃防御方法の提出であり,速やかに却下されるべきである。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前記前提となる事実並びに証拠(認定事実中又はその末尾に記載したもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠は採用できない。
(1) 被告は,原告と異なる業種の2社の会社勤めを経た後,原告に入社した。被告は,原告に入社するまで,金融取引の外務員として稼働した経験がなかった。被告が原告に在籍した当時,原告の札幌本社には2つの営業部が存在し,被告は,東京で外務員登録をするための研修を受けた後,原告本社の第二営業部に配属され,そこで退職するまでまで商品先物取引の外務員として勤務した。被告は,入社当初は新規顧客を獲得する営業担当であったが,平成13年頃,顧客から委託された取引の注文を出したり,顧客にアドバイスを行う取引担当となり,退職直前には,第二営業部次長の役職に昇格し,被告の下に数名の部下が配属されていた。第二営業部の部員は約40名前後であり,被告が同営業部に配属されてから退職するまで,被告の上司は,同営業部の責任者である取締役部長のG(以下「G取締役」という。)及び同人を補佐する立場の部長のH(以下「H」又は「H部長」という。)であった。(甲2,甲53,乙21,証人H,被告本人)
(2) 原告の札幌本社では,各営業部ごとに営業目標が設定され,被告が在職した平成19年当時の取引担当者の目標額は,第二営業部全体の手数料収入が月5250万円,預かり保有金増加額が月1億0800万円であり,これらの目標額を達成した場合には,当該部に正規の給与以外の加給金(インセンティブ)が支給され,部内で各営業担当者の成績に応じて配分された。また,営業担当者については,上記目標とは別に営業成績に応じたポイント制が設けられ,獲得したポイント数が昇格基準となっていた。(乙21,証人H,被告本人)
(3) Bは,昭和17年○月○日生まれ(本件取引開始当時は57歳)の男性であり,平成11年3月当時,北海道雨竜郡〈以下省略〉に在住し,土木作業員として稼働する傍ら農作業に従事していた。同人は,同月下頃,原告の旭川営業所(旭川支店)所属の従業員から電話で商品先物取引の勧誘を受けた。同日29日,同営業所所属のI(以下「I」という。)がB宅を訪れ,同人に対し,商品先物取引委託のガイド及び同別冊(乙4の1),自己の判断と責任で先物取引を行う旨の約諾書(乙4の2),取引口座開設申込書(甲5〔乙4〕),「思惑が外れた場合の対処方法のご説明並びに確認書」と題する書面(乙4の4)を交付して商品先物取引に関する説明を行い,取引を勧誘した。Bは,Iから交付された上記約諾書,取引口座開設申込書及び「思惑が外れた場合の対処方法のご説明並びに確認書」と題する書面の各必要事項を記入した上で署名押印し,更に,自筆で書いた取引3か月以内であっても50枚を越える建玉指示をする場合があることを申し出る申出書(乙4の5)を作成し,これらの書類をIに提出した。上記取引口座開設申込書において,Bは,職業を「自営業」,年収を「500万円以上1000万円未満」,住居を「持ち家」,所有不動産を「土地・家屋・田畑」,投資経験及び商品取引の経験は「無」,購読新聞を「道新(北海道新聞)」と申告した(甲5〔乙4〕)。Bは,同日,Iに対し,トウモロコシ12枚の買い注文を出し,商品先物取引を行うための証拠金として100万円を交付し,その後,I,原告の旭川営業所所属のF及びJから指示又は勧められて,原告に対し,同年4月1日に追証拠金44万円,同月15日に同48万円を支払い,同年5月6日に12枚の買建玉を注文して翌7日に追証拠金96万円を支払い,同月11日に12枚の買建玉を注文して翌12日に追証拠金144万円を支払い,同月17日に買建玉14枚を注文して翌18日に112万円を支払い,同月26日にも追証拠金56万円を支払った。その時点で,Bが原告に対して支払った証拠金は,合計600万円を越えたが,Bは,その後も取引を拡大して,同年6月30日時点のBの持ち建玉数が80枚で証拠金合計額が960万円となり,同年7月12日時点では,購入した建玉数が165枚で証拠金合計額が1320万円となり,同年8月30日時点では,Bの保有する売建玉は90枚,買建玉は110枚,証拠金の累計は約2452万円となり,同年9月14日に追証拠金300万円を支払い,同月17日にも追証拠金22万円を支払い,同日時点の証拠金累計は約2774万円となった。同年10月以降は,取引の頻度が減少して1回の取引量も少なくなったものの,取引自体は継続して行われており,平成18年頃から再び取引の頻度が増えて,1回の取引量も多くなったが,平成19年5月14日,Bの申出により,本件取引は終了した。被告は,平成16年12月頃,原告の旭川営業所が廃止されて,同営業所の取引を札幌営業所が引き継いだことから,同月16日以降の取引(被告担当取引)を担当した。(甲6,甲26の1,2,甲27の1,2,甲50,乙1から乙3まで,乙7,乙8,乙9の1,2,乙21,被告本人)
(4) 被告は,平成19年8月27日に原告を退職し,平成20年9月頃,被告の携帯電話のメモリに残っていたBの携帯電話の番号に電話を掛け,同人に対し,本件損失を取り戻さないかと持ちかけた。Bは,被告の話を信用せず,上記誘いを断ったが,被告は,合計5,6回くらいBに電話を掛けて同様の勧誘を行い(Bへの電話連絡),同年11月頃,Bと面談した(Bとの面談)。その際,被告は,Bに対し,実際には存在しない会社である「北海道コムコン株式会社代表取締役」の肩書きを付した名刺(甲8。以下「本件名刺」という。)を交付し,原告では,大きな損害が出た場合には,少ない取引でも続けさせることが裁判を起こされないための会社の常套手段である,着手金30万円,お金が戻ってきた場合には,弁護士に対する成功報酬15%とは別に成功報酬をもらえれば,知っている札幌弁護士会の弁護士を紹介して原告に対する訴訟に協力するなどと述べ,更に,被告の話の内容に疑問を抱いたBが被告の上記申出を断ると,全部任せてくれれば,成功報酬30%でやるなどと述べた。しかし,Bは,原告が顧問弁護士を抱えていることや証拠となる書類が手元になかったこと,被告に騙されるのではないかと疑ったことなどから,被告の上記誘いを断った。(甲3,甲4の1,2,甲54,乙10,被告本人〔相反部分を除く〕)
(5) Bは,当初原告から本件損失を取り戻すことは無理だと思ったが,上記(4)の被告の話を聞いてひょっとすると原告から本件損失を取り戻すことが可能かもしれないと考えるようになり,札幌弁護士会の法律相談を訪れて,Bの法律相談を担当したC弁護士に別件訴訟を委任した(甲4の1,2)。Bは,原告に対し,平成21年6月3日,本件取引の取引履歴の開示を請求し(甲40),C弁護士を通じて,同年8月31日頃,本件損失に係る損害賠償金の支払を請求し(甲9),同年12月14日,札幌地方裁判所に対し,別件訴訟を提起した(甲6,乙1)。別件訴訟において,Bは,本件取引につき,取引開始時点及び取引継続中の適合性原則違反(不適格者の勧誘),説明義務違反,断定的判断の提供,新規委託者保護義務違反,不適正な取引,特定売買の違法等を主張し(乙1),更に,本件取引を平成11年3月30日から取引当初に購入した建玉を仕切って多額の損失を出した同年10月1日までの6か月間の取引と,その後の平成19年5月14日までの間の取引に分けて,前者の取引については過失相殺がなされるべきではない旨主張した(乙6)。これに対し,原告は,本件取引に違法な点はなく,適正な取引である旨主張するとともに,仮に,違法があったとしても,大幅な過失相殺がなされるべきである旨主張した(乙2,乙5,乙7)。別件訴訟では,数回の弁論及び弁論準備手続が行われ,争点整理手続がほぼ終了し尋問を実施するかどうかを決める段階で,原告は,別件訴訟の担当裁判官から和解の勧試を受け,自ら原告がBから受領した手数料とほぼ同額の和解金を支払う旨の和解案を提案して,第5回弁論準備手続において別件訴訟の和解が成立し,同訴訟は終了した。原告は,別件訴訟係属中の平成21年9月3日頃,本件取引の担当者であった被告に対し,本件取引の経緯について事情聴取に協力することを求める書面(甲29)を送付し,電話連絡を試みるなどしたが,被告から原告に対する連絡がなかったため,同人から事情を聞くことができなかった。また,原告は,被告以外の本件取引の担当者のうちI及びFと連絡を取り,Iから協力の約束を取り付けることができたものの,Fからは協力を断わられた。(甲55,証人K)
(6) 被告は,平成21年3月8日頃,同人が担当した原告の元顧客であるL(以下「L」という。)に対し,「M」と名乗って電話を掛け,原告との取引で発生した損失を取り戻す方法があるなどと述べて,同月15日頃,同人と面談した。その際,被告は,Lに対し,本件名刺を交付し,原告に対する訴訟提起を勧め,「弁護士を紹介する」,「成功報酬として,弁護士への支払とは別に成功報酬10%から15%を仲介料名目でいただく」などと述べたが,Lは,被告の上記誘いを断った。その後,Lは,原告の札幌本社お客様相談室に被告の上記申出について相談し,原告から被告との会話を録音してほしい旨依頼され,平成22年4月8日,札幌市内のレストランで被告と面談し,同面談における被告との会話を録音した。その録音された会話の中で,被告は,Lに対し,被告から勧められて原告に対する訴訟を提起した原告の元顧客につき,「負けた人は一人もいない」,「先物専門の弁護士の電話番号を教える」,「全部で11人いる」,「裁判官から,和解を勧められる」,「損害額に対して1番少ない人で5割,1番多い人で9割5分」などと述べて,更に,「最初に手数料をいただいて,報酬は,戻ってきた金額に対してバックをいただく。それが私の商売です」,「弁護士に対する報酬15%以外に,最初に10万円預けていただいたら,最後の報酬に対して20%,20万円預けていただけたら15%,30万円預けていただけたら10%です」「無理にどうですかって言っているつもりはないんです。100%戻ってきますけど,逆に私,Lさんに裏切られたら私,困る。大変なことになっちゃう。」「例えば,X社に電話をかけて,おいおい,Yからこう言われているよと,言われたら私,大変なことになっちゃう」,「要はお客さんは,負けとなれば私たちが全部振った話じゃないですか。だから全額私たち負担しますよって,契約しちゃうんです」,「負けた場合は,こちらの責任として,裁判費用,最初私がいただく手数料,全部ご返還します」などと述べた。(甲25,甲56)
(7) 原告は,別件訴訟においてBから提出された準備書面(甲3)により,被告が本件接触をしたことを知り,平成22年9月21日頃,被告に対し,「原告札幌本社で取引を行った元委託者から,『原告を退職した被告から電話があり,損失を取り戻さないかと言ってきた。その受託者は,被告の言うことが信用できず,返事をしなかったが,その後も数回同様の電話があり,一度被告と面談した。被告の目的は裁判に協力する対価として手数料を得たいと考えているようだった。』との申出があったので,調査中である。近日中に対談の場を設けたい」旨の書面(甲33)を送付して,同年10月24日,原告の管理部部長であるK(以下「K」という。)外3名が,原告の札幌本社で被告と面談し,事実関係を聴取した。その際,被告は,Kらに対し,本件名刺に記載された会社が存在しないことを認め,被告の携帯電話のメモリに残っていた元顧客であるLの電話番号に電話を掛けて同人と面談したことがある,その際,本件名刺を提示し,原告から損失を取り戻す方法があるなどと伝えた,お礼を1割要求したかもしれないなどと述べた。被告は,当初原告退職後に接触した顧客はLだけであると述べたが,Kから,Bが別件訴訟で提出した前記準備書面(甲3)を示されると,本件接触を認めた(甲30の1,2,甲31,甲39)。Kは,平成23年9月28日,北海道深川市所在のB方を訪れ,同人から,本件接触があったときの状況や被告の発言内容等を聴取した(甲4の1,2)。(甲55,証人K)
2 当裁判所の判断
前記認定事実に基づく当裁判所の判断は,以下のとおりである。
(1) 争点1(本件接触が,被告が原告に対して負っている顧客情報使用禁止義務及び顧客への勧誘・接触禁止義務に違反する行為に当たるか・被告の債務不履行又は不法行為の有無)について
ア 前記認定事実によれば,被告は,原告を退職後,在職中に担当した元顧客であるBに電話を掛けて連絡を取り,同人と面談したこと(本件接触),その際,被告は,Bに対し,原告との取引(本件取引)において被った損失(本件損失)を取り戻すため,原告に対する損害賠償請求訴訟を提起するよう勧誘し,代理人となる弁護士を紹介する対価として,着手金及び成功報酬の支払を求めたことが認められる。被告の上記行為は,同人が原告に在職中に知り得た個人情報であるBの電話番号及び企業秘密である本件取引の内容等の情報を不正に使用して行われたものであり,本件誓約書1及び同2において規定されている顧客情報使用禁止義務に違反し,かつ,弁護士法72条(弁護士でない者が業として法律事務の周旋をすることの禁止)に違反する疑いのある,違法な行為というべきである。
イ 被告は,①本件接触行為につき,原告が,「客殺し」と呼ばれる取引により,顧客に多大な損害を被らせながら,多額の手数料を得ていることに憤りを感じて,特に多額の損失を被ったBに対し,訴訟提起を助言したものであり,仲介手数料を得る目的はなく,弁護士を紹介するとも言っていなかった,②本件誓約書1及び同2で規定する企業秘密及び個人情報の内容が不明である上,Bの連絡先は,同人の正当な権利行使のために利用される限り,保護される企業秘密や個人情報に当たらず,顧客情報使用禁止義務に違反しないし,本件念書の規定は,競業避止義務との関係で,退職後の顧客との連絡・接触を禁止した規定であるところ,本件接触は,競業の目的で行われたものではないから,同念書で規定されている顧客への勧誘・接触禁止義務にも違反しない旨主張し,上記①の点につき,同旨の供述をしている。まず,上記①の点につき,Bは,被告から,原告に対する訴訟を提起する場合には,弁護士に対する支払以外に,被告に対する着手金及び成功報酬の支払を要求された旨述べている(甲4の1,2,甲54)ところ,Bには,殊更に被告に不利な供述をする理由はなく,同人の供述の信用性は高いと考えられる。他方,被告は,被告が担当した元顧客であるLと面談した際,明確に着手金及び成功報酬を要求し,先物取引被害を専門にする弁護士の紹介を申し出ている(甲25)。また,被告が,原告を退職後,同社に対する損害賠償訴訟を提起し同社から和解金を受領した元顧客であるN(以下「N」という。)と接触して(甲32,甲41,甲43,甲48,被告本人),同人から合計約1300万円を受領し(甲42,甲44から甲46まで),特に,上記訴訟の代理人弁護士からNに対して和解金6823万5000円が送金された平成22年6月1日に,同人から870万円を受け取っている(甲44)ところ,これらの多額の金員をNから受領した理由について合理的な説明をなし得ず(被告本人),かつ,Nが上記訴訟で代理人として選任した弁護士は,被告がBとの会話で名前を出したO弁護士及び他の顧客(P)に対して名前を出して紹介したQ弁護士であったこと(甲4の1,2,甲32,甲43,甲52)に照らせば,被告については,Nに原告対する損害賠償請求訴訟の提起を勧誘し,商品先物取引の被害者救済活動を専門にしている弁護士の名前を教える対価として上記金員を受領していたたことが推認されるというべきである。上記各事実は,いずれもBの前記供述と整合し,本件接触について,手数料等を得る目的で行ったものではなく,請求したこともないとの被告の供述とは相容れないものである。したがって,被告の前記供述は採用できず,その他前記認定を覆すに足りる証拠はない。また,上記②の点につき,商品先物取引業者である原告の管理する顧客の氏名及び電話番号等の連絡先が,個人情報保護規定の適用される個人情報に該当すること,また,当該顧客の行った取引内容が,外部への公表,漏洩及び第三者への使用等が禁止される会社の企業秘密であることは明らかである。そして,前述のとおり,本件接触は,違法な手数料を獲得する目的で行われたものであり,Bの正当な権利行使のために利用されたとはいえないから,利用目的の正当性をもって,本件接触行為の違法性が阻却されるとも認められない。以上によれば,前記認定が相当であり,被告の前記主張は,採用できない。
(2) 争点2(別件訴訟における原告の負担が,被告による本件接触により生じた原告の損害に当たるか・債務不履行又は不法行為と損害との間の相当因果関係の有無)について
ア 前記認定事実によれば,Bは,本件接触があった際,被告の言葉を信じられず,同人から弁護士を紹介してもらい,原告に対する損害賠償請求訴訟を提起することを断ったこと,その後,Bは,札幌弁護士会の法律相談を訪れ,そこで対応した弁護士に別件訴訟の提起を依頼したこと,別件訴訟の和解は,争点整理がほぼ終了し,証人尋問が行われる前の段階で,裁判官から和解を勧試されて行われたものであり,かつ,別件訴訟の和解金の金額も,当事者双方が和解の金額を持ち寄り,原告が提案した金額で合意したこと,がそれぞれ認められる。
イ 原告は,上記アの経緯に照らし,被告による本件接触がなければ,別件訴訟が提起されることはなく,かつ,本件取引には何ら違法はなかったものの,その立証について被告の協力が得られなかったため,原告は,やむを得ず,別件訴訟の和解に応じたとして,別件訴訟における原告の負担は,いずれも,被告の債務不履行又は不法行為(本件接触)によって生じた損害であり,相当因果関係がある旨主張している。しかし,Bは,本件接触の際には,原告に対する損害賠償請求訴訟の提起は無理であると考えて被告の提案を断り,その後,考えを変えて弁護士会の法律相談を訪れ,相談を担当したC弁護士に訴訟を委任したことに照らせば,本件接触の際の被告のBに対する勧誘行為は,Bが,原告に対する損害賠償請求訴訟の提起を考えるきっかけであったことは否定できないが,同人が別件訴訟の提起に踏み切ったのは,Bが,法律相談の際にC弁護士から受けた説明により,原告に対する損害賠償請求訴訟を提起して本件損失を取り戻すことが可能であるという考えを抱くに至ったことが直接の原因であると考えるのが自然である。また,別件訴訟の和解に関する協議が,争点整理が終了した証人尋問の実施前の段階で,裁判官から和解勧試を受けて実施されたものであること,別件訴訟の和解金が,原告自ら提案したものであること,別件訴訟における各当事者の主張及び客観的な書証等により認めることができる本件取引の内容等の事情に照らせば,別件訴訟の和解については,原告が,証人尋問前の主張及び書証によって原告に不利な心証を持った裁判官から,事実上Bに対する和解金の支払を勧告され,そのような裁判官の心証を踏まえて,別件訴訟を早期かつ自社に有利に解決するため,会社として損失の生じない範囲で,Bから受け取った本件取引の手数料を返還する内容の和解案を提示し,それが訴訟の相手方であるBに受け入れたことが推認されるというべきである。この点につき,原告は,被告から協力を得られなかったため,別件訴訟の和解に応じざるを得なかったと主張する。しかし,本件取引について,投資取引の経験がないBを電話で勧誘し,同人の自宅で商品先物取引に関する資料を交付し,説明がなされたその日のうちに取引口座が開設されて証拠金が入金され,取引が開始したこと,同日,新規委託者保護のための制限を超える取引の申出書が作成されていたこと,取引の初期の段階で大量かつ頻繁に売買が行われ,多額の証拠金が入金されていたこと,商品先物取引に関する損害賠償請求訴訟において,一般に問題視されることが多い特定売買が目立ち,Bの被った損害額に比べて原告の得た手数料が多額であったことなど,適合性原則違反及び新規委託者保護義務違反,手数料を目的とする不適切な勧誘や売買があったことを疑わせる事実が存在したこと,本件取引が行われた期間が長期であり,本件取引の後半に行われた被告担当取引では,Bも商品先物取引の内容や仕組みに習熟していたと考えられ、一定の過失相殺が認められる可能性があったことに照らせば,原告において,本件取引に何ら違法な点はなかったと認識していたが,被告の協力が得られなかったことから,不利な判決を避けるため,やむを得ず別件訴訟に応じたとは考え難く,むしろ,前述のとおり,本件取引の取引内容を検討した結果,自社に不利な判決を回避するため,別件訴訟の和解に応じたと考えるのが自然である。したがって,原告の上記主張は採用できない。
ウ 以上によれば,Bが別件訴訟を提起したこと及び同訴訟の和解によって原告が和解金を支払うことになったのは,本件取引の内容に問題があったからであると考えるのが相当であり,被告がBに原告に対する損害賠償請求訴訟の提起を勧誘したこと(本件勧誘行為)が,原告が別件訴訟の和解金及び弁護士費用の各支払に講じざるを得なくなった直接の原因であるとは認められない。そうすると,被告による本件接触と原告の主張する損害(別件訴訟における原告の負担)との間の相当因果関係は認められないというべきであり,原告の前記主張は採用できない。
(3) 争点3(原告が,民法715条3項に基づき,被告に対する求償権を行使できるか)について
ア 原告の上記主張を時機に後れた攻撃防御方法として却下すべきか
争点3に関する原告の主張は,尋問前の争点整理の段階で提出されていること,その内容も,被告から本件取引の違法性が主張され,同主張を前提にした予備的主張であることを考慮すると,主張を却下しなければならないほど訴訟の完結を遅延させたとは認められず,かつ,主張の提出が後れたことについて,原告に故意又は重大な過失があったともいえない。
したがって,この点に関する被告の主張は採用できない。
イ 民法715条3項に基づく原告の被告に対する求償権行使の可否
原告は,①被告の上司であるG部長及びH部長が,被告に対し,コンプライアンスを遵守した営業活動を行うよう指導していたこと,②被告は,上司から取引の内容について具体的な助言や取引指示を受けずに,自らの判断で本件取引を行ったこと,③本件取引における損失のうち,被告担当取引によって生じた損失が1536万9591円に上ること,④被告が,Bに対し,手数料獲得目的で,原告に対する訴訟提起を勧誘したため,別件訴訟が提起されたこと,⑤被告は,同訴訟において,本件念書で定められた義務に違反して原告に協力しなかったこと,⑥被告は,原告を退職後,手数料獲得目的で多数の顧客に対する提訴勧誘を行っており,在職中から顧客に原告に対する訴訟を提起させる目的で違法行為を行っていたと思われることからすれば,被告については,少なくとも原告に生じた損害の半分に当たる685万円を負担する義務があり,原告は,被告に対し,同額について,民法715条3項に基づく求償権を行使することができる旨主張する。しかし,上記①及び②の点につき,原告は,監督官庁から,平成20年7月に7営業日の業務停止処分,平成22年8月にも8営業日の業務停止処分を受けていること(乙20,証人K),平成16年10月から12月までの3か月に日本弁護士連合会消費者問題対策委員会が設置した先物取引被害110番に寄せられた原告への苦情が16件に上り(乙16の2),同年9月時点において,代理人弁護士が選任された顧客からの訴訟が少なくとも7件係属し,訴訟に至らない示談交渉も5件あったこと(乙16の1),被告が在職中にも,原告の顧客から損害賠償請求訴訟を提起されたことが複数回あり,その大部分の訴訟で和解金を支払っていたこと(証人K),本件取引においても,全く投資経験のなかったBに対し,取引口座開設と同時に新規委託者保護のための制限を超える取引の申出書(乙4の5)を作成させ,短期間に多額の証拠金を要する多数の取引を行っていたことに照らせば,本件取引が行われた当時,原告の社内において,コンプライアンスの遵守及び委託者保護のための適正な取引の指導が徹底されていたとは考え難く,むしろ,原告の社内において,営業部ごとに毎月の営業目標を設け,各営業担当者に対する加給金の支給や昇格という営業目標を達成することへの強い動機付けを行っていたことを考え併せれば,営業担当者に対する指導監督が十分に行き届いておらず,各営業担当者が営業成績を上げることを優先して,違法な取引の勧誘を行い易い状況にあったことが推認され,仮に,被告が担当した本件取引に違法な取引があったとしても,それを原告の指導に違反した被告の独自の判断による取引であって,専ら被告個人に帰すべき責任であると考えることは相当でないというべきである。次に,上記③の点について,前記認定事実によれば,Bは,別件訴訟において,本件取引開始時点及び取引継続中の適合性原則違反(不適格者の勧誘),説明義務違反,断定的判断の提供,新規委託者保護義務違反,不適正な取引,特定売買の違法等を主張していたが,特に,平成11年3月30日から同年10月までの取引を問題視していたこと,前述のとおり,本件取引の取引期間が長期であり,その間継続的に取引が行われていたことに照らせば,被告が担当した平成16年12月以降の取引について,Bが取引の仕組みや内容に習熟したことを加味して一定の過失相殺が認められた可能性があったこと,原告が支払った別件訴訟の和解金が,Bが本件取引で被った本件損失の約37%程度であったことを考慮すれば,損害の公平な分担の法理に照らして,上記③の事情から直ちに被告の本件和解金の半分を負担する義務を認めることが相当であるとは認められない。また,上記④の点については,前述のとおり,被告による本件接触行為と原告の別件訴訟の和解金の支払の間の相当因果関係が認められず,上記⑤の点についても,同様に,被告の協力を得られなかったことが,原告が別件訴訟の和解に応じた原因であるとは認められない。更に,上記⑥の点は,別件訴訟と直接関係のない事情であり,別件訴訟の和解金の負担を決める際に考慮すべきではない。
以上によれば,原告の前記主張を採用することはできない。
3 よって,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 宮島文邦)
〈以下省略〉
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