判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(30)平成30年 1月23日 東京地裁 平28(ワ)28112号 貸金請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(30)平成30年 1月23日 東京地裁 平28(ワ)28112号 貸金請求事件
裁判年月日 平成30年 1月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)28112号
事件名 貸金請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2018WLJPCA01238001
要旨
◆芸能プロダクションである原告が、その取締役であった被告との間で授受が行われた合計400万円(本件金員)は原告に所属していたタレントの仕事を獲得するための営業活動に関する費用であり、委任事務処理費用の前払であると主張して、被告に対し、本件金員の返還を求めた事案において、被告は、原告の実質的支配株主である本件オーナーと相談した上、同人からの直接の指示に基づき、別の事務所に所属していた本件タレントを獲得するために活動し、そのための活動資金として2回にわたり本件金員を受領し、その目的どおりに紹介者及び仲介者に本件金員を交付したと認められ、その法的性質は本件タレントの獲得交渉等という準委任関係にあると解されるが、被告は本件金員の交付も含めて、かかる委任事務を遂行したと認めるなどして、請求原因事実を否定し、請求を棄却した事例
参照条文
民法643条
民法649条
民法656条
裁判年月日 平成30年 1月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平28(ワ)28112号
事件名 貸金請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2018WLJPCA01238001
東京都新宿区〈以下省略〉
原告 株式会社X
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 岡野和弘
川崎市〈以下省略〉
被告 Y
同訴訟代理人弁護士 岡渕貴幸
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求(平成29年1月10日付け訴え変更の申立書による変更後のもの)
被告は,原告に対し,400万円及びこれに対する平成29年1月18日(同申立書送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,芸能プロダクションである原告と,その取締役であった被告との間で授受が行われた金員合計400万円についての訴訟である。原告は,当該金員について,原告に所属していたタレントの仕事を獲得するための営業活動に関する費用であり,委任事務処理費用の前払いであるとして,その返還を求めているのに対し,被告は当時別の事務所に所属していたタレントの獲得資金として預かったものであり,返還の理由はない旨主張している。
2 前提事実
当事者間に争いのない事実として,以下の事実が認められる。
(1) 原告は,芸能プロダクションの経営及び俳優,芸能タレントのマネージメント並びにプロモート業務を主業務とする株式会社である。原告の代表取締役は,平成29年1月19日まではB(以下「B」という。)が,同日以後はA(以下「A」という。)が務めているが,実質的支配株主はC(以下「Cオーナー」という。)である。
被告は,登記簿上,平成28年2月29日まで原告の取締役の地位にあった者である。
(2) 原告は,Cオーナーが,俳優のD(以下「D氏」という。)がタレントとして活動していくことを目的として,平成27年4月10日に設立した。被告は,芸能界に精通しているとしてD氏からCオーナーに紹介され,Cオーナーから原告への参画を依頼されて,設立当初から原告の取締役に就任するとともに,D氏のマネージャー業務も担っていた。
(3) Cオーナーは,被告に対し,①平成27年7月1日頃に100万円,②同月29日に300万円の合計400万円を交付し,被告はそれぞれこれを受領した(以下,前者を「本件金員1」,後者を「本件金員2」といい,総じていうときは単に「本件金員」という。)。
第3 争点及び当事者の主張
1 請求原因(本件金員の交付の趣旨について)
【原告の主張】
本件金員は,被告が原告の取締役としての営業活動に必要な資金として交付されたものであり,委任事務処理費用の前払い又は預け金に該当するから,被告はこれを返還する義務を負う。
(1) 被告は,D氏のマネージャーとして,D氏に伴われて原告に参画することとなり,原告の設立時から取締役に就任した。かかる経緯から,被告の担当業務は,原告の営業担当としてD氏のタレントとしての仕事を獲得することであり,Cオーナーも自身は芸能界に疎かったので,芸能界に精通しているとD氏から紹介された被告の営業に期待していた。
被告は,Cオーナーに対し,原告のための営業活動には相当の資金が必要であるとの説明を受けた。そこで,芸能界に精通していないCオーナーは,被告に対し,同説明を信じて,被告が要求するとおりの金額の営業資金を被告に交付することとし,平成27年7月1日頃に本件金員1を,同月29日頃に本件金員2をそれぞれ交付した。その際,本件金員を交付したことを明確にするために,甲第1号証の「現金預かり証」(以下「本件預かり証」という。)を作成した。
(2) しかし,被告は原告取締役の中で最も高額な役員報酬を受けながら,D氏の仕事を獲得することができなかった。にもかかわらず,被告は本件金員の使用の有無及び使途について原告に報告しておらず,領収書等の提出もない。
そのため,Cオーナーは平成27年8月頃から被告に対して全く仕事ができていない旨を指摘するようになり,被告が独断で業務を進めていくこともあって,同年12月頃には被告を強く叱責するようになった。
平成28年3月8日には,Cオーナーは被告を最も強く叱責した。ただし,クビを宣告したことはない。すると被告は,一方的に出社しなくなってしまった。
(3) 会社と取締役との間の法律関係は委任の規定が適用されるところ,原告が被告に交付した本件金員は,上記のとおり被告の取締役としての営業活動に必要な資金として被告の請求により交付したものであるから,原告の被告に対する委任事務処理費用の前払い(民法649条)に該当すると同時に,同前払いとしての預け金にも該当する。
よって,原告は,被告に対し,委任事務処理費用返還請求又は預かり金返還請求として,400万円及びこれに対する訴え変更の申立書送達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(4) なお,被告は,本件金員は当時原告に所属していなかったタレントの獲得のための費用であった旨主張するが,同タレントは原告の従業員であったE(以下「E」という。)がスカウトし,被告がその獲得をCオーナーに提案したに過ぎず,Cオーナーは獲得資金との説明を被告から受けたことはない。
【被告の主張】
本件金員は,某芸能事務所に所属していた某タレント(以下「本件タレント」という。)の獲得資金として交付されたものである。
(1) 平成27年4月頃,原告は,本件タレントを原告に移籍獲得することを検討するようになり,Cオーナーも本件タレントの獲得に前向きな意向を示し,被告に対して本件タレントの移籍を実現させるよう指示を出した。
本件タレントを移籍獲得するにあたっては,ある紹介者(以下「本件紹介者」という。)を介して複数の関係者に対する仲介料等の獲得資金が必要になると想定されたところ,Cオーナーがこれを了承したことから,原告が獲得資金を支出することが決定された。
(2) その後被告は,本件紹介者やその先の仲介者との間で,本件タレントの移籍獲得の依頼をするための会食ができることになったため,Cオーナーにその旨を伝え,平成27年7月1日にまず本件金員1を預かった。そして被告は,同日,本件紹介者らと会食を行い,本件タレントの移籍獲得の意向を伝え,原告の使者として本件紹介者らに本件金員を交付した。
その後被告は,本件紹介者の協力を得て,本件タレントの関係者との間で,具体的に本件タレントの移籍獲得に関する交渉が整ったことから,被告は再度本件紹介者らと会食を行うこととし,同月29日Cオーナーから指示を受けたBから,成功報酬に相当する獲得資金として本件金員2を預かった。そして被告は,同月30日,本件紹介者らと会食を行い,会食終了時に原告の使者として本件紹介者らに対して本件金員2を交付した。
これらの結果,実際に,原告は,同年12月3日に,獲得を目指していた本件タレントを原告の元に移籍させることに成功した。
(3) その後,原告の顧問税理士から,原告が本件金員を支出したことを示す徴憑が必要であるとの指摘がなされたため,Cオーナーは,被告に対し,本件金員に係る現金預かり証を差し入れるように指示した。
被告は本件金員を実際に預かったことは事実であったことから,特に異論を述べることなく,Cオーナーの指示に従うこととして,原告側で作成した用紙に自己の氏名及び住所を署名するなどして,原告に差し入れた。これが本件預かり証である。
2 抗弁(相殺)について
【被告の主張】
(1) 被告は,平成29年9月7日付けで,原告が事務所として賃借している東京都新宿区〈以下省略〉所在のbビルの3階部分(以下「本物件」という。)の賃貸人である有限会社c(以下「賃貸人」という。)から,本物件に係る賃料等債務の連帯保証人として,下記の未払賃料等合計171万4174円を直ちに支払うよう請求を受けた。
ア 未払更新料:34万5600円
イ 未払賃料:平成29年4月分ないし6月分 各6万5600円
同年7月分ないし9月分 各34万5600円
ウ 未払い管理費:平成29年4月分ないし6月分 各1600円
同年7月分ないし9月分 各2万1600円
エ 未払電気代:平成29年7月分 1万9371円
同年8月分 1万9777円
同年9月分 2万1711円
オ 未払水道代:平成29年7月分 2294円
同年9月分:2221円
(2) 被告は原告から委託を受けた連帯保証人であるから,原告に対し,上記金額の事前求償権を有する(民法460条2号)。
そこで,被告の原告に対する上記求償債権を自働債権とし,原告の被告に対する委任事務処理費用返還請求権又は預り金返還請求権を受働債権として,上記未払賃料等の各約定支払日をそれぞれ相殺適状日として,対当額について相殺する。
【原告の主張】
否認する。
賃貸人が被告に請求しているのは賃料増額分に関するものであるところ,原告は賃貸人に対し従前賃料額を支払っており,債務不履行はない(賃料増額も認められない)ので,事前求償権も発生せず,自働債権は存在しない。
第4 当裁判所の判断
1 前提事実のほか,証拠(乙3,被告本人のほか,事実ごとに後掲)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 20代の頃から芸能界で付き人やマネージャー等の仕事に従事してきた被告は,平成26年10月頃,20代の頃から親交のあったD氏から,芸能プロダクションを作ることになったので手伝ってほしいとの連絡があり,Cオーナーと会うこととなった。
被告に対する依頼は,当初はD氏のマネージャー業務に従事してほしいとのものであったが,被告は芸能界でのこれまでの経験からD氏のタレント業務だけでプロダクションを経営していくのは困難と感じられたこと,自身も予てからタレント養成スクールを運営してみたいとの思いを有していたことから,Cオーナーに対して,プロダクションを経営するならタレント養成スクールも行うべき旨を進言した。Cオーナーもこれに同調し,被告に対し,D氏のマネージャーにとどまらず,経営陣として,取締役として原告に参画してほしい旨被告に依頼し,被告もこれを了承して,前提事実(1)のとおり原告の取締役に就任した。
(2) 被告は,平成27年5月頃,以前の勤務先で知り合ったスカウトマンのEと会話した際,本件タレントに関する情報を聞いた。被告は本件タレントが著名なアイドルグループのメンバーであったこと等から,これはチャンスだと考え,獲得を目指すことを決意し,Cオーナーに電話等で報告したうえ,同年6月25日に直接相談した。
同日の相談では,被告はCオーナーに対し,これまでの芸能界での経験上,タレントの移籍には,概ね事務所関係者に対する費用が500万円,移籍するタレント本人に500万円の合計1000万円ほどを要すること,本件タレントの獲得についても同様の見込みであることを伝えた。Cオーナーは,「それは高いな。タレント本人に対する支払いは無しだ。」と言い,前者の事務所関係者への支払のみ了承した。この際被告は,上記費用が領収書の出ない性質の金員であることを伝え,Cオーナーもこれを了承した。
なお,Cオーナーは,本件タレントと同時に他の特定のタレントも移籍させられないかと被告に述べ,被告とCオーナーとで本件タレントの所属するグループのコンサートに視察に行くなどしたが,最終的には本件タレント1人に絞って獲得を目指すこととなった。
(3) 本件タレントの獲得を目指すとしても,Cオーナーはもちろん被告にも本件タレントの前所属事務所には知人等のつてがなかった。著名アイドルグループに所属していた本件タレントの獲得のためには,芸能界の慣例上,最終的には当該グループ及び関連グループ全体の総合プロデューサーである人物(以下「総合プロデューサーG」という。)に承諾をもらう必要があったため,被告は,総合プロデューサーGへの仲介役となる人物で,被告は名前は知っていたが面識はなかった人物(以下「仲介者H」という。)に会うこと,そして仲介者Hに会うために,被告の以前の勤務先での知り合いであり,仲介者Hとも面識のある人物,すなわち被告に仲介者Hを紹介してもらえる人物(以下「紹介者I」という。)と会うことを目指し,その結果,平成27年7月1日に紹介者I及び仲介者Hと会食する機会を設けることができた。
被告はこれをCオーナーに報告し,相談の上,この日に紹介料及び仲介料として紹介者I及び仲介者Hにそれぞれ50万円を支払うこととした。現金については,Cオーナーは,当時原告の代表取締役であったBから受け取るように指示し,これに応じて,当時原告でアルバイトをしていたJ(以下「J」という。)がBの元を訪れて受領し,被告に渡した。
平成27年7月1日当日,被告は紹介者I及び仲介者HとJの4人で,Jが予約した新橋の居酒屋で会食を行った。会食の終了時,被告は紹介者I及び仲介者Hそれぞれに現金50万円を交付した。(以上につき乙5の1)
(4) その後,紹介者I及び仲介者Hの働きかけにより,本件タレントをアイドルグループ卒業後に原告に移籍させる話が概ねまとまった旨を聞き,被告は最終的なお礼をするために,平成27年7月30日に紹介者I及び仲介者Hと会食する機会を設けた。この際も,被告はCオーナーと事前に相談した上,Cオーナーの指示で,成功報酬として合計300万円を紹介者I及び仲介者Hに支払うこととしたが,紹介者Iと仲介者Hへの内訳は特に決めなかった。
同月29日,被告が上記300万円を受領するためにJに取りに行ってもらおうと,Bに連絡したところ,Bから,「金額が大きくてアルバイトに取りに来させるような額じゃないから,自分で取りに来い。」と言われたため,自らBの事務所を訪れて300万円を直接受領し,当日まで原告の事務所の金庫に保管した。
同月30日,被告は紹介者I及び仲介者Hと恵比寿の焼鳥屋で会食し,終了する頃に持参した300万円をまとめて紹介者Iに交付した。その後紹介者I及び仲介者Hが300万円をどのように分けたかは,被告は知らない。(以上につき乙5の2)
(5) 平成27年8月31日,Cオーナーが税理士を伴って,四谷にある原告事務所を訪れた際,Cオーナーは被告に対して「あの400万円って領収書ないんだよな」と聞いてきたので,被告は「そうですよ」と答えた。Cオーナーは同税理士としばらく相談した後,被告に対し,「元取れるんだろうな。Y,お前書面にサインしろ。」と言ってきた。
被告が「大丈夫ですよ。取れると思います。」と答えると,CオーナーはJに指示してプリントアウトさせた「現金預かり証」と題する書面を被告に示し,署名するよう迫ったため,被告はこれに応じて署名押印した。これが本件預かり証である。
2 上記1認定の事実からすれば,被告は,Cオーナーと相談した上,Cオーナーからの直接の指示に基づき,本件タレントを獲得するために活動し,そのための活動資金として2回にわたり本件金員を受領し,その目的どおりに紹介者I及び仲介者Hに本件金員を交付したものと認められる。その法的性質は本件タレントの獲得交渉等という準委任関係にあるものと解されるが,被告は本件金員の交付も含めて,かかる委任事務を遂行したものと認められる。そして,かかる内容の事実関係を述べている被告の供述(乙3,被告本人)は,関係者の氏名等を明らかにしていない点等はあるものの,経験に基づく芸能界特有の事情を説明する点も含めて首肯できる合理的なものであり,本件金員1及び2の交付前後の時期のCオーナーとやり取りしたメッセージ等客観的証拠とも一致しており裏付けられている点等からして,信用性が認められる。
この点原告は,上記事実関係を否認し,被告に委任したのはD氏の仕事の獲得等の事務であるが被告がこれを遂行していないかのように主張する。しかし,これを直接証する証拠はない。AはCオーナーから聞いたという事実経過について述べるものの,これは間接的な伝聞に過ぎずA自身が直接の経験について述べたものではないし,仮にAがCオーナーからその述べるとおりに聞いたこと自体はそのとおりであったとしても,Cオーナーが述べたという事実関係は,上記のとおり信用性の認められる被告の供述と合致せず,本件金員1及び2の交付前後に被告とやり取りしたメッセージ(乙5の1及び2)が明らかに本件タレントの獲得に関するやりとりと解されることと一致しないなど,他の証拠とも合致しないから,採用の限りではない。
よって,請求原因事実を認めることはできないというほかはない。
3 したがって,その余の点について検討するまでもなく,本訴請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第33部
(裁判官 中野達也)
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