
「営業支援」に関する裁判例(11)平成30年 1月30日 東京地裁 平29(ワ)21594号 原状回復請求事件
「営業支援」に関する裁判例(11)平成30年 1月30日 東京地裁 平29(ワ)21594号 原状回復請求事件
裁判年月日 平成30年 1月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平29(ワ)21594号
事件名 原状回復請求事件
裁判結果 認容 文献番号 2018WLJPCA01308043
要旨
◆顧客企業に対する新たなコンサルティング手法を獲得するため被告と業務委託及びサービス利用に関する契約(本件契約)を締結して費用を支払った原告が、ノウハウ開示などの契約上の債務は履行されておらず同契約を解除したなどとして、被告に対し解除による原状回復を求めた事案において、被告は、本件契約に基づいて原告が顧客企業に対し管理会計のコンサルティングを行い得る程度に同コンサルティングを行うためのノウハウを公開すべき義務及び1年間の相談支援をすべき義務を負っていたのにこれらの義務を履行しなかったから、本件ノウハウの公開という本件契約上の債務の不履行があるとして債務不履行解除を認めた上、本件契約に基づいて被告が既に履行した部分は存在しないから、原告は既払金全部の返還を求めることができるとして、請求を全部認容した事例
参照条文
民法541条
民法545条1項
民法620条
民法652条
裁判年月日 平成30年 1月30日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平29(ワ)21594号
事件名 原状回復請求事件
裁判結果 認容 文献番号 2018WLJPCA01308043
埼玉県川越市〈以下省略〉
原告 X株式会社
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 篠原一廣
同 森龍之介
東京都目黒区〈以下省略〉
被告 株式会社Rin office
同代表者代表取締役 B
主文
1 被告は,原告に対し,302万4000円及びこれに対する平成29年3月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
主文と同旨
第2 事案の概要
1 事案の概要
本件は,顧客企業に対する新たなコンサルティングの手法を獲得するため被告との間で業務委託及びサービス利用に関する契約を締結してその費用302万4000円を支払った原告が,① ノウハウの開示などの契約上の債務は履行されておらず同契約を解除したなどと主張し,② 仮に債務不履行でないとしても同契約は錯誤により無効であると主張して,被告に対し,解除による原状回復請求権(上記①)又は不当利得返還請求権(上記②)に基づき,支払済みの302万4000円の返還及びこれに対する解除後であり請求の日の後である平成29年3月1日から支払済みまで商法所定の年6分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠又は弁論の全趣旨により容易に認めることができる事実)
(1) 原告は,顧客企業に対し会計に基づく経営コンサルティングを行うことを主たる業務とする株式会社であり,原告代表者及びその夫であり原告の取締役であるC(以下「C」といい,原告代表者と併せて「原告代表者ら」という。)は,税理士である。(甲1の1,9)
被告は,経営コンサルタント,営業支援コンサルタント等を業とする株式会社であり,税理士や会計士向けに「○○プログラム」と称する経営コンサルティングの手法についての勉強会等を提供する株式会社である(以下,被告の提供する上記プログラムを「本件プログラム」という。)。(甲1の2,2)
(2) 原告は,平成27年12月25日,被告との間で,被告を受託者とする業務委託及びサービス利用契約(以下「本件契約」という。)を締結し,その頃,被告に対し,302万4000円(基本費用225万円に参加者1名の追加分55万円を加算した合計280万円の税込み額)を支払った。(甲3,4)
(3) 原告代表者らは,平成28年2月25日,同年3月30日及び同年4月18日,本件契約に基づき被告が開催した勉強会に参加した。(甲5)
また,その後,被告により上記勉強会の補講が3回実施され,原告代表者らはこれに参加した。(甲9,弁論の全趣旨)
(4) 原告は,平成29年2月14日に被告に到達した書面により,被告に対し,本件契約を解除する旨の意思表示を行うとともに,同年2月28日までに支払済みの費用302万4000円を返還するよう催告した。(甲8の1,8の2)
3 請求原因(原告の主張)
(1) 主位的請求原因―債務不履行解除
原告は,前提事実(2)のとおり,被告との間で本件契約を締結し,302万4000円を支払った。本件契約において,① 原告は,被告に対し,経営指南書を基にした勉強会,1年間の相談支援,商談のセッティング支援等を通じて,業務部門毎の管理会計(企業その他の法人内部の業務部門毎の事業計画等を作成することによって,より効率的な経営を実現するためのもの。以下,単に「管理会計」という。)に関するコンサルティングを行うためのノウハウ(以下「本件ノウハウ」という。)を公開し,原告が本件ノウハウにより顧客企業に対し管理会計のコンサルティングを実施することができるようになることを委託した。また,② 本件プログラムの受講後は,原告が被告の顧客の管理会計コンサルティングを担当することにより,被告から,初年度は180万円の,次年度以降は被告との合意に基づく対価を取得できることが本件契約の内容となっていた。
しかし,被告が開催した勉強会において,本件ノウハウは全く公開されず,参加者からのクレームを受けて行われた3回の補講も短時間であり,本件ノウハウが習得できるものではなかった。また,被告は,顧客の管理会計コンサルティング業務を原告に委託せず,初年度180万円のコンサルフィーも支払われなかった。なお,原告が社会福祉法人の顧客に対し管理会計コンサルティングの営業をするに際し被告が相談支援として準備したチラシは,従前のチラシをそのまま用いたものであって,およそ社会福祉法人にそぐわない内容であり,原告の信用を失いかねないものであったため,これをもって原告に対する「支援」を行ったとはいえない。
このように,被告は,本件契約上の債務を何ら履行せず,原告からの問合わせにも対応せず,当事者間の信頼関係は完全に破綻したため,原告は,被告に対し,前提事実(4)のとおり本件契約を解除した。よって,原告は,被告に対し,解除に伴う原状回復として支払済みの302万4000円の返還及びこれに対する解除後でありかつ原告が設定した支払猶予期限の後の日である平成29年3月1日から支払済みまで年6分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(2) 予備的請求原因―錯誤無効
上記(1)記載の①及び②が行われることは本件契約の重要な要素であり,また,被告が本件ノウハウを公開すること,被告は原告が顧客に対し管理会計コンサルティングができるようにすること,原告が本件契約に基づき支払う対価を回収できると思ったことは,被告に対し表示されているといえる。そして,上記のとおり上記(1)記載の①及び②は履行されなかったから,本件契約は錯誤により無効である。よって,原告は,被告に対し,不当利得返還請求権に基づき支払済みの302万4000円の返還及びこれに対する平成29年3月1日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。(なお,主位的請求と異なる請求が定立されているものではない。)
4 被告の主張
被告は,本件契約の契約書(甲3)に記載された内容を,全て提供した。すなわち,本件ノウハウは経営指南書に全て記載されており,経営指南書を基にした勉強会を開催した。相談支援も(約定の)平成28年12月24日までは提供した。また,コンサルフィーに関し,初年度180万円,2年目以降は被告との合意に基づく対価を受領できるというシステムについては説明したが,これは,パンフレットにも記載されているとおり,投資対効果シミュレーションにすぎず,上記金額を保証したものではない。なお,被告は,平成28年3月1日,被告の顧客(株式会社a)の業務の一部を原告に委託し,業務の対価を支払ったが,同顧客より原告からの業務提供を解約した旨の申し入れがあったため解約となった。このように,原告の債務不履行解除は理由がない。(被告は,予備的請求原因についての認否を行わないが,弁論の全趣旨によれば,これを争っているものと認められる。)
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
証拠(甲9以外は後掲)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 税理士資格を有する原告代表者らは,平成25年9月,かねてより経営する税理士法人とは別に,顧客企業に対し将来の経営計画のコンサルティングを行うことを目的として,原告を設立した。(甲1の1)
(2) 原告代表者らは,原告の業務として,顧客企業に対し管理会計のコンサルティングを行うことができるようになることを希望していたところ,平成27年10月ないし11月頃,被告から,税理士や会計士向けの上記希望に添った内容の本件プログラムに関するダイレクトメールの送付を受け,興味を持った。
(3) 本件契約の締結に先立ち,被告は,原告に対し,被告作成の「○○ PROGRAM」と題するパンフレット(甲2。以下「本件パンフレット」という。)を交付し,被告が提供する本件プログラムについての説明を行った。その内容は,概要,税理士や会計士が本件プログラムを受講することにより,△△メソッドと称する独自の経営手法を有する被告から,管理会計のコンサルティングを行うためのノウハウを習得することができ,受講後は,被告から顧客(一般企業)の紹介を受け,上記ノウハウを用いて管理会計のコンサルティングを行うことができるというものであった。具体的には,本件プログラムにおいては,当初の3か月間に3回にわたり集合型勉強会が開催され,そこにおいて,経営指南書にまとめられたコンサルティングノウハウが伝授され,また,管理会計システムをケースにした演習でノウハウを吸収できること,その後は,税理士らが実際のコンサルティングの現場で直面する課題等に対し被告から相談支援が行われることなどが本件パンフレットに記載されており,被告はこれに基づき説明を行った。また,本件パンフレットには,被告のクライアント紹介の場合,本件プログラムの受講後は,管理会計コンサルティングフィーを初年度180万円で設定しているため,最短で受講後1年間で9割を投資回収することが可能であるなどの記載があり,被告は,原告に対し,これに基づく説明を行った。(甲2)
(4) 原告と被告は,平成27年12月25日,原告が被告の提供する本件プログラムを利用する契約である本件契約を締結した。本件契約の具体的内容は,原告が被告に対し,経営指南書の提供,経営指南書を基にした勉強会の実施,1年間の相談支援,会員性情報交換サイトの利用,商談のセッティング支援業務を委託し,被告はこれを受諾すること,また,原告はその費用(Cの受講費用も含む。)として302万4000円(税込み)を支払うことを内容とするものであった。(甲3,4)
(5) 平成28年2月25日,同年3月30日及び同年4月18日,いずれも午前10時半から午後6時まで,被告により勉強会が開催され,原告代表者らはこれらに出席した。しかし,いずれの勉強会においても,経営指南書に基づく講義はほとんどなく,企業再生の体験談に終始するなど,管理会計のコンサルティングを行うためのノウハウは公開されなかった。(甲5)
そこで,Cや他の参加者が被告に苦情を申し立てたところ,被告は,同年5月11日,同年6月7日及び同年7月5日の3回にわたり,補講を行ったが,1回目及び2回目は各1時間,3回目は30分という短時間であり,内容も曖昧で,管理会計コンサルティングを行うためのノウハウを習得することができるものではなかった。
(6) また,被告は,原告が管理会計コンサルティング業務を受注するため顧客に対し営業を行うに際し,その支援として,営業対象となった社会福祉法人の担当者を面談に招くためのチラシを原告に交付したが,同チラシには,社会福祉法人の特質に即して作成されたことがうかがわれる内容はなく,かえって,「売上高200%UP」などという社会福祉法人に対するものとして相当でない記載があったことから,原告代表者らは,顧客の信頼を失うおそれがあると判断し,それ以上,同営業を進めることができなかった。そこで,原告は,被告に対し,原告の顧客に対する相談支援ではなく被告の顧客を紹介することを求めたが,被告はこれに対応しなかった。(甲6,7)
2 判断
(1) 上記1によれば,被告は,本件契約に基づき,原告が顧客企業に対し管理会計のコンサルティングを行い得る程度に,同コンサルティングを行うためのノウハウ(本件ノウハウ)を公開すべき義務及び1年間の相談支援をすべき義務を負っていたこと,それにもかかわらず,被告は,これらの義務を履行しなかったことが認められる。
(2) これに対し,被告は,本件ノウハウが記載された経営指南書に基づく勉強会を行い,本件ノウハウは公開済みである旨主張する。しかし,上記1のとおり,本件プログラムにおける既定の3回の勉強会が開催された後(なお,甲2の11頁参照),さらに3回の補講が実施されていることは,当初の3回の勉強会において本件ノウハウが公開されなかったためCを含む参加者がクレームを申し立てた旨のCの陳述(甲9)の信用性を補強する。また,証拠(甲7)によれば,補講が実施された後である平成28年7月12日の時点においても,原告代表者らは,管理会計のコンサルティングについて基本的な知識を身に付けることができていなかったことが認められることからすれば,補講は短時間かつ内容も曖昧な話に終始し本件ノウハウを理解することができないものであった旨のCの陳述(甲9)は信用できるものといえ,上記(1)のとおり,本件ノウハウが公開されなかったことが推認される。そして,被告は,本件口頭弁論期日に出頭せず,陳述が擬制された答弁書において上記第2の4のとおり主張する他は何ら主張立証を行っておらず,本件において,上記認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると,被告には,本件ノウハウの公開という本件契約上の債務の不履行があると認められる。
(3) また,上記1(6)のとおり,被告は,原告の顧客に対する営業の支援として,原告にチラシ(甲6)を交付したことが認められるが,上記1(6)のとおり,同チラシには,社会福祉法人の特質に即した内容がなかったばかりでなく,「売上高200%UP」などという社会福祉法人に対するものとして相当でない内容が記載されていたことからすれば,同チラシは,被告が既に作成済みであったものか,今後も他に利用できるものとして作成したものを交付したにすぎず,その内容に照らし,同チラシを準備したこと(交付したこと)をもって本件契約上の受託業務である相談支援の一部を履行したものと認めることはできないというべきである。
(4) なお,原告は,本件プログラムの受講後は,原告が被告の顧客の管理会計コンサルティングを担当することにより初年度は180万円の,次年度以降は被告との合意に基づくコンサルフィーを取得できることも本件契約の内容となっていたにもかかわらずその履行がなされていない旨も主張する。しかし,本件契約の締結に先立つ説明において上記1(3)のような説明がされ,また,被告は,被告が顧客に対して行う経営コンサルティングのうち管理会計部門を本件プログラムを利用する税理士等に行わせることを前提として本件プログラムの利用を勧誘したことは認められる(甲2)ものの,本件契約の契約書(甲3)には,原告が主張する上記コンサルフィーに関する記載はなく,本件パンフレットにおけるこの点に関する表現(「投資対効果シミュレーション」,「弊社クライアント紹介の場合」等)も踏まえると,錯誤(ないし説明義務違反)の成否が別途問題となり得ることはともかくとして,初年度180万円のコンサルフィーを被告が原告に支払うことが本件契約の内容になっていた旨の原告の主張を採用することはできないというべきである。
(5) もっとも,上記(1)から(3)までの判断を前提にすると,上記(4)の判断は本件請求の結論に影響を与えるものではなく,原告の債務不履行に基づく解除は認められる。
そして,前提事実(4)のとおり,原告は,平成29年2月14日に被告に対し本件契約を解除する旨の意思表示をしており,これにより,本件契約は,将来に向かってその効力を失うものと解されるが(民法652条,620条参照),以上に見てきたところに加え,本件証拠上,他に本件契約に基づき被告により既に履行がされた部分はないものと認められるから,原告は,本件契約に基づく被告の受託業務の対価として支払った302万4000円全額の返還を求めることができる。
(6) 結論
よって,支払済みの費用302万4000円全額の返還及びこれに対する解除後であり原告が設定した支払猶予期限の後である平成29年3月1日から支払済みまで商法所定の年6分の割合による遅延損害金の支払を求める本件請求は全部理由がある。
東京地方裁判所民事第42部
(裁判官 太田多恵)
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