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判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(272)平成21年 7月16日 大阪地裁 平20(わ)2165号 詐欺被告事件

判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(272)平成21年 7月16日 大阪地裁 平20(わ)2165号 詐欺被告事件

裁判年月日  平成21年 7月16日  裁判所名  大阪地裁  裁判区分  判決
事件番号  平20(わ)2165号
事件名  詐欺被告事件
裁判結果  有罪  文献番号  2009WLJPCA07169007

要旨
◆弁護士であった被告人が、刑事事件の相談をした被害者に対し、事件をうまく処理するために、被害者が管理している現金をしばらくの間被告人の下で預かり、確実に保管した上返還する旨の嘘を述べて、被害者から9000万円を騙し取った詐欺の事案について、被告人は、少なくとも、貸金庫に保管している現金を預かる話がまとまった時から、直ちにこれを自己の用途に費消するつもりであったとして、同現金は成功報酬の担保として受け取ったものであったとの弁護人の主張を排斥する一方、被告人が預り証を交付等していることから、本件犯行当時、同現金を返還する意思がなかったとするには疑問が残るとした上で、被告人に懲役3年の実刑を言い渡した事例

裁判経過
控訴審 平成22年 1月22日 大阪高裁 判決 平21(う)1247号

出典
裁判所ウェブサイト

参照条文
刑法246条1項

裁判年月日  平成21年 7月16日  裁判所名  大阪地裁  裁判区分  判決
事件番号  平20(わ)2165号
事件名  詐欺被告事件
裁判結果  有罪  文献番号  2009WLJPCA07169007

主文

被告人を懲役3年に処する。

理由

(犯罪事実)
被告人は,大阪弁護士会所属の弁護士であり,株式会社I社を実質的に経営していた者であるが,I社の資金繰りに窮していたところ,福岡市内において複数の店舗を設けて違法な貸金業を営んでいたAから,店舗の捜索を受けたこと等について,弁護士として事件への対応等の相談を受けた際,Aが利得の一部である現金を貸金庫に隠匿していることを知り,同現金をだまし取ってI社の資金繰りに充てよう等と考え,平成14年10月6日午後2時過ぎごろ,大阪市西区の被告人の当時の法律事務所において,Aに対し,真実は,Aから交付を受けた現金を預かり保管する意思はなく,I社の債務の支払い等の自己の用途に直ちに費消する意図であり,現金を返還できる確実なあてもなかったのに,これらの事情を秘し,Aが刑事責任を免れるためには上記現金を被告人に預ける必要があるかのように装うとともに,預かった現金を確実に保管する意思があるように装い,「あなたがその金を持っていることが警察にばれたら,あなたが貸金業の実質的な経営者であることが分かってしまう。あなたが持っているとまずいから,私が預かっておいてあげるよ」などと嘘の事実を告げ,さらに,同日午後6時30分ごろ,福岡市博多区のホテル客室において,「事件は来年1月末くらいには落ち着くだろうから,1月末まで預かっておくね」などと嘘の事実を告げるとともに,現金9000万円を平成15年1月末まで預かる旨記載した被告人作成名義の預り証を作成して手渡すなどし,Aをして,自己の刑事責任を免れるには,上記現金を被告人に預ける必要があり,かつ,上記現金は,被告人において平成15年1月末日まで確実に保管した上,同日経過後自らに返還されるものと誤信させ,平成14年10月7日午前9時30分ごろ,上記ホテル客室において,Aから現金9000万円をだまし取った。
(補足説明)
弁護人は,「被告人がAから受け取った9000万円は,弁護士であった被告人が,Aから違法な貸金業に関する刑事事件及び税金の処理を依頼されたことに基づく成功報酬の担保として預かったもので,Aもその旨を了解していた。被告人は,検察官が主張するような欺罔行為は行っておらず,無罪である」旨主張し,被告人もこれに沿う供述をする。
そこで,当裁判所が,9000万円は,被告人が,弁護活動に伴う成功報酬の担保としてAから預かったものではなく,判示のとおり,Aからだまし取ったものである旨判断した理由を以下で説明する。
1  前提となる事実
まず,関係各証拠によれば以下の事実が認められる。
(1)  I社に対する被告人の関わりと同社の資産状況等
ア 被告人は,後記「確定裁判」欄記載の犯行のため,平成12年3月逮捕・勾留の上,起訴され,翌13年2月14日保釈された。平成14年6月28日実刑判決を受けて,同日控訴して保釈された。その後の経過は,後記「確定裁判」欄記載のとおりである。
イ 被告人は,一審で保釈された直後に,旧知のBからI社の経営に参画しないかと持ちかけられた。被告人は,既述のような状況から,いずれ弁護士活動をやめなければならないと考えていたところ,I社がJ社から独占的に技術提供を受けて行おうとしていた地形データ販売等の事業が,画期的なもので将来性もあるものと思い,これに積極的に参画しようと決意した。そして,被告人は,I社が同事業を開始する上で必要となる巨額の資金調達等を引き受ける旨申し出て,平成13年3月以降,同社の実質的な経営者となった。
ウ ところで,J社は,最新技術による航空測量事業の開始を目指して設立された米国ネバダ州所在のベンチャー企業である。一方,被告人が前記の経緯で実質的な経営者となったI社は,日本国内の出資者を募りJ社に出資することにより,J社が事業を開始するに当たり必要となる資金を提供するとともに,将来収集を予定している日本国内の地形データを独占的に買い取り,販売すること等を目的とする会社であった。I社は,平成13年11月8日,J社と優先株式及びデータ購入の契約を締結して,J社に対し,同年末までに1500万ドル(約18億5000万円)を送金することになった。
エ 被告人が,この資金調達の任に当たることになったが,当初の期限までにJ社に送金できたのは,約400万ドル(約4億9000万円)(関連会社への送金を含めると約416万ドル〔約5億1000万円〕)にとどまり,その後,支払期限が平成14年6月1日まで,同年9月1日までと,2度にわたって延長されたものの,なお約10億円が未払いの状態であった。
オ そのため,I社は,平成14年9月2日,J社から,「9月30日までに契約延長料が支払われない場合にはこれ以上の延長をせず,契約を終了させる。期限を9月10日までとする場合には15万ドル,9月20日までとする場合には30万ドル,9月30日までとする場合には50万ドルの契約延長料を支払わなければならない」旨の通告を受けた。その後,さらに,J社は,「取引先への支払いの必要上,75万ドルが必要になったため契約延長料を50万ドルから75万ドルに値上げしたい」旨通告してきた。
カ 被告人は,平成14年9月30日までに53万0265ドル余を調達して,同日J社に同額を送金したが,残りの22万ドル足らずの調達ができなかった。被告人は,時間を稼ぐため,社員に指示してJ社に対し,残金についても既に送金済みである旨の虚偽の報告をさせた。J社は,このような対応に不信感を募らせ,10月2日までに残金を払わなければ,日本国内の地形データや独占販売権等を他の団体に譲渡しかねない旨通告してきた。
キ 被告人は,Bを渡米させて,何とかJ社から5万ドルの減額を引き出したものの,契約延長料の残額16万9735ドル(2118万1230円)(以下「減額後の残金」という。)を一刻も早く調達して送金しなければ,契約を打ち切られてI社の事業が行き詰まりかねない状況に追い込まれた。
ク なお,I社は,本件当時,既述のとおり,J社に対して開業に必要な資金を提供することが主な活動で,利益を生むような活動は行っておらず,被告人が調達する資金以外にはこれといった収入のない状態であった。にもかかわらず,被告人において,資金を集める必要等から,高額の(月額300万円を超える)賃料を要する事務所を借り,さらには,フロアを借り増そうとしたり,多数(50~70人)の従業員を雇う等して月々多額の経費を要する状況にあったため,平成14年2,3月ごろ以降,恒常的な資金難に陥り,借り増そうとしたフロアの敷金が払えなかったり,同年10月分からは,既に借りていた部分の賃料の支払を滞らせ,11月になると,役員報酬及び相当数の従業員に対する給与の支払もできなくなるなど資金繰りが行き詰まり,その後,最終的(平成17年8月)に,J社から契約を打ち切られた。一方,被告人自身も,銀行等に数億円の債務を負い,本件当時(平成14年9月ごろから)支払遅滞に陥っていた。
(2)  被告人がAから9000万円を受け取った経緯等
ア Aは,かつて札幌で,平成13年5月ごろからは福岡市内において,K等の名称の下,複数の店舗(事務所)を設けて,違法な高金利で行う貸金業を手広く営んでいた。そのような中,平成14年9月末から10月初めごろ,いわゆる出資法違反で,店舗の一部やAの自宅が捜索されたほか,部下のC及びA自身が警察の取調べを受けた。
イ Aは,各店舗における貸金業の登録を従業員の名前で行っていた。そして,仮に警察沙汰になった場合には,これら従業員が各店舗の経営者であるように装って自分(A)をかばうよう指示し,その見返りに謝礼を支払うことを約していた。Aは,前述のとおり,現実に捜査が開始されたことから,これら店舗の営業を統括させていたCに対し,摘発に伴い生じるすべての不利益を自分(A)に代わって引き受けるよう依頼した。Aは,地元の弁護士に対し,Cが逮捕された場合の最終処分の見込み等を相談したところ,執行猶予か実刑かのぎりぎりのところである旨を告げられた。そのため,Aは,仮にCが実刑になるようなことになれば,Cが真実を捜査機関に告げて,自分(A)に捜査の手が及ぶことになるのではないかと不安を募らせていた。
ウ そこで,Aは,知人のDに対し,別の弁護士を紹介するよう依頼したところ,同人,E,F(以下,まとめて「紹介者」ともいう。)を介して,凄腕の弁護士として被告人の紹介を受けた。そして,平成14年10月6日,紹介者とともに,事件の相談をするため,大阪にあった当時の被告人の事務所に赴くことになった。Aは,同所へ向かう新幹線の車中で,被告人が事件を引き受けてくれて,穏便に事件が解決された場合には,Dら紹介者に1000万円の紹介料を支払うことを約束した。
エ Aは,10月6日午後2時過ぎごろ,被告人の事務所で被告人と面談し,Aが経営していた貸金業の実態を説明し,被告人からCの処分の見通しやAに捜査の手が及ばないようにするための方法等の説明を受けた。その話合いの中で,Aが福岡の貸金庫に保管している現金を被告人が預かることになり,その日のうちに直ちに,全員で福岡へと向かうことになった。
なお,Fも話合いの場に同席していたが,Fは,被告人から,退席を求められる場面があった。
オ 被告人は,福岡に着いた後,ノートのページを1枚破って,「金9000万円を正にお預かりしました」「平成15年1月末日までお預かりします」と記載された預り証(以下「預り証」という。)を手書きで作成し,Fに保証人兼立会人として署名させた上で,これを福岡市内のホテルの部屋でAに渡した。
カ 翌7日午前9時半ごろ,Aは,被告人に対し,9000万円の現金を渡した。被告人は,直ちにその現金を持って飛行機で東京に戻り,I社経理課長のGに3500万円を渡し,Gは,同日午後2時ごろ,その中から,2118万1230円(16万9735ドル)をJ社に送金し,減額後の残金の支払いに当てた(Gが被告人から受領した現金の残りは,その金の大半が各種の経費や社員への未払い給与の支払いに充てられた。)。また,被告人は,同日,Aから受領した現金の中から合計310万円を自らの家族等に送金し,残りの現金も平成15年3月までに費消した。そして,被告人は,再び,その日(7日)のうちに福岡に戻った。
キ Aは,被告人からI社への出資を求められたことから,10月16日,I社の株500株を5000万円で買い取り,10月30日には,I社の株を担保に被告人に対して3000万円を貸し付けた。
ク Cは,10月23日に逮捕され,平成15年3月13日に執行猶予判決を受けた。被告人は,後に税金の問題が生じることを念頭において,Cの弁護人の一人として,Cに対し警察等に供述すべき内容を助言するなどした。
2  そこで,以上の事実を前提に,被告人が判示の欺罔行為を行ってAから9000万円をだまし取ったのかを検討する。
(1)  Aは,被告人に対して9000万円を預けた経緯等について概略以下のとおり供述している。
ア 被告人の事務所において,事件の内容を説明したところ,「この手の事件はそんなに大した問題ではないから,心配せんでいい」旨最初に言われた。初めは自分が実質的経営者であることを伏せていたが,被告人から,実際のところはどうなんだと核心を突かれ,組織図を書いて,自分が実質上の経営者であること,Cが各営業所を統括していたことなどを具体的に話した。説明を聞いた被告人は,「この手の事件やからこぢんまり収める方がええよ」,「所詮所轄でやっている案件やから,事件自体はそんな大した問題じゃない」などと言った。また,組織図のCの名前をぐるぐるとマークしながら,「事件をこぢんまり済ませるためには,Cくんで止めとった方がええよ」とも言った。Cの処分の見通しについて尋ねると,被告人は,「逮捕されないよ」,「罰金刑か執行猶予じゃないか」などと答えた。被告人の口調や態度には余裕が感じられ,自信に満ちあふれていた。
イ この日,被告人に対し,売上げに税金が掛かるのかについても相談した。すると,被告人は,「売上金については,全部やくざに持っていかれたと言った方がいい,そうすれば,税金は一切掛からんから」と言った。裏技を聞いてびっくりして,ますますさすがだと思い,被告人に事件を依頼しようと思った。
ウ その後,被告人から,「ところで,あんたは今,幾ら持ってるんや」などと尋ねられた。貸金業で稼いだ売上金のことを聞いているのだと思い,「1億円くらい持っています」と答えた。これは,自分の貸金庫からCの名前で契約させたL銀行西新町支店の貸金庫に移した現金だったが,被告人には貸金庫の名義までは聞かれなかった。売上金は,他に,M銀行の妻名義の口座及びN銀行飯田橋支店の姉名義の貸金庫にも合計で2億3,4000万円程度存在したが,被告人からは手元にある現金のことを聞かれていると思い,これらの現金があることは言わなかった。被告人は,「あんたがその金を持っていたらまずいよ」と言った。その金を持っていることが警察にばれると,実質的経営者が私だということがばれて,大ごとになるという説明だった。そして,被告人は,「わしが預かっといてあげるよ」と言った。被告人の申出に従えば,自分たちが助かるのではないかと思い,「そうさせてもらいます」と答えた。そんなことまでしてもらえるのかと思った。被告人は,事務所内の金庫を指さして,その金庫に預かると言った。
エ また,この日,被告人に対し,弁護士費用は幾らになるのか聞いたところ,被告人は,「500万もくれたらええよ」「そのかわり,わしのやっている事業に出資して」などと答えた。被告人と会うに当たってDらに紹介料として1000万円を支払うことになっていたため,それと比較すると安いと思った。出資については,「考えさせていただきます」と答えた。弁護士費用の話をした後,被告人は,すぐに1億円を取りに行こうと言い,福岡に移動することになった。当日は日曜だったので,「先生,日曜なので,お金を預けるとしても明日になっちゃいますよ」と言ったが,被告人は「ああ,ええよ」と言っていた。
オ 博多に着き,ホテルの被告人の部屋に行くと,中には被告人とFがいた。被告人は,「預り証書いとくからね」と言って,大学ノートかレポート用紙で預り証を作成した。預かりの期限については,「この事件が1月末くらいまでで済むやろうから,1月末まで預かっておくね」と言っていた。また,被告人は,『Fさんも署名してやって』といい,保証人兼立会人として,Fに署名させた。被告人は,「これで明日頼むね」と言って預り証を手渡した。
(2)  Aの供述の信用性
ア 前述のとおり,被告人は,I社の実質的な経営者として,同社が今後行おうとする事業の根幹となるJ社との間の契約関係を維持するため,巨額の資金調達を迫られていたが,その調達に苦労し,2度にわたり支払期限の延長を求めたものの,それでもなお本件当時10億円を超える資金調達ができない状況にあった。しかも,J社から再延長の条件とされた延長料の支払いにも窮していて,即座にJ社に減額後の残金を送金しなければ,J社から契約を打ち切られ,被告人が今後の人生をかけようとしていたI社の事業が頓挫しかねない状況に追い込まれていた(なお,本件当時,被告人及びI社に資力がなく資金繰りに窮していたことは先にみた(1(1)ク)ところからも明らかである。)。
そのような中,被告人は,Aから9000万円を預かる話がまとまるや,その日が日曜日であり貸金庫から現金を引き出すことができないと分かりつつも,直ちに大阪から福岡へと向かい,その翌朝,Aから現金を受け取るや飛行機で東京へと向かい,東京に着くとGらに指示して受け取った現金の中からJ社に減額後の残金を送金させて,残りの現金についてもI社の各種経費や未払い給与の支払いに充てるなどして,遅くとも平成15年3月までに預かった9000万円を自己の用途に費消し尽くしたものと認められる。
このような経過からすると,被告人は,少なくとも,貸金庫に保管している現金を被告人において預かる話がまとまった時点で,直ちにこれを自己の用途に費消するつもりであったことが明らかである。しかも,このような意図があることをAには告げず,あたかもそのまま現金を保管するかのような態度をとって現金を受領しているのである。先述の「自己に捜査の手が及ぶのではないかと強く危惧していたところ,被告人から,現金を被告人に預けなければAが実質的経営者であることが捜査機関に判明してしまうかのように言われた」旨のAの供述は,このような被告人の言動等に沿い,その行動等を合理的に説明し得るものである(なお,後述のとおり,被告人は,9000万円を東京に持ち帰った後,I社の経理担当者からJ社へ送金する必要があると告げられ,その時点で,これを費消することを決意したかのように供述する。しかし,被告人が当時置かれていた状況が,このような悠長なものであったとは考えられない。現に,被告人からJ社への送金を命じられた前記Gは,「I社本社の事務室で勤務中,被告人から『J社に対する送金手続をやってくれ』などと電話で指示を受けて,銀行の前で,部下のHと被告人が現れるの待っていると被告人が現れた。被告人から紙袋入りの現金3500万円を受け取り,同送金のほかI社の経費に当てた。被告人は,Gに手渡した紙袋の外にも,何袋か同じような紙袋を持っていた」旨,明確かつ詳細に供述し,Hも同様の供述をしている。両名の供述から,被告人がAから現金を預かると一刻も早く送金するため,直接,銀行に現れたことが明らかである。被告人の供述は到底信用できない。)。
イ(ア) また,Fは,Aが被告人に対し9000万円を預けることになった経緯について,「被告人は,Aの話を聞いて,『大丈夫,自分が引き受けて,Aの意図するように,Aに捜査の手が及ばないようにすることが十分できる。店舗の責任者のところで始末すればいい』旨話していた。被告人は,捜査を断ち切るのに一番大事なのは,貸金業でもうけた利益を上手に警察の目に触れないように隠すことであるという説明をし,『もうけた利益はどうなっているのか』と聞いていた。被告人は,『その金が見付かれば,Aが本当の経営者だということが判明して逃れられなくなる。金を見付からないように隠すことが事件のポイントである』旨話していた。Aは,『博多に警察に探知されそうな現金が1億円くらいある』旨を話していた。すると,被告人は,『それは自分のほうできちんと預かって隠すようにするけれども,どうだ』と言い,Aは,『預ける』旨を答えていた」旨,Aの上記供述に沿う供述をしている。
(イ) Fは,被告人とAとの本件犯行後の示談の話合いにおいて,被告人の代理人を務めるなど,被告人と親しい関係にあり,Aに有利な供述をして被告人を陥れるような動機は認められない。また,Fは,預り証に保証人として署名しており,9000万円の返還債務を保証する立場にあるので,Fにとっては,債務を免れるためには被告人の供述に合わせた方が都合が良いはずで,殊更にAに有利な供述をしなければならない理由は存在しない。この点は,被告人の共犯者として逮捕されたFが自己の訴追を免れることを考えたとしても,同様である。そうすると,Fの上記供述及びこれと符合するAの供述は,基本的には信用することができるものと考えられる。
(ウ)① この点,弁護人は,「Fが,平成20年3月25日付けの被告人宛の書簡において,『費用報酬を事前に預けるという約束で無申告の所得の約1割相当の9000万円を被告人に預けた』旨記載しており,Fも,被告人が成功報酬の担保として9000万円を預かったと認識していたことが明らかであるから,これと異なる前記供述は信用できない」と主張する。
しかし,Fは,自らの認識する事実と異なる事実を敢えて前記書簡に書いた理由として,「被告人が収監されると分かり,今後,Fが保証債務の取立てを受けた場合には被告人と同様の主張をしていくことを,被告人に知らせるため,敢えてこのような虚偽の事実を記載した」旨説明している。既述のとおり,仮にFにおいて,被告人が成功報酬の担保として預かった旨の認識を有していたのであれば,Fにとっても有利な事情であるから,事実に反して公判で覆す理由などない。また,Fが説明するとおり,被告人が収容されるに当たり,預り証で保証人となったため,今後,Aからの請求に一人で対応せざるを得ない状況となり,どのように対応していくのか被告人に分かってもらい,自らが被るであろう迷惑等を伝えたいと思うことは,特に不自然・不合理なことではない。
② また,弁護人は,「Fは,被告人とAの話合いの重要な場面で中座しており,話の前後関係を混同したり,内容を誤解している可能性もある」旨主張している。
しかし,Fは,自分が体験したことと体験していないことを各時点毎に整理して述べており,先のような重要な事柄に誤解や混同等があるとは考えられない。
③ 以上によれば,弁護人の主張はいずれも理由がなく,Fの先の供述は信用できる。
ウ このように,Aの供述は,被告人が,少なくとも,貸金庫に保管している現金を預かる話がまとまった時から,直ちにこれを自己の用途に費消するつもりであったという事実や,このような意図をAに隠していたという事実と整合する上,重要部分においてFの供述とも一致している。したがって,Aの供述は,基本的に信用できる。
エ(ア) なお,弁護人は,預り証について,「被告人がAから現金をだまし取るつもりであれば,自己に不利益な証拠ともなりかねない預り証を,求められもしないのに,自ら積極的に書くというのは不自然である。仮に,だまし取る手段とするつもりであれば,ちゃんとしたものを準備しておくはずで,その場でノートを破って預り証を作成するというのはいかにも不自然である」旨主張する。
しかし,被告人は,当時資金繰りに行き詰まっており,Aから是が非でも当該現金を受け取りたいと考えていたことが明らかである。そのような被告人が翌朝,確実に現金の交付を受けるため,Aをより一層信用させる手だてとして,返済期限を書いた預り証をあらかじめ交付しておくことも十分に考えられる。また,慌ただしく福岡に向かったこと等からすると,あらかじめ準備するいとまがなかったり,移動する途中で思いつくことも考えられるのであり,預り証が正規なものでないことを不自然であると評価することはできない。
ところで,被告人は,預り証の作成の経過について,「現金の受渡し場所をあらかじめ確認しておくため,AとFの両名をホテルの自分の部屋に呼んだところ,Aが先に来て,『現金を預けるに当たり,書類が欲しい。Fにも保証人としてサインして欲しい』と言ってきた。その後,Fが来たので,翌朝の現金受渡しの場に立ち会うよう頼んだが,Fから『できればすぐにでも札幌に帰りたいので立ち会えない』と言われたため,その場で預り証を作成し,Fにも保証人としてサインをしてもらった」旨供述している。
なるほど,Fは,Aの方が先に被告人の部屋に来ていた旨述べて,この点で被告人の供述に沿い,Aの供述とは異なる供述をしている。しかし,Fは,「福岡を離れたのは翌朝午前11時ごろで現金受渡しに立ち会おうと思えば立ち会えたが,元々,そのような気持ちはなかった。かといって,立会を断ったこともない」旨明確に供述している。同人がこの点で記憶違いをしたり,嘘を述べるなどとは考えがたい。そうすると,被告人が自室にFを呼んだのは,受渡し場所を確認させるためなどではなかったことになり,Fを自室に呼んだ理由は,預り証に保証人として署名させるためであったとしか考えようがない。また,仮に,被告人が述べるようにAのたっての要求で預り証を作成し,しかも,被告人が供述するように成功報酬の担保として現金が交付されることになっていたのであれば,後にも指摘するとおり,預り証に,その旨の表記等がされるはずである。いずれにしても,被告人の供述するところは不自然で信用できず,Aが述べる経緯で預り証が作成されたとみるのが自然である。
(イ) また,弁護人は,「9000万円を預けている貸金庫の名義がCであったのに,その存在が警察に発覚すればAが実質的経営者であると分かってしまうと告げられ,これをAが信用したというのは不合理である」旨主張する。
しかし,Aは,被告人のことを有能な弁護士として紹介されていた上,事件の相談をしたときの被告人の口ぶりや態度をみて,この手の事件に精通していると感じ,被告人にかなりの信頼を置いていたものと認められる。このことは,Cが「相手が弁護士とは言え,このような大金(9000万円のこと)を預けて大丈夫なのかと思った。しかし,Aはともかくすごい人だからなどと言って,すっかり信用しきっている様子であり,ぜひとも被告人に金を預かってもらいたいという感じだった」旨述べていることからも裏付けられる。そのような中,被告人から,「手元に置いている現金が警察に発覚すると実質的な経営者であることが分かってしまう」などと告げられた場合には,その理由の詳細を詰めることなく,この言葉を盲信することや,その言葉が正しいことを前提に自分なりに説明付けてしまうことは十分に考えられるところである。そうすると,「当時は自分も被疑者になっていて,Cと年中一緒に行動していたので,警察の目は自分の方に向いていると思っていた。C名義の貸金庫に1億円くらいの金があることがわかったら,実質的な経営者であるとして自分に警察の追及が及ぶのではないかと思った。調べれば警察は分かるのではないかと思った」旨のAの説明が,不合理なものであるとはいえない。
(ウ) さらに,弁護人は,「Aは,被告人の求めに応じ,I社に対し5000万円を出資するとともに,被告人に対し3000万円を貸し付けている。9000万円が単なる預り金として被告人に預けられたものであれば,この5000万円や3000万円を当該預り金から差し引くよう申し出てしかるべきである。にもかかわらず,これをしていないのだから,9000万円を単なる預り金であったとするAの供述は信用できない」旨主張する。
しかし,9000万円は,捜査機関から隠蔽するために保管されているという特殊な性格を有する現金であり,しかも,その預かり期限が上記出資及び貸付より後の平成15年1月末までと定められていたのであるから,9000万円については上記出資金及び貸付金とは別個の性格のものであるとAが考えたとしてもあながち不自然ではない。このことは,Aが,10月6日の段階で,被告人に対し,弁護士費用として300万円を支払わなければならなかったが,これを9000万円から差し引くようには申し出ず,別途現金を支出したことからもうかがい知ることができる。
(エ) また,弁護人は,「9000万円が単なる預り金として被告人に預けられるものであれば,貸金庫に保管していた現金が,たとえ当初話していた金額より少なかったとしても,Aにおいて『9000万円しかないです』などとわざわざ断りを入れる必要はないし,被告人においても『そうか,かまへんよ』と了承の応答をすることは考えられない。にもかかわらず,このようなやり取りがあったというのであるから,9000万円が単なる預り金であったとするAの供述は信用できない」と主張する。
確かに,このようなやり取りからは,預けるべき現金の多寡が被告人にとっても重要な意味があり,そのことをAが認識していたとみられないでもない。しかし,当初説明していた金額よりも少額の現金しかないことを知ったAが,その事実を伝えるために,9000万円しかなかった旨を告げることが不合理であるとはいえない。そして,このように告げられた被告人が,9000万円を預かることを了承する趣旨で,「構わない」と答えることも十分に考えられるところである。そうすると,この点から,Aの供述の信用性に疑義が生じるとはいえない。
(オ) ところで,弁護人は,「本件は,弁護士にとり極めて危険な仕事の依頼である。Aが,被告人の紹介者に対してですら1000万円の紹介料の支払いを事前に約束していたことからすると,被告人に対する弁護士報酬が500万円というのは安きに失する。このような約束がされたとするAの供述は到底信用できない」旨主張し,この点を特に強調している。
しかし,被告人が「確定裁判」欄記載の刑事裁判の係属中であったにもかかわらず,自ら危険な仕事であると自認する,Aからの依頼をあえて引き受けた理由は,I社の資金繰りのために是が非でも資金調達を行う必要があったからにほかならない。このような被告人の当時置かれていた状況からすれば,違法な貸金業を手広く行い相当の資力を有すると考えられるAから,一刻も早く,より多くの資金を手に入れたいと考えていたことが明らかである。しかし,Aが他の弁護士にも相談していることが分かっている以上,自分のことを凄腕の弁護士と信頼しているからといって,報酬として要求できる金額にはおのずと限界があることを認識していたものと認められる。このような点からすると,弁護士報酬を安くして,出資という形で資金協力を求めていくのが有効であって,このような選択肢をとることも十分に考えられる。一方,Aにとっては,被告人の申し出る弁護士費用がたとえ著しく安いと感じても,相手方がそれでよいという以上,あえて,深く尋ねたり,理由を追及等しないのは当然である。このような点からすると,Aが「被告人から,『(弁護士費用は)500万もくれたらええよ』と言われた。それと同時,あるいは事後に,『I社に投資してほしい』旨言われた」旨述べていることは不自然なことではない。現に,Aは,投資を求められた時点では直ちに出資に応じていないものの,その10日後の10月16日には実際に5000万円を出資し,また,同月30日にはI社の株を担保に3000万円を融資しているのである。
そうすると,被告人に対する弁護士報酬が500万円であるからといって,そのことがAの供述の信用性に疑いを生じさせる事情とはならない。
(3)  被告人の供述の信用性
ア 他方,被告人は,要旨,以下のとおり供述している。すなわち,
「Aから事件を引き受けるに当たり,弁護料の話をしなければならないと思い,『もうけた金はどうしてんの,もうけた金は幾らぐらい残ってんの』と尋ねたところ,Aは,『福岡に1億円ほど置いてあります』と答えた。こんなやばい話は金を預からないとできないと思い,Aに『金を預からんことにはやばくてできないよ』旨述べて,『その1億円はどういうふうにして福岡に置いているの』と尋ねたところ,Aは,Cの名義で福岡の銀行の貸金庫に預けていると答えた。そこで,『Cさんの名前で貸金庫に入れてるんだったら,間違いなく警察に持って行かれるよ。しかし,これは考えようによっては諸刃の剣になるよ。貸金業はすべてCさんがやっているという大きな証拠になるけれども,現実に金が残ってて,税金を安くしたりゼロにするということはちょっとできないよ』と告げたところ,Aは,『じゃ,先生預かってくれますか』と言ってきた。そこで,『その金を預からせてもらったら,私の方もきちんと事件を受けて,きちんと頑張るようにする』と告げた。また,とりあえず着手金として500万円が必要であることを伝えたが,具体的な報酬の額の話は出ず,刑事事件及び税金の処理がうまく解決したら預かる現金の中から清算をする旨を告げたところ,Aは了承した。その後,福岡で,Aの要求に基づき預り証を作成したが,平成15年1月末日までには,刑事事件が解決し,かつ,税金のめども付くと考えたことから,その日を返還期限とした。翌朝,Aから9000万円を受領し,東京に戻って金庫に現金をしまった際,Gから,『実はアメリカにも金を送らなあかんし,会社もどうしても金がいるんですが,少しなんとかなりませんか』と言われたので,『Cもしっかりしているみたいだから何とかなるだろう,万が一のときは後で穴埋めすれば良い』と考えて,Gに現金を渡した。平成15年3月末ごろ,Aを事務所に呼び,Aに対し,税金の処理がうまくいったら,9000万円を全額もらっておく旨を告げたところ,Aから異議は出なかった。そして,平成15年5,6月ごろ,Aから税金が2000万円程度で済んだことを聞いたことから,9000万円全額を報酬としてもらうことを告げたところ,Aは『いいですよ』と答えた」というものである。
イ このように被告人は,事件の依頼を引き受けるに当たり,報酬の担保として,9000万円を預かった旨供述する。しかし,既述のとおり,被告人が作成・交付した預り証には,「預かる」旨の記載はあるものの,報酬の担保の趣旨が含まれていることをうかがわせる記載は一切ない。預り証は,返還義務を負っていることの証書ともなるべき重要な書面なのであるから,少なくとも弁護士である被告人においては,何らかの留保を付してしかるべきであり,これがないというのは,不自然というほかない。また,そもそも,被告人は,9000万円を預かって欲しいとAから持ちかけられたと供述するが,Aが,C名義の貸金庫に保管しておくと諸刃の剣だと告げられたために当該現金を他の場所に隠匿したいと考えることが仮にあったとしても,それを弁護士である被告人に頼むというのは,あまりに唐突であり,不自然である。さらに,被告人は,9000万円を費消することを決意したのは,I社の経理から,J社へ送金する必要があることを告げられたためであるかのような供述をする。しかし,先述のとおり,J社に一刻も早く減額後の残金を払わなければならない状況にあったことや,信用性に疑いのないG,H両名の供述に反しており,到底信用できない。そして,被告人は,Aが免れることができた税額をも考慮し,9000万円全額を報酬として清算することとし,平成15年3月末ごろ,Aと話合いの機会を持ち了解を得た旨供述する。確かに,Fも「Aから,3月末ごろ,『あとは被告人とうまくやっていくので心配しなくてもいい』と言われた」旨,被告人の供述に沿うかのような供述をしている。しかし,Fの同供述のみでは,Aが何を意図してこのように言ったのかは分からない。Aは,このような了承をしたことはないと明確に否定する。具体的に税金をどの程度免れられるかが確定しておらず,少なくともAがその確信を得られない同段階において,9000万円全額を報酬として受領されることを了承する(異議を言わない)とは考えにくい。まして,報酬の算出根拠を何ら説明されていないのに了承するとは考えにくい。さらに,被告人が「平成15年春ごろ,書いたと思う」旨認める「(A)9000万円預り」と記載したメモまで存在し,被告人が述べるように3月末時点でAとの間で9000万円の処理について一応の了解を得て,同年5,6月ごろ決着がついたというのであれば,このようなものを作成し,そのまま残しているのは不自然である。また,法律専門家の被告人が,後の火だねとなりかねない預り証を,その間に回収しようとしないのも不自然である。
加えて,被告人の供述を前提にすると,なぜ預り証に記載された返済期限である平成15年1月末までに税金についてもめどが付くと考えたのか,なぜAから9000万円を預かる話がまとまったその日に福岡に向かったのか,なぜAから9000万円を受領すると,その日に再び福岡に舞い戻らなければならないのに即座に東京に戻ったのか,なぜ受領したその日に9000万円の一部を自己の用途に費消したのか,なぜ報酬の額について9000万円全額が妥当であると考えたのか等,疑問の残る点が多く,その理由として被告人が述べるところも直ちに合点のいくものではない。また,9000万円の返還義務に関する被告人の供述内容が縷々変遷していることは検察官の指摘するとおりである。
ウ これまで種々述べてきたところからすると,被告人の上記供述は不自然で信用できない。
3  結論
以上のとおり,Aの「被告人から『刑事責任を免れるためには9000万円を被告人に預けなければならない』旨言われ,9000万円をだまし取られた」旨の供述は,被告人が当時置かれていた状況等にも符合した自然な内容で,これに沿う預り証等の客観証拠もあるので十分に信用することができる。これに対し,「成功報酬の担保としてこれが交付された」とする被告人の供述は到底信用できない。したがって,Aの供述等から,被告人が判示のような欺罔文言を用いたものと認められる。そして,被告人及びI社の当時の資力,資産状況等からすると,9000万円をI社の資金繰り等に費消した場合,約定の期日に確実に返済できる当てなどなく,被告人もこのことを十分に認識していたことが明らかである。にもかかわらず,被告人は,目先の資金繰りの必要から,9000万円を直ちにI社の資金繰り等に費消することや,確実に返済できる当てのないことを隠した上,Aから9000万円をだまし取ったものと認めることができる。
もっとも,預り証を交付等しているのであるから,9000万円を返還しなければ,いずれ問題になることは明らかである。被告人が,本件後もJ社との契約を維持するべく約1億円を送金していること等の事実をも併せ考えると,被告人において,現状を何とか乗り切り,最終的にI社の上場等にこぎ着けさえすれば,事態が好転して何とか返還できるのではないかなどと楽観的に考えていた疑いが残る。検察官が主張するように,被告人において,本件犯行当時,9000万円を返還する意思がなかったとまではいうことにはなお疑問が残る。
(確定裁判)
1  事実
平成18年1月31日  東京高等裁判所
宣告刑等  詐欺罪により懲役3年
確定日  平成20年3月7日
2  証拠
前科調書
(量刑の理由)
1  本件は,著名な刑事弁護士であった被告人が,刑事事件の相談のため被告人のもとを訪れた被害者に対し,真実は,資金繰りに窮した被告人の経営する会社の資金需要等に充てて費消するつもりで,確実な返還のあてもなかったのに,このような事情を秘し,依頼の趣旨に沿う形で事件を処理するためには,被害者が管理している現金をしばらくの間,被告人の下で預かる必要があり,確実に保管した上,事件の処理が終わり次第直ちに返還する旨の嘘を述べて,被害者から9000万円をだまし取った詐欺の事案である。
2  被告人は,本件犯行当時,確定裁判欄記載の刑事事件により起訴され,失意の底にあったところ,知人から,米国のベンチャー企業が画期的な測量技術を用いて収集する地形データを国内で独占的に販売する会社を立ち上げるので参加しないかと誘われ,同会社を経営し,その事業を成功させることによって,自らの名誉を回復したいなどと考え,必要な巨額の資金を調達するため奔走したものの,思うように資金が集まらず,早急に当面の資金調達をしなければ,事業が立ちゆかない状況に追い込まれた。このような中,被告人は,福岡市内で違法な貸金業を手広く営み不正な利益を蓄えていると思われる被害者が,司直の手を逃れるため,有能な刑事弁護士を探していると知り,同人の依頼を受けることによって資金協力を得たいなどと考え,その相談に乗る中,被害者が不正な利得の一部を現金の形で保管していると知り,これをだまし取って切迫した支払等に充てようと考え,本件犯行に及んだものである。
被告人は,このように,経営していた会社の資金繰りに困っていたため,被害者から本件9000万円をだまし取り資金繰り等に充てたとしても,最終的に何とか工面して返還すればよい,たとえ,返還できない事態に陥ったとしても,被害者の依頼の趣旨に沿う形で事件を納めることができれば,被害者にも負い目があるので大事に至ることはないのではないかなどと考え本件犯行に至ったものと認められる。このような場当たり的で身勝手な犯行動機に同情の余地は乏しい。
その犯行態様も,被害者が被告人のことを凄腕の弁護士と信じ,信頼しているのをよいことに,紹介者の一人の保証を付した預り証を交付するなどして,被害者に対し,依頼の趣旨に沿った形で事件の処理を行うためには,被告人に現金を預ける必要があり,事件処理が終わった暁には,これを確実に返還してもらえるものと巧みに信じ込ませて,9000万円もの多額の現金をだまし取るという巧妙で悪質なものである。
しかも,結局,被告人の見通しの甘さから,被害者に対して期限に9000万円を返還することができず,同額の財産的被害を負わせ,その後の被害者側の返還要求に対しても種々の言い逃れを繰り返してきたもので,生じた結果は重大で,その後の対応も芳しくない。
加えて,被告人は,弁護活動の一環であるかのように装って,本件犯行に及ぶとともに,自己の犯罪が発覚することを免れる意図もあり,その専門知識を悪用して正当な弁護活動を逸脱する行為を行ったのであるから,弁護士及びその活動に対する一般の信頼をも失墜させかねない悪質な行為というべきで,この点でも厳しい非難を免れない。
ところで,弁護人は,被害者がだまし取られた現金は元々犯罪行為によって蓄財されたもので,被告人の力がなければ脱税金等の形で,いずれにしても被害者のもとには残り得なかったものであるから,この点を被告人に有利に考慮すべきである,まして,被害者が被告人から一定の金銭的賠償まで得て示談をしていながら公判で最大限の処罰を望むなどと述べているが,このような被害者の意思は尊重に値せず,被告人に不利に考慮されるべきではない旨主張する。
なるほど,被害者が本件犯行のため被った財産的損害やその処罰意思の評価については,相応の考慮が必要である。しかし,このような財産と分かりながらも,これを保護してやるなどと称して,本件犯行に及んだ被告人の行為をいささかも正当化することはできない。被害者の処罰意思をさほど重視すべきではないとはいえても,このような性格の財産であったことを,被告人に格別有利に考慮することはできない。
そして,本件犯行は,前記確定裁判にかかる事件の保釈中に敢行されたものであって,本来であれば自らの襟を正すべきところ,緊急の資金調達の必要があった結果とはいえ,目先の現金に目がくらみ,安易に本件犯行に及んでいるのであって,法無視の態度は著しい。本件犯行が行われたのが,確定裁判の一審判決後で同時審判の可能性がなく,しかも,このような時期にもかかわらず新たな犯罪行為に及んでいること等からすると,本件が同確定裁判との間で併合罪関係にあることをもって,被告人に有利な事情とすることはできない。
以上によれば,被告人の刑事責任は重い。
3  しかし他方,被害者がだまし取られた9000万円は,既述のような性格を持つもので,しかも被害者は自己の刑事責任の追及を免れるための罪証隠滅工作として被告人に同現金を預けており,この点については相応の考慮をすべきであること,また,被害者との間で示談が成立し,示談の際に支払われた2000万円のほか別途1000万円が被害弁償として支払われており,さらに出所後3年以内に1000万円を支払う旨誓約していること,後に証拠となりかねない預り証を交付したり,預かりの事実を証することになるメモを作成してそのまま残しているなど,その場の思いつきでやむを得ず本件犯行に及んだものの,何とか返還したいとの意思は有していたものと認められること,本件犯行を否認しているものの,被害者に迷惑をかけたと謝罪するなど,反省する様子がうかがわれること等の酌むべき事情も認められる。
4  このように被告人に有利に考慮すべき事情も少なくないが,弁護士であった被告人が,その弁護活動にかこつけて被害者の弱みに乗じて現金9000万円をだまし取り,少なくとも5000万円もの多額の実質的損害を生じさせた責任は重く,先に述べた有利な事情を最大限考慮しても主文掲記の刑に処することはやむを得ないものと思量する。
(求刑 懲役6年)
(裁判長裁判官 和田真 裁判官 平城文啓 裁判官 塚田有紀)
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