
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(18)平成29年 5月29日 東京地裁 平27(ワ)17359号 損害賠償請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(18)平成29年 5月29日 東京地裁 平27(ワ)17359号 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成29年 5月29日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)17359号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2017WLJPCA05298013
要旨
◆被告会社が行った、投資事業組合を組成してベンチャー企業の支援を行うという投資スキームについて、被告会社の従業員であった被告Y9から勧誘を受けて複数回にわたり出資した原告が、被告会社、及び同社の役員等であった被告Y1ないし被告Y9に対し、不法行為等に基づき、出資金相当額等の損害賠償を求めた事案において、積極的に虚偽の事実を告げたとも断定的な判断を提供したとも認められない被告Y9の不法行為責任を否定した上で、投資先企業の株式を既存株主から購入する価格と投資家から募集する株式の価格との差額を被告会社に還流させるスキームないしそこでの同社の行為は、実質的には、本件各投資事業組合の業務執行組合員である被告会社と原告その他の一般組合員との間に利益相反関係が生ずる行為であるとはいえず、他の組合員の利益を害する危険性の高いものであるともいえないから、この点に被告会社の善管注意義務違反は認められないとし、また、説明義務違反も認められないなどとして、被告会社の損害賠償責任を否定等し、請求を棄却した事例
参照条文
民法415条
民法644条
民法671条
民法709条
民法715条
民法719条
会社法429条1項
裁判年月日 平成29年 5月29日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)17359号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 請求棄却 文献番号 2017WLJPCA05298013
金沢市〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 麻生小夜
同 中出健作
東京都中央区〈以下省略〉
被告 株式会社Global Arena Capital(以下「被告会社」という。)
同代表者代表取締役 A
東京都町田市〈以下省略〉
被告 Y1(以下「被告Y1」という。)
埼玉県狭山市〈以下省略〉
被告 Y2(以下「被告Y2」という。)
東京都新宿区〈以下省略〉
被告 Y3(以下「被告Y3」という。)
上記4名訴訟代理人弁護士 青木英憲
東京都練馬区〈以下省略〉
被告 Y4(以下「被告Y4」という。)
東京都新宿区〈以下省略〉
被告 Y5(以下「被告Y5」という。)
上記2名訴訟代理人弁護士 寺井一弘
同訴訟復代理人弁護士 西川基子
住居所不明
(最後の就業場所 東京都中央区〈以下省略〉)
被告 Y6(以下「被告Y6」という。)
東京都調布市〈以下省略〉
被告 Y7(以下「被告Y7」という。)
横浜市〈以下省略〉
被告 Y8(以下「被告Y8」という。)
埼玉県草加市〈以下省略〉
被告 Y9(以下「被告Y9」という。)
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して,1583万7500円及びこれに対する平成23年10月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
本件は,被告会社が行った,投資事業組合を組成してベンチャー企業の支援を行うという投資スキームについて,被告会社の従業員からの勧誘を受け,複数回にわたり出資した原告が,被告会社と各出資当時の被告会社の取締役,監査役及び従業員らに対して,不法行為又は債務不履行等に基づき,出資相当額等の損害の賠償及びこれに対する出資解約申入日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠(以下,特に明記しない限り,枝番の表記は省略する。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者(甲A1)
ア 原告
原告は,石川県金沢市内でピアノの調律師を業とする夫と暮らす60代の女性であり,自宅でピアノ教室を営んでいる。
イ 被告ら
(ア) 被告会社
被告会社は,ベンチャービジネスへの投資及びその養成等を目的とする株式会社である。従前の商号は「株式会社ウィズダムキャピタル」であったが,平成23年9月1日に現在の商号に変更している(商号変更の前後を問わず,上記のとおり被告会社と表記する。)。
(イ) 被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4及び被告Y5
被告Y1,被告Y2,被告Y3,被告Y4及び被告Y5(以下,被告Y4及び被告Y5を「被告Y4ら」といい,5名を合わせて「被告取締役ら」という。)は,下記(3)の原告の出資のいずれかの時点において,少なくとも登記簿上,被告会社の取締役の地位にあった者である。
(ウ) 被告Y6,被告Y7及び被告Y8
被告Y6,被告Y7及び被告Y8(以下「被告監査役ら」という。)は,下記(3)の原告の出資のいずれかの時点において,少なくとも登記簿上,被告会社の監査役の地位にあった者である。
(エ) 被告Y9
被告Y9は,被告会社の従業員であった者であり,原告への電話による勧誘を担当した者である。
(2) 被告会社の事業(投資事業組合を通じた投資事業)について
被告会社は,株式未公開のベンチャー企業の中から,投資先企業を選定し,その企業の支援のために民法上の組合としての投資事業組合を組成してその業務執行組合員となり,投資事業組合の管理運営に当たるだけでなく,投資事業組合の目論見書を作成し,営業担当者を雇用して,主に個人投資家に対してこの投資事業組合への出資を勧誘するという事業を行っていた。
本件に関連する,被告会社が組成した投資事業組合(以下,これらを総称する場合は「本件各投資事業組合」という。)と,本件各投資事業組合が投資先企業として選定した法人の名称は以下のとおりである。
① ウィズダムCAF投資事業組合(甲B4。以下「CAF組合」という。)
対象企業:アグリ・ヴァンティアン株式会社(以下「アグリ社」という。)
② アグリ・ヴァンティアン投資事業組合(甲B7。以下「アグリ組合」という。)
対象企業:アグリ社
③ ウィズダム12号投資事業組合(甲C4。以下「12号組合」という。)
対象企業:株式会社アイコムジャパン(以下「アイコムジャパン」という。)
④ ウィズダム14号投資事業組合(甲D4。以下「14号組合」という。)
対象企業:株式会社スカンヂナビア(以下「スカンヂナビア」という。)
⑤ ウィズダム15号投資事業組合(甲E3。以下「15号組合」という。)
対象企業:ピルツ株式会社(以下「ピルツ」という。)
⑥ ピルツ投資事業組合(甲E8。以下「ピルツ組合」という。)
対象企業:ピルツ
⑦ ステリック投資事業組合(甲F8。以下「ステリック組合」という。)
対象企業:株式会社ステリック再生医科学研究所(以下「ステリック」という。)
(3) 原告の本件各投資事業組合への出資について
ア CAF組合
原告は,CAF組合に対し,以下のとおり加入申込みを行い,以下の金額を出資して,その頃投資事業組合契約を締結した(甲A3,B3ないし5)。
① 平成19年3月7日 10口(100万円)
② 同年4月11日 20口(200万円)
イ アグリ組合
原告は,アグリ組合に対し,以下のとおり加入申込みを行い,以下の金額を出資して,その頃投資事業組合契約を締結した(甲A3,B6ないし8)。
① 平成19年7月26日 10口(150万円)
② 同年9月27日 10口(150万円)
ウ 12号組合
原告は,12号組合に対し,平成19年3月14日,1口(30万円)の加入申込みを行い,同額を出資して,その頃投資事業組合契約を締結した(甲A3,C3ないし5)。
エ 14号組合
原告は,14号組合に対し,以下のとおり加入申込みを行い,以下の金額を出資して,その頃投資事業組合契約を締結した(甲A3,D3ないし5)。
① 平成19年5月22日 10口(275万円)
② 同年8月16日 5口(137万5000円)
オ 15号組合
原告は,15号組合に対し,平成19年7月4日,20口(100万円)の加入申込みを行い,同額を出資して,同日投資事業組合契約を締結した(甲A3,E2ないし4)。
カ ピルツ組合
原告は,ピルツ組合に対し,以下のとおり加入申込みを行い,以下の金額を出資して,その頃投資事業組合契約を締結した(甲A3,4,E6ないし9)。
① 平成19年10月31日 20口(100万円)
② 同年12月18日 10口(50万円)
③ 平成21年1月27日 12口(60万円)
④ 同年3月18日 2口(10万円)
⑤ 同年4月17日 4口(20万円)
キ ステリック組合
原告は,ステリック組合に対し,以下のとおり加入申込みを行い,以下の金額を出資して,その頃投資事業組合契約を締結した(甲A4,F3,8,9)。
① 平成21年5月29日 4口(220万円)
② 同年7月15日 2口(110万円)
(4) 被告会社の金融商品取引法に基づく登録について
被告会社は,平成20年3月26日,金融商品取引法に基づき,第二種金融商品取引業及び投資運用業の登録申請を行って受理され,平成21年3月6日に登録を受けた(関東財務局長(金商)第2139号)。
(5) 被告会社に対する行政処分等について
被告会社は,平成21年12月3日,関東財務局から3か月の業務停止命令及び顧客への説明や意向確認を行うとともに,被告会社に還流した資金の回復のための方策の策定等を内容とする業務改善命令を受けた(甲A5。以下「本件行政処分」という。)。
本件行政処分に際して関東財務局が認定したのは以下のような事実であった。すなわち,被告会社は,平成21年5月,ステリックの既存株主及びステリック(以下「既存株主等」という。)から,ステリックの株式を取得してステリック組合を設立するに際し,ステリック組合の業務執行組合員として既存株主等との間で取得価格を決定しつつ,これを嵩上げし,ステリック組合から既存株主等に余分に支払われた嵩上げ分につき,これを被告会社に還流させていた。関東財務局はこれを,被告会社について自己の利益を図るためファンド出資者の利益を害する運用を行っていたものとみて,本件行政処分を行ったものであった。
(6) 本件行政処分後の被告会社の対応等
ア 事実関係の説明(乙16)
被告会社は,本件行政処分を受け,ステリック組合を含めた全ての本件各投資事業組合の全組合員に対し,平成21年12月4日付けで「関東財務局の行政処分について」と題する書面等本件各投資事業組合のスキームに関する書面を発送し,本件行政処分の内容とその前提として被告会社が考える事実関係等について,概要以下のとおり説明した。
すなわち,購入予定先の既存株主と交渉の結果,募集経費(目論見書・契約締結前交付書面・投資先企業の事業計画書等の作成及び送付費用及び募集担当社員の人件費等)相当分を既存株主への購入代金支払分から払戻しを受けたことについて,ステリック組合のこの仕組み全体を「目論見書及び契約締結前交付書面に明記していなかったこと。」及び「仕組み全体を営業担当者に周知させていなかったので,募集にあたって投資家各位へのご説明が十分でなかった。」こと等により,業務停止命令を受けることとなった。
イ 意向の聴取(乙17,51ないし56)
次いで被告会社は,平成22年3月4日付けの「ステリック投資事業組合のスキームについて」と題する書面等を本件各投資事業組合の全組合員に発送し,本件行政処分に至った経緯についての被告会社の認識するところを再度説明するとともに,差額を資金繰りに応じて返金することと,これを踏まえて投資を継続するか否か,あるいは投資事業組合の存続期間の延長に同意するか否か,さらに募集経費相当額の負担を了承するか否か等に関する意向を聴取する手続を行った。
ウ 原告の対応(乙8ないし14)
かかる意向聴取に対し,原告は,平成22年3月26日付けで,被告会社に対し,自己の出資する本件各投資事業組合のいずれについても,投資継続又は存続期間の延長及び募集経費相当額の負担を了承する旨を記載した「意向表明書」を提出した。
(7) 被告会社の体制の変更等
被告会社は,平成23年8月,外部から新たな資本の注入を受け,同年9月には商号を変更して本店事務所も移転し,同年6月から平成24年2月にかけて新たな役員らが選任された(甲A1の3)。
(8) 原告の脱退届の提出等
原告は,被告会社に対し,平成23年10月24日付けで,本件各投資事業組合への出資の全てを解約する旨などを記載した「投資事業組合脱退届」を内容証明郵便をもって発送し,これは同月25日に被告会社に到達した(甲A6の1,2)。
その後,原告の下に被告会社から「意向表明書」の書式が送付されたため,原告は,平成23年10月28日付けでこれを作成し,被告会社にFAXで送信した(甲A7の1ないし6)。
(9) 本件訴訟の提起等
原告は,平成26年2月19日付けで,被告会社に対し,未払金等の即時の支払等を求める旨を記載した「通知書」を送付した(甲A9)。次いで,原告は,同年5月23日付けで,代理人弁護士をして,1712万5000円の支払を求める旨の「通知書」を被告会社に送付した(甲A10)。これに対し,被告会社は,同年6月2日付けの「回答書」をもってこれを拒否した(甲A11)。
原告は,平成26年9月29日,金沢地方裁判所に対し,本件訴訟を提起した。金沢地方裁判所は,平成27年3月30日,本件訴訟を当裁判所に移送する旨の決定を行った。
第3 争点及びこれについての当事者の主張
1 被告Y9の責任原因
【原告の主張】
被告Y9は,原告に対する直接の勧誘者として,投資先の企業について,真実は上場予定もその見込みもないことを知りながら,株式上場が確実である,いつでも解約できる,と積極的に虚偽の事実を告げた。また,投資先が上場した後には必ず利益が出る,との断定的判断を提供した。
さらに,被告Y9は,未公開株商法というそれ自体違法と評価すべき行為に及び,適合性を欠く原告に対して勧誘をしている。説明義務も尽くしていない。
よって,被告Y9は,不法行為に基づく損害賠償責任を負う。
【被告Y9の反論】
被告Y9は被告会社の指示・指導の下で営業活動を正しく行っていたにすぎず,投資先が上場を目指して活動していると被告会社から聞かされ,被告Y9自身もそう信じていた。上場が確実である,いつでも解約できる等と,告げたことはなく,リスクについても説明していた。
原告は,はっきりした意思を持ち,いつもその場では返事をせず,数時間後ないし数日後に返事をしていた。被告Y9は余裕資金での投資を勧めており,原告も分散投資の一環と述べていた。
2 被告会社の責任原因
【原告の主張】
(1) 未公開株への投資勧誘自体の違法性
被告会社が組成し業務執行組合員を務める7つの本件各投資事業組合の事業は,いずれも上場していない会社への投資であるが,これは未公開株商法といわれる詐欺的な商法であり,グリーンシート銘柄規制に直接違反しないとしても,かかる行為は販売行為それ自体を違法とすべきである。
(2) 適合性原則違反
原告は,自宅でピアノ教室を営む60代の主婦であり,投資経験も投資に対する知識もない。本件各投資事業組合に出資した金員の大半も,長年細々と貯めた老後の蓄えである。
これらの点からすれば,原告に本件各投資事業組合への投資を勧誘したのは適合性原則に違反する。
(3) 説明義務違反
上記(2)の原告の属性からすれば,原告は投資に関する全くの素人であるから,これに本件各投資事業組合への投資のリスクが理解できるほどの説明が尽くされなければならない。
また,仮に上記のグリーンシート銘柄規制に違反しないとしても,その趣旨に照らせば,被告会社の負担する説明義務はより厳格なものになると解すべきである。
しかし,本件では,説明の方法としても,被告Y9から説明があったのは,最初の投資事業組合への出資勧誘を除いて1回限りであり,その時間はわずか20分ほどにすぎなかった。しかも,被告Y9の説明は,面談等ではなく,全て電話で,説明書やパンフレットを交付することもなくなされたものであった。説明の内容としても,「みんなで投資をして,新会社を上場させて,上場したら株式を売却して配当が入ります。」,「この会社は将来有望だ。」,「必ず上場するところまで面倒を見る。」と仕組みの概略とメリットを説明するにとどまるものであり,投資事業組合という手法の内容や出資額決定の根拠,出資の時期や投資先企業の上場予定時期,出資金の返還等について何らの説明もしていない。脱退が困難であることや出資金が返還されないリスクについても説明していない。
これは重大な説明義務違反である。
(4) 利益相反行為
被告会社は,本件各投資事業組合のうちステリック組合への出資について,顧客との利益が相反する行為を行っていた。そして,被告会社は,行政処分を受けた同組合のみならず,他の組合全体について利益相反行為を行っていたというべきである。これは,善管注意義務違反による債務不履行ないし不法行為に該当する。
(5) まとめ
被告会社は,被告Y9の違法な勧誘について使用者責任,あるいは被告Y9との共謀による不法行為責任を負う。
また,被告会社は,本件各投資事業組合への出資契約を締結するにあたり,善管注意義務を負担していたところ,上記のとおりこれに違反しており,債務不履行ないし不法行為責任を負う。
【被告会社の反論】
(1) 被告会社が行っていたのは,株式未公開のベンチャー企業の中から,将来性や社会的な有用性の観点から投資先として適切と判断した企業を選定し,その企業を支援するために民法上の組合としての投資事業組合を組成し,主に個人投資家に対して出資を勧誘するというものであった。
個人投資家に対する勧誘に際しては,営業担当者が架電し,生まれたてのベンチャー企業を経営支援しているベンチャーキャピタルであること,あくまで投資であるので絶対に確実というものはなく,投資元本も保証されるものではないが,投資先企業の今後の状況によって利益が上がることもあるし,投下資本が回収できない可能性もあることを説明していた。興味を示した顧客には,目論見書その他の資料も送付している。契約締結に先立っては,営業担当者の上司が投資内容や投資リスクについてどのような説明をしたのかをチェックする手続もとっていた。
(2) 原告は,投資の当初,被告Y9に対し,投資目的については「分散投資の一環として」,資金性格については「余裕資金」,金融資産については「1000万円以上」,年収については「300万円以上」と申告している。したがって,適合性を欠くとはいえない。
(3) 上記(1),(2)のような点からすれば,説明義務違反もない。
(4) 被告会社が行政処分を受けたのは,本件各投資事業組合から支払われる管理手数料では運営資金が足りなかったため,投資先企業の既存株主から投資事業組合が株式を買い取るにあたり,投資家(組合員)から受け入れる出資額よりも低い価格で買い取ることができた場合に,これを既存株主等からコンサルタント料名目で払戻しを受けていた点について,本来業務執行組合員は組合員である投資家の利益の最大化に努めるべきであり,既存株主等から株式を安く買い取ることができたのなら,それは組合員に返還すべきものであること,この仕組みを組合員に告知しなかったのは告知義務違反となることによるものである。
3 被告取締役らの責任原因
【原告の主張】
(1) 被告取締役らは,被告会社の取締役として,被告会社の上記2の違法な勧誘や利益相反行為を中止・防止すべき義務を負っていたのにこれを怠ったものであり,これらの任務懈怠に悪意又は重大な過失があるから,会社法429条1項に基づき原告に対し損害賠償責任を負う。
(2) 被告取締役らのうち,原告が出資した時期(前提事実(3)のとおり,平成19年3月から平成21年7月までの間)に被告会社の役員を退任していた者については,退任までに被告会社が違法な行為を行わないように監視し,防止体制を構築すべき任務を負っていたのにこれを怠ったという任務懈怠がある。
(3) 原告の出資後に就任した役員については,事後的にせよ原告の出資に関与し,原告に対して投資状況に関する事実と異なる説明をし,原告からの解約請求すら拒否するなど継続的不法行為に加担しているし,これを中止すべきであったのにしなかった任務懈怠がある。
(4) なお,被告Y4らは,無断で被告会社の取締役就任の登記がなされた旨主張するが,登記申請書類に被告Y4らの実印が使用され,印鑑登録証明書が添付されていることからすれば,登記されていることを全く知らなかったことはありえない。
【被告取締役らの認否】
争う。
そもそも原告が主張の前提とする,被告Y9の原告に対する勧誘行為が違法だとする点自体が認められない。
【被告Y4らの反論】
被告Y4らは,被告会社の前身である株式会社ウィズダムキャピタルの設立時に,本人たちの同意なく取締役として登記されたにすぎず,本人たちも被告会社の取締役として登記されている事実を全く知らなかった。そのため,当然被告会社の取締役として経営に関与したことは全くない。登記申請書類や議事録に実印や印鑑登録証明書があるのは,被告Y3に言われるままに貸してしまったからにすぎない。
そのため,被告Y4らは表見的取締役あるいは名目的取締役に該当する可能性はあるが,被告Y4らは就任の登記に承諾を与えておらず,事実上の影響力も有していないから,取締役としての責任を何ら負うものではなく,会社法429条1項の責任を負わない。
4 被告監査役らの責任原因
【原告の主張】
本件においては,上記のとおり,被告Y9の原告に対する違法な勧誘行為がなされていたにもかかわらず,その勧誘行為に対する具体的な監督是正,ないしグリーンシート銘柄規制違反の未公開株への出資勧誘を行う以上,通常の場合以上に厳格な説明を勧誘担当者に行わせるための内部体制を構築するという義務を,被告監査役らも負っている。
そして,被告監査役らはこの任務を懈怠した結果,被告Y9による違法な勧誘行為がなされ,原告に損害が発生している。
【被告Y8の反論】
被告Y8は,平成21年3月24日に被告会社の非常勤監査役に就任したので,それ以前の原告のトラブルについては全く関知していない。
就任中,原告はピルツ組合に投資しているが,ピルツは当時ヒメジの生産販売をしており,冬場以外は収支トントンであった。冬場は大量生産ができず赤字であったが,事業拡大にも積極的に取り組んでいた。ピルツ組合について,「ほとんど価値のない株式を高価で購入させる」ものではない。
次に原告はステリック組合に投資しているが,ステリック組合は株式を売却しており,原告に300万円返金されている。
これらの点からして,被告Y8に,就任期間中の悪意ないし重過失はない。
【被告Y7の反論】
被告Y7は,平成19年9月から同年12月までの3か月間のみ,被告会社(商号変更前の株式会社ウィズダムキャピタル)の監査役を務めたにすぎない。
平成19年10月には取締役会に出席しているが,その際,当時の取締役らから業務内容の説明を受け,関東財務局に提出した有価証券届出書に基づく説明及び営業担当者に法令を遵守して顧客に勧誘をするよう教育しているとの説明を受けている。
よって,仮に被告会社らによる原告に対する勧誘行為が違法なものであるとしても,被告Y7はこれを認識し得るものではない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
上記前提事実のほか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1) 原告が出資を始めた平成19年頃の被告会社の体制等について(乙57ないし59,被告Y2本人,被告Y3本人)
被告Y3は,平成元年3月にa証券株式会社(以下「a証券」という。)を退社した後,個人的に株式投資を行っていた過程で,ベンチャービジネスへの投資や育成に魅力を感じるようになった。
そこで被告Y3は,これを事業化することとし,平成17年8月30日,この頃事業活動を行っていなかった被告会社(当時の商号は「株式会社ウィズダムテクノロジー」であった。)の商号を「株式会社ウィズダムキャピタル」に変更した上で,a証券時代の後輩であった被告Y2に対し,「ベンチャービジネスを支援するベンチャーキャピタルは大手銀行系や大手証券・生保等による寡占状態であり,他方,個人投資家向けのベンチャーキャピタルは未公開株の販売業者が大半という状況だ。合法的な個人投資家向けベンチャーキャピタルとしての事業を行うのに協力して欲しい。」などと述べて勧誘した。被告Y2もこれに応じて,被告会社の取締役及び代表取締役に就任した。被告Y3は実質的な被告会社のオーナーであったが,平成19年9月26日までは被告会社の取締役及び代表取締役には就任せず,実務面は被告Y2らに任せ,自身は投資先企業の選定や投資先企業の株式の取得,金融商品取引法上の登録申請に向けたアドバイス等に当たっていた。
被告Y1は,平成19年6月,被告会社に入社して管理部長に就任した。この頃,被告会社は,金融商品取引法上の登録申請を目指しており,そのために管理部門の整備・強化が必要であったことから,被告Y3が,企業の管理部門の経験の長い被告Y1を勧誘したことによるものであった。
(2) 被告会社の事業内容等について(乙51ないし58,被告Y2本人,被告Y3本人)
ア 事業の概要
被告会社は,株式未公開のベンチャー企業の中から,その企業の技術力や事業の将来性,社会的な有用性等を調査検討し,投資先として適切であると判断された企業を選定し,その企業を支援するための投資事業組合(ファンド)を組成し,主に個人投資家に対してこのファンドへの出資を勧誘していた。この投資事業組合は,投資先企業の第三者割当増資を引き受けたり,既存の株主から株式を購入することによって,投資先企業に対する資金的な支援を行っていたほか,投資先企業に対して人員の派遣を行ったり,営業先の紹介をするなど経営面ないし営業面での支援を行うこともあった。
被告会社は,自らもこのファンドに出資して組合員となるとともに,業務執行組合員としてファンドの運営にも当たっていた。被告会社は各ファンドに対して,全体の出資額に対して概ね5ないし10パーセント程度の出資を行い,他方で各ファンド(各投資事業組合)から出資一口当たり10パーセントの管理手数料を受領していた。
被告会社において投資対象としていたのは,ベンチャー企業として立上げ初期の段階の企業であった。これは,上場間近の優良なベンチャー企業に対する投資は,資金力のある大手の銀行,証券会社あるいは生命保険会社等のベンチャーキャピタルが独占しているような状態であったことによる。かかる立上げ初期の段階のベンチャー企業を,被告会社関係者の間では「アーリー・ステージ」等と呼ぶこともあった。
イ 日東投資事業有限責任組合について
日東投資事業有限責任組合(以下「日東組合」という。)は,被告会社の立上げとほぼ同時期に,被告Y3が出資して組成した有限責任組合であり,組合員も実質被告Y3一人であった。
被告会社が組成した投資事業組合は,予め一般投資家から出資を受けてその資金で投資先企業の株式を取得するのではなく,投資先企業から取得できた株式の株数に応じて,各投資事業組合への出資を募集するという方法をとっていた。しかし,立ち上げたばかりの被告会社には自己資金がなく,被告会社が組成する投資事業組合にも資金がないため,そのままでは投資先企業の株式を取得することはできなかった。そこで,当時ある程度の資金を有していた被告Y3が日東組合を組成し,日東組合が投資先企業の株式を先行して取得し,日東組合が取得できた株数に応じて,被告会社が各投資事業組合への出資を募集することとし,各投資事業組合は組合員からの出資が集まったところで,出資口数に応じた株式を日東組合から取得することとしていた。これには,被告会社が出資してファンドを組成しても,その時点では投資先企業の株式をどの程度取得できるか分からない場合があるため,日東組合で投資先企業の株式を先行取得し,投資事業組合が取得できる株式数を確実にすることのほかに,被告会社が投資先企業の株式を取得し,これを投資事業組合に売却することは投資事業組合とその業務執行組合員との直接取引となり,利益相反になる可能性があるので,これを避けるためでもあった。
本件各投資事業組合のうち,ステリック組合を除く投資事業組合においては,日東組合がまず投資先企業の株式を先行して取得し,取得できた株式を上限として投資家を募集し,日東組合が得る売買差益から,被告会社に対して,コンサルタント料の名目で,被告会社の負担する募集に関する諸経費相当額を支払うとのスキームで組合を組成していた。しかし,平成21年3月に被告会社が金融商品取引法の登録を受けた後,関東財務局から,日東組合の組合員と投資事業組合の業務執行組合員である被告会社の実質的なオーナーが同じであることは利益相反の可能性が生じるのではないか,との指摘を受けたため,被告会社は,以後の投資事業組合においてはかかるスキームを止め,投資事業組合が直接投資先企業の株式を取得することとした。本件各投資事業組合の中では,ステリック組合が直接投資先企業の株式を取得している。
(3) 被告会社における投資勧誘の方法等(乙57,58,被告Y2本人,被告Y3本人,被告Y9本人)
ア 初期の勧誘について
被告会社においては,有価証券投資や不動産投資の経験のある人物や企業を退職した者の名簿を,都道府県の古物商の許可を受けた名簿業者から入手し,この名簿に基づいて,営業担当者が電話によって新規顧客開拓のための営業を行っていた。
営業担当者は,基本的に,被告会社の作成したA4版2枚程度の営業マニュアルに相当する資料に基づき,電話の相手方とのやり取りに応じて適宜加えて説明を行っていた。具体的には,①まず,被告会社の社名と営業担当者の氏名を名乗った上で,個人投資家向けのファンドの案内であることを告げ,②被告会社は,生まれたてのベンチャー企業を経営支援しているベンチャーキャピタルであること,③未公開株式の売買を勧誘するブローカーではないこと,④投資事業組合(ファンド)を組成して経営支援するものであること,⑤資金的支援だけでなく,経営に直接関与したり,人材を派遣することもあること等を説明する。また,⑥勧誘する投資先企業について,その企業の主たる事業の概要,同種事業を行っている他社の状況,経営者の経歴や事業計画等も説明する。さらに,投資リスクについて,⑦あくまでも投資であるので絶対に確実というものではなく,投資元本が保証されるものではないこと,投資先企業の今後の状況によっては利益が上がることもあれば,逆に投下資本を回収することができない可能性もあることを説明していた。そして,これらのやり取りをする中,相手方の投資経験や投資に関する知識,姿勢,投資に充てる資金の性質や状況等についてもヒアリングすることとしていた。
なお,被告会社においては,最初の電話勧誘における説明に対して興味を示した見込み顧客に対しては,更に資料を送付して説明するようにしており,興味を示さない者に対して繰り返し執拗に勧誘するということは行っていなかった。
イ 資料の送付等と以後の説明等について
被告会社は,上記アのようなやり取りを通じ,興味を示した見込み顧客に対しては,担当者において,被告会社の挨拶文と会社案内,投資先企業の会社案内や事業計画書,投資事業組合の目論見書等の資料を郵送していた。営業担当者は,これら資料が相手方に届いた頃を見計らって再度架電し,相手方が更に関心を示した場合には,これら資料に基づいて,投資スキームや投資リスクの点を中心に,詳細な説明を行っていた。
かかる説明の上,相手方が投資勧誘に応じた場合には,投資事業組合契約の締結手続に入るが,被告会社においては,間違いや勘違い,説明不足を避けるため,営業担当者の上司(課長)が顧客に架電し,担当者からの説明内容や顧客の理解を確認することとしていた。
また,被告会社においては,営業部門を中心とする従業員に対し,「元本保証」や「必ず値上がりします」,「上場したら2倍,3倍になります」,「○○年頃上場予定です」などといった文言を使用した勧誘は絶対に行わないように指示・指導していた。
(4) 本件各投資事業組合における投資先企業の選定等について
ア アグリ社について(甲B1,2,4,7,乙19ないし25,57)
アグリ社は,平成9年3月に設立された会社であり,独自の水耕栽培技術を利用した農作物の生産・販売を主たる業務とし,韓国ソウル,中国北京及び中国重慶に合弁会社を設立していた。
被告会社は,ミサワホーム株式会社のある取締役経験者から,水耕栽培技術を有している農業法人として,アグリ社を紹介され,平成18年5月には被告会社の役職員らがアグリ社の施設を訪問し,アグリ社のB社長よりプレゼンテーションを受けた。アグリ社は,ヒートポンプやヒートパイプを用いた「超促成発芽システム及び超促成栽培システム」を利用したハウス栽培技術を販売しており,平成21年には売上50億円を目指しているということであり,また,千葉県成田市に有している4棟の展示用ハウスにおいて,ヒートパイプ技術を用いて付加価値の高い夏イチゴの栽培にも成功しているとのことであった。このほか,アグリ社の会社案内に記載された「愛媛プロジェクト」や「中国プロジェクト」も実際に進行していることが確認され,信濃毎日新聞にも記事として取り上げられていたこと等から,被告会社は,アグリ社の技術には事業として大きく伸びる可能性があると判断し,投資対象とすることを決定した。
そして,被告会社は,平成18年10月26日,存続期間を同日から平成21年9月30日までとしてCAF組合を設立し,1口当たり10万円,申込単位を5口以上50口まで,募集口数を500口として投資家を募集した。また,被告会社は,平成19年3月30日,存続期間を同日から平成22年4月30日までとしてアグリ組合を設立し,1口当たり15万円として投資家を募集した。
イ アイコムジャパンについて(甲C1,2,4,乙26ないし31,57)
アイコムジャパンは,日本のソニー株式会社が韓国の大手ソフト制作会社である株式会社アイコムソフトに対して日本におけるオンラインゲーム開発の要請を行った結果日本法人として平成12年6月に設立された会社であり,インターネットに接続するコンピューターのハードウェア及びソフトウェアの製造・販売を主たる業務としていた。
被告会社は,平成17年8月頃,株式会社アイウェーブデータのC社長(以下「C社長」という。)から,アイコムジャパン及び代表取締役D氏を紹介された。なお,C社長は従前新日本証券引受部部長の職にあり,同証券時代に多くの企業を上場させた経験を有する人物であった。被告会社においては,同年9月頃,役職員6名がD社長及びE取締役から事業内容に関するプレゼンテーションを受けたが,これによれば,アイコムジャパンはソニーのゲーム機「△△」とパソコンの間の異機種対戦が可能なゲーム対戦システムを開発するなどの技術力を持ち,また著名なゲーム「□□」シリーズの開発者であるF氏が平成13年までは代表取締役を務め,平成18年までは株主でもあったこと等から,将来性のある企業であると判断し,投資先企業とすることを決定した。
そして,被告会社は,平成19年2月1日,存続期間を同日から平成22年3月31日までとして12号組合を設立し,1口当たり30万円,申込単位を2口以上5口まで,募集口数を83口として投資家を募集した。
ウ スカンヂナビアについて(甲D1,4,乙32ないし36,57)
スカンヂナビアは,元プロテニスプレイヤーのG(以下「G社長」という。)が平成12年6月に設立した会社であり,スポーツ選手の育成及びマネージメント並びにプロモート業務等を主たる業務としていた。具体的な事業としては,プロテニスプレイヤーやプロ野球選手等のマネージメント,プロ野球チーム「◎◎」のチーム運営のアウトソーシングの受託,スタンダードチャータード銀行との業務提携によるプロスポーツ選手向けの銀行サービスの提供,Hの主演映画の製作などの事業を行っていた。
被告会社は,C社長よりスカンヂナビアのG社長を紹介された。なお,スカンヂナビアはこのとき以前にも名古屋証券取引所のセントレックス市場に上場申請したことがあったが,幹事証券会社の副社長で上場準備の中心人物であった人物が急逝したため上場を一旦見送ったという経緯があった。
被告会社は,平成18年5月頃に,役職員6名がG社長からスカンヂナビアの事業に関するプレゼンテーションを受けた。G社長は,◎◎との業務提携はプロ野球界初の試みであり,同球団とのマネージメント契約料は月額1億円になること,近い時期の上場申請を目指していること等を説明した。また,スカンヂナビアは,平成16年5月期には約1148万円,平成17年5月期には約1億0965万円,平成18年5月期には約1億6218万円の当期純利益を上げていた。被告会社は,スカンヂナビアのかかる実績から見て,同社の事業は有望であると判断し,また具体的な上場準備も行っていたことから,近いうちの上場の可能性もあると考え,投資先企業として選定することを決定した。
そして,被告会社は,平成19年7月10日,存続期間を同日から平成22年7月31日までとして14号組合を設立し,1口当たり25万円,出資単位1口以上として投資家を募集した。
エ ピルツについて(甲E1,3,7,8,乙37ないし41,44,57)
ピルツは,平成18年6月に設立された会社であり,平成19年3月以降は農産物の生産及び販売を主たる業務としていた。平成19年当時は東池袋に本店事務所を構えていたが,平成20年2月には生産工場のある長野市内に本店を移転した。
ピルツの代表取締役であったI(以下「I」という。)は,被告会社の営業部長であったJ(以下「J」という。)の以前の勤務先の先輩であり,その縁でIは,平成19年3月頃,Jを通じて被告会社に対し,新しい茸の事業としての「○○」を紹介してきた。Iの説明では,ピルツは長野市内に工場を確保してあり,300万円程度の資金があればこの工場を整備して稼働させ,同年5月の連休明けには「○○」の収穫を開始できるとのことであった。また,「○○」は,免疫力や抵抗力を高める「βグルカン」,血糖値を下げる効果のある「キシロール」が豊富である上,普通の茸類に比して収穫に要する期間が短く,生産にある程度の規模を確保して回転を速めれば有望な事業になる可能性があり,平成21年ないし平成22年には株式公開する事業推進スケジュールを組んでいるとのことであった。被告会社は,Iからのかかる説明を受けた上で関係資料を収集して検討し,平成19年5月末頃には被告会社の役員3名とJが工場を視察したところ,この際,実際に「○○」の生産が開始されていた。同年7月には被告会社の役職員17名で再度同工場を視察するなどした結果,被告会社としては,ピルツの事業は将来的に有望であると判断し,投資先企業とすることを決定した。
そして,被告会社は,平成19年6月18日,存続期間を同日から平成23年6月30日までとして15号組合を設立し,1口5万円で申込単位10口以上として投資家を募集した。また,被告会社は,平成19年8月21日,存続期間を同日から平成23年8月31日までとしてピルツ組合を設立し,1口5万円で申込単位10口以上として投資家を募集した。
オ ステリックについて(甲F1,2,4ないし8,乙42,43,57)
ステリックは,平成16年11月に設立された会社であり,生命工学の方法による医薬品等の研究開発等を主たる業務としていた。
被告会社は,平成20年8月頃,ステリックの既存株主であった株式会社FCSのK社長から,有望企業であるステリックに資金需要があるのでファンドを組成して支援してほしいと要請され,ステリックのL社長(以下「L社長」という。)及びM専務(以下「M専務」という。)を紹介された。被告会社においては,L社長及びM専務からステリックの事業概要についてプレゼンテーションを受けるとともに,役職員24名全員でステリックの研究所を視察するなどして,ステリックの事業に関する調査検討を行った。そうしたところ,ステリックは,幹細胞を用いた再生医療に関する研究を行い,これに基づいて創出された新薬について特許権を取得し,これを製薬企業にライセンスしてロイヤルティを得るというビジネスモデルを有しており,多数の特許出願実績も有していたこと,平成21年4月の時点では平成23年9月期の東証マザーズへの上場申請を計画していたこと等から,ステリックの事業には将来性・有望性があると判断し,平成21年5月頃,ステリックを投資先企業とすることに決定した。
そして,被告会社は,平成21年5月20日,存続期間を同日から平成24年5月19日までとしてステリック組合を設立し,1口当たり55万円,申込単位1口以上として投資家を募集した。
(5) 被告Y9らによる原告に対する勧誘について(原告本人,被告Y9本人)
被告Y9は,原告が本件各投資事業組合に初めて出資した平成19年3月に先立つ同年2月頃,被告会社から渡されていたリストを基に,原告方に架電したところ,原告が対応した。被告Y9は,他の顧客に対して行っているのと同様に,これが投資の勧誘であることと,被告会社の事業内容等を説明した上で,興味があるかを質問した。被告Y9は,日頃から最初の電話勧誘において拒否的な反応をした顧客に対して再度架電して勧誘することは避けていたところ,原告はこの際明確な返事はしなかったものの,明確に断るようなこともせず,拒否的な反応も示さなかったことから,後に再度連絡することとした。
その後,被告Y9との幾度かの電話でのやり取りを経て,原告は,平成19年3月7日にCAF組合に出資したのを皮切りに,前提事実(3)のとおり,本件各投資事業組合に対する出資を行った。なお,被告会社においては,契約締結に先立ち,被告Y9の当時の上司である部長が,原告に対し,契約のリスク等についての説明を改めて行っていた。
原告とのやり取りにおいて,被告Y9が感じたところでは,原告は,投資するかしないかについての自己の判断が明確であるなど,受け答えがはっきりした人物であり被告Y9の勧誘についてもその場で即答することはなく,後日又はその日の数時間後等に返事をすることとしていた。
なお,これらの原告とのやり取りを通じて,被告Y9は,被告会社から投資先企業はいずれも将来有望な企業と聞いており,その旨を原告に伝えたことはあるが,投資先企業の株式の上場が確実である旨や解約が自由である旨を告げたことはない。また,投資である以上,リスクすなわち投資元本が保証されるものではないこと,投資先企業の今後の状況によっては利益が上がることもあれば,逆に投下資本を回収することができない可能性もあることは説明しており,余裕資金での投資を勧めていた。原告は,平成21年4月7日付けの「取引口座設定申込書兼顧客カード」(乙15)においては,年収は300万円以上,金融資産は1000万円以上であり,資金の性格としては余裕資金,本件各投資事業組合への投資は分散投資の一環である旨を記載しているが,平成19年3月頃にはこれらの事項を被告Y9に述べたことはない。
(6) 原告の出資後の本件各投資事業組合の状況等(全体につき乙57)
ア アグリ社について
(ア) アグリ社の状況について(甲B11,乙25)
被告会社は,アグリ組合を通じた出資後も,平成21年には,アグリ社に対して台湾の企業「味全」を紹介した。本件行政処分を受けた同年12月以降,被告会社はCAF組合及びアグリ組合による経営支援ができなくなったが,アグリ社は,平成22年には「味全」と協力してテストプラントとして夏イチゴの栽培を始め,その後には明治大学農学部との共同テストプラントも稼働させた。
アグリ社は,その後も中国・上海やトルコでのハウス栽培プロジェクトを進めるなどしたが,尖閣諸島問題に起因する日中間の政治的軋轢の影響等から,中国で計画していた案件の全てが延期又は中止に追い込まれたため,平成25年3月期以降,業績が悪化している。そして,株式の上場も実現していない。
(イ) CAF組合について(甲B9,12)
CAF組合は,当初の存続期間の満了を平成21年9月30日に迎える前に,存続期間の延長の可否を組合員に諮り,出資口数の過半数の同意を得て存続期間を平成22年9月30日まで1年間延長したものの,それ以上延長することはできなかったことから,遡って平成21年9月30日をもって解散したものと扱い,清算処理を行うこととなった。被告会社は,同組合の清算人として,平成22年12月28日付けでその旨を組合員に報告するとともに,組合員に対し,清算処理として株式分配を希望するか,換金しての分配を希望するかの意向聴取を行った。
その後,被告会社は,半年に1度の頻度で組合員に対する財産及び損益の状況報告を行っているが,平成25年6月28日に至っても,アグリ社の株式の売却は完了していなかった。
(ウ) アグリ組合について(甲B10,13)
アグリ組合は,当初の存続期間では平成22年4月30日に満了するところ,組合員の出資口数の過半数が同意したため,存続期間を平成23年4月30日までの1年間延長した。
その後,存続期間の延長の手続が取られた形跡はないが,清算処理も行われておらず,被告会社が平成25年6月28日までに行った財産及び損益の状況報告によれば,アグリ組合は設立以降,本件行政処分に伴う脱退等により多くの組合員が脱退しているものの,同日時点で,脱退組合員への返還等は実現しておらず,アグリ社の株式の売却も完了していない。
イ アイコムジャパンについて
(ア) アイコムジャパンの状況について(甲C7)
被告会社は,アイコムジャパンに対し,12号組合を通じて資金的支援を行うほか,同社の経理部門及び営業部門に被告会社の従業員を出向させ,同社の財務体制や営業状況をモニターできる体制を取った。12号組合を通じて投資された資金は,主にネット上のゲームサイトの開発などに用いられた。
アイコムジャパンは,平成22年頃から,新規事業である個人ユーザー向け動画配信サービスや大容量コンテンツ配信システムソリューションを拡大させて増収を目指したが,いずれも販路拡大が計画通りに進展せず,平成25年3月期までに大幅な増収はならず,株式の上場も実現していない。
(イ) 12号組合について(甲C6,8)
12号組合は,当初の存続期間では平成22年3月31日に満了するところ,組合員の出資口数の過半数が同意したため,存続期間を平成23年3月31日までの1年間延長した。
被告会社は,平成25年6月28日までの間,12号組合の財産及び損益の状況報告を行っているが,同日までの間に,本件行政処分に伴う脱退組合員への返還等は実現しておらず,アイコムジャパンの株式の売却も完了していない。
ウ スカンヂナビアについて
(ア) スカンヂナビアの状況について(甲D2,7,9)
被告会社は,スカンヂナビアに対し,14号組合を通じた資金的支援を行ったところ,スカンヂナビアは平成18年度の決算後にも上場申請しようとしたが,◎◎球団との決算期の違いにより売上を減額修正せざるを得なくなったほか,中央青山監査法人の不祥事によって監査法人の変更及び決算のやり直しを余儀なくされた等の事情から,上場申請を見送らざるを得ないこととなった。また,スカンヂナビアは◎◎球団との業務提携が解消されたこともあり,その業績は低迷傾向となった。
その後,スカンヂナビアは,アスリート・タレントのマネージメント等のプロダクション事業,プロ野球球団での物販やチケット販売等のマーチャンダイス事業及び映画や舞台の興行等の興行・プロデュース事業を主軸に業務を展開していた。被告会社作成にかかるスカンヂナビアの企業状況報告書や決算書では,平成22年以降,業績を回復して黒字化を実現していたとなっていた。ところが,スカンヂナビアは,平成25年にはほぼ事業が動いていない状態となり,同年中に債権者より破産手続開始決定の申立てがなされ,平成26年2月24日午後2時,東京地方裁判所より破産手続開始決定を受け,結局,株式は上場されないままであった。
(イ) 14号組合について(甲D6,8)
14号組合は,当初の存続期間では平成22年7月31日に満了するところ,組合員の出資口数の過半数が同意したため,存続期間を平成23年7月31日までの1年間延長した。
被告会社は,平成25年6月28日までの間,14号組合の財産及び損益の状況報告を行っているが,同日までの間に,本件行政処分に伴う脱退組合員への返還等は実現しておらず,スカンヂナビアの株式の売却も完了していない。
エ ピルツについて
(ア) ピルツの状況について(甲E12,乙39)
ピルツは,設立間もないベンチャー企業であり,事業を軌道に乗せるためには月額500万円ないし700万円の資金が必要であったことから,被告会社は,15号組合及びピルツ組合を通じての資金的支援を行うとともに,平成21年9月25日には工場設備拡充のための資金として2800万円を貸し付けた。また,被告会社の従業員をピルツの経理部門に出向させて資金状況をモニターするとともに,折に触れて事業計画の進捗状況につき報告を求めていた。さらには,大手食品販売の「肉のハナマサ」やレストラン,そば店等をピルツに紹介し,ピルツの生産する茸類の販路拡大にも協力した。ピルツの生産する「○○」等は大手スーパーでも販売され,いわゆるマネキン販売においても顧客から好意的な評価を受けているとの報告もなされていた。しかし,被告会社が本件行政処分を受けた後,ピルツは,小規模で生産効率が上がらないとの理由から長野県の工場での生産を停止した。その後の平成24年に至り,ピルツは,経営陣を交代し,ビジネスプランを一新して,生産設備を保有せず,農産物の流通オーガナイザーあるいはプランナーとして活動するとの方針に変更した。そして,ピルツの株式の上場は実現していない。
(イ) 15号組合について(甲E10)
被告会社は,平成25年6月28日までの間,15号組合の財産及び損益の状況報告を行っているが,同日までの間に,本件行政処分に伴う脱退組合員への返還等は実現しておらず,ピルツの株式の売却も完了していない。
(ウ) ピルツ組合について(甲E11)
被告会社は,平成25年6月28日までの間,ピルツ組合の財産及び損益の状況報告を行っているが,同日までの間に,本件行政処分に伴う脱退組合員への返還等は実現しておらず,ピルツの株式の売却も完了していない。
オ ステリックについて
(ア) ステリックの状況について(甲F11)
被告会社は,平成21年5月頃にステリックに対する資金的支援を開始したが,それから間もない同年12月に本件行政処分を受けたため,その後はステリックに対する経営支援ができない状況となった。そのため,被告会社は,一時ステリックからの情報提供を受けられなくなったが,平成23年1月からはこれが解消した。
ステリックは,コア事業であるNASH―肝癌モデルマウスを用いたCRO事業(研究開発受託事業)が好調に推移し,平成23年9月期以降,営業利益ベースで大きな黒字を計上するようになり,その後も営業利益ベースでの黒字化や更なる海外展開が見込まれたが,株式の上場は実現していない。
(イ) ステリック組合について(甲F10)
被告会社は,平成25年6月28日までの間,ステリック組合の財産及び損益の状況報告を行っているが,同日までの間に,本件行政処分に伴う脱退組合員への返還等は実現しておらず,ステリックの株式の売却も完了していなかった。
しかし,その後,ステリックの事業の将来性・有望性を認め,同社の事業を買い取りたいという企業が現れたため,ステリック組合は,その保有するステリックの株式を同企業に売却し,その売却代金をもって,原告を含む組合員に対し出資金の一部を払い戻した。
2 争点1(被告Y9の責任原因)について
(1) 上記1の認定事実,特に(5)のとおり,被告Y9は,被告会社からの指導等をもとに,原告に架電して,将来有望な企業に投資するとの事業内容を説明した上で,原告に興味があるかを尋ね,原告も即答はしなかったものの興味を示したことから,被告Y9において,更なる説明,勧誘を行ったものであり,投資先企業の株式上場が確実であるとか,いつでも(何らのデメリットなく)解約できる等と説明したことも認められない。よって,被告Y9が,積極的に虚偽の事実を告げたとの点も,断定的な判断を提供したとの点も,かかる事実は認められないというほかはない。
この点原告は,被告Y9が投資先企業は必ず上場するであるとか,いつでも10パーセントのみの損失で解約できるであるとか,リスクがないかのように説明した,自分はそれをただ信じた旨主張し,その旨供述する(甲A21,原告本人)。しかし,原告の供述を裏付ける他の証拠は存しない。かえって,代理人弁護士を選任する以前の平成22年3月26日付けで,被告会社に対し,自己の出資する本件各投資事業組合のいずれについても,投資継続又は存続期間の延長及び募集経費相当額の負担を了承する旨を記載した「意向表明書」を提出し,平成23年10月24日付けで,本件各投資事業組合への出資の全てを解約する旨などを記載した「投資事業組合脱退届」を内容証明郵便をもって発送する(前提事実(6)及び(8))などの原告の行動からは,自己の判断で出資の有無等を判断できるという,正に被告Y9が述べるとおりの原告の人物像がみてとれるところである。原告自身も,組合の存続期間経過後に精算する際には,出資額の9割よりも安価になる可能性は認識していた旨述べており(原告本人15頁),出資額の9割が保証されていたとの上記表現とは異なる認識を有していたことを述べている。そのため,これらの点と合致しない上記原告供述に信用性を認めることはできないといわざるを得ない。
(2) このほか原告は,本件各投資事業組合への出資の勧誘それ自体につき,未公開株商法などと題した上,勧誘すること自体が違法であるかのような主張や,説明義務違反の主張もしている。
これは法的な出資に関する契約主体である被告会社に対する主張と捉えるべきと考えられ,これについては下記3のとおりであるが,少なくとも被告Y9個人は,上記のとおり,被告会社からの指示ないし指導に従い,また自身も投資先企業がいずれも有望であると信じて,原告に対する勧誘を行ったに過ぎないと認められるところである。
(3) よって,まず,被告Y9については,原告に対する不法行為の成立は認められず,被告Y9は不法行為責任を負わない。
3 争点2(被告会社の責任原因)について
(1) まず,原告は,本件各投資事業組合への出資は,未公開株商法であるとか,グリーンシート銘柄規制に実質的に反するものであるなどとして,出資を勧誘すること自体が違法である旨主張する。
確かに,本件の出資は,株式非公開の会社に対する出資となるという意味では,法形式は異なれど,未公開株を購入させる行為と共通する点があるとはいえる。しかし,原告が主張するのは結局のところ,およそ株式上場の可能性もなく,販売者もこれを認識しながら,さも上場の可能性が高いかのように偽って勧誘する形態の,商法というよりも詐欺行為と呼ぶべき行為を想定していると考えられるところ,上記1の認定事実のとおり,本件各投資事業組合にかかる投資スキームにしても,本件各投資事業組合ないしその業務執行者としての被告会社が行った活動にしても,かかる行為とは全く異なるものであったといえる。
すなわち,上記1の認定事実(4)のとおり,被告会社は,投資先企業であるアグリ社,アイコムジャパン,スカンヂナビア,ピルツ及びステリックのいずれについても,企業としての将来性,有用性等を検討し,投資事業組合を組成して支援することを決定しているのであって,それぞれに相応の根拠もあると認められる。ゆえに,最終的にいずれも株式上場に至らなかったとしても,被告会社としてはかかるスキームを用いてのベンチャー企業の支援と成功を企図していたものと認められるのであって,原告が言うところの詐欺的商法とは異なるものであるから,勧誘すること自体が違法な投資などとは認められない。
(2) また,上記1の認定事実(3)及び(5)のとおり,被告会社は日頃より,また,主として被告Y9による原告への勧誘においても,本件のスキームは生まれたてのベンチャー企業に対する投資であり,絶対に確実なものではなく投資元本も保証されるものではないこと,投資先企業の今後の状況によって利益が上がることもあれば,投下資本が回収できない可能性もあることを説明した上で,また目論見書その他の資料を送付した上で,さらに最終場面では営業担当者の上司からリスクについての説明を重ねて行うなどした上で,契約に至っている。そして,本件投資スキーム自体は,第一には組合を組成して投資先企業の株式を購入するという形で出資ないし経済的支援をするという単純なものであること等の事実に照らせば,原告に対する勧誘が,勧誘すること自体が違法であるという狭義の適合性原則違反であると認められないのはもとより,説明義務違反があるとも認められない。
(3) このほか原告は,本件各投資事業組合のうちステリック組合への出資について,被告会社が顧客との利益が相反する行為を行っていたことを挙げ,これが他の投資事業組合についても同様だとした上で,善管注意義務違反による債務不履行ないし不法行為に該当する旨主張する。
ア 確かに,前提事実(2)のとおり,被告会社は,本件各投資事業組合のいずれにおいても業務執行組合員となり,本件各投資事業組合の管理運営に当たっていたものであるところ,業務執行組合員は他の組合員との関係において善管注意義務を負っている(民法671条,644条)。
そして,業務執行組合員の善管注意義務として,利益相反取引を行ってはならない義務が含まれるかについて法令上明記されているものではないが,業務執行組合員は他の組合員から組合の業務執行の委任を受けた者であることからして,業務執行組合員と他の組合員との間に実質的な利益相反関係が生ずる行為をし,それが他の組合員の利益を害する危険性の高いものである場合には,他の組合員の承諾を得ない限り,業務執行組合員の善管注意義務に違反するものと解するのが相当である(匿名組合契約における営業者の善管注意義務に関するものであるが,最高裁平成27年(受)第766号同28年9月6日第三小法廷判決・裁判所時報1659号217頁参照)。
イ この点,前提事実(5)のとおり,被告会社は,平成21年5月,ステリックの株式を取得してステリック組合を設立するに際し,ステリック組合の業務執行組合員として既存株主等との間で取得価格を決定しつつ,これを嵩上げし,ステリック組合から既存株主等に余分に支払われた嵩上げ分につき,これをコンサルタント料名目で被告会社に還流させており,関東財務局は,この一連の流れから,被告会社について自己の利益を図るためファンド出資者の利益を害する運用を行っていたものとみて,本件行政処分を行った。そして,上記1の認定事実(2)イ及び証拠(乙51ないし56)によれば,本件各投資事業組合のうちステリック組合以外の組合についても,日東組合が既存株主として関与しているか否かの違いはあるものの,投資先企業の株式を既存株主から購入する価格と,投資家から募集する株式の価格との差額を被告会社が取得していることが認められる。
そのため,取引の外形上,本件各投資事業組合の業務執行組合員である被告会社と,原告その他の一般組合員との間での利益状況が相反していたものといえる。
ウ ただ,その実態を見た場合,上記1の認定事実(2)イのとおり,まず日東組合が既存株主となっていたのは,立ち上げたばかりの被告会社には自己資金がなく,被告会社が組成する投資事業組合にも資金がないため,当時ある程度の資金を有していた被告Y3が日東組合を組成してそこに資金を投入するためであったことに加え,被告会社が出資してファンドを組成しても,その時点では投資先企業の株式をどの程度取得できるか分からない場合があるため,日東組合で投資先企業の株式を先行取得し,投資事業組合が取得できる株式数を確実にするとの目的に基づくものであったといえる。
そして,上記差額をコンサルタント料名目で被告会社が取得したのは,①組合運営実費の他に要する「募集に関する諸経費」すなわち目論見書・契約締結前交付書面・投資先企業の事業計画書等の作成及び送付費用並びに募集担当社員の人件費等,②投資先企業への先行投資資金,さらに,③投資先企業への支援貸付等に充当するためであったと認められる(乙51ないし56)。なお,被告会社が,上記差額をかかる費用に充てるほかに独自の利益のために費消したことを示す証拠は存しない。
とすれば,コンサルタント料名目で被告会社に還流した金員は,本件各投資事業組合から(経済的に)独立した被告会社独自の利益のために費消されたものではなく,本件各投資事業組合のために用いられたものとみることができる。上記①ないし③の各費用は,いずれにしても本件各投資事業組合の事業の遂行に必要なものと解されるから,被告会社に還流させるというスキームにしないのであれば,必要経費として出資者ないし一般組合員から徴収することとなる費用であるといえる。
これらの実質面に鑑みれば,上記スキームないしそこでの被告会社の行為は,実質的には業務執行組合員と他の組合員との間に利益相反関係が生ずる行為であるとはいえず,また,これが他の組合員の利益を害する危険性の高いものであるともいえないから,この点について被告会社に善管注意義務違反があったとまでは認められない。
エ なお,善管注意義務違反に該当しないとしても,上記①ないし③が必要経費であって一般組合員に負担させるべき点を説明していない点については,説明義務違反の問題が生じ得る。
しかし,上記のとおり,この点は必要経費として明示すべき費用を明示しなかったという性質のものにとどまり,本件における出資スキームの骨格ないし中心部分ではないから,信義則上の付随義務として導かれる本来的な説明義務の対象とまでは解されない。原告は,この点に説明義務違反があれば当然に出資額全てが損害となるかのような主張しかしていないが,そもそも説明義務の対象とは解されないし,仮に説明すべきと捉えても,出資に応ずるか否かの本質的要素とは解されないから,この点の説明があれば出資しなかったという関係にあるものとも認められない。
また,前提事実(6)のとおり,被告会社は,本件行政処分を踏まえて,ステリック組合を含めた全ての本件各投資事業組合の全組合員に対して書面を発送し,本件行政処分の内容とその前提として被告会社が考える事実関係等について説明し,次いで本件各投資事業組合の全組合員に書面を発送して,本件行政処分に至った経緯についての被告会社の認識するところを説明するとともに,これを踏まえて投資を継続するか否か,あるいは投資事業組合の存続期間の延長に同意するか否か,募集経費相当額の負担を了承するか否か等に関する意向を聴取する手続を行っており,これに対し,原告は,自己の出資する本件各投資事業組合のいずれについても,投資継続又は存続期間の延長及び募集経費相当額の負担を了承する旨を記載した「意向表明書」を提出している。これらの事実に鑑みれば,被告会社は事後的にしろ必要な説明を行い,原告もこれを受け入れたものと解されるから,この点について被告会社に説明義務違反があるとも認められない。
よって,説明義務の観点から見ても,被告会社に債務不履行又は不法行為責任が生ずるとは認められない。
(4) したがって,被告会社については,被告Y9の不法行為責任を前提とする使用者責任はもとより,被告会社自身の不法行為責任又は債務不履行責任のいずれについても認められない。
4 争点3(被告取締役らの責任原因)及び争点4(被告監査役らの責任原因)について
上記3のとおり,被告会社に不法行為責任は認められない。
そして,原告は被告取締役ら及び被告監査役らの任務懈怠についても主張するが,上記事実からすれば,被告会社の違法な勧誘や利益相反行為を中止・防止すべき義務の懈怠や,違法な行為を行わないように監視し,中止させたり,防止体制を構築すべき任務を負っていたのにこれを懈怠したとの事実も認められないことは明らかである。したがって,これらを前提とする被告取締役ら及び被告監査役らに対する会社法429条1項に基づく責任も,その前提を欠くものであり,いずれも認められない。
第5 結論
以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第33部
(裁判長裁判官 原克也 裁判官 中野達也 裁判官 小久保珠美)
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