判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(270)平成21年 9月18日 東京地裁 平20(特わ)975号 商法違反、法人税法違反被告事件
判例リスト「完全成功報酬|完全成果報酬 営業代行会社」(270)平成21年 9月18日 東京地裁 平20(特わ)975号 商法違反、法人税法違反被告事件
裁判年月日 平成21年 9月18日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(特わ)975号・平20(特わ)1348号
事件名 商法違反、法人税法違反被告事件
裁判結果 一部有罪、一部無罪 文献番号 2009WLJPCA09188017
要旨
◆法人税ほ脱の事案において、外国公務員に対して供与した賄賂金が所得の計算上完成業務原価になり、かつ、業務進行割合を示す指標としての原価になるとされた事例
◆株式会社の代表取締役が親会社を同じくする子会社に利益を供与して自社に損害を与えたという特別背任の公訴事実について、同利益供与が経営判断として合理性を有するものであったことや、完全親会社の代表取締役の指示に従ったものであったことなどから、任務違背行為に当たらないとして、無罪が言い渡された事例
参照条文
法人税法159条1項(平16法14改正前)
商法486条1項(平17法87改正前)
刑事訴訟法336条
裁判年月日 平成21年 9月18日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平20(特わ)975号・平20(特わ)1348号
事件名 商法違反、法人税法違反被告事件
裁判結果 一部有罪、一部無罪 文献番号 2009WLJPCA09188017
主文
被告人を懲役1年に処する。
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
この裁判が確定した日から2年間その刑の執行を猶予する。
本件公訴事実中,商法違反の点について,被告人は無罪。
理由
(犯罪事実)
被告人は,土木建築事業に関するすべてのマネージメント及びコンサルティング業務等を目的とする資本金3億円の株式会社パシフィックコンサルタンツインターナショナルの代表取締役(平成10年12月18日から平成15年2月16日まで及び同年12月17日から平成17年12月14日まで)又は取締役(平成15年2月17日から同年12月16日まで)として同社の業務全般を統括していた者であるが,同社の業務に関し,法人税を免れようと企て,架空の設計等委託費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上,
第1 平成14年10月1日から平成15年9月30日までの事業年度における同社の実際所得金額が8億6086万3412円(別紙2の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず,確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である平成16年1月5日,東京都新宿区〈以下省略〉所在の四谷税務署において,同税務署長に対し,その所得金額が7億3342万7579円で,これに対する法人税額が2338万円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同社の上記事業年度における正規の法人税額6323万0500円と上記申告税額との差額3985万0500円(別紙1-1のほ脱税額計算書参照)を免れた。
第2 平成15年10月1日から平成16年9月30日までの事業年度における同社の実際所得金額が5億1432万5976円(別紙3-1の修正損益計算書参照)であったにもかかわらず,確定申告書提出期限の延長処分による申告書提出期限内である平成16年12月27日,前記四谷税務署において,同税務署長に対し,その所得金額が3億9100万5558円で,所得税額等2732万0224円の還付を受けることとなる旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為により,同社の上記事業年度における正規の法人税額1316万2500円と上記還付所得税額等との合計4048万2700円(別紙1-1のほ脱税額計算書参照)を免れた。
(証拠の標目)一括弧内の甲,乙の数字は,証拠等関係カード中の検察官請求の証拠番号を,弁の数字は,同カード中の弁護人請求の証拠番号をそれぞれ示す。
全事実について
被告人の公判供述
被告人の検察官調書謄本(乙21ないし26)
Aの検察官調書(甲136)
B(甲86ないし91),C(甲92ないし95),A(甲97ないし101,137),D(甲104)及びE(乙28,29)の各検察官調書謄本
調査書謄本(甲71,72,74,75,81)
捜査報告書謄本(甲85,134,138,139)
第1の事実について
調査書謄本(甲79)
捜査報告書謄本(甲83)
第2の事実について
F(甲109),G(甲110ないし112),H(甲113ないし115),B(甲116,117),I(甲118),C(甲119ないし121),A(甲122ないし124),J(甲125,126),D(甲127),K(甲128,129),L(甲130)及びM(甲131)の各検察官調書謄本
Aの検察官調書写し(弁4)
調査書謄本(甲76,80)
捜査報告書謄本(甲82,84,132,133,135)
(争点に対する判断)
1 本件の争点
本件の争点は,判示第2について,株式会社パシフィックコンサルタンツインターナショナル(以下「PCI」という。)が外国公務員に対して供与した賄賂金が,①完成業務原価になるか,②完成業務原価になるとした場合に,業務進行割合を示す指標としての原価になるか,③上記指標としての原価になるとした場合に,複数の業務にまたがる共通原価として,各業務への配賦を行わなければならないかである。
2 前提事実
そこで,検討すると,関係各証拠によれば,前提事実として,次のような事実が認められる。
(1) PCIでは,かねてより東南アジア諸国等の外国政府や公的機関が実施する各種建設事業等のコンサルティング業務の受注に向け,外国政府高官等に対し贈賄工作を行っていた。
(2) PCIハノイ事務所長G(以下「G」という。)らは,ベトナム社会主義共和国ホーチミン市のTHE EAST-WEST HIGHWAYINVESTMENT & WATER ENVIRONMENTIMPROVEMENT PROJECT MANAGEMENT UNIT(以下「PMU」という。)が実施する東西ハイウェイ建設事業に関するコンサルティング業務(以下「本件業務」という。)を受注すべく,PMU局長のN(以下「N局長」という。)に働き掛けていたところ,平成13年6月下旬ころ,同事業の詳細設計等に関するコンサルティング業務(以下「第1期業務」という。)の受注及びその契約金の支払に関して便宜を図ってもらいたいとの趣旨で,N局長に対し,同契約金額の10%に相当する約90万ドルの賄賂金を供与することを約束し,同年10月上旬ころ,同業務を受注した。
(3) Gらは,N局長に対し,平成14年1月下旬ころ30万ドルを,同年7月上旬ころ35万ドルを,それぞれ賄賂金として供与した。
(4) さらに,Gらは,東西ハイウェイ建設事業に関し,その施工監理等に関するコンサルティング業務(以下「第2期業務」という。)を受注すべく,N局長に働き掛け,平成15年1月中旬ころ,同業務の受注及びその契約金の支払に関して便宜を図ってもらいたいとの趣旨で,N局長に対し,同契約金額の11%に相当する約170万ドルの賄賂金を供与することを約束し,同年3月下旬ころ,同業務を受注した。
(5) Gらは,同年5月下旬ころ,N局長に対し,26万2000ドルを賄賂金として供与した。
(6) 第1期業務については,当初からその追加・変更が予定されており,Gらは,その契約締結に向けて,PMUとの間で交渉を重ねていたが,同年11月中旬ころ,ようやく契約を締結できる段階にまでこぎ着けたことから,N局長に対し,第1期業務の追加・変更契約の早期締結を要請したところ,N局長から,60万ドルの賄賂金の供与を要求された。
(7) そこで,Gらは,同年12月24日ころ,N局長に対し,60万ドル(為替差損を除き,日本円で6592万8000円)の賄賂金(以下「本件賄賂金」という。)を供与し,その直後,N局長との間で第1期業務の追加・変更契約の契約書を取り交わした。
(8) その後,Gらは,N局長の求めに応じ,平成16年9月中旬ころ54万ドルを,平成17年1月下旬ころ16万ドルを,それぞれ賄賂金として供与した。
(9) PCIでは,本件賄賂金について,海外仮払金の名目で出金した後,休眠会社に支払った現地設計等委託費を仮装し,平成16年9月期の完成業務原価中の第2期業務に関する設計等委託費として経費に計上した。なお,PCIでは,プロジェクトごとの出来高を算出するに当たっては,業務進行基準を採用しており,そのプロジェクトの総予想原価に対する,プロジェクトの進捗に応じて発生する発生原価の割合である進捗率をそのプロジェクトの契約金額に掛けて算出した金額を,そのプロジェクトの出来高として計上していたが,本件賄賂金についても,少なくとも第2期業務の発生原価に含めて,平成16年9月期に計上すべき第2期業務の出来高を算出した。
3 検察官の主張
一般に,不法ないし違法な支出も,それが利益を得るために直接必要なものである限り,費用として認められると解されているところ,本件賄賂金は,本件業務中第2期業務による売上げを生み出すために発生したことが明らかであるから,①完成業務原価中の接待交際費に計上され(別紙4-2の修正完成業務原価報告書参照),②業務進行割合を示す指標としても原価に該当し,③全額第2期業務の原価になると解すべきである。したがって,判示第2について,完成業務収入は公表金額と変わりがなく,平成15年10月1日から平成16年9月30日までの事業年度におけるPCIの実際所得金額は5億1629万0281円(別紙3-2の修正損益計算書参照)であり,ほ脱税額は正規の法人税額1375万2000円と還付所得税額等2732万0224円との合計4107万2200円(別紙1-2のほ脱税額計算書参照)である(平成20年6月25日付け起訴状公訴事実第2記載の事実。ただし,同年8月25日付け訴因変更請求書による訴因変更後のもの)。
4 弁護人の主張
①法人税法22条4項は,当該事業年度の収益の額及び費用・損失の額は,別段の定めがあるものを除き,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとしており,賄賂金に関して法人税法に別段の定めがない以上,企業会計における公正処理基準に依拠すべきところ,原価計算基準においては,「原価は,正常なものである。原価は,正常な状態のもとにおける経営活動を前提として,把握された価値の消費であり,異常な状態を原因とする価値の減少を含まない」とされ,また,工事契約に関する会計基準においては,「工事原価総額とは,工事契約において定められた,施工者の義務を果たすための支出の総額をいう」とされている。外国公務員に対する本件賄賂金は,不正競争防止法が刑事罰をもって禁じている違法な支出であって,正常な支出とはいえず,また,施工者の義務を果たすための支出ではないから,完成業務原価にならない。②法人税法施行令129条3項によれば,「当該事業年度終了の時におけるその工事に係る進行割合」とは,「工事原価の額のうちにその工事のために既に要した原材料費,労務費その他の経費の額の合計額の占める割合その他の工事の進行の度合を示すものとして合理的と認められるものに基づいて計算した割合をいう」ところ,そもそも賄賂金の支出は,本件業務の進行とは無関係であるし,仮に,賄賂金が原価に含まれるとすると,例えば,契約締結直後の現実の工事開始前に,賄賂金が支出された場合には,工事着手前に賄賂金の支出額に対応する工事収益が見積もられることになるという不合理な事態が生じるなど,業務の進行の度合を示すものとして合理的ではないから,業務進行割合を示す指標としての原価にならない。③仮に,本件賄賂金が業務進行割合を示す指標としての原価になるとしても,工事契約に係る収益又は原価の認識の単位は,原則として,その工事契約において当事者間で合意された実質的な取引の単位に基づくこととされ,PCIにおいても,第1期業務と第2期業務とをそれぞれ別個の収益・原価の認識単位としていたところ,本件賄賂金は,第1期及び第2期の各業務について,それらの受注及び契約代金の円滑な支払を要請する趣旨が併存し,その他に第1期業務の追加・変更契約の早期締結を要請する趣旨が含まれているのであるから,第1期及び第2期の各業務に共通する原価として,各業務に配賦する必要がある。結局,検察官は,本来計上すべきでない本件賄賂金を完成業務原価に計上し,あるいは,これを過大に計上したため,第2期業務の業務進行割合が過大になり,その結果,完成業務収入が過大になっている。
5 当裁判所の判断
(1) 争点①について
所得税法は,事業所得等の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は,その総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るため直接に要した費用の額及びその年における販売費,一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とすると定めており(同法37条1項),必要経費として控除が認められるためには,必要な経費であればよく,その支出が通常であることまでは要求されていないと解されるところ,法人税法上の損金についてもこれと別意に解すべき理由はない。また,法人税基本通達は,「請負による収益に対応する原価の額には,その請負の目的となった物の完成又は役務の履行のために要した材料費,労務費,外注費及び経費の額の合計額のほか,その受注又は引渡しをするために直接要したすべての費用が含まれることに留意する」(同通達2-2-5)と規定して,受注のために直接要した費用が請負の原価に含まれる趣旨を明らかにしている。したがって,たとえ不法ないし違法な支出であっても,それが利益を得るために直接必要なものである限り,費用として認められると解するのが相当である。
そして,本件賄賂金の趣旨については,N局長に対する贈賄工作に関わったG及びPCIの陸上交通事業部道路技術部長のHが,前記2(2)及び(4)で認定したとおりのN局長との間の賄賂金供与の各約束を履行するとともに,第1期業務の追加・変更契約を早期に締結してもらいたいとの趣旨であった旨各供述していること,Gらは,第1期業務の追加・変更契約の早期締結を要請した際に,N局長から本件賄賂金の供与を要求されていること,本件賄賂金を供与した直後に,N局長が上記追加・変更契約の契約書への署名に応じていることなどの事情に照らすと,本件賄賂金の趣旨は,G及びHの上記各供述のとおりであったと認められるから,本件賄賂金が本件業務の受注及びその契約代金の円滑な支払のために必要なものであったことは明らかというべきである。
また,前記2(1)で認定したとおり,PCIにおいては,東南アジア諸国等の外国政府や公的機関が実施する各種建設事業等のコンサルティング業務の受注に向け,外国政府高官等に対し賄賂金を供与することが常態化していたことに照らすと,本件賄賂金の供与は,違法ではあるが,業務の通常の過程における支出として,正常な状態の下における経済活動に基づくものというべきである。さらに,本件賄賂金の供与が,本件業務の契約締結権限を有するN局長との間の約束の履行として行われていることに照らすと,本件賄賂金は,契約において定められた施工者の義務を果たすための支出に当たると解するのが相当である(弁護人は,契約の当事者はN局長ではなく,PMUであるから,N局長に対する本件賄賂金の供与は,工事契約において定められた施工者の義務を果たすための支出には当たらないなどと主張するが,N局長が契約書に署名するなど契約締結の実質的な権限を有していたことに照らすと,弁護人の主張は採用できない。)。
なお,弁護人は,裁判例(東京地判昭和62年12月24日判例時報1272号159頁,判例タイムズ661号258頁)を挙げて,違法な支出金には損金性はない旨主張するが,同裁判例は,暴力団への上納金について,特定の給付又は役務の提供に対する対価としての意味をもたないから,業務の遂行に必要な費用とはいえないとして,その損金性を否定したものであって,本件とは事案を異にし,適切でない。
結局,本件賄賂金は,弁護人の援用する公正処理基準ないし工事契約に関する会計基準に照らしても,完成業務原価に該当すると解すべきであるから,弁護人の主張は,理由がない。
(2) 争点②について
本件業務は,契約類型としては請負に当たると解されるところ,請負契約の内容は多種多様であって,たとえ正式の受注前であっても,その受注が確実になった後においては,その請負の原価となるべき調査費や設計費,交際費等をあらかじめ支出することも少なくない。前出の法人税基本通達2-2-5も,このような事情を考慮し,これら受注のために直接要した費用が請負の原価に含まれる趣旨を明らかにしている。むしろ,上記のような場合に,現実の工事開始前に支出された費用が業務進行割合を示す指標としての原価に含まれないとすると,企業活動の状況が的確に完成業務原価に反映されず,不合理な結果を招くことにもなりかねない。そうすると,受注のために直接要した費用は,請負の原価に含まれると解するのが相当であり,本件賄賂金は,本件業務の進行の度合を示すものとして合理的であると認められる。したがって,弁護人の主張は,理由がない。
(3) 争点③について
本件賄賂金の趣旨が,前記2(2)及び(4)で認定したN局長との間の賄賂金供与の各約束を履行するとともに,第1期業務の追加・変更契約を早期に締結してもらいたいとの趣旨であったことに照らすと,本件賄賂金は,第1期業務及び第2期業務のいずれの受注等のためにも必要であったと認められ,両者の原価になると解するのが相当である。
この点について,検察官は,前記2(3)及び(5)で認定したとおり,Gらが,N局長に対し,平成14年1月下旬ころ30万ドルを,同年7月上旬ころ35万ドルを,平成15年5月下旬ころ26万2000ドルを,それぞれ賄賂金として供与したことにより,第1期業務に関する約90万ドルの賄賂金の支払を終えたことになるから,その後に供与された本件賄賂金は,すべて第2期業務に関する賄賂金と解すべきであるなどと主張する。しかし,本件賄賂金の趣旨に関するGらの前記各供述に照らすと,本件賄賂金が第2期業務のみの原価であるとは認められないから,検察官の上記主張は,採用できない。
したがって,弁護人の主張は,この点に関しては理由がある。
(4) 判示第2のほ脱税額等について
そうすると,本件賄賂金を第1期及び第2期の各業務にどのような割合で配賦すべきかが問題となる。前記(1)で認定したとおり,本件賄賂金の趣旨は,多様なものを含んでおり,それが第1期及び第2期の各業務の受注等に与えた効果の割合を算定することはおよそ不可能であるから,両者に等しく及んだと解するほかなく,その契約金額により按分して配賦するのが,最も合理的である。
そこで,まず,第1期及び第2期の各業務の契約金額をみると,平成15年10月1日から平成16年9月30日までの事業年度に係る確定申告書(甲84)添付の各プロジェクト別損益の内訳明細書によれば,第1期業務(JOB-No.615R3559)の契約金額は,10億8008万6668円であり,第2期業務(JOB-No.615R3559B)のそれは,15億3480万3094円であると認められる。したがって,本件賄賂金6592万8000円を上記各契約金額により按分して配賦すると,本件賄賂金中第1期業務に配賦すべき金額は2723万1723円(1円未満の端数切捨て。以下同じ。)となり,これを第2期業務の完成業務原価から控除すべきことになる。
次に,原価総額をみると,これを示す直接的な証拠は見当たらないので,前記各プロジェクト別損益の内訳明細書が業務進行基準により当期売上げを算出していることにかんがみ,同内訳明細書に記載された金額を基に算出するのが合理的である。すなわち,当期売上げ,契約金額,当期原価及び原価総額の間には,次式のような関係が認められる。
当期売上げ=契約金額×当期原価/原価総額
したがって,上記関係式を基に,平成16年9月期の第2期業務の原価総額を算出すると,契約金額が15億3480万3094円,当期売上げが3億0508万9371円,当期原価が2億3341万0483円であるから,原価総額は11億7421万0462円となる。
原価総額=契約金額×当期原価/当期売上げ
=1,534,803,094×233,410,483/305,089,371
≒1,174,210,462
そこで,この原価総額を基に,当期原価及び原価総額からそれぞれ本件賄賂金中第1期業務に配賦すべき金額を控除した場合の第2期業務の売上げを算出すると,次式のとおり,2億7589万3343円となる(なお,PCIでは,本件賄賂金を完成業務原価中の設計等委託費として経費に計上していることに照らすと,本件賄賂金を原価総額に含めていたと考えるのが自然であり,そのような処理に従うこととする。)。
以上によれば,第2期業務について,本件賄賂金の全額を原価として計算した売上げは,3億0508万9371円であり,他方,第1期業務へ配賦すべき金額を控除した場合の売上げは,2億7589万3343円であるから,本件の公表金額は,実際額に比べ,差引き2919万6028円の完成業務収入が過大に計上されていたと認められる(完成業務原価についても,本件賄賂金中第1期業務に配賦すべき2723万1723円が過大に計上されていたことになる(別紙4-1の修正完成業務原価報告書参照)。)。
なお,本件賄賂金の一部を第1期業務の原価とした場合,第1期業務について完成業務原価及び完成業務収入が増加することになるが,前記各プロジェクト別損益の内訳明細書によれば,第1期業務については平成16年9月期に売上げがなく,平成15年9月期までに業務が完成していたとみられるから,本件賄賂金中第1期業務に配賦すべき原価は,同期の原価として考慮されるべきものである(別紙4-3の修正完成業務原価報告書参照)。したがって,平成15年9月期については,完成業務収入が公表金額よりも増加し,これに伴って所得金額も増加することになるが(別紙2の修正損益計算書参照),これは訴因の範囲を超えるものであるから,その範囲内で事実を認定することとする。
6 結論
以上の次第であって,判示第2のとおり,平成15年10月1日から平成16年9月30日までの事業年度におけるPCIの実際所得金額は5億1432万5976円(別紙3-1の修正損益計算書参照)であり,同社は,正規の法人税額1316万2500円と還付所得税額等2732万0224円との合計4048万2700円(別紙1-1のほ脱税額計算書参照)を免れたと認められる。
(法令の適用)
1 罰条
第1及び第2の各行為 いずれも平成16年法律第14号による改正前の法人税法159条1項
2 刑種の選択 いずれも懲役刑
3 併合罪の処理 刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い判示第2の罪の刑について加重)
4 未決勾留日数の算入 刑法21条
5 刑の執行猶予 刑法25条1項
(量刑の理由)
1 本件は,土木建築事業に関するマネージメント及びコンサルティング業務等を目的とするPCIの代表者等としてその業務全般を統括していた被告人が,PCIの業務に関し,架空の設計等委託費を計上するなどの方法により虚偽の過少申告を行い,2事業年度にわたり,法人税をほ脱したという事案である。
2 本件各犯行によるPCIのほ脱所得額は合計で約2億5075万円に上り,ほ脱税額も合計で約8033万円と少なくない。また,平成16年9月期においては,正規の法人税額を全額免れた上,還付も受けている。
本件ほ脱所得を秘匿した手口をみると,PCIにおいて東南アジア諸国における空港整備等の建設プロジェクトを受注するため,現地における工作資金を捻出し管理する目的で香港に設立したペーパーカンパニーや現地事務所等に対し,情報提供料や設計等委託費等の架空の費目で送金するなどして,工作資金を蓄積し,これを保管,管理していたというものであり,継続的かつ計画的なものである。また,このような形態で日本国外に工作資金を保管,管理し,東南アジア諸国における受注工作に利用したことについては,当時の代表取締役であった被告人を含む会社幹部のほとんどがその立案に参画した上これを了承しており,極めて組織性が高い。さらに,PCIにおいては,上記ペーパーカンパニーとの間の形式的な契約金額に合致させるために,事業年度末にまとまった額を送金したり,情報提供を装った報告書を上記ペーパーカンパニーから形式的に提出させるなどして,国税当局の摘発を免れるための工作を施した上,国税当局に対し会社の経理担当者が虚偽の説明を行うなど,巧妙かつ周到な所得秘匿及び罪証隠滅の工作が行われている。
そして,被告人は,代表取締役社長として,立案当初から本件の各所得秘匿工作に深く関わり,その職を解かれて平取締役となった後も,PCIの業務を実質的に統括する者として,上記ペーパーカンパニー等への送金を了承するなどしていたのであって,本件において重要な役割を果たしている。
以上によれば,本件各犯行の犯情は,悪質というべきである。
3 他方,本件のほ脱率は,起訴された2事業年度分の通算で約20%にとどまっている。また,本件では,ほ脱税額とされた金額中に青色申告の承認取消によるものが相当額含まれているところ,これは,PCIにおいて企図したほ脱行為から派生的に生じた結果にすぎず,この点は量刑判断上被告人に有利に考慮すべき事情といえる。さらに,PCIは,少なくとも本税及び延滞税を完納している(当裁判所に顕著な事実)。加えて,被告人は,本件における具体的な所得秘匿工作や贈賄工作を実行し,あるいは指示したものではなく,本件各犯行により個人的に利益を得ていない。その他,被告人が,PCIにおいて空港整備等の建設プロジェクトに長年にわたって携わってきた者であり,発展途上国の経済発展に大きく貢献してきた経歴を有すること,前科前歴がないことなどの事情も認められる。そこで,これらの事情を総合して考慮すると,被告人に対しては,社会内で更生の機会を与えるため,主文の懲役刑を科した上,その執行を猶予するのが相当であると判断した。
(
第1 公訴事実の要旨
被告人は,PCIの代表取締役であった者であるが,PCIの親会社であるパシフィックコンサルタンツグループ株式会社(以下「PCIG」という。)及び同社の子会社であるパシフィックプログラムマネージメント株式会社(以下「PPM」という。)の代表取締役であった分離前の共同被告人O(以下「O」という。)及びPCIの取締役であったP(以下「P」という。)らと共謀の上,被告人において,株式会社遺棄化学兵器処理機構(以下「ACWDC」という。)からPCIが受託した旧日本軍遺棄化学兵器廃棄処理事業に関するコンサルティング業務の一部を下請先に再委託するに当たっては,再委託金額をできる限り廉価にすべきはもちろん,これに伴う無用な支出を避けるなどPCIのため忠実にその業務を遂行すべき任務を有していたのに,その任務に背き,被告人らの保身及びPPMの利益を図る目的で,平成16年9月ころ,PCIが前記コンサルティング業務の一部を株式会社システムプランニングコーポレーション,株式会社アークエンジニアリング,有限会社牧野構造計画及び有限会社後藤構造設計事務所の4社に再委託するに際し,直接前記4社に再委託せず,PCIとPPMの間及びPPMと前記4社との間において,PCIがPPMに対し技術者の派遣を委託した上,PPMの指示に基づいて前記4社がその保有する技術者をPCIに派遣する旨の契約関係を仮装することにより,別紙5記載のとおり,PCIが平成16年度分の業務委託料等及び平成17年度分の業務委託料の一部として前記4社に支払うべき金額が合計1億4866万1360円であったのに,平成16年9月10日から平成17年9月12日までの間,前後6回にわたり,PPMに対する業務委託料名下に,PPMの差益金額合計1億2109万4140円を含む合計2億6975万5500円を,東京都新宿区四谷3丁目12番地所在の株式会社ユーエフジェイ銀行四谷三丁目支店に開設されたPCI名義の当座預金口座から,同都港区〈以下省略〉所在の株式会社東京三菱銀行青山支店に開設されたPPM名義の普通預金口座に振込入金し,もって,PCIに対し,前記PPMの差益金額である1億2109万4140円相当の財産上の損害を与えた。
第2 弁護人の主張
被告人らが,PPMに対し,業務委託料の名目で合計1億2109万4140円の差益金額を供与した行為(以下「本件利益供与」という。)は,①PCIの完全親会社であるPCIGの代表取締役であるOの指示に基づき,同じくPCIGの子会社であり,同企業グループの生き残りの中核となるべきPPMの経営を支援するために行ったものであって,PPMの経営が軌道に乗れば,PCIがPPMからマネージメント業務等を受注できるなど,将来的にはPCIの利益につながるものであり,また,②総株主であるPCIGの代表取締役の指示による行為として民事上の責任すら免除されるのであるから(平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」という。)266条5項),PCIの取締役としての任務に違背するものではないし,さらに,③Oらとの共謀及び自己保身の目的も存しないから,被告人に特別背任罪(旧商法486条1項)が成立することはない。
第3 当裁判所の判断
そこで,検討すると,当裁判所は,証拠調べの結果,被告人らが本件利益供与を行ったことは,PCIの取締役としての任務に違背せず,被告人に特別背任罪は成立しないとの結論に達したので,以下詳論する。
1 証拠によって認定できる事実
被告人の公判供述,被告人の検察官調書,P,Q,R,S及びOの各検察官調書謄本等の関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1) 当事者等
ア PCIは,昭和29年2月に設立された土木建築事業に関するすべてのマネージメント及びコンサルティング業務等を目的とする資本金4億9000万円のパシフィックコンサルタンツ株式会社(以下「PCKK」という。)の海外部門を独立させる形で昭和44年7月に設立された資本金3億円の株式会社であり,両社は,企業グループ(以下「パシコングループ」という。)を形成して,PCKKが主として国内の公共事業に関するコンサルティング業務等を,PCIが主として政府開発援助(ODA)による海外の土木建築事業に関するコンサルティング業務等を行っていた。
イ パシコングループでは,平成10年2月に,国内の公共事業予算の削減や,経済インフラの整備から貧困対策等の社会開発重視へというODAの方針転換等の経営環境を取り巻く社会情勢の変化に対応し,企業グループとして新たな活路を見いだすため,将来的に成長が見込まれるPFI事業(民間資金を活用した公共サービスの提供事業)や民間の都市開発事業の企画,立案,運営等の総合マネージメントを手がける株式会社として,PPMを設立した。なお,PPMは,平成16年9月末時点で,資本金が1億0200万円であり,従業員数が,常勤役員を除き,9名であった。
ウ パシコングループでは,そのグループ力を強化するため,平成12年2月に,純粋持株会社としてPCIGを設立して(資本金8億2000万円),PCI及びPCKKをその完全子会社とし,さらに,PPMの株式の99%を保有するに至った(なお,残りの1%の株式は,PCKKが保有していた。)。その後,PCIGでは,平成14年2月開催の取締役会において,グループ業績優先の原則等を定めた「グループ会社指導要綱(案)」を施行することが決議された。
エ 被告人は,昭和41年11月にPCKKに入社したが,昭和49年7月にPCIに出向し,昭和62年に正式に転籍した。その後,被告人は,平成11年12月にPCIの代表取締役社長に就任したが,PCIが北方四島支援事業に関連して検察庁の捜索を受けたことなどの責任を取る形で,平成15年1月に代表取締役副社長に降格となり,さらに,同年2月に平取締役に降格となった。しかし,被告人は,同年12月に代表取締役副社長に復帰し,平成16年12月に代表取締役社長に復帰した。
オ Oは,昭和36年にPCKKに入社したが,昭和46年ころにPCIに転籍し,昭和63年12月にその代表取締役社長に就任し,さらに,平成10年12月にその代表取締役会長に就任したが,平成11年12月にPCIの取締役を退任した。また,Oは,平成7年10月にPCKKの代表取締役副会長に就任し,平成10年12月にはその代表取締役社長に就任した。さらに,Oは,同年2月にPPMが設立されると,その代表取締役社長に,平成12年2月にPCIGが設立されると,その代表取締役社長にそれぞれ就任した。
(2) 本件利益供与に至る経緯
ア PCIは,日揮株式会社(以下「日揮」という。)と共同企業体(以下「PMC」という。)を結成して,平成13年2月に,内閣府大臣官房遺棄化学兵器処理担当室(以下「担当室」という。)が行っていた旧日本軍中国遺棄化学兵器廃棄処理事業(以下「ACW事業」という。)の総合コンサルティング業務を受注した。この業務は,担当室がPMCの知見を複数年度にわたって活用するという継続案件であったことから,PMCは,次年度以降も,毎年度,内閣府との間で随意契約の方式で新たに同じ内容の業務委託契約を締結することによって,ACW事業の総合コンサルティング業務を継続的に受注した。
イ 担当室は,平成15年ころ,ACW事業に関し,PMCを活用して,旧日本軍が中国国内に遺棄した大量の化学兵器を発掘,回収し,最終的に廃棄処分にするための施設の基本設計等の総合コンサルティング業務及び施設の建設,運営等に係る調達,管理等を実施する総合管理業務を実施する事業主体として管理会社を設立する方針を立てた。そこで,PMCでは,ACW事業のプロジェクトマネージャーであり,PCIの取締役プロジェクトマネジメント事業部長でもあったPが中心となって,担当室との間で,管理会社設立に向けた交渉を進めたが,日揮が管理会社への参加を見送り,また,業務遂行に伴う殉爆等の経済的なリスクの負担等をめぐって交渉が難航したことなどから,平成16年1月ころから,Oが,PCIGの社長として,自ら担当室との交渉に乗り出した。その結果,交渉がまとまり,PCIGは,平成16年3月5日,担当室との間で,同社が100%出資して管理会社としてACWDCを設立した上,①同社がACW事業に関する総合管理業務を随意契約により内閣府から独占的に受注すること,②この業務遂行に伴う殉爆等の経済的なリスク等については,その一切を日本政府が負担すること,③この業務のうち,基本調査・基本設計を含む事業実施計画の立案等についての総合コンサルティング業務については,PMCに再委託することを内閣府が包括的に承認することなどを内容とする基本契約を締結した。これにより,平成16年度以降,ACW事業については,ACWDCが内閣府から総合管理業務を受託し,そのうち総合コンサルティング業務をPMCに再委託することになったが,上記基本契約は,国が必要な費用をすべて負担する一方,ACWDCは,一定の利益を確保される上,全くリスクを負わないという同社にとって極めて有利な内容の契約であり,PCIに向こう10年間にわたって,毎年約8億円の利益をもたらすものであった。
(3) 本件当時のPPMの経営状態
ア PPMは,設立以来,当初の目標であったPFI事業を受注することができず,また,受注した業務も,その事業が途中で頓挫したり,技術者がいないため,PCIやPCKKに再委託しなければならないなど,さしたる成果を上げることができず,その業績は芳しくなかった。
イ Oは,平成13年10月ころ,長男であるTの借金問題の解決を中野賀友に依頼するとともに,それと引換えに,同人が進めていた石垣島のホテル建設事業にPPMを関わらせることにした。このため,PPMでは,平成15年3月にPCIGから10億円を借り入れ,その一部を同ホテル建設工事請負代金等の支払に充てるなどし,さらに,同ホテルを売却して建設代金の回収を図ろうとしたが,本件当時,同ホテルの売却のめどは立っておらず,同ホテル経営の運転資金の捻出やPCIGに対する上記借入金の返済に苦慮していた。
ウ PPMは,上記の事情から,本件当時,資金残高が少なく,運転資金を確保する必要に迫られていた。また,PPMは,本件当時,業績が悪く,平成16年9月期の決算で6600万円以上の赤字が見込まれる状況にあったが,プロジェクト資金等を確保するため,銀行との間で,PCIG,PCKK,PCI及びPPMを融資先とする約30億円の融資枠設定契約の交渉を進めていたことから,赤字決算を回避する必要に迫られていた。
エ なお,PPMは,平成17年12月に,上記石垣島のホテルを子会社である運営会社ごと13億5000万円で売却し,その建設事業に費やした12億5000万円を回収することができた。
(4) 本件利益供与の状況
ア Oは,ACW事業に関し,担当室との基本契約の締結に貢献したことを理由として,PCIからPPMに利益を分配させ,PPMの運転資金を確保するとともに,PPMの赤字決算を回避しようと考え,平成16年3月ころ,被告人に対し,「自分のおかげで仕事が取れたのだから,その成功報酬をもらわないといけない。それで,ACWの仕事からPPMに3億円の利益を回してもらえないか。」などと要求した。被告人は,これを承諾して,Pに対し,Oの上記要求を伝えた。Pは,当初,この要求に従うことに難色を示していたが,同年4月ころ,これを承諾し,部下であったPCIのプロジェクトマネジメント事業部環境・エネルギー開発部長Q(以下「Q」という。)とともにPCIからPPMに利益を供与する具体的な方法の検討を行った。
イ Pは,ACW事業の業務の一部について,既に内定していた下請先とPCIとの間にPPMを介在させ,PCIからPPM,PPMから下請先に順次業務を請け負わせる形にして,PPMにこの業務の受注額と発注額の差額として3億円を与える方法を考えたが,PCIの利益率に及ぼす影響を考慮し,単年度で1億円の利益を3年間にわたって供与する方針を固めた。そして,Oは,同年6月ころ,この方針を了承した。
ウ そこで,Pは,Q及び部下のRに対し,PPMに発注した形にする業務を選定するように指示し,Q及びRは,同年8月中旬ころまでに,株式会社システムプランニングコーポレーション,株式会社アークエンジニアリング,有限会社牧野構造計画及び有限会社後藤構造設計事務所の4社を下請先とする業務を選び出した。しかし,Pは,ACW事業に関する内閣府との基本契約においては,ACWDCから業務委託を受けたPMCを構成するPCIが,更にその業務を再委託するには,内閣府の事前承認が必要とされており,単純にACW事業の業務の一部をPCIからPPMに業務委託することができなかったので,結局,発注の形態としては,PCIがPPMに対し技術者の派遣を委託し,PPMの指示に基づいて上記下請先4社がその保有する技術者をPCIに派遣する旨の人材派遣契約を仮装することとし,Oの指示を受けたPPMの取締役事業マネージメント部長S(以下「S」という。)と協力して,上記人材派遣契約を仮装するための契約関係書類を作成した。
エ Pらは,別紙5の番号1ないし4記載のとおり,同年9月10日から平成17年5月20日までの間に,前後4回にわたり,PPMに対する平成16年度分の業務委託料の名目で,PPMの差益金額合計9916万3840円を含む合計2億2157万1000円を,公訴事実記載の株式会社ユーエフジェイ銀行四谷三丁目支店に開設されたPCI名義の当座預金口座から,同じく株式会社東京三菱銀行青山支店に開設されたPPM名義の普通預金口座に振込入金した。
オ Pは,OがPPMを舞台に不正行為を行っているという内容の記事が雑誌に掲載されたため,いずれは本件利益供与も問題視されるのではないかと危惧し,また,後記のとおり,PCIが独立行政法人国際協力機構(以下「JICA」という。)から3回目の指名停止措置を受ける見込みが濃厚となり,その経営状況が極めて厳しくなったことから,平成17年6月中旬ころ,本件利益供与を取りやめることにし,その旨を被告人に伝えるとともに,Q及びSを通じて,Oに伝え,その了承を得た。そこで,Pは,平成17年度分の一部として既に業務発注の準備を進めていた分についてのみ利益供与を行うこととし,別紙5の番号5及び6記載のとおり,同年7月25日及び同年9月12日の前後2回にわたり,PPMに対する平成17年度分の業務委託料の一部の名目で,PPMの差益金額合計2193万0300円を含む合計4818万4500円を前記PCI名義の当座預金口座から前記PPM名義の普通預金口座に振込入金した。
カ PPMは,ACW事業に関して何らの業務も行わなかったが,本件利益供与により,平成16年9月期に約1億円の売上げと約4400万円の利益を計上した上,赤字決算を回避することができた。
(5) 本件当時のPCIの経営状態
ア PCIでは,平成15年以降,ODA予算の削減等をきっかけとして受注高が伸び悩み,平成14年9月期には240億4200万円あった受注高が,平成15年9月期には180億5400万円に,平成16年9月期には165億0100万円にまで落ち込み,これに伴って,経常利益も,平成14年9月期には13億5057万8000円あったのが,平成15年9月期には10億6286万9000円に,平成16年9月期には6億6369万4000円にまで落ち込んでいた。
イ このため,PCIでは,平成16年4月28日開催の取締役会において,担当役員から,平成16年9月期の業績見通しとして,例年にも増して受注の遅延や失注による出来高の減少,営業費の増加,稼働率の低下と間接費の増加傾向が続き,利益目標値からマイナス方向に差が開く傾向になっているとの報告がなされ,経営者の姿勢を明確に示すため,同年5月から9月までの5か月間の役員報酬を10%減額することが決議された。
ウ さらに,PCIでは,JICAから受注していた業務について不正請求が発覚したため,平成16年9月に,JICAから2か月間の指名停止措置を受け,その後も次々と不正請求が発覚して,同年12月に6か月間,平成17年6月に9か月間のそれぞれ指名停止措置を受けた。このため,PCIの経営不振に拍車がかかり,その受注高は,平成17年9月期が90億0200万円に,平成18年9月期が90億4600万円へと急激に落ち込み,経常利益は,平成17年9月期こそ6億1576万4000円と前期と同程度の水準を確保できたものの,平成18年9月期は2億4986万5000円にまで落ち込んだ。
エ 他方,PCIの税引前利益は,平成14年9月期が7億0572万9000円,平成15年9月期が5億3154万6000円,平成16年9月期が7億4050万1000円,平成17年9月期が6億1966万3000円と推移していた。なお,PCIの税引前利益は,受注高や経常利益の減少傾向と一致しないが,これは,特別損失に計上していた退職給付会計基準変更時差異償却額が,平成15年9月期で償却を終えたため,平成16年9月期以降,特別損失に計上する必要がなくなったことに加え,経営悪化を受け,平成16年9月期には退職慰労引当金の一部を取り崩して約8000万円を戻し入れ,平成17年9月期には業務補償引当金を取り崩して3000万円を戻し入れ,それぞれ特別利益として計上したことなどによるものである。
2 任務違背の有無について
そこで,以上の事実関係を前提にして,被告人らが本件利益供与を行ったことが,PCIの取締役としての任務に違背するか否かを検討する。
まず,PCIとPPMとは,直接の資本関係がなかったものの,いずれも純粋持株会社であるPCIGを親会社としており,その傘下の事業会社としてパシコングループという企業グループを形成していた。PPMは,設立当初の目標であったPFI事業を受注することができず,また,受注した業務も途中で頓挫するなど,さしたる成果を上げることができないでいたものの,全く実体のない事業に関わっていたわけではない。例えば,石垣島のホテル建設事業についても,長男の借金問題を解決するというOの個人的な理由からPPMが同事業に関わることになったという経緯はあるものの,事業としての実体が全くないものではなく,最終的にはホテルの売却にまでこぎ着けており(この過程で,PPMから趣旨の不明な金員が支出されているという事実はある。),少なくとも同事業によりPPMが損失を被ったことを窺わせる証拠は見当たらない。ODA予算の削減に伴うODA関連のコンサルティング事業の縮小傾向から,PPMは,PCKK及びPCIと並ぶパシコングループの中核企業となることが期待されていたのであるから,PPMが経営不振であるからといって,直ちに同社を整理することなく,企業として育成しようとすることは,同グループの経営判断として,一定の合理性をもったものというべきである。他方,PPMの経営状態が悪化すれば,パシコングループ全体の信用問題に発展するおそれもあり,ひいてはPCIの経営に悪影響を及ぼすことも十分に考えられるところである。
さらに,PPMに対する経営支援の必要性を具体的に検討すると,本件当時のPPMの経営状態は,前記1(3)で認定したとおりであり,平成16年9月期の赤字決算が見込まれるなどその経営状態は芳しくなく,赤字決算を回避できなければ,金融機関からの事業資金の借入れができずに,事業の継続もままならなくなるような状況であった。したがって,PPMを指導し育成すべきPCIGとしては,PPMの経営を支援する必要性は極めて高かったというべきであるが,PCIGが純粋持株会社であることから,直接的な事業支援ができないため,グループ内の事業会社であるPCIに対し,PPMを支援するように指示することも,グループ企業の親会社として当然許されることである。他方,PCIとしても,PCIGの要請により,PPMの経営を支援する必要性も認められるところである。
次に,本件利益供与がPCIの経営状態に及ぼす影響をみると,PCIは,前記1(5)で認定したとおり,平成15年以降,ODA予算の削減等により受注高が伸び悩み,平成16年9月期の経常利益が前期に比べ40%近く落ち込むなど,経営状態が悪化傾向にあったことは確かであり,被告人が本件利益供与の経営に対する影響を検討した形跡はない。しかしながら,Pらは,前記1(4)イで認定したとおり,本件利益供与を行うに当たって,PCIの利益率が下がりすぎないように検討した上で,PPMに供与する金額を決定していた。実際,PCIは,PPMに対し,平成16年9月期に,3797万1125円の利益供与を行ったが(別紙5の番号1),それでも6億6369万4000円の経常利益を計上した上,退職慰労引当金の一部を取り崩して約8000万円を戻し入れたとはいえ,7億4050万1000円の税引前利益を確保し,また,平成17年9月期には,合計8312万3015円の利益供与を行ったが(別紙5の番号2ないし6),6億1576万4000円という前期と同水準の経常利益を計上した上,業務補償引当金を取り崩して3000万円を戻し入れたとはいえ,6億1966万3000円の税引前利益を確保していた。このように,PCIは,本件利益供与を行ったことにより,赤字決算に陥るとか,いわんや倒産の危機に瀕するといった状況にはなかった。他方,Pが平成17年の途中で本件利益供与を取りやめたのは,前記1(4)オで認定したとおり,雑誌記事やJICAの指名停止措置の影響によるものであって,実際,平成17年9月期以降,PCIの経営状態が急激に悪化したのは,JICAの指名停止措置が長期間に及んだことによるところが大きく,本件利益供与がPCIの経営状態の悪化を招いたわけではない。さらに,前記1(2)イで認定したとおり,PCIは,ACW事業について極めて有利な条件で契約を締結することができたため,平成16年度以降,同事業により,毎年確実に一定の利益を確保できることが見込まれた。そうすると,PCIは,その業績が悪化の傾向にあり,役員報酬を10%減額するなど,その対応に追われていた事情はあるものの,本件利益供与の期間を通じて,前記のような経営状態にあったPPMに対し,本件利益供与を行うだけの財務的な余力は有していたと認められる。
なお,本件利益供与は,仮装の人材派遣契約という形で行われているが,PPMの赤字決算を回避するためには,貸付けや贈与等の単なる資金提供では足りず,PPMに売上げを計上する必要があったのであるから,PPMの経営を支援するための手段として許容されるものというべきであり,そのこと自体は,PCIの利益を何ら害するものではなく,このことをもってPCIの取締役としての任務に違背したということはできない。また,本件利益供与は,PPMの財務状況を実際より良いかのように対外的に装うものとして,その相当性が問題となるが,前記の事情の下では,グループ企業間における利益調整として許容し得る範囲内のものというべきである。
以上のとおり,PCIとしては,PPMの経営を支援するため本件利益供与を行う必要性が高く,他方,本件利益供与がPCIの経営状態に及ぼす影響は必ずしも大きくなく,これを行い得るだけの財務的な余力が存していたのであるから,本件利益供与は,経営判断として合理性を有するものであったというべきである。
加えて,本件においては,本件利益供与が,PCIの完全親会社であるPCIGの代表取締役であるOの指示により行われたという点も,考慮に入れる必要がある。すなわち,通常の親会社と子会社の関係において,子会社が親会社の指示によりグループ内の他の子会社を経済的に支援する場合には,子会社の少数株主の利益を害しないよう配慮することが必要であるが,親会社が子会社の全株式を保有している場合には,そのような配慮は不要である(検察官は,取締役の第三者に対する責任(旧商法266条の3)を根拠に,そのような場合でも,取締役の行為が債権者の利益を害する場合には,任務違背になると主張するが,このような債権者の利益は,会社との委任契約に基づく信任関係の保護を目的とする取締役の特別背任罪において,任務違背の有無を判断するに当たって,原則として考慮の対象とならないと解すべきである。)。したがって,子会社の取締役が完全親会社の指示に従って,他の子会社を経済的に支援することは,原則として,会社に対する信任関係に反するものではないから,親会社の指示が著しく不合理な場合を除き,任務違背に当たることはないというべきである(むしろ,親会社の取締役が,健全な子会社の犠牲において,赤字に陥った他の子会社を支援するよう指示したことが,親会社に対する任務違背行為となることはあり得る。)。
このような観点からしても,Oの指示が著しく不合理なものといえないことは,前述のとおりであるから,これに従った被告人の行為が,本件利益供与の期間中にPCIの経営状態が悪化したとはいえ,その取締役としての任務に違背するといえないことは明らかである。
3 検察官の主張に対する判断
これに対し,検察官は,①PPMは,ACW事業に関し,何らの業務も行っておらず,本件利益供与は,PCIからPPMに対し,一切の反対給付なく利益を供与するという,PCIにとって一方的に不利益なものであること,②PCIは,本件当時,経営状態の悪化が顕著で,PPMに対する多額の利益供与を行うような状況にはなく,また,PPMに対する支援が必要であるとしても,PCIから支払われる多額の経営指導料等の中から,PCIG自体がPPMに対して行うべきであって,ACW事業に関し,PCIがPPMに対して利益を供与すべき特段の必要性もなかったのであり,PCIのACW事業による利益の一部を社外に流出させ,更にその経営状況を悪化させるという経営判断を行うことを正当化する合理的な理由はないこと,③PCIにおいては,その取締役会規程により,PCIが1000万円以上の投融資をする場合には,取締役会決議が必要とされているところ,一切の反対給付を伴わずにPCIからPPMに対して多額の資金を移動させる本件利益供与は,無償である点において,投融資に比較して,PCIが被る不利益がより大きいのであるから,PCIの会社組織内部において,PCIからPPMに対して本件利益供与を行う必要性があるのか,また,利益供与の方法に妥当性が認められるのかなどの点について慎重に調査,検討を行うなどの手続を経ることが必要不可欠であり,当然,取締役会決議が必要になると解すべきであるが,被告人は,PCIからPPMに対して本件利益供与を行う必要性等について何ら調査,検討をせず,PCIの取締役会に諮っていないこと,④PCIからPCIGに対する経営指導料の支払に当たっては,PCIGにおける取締役会決議,PCIGとPCIとの間の経営協議会を経て,PCIGがPCIに対し,その支払を請求し,これを受けて,PCIの取締役会において,その支払の承認決議をするという手続が採られるべきところ,本件利益供与は,Oが,PCIGの取締役会に諮ることもなく,独断で被告人に対し要求してきたものであることなどの事情を指摘して,本件利益供与は,被告人のPCIの取締役としての任務に違背すると主張する。
しかしながら,①については,PCIとPPMとは,PCIG傘下のグループ企業であり,PCIGが掲げるグループ業績優先の原則に則り,グループ全体の利益のために,PCIがPPMの経営を無償で支援することは,経営判断として許容される範囲内にあるというべきである。このことは,金融機関が,貸付先の企業の経営再建に協力するため,債権を放棄することも,場合によっては許されていることに照らしても明らかである。したがって,本件利益供与が一切の反対給付を伴わないということは,本件利益供与の任務違背性を判断する上で,必ずしも重要な要素ではないというべきである。②については,本件当時,PPMは,赤字決算となれば,事業資金の借入れができずに,事業の継続もままならなくなるような状況にあったのであり,赤字決算の回避の必要性が高かったといえる。他方,PCIGは,純粋持株会社であり,事業を行っていなかったのであるから,自らPPMを支援することはできず(単なる融資では,事業資金は確保できるものの,赤字決算を回避することはできない。),パシコングループの事業会社にこれを行わせるしかなかったのである。そして,このような差し迫った状況下において,PCIの経営状態がPPMの経営を支援するだけの余力がないほど悪化していたと認められないことは,前述のとおりである。③については,本件利益供与を仮装の人材派遣契約という形で行ったことが,PCIの取締役としての任務に違背しないことは,前述のとおりであり,そうであれば,PPMに対する業務発注が,PCIの権限規程上,事業部長であるPの決裁で足りることになっている以上,本件利益供与を行うことについて,PCIの取締役会決議は不要と解すべきである。また,無償の利益供与という事柄の実質に着目して,PCIの取締役会の決議を経るのが相当であるとしても,これを経たかどうかという形式的な手続違背の点は,任務違背に当たるかどうかを判断する上での徴表となるにとどまり,任務違背に当たるかどうかは,あくまでも行為の実質に即して判断すべきものである(被告人が本件利益供与の必要性等について検討を行っていない点についても,同様である。)。そして,本件利益供与が実質的にみて任務違背に当たらないことは,既にみたとおりである。④についても,③と同様,PCIGの取締役会決議が必要になると解する根拠はなく,失当である。
その他,検察官は,本件利益供与が被告人のPCIの取締役としての任務に違背する旨るる主張するが,いずれも理由がなく,採用することができない。
4 結論
以上のとおり,本件利益供与は,被告人のPCIの取締役としての任務に違背するとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,被告人に特別背任罪は成立しない。よって,本件公訴事実中,商法違反の点については,犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑・懲役2年6月)
(裁判長裁判官 朝山芳史 裁判官 中島真一郎 裁判官 日野進司)
〈以下省略〉
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