判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(97)平成28年 2月23日 東京地裁 平27(ワ)8667号 名誉毀損等損害賠償請求事件
判例リスト「完全成果報酬|完全成功報酬 営業代行会社」(97)平成28年 2月23日 東京地裁 平27(ワ)8667号 名誉毀損等損害賠償請求事件
裁判年月日 平成28年 2月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)8667号
事件名 名誉毀損等損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA02238017
要旨
◆原告とa社と被告との3社間で、再生因子を使った再生医療に関する商品の製造及び販売を行うことを目的とする業務提携契約を締結していたところ、被告が原告との業務提携契約を解除する旨通知し、これに対し、原告が、被告の解除に理由はなく、それにも係わらず同通知をするのであれば、原告は、業務提携契約に基づき、a社と2社で事業を継続する旨の回答をし、これを受けて、被告が本件記事を被告のホームページ上に掲載して公表したことにより、名誉を毀損されたとして、原告が被告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案において、本件各記事は、原告の社会的な評価を低下させるものである一方、その一部は、被告の立場から見解を述べたもので、違法性は阻却される一方、原告の社会的評価を低下させて打撃を与える意図がうかがえる部分については、対抗言論の域を超えているから、原告に対する不法行為が成立するとして、原告の請求の一部のみ認容した事例
参照条文
民法709条
裁判年月日 平成28年 2月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平27(ワ)8667号
事件名 名誉毀損等損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2016WLJPCA02238017
東京都港区〈以下省略〉
原告 株式会社X
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 森川文人
東京都世田谷区〈以下省略〉
被告 株式会社Y
同代表者代表取締役 B
同訴訟代理人弁護士 篠原一廣
主文
1 被告は,被告のホームページ上の記事(http://〈省略〉)のうち別紙1記載の④⑤の記事を削除せよ。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを12分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成27年2月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,被告のホームページ上の記事(http://〈省略〉)のうち別紙1記載のものを削除せよ。
第2 事案の概要
本件は,原告と訴外株式会社a(以下「a社」という。)と被告との3社間で,再生因子を使った再生医療に関する商品の製造及び販売を行うことを目的とする業務提携契約を締結していたところ,被告が原告との業務提携契約を解除する旨通知し,これに対し,原告が,被告の解除に理由はなく,それにも係わらず同通知をするのであれば,原告は,業務提携契約に基づき,a社と2社で事業を継続する旨の回答をし,これを受けて,被告が別紙1記載の記事を被告のホームページ上に掲載して公表したことにより,名誉を毀損されたとして,原告が被告に対し,不法行為に基づく損害賠償金1100万円及びこれに対する不法行為の日である平成27年2月10日(最終の記事掲載日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,併せて,人格権に基づき,名誉を回復するための措置として,別紙1記載の記事の削除を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いがない事実及び弁論の全趣旨により容易に認めることが出来る事実等)
(1) 原告は,金融市場・経済に関する調査,研究及びその情報の提供,販売等の事業を営む会社及びこれに相当する事業を営む外国株式会社の株式を保有することにより,当該会社の事業活動を支配・管理すること等を目的とする株式会社である。
被告は,特許権,著作権,著作隣接権,意匠権,工業所有権の取得及びその管理,運用,医療業務及び美容に関するコンサルティング業務並びに医療品原料及び化粧品原料の販売及び輸出入等を目的とする株式会社である。
a社は,特許権,著作権,著作隣接権,意匠権,商標権,その他知的財産権の保有,維持,管理及びライセンス等を業とする株式会社である。
(2) 被告は,平成24年5月31日付でa社との間で,下記の内容の基本合意書(甲2,以下「基本合意書」といい,条文中に「本合意書」と示す。)を締結した。
記
被告とa社とは,a社が被告から,被告が国立大学法人b大学大学院医学系研究科教授であるC(以下「C教授」という。)から譲り受けた本特許を受ける権利(第1条に定義する。)について専用実施権(本特許権の登録前においては,本特許を受ける権利の仮専用実施権をいう。以下同じ。)の設定を受け,これをサブライセンスするなどの事業を行うことを企図していることから,かかる被告・a社間の取引関係に関する基本事項を定めるため,以下のとおり,基本合意書を締結する。
第1条(目的)
a社は,被告から,被告がC教授から譲り受けた下記の本特許を受ける権利についての(仮)専用実施権(全ての地域,及び全ての態様の実施行為を対象とし,設定期間は平成24年12月1日から20年間とする。)の設定を受け,国内外の製薬会社や医療法人やクリニック等に本特許を受ける権利(本特許を受ける権利が事後特許権となった場合には,当該特許権を含む。以下当該特許権を「本特許権」といい,本特許を受ける権利と本特許権の総称を「本特許権等」という。)をサブライセンスするなどの事業を行うことを企図している。本合意書は,かかる被告・a社間で行われる本特許を受ける権利についての(仮)専用実施権設定に関する基本事項を明らかにすることを目的とする。
記
本特許を受ける権利とは,主としてヒトの歯髄,骨髄,臍帯,又は脂肪から抽出される幹細胞に一定の種類の遺伝子を導入して作成された不死化幹細胞の製造,及び,こうした幹細胞から得られる成長因子を利用した医療その他の利用行為に関する全ての発明に係る特許を受ける権利を意味し,本合意書締結時点における対象は『特許出願番号「特願2012-073594」,発明の名称「不死化細胞及びその産生物を有効成分とする医薬組成物並びに医薬製剤」』記載のとおりであるが,今後の特許出願の進捗に応じて適宜付加,修正されるものとする。
第2条(本契約の締結)
被告及びa社は,本合意書の締結後速やかに協議を行い,本特許を受ける権利に関する本契約を締結するものとする。本契約においては,少なくとも,本合意書第3条乃至第5条に規定する内容の規定を設けるものとする。
第3条(被告のa社に対する本特許を受ける権利についての(仮)専用実施権設定)
1 被告は,前条の本契約の締結後直ちに,a社に対して,本特許を受ける権利についての(仮)専用実施権(全ての地域,及び全ての態様の実施行為を対象とし,設定期間は平成24年12月1日から20年間とする。)を設定する。ただし,PCT出願の希望するエリアの決定期限を平成24年10月末とし,出願するエリアと出願費用についてはa社の負担とする。
2 被告は,前項の本特許を受ける権利についての(仮)専用実施権設定に伴い,かかる設定の登録を行うことを約し,かかる(仮)専用実施権設定の効力を有効に発生させ,かつ,かかる(仮)専用実施権設定を第三者に対抗するために必要となる一切の手続を履践するものとする。
3 本特許を受けるに当たり開発研究に必要な環境,条件については別紙(略)に定めた内容を具体的な計画をもって本契約に記載するものとする。
第4条(対価)
1 a社は,被告に対し,前条に定める本特許を受ける権利についての(仮)専用実施権設定にかかる対価として,契約金として金10,000万円を支払うことを約束する。
2 成功報酬として別途特許取得が確定した際に金10,000万円を支払うことを約束する。
3 a社は,被告に対し,前項の金員を以下のとおり分割して支払う。
金1000万円については,平成24年5月末日
金2000万円については,平成24年6月末日
金4000万円については,平成24年7月末日
金3000万円については,平成24年9月末日
4 サブライセンス契約に対する契約金及びロイヤリティーの分配についてはa社75%,被告25%とし,サブライセンスを付与する契約先については被告とa社協議の上で決定する。
(3) 原告とa社と被告(以下「3社」と総称する。)は,平成25年12月20日付で下記のとおり,本特許権等に関する業務提携契約(甲3,以下「本件業務提携契約」という。)を締結した。
第1条(目的)
1 本契約は,3社が,相互協力のもとで,再生因子を使った再生医療に関する商品(以下「本件商品」という)の製造及び販売を行うことを目的とする。
2 本件商品は,3社協議のうえで,追加または変更することができるものとする。
第2条(提携業務の内容)
1 本件事業を遂行するにあたり,被告は次に掲げる業務を行うものとする。
① 本件商品に関する特許権の取得および管理
② 本件商品の製造および原告への引渡
なお,被告はa社および原告の事前の承諾のもとで,本件商品の製造について第三者に委託することができるものとする。
2 本件事業を遂行するにあたり,a社は次に掲げる業務を行うものとする。
① 本件商品の関連特許権に関する専用実施権の取得および保持
② 本件商品を販売するのに必要な情報の原告への提供
3 本件事業を遂行するにあたり,原告は次に掲げる業務を一括して行うものとする。
① 本件商品の顧客との販売契約の締結
② 本件商品の顧客への引渡及び販売代金の受領
③ 本件商品の製造に関する設備および機器の購入を含む資金協力
4 その他,本件事業を遂行するにあたり必要な業務の役割分担については,3社別途協議のうえで決定するものとする。また,上記業務に変更の必要が生じた場合には,3社別途協議のうえでその変更を決定することができるものとする。
第3条(業務の報酬及び支払条件)
1 原告は,本件事業のセットアップに要する費用として,金30,000,000円(消費税及び地方消費税相当額を含まない。)を平成26年1月15日までにa社宛に支払うものとする。
2 原告は,a社に対し,本契約の存続期間中,毎月末日の5営業日後までに当月分の売上の報告を行い,専用実施権の利用の対価を支払うものとする。なお,当該対価の額,支払期日,支払方法等については,原告a社協議のうえで別途定めるものとする。
第6条(販売価格その他の販売条件)
本件商品の顧客へ販売価格その他の販売条件については,3社協議のうえで別途定めるものとする。
第7条(本件商品の原告被告間の引渡条件)
本件商品の被告から原告への引渡に関し,その引渡方法,売買価格,代金の支払方法その他の条件については,3社協議のうえで別途定めるものとする。
第13条(契約の解除)
1 被告,a社または原告が次の各号の何れかに該当したときは,他の当事者は,何らの催告をすることなく本契約の全部または一部を直ちに解除できるものとする。
① 本契約の各条項に違反し,相手方による履行催告後30日を経過しても違反事項を是正しないとき。(以下略)
第16条(事業継続の権利)
被告,a社または原告が,本件事業を継続できない虞が生じた場合,または継続を中止する決定を行った場合には,第2条の定めに拘わらず,他の当事者は独自に本件商品の製造・販売を行い,当該事業を継続できるものとする。
第17条(有効期間)
本契約の有効期間は,本契約締結の日から,5年間とする。但し,本契約の当事者の一方(本条において「解除当事者」という。)は,合理的な理由がある場合,本契約の相手方当事者(本条において「相手方」という。)に対して3ヵ月前までに書面による通知を行うことにより,何時にても本契約を解除することができるものとする。(以下略)
(4) 被告は,平成26年12月8日から平成27年2月10日にかけて,被告のホームページ上に以下の表現を含む別紙2から6の各記事を掲載した(原告が削除を求める別紙1の①から⑤のタイトル記事であり,以下,これらを合わせて「本件各記事」とする。)。(甲6の1から5,争いのない事実)
ア 平成26年12月8日の『「株式会社Xとの業務提携の解消に関する注意喚起」についてのお知らせ』とのタイトル記事(本件記事1)
「平成26年12月4日付のIR情報「株式会社Yからの業務提携契約の解除通知による業務提携内容の一部変更に関するお知らせ」に関しまして,事実に反する内容が含まれております」「従いまして,X社において弊社の特許及び技術を用いて,弊社と関係なく再生因子の製造又は販売を行うことはできませんので,ご注意頂ければと存じます。」「X社が弊社との事前合意/許諾もなく,弊社保有の特許に関するサブライセンスを第三者に行う旨や新製品の中国での販売を開始する旨を無断で告知するなど,投資家に対して誤った情報を開示する著しく不当な行為がございました。」
イ 平成27年1月7日の『「株式会社Xによる平成26年12月26日付けのIR情報に関する注意喚起」のお知らせ』とのタイトル記事(本件記事2)
「弊社と致しましては,X社に対しては,弊社より改めて事実誤認を誘導する内容のIR情報の訂正を求めて行く予定であります。」「皆様方に於かれましては,X社と弊社及び弊社関連会社は何ら関係を有しておらず,現在及び将来に亘って,X社に対して弊社保有の再生因子に関連する特許権のライセンス付与を行う予定は一切ありませんので,その旨ご理解いただき,誤解なきよう御注意頂ければと存じます。」
ウ 平成27年1月31日の『「株式会社aとの基本合意書の解除」に関するお知らせ』とのタイトル記事(本件記事3)
「a社社若しくはX社又はその他の第三者において,弊社の保有する関連特許等を侵害する行為等を行い,又はこれを行うおそれがある場合,弊社は,顧問弁護士等に相談のうえ,然るべき措置を講じていく所存でございます。」「事実に反する内容が含まれていること」「同年12月26日付けで事実に反する内容を上塗りするIR情報がX社より開示されてしまった」「あたかも再生因子に関する特許に係るサブライセンスがX社に付与されているかのような事実誤認」「X社の不適切な行為を助長するかのような曖昧な協議」「X社による事実に反するIR情報の開示がなされる事態」
エ 平成27年1月31日の『「再生因子ビジネスに係る株式会社Xによる事実に反するIR情報に対する措置」についてのお知らせ』とのタイトル記事(本件記事4)
「X社による虚偽内容のIR情報の開示が引き続き行われ,弊社が推進しております再生因子ビジネス及びこれに関与されている方々に対する甚大な影響が生じることが懸念されることから,弊社は,平成27年1月14日,証券取引等監視委員会に対し,同日付け上申書を提出し,X社による虚偽内容によるIR情報の開示に係る調査及び適切な措置を求める旨の同日付け上申書を提出するとともに,東京証券取引所に対しても同書面の写しを提出致しました。」
オ 平成27年2月10日の『「株式会社Xの平成27年2月9日付けIR情報による事実誤認の防止に係る注意喚起」のお知らせ』とのタイトル記事(本件記事5)
「弊社は,a社の債務不履行により平成26年12月29日付けで基本合意書を解除しておりますので,a社社に対して(仮)専用実施権を設定する義務はなく,かつ,a社社においてX社に対してサブライセンスを行う権限は一切ございません。」「いずれに致しましても,弊社がX社に対してサブライセンス付与することに反対している以上,X社がa社よりサブライセンスの付与を受けることはできません。また,将来的に,弊社がX社に対するライセンス付与を行うことは一切ございません。」「そもそも,弊社とa社との関係について,X社において独自の主張を展開して介入してくる法的関係はなく,X社よりかかる主張をされる云われはございません。それにもかかわらず,X社はa社を傀儡として,自らに都合の良い解釈論を展開したa社名義の書面を弊社に繰り返し送りつけてきております。」「X社によるかかる執拗な対応や虚偽のIR情報の開示,その後のX社の株価動向等に鑑みますと,X社による不正行為の疑念を抱かざるを得ません。皆様方におきましては,X社によるIR情報に惑わされることなく,適切な判断をしていただきたく存じます。」
(5) 他方,原告は,IR情報として,別紙7から10を開示している(乙1,乙5の1ないし3)。
2 争点
(1) 被告の本件各記事の公表行為によって,原告の社会的評価が低下したか。
(2) 被告の(1)の行為について,違法性が阻却されるか。
(3) 原告の損害と名誉回復措置の必要性
3 争点(1)(被告の公表行為によって,原告の社会的評価が低下したか。)
(1) 原告の主張
ア 本件各記事は,一般のウェブ閲覧者をして,あたかも原告が再生因子にかかる特許に関して販売等を行う権利を有していない,すなわち特許権を侵害しているにもかかわらず投資家を惑わすような虚偽の事実を開示し,証券取引等監視委員会からも監視がなされるような立場にあるとの印象を与えるものであり,原告の社会的評価を低下させる印象を与えるものであるから,原告に対する名誉毀損が成立する。
原告は,平成25年12月20日にIR情報で「新たな事業の開始及び株式会社Y及び株式会社aとの業務提携契約の締結に関するお知らせ」により,「再生因子を使った再生医療」に関する商品の製造,販売及び医療の提供を原告の中長期的な中核事業に育成する計画であることを表明していた。
このように医療関連事業を中心として事業を展開し,再生医療に関する事業を国際的にもさらに拡大させようという矢先に,被告から,全く根拠なく本件業務提携契約を解除するなどと主張されたうえ,そのような解除が有効であることを前提に,あたかも原告が本特許の実施権に関し虚偽の主張をし,証券取引等監視委員会からも監視がなされるような立場にあるとの印象を与える本件記事の原告の業務に与える影響は深刻である。
イ 本件記事1は,あたかも,原告,被告間の業務提携が有効に解消され,原告が「被告と関係なく再生因子の製造又は販売を行うことはでき」ないとの誤解を与えるものである。また,原告が「誤った情報」を開示し再生因子に関する被告保有の特許を権限なく使用しようとしているとの誤解を与え,企業としての社会的評価を低下させるものである。なお「弊社保有の特許」と記載されているが,正確には特許出願中である。
ウ 本件記事2は,原告が「事実誤認」のIR情報を提供しており,被告保有の再生因子の特許権のライセンスがないにも拘わらず事業を行おうとしている企業であるとの誤解を与え,社会的評価を低下させるものである。
エ 本件記事3は,原告が法的に違反行為を行い,虚偽の情報,つまり再生因子に関する特許に係るサブライセンスがX社に付与されるかのような事実誤認を与えている企業であるとの誤解を招くものであり,同じく社会的評価を低下させるものである。
オ 本件記事4は,原告が「虚偽内容のIR情報」を開示している企業であり,証券取引等監視委員会から監視対象とされるべき悪質な企業との誤解を与えるものであり社会的評価を低下させることは明らかである。
カ 本件記事5は,原告において被告保有の特許のサブライセンスを行う権限がないにも拘わらず,a社を「傀儡」とし,「執拗な対応」を繰り返し,「虚偽のIR情報」を開示し続けている企業との誤解を与えるものであり,社会的評価を低下させるものである。
キ なお,被告は,本件記事の公表によって,原告の株価変動に大きな影響がないと主張して,社会的評価の低下がないとする。しかし,株価は様々な要素によって変動するものであり,その変動が社会的評価の最も有力な基準となり得ることはない。ある記事の記載が人の社会的評価を低下させるものであるかどうかは,一般読者の普通の注意と読み方を基準に判断すべきであることは上記アのとおりである。
(2) 被告の主張
ア 本件各記事の主な内容は,①被告が原告との本件業務委託契約を解除したこと(本件記事1),②原告においてa社とも合意に至っていない事項(真実ではない虚偽の事項)をIR情報として開示したこと(本件記事2),③被告がa社との基本合意書を解除したことにより,被告の保有する再生因子に係る特許につきa社及びa社と業務提携している原告が何らの権限も有していないこと(本件記事3),また,仮に被告とa社との間の基本合意書が存続していたとしても,被告が原告に対するサブライセンスを拒否している以上,原告において被告の再生因子に係る特許に何らかの権限を取得することはないこと(本件記事5),並びに,④被告が平成27年1月14日に証券取引等監視委員会に対し,同日付上申書を提出したこと(本件記事4及び5)であるが,これらの事実を告知することは,そもそも名誉毀損行為に該当しない。
イ まず①から④の事実については,業務上の提携又は業務上の提携の解消に係る事実として,原告において適時開示しなければならない事実(真実と異なる点があれば訂正開示しなければならない。)であり,これらを公知させること自体は,何ら名誉侵害行為としての性質を有するものではなく,本来的には原告において開示しなければならない事実である。
また,①,②及び④の事実は,真実として被告が実際に行った事実を告知したに過ぎないものであり,何ら虚偽の事実を内容とするものではない。さらに,原告の①及び③に係る主張は,解除の効力を争い,また,原告が当事者ではない被告とa社との間の基本合意書の法的効力及びその内容の解釈を争うというものに過ぎず,被告において原告独自の解釈に反する内容の告知をしたとしても,原告の社会的評価を低下させる性質のものではなく,名誉毀損を構成しうるものではない。
ウ 本件記事により,原告の名誉が毀損したというためには,原告の客観的な社会的評価が毀損されたと認められることが必要となるが,原告は,ジャスダック証券取引所に上場している株式会社であり,社会から受ける客観的な評価については,株価として直接的に反映されるところ,本件各記事の公表と株価動向は以下のとおりである。
(ア) 本件記事1
被告が原告との本件業務提携契約を解除したことが公になったのは,原告自身が平成26年12月4日付IR情報により告知したことによるものであり,被告の同月8日付のホームページ上での告知は,原告による同月4日付IR情報を受けて後から行ったものにすぎない。被告は,原告の開示したIR情報に係る内容を訂正する旨のアナウンスを行ったに過ぎない。
原告の株価変動をみると,まず,原告が平成26年12月4日付IR情報として「被告が原告に本件業務提携契約の解除通知を送付したこと」を掲載したことにより,翌5日の原告の株価(始値)は255円であり,前日4日の終値319円から64円も急落している。原告は,自らの平成26年12月4日付IR情報によって自己の社会的評価を下げた。
これに対し,被告がホームページ上において原告との本件業務提携契約の解除を告知した同月8日(本件記事1)の翌9日の株価(始値)は265円であり,前日の終値263円よりも2円上げている。被告による同月8日の告知(本件記事1)は,原告の株価を下げる要因とはなっていない。
(イ) 本件記事2
原告においてa社とも合意に至っていない事項(真実ではない虚偽の事項)をIR情報として開示したことについての被告による平成27年1月7日付告知(本件記事2)の翌日8日の原告の株価は,始値316円であり,前日7日の終値309円よりも7円上げて取引が開始しており,8日の終値は325円であった。本件記事2により原告の株価は下がっておらず,これによる原告の社会的評価の低下はない。
(ウ) 本件記事3
被告がa社との基本合意書を解除したことにより,被告の保有する再生因子に係る特許につきa社及びa社と業務提携をしている原告が何らの権限も有していないことについての被告による平成27年1月31日付告知(本件記事3)の翌取引日である2月2日の原告の株価は,前取引日である1月30日の終値342円より16円下げた始値326円で取引を開始したが,その日の高値は343円となり,終値336円で取引終了しており,通常の株価変動の範囲内である。また,その直近の株価推移を見ると,1月28日に始値314円であったが,32円も値上がりした終値346円で取引を終了し,その後2日の間,株価が上振れしていただけであることが明らかである。本件記事3の直近14取引日の平均株価は326円であり,2月2日の始値と同じである。すなわち,本件記事3の後も原告の株価は平均値で推移していたということであり,何ら原告の社会的評価の低下は生じていなかったことが明らかである。そして,翌3日の始値は342円であり,1日で1月30日の終値と同じ水準まで株価が戻っていることからも,原告の社会的評価が毀損していないことが裏付けられる。被告による平成27年1月31日付告知(本件記事4)も同様である。
また,被告による平成27年2月10日付告知(本件記事5)の翌取引日である同月12日の原告の株価(始値)は357円であり,前取引日である2月10日の終値341円より16円上げており,終値は395円まで上がっている。すなわち,本件記事5により原告の株価は下がっておらず,これによる原告の社会的評価の低下はない。
4 争点(2)(被告の公表行為について,違法性が阻却されるか。)
(1) 被告の主張
ア 被告が原告に対して,本件業務提携契約の解除通知を行った事実,a社との基本合意書の解除通知を行ったこと及び証券取引等監視委員会等に対して上申書を提出した事実は,全て真実である。
イ 本件業務提携契約において,原告にはOEM製品である本件商品の販売権限は与えられているものの,第三者との間において臨床研究を行う権限は与えられておらず,かつ,再生因子を製造することができるライセンスを被告より許諾されていない。
原告は,被告が出願している特許権に係る再生因子を使うことに限定されているわけではないと主張するが,再生因子とは動物(ヒトも含む)の幹細胞の培養上清のことを言うが,再生因子に係る特許については,①非ヒトのプライマリ幹細胞及び不死化幹細胞を用いた培養上清に係る特許,並びに,ヒトの不死化幹細胞を用いた培養上清に係る特許は,被告において保有しており,②ヒトのプライマリ幹細胞を用いた培養上清に係る特許は,b大学において保有されているから,これらのいずれも侵害せずに,再生因子を製造することはできない。b大学が②に関し,原告を含む第三者に対してライセンス付与を行った事実がないのは,被告において確認済みであり,したがって,原告は,自らライセンスを保有していないにもかかわらず,原告自ら再生因子に係る製造や第三者に対するサブライセンス付与等を行ない得るかのような虚偽のIR情報を行った事実に違いはない。
ウ また,被告は,被告とa社との間において基本合意書に基づく確定契約が締結されていなかったことから,仮専用実施権の登録を行っておらず,被告のa社に対する基本合意書解除の前後を通じて,これを登録した事実はない(基本合意書第2条,第3条1項)。
そのため,a社は,再生因子に係る特許につき法的に仮専用実施権を有しておらず(特許法第34条の4),そもそもa社において原告にサブライセンスを付与する権限を有していなかったのであり,現時点においても,仮に解除の効力に争いがあったとしても,それが未登録である以上,a社は仮専用実施権を有していないことに変わりはない。
よって,原告が被告とa社との間の基本合意書を根拠として再生因子に係る製造等に係るライセンスを有していると主張することはできない。
仮に,a社の仮専用実施権が未登録であるにもかかわらず,基本合意書に基づきa社が有効に再生因子の特許に係る仮専用実施権を有していると考え得る場合であったとしても,a社が第三者にサブライセンスを行うためには,被告の承諾を得なければならない(基本合意書第4条第4項,特許法第34条の2第4項)。すなわち,a社は,基本合意書及び特許法に基づき,被告の意思に反して,第三者たる原告に対してサブライセンスを付与することはできない。被告がa社に対して原告へのサブライセンスの付与を承諾した事実はなく,将来においても被告が原告へのサブライセンス付与を承諾する意思はない。
したがって,原告において,被告とa社との間の基本合意書を根拠として,被告の意思に反したIR情報の内容を正当化することはできない。
エ 本件記事は,被告の再生因子事業に関与している関係者において,原告が出した事実に反するIR情報を見て,原告の株価が上昇することを見込んで原告の株式を購入した者が多数おり,原告のIR情報に関するクレーム等が被告及び被告グループ会社に多数寄せられることとなり,被告が原告の虚偽IR情報に加担しているとして,被告及び被告グループ会社に対する損害賠償請求を示唆する者が現れ始めたことから,被告として適切に対処していることを示すために開示したものに過ぎない。
(2) 原告の主張
ア a社は,平成24年5月31日から同年9月5日にかけて,分割して基本合意書第4条1項に基づく1億円を支払った。そして,原告は,平成26年1月15日,a社に対し,本件業務提携契約第3条に従い,3000万円を支払った。
イ その後,本件商品に該当する商品を3社の協議により,a社から原告に対し販売を行うものとしたところ,原告は商品を受け取ったものの,a社が原告に対し開示をすることとしていた安全性テストに関する調査結果を開示しないため,その開示がなされるまで代金は留保することをa社・原告間で合意した。
ウ a社は本特許を受ける権利の仮専用実施権の代金を支払ったにもかかわらず,被告はa社に対し,仮専用実施権の設定すら行わないため,a社及び原告はその督促を行ってきた。
しかるに,被告は,平成26年11月19日付で突如,a社と原告間の合意を無視して,本件業務提携契約を第13条1号により解除する旨,仮にそれを争う場合には原告の同年4月4日付及び9月18日付IR情報を「虚偽の事実」と決めつけ,「合理的理由」に基づき第17条により解除する旨を通知してきた。
これに対し,原告は,被告の解除に理由がないこと,それにもかかわらずこのような通知を被告がすることは第16条の「本件事業を継続できない虞が生じた場合,または継続を中止する決定を行った場合」にあたるものと判断されるので,今後はa社と事業を継続する旨の通知を同年12月4日付で送付した。
被告が,a社から基本合意書に基づく契約金1億円を,またa社を通じて原告から,業務提携契約に基づく研究費用負担金を受領しながら,基本合意書に法的拘束力がないと主張することは信義則に反する背信的行為である。被告は,上記の契約金等を受領しながら,臨床研究の報告をa社に行わないまま,原告のa社に対する本件商品600万円以上の未払いがあるなどと主張して,原告に対し,本件業務提携契約の解除を通知したもので,その解除は無効であり,少なくとも同契約第16条に基づいて原告に上記再生因子を使った商品の製造又は販売の権限があることは明らかである。
エ 原告の同年4月4日付及び9月18日付IR情報は,4月4日付に関しては,「覚書」においては,「再生因子を使った再生医療」を事業の範囲としており,被告が出願している特許権にかかる再生因子を使うことに限定されているわけではないので,被告の合意は必要ないし,9月18日付IR情報は,化粧品分野の商品についてのものであり,被告の主張する「医療関連ビジネス」ではないが,被告とは合意の上で開示されているから,被告の解除の前提となる事実は存在しない。
そもそも,被告が主張する特許とは,現在も出願中のものを指すのであり,未だ効力が発生していない。そして,仮に出願審査が通ったとしても,将来認められうる特許の範囲は極めて限定的なものと予測されている。被告が取得していた再生因子に関する特許は「粘膜組織由来の繊維芽細胞,これを含有する組織改善材及びこれらの製造方法並びに利用方法」だけであり,「再生医療」に関するものではなかった。被告とb大学で網羅的に再生因子に関する特許が専有されているという状態にはなく,いずれにしろ原告が再生因子に関する何らかの特許を侵害した事実はない。
(3) 被告の反論
ア 原告の主張アのうち,a社が被告に8000万円を支払ったことは認め,同入金が基本合意書第4条1項に基づくことは争う。
基本合意書第2条後段の定めのとおり,本契約が締結されていない状況下においては,本契約締結にかかる「契約金」の支払義務は生じていない。また,本契約を締結していない以上,被告において仮専用実施権を設定する具体的義務を負担しておらず,かつ,任意にもこれを設定していないことからすれば,a社において仮専用実施権設定に係る対価の支払義務も負っていない。原告がa社に3000万円を支払ったことは不知。
イ 原告の主張イは否認。
ウ 同ウのうち,被告が原告に対し,平成26年11月19日付書面にて,本件業務提携契約を第13条1号または第17条により解除する旨通知したこと,これに対し,原告より,被告に対して同年12月4日付通知書が送付された事実は認め,その余は否認する。
エ 同エにつき,同記事記載の内容の告知は認め,その余は争う。
5 争点(3)(原告の損害と名誉回復措置の必要性)
(1) 原告の主張
ア 原告の被った損害を金銭に換算すれば,少なくとも1000万円は下らない。また,本件の弁護士費用は100万円が相当である。
イ 被告は,本訴提起時においても,本件各記事をホームページ及び被告のフェイスブック上に掲載しており,原告の被害が拡大してしまうので,原告は,人格権に基づき,削除を請求する。
(2) 被告の主張
争う。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)(被告の本件各記事の公表行為によって,原告の社会的評価が低下したか。)
(1) 本件各記事は,被告からの業務提携契約の解除通知を受けて,原告が,平成26年12月4日付IR情報にて,原告には債務不履行はなく,被告の解除は,相互協力にて事業継続できない意思表示と判断し,今後はa社と2社で事業を継続すること,3社で交わした業務提携契約には,契約当事者の一方が事業の継続を中止する意思表示をした場合にも,他の当事者は事業継続ができるという規定があり,a社が本件商品の関連特許権の専用実施権を保持しているので,2社での事業継続は可能と公表したのを受けて,①被告は,業務提携契約全体を解除したので,原告とa社の2社で業務を続行することはできないこと,②a社は,被告の承諾なくサブライセンスの付与を行うことはできず,被告が原告に対し再生因子に関する特許権のライセンス付与をする予定もないこと,さらに被告はa社との基本合意書を解除したので,a社は再生因子に関する特許について何ら権限を有しない,したがって原告のIR情報は,事実に反する内容が含まれていると指摘するものであるが,これにとどまらず,③原告が,虚偽内容のIR情報を開示しているので,被告において証券取引等監視委員会に対し,虚偽内容によるIR情報の開示に係る調査を求めており,被告は調査に協力する所存であること,④原告は,a社を傀儡として,自らに都合の良い解釈論を展開したa社名義の書面を繰り返し送りつけており,原告のかかる執拗な対応や虚偽のIR情報の開示,その後の原告の株価動向等に鑑みると,原告による不正行為の疑念を抱かざるを得ないとの被告の意見をも表明するものである。
本件各記事は,連続してみると,原告とa社及び被告の3社間において,被告がした本件事業提携契約の解除により,事業継続を巡る紛争が生じているという事実だけではなく,ホームページの一般の閲覧者に対し,原告は,再生因子に関する特許権のサブライセンスがないのに,これがあるかのような虚偽のIR情報を開示して,株価動向に影響を与えるような不正行為をし,証券取引等監視委員会の調査を受けるような会社であるとの印象を与えるものといえるもので,本件各記事は,原告の社会的な評価を低下させるものというべきである。
(2) なお,被告は,本件各記事の公表前後の原告の株価動向を主張して,原告には社会的評価の低下がないと主張し,たしかに乙2の1から3によれば,上記の時期の原告の株価は,おおむね被告が指摘する推移をたどっているが,株価は様々な要素によって変動するものであり,その変動が社会的評価の主たる基準になるものではないのは原告指摘のとおりであり,被告の主張は採用できない。
2 争点(2)(被告の公表行為について,違法性が阻却されるか。)
(1) 専用実施権は,特許権の設定登録前に,特許を受ける権利に基づいて取得すべき特許権について仮設定することにより,事前に確保しておくことができ(特許法34条の2第1項),仮設定をした専用実施権を仮専用実施権という。
仮専用実施権には,専用実施権のような実施権としての実態はなく,特許成立前の発明について実施許諾を得た者が有する実施の権原は,実施許諾契約上のものである。
(2) そして,本件業務提携契約の本特許権が特許成立前であることは当事者間に争いがなく,すると,原告がa社と2社で事業継続ができるか否かは,基本合意書を交わしたa社と被告の関係,その後交わされた本件業務提携契約の契約当事者間における拘束力,とりわけ本件業務提携契約第16条の解釈によると解され,被告が,本件業務提携契約の解除及び原告とa社の2社での事業継続の可否について,被告のホームページにおいて被告の立場から見解を述べることは,対抗言論ないし会社情報の適時開示の趣旨からして,違法性が阻却されるものと解され,本件記事1から3を公表した被告の行為の違法性は阻却されるとするのが相当である。
他方で,原告が虚偽のIR情報を開示していると断定し,証券取引等監視委員会の調査を求め,調査に協力する予定であるという内容の本件記事4と,同様の指摘をし,原告が傀儡であるa社を利用して被告に執拗な対応をし,原告が株価動向に影響を与えるような不正行為をしている疑念があると意見表明した本件記事5は,原告の社会的評価を低下させて打撃を与える意図がうかがえ,対抗言論の域を超えているから,原告に対する不法行為が成立するものとするのが相当である。
3 争点(3)(原告の損害と名誉回復措置の必要性)
被告は,本件各記事を被告のホームページ上に掲載していることからすれば,本件記事4及び5を掲載したままであると原告の被害が拡大してしまうものと認められ,他方で,本件記事4及び5を削除した場合も,本件業務提携契約の解除及び原告の事業継続の可否についての被告の意見は,本件記事1から3にて表明されていると考えられる。そして,これら記事の削除で原告の名誉回復措置が図られることを踏まえると,原告の被告に対する金銭賠償は認めないのが相当である。
第4 よって,原告の請求は主文の限度で理由があるから,主文のとおり判決する。
(裁判官 今井和桂子)
〈以下省略〉
*******
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。