「営業アウトソーシング」に関する裁判例(34)平成27年 6月23日 東京地裁 平25(ワ)25637号 取締役報酬請求事件
「営業アウトソーシング」に関する裁判例(34)平成27年 6月23日 東京地裁 平25(ワ)25637号 取締役報酬請求事件
裁判年月日 平成27年 6月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)25637号
事件名 取締役報酬請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2015WLJPCA06238007
要旨
◆被告の取締役であった原告が、被告に対し、取締役在任中に同意なく報酬を減額された後支給されなくなった上、正当な理由なく解任されたとして、未払報酬の支払及び会社法339条2項に基づく損害賠償を求めた事案において、会社と取締役との間の法律関係は委任又は準委任関係であり、その報酬額の減額は契約内容の変更になるから取締役の同意が必要であるところ、本件において、原告が減額後の報酬を受領した事実があっても、原告が役員会議等で不満を述べていたこと等に照らすと黙示的に減額に同意していたとは認められない等として、未払報酬請求については全部認容したが、原告が取締役として担当していた営業が成績不振であり他の取締役等から不満が出ていたことや、原告が実質的に取締役会及び株主総会に代わる協議の場として機能していた役員会議に合理的理由なく欠席したことは取締役としての職務怠慢に該当すること等を理由に、本件解任決議には会社法339条2項所定の正当事由が認められるとして、同決議後の残存任期中の取締役報酬相当額の損害賠償請求については棄却した事例
評釈
藤村知己・白山法学(東洋大学法科大学院) 13号137頁
参照条文
会社法330条
会社法339条2項
民法536条2項
民法643条
民法644条
民法656条
裁判年月日 平成27年 6月23日 裁判所名 東京地裁 裁判区分 判決
事件番号 平25(ワ)25637号
事件名 取締役報酬請求事件
裁判結果 一部認容 文献番号 2015WLJPCA06238007
東京都板橋区〈以下省略〉
原告 X
同訴訟代理人弁護士 池田竜郎
東京都大田区〈以下省略〉
被告 株式会社Y
同代表者代表取締役 A
同訴訟代理人弁護士 中田肇
主文
1 被告は,原告に対し,554万2464円及びうち536万2293円に対する平成26年1月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用の10分の9を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
4 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は,原告に対し,554万2464円及びうち536万2293円に対する平成26年1月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告に対し,4533万2667円及びこれに対する平成25年11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,原告が,被告の取締役に在任中,同意なく取締役報酬を減額され,その後支給されなくなり,更に,正当な理由がないのに株主総会決議により解任されたなどと主張して,被告に対し,未払取締役報酬及び確定遅延損害金の合計554万2464円並びにうち未払取締役報酬536万2293円に対する平成26年1月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金,並びに,会社法339条2項に基づく損害賠償請求権に基づき,株主総会の解任決議後の残りの任期分の取締役報酬相当額合計4533万2667円及びこれに対する解任決議がなされた日の翌日である平成25年11月15日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実又は括弧内挙示の証拠若しくは弁論の全趣旨により認められる事実)
(1)ア 被告は,平成21年12月14日に設立された,企業の社会的責任投資における企画提案,運営,仲介,情報提供に関する業務等を業とする株式会社であり,同社の実際の中心的な事業は,WEB・モバイルシステムの企画提案やソフトウェアの開発等のいわゆるIT関連事業である。また,同社は,監査役会及び取締役会の非設置会社であり,設立時の取締役は代表取締役であるA(以下「A」という。)1人であったが,平成23年1月1日に原告及びB(以下「B」という。)が取締役に就任し,平成24年1月1日にC(以下「C」という。)が取締役に就任した。(甲1,甲2,弁論の全趣旨)
イ 被告は,平成23年1月1日から平成25年11月14日まで,被告の取締役であった者である。
(2) 被告の定款では,取締役の任期について,選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会終結の時までとし,増員により,または補欠として選任された取締役の任期は,前任者又は他の在任取締役の任期の満了すべき時までと規定されている(甲2)。
(3) 被告の定款では,取締役の報酬について,株主総会の決議によって定める旨規定されている(甲2)ところ,これまで,同社において取締役の報酬を定める具体的な株主総会決議はなされていないものの,平成22年10月11日の経営会議において,A,原告及びBは,平成23年1月1日から原告及びBが被告の取締役に就任するとともに,同人らが被告の株主となること,各取締役の報酬を月額53万円とする旨合意した(甲4)。この上記経営会議における株主総会決議に代わる全株主の同意により,原告の取締役報酬が月額53万円と定められた。
(4) 被告は,原告に対し,平成23年1月1日から同年12月分(平成24年1月支給分)まで前記(3)の月額53万円の取締役報酬を支給したが,平成24年1月分(同年2月支給分)から平成25年3月分(同年4月支給分)まで支給額を月額43万6336円に減額し(以下,この被告の原告に対する取締役報酬の減額措置を「本件報酬減額」という。),同年4月分以降の取締役報酬を支給しなかった(以下,この被告の原告に対する取締役報酬の不支給措置を「本件報酬不支給」という。)(甲5)。
(5) 平成25年11月14日に開催された被告の臨時株主総会において,出席した過半数の株主により,原告を被告の取締役から解任する旨及び同年4月分以降の同人に対する取締役報酬を支給しない旨の決議がなされた(乙21。以下「本件解任決議」という。)。
2 争点及び争点に関する当事者の主張
(1) 本件報酬減額の可否(争点1)
[被告の主張]
ア 平成22年10月11日の経営会議において,原告を含む取締役の報酬が月額53万円と決められたが,これは,取締役の全任期中の報酬額を月額53万円とする趣旨ではなく,状況に応じて,各年度毎に見直すことが予定されていた。
イ 原告は,被告の取締役就任とともに「ビジネスソリューション事業部・取締役事業部長」に就任し,同社のアウトソーシング事業(被告とパートナーを組んでいる企業又は個人を顧客若しくは顧客指定先に派遣してサービスを提供させ,かつ,顧客先にて被告提供のサービスを担当してもらえる能力を有するパートナー企業あるいは個人を発見・発掘し,被告の顧客にサービスが提供できる体制を構築する事業)を担当した。しかし,原告は,その職責を果たさず,取締役就任から解任までほとんど全く顧客開拓を実現できず,他の取締役らから業務方法の改善,売上目標や計画の設置等を行うよう再三求められたにもかかわらず,業務方法改善はおろか,売上目標や計画の提案すら行わなかった。原告が被告の取締役に就任した平成23年1月1日から平成24年2月末までの被告の累積売上高が約1億2129万円,累積営業利益額が約687万円であったのに対し,同期間の原告の営業活動による累積売上高は1023万円余りであり,累積営業利益額は約654万円の赤字を生じる状態であった。このように,原告が担当業務をほとんど行っていないことが推察されるにもかかわらず,被告が原告に対して月額53万円の報酬を支払っていることについて,他の取締役や従業員から不満の声があがり,原告の処遇を巡って,他の取締役を含む従業員らの意欲を殺ぎかねない状況になっていた。
ウ そこで,Aは,平成24年2月7日,原告に対し,同人の取締役報酬を月額53万円(手取額44万円。ただし,将来の増資株取得用社内積立金額月額6万円を含み,これを控除した実手取額は月額38万円程度であった。)から手取額37万円程度の内容に変更すること(ただし,減額以降は,月額6万円の積立金控除を行っていないため,実手取額は月額36万円程度となり,実際上,原告の実手取額はほとんど変わりはない。)を要請するメール(乙3。以下「本件報酬減額要請メール」という。)を送信した。同メールを受信した原告は,Aに対し,報酬額の減額自体には異議を述べず,メールではなく直接面談の上でかかる提案をしてもらいたかったとの感想のみを記載したメール(乙3)を返信し,その後に開催された平成24年8月4日の被告の役員会議(以下,平成24年中に開催された被告の役員会議について,開催月日のみを記載して「8月4日の役員会議」などという。)においても,原告は,同人自身の報酬減額について何ら異議を述べず,その後1年以上にわたって減額後の取締役報酬を受領し続けた。
エ 上記の経緯に照らせば,原告は,本件報酬減額について,黙示的に承諾又は追認していたものである。
[原告の主張]
ア 被告の主張アは争う。平成22年10月11日の経営会議では,被告の取締役の報酬額を月額53万円と決めるとともに,各取締役の取締役報酬を平等にすることが合意されたが,Aは,合理的な理由なく,勝手に,自己の取締役報酬額を高額にする一方,本件報酬減額により,原告の同意を得ずに同人の取締役報酬を減額した。
イ 被告の主張イは否認及び争う。
原告の名刺(乙1)の「ビジネスソリューション事業部・取締役事業部長」という肩書きは,対外的に体裁を整えるために記載されたものにすぎず,原告の職務は,「営業」に限られるものではなく,原告は,財務・経理関連の業務も担当していた。また,その報酬も,成果主義的に営業成績に連動したものではなく,原告は,被告の取締役として職務を適正に行っていた。そもそも,被告の主な業務は,ソフトウェアの開発設計等であり,訪問販売業のように売上成績等が明確に数値化できるものではないから,原告を含む被告の取締役について,成果主義的に売上目標を設定することは行われていなかった。被告の主張する売上等の数字は,いずれも根拠が不明であり,原告の業務の怠慢を理由付けるものではなく,Aが,原告を被告から追い出そうとするため,8月4日の役員会議以降,原告の営業成績を問題にするようになったにすぎない。
ウ 被告の主張ウは争う。原告は,本件報酬減額について同意していないし,異議なく追認したこともない。原告は,Aから本件報酬減額要請メール(乙3)を受けたが,8月4日の役員会議において,原告の報酬のみを減額することについて異議を述べており,そのため,その日の会議では取締役報酬に関する結論が出ず,同会議の議事録(乙4)にも,報酬に関する記載がないのである。また,原告は,平成25年3月分まで,本件報酬減額後の取締役報酬を受領しているが,取締役報酬を減額する合意が認められるためには,当事者である原告による明示の意思表示を必要とし,原告は,被告に対し,本件報酬減額を認める意思表示を一切していない。
更に,Aは,株主総会で決定すべき原告の取締役報酬について,株主総会決議に基づかずに本件報酬減額を一方的に決定したものであり,取締役報酬額を決定するために必要な手続を履践していなかった。
(2) 本件報酬不支給の可否(争点2)
[被告の主張]
ア A,B,C及び原告は,8月4日の役員会議において,以後毎月役員会議を開催することを全員一致で決議した。更に,かねてから原告が担当業務を行っていないのではないかとの疑惑があり,何ら業績を上げていないことが問題になっていたため,他の取締役らは,原告に対し,期間を定めて具体的な売上目標を設定してもらいたい旨要請し,暫定的な原告の課題として,9月末までに契約2件を獲得することを求め,原告も,これに応じた。しかし,原告が,上記役員会議の席上,自身の営業成績不振について特に反省する様子はなく,改善に向けた提案等も行わなかったため,他の取締役は,原告に対する不信感を募らせた。
イ Aは,平成24年9月13日,原告に対し,同人の担当職務について具体的な営業成績改善の具体的目標設定を促すメール(乙5)を送信したが,翌日の9月14日の役員会議において,原告は,何ら具体的な目標設定を明らかにせずに他の取締役の不信を招き,次回の役員会議までに今後の営業活動方針及び改善目標値設定をまとめて書面で提出することを求められた。原告は,上記役員会議では,上記書面提出を承諾したが,10月12日及び11月2日の各役員会議をいずれも合理的な理由も示さないまま欠席し,求められた書面も提出しなかった。11月2日の役員会議後,Cは,原告を含む被告の取締役に対し,役員会議の議事録をメールで送信した際,原告に対し,態度を改めるよう促しつつ,対面協議の場を設けることを提案し,数日後,再度,原告を含む取締役全員に対し,原告を交えて意見交換の場を設けることを提案して,更に,Bも,原告に対し,同様の提案を行ったが,原告は,いずれの提案にも応えなかった。
ウ 上記イの状況の下,12月7日の役員会議において,原告以外の被告の取締役は全員出席したにもかかわらず,原告が無断で同会議を欠席したため,Aは,同月13日,原告に対し,同人の態度・対応により,被告取締役を委嘱できないとの結論に至ったこと,3か月程度の猶予期間を設けるので,取締役を辞任してもらいたい旨をメール(乙15。以下「本件辞任勧告メール」という。)で勧告した。これに対し,原告は,Aに対し,「正直困惑してます。が,文面上での配慮は感じます。検討しますが,やはり今後の生活が不安になってきますので,まず教えて下さい。解雇も自分からの辞任も3月末をもって実質満了ということで宜しいですか?(あつかましいですが,生活収入がまず不安ですから)今年はいろいろとあり,まず生活基盤のことも考えなければいけない旨察して頂ければと思います。よろしくお願いします。」とのメール(乙17)を送信し,Aは,原告に対し,解任よりも辞任の方が原告にとって望ましいこと,翌平成25年3月分までの取締役報酬は支払うこと,及び今後は被告の業務を行う必要はないことをメール(乙17)で回答した。
エ Aは,辞任勧告のメールに対して原告が特段反論せず,原告代理人による平成25年3月22日付け受任通知書(乙18。以下「本件受任通知書」という。)の送付を受けるまで,原告を除く被告の取締役全員は,原告が同月末をもって被告取締役を辞任するものと確信し,同人に対し,被告の取締役としての職務を果たすことを要求しなかった。そして,原告からも,役員会議への出席を要求したり,被告の取締役事業部長の業務を行うこともなかったため,同月14日,Aは,原告に対し,取締役辞任に必要な書類をメールで送信したところ,原告は,同代理人弁護士を通じて本件受任通知書を送付してこれまでの態度を翻し,被告と争うことを宣言して,以後,双方の代理人弁護士による交渉が行われたが解決せず,本件訴訟に至った。
オ このように,原告は,平成24年10月以降,被告の役員会議を欠席し,取締役としての職務を果たさなくなった。そのため,被告は,本来であれば,同月以降の原告に対する取締役報酬の支払義務を負わず,原告に対し,同年12月13日,平成25年3月末日をもって被告の取締役辞任を勧告する本件辞任勧告メールを送付し,更に,平成24年12月17日,平成25年3月分までの取締役報酬を支払うこと及び同日以降被告の業務を行う必要はないことを通知したことを考慮しても,少なくとも,原告に対し,平成25年4月分以降の取締役報酬の支払義務を負うものではない。
[原告の主張]
ア 被告の主張する事実経過があったことは認めるが,原告が被告の取締役の職務を果たさなかったとの点は,否認及び争う。
イ 原告は,被告において,営業の職責を与えられておらず,財務及び経理の業務に携わっていた。原告が,当初の合意に反し,かつ株主総会決議を経ていないAによる同人の取締役報酬の増額や,A及びCの社用車の私的使用,Aによる過大な会社経費の使用等の問題を取り上げようとしたため,Aと原告の関係が悪化し,Aは,被告から原告を追い出すための材料として,8月4日の役員会議以降,原告の営業成績を持ち出すようになったにすぎない。
ウ 原告は,被告の営業の職責を与えられていなかったのであるから,営業活動方針及び改善目標設定の書面を提出する義務はない。また,被告は,取締役会非設置会社であり,被告の主張する役員会議は,会社法362条所定の取締役会とは異なる,非公式の会議にすぎないから,これに欠席したとしても取締役会に欠席したわけではなく,取締役の職務を果たしていないとはいえない。そもそも,会社法上の取締役の役割は,業務決定や業務執行の監督であり,原告は,他の取締役の資金流用に疑いを抱き,業務執行の監督のため,出納帳等の検査しようとしたところ,Aらは,強行に反対し,原告が,被告において,営業の職責を与えられておらず,かつ,成果主義的に売上目標が設けられていなかったにもかかわらず,役員会議で原告の営業成績を議題として取り上げるなどして,原告を恫喝した。また,Aは,被告に出社しないことが多く,業務の遂行に著しい支障が生じていた。原告は,取締役の職責である業務決定及び業務執行の監督を図るために努力したが,Aらの反対及び妨害によって,それらが著しく困難又は不可能になり,かつ,役員会議では,原告以外の取締役が,原告の意見を取り入れない状況になり,そのため,同会議に出席する意義が失われたことから,10月12日の役員会議以降の会議に出席しなかったものであり,原告の役員会議に出席しなかったことをもって,取締役の職務を懈怠したと評価すべきではない。
エ 原告は,被告の取締役としての職務を適正に果たしていたが,被告による本件報酬減額によりその取締役報酬を減額され,更に,平成25年4月分以降,取締役報酬を支給されなくなるなどの妨害を受けたため,被告の取締役としての職責を果たすことができなくなったものであり(民法536条2項),被告の主張する事情は,専ら被告の責めに帰すべき事由によるものである。
オ 株式会社において,定款又は株主総会の決議によって取締役の報酬が具体的に定められた場合には,その報酬額は,会社と取締役間の契約内容となり,契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから,その後,株主総会が取締役の報酬を無報酬とする旨の決議をしたとしても,当該取締役は,これに同意しない限り,報酬の請求権を失わないのが判例法理であり,原告が,被告の取締役報酬を無報酬とすることに同意していない以上,被告の主張は失当である。
(3) 本件解任決議について,会社法339条2項所定の正当な理由が認められるか(争点3)
[被告の主張]
ア 前記のとおり,原告は,平成23年1月1日付けで被告の取締役に就任し,ビジネスソリューション事業部・取締役事業部長として,被告のアウトソーシング事業を担当したが,その営業成績はほとんど上がっておらず,かつ,8月4日の役員会議で要請された改善に向けての方針や目標設定についても,被告の他の取締役らから再三要求を受けたにもかかわらず,一切行わなかった。
イ また,原告は,9月14日の役員会議において,他の取締役から対応要請を受けたことを「恫喝」と非難し,10月12日の役員会議以降,毎月開催される役員会議にも合理的理由なく欠席し続けた。
なお,被告の役員会議は,会社法上の取締役会ではないものの,被告の取締役全員が一堂に会して会社の経営に関する議題を協議する場であり,被告が,取締役会の非設置会社であるからこそ,上記役員会議の果たす役割が重要になる。合理的な理由なく同会議を欠席した原告は,被告の取締役の職責を果たしていないものであり,取締役の任務を懈怠したというべきである。
ウ 上記ア及びイの事実に照らせば,原告が,被告の取締役としての職務を一切果たさず,被告に対する義務を放棄していることは明らかである。更に,原告は,一旦被告の取締役を辞任することを承諾していながら,その後態度を翻して,被告に対し,本件訴訟を提起して,4000万円もの法外な金銭を要求するに至ったものであり,原告と被告の間の信頼関係は,完全に破綻し失われている。
エ 上記アからウまでの事実によれば,本件解任決議について,会社法339条2項所定の正当な理由があることは明らかである。
[原告の主張]
ア 被告の主張アのうち,原告が平成23年1月1日に被告の取締役に就任したことは認め,その余は,否認及び争う。前記のとおり,原告は,被告において,営業の職責を与えられていなかったし,被告において,成果主義的な売上目標等の設定もなされていかったのであるから,被告の主張する事情が,原告の取締役の任務懈怠にならないことは明らかである。
イ 被告の主張イのうち,原告が,10月12日の役員会議以降に開催された役員会議に欠席したこと,及び,営業活動方針及び改善目標設定の書面提出を求められ,これを提出しなかったことは認めるが,その余は,否認及び争う。前記のとおり,原告は,上記書面の提出義務はなく,役員会議に欠席したことをもって,原告に取締役の任務懈怠があったともいえない。
ウ 本件解任決議は,Aが,原告を被告から追い出すために行ったものであり,本件解任決議について,会社法339条2項所定の「正当な理由」は認められない。
エ したがって,原告は,被告に対し,同項所定の損害賠償として,残りの任期の取締役報酬の支払を請求できる。
第3 争点に対する判断
1 前記前提事実及び証拠(各認定事実中及び末尾に記載のもの)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定に反する証拠は採用しない。
(1) Aは,平成18年にIT関連事業の株式会社a1(現社名は「株式会社a」である。以下「a社」という。)に入社し,当初システム開発部門のSE(システムエンジニア)として業務に従事したが,平成20年3月に同社の営業部門に異動し,同部署の営業担当であった原告と知り合った。a社の主な業務は,同社の抱える技術者(SE)を顧客である会社等に派遣し,派遣された技術者(SE)が派遣先の会社等の実施するシステム開発等のプロジェクトに携わるというものであり,a社では,営業担当社員1人が,同社に所属する30人から40人程度の技術者(SE)を管理・管轄し,営業担当社員は,顧客に対する営業活動を行って担当するSEを派遣する案件の契約を受注し,各案件に応じて各SEを配置・派遣して,その後の管理・支援も継続して行うという業務を行っていた。(甲10,乙25,乙26)
(2) A,原告及びAの担当する技術者(SE)であったBは,平成21年2月頃,a社を退職して新会社を設立することを計画して,Aは,同年10月にa社を退職し(Bの退職は同年12月),同年12月14日,被告を設立した。当初の計画では,会社設立当初からA,原告及びBの3名が参加して,A及び原告が同数の株式を引き受け,A及び原告が取締役に就任し,Aを代表取締役とすることが予定されていたところ,原告は,当初会社設立後の事業資金予測を行ったり,請求書及び注文書の書式を提供するなど新会社設立の準備に協力したものの,同年10月頃,FX取引を行うため新会社への参加を見合わせたいと言い出して,被告設立時の資金として200万円を出資したが,設立後の被告の事業に参加せず,株式も引き受けなかった。Aは,原告の出資した上記200万円のほか,東京都大田区の行う創業支援融資から400万円を借り入れて被告の設立時の資金に充てた。被告設立後,Bは,a社を退職して従業員として被告の事業に参加し,Aは,被告の全株式(200株)を引き受け,同社の代表取締役に就任した。(甲1[乙23],甲2,甲7,甲9,甲10[相反部分を除く],甲11,甲23,乙25,乙26,証人B,原告本人[相反部分を除く]),被告代表者本人)
(3) 原告は,平成22年1月頃,Aに対し,FX取引に失敗し,生活に困っている,生活費が必要なので,出資した200万円を返して欲しい旨連絡した。被告は,会社設立から間もない時期であり,原告から返還を求められた200万円を直ぐに用意できなかったため,これを20万円ずつ分割して返還することとし,平成22年2月26日及び同年4月5日にAから原告に対して10万円が支払われ,その後,同月30日から同年12月30日までの間,事務業務,顧問業務アウトソーシング料の支払名目で,原告に対して合計184万4000円(源泉所得税4万4000円を含む。)が支払われた。(甲9,乙24の1から10まで,乙25,乙26,原告本人[相反部分を除く],被告代表者本人)
(4) その後,原告は,定職に就けずにアルバイトとして稼働し,生活費に困る状況になったため,被告への参加を希望し,A,原告及び当時被告のシステム開発部門のSE兼システムソリューション事業部長として部下のSEのマネージメント,技術面のサポートや管理等及び顧客開拓等を担当していたBは,平成22年10月11日の経営会議において,平成23年1月1日に原告及びBが被告の取締役に就任し,かつ,同社の発行済み株式のうち各33%を取得すること,第2期の取締役報酬を各自の株式持分に比例させ,フラットに同等額とし,1人当たり50万円から53万円程度とした上で,貸付額6万円を差し引いて支給すること,この貸付額6万円×12か月×3人=216万円のうち200万円を第2期末の増資に充てる計画とすること等を合意した。(甲4,甲10[相反部分を除く],甲12から甲15まで,乙25,乙26,原告本人[相反部分を除く],被告代表者本人)
(5) 被告の業務内容は,①システムソリューション事業(顧客が受注したシステム開発等の案件の全部又は一部を下請けとして被告が受注し,同社の社員であるSEを顧客の業務に従事させ,報酬を得る事業。被告の受け取る報酬は,派遣したSEの業務工数(稼働時間など)によって算定される)と,②ビジネスソリューション(アウトソーシング)事業(被告に所属するSEでは不足する部分を協力会社や個人に対して再委託するなどして,仲介手数料を得る事業)であった。原告の取締役就任当時,原告及びAを除く被告の取締役及び従業員は全員SEであり,前記Bを含めて上記①のシステムソリューション事業に従事していた。被告設立前の段階では,将来同社にFX取引等のファイナンス事業を行う部門を設立し,原告が同部門を担当するという構想があったが,その後,同人のFX取引が失敗して上記構想は実現不可能となったため,原告は,被告の取締役就任後,ビジネスソリューション事業部取締役事業部長の肩書きで被告の営業を担当し,主に上記②の事業に協力してもらえる同業他社や技術者を確保する業務に従事した。(甲1[乙23],乙1,乙2,乙25,乙26,証人B,被告代表者本人)
(6) Cは,平成24年1月1日,被告の取締役に就任し,同社の株式を譲渡された。また,同日,A,原告及びBの社内貸付金216万円を原資とする被告の新株216株が発行されて,上記3名がそれぞれ72株の株式の割り当てを受け,同社の発行済み株式数は416株になった。(甲1[乙23],甲3)
(7) 原告は,被告の取締役就任後,担当する営業について十分な成果を出すことができず,BやCは,そのような原告の状態に強い不満を持ち,Aに対し,その旨を伝え,Aも,原告に対し,何度か原告の担当業務の状況についての注意を与えた。Aは,平成24年2月7日,原告に対し,本件報酬減額要請メール(甲24[乙3])を送信し,同メールにおいて,原告の報酬を手取りベースで37万円に設定することを要請し,その理由として,第2期目の1年間の成果を考慮して判断した結果,BやCらの他のメンバーの実質評価(売上高=単価)がUPしたこと,面談(商談)成立件数UPや人材招聘等の成長している面々への評価と対照した上での判断として,昨年1年間で原告が1人称で営業を決めた件数が3件のみの状況であり,報酬をUPする理由が見つけられないことを説明し,かつ,被告に消費税支払等のために現金を確保する目的で,A自身の報酬を手取り55万円(額面66万円)に設定するが,年間を通じて同額を受け取るのは不可能であることを伝えた。これに対し,原告は,「昨年の出来については言い訳するようなことは何もありませんが,あえて言うならば,こういった内容のことは直接面と向かって直接行ってほしい内容です。報酬をupすることについての希望は全くありません。ただあえて言うならば,他の役員との違いや今回の査定が今後の参考材料になるとなると,仮に会社の減収や増収の際に,営業という立場と技術者という立場の売上の違いをどう反映するのかなどの意見も聞きたいと思います。会社の電話番も必要な作業です。また,認識の違いかもしれませんが,役員報酬を一任するということは,ベースの金額は4人同じで金額を決めると認識していました。それがあるから昨年から小口を減らしたりなどの提案はしていました。イチャモンを付ける気など毛頭なく,ただ報酬の一致があるからの申し訳なく思ってのことです。ベースを一致するというのは,上記の報酬額を営業と技術者で決めるのは難しかったり,連携の意味です。税理士的にはこうすればいいという会計の見本をもとに教えてくれていると思いますが,目に見えない部分まで考えているか,疑問です。2期目の役員会議あたりのCさんの役員選任や株の譲渡,今回の報酬の件と物事を既成事実化(外堀を埋めて)した後で報告(通達)という認識ではないので,いい機会なのでその当たりも直接話したいですね。」というメール(甲24[乙3]。以下「原告の返信メール」という。)を返信し,更に,Aが,原告に対し,4半期毎の役員ミーティングの実施するべく調整中なので,土曜日の午後はどうかと提案し,B及びCに対しても第3期の報酬額を同様にメールで提示し,承諾を得ていること,議案内容を原告において用意することを求める内容のメール(甲24[乙3])を送信したところ,土曜日の都合が悪いとの内容のメール(甲24)を返信した。Aは,原告の上記メールに対して,翌週以降に1Q会議を開催することを回答したものの,役員の報酬額の届出の期限が迫っていたことから,上記会議の開催前に,本件減額報酬の届け出をし,本件報酬減額を実施した(乙25,乙26,原告本人[相反部分を除く],被告代表者本人)。
(8) A,原告,B及びCは,8月4日の役員会議において,同年9月から毎月定期的に役員会議を開催することを決定した。また,同会議では,各自の稼働実績一覧表が配布されて,同年上半期の被告の業績自体は伸びているものの,原告の営業成績が不振であることが議題となり,原告について,ある程度の期間内に具体的目標を定めることが必要であり,暫定的課題として9月末までに契約2件の成立を目標とすることが合意された。原告は,上記会議の席上,BやCから営業成績が上がらないことを指摘されると,「景気が悪い」「人手不足である」などと消極的な発言をしたり,「Aから指示がない」「Aが案件を引き継いでくれない」などと開き直り又は責任転嫁と受け取られるような発言をしたため,BやCの信用を失った。Aは,9月14日の役員会議の前日,原告に対し,8月4日の役員会議における原告の言動を注意し,翌日の役員会議で,課題とされた営業目標を発表できるよう準備しておくことを指示する内容のメール(乙5)を送信した。また,原告は,8月4日の役員会議において,本件報酬減額に対する不満を述べたが,抽象的な不満の表明にとどまったため,同会議では,上記の点について,それ以上議論はなされなかった。9月14日の役員会議では,原告が前回の役員会議で決められた目標を達成できず,今後の改善策や具体的な目標値がないことが問題とされ,BやCから批判されたが原告が黙り込むなど険しい雰囲気になることもあり,最終的に,原告に対し,引き続き同目標を維持するととも,今後の営業活動方針や目標値について,資料として提出することが求められた。(乙4,乙6,乙25,乙26,証人B)
(9) 原告は,10月12日の役員会議を体調不良を理由に欠席し,営業活動方針や目標値についての資料も提出しなかった。同会議では,B及びCから,事前に送信された役員会議の議題に原告の営業目標発表を記載したから欠席したのではないかなどという意見が述べられ,原告の処遇について,現状のまま原告が営業目標を示さないのであれば,現事業年度(平成24年11月末日)をもって退任してもらうほかないのではないかという議論となり,その旨原告に伝え,併せて,同月15日までに9月14日の役員会議で決められた課題に対する検討やアクションの結果を原告に対して確認することとなった。Cは,同月14日,原告,A及びBに対し,10月14日の役員会議の議事録をメール(乙9)で送信し,併せて,今後の営業活動方針と改善目標値等を資料として提出すること及び9月末までに契約2件を達成することについて報告を求め,更に,原告の状態がこのままの状態であるとすれば,BとCから今期末を一つの目処として扱いを考える必要があるとの意見をAに正式に提示した旨を伝えた。また,Aは,平成24年10月31日,原告,B及びCに対し,11月2日の役員会議の準備を促すメール(乙10)を送信したところ,原告は,同会議の当日,Aに対し,「今期の私以外の小口出納帳を添付で送ってください。また,慶弔手当はどうなっていますか?また一旦私の印鑑を返却してください。今回の役員会議については欠席します。」とのメール(乙11)を返信し,同会議を欠席した。役員会議終了後の同月5日,Aは,原告,B及びCに対し,慶弔費は9月の会議で,他の従業員の分も含めて11月下旬から末の節税対策の処理時にまとめて支給する旨説明していること,印鑑を11月分の小口と共にデスクに返却したこと,出納帳は機密に属する会社の経理資料であるため,具体的な使途を明確に提示し,かつ,目的完了後どのように資料を処分又は保管するかを提示する必要がある旨回答し,更に,原告が,9月14日の役員会議で求められた内容(課題)について一切返答しようとせず,理由も不明なまま役員会議を結成し,全く異なる内容の提示を要求している状況は問題であり,役員会議で挙げられた課題に対する返答等がなされていない状況で,全く無関係な論点にすり替えることは容認できないとの原告以外の取締役の意見を伝えて,理由を示さずに役員会議を欠席したこと,及び,営業業務改善の方法に関する資料を提出していないことについて,原告が,課題対応及び役員会議欠席を放棄したいう認識でないのであれば,そのことについて説明すること及び出納帳閲覧の使途を説明することをメールで回答するよう求めるメール(乙11)を送った。これに対し,原告は,平成24年11月6日,A,B及びCに対し,「先般の会議の欠席について,10月の会議の際の皆による恫喝的態度による疲労があるため欠席としました。課題についても現環境下においては懸命に”営業活動”に取り組む所存です。また,出納帳開示については基本閲覧,場合により印刷(その際,通達の上書面は事務所保管) 開示理由については,売上に占める小口割合の把握及び自分との比較検証)また下記にある小口上の列席者等の記載や占める金額の閲覧は,私の立場における理由として正当と思われる) また過去PCが壊れて買い換えたとのことで,その後の処理や中のデータに対しどうなったかの具体的な理由が無かった為,精査も含む。以上,小口の検証も含め決して放棄ではないとの認識です。」との内容のメール(乙13)を返信した。翌7日,Cは,原告,A及びBに対し,11月2日の議事録を送信するメール(乙14)において,原告に対し,役員会議の欠席が役務の放棄ではないとの認識であれば,どうしてそのような行動を取ったのかを取締役全員の前で説明することを求め,その後,Bも,原告に対し,直接会って協議することを求める旨連絡したが,原告は,C及びBの上記要求に対する返答をしないまま,12月7日の役員会議を欠席した。(乙7,乙8,乙12,乙15,乙16,乙25)
(10) Aは,平成24年12月13日,原告に対し,本件辞任勧告メール(乙15)を送信し,同メールにおいて,これまでの原告の対応を踏まえ,B及びCが原告の取締役退任を強く求めており,現時点では,A自身も同意見であること,B及びCから,Aが原告を被告の取締役として残すのであれば,B及びC自身の進退を検討する可能性がある旨伝えられたことを告げ,3か月前後の余裕をもって,取締役を辞任することを求めた。上記メールを受信した原告は,Aに対し,「正直困惑してます。が,文面上での配慮は感じます。検討しますが,やはり今後の生活が不安になってきますので,まず教えて下さい。解雇も自分からの辞任も3月末をもって実質満了ということで宜しいですか?(あつかましいですが,生活収入がまず不安ですから)今年はいろいろとあり,まず生活基盤のことも考えなければいけない旨察して頂ければと思います。よろしくお願いします。」との内容のメール(乙17)を送信し,Aは,原告に対し,3月末の辞任とすることを了承し,解任よりも辞任の方が原告にとって望ましいこと,翌平成25年3月分までの取締役報酬は支払うこと,及び今後は被告の業務を行う必要はないことをメール(乙17)で伝えた。(乙25)
(11) Aは,平成25年3月14日,原告に対し,同人が被告の取締役を同月末に離任するに伴って必要となる手続書類等をメール(乙19)で送り,更に,被告に取締役の退職金規程がないため,退職金は支給できないが,それに代わる措置として,原告の保有する被告の株式103株を額面額(1万円)で買い取ることを提案したところ,原告は,原告訴訟代理人弁護士に委任した。その後,原告訴訟代理人弁護士と被告が選任した代理人弁護士との間で,上記株式の買い取りに関する交渉が行われたが,原告が,被告に対し,4000万円の支払を求めたため交渉が決裂して,原告は,平成25年9月27日,被告に対する本件訴訟を提起した。(甲6,乙19)
2(1) 争点1(本件報酬減額の可否)について
ア 株式会社において、定款又は株主総会の決議(株主総会において取締役報酬の総額を定め、取締役会において各取締役に対する配分を決議した場合を含む。)によって取締役の報酬額が具体的に定められた場合には、その報酬額は、会社と取締役間の契約内容となり、契約当事者である会社と取締役の双方を拘束するから、その後株主総会が当該取締役の報酬につきこれを無報酬とする旨の決議をしたとしても、当該取締役は、これに同意しない限り、右報酬の請求権を失うものではないと解するのが相当である(最高裁平成4年12月18日第2小法廷判決・民集46巻9号3006頁。以下「最高裁平成4年12月18日判決」という。)。
イ 株式会社と取締役の間の法律関係は,民法上の委任又は準委任関係であり(会社法330条),最高裁平成4年12月18日判決で示された判例法理に照らせば,株式会社において,定款又は株主総会決議によって具体的に定められた取締役の報酬額を減額する場合も,会社と取締役間の契約内容を変更するものであるから,原則として,当該取締役の同意を要するものと解される(なお,最高裁昭和31年10月5日第2小法廷判決・集民23号409頁参照)。
ウ この点,被告は,本件報酬減額について,原告は,本件報酬減額を伝える本件報酬減額要請メールを受信後,被告に対し,報酬額の減額自体には異議を述べず,メールではなく直接面談の上でかかる提案をしてもらいたかったとの感想のみを記載した原告の返信メールを送り,その後も特段異議等を述べず,平成25年3月分まで減額された取締役報酬を受領していたものであるから,黙示的に同意又は追認していた旨主張する。しかし,前記認定事実によれば,原告の返信メールにおいて,明示的に取締役報酬を減額することについて異議を述べる記載はないが,「他の役員との違いや今回の査定が今後の参考材料になるとなると,仮に会社の減収や増収の際に,営業という立場と技術者という立場の売上の違いをどう反映するのかなどの意見も聞きたいと思います。会社の電話番も必要な作業です。」,「認識の違いかもしれませんが,役員報酬を一任するということは,ベースの金額は4人同じで金額を決めると認識していました。それがあるから昨年から小口を減らしたりなどの提案はしていました。イチャモンを付ける気など毛頭なく,ただ報酬の一致があるからの申し訳なく思ってのことです。ベースを一致するというのは,上記の報酬額を営業と技術者で決めるのは難しかったり,連携の意味です。」,「税理士的にはこうすればいいという会計の見本をもとに教えてくれていると思いますが,目に見えない部分まで考えているか,疑問です。」という記載があり,文意がやや不明瞭な点はあるものの,その趣旨としては,原告の取締役報酬の減額について不満を述べているものと理解されること,また,8月4日の役員会議において,原告が,本件報酬減額に対する不満を述べていたこと(乙25,原告本人)を考慮すると,原告が,平成25年3月分まで,本件報酬減額による減額後の取締役報酬を受領していたことをもって,直ちに,同人が,本件報酬減額について黙示的に同意又は追認していたものとは認められず,その他,被告の主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
よって,その余の点について判断するまでもなく,被告の前記主張は採用できない。
(2) 争点2(本件報酬不支給の可否)について
ア 前記最高裁平成4年12月18日判決によれば,原告の同意がない限り,本件報酬不支給を容認することはできないところ,原告が,本件報酬不支給について同意したことを認めるに足りる証拠はない。
イ この点,被告は,平成24年10月以降,原告が,被告の役員会議を欠席し,取締役としての職務を果たさなくなったため,本来であれば,同月以降の原告に対する取締役報酬の支払義務はなく,被告が,原告に対し,本件辞任勧告メールを送付後,平成25年3月分までの取締役報酬を支払う旨通知したことを考慮しても,平成25年4月分以降の取締役報酬の支払義務を負わない旨主張する。しかし,被告が,原告に対し,平成25年3月末をもって被告の取締役を辞任することを勧告し,被告の取締役として同社の業務に従事する義務を免除したこと,原告は,当初上記勧告に従う姿勢を見せたものの,最終的に被告の取締役を辞任せず,弁護士を選任して争ったため,被告との間で紛争が生じたこと,被告は,平成25年11月14日の本件解任決議により原告を被告の取締役から解任したが,それまで,原告は被告の取締役の地位を失っていなかったことに照らせば,被告は,平成25年4月以降,原告を同社の取締役として認めず,同人の業務遂行も期待していなかったことが認められ,原告について,営業成績が振るわず,平成24年10月以降の被告の役員会議を欠席していたことを考慮しても,民法536条2項により,原告は,被告に対する取締役報酬請求権を失わないと解される。したがって,被告の前記主張は採用できない。
(3) 争点3(本件解任決議について,会社法339条2項所定の正当な理由が認められるか)について
ア 前記認定事実並びにB,C及びAの各供述(乙25から乙27まで,証人B,被告代表者本人)を総合すると,原告は,被告と同じ形態のIT関連事業を行っていた前職のa社において営業を担当し,被告の取締役就任後,上記a社で培った人脈や営業手腕を発揮することが期待されて被告の営業(ビジネスソリューション事業部門)を担当したが,営業成績が上がらず,そのことについて,B及びCは,原告に対する不満を抱き,Aも,本件報酬減額要請メールの中で,本件報酬減額の理由として,上記の点を指摘していたこと,8月4日の役員会議において,原告の営業成績不振が議題となり,暫定的課題として9月末までに契約2件の成立を目標とすることが合意され,更に,9月14日の役員会議では,原告が上記目標を達成できず,今後の改善策や具体的な目標値も示すことができなかったため,原告に対し,引き続き同目標を維持するととも,今後の営業活動方針や目標値を資料として提出することが求められたところ,これに反発した原告は,その後の役員会議に出席しなくなり,求められた営業活動方針や目標値も資料として提出しなかったこと,B及びCは,原告の上記言動について強く反発し,Aに対し,原告を被告の取締役から退任させることを要求し,原告が欠席した12月7日の役員会議後,Aは,原告に対し,本件辞任勧告メールを送り,平成25年3月末をもって被告の取締役を辞任するよう勧告したことが認められる。上記事実に加えて,被告は,取締役会非設置会社であり,平成26年11月16日以前は株主総会も開かれていなかった(被告代表者本人)ため,被告の役員会議は,全ての株式を保有する取締役4名が出席し,会社の業績や経営状態に関する報告を受け,今後の営業目標や会社の課題,従業員の採用等を協議する(乙4,乙6,乙8,乙9,乙12,乙14),取締役会及び株主総会に代わる重要な会議であると解されることを考慮すると,原告が,平成24年10月以降の役員会議を合理的な理由に基づかないで欠席したことは,取締役に要求される善管注意義務(会社法330条,民法644条)に違反する職務懈怠に当たり,それによって他の取締役の信頼を失った原告については,今後被告の取締役として職務を遂行することがおよそ期待し得ない客観的な理由があるというべきである。
イ この点,原告は,①被告において,原告は,営業の職責を与えられていなかったし,成果主義的に売上目標を設定することも行われていなかったから,営業活動方針や目標値を資料として提出する義務も負わない,②被告の役員会議は,会社法上の取締役会ではないから,出席義務はなく,同会議を欠席しても,取締役の職務懈怠に当たらない,③原告は,他の取締役の資金流用に疑いを抱き,業務執行の監督のため,出納帳等の検査しようとしたところ,Aらは,強行に反対し,8月4日及び9月14日の役員会議で原告の営業成績を問題にするなどして,恫喝した,④本件解任決議は,Aが,原告を被告から追い出すためになされたものであるなどとして,本件解任決議について,会社法339条2項所定の正当事由は認められない旨主張する。
まず,上記①の点につき,前記のとおり,原告は,前職の会社において,営業を担当しており,被告においても,前職の会社で培った人脈や営業手腕を発揮することが期待されていたこと,原告は,被告の取締役就任時に「ビジネスソリューション事業部・取締役事業部長」という肩書きの名刺(乙1)を作成し,取引先の会社に対し,被告の営業として着任した旨の挨拶メール(乙2)を送っていたこと,被告は,従業員8,9人の小規模な会社であり,事務専門の従業員を置いておらず,A及び原告以外の取締役及び従業員全員がSEの業務に従事し,総務及び庶務的な仕事は,営業の業務の傍ら主にAが処理していたこと(甲21の1から4まで,証人B),原告は,過去に経理業務を担当した経験はなく,被告において,契約成立時に契約書を作成したり,発注書や請求書を起案するなどの作業を行ったことはあるものの,銀行取引や給料計算等も行っておらず,会社の経理関係の帳簿及び書類,金融機関の口座通帳の管理等もしていなかったこと(原告本人)に照らせば,被告における原告の取締役としての主な職務が経理関係業務であったとは到底考え難く,前記認定のとおり,原告の主な業務は,営業であったと認めるのが相当である。また,被告において,成果主義的に売上目標が設けられていなかったとしても,第1期から第3期にかけて被告の売上及び業績が伸びていたにもかかわらず,原告の取締役在任期間中の営業成績が契約数件を成立させたにとどまり,被告の業績に何ら貢献せず,他の取締役や従業員らから強い不満が出ていたこと(乙25から乙27まで,被告代表者本人)に照らせば,SEの業務に従事せず,専ら営業を担当した原告について,9月14日の役員会議で原告の営業成績が問題となり,今後の営業改善のため,営業活動方針や売上目標の設定等が要求されたとしても,何ら不自然ではなく,これらは合理的な要求というべきであり,これに反発して求められた資料を提出せず,役員会議への出席を怠った原告の行動は,問題があるというべきである。更に,原告は,Aが被告に出社しなかったため,被告の業務に支障が生じていたなどとも主張し,その旨供述するが,原告の提出した証拠(甲16の1から7まで)によっても,Aが私的な理由で頻繁に被告に出社しないことがあったとは認められない上,そもそも,被告の業務形態からすれば,Aと原告が,頻繁に顔を合わせてミーティング等を実施しなければ業務に支障が生じると考える合理的理由も考えられず,メールや電話等の通信手段によって意思疎通が図れなかったと考える理由もないことに照らせば,原告の上記供述は採用できず,同主張は理由がない。
次に,上記②の点について,被告の役員会議が会社法上の取締役会ではないとしても,取締役全員の合意によって定期に開催することが決められた会議であること,前記のとおり,上記役員会議が,実質的に取締役会及び株主総会に代わる協議の場として機能していたことに照らせば,原告において合理的な理由なく同会議に欠席したことが,取締役の職務懈怠に当たることは明らかである。
また,上記③の点について,原告が,Aに対し,被告の各取締役の小口出納帳の閲覧を求めたのは,11月2日の役員会議当日に同会議への欠席を伝えるメール(乙11)であり,それ以前に原告が,他の取締役の資金流用に疑いを抱き,業務執行の監督のため,出納帳等の検査しようとした形跡はなく,上記メールを発信した時点では,既に原告の営業成績の不振が問題化しており,営業活動方針や具体的な目標値を資料として提出することが強く求められていた状況であったこと,被告が開示したA,B及びCの小口出納帳の内容に格別問題は見当たらないこと(甲21の1,3及び4)に照らせば,原告が主張するように,Aらが,原告の上記調査に反対して恫喝するため,8月4日及び9月14日の役員会議で原告の営業成績を問題にしたとは考え難く,むしろ,本件訴訟における原告の主張を考慮すると,上記メールは,営業活動方針や具体的な目標値の資料提出を求められたことに反発を覚えた原告が,他の取締役に対する攻撃材料を探すために,敢えて被告の経理書類の開示を要求したものであると理解されるというべきである。
最後に,上記④の点についても,Aが,本件辞任勧告メールを発信する以前から,原告を被告の取締役から退任させることを意図していたことを認めるに足りる的確な証拠はなく,かえって,原告とAの間でやり取りされたメールの内容(乙3,乙5,乙10,乙11,乙13,乙15,乙17)に照らせば,Aは,前職の会社で上司であった原告の面子を傷つけないよう配慮しつつ,BやCの原告に対する不満を伝えて社内の立場を認識させるとともに,原告の奮起を促すため,助言又は叱咤激励していたことが推認されるというべきである。したがって,この点の原告の主張も採用できない。
ウ 以上によれば,原告の前記主張は,いずれも採用できず,本件解任決議について,会社法339条2項所定の正当事由が認められる。
(4) まとめ
前記(1)から(3)までの検討結果によれば,原告は,被告に対し,本件報酬減額及び本件報酬不支給に係る未払取締役報酬の支払を請求することができるものの,会社法339条2項に基づく本件解任決議後の残りの在任期間分の取締役報酬相当額の損害賠償請求をなし得ない。
したがって,被告は,原告に対し,別紙の「未払報酬」欄記載の各未払報酬額及び同「未払利息」欄記載の各確定遅延損害金並びに上記未払報酬額に対する最終弁済期の翌日である平成26年1月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を支払う義務を負う。
3 よって,原告の本訴請求は,主文第1項記載部分について理由があるから,その限度で認容し,その余は理由がないから,これを棄却し,訴訟費用の負担につき,民事訴訟法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき,同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 宮島文邦)
〈以下省略〉
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